食物文化研究同好会~新入生サイド~
UDCアースのどこかにある、ごく普通の男子高校。
少し変わったところといえば、この高校には生徒全員必ず何らかの部活や同好会に所属しなければいけないという決まりがある事だ。
(「……そんなのってある? どうしよう……」)
新入生の源・全は頭を抱えていた。
中学で目立たない方だった全は高校入学を機に大幅イメージチェンジ! お洒落な陽キャに変貌を遂げ……るはずもなく、むしろ数少ない友人と別々の高校になった事で今まで以上に陰キャ街道まっしぐらであった。
ひとりでぽつんと席に座ってクラスの楽しくおしゃべりをしている生徒たちを眺めているうちに、人知れずため息が漏れた。「おまえどこ中だった?」なんて質問を浴びせ合っているのが耳に入ってきて、全は度肝を抜かれた。
(「中学違うのにもうそんな仲良くなってるの? 陽キャのコミュ力こっわ……」)
あまりじろじろ見ていると思われたくなくて、全は貰って来た部活動のパンフレットに目を落とした。
きっとああいう人たちは運動部だの吹奏楽部だの、人気があって人数も多いような部活に所属して、絵に描いたような青春を送るのだろうなと考える。同じ高校の、同じクラスにいるのに、ひどく住んでいる世界が違う気がした。
(「運動部とか絶対無理。体育の授業で身体動かすだけでも辛いのに、放課後に部活でも運動して、朝練とか休日も練習あって、しかも上下関係とか厳しそうだし……うっ、想像しただけで胃痛が」)
高校生ともなると大人顔向けの立派な体格をしている同級生も少なくない。彼らと一緒に厳しい練習をこなすなんてどう考えても不可能だ。
(「あーやだやだ。もう帰宅部に入って帰宅したい。誰かおんなじこと考えてない? そしたら作るのに、帰宅部。でもその為には部員を集めなきゃいけないのか……つまり俺から声かけるって事? うわ、詰みじゃん」)
「おい」
誰かが全に声をかけた。しかし暗い表情でパンフレットをめくる全は気づかない。
(「文化部も大所帯だと入りづらいなぁ……程々に人数少なくて、あんまり顔出さなくても許されそうな部があれば……」)
「おい」
(「結構部活の数はあるんだよな。なのに何でゲーム部とか猫愛好同好会とかないんだろ……いやでもゲームはなあ、チャット強制加入とかノルマとかそういうのあったら嫌だな。ネットでさえ反りが合わない奴いたりするのに、リアルで遭遇したら距離取りづらいし……」)
「おい!!!」
「ははははい!? ごめんなさいごめんなさい!!」
思わず反射的に背筋が伸び謝罪の言葉が出る。
相手にしてみたら何度呼んでも気づかない全を相手に声を大きくしただけであったのだろうが、元々気の弱い全にとっては怒られているようにも聞こえてしまったからだ。それに相手の声はやたら低くて張りがあって、ほとんど恫喝されているような気さえしてしまった。
おそるおそる顔をあげると、前の席の生徒がこちらに手を伸ばしてきていた。
「ほらよ、プリント」
「あ、はい……」
どうやら席順に回ってきたものらしい。全が一番後ろの席なので、受け取るだけでいいのだが――。
(「うわぁ……この人、入学早々ピアス開けてるし髪染めてるし目つき悪いし……」)
全にとっては陽キャ以上に遠い存在であった。不良だ。
全の通っていた中学には陽キャはいたが不良はいなかった。だからまるきりフィクションの中の存在だと思っていたのに、いま目の前にいるのは、誰がどう見てもそうとしか思えない、れっきとした不良だった。しかもやたら身体がでかい。番長、だなんて時代外れな言葉が頭をよぎった。
「……それ」
「はははい! なんでしょう!」
不良が何か云うたびに反射的に背筋を正してしまう全であった。
「どこにあった?」
「え」
「それ。部活の」
不良は全の手元のパンフレットを指差していた。
「あ、ああ……これなら、職員室の前にありましたよ。誰でも自由に持って行っていいそうです」
「そうか。どうも」
ふい、と不良はこちらに向けていた身体を元に戻す。完全に前を向くまでの僅かな間、全の視線は不良の右頬に釘付けになった。
(「……いいい今、傷痕あったよな!? なにあれ喧嘩!? 誰と!?」)
さあっと蒼ざめる。いかにも不良な前の生徒は、もしかしたら第一印象以上にヤバい奴なのかもしれない。先程の会話が滞りなく済んだのは運が良かっただけで、自分が少しでも気に入らないような事を云っていたら殴られていたのかもしれない。
(「うわ……あんまり関わらないようにしとこ……」)
今の席順は出席番号順に並べられただけのものだから、そのうち席替えもあるだろう。それまで穏便に過ごしておけば、特に厄介事に巻き込まれるような事はないはずだ。そうだと信じたい。
(「……俺はただ、平穏に学園生活を過ごしたいだけなんだけど」)
ふと、思う。
強制入部というのは、やっぱり不良にも適応されるはずだ。
彼はどうするのだろうか。絵に描いたような不良が、真面目に部活動に勤しむところなど想像できなかった。
適当な部活に入って顔を出さずに過ごすのか、或いはどうにかして先生たちを黙らせて入部しないで済むようにするのか。
もしかしたら、「あいつは不良だから仕方ない」なんて先生も諦めるかもしれない。そう思うと少しだけ、ほんの少しだけ羨ましかった。校則や家のルールといった決まり事を、全は守るほうだ。でもそれは真面目というよりも、その方が楽だから、穏便に過ごせるから、という消極的な理由に過ぎないと自分では思っている。強制入部なんてルールが理不尽だなと思っても、結局は適当なところで折り合いがつけられてしまう。
もし――仮に全があの不良のように髪を染めたりピアスを開けたりといった派手なお洒落に憧れることがあったとしても、それを実行に移すような事はないだろう。親が悲しむかもとか、先輩に目をつけられるかもとか、同級生に陰で何か云われてしまうかもとか、そんな想像ばかりしてしまう。入学早々それらをしてのける、或いは中学の頃からしていた不良は、そんな下らない事に縛られる事はないのだろうなと、思う。
どのみち、全には関係のないことだ。
たまたま高校が一緒で席が前後だっただけで、そもそもの人種が違いすぎるのだから。
◆
(「ヘンな奴だったな、後ろの席の奴」)
不良こと水鳥川・大地は全に教えてもらった通り、職員室の前にやって来ていた。
(「同学年に敬語使うし、話しかける度にやたらキョドってるし。緊張してんのか?」)
中学時代と変わらず陰キャ続行中の全とは違い、こちらは無事に高校デビューを果たして喧嘩ばかりの不良から足を洗い一般生徒になった大地である。少なくとも本人はそう思っている。
相手から絡まれない限りガンつけたりはしない(と本人は思っているが目つきは悪い)し、喧嘩を売るような口調で話しかけたりもしない(と本人は思っているが声音はとても荒い)ので、一般生徒から怖がられるようなことなどない(と本人は思っている……略)はずなのだが。
「お、あった。変な奴だけど嘘は云っていないみたいだな」
手に取ってぱらぱらめくってみる、部活に絶対に入らなければいけない代わりに、その種類はかなり豊富なようだ。
(「……こんなにあるのに、猫愛好会とか、そういうのはないのか」)
全と同じことを考えている大地であった。
猫はいい。見ているだけで癒される。喧嘩をして気が立っている時でも、野良猫を見るだけで心が満たされるようだった――野良猫の方はなぜか近寄るとすぐに逃げてしまうので、遠くから眺めているだけだったが、それでもよかった。
(「猫がダメならラーメンがいいな……んだよ、こっちも無ェのかよ」)
無意識に舌打ちをしてしまう、後ろで新入生たちを勧誘しようと待ち構えていた上級生たちがひっと喉を鳴らした。
「あれ新入生? でっか」
「あんなヤンキーも部活に入るのか……?」
「入るだろうなあ、強制入部だし」
「うち来たらどうしよう」
「ばっか、囲碁部にヤンキーが来るかよ」
「でも案外、フケるのにちょうどいいって過疎部に入りたがるかも」
「ええ~……確かにそういう幽霊部員いるけどさあ」
ひそひそ声は大地の耳には入っていない。彼の注目を集めていたのは他のものだった。
(「ラーメンは無ェけど、食物文化研究同好会ってのがあるな」)
それならラーメンも含まれるはずだ、と大地は結論付ける。
「よし。ここに決めた」
教室に帰っていく大地の背中を見ながら、上級生たちは「一体どこに……!?」とざわついていた。
◆
――食物文化研究同好会、略して食研!
パンフレットのスペースにはそんな文言しか記されていない。説明も何もなく、積極的に部員を集めようという気が微塵も感じられない。
部室も空き教室をひとつ借りているだけのようだ。食物文化研究という割に調理室ですらない(そちらは料理研究部というものが使っているようだ)。
かなり緩やかな部活のように思えたから、ここでいいか、と全は思ったのだが。
(「うう……」)
教室のドアを前に、全は完全に固まっていた。
(「部室の前まで来たはいいけど、ドアを開ける前のこの緊張感やばいお腹痛い。中に怖い人がいたらどうしよ……」)
アットホームな部活です★とか、部員みんななかよしです★とか書かれている部活も怖いが、部活の名前以外何も書かれていない案内もそれはそれで怖かった。
(「考えてみたらあんまりマイナー過ぎる部活もあれかなあ、部長と俺しかいないとかだったらどうする!? 強制的に話しかけなきゃいけなくなるよな!?」)
やっぱりもうちょっとだけメジャーっぽい部活にするべきだっただろうか。でも塩梅がわからない。というか、何で新入生が入って来るシーズンで、積極的に見学を受け付けている部活もたくさんあるのに、ここは教室のドアを締め切っているんだろう。やる気のない案内といい、新入部員を募集する気なんてないのだろうか。
(「どうしよう、やっぱり、別の所に……」)
「おい、お前」
「は、はい!?」
呼ばれて反射的に振り返る。するとそこにいたのは……
(「って、前の席の不良だー!!」)
中に怖い人どころか後ろに怖い人がいた。全、大ピンチ!
「あ、源じゃん。お前もここに見学に来たのか?」
ちょっと面食らった。名前を憶えられていたのか。見た目の割に律儀なようだった。こっちは不良としか認識していないのに。
「え、ええーと」
目線を泳がせる。
今、お前「も」といったよな? つまり、不良はここに入部する気なのか?
「一応そのつもりだったんですけど、やっぱりどうしようかなー、って」
踵を返そうとする。その手が大きな手にがしっと掴まれた。
「よし、なら一緒に入ろーぜ」
「え」
呆気に囚われている全もお構いなしに、大地は手を引っ張ってドアにかけさせる。
「ちょっ、まだ心の準備がー!?」
全の悲鳴は一足遅く、ドアは勢いよくがらりと開かれる。
(「関わらないようにしようって誓ったばっかりなのに、どうしてこうなるんだ!?」)
中にいた陽気そうな生徒と、眼鏡をかけた真面目そうな生徒が、少し驚いたような顔をしてこちらを見てくるのだった。
――正反対の幼馴染コンビと、引っ込み思案と、元ヤンキー。
不思議な巡り合わせは、ここから始まったのだった。
成功
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