チル・スケイルの異界スシ探訪 ~再訪ゴールデン・スシ~
『イラッシャイー!』
スペースシップ、ザ・ゴールデン・スシ。
スペースシップシップワールドの代表的な宇宙食文化であるスシ提供スペースシップである。
その船内に設けられたスシ・バースペースで、カウンターに吊るされたAI搭載型チョーチンランタン・メカが叫んだ。
「ご無沙汰しています、大将」
バイオモーメン繊維製ノレンヴェールを潜って顔を見せたのは、チル・スケイル(f27327)である。
「おお、アンタかい!」
バーカウンター越しにチルへと愛想よくアイサツを返したのは、代表イタマエのゲンタウ・メーモリー氏だ。
「どうも」
チルは小さく頭を下げてからカウンター席へとつく。
ザ・ゴールデン・スシはチルが以前に訪れたスペースシップのひとつだ。彼女はここでスシの文化に初めて触れ、その味わいに深く感銘を覚えて以来暇を見つけてはあしげく通っている。
カウンターの端から一席開けた位置のスツールが彼女の指定席だ。小慣れた様子でチルは席に着く。
「まずはこれをお返しします」
チルは卓上に黒い箱を置いた。それはスペース技術製の食品保存用カサネ・ボックスだ。ザ・ゴールデン・スシのオミヤスシ・パッケージに用いられる容器である。
「おう。今回のはどうだったィ?」
「はい。新しい味と出会えました。まさかモンゴリがこんなに奥深いとは」
ボックスを受け取るゲンタウへ、チルは静かに頷いた。
彼女は既に店の常連だ。チルは猟兵としての任務で忙しく世界を飛び回る合間、時折この店を訪れてはスシを味わい明日のための活力を補充し、それと同時に予備バッテリーめいてオミヤスシ・パッケージを必ずテイクアウトしている。
今回彼女が味わったオミヤスシはモンゴリ尽くしのセットであった。
モンゴリとはスペースシップワールドの一部宙域に生息する宇宙生物・宇宙モンゴリアンデスワームのことである。
毒々しい色合いの見た目とは裏腹に、ホルモンめいて弾力に富んだ肉質から塩気のある旨味が溢れ出す独特の味わいが人気を呼んでおり、スペースシップワールドのスシ文化の中でも近年密かなブームが到来しつつある。
宇宙モンゴリアンデスワームも宙域ごとに異なる生態を持ったいくつかの種類が存在しており、チルが味わったのはその何種かの握りを食べ比べるセットだ。
「そいつァ良かった。楽しめたなら何よりだ。……ンで、今日は何にしやしょうか?」
感想を語るチルに頷いてから、ゲンタウは本日の注文を訊ねる。
「そうですね……前回は変わり種でしたから、今日はベーシックなセットで頼みます。あとはお任せで」
「アイヨォ!」
チルは手慣れた口ぶりで大将へと注文を通した。ゲンタウは食材ストッカーからいくつかのバイオフィッシュサクを引き出すと、巧みな手つきでスペースアダマニウム包丁の刃を入れ始める。
「相変わらず見事な手際」
「ははは。褒めたっていつも通りのモンしか出やせんぜ」
ネタの用意ができたところで、ゲンタウはスペーススシオケからスメシを出して握り始めた。耕生産船団ギミヤ産のサニーニシキが次々とスペースギンシャリの形を作ってゆく。見事な腕前だ。その様子にチルはため息を吐いた。
「ヘイお待ち!」
そして、完成するスシ・セット。|メルス・スクイド《宇宙イカ》や遺伝子調整済みバイオヒラメエンガワの握りに始まり、遺伝子調整済みバイオホタテや|宇宙ガッツォ《鰹》、それにグラビトロマグロの赤身・トロが並ぶ。
それはスペーススシゲタの上で絵画めいて輝きを放つ色とりどりのスシの|戦列《パレード》であった。
「ありがとうございます」
チルは静かに頭を下げてから、宇宙スシ文化の作法に則り丁寧に手を合わせる。
「では、頂きます」
チルはスペースチョップスティックを手に、スシに手を付け始めた。
はじめは比較的淡白な味の宇宙イカからだ。スペースムラサキを適量つけて口に放り込み、咀嚼する。
瞬間、舌の上で開催される祝祭!
職人の技術によって最適に包丁を入れられたイカの身はチルの味蕾でその旨味を解放し、噛み締める歯応えでその舌触りを楽しませる。
チルは続けてバイオヒラメエンガワ、ガッツォと次々にニギリへと手を出してゆく。おお、眩暈! 新たなスシを口に運ぶ度、舞台上の役者が交代してゆくように味わいを変えながらスシの旨さがチルの舌先を刺激し脳細胞を揺さぶってゆく。それはさながら旨味のエンタメショー・ステージ!
「……むっ」
だが、如何なる名劇であっても終幕の時は訪れるものだ。気づけばスシは最後の一貫。名残惜しむようにチルは残ったタマゴ・スシをゆっくりと平らげ、最後に合掌してゴチソウサマのチャントを唱える。
「今日も素晴らしいスシでした」
チルはスシに満たされた満足感と、もっとスシを味わいたいと願う欲求が複雑に入り混じった心地で静かに呟くと、熱い宇宙アガリを啜った。
「おう。今日もいい食いっぷりじゃねえの」
「ゲンタウさんのスシが美味しいからですよ。本当ならもっと食べたいところですが……」
「マ、そうだな。こういうのはちょっと足りないくらいが丁度いいんだ。続きは次回のお楽しみに、ってなモンよ」
スシ欲求を抑えるチルの顔に笑いながら、ゲンタウはオミヤスシ・パッケージへとスシを詰めていた。
「ンで、こいつはテイクアウト分な」
「ありがとうございます」
今回のテイクアウト・パッケージは今日味わったスシと同様、白身から赤身、貝類など様々な種類のスシがバランスよく詰めあわされたベーシックなスシ・セットだ。
「これで明日も生きていけます」
「おいおい、大袈裟が過ぎるぜ」
表情をほころばせながらチルはオミヤスシ・パッケージを受け取り、スシ代の清算を済ませた。
「マイド! また来てくれよな!」
「ええ、必ず」
それから、チルはボックスを抱えて店を出る。
そして――そこからチルは宇宙に走る光を見た。
それは戦いの予兆だ。あまねくワールドは、今まさにこの瞬間も猟兵たちの力を必要としている。
チルは静かに頷くと、新たな事件に向かうべく歩き出した。
かくして――――チルの戦いは、今日も続く。その傍らに、スシを携えながら。
成功
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