Drachen und schöner Wein
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シルバーレイン、鎌倉市内の某スーパー。
この日、店内は何やらざわついていた。
長身で威圧感を与える風体の男性二人が、揃って店内を闊歩していたからである。
と言っても、二人としてはただ他の客と変わらず、食材を買い込んでいるだけなのだが。
「本当にいいのか、材料費持って貰って」
「勉強させて貰う側だからな。このくらいは安いもんだ」
山立・亨次(人間の猟理師・f37635)がやや仰向くほどの長身の男は乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)だ。
こう見えて二人共料理男子であり、梓は猟理師としてそこそこ名の知れている亨次の料理と、このシルバーレインの料理事情そのものにも興味があり。今回、以前の依頼で縁の出来たグリモア猟兵に紹介して貰い、その料理の腕前を披露して貰うことになったのである。
因みに、梓が材料費を持つ流れになったのは、亨次が梓の好物を聞いて、ビールを料理に使いたいと言い出したからである。但し当然ながら彼は未成年で、自分で購入することは出来ない。
そこで梓がこの世界の依頼で稼いだ報酬で、費用を持つことになったのである。亨次は会計の後で返すと言ったが、何かと面倒見のいい梓はそれを辞退した。それを告げた時の亨次はやはり無表情だったが、眼差しにどことなく申し訳なさを感じたのが印象的だった。
「ところで、レーズンは食えるか?」
「あー、苦手な奴は苦手だよな。俺は……好物ってわけじゃないが、苦手ってわけでもないな」
「ならいい」
買い物かごにレーズンが放り込まれた。
「これで全部か?」
「……ん」
頷く亨次。
早速、梓は彼を伴い会計へと向かったのだった。
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「この食材から察するに……鶏のビール煮か?」
「ご明察。酒があるから学園の家庭科室は借りられねぇが、妥協もしたくねぇ」
亨次のこだわりは、梓にも理解出来る気がした。人に料理を振る舞う以上は、中途半端なものは出したくない。
その時に考えうる、出来うる、最高のものを。やはり、料理と真剣に向き合う者は、程度の差はあれそうなるものなのだろう。
亨次は下宿先の厨房を借りて、早速調理に取り掛かったようだった。その様子を、今は振る舞われる側として、梓は見守る。
まずは鶏もも肉をカットしていく。食べ応えは残しながらも、食べにくくはならないサイズ。下味も塩胡椒でしっかりとつけて、小麦粉を薄くまぶして厚手の鍋へ。
皮目が焼けたら一度取り出して、流水に当てながら薄切りにした玉葱を炒める。
「水に当てたのは催涙物質対策か?」
「ああ。鼻摘むわけにもいかねぇし」
玉葱の催涙ガスは揮発性で、鼻から入る。
そのため、水に当てながら切ることでその発生を抑えられるのだ。
と、話している間にも玉葱が透き通り始め。それを認めた亨次が再び鍋へと鶏肉を戻し入れる。
ここで黒ビールにトマトピューレ、コンソメ、蜂蜜も加えて煮込むこと暫し。
頃合いを見て、レーズンを少量加えて更に煮込む。
「お、香りが立ってきたな」
見守る梓の元にも、完成に近づいたことを知らせるそれが漂ってくる。ぴょこりと仔竜の焔と零も顔を出し、そわそわ待ち切れない様子。
だが、まだ終わりではないのだろうと梓は読んでいた。そしてその読み通り、亨次は醤油を少量ずつ足し入れ、味を微調整している。
「ん」
やがて納得がいったのか、亨次は頷いて。
実は同時進行で炒めていたライスを盛りつけ、その上にバターと、何やら赤と青の粒を乗せ始めて。
(「ピンクペッパーと、ブルーコーンか」)
共に旅する竜たちの色。
そして、とろりと煮込みを添えれば。
「『|Drachen und schöner Wein《竜と美酒》』」
猟理師による梓のための一品が完成だ!
「お待たせしました」
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一人部屋だから狭いが、と通されたのは亨次の部屋だった。男子高校生の一人暮らしだが、綺麗に使われている。物が少ないのも理由ではあろうが。
「じゃあ早速、っと」
余ったビールの一本を開ける梓。グラスに注ぎ――そして、もうひとつのグラスには。
「未成年だから、ジンジャーエールな」
亨次にも、労いの一杯を。
僅かながら丸く見開かれる目。だが、直後に亨次はそれと解らぬほど微かながら、口元に笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ、いただきます」
しっかりと手を合わせて、実食。
「ん、美味いな……鶏の煮込み加減も絶妙だし、レーズンの甘みもいいアクセントになってる」
焔と零も、分けて貰った肉を頬張りご満悦。
(「今回はモチーフ優先で赤と青のペッパーコーンライスにしてくれたんだろうが、これなら……」)
つい、味わいながらも料理研究の癖が出てしまう梓だが。
「サフランライスにしても合いそうだな」
どうやら亨次も同じことを考えていたらしい。これはもう、料理人の|性質《サガ》というものだろう。
思わず、梓は首を傾げる亨次の顔を見て、苦笑した。
成功
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