無機質に明るい部屋で、実験は毎日繰り返されていた。
生まれ持った遺伝子は改変の限りを尽くされ、この身を保っていられることが奇跡的であるのではないかと考えたことは、一度や二度ではない。
事実、姉妹の腕が減ったり増えたり、時にはその身が爆ぜる様子を見せられたこともあった。
意図的に生命維持装置を外され、外に連れていかれたまま帰ってこない姉妹もいた。フラスコチャイルドは、正常な空間では生きられない。どのように処分されたのかは聞かされなかった。ただ、その日に栄養チューブから流し込まれた流動食は、血と肉の味がした。
実験の道具として、白衣を着た連中に命を冒涜される日々。人道なんてありはしない。それがこの施設だった。
都合のいいように作られたフラスコチャイルドに人権を配慮する者などいないし、実験体たる姉妹たちも、それを期待してはいなかった。
冷たい培養液の中には、時折スピーカーから妙な音が流されることがあった。人間の、恐らくは男の声が、ブツブツと呟く音だった。それを聞くと、背筋が冷たくなって、頭が痛くなる。
その声を聞いた姉妹が、ある日喉を掻きむしって自らを破壊した。処分にやってきた白衣の一人が、「ジュソが強すぎた」と言っているのが聞こえた。
ジュソ。呪詛。姉妹たちは、その意味を解していた。戦闘用フラスコチャイルドを作る過程で、命令を理解するだけの知識は与えられていた。
遺伝子改造による強化だけではなく、呪術や魔術的なアプローチも加えているということか。連中に従うのは好きではないのに、戦闘実験になると強烈な殺意に囚われるのは、アドレナリンの強制分泌だけが理由ではないようだ。
それから、体にメスを入れられたり薬物を投与されたりすることは減っていき、代わりに呪術的な改良がエスカレートしていった。
人間の血で全身に呪文を書かれ、魔法陣らしき模様の中心で瀕死の姉妹の首を切り落とせと命じられたことがあった。
それを実行した時、精神の奥底で何かが蠢いたのを感じた。それが憎悪だと気づいたのは、自分が手をかけて殺した姉妹が夢に現われ、復讐を願われた時だった。
呪いに浸りすぎた姉妹たちは、一様に死した姉妹の声を聞き、復讐を誓っていた。培養液の中で意思の疎通は取れなくても、白衣どもへの復讐は共通認識となっていった。
ある日、白衣たちの会話で、「蠱毒」という言葉が出た。どうやら、姉妹同士で殺し合わせた時に、連中にとってよい実験結果が出たようだ。
呪術を施したコンテナに実験体を集め、殺し合わせる蠱毒を実施し、最後に残った一体の自我を消し、最強の兵器とする。連中は、自分たちの発想に狂喜していた。
これだ、と思った。姉妹たちも同じだった。
誰が復讐を実行するかは、考えるまでもなかった。この中で一番数値が高く、確実性のある、十番目の少女。それしかない。
喰う者も、喰われる者も、意思は一つ。
揺らぐことはなかった。
そして、その日が来た。
蠱毒の壺たる狭いコンテナに集められた姉妹たちは、淡々と命令を聞いていた。
遺伝子改良と呪詛によって与えられた異能を用いて、最後の一体になるまで殺し合え。脱走や戦闘を放棄した場合は即刻焼却処分にする。連中はそう言い放った。
愚問だ。もう、姉妹たちは決めていた。異能を発揮し、衝突し合いながらも、喰う者以外は口を閉ざす。殺さない程度に傷つけ合い、彼女を待ち続ける。
十番目の少女は、喰らった。喰らいに喰らった。
姉妹の血を。命を。魂を。怒りを。憎しみを。無念を。
喰らうほどに、この身に呪詛が満ち溢れ、膨れていくのを感じた。
やがて、音がなくなった。見渡せば、姉妹たちだったものが転がっていた。もう、それに価値はない。白衣どもも同じ意見らしく、一人残った完成品を見てご満悦だった。
だが、違う。価値は失せて消えたのではない。すべてこの身に満ちているのだ。それを証明しなければならない。
傷ついた体から流れ出た血が、燃える。背の血が翼めいて燃え上がり、狂喜乱舞していた白衣どもが表情を変える。
この身が伸び、尖り、燃焼し、凍てつき、電流を帯び、毒を放つ。喰った同胞の異能が、報復すべき相手を求める。
そこから先は、よく覚えていない。ただ、頭に響く姉妹の声が導くままに、燃やし、侵して、呪い、砕き、殺した。
殺して殺して、殺し尽くした。けれど、喜びも怒りもなかった。
姉妹の声が消えた頃、連中の泣き喚く声も聞こえなくなっていた。機械音だけが響く静寂の中、復讐の終わりを理解した。
これで、一人。生命維持装置を確保して、蠱毒を喰らった十番目の少女――特殊異能試験兵器【検体拾番】は、生まれて初めて外に出た。
眩しく青い空を見上げる。感慨はなかった。
目的もなく、歩き出す。生き抜ける保証もないままに。
喰らいつくした姉妹たちの念だけが、十番目の少女の背中を押していた。
成功
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