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ただ心地良い夢を見ていた

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サカマキ・ダブルナイン




 その日は世界を見渡せば何てことの無い一日だったが、宇宙空間に浮かぶ、とある船では技術者が総出で事に当たるという一大事だった。サカマキ・ダブルナイン(ロボ巫女きつねのお通りじゃ!!!・f31088)という人格プログラムは前日より休眠状態で、ボディは今、施術台の上に寝かされている。
 数々の世界へ、事件だ何だと繰り出す日々が続いていた。事件を解決し帰還した際には逐一メンテナンスを受けてはいるが、次の事件はその翌日なんてこともざらにあった。纏まった時間がない中でのメンテナンスはどうしても必要最低限となってしまい、活動への影響がごく小さい不具合は放置されて疲労のように蓄積していく。
 今日は見過ごされてきた不具合を全て取り除き、サカマキを完璧な状態に仕立て上げる――即ちオーバーホールを実施する日だ。サカマキを構成するあらゆるパーツに対してのスペシャリストが一堂に会し、新品同様の状態に替える。わざわざ猟兵活動を休んで行うのだ。些細な見逃しもあってはならない、と技術者達は気合十分でサカマキに臨んでいる。
「予定時間は12時間。これより――サカマキ・ダブルナインのオーバーホールを開始します」
 技術者達はさながら執刀医のような佇まい。しかし横たわるサカマキの見開いた瞳は覚醒しているかの如く映ってどこか異質だ。不気味な緊張感の中で一本ずつサカマキの頭へコードが繋がれ、信号が送られる。
 ぱしゅん、と。緻密なサカマキの内部構造の隙間を満たしていた空気が漏れて、毛並みの下に突起物が浮き上がった。日常生活では巧妙に隠されているボルトの数々。どんなに激しい動きの中でもサカマキの体を繋ぎ留めているそれらは固く締め上げられていたはずだが、技術者達が一つずつ触れて確かめていくと、微かにカタカタと揺れるものがいくつも。
 技術者達は数手に分かれてボルトを丁寧に外していった。自らの体が分解されていく――感触はあっても不快も何も感じることのないサカマキは、同時進行で読み込まれていくデバッグプログラムによるテストボイスを等間隔で発していく。
「ミギアシノキノウガテイシシマシタ。ドウサプログラムリフレッシュチュウ。ニジュウサンパーセントシンコウ、ヒダリウデノキノウガテイシシマシタ――」
 順番に外されていった四肢は別の施術台に移され、さらに細かく解体される。最外殻となる皮膚構造を外し、人で言えば筋肉にあたるワイヤーの束を抜き取って、内蔵武装が取り外されると最後には骨になる軽質な鋼の塊が現れる。関節部の潤滑油は切れかかっており、ワイヤーも伸びが見られた。じわじわと異変が生じていたにも関わらず何食わぬ顔で過ごしていたサカマキの笑顔を思うと、技術者達にも切なさが込み上げる。
 胴体と頭だけになったサカマキだが、さらに腹部が開けられる。ぎゅっと詰まった電子回路と大型兵装が正しい順序で分解されていくと空虚な風穴が空いた。それから、じっと天井の一点を凝視していたサカマキの双眸、アイカメラが静かに抜き取られていく。そうなると最早人型をしていたかどうかも怪しくなって、しかし人語を発声しているのだから専門知識の無い者が見れば奇怪なことこの上ないだろう。
「プログラムシャットダウンチュウ………………サイキドウカンリョウシマシタ、ヨンジュウイチパーセントシンコウ………………アップデートファイルヨミコミチュウ…………」
 技術者達が会話することは滅多になく、淡々と時が流れる空間にオーバーホールの進行状況を告げるサカマキの電子的な声だけが響いていく。何時しか核となる頭部の一構造だけになって、今や電子音声でしかない読み上げ音のパーセンテージが半ばに近くなってくる頃、入れ代わり立ち代わりで技術者達が部屋を出入りし、様々な新品パーツと新規兵装が運び込まれて施術台の上に並べられた。古くなった細胞が剥がれ落ちて新しいものへ置換されるように、これから組み上げられてサカマキのボディの一部となる物達だ。手袋を装着した技術者達が埃の一つも付かぬよう慎重に取り扱い、解体手順の逆再生でまず骨となる鋼が接合される。決して緩んではいけない作業、拡大スコープを覗きつつ二度、三度と具合を確かめる技術者達は呼吸も忘れてしまっているのではないかと思うほどに真剣だ。
 可動域、良好。強度は血の滲むような開発の末、更なる向上に成功した。送り出し、出迎えるだけが彼らの仕事ではない。サカマキが不在であっても片時も忘れることは無く、心血を注いでサカマキの助けになろうとする。彼らもまた技術開発という戦場に身を置いていた。
 兵装の威力は据え置きで、若干小型、軽量化したものを埋め込んでいく。僅かでも軽やかになればそれは戦場での有利に直結するのだ。技術者達はサカマキの活躍を望んで労力を惜しまない。技術者としての矜持であり、ある種の愛情のようなものであろう。自分達が手掛けたアンドロイドが人の命を救うのならば最上の喜びに違いない。
 パーツが組み込まれていくにつれ、少しずつ人の一部であろう形が見えてくる。あらゆる汚れを拭い去った真っ新なボディ、まずは頭部が復元されていった。血色の良さを表現した皮膚、しなやかかつ放冷部位にもなる髪、曇りのないアイカメラが嵌め込まれてようやくオーバーホールは折り返し地点。
「アイカメラキドウカクニン、シカイトウカリツ、ヨンジュウ……ゴジュウ……ロクジュウ…………コウリョウ、シヤトモニセイジョウ」
 サカマキは解体された状態で全く動いておらず、アイカメラは以前と完全に同じ景色を観測しているのだが――サカマキの世界は朝日のように輝かしい。
 首、胴体と接着されてオーバーホールは一番の山を越えた。最後の最後まで気は抜けないものの、時間感覚を失っていた技術者達にとっては全てが順調に進んでいる証となる。
「……ミギウデノキノウカイフクヲカクニン、ウンドウデータサイセイジュンビチュウ……」
 肩から滑らかに繋がった右腕がサカマキに感知されたのを確認し、技術者達は次に左腕をサカマキの左へ運ぶ。肉球や爪の先まで機能不全があってはならない。技術の粋が詰まった左腕が吸い込まれるように密着し、特製のボルトで締め上げられていく。
 右足、そして左足と。無音のままにサカマキの体が再生していくことこそ、人とアンドロイドの境界を無くした究極の形だ。もう間もなく技術者達の予告通りの12時間後が来ようというところ、施術台の上には小ざっぱりしたサカマキが居て、真っ直ぐ天井を見つめ続けていたアイカメラが右、左と動き始める。
「テストモーションイチ、サイセイカンリョウ。テストモーションニ、サイセイチュウ……」
 次いでサカマキの各部位が順番に動き出す。基本的な動作を一通り終えていくサカマキに見入る技術者達は祈るような気持ちでもあった。
「……テストモーションジュウ、サイセイカンリョウ。スベテセイジョウニジッコウサレマシタ。コレヨリサカマキ・ダブルナインヲキドウシマス」
 アイカメラが少し眩しそうに沈む。ぱちぱちと二度瞬いた後、サカマキはまるで寝起きのようにゆるゆると起き上がってきた。巫女服には解れや色あせが見当たらなくなり、軽やかな感じさえする。
「……わらわは幸せ者じゃな。ありがとうのぅ」
 サカマキはぺこりと頭を下げる。それが大仕事の終わりの合図だった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年02月15日


挿絵イラスト