0
影の思惑

#UDCアース #ノベル

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#UDCアース
🔒
#ノベル


0



キール・グラナドロップ




 キール・グラナドロップは影に寄り添う臆病な妖精だ。身に宿すUDC「影くん」が常に傍にあるから、ただ暗いだけの夜道ならさして怖くはない。それゆえ、大通りの裏手にあった一本道をふと覗いた彼は、そこに広がる闇の深さを異質なものとすぐ理解した。
 闇から、黒い人型の何かが生えてくる。背丈は三メートル近く、異常に長い腕は木の根のように枝分かれしている。目も鼻もない貌には口だけがあり、巨大な牙が覗いていた。知性はあるのか、不明瞭な言語を発し続けている。
 ――野生のUDC怪物。だが、これは影くんとは違う。禍々しいそれは飢え、贄を求める邪神の如くキールへ手を伸ばす。簡単に握り潰されそうな闇の巨塊を前にし、キールの紅い眸は涙と恐怖に揺れた。
「怖い……怖いよ影くん」
 どうしよう。今はこの時期菓子が大量に売られると聞き、観光に来ていただけだ。仲間の猟兵は誰も居ない。独りで戦わねばならないが、邪神の呟きを聞くだけで手足が震え、とても立ち向かう勇気など湧かない。加えてこの体格差だ。頼れるものは何もなかった――唯一つを除けば、だが。
『ならお前、「俺」に体をよこせ』
「……! うん、わかった。影くん、ボクをすきに使って」
 内から語りかける声に答えるキールの表情は喜色と信頼に満ち、まるで親を無条件に慕う子供のよう。すると赤い魔石が嵌められた指輪から影が滲み出て、青年の小さな体躯の半分をたちまち黒く染めてしまう。左右を隔てる線を境界にして、片側は妖精、片側は宛ら影人間だ。
 血色の羽も眸も今や黒一色。半身を影へやつしたキールの表情は先程までとはまるで異なり、理性的で年相応に見えた。
「「俺」の状態でどこまでやれるかはまだやった事はなかったな……こいつが壊れない程度に試してみるか」
 キールの意識と身体を乗っ取った「俺」――影くんは指輪を嵌めた手を一捻りすると、巨大な謎の邪神を見上げ、呟いた。

 「こいつ」が今置かれている状況を鑑みると、兎に角まずは眼前に迫る腕から逃れねばなるまい。複雑な網目のように広がり、獲物を追い詰めようとする敵の指……指か? 疑問もすぐ頭から追い出し、その隙間を縫うように飛翔した。妖精の小さな身体と飛行力を活かし、攻撃をすり抜けながら密かに反撃の機会を窺う形だ。時間を稼ぐ為なら対話も試みる。
「何が目的だ」
『同輩かね。偶には人でなき者を喰らうも一興かと』
 先程までとは違い、邪神の言葉が聞き取れる。尤も「こいつ」自身には届いちゃいないだろうが――影を纏う妖精は邪神の一言にこう返した。
「そうか。じゃあお前が「俺」に喰われる事にも同意してくれるな」
 それ以上言葉を弄す暇も与えず、指輪に溜めていた魔力を開放する。路地に集まっていた闇が変質し、邪神の足元に虎挟みのような影色の大口が出現した。ばちん、と口が閉じられれば、邪神はもう身動きひとつ取れず影の中へ引き摺りこまれていくだけだ。底の無い沼へ沈みゆくように消える邪神の肉体を、「俺」はじっくりと味わいながら、その力を吸収していく。
 ……この身体は脆い。精神的にも、肉体的にも。将来的に身体を明け渡す約束はしているものの、「俺」としては「こいつ」が今後も自分の意思で動いてもらわねば困るのだ。少なくとも今は、まだ。

「……こいつは大切な「俺」の器だからな。壊れてもらっちゃ困るんだよ。こちらとしても」
 普段と異なる喋り方は、まだ狂気に囚われていなかった昔の「あいつ」――キールを真似たものだった。けれど味覚ばかりは理解し難い。チョコレートとかいうのよりオブリビオンの方が美味いだろうに。影くんはそう思いながら、路地の片隅に置いた土産袋を拾った。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年01月25日


挿絵イラスト