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元日。
明け方、そう多くはない氏子たちの前で祈祷する神主の姿を、蓮条・凪紗(魂喰の翡翠・f12887)は傍らで見守っていた。
サムライエンパイア、京都の外れ、小さな神社。
そこが、凪紗の実家だ。
(「気ぃ引き締まるな」)
ゆくゆくは、他でもない凪紗が跡を継ぐこの神社。彼も禰宜として正装に身を包み、この場に立ち会うのだ。
新しい風は澄んでいて、肌寒さすらも不思議と心地よい。この時間が凪紗は嫌いではなかった。
やがて恙無く祭礼が終われば、初詣にと参拝者が訪れ始める。となれば凪紗も挨拶や、御札に破魔矢の授与に回ることになる。
「明けましておめでとうございます。良き新年でありますように、ご祈念申し上げます」
「おめでとう、ありがとうねぇ。来年もまたお参りに来るよ」
嬉しそうに挨拶を返してくれる、老婦の言葉が嬉しい。
こうして参拝者の笑顔に触れるのも、凪紗にとっては楽しみのひとつだ。
忙しすぎず、けれど程よい活気に境内が賑わう頃。
ふと、凪紗は参拝を済ませて参道を引き返してくる人々の中に、見知った顔を見つけた。
見慣れぬ振袖姿ではあったが、夜空に星を散らしたような青藍の髪は時折、馴染みのカフェで見かけるあの。
「明けましておめでとうございます」
「……蓮条さん?」
声をかければ、少女はきょとんとした顔で凪紗を見上げた。
恐らく、彼女がそんな表情を見せたのは、凪紗がここにいることが原因ではないだろう。寧ろ、異世界で正月を過ごしている筈の彼女がここにいる理由は『|凪紗《知り合い》に会いに来た』以外に思い当たらない。
だからきっと、彼女が目を丸くした理由は。
「驚いた? これでもここの神職やし、参拝者には基本敬語使うようにしとるんよ。なに、自分に会いに来てくれたん?」
「ここで、働いてるって……聞いたから。折角の、お正月だし……初詣も兼ねて、ご挨拶に……」
明けましておめでとうございます、と律儀に頭を下げる少女。やはり驚きの理由は、凪紗の言葉遣いだったようだ。
「働いてるっちゅうか……まぁ、うん。と、はい。これ御札な。居間の南向きか、難しかったら東向きに飾るとええよ」
小遣いだろうか、少女が握り締めてきた初穂料を受け取り、他の参拝者と同じように御札を授与する。
ありがとう、とまたひとつ礼をした少女の、その背を見送った、直後。
「お……」
東の地平線が、金色に輝き始める。
昇りゆく初日の出を拝み、参拝者たちの足も止まる。
凪紗もまた、柏手を打って祈りを捧げる。粛々と、心を引き締めて。
神に感謝を。八百万の神々と、異世界の良き神々へと奉る。
(「今年も良き縁に恵まれん事を」)
ひとつひとつ、結ばれるそれを大切に。人も神も、それは変わらずに。
また一年、大切に生きていこう。来年の自分に胸を張れるように。
「さ、新年のご挨拶に戻らんとな」
決意を新たに、凪紗は清々しい気持ちでこの一年に臨むのだった。
成功
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