……あのね。
嫌な夢を見たの。
あなたが私から離れていく夢よ。
すごく怖かった。
離れていったりなんか、しないわよね。
ずっと一緒にいてくれる?
……約束よ。
●グリモアベースにて
「第三層の魂人の方々の中に、死に別れた“第四層で今も生きている家族”の声が聞こえるという方が現れるようになったそうです。ですがグリモアの予知で見た彼は囚われの身で、窮地に陥っています。彼を助けるために、猟兵の皆様の御力を貸して頂けないでしょうか?」
そしてラフィエル・ホワイトエデン(白の楽園のエンジェル・f39153)は、その魂人の少年のことを話す。
彼の名は、トリスタン。
第四層で「闇の救済者」の一員だった14歳の少年だ。
だが闇の種族との戦いの中で力尽き、命を落としてしまう。
しかし彼はそこで生涯の幕を閉じたわけではなく、第三層にて魂人へと生まれ変わり、程なくして、彼は囚われの身となった。
枯れることのない千花繚乱の花々を咲かせ、永遠の孤独を抱える少女――ミルフィオリ。
常夜の花畑にて“あおの瞳”を持つ者達を囲うこの少女と出逢い、見初められたからだ。
トリスタンの瞳も美しい“あお”。
教会の神父様の息子で、どんな人にも手を差し伸べる優しい彼を、ミルフィオリは気に入っていた。
永遠に満たされることのない孤独を抱えて、トリスタンに御話する日々。
トリスタンはいつも優しく、ミルフィオリを慰めていた。
しかし転機は突然訪れる。
トリスタンは遠くに居るはずの家族の声を聞いたのだ。助けを求める声を……。
「第四層で“闇の救済者”の一員として砦を築き戦っているご家族が、いままさに敗北しようとしかけています。なのでトリスタンさんは、ミルフィオリさんの元から離れる御決心をなされ、ご家族の元に駆け付けようとしているんです。どうか彼を救い出し、彼のご家族のことも救ってあげてください」
ラフィエルは彼らの救済を願いながら、猟兵達を現場に送り届けるのだった。
●常夜の花畑にて
『どうしてなの、トリスタン。どうして出て行こうとするの……?』
植物で雁字搦めにしたトリスタンの目を見つめて、ミルフィオリは問い詰めた。
「家族を救いたいんだ。家族が助けを求める声を聴いた……。手遅れになってしまう前に、僕は第四層に戻りたい」
『……っ!』
ミルフィオリは頭に血が昇って、トリスタンの頬を強く打った。
痛々しい音が花園に響き渡り、片隅で様子を窺っているあおの瞳を持った魂人達が震えている。
――ミルフィオリには逆らわない。
それがこの花園での暗黙の了解だ。
大人しくミルフィオリに従ってさえいれば、痛い目に遭うことは稀だ。
魂人とは言えど、無邪気に他者の命を摘むような少女の傍に居ることは恐怖との隣り合わせなのだが。
それでも逆らった者達の末路に比べれば、まだマシと言えるだろう。
だからこそ魂人達は心配そうにトリスタンを見守り続けていた。
『嘘よ! だってずっと一緒にいたじゃない! 家族の声なんて、聴こえるわけないわ!』
確かにトリスタンは、ずっと常夜の花畑に囲われていた。
ミルフィオリが言うように嘘だと思うのも仕方が無い。
――けれど本当に聴いたのだ。
家族が今、苦しんでいる声を。
トリスタンは家族のことが何よりも大切だった。
彼が命を落としたのだって、家族を守るため。
もしも家族の身に危険が迫っているのだとしたら、助けに行きたいのだ。
『お願いよ、トリスタン。私にこんなことをさせないで。“此処にずっと居る”と言って……!』
しかしトリスタンは、首を横に振り、花園から出ることを望んだ。
「何があろうとも僕の気持ちは揺るがないよ。ごめんね」
『そんなこと……言わないで……』
ミルフィオリは俯きながら両手で顔を覆って、小さく肩を揺らして泣いた。
その姿を見て、つい情が沸いてしまう心の隙にミルフィオリの花は咲く。
トリスタンの身体から溢れる程咲き誇る花々は、トリスタンが秘めていた気持ちを暴いた。
……僕は、ミルフィオリが好きだ。
純粋で、無邪気で、孤独なミルフィオリ。
もうずっと前から、君を愛しく思うようになってしまった。
生まれてしまったこの感情を、いまさら捨て去ることもできないけれど。
それでもこの初恋は、此処に置いていかなければならない。
愛田ここの
こんにちは。愛田ここのです。
ダークセイヴァーの新フラグメントにビビッと来て、勢いで書きました!
おそらくゆっくりめの進行で、再送をお願いすることもあるかもしれません。
タイミングによって連携描写となることもあります。
連携不可の場合は、『◆』を記載してください。
●第一章
ミルフィオリとの戦闘です。
強敵ですが、倒すことは絶対条件ではありません。
トリスタンを守りながら、常夜の花園から脱出できれば成功となります。
トリスタンにとって唯一の初恋の人でも、ミルフィオリにとってはお気に入りの中の一人。逃げ切ってしまえば、諦めてくれます。
ミルフィオリの弱点は、『孤独』。
長い間囚われていたトリスタンはこの弱点を熟知していて、猟兵達もトリスタン達のやりとりや空気から、そこはかとなく伝わることでしょう。
さらに、猟兵達からの孤独なミルフィオリへの投げ掛け(優しいものでも、突き放すものでも)も、心に刺されば僅かに隙が生まれることでしょう。
ミルフィオリを倒すつもりのプレイングでも、結果が叶わない可能性も御座います。ご容赦くださいませ。
●第二章
上層と下層を繋ぐ、困難な道を通ります。
その道は遠くから歌が聴こえ、方向感覚が狂い、やがては前後不覚に陥り動けなくなります。
さらに魂人のトリスタンが居る事により、おそるべき「見えざる禁獣」にも目を付けられているようです。
ミルフィオリへの恋を引きずり、心に迷いのあるトリスタンと一緒に、突破を目指しましょう。
●第三章
第四層にて、トリスタンの家族が「闇の救済者」の一員として砦を築き戦っている最中です。
しかし、敗北が目の前にある状況です。
彼らに協力し、敵を殲滅しましょう。
●備考
遅筆な為、再送をお願いすることもあるかもしれません。すみません。
アドリブも多い方です。苦手な方は冒頭に『×』を記載お願いします。
ご参加楽しみにお待ちしております。
第1章 ボス戦
『千花繚乱『ミルフィオリ』』
|
POW : これでわたしたち、ずっといっしょね!
対象に【記憶や想いを苗床に咲く花】を生やし、自身とのテレパシー会話を可能にする。対象に【己と共に居たいという強い感情と思考力低下】の状態異常を与える事も可能。
SPD : ねえ、お腹空かない?おやつにしましょう!
【声、視線】が命中した敵に、「【食べられたい/食べ尽くしたい】」という激しい衝動を付与する。
WIZ : あなたの瞳、きれいね。わたしにちょうだい!
対象にひとつ要求する。対象が要求を否定しなければ【視覚と強く心に残る光景】、否定したら【聴覚と大切な歌や言葉】、理解不能なら【そのどちらも】を奪う。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「ルーシー・ブルーベル」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
永遠の夜が続く空の下。
かぐわしく心癒す千の花の香り。
どんな花よりも可憐に佇むミルフィオリは、トリスタンの手を繋ぎながら目を潤ませる。
『トリスタン。ずっと一緒に居てくれるって、言ったでしょ? 約束……守ってよ。ね……――?』
少年の恋心を苗床にして爛漫と咲溢れる花達は、ミルフィオリとずっと一緒に居たい恋心を思い出させる。
それでも家族を助けたいという想いに揺るぎはないが、延々と花を咲かせられ続けたらどうだろうか。
脳内に直接テレパシーを送り続けられれば、どうだろうか。
思考力を奪われて無気力となってしまえば、花園から脱出できるような状態ではなくなってしまうかもしれない。
トリスタンを無事に脱出させる為には、なるべく気を逸らさなければならないようだ。
そしてミルフィオリは、トリスタンが自分の意思で残ってくれるものだと信じているらしい。
だからミルフィオリはトリスタンに“お願い”はしても、“要求”はしない。
――だが自分から|トリスタン《お気に入り》を奪おうとする|猟兵《あなた》には……?
可憐で邪悪な幼邪神に、心してかかる必要があるだろう。
――――――――――――――――――――
【大切なもの】を、わたしにちょうだい。
――だってそれはあなたの宝物。
あなたから奪ってわたしのものになれば、わたしの心は慰められるもの。
――――――――――――――――――――
●ミルフィオリの要求について
ミルフィオリに要求させることで、トリスタンから|猟兵《あなた》へ意識を向けることができます。
ですがその犠牲として、大切なものが奪われてしまうでしょう。
(要求の例)
『トリスタンを返して!』
『あなたの心に残る思い出を聞かせて?』
『あなたも私と一緒に居てくれる?』
◇プレイングには要求の内容を書かず、否定したか否定しなかったかだけを書いて頂いても構いません。
否定しなければ、【視覚と強く心に残る光景】を。
否定すれば、【聴覚と大切な歌や言葉】を。
分からなければ【そのどちらも】を奪われてしまいます。
視覚と聴覚は幸いにも軽症で済んだようで、いずれの場合も、第二章に進む頃には元に戻ることでしょう。
ですが【強く心に残る光景】と【大切な歌や言葉】は、失われたままシナリオ完結となります。
ですがどうか、これからも続く冒険と物語の中で、いつか絶対に取り戻してください。
抜き取られてしまった思い出を、きっと魂は憶えている筈です。
そしてその時はより鮮明に、眩しく輝いて、魂とより深く結び付くのだと思います。
◇他のMSさんのノベル発注やシナリオ参加する際に大切なものを取り戻す時は、MSさんへのご迷惑やトラブルを避けるため、今回の依頼の情報は一切出さず、『忘れていた思い出が甦るシナリオ』として参照が全く必要ない形式でお願いします!
◇私へのノベル発注やシナリオ参加で大切なものを取り戻す際は、愛を込めて喜んで書かせて頂きます!
――――――――――――――――――――
助けに行かなくちゃ。
助けに行かなくちゃ。
助けに行かなくちゃ、
僕の家族は……!
トリスタンは植物で雁字搦めにされた状態のまま、思い通り動かない体と心に悔しさが溢れる。
神よ、と祈りを捧げた時。
目の前に現れたのは――――――。
※補足※
◇上記に書いた『大切なものを取り戻す』というのは、“ミルフィオリから取り戻す”という意味ではありません。
何かのきっかけで、シナリオや、旅団や、フレンドさんとの交流を通して、いつか思い出して欲しい、という意味でした。混乱させてしまってすみません。
◇あとそれから、『(大切なものを)失われたままシナリオが完結する』と書きましたが、家族・大切な人との【光景・歌・言葉】なら、第三章で取り戻せるきっかけがあるかもしれません。二転三転してしまって、すみません。
ノイ・フォルミード
◆
此処にも花畑があるなんて…
花というのは本当に強かだ
ううーん
君ってルーに似ているからやり辛い
ほら、僕が持っているこの人形
金の髪に青い目で、似てるだろう?
え!?ルーが欲しい?
駄目、だめだめ!!
これは宝物で
大好きな女の子の写し人形
君にはあげられないよ
ブツッとオフ音と共に
暗転する視覚センサー
これは、ハッキングの一種?
メモリーのスキャン結果
あの子の笑顔と好きな花の記録の喪失
…どうして、こんな事をするの
それで君の孤独は本当に癒えるのかい
カラーコード:アートルム
眼孔からミルフィオリへレーザーを放つ
もし彼女をひるませる事が出来たなら
その間にトリスタンとの間に割り入り
鍬で彼を捕らえる植物を断とう
大丈夫かい?動ける?
今のうちに、さあ
彼をまた捕らえようとするのならば庇おう
可憐な姿
欲しいものを素直に望んで
捕らえて、囲って
花が咲くとは正にこういう事だと思う
その無邪気さは愛らしいと思う、けど
君は寂しいを知っているんだね
僕も知っているよ
嫌という程
だから分かるんだ
こんな事をしていたら
君はもっと独りになってしまうよ
――此処にも花畑があるなんて…。
花というのは本当に強かだ。
夜と闇に覆われた世界で、枯れることのない永遠の命を与えられた花達が、美しく咲き誇っている。
そんな|闇の世界《ダークセイヴァー》の幻想的な花畑で佇むのは、可憐な少女と儚い少年。
ふたりは手を繋いでいるが、少年は少女に囚われていた。
溢れるほどの花を咲かせつつ、植物で雁字搦めにされているトリスタンは、突然眼の前に現れた“彼”に訊ねる。
「あなたは……?」
そして彼――ノイ・フォルミード(恋煩いのスケアクロウ・f21803)は、トリスタンに眼を向けて、此処に己が立つ理由を話した。
「やあ初めまして、トリスタン。僕はノイ・フォルミード。君を助けに来たんだ」
トリスタンは、はっとした。一度は絶望に染まり掛けていたその瞳に、一筋の希望の光を灯して。
けれどミルフィオリは、張り詰めた緊張感で場を満たしていた。
「あなた、トリスタンを奪いに来たの? ……だめよ。トリスタンはわたしと此処にいるの。何処にも行かせたりはしないわ」
ミルフィオリはただでさえ、トリスタンが自分から離れていくような気がして、気が立っていた。
取り巻く植物もノイを敵と見做して、にじり寄ってきている。
だがノイはというと、ミルフィオリに複雑な心情を抱いていたのだった。
「ううーん。君ってルーに似ているからやり辛い」
「ルー?」
「ほら、僕が持っているこの人形。金の髪に青い目で、似てるだろう?」
そう言って、ルーを見せるノイ。
ミルフィオリはルーを見ると、ぴたりと止まった。
「なんて可愛い子。それに、綺麗な|あ《・》|お《・》の色ね」
ミルフィオリは、“あおの瞳”に特別な想いを抱いていた。常夜の花畑で囲っている魂人達もみんな“あおの瞳”。
ミルフィオリがルーを見初めて、手に入れたいと思うのは必然だったのだろう。
「わたし、ルーが欲しいわ。その子をわたしにちょうだい」
「え!? ルーが欲しい?」
ミルフィオリは両手を差し出して、「ね、いいでしょう?」「わたしにちょうだい」と何度もノイにねだる。
だがノイは首を横に振りながら後退った。
「駄目、だめだめ!! これは宝物で、大好きな女の子の写し人形――君にはあげられないよ」
ノイにとってルーは大切な女の子。
けれどそんなに大事な子だというのなら、ミルフィオリは益々興味が沸いてくる。
「……なら、視るだけでもいいわ。|視《・》|る《・》|だ《・》|け《・》|な《・》|ら《・》|良《・》|い《・》|で《・》|し《・》|ょ《・》|う《・》?』
ミルフィオリは無邪気な少女のように口許を緩めて、首を傾げた。
「ルーを見るだけってことかい? それぐらいなら……」
構わないけれど、と答えた直後。ブツッ――――とオフ音が鳴ってノイの視界が暗転した。
何も見えない闇の中。
ミルフィオリの声が、聴こえてくる。
「ありがとう。なら視せてもらうわね。|あ《・》|な《・》|た《・》|の《・》|心《・》|に《・》|残《・》|る《・》|光《・》|景《・》を――」
ノイは嫌な予感に襲われて、不安が募る。
(「視覚センサーが反応しない……それに今、|何《・》|か《・》|さ《・》|れ《・》|た《・》|気《・》|が《・》|す《・》|る《・》。これは、ハッキングの一種?」)
ノイは、すぐに全身のスキャンをかけた。
どうやらメモリー内に問題が起きた形跡がある。
更に詳しい解析を進め、問題の特定を急ぐが……その結果、信じられない事態が起きていたことが判明したのだった。
「え……?」
――あの子の笑顔が消去されました――
――好きな花の記録が消去されました――
ノイがショックを受ける様子を見て、トリスタンは事の重大さに気付く。
「まさかミルフィオリ……彼に何かしたのか?!」
だがミルフィオリに悪怯れる様子はなく。
そればかりか、ノイの心に残る光景の記録に囲まれて、幸せそうに目を細めていた。
「お花はわたしも大好きよ。大切に育てていたのね。きれいだわ……」
それは好きな花の記録だった。
心を癒やしてくれた、愛おしくて特別な記録だった。
そして、奪われたのはもう1つ。
「なんて愛らしい子。……あなたのことが大好きなのね」
最後に来たあの子――
まだ幼いのに独りでやってきた|あ《・》|の《・》|子《・》|の《・》|笑《・》|顔《・》が、ノイの心から喪失してしまったのだ。
……大好きな君の笑顔も忘れてしまうなんて。
何度メモリーを覗いても結果は同じだった。
|好《・》|き《・》|な《・》|花《・》|の《・》|記《・》|録《・》と|あ《・》|の《・》|子《・》|の《・》|笑《・》|顔《・》だけが綺麗に抜き取られて、空っぽになっていた。
ノイは、思い出したくても思い出せない事実に胸が詰まり、心が押し潰されてしまいそうで、悲しみが溢れ出す。
「…どうして、こんな事をするの。それで君の孤独は本当に癒えるのかい」
大切なメモリーへの深刻な侵入を受けてしまったノイは秘めた力を解放するように、ミルフィオリに向かって眼孔からレーザーを撃ち放った。
「きゃ……!」
ミルフィオリは受け身を取ったが貫かれ、トリスタンの傍から押し出される。
こうして生まれた一瞬の隙に、ノイは二人の間に割って入り、トリスタンを捕らえる植物を鍬で断った。
「大丈夫かい?動ける? 今のうちに、さあ」
解放されてよろけたトリスタンに、ノイは手を差し伸べる。
トリスタンも、差し伸べてくれたノイの手を取ろうとするが――。
「駄目よ! 行っちゃダメ……!」
ミルフィオリは植物を向かわせて、トリスタンに襲いかかった。
ミルフィオリは可憐な少女の姿だが、ダークセイヴァー上層のオブリビオン。
トリスタンでは力の差がありすぎる上、それも|常夜の花畑《ミルフィオリのフィールド》であるなら尚更、追い込まれるまであっという間だった。
四方八方から蔓が伸びてトリスタンを取り囲み、身動きを取れなくしてから一気に畳み掛けられる。
だが蔓が捕らえたのはトリスタンではなく、トリスタンを庇って逃がし、身代わりとなったノイだった。
「ノイさん……!」
蔓で雁字搦めにされて拘束されたノイを見て、トリスタンは青褪める。
「今の内に、逃げて!」
「で、でも……!」
「僕なら大丈夫だから」
トリスタンは戸惑っていたが、ノイに諭されたことにより、決心して。
ノイに深く頭を下げ、ミルフィオリから逃げるため必死に常夜の花畑を駆けていく。
一方ミルフィオリはというと、トリスタンを捕らえ損ねてしまった為追いかけようとしていたが、気が変わったようだ。
「まぁいいわ。トリスタンのことは、どんなに逃げたって、絶対に捕まえてあげるもの。でもその前に……あなたが折角捕まってくれたものね。いらっしゃい、ルー。今日からわたしと一緒に過ごしましょう?」
ミルフィオリは、捕らえることができたノイの手元にあるルーへ、無邪気に手を伸ばした。
今日から自分のものになるのだと疑わず、ご機嫌な様子で。
だが、ノイは両腕で抱え込んでいるルーを絶対に離さなかった。
「……!?」
ミルフィオリは驚いてルーを無理矢理引っ張ろうとするけれど、引っ張ることすら困難なぐらい、ノイは全ての力を懸けて大事に守りながら語り掛ける。
「君は寂しいを知っているんだね」
「え……?」
花のように美しい可憐な姿。
欲しいものを素直に望んで、捕らえて、囲って。
花が咲くとは正にこういう事なのだろう。
その無邪気さは愛らしいと思う、けど――。
「|僕《・》|も《・》|知《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|る《・》|よ《・》、嫌という程。だから分かるんだ。こんな事をしていたら、君はもっと独りになってしまうよ 」
ルーを奪おうとするミルフィオリに、ノイは哀しそうに伝えた。
どんなに強く蔓に締め付けられようと、ルーだけは、ルーだけは離さないと、揺るがなかった。
ミルフィオリは心が動揺して、段々泣きそうな顔になっていく。
「そんなこと、ない……。わたしは間違ってない!!」
いつまでも満たされない孤独な心を見透かされてしまったミルフィオリは、ノイから再び思い出を奪おうとした。
そうすることで自分の心は癒されているのだと、彼と、自分自身に証明するために。
「今はなにも……|言《・》|わ《・》|な《・》|い《・》|で《・》……」
悲しそうなミルフィオリを見て、ノイが承諾をした時。
ミルフィオリは再びノイのメモリーへと侵入した。
心に残る光景を捕まえて、手に入れさえすれば、彼の思い出に浸れるのだとミルフィオリは確信していた。
きっとそれは、温かくて幸せな光景なのだろう、と。
しかし実際に流れ込んできた光景を見て、ミルフィオリは目を見開くのだった。
――――――――――――――――――――
その光景には誰も居なかった。
あの子も、友達も、何もかも――。
此処に居るのは、ただ自分ひとりで…………、
――――――――――――――――――――
(「――ああ。僕はまた、|メ《・》|モ《・》|リ《・》|ー《・》|を《・》|奪《・》|わ《・》|れ《・》|て《・》|し《・》|ま《・》|っ《・》|た《・》|よ《・》|う《・》|だ《・》。」)
だがそれは完全ではなく、ほんの僅かな一部分。
そしてあの子の光景ではない事が確かだった。
完全に奪われたわけではないこのメモリーは、思い出そうと思えば、今すぐにでも思い出すこともできるのだろう。
でも、今は……。
ノイは拘束を解く為に力を振り絞り、植物を引きちぎった。
そして自由の身となると同時に、微かに視界がひらけていくのを感じた。
どうやら不安定ながら視覚センサーが復旧しかけているらしい。
その時ミルフィオリは、固まっていた。
自分が植物の拘束を解いたのに反応が何もなく、ただただ放心していたのだ。
ミルフィオリの様子を見て、ノイは気に掛けてしまうけれど――。
トリスタンを追いかけて、この場を後にするのだった。
大成功
🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
【彩夜】*真の姿
ゆぇパパ、なゆさん
何かヘン
彼女の姿、瞳を見てると
全身の血がざわざわする
そう
貴女が昔、初代様が出会った神様ね
貴女から預かったほんの一片の力
それだけでわたしの一族は歪んだんだ
お父さまも
おじい様も
そのお母さまも
みな親喰らい!
…でも
貴女の纏う孤独は
嘗ての己と同じ
ゆぇパパや、なゆさん
皆に出会う前
独りぼっちの家しか知らない頃に
貴女の求めに
応とも否とも言わない
視界と音が消える前に
貴女と手を繋ぐわ
独りは寂しいね
けど本当に貴女は一人?
わたし達はね
忘れた事は無かったよ
初代様との出会いを表す
青が狂い咲くステンドグラス
亡き義母から聞いた
寂しがり屋の幼い神様のうた
光景も歌も、貴女を伝えてきたもの
全部をあげる
目も耳も閉じた世界
でも確と感じる
お二人も何か失くしているだろうに
ゆぇパパが護ってくれて
なゆさんとイルルさんが背を押してくれている
思わず笑む
必ず応えるわ
独りじゃないって
こういうこと
『青金石』
今度はわたしが貴女を求めるよ、ミルフィオリ
此方においで
わたしの裡に
一緒にいてあげる
だから彼は帰してあげよう?
朧・ユェー
【彩夜】
暗く冷たい場所
常夜の第三層
二人とも大丈夫ですか?
ルーシーちゃんがいつもと違う反応する
視線を向ける
金髪に美しい蒼い瞳
僕は見た事がある、何処か吸い込まれる様な魅力的な
この子と似ている?
嗚呼、彼女が…この娘の…
ルーシーちゃんの家の神様
娘を苦しめる、そして奪おうとしている者
ふふっ、お逢い出来るとは思いませんでした
君の要求は何?
君は孤独なのかい?
一人は淋しいでしょうねぇ
でも今ならわかります
あの館に訪れなかったら僕もそうなっていたかもしれませんから
二人と出逢った場所、僕の帰る場所
奪われたとしても大丈夫
きっと二人が僕の手を引き、あの場所に連れて帰ってくれるから
『嘘喰』
前へと歩み
二人は僕にとって大切な人
僕よりも強く、でも護りたいと願った人達
想いは奪わせない、二人を傷つける事もさせない
君の夢は想いはまやかし
その嘘は喰べてしまいましょう
七結ちゃん
とても強く頼りになる子
そんな傍にイルルちゃんは皆さんの心の支え
彼をお任せします
ルーシーちゃん
誰よりも頑張り屋で優しい子
さぁ、貴女の真実をあの子に渡してあげて
蘭・七結
【彩夜】
此処が、常夜の第三層
わたしたちが住まう夜の世界よりも昏くて
とても侘しくて、冷たい場所だこと
金糸の髪に、あおい彩の眸
幼い少女のかたちをしているようで
その眸の奥を眺めたのなら
深い場所へと吸い込まれてしまいそう
彼女は、もしかして――
ルーシーさんと類する姿かたち
彼女の御実家の……
ブルーベル家の歴史に関わる、神様
孤独は哀しい
ひとりきりは、とても寒い
あなたの要求は何かしら
空のあなたをの裡を満たせるのならば
わたしの心に浮かぶ景色を――
天蓋の青が咲く花畑の記憶を委ねましょう
大丈夫
あなたたちとならば、また
幾度だって思い出せるでしょうから
冬が過ぎ去れば春がやって来る
来たる年もあの景色を視ましょうね
わたしと、共に在るふたりと
馴染みの深い彼女を喚びましょう
わたしたちを繋いだ骨翼を持つ白蛇を
『白連の御遣』
――お出で、イルル
わたしたちに力を貸してちょうだい
イルルを通してふたりに力を委ねましょう
ユェーさん、逃避の道筋を拓くわ
彼のことはわたしたちに任せて
ルーシーさん
彼女とふたりきりでお話を
あなたの心のままに、ね
……あのね。
ずっと忘れたことなんて、なかったわ。
お父さまも、おじい様も、そのお母さまも……。
きっと、初代様だって。
貴女を忘れたことなんて無い。
わたし達はずっと覚えていたわ。
いつまでも、いつまでも。
貴女を……。
* * *
月も星も、陽の光も何もなく、冷えびえとした空気が重たく沈み込んで、永遠の常夜が世界を覆っていた。
ただ肌寒いだけではない。
身体の底から凍えるような悪寒が、身も心も震わせる。
「二人とも大丈夫ですか?」
朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)が、ふたりのことを気にかけて声を掛けた。
蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は、彼に頷いたが、むせ返りそうな程の悪意に満ち満ちた世界に居心地の悪さを知覚する。
「ええ。ただ、わたしたちが住まう夜の世界よりも昏くて。とても侘しくて、冷たい場所だこと」
この世界に慈悲はない。
救済もなければ、幸福なんてものはない。
それが、ダークセイヴァー上層の|常《・》|夜《・》|の《・》|第《・》|三《・》|層《・》――。
あるのは無限に続く苦しみと、絶望のみだ。
しかし、そんな常闇の世界でありながら、目の前に広がる花畑はなんて綺麗なことか。
永遠の命を与えられた花々の美しい彩は、まるで夜の灯り。
純粋無垢に、花として咲く喜びを謳歌しているかのようだった。
そして群生する花々の中心に、可憐な少女が居た。
まるでひとり世界に取り残されたかのような深い孤独を背負っている、寂しげな横顔がこちらを向く。
ユェー達は少女を見た瞬間に、驚かずにはいられなかった。
少女が持つ月のように綺麗な金髪を、美しい蒼い瞳を、ユェーは見た事があったのだ。
何処か吸い込まれる様な魅力的な……。
――この子と、似ている?
誰よりも頑張り屋で、優しくて、大切なこの子に。
ユェーは隣に立っているルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)に視線を向けた。
「ゆぇパパ、なゆさん。何かヘン。……全身の血が、ざわざわする」
ルーシーは、青と金の双眸に不安を滲ませ、思わず首をすくめる。
そして、少女の姿や瞳を見つめれば見つめる程、あおの左眼がやけに疼いていた。
胸が騒いで、苦しくて。腕に抱えていた蒼いうさぎのヌイグルミをぎゅっと抱きしめる。
ユェーと七結は、そんなルーシーの傍に立ちながら、少女への警戒を続けていた。
「……彼女の姿も、瞳も、ルーシーちゃんによく似ているみたいですね。彼女に見覚えは?」
ユェーが尋ねると、ルーシーは首を横に振った。
「ううん。でも、何処かで会った事がある気もしているの」
確かな自信はないけれど、と続けるルーシー。
七結も少女にルーシーの面影を感じつつ、よく目を凝らしていた。
その眼差しは慎重に、少女の様子を窺っている。
「ふしぎね。本当にルーシーさんによく似ていらっしゃるもの……」
金糸の髪に、あおい彩の眸。幼い少女のかたちをしているようで、その眸の奥を眺めたのなら、深い場所へと吸い込まれてしまいそうな――……魅力的な美しいあおの彩を持つふたり。
決して無関係だとは思えぬその姿。
そして七結には心当たりがひとつ。以前、ルーシーから聞いた事があったからだ。
ブルーベル家がいつの日か逢わなければならないという、宿命の相手の話を。
(「彼女は、もしかして……」)
一方、少女は――……。
三人の人影に気付いて顔を向けたその瞳は、孤独で虚だった。
だがルーシーと目が合った瞬間に、失われていた光が戻ってくる。
なぜならルーシーの左眼は美しいあおだったから。
それは、理想とする色。懐かしい色。なによりも愛しい色。
遠い遠い昔の記憶が蘇り、思い出すのは嘗て心を癒した人――……。
少女はルーシーの瞳の色を狂おしい程求めて、思わず無意識にある人物の呼び名を呼んだ。
「“ ”……?」
その名はルーシーの名前ではなかったけれど、知らない呼び名でもなかった。
少女が誰のことを呼んだのか――……点と点が繋がった時、ルーシーはハッとしてすべてを悟る。
少女が何者なのか。
なぜ、彼女を見ると血がざわついてしまうのか。
その答えを確信したのだ。
「……そう。貴女が昔、初代様が出会った神様ね」
――貴女の名は、ミルフィオリ。
ただ歴史ばかりが長いダンピールの元上流貴族にして既に没落して数代経ているブルーベル家が、初代の頃から奉り続けていた青い花神様。
初代が授かった青い花神の欠片を奉り、誇りとし、軈て縋りつく。そんな一族の大人達に辟易するものの見捨てられず、此処まで歩んできたからこそ。
元凶たる花神様には、いつか逢わなければと思っていた。
ブルーベル家の後継者――の、身代わりである|わ《・》|た《・》|し《・》が。
でも、まさかこんなところで会えるなんて。
こんなに冷たい処に居たなんて。
出会えた事が嬉しくも在り、悲しくも在る。ふしぎな気持ちの、宿命の邂逅だった。
対してミルフィオリは、体が震えそうなほど喜びが込み上がって、愛に満ちた視線をルーシーに注いでいた。
「驚いたわ……。あなたは、あの人の――……? ルーシー……というお名前なの? わたしもそう呼んでもいいかしら」
愛しい愛しいブルーベル。
――こうしてあなたと出逢えたことに、運命さえ感じてしまうわ。
けれどルーシーが独りきりではなかった事に気が付くと、顔色はどんどん曇って、寂しさを滲ませていく。
「ルーシー。その方達は、どなた……?」
ユェーはミルフィオリと目が合うと、口角を緩めて微笑みながら挨拶した。
「初めまして。ルーシーちゃんの家の神様ですね。ふふっ、お逢い出来るとは思いませんでした」
――嗚呼、彼女が…この娘の…。
初めて出逢った気がしなかったのは、其の為だったのか、と。
頭の中ではルーシーから聞いた神様の話を思い出す。
淋しがりやで、無邪気な花の神様。
娘を苦しめる、そして奪おうとしている者。
彼女が誰であろうとも奪わせるつもりはないけれど――……ルーシーがずっと気に掛けていた神様だ。
「あなたがルーシーさんの御実家の……ブルーベル家の歴史に関わる、神様」
七結も、少女の正体を見抜いていたとはいえ、確信に変わると心が震えた。
ミルフィオリは無邪気な少女らしさを残す可憐な姿だが、人ならざる者の神聖な空気を纏っている。
人智を超越する計り知れない何かが、人を恐怖させ、ただ存在するだけで周囲を冷え込ませているようだった。
さらに花園は聖域のような空気感があり、多くの人はあまり長居したい場所とは言えないだろう。けれど七結の決意は固かった。ブルーベル家の長年の因縁を彼女が決着へと結ぶまで傍に居よう、と。
それはユェーも同じ気持ちだった。
彼女を護り、彼女が果たす決着を見届け続ける、と。
そして立ち向かうと決めたのならば、常夜の花畑の支配者たる神様の脅威が、三人の体に沁みるように襲った。
「あなた達はルーシーの大切な人達ね。分かるわ。だってルーシーの心が満たされているもの……」
ルーシーの胸には、いつの間にか蒼い花が咲いていた。
蒼く、美しく、たくさんの温もりを知ったルーシーの心を苗床にして咲いていた、綺麗な花が。
(「この花は一体……?」)
ーー……ルーシー。
「わっ」
ルーシーはどこからともなく語り掛けられる声に、びくっとする。
花を通して、ミルフィオリの声がルーシーだけに直接届けられ、ふたりはテレパシーで会話ができるようになっていた。
ーーふたりともルーシーのことを守ろうとしてる……素敵な方達ね。
ユェーや七結にとっては、無意識だったかもしれない。
気が付くと、ユェーも七結もルーシーを守るように傍に立っていた。
(「そうね。ふたりとも優しくて、すてきな人達よ」)
ーールーシーも、ふたりのことが大好きなのね。
そう言われると、ルーシーの頬が照れて紅色に薄く色付く。
(「うん……。とてもとても、大好きだわ」)
ユェーは、父親と慕う大切なひと。
七結は、歩む力をくれる道標 。
ふたりともかけがえのない大事なひとたちだ。
しかしミルフィオリの一言で、一気にルーシーの背筋が凍りついた。
ーーでも、そんなのずるいわ。
(「え……?」)
ーーわたしは寂しくて。
ーーあなたは満たされていて。
ーーずるい。ずるい……。わたしだって、そのぬくもりが欲しい――……!
ミルフィオリの嫉妬が深く深く、重く伸し掛かる。
ルーシーは、おそるおそるミルフィオリの顔色を窺った。
するとミルフィオリは、寂しそうに微笑む。
そんなふうに健気で無害そうな雰囲気を備えているのが、ルーシーは却ってぞくっとした。
ミルフィオリは美しく可憐な花。でも其の本質は、ただ己の孤独を厭い、他者の命を摘み、傍置く――。
純粋無邪気ゆえの邪悪花。
枯れぬ千花咲かせ、永遠の孤独を抱える幼邪神だ。
ルーシーはミルフィオリが恐ろしいことを、身を持って知っていた。
なぜなら、ミルフィオリから預かったほんの一片の力……それだけでルーシーの一族は歪んでしまったのだから。
――お父さまも おじい様も そのお母さまも
――みな親喰らい!
ルーシーの中で今迄の過去や、思い出す事が溢れ、様々な感情が渦巻いて俯く。
怖い、悲しい、くるしい。
…でも、ミルフィオリの纏う孤独は、嘗ての自分と同じ。
ユェーや、七結、皆に出会う前の、独りぼっちの家しか知らない頃に味わっていた孤独とよく似ていた。
だから彼女の気持ちは痛いほど分かる。
寂しくて、満たされたくて。人のぬくもりが恋しいのだ――……。
「ルーシーの大切なあなた達。あなた達は今までルーシーのことを癒していたのでしょう? ならわたしのことも癒してよ」
ミルフィオリの願いは、己の孤独を癒やすことだった。但し、その方法は|奪《・》|う《・》|こ《・》|と《・》。
――だってそれはあなたの宝物。
あなたから奪ってわたしのものになれば、わたしの心は慰められるもの。
そう話すミルフィオリに、悪気なんて一切無い。無垢な双眸が、ユェーと七結を見つめていた。
「そんな……! ふたりの大切なものを奪わないで、ミルフィオリ……!」
ルーシーはふたりへの要求を聴いて拒んだ。
だがミルフィオリは両手を差し出して、花のように綻ぶ笑顔を浮かべながら捧げ物を乞い願う。
「もう遅いわ。ふたりの大切なものはわたしのものになるの」
ルーシーはくらくらと眩暈がする感覚に陥った。
けれど軽やかな靴音と共に、七結が一歩前へと踏み出す。
「なゆさん……?」
七結の身を案じるルーシーに、七結は優しい眼差しを注ぐ。
「大丈夫よ。あなたたちとならば、また、幾度だって思い出せるでしょうから」
心彩は鮮やかに、常夜に在りて優しく灯る――。
ふたりの絆は万彩。
そして彼との絆は月暈。
あなた達との思い出は全部かけがえのないもの。
……でもいつか、必ず取り戻してみせるから。
七結はルーシーとユェーに約束して、ミルフィオリに微笑みを浮かべた。
「あなたの要求は何かしら」
「あなたの心に残る、大切な光景を。いつまでも永遠に刻まれる筈だった美しい実感を、わたしにちょうだい」
「えぇ、わかったわ。空のあなたの裡を満たせるのならば、わたしの心に浮かぶ景色を委ねましょう」
孤独は哀しい。
ひとりきりは、とても寒い。
心が冷え切っているミルフィオリに、七結は大切な光景を捧げた。
抜き取られていく瞬間に、記憶の蝶がミルフィオリの元へと旅立っていく。
いつも心の傍に在った、天蓋の青が咲く花畑の記憶を連れて――。
(「冬が過ぎ去れば春がやって来る。来たる年もあの景色を視ましょうね……。」)
深く刻まれていた思い出は、次の瞬間にはもう失われてしまうのだろう。
けれど、またいつか。
――|記憶の蝶《あの子達》が自分の胸に戻ってくると信じて。
七結の視界は霞んで、緩やかに閉ざされていった。
そして思い出をひとつ奪われてしまった七結を見届けたユェーも、覚悟を決める。
「次は僕の番ですね」
「ゆぇパパ……っ」
「大丈夫ですよ、ルーシーちゃん」
ユェーは心配するルーシーに微笑みを浮かべた。
ルーシーの心を温める笑顔は普段の彼と変わらない。
そうしてルーシーが気に掛けてしまわないように、おだやかに振る舞うのだった。
「さあ君の要求は何?」
「わたしの孤独を癒やす思い出を、わたしにちょうだい」
ミルフィオリは変わらず、ユェーにも心温める捧げ物を求めた。
「君は孤独なのかい? 一人は淋しいでしょうねぇ。でも今ならわかります。あの館に訪れなかったら僕もそうなっていたかもしれませんから……」
ユェーは自分がどの記憶を奪われてしまうのか、直感で分かっていた。
――それはきっと、二人と出逢った場所、僕の帰る場所。
かけがえのない人達と出会い、幾つもの大切な思い出が生まれた始まりの光景だ。
でも奪われたとしても大丈夫。
たとえ記憶が失われても、きっと二人が手を引いて、あの場所に連れて帰ってくれるから。
――だから三人で一緒に、帰りましょうね。
ユェーは美しい思い出との暫しの別れを惜しみながら、大切な始まりの光景を、ミルフィオリに捧げた。
そして大切な光景はユェーの元から遠く遠く離れて。視界が真っ暗に染まっていく。
こうしてミルフィオリは、ふたりから心に残る光景を奪っていった。
そしてふたりの思い出で暖を取るように、ほかほかと温まっている。
――嗚呼、幸せ。
人の思い出に触れたこの瞬間だけは、孤独な心が癒やされていく。
「……でも、まだまだ足りない。わたしの孤独は、まだまだ温もりが必要なの」
ミルフィオリは更なる癒しを求めていた。
そしてその癒し手は、自身が見初めたルーシーとトリスタンに担って欲しい。
そう願って、ミルフィオリは無邪気に微笑んだ。
「|ぜ《・》|ん《・》|ぶ《・》、|わ《・》|た《・》|し《・》|に《・》|ち《・》|ょ《・》|う《・》|だ《・》|い《・》――」
ミルフィオリの一言で、無邪気に咲いている花園に潜む植物の蔓が姿を現して、花園から脱出しようとしているトリスタンを捕らえる為に追い掛けた。
そして同時に、ミルフィオリはルーシーを狙って襲い掛かろうとする。
だがミルフィオリが手を出すよりも早く、七結とユェーが動いていた。
「――|お《・》|出《・》|で《・》、|イ《・》|ル《・》|ル《・》。わたしたちに力を貸してちょうだい」
七結の喚ぶ声に覚醒し、白蛇“失楽 -Ilulu-”が、はじまりの白を添わすその姿を見せた。
七結と共に在るふたりにとっても、馴染み深いイルル。彼女は皆の心の支え。皆を繋ぐ拠り所。
そんなイルルを通してふたりに力を委ね、七結はトリスタンを追いかけようと彼の元へと向かった。
再び彼が囚われないよう、誰かが行かねばならなかったから――。
「ユェーさん、逃避の道筋を拓くわ。彼のことはわたしたちに任せて」
「ええ、彼をお任せします」
七結はとても強く頼りになる存在だ。
彼女が居れば彼も大丈夫だろう、と信頼して。
真っ暗な視界の中、前へと歩んだユェーは、ミルフィオリへと立ち向かう。
二人はユェーにとって大切な人――自身よりも強く、でも護りたいと願った人達だ。
想いは奪わせない、二人を傷つける事もさせない――。
ミルフィオリに命中させるのは、|嘘喰《マコトグイ》。
無数の喰華がミルフィオリに喰らいついた。
「君の夢は想いはまやかし。その嘘は喰べてしまいましょう」
喰華は決して離さず、そして偽りを暴き、真実を晒しだす。
ミルフィオリは、人の思い出で己の孤独な心を温めていた。
それは、ほんの少しの事実で在り、自身さえ誤魔化していた偽り。
温まっていたのは一瞬で、ミルフィオリが癒しを味わえるのは、マッチの火のような、儚いひとときだけだった。
すぐに消えてしまって、また深い孤独に逆戻り。奪っても奪っても、ミルフィオリの心が温まることはなかった。
こぼれてしまうぬくもりを集めるのは、残酷なことなのだろうか。
けれど誰かを傷付けても、奪うしかない。
そうしなければ、自分が凍えてしまいそうなのだから。
「ルーシー……。あなたはやっぱりみんなと一緒にいたいの……? わたしはあなたと一緒に居たいのに。|わ《・》|た《・》|し《・》|と《・》|一《・》|緒《・》|に《・》|居《・》|て《・》|よ《・》……。孤独は怖い……寂しいの…………」
ミルフィオリは弱っているか細い声で、ルーシーを呼び求めた。
まるで救いを求めている子供のような姿に、ルーシーは思わず胸を締め付けられる。
するとユェーが優しくそっと、ルーシーに声を掛けた。
「さぁ、貴女の真実をあの子に渡してあげて 」
ルーシーは目を見開いて、次の瞬間、優しく微笑んだ。
「……うん」
ルーシーは勇気をもらい、彼に頷いて。靴音鳴らし、ミルフィオリの元へと歩いて行く。
ルーシーはミルフィオリの言葉に、応とも否とも言わなかった。
その代わりに彼女の傍で寄り添う。
――彩満ちた世界を歩むうち、諦観は薄れて。
『いつか』の日を退ける事も目を背ける事も出来ないままだったけれど。
幾多の約束と宝物、片割れの蒼いヌイグルミを抱き、もう片手はあなたへと差し伸べる。
「独りは寂しいね。けど本当に貴女は一人? わたし達はね。忘れた事は無かったよ」
視界と音が遠く、儚く消えてゆく。
そして其の全てが奪われてしまう前に、ルーシーはミルフィオリと手を繋ぐのだった。
* * *
その頃――
トリスタンを追いかけていた蔓は、七結によって断ち切られていた。
ひとたびの安堵をする七結達だったが、ミルフィオリ達の状況を察して、ふたりはそちらを向く。
視界を奪われている七結は、感覚を研ぎ澄ましながら事態を察する一方で……。
トリスタンはふたりの少女が寄り添うように手を繋ぎ、慰めるような光景が目に焼き付いていた。
そして自分には出来なかった――ある願いをルーシーに託して、涙を流す。
どうか彼女を救ってあげてほしい、と。
それは神様に恋をした少年が、美しい初恋のまま永遠になる瞬間だった。
そんな少年の傍で。
七結もルーシーの無事を願いながら、祈りを捧げていた。
(「ルーシーさん――彼女とふたりきりでお話を……あなたの心のままに、ね 」)
* * *
ルーシーは、歌った。
常夜の静寂を癒やす、ミルフィオリの為のうた。
これは、亡き義母から聞いた、寂しがり屋の幼い神様のうた。
目も、耳も、閉ざされていく世界の中。
ゆっくりと奪われて、見る事も聞く事も叶わなくなっていきながら、子守唄のように優しく、ミルフィオリに聴かせていた。
確と感じる。
――ゆぇパパが護ってくれていること。
――なゆさんとイルルさんが背を押してくれていること。
二人とも何かを失くしているだろうに……それでも一緒に立ち向かってくれた。
独りぼっちだった頃に神様と出会っていたら、違う結末を迎えていたかもしれない。
でも、ひとりじゃなかったから。
ふたりがぬくもりを教えてくれたから。
孤独な神様を救ってあげたい、と差し出した手に自信がある。
思わず笑む。
必ず応えるわ。
独りじゃないって、こういうこと。
寂しがりなわたしの神様にも、教えてあげるね。
光景も歌も、貴女を伝えてきたもの。
――全部をあげる。
ルーシーはミルフィオリに微笑んで、そのすべてを彼女に捧げるのだった。
* * *
ミルフィオリはルーシーの記憶の中で、驚いていた。
――青が狂い咲くステンドグラス。
神秘的で、美しくて。
繊細で鮮やかな青が描くのは、初代であるあの人との出会いの日。
懐かしくて、恋しくて。
寂しがり屋の幼い神様のうたがいつまでも流れて。
ミルフィオリを伝えてきた光景も歌も、全部心に沁みて。
気付いた時には、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
そして失われた記憶を取り戻す瞬間のように、実感する。
ずっと、ずっと、自分はブルーベル家と共に居たのだ。
会えなくなってからも、ずっと……。
「あったかい……」
凍えていた氷のような心が解けて、春を知るようにようやく温まっていく。
求めていたぬくもりが、此処にあった。
あやされたこどものように大人しく縋るミルフィオリに、ルーシーは微笑みを向けて。
「今度はわたしが貴女を求めるよ、ミルフィオリ」
――|青金花《ラピスラズリ》。
蒼い花びらが踊るように舞いながら、花色の糸でミルフィオリを繋ぐ。
そして糸は、ふたりをひとつにむすんだ。
ずっと離れないように。
神様が寂しくならないように。
……しっかりと。
「此方においで。わたしの裡に、一緒にいてあげる」
――だから彼は帰してあげよう?
ルーシーがお願いすると、ミルフィオリは身を委ねたまま頷いた。
「うん。トリスタンは……良い子よ……。ずっと傍に居てくれたの。でもきっとひとりじゃ、この花園の外を渡れない。守ってあげてくれる……?」
しかし、ルーシーの反応は返らなかった。
……当然だ。
見る事も、聞く事もできなくしてしまったのだから。
「そう、よね。わたしがルーシーの視界も聴覚も、奪ってしまったんだもの……」
そして気付いてしまう。
いま、ミルフィオリを癒やすこの光景も、言葉も、歌も、彼女から奪ってしまっているということを。
きっとルーシーは全て忘れてしまうのだ。
ブルーベル家で奉る神様の光景を、ことばを、うたを、見聞きしたことを全部――……。
ミルフィオリは悲しくなって泣き崩れながら、ルーシーに抱きついた。
そして今ある全ての力を振り絞って、ルーシーに花を咲かせる。
胸元にだけ咲いていた蒼い花が、溢れて、溢れて。
ルーシーはこの世の青をすべて集めたかのような、蒼い花の中で溺れた。
「――――……ッッ」
突然のことに驚くルーシー。まるで海の底のような息が出来ない不思議な感覚に陥りつつ、意識が朦朧とし薄まっていく中、心落ち着く花の香りに包まれて。
ルーシーは一番青い花の囁きを、心の傍で聴いた。
ーーわたしを忘れないで……。
* * *
「ルーシーちゃん――……!」
ミルフィオリが最後の力を使った瞬間、急な異変を察したユェーがルーシーの方を向いた。
一体何が起こったのだろう。
見えない不安が焦りを生んで、気付くと足は懸命に走りだしていた。
前触れもなく緩やかにひらき始めていく視界の中で、微かに見えたのは蒼い花の塊。
はらはらと花弁が零れ落ちていき、花で覆い尽くされていたらしいルーシーの姿が僅かに見えたあと、塊はそのままふわりと崩れ落ちていく。
そして倒れそうになるルーシーの体を、寸前でユェーが抱きとめた。
その瞬間。
ぶわりと噴き出すように蒼の花弁が溢れて吹雪き、くるくると揺れて舞い落ちていった。
まるで世界が青に染まりゆくような一瞬。
青色の花吹雪で、世界は蒼く満たされていた。
そして時を同じく異変を感じ取って駆けつけた七結も到着し、視界が戻りつつある瞳の中で光が揺れる。
「ルーシーさん……!」
――生きているのだろうか。
花の青に染まり、開かぬ瞼に不安を覚えるけれど。
そうっとルーシーに触れれば、ほんのりと温かい。
そして薄らと吐息が聴こえてくることから、ルーシーはちゃんと生きているのだと実感を抱いて。ユェーも、七結も、安堵で力が抜けていく。
「良かった……ルーシーちゃん、無事なんですね」
ユェーは、ほっとして。輝く金色の双眸がルーシーを大事そうに見つめながら、優しく頭を撫でた。
ミルフィオリの姿は既になく、きっとルーシーが決着をつけたのだろう。
頑張った娘を褒めるように、優しく優しく撫でていた。
「ふふ、本当に、本当によかったわ……」
七結もルーシーの手を握りながら、微笑みに安心の彩を乗せた。
彼女は神様を救って、一族の役目を懸命に果たした――きっと優しい結末を手に入れて。
そんな彼女の命を、手のぬくもりを、七結は愛しいと想いながら微笑むのだった。
ルーシーは大好きなふたりに見守られながら、まだ暫く真っ暗で何も聴こえない世界の中に居た。
けれど抱き止められながら頭を撫でられる感触と、手を握られる感触が伝わって。
その温かさが、いとおしい。
早く目覚めてふたりに御礼を伝えなければと思うけれど……。
まだ少し、
もう少しだけ……。
静かに瞼を閉じて涙を流しているルーシーの左眼には、青い大輪の花が咲いていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 冒険
『彼方より鼓室揺るがすもの』
|
POW : 自身も大声で歌い、掻き消す
SPD : 手や指、耳栓などで影響を抑え駆け抜ける
WIZ : 魔術的な防御や障壁で遮断する
👑7
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
先程の戦いで奪われてしまった視覚も聴覚も、時間が経過すれば幸いにも元に戻っていった。
但し、奪われてしまった記憶は失われたまま。あなたは今、あなたの心に残り続けていた思い出を思い出す事ができなくなっていることだろう。
しかし、いつか、あなたの元にきっと帰ってくる。
不変なまま、美しいまま、あるいは輝きを増して、待っていてくれている。
信じれば願いは叶う筈だ。
――花神様の少女が、救われたように。
* * *
「みなさん本当にありがとうございました――……」
トリスタンは猟兵達に御礼を言いつつ、頭が上がらなかった。
少年の恋は、美しいままさよならを遂げた。
愛していた。
たとえ一緒になれなくても。
でも彼女が幸せなら、それでいい。
少年の初恋はいつまでも美しい永遠となったのだ。
そして、囲われていた魂人達も自由の身となり、あなた達は恩人だと猟兵達に深く感謝していた。
彼らはこのあと、仲間達が棲むという村を目指すのだと語る。
それは辛く厳しい道を、乗り越えて行かなければならない事を意味していた。
けれど困難であるのは第四層を目指すトリスタンにも言えること――……いや、彼ら以上に長く困難な道を渡らなければならなかった。
圧政に抗い、苦しい戦いを続ける第四層の家族が居る戦場を目指す旅路は極めて困難で、確実にひとりでは渡れない。
命の危機に瀕している家族を助けるためには、猟兵達の助けがなければ、望みが叶うことはないだろう。
だからこそ助ける、と猟兵達が手を差し伸べてくれて。トリスタンの胸に熱いものが込み上げてくるのだった。
「大切な家族が待っているんです。そして家族の悲鳴が今も……時々僕の耳に届いている……。どうかお願いします。僕を、|第《・》|四《・》|層《・》|に《・》|連《・》|れ《・》|て《・》|行《・》|っ《・》|て《・》|く《・》|だ《・》|さ《・》|い《・》」
――この御恩はいつか、必ずお返しします。
そう約束するトリスタンを連れて。
あなた達はひたすら続く険しい困難な道を進むのだった。
* * *
上層と下層を繋ぐ道は遠くから歌が聴こえていた。
しかしただの歌ではなく、美しく恐ろしい歌。聴き続ける内に方向感覚が狂って、やがては前後不覚に陥り動けなくなっていくだろう。
けれど耳を貸さずに慎重に前へ進めば、向かうべき先を見失うことはない。
そしてどうやら|会《・》|話《・》|を《・》|す《・》|る《・》ことでも、歌から気を逸らすことができるらしく、要は誰かが皆の気を引いて長い沈黙さえ作らなければ良いようだ。
但し、だからと言って簡単に通してくれる筈もなく――……。
魂人のトリスタンを連れている事により、さらに状況は悪化していく。
霧が微かな音を立ててあなた達に近寄り、次第に周辺ごと呑み込まれてもやもやと煙る。
白く世界が染まって視界が悪くなり、そしてあなた達にしつこく付き纏った。
そんな中、あなた達は|誰《・》|か《・》|に《・》|ず《・》|っ《・》|と《・》|見《・》|ら《・》|れ《・》|て《・》|い《・》|る《・》嫌な視線をずっと感じていた。
その正体は、おそるべき「見えざる禁獣」。
トリスタンに目を付けて、虎視眈々と魂人がはぐれることを望む存在は、恐怖が間近から覗いているような恐ろしさをあなたに与えた。
けれど手を出すことも、話し掛けてくることもなかった。
ただずっと、ずっと、|悪《・》|趣《・》|味《・》|で《・》|覗《・》|い《・》|て《・》|い《・》|る《・》のだ――……。
するとあなたの前に、幻影が現れる事もあるかもしれない。
その幻影はあなたの心に揺さぶりをかけ、触れようとしてくるだろう。
だがその幻影に決して触れさせてはいけない。この世の絶望を味わい尽くさぬよう、道を見失わず、前へ――……。
ノイ・フォルミード
あの子の寂しいは無くなったかな
ランプを片手に進むよ
索敵してもヒットしないのに
何かが居るような気がする
気持ちが悪いってこういう事か
ルーに常に話しかけて気を紛らわせる
ケガはしていないかい?
少し服は汚れたね
帰ったら綺麗にしないと
君は女の子なんだから
……どうしても君に対して
『彼女そのもの』と認識していた時と同様に振るまってしまうな
君はあくまで模した人形だって
もう解ってるのだけど
ふいにモニターに映る
霧の向こうに3体の影
機人の執事にコック、メイドの3体
嗚呼、彼らだ
もう破壊されてしまった友人たち
僕らは表情なんて無い筈なのに
小さな丸い眼孔から発せられる非難信号
彼女でないのに
何故“それ”を大事に抱えているのか
あの子を忘れたのか
可哀そうだと思わないのかと
――これは、僕自身の罪悪感だ
結局彼女を護れてなどいなかった、僕の
だから
コアが軋むように痛むけど
もう目を逸らしたりはしないよ
本当の君達に会いたいよ
話したい事が沢山ある
だけどもう、2度と出来ない
こんな辛さをトリスタンにさせちゃいけないから
今の君達には触れられない
(「あの子の寂しいは無くなったかな」)
――そうなのだとしたら嬉しいな。
ノイ・フォルミード(恋煩いのスケアクロウ・f21803)は、花神様の少女が救われたことで喜びに満ちる感情が溢れ、コアが温まっていくような感覚を覚えていた。
奪われてしまったメモリーは、常夜の花畑を離れた後も元には戻らないままだった。
だが、あの子の笑顔も、花も、今もずっと傍に在り続けているような、そんな気がして。
(「今はまだ何も思い出せないままだけれど。でもまたいつか、僕が思い出せるその時まで――」)
そして削除されたメモリーの空白は、空白のまま。
いつか思い出せるその時を信じて、今はトリスタンの帰郷の為、彼を送り届けると決めたのだった。
しかし穏やかに時間が流れていた状況から一転。
第四層に続く道を渡るノイ達を邪魔するように、困難が出現し始める。
見晴らしが良かった道に突然白い煙のような霧が立ちこめて、モニターを白一色に染め上げ、視界が悪くなっていったのだ。
そして更には、誰かの歌声が遠くの方から聴こえてくる。
その歌声は美しく――だが受信し続けていると、方向が分からなくなって、正常ではなくなっていった。
「こんな霧も、歌も。……さっきまでは無かった筈なのに」
どちらが前で、後ろで、右で、左なのか。
目眩を起こして身動きが取れなくなっていく、そんな中。
ノイは歌に苦しめられながらもランプに光を灯して、周囲を見渡しながら索敵を行った。
「――どこにも“生命体の存在は無い”だって? おかしいな……。何かが居るような気配はするのに。ならこの歌声は誰のもの? さっきから僕達をずっと傍観しているようなこの視線は一体……?」
何かが、誰かが、そこに居る筈なのに。何もヒットしないなんて――気持ちが悪いってこういう事か、と。
ノイは見えない霧の向こうから、ただ一方的に覗かれているような厭な気配を感じ取っていた。
それでも、ノイが不安に囚われることは無かっただろう。
なぜなら守りたいと思う存在が傍に居たからだ。
「大丈夫だよ。君には僕がいる」
自身のことよりも彼女――ルーを心配して、気遣うように話しかけた声には、彼の優しさが滲んでいた。
「ケガはしていないかい? 少し服は汚れたね。帰ったら綺麗にしないと……君は女の子なんだから」
ルーは修羅場をくぐったばかりで、ノイの腕の中で休んでいるかのようだった。
だからこそノイは、ルーが疲れているだろうと優しくして、ふと我に返る。
「……どうしても君に対して、『彼女そのもの』と認識していた時と同様に振るまってしまうな」
――あくまでルーは、彼女を模した人形なのだと、もう解っている筈なのに。
身に染みついている癖は、そう簡単には抜けなくて。
「けれどひとつ確かなのは、君が傍に居てくれると落ち着くんだ。君が居てくれるだけで、嬉しいよ」
温かな愛が溶け込んだようなノイの腕の中で、寄り掛かっていたルーが優しい顔をする。
表情に変化があるわけではないけれど、大切にされている人形は優しく、美しくて綺麗だ。
そして美しく響く歌声によって狂わせられていたノイの方向感覚が、ルーに話しかけることで正常化されていく。
「……ルー。君と話しながら進んでもいいかな? 君と話していると、道を見失わずに進める気がするんだ」
ノイはランプを片手に持ちながら慎重に、足運びを一つずつ進めた。
すると、踏み出した足は向かう先を見失わず、まっすぐ前に歩くことができるようになっていた。
そのまま狂気の歌が流れる道を突破して、ノイ達は目的地へと辿り着ける兆しが見え始める。
けれどそうはさせまいと、濃厚な霧が行手を阻んだ。
そして不意にモニターに映ったその影を見た時、ノイは驚きを隠せなかっただろう。
――嗚呼、彼らだ。
執事、コック、メイドの機人が3体。
彼らは、ノイがずっと会いたかった友人達だった。
嬉しくて、懐かしくて。
寂しさも悲しさも混ざり合ってぎゅっと詰め込んだような、色んな感情が一気に込み上げて、ノイは苦しくなっていた。
しかし彼らの方はというと、ノイのことをずっと見つめながら、その小さな丸い眼孔から非難信号を発していたのだった。
『あの子はどこ? 何故“それ”を大事に抱えているの』
執事も、コックも、メイドも。彼らは表情が無い筈なのに、ノイの眼には、泣きそうな顔をしているように見えていた。
あの子を忘れたのか。
可哀そうだと思わないのか。
彼らは心が悲しみでいっぱいになり、感情的になって、ノイに問いかけていた。
『どうして。どうして……』
けれど今からでも遅くは無いからと、彼らはノイに手を差し伸べる。
『今すぐ捜しに行こう! あの子は君が見つけてくれるのを、ずっと待っているよ』
そう彼らが誘った瞬間。
霧の向こうに、もう1つの影が出現した。
ノイは、その影を知るのが怖かった。
……なぜならその影は、きっとあの子の姿をしているのだと思うから。
ノイは自身のコアが軋む音が聞こえたような気がした。
ぐしゃぐしゃに押し潰されて、痛くて。
そして彼らと、あの子と、共に過ごした幸せな日々が巡り巡っていく。
このまま彼らの手を取れば、また昔のような幸せな日々に戻れるだろうか。
今すぐに走っていけば、あの子にもう一度会えるのだろうか。
そんな幻に縋ってしまいたくなるけれど。
……でも。
(「――これは、僕自身の罪悪感だ。結局彼女を護れてなどいなかった、僕の」)
……もう目を逸らしたりはしない、と。
ノイは絶望の世界から捧げられた幻影を拒んで、一つ一つ現実を受け入れていった。
「本当の君達に会いたいよ。話したい事が沢山ある」
ずっと君達に会いたかった。
君達のことが大好きだった。
――それは心からの本心でも。
だけどもう、2度と出来ないことを知っているから。
「君達が君達の筈が無いんだ。だって君達は……破壊されてしまったのだから」
ノイは彼らから目を逸らさなかった。
彼らは彼らの筈がない、と。
指摘するたびに傷付いて、辛くなっていった。
「あそこに居るのも、本当のあの子じゃない。だってあの子は、僕を陥れようとするような……そんな子じゃない」
彼らには、誘い込みたい場所があるようだった。
そこは不吉で暗い闇の中――誘い込まれた先には、想像を絶するような恐怖が待ち受けているような、そんな気がした。
狙いはノイであり、同時に魂人のトリスタンにも向けられていた。
だからこそ、敵に隙を見せる気は無かった。
そんな目に遭うのも、辛さを味わうのも、トリスタンにさせちゃいけないから。
だから――。
「今の君達には触れられない 」
ノイの決意は固く、トリスタンを庇いながら言い放った。
すると彼らはぴたりと止まって静かになった。
そして暫くノイを見つめた後、幻影達は霧の中に隠れて、姿を晦ますのだった。
大成功
🔵🔵🔵
蘭・七結
【彩夜】
色とりどりの彩夜の記憶
その一片は、彼女に委ねてしまったけれど
何物にも代えがたい彩が、眼前には在る
ルーシーさん
無事に、終えられたのね
良かった、と。心からの安堵が溢れる
おかえりなさい。本当に、よかった
わたしは平気よ
薄ぼんやりとしているけれど
あなたたちの姿は、確と捉えられている
彼女と言葉を、心を交わしてお終い
――とは、いかないのが常世の常
息をつくのは、まだ早そうね
彼を無事に送り届けなくては
そうして、わたしたちも帰りましょう
共に住まう真白の館へと
――ええ、そうよ。ユェーさん
真白い、わたしたちの住まう館
あなたの帰る場所
そう、思ってくださった場所よ
辿り着けた暁には、屹度
思い出せるはずだわ
ルーシーさんも、ユェーさんも
わたしも。霞んでしまった思い出たちを
片手をルーシーさんへと伸ばし
もう片の手は、ユェーさんへと
ぎゅうと、確かに結わい留める
逸れないように、離さないように
この温度が、あなたたちに伝わるように
お話をしながら進みましょう
それならば、怖くなどないでしょう?
聴かせてちょうだいな
あなたの、お話を
ルーシー・ブルーベル
【彩夜】左目に青花咲く真の姿
何か記憶を失くしたことは感じているの
心が軽くて、軽すぎて、少し寒いわ
ゆぇパパ、なゆさん
撫ぜてくれる手にまた泣きそうになる
気持ちが溢れて何て言ったらいいのか分からないけれど
ええと……ただいま!
お二人は目はもうだいじょうぶ?
記憶も……
他に囲われていたひと達
どうかご無事で
わたし達もまだやるべきことが残ってる
トリスタンさん
必ずあなたをご家族の所へお連れするわ
わたし自身想いでもあるけれど
奥底でもっと、強く願っているひとがいる気がする
だいじょうぶ
忘れていないよ
無事に終えたなら
わたしたちもあの館へ
本当に帰りたい場所へ
……パパ
帰ったらきっと
いえ、絶対に思い出すわ
なゆさんの思い出だって
逸れない様に
みんなで手を繋ぐのはどうかしら
伸ばされた、なゆさんの手をとって
きゅっと握り返す
その温かさにホッとする
もう片方はトリスタンさんへ
パパと視線が交われば笑んで
さあ、行きましょう
お話もいいわね
わたし、トリスタンさんもご家族の話も聞きたいな
目指す大切を心に浮かべていれば
惑わしの幻など怖くないはず
朧・ユェー
【彩夜】
何処か白い世界がある
空虚で淋しい気持ち
きっと記憶の欠片を忘れてる様だ
ルーシーちゃん無事で良かったと頭を撫でて
なゆちゃん彼を助けて下さってありがとうねぇ
二人ともお疲れ様でした
大丈夫、ルーシーちゃん、なゆちゃんが無事なら
二人や僕の記憶もきっと取り戻せる
えぇ、僕も…大丈夫ですよ
例え見えなくても二人の気配でわかりますから
そうですね
彼を無事に届けないといけませんね
家族の元へ
僕たちも帰らないと…
帰る?館?
二人の言葉に疑問を問いながら
白い館…
何故か懐かしい
ぽっかり空いた心があたたかい気持ちになるのは
きっと僕の忘れている欠片
嗚呼、きっとそこは大切な場所
僕が居ていい場所
二人と一緒なら取り戻せると
えぇ、皆で帰りましょう
囚われない様に、逸れない様に
誰も迷わない様に
繋いだ手が絆になる
七結ちゃんの手が僕の手をぎゅっと握る
とても暖かい頼りになる手
ルーシーちゃんの笑顔にほっとして
安心出来る、そして護りたい僕の大切な人達
お話してください
貴方の話を聞きたいです
帰る道のりは楽しい時間になりますよ
……あのね。
幸せな夢を見たの。
あなたとずっと、一緒に居られる夢よ。
ねえ、ルーシー。
わたしを見つけてくれてありがとう。
ずっと傍に居てね。
……約束よ。
そんなふうに、誰かの声が裡から聴こえたような気がした。
その声は愛に満たされながら、けれど寂しく微笑む花のよう。
――さあ、目を醒まして。
そう囁かれた瞬間、寂しい真暗な世界を彷徨うルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)の意識が、ゆっくりと引き戻され始めていく。
――ルーシーちゃん。
優しく呼び掛ける声。
この声が聴こえたのは、静まり返った深い闇に迷い、ひとりぼっちの心細さを感じていた時だった。
そんな時なのに、この声を聴いてしまったら泣きそうになってしまう。
――ルーシーさん。
そしてまた声が聴こえた。
嗚呼、光が見える。
なんて優しく、心に沁みる声なのだろう。
一筋の光は、愛する人達の元へとまっすぐ伸びて行くようだった。
そうしてルーシーは、目を開ける。
真暗だった世界に彩が生まれて、世界から拾う音へと愛しさを感じながら。
目の前には、大好きな二人。
ずっと目も耳も塞がれていた世界を佇んでいたものだから、二人が見えるということが奇跡の様で、何よりも喜び溢れる嬉しいことだった。
「……ゆぇパパ、なゆさん」
ルーシーは二人を見つめて、表情が緩んだ笑顔が零れる。
ずっと見守ってくれていた二人の温もりに、心地良さを憶えながら。
そして朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)は、ルーシーが目覚めると胸を撫で下ろし、心から良かった――……と。
「……おかえりなさい。ルーシーちゃんが無事で良かった」
温かな金色の眼差しを注ぎながら、ルーシーの頭を撫でるのだった。
ルーシーは、彼の大きな掌に撫ぜられれば心動いて、潤んだ瞳に涙を溜め、頬が薄紅に染まりゆく。
そして蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)も、心からの安堵が溢れだして、浮かべた微笑みが緩むのだった。
「無事に、終えられたのね。良かった。……本当に、良かったわ」
ずっと見守り続けていてくれた七結を見つめたルーシーは、心温まりながら気持ちがじんわりと溢れて頷く。
――そう、気持ちが溢れすぎて。何て言えばいいのか分からなくなるけれど。
「ええと……ただいま!」
喜びも、幸せも。泣きたくなる想いも、ぎゅっと詰め込んだ感謝を込めて……。
花開くようなルーシーの笑顔が、咲くのだった。
その姿は青に包まれ、左目に青花咲く真の姿――花のように輝く美貌は、きっと誰もが息を飲むだろう。
まるで青く咲く奇跡が起きたかのように。
「お二人は目はもうだいじょうぶ? 記憶も……」
きっと二人も視界を奪われ、大切なものを奪われてしまった筈だから。
その事実に悲しくなり、心配になって尋ねるルーシー。
けれど七結は自身の身に起きた事を悲観したりはしなかった。
動じる事なく、何事も無かったかのように平然と。
そして悠々と微笑む姿は、美しい上品さを感じさせるのだった。
「わたしは平気よ。薄ぼんやりとしているけれど、あなたたちの姿は、確と捉えられている」
まだ少し本調子とは言えなくて、世界が霞んで見えていても。
それでもルーシーのことも、ユェーのことも、ちゃんと視えているから不安はなくて。
心を鮮やかにしてくれた色とりどりの彩夜の記憶も、その一片を花神様に委ねてしまったけれど、不安は無い。
「何物にも代えがたい彩が、眼前に在るもの」
七結にとって大切で、大事な。かけがえのない二人を見つめながら、心からそう実感する。
だから大丈夫よ、と。
優しさ溢れる笑顔を見せる姿には、彼女の強く美しい心の生き様が見えることだろう。
そしてユェーも、優しい目元を緩ませながら言った。
「えぇ、僕も…大丈夫ですよ。例え見えなくても二人の気配でわかりますから」
そう。
大切なルーシーと、大切な七結さえ、無事で居てくれたならそれだけで――。
そんなふうに胸の内で想い抱く彼。
二人を守るためならば、辛いことであろうとも受け入れられる――それが彼だった。
そんなユェーが花神様に預けた記憶は、温かな場所。
記憶の片隅に在るのは、白よりも白く、まっさらになった何処か白い世界だった。
大切な場所だった筈なのに、本当に忘れてしまったのだと知覚するというのは、とても空虚で淋しい気持ちだ。
けれど……。
守り抜いた大切な二人の存在こそ、ユェーにとってかけがえのない希望の光。
ユェーは微笑みを浮かべながら、心にある想いを話すのだった。
「それにルーシーちゃん、なゆちゃんが無事なら、二人や僕の記憶もきっと取り戻せる――だから本当に、大丈夫ですよ」
そんな七結とユェーの想いに触れたルーシーは、大好きな二人の心の持ち方に、愛しさを覚えたことだろう。
そうしてルーシーも心の中でひそりと、忘れてしまった記憶に想いを馳せるのだった。
自分は何を忘れてしまっただろう。
思い出したくても思い出せないままだけれど、それでも何か記憶を失くしたことは感じていて。
そのことを自覚すれば、忘れたもののその大きさを益々実感していくのだった。
(「心が軽くて、軽すぎて、少し……寒いわ」)
寂しい気持ちに浸れば、体がひやりと凍えてしまいそうになる。
けれどなんとなく、ただなんとなくだけれど。
心から消えてしまったという訳ではない気はしていて。
心の裡に温かなものを感じながら、ふと視界の端に居たトリスタンの変わりない姿を見つめ、なんだかホッとするのだった。
「トリスタンさん……ご無事だったのね」
「ええ。大きな怪我もないようですよ。ルーシーちゃんが頑張って下さったおかげです。なゆちゃんは彼を助けて下さってありがとうねぇ。二人とも、本当にお疲れ様でした」
ユェーからあの後の彼の話を聴いて、安堵するルーシー。
「そうだったのね。ふふ、良かった……」
無事で変わりない様子を見守りながら微笑みつつ、パパもありがとう、と添えて。
常夜の花畑に囲われていた魂人達も、安寧の場所を求めて旅立っていくのだと聴くと、心の裡から寂しさと、感謝のような気持ちが押し寄せた……ような気がした。
――どうかご無事で。
ルーシーは、あおの瞳を持つ彼らに深く心にかけて思いながら、胸の内で祈りを捧げる。
彼らの辿り着く先で安心と幸福がありますように、と。
その一方で、トリスタンも彼らとは別の道へと旅立とうとしている事も耳に挟んで、気持ちが引き締まった。
そう。宿命の邂逅を無事に果たしたルーシーと言葉を、心を交わしてお終い――とは、いかないのが常世の常。
「息をつくのは、まだ早そうね」
そう呟いた七結の言葉を聴いて、ルーシーも決意を抱きながら頷いた。
「……わたし達は、まだやるべきことが残ってる」
トリスタンは、第四層で生きている家族達の悲鳴を聞いたのだという。
だからこそ助けに行きたい彼を、彼の望む様に家族の元へと送り届けたいとユェーも思っていた。
「そうですね。彼を無事に届けないといけませんね。家族の元へ」
そして僕たちも帰らないと…――。
そう自然に言葉が出てきた自分に、ユェーは少し驚いていた。
「ええ。彼を無事に送り届けなくては。そうして、わたしたちも帰りましょう。共に住まう真白の館へと」
七結は自分達が帰るべき場所を脳裏に浮かべて、とても愛しそうに話す。
そしてルーシーも心温まるように、真白の館へと想いを馳せた。
無事に終えたなら、あの場所へと戻りたい。
わたしたちもあの館へ。
本当に帰りたい場所へ、と。
しかしユェーはというと、その場所がどうしても思い出せなかった。
「帰る……? 館……? ――白い、館。……おかしいな。何も思い出せない」
それに思い出そうとすると、頭の芯がズキズキするような痛みに襲われて、心まで痛みだす。
――心が痛いのは、本当は忘れたくなかったからなのかもしれない。
「……パパ」
ルーシーはユェーの欠けた記憶が何かを識ると、その事実が悲しくなる。
けれど、暗い顔は見せないように背伸びをして顔を覗いた。
「わたし達の帰る場所、よ!」
ルーシーは、ユェーの目を見て一生懸命伝えた。
「ええ、そうよ。ユェーさん。真白い、わたしたちの住まう館。あなたの帰る場所。そう、思ってくださった場所よ」
そして七結も、ユェーやルーシー達と過ごした思い出を胸に抱いて。
これからもみんなと共に、彩り豊かな思い出を紡いでいきたいと心から溢れるものを伝えるのだった。
「僕の帰る場所……」
ユェーは、二人の話を聴きながら、何処か心惹かれる想いを抱いていた。
――何故か懐かしい。
何も思い出せない筈なのに、それでもなんとなく、そこは心落ち着く、大切な場所だったような気がした。
ぽっかり空いた心があたたかい気持ちになるのは、きっと僕の忘れている欠片だから。
嗚呼、きっとそこは大切な場所。
僕が居ていい場所。
「帰ったらきっと――いえ、絶対に思い出すわ! なゆさんの思い出だって」
ルーシーは前向きに、そして絶対に思い出せると信じながら微笑みを浮かべる。
「辿り着けた暁には、屹度、思い出せるはずだわ。ルーシーさんも、ユェーさんも、わたしも。霞んでしまった思い出たちを」
七結も彼への信頼と彼への想い――それからルーシーと自分への想いを胸に抱いて。
だから大丈夫、と心に寄り添い支えた。
そんな二人と一緒なら、きっと思い出を取り戻せる。
えぇ、皆で帰りましょう、――と。
ユェーは心に希望の光を滲ませるのだった。
そうしてルーシーは、旅立とうとするトリスタンへと同行する事を告げて、約束を交わす。
「トリスタンさん。必ずあなたをご家族の所へお連れするわ」
それはルーシーの、自分自身の想いでもあるけれど。
何よりも心の奥深くにある裡で、もっと強く願っているひとがいる気がした。
――だいじょうぶ。忘れていないよ。
そう自然に零れた言葉を心の裡で囁くと、青の花が嬉しそうに微笑んでいたかもしれない。
「ありがとうございます……! 本当に、なんと御礼を申し上げたらいいか……」
そしてトリスタンは心から感謝の言葉を伝えた。
トリスタンの家族が居るという第四層へと目指す道には、絶望の淵へと誘おうとする闇の種族達が蔓延っている。
そのため辛く困難な道を歩まなければならなかったのは全員が知る所であった。
けれどそんな事を感じさせないくらい、ルーシーは明るい笑顔でみんなに提案する。
「逸れない様に、みんなで手を繋ぐのはどうかしら!」
するとみんなの間に、暖かな空気が流れた。
底知れぬ恐怖が潜む絶望の道でも、ルーシーの明るさに失われない希望の光を見たのだ。
「そうね。みんなで手を繋いで渡れば、離れることはないわ」
七結は片手をルーシーへと伸ばし、ぎゅうと確かに結わい留めた。
逸れないように、離さないように。
この温度が、あなたたちに伝わるように。
ルーシーは、そんな七結の想いが込められた温かさにホッとしつつ、伸ばされた七結の手を取って、きゅっと握り返した。
そして七結のもう一方の手は、ユェーへと伸ばす。
ユェーの手をぎゅっと握るその手は、とても暖かくて頼りになる手。
それでも、そんな強くて優しい彼女のことも守れるようにと、ユェーは握り返しながら。
囚われない様に、逸れない様に。
そして誰も迷わない様に。
想い込めながら繋ぐ手が、心安らぎ、安心できる、護りたい大切な人達との絆を固く結ぶ――。
そうしてルーシーは、もう片方の手をトリスタンへと差し伸べるのだった。
「さあ、行きましょう」
その時。トリスタンは時が止まったかのように驚いた。
花のように可憐で、無邪気に優しく微笑むその姿はまるで――……。
トリスタンは見開く両目に光を浮かべながら、ミルフィオリの面影が重なって、その眼には涙が浮かぶ。
けれど、悟られないように。精一杯笑顔を浮かべて、その手を握り返すのだった。
「ありがとう……ルーシーさん」
いつか。
いつか必ず、彼女達の為に。
彼女達自身へと返せなくても、世界を救う猟兵達の為に力になろう――。
そう心の中でトリスタンが誓う傍らで。
ルーシーは一番端のユェーと視線が交われば嬉しそうに笑って、そんなルーシーの笑顔にユェーはホッとしていた。
たとえ手は繋いでいなくても、心は繋ぎ合っている。
そんなふうにお互いの心が以心伝心することだろう。
そうしてみんなで一緒に歩み出す。
トリスタンの家族が待っている第四層へ。
……けれどその前に。七結が微笑みながら、皆ある提案をした。
「お話をしながら進みましょう。それならば、怖くなどないでしょう?」
その提案に、心惹かれて。隣のルーシーはこくこくと頷いた。
「お話もいいわね!目指す大切を心に浮かべていれば、惑わしの幻なんて怖くないはず。わたし、トリスタンさんもご家族の話も聞きたいな」
「えっ……!僕の、ですか? 僕と僕の家族の話……面白い話はそんなにないかも、ですけど」
トリスタンは照れるように慌てつつ、良いのでしょうか……、と自信なさげに話した。
するとユェーは微笑みを浮かべて、ふふ、と優しく言った。
「お話してください。貴方の話を聞きたいです。帰る道のりは楽しい時間になりますよ 」
そして七結も、トリスタンが安心するように柔らかな声で言った。
「聴かせてちょうだいな。あなたの、お話を 」
三人はとても優しくて。
トリスタンが心開くまで、あっという間だっただろう。
トリスタンは心落ち着きながら微笑み浮かべて、話し始める。
「分かりました……僕の話で良ければ」
そうしてトリスタンはみんなに語るのだった。
優しくて、暖かくて。
絶望に負けない位の幸せで溢れた、大切な家族達の思い出の話だった――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 集団戦
『暗闇の獣』
|
POW : 魔獣の一撃
単純で重い【血塗られた爪】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD : 暗闇の咆哮
【血に餓えた叫び】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ : 見えざる狩猟者
自身と自身の装備、【自身と接触している】対象1体が透明になる。ただし解除するまで毎秒疲労する。物音や体温は消せない。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
父の名は、モーリス。
表の顔は教会に仕える神官で、人望がある父は、村の人々の心の拠り所だった。
母の名は、ノルン。
優しく温厚で、父を支える傍らで、子供である自分達にも愛を持って接してくれるような人だった。
妹の名は、モアナ。
今年で8歳になる女の子で、金髪青眼の母によく似ていた。明るく優しい子だった。
彼らが大切で、誇らしい僕の家族。
そして僕達は「闇の救済者」の一員だった。
本当は争いなんてしたくはなかったけれど、それでも理不尽な圧政に対抗しなければ、自由は手に入れられなかったから。
だからこそずっと、闇の種族達と戦い続けていた。
その生活は過酷で、苦労は絶えなかったけれど。
それでも、家族と共に過ごす時間は特別で、幸せだった…………。
そんなふうに、トリスタンは家族との日々を懐かしそうに振り返っていた。
そして第四層を目指す旅路の中で、トリスタンは自身の想いを猟兵達に零す。
「もしも無事に辿り着いて家族を救えたら……僕はそのまま第四層に残っていたい。家族と共に、僕達の村を守っていきたいです」
――僕を皆が受け入れてくれるかは分からないけれど、と。
暫くぶりの再会に緊張しているのか、少し弱音を吐きながら話していたのだった。
●
たとえ陽の光が届かぬ世界でも……。
強く生きようと健気に咲いていた花が在った。
だが踏み躙られ、儚く散って。
見るも無惨な姿に変わり果ててしまって、目も当てられない状態となってしまっていた。
傷付き萎れる花を思い遣ってくれる人は傍になく、此処に居るのは花々を蹴散らした者達のみ。
なぜ、花を散らせたのか。
それは、この花達が教会に仕える一族によって植えられたものだったから。
そしてその者達によって、人々の拠り所である教会を手に掛けられ、破壊されていく。
彼らは――暗黒の獣。
狼や熊といった獣に生贄を殺し喰らわせ、その後、ヴァンパイアが血を与えた存在。
ヴァンパイアの忠実なる配下達だった。
“――教会の一族を殺せ”
そう。
主君のヴァンパイアからの命令に従って、血眼になって捜し続けていたのだ。
この教会の何処かにいる、トリスタンの家族達を。
けれど、彼らの姿をなかなか見付けられないでいるようだった。
確かに彼らは此処に居たはずなのに。
あと一撃を与えれば、仕留められた筈なのに。
――その目前で、彼らは姿を晦ましたのだ。
だからこそ獣達は気が立っており、何処かに隠れているに違いない、と目に映るもの全てを攻撃していた。
時に人々の心を慰め、時に人々の楽しい思い出を紡いだ教会が、攻撃性の高い獰猛な獣達によって崩されていく。
そして遂に、隠し通路に繋がる壁を破壊され、地下へと続く階段が露出してしまうのだった。
きっとこの先に一家が居るのだろう。
そう気付いた獣達は、皆一斉に走って向かって行く。
階段を降りた先にあるのは、広い地下室だった。
そしてそこに、捜していた家族達が全員集結していた。
モーリスとノルンは覚悟を決めて、腹を括るように剣を構える。
前へと立ちはだかり、愛しい娘であるモアナを守るように。
「お前達の好きにはさせないぞ。ヴァンパイアの獣め……!」
「たとえ生命此処で尽きようとも、モアナだけは絶対に守る……!」
モアナはずっと泣いていた。
モーリスにも、ノルンにも、死んでほしくないと泣いていた。
――でも、もう二度と、大切な子供を失いたなきなかったから。
血を流しながらも最後の力を振り絞って戦おうとする夫妻に、獣達は襲い掛かっていく。
猟兵達が教会に到着したのは、まさしくその時だった。
ノイ・フォルミード
だめだよ
『生命が尽きようとも』だなんて言っては
トリスタンが折角帰って来たんだから
到着後、地下牢へ
即トリスタンの家族達と獣の間に割り入り
彼らを獣の攻撃から庇おう
お疲れ様、良く頑張ったね
もう大丈夫
ルーを泣いているモアナに預けよう
可愛いお人形さんだろう?私の大切な宝物なんだ
そのコを守っていてくれるかい
その代わり君達は私が護るから
……此処に来るまでに、幾つもの花の残骸を見たよ
どうしてそういう事をするの
踏まれる事でより強くなる花も居る
けれど花も人も踏み躙られるために在る命はひとつも無いんだ
『カラーコード・プルプラ』
ブラスターで獣たちを撃ちぬく
屋内では乱戦になるかもしれないが、疾く的確に
部屋が崩れたりして家族たちに危険が及びそうだったら非難してもらおう
誘導はトリスタンにお願いしようか
その際も彼らを庇い、一匹、爪の一振りも通さないよ
敵を倒して
トリスタンと家族の再会を見守る
ぼくに涙を流す機能は無いけれど
眼孔や胸装の奥が熱い気がする
ところで提案
新しく花を植えるのって、どうかな
此処に庭師が一機、居るのだけど
ノイ・フォルミード(恋煩いのスケアクロウ・f21803)が教会の地下で視たのは、暗黒の獣達が荒々しく低い唸り声を上げながら、モーリスとノルンへ猛然と襲い掛かろうとする瞬間だった。
血に飢えている獣に情けは通用しない。
|や《・》|め《・》|て《・》と泣き叫ぶモアナの声が響き渡っていても彼らが止まる事はなく――。
獣達はただヴァンパイアの命令に従って、教会の一族を殺戮しようとしていたのだった。
けれどそうはさせない、と。
ノイは即座にトリスタンの家族と獣達との間に割り入った。
既に負傷している夫妻の身代わりとなり、血塗られた魔獣の一撃を浴びて、ノイのボディは傷付いてしまうけれど。
獣達に立ち向かおうとしていたモーリスとノルンは、本来ならば此処で力尽きていたことだろう。
ノイがすかさず取った行動が、モーリスとノルンの命を繋ぎ止めたのだ。
そうして直視することを恐れていたモアナが瞑っていた目を恐る恐る開くと、モーリスとノルンを守ってくれたノイが居て――。
見開いていた目から涙がつぅっと頬を伝ってゆく。
「お疲れ様、良く頑張ったね。もう大丈夫」
ノイのひとつひとつの仕草が優しくて。モアナがノイを見上げながら声を詰まらせ、泣き腫らした目から更に熱い涙が溢れ出す。
「ありがとう! ありがとう……っ! 助けてくれて……!」
そしてモーリスとノルンも、身を挺して庇ってくれた命の恩人の顔を見上げながら心から御礼を伝えるのだった。
「ありがとうございます、私たちを助けてくださって……! あなたは――……?」
「私はノイ・フォルミード。だめだよ、『生命が尽きようとも』だなんて言っては。トリスタンが折角帰って来たんだから」
「…… ……!」
ノイの言葉を聴いて、家族全員がハッとしながらノイの視線が示す先を向いた。
すると、モーリスも、ノルンも、モアナも、驚きのあまり固まることだろう。
「ノイさん、僕の家族を守ってくださってありがとうございます……!」
三人が驚くのも無理はない。
そこには死んだ筈の愛する息子が、兄が――。
嘗てのように、闇の種族との戦いで家族を守ろうと戦っていた時のように、剣を振って獣達と戦っていたのだから。
「トリスタン……!!!」
「お兄ちゃん……!!!」
ずっと会いたかった家族が帰ってきてくれて、言葉にできなくなる家族達。
嬉しくて。嬉しくて。
戻ってきてくれた喜びが溢れて、それは涙へと変わりゆく。
「父さん、母さん、モアナ……!」
会えなかった時の流れは長く、お互いに募る話は沢山あったけれど。
でも今はまだ、落ち着いて話し合えるような余裕は無さそうだ、と。
トリスタンは獣達に斬りかかりながら、獣達を殲滅しようとしていた。
そしてノイも、獣達をこのまま野放しにするつもりは無かった。
「モアナ。君に頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
ノイはモアナの前で屈んで、大切に抱いていたルーを預ける。
「可愛いお人形さんだろう?私の大切な宝物なんだ。そのコを守っていてくれるかい。その代わり君達は私が護るから」
「…… っ、うん……」
モアナが嗚咽を漏らしながら、こくんと頷いた。
大事にしようと、そおっと抱き寄せるように預かると、ルーが腕の中でぴたりと寄り添ってくれて。
泣いていたモアナの心を優しく癒してくれていた。
「気を付けてね……! 無理もしないで、ね……!」
「ありがとう。私のことなら大丈夫だからね」
ノイを心配しているモアナが不安にならないよう、安心させるように。
そして微笑んでいるように優しく、返事をして。
モアナの腕の中に抱かれているルーにも、視線を向けた。
彼女の眼差しもノイを心配しているようで、行ってらっしゃい、と見送っているようだった。
……行ってくるよ。
彼らを此処で止めなければ、きっと誰かが犠牲となってしまうから。
彼らに散らされてしまった|か《・》|け《・》|が《・》|え《・》|の《・》|な《・》|い《・》|命《・》の為にも。
「……此処に来るまでに、幾つもの花の残骸を見たよ。どうしてそういう事をするの」
人知れず踏み躙られてしまった小さな命を悼みながら、獣達を視るノイの眼孔は悲しみが滲んでいた。
花を愛し、育てる者として。
こんな残酷な仕打ちは耐え難く赦せないこと。
小さくても逞しく、強く健気に生きていたのに奪われてしまった命の無念を想いながら、|熱線銃《ブラスター》の銃口を襲い来る獣へと向ける。
「踏まれる事でより強くなる花も居る。けれど花も人も踏み躙られるために在る命はひとつも無いんだ」
そんなノイに、複数の獣達が唾液に塗れた牙を剥き出して、爪で叩きつけようとするけれど。
――『カラーコード・プルプラ』。
乱戦を見越していたノイは動じる事なく、疾く的確に引き金を引いて、鋭く強力な熱を発射し続けた。
そうして高温の熱を浴びて撃ち抜かれた獣達は次々と倒れるが、残った獣達が威勢よく叫ぶ。
彼らは獰猛な獣。部屋が崩れたりする心配をせず、無差別に反撃を行った。
「トリスタン。此処に居ると君の家族に危険が及びそうだね。皆を連れて此処よりも安全な所へ――!」
「分かりました……!」
トリスタンは避難の誘導を受け入れ、モーリスとノルン、モアナを連れて階段を昇ろうとした。
だが獣達の標的は教会の一族。
トリスタン達を追いかけようと、向かって来るが――。
「此処は通さないよ。私が相手になる」
ノイが階段の前に立ち塞がり、避難するトリスタン達を庇いながら獣達と戦った。
――……一匹、爪の一振りも通すつもりは無い。
必ず守ってみせると決意を抱いて、全ての敵を相手にしたのだった。
* * *
「トリスタン……ごめんね、ごめんね……!貴方のことを守ってあげられなくて」
「おかえり、トリスタン。本当にすまなかった……よく無事で帰ってきてくれた……!」
「お兄ちゃん……!ずっと会いたかった……!」
家族達はトリスタンを囲んで抱き合っていたところ、階段を上がってくる人影がひとつ。
その姿は、獣達を殲滅し、犠牲を出すことなく終えたノイだった。
集団の敵を相手にした為、ボディは少し汚れてしまったけれど。
――でも皆が無事で良かった、と。
ほっとしながらトリスタン達の再会を見守る。
(「ぼくに涙を流す機能は無い筈なんだけどな……」)
それなのに、眼孔や胸装の奥がじわりと熱い気がする。
なんて、沁み沁みしていたら――……。
「ノイさん……!」
トリスタンがノイに気付いて駆け寄った。
それから家族も皆、ノイの傍を共に囲んで。
「本当に、本当に、ありがとうございました。僕を此処まで連れて来てくれて……家族のことも助けてくださって……!」
「私達からも御礼を言わせてください。本当にありがとうございました……!」
トリスタンが家族揃ってお礼を伝えると、ノイは少し照れるような恥ずかしいような、そんな擽ったい気持ちになるのだった。
そしてモアナもノイの元へと無邪気に駆けつけて、腕に抱いていたルーをそっと渡す。
「ノイさん、ありがとう……っ。この子のこと、ちゃんと守ったよ」
「ありがとう、モアナ。……そしておかえり、ルー」
ノイは両手を伸ばして受け止めると、ルーを優しく腕の中へ。
少し離れていただけなのに、なんだかずっと逢えなかった時のような寂しさを感じるのは何故だろう。
けれどその寂しさを一瞬で埋めてくれるように、ルーはとても暖かいような気がした。
そうしてトリスタンは無事に家族の元へ帰り、家族の危機も救う事が出来て――。
きっとこれからは、トリスタンも家族と共に支え合いながら生きていくことだろう。
けれど、お別れとなるその前に……。
「ところで提案。新しく花を植えるのって、どうかな。此処に庭師が一機、居るのだけど 」
ノイは獣達に荒らされてしまった花壇を見た。
理不尽に踏み躙られてしまった花々を生き返らせることはできなくても、命を継ぐことなら出来るから。
すると半ば諦めていたモーリスとノルンは感激しながら是非――!と、お願いするのだった。
そして、ノイは散ってしまった花を丁寧に拾いながら、種を蒔いて、黙々と園芸作業をし始める――。
そんなノイの姿を見守っていたモアナは、ふふ、と微笑んでいた。
少女はすっかりノイに懐いたようだ。
「花が咲くのが待ち遠しいなぁ。きっと綺麗な花が咲くね」
ああ、きっと綺麗な花が咲くことだろう。
種が芽吹いて花咲けば、――きっと。
大成功
🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
【彩夜】
トリスタンさんのお話はどれも温かい
本当の『家族』、大切な絆
昔、欲しくて仕方なかったもの
わたしを娘にして、愛し愛させてくれて
家族の喜びを下さる、ゆぇパパ
いつも見守って、背を押す言葉をくれて
歩むための力をくれる、なゆさん
今は幸運にも違う形で得たからこそ
その愛おしさ、護りたい気持ちが解る
解るように成れたの
ええ、誰も欠けてはいけない
行きましょう
必ず間に合う
ご家族は迎えて下さるわ
地下室へ
『勇敢なお友だち』
ご家族を喰らおうとする獣から弾き飛ばす
…あなた達だって命を歪められて此処にいるのかもしれないけれど
それ以上進む事も
帰す事も出来ない
ルーシーの、ブルーベルのお父さま達も
この常夜世で亡くなった
上層か、他の形でかは分からないけれど…
もし苦しんでいるなら助け、…たい
だから
ご家族の元へ戻った彼はわたしの希望なの
温かい手を、言葉を目を閉じて懐く
うん、…うん
二人とも
本当にありがとう
帰りましょう、皆で!
二人の手を確と握って
パパのお茶が恋しい
何だか早く『ただいま』って言いたくて堪らないわ
『あなた』も
一緒にね
朧・ユェー
【彩夜】
トリスタンさんの家族はどの方も素敵な方達
一人でも欠けるのはいけませんね
あの獣達の餌になるなど…救出しないといけません
家族…正直、僕の家族はトリスタンさんの家族の様な素晴らしいとは程遠いでしょう
でも家族を助け護りたい気持ちはわかります
僕に『帰る場所』『皆を想う気持ち』を下さり初めて護りたいと思った七結ちゃん
僕に『家族』『優しい気持ち』を想わせてくれた娘として護りたいと思ったルーシーちゃん
僕にとって血が違えども家族の様なそれ以上の大切な人達
一人でも欠ける事は許されない
『誓い』であり『約束』ですから
屍鬼
彼等を喰らうというならこちらも貴方達を喰らいつきましょう
大切な人達傷つける罪は重い
ルーシーちゃんきっと逢えますよ
助けましょう、僕も一緒にいますから
頭を撫でて
七結ちゃんの素敵な家族
貴女も逢えるはず
二人ともありがとうねぇ
出逢え事は僕にとって奇跡
無事に終わったら帰りましょう
『あの場所』に連れて帰って下さいね
手を差し出して
ルーシーちゃん、七結ちゃん
帰ったら美味しいお茶を淹れましょう
ただいまと共に
蘭・七結
【彩夜】
彼の放つ言葉のひとつひとつから
家族という絆の強さを感じ得たわ
見えない繋がりを感じるかのよう
ステキな人々に、恵まれたのね
――家族、
眸を瞑れば浮かび上がる相貌たち
黒薔薇を咲かす麗しき姉
記憶の涯に睡る双生の妹
遠い和国に住まう父と母
誰も彼も愛おしいひとたち
あなたが家族を想う気持ち
その強さは、よおく理解ったわ
一人たりとも欠けてはいけない存在
彼らを狙う獰猛で貪欲な牙たちは
花の嵐にて攫って仕舞いましょう
嗚呼、いけないわね
わたしの風に惑って頂戴な
逃げられたなら、追い掛けたくなるの
その背を何処までも追うてゆくわ
捕まえた
さあ――わたしのあかに|歪《ひず》め
以前、常夜にて聴いたことのあるお話
幼き唇から紡がれてゆく言葉に心傾け
その心の想いを、確と受け止めましょう
……そうね、手を伸ばしに往きましょう
愛らしい少女であるあなたの想いが
ルーシーさんの気持ちが、繋がることを信じて
――ええ、勿論よ。ユェーさん
あなたの居場所
“あなた”を必要とする場所
わたしたちの帰る館へと、帰りましょう
三人で『ただいま』と、告げるのよ
「トリスタンさんのご家族のお話はどれも温かいのね」
ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は、ふふー、と純粋で微笑みを浮かべていた。
本当の『家族』。
そして、大切な絆。
それはかつて、ルーシーがずっと欲しくて欲しくて、仕方なかったもの。
「トリスタンさんのお話しする愛おしさ、護りたい気持ちが、わたしにも解るわ」
たとえ形は違っても、今は違う形で得られたからこそ、とても幸せ。
ルーシーを娘にして愛し愛させてくれた彼に、家族の喜びをくれて。
いつも見守ってくれて背を押す言葉をくれる彼女に、歩むための力を貰った。
――だから、解るように成れたの、と。
ルーシーは、愛を識ったことで満ちている心で、トリスタンの想いに共感する。
そして蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)も、トリスタンの家族の話を聴いてふうわりと微笑んだ。
「貴方の言葉のひとつひとつから、家族という絆の強さを感じ得たわ。まるで見えない繋がりを感じるかのよう。ステキな人々に、恵まれたのね」
……家族。
眸を瞑れば、浮かび上がる相貌たち。
黒薔薇を咲かす麗しき姉も、記憶の涯に睡る双生の妹も、遠い和国に住まう父と母も――。
嗚呼、誰も彼も愛おしいひとたち。
トリスタンが家族を大切に想うように、七結にとっても家族が大切。
優しく注ぐ眼差しには、家族への愛が滲んで。
「あなたが家族を想う気持ち、その強さは、よおく理解ったわ。一人たりとも欠けてはいけない存在ね」
貴方の愛を守る為に。
悲しみが生まれないように。
力を尽くすわ、と微笑みを浮かべるのだった。
「トリスタンさんの家族はどの方も素敵な方達ですね。一人でも欠けるのはいけませんね。もしもご家族の身に危機が迫っているのだとしたら……救出しないといけません」
家族と聴いて、朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)は自身の家族を思い浮かべたが――。
自身の家族の形は、トリスタンの家族の形とは異なっている。
けれどトリスタンが家族を助けたい、護りたい気持ちなら深く理解していた。
なぜならその想いなら、いつも心の中にあるからだ。
――『帰る場所』『皆を想う気持ち』をくれて、初めて護りたいと思った七結。
――『家族』『優しい気持ち』を想わせてくれて、娘として護りたいと思ったルーシー。
二人との間に血の繋がりはなくても、二人は家族の様な、それ以上の大切な人達だ。
一人でも欠けることは許されない。
それが彼女達への『誓い』であり『約束』なのだから。
「ええ、誰も欠けてはいけない……。行きましょう。必ず間に合う筈。ご家族はきっと、トリスタンさんのことを迎えて下さるわ!」
だから大丈夫よ、と。
ルーシーはトリスタンに笑顔で伝えた。
「ありがとうございます。……大切な家族ですから一人でも欠けてはいけない。欠けて欲しくない、です。だから助けに行かないと、ですね」
トリスタンは三人の想い、想われる絆をとても素敵だなと想いながら。
そんな三人の言葉が心に響き、自分の家族を重ねるのだった。
しかし、第四層に到着するとトリスタンはガツンと頭を殴られたように青褪めていた。
教会が破壊されているその状況から、家族が劣勢にあること――そして敗北目前まで追い詰められている事を察したからだ。
地下室へと急行した際に、そこに居たのは暗黒の獣達。
血に飢えた鋭い牙が、トリスタンの家族へと襲い掛かろうとしていた。
けれどそうはさせない、と――。
ルーシーは家族を襲い掛かろうとする獣を見つめながら、ぬいぐるみをぎゅっと抱いた。
「……あなた達だって、命を歪められて此処にいるのかもしれないけれど。でもそれ以上進む事も、帰す事も出来ない」
ヴァンパイアによって体を作り変えられてしまった獣達へ複雑な想いもあるけれど。
でも、此処で倒さなければいけないと覚悟を決めて――。
ルーシーは、勇敢なお友だちを大きな声で呼んだ。
すると大きな角を持つ羊のぬいぐるみが、家族を喰らおうとしている獣達に突進する。
自分よりも体格が良く、獰猛で凶暴な相手だけれど。
勇敢に突き進む羊のぬいぐるみを助けるように、友達のぬいぐるみも背中を押して、みんなの力で獣を弾き飛ばす。
そして他の獣達も教会の一族を喰らおうと襲い掛かってくるが、その一撃を喰らう前に、ユェーが前へと立ち塞がった。
「彼等を喰らうというならこちらも貴方達を喰らいつきましょう。……大切な人達傷つける罪は重い」
ユェーは流れる紅血の雫を代償に、狂気暴食の巨大な黒キ鬼の封印を解いた。
そして封印が解かれた鬼は、飢えた眼差しを周囲に注いで、欲望のままに物色する。
代償の紅血の雫を喰らい、けれど紅血の雫だけでは足りぬと鬼が視たものは――……|丁《・》|度《・》|良《・》|い《・》|獲《・》|物《・》。
鬼は闇が覆いかぶさるようにあっという間に獣に喰らい付いて骨も残さず丸呑みする。
すると獣達は本能的に危険を感じたのか、退散しようとし始めた。
けれど、七結がそうはさせない。
「嗚呼、いけないわね。わたしの風に惑って頂戴な。逃げられたなら、追い掛けたくなるの」
――その背を何処までも追うてゆくわ。
彼らを狙う獰猛で貪欲な牙たちを、花の嵐にて攫って仕舞いましょう。
あかい牡丹一華の花嵐乱れて、いのちのあかにこころを捧ぐ。
「|捕《・》|ま《・》|え《・》|た《・》。さあ――わたしのあかに|歪《ひず》め」
憂いも嘆きも、その総てを攫って往こう。
世界の彩を、あか、あか、あか、――あかに染めて。
トリスタンを、彼の家族を、喰い荒らそうとした獣達がひいらり花舞う風に攫われて往く。
そうして三人は教会を襲った獣達を殲滅し、一時は敗北目前まで追い込まれたこの戦場に、平和をもたらすのであった。
「トリスタン……!!!」
「お兄ちゃん……!!!」
「父さん、母さん、モアナ……!」
トリスタンは、家族に囲まれながら抱きしめられていた。
嗚呼、両親も、妹も、依然と全く変わっていない。
魂人として帰ってきた自分を受け入れてくれるのか、と心配していたトリスタンだったが……。
その不安は拭い去られて、目元には涙が溢れていた。
トリスタンは家族から注がれる愛情に心癒されながら、ぎゅっと抱きしめ返す。
そんなトリスタンの様子を、三人は離れた場所から見守っていた。
――きっともう、トリスタンは大丈夫。
そうホッとした後で、ルーシーは心に引っかかっていた想いをポツリと呟いた。
「ルーシーの、ブルーベルのお父さま達も……この常夜世で亡くなった。上層か、他の形でかは分からないけれど……。でもこの世界の何処かで、トリスタンさんが囚われていたように苦しんでいる、のかな」
ダークセイヴァーの上層を訪れたことで理解したのは、死の先にも救いがあるとら限らないことだった。
闇の種族達が支配する、あの場所で。
魂人として生まれ変わったであろう父は、血の繋がった一族は、苦しんでいるのだろうか。
考えれば考える程、胸が苦しくなって居てもたってもいられなくなるけれど。
「もし苦しんでいるのなら助け、…たい。助けたいからこそ、ご家族の元へ戻った彼はわたしの希望なの……」
上層から救出されたトリスタンのように、いつか父と一族の皆を助けられるように――。
それまでどうか無事で居て欲しい、と……。
ルーシーは張り裂けそうな胸をきゅっと掴みながら、祈りを込めながら願っていた。
「……そうね、手を伸ばしに往きましょう」
七結は幼き唇から紡がれてゆく言葉に心を傾けて。
その心の想いを丁寧に汲みながら、確と受け止める。
以前にも、常夜にて聴いたことのあるお話だから、ルーシーの想いがどれほど深いかをよく識っていた。
(「――愛らしい少女であるあなたの想いが。ルーシーさんの気持ちが。繋がることを信じて」)
どうか叶いますように、と心から願いながら七結は寄り添っていた。
そしてユェーも見守るような温かな眼差しを注ぎながら、ルーシーの頭を撫でる。
優しく、優しく。
優しい娘に、優しくしたくて。
「ルーシーちゃん……ルーシーちゃんがそうしたいと望むのなら、きっと逢えますよ。助けに行きましょうね。その時は僕も一緒にいますから」
ルーシーは目を見開いて二人を見た後、目元を緩めて微笑みを浮かべた。
「うん、…うん。お二人とも本当にありがとう」
二人の愛は、ルーシーのことを心から想ってくれていることを強く感じさせてくれる。
嬉しくて、優しくて、大好き。
温かい手を、言葉を、確と感じるように目を閉じながら懐くのだった。
「御礼を言うのは此方の方ですよ。二人ともありがとうねぇ。二人に出逢えた事が僕にとって奇跡ですから」
――それから七結ちゃん、貴女も素敵なご家族と逢えるはず。
そんなふうにユェーが微笑めば、七結も微笑みを返して。
――ありがとう、と。
三人は皆で御礼を伝え合うと共に、微笑み合うのだった。
「さあ。無事に終わったことですし、帰りましょうか。連れて帰って下さいね。――『あの場所』へ」
ユェーの記憶は今も戻らないままで、今もまだ大切なあの場所を思い出せないままだった。
けれどその事がもう悲しく無いのは、七結が居て、ルーシーが居て。
『あの場所』できっと思い出せると信じ、希望で溢れているからだ。
ユェーが差し出していた手を、七結がそっと繋いで双眸に優しさを滲ませる。
「――ええ、勿論よ。ユェーさん。あなたの居場所、“あなた”を必要とする場所。わたしたちの帰る館へと、帰りましょう」
――三人で『ただいま』と、告げるのよ。
そうすればきっと、思い出せる筈だから。
そう微笑み向ける七結に。
ユェーは繋いだ手を優しく握り返した。
そしてユェーのもう一方の手を、ルーシーが確と握って。
「ええ、帰りましょう、皆で!」
また沢山思い出を紡ぎましょう、と嬉しそうに手を繋ぐルーシー。
そんな彼女の手を優しく握り返しながら、ユェーは頷くのだった。
「そうですね。皆で帰りましょう」
――ただいまと共に。
かけがえのない貴女達と、共に。
「そうだ。ルーシーちゃん、七結ちゃん。帰ったら美味しいお茶を淹れましょう」
「お茶を淹れてくださるの? それはとても楽しみだわ」
「うん! パパが淹れてくださるお茶はいつも美味しいものね」
帰り道は三人一緒。
向かう先は同じで、彼の淹れるお茶が恋しくて。
何だか早く『ただいま』と言いたくて堪らない気分だった。
ええ、もちろん。
――『あなた』も、一緒にね。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
最終結果:成功
完成日:2023年04月22日
宿敵
『千花繚乱『ミルフィオリ』』
を撃破!
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