異世界邂逅『モノノケカナン』
「……あれ?」
レッスンの帰り道。
いつもの道を一つ間違えて入り込んだ街は、記憶にない「匂い」がした。
ツインテールを揺らし、中津・水穂は辺りを見回す。
外観は普通の街だ。しかし些細な、だが決定的な違和感がある。
「よし……!」
その正体を探ろうと、水穂は歩みだした。レッスンの疲れも忘れるように。
その瞬間は、すぐ訪れた。
水穂の視界の上部が揺れる。高いビルから落ちてくる植木鉢。その先には散歩中らしき女性。
声を上げる余裕も、目をそらす余裕もなかった。落下する植木鉢が女性の頭を直撃する。そう思った。
その直前、女性が持っていたバッグから高速で「きゅうす」のような何かが飛び出した。胴体から生えた両手で落下する植木鉢を掴んで投げ捨て、恐ろしいスピードでバッグに戻る。
植木鉢が割れた音で周囲の視線が一斉に集まる。だが、謎のきゅうすに気づいた者はいないようだった。
「見ちゃったのね」
水穂のすぐ後ろから声がした。生意気そうな女の子の声。
「不思議な匂いがするのね。違う場所から迷い込んだのかな」
振り返ると、黒いワンピースの女の子が腕を組んで水穂を見上げている。
「たまにあるのよ。世界がつながっちゃうのが。いいよ、説明してあげる」
女の子はケイと名乗った。
すぐ近くの喫茶店でのことである。
「この世界にはモノノケがいるの。特別なご主人さまに大事にされてる道具やペットが化けた存在。さっきのきゅうすの子みたいにね」
紙ストローでジュースを吸いながら続ける。
「モノノケは腕や足を生やしたり、人間に化けたりするの。みんなご主人さまが大好き。ツンデレも多いけど。ご主人さまの近くで、トラブルに振り回されながら一緒に暮らしてるの」
不意に、女の子の視線が鋭くなる。
「いちばん大事なことを教えてあげる。モノノケの存在は人間には絶対に秘密なの。ご主人さまも含めて。またこの世界に迷い込んでも、モノノケのことは言わないで欲しいの」
「じゃあ、あなたも……」
ケイはうなずいて、伝票の裏に地図を書き込んだ。
「この道を行けば元の世界に戻れるの。もしかしたら、あなたと同じ存在がこの世界にもいて、モノノケやご主人さまかもしれないの」
この世界の名は【モノノケカナン】
そう言い残して女の子は去っていった。
二人分のジュース代を払い、水穂は自分の世界と変わらない空を見上げる。
またこの世界を覗きに来るのも面白いかもしれない。
成功
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