伝統も自由も~麺尽くしストリート
●うどんもラーメンも食べられる場所
UDCアース某所の、ラーメンストリート。
そこはラーメン屋が軒を連ねる文字通りのストリートエリアの他に、大きな広場にテーブルを並べ、その周囲に数日単位で入れ替わる屋台が並ぶフードコートの様なエリアもある。
その屋台の1つの前で、灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)の姿があった。
見るからに辛そうな赤に染まった肉が、中華鍋の中で跳ね回る。
――ジャッジャッ。
油が熱せられる音が響き、刺激的な匂いが立ち昇ってくる。
聴覚と嗅覚から食欲を刺激され、屋台の外で待つ綾の喉がゴクリと鳴った。
出来上がった肉味噌は皿に避けておき、職人の手は大鍋の方に伸びる。
てぼ、と呼ばれる深いザルを鍋から引き上げ、スパァンッと湯切りの一撃。
「おぉ……」
一振りで湯切りを済ませる手際に、綾も思わず息を呑む。
そんな綾の視線の先で、用意されたのは赤いタレを入れておいた器が用意される。そこに少し縮れた翠色の麺が投入され、その上に先程の赤い肉味噌と刻んだナッツとキュウリを乗せれば、完成。
一方、その頃。
乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)の姿は、綾とは別の屋台の前にあった。
――タン、トン、トン。
『群馬特産』と書かれた屋台の中では、まな板の上で包丁が規則正しいリズムを刻んでいる。
均一に伸ばされ折られた生地が等間隔に切られ、やや幅も厚みもある麺へと変わっていく。やがて、それらはするりとまな板の上から、くつくつと湯立っている大鍋の中に滑り落ちた。
麺を茹でている間に、別の調理が始まる。ざっと洗ってから水気を確り取っておいた舞茸を、卵と水と小麦粉を混ぜた液体に潜らせる。
――ジュゥゥッ!
それを、深めの鍋で熱しておいた油の中へ入れれば、衣が揚がる音が鳴り出した。
食欲をそそるその音が、次第にパチパチと言う音に変わって来た所で、鍋から上げて油を切っておく。
あとは茹で上がった麺を氷水で締めて、ざるに盛り付ける。別皿に舞茸の天麩羅を添えれば、完成。
綾が頼んだのは、汁なし担々麺・翡翠。
そして梓が頼んだのは――ラーメンではなく、天ざるうどんである。
綾と梓が訪れた、このラーメンストリート。
実は数年前、『いわし中華』なる魚怪ラーメンによるUDC魚類の事件が起きた地である。
事件後、UDC組織によって併設されていた製麺工場は、完全建て替え。製造機器も総入れ替え。仕入れルート、食材の卸業者まで、徹底的に再調査。区画も店舗も含めて変更する所は大きく変更した。
そして数ヶ月前、再出発を目前にしたある日。
――オープニングイベントで、うどんとラーメンの麺対決なんてどう?
そんな誰かの発案が何故か通ってしまい、このラーメンストリートは今、群馬は水沢のうどんとラーメンのプライドが絡み合う異種麺類バトルの渦中にあるのだ!
●実食
「梓、こっちこっち」
うどんを乗せたトレイを手に戻ってきた梓を、先にテーブルについていた綾が呼ぶ。
「また写真撮ってたのか。……随分と辛そうだな」
「担々麺で翠の麺って、初めて見た気がして」
トレイを置いて座る梓に頷きながら、綾も写真を撮っていた携帯端末をテーブルに置く。
そして箸とレンゲを両手に持ち、ザクっと深く入れて底のタレを絡めるように混ぜていけば、見るからに辛そうな肉味噌とタレの赤が翠の麺に絡み合い、皿の中を独特な色合いに変化させる。
「これは映えそうだね」
「成程、翡翠麺を使ったのは視覚的な効果も狙ったのか」
思わず再び携帯端末を手にして写真を撮り始めた綾の様子に、感心したように梓が呟いた。
「翡翠麺?」
「ほうれん草などを練り込んだ麺の事だ」
「へえ。さすが梓、詳しい」
その知識に感心しながら、綾は今度こそ携帯端末をポケットにしまい込む。
『ガウガウガウ』
『キュー! キュキュッ!』
そこにきて、ついに我慢できなくなったか食べ盛りの仔竜達も騒ぎ出した。
「よしよし、ちょっと待ってろよ」
「え、こっち欲しいの? 大丈夫、焔。辛いよ?」
生来の属性故だろうか。氷竜の零は梓のざるうどんに、炎竜の焔は綾の汁なし担々麺に興味を示した。2人とも、仔竜達が欲しがるのを見越して2人前で頼んであるので、求められるままに別皿に分けてやる。
そして仔竜達が静かになった所で、梓自身も箸をうどんに伸ばす。
(「最初は何も付けないで、と」)
まずは素材の味を確かめようと、なにも付けずにうどん1本だけ取って、一口。
「……!」
サングラスの奥で、梓の目が丸く見開かれた。
透明感と艶のある麺は、うどんとしてはやや細めながらコシが強い。それは箸でつまんだ時にも感じていたが、歯応えとして味わってみれば、思っていた以上だ。舌の上を滑った先でもツルリとした喉越しを感じられる。
そんじょそこらのうどんとは段違い。
「梓ー? どした? また考えこんじゃってる?」
また料理男子な性が出てしまったかと、固まってる梓に綾が声をかける。
「綾。このうどん、すごいぞ。さすが、日本三大うどんの一角だ」
「へえ。梓がそこまで言うんなら、次はうどんを食べてみようかな」
うどんに対する梓の評価に感心しながら、綾も箸を伸ばし、豪快にズゾゾッと麺を啜った。
「うん? そんなに辛くない?」
辛味を感じないわけではないが、強くはない。
そう思った綾は、続けてズゾゾゾッと麺を啜って――。
「ん゛っ!?!?」
その途中で、固まった。
時間差で舌にガツンと来たのは、山椒の辛さ。麺とタレに隠されていて見えなかったが、皿の底にたっぷり入れられていた。
じわじわと、綾の額から汗が噴き出して来る。
「辛いなら、ゴマつゆ少し使うか?」
激辛好きな綾をして固まらせるなら相当辛いのだろうと、梓がうどんについているゴマつゆを進める。やや甘めな味付けで少しトロみもあるつゆはうどんに良く絡んで美味しいが、辛味止めにもなりそう。
「……大丈夫。辛いけど美味い奴だ、これ」
『キュッ』
それでもズゾゾッと再び麺を啜る綾に同意するように、口の周りを真っ赤にした焔も鳴いた。小さな炎と共に。
(「こっちも食うか」)
あの様子なら大丈夫だろうと、梓も再びうどんに箸を伸ばす。
ゴマつゆも美味いが、醤油ベースの麺つゆにつけてみればツルッとした喉越しが更に良くなった。肉厚な舞茸の天麩羅は、塩で食べても良し、麺つゆにつけても良し。衣の油分が溶け出して、甘味を帯びた麺つゆも合うものだ。
「美味いか、零?」
『ガウッ』
梓の足元では、零が何もつけないうどんをモクモク食べ進めている。
「見るがいい、うどんの! 翡翠麺にするで刺激を和らげ食べ易くする! この選択は、伝統に縛られたうどんには出来まい!」
――ズゾゾッ。
「確かに面白い着眼点だ、ラーメンの! しかし材料に拘り秘伝の製法で生地に2日かける伝統の味、容易く破れると思うな!」
――ズゾゾッ。
喧々囂々と飛び交う料理人たちの声を右から左に聞き流し、綾も梓も無言で麺を啜り続けた。
●美味いのが一番
地元の湧水と小麦粉、塩だけで作る。
伝統と言う名のうどんの材料に対する拘りは、縛りとも取れるかもしれない。
だがそれ故に、こういうのでいいんだよ、から大きく外れ難い。
「うどんにキーマカレーって組み合わせもありだね」
スープ系ではなく挽肉多め系のカレーは、コシの強いうどんに良く合う。激辛好きの綾も満足の一品だ。
「へい、焼うどんお待ち!」
そんなコシのあるうどんは、焼いても美味しい。
対するラーメンの中華麺の種類は、恐ろしいほど多岐にわたる。
小麦粉に加える水分量や、縮れ麺やストレート、平打ちなど形状も様々。
「焼きはうどんだけじゃない! ソース焼きそばお待ち!」
焼きそばの麺も中華麺の一種。だから今回の対決にラーメン側で参戦している。
「これが鮫ラーメン……鮫の骨で出汁を取るとこんな味が出るのか」
そんな麺と様々な出汁とタレを組み合わせ作るスープとがマリアージュしていれば、変わり種ラーメンでも、梓が思わずじっくり味わう程に深い味のもの出て来る。
『ガウ!』
『キュー!』
「え……トロピカル? これが良いのか?」
『ガウガウ』
『キューキュ』
仔竜達が梓にねだるトロピカルラーメンなんて、冒険し過ぎでは感が漂う名前のラーメンも案外、食べたらイケるものだったりする。
そんな自由さで進化し続けているのがラーメンである。
結局のところ、うどんもラーメンも美味くなるかは料理人の腕次第。
そしてここはラーメンストリート。集まっている料理人は、間違いなく一流揃い。何しろ周り全てが同士でありライバルである中で、続けているのだから。
要するに。
どっちも美味かった。
『ガゥー』
『キュ……ップ』
テーブルの上では、積み上がった皿と丼の横で、腹をぽんぽんにした仔竜達がひっくり返っている。満腹感に初夏の陽気。焔も零も瞼がとろんと落ちかけている。
「見てみろ、綾! この可愛らしい姿!」
既に箸を置いている梓は、今にも寝落ちそうな仔竜達の写真を撮るのに忙しい。
「うん、かわいいね」
相変わらずの親バカだと思いながら、綾も満足気に箸を置いた。
「ふぅ……食べたなぁ。ご馳走様」
最後の一杯は、大根おろしとイワシの佃煮を乗せた冷やしイワシ中華であった。
なお、うどんとラーメン異種麺類対決の行方だが――きっといつか決着するだろう。
●あとがき
群馬の水沢のうどんは、個人的ベストオブご当地うどんです。
美味しいものを楽しく食べる、と言うテーマで、真っ先に浮かびました。
しかし同時に、いつかのイワシ中華のラーメンストリートを舞台に、とも思い付いてしまい、うどんもラーメンも食べて貰おうと麺類対決と相成りました。
作中のラーメンは書きながら考えたのですが、調べると似たレシピとか割と出て来るので、ラーメン自由ですね。
成功
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