●ふたつでひとつ
瞬く星の光は淡く、遥かに遠い空の向こうにある。
明るく輝く三日月は今宵もよく見えており、一等星と呼ばれる星も煌々と燦めいていた。しかし、六等星の輝きは此処からでは見えない。夜空の彼方、その更に向こう側でも、星そのものは光っているというのに。
「――『 』」
ノヴァはふと、弟の名を口にした。
旅の最中、彼の名前を思い起こすのは、こうして星を眺めているときばかりだ。
野営地の傍らで燃えるランタン。その取手を持ったノヴァは胸の前に灯火を軽く掲げた。このランタンは元々、対で作られたものだ。月燈という名を冠する洋燈の対。それは星燈。
今も頭上の天涯にそう在るように、月と星は同じ夜空で光り輝くもの。
夜の静寂の中、ノヴァは瞼を閉じた。
「…………」
こうしていると彼の日のことが瞼の裏に浮かぶ。あれはまるで、昨日のことのようで――。
あれはもう十年以上も前のことになる。
兄と弟――双子で共に旅をしていた日々の中の、或る夜のことだ。
その日、ノヴァ達は定期的に夜市が行われるという街に訪れていた。あまり大きくはない街だったが、水晶と魔法石で出来た煉瓦路の通りはとても美しかった。
夕暮れ前に街に到着した兄弟は次第に暮れゆく空と、夜市が始まっていく光景を見つめていた。
夕刻から宵、そして夜へ。空の橙色が薄紫に変わり、次第に群青色になっていく。
夜空の下に並ぶ店は飾り小物や魔法道具の店が多い。硝子細工の店や魔除けの鈴を専門に扱う店、魔法の杖や改造ガジェットを並べている店もある。
どれも魅力的なものであり、ノヴァは暫し夜市の光景に魅入っていた。
すると、少し先で自分を呼ぶ声が聞こえた。
振り向いてみると他よりも目映い光を纏う店の前に弟がいた。手招かれるままに進んでいくと、其処は様々なランタンを売っている店だということがわかった。
あの夜、弟がランタンにとても興味を示していたことはしかと覚えている。他にも、彼の銀糸の髪と白銀の角がランタンの光に照らされて美しい色を宿していたこと。そして、あの青い瞳が一対のランタンを映していたことは、今もはっきりと思い出せる。
「見て、月と星が浮かび上がる魔法のランタンなんだって」
弟はそれを指差し、嬉しそうに語った。
店主は物静かな老人で、ノヴァ達をちらりと一瞥しただけで何も言わなかった。されど悪い気分ではなく、ゆっくり見ておいき、と言われているようで快かった。
「そんなに気に入った?」
ノヴァが問いかけると、弟は大きく頷く。
まるで自分達みたいだと語った彼の瞳にはいつも以上の興味が映り込んでいた。旅をする自分達は身軽な方がいい。たとえ気に入った物があったとしても手に取らず眺めるだけだった。弟もそのことはわかっていたはずだが、自然にその手がランタンに伸びていた。
「あ……でも、旅には……」
しかし、すぐにはっとした弟が手を引っ込めた。眺めるだけに留めないといけないと思い出したのだろう。
されど彼があまりにも気に入ったようなので、ノヴァは揃いで買ってみようかと提案する。
「ランタンなら旅の道具にもなるから大丈夫だ」
「……! 本当?」
すると、弟の顔がぱっと綻んだ。一対であるならば揃いで買わなければランタン達も寂しがるだろう。そのように語れば、弟は本当に嬉しそうに兄の顔を見つめて笑った。
何気なく手に取ったのはノヴァが月、弟が星。
それまで光が灯されていなかったランタンは次第に輝きはじめる。ノヴァが持つ月は煌々と、弟の星は静かに瞬く程度の光が灯った。
聞けばその月と星のランタンは魔力に反応して灯る魔導具らしい。つまりノヴァが星の方を持てば、月以上に星の灯火が輝いたというわけだ。明らかな魔力の差を示すランタンを見て、ノヴァは頭を振った。
弱い光を掲げる弟は悔しくないのだろうか、と。
ノヴァは複雑な気持ちを抱いていたが、当の弟は何も気に留めない様子でいた。寧ろ、ノヴァの手の中で煌々と輝くランタンを見て嬉しそうなくらいで――。
そして、双子は互いの象徴とも呼べるランタンを手に入れた。
強く凛と輝く月。
弱々しく、けれども淡く優しく輝く星。
まるで自分達のような洋燈と共に、二人は旅を続けた。
月と星は常に隣に在る。こうして双子で旅をする未来が、ずっと続くと思っていた。
それなのに――。
「……一体、何処に、」
記憶をそっと振り払い、瞼を開いたノヴァは小さな呟きを落とす。
月の傍らで瞬いていたはずの星は今、何処にも見つからない。まるで夜闇に紛れて消えてしまったように、月の明るさに光を覆い隠されてしまったかの如く。
いつしか、空に浮かぶ三日月は霞みがかっていた。
それ以上は何も言葉にしなかった代わりに、ノヴァは月燈の光を瞳に映す。
いつか、この灯火は導いてくれるだろうか。
――己の対となる、淡い星の輝きのもとへ。
成功
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