天見・瑠衣
「『視界内の未来を見通す』その力にはやはり隙があります」
「当然 背後を取られればそれだけで不利とも言えるでしょう」
「しかし ある程度は立ち回りでどうとでもできます」
「敵が一人であれば基本的には問題ないでしょう しかし敵が複数 あるいは未知の存在であるなら」
「だからこそ 進み続けなさい 未来の自身がその瞳に写り続けるように」
「未来の貴方が礎と 道標となるでしょう」
「どれだけ恐ろしくても 苦しくても 退いてはなりません」
一撃を受けた
未来の自分が示してくれる
閃光を受けたらハンドサイン
未来の自分が示してくれる
止まっていても 退いても 何かがあればカラーボール
未来の自分が示してくれる
嗚呼 また私が死んだ
怖い 辛い 悲しい でも死にたくない
足を止めたら本当に死んじゃう
退いたら もっと悲惨なことになる
前へ 前へ進まないと
だからって――
「どうしていつもこんなことになるのぉぉ!もう嫌だよぉぉぉぉ!!!」
まだ天見・瑠衣(泣き虫の刀使い・f37969)が今よりさらに幼かった頃の話。
齢十にも満たない幼き瑠衣は、しかし刀を握り、戦いの訓練をさせられていた。
人によってはなんと厳しい、と言われるかもしれない。だが、討魔師の家ではありふれたことだ。
宮内庁の若きエース中島・碧が三歳から刀の鍛錬をさせられていた事は有名だし、討魔組の代表を務める如月・アンジェも六歳の頃に鍛錬を始めたと言われている。
だから、瑠衣が今訓練させられている様子も討魔師の家庭にあっては特別な日々などではなく、日常、と言わざるを得ない。
天見家の現当主は子宝に恵まれぬまま出産可能年齢を過ぎており、跡取りがいない状態だった。
おそらくそれを知ってのことだろう。瞼を閉じ涙を流す女性が突如家を訪問してきて、瑠衣を預けたのだ。
「実戦を積ませたいのです。大丈夫、役には立ちます。それに死ぬことはありませんから、弱音は無視してあげてくださいね」
「実戦を積ませたい」。それはつまりいつか件の女性が瑠衣を回収しに来るということではないか、そう天見家は恐れたが、それはそれとして、もはや家の終わりを待つのみだと思っていた天見家は思わぬ養子の登場に喜んだ。
「『視界内の未来を見通す』。その力にはやはり隙があります」
そして、鍛錬を始めた最初の日、天見家の現当主は自らの血の力とは異なる瑠衣の血の力を理解すべく簡単な試練を与えて、その結果を見て、瑠衣にそう告げた。
瑠衣の持つ血の力、「涙を湛えた視界内の未来を見通す」能力。
それは強力な力だ。類似した力として、宝蔵院家の討魔師である朱槍が持つ血の力があるが、その朱槍が、いやこれまでの宝蔵院家の代々の討魔師がどれだけ一騎当千の活躍をしてきたかを考えれば、それに期待しないことはありえないと言えるだろう。
なので、最初、天見家の討魔師は宝蔵院家から少し助言を貰い、宝蔵院家で伝わる鍛錬手法を試そうと思っていた。
「当然、背後を取られればそれだけで不利とも言えるでしょう。しかし ある程度は立ち回りでどうとでもできます」
宝蔵院家の血の力は一度過去に見た攻撃の軌跡が、二回目以降は先読みして見える、というもの。
赤いラインとして見えるらしいその軌道さえ意識すれば理論上攻撃を喰らわない、最強の血の力の一つと言えよう。
とはいえ欠点もある。それは軌跡が視界の外であればそれに対応できないという当たり前の弱点だった。
故に、瑠衣に課された最初の訓練はとにかく背後を取らせない、ということだった。
これ自体は割と有効ではある。瑠衣もまた視界に未来を映す能力である以上、視界の外で攻撃が行われればそれに対処が出来ない。
だが、類似した力は類似した力にすぎない。宝蔵院家の血の力とはやはり性質が違った。
宝蔵院家の人々が見る赤き攻撃の軌跡と違い、「未来そのものが見える」瑠衣の血の力は、可能性が複数生じた状態ではあまりにその判別が難しい。もちろん、敵が複数になればなおの事だ。
また、見た目で分からない攻撃に対しても、対処が困難であることが分かった。
悩んだ天見家の現当主は一つの手法を編み出した。
「敵が一人であれば基本的には問題ないでしょう。しかし敵が複数。あるいは未知の存在であるなら」
そうして、天見家の現当主はその決定を瑠衣に告げる。
「だからこそ、進み続けなさい。未来の自身がその瞳に写り続けるように。未来の貴方が礎と 道標となるでしょう」
瑠衣の視界に映るのは未来の風景。つまり、瑠衣が常に前に進み続ければ、瑠衣の視界には常に自分の一歩先を行く自分が見えることになる。
そうなれば、瑠衣は常に未来の自分を客観的に見ることが出来る。未来に自分が受ける攻撃をより客観的に対処できる。俯瞰、と言うには視点が低いが、ある意味で擬似的な第三視点と言えるだろう。
「故に……、どれだけ恐ろしくても、苦しくても、退いてはなりません」
それは結果的に現在の瑠衣から「逃げる」という選択肢を奪った呪いでもある。
だが同時に、確実に瑠衣の命を救い続ける教えでもあった。
かくして、瑠衣の「ひたすら前に進み続ける」鍛錬が始まった。
視界の中の|瑠衣《自分》が攻撃を受けて倒れる。
未来の自分が敵の攻撃が来ることを示している。
瑠衣は手に持つ日本刀で攻撃を防ぐ。
視界の中の|瑠衣《自分》が何やらハンドサインを示す。これは、以前に決めた「閃光攻撃」を受けた事を示すサイン。閃光は単に未来を見ているだけでは分かりづらい。そこで、そのような分かりづらい攻撃に対してはハンドサインをするようにと、現当主と決めたのだ。
未来の自分が敵の攻撃が来ることを示している。
瑠衣は一瞬目を瞑って閃光を防ぎつつ、更に前へ進む。
またハンドサイン、この今度はガス攻撃だ。ハンドサインを出した|瑠衣《自分》がそのまま顔色悪く倒れていく。
未来の自分が敵の攻撃が来ることを示している。
瑠衣は周囲を見渡して、未来の自分がハンドサインを出さないルートを見つけてそのルートを進む。
不意に、視界の|瑠衣《自分》がカラーボールを地面に投げつける。赤いカラーボールは警戒の合図。ハンドサインの決まっていない、なにかの脅威がある。
未来の自分が敵の攻撃が来ることを示している。
未来の自分が敵の攻撃が来ることを示している。
未来の自分が敵の攻撃が来ることを示している。
未来の自分が敵の攻撃が来ることを示している。
未来の自分が敵の攻撃が来ることを示している。
――嗚呼、また私が死んだ。
攻撃への対処が完璧になったと判断され、瑠衣はついに実戦へと投入される。
しかし、命さえ奪われかねない実戦の場において、瑠衣は傷一つ無い。全て視界の中の瑠衣が代わってくれているから。
一つ実戦が終わっても、霊害は待ってはくれない。すぐ次の実戦がやってくる。
――怖い、辛い、悲しい、でも死にたくない。
何回も何回も、自分が死ぬ様子を見せつけられる。二度と見たくない。けれど、見ることを辞めて自分がこうなるのはもっと嫌だ。
――足を止めたら本当に死んじゃう。
足を止めたら、自分の代わりに死ぬ自分はいなくなる。けれどそれは、自分が死ぬ可能性を大幅に高める。
――退いたら、もっと悲惨なことになる。
後ろに退いても、見える未来はその場に留まった自分の未来である可能性が高い。あまり役には立たないし、大体の場合、視界の中の自分は進むより酷い目にあう。
だから――。
――前へ、前へ進まないと。
瑠衣の脳裏には後退も停滞もない。ただ、ひたすらに前に進むのみ。それ以外に、自分の身を守る方法を知らないから。
だから今日も瑠衣はただひたすらに前に進む。
「どうしていつもこんなことになるのぉぉ! もう嫌だよぉぉぉぉ!!!」
泣き言一つ言いながら。
それでも、戦いは待ってはくれないのだから。
成功
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