第二次聖杯戦争㉑〜過去と未来の境界線
●小立野、|闇の大穴《キリング・フィールド》
――それは、異形であった。
ふたつの三日月、銀色の雨の時代。その時代に存在した生と死の境界線。
――久しく、久しく忘れていた。
『|吾人《われわれ》は既に『骸の海』なれば、戯れに世界に染み出すもまた必定か』
この世界のトゥルダク、そしてカクリヨの地獄の獄卒、それらを懐かしむように呟く異形はこの世界での名を『生と死を分かつもの』と呼ばれた存在。
かつて眼前には『生の世界』、背後には『死の世界』が広がっていたその存在は、いまやその眼前の万物は渾然となっている。
――たとえ、時ですらも。
『|吾人《われわれ》の名は閻魔王『生と死を分かつもの』。あらゆる時に顯現しうる、世界の宿敵がひとりである』
人類の過去から未来全てを集積したような暗闇の大穴に、死の世界の番人であった存在の巨体のオブリビオンは佇んでいた。
「……説明を始めるね」
普段明るい様子のグリモア猟兵、鈴鹿・小春(万彩の剣・f36941)はいつもと違った様子で静かに切り出した。
「今回皆に行ってほしいのはかつて金沢大学の工学部があったという小立野。突然現れた闇の大穴に佇んでいる巨大な異形……『生と死を分かつもの』を撃破してきてほしい」
生と死を分かつもの――数多いる異形たちの中でも最強格、そしてその不死性を担保する最大の弱点でもあった異形が、オブリビオンとして蘇っているのだと、小春は言う。
「カクリヨファンタズムの世界で行方不明になってた閻魔王も名乗ってるみたいだね。戦場となるのはその漆黒の穴の中で、人類の過去から未来の全てが混ざったような、古今東西関係なしの建物がごっちゃになっている変な場所みたいだよ。昔、決戦を仕掛けた時は静寂に満ちた夕暮れの廃墟だったけど今回は別みたい。探せば戦うのに丁度いい地形とかも見つかるかもね。で、敵についてだけど……この大穴に入った者だけを自動的に攻撃してきて、戦場を制圧してもトドメさせるかさえわからない。その上で聖杯剣揺籠の君を撃破するまでに倒せなかったら閻魔王自身は消え失せてどこかに行くみたいだよ。そうなっても街並みは戻らないみたいだから注意いるかも」
そして続く小春の説明は、この異形の具体的な戦闘方法に移る。
「生と死を分かつものは見上げるような巨大さで、その体は触手を人型にしたような感じなんだけど……猟兵と相対すると猟兵一人に対し一体の『英雄』を召喚してきて二人がかりで襲い掛かってくるんだ。どっちも先制攻撃で仕掛けてくるから対策は必須だよ。そしてその英雄っていうのは向こうが言うに『そなたが未来の姿のひとつ』なんだって。……どんな姿か、性格とか性質はともかく、皆が自分の未来の姿と信じたくない理由があるみたい。その理由が強くて克服したいという気持ちも強ければ、今の自分より明らかに格上な英雄に勝つ手段も見えてくるって、予知されてるよ。それで生と死を分かつものは戦場全体を生と死の境界である触手を発生させて敵への攻撃と味方の癒しを同時にやってきたり、死の渦発生させて生命力奪ったり、あとは『この英雄をどう思うか』って問いかけてきて満足いく答えを得られるまで触手の中から出現させた浄玻璃鏡で捌きの光を放ってくるみたい。どれも強力だからしっかり対処、頑張ってね」
僕からできる説明はそれ位、と小春は金色の懐中時計型のグリモアを取り出す。
「この生と死を分かつものは本当に強敵だよ。初めて遭遇した時、帰ってこなかった銀誓館学園の能力者も沢山いた。だから本当に油断しないように……絶対、無事に帰って来てね」
祈るような言葉で小春は締め括り、そして猟兵達を生と死を分かつものの領域へと転送したのであった。
寅杜柳
オープニングをお読み頂き有難うございます。
何かあった未来。
このシナリオはシルバーレインの『小立野』が変化した『|闇の大穴《キリング・フィールド》』で『生と死を分かつもの』および『英雄』と戦うシナリオとなります。
英雄は相対する猟兵の未来の姿で、その力自体は今の猟兵より格上です。しかし絶対に未来の姿と信じたくない理由があり、それを克服したいという強い意志と対抗手段があれば勝つことも不可能ではありません。
なお、生と死を分かつものは英雄を普通に援護してくるのでそちらへの対処も重要となります。当然のように二人がかりで先制攻撃仕掛けてきますのでご注意を。
また、下記の特別なプレイングボーナスがある為、それに基づく行動があると判定が有利になりますので狙ってみるのもいいかもしれません。
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プレイングボーナス:「自分の未来の姿」を想起し、それを克服する/閻魔王と「未来の姿」の先制ユーベルコードに、両方とも対処する。
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それではご武運を。
皆様のご参加をお待ちしております。
第1章 ボス戦
『生と死を分かつもの』
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POW : テンタクル・ボーダー
戦場全体に【無数の触手】を発生させる。レベル分後まで、敵は【死の境界たる触手】の攻撃を、味方は【生の境界たる触手】の回復を受け続ける。
SPD : キリングホール
レベルm半径内に【『死』の渦】を放ち、命中した敵から【生命力】を奪う。範囲内が暗闇なら威力3倍。
WIZ : 閻魔浄玻璃鏡
対象への質問と共に、【無数の触手の中】から【浄玻璃鏡】を召喚する。満足な答えを得るまで、浄玻璃鏡は対象を【裁きの光】で攻撃する。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
ピオニー・アルムガルト
嘘でしょ…。私が英雄なんて面倒そうな事してるなんて。
けど自分と戦えるなんてなんか楽しそう!未来の可能性の私、越えさせてもらうわ!
英雄は真っ直ぐ殴りに来るはずなので分かつものの間に射線を切る為常に入る様に戦闘知識で戦うわね。
分かつものは生と死の境界と言うのなら動かずデーンと構えてなさいよ、動くと迷惑になるでしょ!
価値観も違う相対する相手の質問に満足な答えなんて答えられなくない?攻撃は野生の勘で避けるとして、満足な答えが出るまで真っ直ぐ答えてあげるわ!我慢比べよ!
吾人は既に『骸の海』なればとか、世界の宿敵がひとりとか気になる事言ってるけど、貴方みたいなのが複数いるのかしら?気が滅入るわね…。
●人狼の術士、ある未来
底知れぬ闇の領域となった|闇の大穴《キリング・フィールド》へと猟兵は向かう。
過去と未来をごちゃまぜにしたような異様な街並みで佇む巨体の異形『生と死を分かつもの』は、のそりと振り返り、禍々しい声を響かせる。
『英雄よ。戦うがいい』
「嘘でしょ……」
触手の中から姿を現したのは藍色の髪の人狼、ピオニー・アルムガルト(ランブリング・f07501)と同じーー少しだけ年を重ねたような姿。
この英雄と呼ばれた存在は未来の姿なのだとグリモア猟兵は説明していたが、いったい何があったらこのような未来になるのだろう。
しかし考えてみれば自分と戦える、というのは楽しそうだとピオニーは考えてしまう。
「未来の可能性の私、越えさせてもらうわ!」
楽観主義の自分の未来、共闘しているあの触手の怪物があの鏡で後方から援護するのであれば、真っ直ぐ来るとピオニーは推測。
事実その通りに英雄は杖を手に一気に距離を詰めてくる。だから英雄の向こうに生と死を分かつものがいるような位置へと移動しながらピオニーも杖を構えて、
『花弁達よ荘厳に吹き荒れなさい!』
「その距離から!?」
英雄のユーベルコードは現在のピオニーも使用している【|芍薬の息吹《ピオニー・アーテム》】、だが今の彼女の間合いよりかなり離れた位置から仕掛けてきている。
格上であるという英雄の武器が芍薬の花弁となってピオニーに襲い掛かてきて、さらに英雄本人も杖で殴り掛かってくる。
自分なら自分相手にどう攻撃するか、これまでの戦闘経験からの知識で予測しつつ、直感でどうにか回避する。
守りに専念すればこの英雄の攻撃だけならばどうにか凌ぎきれるように思える。
だが、
『汝よ、この英雄をどう思う』
心がざわつく低音の問いかけ、閻魔王の触手の躰から透明な水晶のような鏡が現れて、裁きの光をピオニーに放つ。
その射線を通そうと動く英雄に合わせ、ピオニーは通させないように動き回りつつ悪態をつく。
「生と死の境界と言うのなら動かずデーンと構えてなさいよ、動くと迷惑になるでしょ!」
『変質した|吾人《われわれ》は境界に非ず』
境界が動き回ると迷惑極まりないのは確かにそうだが、ここにいるのは変質したオブリビオンだから関係ないのだろう。
そもそもこの異形は生命根絶を目的に動いていた勢力、生命が困るのは寧ろ望むところであろうし、決定的に価値観は相容れない存在だ。
そんな相手の質問に満足な答え――はっきり言って向こうの胸先三寸で答えようがないが、それでも答えなければこの光線は止まらない。
我慢比べ、素直に真っ直ぐに何度でも答えてやるとの気概で、ピオニーは叫ぶ。
「……英雄なんて面倒なこと、よくやってるわね!」
自分が面倒くさがりとよく理解しているからの率直な感想。
ただそこに偽りはなく、満足のいく答えになっていたからか、浄玻璃鏡からの裁きの光が止まる。
――ここだ。ユーべルコード発動の準備を整えたピオニーは一気に英雄の方へダッシュで飛び込む。
向こうも迎撃で杖を構え、即座に殴り掛かってくる。経験を重ねた格上だから、長期戦での真っ向勝負は敵わないかもしれない。
それでも、面倒くさがりのくせに面倒を背負ってしまっているだろうこの英雄に、ピオニーは負けたくない。
その気迫で英雄の杖を受け、押し返し。英雄と閻魔王の両者を射程に捉えられる位置へと飛び込んで全力のユーベルコードを起動する。
杖が解け芍薬の花弁が英雄と生と死を分かつものを同時に襲う。体勢を崩した英雄は吹き荒れる花弁に飲み込まれ、そのまま姿を焼失させる。
そして閻魔王の方も触手の体を芍薬の花弁に埋もれさせて、その身にダメージが刻み込まれていく。
「|吾人《われわれ》は既に『骸の海』なればとか、世界の宿敵がひとりとか気になる事言ってるけど、貴方みたいなのが複数いるのかしら?」
ピオニーのその問いかけに、閻魔王は答えない。しかし、嘘を言う必要もないからこの生と死を分かつものにとっては真実なのだろう。
(「気が滅入るわね……」)
閻魔王の触手が再び蠢き、ピオニーを振り払うように薙ぎ払う。
野生の勘で大きく飛びのき躱した人狼の術士は、一旦仕切りなおすために閻魔王より距離を取り奇妙な街並みを駆け抜けるのであった。
大成功
🔵🔵🔵
春日・涼
未来の自分は『女性アイドル』として大成はしていましたが、
完全に自分のことを女性だと考えて行動していますね……
(何故それを受け入れられないのか、今は自分だけの胸に秘めつつそれを乗り越えようと挑む)
【閻魔浄玻璃鏡】には瞬間思考力で適切な答えを返します。
そして未来の自分が使ってくるのはWIZ系。
『自分自身』の秘密は知ってますし、カードにできるUCも直接攻撃できる物は無い。
そして今から僕が使うUC……二の矢は敵から【遅くなっている】時有効な物。
未来の自分は今の自分より早いからこそ、このUCが一番有効なんですよ!
もちろん攻撃手段はそのスピードを生かしたヒットアンドアウェイです。
●偽りの未来
春日・涼(秘密を抱えた偶像・f37787)という猟兵の前に現れた英雄の姿は、露出の少ないアイドル風の衣装を纏うまさに女性アイドルそのものの姿。
『今日は過去の私をやっつけちゃうわよ!』
アスリートとして鍛えられた細く絞られたしなやかな肉体、露出の少ない勝負服の上からでもわかるスタイルの良さは恐ろしいほどに練習を積み重ねてきたことが見て取れる。
今のままにスタイル抜群を売りにした"女性"トライアスリートである涼が経験を重ねたのならば、このような姿になってもおかしくはない”英雄”。
だが、
(「完全に自分のことを女性だと考えて行動していますね……」)
アイドルらしく――きっと大成した人気のアイドルなのだろう。アスリート集団『ANGEL』の構成員である涼としても言葉として、目指すものとしてならその未来は納得できるものである。
しかし、何故かそれを受け入れる気になれない。
もやもやとした感情が胸に渦巻く、それを胸の中だけに押し込める。
この強敵を乗り越えること、それに集中しなければ明日など来ないかもしれない――そんな威圧感を与えてくる閻魔王、そして未来の姿だという英雄に集中する。
『――誰にでも隠しておきたい『秘密』はあるわよね?』
いきなり英雄が仕掛けてくる。即座に涼は走り出し、距離を取ろうとする。
その詠唱により導かれるユーベルコード【秘匿領域】は今の涼も使える力であり、その性質も理解している。
秘密が暴露されにくい――隠蔽しやすく見抜きにくい状態に周囲を変える力は、使いようによっては恐ろしい力となる。今の涼が戦いに影響するような秘密を抱えていないから意味は薄いのが救いではある。
離れようとする涼に、今の涼以上に鍛えられたアスリートの脚力で接近戦を仕掛けてくる英雄は、アイドルらしい華やかな振る舞いながらぐんぐんと距離を詰めてくる。
アスリート魂を燃やした蹴り、正確に無力化を狙ってくる上に魅せる事を意識した美しい連撃を涼は辛うじて回避、だがさらにそこに光線が放たれる。
『汝よ、この英雄をどう思う』
生と死を分かつものを構成する触手の中からぬるりと現れた透き通った水晶のような鏡から放たれた裁きの光は、満足できる答えを返せなければ途切れる事はない。
どうにか英雄の攻撃を振り切り光線を躱しつつ、
「――とても沢山、努力したのね。とても速く、強い……けど、負けたくないわ!」
アスリートとしての闘争心を示すように涼は叫んだ。
どう思うか、その答えに納得できる答えであるなら閻魔王が涼の姿を見てどう思いそうか、ということをまず瞬間的に推測。それに準ずる形で多少大袈裟に答えたのだ。
秘密を隠し通す英雄のユーベルコードの力は味方にも等しく作用する。それが心の底からの真実であるかはともかくとして、真実を見抜く力を低下させられている閻魔王は納得したようで、浄玻璃鏡は裁きの光を停止させる。
(「しかしこのユーベルコードをわざわざ使ったのは……」)
同時に思う。この力が味方にも通用する事は英雄も承知の筈、それなのにこのユーベルコードを使ったのは、
(「……未来の姿になるまでに何かあったの?」)
いや、考えるのは後だ。反撃の狼煙としてユーベルコード【二の矢】を起動。
「ここから追い付いて見せる!」
その宣言と共に反転した涼が英雄に仕掛ける。英雄は今の涼より格上、技術も身体能力も完成されているのは先程の交戦で理解している。
けれどこのユーベルコードは相手より遅い場合にその効力を発揮し涼を強化する、英雄が自分より格上だからこそ効果的な力。
『これは……まずい……かなっ!?』
防戦に回る英雄、秘密も関係ない単なる戦闘では秘匿領域も意味はなく、三倍にまで跳ね上がった涼の猛攻を止めることができない。
錘を付けた涼の鍛え絞られた脚にアスリート魂が具現化した火が灯り、格上である英雄を容赦ない威力と精度で連続で蹴りつけ、終いに大きく吹蹴り飛ばした。
完全にノックアウトされた英雄の姿が薄れゆく中、涼はその勢いに乗ったまま生と死を分かつものへと飛び込んでいく。
そして触手蠢く醜悪な頭部に、アスリート魂燃える炎の一撃を気合と共に喰らわせたのであった。
成功
🔵🔵🔴
イザベラ・ラブレス
【アドリブOK】
ふぅん…未来の私は落ち着いた老婦人なのね、しかもベッドまで持ち出してるし…
一丁前に|ベッドの上でくたばる《安らかな死を》って事?
馬鹿言わないでよ|未来の私《グランマ》、それは|私達《傭兵》には過ぎたものよ?
多分、その足下には相当な屍山血河を築き上げたんじゃないの?
それで人並の死を享受しようなんてのは…申し訳ないけど反吐が出るわ
傭兵の死に様なんて格好良いか無様かの二つに一つ、でしょ?
ほら、さっさと銃を出しなさいよ
隠してるみたいだけど染み付いた火薬と血の臭いはわかるものよ?
●戦闘
英雄とはいえ中身は私、根幹的な思考は変わらないわ
スタミナ切れをズドン、ってつもりだろうけどそうはさせない
スチールバスターの【制圧射撃】で触手を撃破、英雄の弾幕攻撃は【見切り】【戦闘知識】で射線を掻い潜り接近し射撃を封じる
多少の被弾は【激痛耐性】で我慢
長生きしすぎてボケたのかしら
有り余るガッツとスタミナは若者の特権よ?
最後はゴリラパンチで纏めてぶっ飛ばすわ!
老人虐待?自分相手だからノーカウント、イイネ?
●傭兵は老いてなお
猟兵の攻撃に閻魔王を構成する触手が蠢き、周囲の地面へと砂浜に寄せる波のように広がった。
触手の波はほんの数メートル広がり、止まり、そして引いていくが、波の引いた後には一人の『英雄』の姿が現れていた。
ベッドに横たわる一人の老婦人――あの悍ましき触手から現れたとは思えぬ真白き布団を半分かけて上半身を起こした彼女は、どこにでもいる最期の時を迎えんとするように見えた。
巨大な銃を得物とするイザベラ・ラブレス(デカい銃を持つ女・f30419)の面影はあれど、似ても似つかぬ雰囲気を纏うその英雄は、春の麗らかな日差しのよく似合う穏やかな微笑みでイザベラへと視線を向けた。
「ふぅん……未来の私は落ち着いた老婦人なのね」
ベッドまで持ち出してその姿を晒している辺り、最期の瞬間までイザベラは英雄である、という事なのだろうか。
だが、傭兵の女はその姿を決して認めるつもりはない。
「一丁前に|ベッドの上でくたばる《安らかな死を》って事? ……馬鹿言わないでよ|未来の私《グランマ》、それは私達傭兵には過ぎたものよ?」
それは傭兵であるイザベラとしては決して認められない終わり方、そしてそれ以上に、イザベラの直感は危険信号を発していた。
「――多分、その足下には相当な屍山血河を築き上げたんじゃないの? それで人並の死を享受しようなんてのは…申し訳ないけど反吐が出るわ」
吐き捨てるイザベラに老婦人は穏やかな微笑みを浮かべたまま、されど気配は一瞬で剣呑なものを帯びてくる。
「傭兵の死に様なんて格好良いか無様かの二つに一つ、でしょ? ほら、さっさと銃を出しなさいよ。隠してるみたいだけど染み付いた火薬と血の臭いはわかるものよ?」
そう言いながらイザベラがスチールバスターをぶん回すように構えて、引鉄を引いた。
過去の自分からの弾丸の挨拶に、英雄は布団を跳ね上げ身を隠す。
貫通した気配がないのは防弾仕様だからだろうか、イザベラが思考する間もなく殺気を感じ取ったイザベラがその場から飛びのけば、直後に弾丸の嵐がその空間を蜂の巣にする。
『――昔の私もこのくらいはできたかしらね』
姿を現した英雄はどこに隠していたのか既に完全武装姿――穏やかな殺意をイザベラに向けて、イザベラのものに年季を重ねたようなスチールバスターで彼女を追撃する。
英雄に合わせるようにして閻魔王の生と死の触手が広がり襲い掛かってくる。
駆け弾丸の嵐を逃れるイザベラは舌打ちと共にスチールバスターを構え触手に弾丸をばら撒く。装弾数700発、持久戦に持ち込まれる前に決着をつけたいところだ。
とはいえその思考は英雄も読んでいるだろう。
「この一撃は――」
(「まずいっ!」)
英雄が洗練された動作で銃砲弾を|作成し《・・・》、自身のスチールバスターに装弾。
『――じっくり味わって、それからおっ死になさい』
感情の読み取れない声で告げて、連続でぶっ放してくる。
現在のイザベラも知っているそのユーベルコードは【|傭兵の本日おすすめの一撃《フィールド・ハンドローディング》】。それもこの弾幕は攻撃回数に特化させているようで、閻魔王の死の触手と共に面で制圧してくる算段だろう。
敵を数で圧倒しスタミナを奪い、鈍った所をズドン、根幹的な思考が変わらないならばその狙いも見えてくる。
無論、そうはさせない。マズル型のマスクに隠した口元を歪めつつ、イザベラは暗き穴の底を駆け回り英雄の弾丸と生者を引きずり込まんとする死の触手を回避、或いは銃弾で削り飛ばしながら英雄へと距離を詰めていく。
英雄の弾丸は攻撃回数に特化させているだけあって数が多く見切るのは困難、されどイザベラが戦場で重ねた戦闘知識が強引ながらもその無理を多少なりとも可能にする。
老婦人の弾丸が迷彩服の一部を削り飛ばし肌が破れる痛みが走る、が、足を止め怯む程の痛みではない。
足を止めればその時点で地に転がされて土と血の味で|終い《死》となる、戦場において傭兵がそんな無様を晒すものか。
最小限の被弾に抑え痛みを噛み殺し、傭兵の女は無数の死の射線を強引に突破し未来の姿へと距離を詰める。英雄の顔から微笑みが崩れ驚嘆が浮かんでいる。
「長生きしすぎてボケたのかしら。有り余るガッツとスタミナは若者の特権よ?」
想定はしていたのかも知れないが、昔の自分の強引さを過小評価していたのだろう。その代償が今のこの|間合い《零距離》。
さて、戦場を銃火器担ぎ駆け回る女の握力はどれ程のものだったか――それを思い出させよう。
ユーベルコードを起動、イザベラの握りこんだ拳が驚いた表情の老婆の無防備な顎を真正面から撃ち抜いた。
老婦人自身も完全武装で相当な重装備、当然重量も相当なもののはずだが、イザベラの|火事場の馬鹿力《ゴリラパワー》から繰り出された衝撃はその重量をも完全に浮き上がらせている。
殴り飛ばされた老婦人の身体は、英雄を支えんとする生の触手を巻き込み引きちぎりながら閻魔王の触手の海へと叩き返され、そしてそれを追いかけるようにイザベラは閻魔王へと近接、触手の巨体に全力を叩きこんだ。
至近距離からの強烈な一撃に閻魔王の巨体が僅かに後退、触手の反撃を逃れる為イザベラは速やかに後退。
――老人虐待、何となくそんな風に言わんとしているように見えた閻魔王に、自分相手なのだからノーカウント、そんなナイススマイルをイザベラは返した。
さて、この一撃はかなり強烈に閻魔王に響いたと見え、触手の動きがやや弱弱しくなっているように見える。
だが閻魔王は試すかのように、観察するかのように、最後の決定打を受けるまで倒れぬとばかりに変わらず強烈な重圧を猟兵達に向け続けていた。
大成功
🔵🔵🔵
神崎・零央
英雄は成長した自分。
如何にもなイケメンでメカ武装したケルベロスを従える。
……ケルベロスの瞳は、暗く燃えている。
「お前が、俺の未来か」
なかなかのイケメンだけど、認めない。
「お前、キングに何をした!」
アイツは何でもないことのように笑う。
「だって武器は強い方がいいじゃないか」
所詮データに過ぎないんだから、と。
頭に血が上った俺をキングは咥えてダッシュ。
右に左に駆け回り『死』の渦を回避する。(先制攻撃)
未来の自分はリベレイションでメカキングに自分を憑依。
「のやろ、キングに戦わせるつもりかよ!」
アイツは攻撃する度に生命力が減っていく。
『死』の渦は命中すると生命力が奪われる。
それなら!
回避運動はキングに任せ、自分はキングの動きに集中。
無茶な動きもキングの意図を察して体重移動でサポート。
キングが傷ついても俺の生命力で補う。
アイツに大振りを連発させて生命力を削り、
「今だ!」
迫る『死』の渦に対してアイツを盾にする。
怯んだ瞬間体当たり。閻魔王に向かって弾き飛ばす!
俺たちの絆を、俺は絶対に絶対に忘れない!
●境界を前に、少年と獅子の絆は
幾分蠕動が弱弱しくなった巨体を構成する触手から、青年と一頭の黄金の獅子が姿を現した。
(「あれが未来の俺……」)
それが未来の自分の姿という英雄であると、同じく黄金の獅子『キング』と共にこの戦場にやってきた神崎・零央(百獣王・f35441)は直感的に理解する。
零央をそのまま成長させたような青年の顔立ちは、今の彼の雰囲気のままにより端正な、所謂イケメンといった風。
そして、当然のように今の彼と同じく黄金の獅子を従えている。電子の海より生じた使役ゴーストであるケルベロスーー色こそ黒と黄金とで違うが、その一形態であるケルベロスオメガのような百獣の王らしい精悍さと力強さ溢れるボディ、潜り抜けてきたのであろう数多の戦いの痕跡が刻まれた機械の装甲が装備されている。
まさしく零央のキングが成長した姿、といったところであろう。英雄の姿も合わせて外見だけなら正直格好いいと、少年心で認めてしまいそうだ。
「お前が、俺の未来か」
しかし、英雄に向けられた零央の声の怒気はそれを決して認めはしない事を示していた。
何故ならば、
「……お前、キングに何をした!」
英雄のキングーーその身体を覆う機械装甲は纏っているのではない、埋め込まれているものが大半だ。
それはまるで肉体そのものを改造したかのようであり、気高きケルベロスの獅子の瞳は暗く燃えていて感情というものが酷く希薄に見える。
『だって武器は強い方がいいじゃないか』
憤る零央に、英雄は何でもないことのように笑う。
――所詮データに過ぎないんだから、と。その言葉を聞くや否や零央は感情任せに英雄に向かって駆け出した。
酷薄な笑みを浮かべる英雄の背後、閻魔王はその巨体を蠢かせて周囲に死の渦を放ち始める。完全に頭に血が上った零央がその渦に触れようとしたその瞬間、首元を真上に強く引っ張られる感覚。
追いついたキングが零央の服を傷つかないよう優しく咥え、そのままダッシュで死の渦の範囲外へと逃れんと力強く地面を蹴った。
キングが止めなければあの死の渦に巻き込まれ戦闘不能になっていただろう、零央はそれに思い至り冷静さを取り戻す。
『あはは、逃げるんだ。だけどそうは行かないよ』
そう言いながら英雄は機械の獅子へとその身を|溶け込ませ《・・・・・》、無駄のない動作から一気に零央とキング目掛け駆けだした。
(「あれはリベレイション?」)
右に左に駆け回るキングに振り回されながら、零央は追ってくる英雄の力を今の自分が有する力と比較し推測。
英霊を対象に憑依させて攻撃力を超強化する力――英雄と英霊が同質なのか、ユーベルコード自体が何らかの変化をしているのかまでは分からない。
元々フランケンシュタインの花嫁のように共に戦う使役ゴーストを強化する力は存在していたから、英雄がそのような戦い方を行う事自体はおかしくない。
しかし、
「……のやろ、キングに戦わせるつもりかよ!」
移動しつつキングの背によじ登りながら零央が叫ぶ。
英雄の行使した力がもしも零央の推測通りであれば、憑依対象の強化と引き換えに対象の体力が攻撃の度に酷く削られるようになる諸刃の剣だ。
――武器は戦うためにあるだろう、あの英雄の振る舞いからそう主張してくるだろうと容易に想像できてしまう。
機械の獣が咆哮と共に加速、一気にキングの背に追いつき黄金の毛並みに牙を突き立てようと飛びかかった。
だがそれを読みきったキングは急停止、最高速度からの急な転調に機械獅子は標的を見失い攻撃の機を逃してしまう。
急な速度変化にも零央は振り飛ばされてしまうようなことはない。|親友《戦友》の動きに集中し、重心をキングの尾の方に寄せて急ブレーキをかけ易いようサポートしていたからだ。
(「アイツは攻撃する度に生命力が減っていく。そして『死』の渦は命中すると生命力が奪われる……」)
英雄の攻撃と生と死を分かつものの攻撃の特徴を思い描きながら、この難敵を突破する為の方策を組み上げていって。
――それなら!
「いっくぞー! キング!!」
黄金の獅子に呼びかけ零央がユーベルコードを起動、黄金の毛並みを一層に輝かせたキングは、主の体重など何でもないかのようには一声力強く吠え、丁度背を取る形になった昏く燃える機械化ケルベロスへと駆け出した。
英雄のケルベロスは即座に反転、背に搭載された黒き機械刃を展開し超高速で突進してくるが、キングはそれを左右に跳ねて的を絞らせないようにして回避する。
すれ違った瞬間、機械のケルベロスは胴体部から露出させた砲口から背後に向けて黒き炎を連続で放ってくる。
後方からは黒き炎弾、前方には死の渦。そんな状況で零央とキングは前へと活路を見出して跳躍、死の渦の所々に存在していた狭い瓦礫の足場を飛び跳ね渡り、閻魔王と英雄の攻撃を回避していく。
一つの生物であるように息を合わせ零央とキングは機械獅子の攻撃を只管躱しながら徐々に異形へと距離を詰めていく。
けれど、直撃ではなくとも死の渦がキングの生命力を少しずつ侵してきている。生命力の共有でそれを感じ取った零央は少しでも負担を減らすように黄金の鬣にぎゅっとしがみ付いて自身の生命力を分け与える。
死の渦を越えながら零央とキングが狙うは巨体の異形、しかしその前に死の渦を最短距離で駆け抜けてきた英雄の機械化ケルベロスが再び割り込んでくる。
感情の見えない機械音声のような咆哮、振るわれる爪の軌道は機械獅子の背後から此方に迫ってきている死の渦も考えれば回避困難であると零央もキングも同時に悟る。
けれどその攻撃速度は生命力が削られているからか、幾分衰えが見える。触れれば一撃で持っていかれかねない突撃や炎弾を躱され続けた代償での生命力の減弱は深刻なようだ。
「今だ!」
避けるのではなく、前へ。勇猛にもキングは爪を掻い潜り機械のケルベロスへと渾身の突進をぶちかます。
全力のキングの突進を受けた機械のケルベロスは金属装甲の破片を撒き散らしながら背に迫っていた死の渦へと叩き込まれ、そのまま渦の中心である閻魔王まで弾き飛ばされた。
全身から火花を散らしながら立ち上がらんとする機械獅子、だがそれをキングの四肢が踏みつけ真上――閻魔王の顔を目掛けて高く跳ねて。
「俺たちの絆を、俺は絶対に絶対に忘れない!」
――絆を忘れ、道具として戦友を扱うような未来にはならない。
少年の力強い決意の叫びと同時、巨体の異形の首らしき部位に黄金のケルベロスの鋭き牙が深々と突き立てられた。
――その一撃が決め手となった。
死の渦は消滅し、蠢いていた触手は力なくだらりと重力に逆らうことなく落下し、地底の闇に溶け込むように消滅。それと同時に機械化ケルベロスも憑依していた英雄も最初から何もなかったかのように消え去った。
ここに、謎多き閻魔王を名乗る異形の討伐は成った。
激戦の末の勝利を噛みしめながら、猟兵達は次の戦いに向けてグリモアベースへと帰還したのであった。
大成功
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