騙者・真理
■■の悪魔の記憶
廃墟を一人、記憶もなく彷徨う女。
そんな女を保護した一人の男。
「自分が何者か分からない? じゃあ、あんたは悪魔だ」
「…悪魔? 確かに、人間とは少々違う所があると思いますが…」
きょとんとする女。
「安心しな、深い意味は無ぇよ」
「少なくとも純粋な人間に感じない事と、あとアレだ」
「なんでしょうか…」
「何者か分からない。現時点で証明の手立てがない。」
「つまり、悪魔ではないとも言い切れず…」
少し間を開けた後、おどけた調子で男は口を開く。
「そういうのはこうとも言うからな。 |悪魔の《diabolica》───
世界にノイズが走る。 時間が止まる。
「おや? おやおやおや?」
この場に居ない、何者かの声が響く。
「誰が! どの様な! 意図を持ち行ったのかは知りませんが?
この、誰とも判らぬ二人を観測し! 歴史を暴き! 確立させようというのは! プライバシーの侵害と言うものでは?」
世界が砕ける。 何もない暗闇に顔のない悪魔が一人。
「不肖、この証明の悪魔が、この者達のプライバシーを守りましょう!」
「とはいえ? 流石に視点を遮るだけ遮って何も無しというのは無礼が過ぎると言うもの?」
悪魔は、大仰に心を痛めた素振りを見せつつ続ける。
「お詫びと言っては何ですが! ここは紫眼の女性の記憶を垣間見せましょう──」
悪魔が指を鳴らす。 砕けた世界は、また違った形に再構成された。
紫眼の女の記憶
少女には、他の人に見えず、聞こえない友達がいた。
そんな少女を、両親や周りの者たちは「異常者」「悪魔付き」多くの言葉をもって拒絶した。
何故? この人はちゃんとここにいるのに。
私が知らない事を沢山教えてくれる。 一緒に笑ってくれる。 面白い人なのに。
少女には、周りの者たちが何故そこまで恐れるのか分からなかった。
ただ、この不思議な友達も含めて皆で仲良くしたかっただけなのに。
そんな少女に、不思議な友人は囁く。
「私がいる事を証明できないのが怖いだけさ。
私が居ない事こそ証明できないのにね。 馬鹿馬鹿しい」
少女は訳が分からないといった風に口を開く。
「でもあなたはそこにいるでしょう?」
その言葉に、不思議な友人の口角は大きく上がる。
「でも、それが彼らには分からない。
君が|証明し《認め》てくれれば、周りの人たちも違う反応を示すかもね」
違う反応を示す。 仲良くできるかもしれない。
そんな淡い期待に、少女は目を輝かせ、その言葉を口にする。
それがこの先、どのような事態を招くかも知らずに。
「わかった。 貴方はそこにいるよ、私が認める!」
視点は切り替わる。
現代:紫瞳の女性の自室
「っくしゅ」
自堕落に横になりながら、くしゃみをする紫瞳の女。
「…ねぇ、なんか怖気がしたんだけど、あんた何か知らない?」
女は何も存在しない空間に言葉を投げかけ、まるで誰かの返事が返ってきたかのようなタイミングで独り言を続ける。
「そう、知らないならいいわぁ…」
「そういえばさぁ、お前ってあの、誰だっけ、主人公ちゃん……アンジェちゃんだっけ?
あの子の白い光で消滅させられたりするの?」
「…あんたの場合、その解答は実質的に答えなのよ。
あーあ…厄介なのに憑りつかれたなぁ。 あの時、契約しなければこんなことにはならなかったのに」
「あんたは私が知らない事を知ってる。 あんたは私に憑く前の記憶を持っている。
あんたの存在、力が私本来の力であり妄想かもしれない。
そう言うには大分無理があるんじゃないの?」
「さっさと縁切りしたいですわぁ…」
●世界不詳 - どこかの廃墟
記憶を無くした一人の少女がいた。過去一切の記憶はなく、必然、行く当てもなく。
ただ当てもなく彷徨う彼女の行く末は何も得られず野垂れ死ぬのみ、そう思えた。
しかし、そうはならなかった。ある男がその少女を助けたのだ。
「自分が何者か分からない? じゃあ、あんたは悪魔だ」
「……悪魔? 確かに、人間とは少々違う所があると思いますが……」
廃墟の中、焚き火の赤い炎に照らされながらきょとんとする少女。
「安心しな、深い意味は無ぇよ」
きょとんとする少女に男は軽く微笑みかける。
「少なくとも純粋な人間に感じない事と、あとアレだ」
「なんでしょうか……」
少し言い淀んだ男に少女は先を促す。
「何者か分からない。現時点で証明の手立てがない。つまり、悪魔ではないとも言い切れず……」
そこで少し間を開けた後、おどけた調子で男は口を開く。
「そういうのはこうとも言うからな。 |悪魔の《diabolica》──」
直後、"あなた"の視界にノイズが走る。
●【AWsコネクタより警告】視点をロストしました。
「おや? おやおやおや?」
その場にいないはずの誰かの声が響く。
「誰が! どの様な! 意図を持ち行ったのかは知りませんが? この、誰とも判らぬ二人を観測し! 歴史を暴き! 確立させようというのは! プライバシーの侵害と言うものでは?」
視点をロストした"あなた"の視界の中、何もない暗闇に顔のない悪魔が一人。
「不肖、この証明の悪魔が、この者達のプライバシーを守りましょう!」
視点を失い、どことも繋がっていない"あなた"の視界に現れ、"あなた"に語りかける。それは即ち、彼が何かしらの理由で、特定の|フォルト球《世界》からはみ出し、その世界の外側で生きる存在。「超次元存在」であることを意味する。
ところで、「|フォルト球《世界》の外側」にはみ出た以上、もはや物事の影響は『試練の洞窟』の、即ち世界コード#AN1348A0ETWの範囲内に収まらない。
であるならば、|全てが彼の思い通り《リクエスト文の通りの展開》になるとは限らない。
そう、例えば──。
「おや、おやおやおやおや。なんですかその狂言回し、なんですかその「顔のない」とは、私をおいてそのやり口はちょっと不遜ではないですか?」
他の超次元存在が姿を表すとか。
「特定の個人に取り付く超次元存在。AWsラボラトリーとやらが分類するところのコード・メリーに分類される存在でしょうか? 適合者も得て、順調のようですが。それで神の視座を持つかのように振る舞うのはなんとも不遜」
そこに姿を現すには三つの赤い目。AWsにおいて「顔のない神」として知られる超次元存在。彼の用いる高次元の言語は低次元の我々には意味が通りにくいはずだが、かの悪魔に焦点があっているからか、不思議と意味が伝わってくる。
「かつて世界群の神の代行者たる「統制者」も関与した「試練の洞窟」。あれには多くの超次元存在が注目しています。そんな状況でひょっこり外の世界に顔を出すなんて、あなた、迂闊ですよ」
口無しのニタニタで、赤き三つ目が言う。
「ここで|収穫星《ハーヴェスター》に食べさせても良いのですが……」
赤い三つ目が揺れている。
「少し前に拝見した世界最後の退魔師への干渉。あれは悪くない見世物でした。あれに免じて、今日のところは見逃して差し上げましょう」
傲慢なる赤き三つ目はそう告げる。
「ですが、お忘れなく今回最初にあなたを見つけたのが|優《・》|し《・》|い《・》私でしたから見逃されましたが、今、「試練の洞窟」は多くの超次元存在によって"見"られています。迂闊に超次元存在としての力を振るうのはオススメできませんよ。せっかくの面白い能力をお持ちなのですから、どうぞどうぞ、この世界を捕食するのが惜しくなるくらいに、"この物語"を面白くしてくださいね」
赤き三つ目はニタニタとしながら消えていく。
「あ、続きをどうぞ」
それでも完全には消えず、薄っすらとその三つ目が見えている。「見ているぞ」と、そう言っているのだ。
「失礼。邪魔が入りましたが、流石に視点を遮るだけ遮って何も無しというのは無礼が過ぎると言うもの?」
悪魔は、大仰に心を痛めた素振りを見せつつ続ける。
「お詫びと言っては何ですが! ここは紫眼の女性の記憶を垣間見せましょう──」
悪魔が指を鳴らす。
●現代神秘世界 - 過去 - どこかの民家 (いずれも推定)
そこに一人の少女がいた。
その少女には他の人に見えず、聞こえない友達がいた。
それだけなら珍しくはない。|空想上の友達《イマジナリ・フレンド》を持つ子供はいくらでもいる。
だが、少女が特殊だったのは、その主張をいつまでも続けたことと、そして、少女の知るはずのない知識や情報までも披露し始めたことだった。
そんな少女を、両親や周りの者たちは「異常者」「悪魔憑き」、その他多くの言葉をもって拒絶した。
(何故? この人はちゃんとここにいるのに。私が知らない事を沢山教えてくれる。一緒に笑ってくれる。面白い人なのに)
少女には、周りの人々が何故そこまで恐れるのか分からなかった。少女はただ、この不思議な友達も含めて皆で仲良くしたかっただけなのに。
そんな少女に、不思議な友人は囁く。
「私がいる事を証明できないのが怖いだけさ。私が居ない事こそ証明できないのにね。 馬鹿馬鹿しい」
少女は友人の言葉に訳が分からないといった風に口を開く。
「でもあなたはそこにいるでしょう?」
その言葉に、不思議な友人の口角は大きく上がる。
「でも、それが彼らには分からない。君が|証明し《認め》てくれれば、周りの人たちも違う反応を示すかもね」
違う反応を示す。即ち、仲良くできるかもしれない。
そんな淡い期待に、少女は目を輝かせ、その言葉を口にする。
「わかった。 あなたはそこにいるよ、私が認める!」
それがこの先、どのような事態を招くかも知らずに。
●現代神秘世界 - 現在(2023/2/21) - どこかの民家
「っくしゅ」
自堕落に横になりながら、くしゃみをする紫瞳の女。
「……ねぇ、なんか怖気がしたんだけど、あんた何か知らない?」
女は何も存在しない空間に言葉を投げかける。
「そう、知らないならいいわぁ……」
そして、まるで誰かの返事が返ってきたかのようなタイミングで独り言を続ける。
「そういえばさぁ、お前ってあの、誰だっけ、主人公ちゃん……アンジェちゃんだっけ?
あの子の白い光で消滅させられたりするの?」
それは不思議な言葉だ。この現代神秘世界において如月アンジェは確かに主人公の一人であった。だが逆に言えば数いる主人公だった者の一人でしか無い。彼女はなぜ、アンジェを特に主人公と呼ぶのか。
「……あんたの場合、その解答は実質的に答えなのよ。あーあ……厄介なのに憑りつかれたなぁ。あの時、契約しなければこんなことにはならなかったのに」
見えない誰かとの言葉のキャッチボールは続く。
「あんたは私が知らない事を知ってる。あんたは私に憑く前の記憶を持っている。あんたの存在、力が私本来の力であり妄想かもしれない。そう言うには大分無理があるんじゃないの?」
紫瞳の女の疑問。
「さっさと縁切りしたいですわぁ……」
聞こえたのであろうその言葉を前に、紫瞳の女は嘆息するのだった。
成功
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