瑞波羅・璃音
燐様(f33567)と。
あたしはバーチャルキャラクターとしてキマイラフューチャーにいたのだけれど。
召喚事故で、ブルーアルカディアに『召喚獣「バーチャルキャラ」』として飛ばされたわけ。
…まあ、その話はおいおい。今は別。
猟兵になったから、グリモア猟兵の力も借りて、故郷たるキマフュに戻ってこれたわけ。
そこで、誰かが生配信をしてたのよ。あたしもキマフュのノリはわかってる。
見に行ったのよ。
そうしたら!何か!見知った顔が!生配信!
っていうか燐様もバーチャルキャラクターになられてたんですね知りませんでした!
※召喚事故後に燐がバーチャルキャラクター化している。
…燐様にとって、あたしは『主人公側についた裏切り者(主人公側にとってはお助けNPC)』よ。
地獄のような場所から救いだしてくれて、武器も同じようなものを持つことを許されたというのに。
※揚羽とつく武器のこと
燐様の生配信を見ているならば、つまりは燐様のファン。罵りとかは覚悟の……何か機械音声で『(よく聞こえなかった)が尊い』とか聞こえ???
えっ。そのスマホ、読み上げ機能付きで?
つまりはさっきのは視聴者コメント?えっ???
えっ?????
そしてそのまま、あたしも燐様の生配信に付き合うことになり。
さらに住む場所まで一緒に。
故郷に帰った初日がこれでいいのか???
●バーチャルキャラクター
滅びし人類によって『電子の海』より生み出されたもの。
それがバーチャルキャラクターである。
無論、言うまでもなく彼、彼女たちは意志を持っている個として存在している。けれど、大元となった『電子の海』に嘗て人類が創り出した想像の物語、ゲームがあるのならば、その由来や性格、容姿、それこそ過去までもが再現されている。
陽殿蘇・燐(元悪女NPC・f33567)もその一人であった。
「全ての準備は整ったのよ」
その音声が響く。
同時にキマイラフーチャーのネットワーク上に立ち上がるのは『悪女NPC(ラスボス)だったけど、猟兵になってみた』の生配信動画。
『おお~はじまた』
『今日も燐様うつくし!』
『どんなこと今日はするんですか!』
コメントが次々と流れ始める。それを見遣り、燐はカメラの前で一つ頷く。
「あるストリートに、美味しいアイスの出るコンコンコンが見つかったのよ。そう聞いたの。なら、『炎術の天才』である私にこそ捧げられて然るべきものではないかしら?」
その言葉に同意のコメントがまた流れる。
燐は猟兵である。
ここキマイラフューチャーにおいて猟兵とは怪人をやっつけるめちゃくちゃかっこいいヒーローである。
そんな猟兵である彼女が生配信をしているとなれば、同時アクセス数がうなぎのぼりになるのなんて当たり前である。
『燐様、アイスのフレーバー何がお好きですか~!』
『いつもどこでアイス、コンコンコンします?』
「慌てないで。コメントの読み返しはちゃんとするから、一つずつ落ち着いて」
溢れるコメント欄。
こうなってしまうとキマイラフーチャーに生きるキマイラたちはノリノリである。コメントにレスがついただけで大喜びである。
●召喚獣
ところ変われば、同じバーチャルキャラクターという括りであっても諸々変わるものである。
瑞波羅・璃音(元離反NPC・f40304)はとあるゲームの悪女(ラスボス)の元側近である。元、とつくのはゲーム内では、ラスボスである悪女からプレイヤー側に寝返って味方になるお助けNPC。
その性質からか、召喚の求めに応じてしまい、ブルーアルカディアへと飛ばされてしまった数奇な運命を持つバーチャルキャラクターである。その話はまたおいおい語れるとして。今回は別のお話である。
「……!!?」
彼女は驚愕に目を見開いていた。
彼女は猟兵としてブルーアルカディアに召喚されたバーチャルキャラクターだ。
お助けNPCであるがゆえに、その性質に引っ張られて多くを助けてきただろう。けれど、やはり故郷は恋しいものである。
いつかキマイラフューチャーに戻りたい。
そう思うのは自然なことだった。
今回、念願かなってグリモア猟兵の力を借りて故郷に戻ってきたのだ。けれど、彼女は知らなかったのだ。
「え、ええー!? な、なんでー!?」
思わず叫んでいた。
彼女は目をまんまるに見開いた。
そこには彼女の元上司。ゲーム内では彼女が裏切ったラスボスの悪女たる燐がキマイラフューチャーのノリそのままに生動画配信をしているではないか。
見知った顔だと遠目でもわかっていた。
そうじゃないかと思っていたら、ばっちり燐と目が合ってしまった。声をあげているのだから当然と言えば当然である。
「り、燐様ー!?」
え、なんで? どうして? なんでなんで? 彼女は大いにパニックになっていた。
「落ち着きなさい、アキネ」
「は、はい、落ち着きます! 落ち着きました! 落ち着いてます!」
「全然じゃない。はい、息を吸って。吸って。吐いて、吐いて……もっと吐いて」
なにこれかわいい。
コメント欄は総じてそんな感じであった。
燐と璃音のやりとりは、ゲームのストーリーを知っていればどうにもちぐはぐなやり取りであった。
璃音にとって燐は、元上司である。
ストーリー上仕方ない展開とは言え、主人公側についた裏切り者と裏切られた悪女。
もしも、キマイラフューチャーのキマイラたちが彼女たちの登場するゲームをプレイしていたのならば、あり得ない組み合わせである。
「こ、これ解釈違いって言われませんんか!?」
「アキネ、あなた大分染まってるわね……まだ深呼吸が足りないのではなくて?」
「え、えぇ……だって、燐様もバーチャルキャラクターになられていたなんて、存じ上げませんでしたので……!」
璃音にとっては燐はストーリーを考えれば大恩ある者だ。同じ形状の武器を持つことも許された間柄。そこには多くのストーリーがあったはずだ。
「いいのよ。私もまさかあなたがいるだなんて思わなかったのだから。だから、頭をあげなさい。あなたは私の隣に居るべき者なのだから」
そういって燐が璃音の顎を細い指でくいっと持ち上げる。
瞬間、動画のコメント欄はバグったように一つのコメントで氾濫するのだ。
それは彼女たちが登場するゲームのストーリー上でよく語られていたことだった。
燐と璃音の関係性は、俗に言う所の女性同士の親密な関係そのものであったからだ。だから、まさか現実に二人がこうして尊い姿を魅せているのならば、コメントも沸くというものである。
「え、なんか今尊いとかなんとか聞こえましたけど?」
「ああ、このスマホ読みあげ機能があるの。コメント返信するのも配信者の嗜みだからね」
「えっ??? えっ????」
璃音の頭には多くのハテナマークが浮かぶ。
そんな様子に視聴者たちは皆、うーん、このポンコツ推せる、だとか無知百合ゴチです! とかまあ、概ね好意的なこめんとばかりであった。
「ふーん、さすがの視聴者たちね。暴言が何一つないわ。気分がいいわ」
「えっ???」
まだ璃音はパニックから立ち直っていない。
そんな彼女を脇目に燐はついでだからと、配信を切り上げるどころか、続行を選ぶ。
「アキネ、あなたもアイスを食べましょう」
「えっ???」
「いい加減慣れなさいな、ほら、コンコンコンってするとアイスが出てくるの。アキネ、あなた何味がお好き? バニラ? チョコ?」
二人のやり取りは仲睦まじく続いていく。
後日わかったことであるが、この日の生配信の接続数やコメント数はとんでもないことなった。それどころか、切り抜き動画やまとめサイトに大いに掲載されることになる。
いつの世にも。
人類無き後にも。
きっと百合を好む者たちは存在しているのだ。そして、二人のやり取りは何処か抜けていながらも、微笑ましいものであった。
娯楽に飢えているキマイラたちにとっては、それがとても好ましいものに思えたのだろう。
ただ二人がアイスを食べているだけなのだが。
ちなみに今回のハイライトはこちらである。
「所でアキネ、あなた住むところは?」
「え、ないですけど……こっちに戻ってきたばっかりなんです」
「あらそう。なら一緒に住みましょうか。部屋、まだ余ってるのよ。決まりね」
「えっ??? え、いきなりです?」
その時、璃音の手にしたアイスがどろりと溶けて彼女の指先を汚す。
燐が、ああもう、と彼女の指先を丁寧に拭う姿は百合の花びらの乱舞する幻覚をキマイラたちに魅せた。
あまりにも自然な百合。
見逃すまでもなくキマイラたちは湧き上がり、コメントで画面が見えなくなる。
それほどまでに二人のやり取りは一つのワードとして流行語大賞へと駆け上がっていくのだ。
『炎と水の百合が尊い』と――。
成功
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