魔穿鐵剣外伝 ~魔禍祓霆~
フィア・フルミネ
【魔穿鐵剣外伝】
刀匠の里。永海。うん。金属に「あやかし」の血肉を混ぜた合金だとか。正直、メカニズムや詳しいことはわからない。鍛治職人でもなければ、そもそも常識といったものに疎い上に、口下手なのが私。
私は、魂人という手足も半透明で心臓もない、よくわからないものに成り果てた、後……だからこそ、わからないものに手を伸ばす。力になるならなんでも取り込んでみせる。
刀匠の人、この放電する槍を直してほしい。今の名前こそあるけれど、折れたコレをその名前で呼ぶのはかえって心苦しい。希望する能力は理外の「殺傷力」。山より大きな敵、血を啜る紋章持ちの領主、数多の外道を「斬れる」……刀でも、槍でも、ともかく打ち直してほしい。
先ほど槍が放電すると言ったけど、正しくはこの槍を介して自分の発電を対象へ流し込んでいるということ。電気の媒介にできるくらい頑丈だとなお良い。銘は……任せてもいいかな。キミの感性に従いたい気分。
出来上がったら試し斬りに行くとしよう。使いこなすまで振るう覚悟だったけど、うん。よく痺れるくらい、馴染む。もう得物を折られたりしない。生前の屈辱は噛み締めたから。……これからは、キミの冴え渡る切れ味に負けないくらい、私も輝くとしよう。どうか生き続ける私の一部になってほしい。
戻れば感無量の謝意と、別れを。言葉下手な私を許してほしい。また、来たいと思っている。だから。うん。またね。
山間、雪深い永海の里にも、そろそろ春の訪れが来ようかという三月某日。此度永海の門を潜ったのは、フィア・フルミネ(|麻痿悲鳴《まいひめ》・f37659)であった。猟兵である旨を告げれば、里の番人は彼女を歓迎を以て迎えた。白い襤褸布を纏っただけの姿も、猟兵とあれば気にせぬのか――いや、その全身の凄絶な傷に怯むものあり、膚も露わな様子に赤面するものありと、反応は様々であったが――永海の里が猟兵に対して好意的というのは、噂通りのことらしい。
案内に従い、フィアは鍛冶場へ向けて歩いた。
過去、永海の里に所縁こそなけれど、その名が一部の猟兵の間で話題となっている事は知っていた。その|動作機序《メカニズム》の仔細など解るはずもないし、鍛冶職人がいかにして鉄を|鍛《う》つのかも、フィアは知らぬ。
しかして、過去、ダークセイヴァーのとある倒錯嗜虐趣味の領主――ヴァンパイアに見初められ、あらゆる拷問を受けた末に、最後は電気椅子で刑死したという凄絶な過去を持つ彼女は、その死後に魂人に転じ、さらには猟兵として覚醒した。理論で説明できないものに成り果てた今、彼女が未知を恐れることはない。力になるものならば、何だろうと取り込んで御するのみだ。
「初に目にかかる。十代永海、永海・|鋭春《えいしゅん》だ。猟兵殿、名を聞いても?」
鍛冶場に通された後、刀台を挟んでフィアが最初に対面したのは、落ち着いた様子の、鋭い鋼色の目をした男だった。背が高く、ざんばらの銀髪を白い手拭いで巻いている。
当代の永海の鍛刀総代であるという男は、フィアの全身の傷や、その出で立ちに臆する様子もなく、真っ直ぐに彼女の目を見詰めた。
「私は、フィア。フィア・フルミネ。……今回お願いしたいのは、これ」
フィアが置いた得物に、鋭春の鋼の瞳が細まる。
「折れてはいるが、槍か」
「うん。私は、これを経由して私の電気を敵に|徹《とお》してきた」
フィアは軽く右手で皿を作るように掌を上向けた。その白い膚の上で紫電が爆ぜ、バチバチとスパークする。超常の技――フィアの場合は、死因から付与された新たなる体質のようなものだが――に、流石に鋭春も片眉を上げるが、しかし動揺は最小限だ。
「なるほど。槍を媒介に、フィア殿はその雷を敵に流し込んでいる訳だな。……では、そうだな。何を重んじる? 抽象的なことでも構わない。フィア殿は新たな刃に、何を求める?」
「殺傷力」
フィアは、ほぼ間を開けずに答えた。
「それも、理外の殺傷力を。山より大きな敵を、より強大な紋章持ちの領主を、世にはびこる数多の外道を『斬れる』刃を。私は、求める」
フィアの眼の裏に映る化物どもを、鋭春は知らぬ。しかし、猟兵達はこの里を襲った未曾有の危機のような戦を、幾つも潜り抜けているのだということを、鋭春はよく知っていた。故に深く頷く。
「……なるほど。相解った。我ら永海の技を以て、この槍を仕立て直そう。フィア殿、代わりの得物を用立てる故、技を見せてもらうことは出来るか?」
「分かった」
鍛冶場の裏には、|試斬場《しざんじょう》と呼ばれる、稽古場様の広いスペースがある。鍛冶場を歩いて抜け、フィアを案内しつつ、鋭春は一言、多数いる鍛冶の中の一人を呼ばわった。
「|霆鋋《ていぜん》。頼む」
「……」
目元を伸ばした長い髪で隠した、年齢不詳の刀鍛冶が一人、音も無く作業台を離れ、フィアと鋭春に合流する。
「次第によってはお前に任せる。頼めるな?」
「……御意」
掠れた声は、自信なさげなものというよりは、声を出すことに慣れていないとでも言わんばかりの小さなもの。胴間声と腕自慢が多い鍛冶の中では些か風変わりな職人であったが、その節くれ立った手、鎚を持つ位置にできるたこの数を見れば、彼が熟練の鍛冶であることは疑いようもない。
「ではフィア殿、こちらだ」
「うん」
斯くして、一行は試斬場へ向かうのであった。
試斬場にて鋭春と霆鋋が見たものは、壮絶なる雷霆の乱舞であった。
居並ぶ藁束が次々と雷刃に斬り裂かれ、熱抵抗にて燃え爆ぜる。雷を刃の形に変え、放電を伴いその刃を振るうその姿は、稲妻の戦姫というに相応しい。
片手に雷刃、右手に渡された槍を意のままに操り、根元から斬り飛ばして浮かせた藁束の頭と胴を、それこそ稲妻の冴えたる槍の刺突で立て続けに貫く。野次馬に集まった鍛冶らの歓声が、試斬場を沸かせた。
縦横無尽と試斬場を駆け、演武を披露するフィアの様子を見ながら、鋭春は傍らの霆鋋に命じた。
「お前の腕が必要だ。あの御仁には自ら発電する力があるようだが――おれの見立てでは、それにはどうやら何らかの代償か、少なからぬ苦痛があるように見受けられる。杞憂であればいいのだが――少なくとも、おまえの|天鳴鉄《てんめいてつ》を使えば、今より負担は軽くなろう。彼女を助けてやれ」
霆鋋は、うっそりと頷いた。
「……御意のままに。……そうですな。傷つけど……戦う気骨のある方と……見えますが」
霆鋋は顎を突き出すように、宙に舞うフィアの姿を見つめる。
「さりとて、|某《それがし》の……技で、傷つかぬ手伝いが出来ると……言うのであれば。揮いましょう、鎚を」
切れ切れに話す霆鋋の声に鋭春は一つ笑い、頷いて霆鋋の肩を叩いた。
青天の下、霹靂が響く。永海の里に、気の早い春雷が荒れる――。
◆永海・霆鋋作 天鳴鉄 純打
刃渡二尺二寸 打刀 |魔禍祓霆《まかふってい》『|白雷《びゃくらい》』◆
常組糸菱巻拵、直刃、黒漆塗鞘のシンプルな打刀。
二代妖刀地金『天鳴鉄』、その筆頭鍛冶たる永海・霆鋋の作刀。フィアの槍の、刃を含む金属部分を基として鍛え上げられた天鳴鉄のインゴットから鍛刀されている。
意念を込めると発電する性質を持つ妖刀地金『天鳴鉄』は、飄嵐鉄と絶雹鉄の製法の流れを汲む二代妖刀地金の一つだ。
通常、天鳴鉄の刀は柄に絶縁処理が施される(遣い手の感電を防ぐためだ)が、フィアが帯電体質であり、彼女自身が生み出す電荷を敵に伝え戦うという特質から、白雷は絶縁処理を行わず仕上げられている。従って、彼女以外がこの刃を使えば感電する。実質フィアの専用装備である。
白雷はフィアの強い殺意に反応し、彼女の肌、髪のように白い雷を生み出してその戦いを補助する。フィア自身が生み出す雷と、白雷が生み出す雷は相反せず、融和して互いを増幅するため、彼女は今までよりも少ない消耗で同様の出力を発揮できるようになったほか、最大出力も向上することとなった。
魔がもたらす禍いを白き雷霆にて祓う。字して、魔禍祓霆『白雷』。
涯てなき道を行く魂人の、寄る辺としてあれ。
完成した白雷を手にしたフィアが向かったのは、永海の里の西、妖が多数出るという山だった。
この近辺は、定期的に地脈が狂い、厄災が吹き溜まる地相であるのだという。厄より生まれた妖たちは、三々五々と散っていくものもあれば、或いは山に留まり、他の妖と殺し合って強大な力をつけたりもするものもいる。
フィアはそのうちの一体を相手に、試し斬りをしようと申し出たのである。刀の代金の代わりに、それなりの妖異を仕留めて持ち帰ろう、と。
危険だと多数の鍛冶師がフィアを引き止めたが、鋭春と霆鋋は彼女の行動に異論を挟まなかった。必ずや、彼女と、その手にした白夜が、約定を果たすであろうと知っていたからだ。
所は山奥。草木も眠る丑三つ時。
フィアは、その鬼と対峙した。彼我の距離約二〇メートル。
敵の身の丈三メートルばかり。血塗れの、巨大な金棒を携えた|牛頭《ごず》の鬼だ。血走った目は対峙するもの全てを叩き潰して暴れなければ気が済まぬと言っているかのよう。事実、その牛頭の周りには、妖怪のもの、或いはここに妖怪を狩りに来たあやかし狩りの骸が散らばっている。
「――キミがこの辺りのボスだね」
妖の世界は力こそ全て。生き残ったこの鬼が、少なくともここ最近では一番の猛者であろうことは想像に難くない。牛頭は地を揺るがすように傲然と吼えると、金棒をぶうんと振り上げ、威嚇するように地を打った。地揺れ山揺れ、地面に亀裂が走り、フィアの足下に地割れが迫る。飛び退いて回避したフィアの視線の先で、割れた大地から溶岩が迸った。吹き出る溶岩の熱を一顧だにせず、ずうん、と牛頭はフィア目がけて踏み出した。
「キミに恨みはないけれど、キミは殺しすぎた。……恨むなら、私がここに来た偶然を恨むことね」
白雷、抜刀。
ひゅっと振るった刃の先に、白い電荷の火花が迸り爆ぜた。元の槍と形こそ変われど、フィアの体格に合わせて誂えられた刃は、まるで長く苦楽を共にした相棒めいて、ぴたりと手に馴染む。
フィアは敵を断つと意思を籠め、強く白雷の柄を握る。白雷の刀身がまるで潤むかのように光を纏った。ば、ばぢぢっ、ばりりリッ……!! 刀身からアーク放電めいた電弧が引っ切りなしに描かれ出したその時、フィアは完全な射程外より、槍めいて突きを打つ。
――っっぱあああんッ!!
口の中がひりつく様な音と共に空気が爆ぜた。刀身先端より迸った雷一条――否、『|雷槍《らいそう》』が、二十数メートルの距離を一瞬で零にした。突き刺さり胴を貫く雷が、噴き出す牛頭の血を蒸気と変えて撒き散らす!!
『ぐ、オオオッ?!』
苦悶の呻きを上げ、蹈鞴を踏む牛頭目がけ、フィアは踏み込んだ。その速度、まさに雷のそれ。放った雷に続き二条目の雷となったかのように飛び込むフィアに、鬼が苦し紛れとばかり金棒を振り下ろす。
圧倒的な質量攻撃。その重みを前にはいかな永海の刀、フィアという猟兵であるとしても、ひとたまりもない――
はずであった。
天鳴の刃と永劫の魂人は、よもや、それを一顧だにせぬ。
「――ッ!!!」
フィアが声なき声と共に振り被り、斬り上げるように放った白雷の一撃が、強き意念を纏って翻った。余人が見れば目を疑ったことだろう。その一瞬だけ、|刀身が白く輝き、伸びた《・・・・・・・・・・・》のだ。
白雷が、出力されたフィアの雷を吸い、その刀身から斬撃に乗せて放出。剣先にある数メートルを、刃の延長めいて薙いだのだ。――その切れ味、まさしく空を裂く迅雷のそれ。
真逆、真逆の光景だ。振り下ろされた大金棒が、半ばからぶった切られて、前半分がすっぽ抜けたように飛んでいき、手に持った後ろ半分が空を切って地面にめり込む。
あまりのことに牛頭の反応が一瞬遅れる。その時にはもう遅い、フィアはすでに金棒を蹴り跳躍している。
「さよなら」
声より速く、白刃閃く。
捲いた身体の溜から放たれた、白き稲妻纏う白雷の一撃が、牛頭にそれ以上の反撃を許さない。
天高く牛の首が飛ぶ。
溶岩と剛力を操る巨鬼は、そうして、雷の前に滅されたのである。
「うん。痺れるくらいに、よく馴染む」
ぱり、と白い火花を立てる白雷の、曇りも傷の一つもない刃を見下ろし、フィアは呟いた。
――今度こそ、今生こそ、もう得物を折られたりはしない。生前の屈辱は、もはや味に飽くほど噛み締めた。
「これからは、キミの冴え渡る切れ味に負けないくらい、私も輝くとしよう。どうか生き続ける私の一部になってほしい」
ばち、ちっ。
フィアの願う声に応えるように、火花が白雷の刀身で爆ぜた。微かに笑って、くるり。
回した刀身を納めれば、掠れるほどの鍔鳴り一つ。
斯くして、巨大な鬼の骸を持ち帰ったフィアに、里は大いに沸いたのだが、当人はたいしたことではないとばかり、その成果には頓着しなかった。里に戻るなり鋭春と霆鋋の元へ向かい、ぺこりと頭を下げる。
「ありがとう。いい仕事だった。……大事にする」
「……光栄、です」
前髪で隠した表情の下で、霆鋋の唇が僅か、笑みの形に弧を描く。
フィアの内心を見透かす様に、鋭春が横から問うた。
「もう、次の|戦場《いくさば》に向かうのか。大きな獲物を捕って来たのだから、少し休んでもよかろうものを」
問いに、フィアは左右に首を振る。
「敵は、待ってはくれないから」
「……そうか。……砥ぎ直し、柄巻き直し、何でも承る。もし、里帰りをさせたくなったらいつでも帰ってくるといい。この里が、あんたの刃の|故郷《ふるさと》なのだから」
「……うん」
ありがとう、と、もう一度フィアは深く頭を下げた。霆鋋、鋭春もそれに倣う。
フィアが紡いだ言葉は決して多くなく、確かに言葉達者ではないと言えた。しかし、込めた想いはやはり伝わるものだ。言葉少なけれどぎこちない空気はなく、背を向け歩き出すフィアの背中を見守る鋭春と霆鋋の表情は曇りなく、感謝と、よいものを作り渡せたという誇りに満ちていた。
フィアは一度だけ、振り返る。
「また、きっと来たいと思っている。だから――うん。またね」
「応さ。また相見えることを祈っている。幸運を、フィア殿!」
「――『白雷』が、貴方の路を、拓き……その道半ば、貴方をよく、支えますように」
三者の声が、晴天の下で重なった。交わした言葉はそれで最後。
眩しい日の光が、歩き出したフィアの行く先を照らしていた。
成功
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