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ある日、猫だまりにて

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水鳥川・大地




「ふあぁ……ねみ」
 人目も憚らず大きな欠伸をして、水鳥川・大地は下駄箱の蓋を開けた。一日の授業を終えて午後三時、昇降口には下校する生徒達が行き交っている。高校生活が始まって約一か月が経ち、新しい環境にもようやく慣れてきた――中学の頃よりいくらか緩くて安穏な空気にも、どやどやと連れ立って歩いてくるクラスメート達にもだ。
「水鳥川、お疲れ! なあ、俺達これからゲーセン行くんだけど――」
「あー、パス。俺これから寄るとこあっから」
「んだよ、付き合い悪ぃなー」
 じゃあまたなと気さくに笑って、級友達が通り過ぎていく。耳にはピアス、根本の黒い気の抜けた金髪、やたらと眼光鋭い瞳と、お世辞にも取っつきやすいとは見えない風体であることは大地自身自覚しているのだが、一か月ほど喧嘩を控えて過ごす内に――幸い、拳を振るわねばならないような事態にも出くわさなかったので――級友達は彼を『害なし』と判定したらしい。最初は遠巻きに見ていた者達も気軽に声を掛けてくるようになり、高校生活の滑り出しは存外に順調である。
(「付き合い悪い、か」)
 確かにそうかもしれないと思いながら、大地は靴を履き替え、昇降口を出た。人間関係を円滑に運ぶためには、多少の『付き合い』は必要だ。しかし寄るところがあると言ったのは、決して嘘ではない。
 校門を出て朝来たのとは真逆の方向へ歩くことしばらく、住宅街を抜けてゆくと、行く道はやがて古い神社へと辿り着く。すっかり緑色に変わった桜が枝を差し掛ける参道を抜け、苔むした鳥居を潜ったその先が今日の大地の目的地だ。
 石燈籠の陰に身を潜めてこっそりと境内を覗き込み、少年ははっと息を詰めた。
(「……いた」)
 本当にいた、と、そう思った。何しろ、休み時間にクラスの女子がお喋りしていたのを小耳に挟んだだけで、それが本当にこの場所なのか確証もなかったのだ。なかったのだけれど――。

『近くに古い神社があってね、猫の溜まり場になってるんだって』

 名前もまだ覚えていない彼女が言うことには、その神社の神主は猫好きで有名で、地域猫の面倒を見ているうちに徐々に猫達の方から集ってくるようになったそうだ。
 が、経緯は別にどうでもいい。大地にとって重要なのはそう、境内のそちこちに陣取っている猫達そのものである。
(「あぁ~……クッッソ可愛い……!!」)
 例えば、陽当たりの良い石段で丸くなっている三毛猫だったり。
 あるいは、賽銭箱の隣で顔を洗っているサバトラだったり。
 もしくは、縁の下に潜り込んで尻尾だけが外にはみ出している黒猫だったり。
 春も深まる四月の終わり、片手には収まらないほどの数の猫達は特に喧嘩をするでもなく、自由気ままに午後の陽射しを満喫しているようだった。片足を上げて耳を掻く仕草も、日溜まりで眩しそうに目を細めている姿も、その何もかもが可愛らしい。気を抜けば素直な歓声が零れてしまいかねないのを手頃な樹の幹に爪を立てて堪え、大地は制服の胸を掻いた。
(「なんでこんなに可愛いんかな……猫」)
 猫好きを自覚するようになったのがいったいいつからであったか、はっきりとは覚えていない。ただ中学に上がる頃には、それを表立って口にすることはできなくなっていた。別に誰に咎められたわけでもなかったのだが、思春期特有の見栄や恥じらいが邪魔をして、素直に好きとは言えなくなった。だからこうして猫の溜まり場の情報を仕入れるたびに、人目を忍んで見に来ている……というわけである。
(「カメラ、カメラっと」)
 興奮から慌て過ぎたのか、ポケットから取り出したスマートフォンが掌の中で暴れ回る。うっかり落として猫達を驚かせては大変と心を落ち着けて、大地は起動したカメラを猫達に向けた。勿論、シャッター音もフラッシュも普段からしっかり切ってある。
(「触ったら柔らかいんだろーな……」)
 けれど、触れない。触れようとして驚かせたり、恐がらせるのは本意でないし、野良猫や地域猫によそ者が餌をやるのもよくないだろう。だから大地は、あくまで見るだけ――こうして遠目に眺めて写真を撮らせてもらえるだけでも、十二分に幸せなのである。
(「もっとアップで撮りてぇな。もうちょいだけ近く……」)
 足下で、木の枝がぱきんと乾いた音を立てた。あ、と思わず声を洩らしてから視線を戻すと、耳をそばだてた猫達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。あー、とがしがし頭を掻いて、大地は深々と嘆息した。
「……もう、猫カフェにでも行くか……」
 すっかり人気の――猫気のなくなった境内で、少年はぽつりと呟いた。もっとも長らくヤンキーをしていた少年にとって、猫カフェのハードルは口で言うほど低くない。
 一緒に行ってくれるヤツでもいればなあとぼやきながら、大地はのろのろと静かな境内を後にした。再びポケットへしまい込んだスマホの中には、転寝する猫達の姿がしっかり収められている。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年04月26日


挿絵イラスト