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第二次聖杯戦争㉑〜還らない|未来《あなた》

#シルバーレイン #第二次聖杯戦争 #キリング・フィールド #生と死を分かつもの #閻魔王

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#閻魔王


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●金沢大学の工学部があったとされる小立野
 今、ここには「|闇の大穴《キリング・フィールド》」が在る。
 見た目は漆黒の闇だ。対処に訪れた猟兵が闇の中へと踏み込めば、揺らぐ町並みのようなもの――中世の石造りの市街から、スラム街、かやぶき屋根、猟兵が生まれ育った町並み、和のもの――まるで「人類の過去から未来の全てが混ざったような町並み」が漆黒の闇の中に広がっていた。
「トゥルダクよ、再会の悦びに啼いているのか」
 細く、一瞬映される天徳院の境内。
「地獄の獄卒よ、カクリヨは今も健在であるか」
 路地から見上げる夕焼けの空。懐郷。
 言葉を発しているのは閻魔王を名乗る謎めいたオブリビオン『生と死を分かつもの』。
「あらゆる時に顯現しうる、世界の宿敵がひとりである」
 その時、閻魔王の懐から一人の英雄が召喚された。
「この英雄はそなたが未来の姿のひとつ」
 猟兵の見る、俺、僕、私、わたし、あたし。
 その姿に自身の目を疑った。


「かつての、シルバーレイン世界での強大な敵だったのでしょうか?」
 きっとそうだったのでしょうね、と、冬原・イロハ(戦場のお掃除ねこ・f10327)は穏やかに言った。
「今の私たちには計り知れない死線が数多とあったのでしょう。そして今日も、新たな死線となってしまうのでしょうか。――今から皆さんが向かう、闇の大穴……キリング・フィールドには『生と死を分かつもの』が佇んでいます。自称ですけど閻魔王なのですって」
 猟兵に向けてイロハは説明を始めた。
「キリング・フィールドの閻魔王は、その懐から皆さん……つまり猟兵ひとりにつき1体の『英雄』を召喚します。皆さんの戦う相手は、閻魔王と英雄の2体の敵となるのです」
 イロハの説明に呻く猟兵たち。
「英雄?」
「未来の姿? そのひとつだって?」
 ですです、と頷き応じるイロハ。
「それも自分の未来の姿だと信じたくない理由がある、そんな姿なのですって。例えるなら、私なら……そうですねぇ、『また記憶を失った姿』でしょうか。私は、私のことも、皆さんのことも、たくさん出来た大切な思い出も忘れたくないのです」
 その英雄が美しいのか醜いのか、恐ろしいのか優しいのかは分からない。
「信じたくない未来の自分と、閻魔王がタッグを組んで襲ってくるのです。きっと彼らは今日も強大な敵となります。ですが攻略法もあるのです」
 自分の姿だと信じたくない理由が強ければ強いほど、また克服する気持ちも強ければ、未来の自分に勝つ手段も見つかるだろう。
「なかなか難しい相手だと思います。敵たちが先制してくるユーベルコードに対処して、皆さんが本当の意味で勝つ、そんな未来を探していきましょう」


ねこあじ
 ねこあじです。
 自称閻魔王戦ですね。
 戦争シナリオは書ききれず流れるかもですが、それでもよければよろしくお願いします。
 なるべく採用を頑張りたい気持ちはあります。気持ちは。

 プレイングボーナス!
「自分の未来の姿」を想起し、それを克服する/閻魔王と「未来の姿」の先制ユーベルコードに、両方とも対処する。

 あなたの信じたくないあなたが、どんな未来の姿なのか教えてくださいね。
 詳しい戦争概要は、
 https://tw6.jp/html/world/event/035war/035_setumei_4d87tohi.htm の「㉑👿標無き未来の英雄」を見てみましょう。

 ではでは。
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第1章 ボス戦 『生と死を分かつもの』

POW   :    テンタクル・ボーダー
戦場全体に【無数の触手】を発生させる。レベル分後まで、敵は【死の境界たる触手】の攻撃を、味方は【生の境界たる触手】の回復を受け続ける。
SPD   :    キリングホール
レベルm半径内に【『死』の渦】を放ち、命中した敵から【生命力】を奪う。範囲内が暗闇なら威力3倍。
WIZ   :    閻魔浄玻璃鏡
対象への質問と共に、【無数の触手の中】から【浄玻璃鏡】を召喚する。満足な答えを得るまで、浄玻璃鏡は対象を【裁きの光】で攻撃する。

イラスト:佐渡芽せつこ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ミュー・ティフィア
それが私の可能性の未来なんですね。
正義の為なら他人を犠牲にする事すら厭わないような人が。

結界術とオーラ防御を幾重にも展開して英雄の光と闇の奔流と閻魔王の裁きの光を防ぎます。

そんな未来認めない。
私はかつて正義の為に犠牲にしてしまった友達を今度こそ救って、もう一度友達になる為に戦って来たんです。
だからその犠牲を容認するような未来は要らない!

こっちも歌うのは絆歌・歌姫の言霊。
因果無視の光と闇の奔流で閻魔王と英雄を同時に攻撃です。
そして仲間には強化を。その倍率は敵の比ではないはず。

だって閻魔王は元より、平気で仲間を切り捨てるような人が紡いだ絆より、私達猟兵が紡いだ絆の方がずっと多くて強いに決まってる!



 キリング・フィールド内の光景は瞬く間に変わっていく。
 ミュー・ティフィア(絆の歌姫・f07712)の眼前に広がった刹那の町並みは――いまだ黒煙くすぶる、焼き落ちてゆく廃墟群。倒れた兵士のなか一人、勝旗を持ち立ち尽くす『英雄』ミューの姿――否、彼女は光景の一部ではない。閻魔王・生と死を分かつものに召喚された、未来のひとつのミュー。
『かつてつかんだ希望の有明 それは未来のあなたに送ろう 吾ら魂は礎 凱歌の旋律を紡ぐためのひとつとして』
 英雄のミューの歌声は朗々としたもの。聴く者を犠牲をいとわぬ者として――死へと鼓舞するための歌。
「これが……私の可能性の未来だというのですか」
 ミューは胸を突くような歌声を披露する、未来の歌姫を見た。
「正義の為なら他人を犠牲にする事すら厭わないような人が」
 紡ぐ声はなんて冷たいものなんだろうか。
 未来のミューは未来だけを見続けていて、その足元に築かれたモノに気付いていない。いや振り返ることを忘れてしまったのだ。
 閻魔王は無数の触手で浄玻璃鏡を掲げる。
「猟兵よ、審判の時だ。ミュー・ティフィア、分かたれた分岐は既に過去に。ただひたすらこの未来へと進むのが己が務めだとは思わぬか」
 英雄の放つ光と闇の奔流、突き刺すような閻魔王の裁きの光。
「そんな未来、認めない!」
 そう声を張り、相思・リチェルカーレを掲げて光の翼を広げるミュー。
 未来のミューの歌声で増幅された裁きの光が、繭のように構築したオーラを突き抜けて今のミューを傷つけていく。
「私はかつて正義の為に犠牲にしてしまった友達を今度こそ救って、もう一度友達になる為に戦って来たんです……! だからっ」
 英雄――未来のミューは犠牲を受け入れ、当然のものとして歩んだ姿。
「っ、その犠牲を容認するような未来は要らない!」
 英雄の冷たい歌声も当然だ。未来のミューは、きっとたくさんの絆を捨ててきた。
 友を救うための犠牲は当然。
 未来を明るくするための犠牲は当然。
 犠牲の上に救いは、愛は、平和が成り立って当然。――誰かが命を賭して叶えようとする願いは、叶えられて当然なのだから。
 キリング・フィールドに映る景色は凄惨なものばかり。こんなにたくさんの町が廃墟と化している。
 閻魔王の裁きの光をしのぎきって、光の残滓に映される、死にゆく景色へとミューは手を伸ばした。

 ――いつか悲しみの夜が明けたら――

 紡ぐ最初の一音は震えた声。ミューはいつかくるのかもしれない未来へと手を差し伸べて……それは英雄のミューの過去。

 ――もう一度この手を繋ごう――

 歌う声は希望溢れるもの。光の翼を大きく広げて、数多に分かたれゆく未来たちへと枝葉のように伸ばす。
 闇の未来へと添い光輝く翼はまるで世界樹のようにも見えて。
 因果無視の力を宿す歌声と、光と闇の波動。未来に死した者へと届く希望の歌声。

 諦めないでいいよ。
 あなたの約束はまだあなたのもとに。
 ――明日は誰にもわからないから 一緒に行こう――

 英雄が紡いだ未来とは違う、ミューが歌い紡ぐ未来。
 それはあたたかなもので、光あふれるもので、あなたの明日は必ず来るよ、と。
 気持ちを込めた歌声は、未来の誰か、そしてともにキリング・フィールドへと踏み込んだ猟兵たちの力となっていく。
 ミューも、仲間の猟兵も、未来の誰かも、一人ではない。
(「私が力になる――」)
 光と闇の奔流がキリング・フィールドに渡っていく。
(「だって閻魔王は元より、平気で仲間を切り捨てるような人が紡いだ絆より、私達猟兵が紡いだ絆の方がずっと多くて強いに決まってますから」)
 絆歌・歌姫の言霊は、聴いた者自身が紡ぐ絆に添うもの。

 ――あなたが紡ぎたい未来へと、ともにゆくから――

成功 🔵​🔵​🔴​

石蕗・つなぎ
連携歓迎
「酷い冗談よね。胸だけ成長してない未来の自分、とか」
今から努力すれば起こりえない未来だと克服
「これで問題なし、よ」
先制攻撃は残像で惑わし第六感も頼りに見切り、躱すことで対処
無理でもオーラで守り、赤手で受け可能な限り被害を減らす
未来の自分を盾にもして
「紅蓮撃は外せば反動があるものね」
未来の自分のUCは空振りさせて無力化
「けど、こっちの一撃は当てて見せるわ」
分かつものの攻撃には晒されるでしょうけど残像で惑わしたりオーラで自身を守る、未来の自分を盾にするなどで何とか分かつものまで距離を詰め
「お引き取り願いましょうか、この場から一刻も早く、ね」
重量ものせて赤手による鎧も砕く紅蓮撃を叩き込みます



 ふわふわ、くるくる。伸びた漆黒の髪は相変わらず重力を知らないのか、天真爛漫。
 ひざ丈のスカートは春色で、すらりと伸びた脚は綺麗。大人びた翠色のレースフラットシューズで静かに着地した未来のつなぎを見て、石蕗・つなぎ(土蜘蛛の白燐蟲使い・f35419)は吐息を零した。
「石蕗つなぎよ、この英雄はそなたが未来の姿のひとつ」
 閻魔王・生と死を分かつものの言葉に、わずかに首を傾げるつなぎ。
「私」
『ええ、私』
 つなぎの声に応えたのは、未来のつなぎ。英雄というからには何か偉業をなしとげたのかもしれない。
 けれどもその表情は今と変わらず穏やかなもの。いや、大人びた笑みを浮かべている。
(「――確かに、私」)
 と、つなぎは思うのだが、認められない部分がひとつあった。現在懸念事項でもある部分だろう。
 綺麗な大人の女性へと成長していることはたぶん歓迎されることだ。きっとママも褒めてくれる。
 だが――つなぎは彼女の胸元を注視した。
「酷い冗談よね。胸だけ成長してない未来の自分、とか」
『…………』
 未来のつなぎはちょっぴり傷ついた表情になった。
 今のつなぎはこくりとひとつ頷く。
(「明日から――ううん、今からでも努力しなければ、ね」)
 そう思いながらつなぎは背筋を伸ばした。
(「そう。今から努力すれば起こりえない未来だもの」)
 トレーニングやマッサージ、食事、衣服と気を付けていかなければ。帰ったら調べ上げてリストアップしなければ。と、つなぎは思う。
 その時、思考するつなぎの視界の端で闇が蠢き始めた。
「吾人は、あらゆる時に顯現しうる。キリング・フィールドへと入った猟兵すべてに死の境界を」
 無数の触手がキリング・フィールド内に蠢けば、足場も当然安定しない。しゅばっと放たれた触手を目にしたつなぎはその身を虚空に躍らせた。
 着地を赤手に任せ、身を捻り、再び虚空での半転。
 身軽なつなぎの動きに釣られた未来のつなぎが炎纏う一撃を放つ――封術の反動を代償にした一撃必殺。
 つなぎの着地点を狙ったそれは、だが、つなぎが今まで翻弄してきた触手によって阻害されることとなった。
「!?」
 狙いがそれた紅蓮撃が大きく空振る。
 途端に未来のつなぎを襲うのは――、
「紅蓮撃は外せば反動があるものね」
 倒れ込む相手へ同情するように、僅かにつなぎは微笑んだ。
 次手へ飛びのくように踵を返して向かったのは、閻魔王。変わらず不気味に佇んでいる。
 無数の触手が脚にからみつくが――もとより、絡みつくのは土蜘蛛の領分だ。蜘蛛の脚がひょいひょいと触手を踏み、触手を押し剝がす。華麗につなぎの身を舞わせて、さらには進行方向を惑わすような残像を落とせば僅かに開く敵への道。
「こちらの一撃は当ててみせるわ」
 翠の鼻緒の下駄から放った蜘蛛糸が彼我の距離を一気に無きものとする。
「お引き取り願いましょうか、この場から一刻も早く、ね」
 苛烈な赤き一閃。
 加速と重力にのせた赤手の紅蓮撃が生と死を分かつ存在へと叩き込まれ、敵を中心に、広がる触手へと炎が染め上げていった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ルシエラ・アクアリンド
『連携は×』
改めて自分と向き合う良い機会かな
イロハの気持ちが解る部分も

在りたく無いのは転機を得られず過去を引きずったままの私
弟を失い、手を差し伸べてくれた師も失った過去
それらを抱えつつもやっと辿り着いた暖かい場所と其処で得た友人
そして大事な事を教えてくれた今も傍にいてくれる大切な人がいない私
心を閉ざし、全てを忘れ
ただ自分は一人きりだという事だけは嫌という程認識し
置いて行かれる事を恐れる『ひとりぼっち』な私
彼女は英雄ではなく|寂しがりの人間《私》ね

外見は昔のまま髪が腰までありそう
自分なりにけじめを着けるために切ったのにね

信じる気も無いし
克服―それ以上に受け入れる位の気持ちで行こうか

先制攻撃には気配察知、軽業、受け流しを駆使し避けつつ
魔導書用い
不意打ち、精神攻撃、結界術、精神攻撃、範囲攻撃を絡めた洸の舞で相殺攻撃を
可能な限り無力化と回復を狙う
後も不意打ちや二回攻撃等持てる力で油断せず対応を

今でも一人になるのは寂しい
でも嘗て貰った感情は全て私の中で息づいているから大丈夫

お休みなさいもう一人の私



 キリング・フィールドを彩り流れる何処かの風景。それはエンドブレイカーやアックス&ウィザーズに似た町並み。豊かな緑に囲まれた集落、枝葉広げる大きな樹の根元に栄える町やツリーハウス。
 佇む閻魔王・生と死を分かつものの触手が動いたかと思えば、細く白い腕が生と死を分かつものの中から出てきた。紗幕をすくうような姿勢で現れたのは――、
「猟兵よ、ルシエラ・アクアリンド、この英雄はそなたが未来の姿のひとつ」
 淡々と、または仰々しく、捉えどころのない声で閻魔王が告げた。
 ルシエラ・アクアリンド(蒼穹・f38959)は何かを湛えた瞳で、召喚された者を見つめる。
 召喚された英雄……未来のルシエラは未来の彼女であるはずなのに、懐かしく思う髪形だった。腰まである青の髪は緩く編まれていて……いいえ、と切り替えるようにルシエラは一度瞼を落とす。直ぐに現れる緑の瞳。
(「――自分なりにけじめをつけるために切ったのにね」)
 肩まで切った自身の髪。
 伸ばしたままの未来のルシエラ。
 未来のルシエラは、きっと転機を得られなかったルシエラなのだ。
『……誰?』
 未来のルシエラが誰何する声は縋るようなものでけれども突き放す鋭さ。その時、キリング・フィールドに流れる景色が廃墟群のものへと変わった。びくりと未来のルシエラが身を強張らせた。誰かを探すしぐさ、惑いうろたえる足は絶えず向きを変えている。
 その挙動はここはどこなのだと訴えている。
(「これは……」)
 過去を思い出す。
 ――弟を失い、手を差し伸べてくれた師も失った過去のことを。
 それらを抱えながら、ルシエラは彷徨い続けていた。未来へ続く道を見つけられない日々。
 イノセントとして、エンドブレイカーとして、悲劇が予知された未来を覆しながら。そうしてやっと辿り着いた暖かい場所と、そこで得た友人。
 誰かとのちょっとした会話は、ちょっとした縁になって、そうしたら絆になって。
 そして大事なことを教えてくれた、今も傍にいてくれる大切な人。強く、深く結ばれた絆。
 想えば心に花が咲くような。
 美しい景色に巡りあったら、教えてあげたい。
 美味しいものを見つけたら、一緒に食べたい。
 喜びを分かち合う、大切な、愛おしいルシエラの日常。
(「これは――暖かい場所、友人、大切な人がいない、私」)
『かえらなければ』
 どこへ? と、問うことはしなかった。未来のルシエラは、まるでルシエラが立ち塞がっているかのように、こちらへ敵意を向けていた。
「帰らなければ。英雄ルシエラよ、岐路を塞ぐは過去のそなた。過去のルシエラよ、そなたは自身の還り方を知っているであろう?」
 骸の海への還り方を、と、閻魔王が差したのはルシエラであった。とってかわることなど容易いのだという風に。
 浄玻璃鏡が裁きの光を放ち、ルシエラの身を灼こうとする。同時に未来のルシエラが持つ魔導書から風が放たれた。
 碧咲の君を持ち、身軽さを活かして回避につとめるルシエラはキリング・フィールド内を駆けまわった。巡る景色は懐かしいもの、目新しいもの、かつて在った町並み。
『かえらなければ』
 未来のルシエラが言うそれは、きっと遠い故郷。
 乗り越えてきたルシエラと、乗り越えられなかったルシエラ。その隔たりはなんて大きなものだろう。
 乗り越えられなかった彼女は、心を閉ざし、すべてを忘れ、過去への帰路を見出そうとしている。
 ただ自分は一人きりだということだけは嫌というほど認識しているのだ。だから忘れた過去に縋りつく。
「置いて行かれることを恐れる、進むことも恐れる、『ひとりぼっち』な私。――今でも一人になるのは寂しい――」
 でも、と言葉を続けながら、未来のルシエラの風を振り切って聖書から力を紡ぐ。これは今のルシエラが歩んできた道。縁を大切に育てて、築き上げた絆に満ちる力。
「嘗て貰った感情は、全て私の中で息づいているから大丈夫」
 書から生じるのは湧きて広がる風。キリング・フィールドに透過しゆく洸の舞は相手の洸の舞を封じ込めにかかり、閻魔王の裁きを散光していく。
『かえりたい』
 独りよがりな、悲惨めいた声がルシエラの耳を打つ。
 これは未来の私? 英雄の私? いいえ。
「彼女は英雄ではなく寂しがりの|人間《私》ね」
 キリング・フィールドに舞うは無数の淡い光の羽根。映された廃墟を吸い込めば、緑豊かな景色が先に広がった。刹那の佳景。
 閻魔王の触手が蠢けば新たに映される風景はビル群に。
 閻魔王が召喚した未来のルシエラが、ルシエラへと手を伸ばす。とても羨ましそうに。
 この|未来《彼女》はルシエラへ還らない。
 すでに分かたれた時間。故に分岐はない。未来永劫、訪れることのない時間。
 だって旅したあの日々に蒔いた種はもう芽吹いている。
「お休みなさいもう一人の私」

成功 🔵​🔵​🔴​

ルドラ・ヴォルテクス
【未来】
苦痛に苛まれた不死の怪物だ。
『永劫回帰』で、全ての記憶を壊した成れの果てだ。

【先制対策】
リミッター解除、限界突破。
ラプチャーズの発光閃光灯で暗闇を照らそう、機構剣エレクトロキュートの発雷で暗闇から敵の攻撃を減衰させる。

【リグ・ソーマ】
反転攻勢といこう、UC発動、生命力を再び回生させる。

ヴァーハナ・ヴィマナの騎乗攻撃と受け流しでかわしつつ、分つ者には渦巻く力を機構剣タービュランスの暴風で吹き飛ばし、もう一人の俺にはヴィマナの駆ける姿と共にチャンドラー・エクリプスで得物を地に縛り、デミウルゴス戦の思い出と共に攻撃する、もうコイツには悪夢しか映っていないだろうからな……大事な人の事さえも。



 キリング・フィールド内で移り変わりゆく町並み。
 切り通された岸壁に一陣の風が吹き荒ぶ――否、これは。
 ――オオォォォ――オオ……――。
 風鳴りではなく何者かの声。
 ルドラ・ヴォルテクス(終末を破壊する剣“嵐闘雷武“・f25181)の聴覚センサーはそれが終焉を視たものの声だと判別した。
 行きつくところまで行った、なれの果て。苦痛を苛烈なる音波にして、意味成さぬ声は獣であり怪物である。
「これは英雄となった未来の猟兵、ルドラ・ヴォルテクス」
『……煩い……煩い……煩い……!』
 記憶を揺さぶる声が閻魔王に応える。全方位へと放たれた声は敵意だ。
「クククク」
 生と死を分かつものが無数の触手を蠢かせながら、死の渦を放っている。召喚した未来のルドラをもずたずたに裂く闇の渦は、相手の『永劫回帰』を生じさせる。
 永遠に終わらぬ死の瞬間。
 もちろん、今のルドラとてその攻撃対象だ。
 ヴァーハナ・ヴィマナの障壁を展開し、一時の後退。分かつものと『ルドラ』と、ぐんと彼我の距離を作り上げるルドラ。先は闇の世界。
「リミッター解除、限界突破」
 迫る死の渦を見、ルドラは端的な言葉にて我が身を駆動させた。僅かに掲げたラプチャーズは発光し、闇の奥まで届く閃光灯として起動する。
 同時に機構剣エレクトロキュートを振るえば、死の渦を貫く雷撃。発雷を巻き取った死の渦は光の螺旋を描き、昇雷させるとともに闇により強まっていた威力が弱体化する。
 だがそれでも生命力が渦に分解され、いわゆる『死』のものとして闇に溶けていく。
 ――オオォォォ……――。
 変わらず『ルドラ』の渡る声。いや、これは……。
『殺せ、コロセ!!』
「苦痛に苛まれた不死の怪物、か」
 ルドラは、怪物と判じたモノを視界におさめながら分析する。怒り、苦しみ、嘆き。負のものに浸食された『ルドラ』に、ルドラの記憶が残っているようには見えない。
 自身を含めたあらゆる死を願う怪物。罪禍にまみれた存在。
「…………」
 ルドラと同じ赤い瞳は、かつて何を映したのか。ヴァーハナ・ヴィマナを駆るなか映された町並みはよくある廃墟。死の蔓延した廃墟群だ。希望無き光景。
 しかし廃墟群に自身の時を馳せても栓無きこと。ルドラは一瞥に留める。
 雷撃の散光に解いた死の渦を振り切った彼の次の手は、
「今これより、|神《ヴェーダ》に至る!」
 ユーベルコード、讃美されし神々の酒盃の発動。
 失われた生命力が回生していく。巡る力が充填された機構剣タービュランスの一刀は暴風を伴ってキリング・フィールド内を刹那の嵐場へと変化させた。闇に映る町並みが激しくぶれる。
 風を叩きこまれた閻魔王は戦場に触手を生み出し、耐えるしぐさ。
 それは隙だった。
 ヴァーハナ・ヴィマナが駆ければ一気に彼我は消失する。長柄を持つ戦斧へと変化したチャンドラー・エクリプスは、件の怪物へと振り下ろされた。上段から下段、薙げば硬い手応え。瞬時に刃の形状を変えた武器は三叉のものとなり、暴れる怪物を地に下す。
 苦痛に苛まれた、不死の怪物。
 鋭き怪物の視線は、かつて潜った死線において浴びたものと同等。
 フィールド・オブ・ナイン、デミウルゴス。
『――が聞こえなくなるまで、俺がお前たちを殺し尽くしてやる』
 そう言うのは、デミウルゴスであったか、未来の怪物か――。
 ルドラは赤き目を細めた。
「もうコイツには悪夢しか映っていないだろうからな……大事な人の事さえも」
 そう呟いて掴む長柄に力を込めた。重苦しい手応えを振り切った一閃は、数ある未来のひとつを原初へと還すもの。
 苦痛から解放し、ただただ、純粋な力だけを――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

木元・杏
閻魔王を名乗る者
たとえ自称でも油断は禁物

…だけど、これは何だろう
閻魔の傍のあれは、未来のわたし?
どこまでも暗く冷たい瞳、艶やかで胸元豊かな肢体
これぞクールビューティー、憧れの未来

なのに心が拒絶する
だって、暗い瞳は誰の姿も映さず
血濡れの手は命を軽んじる証
何もかもが暗い
それは、わたしが最も嫌う姿

この嫌悪感を力に変えて
力一杯地を蹴り逃げ足&ジャンプで渦を回避
そう、わたしの憧れる未来は
人を信じ、優しく、暖かで生命を守る
身体でなく心がおかあさんと似た人達

灯る陽光からのオーラは向日葵色
防御と共に周囲を明るく照らし敵威力の増加を防ぐ
一瞬オーラが兄の形にも見えて

UC発動
高速で頭上から衝撃波を叩きつける



 キリング・フィールド内へと踏み込むために必要なのは、猟兵の勇気。
 木元・杏(ほんのり漏れ出る食欲系殺気・f16565)は猟兵としての使命を理解している。だから今回も世界を喰らう脅威へと向かっていく――その闇の世界で、閻魔王・生と死を分かつものは佇んでいた。
「ようこそ、吾人の元へ――木元杏」
 語りかけるものは細々、朗々、轟轟、一単語も揃わぬ声。
「刮目せよ、これはあらゆる時のなかのひとつ、この英雄はそなたが未来の姿のひとつ」
「…………」
 杏の瞳に映る、召喚された女性――閻魔王の言葉を借りれば『未来の杏』。彼女は胸元豊かな艶やかな女性。肢体に添うドレスを着こなし、その姿はまさしく豊穣の女神のよう。
 一瞬、感嘆の息を零しそうになった杏であったが、しかしどこまでも冷え冷えとした眼差しにぎくりと身を強張らせた。
 艶やかな漆黒の髪は、深淵へ導く闇の帳。
 白き肌を彩る瞳はどこまでも暗く、冷たい。
(「これぞクールビューティー……」)
 それは杏が望む、憧れの未来の姿であるはずなのに。
 未来の杏が微笑んだ。その笑みに温もりは感じられない。親しみがない――。
 胸元にやった手をぐっと握る杏。
 何があった? と問おうとした声は、彼女が放つ雰囲気に気圧され、吐息となった。
 相手の発言も、存在もゆるそうとしない未来の杏の手は赤い。
 肌にまで浸透したかのような血濡れの手は誰かの命を奪ったばかりなのだろう。
(「命を軽んじる証」)
 血に、闇に、昏き場所に魂とその身を置く未来の杏の姿は、杏が最も嫌う姿でもあった。
「道を示せ」
 生と死を分かつものの言葉に応じる未来の杏が放つは白銀のオーラ。死の渦とともに渦巻いた花弁のようなオーラは、周囲に映る景色を瞬く間に切り裂いて、戦場を闇で満たした。
 その光景は、闇の力が世界を浸食していくかのようにも感じられて。
「だめ」
 あの闇に吞まれてはいけない。
 力一杯地を蹴って、飛びのいた杏は迫る死の渦を回避した。そのまま走り出す。果てしない闇は今、どこかの町並みは映さない。道なき道はまるで死の世界のよう。
 冷たさが続く地。灯る陽光を手に、死の渦を避けて駆けていく。辺りを照らし出すオーラは向日葵色だ。いつだって杏の手を引いて走ってくれる兄。今のこれは彼が作ってくれた道にも思えて。
(「あんな未来は、だめ」)
 だって誰もいなかった。
 誰かの血は、未来の杏が拒否を示した証。
(「それは誰だった……?」)
 脳裏をよぎるのは、杏の大切な人たち。――そうだ、杏の憧れる未来は――。

 人を信じ、優しく、暖かで生命を守る。

 クールビューティで、美しい肢体を持つ杏ではなく。
(「心がおかあさんと似た人」)
 笑顔で、みんなを抱きしめることができて、皆を守れる。
 そう願って想い馳せるのは大切な人たちのこと。大事な人。杏だって、そういう人になりたい。
 向日葵色のオーラが刹那に輝いた。大丈夫だよ、と言うように。
「……うん……うん、まつりん」
 だいじょうぶ。
 その時、UDCアースのような町並みとサムライエンパイアの集落がキリング・フィールドに映って、今を生きる空気を感じて、杏は跳躍した。
 杏がいた空間の残光は花弁のように舞う白銀と向日葵色のオーラ。
 振った灯る陽光は大剣の形に――ぶんと振り回せば、刹那の滞空を得て杏は降下先を見据えた。
「未来のわたし、閻魔王」
 全身を使った振り下ろしは衝撃波を生み出して闇の地を――生と死を分かつものと未来の杏へと叩きつけられる。
「霊導へ還れ」
 抉られた闇が散じ、彩なる景色が映り込む。
 それは桜咲く風景。思い出がたくさんの地。
 雷撃が駆けるような耀の瞬き。キリング・フィールドは佳景へと染められていくのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エリー・マイヤー
お酒は好きです。
酔っ払うと良い気分になれますからね。
たまに一人で呑む日もあります。
だからって…
そのへべれけなアル中が私の未来ってのは嘘でしょう。
嘘じゃない?
チクショウ未来は真っ暗です。
いいでしょう、その浄玻璃鏡の前で過去の行いに嘘はつけません。
だから、これからを誓います。
私はエリー・断酒マイヤー。
ソフドリ至上主義の女に、今なりました。

さて、念動力の出力が私より上なのに制御がクソ甘な酔っぱらいは、
雑に念動力で揺らして嘔吐させときます。
そして、これまで酔っ払ってやらかした罪を、
浄玻璃鏡の前で正直に告白して悔い改めます。
満足しました?しましたよね?
ではこのバーストしてる念動力を叩き込んでいいですね?



 軽い軽いアルミ缶を蹴っ飛ばしたようなきゃらきゃらとした声で笑っては、一升瓶を抱えて座り込み、上半身をゆらゆらと揺らす女性がそこにはいた。
「エリー・マイヤー、この英……雄……? は、そなたが未来の姿のひとつ」
「ちょっと待ってください。今、言いよどみませんでした??? 閻魔王」
 少し離れていても匂ってくる。酒臭い女性の出現に、自分で召喚しておきながら若干確信を持てない閻魔王・生と死を分かつものの言葉に、エリー・マイヤー(被造物・f29376)はすかさずツッコミをいれた。
 女性はおつまみであるあたりめを齧りながら、一升瓶の中身を確認している。どうやら空瓶の様子。
『さけー! おさけもってこぉーい!!』
 ちょっと呂律の回っていない声。ぐいぐいと閻魔王の触手を引っ張っている。これは未来のエリー。完全にへべれけなアル中として仕上がっている。どうしてここまで……服装なんてスウェットじゃないか。その上には可愛らしい腹巻を装着している。発揮されなくていい部分に乙女心は生きているようだがしかし。
「………………、お酒は好きです。酔っ払うと良い気分になれますからね」
「そうか! うむ!!」
 たぶんきっとエリーメイビーな部分を見出せたのが嬉しいのだろう。素っ気ないエリーの言葉に閻魔王は触手を蠢かせて頷いた。
 いや何頷いてんだ馬鹿野郎みたいな視線でエリーは閻魔王を見遣る。
「たまに一人で呑む日もあります。……ですが……だからって……そのへべれけなアル中が私の未来ってのは嘘でしょう」
 嘘じゃない? めっちゃ自問自答。まじまじと自身の未来の姿を確認するエリー。浄玻璃鏡を取り出した閻魔王が今のエリーと未来のエリーを映し出し、裁きの光を放った。
「アルコール40g、それを超えると悪酔い、泥酔の域に入るが、そなたらの通常の酒量はどれくらいか? 酒の容量×アルコール度数×0.8=アルコールの重さで答えよ」
 わりとそれどころではない質問を投げてくる閻魔王。
『アル中じゃなも! かん、きゅうび? もすけじゅーるぅに入っててぇ』
 ――チクショウ未来は真っ暗です。
「お酒を飲む以上、否定はできません。40gを超えている日もまれにあるでしょう。浄玻璃鏡の前で過去の行いに嘘はつけません」
 そう言って告げるのは、エリーが過去にやらかした酔っぱらいの罪。
 たぶん何も知らなければこれからも犯し続けて、自覚ないまま引き返せないところまでいく――それが酔っぱらい。
 ぴかぴか光って、確実に目に痛い攻撃をしてくる裁きの光が弱まる。アル中のエリーにも適用されているのか、彼女は『ふぉぉぉ』などとのたまいながら目を覆っていた。彼女は彼女で、今のエリーに畏怖をしっかり与える存在だったのでユーベルコードを放っていたのだろう。しかし今やもう使用済み(ユベコ的に)の女だ。
 念動力を駆使し、がっくんがっくんと泥酔エリーを揺さぶれば『うぐっ、ちょっ、ふぇっ』と最後はなんだか可愛らしい声を上げて泥酔エリーのリバースショーが始まった。
 ざかざかざかっと触手を蠢かせて距離をとる閻魔王。
 これでよし。ひとつ仕事を終えたエリーは宣誓の姿勢をとる。
「これまで犯した酔っぱらいの罪を悔い改めましょう。だから、これからを誓います。私はエリー・断酒マイヤー。ソフドリ至上主義の女に、今なりました」
 ああはなるまい。
 そのためにエリーは宣言した。
 もはや彼女のイラつきは最高潮である。
 威圧感を与えるサイキックエナジーを放出し、閻魔王が閻魔帳らしきものに触手で書き込むのを見届けながら触手野郎が後ずさるまで、最近やってきた猟兵のなかで現在一番高い成功率130%というユーベルコード『念動バースト』を叩き込むエリーだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鈴鹿・小春
何かあった可能性の未来…かな?
知った時点で変えようとできるけど…だから、ここで勝つ!

英雄は還暦位になった自分…かな?
隙がない…でも呪剣が禍々しすぎる。
思考はどう喰らわせるか、呪剣と主従逆転して使われる側になった未来。
その僕は確かに強いだろう、でもそれは歪んだ在り方で、認める訳にいかないよ!

イーティング・ブレイドで攻めてくるのを見切り瞬間思考力で分析し回避、或いは受け流す。
限界突破した怪力でも受けるのきつい…触手も厄介!
でも英雄の攻撃触手との連携考えてなさ過ぎでそこを突き耐える!
準備できたらUC起動、処刑の庭と殺戮ハウンド…呪剣以外の力で抑え込みつつ閻魔王に紅蓮撃叩き込む!

※アドリブ絡み等お任せ



 無数の触手の間から出てきたのは白の混じった銀の髪。壮年期も終えようかという頃の男を前にした鈴鹿・小春(万彩の剣・f36941)は、藍の目を見開いて相手をじっと見つめる。
「これは……僕自身?」
「そうだ。鈴鹿小春、この英雄はそなたが未来の姿のひとつ」
「英雄だって?」
 閻魔王、生と死を分かつものの言葉は俄かには信じがたいもの。小春の声はそれがありありと出ていた。
 溌溂とした今の小春の瞳ではなく、壮年の小春は落ち着きの眼差し。小春を敵をみなしているのか、だんまりを決め込んでいる彼の立ち姿は隙がない。小春は彼が携える武器を見る――呪剣が禍々しい雰囲気を放っており、相手は完全に呑まれているのか、纏うオーラは小春のよく知る紅のもの。
(「未来の姿……英雄……? 目の前の僕に一体何があったんだろう」)
 これから何かが起こった未来だろうか。
 呪剣を携える姿は一見静かでありながら、いざとなれば苛烈な一閃を振るうだろうことが分かる。
(「どう喰らわせるか」)
 男が呪剣に呑まれているのなら、これは今の小春と未来の呪剣との一戦となる。
(「主従が逆転したというのなら……使われている僕は確かに強いのかもしれない」)
 それは躊躇いがない、ということだ。誰かを守るための躊躇い、自身を守る躊躇い、それを捨てたらそれは本能に侵された獣と同然ではないのだろうか……そう考える小春の頬に汗が伝った。
 どちらが先に動くか――緊迫が両者の間が漂うなか、刹那に摺り足で動いたのは壮年の小春。動作は一瞬であった。前傾から脚力に乗せた瞬発は一気に彼我の距離を無きものとする。
 捕食形態となった『小春』のイーティング・ブレイドによる上段からの襲撃。紅蓮の軌道は容赦なく降りかかる災難だ。
 半身を捻るように後退させた小春がともに片脚を大きく引けば、擦れ擦れの回避。持ち直すにも困難な体勢に追い込まれながら、追撃となる『小春』の蹴撃は胴を持っていくものだ。
「ぐっ」
 咄嗟に構えたつうれんの刃が蹴りの勢いを削ぐ。だが小春の力との拮抗は一瞬。易々と越え蹴り飛ばされる前に瞬時の判断で小春は飛び退くように転がった。
 この間、四拍ほど。出遅れたようにキリング・フィールドのあらゆるところから死の境界たる触手が放たれた。
「遅いッ!」
 受け身を解く姿勢から、ざん! と斬り払うには十分な距離。近づいた触手をひと薙ぎで一掃しながら、小春は連携せぬ彼らの位置取りを視界におさめた。
 押し寄せる触手は『小春』の動きを阻害している。触手を斬り飛ばし、『小春』が動く前に自陣の展開に動く小春。
「土蜘蛛と処刑人の力、たっぷり味わわせてあげるよ!」
 騒速が見出す殺戮のための道。呪詛が作る捕縛の鎖が『小春』を捉え、呪詛のペンデュラム――斧刃が触手と閻魔王、そして未来の自身の間を振り抜けた。
 数多の触手を持つ閻魔王を縫い留めるは、地から突き出した剣山。
「閻魔王! その僕は確かに強いだろう、でもそれは歪んだ在り方で、認める訳にいかないよ!」
 否とする小春の声がキリング・フィールド内に渡ったその瞬間、映された町並みは学園のある、見慣れた風景。
 過去か、現在か、未来のどれかは分からない。
 けれども紅蓮の一撃が届いたこの瞬間は、小春の生きる時間、強き息吹を示すものであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

烏護・ハル
……そう。
失う事が怖くて捨てたんだ。絆も繋がりも全て。
……式神さんまで『眷属』呼ばわりなんて、冷め切っちゃって。

……でもね。私は貴女にはならない。
決めたのよ。紡いでいく、って!

式神さんたちを召喚し、共に高速、多重詠唱。
防御結界を張り、英雄の狐火の嵐と閻魔王の光を受け流す。

皆!キツいだろうけど、耐えて!

凌ぎつつUCに呪詛を載せ、敵陣の勢いを削ぎに行く。
向こうの攻勢が緩んだら、魔力と呪詛を込めた呪殺弾を英雄と閻魔王に撃ち込む。

今でも怖いよ。誰かを失うのが。
でも、貴女のそれは……閉ざして断ち切るのは、失うのと変わらないじゃない。

私は!
手離さないって決めた!
だから強くなろうって!
足掻くって決めたのよ!



『過去の私。――なんだかすごく懐かしい』
 閻魔王、生と死を分かつものに召喚された妖狐は長く柔らかな金髪をふわふわとなびかせている。
 キリング・フィールドの景色は緑豊かな集落のもの。かと思えば、現代的な町並みへと変わりゆく。
 女性の懐かしいという発言は決して懐郷のものではなく、どこか冷めたもの……そう、今の烏護・ハル(妖狐の陰陽師・f03121)を憐れんだり嘲笑うかのような含みがある嫌なもの。
「未来の私……ううん、あえて貴女と呼ぶべきかな」
『なんとでも。もう私の名を呼ぶものはいないもの』
 くすりと笑んだ女性に、ハルは眉を顰める。
『選択の時はいずれ訪れる。私はね、私であることを選んだの。眷属だけいれば私は私でいられる。友情? 絆? そういったものは私の弱さになる』
 自己研鑽のために習得したものはたくさんあるのだろう。未来のハルがコートを翻せば、そこにはたくさんの『武器』があった。
「……そう。失う事が怖くて捨てたんだ。絆も繋がりも全て」
 未来のひとつだと言われれば、ハル自身、あり得る未来なのかもしれないと思った。
 猟兵として異世界を渡り歩き、数多の戦い方を学ぶと同時にたくさんの出会いがあった。想いや感情を伴うそれは時々重くて…………未来へ進むための糧であると共に魂の躊躇いとして残っている、そんな気がする。
「……式神さんまで『眷属』呼ばわりなんて、冷め切っちゃって。未来の私は、添うことを諦めたの? 捨てたの?」
『過去の私。――みせてあげる』
 閻魔王の裁きの光に乗じて、未来のハルが放った数多の符は狐火の嵐を巻き起こした。
 渦巻く焔。身を裂く光は苛烈。
『過酷でしょう? そんな道を『私』はゆくの。いまに、道具のように眷属を扱うのだわ…………!!』
 そうしろと未来のハルの言葉が轟く。
 霊符を手に紡ぐハルの言霊がキリング・フィールド内に顕現する。詠唱は多重。召喚された式神たちとともに防御結界を張れば、焔の熱も裁きの光も、威力が幾分か削がれた。
「皆! キツいだろうけど、耐えて!」
 妖狐の耳をピンと立て、式神たちを励まして、ハルの発した言葉のぶん彼らは頑張ってくれる。今まで一緒に歩んできたから。戦ってきたから。思い出を重ねてきたから。
 つらいことも、楽しかったことも、嬉しかったことも。
「私は貴女にはならない」
 敵の攻撃を凌ぎながらハルは呟く。
「……決めたのよ。紡いでいく、って!」
 熱と光の奔流がキリング・フィールドを染め上げ、町並みをかき消した。けれどもそれは一瞬のこと。さらに一弾指、返すように結界術を僅かに広めるハル。式神たちが一歩ぶん前進した。
『……絆は私を弱くする。私の手を鈍らせる思い出なんていらない。刃を振るい続けるのなら、彼らの心は私を刃を止め、引く鎖でしかない』
 とても冷めた声。
 未来のハルは『呪縛』から解き放たれたような、そんな冷笑を浮かべていた。
「私……今でも怖いよ。誰かを失うのが」
 喪ってしまった両親、兄弟弟子。過去は重い。築いてきた絆に伴う約束は、たくさん。
 でも――それでも、
「貴女のそれは……閉ざして断ち切るのは、失うのと変わらないじゃない」
『――』
 未来のハルとて、それは承知していること。未来のハルは過去のハルの言葉を懐かし気に聞く。
 英雄であるハルと閻魔王の光の奔流が散じていく――闇を塗り替えるように、放たれるのは七星七縛符。
 詠われるが如くの呪詛は、今のハルのもの。
「私は! 手離さないって決めた!」
 孤高の未来は見ない。たとえ選びとる道が苦難が続くものでも、脱落しそうな皆の手を取り、ハルは共に歩んでいく決意をする。
 ハルには託されてきた想いがある。それは今のハルを築くもの。どれひとつとて、これ以上喪いたくないもの。
「だから強くなろうって! 足掻くって決めたのよ!」
 霊符が霊導を作り上げていく――閻魔王が築く、すべての時に揺蕩うキリング・フィールドを、意味ある時へと導いていくように。
 未来が分かたれていった。

成功 🔵​🔵​🔴​

陽向・理玖
おー…
すっげぇいい身体してる
さすがに英雄って言われるだけあるのか?
俺より逞しいし強そうだけど…
あんたの目…覚えがある

俺が手に入れた…大切なモノ喪ったんだな
残ってるのは負の感情と
それでも生きなきゃいけないって気持ち

成程こいつは強敵だ
けど知ってる
だからあんたは
…俺は
死ねないと思ってたけど
いつ死んでもいいと思ってた

そんな捨て身で
俺に勝てると思うなよ!
何使って来るか分かんねぇけど
もう温存する寿命もねぇと思ってんだろ

渦なら中心があるはず
回転と動きを見切り
同時に衝撃波を撒き渦を散らす

こいつと一緒に攻められるとちと面倒だが
合図は聞こえた
元は俺だ
弱点狙って来るんだろ
急所狙う位置で受け流しカウンターでUC
相手の勢い利用してぶっ倒す

光ってりゃ渦の威力も落ちるだろ
正直長期戦が出来るとは思わねぇ
そのまま英雄吹き飛ばしボスにぶつけ
同時に変身しダッシュで追い打ち
残った龍の衝撃波ごと押し込み
拳の乱れ撃ち

俺は
こんなとこじゃ死ねねぇ
…待ってる人がいるんだ
絶対に遺さねぇし遺されたりしねぇ



「陽向理玖――この英雄はそなたが未来の姿のひとつ」
 閻魔王と名乗る生と死を分かつものが告げて召喚の手ほどきを行えば、キリング・フィールドにある街並みが映り染まった。遠くのビル群、闇の帳が落ちてくる頃の空、黄昏。建物に灯は無く地面には瓦礫が転がる――廃墟を背に従え現れたのは逞しきアームドヒーロー。
 ビリッと雷気が虚空を駆けたかのような緊張感。否、威圧か。敢えてそれを払うように、対峙する陽向・理玖(夏疾風・f22773)の声は「おー……」と僅かに伸びやかなもの。
「あんた、すっげぇいい身体してんのな。さすがに英雄って言われるだけあるのか?」
『……』
 揶揄めいた言葉にも相手は乗ってこない。だが上背のある体格から見下ろしてくる視線は鋭く、けれどその青は陰っていた。眼力がないというわけではないだろうが、違和感。
 自身より逞しく、強そう。そう理玖は見るが。
「あんたの目……覚えがある」
 これは未来の自身の姿で、そして理玖が救われる前に宿した過去の目。
『お前の目にも覚えがある。過去の瑕瑾』
 英雄である彼にとって、理玖は過去の自身の姿で、救われた日々においてすべてが刹那であった存在。
『ひとときの祝福の名残。深い痛みを抱く前の――』
 理玖を忌々しげに嬲る声であった。思わずといったように打たれた拳にのせられた衝撃波が理玖の身を叩き、体勢を後退へと促す。風圧はただただ熱い。英雄の生命が含まれ放たれているかのように。
 いや、実際に魂を消費しているのだろう――。
(「過去に奪われたものがまた……。――いや、『俺』が手に入れた……大切なモノ、喪ったんだな」)
 ヴィラン組織に拐われての実験体。奪われたものは多く、それでも救いの手は少年の理玖に訪れて。だがまた独りになって。
(「死ねないと思ってたけど、いつ死んでもいいと思ってた」)
 それが理玖の過去。故に未来の理玖だという英雄が抱くモノは果てなく昏く、辛く、厳しいものなのだと想像がつく。

 ――本当に?

 今この手にある、もっともっと大切なモノを喪う。
 それは今の理玖の想像を易々と越えていく、遥かなる絶望だろう。
 それでもこうして残っている負の感情をさらしながら未来に生き続けているということは、きっと託されたモノがあったから。
 生きなければいけないという気持ち。
 クク、と閻魔王が嗤い、キリング・フィールドから町並みを隠す夜が訪れた。
「手を貸そう。未来の英雄よ。過去の瑕疵を消去し、かわりに希望を」
 闇色の死の渦が戦場を満たしていく。ここは生の名残なき死の世界。轟く風は惨禍であり、闇龍の咆哮。
 遠近と場に渡る風音を聞き、理玖は咄嗟に彼我の距離をはかる。
 死の渦の中心を見定め、据え置いた敵軸から半身を翻して腕の龍珠を振るえば、理玖を中心とした衝撃波が放たれた。渦の相殺には至らない衝撃波ではあるが、死の渦を乱して再びノイズのような町並みをキリング・フィールドにもたらした。
 その時、乱れた闇と渦を目くらましに闇龍の一撃。輝きを失った英雄の衝撃波は使用した彼の身を理玖へと叩きつけた。加速にまかせた体当たりその拳は理玖の胴を抉り、だが腕は理玖に捕らえられる。
「っ、やっぱり弱点狙って来たな!」
 上半身を前傾させ捕らえた敵腕を引いた理玖が繰り出すのは龍輝旋。
 七色に輝く龍の衝撃波が、残滓となりつつある闇龍の風を喰らい裂いていく。極超音速で叩き込んだ拳は英雄の頭を地面へと落とした。ぐるりひっくり返る未来の理玖の身体を襲うは蹴撃。
 瞬時に龍の装甲が理玖を覆っていった。クリアな視界を得るなか、ふと理玖の脳裏に過ったのは『いつ死んでもいい』と思っていた日々のこと。
「――っ」
 思わず歯を喰いしばった対象は、過去の自身か、未来の自身か――。
「そんな捨て身で俺に勝てると思うなよ!」
 死の渦を逆上がっていく龍輝旋は、七色の光で闇を浸食していく。翔けあがるは現世、光ある未来を描いていく力を持つ龍。絶え間なき闇の攻撃を殴り飛ばして道を作る理玖の『時』。
「俺はこんなとこじゃ死ねねぇ」
 到達した理玖の拳は触手まみれの閻魔王を突き抜けていた。
 生と死を分かつ。その岐路を丸ごと潰すが如く。
「……待ってる人がいるんだ」
 理玖の声がまるで言霊のようにキリング・フィールド内に渡っていく。
「絶対に遺さねぇし、遺されたりしねぇ」
 そう告げた声は誰に向けてのものか……未来の自身、あるいは、今の自身。
 決意に呼応し輝く龍の残滓が、英雄である光なき理玖の瞳に映り込んだ。
 彼は理玖がゆく旅路のひとつ。
 しかしこの瞬間、理玖の声が、選んだ時が、このひとつを葬った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

チェルシー・キャタモール
現れるのは真の姿をそのまま成長させたような私
きっとリリスであった過去を「諦めた」私ね
好きなだけ他者から力を奪うようになったでしょうし、その手段も選ばなくなったのなら
今の私より絶対に強いわ

でも過去に屈した私になんか負けたくない
過去に誰かを傷付けたかもしれないからって、今の私が傷付けていい訳ない
誰かから何かを奪っていい訳ない
リリスだった私はサキュバスになって猟兵になったんだもの
過去から目を逸したりなんかしない
今できることを全力でやって、好きな風に生きていくんだ

閻魔王も英雄が使うのも似たような範囲攻撃ね
『ウィザードブルーム』で空に逃げてみるけど限度もあるでしょう
【呪詛耐性】【オーラ防御】で出来るだけ耐え忍ぶわ

相手の攻撃が緩めばこちらもUCを
奪われた生命力分くらいは取りかえさせてもらうわよ
暗闇で強くなるのはあなた達だけじゃないの

動けるようになったら……思いっきり『グレネード』を【投擲】してやりましょう!
一瞬でも明るくなればそれがチャンス
オーラ防御で爆煙を突き進み『クロスシザーズ』でぶった斬りよ!



「チェルシー・キャタモールが英雄となりし、そなたが未来の姿のひとつ」
 闇色の触手を帳とし優雅に現れたのは、ふんわりとした闇色の布地が重ねられたドレス姿の女性。長い月光のように光輝く銀の髪。オリーブ色の目はどこまでも冷たく燦燦と。
 笑み無き表情は人形のように美しく、けれどひとたび唇が緩やかに弧を描けば途端に柔らかなものへと変化した。
『ごきげんよう、過去の私』
「…………ごきげんよう、未来の私」
 月の女神のように美しい微笑みは、作りものめいている。未来の姿ながら覚えのあるソレにチェルシー・キャタモール(うつつ夢・f36420)もまた微笑んでみせた。こちらはにっこりと。あたたかなものを宿らせて。
 未来のチェルシーの蛇尾は興味深げにこちらを眺めていた。今のチェルシーの蛇尾は少し警戒気味かもしれない。くるりと脚に纏わる。
 気付けばキリング・フィールドに映される町並みは夜景あるものへと変化していた。
 中世の劇場、現代の遠景――夜を司る魔女たちの邂逅は灯とともに在り、対峙する姿を淡く照らし出してはまるで和やかな挨拶を交わしているかのように。
「ねえ、未来の私? 貴女はリリスであった過去を『諦めた』のかしら?」
 チェルシーの問いに応えたのは笑みであった。作りものめいた微笑みから酷薄なものへと変わっていく。それは獲物を狙うため鎌首をもたげたような、明確な変化。
(「……きっと」)
 手段を選ばなくなり、好きなだけ他者から力を奪うようになった。
 凛と堂々とした姿は魂が自信に満ちたものだ。美しい。例えそれが今のチェルシーの基準で褒められたものではないとしても。姿だけは美しい。
 思い、零したチェルシーの吐息は決して感嘆のものではない。
 未来の自身に対する諦め、呆れ、暗然。
『チェルシー、思うままに好きに生きる、って素晴らしいのよ? 力さえあればなんでもできる。誰だって救える。私へと捧げられる|称賛《いのち》は誰かの救いになる。この世に巡る生命賛歌は私のために在るのだわ』
 酷薄な笑みを浮かべ、自身に心酔しきった声で謳う。
『この素晴らしさを貴女にも分けてあげるわ』
 閻魔王の死の渦と未来のチェルシーが放つ霧は『彼女たちが想像する悪夢』なる町並みを映し出した。視覚的な光はあれど、瓦解したビル群、立ち並ぶ墓標、轍の血溜まり、希望見えぬ光景の闇は生と死を分かつものの死の渦を活性化させた。
 チェルシーは、未来の彼女がどんな選択をし、どの命を選び、救い、殺し、奪うに至ったのか――察した。『諦めた』ことは彼女の欲望を奔放なるものへと向けた。軛を喪ったイド。
 浸食してくる闇に捕らわれれば、今のチェルシーの魂もそちらに向いてしまうかもしれない。
 尾の蛇が絡めた柄――魔法の箒に跨り、死の渦や渦巻く悪夢の霧の軸から距離をとる。虚空に映る景色はどこまでも闇拡がるもの……惨禍の町並み。
『リリスの私はすでに誰かを傷つけているのだから、幾人を奪おうとも同じことよね』
 転嫁や放棄ともとれる言葉にのる感情は、どこまでも卑怯なものに聞こえた。悲哀すら感じ取れない。そんな未来の自身をチェルシーはゆるすことができなかった。
「過去に誰かを傷付けたかもしれないからって、今の私が傷付けていい訳ない。誰かから何かを奪っていい訳ない」
 いつまでもユーベルコードを放ち続けることはできない。ウィザードブルームで空に逃げながら、機を待つチェルシー。
 キリング・フィールドに満ちる攻撃が途切れた瞬間、昏き闇夜が明けてまた夜が訪れた。これからはチェルシーの時間。反転する夜はまた違う悪夢で戦場を彩っていく。
「暗闇で強くなるのはあなた達だけじゃないの」
 今のチェルシーとて月光の魔女。サキュバスのナイトメア適合者。
「未来の私の夜は既に過去のこと。今は私のための夜ね」
 作用する時逆の現象は、すべての時流れるキリング・フィールドにねじれを起こした。
 種も仕掛けもない真っ当な手榴弾を投げつければ少し遅れての爆発。それが数多となれば、時間差に訪れる閃光は闇夜をかき消した。
 爆煙から駆る弧月。鋭い残光はクロスシザーズの斬撃。閻魔王へと差し込まれた片刃が大量の触手を薙ぎ、合いの刃が切断する。
「過去に屈した私になんか負けたくない。――負けないわ」
 垣間見た未来への決別。
 未来のチェルシーの姿もまた切り離されていた。廃墟群の風景へと取り込まれていく。
『ここは私のステージだもの。私のもの。貴女は貴女の物語を行きなさいな』
 自身の道に満足しているチェルシーの声は冷たく突き放したもの。
 後悔、していない。
「……私も、『私』らしい道をゆくわ」
 諦めて、逃げたら未来のチェルシーのようになる。
(「『私』は過去から目を逸したりなんかしない」)
 リリスだったチェルシーはサキュバスになって猟兵になった。
(「今できることを全力でやって、好きな風に生きていくんだ」)
 諦めたりしない。逃げたりしない。チェルシーが今この時に選んだ道は、未来のチェルシーを還らぬものとするのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

青梅・仁
信じたくない未来――当然、お前だろうな。完全に『邪龍』と化した俺よ。
また絶望したのか?それともついに全ての縁を失ったか?
答えなくて構わん。俺は、俺達はより良い未来を掴む。それだけだ。

邪龍の攻撃はかなり重いだろう。
真正面からぶつかって、更に閻魔王の攻撃を受けるのは無理だ。
邪龍と化した俺にないのは、味方。
少々無理をさせるが、怨霊達に邪龍を抑え込んで貰う。
『なあ仁、こうして暴走するお前なんか、もう二度と見たくねえよ!』
俺もだ。
そいつが目を覚ませるように……いや、二度と目を覚まさぬように、全力で殴れ。

俺はこいつらの想いの力で堕ち切らずに済んだ。
猟兵となって、猟兵達との縁の力もあって龍神として生き続けている。
……皆と過ごすのが、こんなに温かで楽しくて幸福な事だと、ここまで生きて来て漸く知ったんだ。
全て、失いたくはない。

裁きの光が多少掠めても良いように『オーラ防御』を施し閻魔王に近づく。
至近距離まで近づく事が出来たのなら、『居合』と共に『斬撃波』を浴びせる。
これがお前の質問の答え代わりだ、閻魔王。



「この英雄は、青梅仁。そなたが未来の姿のひとつ」
 閻魔王、生と死を分かつものの言葉は霊力が込められていた。
「未来へと至る道を示してやろうか?」
 閻魔浄玻璃鏡がかざされればキリング・フィールドの景色が移り変わっていく。
 ……懐かしき海の匂いがした。
 それは陽射しに温められた青き海の匂いではなくて。
 それは沈む腐敗を解いていく水に満ちた海の匂いではなくて。
 青梅・仁(鎮魂の龍・f31913)の前に広がる、キリング・フィールドの町並みは廃墟群。いいや、これは忌物や罪人が堆くなったもの。
 怨嗟をさらう神気が追い付かなくなったのだろうか――届く怨恨の気は彼の身を打った。音であったり言葉であったり香であったり。一度、重々しく呼気を吐いた青梅・仁(鎮魂の龍・f31913)は持っていた龍の神煙を咥えなおす。梅香が強い。
 閻魔王が波立たせる闇色の触手の合間から出てきたのは赤き瞳を持つ龍であった。
「信じたくない未来、か――当然、お前だろうな。完全に『邪龍』と化した俺よ」
 諦めとも慰めともとれぬ声で仁は龍に言った。
 ソレに至るであろう理由など、容易に転がっている。人がいる限り流されてくる怨嗟。怨嗟の海は骸の海と同等、常に満ち、枯れぬものだ。
「また絶望したのか?」
 ただ在れば解る。絶え間なく押し寄せる怨嗟は、苛烈なる鯨波だ。仁に言わせればどれもが『元気がいい』。そのなかに邪龍の咆哮が混じっていた。閻魔王の光は魂を劈く、不快な心地。
「それともついに全ての縁を失ったか?」
 されど難なく問うた。
 怨嗟の海に在り続ける仁は、閻魔王の裁きの光では到底捌けぬほどに人の業が内包されているようなものだろう。800年という長き時は龍の身に邪を宿したこともある。
 問う仁の息遣いは、終息へ導くもの。問いながら答えは望んでいないのだ。恐らく、既に、
彼は邪龍の答えをすべて持っている。
 すなわち当然未来の彼――目の前の邪龍も持っていたということ。敢えて掴んだであろうその未来に至る道はどのようなものだったのか……。
 呪詛を籠めた邪龍の一撃はキリング・フィールド内を揺るがすものであった。それもそのはず。すべての時が――怨嗟が――宿ったような戦場なのだから。
「……いつものことだな」
 栓無き事だ。これが龍の役割。仁の放つ海の誘いに怨嗟がなだれ込み、海に住まう怨霊の群れが迎え撃つ。双方の大音声が轟いた。
 自陣は的確に、邪龍の一撃と閻魔王の裁きの光を捌き沈めて海に怨嗟を鎮めていく。怨霊の指揮をとる小吉が『なあ仁!』と声を張った。
『こうして暴走するお前なんか、もう二度と見たくねえよ!』
 他者の罪過。神気が闇に呑まれ、鱗は染まり、瞳は絶えず流れる血の色。魂には一縷の望みすら残っていない。
「俺もだ」
 小吉へと端的に答える。
 『仁』を構築するものが朽ち果てた末路、それが邪龍である。
「小吉。そいつが目を覚ませるように……、――いや、二度と目を覚まさぬように、全力で殴れ」
『応!』
 怨霊たちの鯨波は決して光あるものではない。だが魂にこびりつくほの暗さが心地よい。邪龍となった仁を救い導くのではなく、添ってくれたことに恩を感じる。
(「俺はこいつらの想いの力で堕ち切らずに済んだ」)
 目前のやがてゆく道であるだろう未来は、既に起きた過去だ。築かれた絆……とここまで考えて思わず苦笑した。自身に築かれたのは、そこまで輝かしいモノではない。龍神に打ち込まれた絆もとい楔は今の青梅・仁を象った。
 そうして猟兵となって、猟兵達との縁の力もあって、龍神として生き続けている。
(「……皆と過ごすのが、こんなに温かで楽しくて幸福な事だと、ここまで生きて来て漸く知ったんだ」)
 うかつに言葉にしてしまえば、言霊となるかもしれない。今は内に秘める仁の声。温もりある仁の声なき言葉は、辺りを漂う怨霊たちだけが知っている。
 ――全て、失いたくはない。
 自らに抱いた龍神の願いが行動を起こす。閉ざされ邪龍と化した存在、そして生と死を分かつものへの道が怨霊の働きで開かれ、仁は翔けた。暗く冷たい波が拡がっていく。
 この時はじめて邪龍が吠えた。
『いずれ生あるものは尽きる。形あるものは壊れる。打たれた楔は腐り、我が身を浸食していくだろう。周囲をともにする願いは、やがて尽きた時に呪縛となるであろう……!』
「――この未来がいらぬというのなら、至らぬ道を示そうか?」
 乗じる閻魔王の言葉は邪龍の存在を揶揄って捨てるもの。
 咎める裁きの光が仁をかすめていくが、巧みに波が捌きあっという間に彼我の距離が詰められる。間合い十尺から鞘走らせた居合いの一刀が閻魔王へ放たれ、斬線から巻き起こった斬撃波が邪龍と海を裂き、波打たせた。
「これがお前の質問の答え代わりだ、閻魔王」
 掻き消える邪龍の残響こそ怨嗟。数多の誰かが築いた仁の果て。
 彼に、未来に対する否の道はないだろう。理解を示しながら、魂に自身の手で楔を打つ。
 全て失いたくないという情。今あるものを大事にしていく。
 それは仁が仁であるための祈雨として降り、楔に打たれた龍神を癒していく永劫ある誰かの情となるのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

剣未・エト
星一つ瞬かぬ深淵の宇宙がごとき抗体兵器の剣を左手に持ち、半ば融合しながら黒い浸食を受け入れた|抗体ゴースト《生命を滅ぼす者》
なるほどその立場の『英雄』というわけか…

無数の触手が現れ生と死を分かつ境界線が引かれていく
それが、かつて異形達を不滅の存在にしていたお前の力か…でも!
地縛霊の鎖を地面に刺して特殊空間を展開、いつもの豪華絢爛なオペラ劇場を出現させようとするがすぐに砕かれる
砕かれるけどその一瞬触手の無い足場が生まれる。鎖を伸ばして連続展開しながら足場を跳んで駆けていく

抗体兵器の脅威は、活性化したゴーストの本能の強さは別の戦場で経験した。確かに恐ろしいものだけれど、|生命《ともだち》と『生きる』と決めた僕の想いとくーちゃんとの絆なら、そんな未来は絶対に来ない!
僕自身を囮に死角からくーちゃんの突撃で体勢を崩す
UC発動想いが剣になって『英雄』を断ち、さらにその先へ
生と死を分かつものよ、僕は境界線の先に『生まれ』た『|死《ゴースト》』、剣未エト!
お前の境界線を越えて、僕は『生き』続けていくよ!



 キリング・フィールドに映る町並みに新たな夜が訪れる。
 あちらこちらに揺蕩う闇色の触手を帳に現れたのは、少女。
「剣未エト。この英雄はそなたが未来の姿のひとつ」
「……この子が?」
 生と死を分かつものの言葉に剣未・エト(黄金に至らんと輝く星・f37134)は訝しげな表情で呟き応えた。自身とあまり変わらぬ若き姿。柔らかな金の髪を獅子のようにたなびかせ、感情を忘れたみたいな無の表情。目は瞬きすることもなく、――そして健康的な肌は半ば闇色に侵されていた。
 少女が持つのは抗体兵器の剣。否、持っているのだろうか? 柄と手の境目は見えない。剣は深き深淵。星ひとつ瞬かぬ宇宙が如きそれは、纏う気そのものが周囲の有限を除去し続けているのだろう。だが真に禍々しいというわけではない。ただただ黒き無。
「未来の僕……いや、君は何故抗体兵器を持っているんだ?」
 毅然とした態度でエトは問うた。抗体兵器の脅威は戦場と化したシルバーレイン世界で経験したばかりだ。アレに自分自身が手を出したとは思えない。一体、自身の未来に何があったのか――アレはゴーストの本能を活性化させる。
『…………』
 少女は応えない。変わらぬ瞳はエトを見て懐かしさを覚えているわけでもない。
 エトを自身以外の存在として認識しているが、果たして同者として認識できているのか。分からない。
 その時、生命と敵対する武器が僅かに揺れ、未来のエトは一度手元へと落とした。ゆるり、と再び上げた顔は――瞳はエトを「敵」として見た。
「……なるほど……その立場の『英雄』というわけか……黒い浸食を受け入れた|抗体ゴースト《生命を滅ぼす者》」
 エトの言葉が戦いを呼び起こす。キリング・フィールドの景色がシルバーレイン世界のものとなり、異形のものの触手が生と死の境界を分かつ。
 緑豊かな生命賛歌の風景、潰され砕かれた廃墟の虚無なる風の咆哮。エトを叩きつける風は礫を含み徐々に嵐へと変化していく。礫に裂かれた生身を鋭き風が貫いていった。
「っ! それが、かつて異形達を不滅の存在にしていたお前の力か……でも!」
 エトの身体から伸びた鎖が生なる景色と死なる景色へと突き刺さる。地縛霊の鎖から伝うエトの力がキリング・フィールドの風景を、豪華絢爛なオペラ劇場のものへと染めてあげていく。
 重厚な赤き帳、高い天井に舞台装置、煌めくシャンデリアは――突然、闇に侵食された。
「!!」
 ハッとして見上げれば、そこには跳躍した少女の姿。未来のエト。
 ゴーストの力を削ぐ閻魔王の攻撃に乗じたのは闇だ。振り下ろされた抗体兵器の剣はキリング・フィールドを裂くような深淵を刻み、深潭の谷を作り上げた。
 放った力が放逐され、さらには返し刃なる力の奔流。返された術がエトの身体と心を引き裂きに掛かる。
「抗体、兵器……!」
 歯を喰いしばったエトが新たに深潭へと放つ鎖。オペラ劇場を砕かれ、闇の谷と化したそこは触手のない足場であった。刹那に見出した可能性。半身を捻り深潭を紡ぐようにエトの鎖が次々と放たれていく。
「剣未、エト!!」
 声を張ったエトが呼んだのは、未来のエト。少女がエトであることを忘れてしまっていても、想いの残滓がソコにあることを願った。|抗体ゴースト《生命を滅ぼす者》へと至ってしまったエト。――きっかけは、何だったのだろう。未来のくーちゃんは何処だ。
「ソレは……っ! 確かに恐ろしいものだけれど、|生命《ともだち》と『生きる』と決めた僕の想いとくーちゃんとの絆なら、そんな未来は絶対に来ない! 僕は、そう信じる!!」
 下段から斬り上げてくる未来のエトの剣は空間の事象を無きものとした。
 ここは闇、深淵、すべての時が繋がる世界。届かぬはずの刃が届く。
 同時に蠢く触手が束となりエトを貫こうとしたその時、ミニ視肉のくーちゃんは根源たる閻魔王へと体当たり。螺旋の如き捻りを加えた攻撃は、近くの触手を一瞬巻き取って、閻魔王の体勢を大きく崩した。
 緩み波打った触手は振り回される形となり、未来のエトの斬線へと入ってさらに彼女の身を叩く。
「エト! 僕は誓うよ! 僕は、未だ届かざるとも、牙無き者の剣たらんと欲することを!」
 それは宣誓だ。自身がずっと『こちら側』にいることへの。
 言葉が、未来のエトの慰めに少しでもなればいい――。
 新たな時代に生まれ、育っていく新世代ゴーストの叫び。詠唱銀が鳴けば顕現するはエトの剣。未来のエトが築いた無き事象を追う、今のエトの一閃。
 その一刀は、風化した時代に立ち、生命を滅ぼすことを決めた抗体ゴーストを断つ。

『…………いつか……もう一度……この先へ……』
 未来のエトが呟いたのは、黒い浸食を受け入れた瞬間の願い事。
 鎖を使い、滑降する過去のエトを瞳に映し――少女は消失した。
 還ってはいけない過去に想い馳せて。

「生と死を分かつものよ、僕は境界線の先に『生まれ』た『|死《ゴースト》』、剣未エト!」
 ここはキリング・フィールド。すべての時が映り流れゆく空間。
 閻魔王、生と死を分かつものは言う。
「いまや吾人の前では万物が渾然となり、時すらも未来に流れるとは限らない。それでも|違《たが》うか。過去が、未来との袂を分かつのか」
「僕は、僕と袂別はしない!」
 今日、未来を視た。
 だから|深潭《あした》にこの声を響かせよう。
 例え、声枯れても駆ける足がある。
 声かけ続ければ、動き続ければ、希望の星は宿る。シルバーレイン世界の先人たちがその身を以って教えてくれたこと。
「『|死《ゴースト》』は! 僕は! お前の境界線を越えて、『生き』続けていくよ!」
 輝く剣の軌跡は、願い宿る流れ星。
 あらゆる時に顕現する敵の世界が故に、エトの剣はすべての時に在る人々の願いが籠められて、生と死を分かつものへと到達した。

成功 🔵​🔵​🔴​

ユディト・イェシュア
現れた敵は昏い目をした自分
淀んだ色のオーラを纏い
感情を排し自分の意思を持たず
誰かに命じられるまま動くだけの人形のようで

未来の自分のひとつの姿ですか…
義父と義姉に出会わなければ
そうなっていたのかもしれませんね

俺の異能が金になると知った実の両親に連れて行かれた
人の蘇生を研究する集団のもと
幼かった俺は大量の死体の中から魂の輝きを持つ者を見つけろと言われ
毎日死体と腐臭に囲まれて
自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなった

そんな自分を救ってくれた人たちに
報いる生き方をしたいのです
そのために命は惜しみませんが
自分を大切にすることもここ数年で学びました
目の前の自分はきっと人を信じることで発揮できる力を知らないでしょう

ホーリースクロールジュエルを投擲
攻撃が目的ではなく光を発することで暗闇にさせません
心を強く持ち先制攻撃に何とか耐えましょう

俺にとって死は恐怖ではありません
それもまた未来のひとつ
けれど今はその時ではない
大切な人たちの未来を守るため
過去を乗り越えあるべき未来へ向かって
この戦棍を振るいます




 幼い少年は、当然、それが自身だけの異能の力であるとは知らなかった。
 きっかけは何だっただろう。きっと何でもないこと。
 父と母、隣の家のおばさん、皆が纏う色が違うことを子供ながらの拙い言葉で伝えたのだろう。
 少年が常に顔色を窺っていた両親は、とても優しくなり、彼を知らない人がたくさんいる場所へと連れて行った。
『この中に色をもつ人はいるかい?』
 そんな言葉とともに連れてこられた場所には、たくさんの死体が並べられていた。並べられているだけで、布などで包まれているわけではない。その身そのまま。
『色をもつ人は『生きて』いるんだ』
『君だけが、その人を救い出すことができる』
 そう言われて、幼い彼に何ができただろう。
 生きている人を助けなきゃ。
 自分にしかできないこと。
 ――言われるままに、探すしかない。
 まだ温もりをもつ死体もあれば、砂漠の環境故に枯れた死体、焼けただれた死体、いろんな死体があった。毎日、毎日。まだ色をもつ人に生きていて欲しいから探した。

『この死体の山から魂の輝きを持つ者を見つけろ』
 ……今日も、また。死体と腐臭に囲まれて、探す。
 両親の姿などもう長いこと見ていない。
 いつだったか、作業を終えて、身体を洗って、嫌なひとたちがいる部屋を早足で通り過ぎようとした時に聞こえた。
 ――いい買い物ができたな。
 ――あの子は奴隷よりも安かった。
「…………」
 売られたのだとその時知った。

 今日もまた探せと言われた。
 死体の顔は様々だった。安らかなるもの、苦悶の表情を浮かべたもの、赤黒く染まったもの。
 毎日たくさんの死体と共に過ごしたからか、少年の身には腐臭がこびりつき、彼を買った者たちは彼を見ると嫌な顔をするようになった。
 命令をするだけで、誰も少年を見ていない。小屋で飼われているヤギの方が大事にされている。
 死体に囲まれて、魂の輝きを探す日々――少年は自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなった。
 自分のいろはまだここにあるのに。

 少しずつ、少年の自我は削がれていった。
 何を言っても避けられ、殴られるから、言葉を忘れた。
 死体の窪み始めた眼窩すら少年に向けられることはない。
 ここにいる自分は何者なのだろう。
 少年は自分の名前を忘れた。誰にも呼ばれなかったから。
 少年は感情を忘れた。何のいみもなかったから。
 少年はじぶんをわすれた。こころがあるとつらかったから。
 さばくのすなやくさのにおいも、みずのあまさもわからなくなった。

 なのに……餓えている。


(「――あれは、人の蘇生を研究する集団でしたね」)
「ユディト・イェシュア、この英雄はそなたが未来の姿のひとつ」
 触手を蠢かせる閻魔王、生と死を分かつものが何かを言っている。声は耳に届くものの、頭まで入ってこない。
 ユディト・イェシュア(暁天の月・f05453)の意識は閻魔王に召喚された男へと注がれていた。
 襤褸を着た男は白髪交じりの茶色の髪。
 目は昏く、ユディトがみる男のオーラは淀んだ色だ。肌の色はくすんでいて――年齢は壮年の頃だろうか――……いや、同じ年齢くらいだとユディトは即座に思い直した。
 苦渋に満ちた日々に築かれた心身はきっと『こう』なる。
「未来の自分のひとつの姿、ですか……」
 男は、ユディトの明日の姿だったかもしれない。
 転機――、
(「義父と義姉に出会わなければ、『そう』なっていたのかもしれませんね」)
 こうなっていた、ではなく、そうなっていた。
 何歩分も引いて俯瞰するユディトと、ユディトらしき男の隔たりはとてつもなく広い。
 過去、確かに同等の時を過ごしたはずなのに、こんなにも違うユディト二人。
 きっと未来のユディトは誰かの光を探し続けたのだろう。だからこんなにも哀れな――英雄――になった。
「確かにあの頃……自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなりましたね。俺は、俺を救ってくれた人たちに報いたかった。そんな生き方をしてきました」
 言いながら、自己紹介のようだなと思った。
 この声が届くかは分からない。だが救われた自分が確かにいるのだと届けたかった。
 男が、自身をもう一人のユディトだと認識しているのかすら分からない。いやきっとしていないだろう。
 男は感情を排し、自分の意思を持たず、誰かに命じられるまま動くだけの人形のようだ。
『…………』
 茫とした瞳が過去のユディトを映す。
 彼の目に自分の色は映っているだろうか――。感情を失ってしまった彼に、ユディトは微笑んでみせた。
 みずのおいしさ、さばくのにおい、草のいろ。
 ユディトと呼ぶ声に応えることを覚えた。
 拙い声や言葉に返される温かさを知った。
 ひとつひとつ、学んで、覚えて、そして思い出して。
 義父の教え、義姉とともにする体験、挨拶もろくにできなかった自分に様々な助言をくれた近所のひとたち。弾けるような子供たちの声は、ユディトの心を揺さぶり起こした。
 死に向きあった日々よりも、生命に向きあった日々の方が多くなった。
 そんな日々はいつもユディトを救ってくれたのだ。
 贈られたたくさんのものに報いるためならば命も惜しまない。
(「……ですが、自分を大切にすることもここ数年で学びました」)
 心配してくれる人がいる。
 共に戦ってくれる仲間がいる。
 信頼できる人が増えると、不思議なことだが、我が身が軽くなった気がした。『預ける』ことを覚えたのだ。
 きっと、目の前のユディトは人を信じることで発揮できる力を知らない。
「どうした。未来のユディトよ。過去が憎くはないのか? ここはすべての時が在る場所。報復するなら、今この時しか無い」
 動かない男たちに焦れたのか、生と死を分かつものは触手を動かしながら発破をかける。
 キリング・フィールドに映されていた砂漠の集落の景色に、夜の帳が落ちてきた。
 闇が満ちていくなか、徐々に男の呻き声が放たれ始める。
 獣のようだった。
 いや、けものなのだ。
 閻魔王に命令されて呼び起こされた、渇望。餓えだけが残っている。
 生命力を奪う死の渦がキリング・フィールドに満ちていくなか、男は生と死を分かつものへと力を貸した。淀んだ色のオーラを死の渦と共にする。
 それが彼の精一杯。献身が過ぎる姿は奴隷、いや、やはり人形のようだ。
 闇でありながら、砂漠のようにびりびりと灼きつけてくる感覚は生命力が削られている証。
 ユディトがホーリースクロールジュエルを投擲すれば、一瞬だけ柔らかな光。そして次の瞬間には光の柱が顕現していた。死の渦を裂く光条は苛烈ながらも、一筋一筋が美しい。
「ユディト」
 彼を呼ぶ。
 男は、それが自分の名であることを認識しないだろうが――。
「俺にとって死は恐怖ではありません。いつかは死ぬでしょう。それもまた未来のひとつ。けれど今はその時ではありません」
 幾夜を駆ける銀がここ、ユディトの手にある。今まで彼を守ってくれたたくさんの手を、守るための払暁の戦棍。
「俺は守るために行きますよ」
 既に違えたふたつの未来。
 ユディトにとって彼はとうに還った『過去』。
 彼にとってユディトは訪れぬ『未来』。それでも砕かれた彼の心をつなぎ合わせるように、ユディトは自身の心を告げる。例え、彼に今、心が宿ったところで、それは仮初でしかないのだけど……。
「大切な人たちの未来を守るため……過去を乗り越え、あるべき未来へ向かって――」
 宵闇を打ち払い、夜明けをもたらす戦棍。
 自らの脚で踏み込むユディトの一撃が砕くは、生涯、彼の元には還らぬ|未来《ユディト》。

 すべての時が在るキリング・フィールドは決別を示したユディトの攻撃に、一片の未来を喪った。
 それは生と死を分かつものの世界が現世から離された瞬間でもあった。
 戦場に骸の海の気配がなだれこむ。
 過去でもない、未来でもない、今。
 未来と過去を分かつ、時間。
 金沢の冬の空気がユディトの肺を満たしてゆく――故郷の砂漠にはない空気。
 キリング・フィールドの消失の瞬間はとても静かなものであった。


 戦場で垣間見た未来の自分は、訪れない未来。
 骸の海へと還ることのない時間。
 きっと認めたくない未来、至るに理解できてしまう未来、様々な未来の英雄が猟兵のもとへと訪れたことだろう。
 けど、確かなことがひとつ。
 彼は、彼女は、死ぬことなく未来の時を生きていた。
 それは逃げ出すことより、立ち止まることより、わずかながらも進むことを決めたから。それが悪であれ善であれ生き抜いていくことを魂が決めたから。
 垣間見た未来は、その人が紡いだ人生の『物語』だ。

 帰路につく猟兵は思う。
 この足が、歩みが、紡ぐこれからはどんなものになっていくのだろうか、と――。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2023年01月21日


挿絵イラスト