先駆けのスタァーライト
きっかけは些細なことだったのだと言うつもりはない。
後にそう語るのはあらゆる世界で名を馳せた『デスメタルロック団』のメンバーの言葉である。
そう、世界にはあらゆるきっかけが散在している。
傍から見れば、路傍の石なのだろう。
けれど、考えてほしい。
「ロックンロールって言うだろう。転がる岩ってことだ。岩は蹴飛ばさなきゃあならねぇ。お前、わかってっか?」
炎揺らめくは男は言う。後に炎の四天王として、情熱的でありながら切り裂くような金属的な音色を奏でることで名を知られるギタリストだ。
彼は言う。
あの日もこんな日だったと。
「そういう物言いやめなさいよ。君、ただでさえ誤解されやすいのだから」
冷ややかに隣に座る女性が言う。
炎の四天王がリーダー格であるというのならば彼女はサブリーダーとでも言うべきだっただろうか。
幼馴染である炎の四天王をたしなめるように言葉を紡ぐ。
「誤解されるところまで含めてこそでしょ。僕はさ、あの音色は好きだな。雷みたいでさ」
雷の四天王があどけない顔で言う。
彼はもっとも年下のメンバーであったけれど、こうしたグループ内でのやり取りの一つの緩衝材のような立ち回りをしてくれる。
彼がSNSで精力的に宣伝を行ってくれたことも、彼らのグループの名を知らしめる一因になっている事は間違いない。
けれど、彼は頭を振る。
「ないない。そんなことはね。僕が宣伝しなくってもさ。そう、転がる岩みたいに加速していたっと思うんだよね」
「でも」
その言葉に今まで言葉を紡ぐことのなかった風の四天王が口を開く。
彼女はバンドの根幹を支えるドラムを担当している。だから、というわけではないが縁の下の力持ちとも言えただろう。
そんな彼女が口を開くものだから、三人は視線を向ける。
「きっとあの日のことがなかったのなら、私たちはきっと転がる岩のように地面にぶつかって砕けて散り散りになっていたと思う」
だから、と彼女の続く言葉に四天王たちは深くうなずいた。
「――皆さんはもとより知名度も有ったバンドグループであったと聞き及んでいます」
インタビュアーの言葉がひびく。
「――ですが、今ひとつ跳ねきらない、当時はそんな風に酷評されておりましたが」
「ああ、だからだよ。言ったろ、蹴っ飛ばされたんだよ、俺達はさ」
思い返す度に、鮮烈に浮かぶ。
その日もそうだった。
練習が終わった帰り道。なにかが足りないとずっと思いながらの演奏は気もそぞろであったことだろう。
全員が全員、それがわかっていた。
何かが足りないけれど、何が足りないかわからない。
だからこそ、やきもきしていた。
明日のバイトだってある。音楽だけできていれば、それでいいのに。生きるのにはどうしたって|D《デビル》がいる。
「めんどうくせぇな。ほんとう全部投げ出してしまいたいぜ」
「全部って何」
「あ? 全部って言ったら全部だよ。突っかかるなよ」
「やめてくださいよー、そんなこんな往来で……」
「……」
いつまでも黙ったまんまで、と火と風の四天王の間に険悪な雰囲気が流れ出す。
それは呼び水みたいに日頃に積もったような不満を噴出させる。
くだらないことから、これまで我慢していたこと、言いたかったけど言えなかったこと、言わなくてもいいことまで互いに言葉をぶつけ合う。
彼らは異なる存在だ。
使う楽器だって違う。
音楽っていう一つのことをしようとしているのに、てんでバラバラなのだ。
こんなことで自分たちに足りないものを知ることなんてできない。
「もうやめだやめ! こんな――」
クソバンド! と言い放ちそうになり、誰もがその続く言葉を理解した瞬間、彼らの間に割り入るのは、彼らが知らない声だった。
――よし! わかった。とりあえず、あたしの歌を聴け!!
「なんだこいつ」
「急に割って入ってきて……」
「何様」
「もう喧嘩やめましょうよ……あ……――」
その時四人は思ったのだ。
同じ音楽をやりたいと思ったこと。
自分と違う存在が隣りにいて、理解したいって思うのに理解できなくて。けれど、もがいて。
違う存在。理解できない存在。
けれど、確かにそこに居るという事実。違うからこそ響き渡るってことを。
どうしようもなくこがれた物がある。
それが目の前にあると四人の心は一つなったのだ。
不理解を理解することで、互いが違うってことを理解する。でも、だからこそ、それはただの音じゃあなくって、旋律になるんだって。
「これが歌うってことだよ! ねぇ、ロックンロール! ってこういうことだよ!」
ああ、と息を吐き出す。
これが足りなかったのだと。
眼の前で歌う人間の女性。彼女こそ、と彼らは思ったのだ。
彼女こそ!
我等の、|魔王軍《バンド》の! デスメタロック団の!
「|魔王様《バンドリーダー》――!!」
これが始まり。
岩を蹴っ飛ばした歌声の始まり、始まり――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴