戦火が飛び交わない日は無い――戦乱を極めたクロムキャバリアにも細やかな日常は存在していた。遠桜・星黎凪(桜花の機士・f29963)は気まぐれで訪れた小国家にて突如現れたオブリビオンマシンを迎撃した経緯があって、今はその小国家で一時の休暇中だ。愛機のキャバリア、夜桜は救世主のシンボルとして中心部の広場に招かれて一夜を過ごした後、キャバリア格納庫に移されて星黎凪のメンテナンスを受けている。
「~♪ ~♪」
鼻歌交じりで星黎凪は夜桜のボディを磨いていく。昨日は戦闘の興奮冷めやらぬ中での住民達の歓待があってそのままにしていたが、やはり激戦の跡を勲章とするよりはピカピカのボディが一番。それで朝日が昇ると同時に宿のベッドを抜け出して、こうして一人メンテナンス作業に没頭していた。
メンテナンスと一口に言っても、体高5mになるキャバリアの隅々までに気を配るのは根気の要る作業だ。一見武骨でも駆動部、関節部、接合部と緻密な構造を持つ箇所はいくつもあり、砂塵や礫、敵機体の破損片などがよく詰まる。ヘッドのてっぺんからレッグの先まで一通り磨きつつ細かい汚れが無いかどうかを確かめた後は、専用の細長い工具を取り出して裁縫のような手つきで細部の掃除。次なる出番は明日か明後日か、あるいは今日になるかもしれない。何時でも万全の状態で出撃できるよう星黎凪はメンテナンスに心を尽くす。
「わー、すげー!!」
没頭していて時が過ぎるのを忘れていたが、星黎凪がメンテナンスを始めてから早一時間が経過していた。この時間になると一番の早起き少年少女達が家を飛び出し、キャバリア見たさに格納庫へとやってくるのだ。まして、今日は星黎凪と夜桜が居るのだから多少の寝坊助だって早起きを頑張った。昨晩の大人達は風情があるだの味わい深いだのとしみじみ感想を述べていたが、少年少女達はもっと真っ直ぐに思ったままを口にする。
「えへへ、凄いでしょう?」
その声に気付いて、夜桜の肩上にいた星黎凪は視線を地上に向けた。数えるに5人、子供達がキラキラした瞳を夜桜に向けている。
「もうすぐ終わるから待っててくださいね」
こればかりは手を抜けない作業。子供達にお願いして最後の作業をやり遂げる。そっと撫でたボディの感触も完璧で、星黎凪は満足した表情で足場に飛び移り、梯子を下りて子供達に会いに行った。
「昨日敵をやっつけてたやつでしょ!? すげーカッコ良かった!」
「ピンク色が可愛いの! 昨日よりもキラキラしてる!」
「ありがとう。お姉さん、皆のために頑張ったんですよー」
昨日の戦いの最中、コックピットで夜桜を操る星黎凪の耳には確かに声援が届いていた。この子供達もきっと全力で応援してくれたのだろう――そう思うと、じんと胸が温かくなる。
「もっと見ていい!?」
「いいですよー。好きなだけどうぞ」
「やったー!」
子供達は一緒になって夜桜の周囲を駆け回り、上から下まで視線を隅々に向けていた。
「剣の形が違うー!」
「それは天桜剣といいまして、日本刀という……ちょっと遠くの国にある武器に似せて作ったものなんです」
「肩にあるのはあれだよね! レーザーがびゃーって出てたやつ!」
「そうですよー。どんな敵でも一発で撃ち抜いちゃいます」
質問攻めに遭いながら星黎凪は子供達の様子を見守っている。彼らもきっと将来のキャバリアパイロット。願わくばその時までに、争いがなくなっていれば良いけれど……。
今できることは子供達の笑顔を守ること――そんな風に、心の中で気を引き締めていた矢先。
「お姉さん、お願いがあるんだけど……」
夜桜を見ていた少女の一人がおずおずと星黎凪に声を掛けてきた。なぁに? と星黎凪が視線の高さを合わせて尋ねると、
「私のお父さんのキャバリアを、ピカピカにしてほしいの……」
聞いて、初めはメンテナンスか何かの話かと感じたが、その少女が続けて言うには、
「お父さんのキャバリア、灰色でねずみみたいで、あまり可愛くないの……」
それはつまり、父親のキャバリアを彼女好みに変えてほしい、という依頼だった。少女一人で手を施すにはキャバリアは巨体過ぎる。とは言え、それならそれで父親に直接頼めば良いのでは、とも思ったが。
「お安いご用ですよー」
これも何かの縁と考え直し、星黎凪は引き受けることにした。
「すみませんなあ、うちの娘が大変なことを頼んだもんで。俺はどうにも娘の好みがいまいち分からんで……」
無精ひげを生やした父親だった。根は優しそうだが何処となく子供心に疎い印象で本人も自覚しているらしい。これが、少女が星黎凪に頼んできた理由だった。
「何とか、娘を喜ばせてやってもらえないでしょうか」
「こんなわたしでよければ」
深々と頭を下げられ、星黎凪もまた頭を下げ返す。傍らにあるキャバリアは接近戦闘に特化したタイプで、ボディの色合いで性能差は出ないと言わんばかりの全身灰色。確かに子供達にとって憧れの対象とはなりにくそうだ。
ペイント道具はその父親が準備してくれた。大きめの刷毛を手に、星黎凪はじっと身構える。
「さて……どんな感じにしましょう?」
「んーとね……赤! りんごと、さくらんぼと、チューリップ!」
「いいですね。では皆でやりましょう」
一緒についてきた他の子供達も小さな刷毛を持ち、準備万端といった様子。
「チューリップは足に描きましょう。皆さん、お願いできますか? わたしは上でりんごとさくらんぼを描いてみますので」
「はーい!」
子供達は一斉にキャバリアの足元に群がり、刷毛をペンキにじゃぶんと浸けると、べたっと豪快に塗りたくる。チューリップが一本、二本と咲き始める中、星黎凪は梯子を登ってキャバリアの背中の高さに到着した。
(後ろはさくらんぼがいいですね)
さくらんぼの繊細なデザインはより平面的な背中へ描く。刷毛を一回り、二回り、くるりくるりと果実の部分の色を乗せて、そこから小さめの刷毛で軸を付け足す。二房描いた後は胸部装甲へりんごの色付け。足場を渡って前方へ移動し、さらに大きな刷毛を持って子供達顔負けの刷毛捌きでぐるんと丸を描いた。
(隙間があると見た目が悪いですから……)
何処からどう見てもりんご――そんな風に思ってもらえるように力強く色を乗せる。最後には軸を右方向にぐいっと伸ばして完成だ。
描き終えて星黎凪は一度地上に降りる。すると子供達が、たたたっと駆け寄ってきた。
「お姉さん、できたよ!」
子供達は自信満々の表情。見ればキャバリアの足元は満開のチューリップ畑。赤の他に白も黄色も、色とりどりに咲いていた。
「すごーい。お姉さんもりんごとさくらんぼ、頑張ってみましたよ」
星黎凪が指差す方向を見上げる子供達。すると、ぱぁっと笑顔が咲いて。
「可愛い! やったー! お姉さん、ありがとう!!」
「いえいえ、どういたしまして」
子供達はキャバリアの全身を見ようと離れていく。それと入れ違いで件の父親がやってきた。
「娘のあんな笑顔を見たのは久しぶりです。本当にありがとうございます。それで、謝礼のほうは……」
「いいですよ、謝礼なんて。わたしも気分転換になりましたし、何よりあの子達の笑顔が一番のご褒美です」
ふとしたきっかけで出会うことになった子供達の笑顔を、いつまでも忘れないようにしよう――戦うことの意味を改めて実感した星黎凪は、そう心に誓うのだった。
成功
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