空の月に手を伸ばす、海の月
馬県・義透
陰海月のお話です!
前回までのあらすじ:四人の見分けがつく陰海月。
陰海月はもふもふも大好きで。とくにもちもちもふもふぬいぐるみが好きで。
だから、ねだって『鳥の形をしたぬいぐるみ(わりと大きいXLサイズ。座れる)』を買って貰っていた。
たぶん、ここら辺りから関係性が『祖父と孫』になりかけ。
ある日のこと。いつものようにその『鳥のぬいぐるみ』をもふもふしていてら…構造上、どうしても弱くなりがちな『首と胴を繋いでる場所』からもろっといって…中から綿が!
ビックリ陰海月!「ぷきゅ…(涙目)」となりつつ、器用な『疾き者』に修理を頼もうと思ったけれど、どうも忙しい様子。
なので…自分で調べて動画を見て、近くの手芸店にいって、貯まってたお小遣いで必要なものを買った!
もちろん、いきなり本番をするのではなく、練習用の布で縫う練習をしてから修繕開始!
陰海月も知らなかったんですが。
何故か針は持てるし、ハサミも使える。触手がその方面にマジカル進化したか、メガリスの影響か…。
しかも、練習したのと『疾き者』に似て器用になったのか、最初から上手くできた。
ちょっと玉止めは失敗したけど、許容範囲内!
そうして、無事に『鳥のぬいぐるみ』は修繕完了。
余った布でクラゲぬいぐるみを作り始めるのですが。それがまさか大量になるとは…。
馬県義透は、この時は知るよしもなかった。
●もちもちもふもふ
言うなれば、それは嗜好というものであったことだろう。
生存するだけならば必要のないものであったが、ないにこしたことはないもの。
大洋たる世界にあっては、そんなことを考える余裕すらなかったはずだ。だから、もちもちもふもふは幸せの形であったのかもしれない。
巨大クラゲ、『陰海月』はそう思うことにしていた。
「ぷっきゅ、ぷきゅきゅきゅ」
ごきげんだった。
けれど、いつだってそうだ。
哀しい出来事というのは突然にやってくる。
ブルブル震える触腕。
その手の中でお気に入りの鳥の形をしたぬいぐるみの首の根元がもげていた。力を加えすぎたわけではない。
ただお気に入りであったがゆえに抱いて眠ったり、食事のときも一緒だったりと酷使が過ぎたのだ。
「ぷきゅ~!!!」
これは大事である。
構造上どうしても弱くなるのはしかたないことだ。細い上に触腕が首の根元を持ちやすい。そうなってしまえば、どこに行くにしたって一緒だったお気に入りのぬいぐるみは、その負荷に摩耗していくのだ。
かといって『陰海月』がそれを理解しているわけではない。
恐る恐る首をくっつけてみても、元に戻ることはない。
悲しくも白い綿があふれるばかりである。
しかし、『陰海月』は知っている。
生命は失われては取り戻しようがない。けれど、ぬいぐるみは治すことができる。修繕することができるのだ。
『おじーちゃん』たちこと、馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)の一柱『疾き者』ならば、きっと治すことができるはずなのだ。
「ぷきゅ!」
おじーちゃーん! と『陰海月』が家の中をふよふよと浮いて探し回る。
「つわぶきは美味しいのですが、処理が大変ですね……」
いた! と『陰海月』がお気に入りである鳥のぬいぐるみを修繕してもらおうと近づいたが、どうやら『疾き者』は忙しそうだった。
つわぶきの皮を剥いて処理をしている様子だった。あれは一度お手伝いしたことがあったが、とても大変だった。
手が真っ黒になってしまうし、何より根気が必要だった。
だから、『陰海月』はわかってしまったのだ。『おじーちゃん』たちは忙しい。
なら、手をわずらわせるのは違うことだと思ったのだ。
いつもしてもらってばかりである。
なにかしてあげたいと思うが、何ができるかわからない。なら、手をわずらわせないようにするのもまた一つの孝行なのかもしれない。
そう思って、『陰海月』は一念発起するのだ。
「ぷきゅ!」
自分でやってみる!
その気持ちが『陰海月』の中に芽生えた瞬間だった。
もしも、この時の姿を馬県・義透たちが見ていたのならば、彼等もまた祖父性を刺激されてしまうことだっただろう。
いつだって幼き生命の成長速度というのは、先人たちの思惑を上回っていくものである。
『陰海月』はそうと決まれば行動は速かった。
大切なお気に入りの鳥のぬいぐるみを自分自身で治すために情報収集を怠らない。
触腕で器用にパソコンのキーボードを叩く。
知っているのだ。
ここの空白に知りたいことを打ち込むと、知りたいことが、わっと溢れてくることを。
「ぷきゅ……」
『ぬいぐるみ なおす』
そう打ち込んで『陰海月』は、ふむふむと文字の羅列と氾濫するかのような情報を吟味していく。
必要なものをメモし、自分に足りないものを知識として補っていく。
大切なことは知ろうとすることと、失敗を恐れないことだ。
失敗は確かに気持ちを削る。
気持ちが削られては、もう一度、と挑戦する気持ちを奮い立たせることも難しいだろう。
けれど、自分が求めるものがそこにあるのなら。
「ぷっきゅ! ぴゅき!」
ふんす!
やるのだ。いつだってやらなければ始まらない。今はできなくても、やることさえ続けていれば、必ず成し遂げることができるはずだ。
「ぷきゅ~!」
いってきまーす、と『疾き者』に告げて、早速『陰海月』は手芸店に飛んでいく。
「おやまぁ……どうしたことでしょう」
「なにか欲しい物でもあったのではないですか?」
「お小遣い制にしておいたが、誰ぞ多くやってはいまない?」
「……ぎく」
ギク、て。
悪霊四柱は、それぞれに『陰海月』に甘い。
飛んでいく『陰海月』を見送りながら、四柱は互いに互いを見やる。四柱会議の始まりだった。
お題はいうまでもない。
『陰海月』甘やかし対策会議である。
そんな四柱の会議が行われていることなど露知らず、『陰海月』の奮闘は始まっていた。
手芸店で必要な道具をお小遣いから捻出し、パソコンのある部屋で手芸動画を見ては練習用の布で裁縫のスキルを磨いていく。
「ぷきゅ、きゅ?」
こうかな? あ、違う。こうだったんだ。此処をこうしたらどうなんだろう。
そんな風に『陰海月』は触腕で器用に針や糸、鋏などを使っていく。
どう見てもまるっこい触腕んである。器用さからは縁遠いように思えるのだが、どうやら進化したようである。これもメガリスの影響であるのだろうか?
いや、違う。
これは『陰海月』の意志によるものだ。
道具を自由に扱えるようになりたい。
己が思い描くように。
それこそ、『疾き者』と同じように道具を器用に扱えるようになりたいという意志が『陰海月』にさらなる進化を齎したのだ。
「ぷきゅ!」
完成! と『陰海月』がお気に入りの鳥のぬいぐるみを掲げる。
初めてにしては上々だった。少しの失敗もあったけれど、それもまた一つの愛嬌というか、宝物だ。
世に二つとない自分だけの宝物。
「きゅきゅきゅ~!」
誇らしい思いもある。また同時に誰かに見て欲しいとも思う。
そんな一生懸命な『陰海月』の様子に四柱が気が付かぬわけがない。
「上手に治すことができたようですね」
「きゅ?」
本当? と『陰海月』は褒められたことに喜ぶように鳴く。
「ああ、歯切れが残っていますね。これでなにか作ってみては?」
自分で作る。
ぬいぐるみを。
その言葉に『陰海月』の中の何かが目覚めたようだった。
自分でする喜び。してもらう喜びもあるけれど、今、『陰海月』の中に『自分が誰かのために』という想いが芽生えたのだった――。
成功
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