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闇の救済者戦争⑥〜彼我を紡ぐ叙事詩

#ダークセイヴァー #闇の救済者戦争

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#闇の救済者戦争


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 そこは昏き世界に在る廃墟群。
 そこは淀みきった湖近くの集落。
 そこは、ヴァンパイアが放棄した廃城。

 そんな風景が次々と浮かんでは消える。

 猟兵が壮麗な黄金造りの城塞へと侵入し、奇怪な姿のオブリビオン『タロット』を回避して場内の一角へと踏み込んだ時に生じた現象だ。
 黄金色から様変わりした昏き色の風景たち。
 目前に佇む教会は、いまにも次の景色へと移りそうだ。
 一瞬、何故か見入ってしまう――ふと、猟兵は違和感を覚えた。

 それはたった今しがた抜け落ちた記憶。
 それは意識していなかった過去のあたたかな思い出。
 それは、大切な何か。


「黄金造りの城塞には、周囲の光景が次々に『ダークセイヴァー各層各地の景色』に移り変わる不思議な回廊が存在するみたいです」
 ダークセイヴァーの危機に向かう猟兵たちへと道標を作る冬原・イロハ(戦場のお掃除ねこ・f10327)。
 イロハは猟兵たちの行く先のひとつ、黄金城砦の説明をする。
「この回廊に踏み入った者は、回廊に満ちる魔力によって瞬きの間に『自身の大切な記憶』を次々と忘れていってしまうみたいです」
 ――今、皆さんは大切な記憶と聞いて、何を思い出しましたか?
 イロハはそう尋ねた。けれども答えは言わなくてもよさそうな、ふんわりとした声だった。
「今、思い浮かべられる記憶。もしかしたら、薄れたり、忘れてしまっているけれども大切だった記憶。……子供の頃の日常や、猟兵として覚醒した時に忘却してしまった記憶。いろんな記憶があるかと思います」
 ――それをね、忘れてしまうのですって。
「この現象を『抗いがたい忘却』と呼びましょうか。この忘却を乗り越え、『回廊に奪われた大切な記憶』を自ら思い出すことが出来れば、この回廊からデスギガスへと流れ込むなんらかの魔力を断つことができるらしいのですが…………忘れてしまったものを思い出す、って一体どうすればいいのでしょう?」
 イロハは困ったように微笑んだ。
「皆さんが身に着けているアイテム、忘れてしまった記憶につながる記憶。もしかしたらそういった縁は、考えると細々と、たくさんあるかもしれません。
 意識せずに薄れてしまっていた記憶を取り戻した時に思い出すこともできるかもしれません。過去の紡ぎが鮮やかになるかもしれませんね。
 色んな忘却、色んな記憶、色んな過去の邂逅があることでしょう。それは向かう皆さん次第なのです」
 どうぞお気をつけて。
 そう言ってイロハは猟兵を黄金城砦へ送り出した。


ねこあじ
 ダークセイヴァーだー!
 今回はよろしくお願いします、ねこあじです。
「⑥黄金城砦」「🏠忘却回廊」のシナリオとなっています。

 プレイングボーナスは【回廊に奪われた「大切な記憶」を思い出す】です。

 いただいたプレイングは確認しつつ、執筆は3日(水曜)から週末にかけての着手になると思います。プレイングはゆっくりどうぞ。
 採用はなるべく頑張りますね!
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第1章 日常 『忘れられた教会』

POW   :    あちこち巡ってみる

SPD   :    物思いに耽る

WIZ   :    祈りを捧げる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ベロニカ・サインボード
歩むたびに風景が変わる…アリスラビリンスじゃあ珍しくない筈なのに
風景が移り変わる…グリモアベースで慣れてる筈なのに
この陰鬱で沈んだ景色の数々は、私の何かに突き刺さる…まるで小枝が服に引っかかるように、魂を裂いて、千切る

その拍子に、記憶が欠けたのがわかる
何を忘れたのか、それも忘れた

だけど私のフォースオーラ『ワーニン・フォレスト』を見れば思い出す
この能力は何のために?それはオウガを倒すため
なぜオウガを倒すのか?それはアリスを救うため
なぜアリスを救いたい?それは希望を示すため

私と出会った、一人のアリスが見せてくれた『希望の芽』。その輝き
希望を守る意思の形。道を示す能力。それが『ワーニン・フォレスト』



 洪水のように視界一面の黄金が昏き色の石壁となり、次には壁崩れた星無き夜空。
 ベロニカが歩を進めれば月の光を宿す月光城を背景に、瓦礫の山が現れて二つ目の城を築く。隙間から生えた細い木は風吹けば枯れたような音を立てた。
(「歩むたびに風景が変わる……――『アリスラビリンス』じゃあ珍しくないはずなのに」)
 だが、ベロニカの――時計ウサギの目はココに『出入口』を見出せない。不思議の国を出入りするためのウサギ穴は容易く見つけることができるせいか、ふと違和の生じる意識下の動き。
 風景が移り変わった光景なんて、グリモアベースで何度も見た。数多の世界。世界への自在移動はグリモアによって開く。
 時計ウサギ、猟兵――導きに長けたベロニカが見出せぬ、自立した移動手段がココには無い。彼女はそう判じた。
 廃教会の前に広がる石塚、木板の簡素な墓標。
 今でこそ分かったことだが、下層で生きてきた者が上層で転生し魂人となることなど知らなかった。
 この墓標は嘆きと悼みによるもの。
 天に昇れるようにと縁者が築いた【道標】かもしれない。
 一、二拍の僅かな瞬きはベロニカなりの黙祷であった。
 移り変わるこのダークセイヴァーの景色はきっと何処かに在る地。この墓の下に眠る者は魂人として転生している。けれどそれは誰もが死を経験したということ。平等な『死』があって、彼らは上層へと強制的に導かれる。
 その導きはベロニカにとって…………、
「…………」
 ベロニカは赤茶色を眇めた。
(「この陰鬱で沈んだ景色の数々は、私の何かに突き刺さる……」)
 その何かとは何だったのか。
 傍に在る『ワーニン・フォレスト』を手の甲で撫でた。独特なエネルギーの厚みが心地よい。
 ベロニカの周囲に広がる景色は寒そうな広場となっている。高台に置かれたギロチンは薄汚れていた。石畳は粘着き、目を凝らせば淀んだ赤茶色。
 悲痛な叫びが、狂気的な熱がここでは湧いたことだろう。
 赤き惨状に飛び交う喜怒哀楽。この時、ベロニカの耳を劈いたのは×××の叫びであった。彼女の心を奪っていく×××。
 この時、ベロニカは記憶が欠けたのがわかった。
 だが……何を忘れたのか、それも忘れてしまった……。
 否。
 おそらく細々と。まるで小枝が服に引っかかるように、魂を裂いて、千切る。そのようにして記憶は欠けている。
 繰り返されれば剥き出しになっていく何か。
 洗練されたベロニカの動きは鈍り、思考は偏り、視野は狭くなる。そんな感覚。
 ベロニカは――、
(「私は、」)
 ――持っていた道標を失いつつあるのかもしれない。
 道を行くために掲げる旗は何処にある。
 ふと、掌に感じた空気の厚みに意識を預けた。

 あたたかき狼女。鬣は盛る炎のようだ。ダークセイヴァーではなかなか得られぬ光。フォースオーラ。
 ……この『能力』は何のために?
 【それはオウガを倒すため】
 ベロニカの疑問に道標が掲げられた。それは誰が目にしても明らかな、フォース・オーラの看板。
「私は、なぜオウガを倒すの?」
 【それはアリスを救うため】
 ×××。×リス。アリス。
 オウガが喰う者。アリスラビリンスへと迷い込んだアリス。アリスたち。
 記憶を失くしたアリスの存在は『真っ白』で、その白はアリスラビリンスで過ごすうちに様々な色に染まっていく。
 喜びの色、怒りの色、悲しみの色、楽しき色。
 でもアリスの心の本当の部分の色は変わらない。
 それをベロニカは知っていた。元の場所に帰ろうとするアリスを、ベロニカは助けたかった。救いたいと思った。
「…………私は、なぜアリスを救いたいの?」
 【それは希望を示すため】
 希望。
 ベロニカの脳裏に、鮮やかな記憶が甦ってくる。
 ベロニカと出会った、一人のアリスが見せてくれた『希望の芽』。
 その芽は――アリスという名の種から芽生えたそれは、生に満ちていた。扉を探し、目指してラビリンス世界を行くアリスの旅路。誰一人として同じものなんてない。
 ベロニカが出会った、アリスの見せてくれた『希望の芽』は、ベロニカの大切な道標にもなった。
「ああ、輝きはここに。ずっとあった」
 ベロニカを包みこむはフォースオーラ。

 デスギガスへと流れ込む魔力のひとすじが遮断された。
 回廊の景色に奪われて溶け込みそうだったベロニカ・サインボード(時計ウサギの道しるべ・f35983)の意識が、時間が、再び確立する。
「希望を守る意思の形。道を示す能力――それが私の」
 『ワーニン・フォレスト』
 絶望は終着点ではない。
 希望の道を示していこう。これからも。ずっと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

堺・晃
記憶か…
大切な物なんて、殆んど作らないようにしてきた
しつこい奴らがいるから最近は少しだけ諦めているけれど

だとしたら、僕は今、何を忘れた?
この妙な苛立ちはなんだ

手持ちの道具を眺めてみる
何かを探るように

龍狼剣
あぁ…大切
大切か
父の…あのクソ親父の命を奪ったこのナイフ
肉を断つあの感触、達成感
そして…僅かな後悔

こんな奴はどうだっていい
僕は何故親父を殺すに至ったのか
守りたいものが…人が、いた筈だ

証は何一つ残っていない
親父が皆壊すから
誕生日には色んな物を、愛を、くれていたのに
僕の、大切な

母さん

あぁ…凄いな
物が無くても思い出せたよ
父への恨みが役に立つとは

奪わせてたまるか
母への思いは、記憶だけは
死んでも、絶対に



 何かを探し続けているかのようなオブリビオン、タロットが彷徨う黄金城砦。
 強制的な忘却が起こるとされる黄金回廊への侵入を果たした堺・晃は凪そのものであった。
 記憶は現在に至るまでの積み重ねによるものだ。その歩みに迷いはない。
 もとより晃は大切な物など殆ど作らないようにしてきた。そう。大切な物、だなんて情のしがらみでしかない。
 薄氷のように薄くした日々の記憶。ミルフィーユのようなソレに色を付けたならば、重ねた暗殺行為に染まってきっと赤黒い。
 あぁ……でも、と。ふと過るは薄氷の間に挟まっているかのような、羽根ひとつ。
 真っ白で、けれども光にかざせば真珠のような深みのある彩り。
 彼の周囲にはたくさんの色が訪れていて――気付けばソレに晃も囲まれていることがある。
 しつこい奴らだよなぁ、なんて思う。最近はそのしつこさに少しだけ諦めているけれど……。
「……?」
 気付けば感じる存在は、晃の生き様に重みを宿しているように思える。だが彼らの『しつこさ』は晃の根幹とはなりえない。
「僕は今、何を忘れた?」
 黄金回廊の景色は、大きな穴の開いた荒野となっていた。血のにじんだ轍が荒野に刻まれている。
 穴には遺体が投げ込まれており、一種の墓場か、と晃は思った。
 そしてまた何かを忘れたことに気付き、けれどもすぐに目前の風景に意識を奪われた。
 ――とりとめがない。
 自身の思考回路が分断され、晃という芯が薄れていく感覚にヒヤリとする。まだ『自覚』できるうちなのが幸いだ。
 戦闘衣装である黒夜に一度手を当てれば、指は思い出したかのように小型の剣柄へとたどり着いた。
 ナイフだ。柄を握った瞬間、思わずといったように掌に力がこもった。何が何でもという意志が垣間見える握力で。

 そう、手応えは重く、あっけなかった。

 剣で肉を断つあの感触、達成感。胸にあった淀んだしこりが解けて得た安堵。
「あぁ……大切……、……大切か」
 吐き出すように呟いた晃が舌打ちをする。
「クソ親父」
 憎しみをこめた声。
 今、彼の心は確かに過去を辿った。鮮やかに甦った記憶をなぞるように、今やその死を二度届けたも同然であった。
 父の命を奪ったナイフ『龍狼剣』。
 鞘から引き抜いた刀身が赤く染まった瞬間を今でも思い出せる。
 あの時、引き抜いた瞬間に僅かな後悔が訪れたことすらも思い出せる。憎き相手にそう思ったことこそが『後悔』だ。忌々しい。
 血振りすら知らぬ少年の頃。
「……あんな奴はどうだっていい」
 大切ですらない。
 だがきっかけだ。
(「僕は何故親父を殺すに至ったのか」)
 自らの手を赤く染めた理由は何だったか。

 父の手は『壊す』ためにあったようなものだ。
 幼い晃が大切にしていたものを壊す。
 泣けば仕置きに、怒りをあらわにすれば躾にと、父は晃とその周囲を害する存在だった。
 圧倒的な父の害意に殺意が混ざる瞬間が、とても恐ろしく感じたものだ。
 ……晃は現在に至るまで大切な物を作らないようにしてきた。
 どうせ、|壊れる《壊される》から。そういう生き方をしてきた……だが、その『前』は?

 記憶の残像のなか、赤く染まった手は温かい。父のそれは嫌でたまらない。
 けれども晃は違う温かさを知っている。

 彼女の手は『癒し』をくれた。
 壊された玩具を手に晃が落ち込んでいると、抱き寄せて慰めてくれた。
 彼女がくれた物は何も残っていない。父がみんな壊すから。晃に残されたのは思い出だけだ。
 父の姿を思えば甦るのは壊された物たち。
 その残骸は、贈ってくれた人を想わせる。
 ――誕生日には色んな物を、愛を、くれていたのに――。
 彼女は。
(「僕の、大切な」)

「母さん」

 堺・晃(元龍狼師団師団長・f10769)は僅かに微笑んだ。
 常に受けていた愛は、晃が『しつこい奴ら』と称する日々のものにも似ている気がする。
 舌にのせて転がした言葉は親しみやすく、同時に父への恨みも増した。追体験のような時間を思えば恨みが増すのも当然だろう。
「あぁ……凄いな、物が無くても思い出せたよ」
 大切な記憶を。
 大切な人を。
 大切な愛を。
 完全に壊される前に守ったことを。
 付随する父に関する記憶には遺憾を抱かざるを得ないが。
 気付けば、デスギガスへと送られる魔力が薄れてきたのだろう。ダークセイヴァーの昏き景色に重なるように元の黄金回廊。

 奪わせてたまるか、と晃は意志を硬くする。
 母への思いは、記憶だけは。
 死んでも、絶対に――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

烏護・ハル
SPD

……あれ?
私……何のために戦って……?

……霊符?
持ってきてたっけ?
それに式神……。

……違う。ただの霊符じゃない。
それに、『式神さん』、だ。

陰陽師として腕を磨いた。
『家族』と一緒に。
あの頃からずっと身につけてた霊符。
『家族』だった証。

そして今の、もう一つの家族。
だから私は呼ぶんだ。『式神さん』って。

……弟子仲間の皆はもう、この世にいないけど。
思い出はずっと残ってた。
式神さんも、いつも私と一緒にいてくれる。

そうだ。
もう大切な誰かを失いたくない。奪わせない。
だから戦うんだ。これからもそうだ。

ごめんね、皆。もう少しで本当に忘れちゃうとこだった。
式神さんも。心配かけてごめんなさい。
私はもう大丈夫。



 黄金回廊にたどり着けば次々と変わっていくダークセイヴァーの昏き景色。
 そこには絶望の痕が蔓延し、生きる理由生きていける可能性すら見出せぬ場所が多い。廃教会の前には埋め尽くされるほどの墓標――魂人として転生することなど、知らないままに訪れた死。
「……あれ?」
 ……けれども、今、烏護・ハルはどうして自身がこの場所にいるのか……どうして自身は戦うための装備をしているのか、それが分からない。
「戦うため……だよね? ――私はハル。ダークセイヴァーでの戦いにやってきた」
 ひとつ、ひとつ確認をしていくハル。
 だが助けたり救うために自ら戦いに赴いたのか、それとも戦争の駒として投入されたのか、そういったことが思い出せなかった。

 記憶の欠如は彼女の思考や存在意義を分断し、忘却は彼女を魔力の糧や傀儡にしようとしている。タロットと呼ばれる存在が彼女を注視した。いつでも空っぽになるであろう身体を操れるように、と。

 質実剛健をともなう洋服に刃織り物。武器は、とハルが自身を検めれば日本刀と魔力の高める杖、そして。
「……霊符? 持ってきてたっけ?」
 霊符がよぶものは何だろうとハルは記された符号を読む。

『ねえ! 召喚の符号を教えてほしいの』
 ハルが兄弟子に強請れば、兄弟子はハルを文机に呼んだ。文鎮でしっかりと伸ばされた薄紙、刷り上げた墨の匂い。
 筆に含ませて描かれる符号の色は薄い。墨の刷りが軽かったせいだ。
 快く教えてくれる兄弟子もいれば、しょうがないな、と言いながら教える兄弟子もいた。だが誰も幼いハルを邪険にしたことはなかったように思える。
 ぼくも、と隣に座る弟弟子たちがやってくることもあった。
 師とは違う字の手跡も力強かったり優しかったり、麗しかったり。文字や符号の手は術に直結するようで、十人十色の陰陽術がここにはあった。
『教えてくれてありがとう』
 と礼を言うハルに返ってくる微笑み、照れたような顰め面。
 ハルは気まぐれな師に礼を言うことは稀であったが、兄弟弟子にはとても懐いていた。
 陰陽道を修める日々の中での営みは彼らとともに。例外なく当番制である。
 その人の癖が出る食事作り、息抜きでもある薪拾い、買い物ついでに駄菓子を買ってきてくれる人の良い兄弟子はよくバレて叱られたり、寝汚い弟弟子にはハルもほとほと手を焼いた。
 文字ひとつ、符号ひとつ。
 思い出すものは懐かしいことばかり。
 そして、苦しくて、悲しい記憶も追ってくる。
 ずっと身につけている霊符は『家族』といた証だ。
 いつかは自立するかもしれない……していたかもしれない『家族』は、ハルが会おうと思えば会える場所にいる……場所にいたはずだった。
 一緒に修行をして、たまには過去を振り返っての思い出話。
 これからやりたいこととか、事件解決の苦労話とか、兄弟弟子と話したいこと、一緒にやりたかったことがたくさんあった。

 文字ひとつ、符号ひとつ、霊符一枚。
 思い出すことはこんなにもある。
 大切な、大切な記憶。
 甦ってくる瞬間は嬉しくて、けれどもつらくて。ハルの目頭は熱い。
 これはただの霊符じゃない。
「……式神さん……」
 兄弟弟子たちとの日常、ハルの努力、たくさんのものが込められて存在するもうひとつの『家族』。
 式神さんと呼ぶのは家族への愛着から。
 霊符に霊力を伝わせれば、ふわりと出現する式神さん。式神さんを見て浮かべたハルの表情は泣き笑いに近い。
(「……弟子仲間の皆はもう、この世にいないけど」)
 縁はずっと傍に在った。
 『現在』まで生きて戦ってきた烏護・ハル(妖狐の陰陽師・f03121)のなかにはたくさんの『家族』の存在が生きている。
「式神さんも、いつも私と一緒にいてくれている。……ありがとう」
 今も、明日も、これからも。
 ずっと家族と一緒だ。そう決めたから、ハルは戦い続けてきた。
「そうだ。もう大切な誰かを失いたくない。奪わせない」
 ハルの力が誰かを守る。守った命は未来まで繋がる道だ。
 ハルの、大切なかつての人たちは――兄弟弟子たちはハルを未来へと繋げてくれた。
「私の力は……ううん、皆の力は、これからも大切な誰かを守るんだ。だから戦うんだ。これからもそうだ」
 ぱちぱちと瞬きをして熱を払って。
 声に出せばハルの行きたい道が見えてくる。
 こういう時、言霊って本当にあるんだな、と思う。
『ハル、腹から声を出せ』
 修行の際に教えられたある兄弟子の言葉を思い出して、うん、とハルは頷いた。
「ごめんね、皆。もう少しで本当に忘れちゃうとこだった。式神さんも。心配かけてごめんなさい」
 寄り添ってくれる式神さんに微笑んでみせて。
 忘れたくない。忘れない。
 そんな気持ちが喰われてしまうほど、この世界は過酷で。
 でもね、ほら。こうやって大切なことを大切だと改めて、強く、絆を抱えることができた。
 文字ひとつ、符号ひとつ、そして兄弟弟子の言葉たちが今のハルを形作っている。
「私はもう大丈夫」
 だから見守っていてね。
 一緒に生きていってね。
 ハルが頑張っていける証は、すでに紡がれていた。

 昏き景色が薄れている。
 タロットの存在は遠くなっている。
 流れる魔力が薄れつつある黄金回廊を、ハルは駆け抜けていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ガーネット・グレイローズ
古びた教会…?これもまた、この魔城が見せる幻なのか。
景色が瞬くたび、私の中の大事な記憶が抜け落ちていくのを《第六感》で感じ取れる。心にぽっかりと穴が空いていくようだ。だから必死に、今と過去の私を繋ぎ止めるものを探る。

私の両親、弟。最愛の夫。母の宇宙船、ステラマリアに初めて乗せてもらった日のこと。

【イデア覚醒】を使い、まやかしの風景を見破って記憶を取り戻す!そうだ。どれも私に必要不可欠な、忘れてはならないもの。

両親の葬儀の帰り、弟とけんかをしたこと。居住コロニーの教会で、結婚式を挙げたこと。

感謝するよ。忘れかけたということは、まだ私の中に彼らの思い出がしっかりと残っていたということなのだから…。



 昏き荒野の一角に突き立てられた墓標の数。瓦礫の様子から廃村だということが分かる景色。
 弔いは一体誰がしたのだろう。
 光無き空に向く墓標は、死者が穏やかに迷いなく天へ向かえるようにと願っているみたいに。
 だが実際は転生して魂人となり、この世界に生きる者、生きてきた者の苦境が続く。ダークセイヴァー。
 生きていきたいという心を折る輪廻だ。
 世界のそんな情勢を、ガーネット・グレイローズは理解する一人である。
 廃棄された月光城と移り変わっていく景色は、もとは黄金回廊のもの。
「次は……古びた教会?」
 目まぐるしい変化に一瞬でも意識を奪われてしまえば何かの欠落を覚えた。
 船長として社長として、貴族として日々を忙しく過ごすガーネットの勘はいつも研鑽されて冴え渡っている。
 ふいに心にぽっかりと空いた穴のようなものに彼女は気付いた。
 昏き闇に同化するみたいに、虚ろな意識が身の内にあることを感じる。そろりと『タロット』の迫る気配。
「――」
 ひゅ、と喉を鳴らすように息を呑む。

 衝動か防衛本能か。ユーベルコードのイデア覚醒が発動した。
 待て。と手を伸ばし掴んだのは昏き世界のなか――繋いだ父の手。闇に落ちていく記憶を繋いでいく。彼方に行きそうだった記憶を引き寄せる、『少女』。
『さあ、ガーネット』
 幼い娘をエスコートする父は、彼女に目を合わせたあとに行く先へ視線を戻した。安全な航路、安全な一団を組む居住船から渡り入ったのは『ステラマリア号』。
『ここがお母さまの船?』
 わくわくとした幼い声は自身のものだ。
 愛おしいガーネット。
 私の愛する宝石。
 赤い小さなお嬢さん。
 父も母も歌うように囀るように心地の良い声でガーネットを呼ぶ。
 特に母は優しい。優しいけれど、怒ると怖い。凛としている一面もあり、それはコロニー船防衛隊として働くステラマリア号の資質としても現れていた。
 船の中での見学はちょっとした冒険だ。
 船の農園で作られたお茶を頂いて、茶菓子ももらう。美味しさは他の船と同等で味気ないものだったが、フルーツの成分が入っていると教われば少し甘みも感じる気がした。ちょっとした贅沢の時間だ。
 ステラマリア号に滞在する数日間。ここで経験した楽しい出来事たちを弟に話してあげよう、とガーネットは思った。
 乳母と留守番をしている弟は最近かなり生意気になっていたが、それもこれも、色々なことが出来だしたガーネットを羨んでいるからだ。もしまだ生意気にしていても、お姉さまなので寛大に接してあげようと、機嫌よくガーネットは考えた。
 忘れないように今日のことを電子日記にする。結構なスクロール量になってしまった。
 防衛船であるこの船はしょっちゅう訪れて良い場所ではない。
 初めて訪れたこの日のことは、ガーネットの心に強く焼き付いた。

 弟とはよくけんかをしたかもしれない。
 私も、容易く折れる性格をしていないしな、とガーネットは思う。若い時は特にだ。
 二人はよく似た性格だったのだろうと今になって感じる。
 仲直りの方法は様々にあったけれど、一番やりやすかったのは差し入れだった。
 子供の頃はちょっとしたお菓子、本、大人になれば飲み物やペン、手に入れた宇宙石。
 ――両親の葬儀の帰りにもけんかをした。…………、仲直りはしなかった。
 姉にも、弟にも、貫くべきことがあった。
 永遠なんてない。
 思い通りになることなんてない。
 でも生きていこうという意志は共通していた。それは皆に言えることだ。
(「なんて頑固な……」)
 くすりと浮かべた微笑みは少し、哀しい。ガーネット・グレイローズ(灰色の薔薇の血族・f01964)にとって必要不可欠な、忘れてはならないもの。日々。今まで。これから。
 ガーネットと彼ら。彼我の死や想いが分かたれた時、彼らが抱えてきた命題はガーネットの一部となった。
 最愛の夫から渡された命題が一番、大きい。
 居住コロニーの教会で、結婚式を挙げたあの日のことは今でも鮮やかに思い出すことができる。ガーネットが一番未来への希望に輝いていて幸せだった日。
 伝え合わせた想いや熱、言葉。
 でもやっぱり永遠ではなくて。故に思い通りにもならなくて。
 それでも生きていかなければ。そういった意志を預けられた。
 すべてのことが今のガーネットを形作っている。

 黄金の城砦からタロットの気配が遠ざかっていく。
 デスギガスへと流される魔力が薄れていく。薄れ、忘却しそうになった過去は追体験を伴いながらガーネットへと回帰した。
 彼女の胸はずきずきと痛んだ。まるでたった今、血を流したかのように。
 懐かしい痛みだった。同時に、時の流れの残酷さを感じる。
「感謝するよ」
 ガーネットは呟く。
 心を抉る過去は最愛の日々でもある。
 幸せだった過去は、悲しみを怒りを苦しみを感じた日は、ガーネットを強くした。
「忘れかけたということは、まだ私の中に『彼ら』の思い出がしっかりと残っていたということなのだから……」
 寄り添い生きてきた|記憶《愛》は、いつもそこにある。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
回廊を歩く内に、自身の狼の耳や尾が気になり疑問が湧く
…なぜ、俺はこれを隠していない?

見られてはならない、外套で覆って隠さなければならない
人狼だと…満月の夜に凶暴化を引き起こす“化け物”だと知られてはならない
知られてしまえば迫害を受けると身をもって知っている

不安から無意識にペンダントに触れて
そうすると不思議と落ち着いてくる
仲間に裏切られ一人で放浪していた子供の自分を拾ってくれた、師と呼べる人の形見だ
人狼と知られた後も関係ないと言って共に居てくれた

…ああ、そうだ
彼がそう言ってくれてから耳や尾を隠さなくなったのだった

記憶を奪われるとはこういう事か
取り返した大切なものを、今一度しっかり心に留め先へ進む



 黄金回廊。
 いつしか景色は昏くなり、見慣れた闇が広がっていた。墓標のある廃教会、枯れ草枯れ木すらない荒野、瓦礫に囲われた集落、不気味に光り輝く月光城。
 絶望の痕が蔓延し、人が生きていく理由など見出すことが難しい、いつものダークセイヴァー世界の風景。
 移り変わっていくその景色たちは昏い色のヴェールを重ねていくようにも思えた。
 シキが生まれ育った果て無き闇の世界。見知らぬ土地の見知った光景のなか歩んでいたシキに、ふと疑問が生じた。
 銀髪をかきあげれば当然指は狼の耳へと当たった。瞬間、逸るような衝動が胸に湧き上がる。
(「……なぜ、俺は『これ』を隠していない?」)
 狼の耳。狼の尾。
「――」
 より暗い場所を探して、そちらへと歩んでいく。それは『少年』の癖だった。

 闇に覆われた世界で。シキはいつも暗い場所に潜むようにして生きてきた。
 建物の影、路地、遮蔽物が無い場所では外套のフードを深く被った。篝火の側には近寄らず、灯りの届く場所に入らないようにしている。より暗い位置はシキが安全に生きるための縄張りだ。
 幸い、彼は夜目が利く――人狼だから。
 そう、人狼だから物心ついた時からシキは人々に虐げられていた。命からがら逃げだしたことなど幾度もある。
 そして学んだことといえば、人狼だと知られてはいけないということ。
 満月の夜に凶暴化を引き起こす“化け物”だと知られてはならない。
 知られてしまえば迫害を受ける。
 水をかけられ出ていけと怒鳴られる。身体や衣服を乾かすことが出来ぬまま、一時の住処を追い出されれば待つのは凍死だ。
 化け物め、と殴る手はかわるがわると入れ替わる。なまじ丈夫な身体なせいか、一度憂さ晴らしとして扱われれば、次の日から野良犬のように蹴られる。
 集落の労働力として囚われた少年に与えられるのは食事ではない。餌だ。
 貧民街でともに育った仲間に裏切られ、放浪した少年が何度も経験した出来事。碌な世界ではない。
 日々擦り減っていくシキの心。掌には友人と築いた一握りの情。
 人狼だということを隠して生きるのが、きっと賢い生き方なのだろう……。子供心ながらそう理解し、けれども納得は出来なかった。
 何故だ、と狼の本能が叫ぶ。
 どうして、と人の感情が訴える。
『俺はばけものなんかじゃない』
 外套に包まって膝を抱えて、ただの布の塊であるかのようにして夜を過ごした。

 だが、今はどうだ。
 フードのない無骨なジャケット。何とも心許ない『装備』だ。
 不安を覚えたシキが無意識にペンダントに触れる。銀製のペンダントはシキの肌よりも少し低い温度が宿っている。
 過去から今に至るまで何度となく指を滑らせ弄った。
 不思議と落ち着きを取り戻してくのは何故だろうか。裏面にある『J・ジルモント』の刻印は師のものだ。
 メメント・アミュレット。これは一人放浪していた子供のシキを拾ってくれた、師と呼べる人の形見だ。
 それこそ水をかけられた時のことだ。衣服を濡らし凍え震えていたシキの外套を剥いだ人物。
 構えたシキの頭に視線を向けたのは一瞬。それから焚火の近くまで押しやって世話を焼いてくれた日のことを覚えている。
 警戒心が最高潮だった頃の少年だ。とにかく扱いづらかっただろうに、と、今のシキは思う。
 ――自分が警戒心を解いたのは、
『関係ない』
 端的な、素っ気ない彼の声を聞いた時だった。
 そう言われた前後は……そうだ、『俺が嫌じゃないのか。みんながばけものと呼ぶ人狼だぞ』……確か、そんなことをシキは言ったのだ。
 師となる者はくだらない、という表情や声を隠しもせずに『関係ない』と告げた。
『か、関係ない……のか?』
 シキが動揺する。どうして自身が戸惑わねばならないのか。
 師となる者はそんなシキを見遣った。
 シキが子供であること。
 シキが独りでいること。
 子供は独りで生きていけないこと。
 シキが独りでの『狩り』に慣れていないこと。
 師となる者は当たり前のことを、当たり前に告げた。至極真面目で馬鹿にした様子はない。
 そして頼っていいと告げた。大人がシキに対してそう言ったのは初めてのことだった。
 久しぶりに、独りじゃない夜を過ごした。貴重な資源を燃やす焚火は久しぶりにシキの体温を上げ、地面にくっきりとした影を描いた。
 師となった彼はそれからもシキと共に過ごした。一緒に居てくれた。
「……ああ、そうだったな」
 はっきりと甦った記憶にシキが呟く。
 彼がそう言ってくれてから、人狼の耳や尾を隠さなくなったのだ。
 あれからシキと共に生きてくれたから。
 シキは大人になった。
 シキはジルモントを得た。
 誰かに生存を教示できるほどに強くなった。
 様々な仕事がこなせるようになった。
 そうしてシキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は今を生きている。

「……、記憶を奪われるとはこういう事か」
 シキ自身が得た救済が、今一度鮮やかに。
 取り返した大切なもの。
 師の教えを根幹として築き上げてきた、生。
 狼の耳は遠くの音を聞き分け、尾は空気に伝わる微弱な気配を感じ取る。
 デスギガスへと流れ込む魔力は薄くなっていた。黄金色が徐々に戻ってきた『回廊』を見渡し、黄金城砦を駆け抜けていくシキ。
 今一度しっかり心に留め、彼は先へ進む。

大成功 🔵​🔵​🔵​

箒星・仄々
抗いがたい忘却になんか負けません!
デスギガスさんへの魔力供給を断ちましょう

これが各地の風景…
さてイロハさんのお話によれば
どうやら私は
大切な記憶を忘れてしまったようです

今すぐに思い出せなくても
確かにあるのなら
きっと思い出してみせます

竪琴を爪弾き
自らの治療を試みながら
改めて風景に目をやります

辛い光景もありますが
それでも今を懸命に生きて
命を未来へと紡いでいる

私が猟兵をしているのは
その命と未来を守ため

皆さんの笑顔を、守ため

光がさすかのように
忘れていた記憶が一気に蘇ります
様々な世界での多くの人々との出会い
沢山の笑顔

闇の種族さんを
五卿六眼さん達を倒して
皆さんの笑顔と未来を守り抜きます!



 廃棄された砦はその地域の防衛に使われていたものなのだろう。
 黄金の回廊から見る間に変化していく景色は、ダークセイヴァーの昏き世界。箒星・仄々はぱちりと大きな猫の目を瞬かせた。
 仄々のような陽射しに揺らぐ若木のような緑に、縁なき世界。
 次は廃教会の庭に立つ数多の墓標。転生を知らぬ下層の人間が、せめてもの慰めにと立てた天への導。魂人となることさえも知らずに。
 ぱちり。
 仄々が瞬きをする間に景色は変わっていく。
 血に染まった轍ある荒野。建物などない瓦礫ばかりの集落。絶望が蔓延して、生の軌跡など跡形もないほどの死の風景。
 ダークセイヴァーに在るどこかの地。
 見せられる地の惨状へと思い馳せれば、仄々の尻尾は地面に垂れ落ちてしまう。
 仄々はふるふると頭を振った。猫の耳も動きに合わせて揺らぐ。ここに訪れた目的を考えた。
「イロハさんのお話によれば、私は大切な記憶を忘れてしまうようですが……」
 ダークセイヴァーを救うため、仄々はこの戦場に立つ。
 今の仄々にとってこれは大事な理由だ。だって彼の目的なのだから。
 ――はて、何を忘れてしまうのでしょう。
 のんびり気ままな猫。ケットシーである自分は、何かを忘れたところで特に支障はない気がする。
「……だってこうして竪琴を弾くことも忘れていませんし」
 ポロロン♪ と抱えたカッツェンリートを奏でてみたり。今すぐに思い出せなくても、仄々の忘れてしまった大切な記憶は確かにあるだろうけれども。
 適当に弾けば何となく曲になる。即興の音色は仄々の気分次第だ。
 ふんふんと息を弾ませての鼻歌。やはり気ままに覚えのある指使いを披露すれば――、
「……あ、あれ? そういえばこの曲の……先が思い出せませんね??」
 がぁん、とショックの表情がケットシーの顔に浮かぶ。
「大切な音楽だったのでしょうか?」
 ここでようやく本当の違和感を覚える仄々。自身の音色はこんなにも軽かっただろうか?
 爪弾く技術に伴わない心情。
「…………」
 仄々の爪先は恐る恐ると弦に触れた。ポロン♪ どこか空虚にも思えてしまう音が仄々の耳に入ってくる。
 ぞわぞわと毛が逆立った。
 シンフォニック・キュアの力をのせて。仄々は竪琴を奏で続けた。

 旅をしているケットシーは美しい景色を見て、竪琴を奏でることが好きだ。
 相乗し寄り添う綺麗な音色が世界に彩を与えてくれる。
 酒場で習った曲調、広場の楽団とのセッション。音色に満ちた旅は仄々を幸せにしてくれる。
 この『幸せ』をおすそ分けとして届けたい――。
 ……誰に?

 仄々の瞳に昏き色の廃墟群が映った。
 ととと、と仄々は駆けて廃墟群の中へ入ろうとした。けれども直前に景色は変わってしまう。
 廃屋となった場所には埃の積もった机、倒れた椅子、崩れかけたカウンター。壁際に寄せられた布塊はテーブルクロスだろうか。食堂か酒場か、そんな雰囲気の室内だった。
 窓から外を覗けば、畑には盛り土がある。それは棺のように見えて……身近にある死を感じた。
 ダークセイヴァーにおける一度目の死は報いなき死だ。
 誰にも平等に訪れた死の行先は、魂人への転生。新たな苦痛が始まる生。
 少しでも苦痛を和らげたり癒したりしてあげたい。
 この世界で、仄々は人々を楽しませる音色を奏でたことを思い出す。
 懐かしき故郷の曲を奏でれば、涙を見せる人がいた。
 思い出した音色を口ずさみ、仄々に曲を教えてくれる人がいた。
 リズムの良い曲を奏でれば、ダンスを披露してくれる集落の魂人たち。
 子供たちも見様見真似で踊ったり、仄々の楽器に触れたそうにしていたり。
 ポロン、ポロロン。
 奏でる音ひとつひとつに深みが戻り始める。
 この黄金回廊に映る景色は辛いものばかりだ――それでも今を懸命に生きて、命を未来へと紡いでいる人たちがいる。仄々の音色は寄り添うものとなっていく。
 誰かのために弾く竪琴。
(「私が猟兵をしているのは、彼らの命と未来を守るため」)
 朝には清らかなおはようの曲を。
 昼にはランチが美味しくなるような明るい曲を。
 お茶の時間はちょっと優雅な音色。
 夜は穏やかな子守唄を囀るための曲を。
 ちょっとずつ重ねていく日々の営みのなか、捧げる音楽は誰かの幸せを願い彩るもの。
(「皆さんの笑顔を、守るため」)

 箒星・仄々(ケットシーのシンフォニア・f07689)の、豊潤の如き音色は柔らかだ。

「どうして、忘れていたのでしょう」
 スペースシップワールドでの物語調の音楽。
 アックス&ウィザーズでの明るい曲。
 UDCアースでの音楽祭は道行く皆が楽しんで。
 ブルーアルカディアでは勇ましき戦いの音楽を。
 仄々の巧みな旋律は、様々な世界で多くの人に寄り添ってきた。
 乾杯! と仄々の演奏を祝福する杯の数々。
 音楽による鼓舞の報酬は勝利の笑み。
 リラックスして聴く音楽に寝落ちてしまう人がいれば、お疲れさまの気持ちを込めて奏で上げ。
 ――すべてが、仄々の大切な記憶。
 仄々の綺麗な旋律を作り上げてきたものたちだ。
 虐げられてきたせいか、このダークセイヴァーで出会った人々の笑顔はぎこちなかったり、はにかむようなものが多い。
 久しぶりに笑ったよ、という言葉に、仄々はもっともっと彼らに笑顔をあげたくなる。
 皆のなかにある、明るく楽しい気持ち。それを引き出せるように仄々は手を貸していきたい。
「闇の種族さんを、五卿六眼さん達を倒して。
 皆さんの笑顔と未来を守り抜きましょう!」
 仄々の旅路は、ひとりでゆくものではない。
 ともに歩く皆の顔に笑顔を甦らせながらゆくのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

炬燵家・珠緒
大切って言われたら…
うーん、やっぱりご主人様との思い出かなぁ〜〜
二人でいろんなところ旅したしね〜〜
…ん?
あれぇ、わたし、誰と一緒だったんだっけ?
ひとり…ではなかった気がするんだけど
頭の中に霧がかかってて、昔のことが全然思い出せない感じ
んん?ご主人様って誰だっけ?
確か、私の…ダメだ、大事なことがちっとも出てこない
私をこの世界に喚んでくれた…そんな人いたっけ?

何気なく首元に目線を向けたら
目に入ったのは柘榴石のネックレス

…あ、そうだ
これは、ご主人様と別れた時に預かったものだ
わたしはご主人様にこれを返さなきゃ

不思議、今まで思い出せなかったことが次々と思い出せる
ご主人様を探さなきゃ〜〜!



「キラキラな回廊だったのに、くらくなっちゃった」
 黄金城砦の黄金回廊に入った炬燵家・珠緒は、変化した昏き色の世界を見て目を瞬かせた。
 柘榴色のガラスをはめこんだような艶やかな猫の瞳に映っていくのは、乾いた風の吹く荒野――真っ直ぐに伸びている轍の先には捨てられた集落、荒れ果てた農園。
 廃教会の前に広がる墓標に献花はなく、かわりに木の人形や積まれた石。
 冷たくて寒い夜色の世界に、ほんの少し感じる誰かの息遣い。
「抗いがたい忘却だっけ。大切な記憶……思い出?」
 デスギガスへと流れる魔力を止めるには、思い出すこと。何か、思い出すようなこと……忘れていることってあったっけ? なんて珠緒はのんびりと考えてみる。
 大切なこと。
 いろんなところを旅した――珠緒の脚と、誰かの脚。
 草地を踏む音、可愛い花を見つけたら教えてあげて、その人は珠緒の様子に微笑みながら携帯植物図鑑を開いてくれた。
 青の空が美しい世界だ。浮遊している大陸には様々な文化があって、珍しい動植物、珍しい発明品と大陸によって特色も豊か。
「……ん? あれぇ、わたし、誰と一緒だったんだっけ……?」
 こてりと首を傾ける珠緒。移り変わっていくダークセイヴァーの風景は彼女の思考とは離れすぎている。
 青空のないこの世界は閉鎖感を覚える空だ。まるで蓋をされているかのような。
 ――ああ、でも。ちゃんと知っているよ。
 燃え盛りながら雲海に沈んでいく大陸。
 雲海から甦った鉄色に染まった帝国。
 決して。穏やかな風景ばかりを、珠緒と……思い出せない誰かはその目に映してきたわけではない。
 戦いと惨禍に巻き込まれ、ずたずたになった集落の復興を手伝ったり。お墓を作ったり、空葬の手配をしたり。
 野山で食べられるものを探したり、狩りをして炊き出しの食材にしたり。
 青の世界と同じく暗黒に満ちた世界にも住んでいる人はいて、やっぱり戦いと惨禍に巻き込まれている――瓦礫跡の景色を眺め、珠緒はそんなことを思った。
 きっとどの世界でも、生きていく人の根幹は同じなのかもしれない。
 懸命に、今日を乗り越えていく。『珠緒たち』が旅をしてきて、気付いたことのひとつ。
「夜の世界の花は、どんなのが咲くんだろうね?」
 珠緒の言葉に応える者は、今はいない。けれども傍に居たならばきっとこの世界の本でも開いて探してくれることだろう。
「……でも、本当に。わたし、誰と一緒だったのかな?」
 考えてみても、頭の中に霧がかかって思い出せない。ふるふると頭を振っても霧のようなものは漂っている。
 そもそもどうして旅をしていたんだっけ? ――あ、そうだ。わたしは『この世界』に喚ばれたから。
「わたしをこの世界に喚んでくれた……そんな人、いたっけ???」
 考えれば考えるほどに、わぁ、わたし、ほんとの迷子だ~、なんて思ってしまう。ふふ、と笑んで教えてあげなきゃと思う。そう思うってことは珠緒の傍には誰かがいた証だ。

 ふと、何気なく首元に目線を向けた。
 そこには大粒の柘榴石のネックレスがある。
「……あ」
 わ、しまった。すっかり忘れていたよ。そんな風のちょっとばかりぎくっとした声が零れた。
 これは返さなきゃいけないものなのだ。
 ご主人様と別れた時に預かったもの――渡された時、めちゃくちゃ返すようにと念を押された気がする。
「あっ」
 今度の「あ」は、ヤバイやらかした的な声色。
「わ~……忘れていたことってご主人様? ひぇー」
 知られたら怒られるやつだ。今日のことは秘密にしとこうかな。
 猫娘らしく、しれっとそんなことを考える珠緒。
「わたし、ご主人様を探さなきゃ〜〜!」
 一瞬ピンと立った耳。ゆっくりとしていた炬燵家・珠緒(まいごのまいごのねこむすめ・f38241)の歩みは弾むようになった。
 忘れちゃったことは秘密にしておく。これは決まり。
 ご主人様を見つけたら、夜に咲く花はあるのか訊かなきゃ。
 暗い色に満ちた世界、そこの人たちも一生懸命に生きている。
 荒野は旅がしやすくて、貴重な資源でおこす集落の焚火は旅人にも分け与えられる。
 お墓には花のかわりに人形や綺麗な石が添えられて。
 生きづらそうな、生きていく理由が見出せないダークセイヴァー世界において、難なくと珠緒は生きる人の優しさや生の軌跡を見出していた。
「ご主人様にたくさんお話してあげなきゃ」
 一人でも色んなところを旅したんだよ、って。
 ご主人様は、どんな表情でお話を聞いてくれるだろうか。

 いつの間にか、昏き世界に染まっていた回廊は黄金色に戻りつつある。
 次はどこに行こうかな。
 すっかり調子を取り戻した珠緒の歩みは自由気まま伸びやかに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

紫・藍
あやー?
何やら忘れてしまうとのお話でっしたがー。
特におかしな感じはしないのでっしてー。
それとも気づかない内に忘れてしまってるのでっしょかー?
気付けないというのは一番怖いことでっすからねー。
でも気付けないことというのはどのようなことでしょうかー。
自分にとってなんてことないもの。
或いは、その逆。
自分にとってありえなかったはずのこと。
それなら、ええ。
忘れてしまってもそれ以前の自分に戻るだけで気づかないかもしれません。
でしたら、ええ。
こうだと思っている自分自身を思い浮かべてみるのでっす!
藍ちゃんくんでっすよー!
藍ちゃんくんは藍ちゃんくんとして、自分自身に胸を張り続けれるよう生きるのでっす!
そう生きられたのか分かるのは藍ちゃんくんが死ぬ時のみ!
故に藍ちゃんくんは藍ちゃんくんの完結を目指して生きているのでっす!
どこまでも自分自身に捧げた生き方なの、で、す?
……そこなのでっす!
そこが変わったのでっす!
藍ちゃんくん、愛するヒトができたのでっす!
自分自身への求道だけでなく、他人を求めるようになったのです!



 煌びやかな黄金の回廊から、ダークセイヴァーの普遍的な夜闇に染まった景色へと変化していく。
 教会の墓場、瓦礫ばかりの集落跡地と思われる地、捨てられた月光城や、生々しい戦闘跡がある人類砦。
 回廊の作用によって『抗いがたい忘却』、大切な記憶を奪われてしまう――そんな説明を受けたことは紫・藍(変革を歌い、終焉に笑え、愚か姫・f01052)の記憶にしっかりととどまっている。
 まー大事な説明ではあるが、大切ではない。
 ふむふむと一人頷く藍。
「ですが悪意には変わりなしーですので、Present day, Present time!」
 そうして始まるのは藍の一人問答だ。
「何やら忘れてしまうとのお話でっしたがー。特におかしな感じはしないのでっしてー。それとも気づかない内に忘れてしまってるのでっしょかー?」
 ねーどう思いまっすー????
 手にしたマイクを虚空に向けたら、戸惑ったようにその部分の昏き景色がぶれた。滲んだ色は黄金の色、そしてタロットの姿。
「あらー? そこで何してるんです???」
 猟兵から消えたはずの大切な記憶。だが戸惑うこともなく、平然としている藍はその気配すらうかがえない。
 タロットはそっと景色を戻し、遠ざかっていく気配。
「ま、いっか! 気付けないというのは一番怖いことでっすからねー。でも気付けないことというのはどのようなことでしょうかー」
 自身で作った問いに考察を乗せていく。
 『気付けないこと』には二つの事柄があるだろう。
 一つは自分にとってなんてことないもの。
 藍が藍らしくなったきかっけ。過去、精神で叩き潰した悪意もまたなんてことないものだ。ハイテンションアッパーボーイに我が道を行くきかっけとなったものだが、藍にとって大切というほどのものではない。
 藍は笑みを深めた。
 ――或いは、その逆。
 二つ目は『自分にとってありえなかったはず』のこと。
「藍ちゃんくんにありえなかったコトですかー。それってなんでしょうー? ……まーそれで気付けたら気付けないことではないんですけどねー」
 『自分にとってありえなかったはず』のこと。
「それなら、ええ。忘れてしまってもそれ以前の自分に戻るだけで気づかないかもしれません。でしたら、ええ」
 声の抑揚に陽気なリズムをのせて、思い浮かべてみるのは『こうだと思っている自分自身』。藍がよく知る藍ちゃんくん!
 キマイラフューチャーの奇抜なファッションへの挑戦。
 ダークセイヴァーの処刑台をぶっ壊して、皆が陽気になれるリサイタル。
 封神武侠界ののんびり長閑な桃源郷をライブでジャックして、仙界に長期的流行を発生させてみたり。
 UDCアースの邪神を論破して跪かせてみたり。
「藍ちゃんくんは藍ちゃんくんとして、自分自身に胸を張り続けれるよう生きるのでっす!」
 そう生きることが出来たのか、QEDがなされるのは藍が死ぬ時のみだろう。
 ――自身の生へのQED。それはエコー。根幹に反響定位を示した生き方。
「故に藍ちゃんくんは藍ちゃんくんの完結を目指して生きているのでっす!」
 どんな生き方をして、どんな道が見えて、どんな道が残されて。
 けれども突き進むよう行く彼の道は藍一色の煉瓦道に違いないのだ。藍の思い描く藍ちゃんくんは、誇るほどに輝かしい。
「どこまでも自分自身に捧げた生き方なの、で……」
 ……す?
 藍一色の煉瓦の花道にその時、別の色の煉瓦がはめ込まれた。勿論比喩だ。だが藍の思考に、他の思考が落とされ波紋のように広がった。
 反響定位を掛けた音色は真っ直ぐに藍の元へと戻ってくるはずなのに、色の違う煉瓦があるとまた違った音色となってしまった。
 自分が描いたイメージではなく、他者のイメージが入り込む。
 するとどうだろう。
 藍の生き方は不規則となり、突き進むことを躊躇うものになってしまった。
 ……だが、悪い事ではない。
「――! そこなのです!」
 感じた違和を掴み上げる藍。まるで一本釣りで獲物を釣り上げたかのような勢い。勿論これも比喩だ。
「ここが変わったのでっす!」
 そうだ、そうだ! そうでした!
 ハイテンションボーイの笑顔が輝き、わかりますか!? と空へと呼びかけた。昏き景色が薄らいで黄金回廊の景色が甦ってくる。タロットの姿がざあっとさらに遠ざかった。
「藍ちゃんくん、愛するヒトができたのでっす!」
 黄金回廊の光が彼の藍髪に輪っかを作る。まるで夜の水面に映された月光。
「自分自身への求道だけでなく、他人を求めるようになったのです!」
 一緒に喋っていると自分自身で作った問答に、違う考え方が掲示される。
 同じ景色を見て、同じような感想を抱いたのに、本質はちょっとずれていたりする。
 打てば響く音色は藍のものとは全然違っていて、ついつい藍は彼女の言葉に聞き入ってしまう。

 自身を中心に構築したそれはある意味、閉ざされた世界だった。
 藍の大切な記憶。それは得た愛、変わった藍、広がった光溢れる世界。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2023年05月07日


挿絵イラスト