#獣人戦線
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●トランスクリプション
「……えーと、今日は何月何日だっけか」
「4月。4月3日。何、急にどうした」
「あ、おい! 勝手に言うなよ。声入っちまっただろうが!」
「は? なに怒ってんの?」
「いや、だから……いいや上から重ねれば良いんだしな」
はじまりはそんな出だしだった。
その声を聞いた時、懐かしさが胸に去来した。
けれど、その懐かしさはもう二度と取り戻すことのできないものであることを自分は理解している。
時は過ぎ去っていくものであるし、また同時に取り返しのつかないものである。
故に人は懸命に生きるのだ。
己の全生命を以て、何かに応えるのだろう。
●4月3日
何かが押し込まれるような音が聞こえる。
きっと録音ボタンを押した音だろう。続く声の主のことを思い出す。忘れよう無い。かけがえのない。
言葉で形容するのならば、きっとそんな間柄であったように思える。
「4月3日。今日は生憎と曇天だな。雲が重っ苦しい。あー、えー……あれだ。いつだったか、赤いキャバリア乗りが居ただろ。あいつがやってたことの真似事なんだが」
その声の主は戦友だった。
ショットガンを構えて勇猛果敢に前線へと飛び出していく無鉄砲さを持ちながら、誰一人として見捨てることのできない義侠心を持っていた。
幾度となく助けられた。
『超大国』のオブリビオンとの戦線は苛烈極まりないものばかりだった。
いずれの一つとして、簡単に勝利できたことはなかった。
「『後に続く者』のために、と残すのが重荷になるってことはわかってるんだけどな。けど、どうしたって俺も恐ろしいんだろうな。おくびにも出せないけど……」
声が震えているように思えた。
こんな彼を己は知らない。
いつだって彼は。恐れを知らない様子で戦線を駆けずり回っていた。
「手が震えてくる。自分の生命が失われた時、俺はどうなってしまうんだろうなって。暗闇の中に放り出されてしまうんだろうか。それとも昔話に聞いたような天国に行けるんだろうかと」
結局、と彼は呟いた。
「俺は誰かのためにと言いながら自分のために戦っているのだろうな。だから……俺のことを、俺が救った誰かに覚えていて欲しいんだろう」
ガチャリ、と音がして途切れた。
●4月30日
録音ボタンが押される音が響く。
ノイズが混じっている。
「あいつがやっていたことを引き継ぐみたいで、ちょっと癪なんだけど」
その声は涙ぐんでいるようだった。
女性の声。
かすれた声は、何処か哀切さを滲ませていた。その声を自分は知らない。その声の主のことを知っているが、こんな声を出す者ではなかった。
いつだって気丈な人だった。
冷静だった。
理知的であり、俯瞰的であり、どこか冷めた物言いをする者だった。
「『これ』を見つけて、再生してみたら、らしくないことを言ってるあいつの……ことを思ったら」
誰かに自分のことを覚えていてほしいと思ったのかもしれない。
滲む声の先にあるであろう姿と自分の中にある彼女の姿が実像を結ばない。どうしたって、結びつかない。
だけれど、これは紛れもなく。
「これも私なんだと思う。どんなに冷徹に多数のために少数を切り捨てるのがベターだったのだとしても。仕方ない。私も、弱いのかもしれない」
そんなこと何一つ言わなかった。
そんな姿は一切見せなかった。
最期の時まで彼女は気高かった。
なのに。
テープから再生される音は、どうしようもなく弱々しい声だった。疲れ果てていた。
「でも、一つわかっていることがある。私もあいつも、誰かのためにと銃を手に取ったんだって」
ガチャリ、と音がして途切れた。
●8月29日
エンジンの音が聞こえる。
荒々しい音。
その音を自分は知っている。どんな窮地にだって駆けつけてくれた軍用バイクのエンジン音だった。
「どうだよ、乗り心地は!」
「――ッ!!」
「ハハハハッ! そうかい、サイコーかい!」
「――!!!」
爆音にも似たエンジン音にかき消される声。けれど、それでも爆音の向こう側に聞こえる声に聞き覚えはあった。
「……まあ、なんだ!仕方ねーよ!生命はいつかは潰える。死ぬって言い方はあんまり好きじゃねーんだけどよ!」
いつの間に録音したのだろうか。
いや、録音するつもりなどなかったのかもしれない。
けれど、偶然か運命か。
背嚢の中で録音ボタンが押されてしまったのかもしれない。
「生きた以上、いつかは死ぬんだよ。アイツらもお前もさ。生命なんだから。そうやって何度も繰り返されてきたから、今の自分達があるんだと思うぜ」
排気音が沈黙を殺す。
己はこの時なんと言葉を返しただろうか。
ガチャリ、と音がして途切れた。
●11月6日
録音ボタンが押される音が響く。
「ひでーなこれは……ああ、いや。こっちの話だ。これを聞いているということは、オレはもう死んでるのかもしれねーな。死ぬって言い方はあんまり好きじゃねーんだけど」
その声を知っている。
けたたましいエンジン音が聞こえない。
いつだって一緒だった音が聞こえない。
それはまるで、恐ろしい経験をもう一度味わっているかのような、これ以上聞きたくないと思うような。
そんな。
「ああ、此処で止めるってのは無しにしてくれよ。いや、わかるよ。これがお前にとって重荷になるってことは」
けれど、と声は続けた。
「生きるってことは。戦うってことは」
咳き込む声が響く。
何か泥濘んだものに手を突っ込んだような音が響く。
「こういうことだぜ。生きて、生きて、戦って、戦って、その果に血と泥に塗れて息絶えるってことだ。死ぬってことだ。けどな」
咳き込む声が苦しく、また弱々しくなっていく。
ダメだと思わず叫びそうになる。
けれど、届かない。
このカセットテープの向こう側には届かない。
「『此処』にオレたちは居たんだ。だから」
ガチャリ、と音がして途切れた。
●--月--日
「忘れない。忘れるわけがない」
忘れないでくれという願いに応える声があった。
「今でも私はあなた達と共に在る。だからこそ、どれほどの苦難が訪れようと、私は」
サーシャ・エーレンベルクは。
「『白き剣』として戦場に立てる――」
成功
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