はじめて出逢ったのは、月冴ゆる冬の、夜の森であった。
あの日も、四喜彩の庭の社で。
白兎さん練り切りと茶をほこほこいただきながら満つる月を眺めていた、橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)であったが。
「……颯?」
てしてしっと手の甲に感じたのは、肉球のふにふに感。
顔を向ければ、朝焼け色をした風の子の桜色とぱちり視線が合って。
縞模様の尻尾をゆらゆら、小さな翼をぱたぱた……何かを訴えているようで。
にゃあと鳴いた颯は、ぴょこり冬の森を歩き出す。
ついてくるようにと促すように。
千織は首を傾げつつも薄桜彩の羽織を纏い、白雪の上の足跡を追って――そして、見つけたのだった。
もふもふな身体を丸めて動かない、一羽の鳥の姿を。
それからそうっと近寄ってみた、その時。
「…………」
千織はふと一瞬足を止め、橙の瞳を細めるけれど。
改めてまた数歩近づき、そして気付く。
「あら、怪我を……?」
傷を負い、飛べないのだと。
それほど酷い怪我ではなかったが、社で手当てをしてあげれば。
近寄りもしないが、遠ざかるわけでもなく。
社に満ちる温もりの中、じっと一晩、その羽を休めていた。
それから後も、森で姿を見かけることは幾度もあった。
たまに傷の経過を見ながら手当てして。颯とはそれなりに仲良しになったようだ。
でもきっとこの森に留まっているのは、まだ万全に飛べぬから。
けれど日に日に、飛ぶ姿を見かける時間は長くなって。
出逢った時と同じような、満月冴える夜。
傷が完治したことを確認した千織は告げる。
「これでもう、大丈夫ですよ」
だから――あなたの帰りたい場所に、お帰りなさい、と。
そして雄大に翼を広げ、月浮かぶ冬空へと飛び立つその姿を見送ったのだった。
その後、どこか寂しそうな颯を抱っこしてから。
あ……と、千織はお耳をぴこり。
「あの立派なもふもふを一度、触らせていただきたかったですねぇ……」
少しだけ名残惜しそうにゆうらり、尻尾を揺らすのだった。
それから、数日が経って。
きょろりと視線を巡らせ、千織はこてり首を傾ける。
「あらあら、帰り道はどっちかしら?」
用を済ませ、森の社へと立ち寄り、桜の館へと帰る……予定だったのだが。
聞こえてきた誘惑には勝てなかったのだ。
「よかった、苺猫さん大福が買えて!」
すれ違った人の、そんな声を聞いてしまって。
そして。
「……苺猫さん大福」
ふらり向かう方向を変えたのは、言うまでもない。
それから無事に大福は買えたものの――安定の迷子に。
けれど、困りましたねぇとは言いながらも。
ふわほわ、とりあえず歩いてみようとした、その時だった。
「……!」
ばさりと、眼前に舞い降りるもふもふ。
そう、それは。
「あなたは、あの時の」
怪我をして森に迷い込んだ、あの時の鳥であった。
そして再び翼を広げるけれど。
「あら、道案内してくれるのですか?」
自分の歩調に合わせ、ゆっくりと飛ぶその姿に紡いで。
導かれるままついていけば、無事に櫻森へと辿り着いて。
「ありがとうございます、また来てくれたのですねぇ」
千織はそうほわりと笑んでから、続ける。
いつだって遊びに来て構いませんし……いつでも、帰るべき場所にお帰りなさい、と。
けれど、あの夜のように、翼を広げて去る気配はない。
そしてその姿を見て――嗚呼、と。
千織は気付くのだった。
「……帰る場所が、ないのですね」
雪の中で見つけたあの時、微かに血の香りがした。
でも、敢えて気付かぬふりをした。
自分も……この森にも、糸桜のその奥に秘めたものがあるのだから。
いや、帰る場所は在ったのだろう。仲間の住む場所か、主がいたのかもしれない。
そしてあの時、一縷の望みを抱き、完治した翼で飛び立ったものの。
この子の帰る場所は、すでになかったのだろう。
けれど翼を広げれば、何処へだって行けるはずなのに。
この子は帰って来たのだ。この櫻森に。
だから、枝垂桜咲く月下の森で、千織は手を差し伸べる。
だってこれはきっと、華笑みの森のおもかげさまのお導き。
「共に、征きませんか?」
そう紡いだ刹那、月光纏った桜花弁が、雪の如くはらりと舞い吹雪いて。
ばさりと応える様に広げられた、雄大な翼。
魂の縁が結ばれた、瞬間であった。
それから、おいで、と改めて声向ければ。
「ふふふ、あらあら、本当は甘えん坊さん?」
もふっと擦り寄る感触に千織は瞳を細めて。
それから、じいと注がれる視線に気付き、ほわりと笑み咲かせる。
「あら、苺猫さん大福が気になるのかしら? ふふ、みんなでいただきましょうかねぇ」
そして嬉し気に尻尾振る颯に笑んだ後、千織は少しだけ、考える様な仕草をして。
八重桜や秋の月、そして冴ゆる夜……そんな気配纏う、もふもふな子へと紡ぐ。
……征きましょう、『 』――。
ふと自然と浮かんだ、この子の名を。
成功
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