甘い香り巡らせる、海の月
馬県・義透
陰海月は考えた。
いつもいつもお世話になっているおじーちゃんたちに、何かを送りたい!と。
考えた末に、季節にあわせてチョコを送ろう、になった。
溶かしたチョコを、クラゲの型に流し込んで作るチョコを!
陰海月は知っている。最初はこういう、基礎の基礎からするといい、ということを。
チョコよし、クラゲの型よし!両方、お小遣いの範囲で買った!
おじーちゃんたちはキッチンに入らないで!と伝えてある。
さあ、チョコを作るぞ!
作り方は動画で予習した!
…なお、おじーちゃんたちこと義透は、火傷しないかどうか気が気でなかったが。
ぷっきゅー!とご機嫌な陰海月は、可愛らしいクラゲチョコを持ってきたのだった…。
●2023
馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)さん家の『陰海月』はUDCアースで放送されているTVショーを見て思った。
季節はバレンタインデー。
コマーシャルも、バラエティの特集も、あらゆるものがチョコレート色に染まっていた。
最初の頃はチョコレートが貰えるイベントということで胸躍るものであったのだけれど、しかし『陰海月』はテレビ画面から流れてくる言葉に目を見張る。
『本命? 義理? いいえ、今日は感謝を伝えたいと思って』
インタビュアーに応える恐らく社会人であろう女性の言葉に『陰海月』は電流走る思いであった。
そう、今の今までバレンタインデーはチョコレートを沢山貰えるし、沢山食べられるイベントだと思っていた。実際そんな感じでもあった。
けれど、テレビの中の女性はさらに続ける。
『いつもお世話になっている人に……って。こういう機会だから、ちゃんとお礼を言いたいなって』
「ぷっきゅ……ッ!」
それは『陰海月』がいつも四柱の悪霊たちに思っていたことだった。
あの海から連れ出してくれたこと。
美味しい食事を与えてくれること。
読めない文字があったら教えてくれること。
一緒に笑ってくれること。
そのどれもが『陰海月』にとっては日常になっていたことだったけれど、本当は違う。当たり前ではないのだ。
この幸運。この喜び。意思疎通が出来ているとは言っても、それでも伝えきれない思いと云うものが『陰海月』の胸の中にある。
テレビ画面の女性が言ったように。
その日、バレンタインデーだからこそ伝わる思いだってあるはずなのだ。
となれば『陰海月』の行動は迅速だった。
『いってきまーす!』と飛び出した彼が向かったのはUDCアースのお店。
幸いにバレンタインデー間近であるおかげか、多くのバレンタインデー関連商品が陳列されている。
色々悩んだ。
折角、いつものお礼を、と思うのだから豪勢にしたいだとか、気の利いたものであるとか、手の込んだものをしたいだとか。
「ぷっきゅ!」
でも『陰海月』は知っている。
こういうのは常に最初の一歩が肝心なのだと。
多くの場合、応用をやりたくなってしまうものだ。けれど、基礎というのもとても大切なのだ。
「ぷっきゅぷっきゅ!」
そう、基礎の基礎! まずはこれから始めよう。
今年のバレンタインデーは今年にしかない。けれど、来年もあるのだ。なら、来年に向けて一歩ずつ前進していくこともまた大切なことだ。
触手が手に取ったのは……。
『陰海月』は家に変えると、すぐさまキッチンにこもった。
張り紙には『おじーちゃんたちは入らないで!』としっかり記している。
「……一体どうしたことか」
「どうやらチョコレートを作っているようですがー」
「タブレットの動画の履歴にそれらしきものが残っていましたね」
「一体誰に……?」
四柱たちは、そーっとキッチンを伺っていた。
『陰海月』がチョコレートを作ろうとしているのはわかっている。けれど、贈る相手が誰7日という問題が残っている。
『いや、無論、自分であるが』
四柱は全員が全員そう思っていた。
間違いなく自分に、と。だが、四柱は四つの悪霊で束ねられて一人である。受け取る時に誰が表層に出てるかでまた揉めることになるのだが、それはまた別の話である。
そんな四柱たちは『陰海月』が火傷をしないかハラハラ見守りつつ、そして、『陰海月』は見守られていることなど露とも思わずごきげんにチョコレート作りに励んでいく。
「ぷっきゅぷっきゅ、ぷっきゅー!」
まずは湯煎。
チョコレートを溶かしたら生クリームを入れて伸ばす。
そしたら、とろとろのままにシリコン型へとさっと流す。この時まごついてしまうとチョコレートがどんどん固まっていってしまってシリコン型に流れ込んでいかなくなってしまう。
肝心なのは流動性。
そして、クラゲの形をしたシリコン型故に、その触腕などの先にチョコレートが流れ込まなくなってしまう可能性もある。
「ぷっきゅ!」
ドライヤーで温めながら、慎重にチョコが流れるのを確認した『陰海月』は額の汗を拭うような所作をしてシリコン型を冷蔵庫に入れる。
冷やして固まって型から取り出せば完成だ。
「ぷきゅ……」
おじーちゃんたちは喜んでくれるだろうか。
冷蔵庫の前で陰海月は思う。
いつもお世話になっているから、とチョコ作りを始めた。
誰かのために、と言う思い。
けれど、今はおじーちゃんたちの喜ぶ顔が見たいという自分の思いもある。
贈る者も。贈られる者も。
等しく幸せが訪れるであろうバレンタインデー。
『陰海月』は、その幸せな想いを抱きながら、その日を待つことになる。
いつもと同じだけれど、ちょっとだけソワソワした四柱たちを見た時、『陰海月』はきっとごきげんになるだろう。
そんな幸せな一日が、きっと訪れる――。
成功
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