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人皮装丁本

#UDCアース

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#UDCアース


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●深淵からの呼び声
 その日グリモアベースに居た探偵に声をかけようとした猟兵達は、青年の様子が常とは違う事に気が付いた。
 不健康な顔立ちはいつものことだが今日はそれが輪を掛けて青白い。注視して見れば、こめかみを暑さからではない汗が伝っている。
 一体どうしたのかと猟兵達が問い掛ければ、グリモア猟兵の違法論・マガル(f03955)は黙りこくったまま数枚の皮紙を取り出すと此方に手渡した。
 ざらついた手触りの紙はあまり馴染みが無い、珍しい動物の皮だろうか。
 猟兵達が怪訝な顔をしてその皮紙を覗き込んだ瞬間、目が文字を認識した途端。強い目眩が襲い来る。

 口にするのも憚られる狂気の具現。

 名状し難き悍ましさと生理的嫌悪。

 身の毛のよだつ恐怖と薄気味悪さ。

 思わずくらりと身体が凪ぎそうになるのを踏みとどまって目を開けば、畏怖は変わらずそこにあった。
 UDCアースにおけるオブリビオン――それも邪神に纏わるものだと猟兵達の直感が告げている。
 黴びた臭いのする皮紙の中で、黒インクの文字が縦横無尽に這いずり回り、蛞蝓や蚯蚓のようにのたくっていた。
 文字が動いている。蠢いている。
 否、この文字は……生きている。
 錯覚したのではなく、紙面上で実際に起きていることだ。猟兵達は我が目を疑って、しかし何度瞬きをしようが瞳を擦ろうが目の前の現実は変わってくれやしない。
 これが高度な映像技術であればどんなに良かったか。
 数頁も目で追えば頭痛と吐き気が交互に精神を揺さぶってダメージを与えている。
 頭がとろけおちてしまいそうだ。
 たまらず目を背ければ、未だ顔色の悪いマガルが猟兵達の手から紙を受け取った。
「これは……」
「邪神教団の教本の一部だ」
 暴力的なまでに冒涜的なその紙の切れ端には、赤く紅く朱く、空気に触れ酸化した血文字でこう書かれていた。
 日本語とも英語とも似付かない、見知らぬ言語。
 発音も綴りも異なるそれを。
 文字というよりも紋様に近い、それでも何故か文字だと理解して、読み取ることができてしまった言葉を。

 ――……クゥイラトァ・グラルハ・メラルヒニトの書。

●その教本、狂奔につき
「UDC組織が捕らえた教団幹部が、邪神召喚に必要な本を所持していたんだ」
 とある邪神教団で教本として扱われていた1冊の本をUDC組織は手に入れた。
 本の所持者……口を割った幹部によれば、本にはとある邪神を召喚できる方法が書かれているらしい。儀式に適した場所や時間、召喚に必要な生贄の人数が記載されている。
 大規模な邪神教団の幹部をたった一名捕らえただけだ。まだ大多数の狂信者が邪神召喚を目論んでいる。
 幹部本人からの言葉ならば、掴んだ情報の信憑性は高い。
 もし教本の解読に成功すればこれから起こるだろう邪神の召喚儀式を、未然に防ぐことが出来る。
 そう考えたUDC組織は早速各地から選りすぐりの精鋭エージェントを召集し、教本解読に乗り出して。
「……それで?」
「失敗した。解読作業に当たったエージェント全員が揃って病院送りになってる」
 教本から発せられる邪気が想像以上に強すぎたようだ。読み解けば読み解くほど嘔吐や激しい頭痛に見舞われ、正気は削り取られ、中には泡を吹いてひっくり返ってしまった者すら出た。
 残念ながら精鋭エージェントはみな倒れてしまっている。
 困ったUDC組織は今まで幾度も邪神討伐を請け負ってくれた協力者である猟兵達に支援を仰ぎ、そうした経緯で今回は解読作業が回ってきたらしい。
「解読……」
「そうだ。解読だ。今はUDC組織が幹部から押収した原本を持ってる。ただ、その原本自体もオリジナルの一部を書き写したものだそうだ」
「今回見付かったのは写本に過ぎないと?」
 マガルが頷く。
 召喚方法の一部を書き写しただけの写本、しかも数ページで既にこの脅威。オリジナルの1冊には一体どれほどの邪神召喚方法が書かれているのだろうか。
「……残念ながら現時点で読み解けたのは儀式が行われるのが今日の夜、生贄が必要だって文言だけだ。儀式の行われる場所の区画はある程度判明したが、正確な位置までは特定できなかった」
 つまり捕らえられているかもしれない生贄になってしまった一般人や敵の正確な数は分かっておらず、そもそも儀式が行われる明確な場所すら不明ということだ。おまけにタイムリミットはあと半日ばかり。
「情報が少ない、ここから先は教本の解読内容頼りになる」
 儀式の執り行われると予想された区画に最も近いUDC組織の支部があるらしく、猟兵達はそこへ向かうことになる。
 支部の図書室で解読を済ませたら大至急特定した儀式の場所へ向かう寸法だ。
 グリモア猟兵としての予知でも儀式の内容を見ることは出来ず、詳細を追えなかったのだとマガルは不甲斐無さに俯いて、吐き気からか口元を押さえている。
 一人ではとても解読できないと首を横に振った。
「……悪い、悔しいが俺には無理だった。……頼めるか?」
 後は託した、と零すと猟兵達の手元に再び教本の一部である紙が渡される。
 手渡されたひらひらと軽いはずの紙がずっしりと重たく感じるのは、そこに人命が乗っているからなのだろうか。
 重い仕事が、猟兵達の手にも肩にものし掛かった。


山田
●マスター挨拶
 山田と申します。今回はシリアス傾向の苦痛耐久シナリオです。
 UDCアースらしく、呼び声めいたシナリオをしたくて書きました。いあ!いあ!

●一章プレイングに関して
 猟兵といえど教本を一人で読み続けると精神を摩耗してしまうため、基本的に全員でローテーションを組み1時間ごとに交代しながら読了を目指します。
 ここでは「あなたの正気度」を記入して下さい。

●場所
 詳細位置は分かりませんでしたが何とか区画までは絞り込めた今回の儀式場所にほど近い、とあるUDC組織の支部に設けられた図書室です。邪神に関する記録や資料などが纏まった貴重な蔵書が収められています。
 簡易ソファがあり座りながら本を読むことが出来ます。

●あなたの正気度
 どれくらい狂気に向き合えるかの判定を行います。
「呪詛耐性や激痛耐性を使い気合いで耐える」
「物怖じしないタフネスな性格なので軽々読めそう」
「とても怖がりだけれど救出者のことを思い頑張って読む」
「好奇心旺盛な読書家なので純粋に本の内容に熱中してしまいそうだ」
「UDCエージェントなのでこの手の狂気には慣れている」
 ……など上記は一例ですが、その猟兵が狂気に対してどのくらい耐性があるかを頂いたプレイングから判断します。
 各位の猟兵の性格やスタイルに応じた意気込みをお聞かせ下さい。

 ジョブ・取得技能、猟兵の能力値やステータス等で狂気に耐えうる妥当理由が記載されている場合は、上記プレイングに加えてさらに判定ダイスに加算を行います。

●二章プレイングに関して
 無事に教本解読に成功した場合、召喚儀式場所の解説や可能行動の開示のための描写として、NPCのみが登場する空のリプレイが入ります。
 プレイング受付は空のリプレイ反映直後からになるため、しばらくお待ち頂けると幸いです。
 ここでは「邪神復活儀式をどう邪魔するか」を記入してみてください。
 フラグメントで提示されているPOW・SPD・WIZの例以外の別の方法でも全く構いません。

●三章プレイングに関して
 純然たる戦闘となります。基本は一律戦闘描写です。

●同行者に関して
 共に行動される方がいる場合は、お互いの呼び方を各位ご記載下さい。

●グリモア猟兵
 違法論・マガル(f03955)
 探偵を生業とするブラックタールの不愛想な青年です。今回はSAN値がピンチだったため、あまり有益な情報を伝える事が出来ませんでした。
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第1章 冒険 『狂気の解読』

POW   :    狂気は精神力で克服する

SPD   :    狂気に触れないよう器用にやる

WIZ   :    狂気を思考で受け流す

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ロバート・ブレイズ
【SPD】
「此処は私の出番か。私の十八番か。兎角。無貌を晒して暴き尽くさねば。悦ばしい。楽しいものだ。私は絶対に此れを離さないぞ。クカカッ!」
邪神召喚の為に扱う書物など十中八九ロクなものでは在らず、ならば自らもロクでもない『もの』と成れば解くなど容易い。簡単に説くならば私は最初から『正気』ではない。持ち物【正気固定機】を起動し一時間丸々読み通して魅せよう。その際、必要な部分だけを情報収集し手帳に書き連ねる。可能な限り読み易いよう『明快』に記す。
「私は貴様も貴様も貴様も冒涜する爺だ。私は私自身を冒涜する王様だ。もはや私に正気の証明など不要で、狂気と呼ばれるならば受け入れて嗤おう」


立花・乖梨
※自由に使ってくださいです、です!

解読のお手伝いが出来るのであれば、喜んで。それが誰かを助ける力になるなら「私」はがんばりますです、ですです!

正気度…そうですね。
"「私」を含め、7つの別人格を内包する程度"には、あるです、よ?
あぁでも、1人は傷付きやすい子なのでお留守番させるのです。

激痛には慣れっこですし、呪詛は処刑道具で得意分野ですからきっと大丈夫ですよう。呪詛に飲まれそうなら、オルタナティブ・ダブルで人格を切り替えて読み続けますです、です。

『傲慢粗暴な私』<聡明毒舌な私>
[無口素直な私]《冷徹女王な私》
【勇敢な私】そして「爛漫な私」が。

ふふ、沢山の猟兵の皆さんと読書会です、です。


九重・咲幸
生きた文字、意志持つ書物
耳にしたことはあったけれど、こうしてみるのは初めてです
この手触りは……いえ、考えるのはやめときます

生家が陰陽師の家系で、ひとならぬものと向き合うことも少なくなかったので、こういったものには多分ひとより少し慣れてるかな
呪詛に抗する加護もささやかながらありますし

場所だけでも見当をつけたいですね
そういった符丁を探すのを重点に解読を進めます
文字や言葉による呪いの恐ろしさは知っているつもりなので、気をつけて
深く受け止めないように、表面をなぞるように、心を凪に
極力必要な情報だけを探して行きます
これが記し伝えるためのものならば、生きていても文字はそれらを伝えるはずです
……形はどうあれ


黒木・摩那
【WIZ】
これは禍々しい本が出てきました。
側に寄るだけで吐き気がこみ上げます。

でも、ここで耐えて読み進まないと情報は得られませんし。
召喚されるまでの時間はどんどん迫ってます。
犠牲も出したくはありません。

解読の前に唐辛子をひと舐めしてから解読に臨みます【気合い】。

解読に当たっては意味は考えずに、単語の羅列として、ともかく紙に書く形で進めます。意味はあとから考えます。
頭が呪詛で朦朧としてきたら、また唐辛子をひと舐めして頭をクリアにしようとします。

まだ年少なので若さで勝負。
頑張ります。

●正気度
UDCアースで邪神絡みの依頼は熟しているので慣れてはいます。


千草利・機斗
人皮の本ですか
何ともまぁ悪趣味ですね
いいでしょう
これも仕事でしたら引き受けさせていただきます

【POW】
伊達に裏社会で働いてませんでしたからね
戦場傭兵とシーフ(暗殺者)という肩書もハリボテじゃあ有りませんよ
これでも多少のことでしたら動じない覚悟はあります
……が、やはりキツイことに変わりはないでしょうから、気を引き締めていきます
此処は慢心せずに挑みましょう
少しでも解読出来るよう、人助けが出来るよう尽力します
奥歯を噛み締め冷や汗をかいても、
手の甲に爪を立てて文字を追う瞳と頁を捲る手は止めることなく
いつ気を失ってもいいように解読できた内容は
些細なことであってもすぐに別の紙に書き留めておきましょう


庚・鞠緒
POW

解読作業か、まさか自分でやることになるとは思わなかったな
UDC職員と一緒に参考になりそうな資料や本を見繕って取るだけ取る
机の上に積み上げていつでも出せるようにしたらスタートだ
まともに学校行ってりゃ中間テストとか、こんな感じだったのかもな

・正気度
こちとらUDCと融合したグールドライバーだぞ
邪神関係の扱いは多少慣れてンだ
それにこれでもちょっと前は読書少女だったしな……マジだぜ?
あとは【激痛耐性】と【気合い】で耐える
それでもキツいようならユーベルコード「Blooddrunk」使用
己の中に血を注いで気合いを入れなおす



●人間もまた一匹の化け物である
 人間を人間たらしめるものは何か。
 化物を化物たらしめるものは何か。
 きっと線引きは難しく、その定義は酷く曖昧で。故に彼らは、人類防衛組織はこう名付けたのだ。
 UDC。アンディファインド・クリーチャー。
 ――……定義されていない異形という二つ名を以て形容する。

●冒涜王
「ローテーション表が出来上がったようです、です!」
「ご苦労であった」
 ロバート・ブレイズ(f00135)や他の猟兵達が立花・乖梨(f05235)から各員の名前が記載された紙を受け取っている。
 UDC組織の図書室へと案内された猟兵達は用意されたソファから各々好きな場所に腰かけ、あるいは立ったまま、誰がどの順番で教本解読に当たるかを取り決めていた。
 得意不得意はあれど、どんなに精神力の鍛え上げられた者であったとしても読み進めれば確実に精神を摩耗してしまう狂気のアーティファクト。そんな危険物にたった一人で挑もうなどと無謀な考えを持つ者は居ない。
 ロバートは背を預けていた壁から離れるとソファに座って紙をしげしげと眺め、先頭行から己の名を見つけ出した。
 最初は老齢の彼が選ばれた。その次は年若い彼女が。選考方法は完全にランダム、くじ引きということが分かる。
 おそらく狂気が満遍なくどのページにも散っているため手練れの人間をある程度散らせるためかとロバートは思案した。であるならば、一番をここで引き当てられた彼の機運は僥倖という他ない。
 なぜなら彼は異形の知識に精通し、異形に対する造詣の深い人間なのだから。
「此処は私の出番か。私の十八番か。……兎角。無貌を晒して暴き尽くさねば」
 テーブルの上に置かれた一冊の本を手に取れば、表紙には人間の瞳めいた器官が浮き出ていた。対ではない、たったひとつの単眼を。瞼を上下させ、ぎょろぎょろとあちこちを見渡して、本を持ち上げるロバートと視線が交じり合う。
 覗き込むその目はロバートを視認した途端に、薄く三日月を真似て弧を描いた。嗤っているのだ。
「そうか、そうか。貴様も愉しいか。私も悦ばしい。楽しいものだ。私は絶対に此れを離さないぞ。クカカッ!」
 心底楽しくてたまらないのだと口から哄笑が漏れる。
 こうして猟兵達の狂気との戦いが幕を開けた。

 恭しく、まるでうら若き乙女の手を紳士がとるように。壊れやすい陶器の器を持ち上げるように。優しく表紙に触れる。
 簡単には開けられない為にと装着されているだろう厳重な革製のベルトなど知ったことか。ロバートは教本の表紙を一切のためらいなく開いた。
 そこには果たして狂気が存在する。グリモアベースで見たものと寸分違いない、紙面上を文字が泳ぐ有り得ない光景が延々とどのページに渡っても続いているのだ。
 だがそんな光景など想定済みといわんばかりにロバートは躊躇の欠片も見せずにページを捲る。
 蠢いて目で追いにくい文字を確実に一つずつ掬いとって、意味のある文脈に変換するだけでも集中を伴わねばできない作業だ。
 それでも、まるで朝の新聞よろしく彼は難なく読み解いていく。
「……邪神召喚の為に扱う書物など十中八九ロクなものでは在らず、ならば自らもロクでもない『もの』と成れば解くなど容易い」
 ロバート・ブレイズその人は狂気に呑まれているのか。
 否、そうではない。彼はすでに狂気に染まっているのだ。
 ――前提として此方を狂わせる本ならば、読み手となるこちら側が既に狂っていれば何の問題も無いだろう。
 破綻した考え方だが、確かにロバートの作業は正確性がいやというほど高かった。傍らに開かれた手帳には凄まじい速度で解読文が記載されていく。筆は軽やかに恋人に文でもしたためるかの如く。
 成文化された一般人でも読めるただの文字が積み重なり、解読作業は滞りなく進んでいった。
 疲れを見せない彼は、本来すり減っているはずの正気をとある地点で固定しているのだ。正気はそこから下がることはなく、また上がることも無い。
 冷静さやあるいは平坦な常の思考を絶対域から決して動かさない。
 ただ所持しているだけでも一種狂気的な機器。それを起動させ、こんなに涼しい顔をして懐に忍ばせているのも彼のなせる業だろう。
 反則か、と問われればきっとロバートはクカカと常の様に喉を鳴らし笑って、一見支離滅裂にも思える彼自身の言葉でこう言うのだ。
「私は貴様も貴様も貴様も冒涜する爺だ。私は私自身を冒涜する王様だ。もはや私に正気の証明など不要で、狂気と呼ばれるならば受け入れて嗤おう」
 常人に狂人の言葉は通じない。
 狂人に常人の言葉は通じない。
 それでもロバートの言葉はきっと、どこかの狂人に届く。
 彼の解読作業はこのまま一時間、長針が一周するまで続いた。

「一時間経ちましたです、よ?」
「ああ、これはすまない。つい熱中してしまった」
 ロバートが傍らから話しかけた乖梨の言葉に顔を上げる。最後にざっと大まかにページを捲ってから猟兵達に情報を共有した。
「前半部分は場所と時間、中間部分は儀式の紋様。後半部分は必要犠牲者の数であった」
「ということは今解読できた部分は目次……です?」
「如何にも」
 乖梨の言葉にロバートが頷いた。ロバートの読み解き箇所は本の地図、案内板とも言うべき場所。一番最初に書かれている目次部分だ。
「儀式の時間部分は夜の零時ということが判明した。このままローテーションをするなら前半部分に当たる人員は儀式の場所を、中間部分であれば儀式の紋様を、といった風に分担作業をするのが好ましい」
「わかりましたです、です!」
 ロバートの手から乖梨が本を受け取って、次の解読作業に入る。
 やることは判明した、目次のおかげで読み解く内容が分かっているのなら作業は難航しないだろう。
 スムーズに次の猟兵への手渡しを終えると、ロバートはソファに腰かけてそっと先程までの光景を回想する。
 ……狂気に苛まれていた時間。一般人にとってはそうでなくとも、彼にとっては夢のような時間を。

●六人分
「ふふ、沢山の猟兵の皆さんと読書会です、です」
 ロバートから本を受け取ったのは乖梨だ。ぽすっと軽い音を立ててソファに沈み込む彼女を九重・咲幸(f03873)が見つめる。
「生きた文字、意志持つ書物。耳にしたことはあったけれど、こうしてみるのは初めてです」
「生きてて動いちゃうから読むのが大変そうです……でも、解読のお手伝いが出来るのであれば、喜んで。それが誰かを助ける力になるなら『私』はがんばりますです、ですです!」
 びっと指をあてて敬礼じみた動きをする乖梨にやや空気が和らいだ。
 そうだ、この仕事は人の命が掛かっている。その為には如何なる狂気にも耐えなければならない。
 辛く苦しい解読作業でも人のためを思い、助けを待つ人々のために猟兵は戦える。狂気に立ち向かうことができる。
 咲幸は乖梨に一つ頷きを返して、彼女の解読作業を見守ることにした。
 ローテーションの通りであれば乖梨の次は己の番だ。この教本がどの程度の狂気を孕んだものなのか。それを見極めなければならない。

 立花・乖梨は多重人格者である。複数人の人格を保有し、一人の身体に七つの精神を宿す一種の超人類。
 人格ごとに別々の特性を修得でき、人格を切り替える事で様々な状況に対応できる。猟兵の数ある種族のうちでもかなり特異な部類になる種族だ。
 一人は留守番、『彼女達』が今回挑むのは六人。
 ぱらりとカサついた紙を捲ってロバートが読み終わった部分の続きから解読を始める。言葉通りなら前半部分には召喚時刻と召喚場所が記載されているはずだ。
 瞳の中に飛び込んできた数多の黒いインク達に一瞬目を見開いて、乖梨はすぐさま相談を始める。
 最初に読み始めるのは誰?
 最初に狂気に立ち向かうのは誰?
 傲慢粗暴な彼女が。聡明毒舌な彼女が。
 無口素直な彼女が。冷徹女王な彼女が。
 勇敢な彼女が。……爛漫な彼女が。
 一斉に乖梨達が乖梨達へ問いかける。自問自答ではなく、言い換えるのならば他問他答。
 彼女は実際に今この場に六人いると形容するのが正しいのだから。さあ私達、どうしましょう。
『私?』
<私?>
[……私?]
《私?》
【私?】
「いいえ。まずは私から、です!」
 爛漫な彼女が交代を取りやめた。他の五人は爛漫な彼女にそれぞれの言葉を送る。
 荒々しい言葉で鼓舞を。毒のある言葉で一見励ましには思えぬ激励を。言葉は発さずに目だけで督励を。冷たい言動で突き放すような叱咤を。純粋なる声援を。
 爛漫な彼女は五人の乖梨に反応にくすりと笑いを零して狂気と向き合う。
 そうして始まった六人による共同作業は十分おきに交代され、代わる代わる進みゆく。
 時間にしてきっかり六十分――終わる頃には額に汗が伝っていたものの、乖梨達は恙なく一時間の解読作業を終えることができた。
 一人で一時間であればきっと耐えられなかっただろう。いや、聡明毒舌な彼女や冷徹女王な彼女であれば多少は耐えられたのかもしれないが。それでも六十分すべてを賄うことは出来なかっただろう。
 乖梨は分担作業を行ったことによって耐えきってみせた。一人で出来ないのであれば六人でやればいい。人海戦術は多重人格者が使える有効手段だ。ローテーションを行う猟兵達に倣い、さらに作業を分担する。
 利口なアプローチから読み解けた部分を乖梨が皆に伝えた。
「場所は確かにこのUDC組織からほど近い場所……聡明毒舌な私によれば、海岸にほど近い海岸林という言葉が読み解けたみたいです、です!」
「海……海岸林……」
 現在いるUDC組織の支部は確か海にほど近い地域ではなかったかと何人かの猟兵が口々に告げた。
 解読内容は正しい。確実に真実へ迫っている。
 近場にある海岸林は沢山ある。各地を洗ってみようと各々が調べだしたところで咲幸は乖梨から本を受け取った。
「お疲れさまでした」
「はい、頑張りましたですです!」
 咲幸さんも頑張ってくださいね、と優しい言葉と共に。次の猟兵へ解読作業が渡った。

●心を凪に
 咲幸が受け取った本は前半部分も半分に差し掛かったところか。
 文章の中には無駄な文言が多い、というよりも肝心な召喚方法にたどりつくまでに召喚とは関係のない余計な文が紛れ込んでいるのだ。
 読み手を洗脳し邪神を崇め奉るように、巧妙に文の中に呪詛が隠されている。
 呪詛の妨害を避ける術はない、すべての文に目を通して関連の文章をこの膨大な泳ぐ字の中から見つけ出さなければならない。
 だが咲幸の生家は陰陽師の血筋、陰陽道に通ずる家系だ。ひとならぬもの、まつろわぬもの、うつろなるもの。それらと向き合うことも幼少期から少なくなかった。
 こういった人ならざる者の関与が疑われる物品や現象には常人と比べて多分慣れている。
「呪詛に抗する加護もささやかながらありますが……文字や言葉による呪いの恐ろしさは知っているつもりなので、気をつけて。慎重に挑みましょう」
 油断せずに、と深呼吸をする彼女に黒木・摩那(f06233)と庚・鞠緒(f12172)が声を掛ける。
「前半メンバーでは私達が同年代ですね」
「そうか、みんな十代か。まともに学校行ってりゃ中間テストとか学友とか、こんな感じだったのかもな。こんな物騒な授業ヤだけど」
 さしずめ先輩ってところかね、と鞠緒が言うのに二人も表情を崩して笑った。
 猟兵には小さな子供が混じることもある。彼女達は年齢こそ他のメンバーと比べて成熟していない子供に近いものだが、仕事を請け負う立派な猟兵だ。
「にしても、これは随分禍々しい本が出てきましたね。側に寄るだけで吐き気がこみ上げます」
「そうだな。……解読作業か、まさか自分でやることになるとは思わなかったな」
 大丈夫かと問いかける二人に落ち着き払った声で咲幸は平気だと一言告げると、そのまま静かに教本のページを捲った。

(この手触りは……いえ、考えるのはやめときます)
 グリモア猟兵からグリモアベースで皮紙を受け取った時の、あの感触と同じそれに指先で触れる。
 ざらついた手触りのあまり馴染みが無い紙を。珍しい動物の皮、ではないのだろう。きっとこれは、おそらく。
 咲幸の想像は正しかったがその先の思考を寸でのところで止めた。今は余計なことを考えない、解読に集中だと青い瞳が文字を捕らえる。
 ぐにゃぐにゃと伸び縮みしては逃げるように紙の上をすべる文字を見つけるのは至難の業だ。
 一か所にとどまってくれないそれを一文字一文字追いかけていればこめかみに小さな痛みが走った。頭痛だ。
 眼精疲労もそうだが、読んでいるだけでまるで深淵の底から誰かに呼び掛けられるような感覚が断続的に続く。
 風邪を引いたような気分になりつつも、それでも咲幸は解読をつづけた。
 大丈夫、一文字ずつ、一文字ずつでいい。そう己に言い聞かせながら。
「場所だけでも見当をつけたいですね。そういった符丁を探すのを重点に解読を進めれば……」
 目次では場所の記述があるらしい、丁度今まさに読み進めている辺りの文章を重点的に探る。
 雑木林に通ずる言葉は無いか。地域名は出ていないか。真っ白な紙で黒い金魚を掬うように彼女は一点に絞った情報を探す。
「生きている……これが記し伝えるためのものならば、生きていても文字はそれらを伝えるはずです……形はどうあれ」
 深く受け止めないように、表面をなぞるように、呪詛に惑わされぬように、心を凪に。どんな強風にも揺れるだけの、吹き止んだ強風のあとに静かにそびえる一本の樹のように。
 極力必要な情報だけを探して行く。
 そうして彼女は乖梨が見つけた言葉の続きをようやく探し当てた。
 東海岸側。たった四文字のそれが、紙の上で何度も逃げまどっていたのを指で抑え込む。じわ、と黒インクが滲んで紙の上に縫い留められた。
 指先から伝わる呪詛に痛みが走って手をどけるが、彼女が見つけた言葉はもう逃げられない。
「見つけました! 海岸林は東側です……!」
「よくやった!」
「咲幸さん……!」
 ほっと大きく息を吐きだしてようやく狂気の根源から張り付いていた顔をどかせば、鞠緒と摩那が彼女を労わる。
 場所の特定は順調に進んでいた。前半部分はロバートの目次通りならば、残りページで逆算するにあと三人の解読で蹴りがつく。
「次は私ですね」
「ああ、それでその次が……」
 ウチだな、と摩那へ鞠緒が頷く。少女の手から少女の手へ、次の猟兵へ本は託された。

●狂気と香辛料
「ページが進むごとに呪詛が強まってるように思える。行けるか?」
「はい……行けます。お気遣いありがとうございます。UDCアースで邪神絡みの依頼は熟しているので慣れてはいますが……ここで耐えて読み進まないと情報は得られませんし。召喚されるまでの時間はどんどん迫ってますから」
「そうだな。多分もう悠長に時間をかけてる暇はない。キツかったらすぐ言えよな」
 ウォーターサーバーから冷えた水を咲幸へ差しだして、鞠緒は心配そうな声色で問いかけた。
 摩那は気遣いと共に投げられた言葉に、それでも救うべき人が危機にさらされている状況は看過できないと首を横に振る。そう、タイムリミットは今日の零時だ。
 のこされた時間は余り多くない。UDC組織は総出で今までに解読された文をもとに場所の特定を続けているがまだ何もつかめていない。やはり教本を猟兵何人かで見て周るしかないのだろう。
「犠牲を出したくはありませんし、手早く進めますね」
「ああ、頑張れよ!」
「はい!」
 力強い言葉に同じだけ力強く頷き返して、摩那はぎょろぎょろと表紙で動く瞳をじっと見つめた。

 摩那は調味料ポーチから取り出した唐辛子を舌先に乗せる。ぺろ、とひとなめすればぴりっとした辛さが口に広がった。
 独特の痺れるような感覚が身体の芯を確立させる。
「さあ、気合をいれましょう。私達は他の方と比べまだ若輩者。年少なので若さで勝負。頑張らなければ」
 狂気を狂気で煮詰めたような、熱したべっこう飴の中を裸足で渡るようなどろりとした不快なまとわりつく呪詛の中を泳ぐ。
 狂わぬようにと読み始める前に味を覚えた香辛の奥、辛さが自分を自立してくれる。
 摩那は解読に当たっては意味は考えずに、とりあえず単語の羅列として文章を書きだすことにした。ともかく紙に書く形で進める。ただつらつらと読み取った通りの言葉を正しい単語に置き換えていく。単語の意味を考えている暇は、あとで本を置いた時にすれば事足りるのだ。
 縦横無尽に好き勝手、我が物顔で本の中を動き回る文字達は摩那を嘲笑うように四隅へと散ってしまう。指で押さえ、皮紙の上で生きる彼らをつなぎとめ、わらわらと風吹く湖面のように漣立つ紙面の先を。これではまるで騙し絵だ。
 それでも実直に文字を追えば確かに単語はぽろぽろとその姿を現して、蜃気楼の如く摩那の手のひらで形を成した。
 おぼろげな意識のなかで言葉を捕まえて、また紙に書きだして、その繰り返し。
 びりびりと痛む脳裏をしゃんとさせようと摩那は、また調味料ポーチから唐辛子を取り出すとひと舐めして頭をクリアにする。
 視界は開けて、狭まっていた暗い目の前に光が差した。食事、ひいては辛みによるリセットという気分転換は功を奏したようだ。
 文字と文字と文字の群れ。
 紋様と紋様と紋様の群れ。
 それらを退けて、一時間も目前に迫る頃。唐辛子で緩和された狂気の中で少女は言葉を探し当てた。
「……終わりました」
「良かった、大丈夫だったみたいだな」
「お疲れ様です!」
 いくらか気分を持ち直した咲幸と、傍らでずっと彼女のことを気にかけていた鞠緒が揃って摩那を見る。
 唐辛子のおかげです、と真っ赤なそれを差し出せばツキンと痛みに近い強めの刺激臭が二人の鼻を同時に襲った。確かにこんなに辛いものを事前に食べていれば精神が揺さぶられる頻度は少なかっただろう。
「読み取れた言葉は?」
「今から解読します」
 三人で摩那が書き出した単語を追う。そのどれもが邪神を崇め奉る言葉だったが、ひとつだけ崇拝とは違う言葉が紛れ込んでいる。
 びっしりと文字で埋まる脇のメモには、確かに海岸林の東側に続く文言が書き連ねられていた。
「……モニュメント?」
「やはりモニュメントと読み取れますか。私もそう思いました」
「海岸林の中にこれに似たものがあるってことか?」
 三人が異口同音に記念碑、と呟く。海岸林の東側で、記念碑のある場所。これはかなり有力なヒントだろう。
「次はウチか。腹くくらないとな」
 鞠緒がふう、とひとつ深呼吸をする。場所の特定まであと少し、猟兵達は無事儀式の場所を見つけられるだろうか。

●血液は気狂いを辿る
 鞠緒がUDC組織の職員に声を掛けて。蔵書の中からいくつかの本を取り出した。資料として傍に置かれたそれらは普段UDC組織のエージェントがこういった禍々しい古書を手に入れたときに解読を行うにあたって、作業を進めるためのレギュレーションを取りまとめたルールブックだ。
 呪詛に打ち勝つには、読むときに邪神の洗脳を受けない為には、精神を落ち着かせる方法は。解読作業で参考に出来るものもあるだろう。
 またそれらとは別に、支部周辺の地区が記載してある拡大版地図帳を広げた。
 猟兵達の今までの解読により分かったことはたくさんある。
 ロバートの解読による大まかな記載位置と残ページ数、詳細な儀式の開始時間。
 乖梨の解読による海岸林というワード。
 咲幸がそこからさらに東側という文言を導き出した。
 摩那が今しがた見つけ出したモニュメント、記念碑の言葉。
 ヒントは既に大量にちりばめられている。ここから先は地図も追った方が良いだろうという判断から開かれた地図には、広がる海岸林が見えていた。
「っし、気合入れるか。こちとらUDCと融合したグールドライバーだぞ。邪神関係の扱いは多少慣れてンだ」
 狂気なんざ知らねェよ、と啖呵を切った鞠緒が受け取った教本を開いた。

「鞠緒さん、読み進めるのがとても速いですね」
「ああ。これでもちょっと前は読書少女だったしな」
「えっ」
「……マジだぜ?」
 思わず半信半疑といった言葉が出てしまい摩那が慌てて謝罪したが鞠緒は特に気にした風でもなく笑って見せる。
「はは、見えないだろ。ウチも見えねェ」
「あ、いえ……」
 元は普通の病弱な中学生。そう言われても誰も最初はきっと信じてはくれない程に、己の姿は変貌してしまった。
 両親が邪神を信仰してしまい教団にとって娘は実験台に過ぎなかったことが、彼女の運命を狂わせてしまった。両親と共に神に捧げられた彼女は、逆に刻印に神を封じてグールドライバーとなる。
 数奇な運命を辿った者として邪神に関する知識はそれなりに得ているのだ。
 雪の様に白くなってしまった髪を揺らして鞠緒はページを捲っていく。
 淡い色合いを残す藤色の瞳が、元は黒かったはずの瞳が。今はただ過去の残影も悲痛な運命も置き去りにして人々を助けるべく文字を追う。
 半刻ほどたった頃、荒くなった息を吐いて鞠緒は眉間に寄った皺をつまんで揉んだ。集中しすぎたか呪詛にやられたか頭が重い。
「しょうがねェ……ちょいと血ィ足しとくか」
 彼女のユーベルコード、Blooddrunkを発動する。グールドライバーとなった鞠緒が行使できる異能力だ。
 輸血器を取り出して腕に差し込めば、血の力が身体中に張り巡らされる。
 身体強化の力を持つそれは瞬時に呪詛を和らげて彼女の頭痛はすぐに収まった。
 血を得る事で邪神の呪詛に立ち向かう少女をそうたらしめてしまったものの根本原因が、邪神そのものなのは。
 皮肉なのか。それとも。
 
「ん……終わったぞ。多分、引っ掛かる言葉はこれだ」
 在りし日の窓辺で本を読んでいた少女の姿がほんの一瞬だけ浮かび上がって、それらはすぐさま幻視として掻き消えてしまった。
 猟兵達に鞠緒が読み解いた内容を説明する。
「山羊の銅像、だと思うぜ。海岸林の東側で、記念碑は山羊の銅像。合致する条件ってェのはあるか?」

●儀式の場所
 鞠緒が見つけたのはモニュメントの特定に至る言葉だ。
 UDC組織の職員が急いで調べ上げる。広げた地図をもとに猟兵達も条件に合うものを探して。
 そしてやがて彼らは静まり返ってしまった。
 現時点で、条件に合致するものが二つ。これ以上は絞り込めない上、その二つの箇所が地図上でかなりの場所で離れているのだ。
 片方は海浜公園でもう片方は埠頭。どちらも山羊の銅像が置いてある。偶然にしては悪夢のような配置に猟兵達は思わず天を仰いだ。
「これじゃ追えねェ……!」
「困りましたね、二手に分かれて行ったら儀式を止める人員が足りません」
「なんとしても一か所に絞る必要がありますね。でも目次によればページ数は、もう……」
 鞠緒が捲った最後のページはロバートの解読ではもう場所の記載が終わる箇所だ。この後の文に続くのは中間部分、書かれている内容は儀式の紋様となる。後半部分は必要犠牲者の数であるならば、もうこれ以上の場所の記載は分からない。
「邪神教団はこの本から召喚場所を一つに絞った。ウチらが見逃したのか?」
「いいえ、みんなしっかり読んでいたです! でも、文字が泳いでいたから……見落としの可能性は確かにあるかもです、です!」
 乖梨が訴えかける。生き物は狡猾だ。そしてこの本の文字は生きている。であるならば。
 意図的に猟兵達が読むのに合わせてページの裏に隠れた『狡賢い文字』が居た可能性は否めない。
「私、もう一度最初から読みます」
「そんな!」
「でも……! 誰かがやらないと……」
「止したほうが良い、一度読んだ狂気を再び目で追えばただでは済まない」
 咲幸が硬い声で言うのをロバートが止める。
 刷り込み、インプリンティングだ。邪神教団の教本を何度も読むにつれて洗脳速度には拍車がかかる。
 ロバートは咲幸を説き伏せる。歳を重ねた男性だけが出せる、深みのある声色で咲幸が再び狂気を目にする危険を冒すことはないのだと諭した。
 しかしそれでは文の特定に至ることは出来ない。
「読み直しは危ないですね。かといって前の文を洗わないと最後の特定文が出てこない。でも今から別の方が読み直す時間は……」
「やはり一度読んだ人が再度読む以外の方法を……? そんな、だれも犠牲にできません!」
「私がしましょう。これも仕事でしたら引き受けさせていただきます」
 千草利・機斗(f14680)の声に頭を悩ませていた猟兵達が振り返った。 
 本来であれば中間部分、儀式の紋様についての記載を読むはずだった機斗が名乗りを上げた。
「伊達に裏社会で働いてませんでしたからね、これでも多少のことでしたら動じない覚悟はあります。再度読了が危険なのであれば私が文を追います」
「前の文を洗うのは?」
「一度読んだ皆さんなら覚えている箇所もあるでしょう。そこは読み飛ばして――速読します」
 速読、であればすべての文章を目に収める必要はない。一度別の誰かが読んでいる飛ばせるところを飛ばして読めば。
 機斗はそう言っているのだ。
「確かにそれなら誰も読み返しはせず、再度ページを洗うことができますです!」
「ええ。虱潰しに探せば隠れた言葉が出てくるでしょう……が、やはりキツイことに変わりはないでしょうから、気を引き締めていきます。此処は慢心せずに挑みます」
 機斗の言葉に、前半部分を読了した全員が頷く。
 一時間はおそらくかけられないだろう、もう残りのページを逆算しても中間と後半部分を読み解いていたら零時を回ってしまう。
 猟兵達はすぐさま前半部分の最後の解読を始めた。

 機斗は誰より負担が高くなる。読み飛ばしとはいえ数人で分担した前半部分をたった一人まとめて目を通しているのだ。当然呪詛は多くなり、頭痛や発熱の傾向が見られた。
 それでも彼女は歯を食いしばって先を読み進める。
 周りの猟兵達もここは読んだ、ここは飛ばせると逐一報告することで読み飛ばしによりスピードが格段に上がっている。
 既読の文に大胆にペンで線を引けばキィキィと煩い悲鳴を上げながら文字が潰れた。
 ぽたぽたと冷や汗がこぼれ、時折ふらつく身体を他の猟兵が支える。爪を立てて耐えていたせいか手の甲に血が滲んでいた。
 それでも、それでも彼女は文字を追う。ページを捲る手を止めない。
 永遠にも思われる時間のあとで、しかし実際には長針が数度も傾かないほんの数分の攻防で。
 ついに機斗は、猟兵達は。特定に至る言葉を導き出した。
「機斗さん!?」
「すみません、あとは……」
 ぐったりとソファに倒れ込んだ彼女が気を失ってしまった。機斗が気力を振り絞ってメモと共に線を引いて丸で囲った本の中。
 ペンの線で閉じ込められた檻の中でわめきたてるのは文字だ。猟兵達を苦しめた数個の文字が蠢いていた。繋げて読めばそれは最後のキーワードになる。
 ――海浜公園。
 海浜公園だ。二つに絞られていたうちの片方の候補が潰える。
 今日の零時に、ここから近場にある山羊の銅像の置かれた海浜公園。その海岸林の東側で。
 条件に当てはまる場所はただ一つだけ。猟兵達はついに場所の特定に至ったのだ。
 倒れ込んだ機斗の顔は、達成感からか、それとも狂気から解放された安堵からか。苦痛の色を薄めてほんの少しだけ緩んでいた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

千桜・エリシャ
WIZ

まあ!読んでいるだけで正気が失われる本があるなんて!
なんて心躍る代物なのかしら!
――ああ、ごめんなさい
人命がかかってるといえど、私はこの本に対する好奇心のほうが勝ってしまって……
それに自分が正気を失ったらどうなるかも気になりますわ
私、これでも妖剣士ですのよ
この妖刀のお陰で狂気とは常に隣同士――いえ、狂気の渦中といっても過言ではないでしょう
死霊術士として沢山の禁呪も扱っておりますし、ね

その私を狂気に堕とそうだなんて……
ふふ……それもまた一興かしら
私はどうなろうと面白そうなほうへ身を任せますわ

好奇心は猫を殺す?
――ならば、鬼を殺すこともできるかしら
さあ、ページを開いて
心して読み始めましょう


花咲・まい
【POW】
ただの動物の皮なら良いですが……ふーむ。これは写本で良かった、と思うべきなんでしょうね。
本来の原本もこの地のどこかにあるのかと考えると、末恐ろしいお話ではありますです。
ともあれ、今は解析を急がなくてはなりませんですね。

私も【呪詛耐性】がありますですから、
自分を【鼓舞】しながら【情報収集】していきますです。
とはいえ、ローテーションという決まりですから。引き際は弁えていますですよ。
【野生の勘】がこれ以上は危ない! って訴えはじめたら、ちゃんと次の人へ引き継ぎますです。
逆に言えば、行けるのであれば行けるところまで。
邪気ごと【見切って】、解読していきましょうですよ!

*連携やアドリブはご自由に


遙々・ハルカ
WIZ

いいねェ~面白いじゃん
働きたくねーって思ってたけどこーゆーのなら歓迎
昔から霊とか見えちゃうしさ~ヘーキヘーキ
猟兵用語でなんつーんだっけオレ
シャーマン?
あとまあ昔から気が変だのどうのこうの…
脳味噌ひっくり返りそうな本とか最高ってコトよ
そこら辺にたくさん落ちてりゃ面白いのにな、こーゆーの

オルタナティブ・ダブルで人格分離し保険を掛けつつ
べらべら延々喋りながらページをガン見タイプ
文字を読むのは平均より速い方だが欠点として喧しいし人の心がわからないし図太い
平易に言うならサイコパスだし悪意がある
オレがすっ倒れたらもう一人の方がなんとかしてくれるからok精神
トヲヤは一言も返事をしない


桜雨・カイ
杜鬼・クロウ(f04599)と行動。アドリブ歓迎
正気度:70 呪詛や狂気に触れるのは初めてですが。しかし生贄の人達を助けるため引くつもりはありません。

クロウさん担当時は、【聖痕】で背中をさすりながら【祈り】【優しさ】を使用して、少しでも負担が減るようにします。

自分の時は読み解けた部分と近い単語があれば、そこから更に読み込みます。【祈り】【催眠術】【激痛耐性】で自分に「大丈夫、耐えられる」暗示を掛けつつ読みます。
話には聞いてましたが予想以上ですね…。「あ…ありがとうございます。いつの間にか狂気に飲まれそうになってました」クロウさんに渇をいれてもらい、ギリギリまで頑張って読み進めます


杜鬼・クロウ
同じヤドリガミの【桜雨・カイ】と行動
アドリブ◎

正気度80
体力精神共に屈強だが教本解読は未知の経験故に予測不可

事前にチョコの詰め合わせ食べて糖分補給
伊達眼鏡もかけて頭の回転を気持ちup

「本読んで眠くなるなら分かるがよ、ンなダメージ食らうモンなのか?大袈裟だろ(無知)
全部馬鹿正直に読むこたァねェ。要は当たり引きゃいンだよ」

【情報収集】をフル活用し解読
『正確な儀式の最適場所や時間、生贄の数』が載ってそうな所を【第六感】で探す
集中的に読み切る
最悪【呪詛】返し

カイが挫けたら【勇気】が出る喝(物理)入れる

「…、わり。カイの声掛け助かったわ。思ったより気持ち悪ェ…。
オイ!それ以上はやめろッ…ンの阿呆が!」


リーオ・ヘクスマキナ
【POW】
―――狂気とは時に【呪詛】であり。人に【毒】として作用するモノであり。時には【激痛】という形で顕在化する。

……って、赤頭巾さんが言ってたよ。だからその3つへの【耐性】を持ってる上に、少しは【情報収集】が出来る俺は、割と向いてるらしいね?
他にも理由はあるみたいなんだけど、赤頭巾さん教えてくれないんだよなぁ……。

それにまぁ俺の場合、寄生型のUDCに分類される赤頭巾さんが解読に協力してくれるワケで。
ヤバ過ぎる部分の記述は【第六感】や【野生の勘】も併用してなるべく避けつつ、【勇気】を振り絞って解読に勤しむとするよぅ。

……なにせ人の命が掛かってるんだ。失敗は出来ないよね。しちゃあいけないよね。



●狂気を好む者達
「まあ、読んでいるだけで正気が失われる本があるなんて! なんて心躍る代物なのかしら!」
「いいねェ~面白いじゃん。働きたくねーって思ってたけどこーゆーのなら歓迎」
 人心地ついて前半部分の解読を終えたメンバーが回復した頃、教本は次の解読メンバーに託された。
 前半の猟兵達が読み解いたのは場所と時間、ここから先は詳しい儀式の内容が記載された部分になる。
 文字と同じく紋様も蠢いてしまっているため今まで以上に読み解きには集中せねばならない――が。
 教本を見た瞬間に喜びの色を滲ませた者達がいた。
 千桜・エリシャ(f02565)と遙々・ハルカ(f14669)である。
「ああ、ごめんなさい。人命がかかってるといえど、私はこの本に対する好奇心のほうが勝ってしまって……」
「いーんじゃね? 何を面白いと思うかは個人の自由だしさ。オレもこういうの好みだし。そこら辺にたくさん落ちてりゃ面白いのにな、こーゆーの」
「そうかしら……ふふ、そう言っていただけると嬉しいですわ」
「そーそー、遠慮するこたぁないって!」
 UDC組織の中にも好奇心から異形を相手取るものもいるくらいだ。そもそも正義感のほかに頭の螺子の二、三本が外れていなければこんな奇特な組織に属する者もいないだろう。ハルカの言い分は正しかった。
 人の義侠心と好奇心は行動理念だ。好奇心は特に大きな行動指針足りえる。たとえそれが自らの精神を削り取る危険なものでも、惹かれる心を咎められる謂れはないのだとハルカは笑った。
 エリシャはそれに頷いて、そのまま視線を本へ移す。表紙に浮いた瞳とぱちりと目を合わせて優雅に微笑んだ。
「それに、本もそうですけれど。自分が正気を失ったらどうなるかも気になりますわ」
「狂気に呑まれるってのも、なるほど面白そーだ」
「ハルカさんはこの手の御本や異形にお詳しいのですか?」
「そうさなあ、昔から霊とか見えちゃうしヘーキヘーキ。猟兵用語でなんつーんだっけオレ、シャーマン?」
 UDCと心を通わせる事で、それらを霊体として召喚し使役する、神秘的な超能力者。それが猟兵の内で定義されている彼らの職能だ。
 生まれながらの才能と高い精神的素養を持つ彼らにこの手の狂気が耐えられるかと言われれば、一にも二にもなく皆が頷くだろう。
 エリシャはハルカの言葉に花綻ぶように笑って見せた。教本を前にして平常を保つ二人はもしかすると此処に居る猟兵の内で一番精神的に強いのかもしれない。
「でしたら安心ですわね、ふふ」
「あはは、それにオレはもう一人の方がいるから。にしても、そちらさんこそ見目麗しの令嬢がこんな毒々しい狂気放ってる本を読んで平気なのか?」
「ご心配には及びませんわ。私、これでも妖剣士ですのよ」
 穏やかな、嫋やかな姿とは想像し難い、視覚情報と繋がらない彼女の異能力。
 羅刹の娘はにっこりと笑ってハルカに向かい、いたずらっぽく人差し指を己の薄い桃色の口元にあてる。シィ、と言葉を潜めた。
 呪われた武器を我がものとする、妖剣術の使い手である彼女。呪われた武器は使用者の精神を四六時中苛むと謳われているのだとハルカはぼんやり思い出した。なるほど心配は無用という言葉も理解できる。
 彼女の持つ大太刀から発せられる禍々しいそれを視界に収めてハルカは納得に至った。確かにこんな刃を涼しい顔をして持っているのは何よりの説得力だ。
「この妖刀のお陰で狂気とは常に隣同士――いえ、狂気の渦中といっても過言ではないでしょう。死霊術士として沢山の禁呪も扱っておりますし、ね」
 好奇心が猫を殺すのならば、鬼を殺すこともできるかしら。エリシャは目だけで雄弁に語る。
「なーんだ、じゃあ大丈夫か!」
「ええ、共に読書を楽しみましょう。時間もありませんし、私は後半から読み解きますわ」
「お、いーね。同時に呼んで時間短縮。じゃあオレ手前から~」
「ちょっと読みにくいかしら」
「ん、大丈夫そう」
 教本を真ん中に置き、並んで片側に座って。始終和やかな空気の中、彼らの解読作業は始まった。

「文字を読むのは平均より速い方だけどなー、結構分厚いなこれ」
 まるで週刊少年誌を学校で見せ合う高校生のように、怯えの色も狂気の色も見せず。べらべらつらつらと延々喋りながらハルカはページを捲る。
 動じていない彼の口から飛び出すのは教本の感想だ。
 面白い言い回しだなあ、このページ同じこと延々と書いてるなあ、字きったねー、などと今まさに狂気と戦っているのを欠片も感じさせない悠々とした常と変わらぬそれ。
 一方エリシャもまた黙々と本を読み進めている。いつもの表情と変わらず――否。少し楽しそうな顔をしていた。
「その私を狂気に堕とそうだなんて……ふふ……それもまた一興かしら」
「どうよ、何か見つかった?」
「残念ながらまだ見つかりませんわ。でも、これを書いた方はよほど邪神を愛していらしたのね」
「崇拝者だったんだな。あーこれ読むのは良いけど字が動いて目が疲れる。交代してくれ」
 トヲヤ、と声には出さず唇だけ動かしてハルカが己の中の別人格と切り替わる。
 途端にハルカのマシンガンの如く喋っていた声は止み、暫く静かな読書の時間が続いた。そうしてまた幾度目かで急に喋りだしたのをみるにハルカの意識が再び浮上したのだろう。
 エリシャとハルカは柔らかな会話を続けながらも解読の手は休めない。そしてようやく見つけた言葉に彼らはほぼ同時に呟いた。
「円形」
「星型」
「……なるほど」
「……これっぽいよな?」
 おそらく召喚陣の陣形のことだろうか。有力情報を見つけた二人がまだ読み進めようとするのを止める者がいた。
 花咲・まい(f00465)がそっと二人の後ろから声を掛ける。
「お二人とも、そろそろお時間ですよ!」
「え、もう!?」
「あら……熱中してしまいましたわ」
 二人そろって顔を上げれば、壁掛け時計の長針はそろそろ一時間を回りそうなところだ。
 なあこれ30分延長できる? とまるでカラオケルームよろしく聞いたハルカに。
 まいとエリシャは揃って顔を見合わせると、どちらともなく笑った。
「残念、当店では延長を受け付けておりません! お二人とも休んできて下さいです!」
「ちぇ、だめかー。それじゃこれ教本。頑張れよな!」
「まいさん、どうかお気をつけて」
「お任せくださいです」
 まいがハルカとエリシャから教本を受け取る。中間部分の最初、ハルカの読み終わった部分の続きから。次の解読作業はまいの番だ。

●読書のお伴におやつはいかが?
「ただの動物の皮なら良いですが……ふーむ。これは写本で良かった、と思うべきなんでしょうね」
 ソファに座ったまいが呟く。今回見つかったのはオリジナルを書き写した写本だ。
 ページのうち、おそらく今回呼び出されようとしている邪神に関する部分のみを抜粋したのだろう。それでもなお読めば狂気に苛まれる可能性が大きい、邪神崇拝者の書き連ねたもの。
「本来の原本もこの地のどこかにあるのかと考えると、末恐ろしいお話ではありますです……ともあれ、今は解析を急がなくてはなりませんですね」
 まいはゆっくりと一度深呼吸をすると意を決して中間ページを開く。
 表紙に浮き上がった瞳が本を持つまいの色白の手をねぶるように見ていた。

「さてと、さくさく情報取集をして解読していきましょうですよ!」
 ふっと短い息を吐きだして気合をいれたまいは文字と紋様の流れる渦に飛び込んでいった。荒れ狂う波の狭間のように揺蕩う字達は、きっと大人しい性格ではない。
 あっちへふらふら、こっちへふらふら、本当に生き物のようだ。
 あまり一か所にとどまってくれるような性質でないのは前半部分を読み解いた猟兵達の話から想定済みではあったものの、こうも動き回られては狂気とはまた別の疲労が発生してしまう。
 これは狂気に耐えられるか否か、正気度があるかどうかとはまた別の問題だ。猟兵自身の動体視力も必要なのだろう。これは純粋に疲れてしまう。糖分が欲しいところだ。
 年頃の女の子であれば誰もが行う、菓子類片手に自室に寝転がってファッション誌を。
 そう考えると確かにこの読書の時間はまいにとって口寂しいものではある。生憎今しがた読んでいるのは華やかなモデルが着飾るファッション誌ではなくおどろおどろしい邪神にまつわる本だったが。
 携帯している日替わりおやつがあるものの、あれはまいが大事に食べているものだ。
 前半部分を読み解いた猟兵がひとり唐辛子を齧っていたのを思い出して、小腹のすいたグールドライバーは切なそうに溜息を吐いた。
「っとと、いけませんですね。解読に集中しないとです」
 でも。ひとくち。ひとくちだけ。
 ちょっとだけならいいかな、なんて邪な心の悪魔が囁くのを良心の天使が押しとどめて。まいは再び教本に向き直る。
 担当部分にかけられる時間はもう残り少ない。
 まいの呪詛に対する耐性と情報収集が功を奏したおかげか、ここまで少し気分は悪くなったり頭痛の前兆はあったものの、明らかに危ない言葉は勘で避けていたため滞りなく解読作業は進んでいる。
 先の二人は見つけていた円形と星型のマークはやはり召喚陣形に関するものだったようだ。
 まるとほし、それらを重ねて書いたようにも見えるそれは見つけた途端にしゅるしゅるとページ間を移動してしまう。慌てて目で追えばまるでこちらを面白がるかのようにクルクル回りだすのだ。
「もう、じっとしててです」
 び、と指先で押さえれば紋様は回るのを止められたのが不服なのか、まいの指から逃れようと左右に振れた。
「あれ……」
 丁度その時、揺れに合わせて紋様の裏側からぴゅうと文字が飛び出てきた。
 日本語ではないが何故か理解できるその言語を訥々とまいが読み上げる。
「フートゥ・ヤグ……死を削ぐもの、です?」
 フートゥ・ヤグ。固有名詞だ。今までに見てきた邪神を崇め奉る言葉や召喚陣形に関する言葉ではない、何かを指している言葉が初めて彼女の前に現れた。
「これは、一体……なんでしょう」
 だがまいが疑問を持ったところでタイムリミットが来てしまった。丁度一時間が経ったのだ。
「むむ、これは皆さんに知らせた方が良さそうです!」
 猟兵達に共有を終えて、まいの解読作業は無事に終わった。まいの見つけた言葉が何を指しているのか判明するのは、もう2時間ほど後の未来になりそうだ。

●赤頭巾は問うている
「お疲れ様、次は俺だね」
「応援しておりますですよ!」
 まいから教本を受け取ったのは次に解読作業を担当する猟兵のリーオ・ヘクスマキナ(f04190)だ。
 すう、と表紙の瞼が開いてリーオを見る。
「狂気とは時に呪詛であり。人に毒として作用するモノであり。時には激痛という形で顕在化する。……って、赤頭巾さんが言ってたよ」
 彼の知る、彼が赤頭巾と称する存在。寄生型のUDCに分類されるものからの教えなのだとリーオは言った。
 上記で言われている各三つへの耐性を持っている上に、リーオはそれなりに情報収集が得意分野だ。向き不向きで言えば確かにこの手の解読作業には殊更向いている適任者だろう。
「赤頭巾さんが言うには、俺は割と向いてるらしいね? なんだか他にも理由はあるみたいなんだけど、赤頭巾さん教えてくれないんだよなぁ……」
 赤頭巾と呼ばれる存在がリーオに口を閉ざしている理由は別の意図を含んでいるが、リーオにはそれが伝えられなかったようだ。
 それに、とリーオは続けてストンとソファに座り込んだ。
「まぁ俺の場合、赤頭巾さんが解読に協力してくれるワケで。ヤバ過ぎる部分の記述は何となく分かるだろうし、なるべく避けつつ行こうかな」
 ね、赤頭巾さん。そう問えば寄生型のUDC――かもしれない存在がリーオに返事をする。
「……なにせ人の命が掛かってるんだ。失敗は出来ないよね。しちゃあいけないよね。勇気を振り絞って解読に勤しむとするよぅ」
 解読作業も半ばに差し掛かっている。中間部分に使える残された時間もあとわずかだ。
 むかしむかし、あるところに。赤いビロードの布をずきんにした、とても可愛らしい女の子がいました。
 目を通した部分に昔話の決まりきった例文は無かったけれど。リーオは静かに、赤ずきんの童話でも読むように。彼はそっと表紙を開けると狂気の根源へ目を通し始めた。

「うーん、皆が言っていたことだけれど本当に読みにくい。理路整然と並んでおくれよ」
 文字が動いているのもそうだが、序文に続いて中間部分も文字の入り乱れようが凄まじい。
 文章が飛び飛びになっていて前後の文言が繋がらないのだ。猟兵達はそれをひとつずつ読み解いて正しい順番に置き変えて、そうして意味の通る一文へ直す。
 根気のいる作業だ。そんな集中が必要な作業に加え文字がびゅうびゅうと風に舞う木の葉のように飛び交い、中には危険な見ただけで頭をやられる言葉も紛れ込んでいる。
 危険な言葉の除去、正しい言葉の接着、接続。動き回る文字の捕捉。分厚いのもそうだが一時間で読み解ける量を各位分担しているのはただの読書でこの教本が終わらないところにも理由がある。
「ま、でも向いてるって赤頭巾さんが言ってたからね。赤頭巾さんが言うならその通りなんだろうし」
 俺は俺に出来ることをしよう、とリーオは一つずつ確実に文章を作り直した。
 苦労して編んだ文の大半がただの邪神を崇め奉る言葉だったのにもめげずに、時折黒い文字が邪魔をして、インクがわざと弾けてリーオの精神に揺さぶりをかけてくるのも極力気にせずに。
 そうして作った言葉には確かに手前までの猟兵が見つけた陣形のマークがある。
 その紋様を追えば、リーオは円形と星型がページ二枚に渡って綴られた見開きになっている今までで一番大きいものを見つけた。
 隠れていたところをとうとう見つけられたのだろう、リーオの実直な作業が実を結んだ瞬間だった。
「あった! 例の陣形だ……それにあの言葉」
 まいが見つけたフートゥ・ヤグの文言が円を囲むようにして周囲に刻まれている。
 そんな言葉がちょうど円の真上、星型の五角のうち頂点に位置するところに太字で書かれていた。
「おや、なんでここだけ太字で書いたんだろう。……赤頭巾さんどう思う?」
 赤頭巾は答えなかった。どうやら教えてくれないらしい。
 それとも、無言自体が返答なのか。あるいはリーオに問いかけているのか。分からなかった。
 だがこれは重要なものに変わりない。おそらく邪神教団も召喚時にこの一番大きく紋様が描かれたページを参考にするのではないだろうか。
 リーオはページを再度開けるように印をつけて、紋様が逃げないよう爪で端に痕を付けて紙面に縫い付ける。
 そうして無事一時間に渡る解読作業を終えた。

●滲み込む毒
「それじゃあ後は頼んだよ」
「ああ」
「確かにお受け取りしました」
 リーオから手渡された教本を杜鬼・クロウ(f04599)が、そして桜雨・カイ(f05712)が受け取る。
 エリシャが読んだ後ろからの部分と、手前までの猟兵達の分を足して。計算すれば中間部分はこの二人が担当するのが最後の未解読部分になるだろう。
「さて、どっちが先に読むよ」
「そうですね、まずは私が……って何食べてるんですか?」
「チョコ」
 先程読んでいた猟兵が糖分が欲しいと嘆いていたのも相俟って、さすがにこの禁書解読に補給糖分無しは辛すぎると判断したらしい。
 そういえば先程クロウがまいに何かを差し出して少女がぴょんぴょん跳ねて喜んでいたとカイは思い出した。差し出していたのはこのチョコレートだったようだ。
「食うか?」
「どうも、いただきますね」
「にしても本読んで眠くなるなら分かるがよ、ンなダメージ食らうモンなのか? 大袈裟だろ」
「ただの本なら良かったんですが……」
 カイは吐きそうになっていたグリモア猟兵や前半部分の読み解きで倒れてしまった猟兵、同じく倒れたと聞き及んでいるUDC組織のエージェント達を思い浮かべる。
 たった数ページであれだけの悍ましさ。吐き気や頭痛をもたらすそれは埒外の存在である猟兵が読んでもタダでは済みそうにない。
 ちら、とリーオが読み終わった部分の紋様の続きを見れば、ページ全体が赤黒く染まっていた。
「あ? ンだよこれ、色変わってるぞ」
「……日に焼けるならまだしも赤とは。確かに変ですね」
 それまでにあった茶色がかったページの色とは明らかに違う赤色に二人そろって怪訝そうにページを見る。
 そっと開けば――そこには。
 
 そこには。

 そ、

 こ そこ ら じゅ   う に。

 そこ かしこに。

 呪詛が敷き詰められている。これは呪いだ。読み手を直接呪う言葉だ。
 ひどく不快な表現を夥しい量の呪詛が飾っている。
「なっ……」
「カイ、閉じろ!」
 クロウが力尽くで教本を閉じさせれば、図書室内に居た猟兵達は揃ってこちらを向き、また別室に居た猟兵達が慌てて駆け込んでくる。
「なんだ!?」
「どうした!」
「こ、この本……!」
 部屋の外まで伝播した凄まじいまでの怖気に、UDC組織の職員も何があったのかと覗き込んでいる。
 ハルカやまい、リーオが読んだ部分までと、エリシャが読んだ後半部分までのページ、その間。彼らがこれから読もうとしていた部分がいつの間にかじっとりと濡れているのだ。
 ほんの一瞬見ただけでも精神を引き剥がされそうなそれにカイとクロウは直感する。
 おそらくここが中間部分で一番呪詛の多い、危険なページだ。
「その部分、おひとりで一時間はかけない方がよろしいかと思いますわ」
「同感。かけるとしても上限は半刻、30分のほうが良い。面白そうだけどヤバいぜそれ。オレ達の時にそこが回ってきてたらな」
 エリシャとハルカがほぼ同時に口を開く。
 交代制を勧める二人にまいとリーオも同じように頷いた。

「全部馬鹿正直に読むこたァねェ。要は当たり引きゃいンだよ」
 カイが言う言葉は尤もだ。すべてに目を通していたら間違いなく失神するだろうことは容易に想像できた。
 読み飛ばし、それもなるべく短時間で済ませる必要がある。
「おそらくエージェントの皆さんが耐えきれなかったのはこの部分でしょうね……」
「だろうな。黒インクが妙に少ない。多分血文字だ」
 グリモアベースで見かけたページの切れ端の文章、クゥイラトァ・グラルハ・メラルヒニトの書。
 それがびっしりとページの周囲に書かれている。あの場に持ち込まれたページの一端はここから千切ったものだったようだ。
「……行けるか?」
「生贄の人達を助けるため引くつもりはありません。呪詛や狂気に触れるのは初めてですが、行けますよ」
 あくまで引く気はないのだとページを見てもなお意思を固めるカイに、クロウはただ一言そうかよ、と呟いて彼の傍らで解読作業を見守ることにした。
 水気を含むページは触れているのに濡れた感触がしない。手に血液もついていない。奇妙なものだとカイは読み解きながら思った。
 書かれている文言は他のページと変わらない邪神を崇め奉る言葉だったが、飛んでくる呪詛の強力さは桁違いだ。
 じりじりと頭が痛みを訴えてくる。
 いますぐ読むのをやめてほしいと痛みと共に伝えてる身体の緊急信号を無視して、カイは文字を追う。
 二十分も過ぎたところで額に浮いた汗がぽたりとページに落ちた。赤い赤い文字の群れがそれを嘲るようにページに落ちた汗痕に寄り、くるくると周囲を楽しそうに回っている。
「大丈夫、耐えられる」
 大丈夫だ、ここを読まなければ儀式に繋がる情報は出てこない。
「まだ大丈夫」
 耐えられる。言い聞かせるように。自分はまだいけるはずだ。
「だい、じょうぶ、」
 大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。だいじょうぶだから。まだ、
「……だい、」
「オイ! それ以上はやめろッ!」
 バン、と強く背中を叩かれたカイは唐突に意識を取り戻した。
 それでも接着されたように紙面から動かない顔をクロウの両手が無理やり引き剥がす。
 顔を合わされたカイの目が、クロウの瞳が持つ赤と青の二色に彩られた。
「……ンの阿呆が! もう見るな!」
「ぁ……、」
 長針は半刻を回っている。担当時間が終わったのだとようやく気付いたカイはクロウの手に己の手を重ねた。
「あ……ありがとうございます。いつの間にか狂気に飲まれそうになってました」
「気を付けろよ。何か見つかったか」
「フートゥ・ヤグは、邪神の名前です。この召喚方法であれば、ある場所、ある方法で記載されることで邪神の力を強めると」
 膨大な呪詛の中でカイが見つけ出した召喚に関する方法。邪神の強化だ。
 思い当たる節があったのか二人の猟兵が口を開く。
「場所はおそらく星型の真上……頂点位置ですね」
「方法は太字だ。太字で書いたのはそれのせいか。そこを掻き消さないと出てくる邪神が強化されるんだと思う」
 まいとリーオがカイの言葉にそれぞれの解読内容を提示した。
 二人が見つけた紋様が邪神召喚の妨害、ひいては弱体化につなげられるかもしれない。
「あと半分……。より一層呪詛が濃くなってます。……クロウさん、もうこれ以上は」
「うるせェ、やるしかねェだろ。ここで引けるかよ。もし別の情報が出てきたらどうすンだ」
 クロウが眼鏡をかけてソファに座る。あと半刻、あと少し。ページはいまだ、赤黒いままだ。
 ――クロウの解読作業は熾烈を極めた。
 ガンガンと頭を金槌で殴られるような時間が延々と続く。
 頭蓋骨に直接響く醜悪な呪詛がこつこつと、こつこつと。頭に――いいや、自分の本体にヒビでも入ってしまいそうだ。
「ぁ、っぐ、」
 呼吸が上手く出来ない。気道が塞がる。それでも文字を追いかけるクロウの背を撫でる手があった。カイの手だ。
 聖痕でそっと痛みを吸われていると、カイへ苦痛が流れていることに気づいたクロウが止めようと手を伸ばすが、カイはそれを制した。
 呼吸が徐々に楽になるにつれカイの手を撫でる速度がゆっくりと遅くなっていく。
 それに焦燥感を駆られ早く読もうとすれば、カイはそっと耳元で囁くようにクロウに伝えた。
「大丈夫です」
 先程の言い聞かせる様な自己催眠とは違うそれに、精神を持ち直す。なんとか半刻で残りのページをすべて読み切った。
「……、わり。カイの声掛け助かったわ。思ったより気持ち悪ェ……」
「これを一人で耐えようとするなんて……本当に倒れますよ」
「読み解けりゃそれで問題ねェだろうが」
 それに、と続けようとして一端言葉を切る。
 ぜえぜえと荒い息を吐き呼吸を整えながらクロウが読み解いた文を猟兵達に共有した。
「やっぱり情報あったじゃねェか。消す順番がある。強化呪文を取り消す際に円形を掻き消してからフートゥ・ヤグの名を消さないと何が起こるか分からねェってよ」

 召喚の模様、召喚の強化呪文。中間部分には召喚に関する言葉が敷き詰められていた。
 もしここが解読できていなければ、召喚の妨害は行えず猟兵達には強化された邪神との厳しい戦いが待ち受けていただろう。
 妨害方法は判明した、あとは現場に急行するだけ。だがまだ最後に読み解かねばならない部分がある。
 生贄の人数――助けるべき人々が記載された後半部分の解読が、まだ残っているのだ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

サフィ・ヴェルク
【アドリブ、連携歓迎】
…これまた、とんでもない本を。他の世界からいらした方の身が心配ですよ
知らない方が良いこともありますよ?

【WIZ】
正気度25(POWの所持品分削ったら切り良かったので

僕達(多重人格)も耐久があるかと言われれば…
猟兵になる前も今もエージェントなので狂気と隣り合わせな状況は色々削られてますかね
【激痛耐性と呪詛耐性】で削りはある程度抑えるとして僕の場合は【WIZと情報収集】の地頭頼りですね

…こうやって特徴並べると発狂するタイプにしか思えない不思議(震え
後は【医術】で誰かのサポをするくらいですかね

交代するなら蹲って寝ます…悪夢見そうですがそれもエージェントの運命です慣れてますふふふ


蜂月・玻璃也
【土蜘蛛】

こ、これが本物の邪本ってやつか…
手にするとこう、圧みたいなものを感じる…気がする

よし。耀子、残夏!
危険な任務だが、お前らならきっと…
え。俺も読むのか?
つい数ヶ月前にエージェントになったばかりなんだが…

確かに、残夏の力はサポートに回した方が有用か
く、くそ…仕方ないな
見てろよ、お前らの室長がお飾りじゃないってところを!

【SPD】
落ち着け、俺
戦闘力じゃ部下たちに及ばないものの
机の上の戦いこそが俺の本業だ
紙の上でまで、あいつらに負けるわけにはいかない!

…残夏うるせえ!応援で気が散る!
いやしかし、かえって集中しすぎないことで本に飲み込まれずに済んだ、のか…?

う、うーん
まあ、よくやったぞお前ら


黒海堂・残夏
【土蜘蛛】
……え、解読?
やー、ざんげちゃんは頭の中のクソッタレと仲良くするのが精いっぱいでして
とゆーことで、お二人ともよろしく~
大丈夫、よーこっちは眼鏡っ子ですし、室長は我らが土蜘蛛室長ですし~

ええ、一緒に来てもらったには秘策がありますよお
ざんげちゃんのコードネームの意味を、お忘れですかあ
二人が『狂気に呑まれるところは見ない』
見た物の否定がざんげちゃんの力
見たくない現実は、ざんげちゃんが書き換えてやりましょう
目が届く内はね

よーこっちは危ない現場慣れてそうなんで
全力で室長の応援します!
フレッフレ室長! かっこいいぞ室長!
ヘタレ挽回チャンス到来ですよお、がんばって!
よーこっちに解読負けるなー!


花剣・耀子
【土蜘蛛】
ああ、これは――……また。大物ね。
いいわ、うちの管轄だもの。
頑張りましょう。

何を言っているの。室長もやるのよ。
実戦を積まないと何時までも強くならないわよ。

【POW】
紙片を受け取って目を通しましょう。
呪詛には慣らされているし、我慢するのだって何時ものこと。
狂気を帯びていると言っても、お前は道具でしょう。
道具の、その欠片でしかないものが、あたしを喰えると思わないことね。

あたしはメカニックだもの。
お前みたいに逸脱した道具をねじ伏せるのがお仕事。
バカに小難しい話は通じないわよ。お生憎様。

残夏ちゃんが見ないでいてくれるなら、ちょっと楽だわ。
ありがとう。
心に支えがあるのも、呑まれないコツなのよ。



●残された時間
 時計の短針は既に二十を回っている。儀式の時間まであと四時間。
 後半部分の解読に差し掛かった猟兵達は、薄暗い図書室で静かに解読が終わるのを持っていた。
 壁掛け時計は慈悲も無く刻一刻と近づく終わりをゆっくりと告げている。
 あと六人、残りのページ数は少しだ。

●二人の読書
「……これまた、とんでもない本を。他の世界からいらした方の身が心配ですよ」
 サフィ・ヴェルク(f14072)はいよいよ残り少なくなったページの後半部分の最初の解読を任された猟兵だ。
 UDCアース出身のサイキッカーである彼はエージェントとしての顔も持っている。この手のトラブルには小慣れており、禁書とも呼ばれる邪神教団の教本もまた彼にとっては馴染み深いものだ。
 人よりも狂気に慣れている。それは此度の解読作業に於いて強力な武器となる。
「ただ僕達も耐久があるかと言われれば……。猟兵になる前も今もエージェントなので、狂気と隣り合わせな状況の経験で色々削られてますかね」
 前提ステータスからして、今までの積み重ねでサフィの持ち数は少ない。既に残りの正気度は他の猟兵達と比率して少ないのだろう、サフィは悩む。サフィ達は、悩む。
 幼少期にある事件がきっかけで生れ落ちた彼にとっての裏の人格――ロゼをひとりと数えて。二人は悩んでいた。
「幸いにして呪詛と痛みにはそれなりに耐性があるので、削りはある程度抑えるとして。僕の場合は地頭頼りですね」
 顎に手を当てて考えるサフィは笑いを滲ませて、自嘲するように息を吐いた。
 こうやって特徴を並べると己は発狂するタイプにしか思えないと零して。今回の事象では冗談にならない可能性が少なからず含まれているのが笑えないところだ。いいや、むしろ笑い処かもしれない。
「さて、僕達もそろそろ解読を始めないといけませんね。辛そうであれば人格を交代して、蹲って寝ますが……」
 教本を読んだ後の眠りなど悪夢を見そうだ。
「しかしそれもエージェントの運命……宿命です。慣れてます、ふふふ」
 運命と書いてさだめと読む。先に倒れたエージェント達も猟兵達もまた、そういったある程度の割り切りをしなければとてもではないが狂気に立ち向かえない。
 そうしてサフィは他の猟兵達に倣い黙々と解読を進めた。
 邪神教団の教本といってもその種類は千差万別だ。読み取るのに絶えず呪文が必要なもの、声のように語り掛けるもの、白紙に言葉が浮き出るもの。文字が動くタイプの本は他にもある。
 サフィは読み解きながらそっと指先で文字をなぞって、蟻の群れのように騒がしくせかせかと動く言葉を追いかけた。
 ひどく静かな読書だ。赤と青の二つの目がゆったりと字を追うそれは、端から見ればただの青年が純文学を嗜んでいる光景にしか見えなかっただろう。
 猟兵達はみな先の解読でダメージを受けたものは休憩、あるいは介抱の手伝い、UDC職員の助力をしているおり、図書室に人はまばらだ。そして今居る者達も遠く離れた本棚の蔵書を見ている。サフィ達に目を向ける者は誰もいなかった。
 人目のないところでサフィは裏の人格であるロゼにそっと語り掛ける。
 その会話は誰にも聞き取れず、彼らの会話は彼らだけの中で完結した。
 時折微笑を浮かべてロゼと会話をするサフィは一人相槌を打ち一人談笑し、一人会話の応酬を楽しんでいる。
 やがて一時間経つ頃にサフィは顔を上げて、見つけ出した言葉を紙へ書き出した。
 交代をしにきた猟兵の蜂月・玻璃也(f14366)に振り返って笑いかける。
「見つかったのか?」
「はい、見つかりました。老人は新鮮味に薄れ、子供は血肉が少ない。贄には適さないとのことです」
「じゃあ生贄は少なくとも若い大人の男女の可能性があるってことか」
「ええ、おそらく」
「情報感謝する。あとで共有の時に皆に伝えよう……誰かと一緒に読んでたのか?」
「まさか。僕一人でしたよ。きっと気のせいです」
「そうか……。楽しげな会話が聞こえたような気がしたんだが、気のせいだな」
「はい」
 そっと教本を手渡して、猟兵の姿が見えなくなった後。サフィは図書室の扉を閉めながら小さな声で笑った。
 ――知らない方が、良いこともありますよ。

●土蜘蛛の敏腕職員達
「それで……こ、これが例の本物の邪本ってやつか……。手にするとこう、圧みたいなものを感じる……気がする」 
 サフィから本を受け取った玻璃也がしげしげと本を眺める。
 対UDC組織《土蜘蛛》特型異能対策室、室長。それが彼の現在の肩書だ。元は非戦闘員だった玻璃也が、前任者である姉の後継として据えられた地位である。
 現在猟兵達が滞在する図書室の保有者であるUDC組織も、各支部との連携は取っている。
 その為、顔馴染みまでとは行かずともUDC組織間で少なくともエージェント達は土蜘蛛の名を知っていたようだ。面識は無かったが猟兵が数多く属する機関として、この界隈では知名度が高い。
 だがそれが蜂月・玻璃也室長の認知度とイコールにならないことは追記しておこう。
 これは失礼致しました、室長は女性の方と聞き及んでいたので。そう言われながら手を差し出されたのも一度や二度ではない。今回もそうだったというだけの話だ。
 就任して日の浅い彼がやんわりと握手を返してやれば、エージェント達は土蜘蛛所属の彼らに深く一礼してみせた。
 ……姉の面影を追う日々が続いてる。
「はいはい室長! なーにを沈んだ面持ちになってるんですかー!」
「うぉぁ!?」
「残夏ちゃん相変わらず元気ねえ」
 バン、と勢いを付けて図書室に飛び込んできた土蜘蛛の職員、黒海堂・残夏(f14673)。彼女が扉を破壊しかねない勢いを殺さぬままソファへダイブする。
 残夏がたゆん、と胸を震わせて大変あざとく玻璃也の隣に座り込んだ後ろから、間延びした声が聞こえた。
 後ろに佇む彼女もまた土蜘蛛の職員が一人、花剣・耀子(f12822)だ。
「残夏! 静かにしろ! 今回の任務は俺達だけじゃなく他の猟兵も居るんだぞ」
「そんなこと言ったって今はみんな出払ってるじゃないですか~」
 残夏の言う通り図書室に現在いるのは三人だけ。土蜘蛛のメンバーを除いて誰もいない。騒いでも咎める者は誰も居なかった。
「お前はそうやって揚げ足を取……ああもう! とにかく仕事だ!」
 会話をやや強引に切って玻璃也が二人に教本を差し出す。
 表紙には瞼が浮いてゆっくりと目覚めるように開き、残夏と耀子を交互に見つめた。読むにふさわしい人物化の見定めのようなねっとりとした視線にシッシと残夏が片手を振る。
「よし。耀子、残夏! 危険な任務だが、お前らならきっと……」
「何を言っているの。室長もやるのよ」
「えっ。俺も読むのか?」
 キョトンとして目を開く玻璃也に耀子は首を縦に振っている。
 実戦を積まないと何時までも強くならないわよ、と突き放すかのような言葉で彼と教本を向き合わせた。
「残夏……」
「……え、解読? やー、ざんげちゃんは頭の中のクソッタレと仲良くするのが精いっぱいでして」
 ねぇ、と見上げれば玻璃也は困惑した表情を浮かべてコードネーム、菊理、花剣の二人を見遣った。
 うろうろと玻璃也が視線をさまよわせていれば表紙のそれとばちりと目が合い必死に逸らす。
「俺はつい数ヶ月前にエージェントになったばかりなんだが……」
「経験は力よ。スキルアップの機会と思いなさい」
「そーそー、大丈夫ですって。よーこっちは眼鏡っ子ですし、室長は我らが土蜘蛛室長ですし~」
 何が大丈夫なのか接頭につけられた言葉には説得力がまるで無かったが、強引に残夏は玻璃也を嗾けた。
「ぐ……本当に大丈夫なんだろうな」
「ええ、一緒に来てもらったには秘策がありますよお。ざんげちゃんのコードネームの意味を、お忘れですかあ」
 菊理≪アトロポス≫。それが残夏のコードネームだ。彼女が導くのは不可避の拒絶。
 見たくないもの、未来の事象を捻じ曲げるのが彼女のユーベルコードだった。
「見た物の否定がざんげちゃんの力。見たくない現実は、ざんげちゃんが書き換えてやりましょう……目が届く内はね」
「確かに、残夏の力はサポートに回した方が有用か。く、くそ……仕方ないな。見てろよ、お前らの室長がお飾りじゃないってところを!」
「きゃ~、室長カッコイイ~!」
「やれやれね」
 とゆーことで、お二人ともよろしく~、と二人の肩をぽんと叩く。
 時間短縮ということで使える1時間のうち二人一斉に解読を進めていくことになった。2時間も残夏にユーベルコードを使用させないためでもある。
 ここからが本職である彼ら、対UDC組織《土蜘蛛》の腕の見せ所だ。

「ああ、これは――……また。大物ね。いいわ、うちの管轄だもの」
 紙片を受け取って目を通す耀子は組織に属する者として目にする機会もあったのだろう、特に怯む様子もなくさらさらとページを捲っている。
 呪詛には慣らされている、我慢するのだって何時ものこと。
 これしきの狂気で音を上げるほど土蜘蛛の職員は柔くはないのだ。
 ぎょろぎょろ覗いた表紙の瞳がギィと細くなるのを冷徹な瞳で耀子は見下ろした。
「狂気を帯びていると言っても、お前は道具でしょう。道具の、その欠片でしかないものが、あたしを喰えると思わないことね」
 呪いを振りまく言葉も精神を殴りつける様な言葉も。耀子には通じない、通らない。
「残念ね、あたしはメカニックだもの。お前みたいに逸脱した道具をねじ伏せるのがお仕事。バカに小難しい話は通じないわよ。お生憎様」
 ぺらぺらとページを捲る手は止まらない。本当に効いていないのだ。つまらなそうに表紙の目は閉じられた。
 狂気に呑まれない為には呪詛を直接見ないこと、まともに話を聞かないことだ。だが、それ以上に。
「残夏ちゃんが見ないでいてくれるなら、ちょっと楽だわ。ありがとう。心に支えがあるのも、呑まれないコツなのよ」
 心の芯に強く仲間や大切なものを意識することでも、狂気に歯向かうための礎となる。
「よーこっちは大丈夫そうですねぇ。危ない現場慣れしてる」
「あたしは良いんだけれど……ちょっと残夏ちゃん、悪いけど室長を見てあげてくれるかしら?」
「はぁーい」
 残夏が耀子の隣に居る玻璃也をちらりと見れば苦戦しているようだ。
「室長だいじょーぶですか~?」
「落ち着け、俺。戦闘力じゃ部下たちに及ばないものの机の上の戦いこそが俺の本業だ。紙の上でまで、あいつらに負けるわけにはいかない……!」
「ねー室長ってばー」
 あまりの集中に声が届いていないらしい。肩を竦めた残夏がすう、と胸いっぱいに息を吸う。
 そうして酸素を取り込んだまま耳元まで移動し、まるでこしょこしょと内緒話でもするかのように両手をメガホンの形にして。
 キャンキャンと子犬が吠える甲高い彼女の声が――声援が。図書室にこだまする。
 ボリュームを上限ギリギリまでひねったそれが玻璃也の耳を劈いた。
「フレッフレ室長!!!!! かっこいいぞ室長!!!!!」
「ウワ―――ッ!!」
 狂気に呑まれかけていた玻璃也があまりの声量に顔を上げる。意図せず……否、運良く。残夏の声で自我を掬い上げられた。
「うるせえ!」
「だって室長が返事しないから。さあさあヘタレ挽回チャンス到来ですよお、がんばって! よーこっちに解読負けるなー!」
 ボリュームは元に戻ったが残夏の応援はそのまま玻璃也の解読が終わるまで続く。
 残夏の楽しげな声が図書室にバックグラウンドミュージックのように流れた。
「残夏! 応援で気が散る!」
「せっかく部下が応援してるのになんですかその物言いは~!」
「い、いやしかし、かえって集中しすぎないことで本に飲み込まれずに済んだ、のか……?」
「もっと感謝して下さいよぉ!」
「う、うーん……まあ、よくやったぞお前ら」
 とりあえず解読は終わった、と教本を置いて一息つく。すっかり時間が経って短針は一周を終え、次の猟兵の交代時間が近づいていた。
 耀子と玻璃也がそれぞれ見つけた情報を共有する。
「人数についての記載部分だったみたいね。男性は十名」
「女性が二十名。つまり要救出者は……三十名になるな」
 先のサフィが見つけた情報とつなげれば、大人の男性十名と大人の女性二十名ということになる。邪神を召喚するのにそれだけの人数が材料となるということだ。
「なんにせよこれで俺達の部分の解読は終わった。儀式まであと何時間だ?」
「三時間ですねぇ」
「残る猟兵はあと二人。逆算して現場に行くまでに一時間ね」
 順調にいけばギリギリ間に合いそうだが、果たして。
 教本の残りのページに隠れ潜む情報は一体なんなのだろうか。不気味な表紙の瞳を三人は見下ろす。
 UDCアースのオブリビオン、邪神に。土蜘蛛の職員は自分達が普段渡り合っている悍ましい異形に思いを馳せた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

クレム・クラウベル
【SPD】
邪神に怪異に、本当に物騒なものが尽きない世界だな
この手の解読経験はないが、幸い呪詛耐性なら相応にある
少々なら当てられても耐えられるだろう
とは言え避けれる狂気は避けたい
解読と同時により負担の少ない読み方を探る
物理的な距離や角度を変えてみたり
完全でなくとも動きに法則性がないか探り予測しながら読んだり
少しでも影響軽減できるならそのやり方で読み進める

……ああ、もう交代か。水を貰っても
気付けば熱中していたものの、我に変えれば頭が重い
耐性は心得ていたつもりだが流石にこたえる様で
こめかみを指先で押さえて

しかし、得体の知れない皮紙に血文字とくると……
……いや。あまり想像しない方が良いな。こういうのは


比良坂・美鶴
WIZ

【呪詛耐性】を使いつつ
狂気を思考で受け流し
読み解いていくわ

探索者だもの
ある程度は健闘したいわね

狂気を齎すとはいえ
文字は文字よ
内容を思考で深追いせず、読み進めていくわよ

別に軽視してるわけじゃないわ?
この手のモノが怖いのは
伝播する…呑まれるかもってコト
あくまで情報として向き合わないとね

発酵と腐敗が現象として同じものであるように
ここに綴られた狂気だって
その手の人にはただの儀式書
つまり誰かの思考

思考能力がある限り
こういう悍ましい思想に至るものは必ず居る
狂気は別に珍しい物じゃない
だからこそ呑まれないように細心の注意を、ね

私たち猟兵だって、視点を変えたら――なんてね
本気でそんなこと考えちゃいないわ



●正気のリソースは最小限に留めましょう
「邪神に怪異に、本当に物騒なものが尽きない世界だな」
 クレム・クラウベル(f03413)は猟兵三人から教本を受け取ると、その本の表紙を一瞥した。
 ぺらりと捲った後半部分のページから目に飛び込んでくる呪詛に片眉を上げて、しかしそれだけだ。特に動じた様子はない。
「この手の解読経験はないが、幸い呪詛耐性なら相応にある」
 少々なら当てられても耐えられるだろう。
 その言葉通り、クレムの精神状態には教本を読んでなお揺らぎが少なかった。
「とは言え避けれる狂気は避けたいな。解読と同時により負担の少ない読み方を探るか」
 ソファに座り、一文ずつ追うごとに流れ込んでくる呪詛を頭の隅に追いやって。クレムは目を細めた。
 本を近づけ遠ざけ、物理的な距離や角度を変えてみたり。
 蠢く文字をなぞり、動きに法則性がないか探り予測しながら読んだり。
 影響軽減の出来そうな方法を探る。狂気への適応法を探すのは妙手だ。
 常人であれば避けるか逃げるかのどちらかを選択する狂気への向き合い方を、クレムは己に慣らすという手法を取った。
 背くことができないのならば真正面から向き合い、かつその中で負担の少ない方法を。この場に居る猟兵の誰もが避ける事も逃げる事も背く事もなく、みな一様にして狂気に立ち向かう。クレムもまたそうだった。
 文字はページの奥へ奥へとクレムを誘うように次のページへ動いていく。そのたびにぴかりとページの端が光ったような気がした。
 ちらちらと視界の奥で瞬く光はまるでテレビで見る強い反復刺激と同等だ。見つめ過ぎれば目や脳の毒となる。
 部屋を明るくして画面からなるべく離れて見ましょう、なんてテロップはこの場に流れていなかったが。クレムは自然と本を少し目から離して、図書室の明かりをわずかに強くした。
 黙々と読み進めていれば後半部分に隠された最後の文言が浮かび上がってきた。これを見つけていなければおそらく現場で戸惑うだろう言葉が、クレムの目の中に飛び込んでくる。
 呪詛と呪詛の間に挟まれるようにして見つけたほんの小さなヒントを。
 クレムは無意識に口に出して音読していた。
「召喚には生贄の血を使う。女は両掌から。男は――」
 男は。その先の言葉が途切れている。続きの中に潜んでいるのだろうか。
 クレムがページを捲ろうとしたところで声がかかった。
 黒髪で色素の薄い肌。比良坂・美鶴(f01746)がいつの間にか傍らに立って時計を指している。
 片手にはコップに汲まれた飲み水があった。
「時間よ」
「……ああ、もう交代か。水を貰っても」
「どうぞ。随分熱中していたわね」
「そうだな……熱中……もそうだが、集中していた。頭が重い気がする」
 ごくごくと喉を鳴らせばよく冷やされた水が渇いた喉をすべり落ちていく。砂漠にスコールでも降っているかのように水分を欲す身体に水を与えてやれば、胃がたぷりと喜んだ気がした。
 一息でコップ一杯すべての水を飲み干せば、頭の側面から鈍痛が響いてくる。
 クレムのこめかみを指先で押さえて軽く振って、額に張り付いていた銀髪がその揺れに倣ってぱらぱらと散る。いつの間にか汗をかいていたようだ。
 耐性は心得ていたつもりだが、いくら負担の弱い読み方をして精神の揺さぶりが弱かったとはいえ、蓄積されたダメージは塵も積もればなんとやら。流石にこたえる様で深く息を吐いた。
「読み解けたのかしら」
「いいや、あと一つ見つからない。最後の言葉が」
 召喚に用いる男女の血液使用法について、男性に関する記述が後半に隠れているのだとクレムが零せば美鶴が顎に手を当ててその言葉を基に探るとクレムに頷いて見せた。
「しかし、得体の知れない皮紙に血文字とくると……。……いや。あまり想像しない方が良いな。こういうのは」
「お疲れ様。あとは任せて頂戴」
 良くない方向にころがり落ちそうになった思考を慌てて止めてクレムは席を立つ。
 儀式まであと二時間。読了までにかけられる時間は、あと一時間。

●すべての情報は開示される
「探索者だもの。ある程度は健闘したいわね」
 調べるべき言葉はクレムから提示されている。人数や贄にされた一般人の年齢等は先の猟兵達がすでに見つけた。美鶴が探さなければならないのはクレムの見つけた文言の続き……すなわち男性の生贄は血をどこから搾取されたのかだ。
 じり、とページから文字が逃げる。おそらくクレムが目で追いかけるのに合わせて後ろへ後ろへと逃げていたのだろう。だがもう美鶴が読めば教本は最後のページに到達する。
 逃げられる場所などどこにもない。追い詰めた。
 十数人の猟兵達が知恵を絞り、あの手この手を使って最初から最後まで行った教本の解読作業も美鶴で終わりだ。
「狂気を齎すとはいえ文字は文字よ」
 内容を思考で深追いせず、読み進めていけば。そう美鶴は考えて教本のページを捲った。
 後半の最後の部分には今まで猟兵達に見つからぬように隠れていたものが多く、視線を合わせればすぐに隣のページに移ってしまう。逃げ続けていた文字たちはしぶとい。
 だが逃げ場がなければこちらのもの。
 侮っているわけでも警戒を怠っているわけでもない、しかし。
 美鶴はさらさらと細い指でどんどん軽快にページを捲る。軽視か――否。
「別に軽視してるわけじゃないわ? この手のモノが怖いのは伝播する……呑まれるかもってコト。あくまで情報として向き合わないとね」
 発酵と腐敗が現象として同じものであるように、効能は見方や視点、立ち位置でその姿を容易に変える。
 毒も薬に、酒も鋏も使いよう。表裏一体だ。
「ここに綴られた狂気だってその手の人にはただの儀式書。つまり誰かの思考なのよね。思考能力がある限りこういう悍ましい思想に至るものは必ず居る」
 狂気は別に珍しい物ではないのだ。狂信者達にとってそれは心地良いもの。邪神にとってそれは古き友のように寄り添うもの。
「だからこそ呑まれないように細心の注意を、ね。アタシたち猟兵だって、視点を変えたら――」
 ……なんて。嘘を吹くように、美鶴が嘯く。今ここに居る者の誰もが、たとえ猟兵だとしても狂気に呑まれる可能性は十分にあった。
 みな対策を練らなけらばすぐに正と狂の狭間から狂に傾き、意識の向こう側へ連れ去られていただろう。
 今まさに教本を読み進めている美鶴にもその可能性はまだ残っている。だが、皆乗り越えてきたのだ。己にもできる筈。
「狂気に呑まれるなんて本気でそんなこと考えちゃいないわ。みんな頑張ったんだもの、アタシも最後までしっかり責務を果たさないと」
 刻一刻と動く長針が、丁度一時間を告げる頃。
 美鶴は最後の一ページを読み終えた。途端、本がばちばちと喚いて燃えだす。聞くに堪えぬ絶叫を残して、本は燃え尽きてしまった。
 ――テーブルは不思議と黒く焦げることもなく。燃え滓はふわりと空に溶け消える。
「随分派手に燃えたな」
「そうね。最後まで読めば燃えるよう仕組まれていたみたい。それより見つけたわよ最後の言葉。男性は両脚から血を採るんですって」
「両脚……じゃあ、」
「ええ。要救出者の三十名のうち、女性は良いとしても自力で動けない男性が十名いるかもしれないってこと」
 この情報を見つけられていなければ救助にまごついてしまったかもしれない。
 なんにせよこれで儀式に関するすべての情報は集まった。あとは現場に急行するだけだ。
「もう一時間しかない、急ごう」
「みんなを集めましょう」

 召喚時間は本日の零時に、場所はここから近場にある山羊の銅像の置かれた海浜公園。その海岸林の東側。
 星型と円形の召喚陣は、邪神の名であるフートゥ・ヤグの文言を書き込むことで強化される。
 強化呪文を取り消すには円の真上、星型の五角のうち頂点に位置するところに太字で書かれているものを消す必要がある。
 だがその際に円形を掻き消してからフートゥ・ヤグの名を消さなければ邪神の怒りを買ってしまう。
 必要な生贄の数は大人の男性十名、女性二十名の計三十名。女児や男児や老人はいない。自力で歩行が可能な年齢の者達だ。
 しかし召喚に血液が必要であるため皆一様に怪我をしている。
 女性は両手を負傷している可能性が高く、女性に関しては問題がないだろうが男性は両脚を負傷して動けないかもしれない。
 
「こんなところかしら」
「ああ、情報はすべて出揃った」
 美鶴とクレムは頷くと、一刻も早く猟兵達を集め情報共有、その後すぐさま出発準備を整えるために図書室を出る。
 壁掛け時計は猟兵達の戦いがあと1時間で始まると、カチカチと振り子を揺らしながら静かに告げていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第2章 冒険 『邪神召喚儀式阻止』

POW   :    正面突破による邪教徒の撃滅

SPD   :    さらわれた人間が儀式によって殺される前に救出する

WIZ   :    秘密裏に召喚用の魔方陣に手を加える。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●成すべきことを成すために
 時刻、十一時三十分。残り半刻で日付も変わる頃。
 山羊の銅像の置かれた海浜公園。海の望める海岸林の東側には真夜中にそぐわない人だかりができていた。
 黒いローブを羽織った十数名の人間が、地面に何かを書き記している。
 ガリガリと地を引っ掻く音に交じって啜り泣きのような声が聞こえた。
 痛い、痛いと訴える女の声。
 痛い、痛いと訴える男の声。
 林の中からその様子を観察していた猟兵達は読み解いた教本の内容とそっくりそのまま同じ光景が目の前に広がっているのを確認する。
 星型と円形から成る召喚陣は、猟兵の一人が印をつけていた見開きのページと寸分違わず紋様が一致していた。
 直径20メートルを超える巨大な円形の中に収まるよう書かれた星型陣には女性二十名、男性十名が寄り添っている。男はみな一様に跪いて、女は手からだくだくと血を流していた。
 逃げようとする素振りを見せれば陣を書く黒いローブの者達が懐から何かを取り出して彼らへと突きつけ、そのたびに怯えた悲鳴が上がる。
 死を削ぐもの――邪神フートゥ・ヤグを呼び出す陣だ。
 あたりには濃厚な血の匂いが漂い、強い鉄錆臭さが鼻をついている。
 異様な光景を照らし出すのは周囲に置かれたほのかな蝋燭の明かりのみ。ジジジ、とせわしなく揺れる炎は風も無いのに揺らめいていた。
 
 今一度おさらいだ、と猟兵の内誰かが言った。
 星型と円形の召喚陣は、邪神の名であるフートゥ・ヤグの文言が書き込まれたことで現在強化呪文が掛かっている。
 陣自体は土を削って書かれているため足で適当に擦れば簡単に消えそうだが、消すには消去文言の位置と消去の順番が重要だったと猟兵達は先の解読作業で掴んでいた。
 消去位置と順番を守りながら消せば強化呪文は正しく取り消されるだろうことも。
 消去位置と順番を守らずに消せば何が起こるか分からないだろうことも。
 しかし猟兵達が悠々と陣を消す時間を周囲に居る邪教徒は許してくれるだろうか。おそらくそのまま出れば現れた猟兵達の妨害行為に抵抗してくるのが予想できる。
 抑え役。――邪教徒の撃滅と排除を。
 実行班。――召喚陣の強化呪文の消去を。
 救助班。――贄として囚われた一般人の救助を。
 それぞれが成すべきことを成すために先の解読作業と同じく役割分担をして動かなければならない。
 猟兵達は互いにに目配せをしあうと、一つの目的に向かって行動を開始した。
 邪神の目覚めまで、あと――。
霑国・永一
【SPD】
またロクでもない儀式してるなぁ。まぁ邪教だし、見慣れたものだ。うんうん。
面倒ごとになりそうだし、贄の一般人は連中から盗んでおくか

狂気の戦鬼を発動。【ダッシュ】も加えて高速移動で一般人のところに走り【早業】【盗み】で奪取、一人一人確実に安全なところに運んで行こうかな。運ぶ際は【逃げ足】も入れる

敵の攻撃・妨害は基本【見切り】【フェイント】なども入れたうえで高速移動で回避。邪魔なら衝撃波で道を切り開くのもいい
「俺様が救出なんぞ柄じゃねぇがなァッ!この後のお楽しみの為だ!いいだろう、俺様に命預けな有象無象の人ども!」


千草利・機斗
やれやれ、手間取りましたね
しかしこれが祭壇ですか
……ちっ、悪趣味なことしてんじゃねぇよ
さて、時間も無いことですしさっさと終わらせて貰いますよ

【POW】
細々した作業は苦手なもので、私は力づくでやらせて頂きましょう
抑え役として動きます
遠くから此方の存在を気付かせて、なるべく陣から引き離しましょう
充分引きつけたところで応戦を
一体ずつ【怪力】と【捨て身の一撃】を乗せた【狩り】を使用し零距離攻撃を仕掛けます
【2回攻撃】が叶えば【バンカーの運命】も使用します
陣に戻ろうとする、または他の味方を狙おうとする邪教徒がいれば、
陣に近付けない且つ隙を付く意図で積極的に狙いましょうか


ロバート・ブレイズ
「如何に行動すべきか。可能ならば先程の狂気、丸々啜り浸り――兎角。時間が足りぬ。即時決断だ。剥ぐべきは神の貌と成せ」
【SPD】
攫われた面々を救出しよう
自らを『普遍的無意識の領域』即ち『空間』と一体化させ、其処に存在するが認識不可能な『もの』と成る
邪教徒の魂(エネルギー)を吸いながら救出すべき面々を逃す。領域として抱えられないならばユーベルコードを解除して数名を確保
その際、邪教徒が弱っていたならば次に繋げられるだろう。恐怖を与える事に成功するかもしれない
救出者が錯乱して逃げない場合は『正気固定機』を渡す
「私は其方側の住人だが、忘却とは別物なのだ。同類と見做すならば愉悦と己を嘲笑う地獄を魅せ給え」


サフィ・ヴェルク
連携・アドリブ歓迎

忍び込むのは得意ではないので、抑え役になりますかね

【UC】
サイキックで作製した氷の珠を邪教徒の集団へ放り込んでUCアイシクル・ブロッサムを弾けさせましょう
珠が弾けて氷の花びらが襲い掛かります、勿論対象は邪教徒のみです
命を奪うのは本意ではないのでなるべく足や武器を狙いますか

UC後でも戦闘の意志があるのならば今度は僕(ロゼ)の出番ですね!
記憶消去銃の【衝撃波】や【催眠術】
所持品の鎖で【敵を盾にする】などを併用し、無力化や拘束を行っては放り出しますよ!
記憶消去さえ行えば多少は妨害出来ると思うんですよね、どれほど消去出来るかは次第によるとは思いますが、混乱させられれば御の字です!!


九重・咲幸
交戦の混乱に乗じて召喚陣に手を加えます
抑え役の方々が邪教徒の人をひきつけてくれてる間に、可能なら背面側から忍び寄って
少し離れた所で交戦を開始してくれれば
<四天>にお願いして、炎で大きな壁を作って分断しちゃえば
陣に手を加えてても邪魔はされづらくなるでしょうか
救助班の退路確保の援護にもなるかも

見張りの人もいるだろうし、その人達との交戦は避けられないかな
あまり得意じゃないですが、そうなったらがんばります

最初は円を、次に名前ですね
陣自体に呪詛の類があるとも、手を加えることで呪詛返しのようなものがないとも限りません
念の為注意を払って行います
壁を作るので手一杯になるかもしれないけどできるだけがんばります


黒木・摩那
【WIZ】実行班。

本の解読には苦労しましたが、苦労した結果が出せてよかったです。
次はいよいよ儀式の阻止ですね。

まずは阻止の前に再度手順を頭の中で確認して。
・円形を消してから、フートゥ・ヤグを消す

UC【影の追跡者の召喚】を使って、紋様を把握します。

こちらが姿を現せば、当然組織も抵抗してくるはず。
なるべく隠密裏に円形を消せるだけ消します。

自らは姿を隠しつつ、
【念動力】でスコップを操作して、円形の上に土をかぶせていきます


比良坂・美鶴
【WIZ】

先の解読で得た消去手順通り
召喚陣の円形を掻き消してから
邪神の名を消すことで儀式を妨害する

マントを被りギリギリまで闇夜に潜伏

抑え班が十分に邪教徒を引き付けたのを確認した後
邪魔しようと追い縋る邪教徒の合間を縫って
目的の陣まで走るわ
アタシ『逃げ足』には自信があるの

それでも邪教徒が邪魔をしてくるようなら
『リザレクト・オブビリオン』使用
行く手を阻む形で死霊を召喚

撃退出来なくて良いわ
今は少しでも時間が稼げれば充分
その間に陣を消してみせる

…嗚呼、本当に嫌な匂いね
喉が渇いて仕方が無いの
アタシをあまり苛々させないで頂戴


花咲・まい
【POW】
無事に解読することができて本当によかった。
儀式を阻止するところまで漕ぎ着けられたのも、僥倖というもの。
ここからが正念場ですです!

私は抑え役に回りますですよ。
細かいところは皆さんにお任せしますです。
そのぶん救助と呪文消去の時間はしっかり稼がせてもらいますですよ!

抑え役は邪教徒の排除が最優先ですから
加々知丸くんを使ってスパッと去なしていきますですよ。
【生命力吸収】して【恐怖を与える】ことができれば、彼らも大人しくなりますでしょうか?
ちょっと頂くだけですです!
でも、数が多い場合は【範囲攻撃】【なぎ払い】でまとめて吹き飛ばしてしまったほうが良いかもしれませんですね。

*アドリブ、連携はご自由に


庚・鞠緒
POW

器用なことは出来るヤツに任せるとして、だ
ウチは自分の得意なことをする

医療用具は一応自分用の簡易キット持ち歩いてっけど
救出作業優先するやつに渡しとくわ
なんかの足しにゃァなンだろ

「ブラッド・ガイスト」発動
ウチのドライバー「鉤爪」に血を回して刃を赤く染めて
【ダッシュ】で素早く近づいて邪教徒をで切り倒す
「儀式に血が要ンならよォ…テメェが出せってんだ」

召喚陣を無闇にいじったりしないように足元に気をつけつつ
鉤爪の【2回攻撃】邪教徒を排除していく
せいぜい派手に暴れて注目されるようにしねェとな
少なくとも、ウチをなんとかしねーと儀式どころじゃねェってわからせてやる



●班分け
「……またロクでもない儀式してるなぁ。まぁ邪教だし、見慣れたものだ。うんうん」
 ひょっこりと草陰から顔を出して霑国・永一(f01542)が静かに零す。
 グリモアベースから来てくれた新たな戦力も加え、現場に急行した猟兵一行は襲撃タイミングを見合わせて静かに息を殺していた。
 海浜公園の海岸林は広いとはいえ全員で乗り込むだけのスペース余裕はなく、第一陣と第二陣で猟兵達は分かれている。
 第一陣メンバーは主に第二陣のため、召喚陣への手筈を済ませる目的がある。
 円形を掻き消してからフートゥ・ヤグの名を消さなければならないため、先に円形となっている直径二十メートル近い地面のサークルを消す必要があるのだ。
「やれやれ、手間取りましたね……しかしこれが祭壇ですか。人数の割り振り、いかが致しましょう」
「如何に行動すべきか。可能ならば先程の狂気、丸々啜り浸り――兎角。時間が足りぬ。即時決断だ」
 剥ぐべきは神の貌と成せ、と欲求を振り切ったロバートが機斗に告げる。
「実行班に人数を割くべきだ。だが初動での奇襲として戦闘側にも幾人か回せばなるまい。故に、私は攫われた面々を救出しよう」
「じゃあ俺もついていこう。面倒ごとになりそうだし、贄の一般人は連中から盗んでおくか」
 ロバートの言葉に永一が名乗りを上げて、第一陣の救助班は二名体制で行うことになった。動けないであろう男性十名の考慮に関しては二人とも百八十センチメートルを優に超える大柄な男性だ。抱え運ぶことは造作もないうえ、ロバートは要救助者に有用なユーベルコードを所持している。
 永一も盗み――こと何かを持ち運ぶことに対してはエキスパートだ。邪魔でも入らない限り問題なく救助活動に当たれるだろう。
「了解しました」
「其方は如何する?」
「そうですね細々した作業は苦手なもので、私は力づくでやらせて頂きましょう。抑え役として動きます。ただロバートさんの仰る通りあと何人か欲しいところです。他に邪教徒と戦って下さる方は?」
 機斗が聞けば数名の猟兵が手を挙げる。
 サフィ、まい、鞠緒がそれぞれ抑え役に回ることになりそうだ。
「僕も忍び込むのは得意ではないので……」
「細かいところは皆さんにお任せしますです!」
「器用なことは出来るヤツに任せるとして、だ。ウチらは自分の得意なことをする」
 得意分野には得意分野を。餅は餅屋に。であるならば猟兵は己の得意なところへとおのずと集まる。
 あとは肝心の召喚陣形を消す実行班だ。
「では私が。抑え役の方々が邪教徒の人をひきつけてくれてる間に、可能なら背面側から忍び寄って行います」
「そうですね、私も実行班で。なるべく隠密裏に円形を消せるだけ消します」
「あら、じゃあアタシも立候補しようかしら」
 咲幸、摩那、美鶴がそれぞれ頷きあった。
 実行班、三名。
 救助班、二名。
 抑え役、四名。
 以上九名が第一陣として最初に儀式の場へ飛び込むこととなった。九人であれば問題なく動けるだろう。
 残り九名の猟兵達も頷いて見せる。
 作戦決行の手はずが整うと、猟兵達は再度儀式の場を睨みつけた。

●抑え役
 邪教徒達は陽動として現れた四名の猟兵に、目に見えて狼狽えた。
 外部からの邪魔が入るなど予想もしていなかったのだろう、焦りながらも彼らが走って向かってくるのに応戦する。
 懐から取り出したのは黒光りする銃だった。
 UDCアースにおける銃の取り扱いはこの島国では禁止されている。警官や許可の有る人間でしか触れない代物であるはずのそれを。
 陣はすでに完成している。贄も十分、強化呪文も揃った。あとはもう死を削ぐものを呼び出すばかりの状態になっている。
 辺りに漂う人間の血の匂いに機斗は顔をしかめて、邪教徒よりも幾分機嫌が悪そうに舌打ちをした。
「……ちっ、悪趣味なことしてんじゃねぇよ。さて、時間も無いことですしさっさと終わらせて貰いますよ」
 忌々しげな言葉とともに、常のやわらかい口調が崩れた。
 遠くからわざと走ってきている抑え役となった面々はなるべく敵の目をこちらに引き付ける目的もある。
 残る救助班と実行班に目を向けさせないためだ。
 遠くから此方の存在を気付かせて、なるべく陣から引き離すために。
「さあ行きましょう。二手に分かれて陽動します」
「はいです! 救助と呪文消去の時間はしっかり稼がせてもらいますですよ! ここからが正念場ですです!」
 まいが機斗に続く。
 無事に解読することができて本当によかった。
 儀式を阻止するところまで漕ぎ着けられたのも、僥倖というもの。機斗もまいも教本解読もこなした猟兵の一人だ。
 今日の夜、まだ解読の終わっていない本に書かれた儀式の阻止を。そんな難しい仕事をこなしてみせた彼女達は、なんとか実行前に現場に行き着けた。あとは儀式自体を妨害するだけ。
 まさにここからが正念場だ。
 機斗は走ってきた勢いを殺さずに一体ずつ懐に潜り込んで、邪教徒へ拳を浴びせる。
 腰の入った重い一撃は彼らの腹部に埋まり、そのまま内臓まで浸透するダメージにたまらず吹き飛んだ。
「あっ、ガッ!」
「はっ」
 戦場傭兵の彼女の戦い方は非常にストイックだ。
 ただ敵を倒し、ただ敵を退けるための技術に特化する。
 ちぎっては投げちぎっては投げ、と形容するのがまさに正しく、だが拳がめり込んだはずの邪教徒はすぐさま立ち上がってくる。常人では考えられないタフネスに機斗が片眉を上げた。
「なるほど、これは……」
「あれ……おかしいですね?」
 加々知丸。かつて旧き大蛇を切ったという説話から名付けられた大刀を派手に振り回すまいが機斗の疑問に同調する。
 まいもまいで、確かに斬ったはずの手応えがないのだ。否、斬れてはいるもののまるで効いていないかのようにまた向かってくる邪教徒は可笑しい。
 常であればとうに倒れているはずの、人間であれば考えられない耐久度。
「召喚陣に強化呪文を使っているのでもしやとは思いましたが……彼らもまたそれに類する術を自らに掛けている可能性があります。あるいは地面に書かれた強化呪文に付随して、連動して。身体能力が向上している」
「強化呪文ですか……困りましたですね。でもやることは変わりませんです!」
「ええ」
 倒せれば幸いだが簡単には倒せないと知れた今。目をこちらに向けさせる目的は果たしている。
 撃滅から消耗戦へとシフトした二人のやることは先程と変わらない。
「それに斬ってみれば、ぜーんぶ分かりますですから! 加々知丸くんを使ってスパッと去なしていきますですよ」
「頼もしいですね」
 大太刀は刃渡りがとても長い刀だ。加々知丸は小柄なまいが持つ刃物としてはとても長く、範囲攻撃に適している。
 機斗の傍でくるくると花のように回りながら凪払っていく姿は血の匂いのする戦場ではあまりに美しかった。
「負けていられませんね」
 機斗も戦闘を再開する。二人の猟兵に翻弄されながらも何とか邪魔ものを退けようとする邪教徒達は、己の後ろで秘密裏に行われている行為に気づけなかった。

「――二手に分かれて陽動します」
 機斗の言葉で分かれた四名のうちもう片方の二名、サフィと鞠緒もまた派手に戦場を立ちまわる。
「広範囲技、中々でしょう?」
「やるじゃねェか!」
「お褒め頂き光栄ですね」
 向こうで踊るように戦うまいとは別の花が一輪、戦場に咲いた。氷の花だ。
 サフィが作成したサイキックで作製した種となる氷の珠が邪教徒の集団の中心で破裂する。
 美しい花弁が散って、あたりの空気が一気に冷えこんで。
 ぱきぱきと音の鳴る透明な花が咲き誇り、砕け散ればその破片は鋭利な刃物となった。
 だがそれもまた邪教徒には、その瞬間こそ効いていれど次の瞬間にはまた立ち向かってくる。
 機斗とまいが言う強化呪文の言葉に耳を傾けて、サフィは背中合わせで戦う鞠緒に耳打ちした。
「どうやら耐久、消耗戦にもつれこむ様子ですね。僕は無力化や拘束を行って人数を減らします」
「任せたぜ」
 弾けた氷の花が空に溶けた一瞬。
 サフィは別の人格、彼の中のロゼへと切り替わる。
「今度は僕の出番ですね!」
 記憶消去銃を持ち出したロゼはそのまま敵へ発砲し、襲い掛かってきた別の邪教徒に向かって今しがた撃ち終えて昏倒した邪教徒のローブを掴む。
 そのまま向かってきた邪教徒へ押し込むようにして投げ返し、すぐさま三発続けて撃った。
「記憶消去さえ行えば多少は妨害出来ると思うんですよね、どれほど消去出来るかは次第によるとは思いますが! 混乱させられれば御の字です!」
 声色は全く同じだがサフィに比べて感嘆符が語尾につく間延びした喋り方だ。
 記憶消去銃で撃たれた邪教徒は確かに昏倒しており、身体強化といえど催眠や精神に関わる強化は成されていないようだった。数は確実に減っていく。
「ウチもそろそろ働かねえとな」
 サフィが確実に打ち込めるよう鞠緒は敵の引き付けを買って出た。
 鉤爪による連撃にあいては躍起になっているのか後ろには目をくれる様子がない。
 今まさに救助と召喚陣の修正を行う猟兵達に目だけで頷きを返して鞠緒はサフィが撃ちやすいよう戦場を動く。
「儀式に血が要ンならよォ……テメェが出せってんだ」
 鉤爪に血を回し、刃を赤く染めていく。鮮やかな色合いは滴り落ちる血液の赤だ。
 生贄から採取された血の匂いと彼女の血の匂いが混ざり合う。
 数多の鉄錆の中で微かに嗅ぎとれるそれは、鞠緒の中に流れる、邪神の肉体から身体をめぐる血液の匂いは。
 邪神や魔術といった事柄に精通している者が居ればその血に流れる刻印の濃さに気づけただろう。
 自身の血液を代償にして装備武器の封印を解いた彼女の持つそれはただの鍵爪から殺戮捕食態へと変容する。
 殺傷力を増したそれは強化ごと邪教徒を切り裂いた。
「ンだよ、力づくでも結構イケるじゃねェか」
 第一陣メンバーは見事敵の引き付けに成功した。誰一人気づかれることもなく救助班と実行班は己の任務を遂行することができる。
 後方で行われる他の猟兵の仕事を信じて、四名はただひたすらに戦場で切った張ったの大立ち回りを演じた。

●救助班
 二十名の女性と十名の男性は助けが来たことに暫く気づけず、召喚陣から離れたところで突如始まった戦闘に目を丸くしていた。
 後ろから走って近づいた二人の猟兵の永一とロバートにざわめきたつ。
 シィ、と静寂を促す永一に彼らは息をひそめてようやく助けが来てくれたことに気づいた。
 男性の内その場で救助が必要なものが数名いて、動かしても問題のないものが約半数といった具合。
 動かせないものは次の第二陣となる猟兵達に任せるとして、二人は先んじて運んでも支障のない要救助者を先に助けると周りに告げれば囚われた人々は頷いて見せた。
「さあ、動けない方は任せた。残りは俺が運ぼう」
「任されよ」
 ロバートが静かに言葉を紡ぐ。
「我こそが冒涜の王。我が肉体こそが精神世界――で在る。貴様等を此処に招待しよう。我が国の民と見做すのだ。光栄に思うが好い」
 自らを『普遍的無意識の領域』即ち『空間』と一体化させ、其処に存在するが認識不可能な『もの』と成る。
 それがロバートの持つ固有能力だ。
 自身の肉体を、魂だけを取り込む普遍的無意識の領域へ変貌させて。空間は強い伸縮性と、任意の速度で戻る弾力性を併せ持つそれへと変える。
 ロバートの姿は視認できないなにかに変わった。確かにそこに居るのにそこには居ない。
 視認は出来て、視認のできない者へ。
 要救助者は戸惑って、しかし目の前の光景にただついていくのが精一杯だ。
 邪教徒の魂がエネルギーとして空間に吸われ、また動けない男性数名が空間にからめとられた。
 じわりとその空間を広げながらまた一名、また一名と空間へ要救助者が誘われていく。
 五名ほど吸い取って空間はぴたりと静止する。
 そのまま後は任せたぞ、といって空間が伸縮と膨張を繰り返しながら場から遠ざかった。
「あの……これは一体……まるで異能力だ。あなたも彼らの仲間なのですか?」
「否。確かに私は其方側の住人だが、忘却とは別物なのだ。同類と見做すならば愉悦と己を嘲笑う地獄を魅せ給え」
 空間に抱えあげられた男性が空間に向かって問いかければ、居ると認識できるのに姿の見えないロバートが答える。
 その答えに男性はやや戸惑ってから、助けてくれてありがとう、と小さく呟いた。

 やや遅れてから永一がロバートの後を追う。
 常日頃から窃盗も交えて生計を立てている彼はやや倫理観から離れたところに立ってはいるが、こと今回の事象に関してはその能力が有用に働いた。
 まず単純に足が速いこと。
 次に持ち運びに慣れていること。
 要救助者を安全な場所まで運ぶという彼に課されたミッションでは適役だ。
 実行役としてそれらはみな粗暴な戦闘狂の人格に託される。
 高速移動を可能にした彼のユーベルコードによる脚力は遺憾無く発揮され、女性の約半数である十名をたった一人で運び出すことに成功する。
「きゃっ!」
「わあっ!」
「た、助けてくれるけど少しだけ乱暴!」
「うるせえ、静かに運ばれてろ!」
 運びは至極丁寧だが如何せん口調が荒いせいか女性達が戸惑っている。
 だが盗みや運搬に関しては永一はプロのレベルだ。おそらくこの場に居る誰よりも要救助者に対する適正値の高い人物、それが彼である。
 誰一人傷つかせることなく、手を負傷した女性の怪我に響かぬよう振動も与えずに彼は安全地と召喚陣を疲れる様子もなく往復する。
 すたすたと長い脚は強化により削り取られている寿命すら厭わず、まるで何事もないかのようにただひたすらに土を踏みつけた。
 惜しむらくは彼の別人格の性格がやや救助者向きでなかったことは追記しておこう。口調が荒いせいで怯えられてはいるが。
「俺様が救出なんぞ柄じゃねぇがなァッ! この後のお楽しみの為だ!」
 お楽しみ、とは待ち構える邪神フートゥ・ヤグのことだ。
 今か今かと目覚めの時を待つそれを、好戦的な彼の中の別の人格は心待ちにしている。
 戦闘を待っているのだ。
 抱えあげられた女性のうち一人が血を流している手を抑えながら、永一を腕の中から見上げた。
「あ、ありがとうございます……」
「安心して俺様に命預けな、有象無象の人ども!」
「ひぇ……」
 鼓膜の張り裂けそうな声量に女性は竦みあがったが、それでも永一が助けてくれていることを理解はしているのか怯えつつも再度礼を言ってみせた。

●実行班
 咲幸と摩那、そして美鶴がある程度要救助者が運び出されたところでいよいよ動き出す。
 抑え役の方々が邪教徒の人をひきつけてくれてる間に、可能なら背面側から忍び寄って少し離れた所で交戦を開始してくれれば。
 咲幸がそう言った言葉の通り、現在抑え役の面々は陣から離れた場所に邪教徒を惹きつけてくれている。
 陣に撒かれた血と、そのまわりをぐるりと囲った円周にさっそく猟兵達は消去作業に取り掛かった。
「<四天>にお願いして、炎で大きな壁を作って分断しちゃえば、陣に手を加えてても邪魔はされづらくなるでしょうか」
「そうね、幸い篝火があるから火の明かりは不自然ではないかもしれない。ただ大きすぎるとこちらに注目を集めてしまうでしょうから、小規模で行ったほうがいいわ」
「はい! お願い、<四天>!」
 美鶴の答えに頷くと、咲幸は式鬼を使役しようと精神を集中する。
 めらめらと燃え上がる炎がまっすぐに道を作る。これは炎の壁だ。
 呼び出された式鬼は呪力の炎で召喚陣と邪教徒を分断した。これで容易には近づけないだろう。
 摩那は邪教徒の様子をそっと窺うが、幸いにも彼らは背面から照らされたことに気づいてはいない。陽動組による引き付けがなければ危なかったかもしれない。
「上手くいったみたいです。これでしばらくは邪魔が入らないかと。次はいよいよ儀式の阻止でしょうか」
「よかった……最初は円を、次に名前ですね」
「ええ。先の解読で得た消去手順通り。召喚陣の円形を掻き消してから邪神の名を消すことで儀式を妨害する。合ってるわよ」
 摩那と美鶴が咲幸の言葉に頷く。
 円形を消してから、フートゥ・ヤグの文言を消す。それが正しい消し方だ。
 今回第一陣は円形まで消せれば御の字、フートゥ・ヤグの名まで消せれば結果としては申し分がないといったところ。
 まずは円形を消すのを目標に三人は目的を確認しあうと茂みに隠れたまま頭を伏せる。
 再度手順を頭の中で確認して、摩那はまず影の追跡者を呼び出した。
「陣形を確認します。円の直径は目算ですが二十メートル前後でした」
「アタシもだいたい同意見ね。正確な直径の長さを割り出せれば……」
 直径に円周率をかけるだけで円周の長さを求めることができる。小学校や中学の算数はいつ以来だろうか。
 摩那の呼び出した影の追跡者は彼女と互換を共有している。きわめて見つけられ辛いそれらは邪教徒に少しも気づかれることなく摩那の元へ帰還する。
 20πを求める計算式は影の追跡者の確認で少しずれこんで、22πとなった。
「……目算より少し大きいわね。三人で隠れながらとなると、円形を消すので精一杯になりそう」
「フートゥ・ヤグの文言は第二陣にお任せすることになりそうです」
「私達のところで円形を消し切れれば、あとは名を消すだけですみますね……がんばります!」
 時間分担による目標は分かった、あとは消去作業だ。
 強化呪文を取り消せれば邪神は弱体化する。精神を蝕まれながらも猟兵達が教本から勝ち取った情報だ。
「本の解読には苦労しましたが、苦労した結果が出せてよかったです。これを消せれば……」
 茂みに隠れたまま摩那がUDC組織から借り受けたスコップを宙に浮かせる。
 そのままそっと土を掘り返し、円形部分に被せた。
 掘って、乗せて、また掘って。少しずつ着実に円形を消していく。
 それにあわせてマントを目深に被った美鶴がそっと闇夜に潜伏しながら召喚陣に歩み寄る。
 炎で分断され、向こう側に居る邪教徒を注意深く監視しながら美鶴はいまだに負傷者の残る召喚陣へと近づいた。
 ふわりと赤く色づいた、濃厚な血の匂いが鼻腔をくすぐる。
 ダンピールの彼にはあまりにも辛い匂いだ。
 本能を揺さぶるようなそれに、教本の解読作業とはまた別の精神負担が美鶴を襲った。
「……嗚呼、本当に嫌な匂いね。喉が渇いて仕方が無いの。アタシをあまり苛々させないで頂戴」
 美鶴はそっと爪先で土をならしていく。強く掘られた陣形は次第にその形を崩して、何か線が引かれていたことも分からなくしていった。
 どくり、と男性の中でも特に負傷したものの両脚から。脈動と共に流れ出た血が赤く盛り上がって血だまりをつくっている。
 美鶴の黒い瞳が一瞬だけらんらんと光って、すぐさま逸らされた。
「陣自体に呪詛の類があるとも、手を加えることで呪詛返しのようなものがないとも限りません。念の為注意を払って……」
 そっと咲幸が美鶴の隣で作業を進める。炎の壁を維持しているため咲幸は他二人よりも担当距離は短いが、それでも長さは一人頭十五メートルを超えている。彼女は慎重に陣の一部を消した。
 召喚陣そのものには呪詛の類や呪詛返しのようなものは見受けられなかったが、戦闘の四名が最初に苦戦していたところをみるに強化呪文自体が邪教徒の身体能力を向上させていることがわかる。
 やがて三人はようやく円形部分を消し去ることに成功した。
 残るはフートゥ・ヤグの言葉のみ。だが。

●あちらも二陣、こちらも二陣
 その時、ざくざくとこちらに向かう複数の足音が聞こえた。
 土を踏みしめる音。
 雑草をかき分ける音。
 その足音は救出を続けているロバートや永一のものではない。
 足音をなるべく立てないよう気を付けている咲幸と美鶴、草陰から動いていない摩那の三名のものではない。
 邪教徒との戦いが終わろうとしている機斗やまい、サフィや鞠緒のものではない。
「なんでしょう……?」
「足音……」
「まさか増援……!?」
 猟兵達が足音の方に目を向ければこちらに近づいてくる人影が見えた。
 こんな真夜中に散歩に来るわけがない、しかも向こうが目指す場所はこの儀式の召喚陣にまっすぐと。
 十中八九、邪神教団の幹部達だ。
 おそらく陣の用意は教団の中でも地位の低いものにさせ、召喚準備が整ってから幹部が訪れる手筈だったのだろう。
 第一陣のおかげで円形部分は既に消し去られ、要救助者の数は半分になっている。
 最初に居た邪神教団の邪教徒はみな倒れ伏した。
 第二陣を戦闘要員として大多数に割けば窮地は切り抜けられる。そう判断した第一陣は、一斉に方々へ散った。
「交代としてはこれ以上ないタイミングだ」
「あとはこちらにお任せを」
 第一陣の退けた先、躍り出るようにして第二陣の猟兵達が場所を交代する。
 邪神召喚まで最後の一仕事だ。
 猟兵達は新たに見える敵影から、要救助者を守るようにして立ち塞がった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

杜鬼・クロウ
引き続き【桜雨・カイ】と行動
アドリブ◎
正気度76

「カイ、俺達は邪教徒の排除にあたンぞ(小声)
お前に背中預けるぜ。ヤれんだろ?(笑って拳当て」

抑え役
先程の解読作業での痛みが残るも邪教徒の排除に専念
0時前に事を終わらす

前衛
仲間と協力
血の匂いに眉顰め
攻撃の機会窺い【先制攻撃】
実行班の妨害されない様にわざと派手に動き注意惹きつける
陣に誤って触れない
周りをよく見て回し蹴り
戦闘中に伊達眼鏡が吹っ飛ぶ

「お前らの野望なんざ、この俺が全部砕いてやンよ」

玄夜叉を構え【トリニティ・エンハンス】使用
状態異常力重視
【2回攻撃・属性攻撃】で風宿し攻撃(気絶させる
敵の攻撃は【武器受け・カウンター】
誰かが狙われたら【かばう】


桜雨・カイ
共闘:杜鬼・クロウ(f04599)。他の人とも協力
担当:抑え役(他の班に教団員を近づかせない)/アドリブ歓迎

血の匂いに人形だった頃を思い出す。血溜に倒れた女性と子供(主の妻と幼い息子)

でも「背中預ける」なんて言ってもらえたら全力で答えないと。
はい、ヤりますよ。

あの時と違い今は動く事ができます。これ以上先へは行かせません

クロウさんの先制攻撃にタイミング会わせ【錬成カミヤドリ】発動。錬成体のうち8割を盾代わり・妨害へ回し【盾受け・フェイント】、残りは攻撃【なぎ払い・2回攻撃】、召喚の強化呪文を唱えさせないように気絶させる。
遠距離攻撃や呪詛のたぐいも警戒
ダメージを受けた人には【聖痕】使用


千桜・エリシャ
では、私は抑え役を買ってでましょう

邪教徒の排除、ですわね
まずはなるべく召喚陣から邪教徒が離れるように仕向けましょう
そうですわね、スマホで写メや動画でも撮って脅してみようかしら
ふふ、今からこれをネットで拡散しちゃいますわ!
嫌なら捕まえてごらんなさいな

でも私、弱者の首を狩る趣味はありませんから
時間も惜しいですし……ならば敵もこちらの戦力にしてしまいましょう
傾世桜花で魅了して同士討ちするように仕向けますわ

あら、あなた達の敵は私たちではなく――あちらですわ
邪魔者は追い払わねばいけませんわね
ほら……いい子ですから、私のお願い聴いてくださるわよね?

いずれにせよ、攻撃された場合は花時雨を開いて防御しましょう


遙々・ハルカ
やることがWIZ

はー、オレ暴力とか苦手だからさ
その辺りはオルタナティブ・ダブル使ってトヲヤに頼むわ
オレはまあ順番も覚えてきたし
召喚陣消す係しよっかなーと思って
具体的には邪教徒の抑えは他の猟兵に任せて
トヲヤをボディガードにしてオレが鼻歌混じりに消していくっつー感じね

血の匂いとか呻き声はワクワクすっけど
変なトコ消してヤバいこと起こすのにもスゲー心惹かれるけど
ま、怪我したくないじゃん?
長生きの秘訣は謙虚だよ、謙虚
こういう派手なことすっからオレらに見つかっちゃうんだぜ
なあ、そう思うだろ?

必要最低限しか喋らないトヲヤはボディガードとメモ帳読み上げ係
間違った箇所を消そうとするとちゃんと止めてくれる戦場傭兵


リーオ・ヘクスマキナ
【アレンジ、共闘歓迎】
【SPD】

最終的には邪神を召喚させない。ないしは万全で呼ばせないこと。
これが肝要かな?

なら、人質を救出するのが多分一番良いよね。狂信者共が自分達で代用するかもしれないけど、そこはソレ。
人命救助第一で、って事で。

【目立たない】ように【迷彩】を施して、【忍び足】で近づいて戦闘の混乱に紛れて狂信者から人質を救出するよ。
応戦は最低限に、救出を最優先。
人質の怪我は、【医術】知識で応急手当を施す。手早く【早業】で仕上げて行くよ……ッ!
赤頭巾さんには、救助中の護衛を頑張ってもらおう。人質の救助で、多分戦闘してる場合じゃないしね。

痛いかもしれないけど、もうちょっとだけ頑張って!


蜂月・玻璃也
【土蜘蛛】
耀子、残夏は邪教徒の制圧に回れ。
俺は被害者の救助に当たる。
残夏。「レモンかけてもいいですか?」みたいに聞くんじゃない。
邪教の輩といえど一般人だ。お前らなら無力化するくらい簡単だろう。

もし向こうが「完全にヒトの道から外れて」いるのであれば、その時は……俺の責任で許可する。

思ったより生贄候補の数が多いな……混乱が起きないよう、立場を明かして丁寧に誘導する必要がある。
とにかく任務優先、安全最優先だ。
いざというときは……体を張らなきゃならない、かもな。

頼むぞ、耀子。やりすぎないように!

俺は新人で、未熟で、ヘタクソで、加減ができねえんだ!
だから……俺に戦わせるなよ、邪教徒ども!


花剣・耀子
【土蜘蛛】

邪神に肩入れした時点で、同じ穴の狢だとは思うのだけれど。
……いいわ。
未だヒトの範疇であるなら、後のことはヒトに対応を任せましょう。

あたしも抑え役に。
捕縛し易いよう、敵の武装を狙って攻撃。
なるべく気をつけるけれど、最優先は実行班の作業と人質の命よ。
手指や足が多少落ちたら御免なさいね。

嗚呼、爆釣ね。やりやすい。
残夏ちゃんが外側に引き寄せた信者が抵抗を続けるなら、殺さないよう気をつけて無力化。
明らかにヒトを捨てたものが混ざっていたら、それには容赦しないわ。
別に、許可なんて無くてもやるけれど。損な立場ね。

室長、早く行って。
なるべく道は開けるから、後は頑張って頂戴。
背中くらいは守ってあげる。


黒海堂・残夏
【土蜘蛛】
信者って邪神関係者ですよねえ
殺してもいいですか〜あ?ダメ?
手加減は苦手なんですよねえ、やれやれ

抑え役に回りますう
ユベコは問答無用で殺しちゃうのであんまり使わない方向性で
救助や陣の解除に向かう人を邪魔しないように
手当たり次第、こっちの陣の外側まで武器で信者を捕まえて、引っ張りあげましょう
このリボンは土蜘蛛お手製なんです、よく伸びるでしょ〜
危なそうな奴や抵抗する奴は遠慮なく殺します
死にたくなけりゃあ大人しくしておいてくださいねえ、と脅し

あ、室長危ない〜
よーこっち流石、反応が素早いですねえ
そのまま室長の援護はお願いしましょうかあ
さ、邪魔ァしないでくださいねえ
殺さないだけやさしいんですよお?


クレム・クラウベル
救助班として行動
技能的に此方が向いているし
成人男性を運ぶなら上背のある者も必要だろう

救出して運ぶのに陣を削る心配があるなら
実行班の処理が終わるのを待つ
また、邪教徒の妨害が抑え役だけで防げないなら銃撃中心に牽制
効果ありそうなら祈りの火を壁の様に広げて放ち動きを阻害

男性を優先して救出。担いで安全な場所まで運ぶ
女性の救出が遅れているなら、男性を全員逃した後手伝いに
大丈夫だ、もう心配ない等声を掛けて励ます
救助後、必要なら彼らの傷の手当を
治療に向くユーベルコードこそないが、医術は多少心得ている
応急手当くらいはしてやれるだろう
一先ず医療機関へ引き渡せるまでに傷を悪化させない様に
消毒や止血を適宜可能な範囲で



●本戦への前座
 ではあとは手筈通りに。散会。その言葉と共に第二陣が駆け出す。
 第一陣が可能な限り済ませられるところまで儀式の妨害を行ったおかげで第二陣のメンバー変遷は容易だった。
 召喚陣を消すのは一人だけで良い、第二陣の多くは邪神教団の新たに現れた幹部達と直接戦う戦力として割くことができる。
 邪神教団の幹部達は次第に様子がおかしい事に気づいてこちらに近寄ってくると、猟兵達の邪魔が入って儀式の遂行が難しくなったことを知り怒りをあらわにした。邪神への呼びかけになんたる冒涜かと怒鳴り散らす彼らに、しかし猟兵は動じることもなく毅然とした態度でそれらを切り捨てる。
 時刻は日付変更まで、残り十五分を切っていた。

●抑え役
 辺りには濃い血の匂いが漂っている。
 生贄としてとらえた人々からとった血液は召喚陣やまわりに大量にまかれ、地面にしみこんで赤黒く染まっていた。
 この召喚陣はすでに発動している。妨害が精一杯だ。それでもなお猟兵達は後の戦闘を少しでも楽にしようと奔走する。
 強化呪文を取り消し、要救助者を危険地帯から連れ出し、邪教徒を撃滅して。
 その先に控えている邪神は強化呪文を取り消してなお強大だ。生半可な覚悟では打倒できないだろう。

 したたりおちる鉄錆の匂いと生き物臭さに、カイは昔、まだヤドリガミとして生を受ける前の人形だった頃を唐突に思い出した。
 血溜に倒れた女性と子供。血の気の失せた青白い腕が投げ出されている光景を。主の妻と、その子供の亡骸をただ眺めることしか出来なかった自分を。
 あの頃はまだ自由に動く手足も無く、声を発せる口もなくて――……。
 しかし過去回帰に沈みかけていたカイを引き上げていたのはクロウの声だった。話しかけられてカイの目の前から蜃気楼のように昔の光景は消える。
「お前に背中預けるぜ。ヤれんだろ?」
 笑いながら差し出された拳に、カイは口元に微笑を浮かべて応えた。
「はい、ヤりますよ。背中預けるなんて言ってもらえたら全力で答えないといけませんね」
「その意気だ」
 拳に拳をコツリと当てて、そのまま彼らは背中合わせになる。
「あの時と違い今は動く事ができます。これ以上先へは行かせません!」
「ああ! 零時前に蹴りつけンぞ!」
 土を踏みつけて二人が一気に前に出る。
 駆け出したカイとクロウに土蜘蛛の三人も倣って動き出した。
「耀子、残夏は他の面々と邪教徒の制圧に回れ。俺は被害者の救助に当たる」
「了解でーす! でもあの幹部達って邪神関係者ですよねえ。殺してもいいですか〜あ? ダメ?」
「残夏……レモンかけてもいいですか? みたいに聞くんじゃない。邪教の輩といえど一般人だ。お前らなら無力化するくらい簡単だろう」
 唐揚げ大皿来ましたけど、とでも言うように向かい来る邪神教団に無邪気に笑う残夏に、上司の立場である玻璃也が首を横に振る。ここは居酒屋じゃないんだぞと重ねていると横から耀子が顔を出した。
「邪神に肩入れした時点で、同じ穴の狢だとは思うのだけれど」
「それでもだ。俺達は人類防衛組織の一員だぞ、本質は常に不動だ。だが確かに、もし向こうが完全にヒトの道から外れているのであればその時は……俺の責任で許可する」
 やや声を低くした玻璃也に二人は顔を見合わせて何をいまさらと云った風に肩を竦めて見せた。
「明らかにヒトを捨てたものが混ざっていたら、それには容赦しないわよ。別に、許可なんて無くてもやるけれど。損な立場ね」
「手加減は苦手なんですよねえ、やれやれ。でもいいですよ。ざんげちゃんにお任せを~」
「……いいわ。異論ないわよ。未だヒトの範疇であるなら、後のことはヒトに対応を任せましょう」
 玻璃也の言葉に二人は頷いて、残夏と耀子は教団幹部達へ、玻璃也は召喚陣に未だ取り残されている要救助者の方へと向かった。
 最後に動いたのはエリシャだ。優雅な足運びで駆ける猟兵達の背を追う。
「あら、出遅れてしまいましたわ。では、私も抑え役を買ってでましょう」
 第二陣が戦闘に割ける人数はエリシャを含めるとこれで五名となる。先の第一陣よりも戦力の増強が成されたのはひとえに第一陣の仕事が当初予定よりも迅速にすすめられたおかげだ。
 もともと居た邪教徒はもういない、要救助者と召喚陣への細工は残すところの工程もわずか。
 新たに増えた邪神教団幹部は幹部というだけあって並みの教団員よりも手厳しい戦いになるだろうが、猟兵五人が奮闘すれば勝てない相手ではないのだ。
「時間も惜しいですし……敵もこちらの戦力にしてしまいましょう」
 エリシャの虹色の色彩を孕む薄桃色の桜の瞳がきらりと闇夜に光る。
 五名は一斉に攻撃を開始した。
 
 切り込み隊長よろしくクロウが敵へ先制攻撃を仕掛けた。飛びかかる様に疾黒の戦闘衣を翻し、敵の視界が真黒く遮断されたところを一閃。大剣で切り落としたのを皮切りにカイがタイミングを合わせて錬成体を呼び出す。
 息の合った攻撃が急に来たことで邪神教団の幹部達は怯んだ。
「斬られたい奴からかかって来やがれ!」
 炎の魔力、水の魔力、風の魔力を一身に纏ったクロウが素早く切り込んだ奥から別の教団の幹部達が切りかかってきたが、すぐさまカイの呼び出した錬成体がその攻撃をはじく。
 甲高い金属音とともに弾き飛ばされ、痺れた幹部の腕にクロウの強烈な回し蹴りが入った。
「敵数が多いです! ご注意を!」
「ンなこたァ分かってる! 問題は第一陣と同じく――」
「視線をこちら側に引き付けて召喚陣に向かう救助班と実行班へ目を向けさせない、ですね?」
「分かってんじゃねェか」
 ニッと白い歯を覗かせて笑うクロウがカイと共に、まるで戦場ではなく部屋で談笑でもするかのように笑いあった。
 抑え役は邪教徒の撃滅、排除のほかに他のメンバーへの陽動として動く目的があるのは第二陣も変わらない。
 増えた敵影とその戦力の高さに注意は今まで以上に必要だが、それに合わせてこちらも人数を増やしているのだ。
 やることは先程の面々と同じ、ならば。ただ我武者羅に無我夢中に戦えばいいのだ。
「私も混ぜてくださいな」
「ありがとうございます、エリシャさん」
「そいつは?」
「ふふ、脅しが効くかと思いまして」
 エリシャの小さな片手に握られているのはスマートフォンだ。かしゃりとシャッターの切られる音と共に闇夜にフラッシュが焚かれる。
 まばゆい光に教団幹部が顔を覆って、すぐに顔を撮られたことに気づく。
 彼らには人間の拉致や銃刀法違反、軽犯罪などやましい気持ちが必ずある。人にバレればただではすまないことをしている彼らが厄介がるのは人類防衛組織のほかに国家権力でもあった。
 それもまた邪神を呼び出せば権力など何でもないという思想に基づく信仰ではあったが、写真を拡散されれば次また巡り来るかもしれない召喚の機会を逸してしまうかもしれない。拡散などされれば尚更の事。
 だが、それ以上に。邪神の御姿を目に見えるものとして残そうとする行為に幹部は血管が切れそうな勢いで怒鳴り散らした。
 かしゃ、かしゃ、と楽しそうにスマートフォンを鳴らす彼女に怒り狂う彼ら。それでもエリシャはにこにこと笑う。
「ふふ、今からこれをネットで拡散しちゃいますわ!」
「邪神の御前で何たる冒涜か!」
「嫌なら捕まえてごらんなさいな……でも私、弱者の首を狩る趣味はありませんから」
 近づいてくる邪神教団の幹部達に大太刀を向ける。桜花模す鍔の墨大太刀は瞬く間に桜吹雪に変わった。
 墨染の刀身は先端からまるでそこに刃など無かったかのように無数の花びらに解けゆく。
 桜吹雪に包まれた何人かがぽやんと目をとろけさせてエリシャを見た。
「あら、あなた達の敵は私たちではなく――あちらですわ。邪魔者は追い払わねばいけませんわね。ほら……いい子ですから、私のお願い聴いてくださるわよね?」
 エリシャの指さす方向に向かって教団幹部は歩み寄る。
 蠱惑的に歪む桜色に。従僕のように、ただただ頷きを返す彼らの様子にカイとクロウは目を丸くした。
「ええと……」
「何やったンだよ」
「同士討ちするように仕向けましたわ」
 敵が多い時は敵同士を戦わせる、集団戦の常套手段。
 それを難なく仕向けた彼女に二人は思わず舌を巻いた。

 所変わって別視点。
 もう片側から追いかけて来た教団幹部を相手取っていた土蜘蛛の構成員は幹部相手に二人だけで渡り合っていた。
「このリボンは土蜘蛛お手製なんです、よく伸びるでしょ〜」
「嗚呼、爆釣ね。やりやすい」
 手当たり次第に召喚陣の外側まで武器で信者を捕縛し、引っ張りあげる戦法を取った残夏はまさしく耀子の言う通り爆釣、入れ食い状態だ。
 連携して耀子が敵の武器を狙って攻撃し、抵抗手段のなくなったものを残夏がからめとる。
 常日頃から仕事を共にする彼女達ならではの連携の取れた動きに幹部達は次第についていけなくなり、簡単に捕まる様になった。
「なるべく気をつけるけれど、最優先は実行班の作業と人質の命よ。手指や足が多少落ちたら御免なさいね」
「危なそうな奴や抵抗する奴は遠慮なく殺しますから、死にたくなけりゃあ大人しくしておいてくださいねえ」
 忠告が聞こえているのかいないのか分からない未だ立ち向かってくる幹部に形だけでも警告をつづけて、それでも耀子と残夏は手を止めない。
 耀子の手によって端から無力化されていく彼らにようやく未だ動ける幹部達の数も減りを見せてきた。
「あら、」
 その中には人外の姿が紛れ込んだ者もいた。邪神に魂を売り渡し、完全に人の道から外れてしまった者。人ならざる者の部位を体内移植された幹部に耀子の瞳が剣呑に光る。
 次の瞬間、異形の腕を持つ邪神幹部は片腕を切り落とされて喚き散らした。傷口から吹き出す緑色の血は次第に赤色の本来の色に戻って、びちびちと跳ねまわる腕を耀子が踏みつける。
「容赦しないって言ったでしょう。大人しくすることね」
「よーこっちやるぅ」
 途中遠くから玻璃也のハラハラとした声が飛んできていたが二人はどこ吹く風だ。
 抑え役五名の活躍で幹部の数がもう片手で数えられるくらいになった頃、耀子は不意に残夏の元を何も言わずに離れると猛然としたスピードで玻璃也の元へ駆け寄った。
「あれぇ、よーこっち? よーこっちってばー」

●救助班
「思ったより生贄候補の数が多いな……混乱が起きないよう、立場を明かして丁寧に誘導しないとまずいか。とにかく任務優先、安全最優先だ」
「最終的には邪神を召喚させない。ないしは万全で呼ばせないこと。これが肝要かな? もう時間もあんまりないしね、人命救助第一で、って事でなるべく迅速にかつ安全に行こう」
 リーオの言葉に玻璃也が頷く。
 十五分を切ったなかで早急に要救助者を移動させる必要がある。混乱こそ起きていないものの、第一陣が運び出した十五名は比較的動ける軽症者が主だった。
 邪神教団幹部の邪魔が入らなければ悠々と重傷者の救助に当たれたがそうも言ってはいられない。
「成人男性を運ぶなら上背のある者も必要だろう」
 クレムが名乗り出れば玻璃也も頷きを返した。男性は幸い彼ら二人ほどの身長があれば一人ずつを簡単に運べそうだ。
「そうだな。負傷した男性への移動懸念はこれで無くなった」
「助かるよ。と言ってもまずは移動できる状態にしないとだね。人質の怪我は俺に任せて」
「俺は治療に向くユーベルコードこそないが、医術は多少心得ている。応急手当くらいはしてやれるだろう」 
「ああ、じゃあ手分けしようか」
 玻璃也が自力で歩ける女性を誘導、リーオが主な男性への治療を、クレムがリーオの治療補助を。
 玻璃也が戻ってきてから足を負傷している男性を移動させる運びとなった。
「向こうが上手く引き付けてくれてるね、俺達も治療に専念できる」
「ああ」
「痛ッ……」
「ごめんね、痛いかもしれないけど、もうちょっとだけ頑張って!」
「う、ぁ……ありがとうございます、助けが来てくれると思っていなかった……」
「大丈夫だ、もう心配ない。必ず助ける」
 巻き込まれた彼らは一般人だ。こんな血生臭い凄惨な場所など馴染みがないのだろう、囲まれ足を傷つけられ、わけのわからない儀式に巻き込まれて死の覚悟すらもきっとしたに違いない。
 リーオとクレムは励ましの言葉をかけ続けながら止血作業に当たった。
「一先ず医療機関へ引き渡せるまでに傷を悪化させない様にするか」
「うん、随分深いところまで傷が入ってるから俺達にできるのは応急処置までだ。今すぐに歩けるようにはならないから運ぶのは変わらないと思う」
「それで充分だ。止血ができればそれでいい」
 残りの男性五名の怪我が粗方消えた頃に玻璃也が一人で場に戻ってくる。
「女性はみな避難させた。先の第一陣と同じ場所で待機させている。UDC組織へ引き渡した」
「お疲れ様! こっちも治療が終わったところ」
「それじゃ運ぶか。往復なら時間内で済ませられる」
「俺はちょっと背的に厳しそうだから二人に頼んでもいい?」
「ああ、今、」
「!」
 クレムが玻璃也の言葉に反応するように顔を上げた。
 首から下げる銀十字がちゃり、と揺れている。玻璃也を見つめながら眉間の皺を深くした。
「どうした?」
「……」
 クレムはそれに答えずにただ玻璃也を睨みつける。否、睨みつけているのは玻璃也ではなかった。
 玻璃也の背後、その向こう側。
 海岸林の夜闇に包まれた黒い黒い先を。
 ぎらりと暗闇で何かが光る。
「赤頭巾さん!」
 危機を察知したリーオの呼びかけに寄生しているUDCらしきものの化身がゆらりと反応した。
 だがそれよりも早く割り込んできたのは残夏の間延びした声。欠伸とともに零れ出たかの如く、危機感を感じさせない彼女の声は、だが危機を意味する言葉を紡ぐ。
「あ、室長危ない〜」
「なんだ残夏、戦闘に集中を――」
 残夏の方へ顔を向けた玻璃也の真後ろで花剣が舞う。テンペスト、花を散らす嵐が戦場に吹きすさぶ。
 間一髪、玻璃也を狙った攻撃を防いだのは耀子だった。続く二撃を彼女が切り捨て、三撃目はリーオの赤頭巾が阻む。四撃目は取り出したクレムの拳銃が撃ち落とした。
「よーこっち流石、反応が素早いですねえ」
 遠くで残夏がひゅう、と口笛を吹く。
 玻璃也を狙ったのは邪神教団幹部の中でも最後尾に居た者達だ。猟兵との戦いに次々倒れゆく幹部達を見て、暗闇に潜みつつ今の今まで手出しできるチャンスをうかがっていたらしい。
 初撃こそ感づくのは難しいが、見えた二撃目以降など取るに足らないもの。耀子はそのまま海岸林に突っ込むと、今しがた彼を狙った幹部を剣で叩き落とす。
「そのまま室長の援護はお願いしましょうかあ。さ、邪魔ァしないでくださいねえ。殺さないだけやさしいんですよお?」
 残夏は完全に護衛を任せるつもりなのか残党に向き直った。
 撃滅するは土蜘蛛の構成員がひとり、黒海堂・残夏。コードネーム・菊理≪アトロポス≫がお相手する。
 竦みあがる幹部達に常と変わらぬ笑顔で、にっこりと愛嬌たっぷりに笑ってみせた。

「室長、早く行って。なるべく道は開けるから、後は頑張って頂戴。背中くらいは守ってあげる」 
「頼むぞ、耀子。やりすぎないように!」
 くれぐれもと念を押せば誰に言ってるのよ、とすげなく返された。
 玻璃也はそれに何を言うでもなくただ口角を上げて、そのまま男性二人をわきに抱える。
「俺は新人で、未熟で、ヘタクソで、加減ができねえんだ! だから……俺に戦わせるなよ、邪教徒ども!」
 腹の底から叫び気合を入れて、一目散に駆け出した玻璃也に。
 成人男性二人を火事場の馬鹿力で持ち上げた彼にクレムとリーオも倣う。
「あそこまで焚きつけられて黙ってるわけにもいかないな。俺も二人一気に運ぶ」
「えへへ、そうだね。ああもう、俺も背がどうとか言ってられないや。赤頭巾さん、力を貸して!」
 玻璃也に嗾けられたクレムが二人、同じく嗾けられたリーオが補助の力を借りながらもう一人を背負って。
 召喚陣からは遂に誰も居なくなる――猟兵達は生贄となっていた一般人全員の救助に成功した。
「にしてもお見事、よく気づいたね」
「リーオ、お前もほぼ同時だっただろう」
「赤頭巾さんが教えてくれたから。さ、早く運んで俺達も戦場に戻ろう!」
「ああ」
 玻璃也の背を追いながらクレムとリーオが後を追う。
 先程玻璃也の戻ってきた時間を逆算して考えると戻れる時刻は零時きっかりになりそうだ。
 幹部の撃滅と強化呪文の取り消しを仲間に託して、クレムとリーオはなるべく早く足を動かした。

●実行班
 残り三分もない。
 刻一刻と召喚の時間が迫る場で、猟兵達がリレーのように繋いだ数々の連携の最後。
 強化呪文の消去の画竜点睛、アンカーの立ち位置になったのはハルカだった。
「はー、オレ暴力とか苦手だからこっちに立候補したけど……まさかここまでお膳立てされてオレが大役担うとはね」
 召喚陣は既に第一陣の猟兵達によって円形を掻き消された状態だ。あとは星型の頂点にあるフートゥ・ヤグの言葉を消してしまえば、晴れてこの作戦は成功となる。
「つーわけで護衛よろしくトヲヤ。ボディガードは頼んだからな」
「……」
 必要最低限しか喋らないもうひとりの自分は頷くでもなく首を横に振るでもなく、無言無反応を貫き通している。
 ハルカはとくに気にした様子もなく鼻歌混じりに召喚陣へ近づいた。
 どくどくと地面が脈動するように波打っている。邪神の目覚めが近いのだろう。
 泥沼の中の様に固形化した空気を、蜂蜜の池を歩くようにかき分けて進む。一歩追うごとに血の匂いは濃くなり、あたりでぱちぱちと火花が弾けた。
「血の匂いとか呻き声はワクワクすっけど。変なトコ消してヤバいこと起こすのにもスゲー心惹かれるけどさぁ」
 ま、怪我したくないじゃん?
 ハルカがじわじわと滲む召喚陣へ向かって話しかける。今にも起き上がりそうな邪神に向かって、そうっと諭すように語り掛けた。
「長生きの秘訣は謙虚だよ、謙虚。こういう派手なことすっからオレらに見つかっちゃうんだぜ」
 問いかけても目覚めまであと一歩、眠ったままの邪神は答えない。
 なあ、とハルカは一度言葉を切ると召喚陣から目を離して遠くを見た。
 残りの邪神教団幹部がハルカの立ち位置から何をしようとしているのかを察知して叫ぶ。
「お前まさかフートゥ・ヤグ様の言葉を……!?」
「なあ、そう思うだろ?」
「止め――」
 お前もさ、とトヲヤが星型陣形を踏みつけようとすればトヲヤが初めて反応した。違う。口元が動く。
「分かってるって。消す場所が違うんだろ。そんな怒りなさんな」
 ハルカが好奇心からわざと踏み外そうとした場所を見咎めた彼に笑いかける。
 邪神教団幹部が何事かを叫びながら二人に迫っていた。
 トヲヤがそのまま、ハルカに攻撃を加えようとする邪神教団幹部から庇うように立つ。護衛という言葉を忠実に守っているらしい。
 だが邪神教団幹部の凶刃がトヲヤとハルカに届く寸前、カイとクロウがその行く手を阻んだ。
 喉元に突き付けられたクロウの武器の切っ先に幹部が一歩下がる。
「お前らの野望なんざ、この俺が全部砕いてやンよ。手出し出来ると思わないこったな」
「クロウさん眼鏡は?」
「知らね。ンなもんどっか行ったわ」
 戦闘中に吹き飛んだ伊達眼鏡はどこぞへと消え失せたが暗闇で探す手段はない。
 後ずさった幹部にカイが後頭部から錬成体で攻撃を加えて昏倒させる。ばたりと倒れ伏した先、エリシャが後方でくすくすと笑っていた。
「あら、じゃあ後で眼鏡を探しませんと。幹部はその御仁で最後ですわね」
「そうなのか。そんじゃ、幹部もこれで全員無力化できたんだな。生贄もみんな無事に運び出されたみたいだし」
 あんまりお待たせするのも悪いかー、とハルカがそのまま足を動かして星型の頂点――死を削ぐものの名を踏み躙って掻き消す。
 砂に、土に、塗り潰された名が誰の目にも見えぬよう。隠された瞬間に。
 かちり、かちりと短針と長針がぴったり合わさって。

 時刻は零時になった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『『死を削ぐもの』フートゥ・ヤグ』

POW   :    彼の邪神は不敬を嫌う
【フートゥ=ヤグに敵意 】を向けた対象に、【存在の『格』の差による重圧】でダメージを与える。命中率が高い。
SPD   :    彼の邪神は従属を赦す
【恐怖や忌避など、死に対するなんらかの 】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【姿形が曖昧なフートゥ=ヤグの信奉者】から、高命中力の【フートゥ=ヤグに従属するよう唆す言葉】を飛ばす。
WIZ   :    彼の邪神は飽食を好む
戦闘中に食べた【存在の『格』 】の量と質に応じて【フートゥ=ヤグの存在が増し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はグルクトゥラ・ウォータンクです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●その邪神、邪悪につき
 いずれ邪神の目を覚ます者達へ。そうメラルヒニトは書き残した。

 彼の邪神は不敬を嫌う。
 彼の邪神は従属を赦す。
 彼の邪神は飽食を好む。

 空気が震え、召喚陣の土がずるずると解け落ちていく。
 落ちていく、落ちていく、一体どこへ落ちるのか。
 奈落の底のように開いた穴へだ。
 平地に書かれたはずの召喚陣は急激に陥没し、熱したフライパンに落としたバターのかたまりのように土がとろけおちていく。
 猟兵達が慌てて召喚陣の上から退けば、召喚陣の淵を巨大な生き物の手が掴んだ。
 赤黒く染まった三つ指が地面を掴み、召喚陣が書かれていた直径二十二メートルの穴からこの世の生き物の大きさのどれとも当てはまらない動物の骨がゆっくりと覗いた。
 赤い瞳の奥で黒い瞳孔が動いて、猟兵達を見つけると、嗜虐に歪む。
 だくだくと流れ出る、噎せ返るような濃い血の匂いが海岸林じゅうに広がった。

「其方が我を起こした者か」

 答えよ、人間。
 囁くように、呟くように、あるいは頭に直接響くように。
 微睡みと共に問われた猟兵達の全身に怖気が走る。
 邪神、死を削ぐものフートゥ・ヤグはのっそりと身体を起こして、ついにこの世に顕現した。
霑国・永一
【SPD】
おはよう邪神。そしておやすみだ。人間には二度寝というだらしない習慣持ってるのも居てね、君も試すといい。今度は永遠に目覚めないよう…『――俺様が手伝ってやるよッ!』

真の姿で完全に戦闘狂人格に肉体譲渡したうえでの狂気の戦鬼を発動。
【ダッシュ】【見切り】【フェイント】を駆使しつつ高速移動で敵の死角に常に回り、【早業】で撃ち出す衝撃波で只管に攻撃を続ける

戦闘狂人格では自分が死ぬと思ってないし、恐れるどころか楽しんでる。寧ろ相手に死を与える側だと思って疑わない
従属の言葉も「うるせぇよ!対話なんぞ肉体言語でしろ!」である

『ハハハハッ!愉しくて仕方ねぇなァ!救助で焦れた俺様へのご褒美ってわけだ!』


ロバート・ブレイズ
「在り来たりな邪神が欲在る戯れを。私も混ぜ給え。冒涜王たる俺を招き給え。真逆、貴様は俺の名前を『知らぬ』と吐くのか。我こそが這い寄る――聞き取れたか。何方でも良いな。我々が千通りなのだ」
闇堕ち発動
自身の肉体を『膨張する心臓模様』『流動する七色の触腕』『漆黒の毒』で侵蝕する。対象の攻撃を喰らう前に触腕(トラウマ)を叩き憑け、即効性の有る毒で融かす。
毒で装甲を破ると同時に鉄塊剣を構え、脆い部位を破壊しよう。可能ならば其処に地獄の炎を注ぎ込み追撃
苦戦する際は嘲笑を。逃げ足は速いのだ
「早過ぎた召喚だったのだ。貴様等邪神は総じて脆い。貴様等邪神は総じて滑稽。私と似たような存在は忘却されるべきだったのだ」


隣・人
「ずるいですよ。何ですか。隣人ちゃん無視して楽しそうな事しないでくださいよ。邪神ですか。ぶっ殺しましょうそうしましょう。ところでロバートさんは何処ですかね。まあ。隣人ちゃんだけで十分でしょう。連携しなくても問題ありません!」
撲殺します
召喚した回転椅子から殺気を放ち、邪神が此方に『注目』する瞬間に飛び掛かる。命中しても命中しなくても『時間を稼ぐ』為に挑発する。他の猟兵が攻撃し易いように立ち回り(文字通りくるくる)嘲笑しましょう。
「因みに隣人ちゃんはアナタのような愚か物に興味はありませんよ。何せ殺すなら人間の方が愉快ですからね。おおっと。これは秘密でした」
苦戦した際は回転椅子で遊び過ぎたのでしょう


千草利・機斗
起きたところ申し訳ありませんが
もう一度眠っていただきますよ
……さっさと無に還れ、外道が

【POW】
前衛で攻撃体勢に入ります
しかし無意味に突撃することはせず、【戦闘知識】で場の状況を的確に把握したいと思います
相手の懐に飛び込み、【怪力】を乗せた【狩り】で攻撃を行いましょう
【2回攻撃】が叶えば【バンカーの運命】で追攻撃をします
相手の攻撃が来そうだと把握した場合は無理に攻撃を続けること無く
バックステップでその場から退避します
ヒット・アンド・アウェイを繰り返して、着実にダメージを稼ぎましょう

お前の意志はここで潰える
二度と現世に介入するな


比良坂・美鶴
ふぅん…これが死を削ぐもの

折角お目覚めの所申し訳ないけれど
御呼びでないの
もう一度眠ってもらうわ?

他の猟兵がある程度出た後、時間差で飛び出すわ
あまり近づきすぎないように

叩く頭数は多い方が良い…というわけで
形代に念を込めて『リザレクト・オブビリオン』
破魔の力を与え死霊たちに殴らせるわ

穴から這い出ているなら…
手を叩けば穴に戻ってくれるかしら?

邪神の攻撃が飛んできたら
避けられないものは衝撃波で弾き
稼いだ時間で攻撃の範囲外へ逃げるわ

当たらなければどうということはない
そうでしょう?
ほら、アタシばっかりに構ってる暇ないわよ

(それでもどうしても攻撃を受けるなら
呪詛耐性で耐えて即座にカウンター)



●リザレクト・オブリビオン
 地球に狂気をもたらす異形の神々。
 彼らの名はオブリビオン。過去より現れ、未来を喰らうもの。
 
 骸の海に捨てられた筈の過去が、何らかの異常で元の世界に染み出し流れ込む。
 それらが受肉した、失われし過去の化身。
 死を削ぐものフートゥ・ヤグも例外なく骸の海よりもたらされた残滓を基にしてこの世に顕現した。
 オブリビオンは過去の怪物だ。倒してもいずれ別の過去を元に蘇る可能性が残っている。
 宿敵の時の因果を断ち切れるのは、因果を持つ猟兵ただ一人。
 完全に滅ぼすことができる、現時点で判明している撃滅方法はそれしかない。
 
 次にまた生まれ出でる時が来るまでの時間稼ぎに過ぎなかったとしても。
 では今この時、再びの顕現をまた海へ送り返すために必要な力は。
 何十回でも何百回でも何千回でも何万回でも、何度でも叩きのめせばいいと、誰かが言った。

●何度でも何度でも
「ふぅん……これが死を削ぐもの。基になった残滓が強かったのかしら、一度や二度でどうにかなりそうにないわね」
 美鶴が見上げた先、猟兵達の身長をはるかに凌ぐほどの巨体がぐらぐら煮立つように蠢いている。
 猟兵のうち何人かはすぐに直感した。この場で即時復活するほどの力を持つ強大な敵だ。たった一度の撃滅で素直に骸の海に帰る様なことはないだろう。少なくとも数度は命を刈り取る必要がある。
「さて、どうしましょうか」
「起きたらのならまた眠って貰えばいい。おはよう邪神。そしておやすみだ」
 永一が邪神の姿に臆することもなく眼鏡越しにその姿をまじまじと見つめた。
 起きたばかりの邪神は召喚陣によって開けられた大穴から呑気にこちらを眺めるばかりだ。
「人間には二度寝というだらしない習慣持ってるのも居てね、君も試すといい」
「不要。永き眠りも飽いた頃だ」
「まあまあそう言わずに。今度は永遠に目覚めないよう……――俺様が手伝ってやるよッ!」
 言いながら、言葉の途中で永一の人格が切り替わる。
 多重人格の肉体譲渡は個人差はあれど、永一の切り替えは比較的容易に行えるものだった。
 先の救出時の時にも浮上した好戦的な性格のもう一人――戦闘狂の彼。
 首輪を外された猛犬が如く、うずうずとたまらず駆け出したくなるのを我慢せずに。
 溜まりに溜まったフラストレーションを原動力にして駆け出したそのままの一歩で、永一は瞬時にフートゥ・ヤグの元へ辿り着く。
 身構えた邪神に、しかし彼は足を止めず地を蹴ってフートゥ・ヤグの視界から掻き消えた。
「図体がデカいだけあってノロマだな!」
「ほう、これは……」
「ハハハハッ! 愉しくて仕方ねぇなァ! 救助で焦れた俺様へのご褒美ってわけだ!」
 高速移動で敵の死角に常に回りこんだ永一がそのまま攻撃に移る。
 否、攻撃は彼が動き出した時点ですでに始まっていた。
 目にもとまらぬ速さで動く永一の周囲の風が巻き込まれて衝撃波を生み出しているのだ。
 主に戦闘機などの超音速飛行により発生する衝撃波が生む、轟くような大音響をソニックブームと呼ぶが、今の彼はさながら地を擦る低空を飛ぶ軍用機だった。
 轟々と五月蠅いそれに身体を切り刻まれるのも厭わずに邪神はただただその動きを傷と共に負った。
 目では追いつけない、捕らえられない。
 負った傷の向きと方向から察知するしか永一の動きは把握できない。
 召喚陣の淵を掴んでいた三つ指がそうっと持ち上がって、彼が次に来るであろう位置……首の根本へ回された。
 一度目を見切った彼にもう片手が同じように沿わされる。
 ばちりと音を立てて血塗れた手が永一をついに捕らえた。
「煩い羽虫だ。確かに素早いが、予測し掴まえてやれば良いだけのこと。我に従属せよ、大いに赦す」
「うるせぇ」
 だが、そんなフートゥ・ヤグの言葉に永一は耳を傾けなどしなかった。
 邪神の手のひらの上、そのまま潰される可能性すらあるというのに。
 戦闘狂人格では自分が死ぬなどと欠片も思っていない。死を恐れるどころかこの一連の戦闘を楽しんでいる。
 寧ろ相手に死を与える側だと思って疑わない。
 従属させるにはまず相手に恐怖や忌避など、死に対するなんらかの感情を与えなければならないが。フートゥ・ヤグは永一に恐怖や忌避を感じさせられず信奉者を召喚することに失敗したようだ。
「恐れが効かぬか。ならばこのまま手折るまで」
「うるせぇよ! 対話なんぞ肉体言語でしろ!」
 ギシ、と永一を握る手に力が込められてなお永一は不敵な笑みを隠さずに、そのまま一瞬の隙を突いて拘束を解除する。
 眼前に迫る地面、フートゥ・ヤグの首の前を落下しながら再加速し、もう一度衝撃波を放てば。
 反撃など来ると予想していなかったのだろう、フートゥ・ヤグの身体はそのままスパりと綺麗に割れた。
 ぐじゃ、と水気交じりの音と共に邪神の身体が沈む。
 だが次の瞬間、ボコボコと赤黒い液体は泡立ちながら再びフートゥ・ヤグが顕現した。
「不敬だぞ、人間」
「そうこなくちゃなァ!」
 これで終わりなんて、つれないことを言ってくれるなと永一が叫ぶ。
 あと何度切り刻めば、かの邪神は再び眠りにつくだろうか。

●コップ一杯の
「我を再び眠らせようとするか。まだ朝ではないか」
「折角お目覚めの所申し訳ないけれど……御呼びでないの。もう一度眠ってもらうわ?」
 永一が退いてから美鶴が即時次の攻撃を仕掛ける。
 あまり近づきすぎないように美鶴は距離を置きながら、形代に念を込めて頭数を増やした。
 死霊騎士と死霊蛇竜が美鶴の傍に寄り添うように召喚される。
 目の前の邪神がされたのと同じように、海から汲み上げたオブリビオンだった者達――リザレクトされた騎士と蛇竜はそのままフートゥ・ヤグへ襲い掛かる。
 破魔の力を与えられた死霊達はフートゥ・ヤグの召喚陣を掴む手を目指した。
 半身、足の部分はまだ召喚陣の中に沈み込んでいる。
 召喚陣の大穴がどこへ繋がっているかなど考えたくはないが、おおよそこの世ならざる場所と現世をつなぐ異界の穴のようなものだ。
 穴であって穴ではない、言わば門。それをを未だ支えるようにして掴んでいるのならば、手を滑らせてあちらの世界に落ちてくれやしないだろうか。
 死霊騎士は左手に斬りかかり、死霊蛇竜は右手に噛みついた。
 両手が地面から離れてずぶずぶと沈み込む。
 首元まで埋まったところで死霊騎士が飛びかかり、ざっくりと額に剣を突き立てた。動物らしき骨に罅が走る。
 バキバキと乾いた音を立てて邪神が解け落ちて――次の瞬間、再度顕現する。
 その瞬間を見逃さずに美鶴の指示が飛んだ。
「行って頂戴」
 心得たとばかりに今度は死霊蛇竜が襲い掛かり頭蓋を食い破る。
 手数を増やし効果的な場所を狙ったおかげで、撃破数を一人で二回と一気に稼いだ美鶴は、佇みながらその様子を観察した。
 死霊騎士と死霊蛇竜の召喚中は動けなくなるが、十分な距離を取ったおかげでフートゥ・ヤグの直接的な攻撃の届く距離は僅かに足りない。美鶴の立ち位置では射程範囲外だ。
「煩わしい」
「駒を動かされるのはお嫌いかしら」
「その在り方が気に食わぬと言っているのだ」
 フートゥ・ヤグが機嫌を損ねて死霊騎士と死霊蛇竜をまとめて掴んだ。食べようとしている。
 食べた存在の格の量と質に応じて戦闘能力の向上を狙っているのだ。
「食べさせるわけがないでしょう」
「朝食も満足に取らせぬとは……人の子も随分と無礼になったな」
 口に入る直前に美鶴が召喚していた死霊騎士と死霊蛇竜をすぐに消してしまう。大口を開けて飲み込もうとしていた手から餌が消えたことに気づいた邪神は不満そうに美鶴を睨んだ。
 苛立ち交じりに召喚陣近くの土を削り取って呪詛を交えながら土塊を投げ飛ばす。
 それを難なく軽やかに避けると、美鶴は後方に目を遣ってそっと微笑んだ。
 後に続く猟兵達がまだいるのだ。
「当たらなければどうということはない、そうでしょう? ほら、アタシばっかりに構ってる暇ないわよ」
 後ろが閊えているのだから早くなさいと言い、美鶴は一歩引いてあとを次の猟兵達に託した。
「……嗚呼、それにしても。本当に嫌な匂いね」
 喉が干からびた砂漠の様に渇く。
 血の匂いがじっとりと戦場を渦巻き、その濃さを増していく。
 嗚呼、嗚呼。
 喉が渇いた。何か水を。飲み物を。コップ一杯でも構わないのに。
 教本解読の際に共に当たった猟兵に差し出したそれを思い出しながら、彼がごくごくと喉を潤していたのを思い出して。
 少しだけ羨ましそうに美鶴は目を伏せた。

●二連撃
「何度も寝て起きてを繰り返したところ申し訳ありませんが。もう一度眠っていただきますよ……さっさと無に還れ、外道が」
 吐き捨てるように機斗がそう言えば、邪神はその言葉に不敬であると彼女と同じように返した。
 前衛で攻撃体勢に入った機斗はすぐに攻撃はせずにまず辺りを見渡して状況整理に入った。
 突撃ではいつ掴まれるやもわからない、近づけば近づくほどその分危険性が増すことは先の二人の戦闘で確認済みだ。
 相手の懐に飛び込む位置、タイミング、それらを推し量らねばらない。
 機斗の赤い瞳がじとりと己を見ていることに気づいたのかフートゥ・ヤグは目をすぼめた。
「不躾な目で許可なく此方を見るな」
「……」
 機斗はそれに何も答えずに眉を上げて冷めた顔で邪神を見続ける。止める様な素振りは見せなかった。
 邪神の言葉など聞き及ぶ価値すらないと切り捨てて、邪神に対しても強気な姿勢を崩さない凛々しい立ち姿。それをフートゥ・ヤグは敵意と見なす。
 強大な存在の格の差を見せつけ、重圧によるダメージを与えんと動き出した邪神は機斗へその両手を伸ばした。
 同時に機斗の黒髪がしゃらりと風に揺れる。
 引っ張られるようにして動き出した機斗は手をかいくぐって懐に潜り込んだ。途中肩に掠った爪先による怪我など気にならないのかスピードを殺さずに一気に首元へと近づいて。
 怪力による力任せのそれは、しかし鮮烈に痛烈に。計算された喉へと辿り着く。
 握りしめた拳を振りかぶって一発、さらに一発。叩きこむようにして二連撃。
 ぐらりと小さな体から放たれた攻撃で邪神の巨体がぐらりと凪いだ。
 顎へもろに入った拳はその身体のどこから発されたのかと疑ってしまいそうなほどに、機斗のそれは見事なアッパーカットになる。
 これがボクシングの試合であれば一発KOしているところだったが、空中でひらりと一回転した機斗が着地するまでには、再びボコボコと地面が沸いていた。
 身体を先に顕現させる前に腕だけ伸ばしてきたらしいフートゥ・ヤグのそれを避けるべくバックステップでその場から僅かに身を引く。
 すぐ先程まで立っていた場所を邪神の腕がさらうようにして空を掴んだ。
「見事、見事。食うに値する人間だ」
「食う? 笑わせるな、お前の意志はここで潰える。二度と現世に介入するな」
 ヒット・アンド・アウェイ、フットワークを駆使して接近して打ってすぐ離れてはまた接近して。
 何度でも蘇るフートゥ・ヤグと踊る様に攻撃を繰り返す。
 幾分かダメージが溜まったところで二度目の強烈なパンチを食らわせてやると、再び巨体が沈みこんでぐらぐらと揺れた。
 もう潮時だろう、これ以上は相手の反撃を食らう可能性がある。
 次の猟兵に交代すると、機斗は今しがた邪神を殴りつけた己の拳を見た。ぶよぶよとしていて、骨を殴ったような感触も確かにあったというのに肉や筋繊維がぶつかり合ったのとはまた違う、ゴムのような不快なそれを。
 手応えとしては申し分ないが気持ちが悪いのに変わりはない。
 軽く手を払って機斗はまだ応戦する猟兵達の手助けをしようと少し休んでから再び戦場へ舞い戻った。

●這いよる混沌
 次に出てきた猟兵の姿に、邪神フートゥ・ヤグは。死を削ぐものは、少しだけ硬直した。
 そして目の前の存在に問う。奇しくも問いかけは彼が救助に当たっていた時に男性が零した言葉と同じ意味合いを含んでいた。
 彼はあの問いになんと答えたか。
「其方は人か、或いは此方側の者か」
「貴様は俺の名前を『知らぬ』と吐くのか。我こそが這い寄る――」
「……?」
 塗り潰された黒インクのように聞き取ることができない名を、しかしロバートは確かに発している。
 フートゥ・ヤグはその言葉を、耳には届いているのに理解に至ることはできなかった。
「何と申した、人間」
「聞き取れたか。何方でも良いな。我々が千通りなのだ。嗚呼、在り来たりな邪神が欲在る戯れを。私も混ぜ給え。冒涜王たる俺を招き給え」
 今宵の宴に自分も混ぜろと宣う彼にフートゥ・ヤグは僅かに目を見張る。
 この男、楽しんでいる。この邪神の儀式にどちらかといえば忌避を覚えそうなものを、馴染み深げに親しんでいるのだ。
「他の人間とは違う様子。であるならば其方もまた我が食うに相応しい」
「大いに結構。俺もまた貴様を喰おう。愉悦。恍惚。冒涜。至極――憶する事在らず、総てに大いなる否を宣告せよ」
 まるで会話の応酬は親しき友のように。
 フートゥ・ヤグと言葉を交わしながらロバートは自身の肉体を変容させる。
 真の姿をどこかの誰かは闇堕ちと言った。遠い世界、ともすれば三十六のあるうちひとつにもしかしたらそれはあったのかもしれない。
 闇に覆われた中を、闇をその身に宿して戦う者達の世界が、こことはまた別の場所で。
 己の闇を恐れよ。されど恐れるな、その力。
 ロバートの肉体は膨張する心臓模様、流動する七色の触腕、漆黒の毒で侵蝕される。三種の人外を身に纏い、ロバートが邪神と共に遊戯に洒落こもうとしたところで待ったをかける人物がいた。
「ずるいですよ。何ですか。隣人ちゃん無視して楽しそうな事しないでくださいよ」
 隣・人(f13161)がふわりとスカートをはためかせて降りてくる。
「邪魔立てか? 我は今この男と遊びたくて仕方がないのだ」
「お気になさらず、邪魔立てする気は毛頭ありません! 隣人ちゃんはただの、いつもクスクス猟兵さんのとなりで回るメイドさんです」
 フートゥ・ヤグが彼女を見遣れば人は――いいや、隣人は。隣にいるだけだと恭しく一礼してみせた。
 撃滅対象に対して微笑みかけながら、次の瞬間彼女の口を突いて出た言葉は物騒のそれだ。
「邪神ですか。ぶっ殺しましょうそうしましょう! ところでロバートさんは何処ですかね」
 まあ隣人ちゃんだけで十分でしょう、と言いながら隣人の視線は隣にいるロバートに向けられる。
 その姿は今や元のそれとは判別できるか難しいところではあったが、隣人はそれを知ってか知らずかまるで気にせず、彼の隣にそのまま並んだ。
 フートゥ・ヤグは嗜虐に顔を歪めて二人に襲い掛かる。
 伸ばしたのは右手を彼に、左手を彼女に。
 ロバートは攻撃を喰らう前に触腕を叩き付けて、精神的外傷と共に馴染ませる。そのまま即効性の有る毒で融かしこみ、腕の皮膚を焼いて鉄塊剣でやわくなった肌をなぞってやった。
 自身も毒で侵されながら尚、ロバートの攻撃は怯まない。
 そんな彼に対して隣人の行動は触発と煽動だ。回転椅子を召喚すると邪神の眼をロバートから離してこちら側に向かせる。
 左手で舞う彼女に視線をとられた瞬間に、右手を鉄塊剣がざっくりと刺した。
 他の猟兵が攻撃し易くなるようにと挑発の意味も含めたそれにまんまと引っ掛かったのだ。くるくるくるくると、オルゴールのメロディーとともに廻るバレリーナ人形が如く。
 回りながら嘲笑して隣人は左手へと回転椅子を叩きつける。
「してやられたな」
「はい、それはもうしてやりましたよ。因みに隣人ちゃんはアナタのような愚か物に興味はありませんよ。何せ殺すなら人間の方が愉快ですからね。おおっと。これは秘密でした」
 いけないいけない、と舌を出して隣人はコツリと頭を叩く。
 遊ぶなら是非あちらにて、と指さす先にはロバートがいた。
 貫いた腕の先、鉄塊剣の切っ先から生まれた炎が邪神の肌を焼いている。
 熱された血が弾けて落ちるばちばちという音がそこかしこから聞こえた。
 ぐじゃぐじゃとその攻撃と共に邪神の姿が霞んで、溶けて。
 召喚陣へ液体となって零れ落ちると再びボコボコと湧き上がってくる。撃破数はこれで重なった。
「早過ぎた召喚だったのだ。貴様等邪神は総じて脆い。貴様等邪神は総じて滑稽。私と似たような存在は忘却されるべきだったのだ」
「嗚呼、そうか。其方は――……」
 フートゥ・ヤグが彼の名を紡ぐその前に。
 ロバートと隣人は揃って引くと、次の猟兵へとその立ち位置を譲った。
 
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

庚・鞠緒
やっと決着だ、その暗い穴ン中に戻してやるよ
こちとらその臭ェ血の匂いにゃ慣れてンだ…不本意だけどな

格の差だとか知ったことかよ
むしろウチらにヤられてテメェは格下に堕ちんだよ、道端のクソ以下によ
って感じで圧に対しては【恫喝】してやり返してやる
気合で負けてたら邪神退治なんてできやしねェんだ

ウチが出来ることはとにかく突っ込んで、鉤爪の【2回攻撃】で斬りつけまくる
斬って、刺して、それでダメージが通るなら【傷口をえぐる】
生贄にされたヤツらの気持ちをちったァ味わえ
「Hate Crew Deathroll」で内臓は…あンのか?
じゃァ狙うならその目ン玉だな
右手突っ込んで、中身エグり出してやるぜ


九重・咲幸
間に合っ、た?
間に合わなかった?
どちらにせよ顕現してしまったなら、戦う他ない……

戦うのは本当は苦手
痛くて怖くて好きじゃない
でも見ぬ振りできるわけないし
もっと恐ろしいこ とになる前に、ここで倒すしかない
それとも再封印する方法って、あるのかな…

あれは言葉で心を呪い、魂を削ぐものだ
できる限り呪いに抗して、破魔の力で祓いましょう
前に立つ人が一番辛いはずだから
一陣の力を借りて、傷を癒して、削がれた心を鼓舞しよう
それが私にできることだ

大丈夫? 私の声聞こえますか?
きっと大丈夫
なんとかしましょう、だってみんなもいるんだから
怖いけど、でも私まだ負けてないよ

勇気と知恵で悪い神様を倒すなんて
なんだかおとぎ話みたい


黒木・摩那
ついにフートゥ・ヤグが出てきました。
降臨してすぐに人語を話すとか、さずかは邪神教団が手間暇かけて呼び出しただけはあります。
紋様が妨害されずに出てきたら、いったいどれだけの力があったか、
想像もできませんが、そちらは成功できて本当に良かったです。

あとはこの歓迎されざる神を元の世界へ返すだけ。
全力を出します。

UC【偃月招雷】でルーンソードに帯電して切りに行きます。

ただ魔法陣はフートゥ・ヤグの縄張りです。
なので、そこから邪神が出たくなるように仕向けます。

邪神は侮辱が嫌いのようなので、
【念動力】で周囲の石を浮かべてぶつけてみます。

相手の注意もそれるし、挑発できるしで、両得狙います。


花咲・まい
【POW】
邪神は初めて見ましたが、確かに名の通り邪悪な気を感じますです。
邪神の血って、どんな味がするのでしょうか?

ともあれ、大将首です。
狩らない訳にはいきませんですね。
私たちが起こしたわけではありませんですが、この状況を鑑みれば私たちが起こしたと言っても良いのかもですし。

私は【悪鬼礼賛】を使って戦いますです。
得体の知れないものだって、加々知丸くんで斬ってしまえばぜーんぶ分かりますですから!
……不敬?いいえ、違いますですよ。戦うからには敬意をもって、頭を勝ち取らせていただきますです。
さあ、いざや参りましょう!

*アドリブ、連携はご自由に
*使用技能:生命力吸収、呪詛耐性、見切り、捨て身の一撃など


遙々・ハルカ
うわ、ウケる
オレさすがにこれは無理だわ
任せた――

》人格交代
》金眸から銀眸へ

……
無闇にでかいな
指くらいはへし折れるかもしれんが
関節だの人間技では効果は薄そうだ

武装のアサルトライフルを使用
心配するな、この銃はちゃんと特別製だ
勿論、弾も
貴様のような者をこそ殺す為のものだ、喜べ
味方の攻撃を利用しつ、だまし討ち等を活用

成る程鈍間そうだと思えば、厄介な攻撃方法だな
回避に割く体力が勿体無い程
……クソでかい身体なら登りやすかろう
頭か肩へ登れるのならば
お前の眼、射的ゲームの的によく似ている
零距離射撃でも喰らえ

おかわりだ
――汚泥汚辱のアンガロス
命中の方を考える
銃の弾はこの泥で造った
つまり
お前も崩れて落ちるがいい


リーオ・ヘクスマキナ
【アレンジ、共闘歓迎】
【POW】

戦闘に紛れて、公園の地形を【迷彩】代わりに使って【目立たない】ようにしつつ、切り札の準備をするよ。
要救助者はすでに助けきった。なら、コイツを使うことに躊躇はない……!

初弾のビーコン弾は【スナイパー】としての腕前で。重圧は【激痛、呪詛耐性】で耐えつつ、【勇気】で以て跳ね除けてみせる!

……頭が、重い。
周囲の音が遠い。
吐き気も酷いなぁ……ウグェッ。
けど、赤頭巾さんの魔力を俺を仲介して弾丸へ充填するのは終わった。
誘導用ライフリング術式も、構築完了。

なら、後は何時も通りに撃って、〆るだけだ。

悲劇を繰り返させない為に。
誰かの涙を、止める為に!

「……邪神、撃(討)つべし!!」



●目覚めの時
「間に合っ、た? 間に合わなかった?」
「強化呪文の取り消しは上手くいったと思われます、ですが……」
「どちらにせよ顕現してしまったなら、戦う他ない――」
 咲幸と摩那が言葉と共に邪神を見上げる。
 召喚した時に身体のあちこちから浮かせていた湯気もすっかり冷めていた。
 朝に弱いのか動きが緩慢だった寝起きの邪神も今やだんだんと本来の速さを取り戻しつつある。
「そう急くな、人間」
「言葉を……」
「降臨してすぐに人語を話すなんて、流石は邪神教団が手間暇かけて呼び出しただけはあります」
 紋様が妨害されずに出てきたら、いったいどれだけの力があったか。
 摩那が思わず零した安堵の言葉に猟兵達の何人かが頷く。
 これ以上の凶悪な顕現など猟兵の手に負えず、ただではすまなかっただろう。
 だが力を合わせて強化呪文の取り消しを行えた今ならば、好機。
「強化された姿は想像もできませんが、そちらは成功できて本当に良かったです」
「そうですね。あとはこの邪神を倒せれば……なんとかしましょう、だってみんなもいるんだから」
「はい、皆さんもついてます。あとはこの歓迎されざる神を元の世界へ返すだけ」
 摩那と咲幸は頷きあって邪神に向かって構えた。
 摩那が帯電させたルーンソードを持って前へ。
 咲幸が傷を癒す後方支援にあたる為に後ろへ。
 一直線につながる様にして彼女達二人が並ぶ。
「行けますか?」
「大丈夫です」
 短く答えた言葉に、しかし咲幸の中の小さな不安が声を上げた。
 戦うのは本当は苦手。
 痛くて怖くて好きじゃない。
 行けない、大丈夫じゃない。嫌だ。
 だがそれを咲幸は子供を説き伏せるような優しい言葉で己に言い聞かせる。
 自分の中で産声を上げた不安へ諭した。
「でも見て見ぬ振りできるわけないし、もっと恐ろしいことになる前に。ここで倒すしかない」
 繰り返せば、不思議と不安の種は萎んで消えていく。
 今はただ目の前の敵に集中を。そうして邪神と向き合えば、もう不安など咲幸の心のどこにもなかった。
「あれは言葉で心を呪い、魂を削ぐものだ。できる限り呪いに抗して、破魔の力で祓いましょう」
 回復はお任せくださいと後ろから聞こえた言葉に摩那はくすりと笑って、そのまま後ろは振り返らずに背中を預けた。
「それでは参ります。ウロボロス起動……励起。昇圧、集束を確認……帯電完了」
 ばちり、と手元で青白い電気が跳ねる音がした。
 誰かの拍手のような、賞賛のようなそれに。ぱちぱちと乾いた小気味良い音が次々に生まれる。
 摩那がくるりと魔法剣――緋月絢爛を翻せば、真夜中の海岸林に光と電気が弾けた。
 ほんの少し揺らめかせるだけでくるくると、くるくると。万華鏡のように刀身のルーン文字が映り変わる。
 工芸品とも見間違う美しさに邪神はほうと息をついた。
「人間、面白いものを持っている。それを此方へ寄越せ」
「邪神に褒められるとは……ですがお生憎。差し上げるわけにはいきません」
 代わりに傷を差し上げましょう、言うや否や摩那が飛び出して邪神に斬りかかった。
 電光石火の如く猛スピードで駆けだし、勢いのままに放たれた一撃は邪神の手をそのまま焼き焦がすほどの威力を纏っていた。
「魔法陣はフートゥ・ヤグの縄張り……邪神が出たくなるように仕向けます」
「分かりました、お気を付けて!」
 摩那が相手を挑発するためにそこら中に落ちている石を念動力で持ち上げる。
 邪神めがけて一斉に投げかけた石礫はぱらぱらと音を立てていくつかが邪神の身体に当たった。
「我に向かって無作法な。石を投げるとは何事か」
「敬意を欠いた言動はお嫌いなのでしょう」
 その言葉に邪神は初めて召喚陣に足をかけて大穴から這い出てきた。
 地上に鯨と同等の大きさの生物がいるならばこんな風だったのだろう。
 怪獣映画であればスケールが小さいだろうが、それでも邪神の大きさはUDCアースの地上生物で最大の大きさだ。思わずどうやってこの体躯を地上で、自重を維持しているなどと考えて。詮無きことだと二人は首を横に振る。
 邪神という存在はこの世の理屈で考えられないものだ。
「出てきてくれましたね」
 立ち上がったところをすぐさま膝をつかせる。
 摩那はフートゥ・ヤグの両脚に切りかかって電気を帯びたルーンソードを素早く当てた。
 びくりと身体の跳ねた邪神に効いていると思ったのもつかの間、すぐに伸びてきた両手に身体を掴まれた。
「くっ、」
「この我に臆さず怯まず一人立ち向かうその胆力、其方も食うに値する」
 がっちりと両手で掴まれてしまっては抜け出す方法もない。
 玩具の様に握りこまれ、ぎしぎしと摩那の身体が軋む、その時。
「大丈夫? 私の声聞こえますか? ――……きっと大丈夫」
 まだ怖いけど、でも私まだ負けてないよ。私達はまだ、負けていません。
 召喚した咲幸の式鬼が香炉に吐息をかければ、ゆらりと舞った煙が摩那を包む。
 軋む身体の痛みはたちまち消え失せて、摩那の両腕は力を取り戻した。
「八色束ねて統べるは九重<一陣>。さあ行ってください!」
 その言葉に摩那は両腕ごと邪神フートゥ・ヤグの腕を切り落とし、そのまま首を刈った。
 ごぽりと音を立てて再び邪神が顕現する。何度も何度も立ち上がるその姿に、しかし確実に残体力は削れている。
「助かりました。おそらく、あと何回か必要ですが。それでも確実に削り取れています」
「はい! 勇気と知恵で悪い神様を倒すなんて、なんだかおとぎ話みたい」
 一歩ずつ着実に削りながら、次の方々に任せましょうと二人は続く猟兵達にその道を譲った。

●女は度胸
「やっと決着だ、その暗い穴ン中に戻してやるよ。こちとらその臭ェ血の匂いにゃ慣れてンだ……不本意だけどな」
 召喚陣に撒かれた生贄の血より一層濃い匂いを漂わせている邪神に不快な感情をあらわにして鞠緒が言い捨てる。
 その言葉にまいがクン、と鼻を利かせて空気を吸い込んだ。鼻腔をくすぐる血の匂いが二人のグールドライバーに届く。
「邪神は初めて見ましたが、確かに名の通り邪悪な気を感じますです。邪神の血って、どんな味がするのでしょうか?」
「悪食じゃねェか!」
「食わず嫌いは何とやらですよ!」
 ふふん、と笑いかけるまいにあんなの食べたら腹を壊すぞと同じように笑い返して。
 鞠緒は柔和な笑みを不敵なそれに変えてから邪神に向き直った。
「だがまァ、向こうがウチらを食う気なら。ウチらもアイツを食ってやるって意気込みはその通りだ」
「はいです! ともあれ、大将首です。狩らない訳にはいきませんですね」
 何度も猟兵達の攻撃を受けてぼろぼろとその形を崩しては復活と顕現を繰り返しているそれに、身体の端々には綻びが見られる。
 あと何押しか。目算で見るのは難しいが体力が削れていることは確実だ。
「分を弁えよ人間、我を食うなどと思い上がりも甚だしい。格の違いも分からぬか」
「格の差だとか知ったことかよ。むしろウチらにヤられてテメェは格下に堕ちんだよ、道端のクソ以下によ」
「その物言い、不敬、不遜極まりない」
「……不敬? いいえ、違いますですよ。戦うからには敬意をもって、頭を勝ち取らせていただきますです」
 語り掛けてくる呪詛混じりの言葉にも彼女達は堂々と受け応えをしてみせた。
 もとより教本解読から相当の胆力が必要だ。及び腰ではこの手の邪神と渡り合えない。
 今更邪神から発する圧など二人にとってはそよ風のようなものだった。
「気合で負けてたら邪神退治なんてできやしねェんだ」
「そうです、女は度胸って言いますです!」
 愛嬌じゃねェのか。ぽつりと胸中だけで言いかけて、しかし鞠緒はまいの言葉に同意をもって首を縦に振る。
「そうだな、女は度胸だ。今更怯んでられっかよ」
「その意気ですよ! さあ、楽しいガールズトークはここまでです。そろそろ私達も行かないとですね。いざや参りましょう!」
「ああ!」
 二人が駆け出せば邪神は両方へと手を伸ばしてくる。
 だが二兎追うものは一頭も得ずだ。そのまま二人は両手をすり抜けて、腕を足場にして駆け上がる。
 血で滑る邪神の腕も難なく踏みつけてそれぞれが邪神の肩へと詰め寄った。
「ウチが出来ることはとにかく突っ込んで斬りつけまくる。それだけだ」
「得体の知れないものだって、加々知丸くんで斬ってしまえばぜーんぶ分かりますですから! 加々知丸くんにお任せです!」
 斬撃に特化した二人だ。力、敏捷ともに申し分ない。
 鞠緒の右手が捕食形態へと変貌する。黒く染まる爪に浮いた血管、大きさは人間のそれではなかった。
 鋭い爪を持つ手が邪神の右目を捕らえる。
 まいの持つ大太刀もまた邪神の左目にその切っ先を突きつけて、逆手に持った刃を差し込める位置にあった。
「生贄にされたヤツらの気持ちをちったァ味わえってんだ!」
「えいっ!」
 ざっくりと鞠緒の爪が邪神の右眼をえぐりとる。
 まいの大太刀――加々知丸が邪神の左眼をえぐりとる。
 うめき声こそあげなかったものの、邪神は二人の攻撃に両手で目を覆った。その隙を二人が見逃すはずもない。
「次、肩だ! 休ませる暇なんか与えてやらねェ!」
「了解、削ぎ落しますです!」
 掛け声と同時に二人が肩から飛び降りる。ぶん、と風を切る音と共に二人が一回転した。大太刀は綺麗な円閃を、爪は弧を描く軌道をたどり、邪神の両腕はすっぱりと落とされた。
 ずるりと本来生えていた肩から滑り落ちて液体化した腕を一瞥し、二人は突き刺さったままだった邪神の眼球を大太刀と爪から振るって捨てる。
 べちゃっ、べちゃっとそれぞれ水気混じりの音と共に捨てられた眼球も、腕と同じくすぐさま赤黒い液体と化した。
 目も腕も無くした、とれる対抗手段は足ぐらいだが両腕の無いこの状態では這い出ることもままならない。
 千載一遇、今斬りかからずにいつ斬りかかるというのだ。二人は示し合わせたように大きく肩で息をすると見事な連携でほぼ同時に斬りかかる。
「これで防ぎようがねェ、一気に仕掛けるぞ。――滅茶苦茶痛ェぞ……後悔しやがれッ!!」
「よーっし、行きますですよー!」
 一瞬でも呼吸が合わなければ仲間を斬ってしまいそうな、刹那のタイミング。
 鞠緒とまいが一斉に十字になるよう首元を斬りつければ、邪神の巨体が赤黒い液体に沈み込んだ。
 軽々と着地した鞠緒とまいは邪神だったものの液体を注意深く見つめる。
 液体は煮立つ鍋のようにぽこぽことぬめった液体から気泡が出ている。どうやら復活の準備に手間取っているようだ。
「復活に時間をかけるようになってきたみたいです」
「あともう少しか、しつけェな。まだまだ行けるが交代だ。一旦退こうぜ」
「はいです!」
 まいが鞠緒に頷き返して、召喚陣から距離を取る。
 ようやく姿を現した邪神は度重なる猟兵達の猛攻で、どろどろと片側から溶け出していた。

●とろけ落ちるは
「うわ、ウケる。オレさすがにこれは無理だわ」
「どうする? 俺もちょっとあれを直視するのは気分が悪くなりそうだ」
 リーオの問いかけに、強化呪文取り消しの引き金を引いた張本人であるハルカは首を横に振った。
 醜悪な姿の邪神を一目見て二人は顔を盛大にしかめる。
 最初に見た邪神の姿から少しずつ煮崩れ落ちていくフートゥ・ヤグは、まるで羽化直前の蛹が誤って時期を間違え、成熟しきらない身体のまま出てきてしまったようだった。
 輪郭は有るもののその姿はだんだんと保てなくなっている。耐性のない過敏な人間なら卒倒してしまいそうだ。
「あとは任せた――」
 言いながら、ぱちりと瞬き一つでハルカの金色の瞳は銀へ変わる。
 変わって、代わっていく。多重人格の人格交代だ。
 目を開けた瞬間に雰囲気ががらりと変わったハルカに、同じく多重人格のリーオは彼の人格が切り替えられたことを悟った。
 先の軽薄さのある口調とは打って変わった硬い言葉遣い、トヲヤのそれに驚くこともなく、彼の言葉に相槌を打つ。
「無闇にでかいな。指くらいはへし折れるかもしれんが。関節だの人間技では効果は薄そうだ」
「そうだね、ちょっと目標物が大きすぎるから人間相手というよりも巨獣相手って考えたほうが良さそうだ」
「幸いにして今回はどちらも特殊銃持ち、戦闘方法も似ている。俺は真正面から仕掛ける」
「うん。なら俺は死角から、そっちは真正面から。同時に。それでいいよね」
 どうかな、赤頭巾さん。振り返れば彼の寄生型のUDCと思しき存在はリーオの提案に肯定の意を返してみせた。
 リーオはこくりとひとつ唾を飲んで、海岸林の方へ歩いて行く。
 トヲヤもまた独自改造によって神性殺傷侵食弾の装填が可能な特殊アサルトライフル――HK418-10と名付けられたそれを背負って邪神の正面へ回った。
 他の猟兵達が攻撃を仕掛ける中を二人は素早く散会した。
 巨大すぎるために頭が木々の上を超えて海岸林からフートゥ・ヤグの頭が覗いている。
 どの位置から狙っても当たるが、注意を逸らす意味合いも含めてトヲヤは正面担当だ。逆にリーオはトヲヤの攻撃に紛れて初弾を、次に本命を放つ。
 正面側をトヲヤが、背面側をリーオがそれぞれ照準を覗き込んで確認する。
「要救助者はすでに助けきった。なら、コイツを使うことに躊躇はない……!」
 リーオは対角線上に巻き込む者が誰も居ないのを確認してそっと邪神フートゥ・ヤグの後頭部へ銃口を向ける。
 次弾誘導補助用の特殊ビーコン弾が撃ち込まれれば、その後誘導に従って空間諸共に消し飛ばす、広域殲滅用重魔術弾を放てる二段構えの攻撃が彼の切り札だ。
 ただしこの技はリーオが赤頭巾さんと呼称する存在の魔力を、彼自身を仲介して転換する必要がある。
 弾丸成型にかかる疲労度は状況によってまちまちだが今日は昼からの教本解読と先の救出作業で相当数の体力を削り取られている。
 それに加えて、邪神の呪詛はある程度距離を置いたここですら未だ届くのだ。
「……頭が、重い。周囲の音が遠い。吐き気も酷いなぁ……ウグェッ」
 嘔吐くリーオは、それでも弾丸への充填を終えて狙いがブレないように呼吸を止めてそっと十字の丸い枠から邪神を見つめた。
 弾丸への充填、完了。誘導用ライフリング術式、構築完了。
「でも下準備はこれで終わった。なら、後は何時も通りに撃って、〆るだけだ」
 上手く合わせてくれるよね、と向こう側に居るトヲヤに祈る。その声が届いたか、同時刻に反対側のトヲヤもまた照準から邪神を見ていた。
 真正面に居るトヲヤは照準越しにフートゥ・ヤグとぴたりと目が合った。
 真夜中に邪神が吠える。ハルカのままだったら彼は近所迷惑だと笑っただろうか。トヲヤは邪神が語り掛けてくるのを静かな面持ちで聞いていた。
「其れで、我を撃つか。不敬者。人間の使う銃器で我に挑もうなどと笑止千万」
「心配するな、この銃はちゃんと特別製だ。勿論、弾もな。貴様のような者をこそ殺す為のものだ、喜べ」
 彼の邪神は不敬を嫌う、クゥイラトァ・グラルハ・メラルヒニトの書が示していた邪神の特徴が一つ。
 敵意を向けた対象にフートゥ・ヤグは重圧を放っている。重苦しい空気の中をトヲヤは睨みつける視線を外さぬままに吐き捨てた。
「成る程鈍間そうだと思えば、厄介な攻撃方法だな。回避に割く体力が勿体無い程」
 一度スコープから目を外すと既に端々から滴り落ちる邪神の身体を見て、彼は目星をつけた。関節らしい関節もないが凹凸はある。先の猟兵達も肩を登っていた。ならば。
「……クソでかい身体なら登りやすかろう」
 一気に距離を詰めていけばトヲヤを捕まえようと手が伸びてくるが、それらを避けてトヲヤはフートゥ・ヤグの身体に足を掛ける。だん、と勢いよく駆け上がった彼はそのままアサルトライフルの銃口を瞳につきつけた。
 邪神の中でも唯一やわらかな質感であることが見えるその位置に。
「お前の眼、射的ゲームの的によく似ている。零距離射撃でも喰らえ」
 撃ち込んだ瞬間、邪神の身体が震える。

「――……!」
 邪神の身体が震えた途端リーオはトリガーを引いた。
 初弾はトヲヤの攻撃とほぼ同時に後頭部に炸裂する。ビーコンはついた。あとは。
 一度のけぞった邪神の額にトヲヤが乗っているのを確認して、リーオはそのまま彼と攻撃を合わせるために本命の次弾を放つ。
 悲劇を繰り返させない為に。誰かの涙を、止める為に。
 邪神を撃つ。邪神を――討つ。
「邪神、撃つべし!! この弾丸は、貴方という魔法に終わりを告げる『零時の鐘』だ。灰すら残さず消え去れェ!!」
 
 邪神フートゥ・ヤグの後頭部から、脳漿が花火の様に散った。
 リーオの攻撃であることを確信したトヲヤはそのまま確認はせず、次の行動に打って出る。
「おかわりだ――汚泥汚辱のアンガロス。……銃の弾はこの泥で造った」
 つまり、その言葉の意味する所は。泥と塗れて消え落つこと。
 ぼたぼたと頭の中身を垂らす邪神にトヲヤは――ハルカは。ただ決別の言葉を送った。
「倦みに沈め、お前も崩れて落ちるがいい」
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

蜂月・玻璃也
【土蜘蛛】
要救助者をUDC職員へ引き渡し、戦場へ駆け戻る。
わかってる。
今の俺じゃどんなに頑張ったって、ギリギリ足手まといにならない程度の戦いしかできない。
だけど、だからって……監督役すらこなせないんじゃ、現場で命かけてる部下に明日から顔合わせできないだろうが!


う、あ……こ、これが……こんなのが、俺達の敵……?

駄目だ
勝てない
逃げなきゃ
助け、

息もできない重圧に負けて膝を付きそうなとき、
恐ろしい敵へ立ち向かっていく彼女たちが見えた。


自分を叱咤するように、腕に注射器を突き立てる。
吸い出した体液の「毒」を注射器ごとガジェットガンに装填。

《夜蜘蛛爪々》。
喰らえクソッタレ!
俺の毒は、神を殺す劇薬だッ!!


黒海堂・残夏
【土蜘蛛】
ウッワ、気持ち悪う〜
さっきから脳みそン中のクソッタレがうるせぇんだ、さっさと終わらせましょお

よーこっちが斬ってくれるなら、ざんげちゃんは捕らえて隙を作るのがオシゴト
絡めて、縛って、道を開けましょう

ホォラ、厄介なユベコは「見ない」――餌の時間は終わりです
ダイエットを手伝ってあげますね、このゲロ肉野郎

恐怖も痛みも否定して見ないようにしつつ
いや〜あ、流石にラストバトルまでフル働きは頭が限界マッハですねえ
こーゆーときズバッと斬ったりできる人達は楽でいいなァ
ま、そこまでが大変なのでざんげちゃんがフォローするんですが
室長も、ほら、がんばって〜
あーんなクソザコぶっ殺してやっちゃいましょ〜


花剣・耀子
【土蜘蛛】
嗚呼、……厭ね。
誰もお前なんて呼んでいないわよ。
――いいわ。正面から斬り果たしてあげる。

ほら、あたしは此処よ。
お前を斬る。お前を殺す。お前を斃す。
ありったけの敵意を重ねて、此方に惹きつけましょう。
余所見なんてしないでよね。
残夏ちゃんが動きを止めるまで、致命傷さえ喰らわなければそれで良いわ。

動きを留められた隙を衝いて、重圧を振り切り【剣刃一閃】
確かにお前は、ヒトとは違う位置に立っているのでしょうよ。
でも、それがどうかしたかしら。
ここに、この場所に、存在をしているのなら。
あたしの刃はお前に届く。

この大きさを殺しきるには、室長の力も必要なのよ。
死ななければ勝ちなのだから、しゃんとして頂戴。



●八握脛
「救助者はこれで全部ですか」
「ああ、教本通りの人数と比率だった。怪我の箇所も同様に。すぐに手当を頼む」
「承りました。どうかお気をつけて」
 要救助者をUDC職員へ引き渡し、玻璃也は戦場へ駆け戻る。
 分かっている。
 解っている。
 判っている。
 ――……わかってる。
「今の俺じゃどんなに頑張ったって、ギリギリ足手まといにならない程度の戦いしかできない」
 そんなことは百も承知だ。
 だが自分が属する組織は日々命懸けで戦う者達が集う、人類の未来と存亡のためにある機関だ。
 たった一人日は浅いといえどその場に立つものとしての矜持と、純粋な衝動で玻璃也は足を動かした。
「だけど、だからって……監督役すらこなせないんじゃ、現場で命かけてる部下に明日から顔合わせできないだろうが!」
 しかし邪神はそんな玻璃也の透明な正義感、責任感、義侠心、良心を。
 粉々に、完膚なきまでに打ち砕いた。
 綺麗ごとだけで務まるほどこの仕事は甘くないという事を嫌というほど感じさせられる光景が、そこにはあった。
「なっ、」
 駆け付けた彼が見上げた光景は運悪く、邪神が飛び散った直後。
 先の猟兵によって攻撃を浴びせられた邪神が復活の兆しをみせた場面だったのだから。
 ぐずぐずと液がひとりでに集まって形を成していく。
 どんなに猟兵達が効果的な攻撃をしても。確実にダメージが溜まっていたとしても。
 オブリビオンは何度でも復活する。骸の海より与えられし残滓の分だけ、この世に顕現する力が残っている。
 因果を断ち切らなければ永遠に鼬ごっこ、そんなことは普段の仕事から元より分かっていた。分かっていたはずなのに。
 ばちゃ、と玻璃也の纏う白衣に邪神の体液が飛び散った。同時に足からすっと力が消えて膝が笑う。
 恐怖は人を生命危機から回避させる尤も原始的な感情だ。
 その場に居れば死に直面する時、人は逃げるために恐怖を覚える。
 ぐちゃぐちゃと音をたてながらフートゥ・ヤグが再び形を織り成して、震えの走る玻璃也を赤黒い瞳で睨みつけた。
「ほう……人間。其方随分と怯えているな。他の者は我先にと向かってきたというのに」
「……ッ!」
「敵意が無いことは褒めてやろう。だが我に傅かぬのであれば食うに値しない。縊り殺すか」
「う、あ……」
 これが、こんなものが、人世ならざるものが。
「こ、これが……こんなのが、俺達の敵……?」

 駄目だ。
 勝てない。
 逃げなきゃ。

「助け、」
 たすけて。その言葉が最後まで発される直前。
 息もできない重圧に負けて膝を付きそうなその時に、玻璃也の目に恐ろしい敵へ立ち向かっていく彼女達が見えた。
 部下の残夏と耀子は目の前の邪神に臆することなく、普段の仕事と変わらず弾丸のように飛び出していく。
「ウッワ、気持ち悪う〜。さっきから脳みそン中のクソッタレがうるせぇんだ、さっさと終わらせましょお」
「はいはい、残夏ちゃん。後はよろしく頼むわね」
「オッケー、よーこっちが斬ってくれるなら、ざんげちゃんは捕らえて隙を作るのがオシゴト。絡めて、縛って、道を開けましょう」
 剣を軽々と振って花剣は菊理の手前を走る。
「嗚呼、……厭ね。誰もお前なんて呼んでいないわよ。――いいわ。正面から斬り果たしてあげる」
 後方で固まっている己が室長を視界の端に収めて、すぐに耀子は邪神に向き直る。
 残夏は耀子の支援をすべく邪神から視線を『外す』。
 恐怖も痛みも否定して視界に収めない、それが彼女の力。
「ホォラ、厄介な見たくないものは見ない見ない~。餌の時間は終わりです。ダイエットを手伝ってあげますね、このゲロ肉野郎」
 異形の邪神相手に可憐な女子大生が口走るにしては凄い物言いだ。
 だが普段もその口調である彼女のことなど邪神以外は気にも留めなかった。
「いや〜あ、流石にラストバトルまでフル働きは頭が限界マッハですねえ。こーゆーときズバッと斬ったりできる人達は楽でいいなァ」
 羨ましそうに耀子を伺って、しかし適材適所だとすぐに残夏は見ない作業に集中した。
 向かい来る手も呪詛も、先の玻璃也のように人間は即時反射的に反応する。条件反射を意図的に回避するのはそれなりに神経を使う作業だ。
「ま、そこまでが大変なのでざんげちゃんがフォローするんですが」
「いつも助かってるわ。ありがとう残夏ちゃん」
 腕を叩き切りながら普段の会話のように耀子が礼を言えば、いいんですよぉと間延びした返事が返ってきた。
 猟兵達はみな呪詛に抗っている。彼女達もまた恐怖におびえた様子がない。
 ことごとく攻撃が失敗しているフートゥ・ヤグは苛立って二人に問いかけた。
「何故呪詛を物ともしない? 其方達は一体なんだ」
「ざんげちゃん達が何者かって? どーでもいいじゃないですかぁそんなこと。ゲロ肉野郎は話しかけないで下さい」
「あたし達のことは何だっていいでしょう。ほら、あたしは此処よ。お前を斬る。お前を殺す。お前を斃す。ありったけの敵意を重ねて、此方に惹きつけましょう」
 余所見なんてしないでよね、そう口走る彼女に邪神フートゥ・ヤグは赤黒い瞳をしばたたかせた。
「そろそろ止めますよ、よーこっち。準備は良いですか~?」
「いいわよ、やって頂戴」
「じゃあやりますから、よーこっちの良いタイミングで上手いことやっちゃってくださいねぇ」
 残夏の捕縛が命中する。良く伸びるリボンで、プレゼントのラッピングでもするかのように動きを縛られ止められた邪神に、すぐさま耀子が切りかかった。
 動きを留められた隙を衝いて、呪詛の重圧を振り切り剣が光る。まっすぐに、真横に、一直線に。引かれた剣閃は邪神の喉元を切り裂いて大量の体液を吹き出した。
「確かにお前は、ヒトとは違う位置に立っているのでしょうよ。でも、それがどうかしたかしら」
 ここに、この場所に、存在をしているのなら。
 彼女の刃は異形にも、異端にも、すべての有象無象に。
「――あたしの刃はお前に届く」
 そうして一度沈んだ邪神は再び泡立って立ち上がろうとしていた。
 ぶくぶくとあぶくを吹きながら、もうだいぶかき混ぜられた腐りかけのトマトソースの色合いに近いそれに。
 濁った液から目が覗いている。
「あと一度くらい行けるかしら」
「どーですかねぇ。行けそうな気もしますが」
 室長次第だと思いますよぉ、と残夏は笑った。
 耀子と残夏は振り返った。自分達の上司が立っている方向へ、くるりと軽やかに回って。役職で彼の名を呼ぶ。
「お前ら……」
「室長、早く早く」
「室長、何をしているの」
 呼ばれた玻璃也はそのまま一歩ずつ歩を進める。
 近場まで寄ってみた邪神は先程と変わらず恐怖を煽る存在感を放っていた。
 それでも。
「この大きさを殺しきるには、室長の力も必要なのよ。死ななければ勝ちなのだから、しゃんとして頂戴」
「室長も、ほら、がんばって〜。あーんなクソザコぶっ殺してやっちゃいましょ~」
 ああ、と部下の言葉に一つ頷いて玻璃也は懐から注射器を取り出した。
 そのまま片手で白衣を捲ると、自分を叱咤するように腕に注射器を突き立てる。
 カシュっと乾いた音と共に赤い血が注射器に溜まった。採血の為の太い針の痛みも、今この時は気にならない。
 吸い出した体液の毒――霊子を分離させるそれを注射器ごとガジェットガンに装填する。
 いつのまにか見上げるほどに大きく育った邪神は、玻璃也を見ておやと首を傾げた。
「先と様子が変わったな」
「ああ、自分の職務を思い出したからな」
 自分達は土蜘蛛。
 人類防衛組織アンダーグラウンド・ディフェンス・コープが内包する組織のひとつ。
 狂気に蝕まれながら、異形の邪神に抗う人の未来を守る者達だ。
 残夏が再び邪神をリボンで縛り、動きを止めた数瞬。玻璃也はありったけの力を込めて指先を丸める。
「喰らえクソッタレ! 俺の毒は、神を殺す劇薬だッ!!」
 カチン、と乾いた音と共に引かれたトリガーは、弾丸となって。
 フートゥ・ヤグの復活したばかりの身体に、邪神を殺す猛毒を撃ち込んだ。
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

桜雨・カイ
共闘:杜鬼・クロウ(f04599)。他の人とも協力

ついに本命が来ましたね、強烈な圧力を感じますが、ここまで来て屈するわけにいきません。クロウさんの言葉に頷き敵へ飛び出す

動きは緩慢ですが油断せず手などを早めに狙う【二回攻撃】
召喚陣周辺や邪神にはできる限り触れず、邪神を幹部へ近づかせない(喰われないよう)味方の危険時は【オペラツィオン-】で受ける

動けるのなら…動ける限り助けるんです

攻撃はクロウさんと連携、余計なものは蹴散らして隙を作る【なぎ払い】で邪魔なものを払い【巫覡載霊の舞】【傷口をえぐる】で次の攻撃が邪神の奥深くに届くように傷を広げる
クロウさんお願いします!

戦闘後は具合の悪い人に【聖痕】使用


杜鬼・クロウ
【桜雨・カイ】と行動
アドリブ◎

「起きて早々テメェにはまた眠ってもらうぜ。永遠になァ!
カイ、最後まで気張れや。
そこの女も暴れ足りねェって顔してンな。ド派手にかますぞ、オラァ」

仲間と連携
ピリっと震える空気と血の匂いに奥歯噛み締め挑発的な笑み
玄夜叉を構え直す
【煉獄の魂呼び】使用
禍鬼は棍棒で敵を蹴散らす
霆で援護

「『格』?ンなの誰にも決められねェ、決めさせねェよッ…!」

敵の攻撃は剣で武器受け・カウンターか見切り
敵の踏み躙る行為を真正面から2回攻撃で斬り裂く
カイの隙を活かし属性攻撃で炎宿し業火の如き荒々しく重い連撃

「カイ。お前が作ったチャンス、無駄にはしねェ。後は任せな。
俺の仁義に則って粛清してヤらァ!」


千桜・エリシャ
ふふ、もう眼鏡見つからないかも知れませんわね
でも、いいではありませんの
この昂揚は今このいっときだけ……
だってこんなに大きな首、二度と巡り会えないかもしれませんもの!
何ものにも代え難い
ゆえに――その御首、頂戴致しますわね

嗚呼、嗚呼!痺れるような威圧が心地良いこと!
でも私にとってはスパイスに過ぎません
だって強者であればあるほど、この身は昂ぶりを憶えるのですもの
怯むことなくその間合いへ肉薄、先制攻撃
あなた、反応が鈍そうですもの
動きを見切って、くるり、ふわりと翻弄して差し上げましょう
そうして隙を見つけたならば、呪詛乗せた刃で二回攻撃を

人の都合で中途半端に喚び出された可哀想な神様
これが手向けの花ですわ


クレム・クラウベル
此処までくれば為す事は単純、祓い落とすのみ
不敬で結構。信仰も信奉も必要ない
出てきて早々だが、躯の海へとお帰り願おう

邪神である以上、……違ったとて、あの様な形で呼び起こされるものなど
呪詛の塊に他ならない
ならば祓うは本業だ
銀十字に掲げる祈りは一度で十分
悪しきを祓え、悪しきを穿て。あれは邪なるもの
――浄化せよ
くるり、指先で踊らせる精霊銃
呪詛の類が相手なら、多少の攻撃なら受けても動じるものになりはしない
一雫の銀
その額目掛けて真っ直ぐ銃弾を叩き込む

……飽食、か
そうだな。お前は食べ過ぎた
あれほどの血を――それにもし、彼らを逃していなかったなら
肉すらも喰らっただろうか
UDC。オブリビオン
暴食はもう終わりだ



●死を削ぐもの
「此処までくれば為す事は単純、祓い落とすのみだな」
「我の身体が溶ける……この世に出でてまだ半刻、半刻ばかりだぞ。かような人間がこの我を……なんたる不敬」
「不敬で結構。信仰も信奉も必要ない。出てきて早々だが、躯の海へとお帰り願おう」
 先の猟兵達との戦闘で最早ぐずぐずに半壊しかけている邪神をクレムが睨みつける。
 半刻前、呼び出された時の威厳は今やもう霧散しその面影を残すばかりだ。
 その様子を見てエリシャが嬉しそうに微笑む。
 他の猟兵達が先の戦闘で落としてしまった眼鏡がないかどうか見て、しかしそれは既に宵闇の向こうへ消えている。
 海岸林の奥へ行ってしまったか、あるいは召喚陣の上に転がって邪神召喚とともに開いた大穴へ、奈落の底へと落ちていったか。
 後者であればもう見つからないそれを憂うように、しかし声色は至極嬉しそうに明らかに弾んでいた。
 目の前の醜悪な邪神を見て尚。
 目の前の醜悪な邪神を見たからこそ、彼女の声は弾んでいる。
「ふふ、もう眼鏡見つからないかも知れませんわね」
「そうだな」
 見上げるほどの巨体にエリシャは満足そうに頷いてから己の使う大太刀を構えた。
「でも、いいではありませんの。この昂揚は今このいっときだけ……だってこんなに大きな首、二度と巡り会えないかもしれませんもの!」
「不敬、不敬、我が首を落とそうと宣うか」
「はい、ゆえに――その何ものにも代え難い御首、頂戴致しますわね」
 斬るのも撃つのも一苦労、こんなに大きな首は早々お目にかかれないとエリシャは邪神の首を狙って、どう叩き切るか吟味した。
 せっかくの大太刀だ、リーチを生かして深く切り込むべきか。
 こんな首を一度ばかりでは勿体ない、少しずつそぎ落として楽しむべきか。
 常の通り一刀両断というのもまた味わい深い。
 さあどうしてやろう。
「悩んでしまいますわね」
「倒し方か。方法はいくつかあるが……。邪神である以上、……違ったとて、あの様な形で呼び起こされるものなど呪詛の塊に他ならない。ならば祓うは本業だ」
 銀十字に掲げる祈りは一度で十分、あとは撃てばいいとクレムは首から下げられた銀十字を握り締めて数瞬目を閉じた。
 ちゃり、と首元の鎖が音を立てて手の中のロザリオが揺れていた。手早く祈りをすませるとクレムは素早く精霊銃を構える。
 トリガー部分を指先で滑らせてホルスターから取り出したそれに、エリシャもまた如何にして首を落とすか決めたのか大太刀をくるりと一回転させた。
「悪しきを祓え、悪しきを穿て。あれは邪なるもの――浄化せよ」
「我は怒りに満ちている。人間よ、誰一人として傅く様子もなく、血は有れど贄も用意せず。この我を呼び出して――」
「……飽食、か。そうだな。お前は食べ過ぎた。あれほどの血を――それにその言い分では、彼らを逃していなかったなら肉すらも喰らっただろうか」
 腹が減ったと云う邪神にクレムはとらわれていた人々を思い浮かべた。
 召喚陣に落ちた血液を飲み干して、それでも飽き足らず肉を食らうと言う目の前の邪神を。唾棄すべき存在と認識する。
 死を削ぐものフートゥ・ヤグがよりいっそうの呪詛を撒き散らして二人を威圧する。
 だが目の前の猟兵達は既に教本解読の時点からある程度耐性をつけている者や元々耐性の高かった者が多い。
 呪詛の類が相手なら、多少の攻撃なら受けても動じえないのだ。
「生憎その程度の呪詛など飽いている」
「嗚呼、嗚呼! 痺れるような威圧が心地良いこと!」
 一般人であれば身を固くして動けなくなってしまいそうな威圧感すら、欠片も歯牙にもかけずエリシャは笑い、クレムは首を横に振る。
「でも私にとってはその威圧感もスパイスに過ぎません。だって強者であればあるほど、この身は昂ぶりを憶えるのですもの」
 たん、と軽く地面を蹴っていよいよエリシャが首狩りに動き出した。
 クレムは彼女の後ろから精霊銃の照準を合わせてブレないように小さく呼吸を止める。
 呼吸活動によってわずかに上下していた腕がぴたりと止まり、その先の的は一点に絞られた。眉間、邪神の眼と眼の間の中心地点へと。
 一雫の銀が垂らされる。
「UDC。オブリビオン。……暴食はもう終わりだ」
 祈りは済んだか、と言おうとして、しかし邪神が神に祈るのも可笑しな話だとクレムはただ何も言わずに銀の弾丸を放つ。
 走るエリシャの頭上を抜けて周囲の風を切り裂きながら回転し、寸分違わず額へ命中したそれは炸裂した瞬間。
 不浄なものを浄化する効果を持つ聖職者の弾丸――邪神にとっての猛毒がフートゥ・ヤグを激震させた。
 いわば邪神と聖職者は互いに天敵同士、崩れかけの身体にこのダメージは耐えきれなったのだろう、フートゥ・ヤグの身体がのけぞって大きく凪ぐ。
「いいぞ、刈ってやれ」
「ええ、では存分に!」
 のけぞった姿勢のままでもエリシャを捕らえて食ってやろうとする両腕を、風に舞う桜の花びらを幼子の手が捉えられぬようにひらひらと、くるり、ふわりと彼女は避ける。
 花弁はフートゥ・ヤグの両手に収まることはなかった。
「あなた、反応が鈍そうですもの。先の戦闘でもう困憊しておられるのでしょう?」
 凪いだままの身体を登り首元に到達したエリシャが桜花模す鍔の大太刀――墨染を構える。
 やはり首は一刀両断してこそだ。
「人の都合で中途半端に喚び出された可哀想な神様。これが手向けの花ですわ」
 真っ黒な刀身が赤黒い邪神の首に深々と刺さる。
 刺身を斬るような感触とともに確かな手ごたえが彼女の手を伝って、その勢いは首の後ろに到達するまで止まることは無い。
 死を削ぐものが首を削がれる。
 それと同時に召喚陣に変化が生じた。猟兵達が自らの手で消した円形と頂点部分の邪神フートゥ・ヤグの文言のほか、残されていた星型部分が霞んできたのだ。
「次で最後ですわね」
「……おそらくは。あとは次の猟兵に任せるか」
 ざっくりと落とされた邪神の首が溶け落ちて、消えゆく召喚陣の上でせわしなく沸いている。
 しかしこの光景もこれきりだ。次に邪神が倒れれば、それが最後。
「どうぞ、お二方――引導を」
「葬り去ってやれ、遠慮は要らない」
 エリシャとクレムが道を開ければ、二人の猟兵が地を蹴った。

●深淵からの呼び声
「ついに本命が来ましたね」
「起きて早々テメェにはまた眠ってもらうぜ。永遠になァ! カイ、最後まで気張れや」
「はい!」
 クロウの言葉に頷き敵へ飛び出すカイに、クロウもまた勢いを緩めることなく走る。
「それでは手助け致しましょう」
「ああ、お膳立てはこちらで整える」
 アシストを申し出たエリシャとクロムにクロウは助かると言いかけて、エリシャの顔に僅かばかりに浮かぶ物足りなさそうな雰囲気を感じ取った。
「そこの女も暴れ足りねェって顔してンな。ド派手にかますぞ、オラァ」
「はい……やはり一度きりでこの首をもう刈れないのは」
 少しばかり勿体ない気がしますわ。そう恥ずかしそうに笑う彼女の言葉にクロウは笑って、一度くらいは譲ってやると言いながら走った。
 伸びゆく手は銀の弾丸と大太刀が抑えている。飛んでくる呪詛や威圧感についての防御手段はないが今更だ。
「強烈な圧力を感じますが、ここまで来て屈するわけにいきません」
 銀の弾丸をすり抜けようと覆いかぶさる手を振り向きざまに攻撃してやれば、薙刀の一閃で持ち上がった手をクロウがさらに叩いた。
「動きは緩慢ですが油断せず行きましょう。幸い邪神の攻撃に関しては彼らが抑えてくれています」
「そうだな、あとは俺らが叩っ斬りゃァ良いンだろ」
 ピリっと震える心地良い緊張の空気と、噎せ返るような血の匂いにクロムは奥歯を噛み締めて挑発的な笑みを浮かべる。
 玄夜叉を構え直すとそのままエリシャの大太刀と合わせて手を完全に根本から絶った。
「脆いな。度重なる攻撃でもう回復の余力もねェってか」
「嗚呼、虫けらの如き人間に此処までやられて最早我慢ならぬ。格の違いを見せてやろう」
「『格』? ンなの誰にも決められねェ、決めさせねェよッ……!」
 彼の邪神は従属を赦す。
 恐怖や忌避など、死に対するなんらかの感情――既に救出されていた者達から発されてた、この場に残る死に怯える感情を吸い取って、邪神フートゥ・ヤグは姿形が曖昧なフートゥ・ヤグの信奉者を呼び出した。
 それらは一斉に夥しい数に増えると従属を命する言葉とともにカイとクロウに向かってくる。
 クロウは戦場で一度完全に目を閉じると、厳かな声と共に禍鬼の霊を召喚する言葉を放った。
「杜鬼クロウの名を以て命ずる。拓かれし黄泉の門から顕現せよ! 贖罪の呪器……混淆解放──血肉となりて我に応えろ!」
 リベルタ・オムニス、そう彼の口が象られると共にクロウの足元から禍鬼と呼ばれる霊が現れた。
 血を吸って赤錆色と化した棍棒を振り回し、靄のように揺れるフートゥ・ヤグの信奉者を蹴散らしていく。
 ばちばちと雷鳴が轟いて、海浜公園上空に雨雲が突如湧き出した。
 紫色の稲光が雲のあちこちを走っている。
 カイはクロウが呼び出した禍鬼の取り漏らしを打ち取って、倒れ伏す邪神教団幹部達に近づけないよう守る。
 敵と言えど彼らは生きた人間だ。
「動けるのなら……動ける限り助けるんです」
 かつて動けなかった、あの頃とは違って。
 人形ではなくヤドリガミとして動ける身体を手に入れた彼が、今度こそ守りたいものを自らの手で守るために。
「エリシャさん!」
「せっかく譲って頂いたんですもの、私だけではなくクレムさんもさあご一緒に」
「俺もか」
 クレムが精霊銃を合わせて撃ち込んだ一点をなぞるようにしてエリシャが一線を浴びせれば再びフートゥ・ヤグの首が落ちた。
 しかし骸の海へ還る最後の足掻きか、死を削ぐものフートゥ・ヤグはここに来てなんと首がないまま動き始める。ずり落ちた首の方は溶けだしたが、身体はまだ。
 首が落ちても歩き続けた鶏の様に攻撃の意思を消さないままでいる。
 未だ死に至らない邪神にすぐさまカイとクロウは次の攻撃に打って出た。
「行きます、あとはお任せしました!」
 カイが神霊体へと姿を変えて呪詛に耐えながらフートゥ・ヤグの切られた首の根本へと駆け上がる。
 薙刀を携え、そっとエリシャとクレムが断ち切った場所……首の切断部分を見た。
 ばっさりと切り落とされたそこから斜めに刃を沿わせ、心臓にかけてのラインへ刃を合わせると柄を上から押さえつけて薙刀を差し込む。
 衝撃波と共に邪神の首がさらに大きく割けてフートゥ・ヤグの心臓がまろびでた。 
「クロウさんお願いします!」
「カイ。お前が作ったチャンス、無駄にはしねェ……後は任せな。俺の仁義に則って粛清してヤらァ!」
 数多の猟兵達が倒し、倒し、倒しつくして骸の海の残滓を掻き消した。
 残滓を塵も残さぬ最後の一撃はクロウの手に、カイによって託される。
 玄夜叉へ炎を宿し、業火の如く燃え盛りながらクロウは晒された心臓へ一太刀浴びせれば、ついにその巨体は召喚陣に沈んだ。
 星型の召喚陣が弾けて、深い穴だった場所がただの平地に戻っている。
 禍鬼の霆で誘発されたか、あたりにはいつのまにか天気予報で予報のされていない雨がざあざあと降り注いでいた。
「降ってきたな」
「……はい。血も流れて、召喚陣もこれで消えますね」
 クロウがぽつりと呟いた言葉にカイも頷く。その時、その場に倒れていた邪神教団幹部の懐から炎が上がる。
 カイが霧雨越しにそれを見れば、おそらく召喚陣を書いたときに参考にしたであろう邪神教団幹部の持つ別の教本が燃えているのだと分かった。
 ひとつ、またひとつと倒れ伏す邪神教団幹部の胸元から、小さな炎が上がっては、雨に掻き消されて消えていく。
 猟兵達は自分たちの読んでいた教本と同じように、悲鳴だけを残して消えていく人皮装丁本を見遣りながら、邪神の脅威が去ったことをようやく実感した。

 口にするのも憚られる狂気の具現。

 名状し難き悍ましさと生理的嫌悪。

 身の毛のよだつ恐怖と薄気味悪さ。

 それらは未だUDCアースに蠢くオブリビオン――邪神との果てなき戦いを示している。
 それでも、今この場において。助けられた命の重みを胸に刻みながら、猟兵達はただひたすらに雨雲が通り過ぎるまで。
 降り注ぐ優しい慈雨に身をさらして、ひたひたと雨に打たれ続けた。
 
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2019年03月12日


挿絵イラスト