おてんば娘、故郷でバレンタインを催す
「……と、いうわけで!」
劉・涼鈴はふんすと胸を張る。彼女の前にずらりと並ぶは、劉家拳が名だたる高弟100人! いずれも、江湖においてはその名を広く知られた選りすぐりの武侠たちである。
「本日は劉家スペシャルバレンタインイベントを! 開催するよ~!」
いえーい! と、ひとりハイテンションで拳を高く突き上げる涼鈴。彼女の背後には、劉家家訓そして劉家拳の基礎中の基礎たる「劉山泊の掟」が、達筆に認められた額縁が飾られている……の、だが、その上にバッテンつきででかでかとハートマークのバレンタイン看板が貼り付けられていた。もはや謀反である。
「私に勝てたら本命チョコをプレゼント! 皆の者、用意はいい?」
涼鈴は高弟たちを一望した。
「お嬢のチョコ……!」
「負けられねえ、なんとしてでも」
「ふしゅるるる……」
彼らは皆、武に人生を捧げてきた男たちである。その目が激しく血走り殺気立っていることに、涼鈴は気付かない(そもそもバレンタインの本質を全然理解してないから)
(「みんなやる気みたいだね、そうこなくっちゃ!」)
と、健康的すぎる解釈をしている。やはりまだまだ子供だ。
……だが、武においては話が違ってくる!
「それじゃあ……どこからでも、かかっておいで!」
「「「ウオオオーッ!」」」
涼鈴が掌を上向け手招きした瞬間、四方八方から襲いかかる凶漢……じゃないや高弟の皆さん!
劉家拳の技は星の如し、という江湖の評判は伊達ではない。掌法はもちろん、劍・刀・棍・槍・戟・鐧・鏢・鞭、はたまた銃・布槍・暗器に毒爪、あらゆる武器術を修めた高弟たちの同時攻撃である!
「ハイーッ! 飛燕八相獄!」
右から大刀の連続攻撃! 燕でさえ逃げられぬ刃の檻を、無数の斬撃と刺突で作り上げるという奥義だ! 有名な燕返しの源流がこれにあることは江湖では常識!
「劉家圈闘術奥義! 鮫牙銀光条ーッ!」
左からは分裂した圈が首・肩・腿・腰めがけ飛来! サメの牙のようなジグザグ軌道を描くそれは、まさしく銀色の光線にしか見えないスピード! 高速回転するゆえに防御も不可能!
「前より功夫を積んだね! けど……おりゃー!」
「「グワーッ!」」
涼鈴は覇王方天戟を使い、八に八をかけた64の斬撃刺突で右の高弟を反撃! 左から来る圈は、分身でない本物を柄で弾くことで、残りのすべてをピンボールめいて反射撃墜しお返しする!
「次はおれだ! 赤兎無尽脚ーッ!」
吹き飛ばされる高弟を飛び越え頭上から蹴撃!
「遅い! そらそらそらーっ!」
「グワーッ!」
涼鈴は同じ絶招をそれ以上の練度で返す!
「まだまだ! 劉家奥義・妖蛇穿衡拳!!」
「こちらも行くぜお嬢! 烈牛地砕尾だァ!」
蛇めいてうねる軌道の内家拳と、バッファローの尾めいた鉄鞭の変幻打ち下ろしが同時にかかる!
「それも……こうだぁーっ!」
「「グワーッ!」」
だがやはり同じ技で撃破! 涼鈴はひたすらに高弟を倒す、倒す……!
……半刻後。
「全員失格か~、じゃ私が食べちゃお!」
涼鈴は、ハートマーク型のチョコをもっちゃもっちゃ堪能した。
「あまーい!」
うず高く積み上がった屍の山……じゃない、高弟の皆さんは、さめざめと泣いた。男の涙だ。
「小涼鈴……せめて義理でもいいからくださいよ……」
「呼ぶなら小姐って呼ばないとダメ! どうしても欲しいなら呼吸法からやり直しだよ!」
「「「そんなぁ~」」」
がっくりする高弟の皆さんをよそに、涼鈴はご満悦でチョコをぱくついた。後ろの額縁に貼られた特製看板が、ガタンと傾いた。
成功
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