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ミレンちゃんの言うことには

#キマイラフューチャー #戦後 #【Q】 #宿敵撃破

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#キマイラフューチャー
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#戦後
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#【Q】
#宿敵撃破


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 エモい、エモーショナル、つまりは情動、それは波止まぬ水面。
 幼子の頃、常に時化ていた筈の嵐吹く海域は、いつしか風の無い海となり、そこが凪いでいることにただ濁った灰色の安堵を覚えたまま、人はずるずると航海を続けていく。
 航海。それは後悔の連続。この何もかもが薄っぺらい未来のなかで、過ぎた荷を船に抱きすぎた人類は、ついにその自重に耐えかね、沈没してしまったのかもしれない。
 それでも、ミレンちゃんはまだここにいる。
 いや、いたことになる。ミレンちゃんは、もうすぐ消えてしまう。

『わたしはミレン。あなたの名前を教えて?』
 彼女はいつでもそう言って笑う。

 ミレンちゃんは電子の妖精だ。誰が作ったのかは知れない。
 すこし茶色がかった黒い巻き髪に、地味なセーラー服と長くも短くもないスカート。この地球にはもうどこにもいないであろう『初恋の女の子』という概念を擬人化した彼女のキャラクターは、かつてこの街に蠢く情動を一心に集め、瞬く間に喰いつくされた。その時も、ミレンちゃんはひとり健気に笑っていた。
 しかし、ひとの心がうつろうのは、残酷なほどに速い。
 情動を燃料にくるくると廻る世界では尚更、ミレンちゃんは加速度的に忘れ去られていく。ミレンちゃんは、それでも笑顔をふり撒いた。未だに彼女に会いに来るあなたのために。
 けれど来客数の減少には耐えられず、ついにこの場所は、本日をもって閉園となる。
 ミレンちゃんの記憶容量には限界があった。
 別れる前に一目と、今更のこのこ帰ってきた『あなた』の心臓へ、ミレンちゃんはナイフのように研ぎ澄まされた現実を突きつけた。

『初めまして、わたしはミレン。あなたの名前を教えて?』

 ミレンちゃんはどうしてか、あまねく世界を満たす水の底にいる。
 作者の意図は不明のまま。『きっと』にも『もしかして』にも、もう答えてはくれない。
 薄桃色の花片が涙のように散る中で、星と、月と、夜ばかりに囲まれながら佇んで、不意にふり返る彼女の身体はもう白黒で、乱れたノイズが走っている。
『わたしはミレン。あなたの名前を教えて?』
 ――、

 過去は都合のいい追憶を赦さなかった。
 そんなささやかな別れの日すら、誰もその美しさを保証してはくれない。

●I'll say goodbye to you here
「不要品が有る? 然らばわしが安価で買い叩いてやろう。此の世に使い道無きものなどそうはあるまいて」
 強欲の魔女は見目に似合わぬ老獪な笑みを浮かべ、嘯いた。とはいえのう、と、マジョリカ・フォーマルハウト(みなみのくにの・f29300)はため息をつく。
「心は容易く譲渡できぬゆえ、公共の他者が必要とされるのであろう。それがこの『ミレンちゃん』なる娘の形で錬成された、其れだけの事よ」
 しかしそうも割り切れぬのは、人間もキマイラ達も同じだったようだ。プログラムである彼女に人格を見出だしてしまった者たちが、密やかに別れを惜しむ中、怪人による襲撃が起きる未来をマジョリカは視たという。事件前に現場へ赴き、襲来に備えてほしいとの事だ。
 ミレンちゃんがいる場所は、仮想空間上の海底だ。所謂メタバースの世界だと思っておけば問題ないだろう。猟兵達もアバター化して潜入することになるが、ユーベルコード等は問題なく使用できる。
「事件前に人払いを行いたい所ではあるが……生憎時間がない。人もそう多くはない、貴様たちも暫しこの空間で気でも休めると良かろう」
 ――時間がない。
 それは、人払いをする時間がない、という意味ではない。ミレンちゃんが消えてしまうまでの時間が、もう残り僅かしか残されていないという話だ。
「時は金なり。そして、金では買えぬものがある。解るな。何、わしも人間の欲望に不理解ではないというだけよ」

 瞼を閉じる。
 あえかな月光が水の底を揺らしていた。
 "いらないもの"を、そっと流して捨て置いてゆける――彼女の海だ。


蜩ひかり
 蜩です。よろしくお願いいたします。

●プレイングについて
 受付状況はタグでご確認ください。
 今回はなるべく全採用したいと考えておりますが、無理のないペースで執筆しますので、再送が複数回発生する事になっても大丈夫な方向けです。
 MSページも一度ご確認いただけますと幸いです。

●ミレンちゃん
『捨ててしまいたいもの』の話を聞き、それなりの返事を返してくれる、作者不詳のNPCアバターです。
 最初に名前を聞いてきますが、答えなくても偽名(PCさんの登録名とは違うHN的なもの)を名乗っても構いません。年齢に関係なく『〜ちゃん』『〜くん』と呼んできます。
 思い描いたものをホログラムの海に浮かべ、一緒に見てもらったり、他の話や遊びもできます。
 一人で静かに楽しもうとしている方のお邪魔はいたしません。

 ※基本的に参加者様とは初対面ですが、『実は常連』『実は過去に来たことがある』という設定にしてもOKです。ご自由にどうぞ。

●二章
 キマフュにあるまじきシリアス戦闘です。
 フリではなく本当です。
 最後のひとときを破壊しに来る邪悪な怪人を撃退してください。

 以上になります。プレイングをお待ちしております。
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第1章 日常 『つきはそこから』

POW   :    深海魚の心地で游ぐ

SPD   :    名無しの匿名希望さん

WIZ   :    偽物アバターの独り言

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●1
 人類が滅ぶほどに遠い、遠い、いつかのその未来はたいしたものだ。
 仮想空間上に浮かべられた月夜の海は思いのほか静かで、現実にも比肩するほどの解像度を以て、電子になったあなたへと押し寄せる。
 ミレンちゃんの描く海はいつも決まって夜だ。しかし、暗くはない。仄かな月光に満たされたそこには、哀しみに寄り添う穏やかな安らぎがあった。海の底へ花の雨を降らせるなどと、酔狂な舞台演出を考えたのは誰であろうか。有り体に言ってしまえば画面映えするスポット。しかし、いざ人の気配が消えてみれば、妙に淋しい景色だ。『いる』としか思えない彼女の解像度だって、未来の住人達にとっては、そう珍しいものではなかったのだろう。

 しかし、陽気で移り気なキマイラ達の中にも、あぶれ者は存在するようだった。
 時は戻らないと。後悔してからでは遅いのだと、しきりに悔やみ続ける男の姿があった。
 あなたのそんな顔を見たくはなかったよ。
 ミレンちゃんは泣きそうな顔で笑い返す。だってそれは、あなたのせいじゃないもの。
 
 そして――ミレンちゃんは、新しい客人に気づいてふり返る。
『わたしはミレン。今日でみんなともお別れだね。ねえ、あなたの名前を教えて?』
楪・終伽
わたしはおとぎ
伽の終わりと書いて、おとぎ
おかしな名前でしょう

ミレン、あなたの字は……
やっぱりいいわ
少なくとも今のところは蛇足だもの

これはあなたの創った夜なの
わたしは好きよ
凪の海に月の影

捨てたいもの
たくさんあるわ
重力、怖い夢、煩い人、強い陽射し、
嫌いなものが山ほどあるのよ
指折り数えたら何往復するかしら
だから、そうね
怒り
その感情がなければいい

ミレンは知っている?
怒りってね
実は寂しさなんだって
何故自分が孤独なのにあの子は笑ってるのか
僻む苛立ちなんだって

寂しさを捨てれば解決
それもそうなんだけれど
寂しくないと人と人は寄り添わないのよ
それって結局、寂しいわ
寂しい夜にしか
わたしの御伽話は役に立たないんだもの



●2――『おとぎ』
 電子の海を揺蕩う感覚は、重力から解き放たれたような錯覚をもたらす。|楪《ゆずりは》・|終伽《おとぎ》(虧月・f37300)は暫しその自由に身を委ねると、心地良い静けさへ浸るように瞼を伏せた。瞼のうらには月がある。海の底は、どこか宇宙に似ている。

『こんにちは。あなたは……お話しても大丈夫かな?』
 ミレンちゃんがすこし遠慮がちにそう尋ねると、終伽は存外友好的に「ええ」と微笑んでみせた。少女の顔がぱっと明るむ。名前を教えて。そう問われたので、返事を返す。
「わたしはおとぎ。伽の終わりと書いて、おとぎ」
 おかしな名前でしょう。唇の端に、悪戯めいた寂寥をほんの僅か滲ませて笑えば、ミレンちゃんは首を横に振った。
『おとぎちゃん。わたしはあなたの名前、好きだな。口に出すとかわいいし、終われなかったお話は一番悲しいよ』
 そういえば好きな漫画の連載が途中で止まっちゃってるんだ、なんて、嘘か本当かいかにも少女らしい事を言う。ミレンちゃんがその結末を見届ける事はないのだろう。
「ミレン、あなたの字は……」
 そう尋ねかけて、終伽は口を閉ざす。けれど、ミレンちゃんは一瞬視線を宙に彷徨わせると、こう返した。
『……美しい恋だよ』
 それは、最初から用意されていた回答なのだろうか。尋ねることはやはり、少なくとも今は蛇足であるように、終伽には感じられたのだった。

 静寂というほど無音ではなく、街に溢れる煩雑な喧噪とも程遠い。遥か昔、人は月に海があると信じ、ただの陰に名を与えた。もしもその御伽噺が真実だったならば、此処はどの海だろう。かすかに響くさざ波が鼓膜を揺らす凪の海、名もなき月の影のなかで過ごす、ひとりのようで独りでない時間。
「ミレン。これはあなたの創った夜なの」
『うん。おとぎちゃんは気に入ってくれた?』
「ええ。わたしは好きよ」
 捨てたいもの、たくさんあるわ。ホログラムの花を指先ですくいながら、そう溢す終伽の声音は細く高く張りつめて、触れれば弾けてしまいそうに美しい詩のよう。
 重力。怖い夢。煩い人。強い陽射し。それから、それから――こうして嫌いなものを指折り数えている時間だって、きっと。細い指先が何往復かしたあたりで、どこまで言ったか判らなくなった。
「わたし、今いくつまで話したかしら」
『……いっぱい?』
 隣で同じように指を折っていたミレンちゃんまでそう言うものだから、くすりと笑ってしまった。
「そうね。わたし、嫌いなものが山ほどあるのよ。だから――」
 ――怒り。
 こんな静かな夜でさえ奥底に流れる、その感情がなければいい。吐息と共に吐き出せば、言葉は泡となり、水面へ向かう。そっか。わたしはね、実はその感情は持ってないんだ――ミレンちゃんはそう言った。確かに、NPCには不要なものだろう。
『だからね、いつ会っても怒る人もいるの。でもまた会いに来てくれるんだ。不思議だよね』
「ふふ、すこし分かる気がするわ。……ねえ、ミレンは知っている? 怒りってね、実は寂しさなんだって。何故自分が孤独なのにあの子は笑ってるのか、それを僻む苛立ちなんだって」
 終伽がそう言うと、ミレンちゃんははっと何かに気づいた顔をした。そっか。わたしにはわからないから、きっといつも怒られちゃうんだね。しょうがないなぁ、なんて笑って。
『……寂しさって無くしてあげられないのかな、おとぎちゃん』
「捨てれば解決することもあるかもしれないわよね。でもね、寂しくないと人と人は寄り添わないのよ」
 それって結局、寂しいわ――水面にゆらめく月を仰いで、終伽は眩しそうに眸を細めた。誰より静けさを求めてやまないのに、こんな夜にかぎって、この舌は誰よりお喋りになる。そんな矛盾もきっと、指折り数えた「山ほど」の中の、飛ばしたひとつに入っていたのだろうけど。
「ミレン、あなたの話も聞きたいわ。そうしたら、語られただけわたしも語ってあげる。寂しい夜にしか、わたしの御伽話は役に立たないんだもの」
 ――おとぎちゃんは優しいね。だって、怒っている人には全然見えないよ。
『話してくれてありがとう、おとぎちゃん。きっとその気持ち、わたしには必要だったから』
 じゃあ、なんの話からしようかな――そう言って、ミレンちゃんは終伽の眸をみつめる。彼女自身にはけして見えない月を、ひそやかに満ちては欠ける、瞼のうらの月を見ていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

御形・菘
はっはっは、久しいなミレンちゃん! 妾だ、菘だ!
いやしかし、はじめましてと言っておくとしようか

此度は純粋に自己満足のために来たのだ
忘却の果てに消えるものを、記録へと残すために
そして、無粋極まりない輩を握り潰すためにな
とまあ、ある程度ミレンちゃんの姿を撮影したら、後はカメラ抜きのオフレコタイムだ


海の底に花の雨が降るのなら、私はここに花園を作ってあげる

…私には耐えられないよ、皆の記憶から消えてしまうのが
誰からも忘れられた時に、人は本当に死んでしまう…それがどうしようもなく恐ろしいの…
見送るなんて表現はあまりに傲慢、そしてただのプログラムであったとしても、
それでも、私は私に今できるだけのことをするよ



●3――『菘』
 その禍々しい異形を一目見たら、普通忘れるという事はないだろう。だが、それは人の感情が彼女の姿やふるまいに、鮮烈な畏怖や憧憬を覚えるからに過ぎない。
「はっはっは、久しいなミレンちゃん! 妾だ、菘だ!」
 |御形《ごぎょう》・|菘《すずな》(邪神様のお通りだ・f12350)はいつも通り、赤く長い舌を蛇のように蠢かせながら、歪な左腕を振りかざし、高笑いをしてみせた。三千世界に跋扈する怪人どもを痛快にボコる、蛇神にして邪神たる妾のポーズ……なのだが。
「……いや、しかし、はじめましてと言っておくとしようか」
 今日は常の覇気がなかった。それもそのはずだ、ミレンちゃんが今日初めて会ったかのようにきょとんとしているのだから。ミレンちゃんは、使わなくなった古いデータを機械的に、順番に消去していく。そこに人らしい私情が挟まる余地はなかった。
『はじめまして、菘ちゃん。わたしはミレン。そのポーズカッコいいね!』
 ミレンちゃんは邪神のポーズの真似をして笑う。以前来た時にもこんなやり取りをしただろうか。なにか、少しでも違うだろうか。
 過ぎた時を動画のように巻き戻すことは、できない。

 配信者たるもの、いかなる時も視聴者を楽しませ、夢中にさせる事が第一だ。自己満足の企画には誰も笑顔を向けてくれない。けれど、今日ばかりは純粋に、自分のためだけにカメラを回す。
『こんにちはー、みんな見てる? 配信者のミレンだよ~……えっと、こんな感じで大丈夫かな』
「はーっはっはっは! 良いぞ良いぞ、何でも自由にパフォーマンスすれば構わぬ! 何しろ視聴者は妾しかおらぬゆえ、高評価率100%、いや120%であるからな!」
 撮影用ドローンの目玉が、ミレンちゃんをあらゆる角度から撮影する。ポーズを取ったり、手を振ったり、あえて力を抜いて素の表情を見せたり。そんな彼女をけして忘却の果てに消してしまわぬよう、映像として記録する。
『菘ちゃんはいいの? せっかくだし一緒に映ろうよ』
「うむ、ミレンちゃんが望むならば幾らでもコラボしてくれよう! ……はーっはっはっは! 皆の衆、本日はスペシャルなゲストをお招きしておるぞ! 刮目して見よ!」
 画面いっぱいにふたりの笑顔が映る。その宛先は、いつかこの動画を視聴するだろう未来の菘だ。そのファイルを開いた時、他ならぬ己自身が満たされるために、今全力を尽くすのだ。
『はーっはっはっは! はぁ、はぁ、ははっ……笑いすぎて声枯れてきちゃった。ありがとう、菘ちゃん』
 実は動画配信者ってちょっと憧れだったんだ、なんて溢す彼女を眺めながら、菘はそっと全てのカメラとマイクの電源を落とした。ここからはオフレコだ。誰にも見せないし、記録にも残したくない――ほんとうの御形菘として話したいこと。

 海底に降る薄桃色の花の名は桜だろう。いつの時代もエモい花の代表格とされるのは、きっと別れの季節と共に咲き、儚く散っていくからだ。
 ――なら、私はここに花園を作ってあげる。
 静かに言葉を紡ぐ菘の表情に邪神の面影はなかった。一面に広がった小さな黄色の花たちは、可愛らしいものの派手ではない。慈愛と奉仕の花言葉を冠する、それ。
「……私には耐えられないよ、皆の記憶から消えてしまうのが……」
 今にも泣きだしそうな声だった。
 ミレンちゃんが自分の事を綺麗さっぱり忘れていた時、まるで殴られたような心地だった。配信を続ける中、様々な理由で離れていく視聴者はどうしたっている。自分自身がそれになっていた現実は棘となり、頑強な身体の奥深くに刺さって抜けなくなった。
「……いつか誰からも忘れ去られた時、人は本当に死んでしまう……私は、それがどうしようもなく恐ろしいの……」
 ――ごめんなさい。
 今更見送りにきた、なんて言える資格はない。こんな弱音はここに捨てていくしかない。それでもミレンちゃんは、いつかのように笑って答える。
『わたしは忘れないよ。最後に菘ちゃんの動画に出られたこと。菘ちゃんが本当は寂しがり屋の女の子だってこと。……消えちゃっても、きっと覚えてる』
 その発言に人格を見出すのは間違っているだろうか。
 思い出が後悔だけで終わらないよう、『私』はできる限りを尽くそうと思う。
 無粋極まりない輩を握り潰す――『妾がいろんな世界で怪人どもをボコってみた』は、そのためにあるのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報
電子の海で人々は自分で自分に名前を付ける
好きなものとか
なりたいものとか
……思いつかないから「夏報さん」でいいよ

たとえば在ったかもしれない普通の人生について考える
親父の会社の取引先の長男とかと結婚して
文句を吐き散らかしながら共働きの育児をして
地元の国立大学に子供を全員放り込んだら、きっとやることなくなっちゃうから無駄にデカい犬とか飼うんだ

あるいは在るはずもない特別な人生について考える
守るべきものとか守りたいひとがいて
道義的に果たさなきゃならない使命もあって
悲しみや憎しみを正しく悪への怒りへと変えることができて
なんか戦いの中でカッコいい覚悟とか決めるんだ
さっきと比べて全然具体的なことが浮かんでこないけど、身長は180cm欲しいな

時々そういう人生について考えて
やっぱり別にそんな人生いらないなあって思うんだ
それでも時々考えちゃうのは
後悔ってほどでもない
まさに未練ってやつなのかな

捨てていくよ
起こらなかったことよりも起こったことを大事にしろって言うし
こうして君と話せているのも……「起こったこと」かな



●4――『夏報さん』
 好きなものとか、なりたいものとか、将来の夢とか、目標とか。
 別にいま改めて思い返さなくとも、そういったきらきら概念とは無縁の人生だった気がする。まあ少なくとも人の形をした何かになって、怪物と戦いたいとは考えた事もなかった……とは思う。だってそういうのがまさに『夢』じゃないか。
 途方もない画素数で描写された電子の海には、死体なんか浮いていそうもいなかった。現実離れした風景のなかに、いやに生々しい人影がぽつぽつと見えるだけ。そして、もうすぐ水死体になる女の子が、首をかしげて微笑んだ。
『初めましてかな。わたしはミレン。あなたの名前を教えて?』
 自分の名前。|臥待《ふしまち》・|夏報《かほ》(終われない夏休み・f15753)はしばし逡巡したのち、なんとも言えない顔でふにゃりと笑った。半ば癖と化した人間しぐさは、もう急にはオフにしづらい。
「……思いつかないから『夏報さん』でいいよ」
『『夏報さん』だね。んー、こういう時っていつもどうしようか悩むの。あなたは夏報さんかな、夏報ちゃんかな』
 どうやら、ミレンちゃんは夏報さんの呼び方に迷っているようだ。未来のNPCはここまで高度なことを考えるらしい。
『決めた。やっぱりここは間を取って『夏報さんちゃん』にしとこう』
 そこは僕の意見聞かないのかよ、と突っ込みかけたが、ミレンちゃんは悪戯っ子の瞳をしていたから、とりあえず今はそれでいいかという事にしておいた。

 何の話をしようか。強いられた世間話でなければ、聞いてほしい事は意外とたくさんあった。たとえば、こんな話。
「ミレンくんは『普通の人生』ってどういうのだと思う」
『うーん……毎日寝ながらバズってる動画を見て、SNSで友達の投稿にいいねして、次流行りそうなものを頑張って考えること?』
 ミレンちゃんはキマイラフューチャーなりの価値観で答えた。楽しさが飽和した毎日だ。彼らは苦とも思っていないのかもしれないが、ポップな未来の住人もあまり楽じゃなさそうだな、と夏報は思った。
「そうそう。親父の会社の取引先の長男とかと結婚して、文句を吐き散らかしながら共働きの育児をして、地元の国立大学に子供を全員放り込んだりするんだ。それが普通の人生」
『……大河ドラマ?』
 なにやら壮大な解釈をされた。ああ、この星にとっては、今自分が生きている時間軸はもう『歴史上あったとされる出来事』なのか。江戸や鎌倉ではすまなさそうだから、石器時代ぐらい遠い昔かもしれない。ミレンちゃんは難しい顔で言う。
『そっか。わたしも、夏報さんちゃんと一緒にあの時代を生きてたかもしれないんだよね。でも、それが普通なんだ……そうなのかなぁ。……好きじゃないひとと結婚するのが普通だったら、わたし、誰とも結婚できないや』
 なんかみんな戦国武将みたいだよね。すごいよ、とミレンちゃんは笑う。
「そこまで大層な事じゃないって。きっと、子供が自立したらやることなくなっちゃうから、無駄にデカい犬とか飼うんだよ」
『あはは、でもそれはちょっと楽しそう。じゃあわたしは、手間のかかるハンドメイドアクセサリー作りとか始めて、フリマアプリでお店開いたりする人がいいな』
「よしなって。あそこは魔界の入り口だよ」
『えー』
 どうやら、2020年代に『普通』をやるのは歴史的な偉業という感覚らしい。ぴんと来るような、来ないような、奇妙な話だった。

『夏報さんちゃんって、昔の地球から来た猟兵さんかな。たまに来るんだ、違う世界の人』
 どこへ行っても特別扱いが常の星だが、名声も深海までは届かないらしい。特別……特別か。そんなキャラでもないし、握手やサインなど求められない方が身の丈に合っている。
「そうだよ。夏報さんは猟兵。でも、ぜーんぜん特別じゃないんだ」
『特別じゃない猟兵さんもいるの?』
「いるよ。たまに考えるんだ。どうして世界は僕なんか選んじゃったんだろうなって」
 海の底に座り、海面を見上げる。あえかな月明かりすら、どうにも綺麗すぎて眩しい。
 守るべきものとか、守りたいひととか、もう即答できるほど青くはないし。
 道義的に果たすべき使命に燃えたことなんて、たぶん一度もない。
「悲しいのも、憎いのも、全部なんとなく『しょうがないなぁ』って感じで流しちゃうからさ。いかにも悪そうな奴に正しく怒るのが、もう出来なくなっちゃったんだろうな」
『でも、それって夏報さんちゃんが大人だからじゃないかな』
 ミレンちゃんは、目をそらしたくなるほどまっすぐな瞳で夏報さんを見つめてくる。
 分かっている。そうかもしれない。だけど、憧れられるような大人じゃない。普通にもなれず、特別にもなれず、いつも枠の内外を隔てる線すれすれを頑張って歩いて、たまにうっかりはみ出している。
 そんな、どこにでもいる大人の抜け殻みたいな夏報さんは、セーラー服の少女へ苦笑を向けた。
「いや、そうでもないよ……なんか、一度は戦いの中でカッコいい覚悟とか決めてみたいよなって、ちょっとだけ思うし」
『少年漫画みたいに? 動画配信王に俺はなる! みたいな』
「うーん、たぶんそんな感じかなあ……」
 想像してみる。
 海賊にも、なにかの柱にも、呪術師にも、悪魔狩るやつにもなれそうになかった。
 夏報さんはきっと名前ももらえず、背景も語られず、ただ主役を立てるために数コマで殺されるモブだ。存在しない娘息子が自分の介護についてもめる様子なら想像できるのに、誰になって、何をしたいかは、哀しいほどに思い浮かばない。
 ……いや、一つだけあるか。具体的な夢。
『あれ? 夏報さんちゃん、ちょっと身長伸びた?』
 ふたりで立ち上がってみると、ミレンちゃんの目線が頭一つほど下にあった。アバターだし、せっかくだから今だけ身長180センチの設定にしてみた。カッコいい夏報さんちゃんだ、なんて屈託なく微笑まれたけれど、やっぱりこう、夢は夢だ。不思議と、なんかちょっと違うなあと感じたりもする。
「妙に落ち着かないな。元に戻そう……」
『えー』
「まあ時々、そういう人生について考えてさ。やっぱり別にそんな人生いらないなあ、って思うんだ」
 故郷はどうせ平凡な海辺の田舎だし、タイムリープする原因は兄の事業が失敗するのを止めるため。最悪だ。いくら考えたって『特別』になれた分岐点の心当たりはないし、『普通』ができなかった事をとりわけ後悔してもいない。
 けれど。それでも、時々頭を過ぎる。
 もし、人生に関するなにかを、たったひとつだけ自分の意思でやり直せるとしたら――。

「……これがまさに未練ってやつなのかな。捨てていくよ」
 夏報さんのため息が泡になる。起こらなかったことも、起こってしまったことも、平等にしょうがないのだ。『しょうがない』が習慣化した自分まで受け入れないと、大人なんかとてもやっていられない。
 154センチに戻った夏報さんの目線は、ミレンちゃんとほぼ同じだ。少女は意外と神妙な顔で聞いていた。
『夏報さんちゃん、カッコいい覚悟、もうあるじゃん。わたしはそう思ったよ』
 そうだろうか。特に立派な決意を語ったつもりはないので、なんだが気恥ずかしい。
「あのなんかずっとうにゃうにゃ言ってたやつがか? まあ、こうして君と話せているのも……『起こったこと』かな。大事にするよ」
『うん、そうしてもらえると嬉しいな。わたしも夏報さんちゃんに会えてよかった』
 こんな風にとりとめのない話をする時間も、二度とはない機会。
 起こったこと全てが悪かったわけじゃない。大事にするのも、されるのも、まだ慣れないけれど。捨てたくないなと思うものはそれなりにあるし――後悔の種にしたくはないから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カーティス・コールリッジ
電脳世界へのダイブははじめてじゃない
なんなら、母艦の戦闘シミュレータよりもずっと
ノイズ混じりのいまでさえ、ここのほうが色鮮やかなように見えた

花が散ることに郷愁を感じるのは、地上人たちの『フゼイ』ってやつらしい
おれの目にはただただきれいにうつるその海に、彼女はそっと佇んでいた

あなたがミレンちゃん?
はじめまして
俺はカーティス
C.u.r.t.i.s.
カーティスだよ

あのね
おれは肉のからだを持っているけれど
きみとあんまりかわらないんだ

ひとにつくられて、生かされて
いつか、消える
それをこわいと思ったことはあったのかもしれないけど、おもいだせない

おれのなかの『いらないもの』は
大人達がそう決めたら、おれの意思なんか関係なく消されてしまう

いままでなんとも思わなかったのに
最近それがすごくかなしいんだ
こんなことなら、はじめからおれを機械のからだで造ってくれたらよかったのに

おれがいらないのは、このかなしいきもち
……ううん、ちがうな
誰かに消される前に、自分で隠したいんだ

ミレンちゃん
……この海の中で、預かってくれる?



●5――『カーティス』
 突然、重力から解放され、広大な宇宙へ投げ出されたような感覚。カーティス・コールリッジ(CC・f00455)にとって、星と海はひと繋がりになったもので、水槽に抱かれた記憶は原初から存在する風景だ。ただ、ここには冷たい天井が見えない。頭上には月がかがやいている。
 地球という星の衛星らしい、そのちいさな光の揺らぎを追うように、好奇心に満ちた空色の瞳が暫しくりくりと動いた。
 そして、時折ノイズが走る電脳の海の奥深くまで、少年はまっすぐに潜水していく。アバターの操作感にも慣れがあった。この空間は、母艦の戦闘シミュレータによく似ているのだ。けれど、そこに――少なくとも今はまだ――撃ち抜くべき攻撃目標は存在せず、迅速に達成しなければならないミッションが下されることもない。
 彼の母艦には大人が大勢いたから、きっとシステムの管理状態はいつでも良好に保たれていた。長らく放置されていたらしい此処とは、比べるべくもない。
 けれど、何故だろう。
 ――おれはこの感情をしってる。『きれい』っていうんだ!
 少年の瞳には、細部まで精密に再現された帝国の戦艦よりも、崩れかけた電子の海のほうが、色鮮やかに感じられていた。

 やがて、彼は海底に着地する。
 ひらひらと降る薄桃色の花を両の手ですくってみれば、白黒の花びらが混ざっていた。ビビットな未来都市にはあまり馴染まないその花に、どうしてかノスタルジーを抱いてしまうのは、地上人たちが言うところの『フゼイ』ってやつなんだろう。
 カーティスの母艦には咲いていない花だったから、澄んだ両眼がうつすのは、ただただその花たちを『きれいだ』と思う、無垢な感動だけだ。
 海底にそっと佇む、見慣れない服を着た少女の姿を捉えると、少年は常の笑顔をぱあっと咲かせて駆けていった。無邪気な表情を眺めるミレンちゃんも嬉しそうだ。
『あなたは初めてさんかな。この海は気に入ってくれた?』
「うん、すごく! ね、ね、あなたがミレンちゃん? はじめまして! おれはカーティス」
 『C.u.r.t.i.s.』、カーティスだよと、一音一音弾むように、言葉に出して発声する。それだけでも気持ちは伝わったろう。
 『C.u.r.t.i.s.』。
 おなじように繰り返し、うん、よろしくねカーティスくん、と、ミレンちゃんはにっこり笑った。
『カーティスくんは遊びにきたのかな? それとも、わたしにお話したいことがあるのかな』
 今でもここに来るのは大体が大人のひとで、ちいさなお客様は珍しいらしい。
「あそぶのもたのしそうだけど、おれ、ミレンちゃんに聞いてほしいおはなしがあるんだ。聞いてくれる?」
 そっか、その歳で苦労してるんだねぇ、なんて、ミレンちゃんはちょっとだけお姉さんぶる。その身体に走るノイズを眺めながら、カーティスは言った。
「あのね、おれは肉のからだを持っているけれど、きみとあんまりかわらないんだ」
『……どういうこと?』
「おれはね、ひとにつくられたひとなんだ。宇宙のみんなを襲うわるい敵と戦って、倒すためにうまれた兵器」
 けして特別になれない猟兵もいれば、生まれたときから特別な猟兵もいる。
 カーティスは後者だ。選ばれた最高傑作だからこそ生かされて、けれど役割が終わったら、なんの躊躇もなく消されてしまうかもしれない。自身がシミュレータの中で幾度となく破壊した敵機体のように、なんら感慨を持たれることもなく。

(いつか、おれも消える)あんなふうに。

『カーティスくんは、消えちゃうのが怖いって思ったことは、なかったの』
「あったのかもしれないけど、おもいだせない。それも、きみと一緒」
『わたしと……? ううん、わたしは会ったひとのことも、そのひとと何を話したかも、覚えてるよ』
 ミレンちゃんは忘却を否定する。その様子を見たら、きゅっと胸が苦しくなった。見かけがどんなに人間らしくとも、データの塊である彼女は『忘れている』という自覚を持つことができない。
 ――やっぱり、ミレンちゃんはおれと同じなんだ。
 愛、美しさ、友情、慈悲、不理解、無駄。
 星の海から出航した少年は、不合理な感情に限ってたいせつで、放したくないものだと知った。
 でも、カーティスのなかから『いらないもの』を選別するのは、いつだって大人たちの意思だ。自分自身、バグはそうやって削除されるのが当たり前だと考えてきた――はずだった。
「なんでかな。なんとも思わなかったのに。最近、それがすごくかなしいんだ」
 誰かの勇気になればと、絶やさずにいた笑顔が崩れそうになる。つらい。苦しい。ただ兵器として生きていた頃なら、こんな苦しさは躊躇いなく切り捨てられただろう。
 こんなことなら、はじめからおれを機械のからだで造ってくれたらよかったのに。
 そうすればきっと、余計なことは考えず、ただプログラムされた通りに覚え、忘れ、行動できたのに――いつもなら誰にも零さないような弱音が、どんどん湧いてきて、電子の海に流れていった。

 海中にまたノイズが走る。ミレンちゃんは年相応の幼子をあやすように、そっと傍らにしゃがみこんで、静かに頷いていた。
『わたしにも『これはいらないな』って思われちゃった感情、たぶんあるんだ。怒りとか、この人は特別とか、消えちゃうのが怖いとか……そういうの。でも『悲しい』はわかるよ』
 本当に、どうして神様はこんなに苦しい感情だけくれたんだろうね。
 ミレンちゃんがそう苦笑してみせたのも、おそらく共感を生むために計算して組まれたプログラムのはずで、傷つく必要なんてないのに。
 これが悲しみ。これが、生きているということ。博士はどうしてわざわざおれを生命体にしたんだろう。ひとという生き物は、心も身体も、機械よりずっと脆い。
「おれがいらないのは、このかなしいきもち。……ううん、ちがうな」
 カーティスは首を横にふるった。
 はっきりした答えにはまだ辿り着けていないけれど、航海の途中、出会ってきたあたらしい感情は眩くて、どれも一番星のよう。いつか見た水晶の星は、砕けて壊れる前が一番綺麗だったろうと思ったあの時の自分を、もう『なかったこと』にはされたくない。
「誰かに消される前に、自分で隠したいんだ」
 だから、少年は今日も健気に、元気な顔で笑ってみせた。
 それを見たミレンちゃんも、つられたように満面の笑顔を浮かべる。
『えらい! カーティスくんのその笑顔があったら、きっとどんなつらい気持ちにも負けないよ』
 なかなか言葉にならなかった思いを口に出したら、またすこしだけ、生きるということへ近づけた気がした。その航海はまだ終点が見えないけれど、重い荷物は自分の選んだ場所へ、宝物のようにしまっていきたい。
「ミレンちゃん……この海の中で、預かってくれる?」
『うん。捨てないで、預かっておくね。これはカーティスくんの大事なものだから、いつか必要になったら、取りに来てね』
 わたしが何処か遠くに行ってしまっても、きっとカーティスくんはまた見つけられるよ――ミレンちゃんがそう言ったとき、一際激しいノイズが走った。まるで嵐のようだ。電子の海が赤く点滅し、甲高い警告音が鳴る。
『――!? 不正なアクセスがあったみたい。ねえ、カーティスくん、あれ……』

 ここは静かな月夜の海。決して戦闘シミュレータの中ではないはずだった。
 だが――ミレンちゃんが恐る恐る指さした先には、『そう』としか思えない、悪夢のような何かがいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『キリング・ロウ』

POW   :    ブラッディラピッドネイル
【1/(Lv×8)秒の間隔での連続引っ掻き】を発動する。超高速連続攻撃が可能だが、回避されても中止できない。
SPD   :    ジェットフェザー
【マッハLvの速度での飛行による連続突進】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ   :    花激裂傷グラップ
【正面で4つの手を合体させて放つ掴み】が命中した対象に対し、高威力高命中の【包み込むような握り潰し攻撃】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は綺乃坂・叶です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●6――『キリング・ロウ』
 電子の海に激しいノイズが走る。明滅する視界のすべては赤と黒に塗りつぶされ、機械的な警告音が静寂を切り裂いていった。不正アクセスがあったみたい――ミレンちゃんはそう言った。
 そうして新たに現れた誰かのアバターは、遠目に見ると、自ら光を発する深海魚のようにも思えただろう。
 だが、近づいてくると、この海にはあまりに不似合いな姿をしていることがわかる。
『あなたは……誰?』
 『それ』は、ミレンちゃんの問いかけにも何も答えない。ただ赤く染まった爪を振りかざし、彼女へ一直線に迫ろうとしていた。待機していた猟兵たちが咄嗟に動き、間に入って接近を阻止する。この殺戮機械のターゲットがミレンちゃんである事は明白だった。

 なぜ。
 彼女はもうすぐ消えてしまうのに。
 それは違う。もうすぐ消えてしまうから、今やるのだ。
 命の、想いの、正しさの価値を嘲笑い、彼女との別れを最悪の形で終わらせる。そのためだけに。
 これ――キリング・ロウという名のオブリビオンには、ミレンちゃんとの関わりは一切ない。
 こういった行為をすることでしか快楽と癒しを得ることができない、だから通り魔のようにそれをやり、去る、ただそれだけのものだ。今までにも同じような事を何度もしている。そのくせ、自身の死だけは極端に恐れ、いざとなれば保身に走る最悪の性質を持つ。
 怪人の正体が滅んだ旧人類だというのなら、これは彼らが残した負の遺産と言っていいだろう。
 あるいは、この年中浮かれた惑星にすら、誰かの悪意は確かに存在するのだという証拠かもしれなかった。

●補足情報
・成否に関わらず、ミレンちゃんは戦闘後まもなく消滅します。
・ミレンちゃんはこの場所から離れることができませんが、UC『グッドナイス・ブレイヴァー』に似た力を使って猟兵の戦闘支援を行います。皆さんが活躍や苦戦をする度、応援によって装備や技能、UCの効果をパワーアップさせます。
・強化してほしいもののご希望や内容、話したいことなどはありましたらどうぞ。特にミレンちゃんと絡まなくてもOKです。記載がなければ、お任せで何かしら強化されます。
・この場に来ていたキマイラの皆さんは、自主的に敵から距離を取り、ひっそりと皆さんを応援しています(=言及が無ければ出てこない予定なので、気にしなくてOKです)。
・自由な発想でお楽しみいただければ幸いです!
 
比良坂・彷
【宿世】
※同じく
捨てたいものは華族な実家と教祖の身分
けど俺はコネが本体
なァんもなくなっちまうからこれなかったの

ねぇミレンちゃん
あなたを憶えてていいかな?

なぁに俺が盾になんの確定?
あはっ!橘も慣れてきたじゃァないの、俺の扱い
まぁこういうのにお誂え向きのUCもあるし?
ミレンを徹底的に背に庇い傷をつけさせない
麻雀鞄で殴りつけ
飛んだらこっちも飛んでトコトン纏わり付く
ミレンからの未練を根こそぎはぎ取って俺だけ見るまでUC暴行を加える
防御?なにそれ
さぁさぁ俺だけを殺して(愛して)
橘の刀傷には至福の笑み

全員攻撃で橘が傷ついたら無表情で蹴る
ああもう死ねよ
2度とこの子を俺から奪わせるものか

姫はやめてよと握り返す


六道・橘
【宿世】
※アドリブ美味しく頂きます

ミレンちゃん、わたしね
嘗ては劣等感に塗れた男の子だったのよ
でもその子だったから
大切な人と紲が結べたの
だから前世は捨てられなくて来れなかった
でもあなたの晩節は汚させない

彷、今回はミレンちゃんを庇って
疵を負わせたら赦さない

彷の無茶は折り込み済みでUC使用
初手は彷を斬る、約束だから
彷とミレンへの攻撃を潰すように斬りつける
足を止めず遊撃
攻撃部位の切断狙い斬る
少しでも早くお前の息の根を止める
それがわたしの護り方よ

実家がなくても後ろ盾ぐらい作れるでしょ?兄さんはそうだったもの
あなたはわたしの面倒な寵姫(お姫様)
今日もヒヤヒヤしたわと手を取り

ミレンちゃん
よい来世を祈ってるわ



●7――『宿世』
 不穏な来訪者を怯えるように眺めていた者たちの中から、ふらりと一対で現れた影二つは、急速に存在を色濃くし、殺戮機械の前に立ちはだかった。あなたたちも猟兵なの、とミレンちゃんが問えば、古風な学生服に身を包んだ娘と青年は、ほぼ同じ拍子で頷く。
 容貌は然程似てはいない。だが、その仕草と、真っ赤な血を思わせる瞳は、不思議とよく似通っていた。
「はじめまして、ミレンちゃん。わたしは橘。こっちは彷」
『橘ちゃんと、彷くん』
「そう。ミレンちゃん、わたしね、嘗ては劣等感に塗れた男の子だったのよ」
 男の子。ミレンちゃんが驚いたように娘を眺める。|六道《りくどう》・|橘《きつ》(|逸脱の熱情《橘と天》・f22796)は、今は女の子だけれど、と存外に可愛らしく笑んだ。
 他人はけして気づかぬことだ。輪廻桜に拾われた娘の魂は、実の兄を憎み、羨み、ねじれ死んだ男に侵食され続けている。けして赦されぬ前世の業は、滲むように橘の心を支配し、おぞましい衝動や執心と化して彼女を乱す。
 血塗られた運命をなぞるより、唯の娘として安穏といきたい。そう願ったことがないと言えば、きっとそれは、嘘になってしまう。
『それは……苦しいね』
 ミレンちゃんには、何と答えたらいいのかわからない。素直な感想だった。この概ね平和を享受する未来では、あらゆる因縁が非現実的な大衆娯楽の題材と化していた。でもね、と橘は首を横に振る。
「その子だったから、大切な人と紲が結べたの」
 橘の目線を受ける|比良坂《ひらさか》・|彷《ほう》(リコリスアルビフローラ・f32708)は、心持ち弧をえがいた口角を隠すように、咥えた煙草の煙を電子の海に吐き出してみせる。
「あぁ、ひょっとしてここも禁煙だった」
『ううん。煙草もここでは迷惑にはならないから大丈夫』
「そりゃ良かった。俺にとっちゃ薬みたいなもんだからさァ」
 空虚な身体に束の間の生命を満たしながら、彷はどこか気怠げに眼前の敵を見やった。一服し終わるまで待ってくれるような相手ではなさそうだ。彼岸花で彩られた刀を鞘から抜き放ち、彷、と橘がその名を呼ぶ。
「今回はミレンちゃんを庇って。疵を負わせたら赦さない」
 ――あはっ! 思わず声が漏れた。
 有無を言わさぬ圧力さえも甘美。『兄』はそれを受け、むしろ嬉しげにうっそりと笑うのだ。
「なぁに、俺が盾になんの確定? 橘も慣れてきたじゃァないの、俺の扱い」
 異存はない。お誂え向きの能力もある。ミレンちゃんと橘の前へふわり、軽やかに踏み出した彷は、襲い来る敵を麻雀鞄でにわかに殴りつけた。キリング・ロウの様子が急変する。残忍に輝く赤い両眼が向く先は、ミレンちゃんから彷へと移された。
 元より、これは生命を蹂躙さえできればなんだっていいのだ。どちらかの命が破産するまで続く博打の大舞台に、奴は不幸にも乗ってしまった。そして敵が飛び立つ寸前――彷は、その背に斬撃を喰らう。
 容赦の無い袈裟斬りに身体が震え、思わず浮かぶは至福の笑み。誰の痛みか、誰の殺意か、誰の太刀筋かなんて、振り返らずとも魂がおぼえている。

「……約束だから」
 彼女は未だ正しくは知らぬだろう。そのただ一言で、どれほど満たされることか。

 いとおしい声がこの背に向けられるなら、前世で自ら斬り落とした翼は、幾らでも悪意を阻む盾となる。敵は驚くべき速度で飛翔し、彷への突進を繰り返すが、彼は鞄を盾代わりに構え、それを受け続けた。
 衝撃で身体が軋み、臓腑が痛む。吐いた血が水をあかく染め、千切れた羽が薄桃の花とともに海底へ降った。紅の爪が彷の肉を抉れば、鞄が強かに殺戮機械の身体を殴り返した。
 防御なんて考えちゃいない。痛みを痛みとも感じない。またも突進してくる相手の面を蹴飛ばせば、此方の骨まで砕ける音がした。死に迫る痛みは空虚を満たしうる唯一で、この身を亡ぼす役は愛でできている。さぁ、さぁ、俺だけを殺して。愛して。血色の瞳がぎらりと輝いた。
 もうすぐ消えてしまう少女への未練など、根こそぎはぎ取って――そう、俺だけを見て。
 
『彷くん……大丈夫なの?』
 不安げにつぶやくミレンちゃんへ、大丈夫、と首肯した橘の慰めには、己の願望が混ざってもいたろう。どうせ無茶をするのは折り込み済だ。賭けに狂い、刹那を生きる兄は、此度もきっと死ねない。そうに違いない……けれど。
 彷は上手すぎるぐらいに敵を引きつけている。キリング・ロウが彷との博打に夢中になっている間に、橘は素早く海底を駆け、背後から肩に斬りかかる。体重をかけ刀を打ち下ろせば、腕と胴体の接合部が音を立てて大破した。殺戮機械の口が、悲鳴というにも聞き苦しい不協和音を発する。
「少しでも早くお前の息の根を止める。それがわたしの護り方よ」
 不愉快だった。
 心配だなんて綺麗事、彼の心が一瞬でも奪われるのが許せないだけ。
 前世では護れなかった兄を/その虚ろさに焦がれ己で埋めたいと願った男を、他の誰にも渡しはしない。
 キリング・ロウは不意討ちに錯乱し、激しくもがき始めた。橘は無差別に突進してくるそれにまた一太刀見舞いつつ、ミレンちゃんをかばって弾き飛ばされる。その瞬間、恍惚としていた彷の表情が変わった。
『橘ちゃん、血が……!』
「……いいの、ミレンちゃんは気にしないで。全部、わたしへの罰なの。わたしの前世は捨てられないけれど、あなたの晩節は汚させないから」
 ミレンちゃんがなにか言いかけたその時、強烈な蹴りがキリング・ロウの背へ叩き込まれた。
「ああ、もう、死ねよ」
 苛立つような彷の声に、先の耽溺の面影は無い。すりむいた橘の両足を無表情に一瞥し、折れかけた脚が壊れるほどに敵を蹴る。二度とこの子を俺から奪わせるものか――心の裡に秘めるは互いへの執着。すぐ隣にあるのに、どこか遠い。
 反撃を試みようとするキリング・ロウを、橘のあかく光る眼が睨む。殺戮の刀は容赦なく振るわれ、止まることなく敵の全身を刻む。止まれば彷はいつか往ってしまう。つらい。苦しい。この男は、こうして今日も感情をぐちゃぐちゃにする。どうかもう、わたしを一人にしないで。
 口には出せぬ戀の呪いを捨てる事は、できない。

 ミレンちゃんは、どこか危ういふたりが無事であるようにと祈った。
 それは橘の言った通り、敵の息を止めるための力となり、鋭さを増した連続突きがキリング・ロウを滅多刺しにした。臆病な殺戮機械は彷への殺意をますます滾らせたが、途切れる事なき攻撃にことごとく妨害される。
 やがて恐れの方が勝ったか、キリング・ロウは突如として腕を振り回すと、勢いよく海面へ飛んでその場を一時離脱した。まだ諦めてはいないようだが、復帰には暫しの時間を要するだろう。
『ねえ。彷くんは……いのちを捨てに来たの?』
 苛烈な戦いぶりを目にしたミレンちゃんが、そんなの駄目だよ、と真剣に言うものだから、彷はすっかり元の調子に戻ってマッチを擦りつつ、違うってと笑い返した。
「俺が捨てたいものは、華族な実家と教祖の身分だよ。けどコネが本体だからさ、捨てたらなァんもなくなっちまうの」
「実家がなくても後ろ盾ぐらい作れるでしょ? 兄さんはそうだったもの」
 あなたは、わたしの面倒なお姫様。
 今日もヒヤヒヤしたわと橘が痣だらけの手を取れば、彷が血に濡れたその手を握り返す。姫はやめてよ、なんて彼は言うけれど、この寵愛を真っ当に受けてもらわねば、きっとすべては悪い方へと繰り返されるだけ。
「ミレンちゃん。あなたにも、よい来世が訪れるように祈ってるわ」
『……ありがとう。じゃあ、ちょっと信じちゃおうかな。わたしも、あなたたちから受け取るものはその祈りだけ。……わたしもね、ふたりの倖せを祈ってるよ』
「ねぇ、ミレンちゃん。俺もあなたを憶えてていいかな?」
『んー……んー、それはダメ!』
「えっ。え、なんで、なんか俺嫌われるような事した」
『それは違うけど……ダメなものはダメ!』
 でもね、彷くんはあんまり無茶しちゃダメだからね、と繰り返しつつ、ミレンちゃんはなぜか橘だけにウインクを送った。頑張れ、と言われているような気がした。消えゆく乙女の無責任な願望だ。

 来世。
 わたしにもあるのかな、とミレンちゃんは言う。
 あるわ、きっと。花は此処にも咲いているのだから。
 乱れた彷の髪に絡んだ花びらをそっと摘み、橘は言った。
 宿世の縁で繋がれたふたりは、その薄桃の花の名を、誰よりも知ることだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

楪・終伽
ミレン、そこにいる?
あなたならわかってくれそうね
わたし、“こういうの”も好きじゃないの
もうひとつ、と立てた人さし指をそのまま口許へ
眠りは静かじゃなきゃいけないわ

この子は手遊びがお得意のよう
わたしの手はせいぜい頁を捲るくらいで怠慢なの
じゃあ戦えないのかって?
──あくまで話し掛ける相手はミレン
芯にすら熱の宿らない機械には
わたしの物語なんて届かない

お行儀が悪いって思うかしら
でもお相子だわ
マナー違反のお邪魔虫は蹴り飛ばしてしまうのよ
重力から解き放たれたよう
氷柱みたいに鋭く一閃

ミレン、あなたもそろそろ
おやすみの時間かしら
あなたの眠りの邪魔をする子には
ちゃんと怒るからね
だから安心して
眠れるまでお話しましょ



●8――『おとぎ/2』
 己の滅びをなにより恐れる醜悪は、破損個所を修復するため、一旦は月夜の海から引きあげたようだ。このまま帰ってこなければ良いのにと、楪・終伽は思った。けれども海は再び赤く染まり、煩い警告音がしじまの夜を引きさいていく。
「ミレン、そこにいる?」
『……うん。あの人、また来るよ』
 おとぎちゃんも気をつけて。そう言って、終伽の手にふれるミレンちゃんの指先は震えていた。こんな恐ろしい目に遭うのははじめてなのだろう。
「あなたならわかってくれそうね。わたし、“こういうの”も好きじゃないの」
 あれは怒りのなれの果てだ。終伽が指折り数え、捨て去りたいと願ったものたちを集めた、歪ながらくた。寄り添っても其処に生まれるのは暴力で、さらなる孤独を呼ぶだけだ。
『いつも怒ってるお客さんとも違う。わたしの声が届かないみたい……』
 ああ、こうはなるまい。刺すようなレーザー光。目が潰れてしまいそう。
 くらやみに輝くふたつの赤い光源を認め、終伽は眸を細める。
 寂しささえも見失った、ただの悪意の塊――キリング・ロウがそこに居た。
「そうね。もうひとつ、」
 ミレンちゃんを安心させるように、終伽は人さし指を立ててみせた。魔力を宿した指先が仄かに明るむ。吹けば消えそうに静かな月の灯火を、内緒話のように口許へあて、語り部はささめく。
「眠りは静かじゃなきゃいけないわ」

 キリング・ロウは四本の腕を振りかざし、ミレンちゃんを捕まえようと迫る。
「ミレン、走れるかしら。こっちよ」
『うん、わかった』
 終伽は彼女の手を引きながら、月光の滲む海底を軽やかに駆けた。こんな時でなければ、きっと夢の終わりに似合いの、綺麗で寂しい夜の逃避行。けれど、御伽噺には無粋な悪役が付きものだ。
 殺戮機械はどこまでも二人を追い、クレーンゲームのように目標を掴もうとしては、空振りを繰り返した。今の所はうまく撒けている。
「手遊びが好きなのね。子どもみたい。わたしの手はせいぜい頁を捲るくらいで怠慢なのに」
『おとぎちゃんも猟兵さんなんだよね。戦うのは苦手?』
 そういうひとも居るって聞いたよ、とミレンちゃんは言う。そう見えるかしら、と終伽が笑んだ瞬間――禍々しい四つの腕が岩陰から現れた。
 逃げて。
 ミレンちゃんの手を放し、その背を押す。四本のアームが、終伽の身体をがっちりと掴んだ。
『おとぎちゃん!』
 ミレンちゃんが叫ぶ。だが、鋼の爪が身体に食い込んでも、語り部は意に介さない。芯にすら熱の宿らない機械には、わたしの物語なんて届かない。お話の登場人物はふたりで、聞き手はひとりきり。眸の月が映し、語りかけるのは、崩れかけた少女の残像だけ。
「質問に答えるわね。戦えないのかって? 大丈夫、そんな事ないわ」
 だから、祈って。御伽噺を無垢に信じた、幼い日の心で。このお姫様は意外とお行儀が悪いって、あなたは思うかもしれないけれど――。

『やめて。友達を傷つけないで。おとぎちゃんはあなたには負けないよ!』
 
 海底が一転、かがやく月面に変わった。
 どこにも存在しない月の海は、終伽の身体を重力から解放し、握りつぶされる寸前でふわりと敵の手中から押し出した。魔力が満ちるのを感じる。ありがとう、信じて居てくれて。
「お相子だわ」
 お静かになんて云ったところで、あなたは聞く耳など持たないのでしょう。
 だから彼女へ言ったのよ。マナー違反のお邪魔虫へ向けられるのは、頁の外まで弾き出すような冷えた目と、声と、その酷薄を研ぎ澄ませた一閃だ。
 月の底を蹴る脚は、とん、と浮遊するように。敵の斜め上へ舞いあがった終伽の脚は、鋭く尖らせた氷柱が落下するような勢いで、キリング・ロウの身体を貫かんばかりに蹴り飛ばした。
 白いドレスが翼のように翻る。敵はその重さに耐えられず、月の地平まで吹き飛んだ。
 ――ほら、また嫌いなものが増えてしまったわ。
 戯れに指をもうひとつ折ってみせれば、殺意すら覚えるほどの怒りとも暫しのお別れ。
 永久の別れには、静かな月夜、凪いだ海こそ相応しい。

「ミレン。わたし、怒るのはやめたいと言ったけれど、あなたの眠りの邪魔をする子には、ちゃんと怒るからね」
『ありがとう。さっきのおとぎちゃん、すっごくカッコよかった。あの人は怖いけど、もう一回見たいなあ』
 あなたも、そろそろおやすみの時間かしら。そう笑めば、ミレンちゃんはなんだか寂しそうな顔をする。
『……まだ眠くないよ。全然、眠くない』
 ねえ、寂しさって、ほんとうに無くならないのかな。さっきもしたような話を繰り返す少女の傍に寄り添って、語り部は物語を美しい終わりへと導く。
 安心して。何度来ても、お邪魔虫はわたしが追い返してあげるから。だから今日は――あなたが眠れるまで、お話しましょ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

御形・菘
右手を上げ、指を鳴らし、スクリーン! カモン!
はーっはっはっは! 今日も元気かのう皆の衆よ!
諸事情があって、先程は生配信を止めてしまってすまなかった
さあ、歓声を、喝采を! 妾に存分に与えてくれ!
そして、この場の主にも、声を掛けてやってほしい!

ミレンちゃん、お主からの応援もリクエストするぞ
妾の真後ろという特等席、世界で最も素敵で安全な場所からな
…あなたからの声援は、今この瞬間、私が背負っている、星の数より多い声援にも匹敵するほどの価値があるのだから

はっはっは、待たせたのうキリング・ロウよ
なるほどお主は実にワルい! 最低だな!
妾と相対する者はすべて共演者、ディスらんのが信条だが…本音を言うと、お前はクライング・ジェネシスとタメを張れるワースト級だよ
ゆえに! 妾の最高の技、皆の応援を借りて、確実にボコる!

お主はお主で好きなだけ攻めてくるがよい、だが、そんなもの大して効くはずがなかろう!
今の妾は最強無敵! 至上の歓喜で限界までアガっておる!
邪神の左腕の一撃で、エモくド派手にブッ飛ぶがよい!!



●9――『菘/2』
 美しい物語の邪魔をする怪人は、地平線の彼方まで吹き飛んでいった。
 ホログラムの舞台は深海から月面に変わり、御形・菘を取り巻いているのは、静かにかがやく宇宙の星たちだ。けれど、彼女には彼女に相応しい舞台がある。
『菘ちゃん……また来る、あの人』
 怯えたようなミレンちゃんの声に、菘は深く頷きを返す。『菘ちゃん』が弱音を吐くのはここまで。ここからは、真の蛇神にして邪神たる『妾』が、迷惑な配信者のチャンネルをジャックする時間だ。
「心配する事はない。妾が来たからにはこの場は任せよ! スクリーン! カモン!」
 高らかに右手を上げ、指をぱちんと軽快に鳴らせば、見る者を圧倒する黒い波動が場を包みこむ。するとたちまちネットワークが繋がり、全世界に通知が拡散。フォロワー達が続々と生配信に集まり始めた。
 煌々と光を発する空中ディスプレイに表示される彼らの姿は、種族も性質もさまざまだ。
 ありのまま自分の姿を映している者もいれば、好きな姿のアバターで表示されていたり、映像を切っていたりもする。ただ共通しているのは、みなが菘のパフォーマンスに魅せられ、無辜の民の為に戦う邪神の活躍を、熱狂的に応援している者たちだということ。
「はーっはっはっは! 今日も元気かのう皆の衆よ!」
 その間に戻って来たキリング・ロウの掴み攻撃を、左腕一本でなんとか打ち払いながら、菘はカメラ目線で視聴者たちに呼びかける。『今日は宇宙ですね』『VRじゃね』『いきなりクライマックスww』『頑張れ!』『仕事中だけど来ました』等の言葉が、コメント欄に洪水の如く流れ始める。
 その中に紛れた『さっき配信止まってたけど大丈夫?』と心配する声も菘は見逃さない。苦戦しているように見せかけるのもパフォーマンスの一部、本気で心配させはしない。
「うむ、諸事情があってな、先程は生配信を止めてしまってすまなかった。しかし皆も知っておる通り、妾は全宇宙一頑強! この程度どうという事はないぞ、はーっはっはっは!」
 殺戮機械は、目的を邪魔する菘を四本の腕で握り潰そうと力を込めたが、凄まじい邪神のオーラに守られた彼女の身体には、生半可な攻撃など通用しない。
 徐々にキリング・ロウの力が強まってくる。心配や応援のコメントが飛び交う中、誰もが熱くなる絶好のタイミングで、菘は高らかに叫んだ。
「だが皆、今回の怪人は中々の強敵であるぞ! さあ、歓声を、喝采を! 妾に存分に与えてくれ! そして、この場の主にも、声を掛けてやってほしい!」
『えっ……わたし?』
 そうして配信画面が二分割され、もう一方のカメラがミレンちゃんを大きく映し出す。
 生配信を観ていた多くのキマイラ達が、直ちに反応を示しはじめた。

 次々と画面に流れる『ミレンちゃんだ!!』『懐かしい』『え?どういう事?』『今日で閉館だって』『まじか』『やだ寂しい……』などのコメントを、ミレンちゃんはじっと眺めていた。その短い言葉たちに込められているのは、彼らひとりひとりが持つ、ミレンちゃんとの特別な思い出だ。
『みんな……覚えててくれたんだ』
 ミレンちゃんも嬉しそうだった。この場に広がる情動のすべてを、通りすがりの悪意から護る、絶対的な壁として立ち塞がりながら、菘は少女に声をかける。
「ミレンちゃん、お主からの応援もリクエストするぞ! 妾の真後ろという特等席、世界で最も素敵で安全な場所からな!」
 凄まじい握力で身体を絞めつけてくるキリング・ロウを気合いで弾き飛ばし、菘はミレンちゃんの前へ華麗に降り立つ。そして、彼女だけに聴こえる声量でそっと囁いた。
「……あなたからの声援は、今この瞬間、私が背負っている、星の数より多い声援にも匹敵するほどの価値があるのだから」
 この配信はきっと、神様や悪霊や妖怪や不死の者だって夢中で観ている。
 誰にも忘れられない程の活躍を。そうすれば御形・菘という配信者も、ミレンちゃんというキャラクターも、誰かの胸の中でずっと生き続ける。
『ええぇ……そんな事言われたらわたしもファンになっちゃうよ! ……わかった。すっごい活躍、期待しちゃうから!』
 だから――握手してください。
 ミレンちゃんのさし出した手を握り返すと、普段以上の力が漲ってきた。
 目の前にいるひとりのファンのため。自分自身が、二度と彼女を忘れないため。そう思えば、心が奮い立たないわけがない。
『このチャンネルを見てるみんな、もっともっと拡散お願いしまーす!』
 ミレンちゃんの呼びかけで、配信は世界に共有され、視聴者数がぐんぐん伸びていく。
 奇跡が起きる瞬間を、見た。
 その時覚えた、その大きな感動こそが、映像という記録媒体よりも尊いものと知っているから――このような輩は、妾が徹底的にボコってやらねばなるまい!

 しかし相手も相手で、こういう胸が熱くなる場面を踏みにじることが生き甲斐の輩だ。先程より更にキャタピラの回転速度を上げ、襲いかかってきた殺戮機械の突進を、菘は真っ向から受けてみせた。
「はっはっは、待たせたのうキリング・ロウよ。なるほど、お主は実にワルい! 最低だな!」
 いかにも邪神らしい凶悪な顔で笑ってみせる菘がアップで映れば、コメント欄は応援の嵐で埋め尽くされた。その言葉一つ一つが力となり、背を押してくれる。
 相手の腕が四本あろうと、こちらはさっき繋いだ右手一本で十分。キリング・ロウの容赦ない攻撃を流し続ける菘の痛快な活躍に、視聴者達はおおいに盛り上がり、古参も新規も通りすがりの誰かも夢中になって、戦いの行く末を見守る。
「はーはっはっはっ! 好きなだけ攻めてくるがよい、妾にはそんなもの大して効かぬゆえな! であろう、皆の衆!」
 敵がいくら腕を振りかざしても、菘はもはやコメントを読み上げる余裕すら見せながら攻撃をかわし、ようやく当たったかと思っても、全くダメージを受けている様子がない。
「『チャンネル登録します』? 良かろう、新たに参った皆は画面端の妾マークを押すがよい! 過去アーカイブも豊富に用意しておるぞ!」
 そんな彼女の姿を見て、キリング・ロウが覚えるのは――死の恐怖だった。
 だが、もう遅い。攻撃が弱まったと見た瞬間、菘は逆に右腕でキリング・ロウの腕を掴み、凄まじい握力で逃走を阻止した。
「待て待て! 皆がこれだけアガっておるというのに、今更退場などマナー違反も甚だしいぞ!」
 どこまで卑しい敵なのか。かつて異世界の戦争で相対した簒奪の王を思い出し、さすがの菘も少々腹立たしい気分になってきた。
 『それな』『最低だな』『空気読め怪人』等のコメントが流れる中、菘の共演者に対するリスペクトと、決して相手をディスらないという信条を知るファンたちは、画面の向こうにいても、その些細な変化を見逃さなかっただろう。
「……本音を言うと、お前はクライング・ジェネシスとタメを張れるワースト級だよ」
 当時、その戦いを観ていた者たちが息を呑む。
 『邪神さんいけ!』『あの時からファンです』『過去なんかに負けるな』――過去と今を確かに繋ぐ、そんな言葉たちが、弱さと醜さに打ちひしがれた心をいつも救ってくれる。そして、応援するファン達もまた、菘の痛快な活躍を明日への活力にしているのだ。

 ふと振り返れば、ミレンちゃんの顔にももはや怯えはなく、配信を楽しんでいる視聴者たちとおなじ表情をしていた。
『すごい、本当に特等席だね、ここ! がんばれ菘ちゃん、そんな悪いやつ倒しちゃえ!』
「うむ、分かっておるぞミレンちゃん! 妾の最高の技、皆の応援を借りて、確実にボコる!」
 邪神の左腕がどす黒いオーラを纏い始めると、ホログラムの宇宙に浮いた無数のスクリーンが恒星のような輝きを放ち、桃と黄色の花びらが舞い始めた。
 最高に映える演出。伸び続ける視聴者数とチャンネル登録者数。追えないほどの勢いで流れるコメント。ミレンちゃんと邪神様の奇跡の共演は、記録にも記憶にも残り続けるだろう。
「今の妾は最強無敵! 至上の歓喜で限界までアガっておる! さあ、エモくド派手にブッ飛ぶがよい!!」
 キリング・ロウは何とか逃れようと無様にあがいていたものの、許される筈もない。
 限界まで高まった邪神の覇気と、スクリーンから降りそそぐ光を纏い、禍々しい左腕が振り抜かれた。それは分厚い鉄の装甲を破り、凹ませ、絶望を粉砕し彼方へと吹き飛ばす。
 喝采は鳴りやまない。希望を掴み取るのは、いつだって自身のこの腕ひとつだ。
 だから彼女は真の姿を心の裡に隠し、強く在り続ける――その圧倒的存在感を世界に示し、あらゆる者へ幸福をもたらすために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報
しょうがない主義の『夏報さん』は、自他を呪うことしか能がない
こういう敵は一番苦手だ
機械には人格がないっていうのもあるけど

電子の海に漂うこいつは――機械というより呪いそのもの
半端な精神攻撃なんて通用しない
こりゃ力技で行くしかないな

くちづけの先の熱病
自分の手首を切って不死性を付与
釣星のワイヤーを展開、敵の動きを制限、時間稼ぎをした上で、安い挑発で注意を惹く
邪魔でしょ?
――邪魔なものは潰してもっと気持ち良くなっちゃえよ
初撃が彼女ではなく僕に向くなら、それは『外した』のと同義だ

ミレンちゃんくん
こんな最悪スプラッタがコンテンツになるのか知らんが
もし応援してくれるなら
死なないで済むだけじゃなくて、泥が人間の形を保てるだけの力をくれ
そしたら、もう何回か、君を守ってあげられる

少しだけ……この力でミレンちゃんくんを引き留められないか考えたけど
必要ないよね
君は言ってしまえば最初から全部嘘で
痛む粘膜なんかなくて
消えても死なないものだもの

それはそれで羨ましいけど
やっぱり君と僕は違う生き物で
お話は、おしまいなんだ



●10――『夏報さん/2』
 強いやつにいじめられたら、自分よりもっと弱そうなやつをいじめればいい。
 エモくド派手にぶん殴られ、苛立つキリング・ロウの思考が向かうのは、そういう道だ。
 だから、この中で一番弱そうに見えたらしい臥待・夏報が、突破口と判断されたのも当然だったろう。
(……次はこっちに来るか。まあ、だろうな)
 自分がされて嫌だったことは他人にしない、機械にそんな良識は通用しない。いや、これは機械というより、電子の海をさまよい続ける呪いそのものだ。
 太古からこびりついたままの、人類の悪しき習性の模倣。人格などないはずの『それ』の行動は、ある意味では誰より人間らしく思えた。
 それもしょうがないことだと、大人の『夏報さん』は他人事のように考えようとする。
(こういう敵に正しく怒るのが苦手だって、さっき言ったばっかりなんだけどなあ)
 たいしたドラマなど無かった|筈《﹅》の臥待夏報の人生にも、回収されなくてよかった伏線が、何となく回収されることが、偶にある。しょうがない主義の夏報さんは、まあそんな時もあるよなと考える。だが――心の奥底で燻り続ける『何か』はそんな時、いつだって己と他人の不条理を呪い続けていた。

『夏報さんちゃんは、さっき「自分は特別じゃない」って言ってたけど、強いの?』

 ミレンちゃんの質問にどう答えるべきかというと、「時と場合によるかな」だろう。
 精神干渉を得手とする夏報にとって、正直言って今は不利な場面だ。後悔も感傷も価値観もありはしないだろう相手。となると、暴力に訴えるべきという判断は速かった。
「夏報さんは……そうだね、強くはないと思う。けど、こりゃ力技で行くしかないな」
『そうなんだ』
 意外、というニュアンスの「そうなんだ」には、なんだか期待が感じられた。ヒーローのような派手な大活躍を想像されているなら申し訳ないけれど、これが僕の戦い方なんだ。
 ごめん。
「びっくりはさせちゃうかもしれないな。でも、気が違った訳じゃないから」
 フックワイヤーの先端を手首に食い込ませ、不必要なほどに強く引く。まるで『夏報さん』を呪う誰かの意思に操られているようだと、自分でも思った。
 ホログラムの海中に血飛沫が飛び散って、驚いたミレンちゃんが目を見開く。
 敵はなぜか自傷を始めた女になど目もくれず、横を素通りしてミレンちゃんに接近しようとしたが、急停止した。
 夏報の放ったワイヤーがキャタピラに絡みついたのだ。走ろうとすればするほど、糸は複雑に絡まり、それ以上の前進を許さない。
「邪魔でしょ?」
 ――邪魔なものは、潰してもっと気持ち良くなっちゃえよ。
 安い挑発だ。だが、こういう輩は垂らした釣り針に刺さる。
 安易に乗ってきたキリング・ロウは、四本の腕で力任せに彼女を掴んだ。クレーンゲームの景品気分を味わったのも束の間、全身を握り潰され、凄まじい痛みが夏報を襲った。
『……夏報、ちゃん?』
 こういう時に呼び方を間違えるところまで、未来のAIはよくできている。
 骨が砕ける音も、キリング・ロウの腕から滴る大量の血も、ミレンちゃんは目の前で見ていた。ここまで他の猟兵たちが敵を圧倒していたぶん、衝撃的な光景だったろう。

 臥待夏報は死んだ。
 名前すらないモブのように、本当に呆気なく。
 ミレンちゃんも、キリング・ロウも、間違いなくそう思った。
 『作戦通りだ』と思っていたのは、まさに今殺されたはずの女だけだった。

 夏報さんだったものの残骸を放り投げ、キリング・ロウはミレンちゃんへ迫ろうとする。しかし、絡みついたワイヤーがぐいと引かれ、やはり前進は阻まれる。
 動くわけのないものが、動いている。
 何が起きたのか、夏報以外誰も理解していない。皮膚が裂け、手足が千切れかけ、真っ赤に染まった肉と臓物の塊が、もぞもぞと動いて敵を引き留めていた。
 自身が傷つけた者に不死性を与え、嘘を吐くたび煉獄の責め苦を与え続ける――その特異で『夏報さん』を呪った今の夏報は、ある意味無敵だった。
(……くそ、痛いな)
 ただ不死になるだけだ。耐久力が増すわけでも、痛みをなくせるわけでもない。
 なんなら、そのうえ喋るだけで粘膜に激痛が走る可能性もある。『夏報さん』のなにか嘘で、なにが本当なのか、もう自分ですら答えが出せないのだから。
 ミレンちゃんがどう反応するかだけが気がかりだったが、どうやらホラーが苦手という訳じゃなさそうなのは救いだった。ただ、驚きのあまり、彼女も固まってしまっている。
「ミレンちゃんくん」
『はっ……はい! ええと、夏報ちゃんさん、その怪我……大丈夫?』
「命に別状はないという意味では大丈夫だけど、視覚的には全然大丈夫ではないよな」
『なんで? 夏報ちゃんさん、実はゾンビなの?』
 生きる屍、か。まあ当たらずしも遠からずだよな、と苦笑する。
「こんな最悪スプラッタがコンテンツになるのか知らんが、もし応援してくれるなら、死なないで済むだけじゃなくて、泥が人間の形を保てるだけの力をくれ」
 そしたら、もう何回か、君を守ってあげられる――なんかカッコいい台詞も、ここぞとばかりに言ってみたりして。
 粘膜を焼かれることは、なかった。
 その言葉に、ミレンちゃんは強く頷いた。
『任せて! ここはわたしの居場所だから。今は夏報さんちゃんが主人公になっちゃえ!』

 主人公。
 その特別な称号はやっぱりしっくり来なかったし、こんなアニメ誰が観るんだよとも思ったが、少なくとも目の前のセーラー服の少女は観てくれるらしい。アバターの外見も無事に元の『夏報さん』へ戻り、かなり動きやすくなった。
 だからってすごいパンチが連射できたり、急に必殺技を撃てたりするわけではないが。
 未だにもがいているキリング・ロウの背へ、味方の猟兵と共に一斉射撃を浴びせ、此方への攻撃を誘う。
 夏報に起きたことを理解していないのか、再び掴みがかってきた敵の攻撃を走ってなんとか避けたり、喰らってもまったくの無傷でいてみせたりして、とにかく時間を稼ぐ。一度「こいつは簡単に倒せる」と、勘違いさせておいたのが効いている。
 事実、この機械がミレンちゃんを『殺す』前に、彼女が自ら消滅してしまう時間がくればこちらの勝ちなのだ。派手なとどめは他の仲間が担当してくれるだろう。
 でも――。
「この動き、やっぱり主人公って感じじゃないんだよな。僕は目立たない脇役が性に合ってるよ」
『えー、そういうキャラが一番好きで、特別って人もいるんだよ!』
「……まあ、それはそうかもしれないけどさ。ミレンちゃんくんはそうじゃないだろ」
 いくら握り潰そうとしても、不思議と人のかたちを保ち続ける無敵の夏報さんちゃんを応援しながら、ミレンちゃんはすこし答えを考えていた。そうして、電子の少女は困ったように笑う。
『そうだね。わたしにとってはみんなが特別だけど、だから誰も特別じゃないのかも』

 ……もし。
 君にも不死性を与えて、引き留めることをしていたなら。
 ミレンちゃんくんの粘膜は、今ごろ呪詛の炎で灼かれていただろうか。

「必要ないよね」
『うん』
「君は言ってしまえば最初から全部嘘で、痛む粘膜なんかなくて、消えても死なないものだもの」
『うん。わたしはここで殺されちゃったらダメなんだ。悲しい思い出として、みんなの心に残ったらいけないから。でも、楽しかった思い出として誰かが覚えていてくれたら、ひとは死なないんだって、さっき教えてもらったよ。だから、大丈夫』
 そのために夏報さんちゃんがいま痛い思いをしてるのは、やっぱりちょっと心配だけど。
『……ありがとう。わたしは全部嘘なのに、こんなに頑張ってくれるんだもん。やっぱりカッコいいじゃん、夏報さんちゃん』
 ミレンちゃんの身体に走るノイズが強くなっている。
 何が真で、何が偽で、本当に痛む粘膜なんてないのか、誰にもわからない。
 プログラムに従って動くだけの少女は、どんなにそれらしく見えても、すべてが嘘だ。
 どこまでも平凡な現実に追われる夏報さんは、それはそれで、羨ましいとも思うけれど。
「やっぱり君と僕は違う生き物で、お話は、おしまいなんだ」
『そっか。寂しいな』
 へらりと笑ってみせたら、どこが嘘に引っ掛かったのか、すこしだけ喉が痛んだ。

 見た目には全く効いていないキリング・ロウのパンチは、鈍い痛みだけ与えてくる。
 痛くないと言ったら、それは嘘になってしまうだろう。
 だから、黙って耐え続ける事が、果たしてカッコいいのかはわからなかった。
 次に彼女と交わす言葉は、きっと別れの挨拶だ。その時も『しょうがないよな』で片づけるだろう夏報さんを、僕は呪わずにいられるだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カーティス・コールリッジ
ミレンちゃん、さがって
だいじょうぶ!言ったでしょう?おれは兵器なんだ
わるものなんてへっちゃらさ!

自身の制御装置を解除
ヴァリアブル・ウェポン、アームデバイスに収納していた内臓兵器
愛用の熱線銃二丁を引き抜くと同時に相手の射程に収まるより早くトリガーを引く
皆が少しでも戦いやすいよう関節部位を一つでも多く撃ち抜こう

……ミレンちゃん!おれのデバイスに接続して!

【ハッキング】を強化してもらい、相手の行動パターンを直接揺さぶろう
出来る限り回避を試みるけれどミレンちゃんに攻撃が届きそうなときは
片方を『おしゃか』にしたって構わない、長い銃身で受け止める

……ちいさいからって、……ゆだん、したね……!

ゼロ距離になった敵のコアめがけて出力最大のレーザー射撃
なみだの海に、『いかり』は似合わないよ

……ねえ、ミレンちゃん
あのね……

傷だらけ、ノイズだらけ
ああ。どっちも、もうここにはいられないんだ

さいごに、きみの心にふれる
きみが最後までのこしていたかったものに、ハッキングして

……きみのかけら!おれが、あずかっててあげる!



●11――『カーティス/2』
 その兵器が警告音と共に出現した時も、カーティス・コールリッジは一切慌てなかった。
「ミレンちゃん、さがって」
『……みんな、大丈夫かな? あの人、きっと普通の怪人じゃない。すごく悪い人……』
 何千何万と繰り返されてきた戦闘シミュレーション通りだ。傍にいたミレンちゃんへ、猟兵たちの後ろに避難するよう促す。幸いにも援軍に来た仲間もいた。それでも不安そうな顔を浮かべるミレンちゃんを元気づけようと、カーティスは彼女へウインクしてみせる。
「だいじょうぶ! 言ったでしょう? おれは兵器なんだ。わるものなんてへっちゃらさ!」
 そうして自然と浮かんだのは、最高の笑顔。
 磨き抜かれた力で、自分の意思で、誰かの生きる時間や居場所を守れることが、カーティスはとても嬉しい。宇宙の外でも電子の海底でも、それは変わらない。
『ほんと? じゃあ、わたしも頑張って応援する。カーティスくん。わたしの大事な海を守るために、一緒に戦って!』
「うん、もちろん!」
 カーティスの笑顔にミレンちゃんも励まされたようだ。少年は勇ましくゴーグルを装着し、普段兵器としての力を制御している装置を解除する。
 ――よし、いくぞ。これもきっと、おれがうまれた意味なんだ!
 アームデバイスに内蔵された二丁の熱線銃を抱える感触も、ちいさな両の掌によく馴染んだ。

 仲間の猟兵たちは素早く逃げたり、派手に立ち回ったり、相手を挑発したりと、各々の得手を活かし、敵の気をうまく逸らしてくれていた。攻撃される前に敵の不意を突き、仕留める事を責務とする狙撃手にとっては好環境だ。
(……ヤ! みんな、がんばってる! ちょっとでも戦いやすいようにしなきゃ!)
 集中し、命中精度を高める。己の呼吸だけしか聞こえないほどに。
 刺し、貫くもの――その名を与えられた熱線銃のトリガーを素早く引けば、二本の荷電粒子が電子の海に閃いた。正確無比に狙い澄まされた光線は、キリング・ロウの関節へ見事に命中し、接合部を焼き切ろうとする。
 奇襲を仕掛けられたキリング・ロウは、無機質な貌でホログラムの海をぐるりと眺め回した。
 血のような赤い眼が此方に向く寸前、カーティスは叫んだ。
「……ミレンちゃん! おれのデバイスに接続して!」
『うん、わかった……!』
 ノイズが強まり、色を失いつつある彼女の身体が、世界が、鮮やかな色彩を取り戻す。カーティスが「きれいだ」と思った、あの静かな海だ。星のような、淡い青のひかりが伸び、ふたりを繋いだ。
 ――だいじょうぶ。わたしが、カーティスくんのそばにいるよ。
 聴こえるのは、いつかどこかで耳にした気がする、懐かしい子守歌だ。どこで聴いたのかは思い出せないが、心安らぐ音色だった。
「これ……ミレンちゃんにもきこえてる?」
『うん。聴こえるよ。優しくて、素敵な歌。……わたしたちの力を合わせれば、あの人の行動だってハッキングできるはず。お願い!』
「うん! おれはまもるよ。この海も、きみのことも、みんなの心も!」
 カーティスは、此方へ向かってくるキリング・ロウの頭を、熱線銃で撃ち抜いた。するとインプットされた行動パターンに乱れが生じ、敵は目の前の相手をがむしゃらに襲いはじめる。
 『ミレンちゃんを殺す』という目的と、『自身の死を極度に恐れる』という性質が薄れ、暴力性だけが残った結果だ。しかし、本来凄まじい速度で繰り出される引っ掻きも、カーティスが行動パターンを解析できる程度には落ちている。
「だめだめ、あたらないよっ!」
 繰り返しシミュレートされてきた脅威との戦闘。求められてきた迅速な任務の遂行。それは思考回路を経由するまでもなく、幼い身体に本能として染みついていた。
 左腕が横に振るわれれば、きっと右の後腕が振り下ろされる。かわした所にもう一度左腕が叩きつけられるから、横に転がって回避して、起き上がりざまにレーザーを撃ち込むんだ――。
 先程狙った関節部位に光線を照射すれば、ついに腕の一本が、重い音をたて落ちた。

 頑強な身体を猟兵たちに幾度も叩かれ、半壊しつつあるキリング・ロウは、まるで己が被害者かのように怒り狂った。
 カーティスとミレンちゃんを両方巻き込もうとしてか、敵は爪を振り回しながら此方へ突進してくる。これを避けたら、ミレンちゃんにも当たってしまう――なら、カーティスが選ぶ道はひとつしかない。
 『おしゃか』にしたって構わない。
 おれの銃は直せばいいけれど、ミレンちゃんとはもうすぐお別れなんだ。
 きみは、いままもらないといけない、たったひとりなんだから!
「ミレンちゃん、おれを信じて! おれのうしろにいて!」
 熱線銃の長い銃身を盾のように構え、カーティスはミレンちゃんの前に立ちはだかる。
 鉄の重量が乗った深紅の爪が、白い銃身と腕に食い込み、そのまま後ろに吹き飛びそうな衝撃がカーティスを襲う。だが、少年は二本の足を力いっぱい踏ん張って、衝撃に耐えてみせた。
 刹那、キリング・ロウの動きが停止する。
 子どもだから弱いだろう、とでも侮っていたのだろうか。だとしたら、それは大間違いだ。
「……ちいさいからって、……ゆだん、したね……!」

 『カーティス』。
 それはかつて兵器の名だった。この敵とおなじものだった。
 だが、今は破壊するための兵器ではなく、希望の光で絶望を貫くための兵器であり。
「なみだの海に、『いかり』は似合わないよ」
 びりびりと痛む足で身体を支え、それでも笑って皆に勇気を与える――心あるひとの名だ。

 二本の熱線銃の出力を最大まで高め、限界まで火力を上げる。盾代わりにした一丁は壊れるかもしれないが、構うまい。
「ミレンちゃん、敵の弱点はわかる?」
『……胸! 胸を狙って、そこにコアがある!』
 銃口を敵の胸部へ直接突きつけ、カーティスは素早くトリガーを引いた。
 もともと仲間の攻撃でひびが入っていたそこは、最大出力のレーザーに耐えられなかった。胸部は閃光とともに大破し、キリング・ロウは、赤い眼を激しく点滅させながら、聞き苦しい金属音を発する。そして――ぴたりと動きを停止した。

 ……終わった、のだろうか。
 いまだ不気味な存在感を放つ鉄塊から注意は逸らさず、カーティスは後ろをふり返った。
「……ねえ、ミレンちゃん。あのね……」
 さっきまでの色鮮やかな世界はもうそこにはなくて、彩度の下がった粗い映像と、時折砂嵐のような粒が走る海がそこにあった。ああ――物語の終わりが近いことを、カーティスは悟る。
 銃を握っていた腕は傷だらけで、ノイズに侵食されたミレンちゃんの輪郭は崩れかけていた。
『カーティスくんは兵器なんかじゃないよ。わたしにとっては、ヒーローだよ』
(どっちも、もうここにはいられないんだ)
 終わることは止められない。けれど、これは悲しいお別れじゃないよと、ミレンちゃんは笑う。
『わたしが消えても、みんながわたしを覚えていてくれるんだってわかったの。みんなが、わたしの小さな世界を、最後まで守ってくれた。忘れないよ。本当に、ありがとう』
「ふふふ! ありがとっ! ミレンちゃんが、おれたちを信じてくれたから、みんなで一緒にわるものをやっつけられたんだ」
 だから、カーティスも、ミレンちゃんとおなじように笑い返した。
 少女は生命も意思もないプログラムで、少年は兵器として造られた実験体だったとしても。
 そこには、生みの親も、育ての親も教えてはくれなかった、あたたかさがあった。ひとの温もりがあった。
『そうだ。カーティスくん、さっき何か言いかけてたよね』
 返事をする代わりに、カーティスは太陽のように笑って、ミレンちゃんへ手をさしだす。

 ここからきみを連れ出せるわけではないけれど。
 さいごに、きみの心にふれることは、きっとできる。
「……きみのかけら! おれが、あずかっててあげる!」
 ミレンちゃんもその手をとった。
 『悲しみ』をここへ預けていく代わりに、きみが最後まで残していたかったものへ、アクセスする。

 ――それはまるで、押し寄せる大波のよう。
 いまでも色鮮やかなままの、さまざまな人、物、場所。
 たとえば、誰かが語る幻想的な月夜の御伽噺、世間話のように進むホラー映画、エモくてド派手な邪神の配信動画、捨てられないという執着の話、勇気ある宇宙のヒーローの活躍。他にも、数えきれないくらい色々。
『ごめんね。わたし、実は結構欲張りなのかも』
 宇宙を出て、『あい』を知った、今のカーティスにはわかる。
 悪びれず笑うミレンちゃんが残したかったものはきっと――データという名の『思い出』だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​


 
 思い出はここで美しく終わるべきだった。
 そんな事が許されると思うか?
 
綺乃坂・叶
「ついにこの時が来た・・・私のお父さんとお母さんを殺した仇を、この手で潰す時が」

・戦闘時
ミレンちゃんには各種技能やUCの強化を依頼。真の姿はお任せ。UC使用時は周囲の人を巻き込まないように

敵の攻撃に対し【武器受け】【オーラ防御】【結界術】を駆使して受け流し、【瞬間思考力】で隙を見て【残像】【ジャンプ】で離脱、ガラ空きになっているところを狙って【連続コンボ】【傷をえぐる】【部位破壊】【切断】【捕縛】【恐怖を与える】を乗せた攻撃で自由を奪っていく

・宿敵へのトドメ
敵が命乞いを始めたら「お父さんとお母さんも同じ恐怖をしていた。私はあなたに殺される直前のお父さんとお母さんの顔を忘れたことがないの」

さようなら
と言って全身全霊のUCで跡形もなく粉砕

・戦闘勝利後
ようやく仇を討つことができた。『復讐心』はもう私にはいらない

私を育てれくれたお父さんとお母さんから受け取った恵みや幸福の記憶について、ミレンちゃんが消滅する最期の時まで明るく話せたらいいな

お父さん、お母さん、そしてミレンちゃん、ありがとう



●12――『宿敵/綺乃坂叶』
 猟兵たちの攻撃が重なり、遂に胸のコアを砕かれたキリング・ロウは、すっかり動きを停止していた。
 だが、みなが疑問に思っていた。致命傷を受けたのに、この悪意にまみれた殺戮機械は、いまだ消滅する気配を見せない。まさか――悪い予感は、当たる。
 一度は狂気の光を失ったはずの眼に、ふたたび禍々しい赤が灯った。灯ってしまった。
『どうして……コアは砕いたのに』
 ミレンちゃんが呟く。コアは機械にとっての動力源。心臓。心のようなものだ。
 しかし、もともとひとらしい心など持たないこの怪物はいま、『罪無き人々を虐殺する』という執念じみた思考回路だけに沿って、壊れた身体を再起動するに至っていた。
 こいつはとにかく、ひとの幸せが許せない。
 たいした背景も信念もなく、ただただ価値あるものを壊したい。
 その姿はまさに外道と言ってよかった。猟兵たちが身構え、ミレンちゃんを守ろうとしたその時――後方で待機していたグリモア猟兵が、新たにゲートを開いた。
 召喚されてきたのは、キリング・ロウとは比べ物にならないほど小柄で幼い、青いツインテールと豊満な身体が特徴的な少女だ。しかし、彼女は、ここにいなければならない特別な理由を持っていた。
「ついにこの時が来た……私のお父さんとお母さんを殺した仇を、この手で潰す時が」
 |綺乃坂《きのさか》・|叶《かなえ》(神のバーバリアン・f17471)は積年の憎しみが籠った声で呟く。そして、体躯よりも大きい武骨な大斧をきつく握りしめ、獣のように宿敵へと襲いかかった。

 叶の存在に気づいたキリング・ロウは、邪魔だとばかりに千切れかけた腕を振り回し、彼女を無残に引き裂こうとする。
 こいつだけは絶対に見逃せない理由がある。命を懸けてでも倒したい存在だ。その気迫が斧に宿り、進撃を阻む程の結界と化して、常以上の力を発揮する。高速で振るわれる爪のひっかきを、叶は斧ひとつで食い止めていた。
『あなたは……?』
「私は叶。……こいつに、お父さんとお母さんを殺されたの」
 同席していた猟兵たちも、ミレンちゃんも、誰もが言葉を失ったろう。
 そういえば「たびたび同じ事をしている」という情報はあった。叶はまさに、その被害に遭って、キリング・ロウにたいせつなものを奪われてしまった被害者だったのだ。

 あれは、キマイラフューチャーに家族旅行に来ていた時のことだった。
 遥か未来の、誰も暮らしに困らない、楽しいコンテンツに溢れたポップな惑星だ。
 たまに怪人が出るといっても、ほとんどヘンテコなやつらだし、猟兵がカッコよくやっつけてくれる。だから当時の叶も、今日は素敵な一日になると思い、疑っていなかったろう。
 けれど――その幸せはあまりに唐突に、理不尽な形で砕かれた。
 次はどこで遊ぼうか。なにを食べにいこうか。そんな話をしながら観光を続けていた時だ。急に悲鳴が上がり、周囲にいたキマイラ達が一目散に逃げ始めた。怪人が出たら逃げる前にとりあえず動画撮影、そんな呑気なキマイラ達がである。
 叶たちがとても幸せそうで、壊し甲斐のある家族に見えたからかもしれない。
 後に『キリング・ロウ』という名で呼ばれる悪意の塊は、綺乃坂一家へ一直線に向かってきた。もちろん、一番弱く、両親にとって何より大事な存在である叶を狙って。
 ――お願いします、どうか娘の命だけは――。
 父も、母も、叶を庇った。大好きな両親が突進を受け、爪に引き裂かれるのを、あの時の叶は止めることができなかった。そして、最後に歪な四本の腕が、父と母の身体を包み込んで――。
 ようやく地元の猟兵が到着し、キリング・ロウが逃げていった時には、もう手遅れだった。居合わせたキマイラ達も何人か巻き込まれ、犠牲になったと後で聞いた。
 あの時の、まるで残された叶を嘲笑うかのような行動。
 きっとどちらが死のうが構わなかったのだ。そうして、独りになった少女は復讐を誓った。

『そんな。ひどい……あんまりだよ』
 こいつは叶の顔なんか覚えちゃいないだろう。命の価値など、踏みにじるためにあるとしか考えていないのだから。しかし、狂気的に振るわれる爪の馬力は、叶をじりじりと後退させていく。
「ミレンちゃん。私にはあの時残された人の怒りが、悲しみが、殺されてしまった人の恐怖が、無念が、誰よりもわかるの。あなたを、お父さんやお母さんと同じ目に遭わせたくない……! お願い、力を貸して……!!!」
『もちろんだよ。大事な思い出を傷つけるマナーの悪い人は、ここにはいらないよ。今度こそ退場してもらうんだから!』
 そう言ってミレンちゃんが祈ると、崩壊寸前だった電子の海は修復され、叶の身体がまばゆい光に包まれた。もう何も奪わせない。想いが叶の肉体を超克し、内に秘めた力が解放される。
「これが……私の真の姿?」
 斧がだいぶ軽く感じる。父と母の面影を色濃く残した、神々しい姿の女性が、多数の獣を従えて海の底に立っていた。
 キリング・ロウは叶の放つオーラに一瞬気圧されたものの、すぐまた攻撃を開始する。だが、今度は敵の動きを見てから、どこへどう逃げたら良いかを瞬時に判断することができた。
 横に振るわれるキリング・ロウの腕をジャンプ、すり抜けてかわす。敵の腕は叶の残像を追っている。がら空きの頭部へ斧を振り下ろし、痛烈な一打を見舞った。
「これぐらいで許すと思わないで」
 叶は破損した頭部に、何回も、何回も斧を振り下ろす。こいつがやってきた事を全て叩き返すように、完全に壊れない程度の力で、傷口をえぐり続ける。
 やがて煙は出てきたが、血は流れない。これは血も涙もない邪悪なのだと、改めて理解できた。やっと危機を覚えたのか、キリング・ロウが逃げ出そうとすると、ホログラムの海蛇が敵を縛りつけた。
 味方の猟兵たちも状況を理解してくれたのか、ワイヤーで動きを妨害したり、熱線銃で眼を狙撃したり、蹴りやパンチで痛烈な打撃を与えたり、攻撃目標を逸らしたり腕を斬り落としたりと、総力で敵を討ちにかかり始める。
 そして、叶の振るった斧が、キリング・ロウの腕を、翼を、次々に切断していく。攻撃手段が無くなれば、次は足だ。キャタピラを念入りに叩き潰してから、胴体と足を切り離した。

 これだけの人数に囲まれて一方的に殴られるなんて、キリング・ロウには初めての体験だ。
 逃走しようにも、もう逃げようがない。どんどん自由を制限され、リアルな死の恐怖が迫ってくる。
 しかし、同情を示す者など誰もいない。己の行いがやっとはね返ってきた、それだけだ。
『ユ』
 これまで不快な金属音しか出してこなかったキリング・ロウが、ガタガタと震えながら、漸く言葉らしきものを発した。
『……ユ”……ルジデ、クダサ”、イ、……オネガ、シマ”、ス”……』
 叶は、その命乞いらしき発言に思わず眉を寄せる。
 心を砕かれ、知性も失って、最後に残ったものが自己保身だけとは。なんて醜いのだろう――理不尽に奪われていった父と母、そして無数の命の存在が、改めて偲ばれた。
「お父さんとお母さんも同じ恐怖をしていた。私は、あなたに殺される直前のお父さんとお母さんの顔を忘れたことがないの」
 この機械に表情らしきものは見てとれないが。
 きっと、握りつぶされる寸前の両親より、ずっと酷い顔をしているだろう。キリング・ロウの大事なものは、自分自身だけなのだから。
「みんな、少し離れていて。私とキリング・ロウの因縁はここで終わらせるから」

 ――さようなら。
 怒りでも、憎しみでも、呆れでもある別れの言葉は、存外冷静に言えたかもしれない。

 全身全霊の力を斧に集め、動けなくなった宿敵に向かって振り下ろす。キリング・ロウは最後まで何か言っていたが、それは断末魔の悲鳴に変わった。
 縛られ、殴られ、焼かれ、すっかり変形した鉄の塊に斧の刃が食い込む。単純で、ゆえに力強いその一撃は、ホログラムの海中を凹ませるほどの威力で、悪意の塊を跡形もなく粉砕する。
 数多の命を奪ってきた外道は、残さず分解され、電子の海の塵になった。その最期に美しさなど不要だと、この場の主――ミレンちゃんというAIが判断したのだろう。
「お父さん、お母さん……見ててくれたかな。やっと終わったよ……」
 幼い少女の姿に戻った叶は、常の明るさも忘れ、大好きな両親を想って涙を流した。
 穏やかな海に花の雨が降りそそぐ。失われたものは戻ってはこない。それでも、ひとは悲しみという荷をいつか降ろして、前に進まないといけない。
 
●13――『みんな』
 月夜の海は一時的にその色彩を取り戻していたが、もう終わりが近いらしい。
 一部始終を見ていたキマイラ達も、ミレンちゃんと最後に言葉を交わす時間を得られて、名残りは尽きねど悔いはないといった様子だった。
 何せ色々あって、この戦いの一部は全世界に配信され、物凄くバズったのだ。その現場に居合わせたとなれば、キマイラ達が喜ばない筈はない。何より、ミレンちゃんを守ってくれた猟兵たちに、彼らは物凄く感謝していた。
「ようやく仇を討つことができた。『復讐心』はもう私にはいらない。だからミレンちゃん、持っていってくれるかな」
『うん。びっくりしたけど、叶ちゃんにそれはもういらないよね。任せて。どこに着いたって、すぐポイッてしちゃうから』
 戦いを終えた叶の表情は穏やかなものだった。キリング・ロウに対する感情よりも、自分をたいせつに育ててくれた両親への愛情や、感謝のほうが、不思議と深くこみ上げてくる。
「ミレンちゃん。よかったら、私がお父さんとお母さんから受け取った恵みや幸福の記憶の話、聞いてくれる?」
『わたしも聞きたいな。せっかくなら、最期の時まで楽しくお話したいもん』
 今はもう、叶も無理に明るく振舞う必要はなかった。
 たとえば、普段の食卓に出てくる料理でなにが好きだったか。
 お父さんのこんな所がかっこよくて、お母さんのこんな所が優しかったという話。幼い頃に読んでもらった絵本の話や、将来なりたかった夢の話や、私がもっと小さい頃はこんな子だったんだよという話や、ふたりの出会いはどんな風だったか――話したいことは尽きなくて、どんどん湧いてくるけれど、どうやらそろそろお別れの時間らしい。

 戦いに関わった猟兵たちが、各々ミレンちゃんに別れを告げる。
 叶も、その言葉を笑顔で言うことができた。
「お父さん、お母さん、みんな、そしてミレンちゃん、ありがとう」
『わたしも、ありがとう。叶ちゃん、いっぱい幸せをみつけてね。みんなも、本当にありがとう。わたしがここに居たのも、みんながここに来てくれたのも、運命ってやつだったのかもしれないね』
 ――でも。
『ばいばい。私がどこに行っても、みんなのこと、きっと忘れないよ』
 電子の海が色彩を失っていく。
 そこにノイズの乱れはなく、まるでゆっくりと電源が落ちるように、静かに消えていく。
 また明日ね。そんな風な笑顔で手を振るミレンちゃんの残像が、瞼のうらにまだ残っている。


 誰かが語る幻想的な月夜の御伽噺。
 世間話のように進むホラー映画。
 エモくてド派手な邪神の配信動画。
 捨てられないという執着の話。
 勇気ある宇宙のヒーローの活躍。
 数えきれないくらい色々を預けたし、悲しい思い出だけはポイッてしちゃうけど。
 わたしって結構欲張りみたいだから、これだけは一緒に持っていかせてね。
 わたしが存在した意味。わたしだけの特別。
 わたしの物語を作ってくれたみんなに――ありがとう。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年12月24日
宿敵 『キリング・ロウ』 を撃破!


挿絵イラスト