はじめての、ニガテ🍅
*
『求む、料理のお手伝いボランティア。
性別年齢不問。お礼は完成した料理』
そんなチラシがメゥ・ダイアー(|記憶喪失《わすれんぼ》・f37609)の目に留まったのは、単なる偶然だった。
チラシに書かれていた依頼先は、孤児院。
なんでも、突然大人数の子どもを預かることになったとかで、猫の手も借りたい状況らしい。
家族がいない子たちの力になれるかも。
同じくらいの歳のお友達ができるかも。
それから、美味しいものも食べれるかも!
メゥは、チラシをぐ、と握りしめると、早速走り出すのであった。
——はたして、ちいさな助っ人の登場は、すぐに皆に受け入れられた。
「ねえねえどこから来たの?」
「髪の毛のお花、可愛いね!」
「エアライダーごっこやる? ルール教えてやるよ!」
「えっとねえ、メゥは……」
「——こらこら、いきなり質問されたら困っちゃうでしょう。メゥちゃん、こっちよ」
メゥを囲む子どもたちを孤児院の先生が制して、二人でキッチンへと向かう。
貸してもらった花柄のエプロンを着て、薄桃色の三角巾を巻けば、準備は万端。
「まずはサラダに使う野菜を洗ってほしいの。メゥちゃん、お任せしちゃってもいいかな?」
「うん、メゥひとりでできるよ!」
野菜が入ったボウルを見せる先生へ、メゥはにこやかに頷く。
先生が野菜を刻んでいる横。流し台で、ボウルに入った色とりどりの野菜をしゃかしゃかと洗っていく。
緑色の大きな葉っぱのレタス。オレンジ色で、見た目に比べてちょっぴり重たいニンジン。目にしみる玉ネギは、切った後 水に『さらす』と食べやすくなるようだ。
そんな野菜たちの中に、ひときわメゥの目を惹くものがあった。
「わあ……! かわいい!」
メゥでも一口で食べられるほど小さな、赤くて可愛いまんまる。
水滴が反射してきらきら光る様子は、まるで小さな宝石のよう。
つま先立ちして奥にあるソレを指差し、メゥは先生に尋ねてみた。
「これもお野菜?」
「ええ。初めて見るかしら? プチトマトっていうお野菜よ」
「プチトマト……」
聞いたままその名前を呟いて、じっと見つめてみた。
名前もなんだか可愛らしい。確かに“ぷちっ”としている……気がする。
「完成したらみんなで食べましょうね」
「やった!」
先生が笑えば、メゥのやる気もアップして。
野菜をかき混ぜる手に、更なる気合いがこもるのであった。
そうこうしているうちに、大きなオーブンからスコーンの香ばしい匂いが漂ってきた。
いつもはここで人数分のパンを焼いているそうなのだが、メゥの『トラウマリスト』を見た先生の計らいで、今日はパンではなく、さくさくのチョコチップスコーンを焼くことになったのだ。
——トラウマリスト。メゥが肌身離さず身につけているタグの名前。
その名の通り、メゥのトラウマが書き連ねられている。それから、周りがメゥのトラウマに気がついた時に、追加で記入してほしいというお願いも。
まわりの人にメゥの|トラウマ《ダメなもの》を知らせて、メゥを助けてもらえるように——メゥ自身が“わすれんぼ”でいてもいいように。メゥを保護した優しい人がつけてくれたものだ。
『抱かれること』。『撫でられること』。『ミルク』。『焼たてのパン』。
それらはメゥにとって、|かつてだいじだったもの《怖くてイヤでたまらないもの》。
「お昼にスコーン? やったー」
「ひさしぶりだね!」
子どもたちが話す様子を横目に、メゥは内心ほっと胸を撫で下ろす。
自分のためにメニューを変えさせてしまったのは、ちょっと申し訳なくもあったけれど。みんなと一緒に食事ができるあたたかな心遣いが、メゥは素直に嬉しかった。
*
今日のメニューは、オニオンスープとチョコチップスコーン、それからメゥがお手伝いした、色とりどりの野菜サラダ。
先生たちがよそった皿を運ぶお手伝いも忘れない。メゥはふわふわ浮かぶような足取りで、食堂をすばやく駆け巡り、綺麗にお皿を並べてゆく。
一人で大丈夫かと子どもたちに心配されたけれど、猟兵のメゥにとっては、これぐらいカンタンなのだ。
「「「いただきます!」」」
準備が終われば、みんなでテーブルについて、いざ、食事の時間だ。
「サラダ、お花畑みたい! かわいい〜!」
「メゥと先生でね、がんばって盛り付けしたんだよ!」
ちょっとだけ誇らしげな気持ちになって、メゥはふふんと胸を張った。
レタスの敷物に、紫玉ねぎとニンジンを花びらのように飾りつけて。一番上には、真っ赤なプチトマト。
プチトマトはみんなに一つずつだけど、がんばったメゥの皿には、特別に二つ載せてもらった。
「早速食べようっと……」
赤くて可愛いプチトマト。どんな味がするのか、ずっと楽しみにしていたのだ。
帽子みたいな緑色をちょんとつまんで。
ワクワクと共に、ひときわ大きな一粒を、口の中にそっと放り込む。
ぷちりと噛んだその瞬間、メゥの顔が暗く曇った。
赤い実から飛び出した、苦くて甘くて酸っぱいぐじゅぐじゅが口の中に広がる。
……なんか、思ってたのと違う……。
ハッキリ言ってしまえば、美味しくない。
思わず思ったままを口に出しそうになるけれど、「楽しみね」と笑ってくれた先生の顔が思い浮かび、うう、とこらえる……こらえるのだが、唇はどんどんへの字になってゆく。眉毛はハの字。
「あ~メゥ思いだしたかもしれない。これは……たぶんメゥのダメなやつだったかも……」
珍しく小声でもごもごしながら、先生の様子を、ちらり。
首を傾げてメゥを見返す先生。どうやら聞こえていなかったらしい。
「はっ」
——刹那、メゥの脳内にデンゲキ走る。
ひらめいてしまった。この状況をなんとかできる方法を。
テーブルの下に手を隠し、ゴソゴソと動かして……しばらくすると、満足げに姿勢を正す。
『抱かれること』。『撫でられること』。『ミルク』。『焼たてのパン』。『ぷちとまと』。
そう、ぷちとまとである。メゥの服のタグ——心なしかさっきよりも見えやすいところに付いている——には、間違いなくその五文字が増えていた。
プチトマトの味は、ほんとうのトラウマに触れたときの耐え難い嫌悪感や恐怖とはまったく別物だったけれど、なんだか酸っぱいし、どぅるどぅるしてるし、イヤなものはイヤだから、しょうがない。だよね?
(「もしかしたらメゥは『天才』だったのかもしれない……!」)
他の四つよりもちょっぴり大きくて丸い字で書かれた『ぷちとまと』の字を、にんまり眺めて。
我ながら素晴らしいひらめきに、こっそりと酔いしれるメゥであった。
*
記憶喪失のメゥは、猟兵になってから、数えきれないほどの“初めて”を体験した。
見たこともないキレイな景色。想像もできなかったような美味しい食べ物。
たくさんの”初めて“の中に、ひとつ『ニガテ』が増えた——そんな、とある日の出来事。
成功
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