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朝。
「今日は……、バレンタイン!」
ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)のうっきうきの顔を見た時、朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)はこの世とか滅びればいいのに。と思った。
「本来はチョコを贈るのはルーシーの方だけど……いえ、ちゃんとお贈りするけれども……」
うっきうきの顔で、今にも飛び上がりそうなのに、ちょっと照れたように、言いにくそうにしているルーシー。
「(バレンタインの日にチョコを渡すというおかしな事を考えたヤツ……ヤルか……)」
それだけでルーシーの言いたいことはおおむね察した。大体わかった。ルーシーが『黒パパ』と呼ぶユェーだって、ルーシーのパパだ。だから小さい娘の言いたいことなんてわかり切っている。……というか、
『いつものパパのも良いけど、今のパパのチョコも食べたいの!』
毎度毎度。毎年毎度昨日だって言われればさすがに言われなくとも察する。察せないふりをしているのもそろそろ限界だって察する。最初はこんな感じで可愛くしていてもそのうち大声で主張するまでの一連の流れがもう見なくともわかる。それくらい察することができる。
「……何故俺がチョコを作らないといけないんだ? いつもの作る方の俺でいいだろ?」
でも人は戦わなければ生きていけない。特に戦闘を得意とする『黒』であるならば戦わずに逃げることはできない。なのでささやかな抵抗を試みるが、
「でもゆぇパパの作るお菓子には敵わないし、黒パパの作るチョコ、食べてみたいし!」
「でもって何だ、でもって」
「でもはでもなのー!!」
ふんす! 全力で主張するルーシー。今年はどうあっても引かない構えを見せている。ユェーはじっとルーシーを見る。
「だめだていうなら、とっておきの……」
「はいはい。わかったわかった」
「これで……! へ、わかった……?」
もう本当、仕方ない。と、嫌そうにそっぽを向くユェー。噛み締めるようにルーシーはユェーの言葉を心の中で一度、反芻した後、
「んふふー、やったーーー!!」
「……」
「とっても楽しみ!」
抱き着いてくる娘に、ユェーはわざとらしく大きなため息をついたのであった。
これはもう仕方がない。腹をくくるしかない。
そう思ってそっぽを向いた時、ユェーの目に映った黒い影。
「……」
ルーシーに悟られないように。
ユェーは小さく、にやりと笑った。
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と、いうわけで。
ユェーのチョコづくり。最初にしたことは……、
「おい」
「ピッ……!?」
黒雛を呼ぶことであった。
チョコレートを興味深げに眺めていた黒雛が、思わず硬直する。
「こっちに来い」
「ピ……」
「型取りをする方が早いが窒息死するしなぁ……。いやでも、ルーシーのことだ。早くした方が……なら多少の……」
「ピィィィィィィ!?」
ちらり、と黒雛を見ると、黒雛は震えあがった。
恐怖の声で鳴く黒雛に、ユェーは肩を竦める。
「くくっ、今回はしないさ、今回はな」
わざとらしく、声を低めて言うユェーに、黒雛はもう泣きそうである。泣きそうで硬直した黒雛の体のサイズを、ユェーは手早く図っていく。
「ピィ……」
どうなっちゃうんだろう。私。そんな声が聞こえてきそうなくらい、か細い声で黒雛は泣いた。ユェーは全く意に介さなかった。ひとしきりサイズを測ると、チョコレートづくりに取り掛かる。黒雛は震えあがっていた。ユェーは全く意に介さなかった!
そうして黒雛が我に返った時、周囲にはチョコレートの山が出来上がっていた。
いや、山ではない。黒雛は我に返る。そんなことを言ってる場合じゃない。自分と同じ姿をしたチョコレートが大量に、ある。
「よし」
そしてチョコ黒雛は次々と器に盛られていく。こう見えて繊細。こう見えてそっくり。闘いは、始めたからには全力を取すのがユェーなのだから。なので本当にそっくりに作ったチョコ黒雛を、本当に可愛いお皿に並べたら本当に可愛くなってしまう。
「ピ……?」
が。どうして黒雛もそのままチョコレート皿に乗せられているのか!
満足げに最後の盛り付け(本物黒雛)を行い、一息ついたユェーは黒雛をじっと見つめて、
「動くなよ? 動けば喰うぞ?」
「ピィ!」
その一言。黒雛は察した。そして再び硬直した。ユェーは、やると言ったらやるのだ。その様子に、ユェーも満足げに頷く。そうしてさっきから、何度もまだかと問いかけるルーシーの声に許可の返事をようやく出したのであった。
「……さて、今回の主役がお出ましだな」
そして扉の方を見やる。黒雛は祈った。大好きなルーシーに向けて、強い強い祈りをささげるしかなかったのだ……。
一方そのころ。
ルーシーは部屋を行ったり来たり。
「黒パパが作るチョコは何かしら……」
きゅ、と青いうさぎさんを抱きしめて一人ごちる。
ルーシーは今一人だ。
一人なのに、なんだかドキドキ、ふわふわしている。
「出来上がるまで見ちゃだめって言ってたけれど……」
ぬいぐるみの頭に鼻を埋める。だめ、って言われたけれど。けれどもだめって言われたら、やりたくものなのだ。だめだめ、とルーシーは慌てて首をぶんぶん、横に振る。
「今年はやっとうん、と言ってもらえたんだから……」
だから、だめって言われたことはしちゃいけない。……でも、
「今年はやっとうん、と言ってもらえたんだから……!」
嬉しい。その事実が飛び跳ねたいぐらい嬉しい。だからそわそわと、ルーシーは扉の向こう側に声をかける。
「パパ、もう出来た?」
「まだ」
でも聞こえてくる言葉はにべもない。そっけない。むぅ、とルーシーは再び部屋を行ったり来たりの繰り返し。仕方がないので、今作られているであろうチョコレートに思いをはせる。
「甘いのが苦手なパパの事だから……きっとにがーいお味かもしれないわね。でも全部ちゃんと食べてやるんだから!」
決意新たに。そして何があってもおいしい! って言ってやるのだと、ルーシーは意気込む。意気込んで一つ深呼吸。
「パパ、もう出来た?」
「だから、まだだって言ってるだろ」
呆れたような声。はぁぃ。と言いながらも、やっぱりそれだけでも、嬉しくて、わくわくする。……そして、
「ほら、いいぞ」
声がかかって、ルーシーは飛び跳ねるように部屋のドアを開けた……。
●
テーブルには、沢山の黒雛が躍っていた。
いや、躍っていたといっても、実際に動いてはいないのだけれど……、
「わ、わわわわわわわわわ……!?」
席について。運ばれてきたお皿に並ぶ沢山のチョコレート。
ルーシーが高く、躍るような歓声を上げる。
「……黒ヒナさんチョコがいっぱい????」
目を見開いて、じぃぃ、とその皿を覗き込む。つやつや輝くチョコレートの、黒雛さんたちはどれもかわいい。
同じポーズ、同じ姿で、ルーシーの目をじっと見ている。それがなんだかかわいくて、切実で、こう、胸がきゅん、となってしまう。
「こんなに沢山の黒ヒナさん……、すごいわ!!」
「そうか」
がばっ! と顔を上げてユェーを見るルーシー。その目が輝いている。屈託ない笑顔で、ルーシーは笑いかけ、ユェーもまたちょっと不自然なくらいにこやかな笑顔でそれに応えた。
「まるで本物みたい! ありがとう、黒パパ!」
「どういたしまして。ほらお前が食べたいって言ってたチョコだぞ? まさか食べないって言わないよな? ルーシー?」
「まさか! とっても素敵で、食べるのはもったいないと思うけれど……」
「あっ、その中に本物がいるから間違って刺すなよ」
「もちろん頂くわ……って」
「まぁ俺は別にいいけどな」
「ええ、本物の黒ヒナさんもいるの!? よくなんてないの。よくなんてないのよー!!」
目を丸くして、ルーシーは叫んでいた。危ない。このまま何も考えずに目の前のチョコレートにぶっすり行くところであった。
わざわざルーシーの正面、ルーシーの顔がよく見える位置に座って、ユェーは非常に面白そうな顔をしていた。その笑顔の意味を、ルーシーはやっと察する。
「そ、そういう事ね……! 本当にイジワルなんだから、もう!」
「なんとでも。それより食べないのか? もちろん頂くわ……だろう?」
「……もう!!」
ルーシーの言葉をもう一度繰り返すユェーに、ルーシーはぶりぶり腹を立てる。勿論、このままやってられるか! と皿をひっくり返すことだってできる。でも、ルーシーはそれをしない。
「うぅ……」
それでも、ユェーが作ってくれたものだ。方向性はちょっとあれだけど、ルーシーのことを思って作ってくれたものなのだ。それを、ルーシーは理解している。だから一つ、深呼吸。
「待ってね黒ヒナさん。今、助けてあげるから……」
顔をチョコレートのお皿に近づける。黒雛チョコレートは驚くぐらい凝っていて気合が入った形をしている。それを一つずつ丹念に、じっくりと見ていく。
「このコは違うわ……」
ひとつ。見つけたそれを口に入れてみた。
「ピィ……!!!」
「きゃ! あ……も、もう!!」
口に入れた瞬間、ユェーが声をあげたので、つられてルーシーも悲鳴のような声をあげる。それからはっ、としたように軽くユェーの顔を睨むと、ユェーはひらひらと手を振った。
「……」
しょうがない。もきゅもきゅと齧ったチョコレートを味わってみる。
「あっ味はおいしい……」
「はいはい、それは良かったな」
呟きに返ってきたのは、まんざらでもない声だ。それがルーシーには嬉しくて、小さく頷く。相変わらず表情は楽しげだけれど、そこにルーシーへの思いがあることは、ルーシーもちゃんと知っている。
「このコも……うん、チョコ!」
だから、もう一つ目。ルーシーはチョコレートに手を伸ばす。
「あっ、ナッツが入ってるのね……!」
「そうだな。適当に色々入れたから……」
「あら。そういえば先のはチョコレートの味も少しビターだったわ!」
でも、とっても苦いというわけではない。
ルーシーが、ちゃんと美味しいと思えるだけの苦さであった。
それがなんだか、ルーシーも嬉しくて。口の中でナッツをかみながら、ふへへ、とルーシーは己の頬を緩める。
「それじゃあ……」
とはいえ。事態は何の罪もない黒雛さんの命がかかっていることなので。ルーシーは再びチョコレートたちに目を落とす。
「ええと……これ!」
「おっ」
「え!? ……あ、も、ちょっと~~~! 黒パパ!」
「別に何も、言ってないだろ?」
また引っかかった。しれっとした顔のユェーに、ルーシーはチョコレートをぱくり。
「これはなあに? 不思議な味がするの!」
「山椒だな。意外と合うだろ」
全部同じようで、ユェーはどれがどれかわかっているらしい。すぐに返る答えに、わあ……。と少し感心したような目でユェーを見てから、ルーシーはチョコレートへと再び向き直る。
「……」
チョコレートは減ってきた。その分、当選率も上がるということだ。だから慎重に……、
「(黒パパのことだもの。実はこの中には本物はいません。なんてするはずもないし……あれ……?)」
ふと。
何か強い視線を感じた気がして、ルーシーは片目を瞬かせた。
「……」
もう一度。じっと黒雛チョコレートたちの顔を一つずつ、見比べる。
「……訴えてる?」
ぽつり、とつぶやくルーシー。とりわけ目がきらきらしたひとつに気がついて、ルーシーはがばりと顔を近づけた。僕此処だよ! と訴えている気がしたのだ。
「パパ! このコ! このコが本物ね!?」
「ピ、ピィィィィィィィィィィィィ!!」
ルーシーが声をあげた瞬間、黒雛が飛び立った。弾丸のようにルーシーに飛びついてくるので、ルーシーは慌ててそれを抱きとめ、抱きしめる。
「よしよし、頑張ったのね」
「チッ」
優しく黒雛の頭を撫でるルーシーの台詞と、ユェーの台詞が被った。むぅ、とルーシーがユェーを見るので、ユェーは肩を竦める。
「見つけたか。ちょっとでも刺すのを期待したが……、黒雛めぇ、後でお仕置きだな」
「ピィー!?」
わざわざ声を低くして言うユェーに、黒雛はまた震えあがった。もう、とルーシーは黒雛を抱き込む。庇うようにちょっと椅子を引いて体を遠ざけた。
「お仕置きしちゃダメ。だってね、ルーシーが勝ったのよ!」
ふんす、と主張するルーシーに、なるほど、とユェーは瞬きをする。
「だから、黒ヒナさんは無罪放免。ふふん、ルーシーと黒ヒナさんの絆の勝利です!」
「あーはいはい、そりゃ良かったな」
勝利であるならば奪うわけにもいくまい。呆れたような声を出すユェーに、勝った勝った! とばかりにルーシーは黒雛とハイタッチ。やったやったと大はしゃぎだ。それにユェーは目を細める。目を細めて、立ち上がった。
「……?」
用意したのはホットミルク。そこに残った黒雛チョコを浮かべる。何が残っているかはわかってる。ちょっといたずら心が刺激されたけれど、ぐっと堪えてプレーンのやつを浮かべた。ぷかぷか浮いている姿はとてもかわいくて、もう少ししたらチョコレートが解けてとってもおいしくなるだろう。
「ホットミルク!」
勝利の祝いとは言わないが、黙ってそれをユェーはルーシーの前に置いた。わあ、と再びの歓声。両手でルーシーはカップを握りしめる。
「黒ヒナさんも飲む?」
もきゅもきゅと近づいてきた黒雛に、ルーシーはカップを少し傾ける。
「ピィ!」
こっくり、うなずく黒雛さんに、ルーシーは目元を和らげた。……和らげてから、
「……もし大丈夫なら、パパも」
「あ? しゃーねぇな」
ほんの少し、控えめにそう尋ねると、ユェーはそう言った。仕方ない。そんな風に言いながらも、即答であった。
もう一つ作ろうかと、席を立つユェーを、ルーシーは嬉しそうに見ている。
ちなみにユェーは少し冷めていた方がいいらしくて、温めてもすぐに飲もうとはしなかった。
「……」
その行動はわかっていてやったのか、わからずやったのかはルーシーにはわからないのだが、ユェーはそこに一つ黒雛を浮かべた。
それが本物だとルーシーが知ることになるのは、まだもう少し後の話で。
「あのね、黒パパ」
「あん?」
カップを片手に戻ってきたユェーに、ルーシーは語り掛ける。面倒くさそうに答えたユェーに、笑いかけた。
「今日は、本当にありがとうなの!」
「…………」
ユェーは黙る。なんと返していいのか、わからなかったからだろうか? 暫くの、間の後で、
「チョコレートも、本当においしかったの!」
ありがとう。と笑うルーシーの顔をユェーはじっと見て、
「……そりゃ、良かったな」
それだけ、応えると。うん! と明るい声が返ってきて。
ユェーはほんの少し、口元が緩みそうになるのを堪えたのであった……。
成功
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