●白と黒の君
静かな部屋の中にて、桜雪は悩んでいた。
とはいっても、日々の暮らしは良好だといっても過言ではない。
思い返すのは少し前のこと。
淡い幻朧桜の景色の中、ちらりと舞う白い雪中を相棒のシマエナガと一緒に歩いた日のことは思い出深い。新年を迎えてから出かけたことも記憶に新しく、ふたりで過ごす日々はいつも穏やかだ。
それについ先日も一緒に硝子ペンを見に行った。
相棒がこれが良いと示して選んでくれたペンは印象的で、合わせて便箋とインクも購入した。
どの思い出も楽しいものであり、こうして相棒と共に居られることは快い。
それに以前の戦の最中に、相棒が親友であったことを思い出せた。
ずっと探し続けていた相手がすぐ傍にいたことは嬉しくて、何より喜ばしいことだったのだが――。
「ねぇ、ごめんね。お願いだから許してよ」
「……」
桜雪は現在、彼のことでとても悩んでいるのだ。
親友だったと気付いたまでは良かった。相棒も桜雪が記憶を思い出せたことを嬉しがっていたようだ。
だが、肝心の名前がどうしても思い出せないのだ。そのせいで相棒はすっかり拗ねてしまい、今もふいっとそっぽを向いたまま桜雪を見てくれない。
今まで通りに『相棒』と呼ぶと今のように無視される。しかし『親友』と呼んでも怒られてしまう。
先程も親友と呼んだことで違うと怒ってつついてきた。それゆえに桜雪は相棒の名前を思い出そうと四苦八苦していたというわけだ。
「ぴっ!!!」
「やめて相棒、お手紙を覗いて怒り出さないで」
仕方がないので桜雪は思い出すまでの間、相棒に呼び名をつけようと考えた。
硝子ペンの横には若葉色のインクが入った瓶が置かれている。広げた便箋に思いついた名前を書いていく桜雪だったが、今までに記していった呼び名はどれも気に入らない、もとい違うらしい。
相棒は怒ったまま。困り果てて机に頬杖をついた桜雪は、窓の外に見える雪景色を見つめる。
幻朧桜の花弁と白い淡雪が舞う冬の光景は好ましい。
桜雪は暫し美しい景色に目を向けていた。そうしていると、ふと或る言葉が思い浮かんだ。
「……ハク」
「ぴ!」
何気なくそれを言葉にしてみると、相棒がはっとしたように鳴いた。
もしやと感じた桜雪は硝子ペンで『ハク』と書いてみる。シマエナガはその文字の少し下にぴょこんと飛び乗り、嬉しそうに飛び跳ねはじめた。
「相棒、もしかして……ハクっていうの?」
桜雪が問いかけると、シマエナガはそうだと語るように何度も頷く。
ほっとした桜雪はやっと呼び名が決まったと感じ、安堵を抱いた。そのとき、何故か頭の中に別の文字が浮かんでいた。桜雪は急いでペンを取り、忘れないうちに文字を書き取る。
|冬皙《ふゆしろ》・|羽玖《はく》。
どうしてか、ハクという名前にはこの文字を充てるのが良い気がした。
相棒は「やればできるじゃないか」といった様子で桜雪を見ている。皙という文字には真白という意味があり、玖の字は美しい黒色の意味が宿っているという。
白と黒。まるでそれはシマエナガの色を示しているかのような名だ。
「相棒……じゃなかった、ハク」
「ぴぃ!」
桜雪がその名を呼ぶと、相棒は心からの嬉しさを示すように鳴いた。
その姿に緑の髪をした少年の明るい笑みが重なったように思え、桜雪もつられて微笑む。
そのとき、何処かから声が聞こえた気がした。
――今までも、これからも。「俺」はずっと見守っているよ。
「……うん、羽玖」
ありがとう、と告げた桜雪は指先を相棒・ハクへと伸ばす。
其処へ飛び乗ったハクは真っ直ぐな眼差しを向け、その瞳に唯一無二の親友の姿を映した。
成功
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