●新たな"劇"が始まる前に
「おう、皆よくぞ集まってくれたな。
早速じゃが、今起きていることを伝えるからよく聞いてくれ」
片手に持った紙を顔の前にして見せるのは、グリモア猟兵のテレーサ・スヴェア(砂塵の黒騎士・f01088)だ。
「ダークセイヴァーで大きな動きがあったらしい。
支配者の一である『祈りの双子』なる存在が、あの世界の第三層以下を『鮮血の洪水』で満たそうとしておる。
人々はおろか、オブリビオンさえも洗い流してしまうということじゃな。
何故か? 我々猟兵が『欠落』の存在に気づいたためじゃ。
『欠落』は闇の種族の弱点。それを察知されたわけじゃから、当然奴らにとっては都合が悪い」
猟兵がここまで続けてきた戦いを無駄にするわけにはいかない。
そのためにも『鮮血の洪水』で満たす計画を阻止し、支配者『五卿六眼』を倒すのが最終目標だ。
紙に書かれた内容に目を確認するのも最低限にし、テレーサは猟兵に視線を向けつつ説明を並べていく。
「次じゃ。
ここにいる皆には、今回、ダークセイヴァーの第四層にある劇場に忍び込んでほしい。
そこで人形劇を滅茶苦茶にしてくるのが目的じゃ。
人形劇、とは言うが、実際に舞台に立つのは生きた人間である。
力を持たぬ人間が、台本に従い踊り演じているというのだ。
「演じさせられる罪のない者たちの苦しみ、
そしてそれを人形扱いし観るヴァンパイアたちの歓びが、儀式の力を強めている。
悪趣味これ極まれり、じゃな」
テレーサの表情がわずかに苦々しく変わったように見えた。
「さて、そんな人形劇を、力なき人々に代わって演じてほしいのじゃよ。
ヴァンパイアども相手に奴らのホームグラウンドでいきなり直接力に訴えるのは、こちらが不利になるばかりじゃからな」
台本は用意されている。
それが、ヴァンパイアたちの喜ぶものだとすれば…。
「……奴らが観るに堪えないような内容に変えてしまえばいいわけじゃ」
くつくつと笑うテレーサの肩が縦に震えた。
ヴァンパイアたちを白けさせることができれば、儀式の力が弱まるに違いない。
そしてそれは、以降の戦況にも有利な形で作用させることができるだろう。
と、ここまで説明したところで、彼女は小さな笑みを引っ込める。
「『鮮血の洪水』ですべてを流し去ろうとするなど乱暴なことじゃが、
裏を返せば、奴らもそんな手段を取らざるを得ぬほどに焦っているということを意味しよう。
付け入る隙はいくらでもありそうじゃが、まずはここを首尾よくやって良い形で次に繋げようじゃあないか。
それでは、よろしく頼んだぞ」
●領主と川
所は変わりて、ダークセイヴァーの劇場。
舞台と呼ばれるものの袖に、一枚の紙が地面に落ちている。
『領主:これは困った。川が溢れて向こう岸へ進めぬ。
人形1:おお領主様、私が橋になりましょう!
領主:そちらの下賤の者はまこと忠誠心があるな。
(領主、人形2のほうを向く)
領主:だがお前はどうだ。我が身かわいさに怖気づいているではないか! 手足を縛って無理やり川に放り込んでくれるわ!
人形2:ど、どうかお助けを!』
後の|頁《ページ》は、見当たらない。
比留川資源
ご無沙汰しております。比留川です。
ついにダークセイヴァーの戦争ですね。実は初めて執筆する世界。頑張ります。
ヴァンパイアたちが白けるような劇を演じてやりましょう。
どのような劇が上演されるかは、オープニングの後半に書かせていただいた通りになります。
この通りに進めた上で滅茶苦茶にしてもいいですし、いきなり進行をぶち壊してもいいでしょう。
なお、一般人とはすでに何らかの形で入れ替わりが完了しており、また彼らは一時的に安全な場所に潜んでいるので、避難誘導などは不要です。
●勝利条件
人形劇を何らかの形で終わらせる。
●特殊ルール「プレイングボーナス」
【ヴァンパイアが嫌いそうな内容の劇を演じる】ことを心がけるにより、判定の際に有利な結果に繋がる可能性が上がります。
それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
第1章 冒険
『あやつり人形劇・改作』
|
POW : 力ずくで「人形」の動作を別の動作に捻じ曲げる
SPD : 舞台の機構に細工し、危険を取り除く
WIZ : 即興でヴァンパイアがより嫌がる物語を作り、演じる
👑7
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
金城・ジュリエッタ
成程成程。
即ち、この世界のお耽美クソ野郎共の趣味に合わなさそうな劇に改変してやればよろしい、ということですわね。
でしたらば、演目はこうですわ!
『筋力で解決する人形劇』!
川が溢れて進めないなら、その辺の木をへし折って橋にしてしまいましょう。
木が無いのなら、わたくしが向こう岸まで投げ飛ばしてくれましょう。
相方も猟兵でしたら、普通に投げるだけなら死には致しませんでしょうし、うまく着地することも叶いましょうとも。
わたくしですか?
トライアスリートを舐めて貰っては困りますわね、これしきの川の流れに逆らうなど朝飯前でしてよ!
というノリで泳ぎきってみせます。
如何でしたか?
筋力は如何なる困難をも解決致しますわ!
アトシュ・スカーレット
【WIZ】
一般人がいないならいいんだが……
ま、|ヴァンパイア共《あいつら》を白けさせるのは楽しいからやってやろうじゃねぇか!
いい案が浮かばねぇから、なんか適当にやるか…
【礼儀作法/演技】で最低限は役者を演じるぞ
『それでは領主様、しばしお待ちくださいませ、即席の橋をご用意致しましょう!』
(離れて橋に使えそうなものを探す演技)
『おや、どうなされましたか?』
『何をおっしゃいますか領主様?私のような下賎な者が領主様の橋になど畏れ多い!偉大なる領主様に相応しい橋をご用意させていただきます!』
ある程度進行させつつ、流れを壊す方針でいこう
これなら後続の連中が繋げやすいだろ
アドリブ、共闘大歓迎
ちなみに終始笑顔
ユウ・リバーサイド
「勝手に夜逃げしてんじゃねーぞっ」
役:領主に誑し込まれた吸血鬼だけど逃げられたストーカー
「毎夜毎夜、『俺にはお前しかいないのよダーリン』とか言っといて、
向こう岸に住んでる奴が本命とか
この尻軽っ」
「『いつかは一緒に第三層に新婚旅行』って
『愛さえあれば性別なんて』って
あれみんな嘘だったのかよ!」
(相手の声真似交えオーバーリアクションで)
「惚れたヴァンパイアを、『人間』に寝取られる同種族の気持ちなんて分かんねぇだろう!」
(血を吐くがごとき大絶叫)
「所詮、俺は紋章貢がせる為の道具ってか!?」
人間に川に突き飛ばされるとか
サクッと退治されるなどで退場
(退場時、危なそうならUCで舞台外に)
アドリブ、絡み歓迎
バルタン・ノーヴェ
【劇団りょうへい】POW
アドリブ連携歓迎!
HAHAHA、領主サマ! こちらに橋ができておりマスヨ!
『バルッ!』『バルル!』
これぞバルタンズの建造物構築能力デース! チビサライ殿たちも協力してくださりマシタ!
さあさあ領主サマ、お代金を支払いくだサーイ! 賃金不払いなど無様な真似はしてくださいマスナ!
138体+122体でしめて16,000円になりマース!
それはさておき、無辜の民を虐げる不埒な悪行三昧、見過ごせマセンナ!
この紋章(猟兵印)が目に入りマセンカー!
さあ、清導殿! 御成敗の時間デース!
これぞ勧善懲悪! 素晴らしきハッピーエンドであります!
(カンカンと拍子木を鳴らす)
空桐・清導
【劇団りょうへい】
POW
アドリブ連携大歓迎だ
おい、領主さん!
まさか人が橋になるのが当たり前とか考えているのか?
そいつはあんまりだろう!
自分が嫌なことは人にもしないもんだぜ!
それに、橋ならあっちにあるじゃねえか!
(バルタンの声かけを受けて叫ぶ)
おう!オレの出番だな!
(服をバサリと抜くとブレイザインの格好になる
サライの紹介時にポーズを決める)
領主!アンタの正体は分かってる!
人々を苦しめる吸血鬼だな!
ブレイザインが相手になってやる!
(領主の役の人と軽く戦い、舞台裏に軽く投げ飛ばす)
悪は倒れた!人々よ、これからはお互い手を取って生きるんだ!
オレ達猟兵が見守っているぞ!では、さらばだ!
(空に飛んでいく)
木々水・サライ
【劇団りょうへい】POW
(予めUC【無邪気なチビ軍団、出動!】でチビサライ達を呼ぶ)
え、川って飛び越えるもんじゃねェの?(※泳げない者の発言)
橋作ってたら時間かかるし、飛び越えたほうが楽だし早ェんだぞ。
そういうことじゃない? あ、はい。黒子やっとくわ。服黒いし。
おー、チビたちがミニ・バルタン達と一緒に作ってらァ。
かーわいーいなー……カメラ欲しかったなあ。
あ、俺のとこは金はいらねェけど遊び足りないってよ。
\しゃらーい/
控えおろう! 我らが後ろに控えるを誰と心得る!
正義のヒーロー・ブレイザインだぞ!
\さららーい!/
清導が討伐を終えたその時、俺は拍子木に合わせて幕を下ろすかね。
おしまい、ってな。
ヘルガ・リープフラウ
※アドリブ、連携歓迎
村人たちは勿論、領主役も人間、或いは入れ替わった猟兵ということでいいのかしら
舞台の上で無理やり酷い罵詈雑言を言わせ、同胞を踏み躙らせる
いかにも悪辣な吸血鬼の考えそうなこと
なら、こんな展開にしてみましょうか
まあ領主様! さぞやお困りのことでしょう
主よ……どうか奇跡をお授けください
神への祈りと共に領主(役)の背に【無限の翼】を生やして
これで難なく川を渡ることが出来ますわ
いいえ、川の向こう岸だけじゃない、もっともっと広い世界へ!
望む限り、何処へだって飛んで行ける
そう、人は絶望と諦念の軛から解き放たれて
自らの足で、翼で、自由な意志で、望む未来へと進みゆくものなのだから
レナータ・バルダーヌ
吸血鬼さんの好みはわかりませんけど、楽しい内容にすればいいですね。
最初は台本通りに進めましょう。
わたしは人形2の役で、他の役は【愉快なゴボウさんフィーバー!】で呼び寄せた謎のゴボウ生物の亜種『愉快なゴボウさん』たちにお願いします。
ど、どうかお助けを!
「嬢ちゃん、やらないのか?じゃあ俺がやるぜ」
「待ってくれ、ここは俺が」
えっ……?じゃあわたしがやります。
「「どうぞどうぞ」」
ということで、氾濫した川は危険ですからご用意しました……熱湯風呂!
ブレイズキャリバーの能力があれば、どこでも簡単瞬間湯沸し。
それでは、一番いいリアクションをした方が優勝です!
ちなみに、実際の温度は41℃です。
は~、生き返りますね~。
「俺はもっと熱いほうが好みだが……煮えちまうからな」
なかなかいいお湯ですよ、領主様もどうぞどうぞ。
こうして領主様は人々とお風呂に入って親睦を深めましたとさ、めでたしめでたし。
●惨劇はここまで
開演まであとわずかのこと。
牢屋のごとく粗末で暗い控え室に"人形"たちが集まる。
人を人とも思わぬ冷たき血の者たちに歓びを与えるため、彼らは抗うこともかなわぬまま、まもなく危険で苛烈な物語を演じることになる。
人形たちは、刻一刻と迫る時にただただ恐怖し、絶望し、ある者は嗚咽を、またある者は己の運命に対する怨嗟の声を漏らしていた。
……少なくとも、前日までは。
「よーし、ここまでは計画通りだな。
|ヴァンパイア共《あいつら》を白けさせるのは楽しそうだしな。やってやろうじゃねぇか!」
アトシュ・スカーレット(神擬の人擬・f00811)が舞台の方やあちらこちらを覗き、罪のない民間人が残っていないことを確認する。
発した言葉とは裏腹に女性と見紛うほどの端麗なる顔立ちは、まさに舞台に立つ二枚目俳優の風格であった。
「しかし、何をやるかなぁ。とりあえず、イイ感じに流れを壊してけばいいんだろ?」
「ええ! この世界のお耽美クソ野郎共の趣味にあわなさそうな劇に改変してやるだけですわね!」
一方、この大胆な言葉の主は、金城・ジュリエッタ(脳筋フィジカルエリートお嬢様・f37793)である。
アスリートである彼女の内にあるDNAがしきりに訴えるのか、両腕を振り、今にも舞台に躍り出しそうだ。
「舞台といえばヒーローだよな! そしてヒーローと言えば俺! く~っ、早く始まらねぇかな!」
「オヤオヤ、清導殿もほとばしるパッションを抑えきれないようデスね。ワタシも台本は頭に叩き込んで準備完了、レディ・ステディ・ゴーってやつデース」
こちらにも駆け出しそうな少年と、やはり意気軒昂たるメイド姿の女性。
空桐・清導(ブレイザイン・f28542)とバルタン・ノーヴェ(雇われバトルサイボーグメイド・f30809)である。
「おいおい二人とも、張り切るのはいいが、勢い余ってすっ転んだりしねェようにな」
そんな両者の熱を落ち着かせるように言うのは、木々水・サライ(白黒猫使い人形モノクローム・ドール・f28416)。
彼ら三人で結成し、清導の提案で決まった『劇団りょうへい』の名が今、ダークセイヴァーに轟こうとしていた。
「ところで……川って飛び越えるもんじゃねェの?」
次いで彼の口から出た言葉に、先の二人が目を丸くする。
向こう岸に渡る時間を考えればそれももっともなことであった。が。
「あ……いやなんでもねぇ。じゃあ、言ったとおり俺は黒子やっとくわ」
「俺らが舞台で演じる、か。なかなか無い体験で楽しみだけど、さて、どれだけうまくやれるかな」
その側に立つユウ・リバーサイド(壊れた器・f19432)は劇団員たちの睦まじげなやり取りに笑みを誘われつつ、優しく落ち着いた声を響かせる。
彼にとって記憶のピースを探す旅もいまだ道半ば。これもまた何かの手がかりに繋がるだろうか。心のどこかで小さな期待を込めつつ、出番を待つ。
「大丈夫、自信を持って臨めば必ずうまくいくでしょう。わたくしもこたびは思い切り楽しませていただきますわ」
それに答えるのはヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)だ。
髪に咲く雪割草は信じる心のしるし。優雅で柔らかな笑みの中にも意志の強さを静かに感じさせるかのようだ。
「まあ、吸血鬼さんの好みはわかりませんけど、ともかく楽しい内容にすればいいわけですね。最後まで張り切っていきましょう」
もう一人のオラトリオ、レナータ・バルダーヌ(護望天・f13031)も意気込みを見せる。
ピンク色の小さく可憐なゴボウの花の力が、この希望の守護者に迷いなき勇気を与えてくれる。
かくして、小さな部屋に一同に介した猟兵たち。
力なき人々に代わって"人形"に扮する彼らに、やがて声がかかった。
「おい貴様ら、始めるぞ! さっさと袖まで出てこい!」
呼び声のほうを一斉に向けば、すでに観客であるヴァンパイアたちも集うたらしく、いくつもの話し声が聞こえてくる。
猟兵たちは、再び顔をあわせると、互いの健闘を祈るように小さく頷きあった。
●領主は領民の橋を渡るか
「さあさあ今宵皆さまにお見せするのは、とある領地の主と、そこに属する下賤の者どもが繰り広げる実に愉快なお話にございます!
どうか最後までお楽しみくださいませ!」
その正体が儀式であるとはいえ、しっかりと進行役も在った。
観客に向けて発せられるこの声の主もまたおそらくヴァンパイアたちの同胞、あるいは彼らに隷属し常に機嫌を取るよう馴らされた存在なのかもしれない。
「それでは、『領主と川』、これより開演にございます!!」
おもむろに緞帳が上がっていく。
「ある日のこと、街を目指す一人の領主が川に差しかかりました。
普段は比較的穏やかだったこの川も、この日は大変に増水している様子。
しかし、この激しい流れが落ち着くまで待ってはいられない領主は、困ってしまいました」
語り手が終えた後、貫禄のある男がのそりのそりと袖より登場すると、舞台中央に設置された川──に見せかけた激流の発生装置の前で立ち止まった。
「おお、これは困った。川が溢れて向こう岸へ進めぬ」
領主を演じる男、いささか大げさな仕草で、困ったように頭を抱える。
台本に従うならば、ここで人形が登場する流れになっているが……。
「それでは領主様、しばしお待ちくださいませ、即席の橋をご用意いたしましょう!」
まず跪いで申し出たのはアトシュである。
領主に忠誠を誓う少年、それも美男子とあれば観客の嗜虐心もいよいよ高まるかというところであった。
当然、彼の言う即席の橋が何を指すのか、領主の男と観客たちとですぐに同じ予測が立った。が。
「まあ領主様、川が溢れて進めないなら、わたくしめがその辺の木をへし折って橋にしてしまいましょう!」
「!?」
が、そこへジュリエッタが食い気味に大きな声を発すると、領主を演じる男は一気に面食らった。
何をやっているんだ、そんな台詞は台本にないではないか!
しかし、多くの観客がいる状況、今彼らの不興を買うわけにはいかぬ。
なんとか目の前の者たちに合わせて演じきらねば。
と、彼の胸中はそんな感じであるに違いなかった。
「あ、いや、木など用意せずとも、目の前にいるお前たちが──」
「何をおっしゃいますか領主様? 私のような下賎な者が領主様の橋になど畏れ多い!
偉大なる領主様に相応しい橋をご用意させていただきます!」
「いえいえ! むしろ橋など使わずとも、わたくしが向こう岸まで投げ飛ばして差し上げることもできますわよ!」
領主役の声をかき消すような勢いで、我が我がと押し合うアトシュとジュリエッタ。
「え、ええい! どやつもこやつも騒ぎおって!
そこにいる女を縛って無理やり川に放り込んでくれるわ!」
男がどうにか台本通りの軌道に戻そうとすれば、待ってましたとばかりに怯えた演技をするのは。
「ど、どうかお助けを! 川の水は冷たく、下手に身を浸しては凍えてしまいます……!」
レナータである。
絶望に膝を折り、真に迫る演技を披露する彼女の姿に、領主は内心安堵をおぼえた。
これならば、すぐに軌道修正ができそうだ、と。
だが、そこへ。
『なんだ嬢ちゃん、やらないのか?』
別の男の声がした。しかしその主らしき人物は見当たらない。
それもそのはず。渋い声でレナータに語りかけたのは"人"ではなく、それはそれは細長い、ゴボウであったからだ。
ゴボウ。
そのゴボウが針のような片手を上げる。
『じゃあ俺がやるぜ』
彼女の代わりに橋となることを申し出た。
すると、そこに張り合おうとするさらにもう一人、いやもう一本のゴボウ。
『待ってくれ、ここは俺が』
『いや俺にやらせてくれ』
『いやいや俺のほうが』
女性を危険な目に晒すまいと、互いの声を食い合うかのようにして我が我がの攻防を続ける。なんと殊勝なことだろう。
レナータもそれを見て申し訳なさを覚えたのか、ためらい混じりにも小さく手を上げ。
「えっ……? じ、じゃあわたしがやります」
『『どうぞどうぞどうぞ』』
「なんでよ!! そこは断りなさいって!!」
床を叩いて勢いよく立ち上がった。
そこに、絶望に震えるレナータは勿論なかった。
場所が場所ならば大きな笑いが湧いたであろう。
しかし、ダークセイヴァーに住むヴァンパイアたちは唖然としていた。
我々は残酷で苛烈な劇を楽しみにして来たというのに、いったい何を観させられているのだろう、と。
「おい、領主さん! まさか人が橋になるのが当たり前とか考えているのか?」
そんなやり取りを見届けた後、清導がレナータたちの間を遮るようにして領主の前へと躍り出る。
こちらはヒーローらしく、正しきを直接説くという切り口のようだ。
「そいつはあんまりだろう! 自分が嫌なことは人にもしないもんだぜ!
それにな、橋ならもうあっちにあるじゃねえか!」
と言い終わると同時、手の平を勢いよく奥に向ける。
「HAHAHA、領主サマ! こちらにできておりマスヨ!」
その先に控えていたバルタンが、すっと後ろに退くとそこには。
『バルル!』
『さらー!』
川の岸と岸に架かる橋が一つ、珍妙な音を発していた。
そう、音の正体は、バルタンの用意した小さなロボットたちと、サライが喚び出したこれまた小さな分身たちである。
「いかがデスか! これぞバルタンズの建造物構築能力デース!」
バルタンが得意げにする影で、黒子役を引き受けるサライが笑いを堪えるように下を向いている。
領主役や観客がいかに困惑しているか、視界に入れるまでもなく容易に想像ができた。
事実、ある者は口をあんぐりと開け、またある者は理解に困難を極めているかのように額を手で押さえていた。
(しっかし、かーわいーいなー……カメラ欲しかったなあ)
そんなものだから、サライもすっかりリラックスしており、小さき者たちが頑張って橋を構成しているさまを覗いては心癒されている。まるで我が子を見る父親のようだ。
「う、うむ、そうか。まあ橋は橋であるし、早速渡り──」
「まあ領主様! お待ち下さいまし!」
仕方なげに橋へを足を向ける男の言葉を次いで遮ったのはヘルガだった。
滑らかかつ優雅に歩み寄る彼女は、両手の平を合わせて続けた。
「その重いお身体のままお渡りになるのは危のうございますわ。
もし万が一、この急な流れの中に落ちてしまわれたなら、きっと助かることは……」
大げさに顔を覆う彼女に、領主役は繋ぐ言葉を失っている。
「ああ、主よ……どうか奇跡をお授けください」
ヘルガが目を閉じて祈りを捧げると。
「お……うわっ!?」
領主の背が光りだし、まばたき一つの後には巨大な輝く翼がそこに生えていた。
「まあ、なんということでしょう! 領主様の背に翼が!
これで、難なく川を渡ることができますわ」
翼が現れたのは偶然ではなくヘルガの力によるものであるが、ここは舞台の上。
あくまで演技的に、くるりと一つ回って観客の目の前へ。
「そ、そうだな。では改めて──」
「おい待て待てッ!」
なおも川を渡らぬ、いや渡れぬ領主は、今度はユウの声に足を止められた。
「勝手に夜逃げしてんじゃねーぞっ!」
「よにっ……!?」
男は思わず前のめりになって耳を疑った。
いよいよ混沌極まってきた空間に、ただただ押されるばかりである。
そしてそれは観客席に座する者たちにとっても同じだった。
「毎夜毎夜、『俺にはお前しかいないのよダーリン』とか言っといて、向こう岸に住んでる奴が本命とか、この……この尻軽っ!」
声真似も交えながら、ユウはとんでもない秘密を暴露していく。
地位どころか、性別すらも越えた愛を囁いていたという設定の付加は、観客の眼差しが冷たい針となり領主役をちくりちくりと刺すに充分であった。
無論、領主を演じる男そのものに何か思い当たる節があるかは、本人のみぞ知るところだ。
「『いつかは一緒に第三層に新婚旅行』って…『愛さえあれば性別なんて』って……あれみんな嘘だったのかよ!」
「え、え……」
ユウの迫真の演技の前に、否定する力も削がれているようだ。
「惚れたヴァンパイアを、『人間』に寝取られる同種族の気持ちなんて分かんねぇだろう!
ううっ、所詮俺は紋章貢がせる為の道具ってか……!?」
控え室にいた時の彼とはまるで別人のごとくだ。
さすが、不思議の国にいたことがある者ということだろうか。不自然さの一切ない、巧みな演技である。
「まあ……驚きましたわ。領主様ともあろうお方が、そのような愛の形をお取りになるだなんて……」
「おや、領主様、どうなされましたか? 顔色がすぐれぬようにも見えますが……?」
領主に向けられた視線にヘルガやアトシュも援護を加える。
「まあまあっ! 二人の関係を阻む壁ですって!? 壁など、パワーでぶち破ってしまえばいいのですわ!
二人の間を遮る川だって似たようなもの、こうやってえええええ!!!」
そこにジュリエッタまでもが言葉を挿した。
かと思えば、次の瞬間には彼女は突然みずから川へと飛び込み、力強いクロールを見せ始める。
本来ならば端に身体が打ちつけられてしまいそうなほどの急流であるにもかかわらず、まったく勢いに負けることなく泳ぎ続け、あっという間に向こう岸へと着いてしまった。
「はっ、これしきのこと朝飯前でしてよ!
というわけで、筋力は如何なる困難をも解決致しますわ!」
川を隔てた先で、ジュリエッタは自慢げに力こぶしを見せた。
「あ、そうそう、言い忘れてマシタが──」
猟兵たちの動きを目で追うことすらやっとの男に、さらに追撃を加えようとするのはバルタン。
「この橋、138体+122体でしめて16,000円になりマース!」
「な、なんだと!?」
お金取るのかよ!
と、そんな心の声が男の頭の中に残響した。
「……あ、俺のとこは金はいらねェけど、遊び足りないってよ」
『しゃらーい』
一方、バルタンのロボットと共に橋を作った分身たちの主、サライはそのあたり寛容であったようだ。
分身のほうはというと、彼の言葉のとおり、まだまだ暴れたいとばかりに身体を揺らしている。
橋が小さく波打っていた。
「領主サマほどのお方でしたら、もちろん支払いただけますよネ?
さあさあ、お支払いくだサーイ! 賃金不払いなど無様な真似はしてくださいマスナ!」
両手を差し出すバルタン、なかなかのやり手である。
度量を試されることとなった領主には、二の句が継げなかった。
提示された価格が実は単純計算と比較し600円ほどお得であるとかいったことを考える余裕すらもないほどに。
「お支払い、いただけないようデスカ? ならば仕方ありませんネ。
賃金不払いの上無辜の民を虐げるという不埒な悪行三昧、見過ごせマセンナ!
さあ、清導殿! 御成敗の時間デース!」
「おう!オレの出番だな!」
バルタンの呼びかけに応じてどっしりと立つ清導。
「この紋章が目に入りマセンカー!」
次にバルタンは、印籠に見立てた猟兵印の紋章を観客席に向かってばんと見せつけた。
その後を、黒子役であったサライが引き継ぐ。
「控えおろう! 我らが後ろに控えるを誰と心得る!
畏れ多くも正義のヒーロー・ブレイザインだぞ!」
『さららーい!』
彼の小さな分身たちも盛り上げ役を買う。
「そう! このオレが、超鋼真紅・ブレイザインだ!」
「ぶ、ブレイザインだと……!?」
清導がビシッとポーズを決めれば、真紅のマントがなびく。
「領主! アンタの正体は分かってる! 人々を苦しめる吸血鬼だな!
ブレイザインが相手になってやる!」
勢いよく領主に向かい行く赤きヒーロー。
その赤は炎の赤、情熱の赤。
燃え上がる力と心に任せ、まっすぐ飛びかかる。
対して、勧善懲悪の流れになるとも、また自身が戦闘シーンを繰り広げる流れになるとも当然予想していなかったため、身構える余裕もなく。
「はぁっ!」
「おぐっ!?」
一つ。頭上からのチョップが領主の肩を捉え。
「てぇやぁーーーー!!」
「うげッ!?!?」
二つ。勢いのある蹴りが領主の腰を打つ。
男はいともたやすく、片の膝をつく姿を見せることとなった。
そこへ弾丸のように駆け込むのは、脳筋アスリートのジュリエッタだ。
「加勢しますわー!」
「OK! ど・ど・め・だーーーー!!」
「どっせーーーーーい!!」
それは、見事にタイミングの合ったアッパーカットだった。
「おわァあああああああああ!!」
先にヘルガの生やした翼の力も手伝ってか、領主の身体は高く高く飛び上がった。
やがて、その身にまとう衣装が天井の照明に引っかかると、まるで巨大な怪獣にでも捕まったかのごとく実に格好の悪い体勢で吊られる形となった。
「これぞ、『筋力で解決する人形劇』ですわ!!」
何をもって解決とするかはさておき、宙ぶらりんとなった領主の男に視線を向ける観客たちは、そのほとんどが呆れた様子であった。
すでに席を立った者も今や少なくなかった。
領主への忠誠はどこへ?
人間どもの無様な姿はどこへ?
我々が笑えるような展開はどこへ?
と、そんな彼らの注意を引き寄せるように、翼を生やした本人であるヘルガが再び舞台の前へと歩み出る。
「ああ、なんて素晴らしい飛翔なのでしょう……。
翼があればこのように、川の向こう岸だけじゃない、もっともっと広い世界へ!
望む限り、何処へだって飛んで行ける!」
劇の締めに向かおうとするその目の先は観客席の奥。はるかな遠い空を見つめるがごとく。
そして片手を胸にやり、そこに視線を落とす。
「そう、人は絶望と諦念の|軛《くびき》から解き放たれて、
自らの足で、翼で、自由な意志で、望む未来へと進みゆくものなのだから……」
自由。未来。この世界を支配する者たちにすれば極めて忌々しく、
力なき者たちにすれば極めて輝かしく響く言葉を紡いだのだった。
「はい、熱湯風呂! 落ちた先が冷たい川では危険ですからね、沸かしておきましたよ」
綺麗にまとまったであろうところで、レナータ、炎の力を使て川の水をたちまち湯に変えた。
そこへ、折よく真っ逆さまに落ちる領主の身体。
41度の湯が柱を上げた。
「わああああっちち!!」
「あっははは、なかなかのリアクションですね!」
どうやら、冷たい水だと思いこんでいた男の頭は錯覚を起こしたらしく、しばしの間、さほど深くはなく、またさほど熱くないはずの湯の中でばたばたとしぶきを立てていた。
慌てて出た頃には、消耗しきった身体を休ませるべく仰向けに転がることしかできなかった。
そしてその疲弊は言わずもがな、劇中の目まぐるしく変わる混沌とした展開からきたものでもあった。
「ああ、領主様が川の中に!
この私に橋の用意を任されていたならこのようなことにならずに済んだというのに!
おいたわしや! これからいったい誰がこの地を治められるのだろう!」
アトシュが駆け寄り、これ聞けがしに嘆く演技をしてみせる。
民が生き、領主が倒れるストーリー。
ヴァンパイアたちに対してはこれもまた苦々しい感情を与えることができたに違いない。
「悪は倒れた! 人々よ、これからはお互い手を取って生きるんだ!
オレたちが見守っているぞ!」
ブレイザインは観客のほうを向き片の拳を見せて堂々と宣言する。
さながらヒーローショーである。
「いよっ! これぞ勧善懲悪! 素晴らしきハッピーエンドであります!」
かん、かん、とバルタンが拍子木を鳴らし、サライの手によって緞帳がゆっくりと下り始めた。
「ほい、おーしまいっと」
「ちょっと待ったー!!」
「ん……?」
と、そこへ待ったをかける叫び声が一つ。
すぐに降下の止まる緞帳。
叫んだのは、性別を越えた愛を受け入れているという設定を領主に付加したユウであった。
「おい領主! 俺の話はまだ終わってねぇ!
お前はなぁ、俺の気持ちを裏切りやがったんだ!
なんでだよ、俺の何が不満だったんだよ! 俺はこんなに──」
劇が終わりかけてなお、彼は役にすっかりハマり込んでいた。
重い愛を持つがゆえに、裏切られたという現実の重さまでもがのしかかり、堪えきれなくなった領民の男の役に。
見事な演者魂だった。しかし。
「やっかましいですわーーー!!」
せっかくまとまったのに、と言わんばかりに重い一撃を見舞ったのは、またもジュリエッタであった。
この脳筋、容赦なしである。
「のわーーーーッ!?」
領主役と同じように宙を舞ったユウの身体が、これまた湯の中に飛び込んだ。
「はっはは、夢中で役に打ち込めるってのもいいことばかりじゃねぇってことかな」
「あ、ああ……いや、うん、どうなんだろうな」
舞台の隅のほうでは、アトシュが愉快そうな笑みをこぼしながらサライに投げかけるが、そのサライは明言を一旦回避した。
終始無節操であった劇の空気が、何が常識で何が常識でないかの判断を一時的にでも迷わせたのかもしれない。
「あらら、飛び込みは危ないですよ!
まぁそんなわけで、実際は入っても大丈夫な温度にしてありますから、よかったら皆さんもどうぞどうぞ」
演者たちを一通り見回して、レナータは両手を差し出し入浴を勧めた。
『そうだな、俺たちも入るか。本当はもっと熱いほうが好みだが……煮えちまうからな』
彼女の従えるゴボウたちも入る気満々だ。
『ああ。疲れを癒やしていこう。
しかしいくら安全な温度とはいっても、後ろから押すのは危険なことに変わりないからな。いいか、押すんじゃないぞ? 絶対に押すんじゃないぞ?』
それから数分の後に、湯の中から慌てて飛び出るゴボウの姿があった。
……かどうかを知るのは、その場に居合わせた猟兵たちだけである。
さて、開演前に観客席を埋め尽くしていたはずのヴァンパイアたちはというと、サライによって再び緞帳が下り始める頃にはそのほとんどすべてが半ばで席を立っており、またかろうじて残った数体も、ただただ頭を抱えるばかりであった。
儀式の影響か、前日まで漂っていた重い空気が、いくぶんか和らいでいるようにも感じられた。
かくして、猟兵たちによる人形劇は、最高の結果を残して幕を閉じたのだった。
大成功
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