食物文化研究同好会~在部生サイド~
UDCアースのどこかにある、ごく普通の男子高校。
少し変わったところといえば、この高校には生徒全員必ず何らかの部活や同好会に所属しなければいけないという決まりがある事だ。その代わり、新しい部活を作るのは自由で基準もかなり緩い。
一年前、当時新入生だった知花・飛鳥は特に入りたい部が無かったため、自分で同好会を立ち上げる事にしたのだった。
「その名も食物文化研究同好会! 略して食研!」
緩いといっても一応の決まりはある。同好会を立ち上げるには部長の他に最低一人は部員が必要だ。飛鳥は幼馴染の一ノ瀬・帝に声をかける事にした。
「どや? ミカも入らへん?」
「いいぞ」
「ええの!?」
間髪入れずの返事には、飛鳥の方が驚いたものだ。
「俺も特に入りたい部活とか無かったからな」
「ゆーてまだ内容も何も説明しとらんのに!」
「どうせ大して熱心に活動するわけでもないんだろう?」
「せやなあ、部室でお菓子食べたりとか、帰りに食べ歩きしたりとか?」
要するに、帰宅部みたいにゆるゆる楽しめる場所があればいい、という動機だったわけだ。
勿論帝を誘ったのは、そんな時間を一番の親友である彼と過ごしたら楽しいだろうという動機もあった。同意してくれた「ミカ」も同じ気持ちだろうと、その時の飛鳥は思っていたし、今もそうだといいなと思っている。
だが、実際は少し違う。
(「――幼馴染の「親友」と話していると気を張る必要が無いし楽しい。飛鳥の気持ちはそんなところだろうな」)
二年生になった帝は、部室で教科書を開きながらぼんやりと想いを馳せていた。
(「こっちはどちらかというと……情緒が忙しいんだけど」)
飛鳥の事ならよくわかる。幼馴染だから。付き合いが長いから。それだけではなくて。
……ずっと彼の事を、見てきたから。
明るくて社交的でクラスの人気者。そんな飛鳥が今では考えられない程に気弱で泣き虫だった子供のころからずっと、密かに想いを募らせてきたから。
(「鈍感なところは昔から変わらないな。今気づかれても困るから別にいいが」)
「おっ」
となりでお菓子の袋を開ける飛鳥が声を弾ませたので、帝は元々大して熱心に読んでもいなかった教科書から顔をあげた。
「お目当ての『コスモレンジャー』のシールが出たのか?」
「せや、よく分かっとるなあミカは」
にぱっと笑ってきらきらホログラム仕様のシールを見せつけてくる飛鳥。ゴールドのホロシールは、あまり出てこないレアなものだと帝も知っている。
子どもの頃から飛鳥は戦隊ヒーローものが好きで、そのヒーロー達のシールがついてくるウェハースも好きだったからだ。今でも日曜朝は下の兄弟たちと一緒に彼らの活躍を熱心に追っているようだ。帝も共通の話題が欲しくて時々見る事はある。帝が好きなホラー・スプラッター系の映画を、残念ながら飛鳥はあまり好まないからだ。
「コスモレンジャーはたまに観てるけど、その戦士は知らないな」
「せやろ? コスモジュピターいうて、最近仲間になったばかりなんよ。でも俺、こいつが一番好きかもしれん」
未だに子供みたいな屈託のない笑顔で、飛鳥は『好き』という。
「無表情でちと何考えとるかわからんとこあるねんけど、仲良うなると情に厚くて義理堅いんや」
「ふーん?」
「ちょっとミカに似とるなあ」
何の含みも無くそんな事を云ってのける飛鳥に、帝はまた「ふうん」と気のない相槌を打った。好きなキャラと似てると云われる事は嬉しくもあるが、改めて脈の無さを突き付けられるような思いもあった。胸にずくりと鈍い痛みを覚える。
(「昔の約束なんて、こいつは覚えていないんだろうな」)
小さい頃、いつものようにぼろぼろ泣いている飛鳥をなだめていた日。当時から妙に達観したところのあった帝は、どうせ他の友だちと喧嘩しただのおもちゃを取られただの些細な事だろうと推測したが、その日はちょっと違った。
「ミカともいつかバイバイせなあかんのかな」
「ん? どうして?」
しゃくりあげながら続いた飛鳥の言葉はいまいち要領をえなかったが、要約すると父親から聞いた話が哀しくて泣いてしまったらしい。その話というのは、子どもの頃一番の親友だった友達が親の都合で転校してそれきり逢えなくなってしまったという、よくある話だったのだけれども。
「俺はどこにも行かない」
「……そんなん、わからへんやん。俺ら子供やし」
「もし引っ越したりしても、絶対手紙書くし、電話するし、もうちょっと大きくなってスマホ買って貰ったらメッセも送る」
「それだけじゃ嫌や」
駄々をこねるように飛鳥は泣いた。どう慰めたものかと帝が考えあぐねていると。
「俺、大きくなったらミカと結婚する」
「結婚?」
「そしたらずっと一緒にいられるんやろ?」
「……そうだな」
結婚がどういうものか、どころか恋がどういうものなのかすら、きっと飛鳥はわかっていないだろうと当時の帝は思った。
だって、それをいわれた自分がどんなに嬉しかったかすら、わかっていないんだから。
「じゃあ、大人になるまで飛鳥が覚えてたら、しよう」
「ゼッタイ忘れへんって! ミカと離れたないもん!」
そう息巻いた彼の事を、帝は今でも昨日のことのように思い出せるのに――。
「はぁあ~、なんで新年早々テストなんてあるんやろなぁ」
先程まで上機嫌だった飛鳥は、ウェハースをぼりぼり食べながらぼやいていた。
「一年の時に習った範囲しか出ないんだから大した事ないだろう」
うわ、と露骨に飛鳥が顔をしかめる。
「はい頭いい奴の発言ー!」
「同じ高校にいるんだからそこまで変わらないだろう、こまめに復習しておけばいいだけだ」
これは実の所、飛鳥と同じ高校に通いたい帝が自分の学力より低いレベルの高校を受験した事による。中三の時の担任には勿体ないといわれたものだが、帝にしてみれば三年間も飛鳥と逢う機会が激減してしまう方が耐えられなかった。
放課後に逢えばいいとか、そんな話ではない。誰とでも打ち解けられる人気者の飛鳥は、自分よりも気の合う友達を見つけてしまうかもしれない。それにもし、自分の知らない場所で恋人なんて作っていたら。想像するだけでも恐ろしかった。
「それが出来たら苦労せえへんのや……あ! そや、今回もアレしようや!」
「……テストの点数で勝敗を決めるやつか?」
「そ! 負けた方が勝った方の言う事なんでも聞くんやでー!」
「いいぞ」
「お! 相変わらずミカの返事は思いきりがええなあ!」
帝にしては好きな人からの提案を断る理由なんてないのだが、それにしても疑問はある。
(「……なんで毎回あの成績で勝負を挑んでくるのだろう」)
飛鳥の成績はお世辞にはいいとはいえない。
というかはっきり言って悪い。特に苦手科目は毎回追試すれすれだ。
それもさり気なく帝がこうして横で教科書を広げたりして勉強につき合わせているから何とか追試を免れているだけであって、野放しにしていたらどうなるかはわからない。
飛鳥の為という大義名分と、一緒に進級できなかったら悲しいという素直な気持ちで、帝は日々ひっそりと彼の成績を支えているのだった。
そんな帝の思惑なぞ露知らず、飛鳥は「よっしゃ! 国語ならイケる気ぃする!」とはしゃいでいる。一番の「親友」の想いも読めなくてどうやって国語の読解問題を解く気なんだと厭味のひとつも云いたくなったが、どうせ通じないだろうと呑み込んだ。代わりに別の角度から仕掛ける。
「でも一年の範囲なら古文もあるぞ」
「げ! 無理無理! ミカ教えて!」
「ライバルに塩を送るような事をするわけないだろう。自分で頑張れ」
つっけんどんにはね返す帝だが。
「好きなお菓子いっこ買うたげるから~」
「……仕方ないな」
これはお菓子につられたのではなく、上目遣いで頼み込んでくる飛鳥にほだされたのである。惚れた弱みというのは悲しいものだが、飛鳥は呑気に「ミカはやっぱ優しいなあ」と能天気に喜んでいた。
小さい頃の何気ない発言を覚えていないのは仕方ないにしても、あまりの脈の無さに眩暈がしそうになる。
けれど、だからこそきちんと打ち明けなければならないと帝は決心していた。
高校卒業までには、きっと。
それまでは、今のように「何でも話せる親友」として慕ってくれる飛鳥の傍にいたい。告白したら、この関係が終わってしまうのかもしれないのだから。
でも、もしあの約束が本当になるとしたら。都合のいい想像を帝は思い描く。
二人の家。帝が朝起きると、飛鳥が台所に立っていて。そして振り返って笑うのだ。おはよう、今日の朝飯は――
「決めた。味噌汁だ」
「味噌汁味のお菓子!? ……ああちゃうか、何でも言う事きくってほうの内容か。って早ぅない??」
「早くない」
こっちは子供の頃から待っているのだ。ずっと。
それに昔から密かな憧れなのだ、「俺の為に毎日味噌汁を作ってくれ」みたいな王道なプロポーズが。これならいくら鈍い飛鳥にも通じるだろう。……通じるよな?
再び帝は想像する。高校三年生の卒業式。毎朝味噌汁を作ってくれと一世一代の告白をする帝。「ええで、俺兄弟多いから親の手伝いで慣れとるねん」と屈託なく笑う飛鳥。そして始まる共同生活。どう見ても甘い新婚というよりただの大学生もしくは新社会人のルームシェアである。
(「……あ、有り得る……」)
眼鏡のブリッジを押し上げて眩暈を堪える帝の心を飛鳥は知らず。
「もう勝った気っちゅーことか。絶対負けへんで」
そんな見当違いで拳を握る飛鳥の後ろで、キイ、とドアが開く音がした。
――つづく
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴