蒸気船カイトス号~薔薇色アニバーサリー
今日は、2月10日。
再び巡ってきたこの日は、やっぱり特別で。
そして、またふたりで一緒にこの日を過ごせることが……僕はね。
嬉しくて嬉しくて、幸せで、仕方がないの。
あくまでさり気なく、特に他の事は何も言わずに。
「久し振りに船旅でもどうだ」
サン・ダイヤモンド(黒陽・f01974)へと誘いを掛けていた、ブラッド・ブラック(LUKE・f01805)。
だが、今回の船旅の詳細をブラッドがサンへと伝えないのは、敢えてである。
だって、この誘いは。
(「……ちょっとしたサプライズのつもりだ」)
そう――サンにはまだ色々ナイショの、サプライズだから。
……いや、ブラッドなりに頑張っているのだけれど。
サンは誘われたこの日を、わくわく心待ちにしていた。
勿論、一緒にお出かけすることも楽しみだけれど。
だって、ブラッドが告げた日は――2月10日。
この日は、自分にブラッドがくれた誕生日で。
そして、ふたりで永遠を誓い合って結ばれた日。
ということで。
(「その日におでかけということは、きっとこれはデートなの」)
サンにはすでに、色々とバレバレであった。
けれど、サンはこの日が待ち遠しくて堪らなかったのだ。
ブラッドがデートに誘ってくれたことが嬉しくて。
それに、彼が誘ってくれた今回のデートは。
(「もしかしたらあの日友達になった君にも逢えるかも」)
思い出の『蒸気船カイトス号』での船旅だというのだから。
そしてサンにとっても特別な日だけれど。
当然、ブラッドにとってもそれは同じ。
何せ、掛け替えの無い人生の伴侶であるサンの誕生日で自分達の結婚記念日。
それに――。
(「今年はサンの二十歳の誕生日」)
だからブラッドは思うのだ……特別なものにしてやりたい、と。
色々と上手くないと我ながら思うも。でも、サンにいっぱい笑って貰えるようにと。
そして迎えた――2月10日。
サンにとって、期待と笑顔で待ちに待った日である。
乗り込んだカイトス号の船内や外の景色は、あの時の楽しい記憶と同じで。
いざ出航すれば、特別な航海のはじまり。
そんな非日常の憩いの時間をサンは心から楽しみながらも。
歩むその足取りは、ぴょこりと飛ぶようで。
「転ぶなよ」
ブラッドが掛ける声も、あの時と同じ。
そしてはしゃぐサンへとそう紡ぎながら、ブラッドはほっと安堵する。
薔薇色の瞳に映るその姿がとても楽しそうで。
それから改めて、此度の船旅に誘って良かったと思う。
(「俺独りなら何かを楽しむ余裕等無かった」)
……此の幸せは全てサンが呉れたもの、と。
でも……実はそれは、ふたりお揃いの気持ち。
「ブラッドー! はやくはやくー!」
やっぱりあの時と同じように、大好きな彼を手招きながら。
サンは嬉しくて嬉しくて、仕方がないのだ。
……振り返ればあなたがいる。それが何よりも幸せ、って。
そしてそれは全てブラッドがくれるもの。
それからふたり青空の下、船からの眺めを目一杯楽しんで。
日が落ちてくれば……ブラッドは少しだけ、そわそわ。
考えているサプライズは、暗くなってからが本番なのだから。
そして時間になれば、ブラッドはサンを連れて行く。
「誕生日おめでとう、サン」
事前に船側と相談して準備してもらった、ふたりだけのパーティー会場に。
「わあ! ケーキだ!」
サンは、告げられた言葉と眼前の祝いの御馳走に、瞳をキラキラ輝かせて。
ぱっと咲かせた笑顔で、はしゃぐように礼を告げる。
「ブラッドが用意してくれたの? 凄い! ありがとう!」
「喜んでくれて何よりだ」
そんな姿に、ブラッドも嬉しく思いながらも。
でもサプライズは、祝いのケーキだけではないから。
サンへと差し出すのは――そう。
「お酒も? 僕、お酒は初めて」
20歳を迎えるサンにとって、初めてのお酒。
そんなグラスの中のお酒をサンは見つめつつ、ふと気づく。
……そういえば彼がお酒を飲んでいる所を見た事が無い、って。
だから、こう訊いてみる。
「ブラッドも、初めて?」
その問いを聞けば、ちょっぴり苦笑しつつも答えるブラッド。
「初めてではない、が。実はあまり得意ではない」
いや……酒自体は、普通程度に飲めない事はないのだけれど。
飲酒の機会は殆ど無かったし……あっても、良い思い出が無かったから。
そんな様子をサンはじっと見つめて。
「……もう、無理しちゃだめだよ?」
そう彼へと紡ぐけれど。
でもあまり得意ではないのに、こうやって酒を用意したのは。
苦手だという気持ちよりも、もっと大きな気持ちがブラッドにはあったから。
「しかしお前の初めての酒の相手は、他の誰にも譲りたくなくてな」
そして船側と相談してサンのために用意した酒――ワイン・クーラーで乾杯する。
初めてでも飲みやすいように、甘いシロップをちょっぴり多めに入れて貰って。
サンは彼とグラスを合わせながら、優しく耳を擽るような声に瞳を瞬かせた後。
「……僕だって、初めてのお酒をブラッドと飲めて、嬉しい」
そう言いつつも――ぐいっと、初めてのお酒を口にする。
何だか擽ったくて、恥ずかしくなってきて。
そして。
「わっ、甘くて美味しい」
「美味しいか? 其れは良かった」
上がった声に薔薇色の瞳を細めつつ、そっとブラッドも口にしてみれば。
「ふむ、確かに此れは美味い」
サンと同じように紡ぎ、こくりと大きく頷くのだった。
あれだけ苦手だと思っていた酒も不思議な程美味で、嫌な気持ちなど何一つ無くて。
むしろ、愛しいサンと飲む酒はブラッドの心を満たしていく。
温かく楽しく、幸せな心地で。
でも、今日一緒に飲むこのワイン・クーラーが幸せなほど美味しいのは、当然かもしれない。
白と黒の星が仲良く寄り添うマドラーが添えられた一杯は、ふたりだけの特別仕様。
天使のワインと呼ばれるサン・ヴァレンティンとブラッドオレンジのジュースで作ってもらった、ワイン・クーラーなのだから。
そして初めてのお酒を楽しみ、薔薇のチョコが咲くケーキを仲良く一緒に食べてから。
「なんだか暑くなってきちゃった」
サンが足を向けるのは、夜空の下の甲板。
冷たい冬の風に吹かれても、厚い被毛と人間よりも体温の高い半獣の体であるサンにとっては寒くなくて。
むしろ、ほわりと火照った頬には心地良いくらい。
そしてふわふわと幸せな心地に包まれながら、サンはそっと歌を口遊む。
世界を癒すような天使の如き歌声を自由にのびのびと、星空と海に響かせて。
そんなサンの歌声に同調し煌めくのは、カイトス号を動かす精霊たち。
ブラッドはそんな愛しい歌声に導かれるように、サンに続いてゆったりと外へと出て。
「もう一つプレゼントがある」
そう差し出すのは――用意していた、もうひとつのサプライズ。
隠していた12本の薔薇の花束を、愛しいひとへと贈る。
そしてそんな彼の贈り物に、サンはピンとくる。
だって、18歳の誕生日に彼は108本の薔薇をくれたから――きっとこれも。
「12本の薔薇……この意味は?」
そう訊いてみれば、ブラッドは一瞬瞳を見開いてしまう。
己で贈ったプレゼントの意味をその場で解説するのは、何とも気恥ずかしいから。
でも、じいっとお強請りするように自分を見つめるその瞳に観念して。
「……12本の薔薇の花束は『ダズンローズ』と謂う」
ブラッドは一輪ずつ大切に視線で追いながらも、サンへと告げる。
「薔薇それぞれに意味があり……感謝、希望、尊敬、誠実、愛情、栄光、幸福、情熱、努力、信頼、真実、永遠――」
――其れ等全てをお前に誓う、という意味だ、と。
そしてブラッドは、心に満ちる想いを言の葉にして。
「サン、俺の隣に居てくれてありがとう」
いっぱいの感謝をサンに伝える。
「俺を選んでくれてありがとう」
溢れる思いのままに。
「出逢ってくれてありがとう」
掛け替えのない、愛しいひとへ。
その言葉に、サンだって負けないくらいに。
「僕も……ッ、僕も誓う」
感謝、希望、尊敬、誠実、愛情、栄光、幸福、情熱、努力、信頼、真実、永遠――勿論全部全力で、彼へと誓うのだ。
「ありがとうブラッド」
いつだって優しい彼へと。
「僕と一緒にいてくれてありがとう」
何度言ったって、言い尽くせないくらいいっぱいの。
「たくさんたくさん愛してくれてありがとう」
たくさんのありがとうと、大好きを。
それからサンは、咲かせた薔薇の様な美しい笑顔でそっと薔薇を一輪手にして。
薔薇色の優しい瞳で自分を見つめるブラッドへと指してあげる。
ダズンローズのことは初めて知ったけれど、彼にもお裾分けしたくて。
そして12本の薔薇が、笑顔と瞳で14本になれば――それもまた、互いが咲かせる想い。
けれど何せ、今日は特別な日。
ふいに耳に聞こえはじめるのは、ふたりへと船が用意した、もうひとつのサプライズ。
船の上に獣奏器の魔法の音色が響けば、海から飛び出した魚たちが星の海を泳いで。
「サン、あれは……」
「あっ、ブラッド見て!」
瞬間、ふたりは同時に声を上げる。
まるで自分達を祝いに来たかのように姿をみせた、夢見る鯨――お友達になったあの子が、会いに来てくれたから。
そしてまたあの時のように、ふたり大きな背に乗せて貰って。
魔法のかかった空の海を泳ぎながら、サンは共に在る彼へと紡ぐ。
「ブラッド、あなたは海のよう」
そして海のような彼にゆうらり身を任せ、一緒に星の海を揺蕩う。
彼の大きく深く真っ直ぐな想いに呑み込まれて、愛に包まれて。
――愛してる 大好き 大好き。
「これからも、ずっと一緒」
涙が溢れるのは、こんなにも胸がいっぱいだから。
そんな愛しい伴侶の頭をそっと大きな手で撫でてあげながらも。
ブラッドは改めて特別なこの日に、ありったけの想いを贈る。
――生まれてきてくれてありがとう、と。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴