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黒塗りの車体は見るからに重そうで、堂々としていた。
ティタ・ノシュタリア(夢を見る宇宙・f38779)はぽかんとそれを見上げる。見上げる瞳が、徐々に輝いていくのをマシュマローネ・アラモード(第十二皇女『兎の皇女』・f38748)は見ていた。
「これが寝台列車……! お名前はスピカっていうんですね」
車体の正面に星のエンブレムが輝いている。よく見ると側面も、夜空に星が散っていた。乙女座を模していることに、マシュマローネは気付く。
……寝台特急スピカ号。春先の穏やかな太平洋側のルート(東京〜東海〜南紀〜京都)を走行し、自然豊かな山林や海に臨む海岸線、幻朧桜の花咲くサクラミラージュの景色を楽しむルートとして人気の列車である。
少し前に引退したシリウス号の妹分とされ、贅を尽くした季節の料理もまた人気を博していた。
一泊二日の列車旅。その道のりとティタの笑顔が重なり、マシュマローネの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「ティタ。切符の準備は宜しくて?」
「うん! ばっちり予習済みです! どんなお部屋なんでしょうか……」
切符を切って、車内に乗り込む。それすらも楽しくて。ぱあと笑顔になるティタがまた見ているだけで楽しくて。
そうして二人は笑いながら、列車に乗り込んだ。
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「わ、わ、素敵!」
泊まるのは一等星。この列車で一番上等な部屋だった。
入ってすぐ目に入ってくるのは、大きな大きな窓。そこから常に外の景色を見ることができる。そして窓の前にはアンティークなテーブルと椅子。ベッドもどれも落ち着いた雰囲気を醸し出していた。ランプは温かみのある色を放っていて、星を模したそれにおしゃれ、とティタは言いかけて、
「……あっ、いえ違いますね! こほん。ハイカラ、です!!」
えへへー、と照れたように笑うティタ。一度言ってみたかったハイカラ。
きょろきょろと部屋を見回していたマシュマローネもまた、こくりと頷いた。
「ふふ、そうでしたわね、ハイカラで素敵な調度品が設えてありますわ! サクラミラージュは可愛らしいもの、穏やかで心和むものでいっぱいですわね……!」
ティタと一緒に旅行。それだけでわくわくするのに、こんなにも嬉しい。マシュマローネはベッドにポンと飛び乗りたいという誘惑を堪える。こんなことするのははしたないかな……なんて。
「あ! 枕のカバーが桜で……サクラミラージュの文化ってかわいいものが多いですよね! 私好きです!」
思っていたら、ぽんとティタがベッドの上に飛び乗った、ふかふか! とはしゃぐティタに、マシュマローネも微笑んでベッドに飛び乗る。ふっかふかだった。
「楽しい思い出になりそうですわね……」
「うん!」
そうこうしている間に、列車が走り出す。
駅が遠ざかっていく。街のレトロな景色に桜が乗っている。
流れていく桜を見ながら、沢山素敵な思い出を作ろう、マシュマローネは思った。
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「お食事までにはまだ時間があるので……展望席に行ってみませんか?」
「あら。いいですわね!」
その後、ティタの提案で二人、展望席を目指す。
硝子窓を大きくとった車両は、落ち着いて外を眺めることができた。
ちょうど森の中を走っているところ。季節の木々が色とりどりの花を咲かせ、その間を負けじと桜吹雪が咲き、流れていく。
列車が通過する。その勢いをそのまま桜が巻き上げて、まるで……、
「わあっ……わあ! すごい絶景ですよ! きれい……幻朧桜の海のなかを進んでるみたい……」
マシュマローネの心情を代弁するかのようにティタが言う。「この景色は列車に乗らないと見れないですね!」と、窓の外から視線を戻したティタに、マシュマローネも目を輝かせて頷いた。……流れていく桜の景色に、思わず見入ってしまっていた。
「このような景色、星の海は広くとも、そうそう観れるものではありませんわ……! こういう風にこの世界を彩った方がいるのであれば……どういう想いでこの花を選んだのでしょうね……?」
何気ない疑問だった。そんな何気ない疑問に、うーん? とティタは唇に手を宛てる。
「このお花を選んだ理由、ですか?」
少しの間考えて、出た答えは、
「このお花、見てるととっても優しい気持ちになれるのです。だから、もしこんなふうに彩ったひとがいたとしたら。きっと、何かを癒やしたかったんじゃないかなって……」
「なるほど……」
とても、彼女らしいもので。思わずマシュマローネは微笑んだ。そしてあら、と頬に手を宛てる。
「ずいぶん話し込んでしまいましたわね。見てくださいませ、鳥が」
ふと思ったのは、森が開けたから。どこまでも続く田園地帯に、太陽が落ちていく。夕日に向かって鳥が飛んでいく。わあ。とティタが声をあげた……ところで、ティタのお腹が鳴った。
「あ! 確かにもうお食事の時間ですか? 楽しみですね!」
ティタがお腹が鳴ったことをまったく気にしていないのは、相手がマシュマローネだからだろう。
「そうですね。今日のメニューはなんでしょう?」
だからマシュマローネの問いに、ティタは両手を合わせる。
「あー。何でしょうね、聞いてませんでした!」
「ですわよね。……あ、コース料理は筍と菜の花が出るとか伺いましてよ」
「えー! すっごく素敵! お魚でしょうか。それともお肉!?」
「確か、当日選べるとかで……」
もちろん列車に見合った豪華さであろう食事に、二人の胸も膨らむ。目をキラキラさせて食堂車に向かう二人を、桜が追いかけた。食堂者でも、景色を見ながらの夕食になる。桜散る田舎の景色に、沈んでいく夕陽はとても綺麗だった。
「列車のなかでお食事するのってなんだか非日常感があります!」
「モワ! 列車での食事がこんなに特別な感じがするのとても不思議ですわ……!」
今日はコース料理を頼んでいた。肉か魚か、席につけばそんなことを聞かれて二人は顔を見合わせる。
「ううん、半分こ、ははしたないでしょうか……!」
「けれども両方、というのも少々恥ずかしい気も致しますわ」
割と融通が利くので、両方と言えば両方出してはくれるだろう。半分こだって、別に咎められたりなんてしない。
けれどもこれは、乙女の矜持の問題でもある。むむむ、とティタは唸り、マシュマローネも腕を組んで真剣な顔をして考えている。
「……こっそり、わけわけいたしましょうか?」
「はい……こっそり」
ほほえましい。なんていうスタッフの視線を感じたか否か。マシュマローネの言葉に、こくこくと小さくティタもうなずく一幕であった。
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「えへへ、素敵な景色でしたね!」
夜に入って、湖を通過する。湖に桜が鏡のように映って、まるで桜の星空の中を走っているような感覚になる。
食事の後に、そのまま部屋に戻っても良かったけれど。二人は今度はラウンジを訪れた。
「……ふふ」
「モワ!」
思わず顔を見合わせて、小さな声が二人して漏れた。大人の雰囲気のラウンジは、二人が未成年だからって追い返したりはもちろんしない。
「……お飲み物、頼んじゃいましょうか! レモネード、お願いします!」
「ええ。では、わたくしも同じものを」
「かしこまりました」
淑女のように扱ってくれるスタッフに、二人して微笑む。互いに違う場所から来たとはいえ、高貴な身分である。場違いなことはしない。……しないが、やっぱり大人の世界はちょっぴり、そう、くすぐったい。
「乾杯!」
「乾杯ですわ」
レモネードのグラスを二人で鳴らして、澄んだ色を見ていれば。
「いつか、二人でまたお酒を頂きましょうね」
「はい!」
不意に零れたマシュマローネの未来への言葉に、ティタも笑ってうなずくのであった。
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そうして、夜は更けていく。
月が浮かぶ海辺を、列車は走って行く。
二人はそれを、ベッドに座りながら眺めていた。
あけ放たれた窓から寄風と共に桜が入ってくる。
まだ、眠るには早い。旅行の夜は、いつだって特別なのだ。
「私、サクラミラージュが好きって言ったじゃないですか」
はじめにティタに出逢ったときのことをマシュマローネが思い出していると、不意にティタがそう言った。マシュマローネは小首を傾げて、続きを促す。
「綺麗で、かわいくって。とっても素敵な世界だと思います」
「そうですわね。勿論美しい世界ですし、どこか懐かしいような可愛らしさもございますから」
同意を示す。こんな風に、旅に訪れるのにはとてもいい場所だ。……だけれども、
「ふふっ、でもいちばんの理由ってそれではないのです」
それだけでは、ないらしい。ベッドの上に三角座りをしながら、ティタはマシュマローネを覗き込む。その目が、どこかからかうような。悪戯をするような子供の目をしていた。
「……ティタがそれ以上に好きな理由?」
なんだかワクワクするようなティタの口調に、マシュマローネはしばし考えこむ。即座に応えにたどり着かない。それを楽しむように、ティタは頬に手を宛てて笑った。
「……じゃあなにか、はマシュマローネにはないしょですけどね! 恥ずかしいので!」
「モワ……?」
照れくさそうに笑うその顔に、思わずマシュマローネは瞬きをした。
「私には内緒ですか? 恥ずかしいから……?」
ええ。思い浮かばない。そんな顔をするマシュマローネを、ティタはそれはもう楽しそうに見ている。……その顔を、見ていて。
なんとなく、マシュマローネは出会ったときのことを思い出していた。
「……」
一呼吸の、間。それで、マシュマローネは思い至った。思わず表情が和らぐ。
「えぇ、親友として……ティタのお気持ちに沿いますわ……!」
「……えへへ!」
その答えに、ティタの本当に嬉しそうに、ほんの少し照れたように笑った。
月が昇っていく。部屋に入ってくる風が桜とともに潮風を運んでくる。
いつまでもいつまでも。二人のおしゃべりはその夜、尽きることはなかった……。
成功
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