とある眼鏡男子の獵奇的な休日
●How the Mysterious Boy Spends His Holidays.――Mikado's Home/UDC-Earth
或る休日の昼下り――。
窓辺に降り注ぐ陽光が、レースカーテンに映る木の影をゆうらと踊らせる――その麗かさを見れば、年頃の若者なら「扨て何處に出掛けよう」と春風に誘われようものだが、玄関に置かれた靴は御行儀良く揃えられた儘、時折、部屋より届く“不穩な音”を聽き拾っていた。
「……動画の撮影者視点で始まるパターン、もう主流というか定番になったな」
ザッ、ザッ、と乱暴に草を搔き分ける音に紛れる、淡然として落ち着いたテノール。
佳聲の主は、一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)。
この春で高校二年生になった帝も、靑春の|盛時《さかり》である事に違いないが、彼を自室に引き留めるのは、テレビボードに積み上げられたDVD。えげつないスプラッター映画の数々が、この若者をソファに縫い留めていた。
「森でイチャつきだす頭の弱そうなカップル……。まず間違いなく、このあと死ぬな」
すらりと伸びた長い脚をソファの彈力に預けつつ、ぽつり、靜かに言つ。
やけにブレた映像の背後から迫る緊張に対し、佳脣を擦り抜ける科白は餘りに落ち着いていよう。
帝は怖がることも驚くことも無く、唯だ淡々と、映像で綴られる「悍ましき惨憺」を觀ていた。
「最初の殺り方で大体の性癖が判るけれど……、噫」
大体の展開が読めるのは、趣味として本数を熟した事もあるし、ストーリーが適当なB級系のお決まりでもある。
而して己も物語性は求めていないと、纎手に引っ掛けたリモコンはその儘、淡々と時の流れを追った帝は、此方の瞳を搖り動かさんカメラワークで映される鮮血の|迸発《ほとばしり》に、低く短く、「やっぱり」と一言を添えた。
――キャァァアア嗚呼ァァ唖唖ッッ!!
木洩れ日が降り注ぐ部屋に絶叫が響いたのは、間もなくの事。
仄昏い紫闇にバチバチッと電気の駆け走る音が閃めくと同時、濤ッと繁噴く血汐が画面いっぱいを染め上げる。
最初の殺人シーンは否応にも視聽者の目を惹くところ、帝は品佳い鼻梁を画面に結んだ儘、聲色を變えず囁いた。
「――音だけで表現しない努力が見えるな」
女の生々しい悲鳴が張り詰めた緊張を切り裂く中、帝は特段の喫驚は見せず、演者の表情こそじっくり觀る。
唐突で理不尽な刃が女の雪膚を、次いで男の四肢に突き立てられるが、折に映像の光を照り返す眼鏡の奧、艶々しく輝く黑橡の瞳はグロテスクな光景を映して猶も怜悧に冷靜に、血腥く表現される赫い世界を愉しんでいた。
「人体からこんなに血が出るのだろうか……? まぁいいか、面白いし」
冷靜が勝るが、彼も決して無感情や無感動な訳では無い。
美し白皙も、柳葉の眉も、己の内にある感情の色を映さないだけだ。
唯だ鴇色の脣だけが正直に、目も背けたくなるような狂気と猟奇に感想を零していく。
「痴漢撃退用のスタンガンが、逆に自分に使われるという処がいいな。お互いのゲスな感じが巧く表現されてる」
帝が樂しむのは、フィクションの中にも、より臨場感を以て描き出そうというリアリティ。
気が狂ったように叫ぶ男女の|恐慌《パニック》も、二人の骨肉を斷つ音も、命を嬲って興奮する狂者の息遣いも、全て翫味に足り得ると觀る彼は、まるで漫才ショーに來たのに常に真顏な觀客のよう。傍から見れば愉しんでいるのか心配になるが、帝はちゃんと「趣味」を謳歌しているのだ。
そして勿論、平穩を無秩序に脅かす狂人の如く「自分も獵奇的な事をしたい」という危険思考は無い。
「刃の軌跡と傷口に矛盾が無い所も評価できるし……全体的に丁寧な作りだ」
スタッフロールが流れ出すと同時、ケースの裏側でも制作陣の名前を確認するのは、映画好きならでは。
山と積んだDVDの中に同じ名前が無いかと、数本を取って見返した帝は、また一本、長い指に銀盤を取り出してプレイヤーへ挿入する。「グロ映画鬼連チャン」の流れは止まらないようだ。
「……今日はあと二本、いけるかもしれない」
既に午前中に何本か觀たが、それでも山が少し削られただけ。
折角の休日にて、もう少し消化したいとソファに座り直した帝は、瑞々しく艶めく翠緑の髪に癖が附くのも構わぬと背凭れに深く身を預けると、再び赫々しき血臭の世界へ没入していく――。
畢竟、これもまた「ごく普通の高校生」に違いない、「一ノ瀬・帝」が過ごす休日の景色であった。
成功
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