「あの、これ、貰ってください……!」
事務所を出る。今日はやたらと多い宅配便に辟易して、少し出かけようかと思った瞬間につかまった。「お礼です」と言って差し出されたのはかわいいラッピングに包まれた何か。差し出したのは見覚えのある少女。彼女が何かを言う前に、「きゃーっ!」と走り去ってしまった。遠くから「ほんとかわいい!」という声が聞こえる。……なんだ。何なのだ。
「……」
押し付けられた何かを握りしめる。薄めの箱だ。ラッピング紙をはがさなくともわかる。チョコレートだ。こんなものは推理するまでもない。……だって、
「あ。こんにちは、宅配便ですー。『――』は」
「ああ、ここだ」
事務所の名をあげるので、静かに答える。運ばれてきたのは一つではない。箱だか、袋だか。色々ある。これも中身を推理するまでもない。チョコレートだ。
「問題は……」
少女の名を、アリス・ヘビーレイン(黒兎・f39787)。
――探偵だ。
「何故これが私に贈られてきたのか、ということだ……」
これは、そんな探偵少女の、
初めてのバレンタインの記憶である……。
はじめの贈り物は、いつの間にか事務所の彼女の机の上に置かれていた。
探偵たる彼女が「いつの間にか置かれていた」という状況にはいささか物申したい気がするが、きちっと犯人は犯行声明……差出人の名前……を残していた。以前彼女と対決した怪盗である。
「……?」
何かの予告状か。はたまた罠か。一通り調べてみたがそういう気配は全くない。首を傾げていると宅配便がやってきた。沢山のチョコレートを持って。差出人は、彼女が捕まえた犯人たち(複数口あった!)。……解せぬ。
首をひねる。手紙を確認するが、お礼の言葉やら何やらを綴られても謎は解けない。……とその時、事務所のチャイムが鳴った。
「すみませんー。これ、この前のお礼に」
訪れたのは以前依頼を受けたお姉さんだった。
「はい、どうぞ。探偵さん。こういうのも悪くないねぇ」
次に、相当金持ちそうな恰幅のいいおじさんも続けてやってきた。その後も、同じような来客が続いた。
「あのね。これ、おかあさんといっしょにつくったから!」
「はい、どうぞ。チョコレートはね、疲れた時にいいんだよ」
「……」
チョコレート。どれも持ってくるのはチョコレートだ。OLさんも社長さんも小学生もご老人も依頼人も犯人もすべてがチョコレート。
「あのさ、これ。今日はこんな日だから……」
「こんにちは~。宅配便です!」
そうこうしているうちに、更なる嘗ての依頼人と宅配便の第二便が来る。頭が痛くなって、アリスは事務所を抜け出した。
「どうなっているんだ……」
以上、回想終わり。朝ご飯を買いに行こう。そうしよう。チョコレートだけは大量にあるが、これは朝食にできない。銀髪のポニーテールを揺らして、アリスは朝食を買いに行こうとした……時、
「ちょっと、あんた!」
「ん?」
「ああほら。よかった。これ」
「あ! おばちゃんずるーい!」
街角で声をかけられて、アリスは足を止める。ちょうど朝食をいつも買いに行く店の、パートのおばちゃんだ。おばちゃんがはい、と手渡すのはやはりチョコレートである。ずるーいと言っているのは、よく行くコンビニのお姉さんだ。何がずるいのか、ちょっと良くわからない。
「ちょっと待っててね。私もそこで買ってくるから!」
「いや、あの」
ぴゅんと走り出したお姉さんを見送り、アリスは言葉を失う。数分後、やはり笑顔で手渡されたのはチョコレートで、
「この謎は……私にはとても、難しいんだ……」
思わずコンビニ前で待たされている柴犬に向かって語り掛けるアリスであった。
アリスはバレンタインを知らない。故郷にはなかった。あったとしても、「私は女性だが?」と頭を悩ませることになるかもしれないが、それはそれ。アリスは自分の可愛らしさに自覚も自信もない。柴犬の目をじっと見つめる。
いつもこの柴犬はこの時間ここで待たされているので、アリスとももうそれなりの知り合いだ。わしわしと撫でていると、嬉しそうに柴犬は鼻を鳴らす。……可愛い。
「そうだな。探偵たるもの、くじけてはいけない。この謎を、私が解く……!」
「あっ」
飼い主が出てきた。アリスがぺこりと頭を下げると、飼い主の青年は笑う。笑って、
「はいこれ。いつもこいつを構ってくれてるお礼」
なんて、シンプルな板チョコをアリスに手渡すのであった。
結局アリスの机の上にはたくさんのチョコレートが積みあがることとなった。
中には知らない顔もいて、「探偵さん、ずっと憧れてました!」と言われたこともあったのだけれども本当に何のことなのか。
「全く身に覚えがない。私が知らない間に世界はチョコレートの侵略を受けてしまったのか? いや」
馬鹿なことを、とアリスは苦笑する。
結局、アリスがバレンタインの謎を解けたかどうかは、
また、別の機会にしよう。
成功
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