●夏の耀い、秋の閑散
山間に位置する村へと続く道行で、競うようにさざめいていた夏虫の声は鳴りを潜めて。
今は、りいりい、ちりちり。鈴を転がすような、秋虫のちいさな声が時折聞こえてくるばかり。
「んー」
透き通った足取りを導き灯すように、淡く瞬く白燐光。
メゥ・ダイアー(|記憶喪失《わすれんぼ》・f37609)が以前ここへ訪れた時よりもうんと冷たくなった風が、甘やかなミルク色の髪に咲いた花と小さな翼を揺らしている。
日記帳を手にきょろきょろ周りを見渡してみるけれど、かみさまの贈り物が届く河原へと続く道にずらりと並んでいた屋台たちは、9月も半ばになってしまった今はどこも閉まっていた。
……あの日はたくさんの素敵なものがあったから、ついつい目移りしてしまって❝わすれんぼ❞してしまっていたこと。
かみさまに貰った蜻蛉玉を身に付けやすいように、折角ならかみさまの事を教えてくれたあのおじさんのお店で加工をして貰おうと思い立って、ここへとまた訪れたのだけれども――。
「見つからないなー」
鮮やかな赤色の中を泳いでいるみたいに燿くみずたまと金色の花が浮かぶ蜻蛉玉を空に透かすみたいに見上げたメゥは、視線を村の中に戻すとうーんと少しだけ唇を尖らせて。自らの纏った白燐蟲に話しかけるみたいに呟いた。
「ここはすずしくなると、お店がなくなっちゃうんだね」
夏場を過ぎると閑散期に入ってしまう為、河原沿いの屋台は閉まるだけなのだが、あの楽しくて暖かな賑わいを感じた事のあるメゥとしては、閉じられた屋台が並んでいるばかりの道は何だかとっても寂しく感じてしまう。
そのまま静かな河原沿いを歩いていると、村までたどり着いてしまい。メゥはお店のありそうな通りを覗き込んだ、瞬間。
思わず息を飲んだ。
「わ! わ……!」
そこは村の呉服仕立て屋だったのだろう。
様々な服が並べられた店先でメゥの目を奪ったのは、一日の空の色を解かして閉じ込めたような、鮮やかな夕焼け色が印象的な浴衣であった。
ふわふわとした薄布が揺れている様は、まるで、まるで――。
メゥは忘れちゃうから、忘れないように描いたあの日を探して、日記帳を捲り。
そうして、ふしぎな浮かぶ島のふしぎな生き物の頁で指を止めた。
水の中じゃないのに空中をぷかぷか浮かぶ、さかなたち。
その中でもふんわりとした尾びれをひらひらと揺らして泳ぐきれいな幻想金魚と、あの浴衣はよく似ている気がして。
「きれいで、かわいい……!」
そういえば、今度浴衣コンテストがUDCアースの秋祭りで行われるとみんなが話していた。
大きさも丁度メゥにぴったりなように見えるし、これを着たらメゥもそのコンテストに参加できるかもしれない。
このふわふわの尾びれを揺らしながらお祭りを歩くのは、きっととっても、たのしくて、すてきだろうと思う。
ううん、きっとたのしいよ!
想像だけでメゥは嬉しくなってきてしまって、背に生えた翼の先っぽがぴぴぴと揺れてしまう。
「おお、嬢ちゃん。折角なら着てみるかい?」
そこに丁度のれんの奥から出てきた店員が、ぴかぴか好奇心に瞳を輝かせるメゥに声をかけて。
「……あれ?」
「あ!」
彼を見上げたメゥは目をどんぐりみたいにまん丸くして、思わず大きな声を上げてしまった。
なんたってその人こそ、今日この村まで足を運んだ理由である、――あの屋台の店主のおじさんだったのだから。
日記帳をカバンにしまったメゥは、手のひらを広げて手にしていた蜻蛉玉を店主に見せて。
「夏の屋台でも、確かおれのお店に来てくれてたよね?」
「そうです! あのね、あのね! メゥね、今日はあのかみさまの贈り物をきれいにしてもらいたくて、来たの!」
「やあ、嬉しいね」
弾むメゥの言葉に店主はニッコリ微笑み。それから眉を下げると、少しだけ困ったように言葉を接いだ。
「と言っても、今はちょっと仕立ての依頼が立て込んでてね、しっかりとキレイに加工するなら手を着けるまでに時間がかかりそうなんだけれど……」
「そうなんだ……」
「いや、でも、紐に通すくらいならすぐ……」
メゥのぴかぴか瞬いていた瞳がしゅんとしてしまったものだから、店主もおもわずしどろもどろ。
ちいさな子の笑顔が曇ってしまうのは、どの世界だって狼狽してしまうものなのだ。
「ほんと? いいの……?」
迷惑じゃないかな? と。
心配そうに見上げたメゥを店主は安心させるように、胸を叩いてから眦を下げて。
「ああ、その色なら、今嬢ちゃんが見ていた浴衣にもよーく似合うだろうからな。帯飾りにしたりしたら綺麗だろうなあ」
彼女の手の上の蜻蛉玉を見ながら、お客様が興味を示した商品へのセールストークもちゃっかり忘れず笑った。
「わーい! それじゃあ、おねがいします!」
セールストークに乗せられてしまった、……訳では無く。
なによりもあの浴衣を、メゥ自身が着てみたかったから。
花が咲いたみたいに、ぴかぴかの笑顔を浮かべたメゥは大きく頷いた。
――きっときっと、秋のお祭りは楽しくなるだろう、という確信と共に。
●巡る季節、巡るかたち
そうして無事浴衣コンテストを終えたメゥは、村へもう一度足を運んでいた。
今日はかみさまの贈り物をきちんと、いつでも持ち歩きやすい加工をしてもらう為に。
「さあ、どうぞ」
店主から受け取ったお守り飾りに、メゥは浴衣を初めて見た時のように目を奪われてしまう。
きれいだな、かわいいな、すてきだな。
メゥは❝わすれんぼ❞だけれども。きっとこの飾りを見る度に、思い出せると思う。
宙を泳ぐさかなの群れを見た時の、かわいくて、ふしぎで、おもしろいと感じた気持ち。
冷たくて気持ちがいい水の中で、かみさまの贈り物を見つけたときの気持ち。
色とりどりの浴衣を着付けたみんなの間を、宙を泳ぐように尾びれを揺らして歩いた、あの浴衣コンテストの日の気持ち。
二度目に村を訪れた時に、賑わいが失われた屋台の群れを見た時の少しだけ寂しい気持ち。
幸い三度目は迷うこと無くお店まで向かえて、蜻蛉玉をこのお守りに加工してもらえた時の――今、感じている新鮮な嬉しい気持ち。
気持ちも季節も巡り、たどり着いたこのかたち。
メゥは何も覚えていなかったから、|幸福《たいせつ》も|不幸《トラウマ》もわからなかった。
だからメゥは白燐蟲の燿きをみちしるべに、透き通った足でずっとまっすぐに歩いて来たのだ。
――でも、最近、ちょっとずつ解ってきた事もある。
蜻蛉玉をお花に似た金具で留めて、金魚の尾びれに、花結び。
この揺れる飾りはメゥがずっと身に付けている|タグ《トラウマリスト》みたいなかたち。
紐を止める先の玉も、メゥの瞳に似た、きれいな色。
ああ、そうだ、これは――。
「なんだか、メゥに似てるね」
メゥは最近、やっと、『メゥらしさ』の輪郭が少しずつ、少しずつ、見えてきた。
受け取ったばかりの蜻蛉玉のお守り飾りを見上げて、メゥは淡く微笑む。
――なんだか『神様からの贈り物のひとつ』だった蜻蛉玉が、『この世にひとつだけの、メゥの宝物』になったみたいでとっても、暖かく感じたものだから。
❝素敵なものとたくさん出会って、お礼をちゃんと言えますように❞。
「ねえ、店主さん!」
「はいはい、なにかな」
「ありがとう!」
メゥはメゥだけの『お願いごと』を胸に、にっこりと微笑んだ。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴