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紅灯曙光

#シルバーレイン #ノベル #オリジナル料理は如何ですか?

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壽春・杜環子





「もしもし? わたくしです! 今鎌倉駅の前におりますの!」
 先に言う。怪異ではない。
 小さな手で公衆電話を取り、鈴の転がるような声音で楽しげに話す和装の少女――否。
 壽春・杜環子(懷廻万華鏡・f33637)――ももとせの命。万華鏡の君である。
「ん? 実はね、林檎をニ箱程頂いてしまったの」
 二箱。
 食べ盛り成長期の男子高校生であるなら兎も角、杜環子一人で食べ切るには荷が重い。いや、居候猫もいるにはいるし彼は|雄《おとこ》であるのだが、そのサイズは一般的なイエネコと変わらぬ範囲内。大食漢というわけでも、林檎好きというわけでもない。お察しである。
 剥いて食べる。それに飽きたらサラダにしてみる。等々、工夫はしてみたものの。やはり飽きには勝てなかった。
 そんなわけで行き場を失いつつある林檎どもが夢の跡。貰いたての時分の艶も徐々に失われつつあり。
「というわけで、貴方に美味しくしていただこうと思いまして。ふふ」
 名案だと思いませんこと? などと茶目っ気たっぷりに電話の相手に問いかけつつも。
「で――今どちら?」


 にこ!
「………………」
 ――と、いうわけで現在。
 杜環子は手土産分を含めて計三個の林檎を抱え、シルバーレインに存在する山立・亨次(人間の猟理師・f37635)の下宿先に来ていた。なお笑顔のこちらを見下ろす後輩は相変わらずの無表情である。
 しかし無下に追い返したりしない、以前に現在地をちゃんと教えた辺り、先輩の頼みを聞いてくれる気はあるのだろう。
 因みに奥には亨次同様、ここに下宿していると思しき別の学生の姿も見える。何だアイツ遂に彼女出来たのか、いやしかしあんなちっちゃい子じゃ犯罪じゃね? なんてひそひそ話が聞こえてくる。
 ただ、のそのそ借りた厨房へと歩き出した亨次が全くそんな素振りをしていないのと、後は生来の威圧感も相俟って、学生たちは諦めたように部屋へと引っ込んでいった。
 その隣を歩きながら、杜環子はその横顔を窺おうとして、首を痛めそうで止めた。どれだけ大柄でも、悠久の時を生きた杜環子にとっては人生の後輩に変わりなく。可愛い後輩は愛でたいもの――だが撫でようにもご覧の長身。せめてもうちょっと縮んではくれまいか、なんて言葉を喉奥にしまいつつ。
「ねぇねぇ今日は何つくるんですのー?」
「秘密。和食する予定だとは言っておく」
 慣れ親しんでいるであろう和食をチョイスしてくれたのだろう。やはり愛い子だ、なんて杜環子はにこにこしつつ。
 厨房に引っ込んだ後輩の様子を、そこに面した食堂からひょこんと覗き込めば、野菜室からトマトと玉葱、芽キャベツを取り出している様子。
 まずは林檎と玉葱の皮を剥き、荒く刻んでゆく。
「亨次くんは玉葱で泣きませんのね?」
「水洗いしながら切ったからな」
 成程、水洗いしながら切ることで催涙物質の気化を抑えられるらしい。とは言え、微塵切りの場合は難しいだろうが。
 更にトマトも皮を湯剥きした上で切り、鍋に投入。生姜と水を加えて火にかけたら、薄口醤油で味を整え、粗熱を取る。それを更にフードプロセッサーで拡散することで、赤い煮汁が出来上がる。
 並行して芽キャベツを塩茹でし、ざるに上げる。また別の鍋の沸騰させた湯の中に投入したのは、予め塩をまぶして置いておいたらしい銀鮭の冊。
 表面の色が変わったら、氷水に上げて汚れを取る。それと入れ替えるような形で煮汁を鍋に戻す。
 煮立つのを待つ間に鮭をそれぞれ四等分にしつつ、もう一個の林檎を角切りにし、さっと蜂蜜にさっと漬けた。
「変色防止に塩水に漬けるのは聞いたことがありますけれど……」
「蜂蜜でも代わりになる。味も甘さが際立つ。……で、昨日もち米を浸しといたのは正解だったな」
 天啓か、それとも別の用途に使う予定だったのか。
 亨次は蒸し器でもち米を蒸し、鍋の煮汁を確認。煮立っているのを認めて鮭を投入。火の勢いを少し弱めた。
 待つ間に蒸し器へ蜂蜜に漬けた林檎と、林檎ジュースを加えて混ぜる。煮ると蒸すを同時に行いながら、それぞれ様子を見て。
「頃合いだな」
 器に鮭を盛りつけて、煮汁を張る。
 彩り兼ねて芽キャベツと、花の型を抜いて象ったおこわを添えて胡麻塩を振りかけたなら。
「『曙光魁花』――お待たせしました」
 日の出と花の彩りに、紅色の厚意を詰め込んで。
 梅よりも早い魁の花に、杜環子は目を輝かせた。


「うふふ、いただきます」
 そう言って手を合わせた時も、舌に乗せて味わった時も、先輩は上機嫌。
 亨次はと言うと、やはり無表情のままそんな杜環子をじっと見つめている。
「あら、そんなに見つめられると食べにくいわ亨次くん」
「本当に美味そうに食うモンだなと思って」
 かく言う亨次自身は、残った自分への|手土産《りんご》をそのまま頬張り始めて。
 無骨な筈のその所作すら杜環子にとっては可愛くて、思わず今は届く頭をくしゃりと撫でた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年01月25日


挿絵イラスト