●翳り
それは、あまりも眩い夜だった。
黒一色の夜空に朧気な輪郭をした色、深く澄んだ青や白が輝きながら滲んでいる。共に夜空を飾る大小様々な光は宝石の欠片に似て、それらが贅沢に添える色と輝きはきんと澄んでいた。
その下に広がる平坦な大地はうっすらと水を湛え、星空を映す鏡となって、夜空にあるものをそっくりそのまま広げている。
夜と星々が創り出す静謐と絢爛。その中にふわり舞い降りた吸血鬼の娘は、満天の輝きに包まれて花のような笑みをこぼした。
「素敵な場所ね! ねえねえ、貴方達が死んだ時も、ここはこんなに綺麗だったの?」
甘い声が、そこに縛られていた無数の魂を一気に掬い上げる。
骨と皮だけの痩せた体。纏う襤褸。『亡霊』以外の呼び名を持たない死者の群れは、目と口から真っ黒な何かを垂れ流し、怨み辛み嘆きを重たく響かせる。
しかし娘は憐れみも嘆きもせず、笑顔のまま亡霊の一人へと手を伸ばすと腰に手を添え、くるり、くるり。瞳に溢れるほどの星々を映しながら、ワルツのステップを踏む。
「ここで舞踏会を開きたいわ。お客様をお招きして、私のお人形達には勿論、とびきり似合うドレスやタキシードを用意するの。ここでのお茶会も楽しいと思うのよ、だってこんなに綺麗で、素敵なんだもの! テーブルと椅子は、力自慢の子にお願いして運んでもらって……」
ちゃんとその子の分の紅茶とお菓子も用意して。
ただ歩くだけの、真夜中のお散歩も楽しそう。
くすくすと無邪気に楽しげに語っていた娘だが、ふいに手をぱっと離した。一切逆らわず、されるがままワルツを踊っていた亡霊が空中でふらつくも、そちらには目もくれず一点を見つめる。
「それじゃあ、いってらっしゃい。生者はみんな、貴方達のお仲間にしてね」
勿体ないけれど一人残らずよ。
自身が付け加えたそれに娘は唇を尖らせた。ドレスの裾を摘み上げ、足元を小さく蹴る。大きく乱れた星の海で、いくつもの輝きが混ざって強く煌めいた。
「本当、勿体ない。ただの人間でいればいいのに。そうしたら、私が守ってあげるのに」
素敵な子がいませんように。
だって今回は、連れて帰れないもの。
●星満つ夜に
ダークセイヴァー上層の存在が判明してだいぶ経ったが、その間も第四層は第四層で様々な闇を抱えている。その一つが、とある吸血鬼による『闇の救済者』の襲撃だ。
「名前はアリシア・ローズ。彼女、人類を『人形』って呼んで可愛がるタイプで、殺すのは『勿体ないから』って嫌がるタイプ。だからって人類の味方でもないけど」
ちょっと知り合いで。
困ったように微笑んだリオネル・エコーズ(燦歌・f04185)曰く、アリシアは訪れた地に住む人間達と契約を結ぶという。
『素敵な子を頂戴。とても優しい子、美しい子、何かが得意な子。どんな子でもいいわ』
『そうしてくれたら、私がここも、貴方達も、守ってあげる』
自ら名乗り出た者、話し合いの末に差し出された者。どちらであれ、アリシアは笑顔で連れ帰り、誰も彼もが口をつぐむのなら笑顔で『人形』を探しに行くという。
「アリシアは“お人形とは一緒に楽しく遊ばなきゃ”って考えてる。だから手に入れたのが一人だけでも契約通りに獣や他の吸血鬼から守るんだ。……まあ、手に入れた人間は自分の人形だって考えだから、故郷に帰すって発想ゼロなんだけど」
そのアリシアが『人形』と呼んで愛でる存在――闇の救済者を殺しに向かう理由は、ごく僅かずつだが、彼らの中にユーベルコードに覚醒しつつある者が現れ始めたからだ。
どれだけ僅かでも、それは確かに芽吹いた未来の希望となる。才能が完全に開花すれば、彼らは強力な将や戦士を得られるだろう。
「でもオブリビオンからしたらそうじゃない。だから、今のうちに芽を詰んでおかなきゃって考えたんだと思う」
その地で命尽きた亡霊の大群を従え、更に『禿鷹の眼の紋章』も装備しているアリシアは強力だ。
対象の肉体ごとユーベルコードを捕食する紋章の力は厄介で、対処を怠れば致命の一撃を受けかねないが、幸いなのは、アリシアの手が闇の救済者へ届くにはまだ時間があるという事。
転移した時、闇の救済者は星鏡へと足を運び、羽根を伸ばしているという。
「みんなものんびり過ごしておいでよ。神様とか精霊とか、天使とか。そういう存在が本当にいそうなくらい、とても綺麗な場所なんだ」
自然が生み出した絶景を楽しむ。
戦いの前に、自分を見つめる。
他愛もないお喋りに花を咲かせる。
そういったごくごく普通の日常のひとかけらは、大いなる力を齎す奇跡になどならない。だが、これまでの一つ一つと繋がったそれは、強大な存在に抗う源やその礎となるには十分なものだろう。
東間
第四層の絶景&バトルをお届け。|東間《あずま》です。
●受付期間
タグ、個人ページトップ、ツイッター(https://twitter.com/azu_ma_tw)でお知らせ。オーバーロードは受付前でもどうぞ。
●一章
ふたつの星空広がるそこを気ままに歩いたり、祈ったり、願い事をしたり、決意を新たにしたり等、お好きにどうぞ。闇の救済者もそんな感じで過ごしており、彼らとの交流も可能です。
この章のみのご参加も大歓迎です。
●二章
亡霊の大群との戦いです。
戦力になれない人の避難や守りは闇の救済者がやってくれますし、ユーベルコードちょっと使える人は、積極的に戦いに加わってくれます。
●三章
ボス、アリシア・ローズ戦。
戦闘開始直前にSPDのUC=精神作用をもたらす雨が降る庭園を、水鏡に重ねる形で作り出します。SPDの詳細は三章開始時のボスデータをご参照下さい。
紋章の攻撃は範囲攻撃。闇の救済者だけでなく猟兵にも向きます。
※亡霊は闇の救済者が応戦してくれます。
●グループ参加:三人まで
プレイング冒頭に【グループ名】、そして【同日の送信】をお願いします。
送信タイミングは別々でOKです(【】も不要)
グループ内でオーバーロード使用が揃っていない場合、届いたプレイング数によっては採用が難しくなる可能性があります。ご注意下さい。
以上です。皆様のご参加、お待ちしております。
第1章 日常
『星鏡の夜』
|
POW : わくわく過ごす
SPD : どきどき過ごす
WIZ : 静かに過ごす
イラスト:葎
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●星海をゆく
一歩進めば足元の星空がふわふわと揺れる。
視線を上げれば、終わりのない星の空と海。
じっと足元を見つめていた幼子は、ふいに両手を水につけた。
ぱちゃっ。水音がしてすぐ上げた両手をぴったりとくっつけ、目をきらきらさせながら駆けていく。星海の大地を蹴るたびに跳ねた水が真珠のようにキラリとして――おとうさん! 弾む声に、少し離れた所でしっかりと見ていた男がニッコリ笑って応えた。
「おとうさん! おとうさん、みて!」
「あっ、これは凄い! お手々にお星さまいっぱいだ!」
「そうだよ! それでね、それでね……!」
くっつけて器にしていた両手に少しだけ隙間を作る。
そこからこぼれた一筋の水と、掌と、水が落ちた先。それぞれがそれぞれの煌めきを編む様は、空とも大地とも違う美しさを持っていた。
「何度見ても慣れないねえ」
きゃっきゃとはしゃぐ幼子と、一緒になって水を掬って笑う父親。仲睦まじい親子から周囲の風景へと視線を移してそう言ったのは、闇の救済者の纏め役であるケイトだ。
「どっかからか水が湧いてるみたいでね。いっぺん調べようとしたんだけど、ここがあまりに広くて諦めたよ」
それに地方の小領主であれば倒せるほどになれたとはいえ、まだまだ道半ば――もしかしたら、序盤かもしれない。
だからこそもっと戦えるように、守れるように鍛錬を重ねる事を重視してると語ったケイトの視線は他の闇の救済者へと移った。
「あそこの鉄塊剣背負ってる女の子はエリー。少し前に、剣が鈴蘭の花びらに変わってね。弓矢装備してる若い奴はイーサン。手入れ中うっかり自分の体を切ったら炎が出た」
二人とも自身に起きた変化に驚きながらも受け入れており、実戦で難なく使えるようにと日々鍛錬に励んでいるという。
そして眼鏡をかけてじっと空を見ている男・ライエルは、ケイトの話を聞くに『絶望の福音』が使えるようになったらしい。
――というのも、つい最近になって本人が「あれ? もしかしてこれって?」と自覚した為だ。どうやらライエルの方は、かなりの手探り状態である様子。
「あいつの武器は剣と盾だからね。使いこなせるようになれば、今以上に前で戦い続けられる筈さ。……ん? あいつもしかして星に祈ってる?」
両手を組んで何やらぶつぶつ言っている。――しかも長い。
それを面白がるように笑ったケイトだが、夜空を見上げたその顔が静かに真剣みを帯びていった。
「これだけ星があるんだし、一つくらいは願いを聞いてくれるかな。……あんた達も何か願う? それとも――いける口なら、飲む?」
実は仕込み終えたのがあってと笑った女は、元々ワイン農家だったそうだ。
フリル・インレアン
ふわぁ、アヒルさん綺麗な星空ですよ。
湖にも星空が写って一面が星空みたいです。
ふえ?ここはダークセイヴァーだから、あれは星じゃないって、アヒルさんは夢がないですね。
それぐらい、私だって分かってますよ。
ふえ?アヒルさんが真剣に星空を眺めてます。
どうしたのですか?
ふえ?人は死んだらお星様になるというけど、この海に写った星のようにこっちに戻ってこれるといいなって、もしかして魂人さんのことを言ってますか?
そうですね、第三層に行った魂人さんが戻ってこれるといいですね。
たった一歩触れただけで、星でいっぱいの空に落ちてしまうんじゃあ?
けれど恐る恐る足を乗せれば水の音と大地の感触が返り、ほっと安堵の息をこぼしたフリル・インレアン(大きな|帽子の物語《👒 🦆 》はまだ終わらない・f19557)は、緩やかにたわむ水面から頭上へと視線を移していく。
「ふわぁ、アヒルさん綺麗な星空ですよ。湖にも星空が写って一面が星空みたいです」
雲ひとつない夜だ。広がる絶景はそっくりそのまま水鏡に映り、ずっと遠くへと目を向ければ、空と大地の境目は瞬く星に紛れてあやふやになっていく。こうして立っているからこそ空と大地の区別はつくものの、その感覚がなければ宇宙に放り出された気分になったかもしれない。
凄いですねとうっとりしていたフリルだが、グワグワと聞こえた声に首を傾げた。
「ふえ? ここはダークセイヴァーだから、あれは星じゃないって……アヒルさんは夢がないですね。それぐらい、私だって分かってますよ」
そう。ここはダークセイヴァーの第四層で、“空”の上にもダークセイヴァーがある。そこには第四層とはまた違う地獄が広がっていて、とても恐ろしい世界なのだと聞いている。だが今、自分の目に映る煌めきは確かに存在しているのだ。
アヒルさんってば。フリルはしょんぼりしながら視線をちらりと向け――真剣に星空を眺めるアヒルさんに目をぱちぱちさせる。ついさっき星じゃないと言っていたアヒルさんが、なぜ?
「アヒルさん、どうしたのですか?」
『ガァガァ、ガァ』
「ふえ? 人は死んだらお星様になるというけど、ここに写った星のようにこっちに戻ってこれるといいなって……もしかして魂人さんのことを言ってますか?」
『グワ』
頷いたアヒルさんがくちばしで水面をくすぐる。心地よい音と共に星空が揺れ、波紋が遠ざかる。穏やかに遠のくそれを眺めてみたフリルは、そうですね、とぽつり呟いた。
「第三層に行った魂人さんが戻ってこれるといいですね」
ここも、上も、同じダークセイヴァーなのだから。
いつか。いつの日か。
そう思う心を受け止めてくれる星がどれかは――多過ぎて、今はわからない。
大成功
🔵🔵🔵
マシュマローネ・アラモード
◎
モワ!この世界も、こんなに星の綺麗な場所があるのですわね!
わたくしは、ゆっくりと観ていることにしますわ。
ワイン🍷はちょっと気になりますが、きちんと弁えてますわ、レディとして。
ですが……葡萄はございます?
権能『食糧増殖加工』(UC)、美しい景色を楽しむのにお弁当も必要ではなくて?
……せっかくの星空ですもの、ささやかなお祭りと参りましょう?
葡萄で作られた🍞パンや干し葡萄のウェルシュケーキ、キャロットラペ、ちょっとしたお祭りの屋台のように用意していきますわ、美味しいものを食べることで、元気も出ますもの!
少しでも……豊穣を多くの人に巡り、届けられるように……今は励みましょう。
遮るものがないそこはどこに目を向けても満天の輝きが在る。それはマシュマローネ・アラモード(第十二皇女『兎の皇女』・f38748)の青い目を、躍る心映した煌めきと一緒になって、贅沢に彩った。
「モワ! この世界も、こんなに星の綺麗な場所があるのですわね!」
少し歩けば心地よい水音と一緒に足元の星空が揺らぐ。
闇の救済者達が交わすお喋りや、自分や誰かが紡ぐ水の音。それらに耳を傾けながら星鏡の上をゆっくり巡っていたマシュマローネは、闇の救済者同士、話に花を咲かせているケイトへと礼をした。
「はじめまして。わたくし、マシュマローネ・アラモードといいます」
「こいつはご丁寧にどうも。ケイト・エヴァンスだ、よろしく」
からりと笑ったケイトの手にある飾り気のない木のカップ、その中身は仕込み終えたという葡萄酒だろう。誇らしさも含んだ言葉からして質は良い筈。そう推測するマシュマローネの視線に気付いたケイトが、カップを軽く傾け笑った。
「気になるかい?」
「ちょっと気になりますが、きちんと弁えてますわ、レディとして。ですが……葡萄はございます?」
愛らしい笑顔に添う名案の香りにケイトが食いつく。ちょっと待っててと離れた姿は、少しして葡萄でいっぱいの籠を抱え戻ってきた。
「モワ! こんなに使わせて頂けますの?」
「楽しそうな予感がしたからね。で、どうすんだい?」
「ケイトさん、わたくし、美しい景色を楽しむのにお弁当も必要ではないかと思いますの。さあ皆様、ご覧あそばせ!」
高らかに響いた声はショーの始まりを告げるよう。事実、用意した食材と葡萄の変化は魔法のように鮮やかだった。
香りも果肉も余すさず味わえる葡萄パン、干し葡萄のウェルシュケーキ、色鮮やかなキャロットラペ等々。ほんの10秒で出来上がった料理の数々に大人も子供も歓声を上げ、ケイトは――目を丸くしたまま葡萄酒をぐびり。
「酒の味がする、って事は現実……!」
「ふふ。さ、せっかくの星空ですもの、ささやかなお祭りと参りましょう?」
「やったあ! ありがとう、おねえちゃん!」
無邪気な声を皮切りに、星空に抱かれたそこは一気に賑わいを増した。纏め役であるケイトは始めこそまずはみんながと遠慮していたが、ほんの数分で葡萄パンをしっかり頬張っていた。
「感謝するよマシュマローネ。でもこんなにしてもらっていいのかい?」
「勿論ですわ。美味しいものを食べることで、元気も出ますもの!」
何かを成し遂げるには力以外も必要だ。特にこの世界で食は重要だろう。だからこそ兎の皇女は人々の笑顔を見つめ、想う。
(「少しでも……豊穣を多くの人に巡り、届けられるように……今は励みましょう」)
常闇の世界で必死に生きる彼らが、いつか大きな実りを結べるように――。
大成功
🔵🔵🔵
御簾森・藍夜
【朱雨】
こんな綺麗な場所、この世界にあるのか…驚きだな
心音、大丈夫か?ほら、手―繋ごう?
(暗くて危ないだろう?と手袋を取った右で繋ぎ指絡め
奥?勿論
しかし不思議な場所だ
この澄んだ水鏡も
瞬く星空も
何もかも、この世界らしからぬ静寂さえ美しさ
(奥は誰もまだいなくて…―何故か心音が溶け消えたら困るから、手を引いて抱き止め上着の裡に入れ
心音。それ以上はだめ―お前は此処
俺のとこ、だろ?
…宇宙的な意味での空ではないが、星が瞬くのかどういう仕掛けなんだろうな
幾つか想像は付くが、あくまで検討で正解がまだ見えん
(淡い星光と水鏡の反射に照らされた心音があんまり綺麗で人に見せたくないから、胸に閉じこめて正解な気がする
お願い。俺を置いて、どこにも行かないでくれ
―心音、少しだけ
(少しだけ、と呟いて頬に手を添え
う゛…かわいい
どうしよう
えっと、あの、その、
(朝みたいな瞳
(俺だけの朝
(染まる白い頬も愛おしい
きっと誰も見ていないから(愛おしい心音に口付けを
―愛してる、心音(囁きつつ左で抱く
この夜をお前と一緒に見られて良かった
楊・暁
【朱雨】
――ん
幸せそうに尻尾ぱたぱた揺らし
手を繋ぎ指搦め
ダークセイヴァーは初めて来た
もっと凄惨な世界だって聞いてたけど…
…いや、此処が他とは違うだけなんだろうな
此処は、こんなにも穏やかなのに
興味が湧き
なあ、もっと奥のほう行ってみよう
手を引きながら星の海を渡り
ふと視線を落とし、そのまま空仰ぐ
…綺麗だな…吸い込まれそうだ
――わっ
引かれるまま上着の裡へ収まり
(日頃、抱きつくのとは違って
こういうとき、どきどきするのは何でだろう…)
藍夜の声に顔上げ
―どうした?当たり前だろ?
不安を感じ取り、寄り添うように頭を凭れ
あはは、また藍夜の探究心が疼いてるな
鼓動は逸るけど心地良いぬくもりに浸りつつ
大丈夫だ。何処にも行かねぇよ
安心させるようにふわりと笑う
ん?
ふふ、どうした?藍夜
頬触れられはにかみながら
近づく距離には更に鼓動が早まり頬に火が灯る
優しい夜色の瞳を見つめてた目はそっと閉じて口付けを受け
触れた熱と言葉に
更に赤らんだ顔を隠すように藍夜の胸に埋め
…俺も…愛してる
藍夜にだけ辛うじて聞こえるくらいの声で、そっと
第四層の空でありながらあまりにも美しい星夜に包まれて、御簾森・藍夜(雨の濫觴・f35359)は少し呆けたような表情で周囲を見る。
「こんな綺麗な場所、この世界にあるのか……驚きだな。心音、大丈夫か? ほら、手――繋ごう?」
星々の輝きに照らされているとはいえ、今は紛れもなく夜だ。暗くて危ないだろう。
本当の名前。手袋を外し、差し出された右手。楊・暁(うたかたの花・f36185)は尻尾をぱたぱた揺らし、かすかに笑う。
「――ん」
手を繋いで指を絡めると、心の裡からだけでなく互いの手からも幸せな心地が滲むよう。暁は自分達を包む満天の輝きをゆっくりと眺め、数度、目を瞬かせる。
(「もっと凄惨な世界だって聞いてたけど……」)
吸血鬼や異形の神が支配し、常闇に包まれた世界。
しかし初めて訪れたダークセイヴァーで耳にしたものは、控えめな声量だが楽しげなお喋りの声。目にしたものは、果ての見えない満天の世界と、他の猟兵が用意したらしい料理を笑顔で味わう人々の姿だ。
(「……いや、此処が他とは違うだけなんだろうな。此処は、こんなにも穏やかなのに」)
星鏡の領域から外れれば、ここがどこか理解するに十分な闇が広がっている。
――だが、ここから先は? 皆の談笑も届かない所は、どうなっているのだろう?
「なあ、もっと奥のほう行ってみよう」
「奥? 勿論」
今度は暁が藍夜の手を引き、星の海を二人は一緒に渡っていく。ぱちゃりぱちゃりと控えめな水の足音を二人分引き連れ――ふと視線を落とした暁がそのまま空を仰いだ。
実年齢よりも幼い横顔は運命の糸症候群の為と解っていても、黙って空を見つめる様には“夢中”の二文字が合う。小さく笑った藍夜は同じように空を見た。
(「しかし不思議な場所だ」)
澄んだ水鏡。瞬く星空。
目にしている何もかも――この世界らしからぬ静寂さえ、美しい。
人々の輪から外れたからか奥にはまだ誰もいない。足を止めれば水の足音が眠るように消えていき、豪奢な煌めきと静寂だけが自分達を囲い込む。
「……綺麗だな……吸い込まれそうだ」
すぐ隣から素直に紡がれた感嘆の声と声の主までも、溶けて消えてしまいそうで――それは、困る。繋いだままだった手を引き、抱き止めた暁を上着の裡へ招いた。
「――わっ」
突然だった為、されるままそこに収まった暁は目を丸くさせた。何かを言おうとして、けれど、口をきゅっと閉じる。
(「日頃抱きつくのとは違って、こういうとき、どきどきするのは何でだろう……」)
少しばかりうるさくなった鼓動を自覚していると頭上から声が降った。
「心音。それ以上はだめ――お前は此処。俺のとこ、だろ?」
「――どうした? 当たり前だろ?」
声から感じ取った不安に、自分を抱き止めている体に頭を凭れさせる。これで少しは落ち着いただろうか、と考えた時だった。
「……宇宙的な意味での空ではないが、星が瞬くのかどういう仕掛けなんだろうな。幾つか想像は付くが、あくまで検討で正解がまだ見えん」
「あはは、また藍夜の探究心が疼いてるな」
ついつい笑みをこぼす間も鼓動は相変わらずどきどきとうるさかった。しかし心地よいぬくもりは離れがたい。上着の裡にしまわれたまま改めて周りを見れば、探究心が疼くのも納得の景色が変わらず在った。
(「……心音、綺麗だな」)
静かに見入っていた藍夜は僅かに表情を曇らせる。
星の光は淡く、水鏡が反射した光が心音を照らしている。周りに誰もいないとわかっていても、“心音があんまりに綺麗で人に見せたくない”、“|ここ《胸》に閉じ込めて正解なんじゃないか”と思ってしまう。
「お願い。俺を置いて、どこにも行かないでくれ」
「大丈夫だ。何処にも行かねぇよ」
隠さずこぼした不安にふわりと笑顔が返る。
自分を安心させようとする言葉と笑顔はあたたかくて、眩しくて――。
「心音、少しだけ」
少しだけ。まだ不安の残る呟きと共に大きな手が頬に添えられ、暁は目をぱちりとさせてすぐにはにかんだ。
「ん? ふふ、どうした? 藍夜」
(「ゔ……かわいい。どうしよう」)
見た目は12歳。中身は成人男性。はにかみながらこちらを受け止める包容力に、藍夜の頭の中ではトキメキやら何やらがぐるぐる回り始めてしまう。
「えっと、あの、その、」
「ん。どうした?」
満天の輝きを映して笑う瞳は朝のようだった。今この瞬間自分だけに向けられた、自分だけの朝。照れくさそうに染まる白い頬だって勿論愛おしい。
「きっと誰も見ていないから」
近づく距離に笑っていた目が瞠られる。暁の鼓動がどれだけ早まったか示すように、頬に集まった熱が白い頬に紅をさす。満天の輝きが映っていた瞳は夜色へと染まり――そっと閉じた。
「――愛してる、心音」
囁く声と共に、頬に添えられたものとは逆の手が背中を抱く。静かに重ねられた熱と言葉で更に赤く染まった少年の顔は、自分を抱く男の胸へとうずめられて――。
「……俺も……愛してる」
ここにいるのは自分達だけだが、暁が返した声は藍夜にだけ辛うじて聞こえるくらいのささやかさ。それが藍夜の顔に笑みを浮かべさせ、笑った夜色が静かに閉じられていく。
「この夜をお前と一緒に見られて良かった」
目にして、耳にして、感じたもの。
共に過ごして心に刻んだものはきっと、夜明け後も心の中に灯り続けるだろう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
朧・ユェー
【月光】
綺麗ですね
神や精霊が本当に棲んでいそうですね
手を繋ぎゆっくりと歩く
えぇ、ルーシーちゃんと見る満天の星はどの姿も美しく飽きませんね
それに、同じ風景はありせんし見る度に美しさが増してる気がします
きっとルーシーちゃんとの想い出が毎回楽しく上乗せされているからかもしれませんね
ルーシーちゃんが何かを見ている視線の先を見る
子供と父親らしい人、親子でしょうか
ルーシーちゃんにとって今どういう風に見えているのか少し不安で彼女の顔を見つめる
でもとても穏やかに微笑んでる顔をみてホッとする
それと同時に自分も星掬いをしたいのでしょうか?うずうずしてる雰囲気にくすりと笑って
僕もあの親子の様に星掬いしたいですねぇ
お付き合いして頂けますか?
彼女の周りがキラキラしている
では僕も彼女の近くで星を掬うととても綺麗ですねぇ
お願い事も出来るらしいですよ
ルーシーちゃんらしいお願いですね
僕ですか?僕は…
彼女を片手で抱き上げて
本当に天使が居た様です
誰かに連れ攫われない様にお家に帰りましょう
ふふっ、ありがとうねぇ
僕の天使さん
ルーシー・ブルーベル
【月光】
足元もお空も星でいっぱいね!
ふふ!確かに不思議の生物が居てもおかしくなさそう
ゆぇパパと手を繋いで歩きましょう
いく度かパパと満天の星は見たけれど
本当に飽きないわ
むしろ、こうしてパパと想い出を重ねられることがうれしい位!
パパも?そう、へへー
水鏡の星を掬う仲睦まじい親子を見て微笑ましく思う
前だったら何よりも羨ましいって思っていたのに
穏やかに見守れるようになったのが不思議
きっともう、わたしにはゆぇパパが居ると思えるからね
…それにしても
星掬い楽しそう
同じ事をしたら子供っぽすぎると思われちゃうかな
チラと隣を見上げたら視線が合って
わたしの心はお見通しだったみたい
いいの?やりたい!
水を掬って、注いで
すごい!足元の星達が揺らいで瞬いて
パパもやってみて!
パパの方が沢山お星様を掬えてる
きれいね…!
次はルーシーがパパの周りをキラキラさせる番ね!
お願いごと…
彼らを守って、かな
それとパパのお願い事が叶いますように!
パパは?
まあ、ふふ
それはルーシーにしか叶えられない願いね?
モチロンよ
パパと一緒に、傍に帰るわ
夜の闇と星々の光が滲むようにしてとけあい、果てを包み込むほどに広がっている。
今この場所だけの奇跡めいた彩が創り出す風景に、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)の白い頬はほんのりと薔薇色に染まっていた。星々も映して煌めく眼差しと浮かぶ笑顔が向く先は勿論――。
「ゆぇパパ、足元もお空も星でいっぱいね!」
「えぇ、綺麗ですねルーシーちゃん」
無邪気な笑顔を受け止めた朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)も、楽しげな微笑をふんわり浮かべている。優しい月色の眼差しはルーシーがそうしたように再び周囲へと向けられ、静かで眩い夜を映すと緩やかに細められた。
「神や精霊が本当に棲んでいそうですね」
「ふふ! 確かに不思議の生物が居てもおかしくなさそう」
ぱちゃり。ぽちゃり。ぎゅっと手を繋いだ二人の歩みが星鏡を揺らし、生まれた波紋が穏やかに駆けていく。遠ざかる水の輪はそこにいた星々をきらきら踊らせ、やがて見えなくなった。
「いく度かパパと満天の星は見たけれど、本当に飽きないわ」
ユェーを見上げれば、自分がそうする事がわかっていたかのようにパッチリと目が合う。きっと、その通りなのだろう。目が合ってすぐ咲いた笑顔には、その嬉しさも一緒になっていた。
「むしろ、こうしてパパと想い出を重ねられることがうれしい位!」
「えぇ、ルーシーちゃんと見る満天の星はどの姿も美しく飽きませんね。それに、同じ風景はありせんし見る度に美しさが増してる気がします」
「パパも?」
きょとんとして、ぱちりと瞬き一回。小さな驚きも宿った眼差しに、ユェーはこれまで一緒に見てきた星空を思い出しながら、えぇ、と笑って頷いた。
「きっとルーシーちゃんとの想い出が、毎回楽しく上乗せされているからかもしれませんね」
「そう、へへー」
嬉しそうに、照れくさそうに。やわくとろけるような笑顔を浮かべたルーシーの手が、繋いだままの手をゆらゆらり。可愛らしく揺らす。ほんわかとした笑顔はそのまま周りを見て――静かに止まった。
(「何か見つけたんでしょうか?」)
ルーシーの視線を追ったユェーは、水鏡から星を掬っては煌めかす親子だろう二人を見て月色の目をかすかに瞠る。
きらきらだね、きれいだね――聞こえる会話や親子の見目、仲睦まじさ。全てがごく普通のもので、だからこそ少しばかり不安になる。あの親子が持つものは、娘と呼べるほど大切な少女には当たり前ではなかったから。
しかし星鏡と戯れる親子へ向けられている微笑を見て、胸に在った不安はホッとかき消える。優しく見守るような微笑は、余所見していた父親へと子供が掬いたての星鏡を元気に引っ掛けたのを見てくすくすと綻んだ。
(「前の私だったら、何よりも『羨ましい』って思っていたんだろうな」)
けれど、ルーシーの裡にじわりと広がるものは温かさだけ。
こうして穏やかに見守れるようになった事が不思議だが、その答えはすぐにわかった。
(「きっともう、わたしにはゆぇパパが居ると思えるからね」)
誰よりも近くで見守ってくれて、たまーに意地悪な、優しいお月さま。
(「……それにしても」)
星掬い。
――楽しそうだ。
(「同じ事をしたら子供っぽすぎると思われちゃうかな」)
年齢も、大人のユェーと比べてまだ子供である事も確かなのだが、そう思われたいワケではなくて――でも。やっぱり、やってみたい。
チラと見上げた眼差しは、うずうずとした雰囲気から全てお見通しだった月色が、くすりと笑って受け止めた。
「僕もあの親子の様に星掬いしたいですねぇ。ルーシーちゃん、お付き合いして頂けますか?」
「いいの? やりたい!」
ついさっきまで繋いだままだった手は温かく、触れた水の冷たさに少しだけ肩が跳ねた。けれど掌に収めた満天の煌めきに、ルーシーは水の冷たさを忘れて笑顔を輝かせる。掬って注げば、生まれる煌めきは掌に収めた時よりもずっと強い。
「わあぁ、すごい! 足元の星達が揺らいで瞬いて……パパもやってみて!」
「では僕も」
朗らかに笑ったユェーの手は、一層煌めく星鏡の中で笑うルーシーの近くへと。
自分よりも大きな手が掬った水の面で、星夜がとろりと揺らいで輝いた。すぐそこに在る宝石めいた様に、ルーシーの瞳にも星空のような輝きがぱああっと散る。
「きれいね……! 次はルーシーがパパの周りをキラキラさせる番ね!」
掬った両手の隙間からこぼれ落ちる水と、星鏡に触れて生まれた水の揺らぎ。
どちらにもとろりと翔けるような光の煌めきが生まれてすぐ、まろやかな水の音と共に、ユェーの周りに映っていた満天の星空がより一層鮮やかに躍った。
「おやおや。ふふ、さっきよりも沢山キラキラして、綺麗ですねぇ」
「ふふー」
「そうだ。ルーシーちゃん、お願い事も出来るらしいですよ」
「お願いごと……」
それじゃあ、とルーシーの視線は先程の親子を映し、満面の笑顔に変わる。
「彼らを守って、かな。それとパパのお願い事が叶いますように!」
願うのが自分の事ではなく、今日存在を知ったばかりの親子と、|ユェー《パパ》の事。ああ、なんてこの子らしいお願いだろう。意識しなくとも表情が柔くなってしまう。
「パパは?」
「僕ですか? 僕は……」
片手で抱き上げた体は軽く、星明かりを浴びた金糸の髪が淡く煌めいている。
「本当に天使が居た様です。誰かに連れ攫われない様にお家に帰りましょう」
「まあ、ふふ。それはルーシーにしか叶えられない願いね?」
くすぐったそうに笑った天使の小さな手がユェーの頬を包み込む。少し冷えた頬に伝う温もりは、目の前で咲いた笑顔と同じくらい温かだ。
「モチロンよ。パパと一緒に、傍に帰るわ」
「ふふっ、ありがとうねぇ。僕の天使さん」
数え切れない程の煌めきが在る。
けれどいっとう眩しい輝きは、いつだって傍にいてくれる唯一人。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『その地に縛り付けられた亡霊』
|
POW : 頭に鳴り響く止まない悲鳴
対象の攻撃を軽減する【霞のような身体が、呪いそのもの】に変身しつつ、【壁や床から突如現れ、取り憑くこと】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
SPD : 呪われた言葉と過去
【呪詛のような呟き声を聞き入ってしまった】【対象に、亡霊自らが体験した凄惨な過去を】【幻覚にて体験させる精神攻撃】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
WIZ : 繰り返される怨嗟
自身が戦闘で瀕死になると【姿が消え、再び同じ亡霊】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
イラスト:善知鳥アスカ
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
|
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●黒
初めに気付いたのは、警戒に当っていた闇の救済者メンバーだった。
重たく、低く届く音。共に自分達へ近付きつつある黒色。あれが亡霊と呼ばれる脅威だと気付いた瞬間、腰に下げていた角笛を吹き鳴らす。
危機を報せる音色に人々から怯えや悲鳴が生まれるが、戦いを繰り返し今日まで生き延びてきた彼らはそれで終わりはしない。
「戦えない奴は急いで戻れー、走れない奴は走れる奴が抱えてやってくれー」
「て事で弓部隊は避難する奴らのフォロー、前衛部隊は前に出て守りを固めな!」
ライエルがのんびり言いながらも真っ先に亡霊側へと駆け、続いてケイトの声が堂々と響き、武装していたメンバーが各々の配置につく。その間に戦う能力のない者――星を掬って遊んでいた子供は、自分を抱え上げた父の肩越しに慌ただしくなった『みんな』を見つめ、それから、どんどん近付いてくる黒色に向く。
「おとうさん。くろいおばけがないてるよ」
それは乾いて引き攣るような音だ。
それは建付けの悪いドアのような音だ。
それは捻じれて軋む、木の悲鳴に似た音だ。
『う、う、うああ、あああああ、ああ』
『どうしてこんな風に死ななきゃならない、どうして、どうして』
『止めろ、もう止めてくれ』
骨の浮かぶ指が何かを掴もうとするように空を掻く。映すもののない白い目から、黒く濡れたものが垂れていく。闇のように真っ黒な口内からどろどろと溢れる声は、どれも絶望や嘆きに満ち――。
『眠りたい』
聞こえたそれを叶えても、死が救いでない事を知っている。だが、止めなくてはならない。眠らせてやらなければならない。全ての命が絶えてしまったら、その時こそ世界は一切の光を失くし、底なしの闇に包まれてしまうだろうから。
神崎・伽耶(サポート)
『やってみなきゃわかんないしねぇ!』(明るくニヤリ)
アドリブ連携OK。
普段の口調は「庶民的(あたし、キミ、だ、だね、だろう、だよねぇ?)」です。
後先考えず、反射的に行動しますが、他の猟兵に迷惑をかける行為はあまりしません。
姉御肌で、一般人には優しく、時に厳しく接します。
行動原理は好奇心、攻撃よりは防御が得意で、遊撃的なポジションを好みます。
機動力、観察力を生かし、バフやデバフを多用し、トリッキーな攻めを得意とします。
思い付きで動く、常識のある奇人変人ムーヴで描いていただけると大変喜びます。
いっそNPCだと思っていただいてもヨシ!
よろしくお願いします。
勝守・利司郎(サポート)
神将の四天王×花蝶神術拳伝承者、勝守・利司郎だ。
花蝶神術が何かって?オレが言い張ってるだけだが、練った気を花や蝶のごとく扱うやつ。
しっかし、『トーシロー』が達人っていう設定なぁ。あ、オレ、神隠し先で神将になる前はバーチャルキャラクターな。
ユーベルコードは指定した物をどれでも使用し、多少の怪我は厭わず積極的に行動する。そうだな、主に拳に練った気を集めてグローブ代わりにして、殴ることが多いか?
他の猟兵に迷惑をかける行為はしない。オレの美学(味方ならば邪魔をしない)に反するからな。作戦なら別だが。
また、例え依頼の成功のためでも、公序良俗に反する行動はしないからな。
あとはおまかせ。好きによろしく!
サイモン・マーチバンク(サポート)
「あ、どうも。兎の悪魔です」
デビキン出身アポヘル育ちの兎の悪魔
悪魔ですが倫理基準はアポヘル寄り
ワルにはそんなに憧れないけど必要なら悪どいこともやります
「ゾンビハンターとして過去を殺す」
「魔界盗賊として必要なものを取り返す」
この二つをモットーに依頼に挑みます
同情すべき相手でもしっかり向き合った上で戦うことを選択します
サバイバル生活の影響で使えるものは何でも使う感じに
ハンマーでどかどか殴ったり銃火器でばんばん暴れるのも得意です
賑やかな場所はちょっと苦手
引っ込み思案でコミュニケーションも苦手なので、情報収集はひっそり行うタイプ
多少の怪我は厭いませんが公序良俗に反することはしません
よろしくお願いします
勝って、生き残る。生き続ける。
敵へと向かう闇の救済者達が抱く決意に対し、亡霊らが振りまくものは対極で、死と絶望にまみれている。
意識を塗り潰し、裂くような悲鳴。心と記憶を侵す呪詛。爆ぜるように溢れたそれらは暗く重たい漆黒のみ。迫る死の気配はあまりにも濃く、闇の救済者達の手足や表情が強張った。それでも笑顔を作った男が一人、ヘッと笑って盾を構える。
「あーあーやだやだ、夢に出てきそうな面してら!」
前に構えた盾をそのまま壁として思い切り踏み込んだのは、ライエルだ。心を塗り潰すような声を絶えず流していた亡霊達は、その声も自身と共にぐらりと揺らした。
「そらよっ!」
そこ目がけ剣で一突き――が、その剣を骨ばった手が掴む。男が「ゲッ」と青褪めた瞬間、意地とプライドで恐怖を踏み越えた少女が大剣を手に跳んだ。
「あたし達は生きるんだ!」
叫び声と一緒に大きく薙ぎ払われた大剣が亡霊を数体纏めて吹き飛ばし、続いて大剣がパンッと弾けるようにして可憐な花びらに変わり、鋭く舞う。
「やったできた!」
「エリー! 横だ!」
喜色を浮かべた大剣使いの少女・エリーの真横から突っ込んできた、ぼろぼろの漆黒。ライエルの大声に反応したエリーだが、頭に響く音は全て悲鳴となり、たまらず頭を押さえて呻く。だが、花びらから剣に戻った得物を握る手と亡霊を睨む目には戦う意思が籠もっていた。
「そうそう、その意気!」
ふいに飛び込んだ声の明るさ、鮮やかさは、広がる満天の煌めきに負けないほど。
同時に、エリーの視界にいた何体もの亡霊が派手に吹っ飛んだ。
漆黒は高く遠く弧を描き――水鏡へ墜落する前にぼろぼろ崩れ始め消えていく。
「やる前に諦めてちゃ、やってみる・みない以前の話だもんねぇ、あはは!」
楽しげな声が上から降ってきた、と思えばすぐ隣でパシャンッと水の音を立て着地した人影ひとつ。ひぇっと驚き大剣構えたエリーに、神崎・伽耶(トラブルシーカー・ギリギリス・f12535)はからからと笑った。
「いい反応! あたしは味方だけど戦場には敵もいるからねぇ、そういうの大事大事」
「は、あ、え」
「ど、どうも……?」
「二人とも驚いてる暇ないぞ、次だ次!」
ライエルとエリー、二人へ向けるものは親しみを持てる笑顔と声。亡霊には、素人では見極めるのも困難だろう技を次々見舞うのは、勝守・利司郎(元側近NPC・f36279)だ。
風船が破裂するように一体が消え、その後ろから突っ込んできたもう一体へも利司郎はすかさず己の気を練り上げ、掌底で心臓部分を打ったそこに正拳突きを重ねた。更に裏拳、鉄槌、また掌底――軽やかに見舞いながら相手に反撃の暇を与えない。
(「おおー、凄い」)
たんっと軽く跳んで前線に加わったサイモン・マーチバンク(三月ウサギは月を打つ・f36286)は、次々繰り出し仕留めては次の亡霊に攻撃を見舞う利司郎と、ちぎられては投げられ、ちぎられては投げられ――ではないが、数を減らすのと同じスピードでわらわらと流れ込んで来る亡霊の群れを見る。
(「アポヘルでよく見る光景と似てるなぁ」)
あちらはゾンビでこちらは亡霊。体を構成するものは違えど、どちらも死者である事に違いない。――ならば、ダークセイヴァーでも自分がやる事は変わらないのだ。
ぼんやり思ってたサイモンは得物を両手でしっかりと持ち――亡霊をふっ飛ばしていく伽耶と利司郎の戦いっぷりに「すっげーぇ」と感心しながら、盾でしっかり亡霊数体を食い止めてたライエルと偶然目が合った。
「あ、どうも。あの今お手伝いするんで」
戦闘真っ只中に喚んだ空飛ぶ籠、そこから飛び出した可愛らしい兎達がぱあっと駆ける。その口元でギラリと光ったものが眩い夜を反射し、戦場の中で流星のような軌跡を残しては亡霊が消えていった。
しっかり咥えられたナイフは見ているだけでも震える鋭さ。可愛らしさとえげつなさのタッグが奮闘する中、サイモンを狙った亡霊の額を矢が射抜く。イーサンだ。
ども。会釈で礼を伝えたサイモンにイーサンが頷いて返す。そこに浮かぶ迷いの色に音はないが、悪魔の兎耳がぴくりと揺れた。
「敵の数多いですけど大丈夫ですよ。俺ああいう死んでるの慣れてますんで」
普段よりはしゃんとして、けれど会釈をした時と同様に、合いそうで合わない目に人馴れの無さが滲む。
だが戦っている今、そこを気にする者はいない。
サイモンは自分に向かってきた亡霊を振り抜いた得物で殴り飛ばし、喚んだ兎達でザックリザクザクと止めを刺しては、過去を殺していく。その様に、援護していたイーサンの口から感嘆の声がこぼれた。
「あれが猟兵……ユーベルコード……」
「何言ってんの、キミだって使えるじゃん? じゃあやってみようか!」
ひとっ飛びした直後、いっとき地上に戻った伽耶の声がイーサンの背中を押す。生きるか死ぬかというギリギリの状況だが、伽耶のからりとした気持ちよい性質は変わらない。それでも「まだコントロールが」と迷うその顔をサイモンがちらりと見て、すぐに戻した。
「実戦で試すのもいいと思いますよ」
「何かあればオレ達がカバーするから、やってみろよ」
続いて声をかけた利司郎の両手が亡霊の肩をひょいっと拝借した。痩せた両肩を支えに、ぐん、と体を動かして傍にいた亡霊の頭を蹴り飛ばす。
亡霊の頭は固まりかけていた泥のようにぼろりと崩れ、しかし最期の力を振り絞ったか、両の手が利司郎に伸び――、
「させない!」
イーサンの手が矢を掴み、自身の腕を切る。そこから迸った炎が亡霊の両手を弾くように触れ、あっという間に全身を呑み込んだ。燃え盛る炎の勢いに、そしてイーサンの行動に伽耶は笑って水鏡を蹴る。
「いいねいいね、その調子でどんどんやっちゃおう!」
この世界はいつでも闇に包まれている。全ての闇を晴らすのは困難だろう。
だがそれが決して叶わない夢かどうかなんて、やってみなければわからない。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
フリル・インレアン
……ふえ?そういえば、なんで私達は魂人さんが上層から帰ってこれないって、決めつけていたんでしょうか?
たどり着くことができたのですから、帰ることだってできるじゃないですか。
ふえ?今はその時じゃないって、そうですねアヒルさん。
あの幽霊さん達を倒してしまいましょう。
取り憑かれてしまったり、ダメージを軽減させる効果はお洗濯の魔法で落としてしまいましょう。
少し前まで満天の煌めきを心身に浴びていた事が嘘のよう。
吸血鬼が差し向けた亡霊の群れにより美しい色彩は黒く塗り潰された今、フリルは頭の中に溢れ吹き荒れる悲鳴に苦しめられていた。
男、女、老人、幼児――ありとあらゆる人間のありとあらゆる悲鳴が、頭の中で生まれてはガンガン響く。こうなる直前に見たものは、まだ星空が映っていた水鏡から亡霊がぬうっと出てくる様だ。
(「それで、確か……」)
霞のようだった亡霊が呪いそのものとなって自分に溶け込んだ。
取り憑かれてしまった。
(「アヒルさんは、」)
勇ましく鳴きながら連続キックで応戦していた。
フリルは安堵したが、更に凄まじさを増した悲鳴にたまらず声を上げた。上層へ向かう事なく延々と闇の中を彷徨っていた、名前も知らない誰か達。彼らは今もこの地に縛られて――と思った所で「ふえ?」とハテナが浮かぶ。
「そういえば、なんで私達は魂人さんが上層から帰ってこれないって、決めつけていたんでしょうか?」
『グワ!?』
バッと跳んで亡霊に頭突きを食らわせたアヒルさんがハッと体を震わせる。フリルは相変わらず悲鳴が木霊する頭を押さえながらアヒルさんを抱え上げ、一時的でも亡霊達から離れようと走り出した。
「だって、上層にたどり着くことができたのですから、帰ることだってできるじゃないですか、だったら……!」
『グワワッ』
「ふえ? 今はその時じゃないって……そうですねアヒルさん」
足を止める。振り返る。
走って出来た波紋、駆けた跡を亡霊達が呻き声や悲鳴と共に追ってくるのが見えた。
希望なんて欠片もない。見えない。そんな嘆きと絶望で真っ黒に塗り固められてしまった、この世界で生きていた誰か達を、瞳を震わせながらも真っ直ぐに見る。
「あの幽霊さん達を倒してしまいましょう。まずは私に取り憑いた幽霊さんから……!」
ぽんぽん、ぽんっ。
頭、肩、胸、腹。触れた数だけ悲鳴がぐっと和らぎ、薄れ――すっきりとした意識に決意も抱えて、フリルは亡霊達の元へと駆けていく。
大成功
🔵🔵🔵
マシュマローネ・アラモード
◎
鎮魂の祈りを、祓う力に。
モワ、呪術的な強化が見えれば、権能『斥力』(吹き飛ばし)の得意とする領域ですわ、強化の綻びを祓えばそれは剥がせますわ!
UC|高貴なる看破《ノーブル・ディテクター》!
呪いごと、強化を破壊しますわ!
死が救いでなくとも、無辜の民を
襲う脅威を払うのもまた王の矜持!
縦横無尽からの奇襲もオーラの『斥力』(吹き飛ばし)で距離をおいて、必殺の一撃で鎮めて参りましょう!
お味方の援護にはブースターの推力で駆けつけてお守りしますわ。
みなさんを無事に守り切る事、そして、裏にいる存在……それを倒すまでは終わりませんわ。
穏やかな夜を迎える為に……!
眩い夜を塗り潰す黒。その広がりようと黒の濃さが、敵の規模を感覚で伝えてくる。それは、民を守り導くものとして育ったマシュマローネにとっては、悲劇の塊そのものだった。
「なんてこと。こんなにも多くの民が亡くなっているんですの……?」
彼らが放つ嘆き、絶望――そして、悲鳴。
荒れ狂う波の如く迫るものにマシュマローネは僅かに顔を顰めるが、亡霊達から決して目を逸らさず、両手で杵をしっかりと握り締めた。
轟くエンジン音を伴に、胸に鎮魂の祈りを抱いて向かう先は、自分に取り憑き殺そうと迫る亡霊達。刹那、足元が不自然に揺らいだ。咄嗟に飛び退き、現れた亡霊の両腕を優雅に躱したその瞳がきらりと光る。
「モワ、わたくしの見立て通り!」
ぶんと振り抜いた杵が迫っていた亡霊達を吹き飛ばし――バンッ! 中に粉を含んだ風船が破裂するように、全方位に黒い靄を勢いよく散らして消えた。
「まずは四名様……!」
溢れるほどの祈りを祓う力に変えている今、呪いそのものと化した亡霊達は、全身を呪術的強化で覆ってるも同じ。それが見えてさえしまえばこちらもの。強化の綻びを起点に祓えばいい。それは、『斥力』の権能を示すこの杵が得意とする領域だ。
「死が救いでなくとも、無辜の民を襲う脅威を払うのもまた王の矜持! わたくしマシュマローネ・アラモードは異世界の王族ですが、必殺の一撃で皆様を鎮めて参りましょう!」
誇りと決意に満ちた声は、死者である亡霊達にとって生者の命や彼方の星々と同じくらい眩しかったのだろう。途端に四方八方から迫ってきたが、マシュマローネは杵をぐるんと振り回し、距離が出来たそこを鋭い突きで縫い、宣言通り鎮めていく。
ふとその目が闇の救済者の危機を捉え――華麗なスカート型装甲からブースター音が轟く。兎の皇女の姿は数秒と経たず彼らの傍。同時に一体の亡霊が霧散した。
「皆様、お怪我は!?」
「ありがとう助かった! お陰でまだまだ戦える!」
「モワ、なんて頼もしいお言葉。わたくしも負けてられませんわね」
にっこりと笑うその間もマシュマローネは杵を揮い続ける。
彼ら無事に守り切る事。そして漆黒の向こうに待つ存在――吸血鬼を倒すまで、戦いは終わらない。
(「全ては、皆様が穏やかな夜を迎える為に……!」)
そこに『闇の救済者』と『亡霊』の区別はない。
抱く祈りは天に輝く一つ星のように、煌々と胸に宿り続ける。
大成功
🔵🔵🔵
御簾森・藍夜
【朱雨】
―その手を引いてやることはできない
本当に“お前達”が探しているものは、俺達ではない
…言ったところで無駄な話だ、分かっているとも
始めよう―なぁ心音、お前達
UC
一人残らず喉笛を狙え
逃がすな、追い縋り食らい付け―!
…それが慈悲だ
心音―心音、落ち着け…大丈夫、俺の声は聞こえているな?
(耳の動きと向きに笑って
何せ俺が一緒だからな。大丈夫だ
―お前のその優しさは、俺が一番知っている
(心音に憑いた亡霊を破魔で振り払い抱きしめて
お前の夜はここに有るぞ
心音の吹雪に紛れ狼を走らせる
亡霊達に極力痛みを感じさせず一撃で仕留めさせるようにしつつ遊撃
勿論救済者達にも一匹ずつ補助をつけ戦闘のサポートを行い怪我させない
楊・暁
【朱雨】
―…そうか…そういう事かよ…!
漸くこの世界のやるせなさを痛感する
殺されても尚弄ばれる命
我欲塗の奴等とは違う
ただ平穏を願った人達
…ああ、藍夜
いつもは負けじと放つUCを今日は祈り乍ら丁寧に紡ぐ
苦しまねぇよう最大火力
望む眠りを叶えるその前に
幻でも、少しでも望んだ光景を見せてぇから
救済者達も味方扱い
優れた聴覚が逆に徒になって
過去体験に視界奪われ苦しもうと
お前の勇気をくれる声がぬくもりが
俺を呼び戻してくれる
…らん、や
藍夜
大丈夫、聞こえてる
(愛おしい、俺の優しい夜
…ありがとう
きりと口結び
UCを放つ意志と力を籠め
彼等の事を知った上でなら
望むままに送れる気がして
あいつらの願いが、少しでも叶いますように
亡霊達の姿と声が、暁に『ダークセイヴァー』という世界の様を改めて突きつける。
「――……そうか……そういう事かよ……!」
漸く痛感した。この世界は、あまりにもやるせない。
生前の名も顔も知らない亡霊達は皆、死を迎えても眠りを得られず、尚弄ばれる命の群れだ。我欲にまみれた者とは違い――きっと、ただ平穏を願った人々であったろうに。
星鏡の内側から滲み出た黒。水に落ちたインクめいたそれが亡霊の形を取る前に、暁は藍夜と共に跳躍した。着地したそこで水が大きく跳ね、ほんのいっとき、星彩の王冠を作る。
一瞬の煌めきをも塗り潰すように亡霊が殺到し、無数の手が二人に伸ばされる。骨と皮だけの手と共に幾つもの叫び声が木霊する。まるで、何かへ縋るようだ。だが藍夜は静かに首を振り、手にした杖で亡霊達を払う。
「――その手を引いてやることはできない。本当に“お前達”が探しているものは、俺達ではない。……言ったところで無駄な話だ、分かっているとも」
淡々と“違う”と告げた後に溜息がこぼれ落ち、ほんの僅か、口の端が上がる。
叫び、呻き、悲鳴。何もかもが止まず、響き続けている。
だからこそ。
「始めよう――なぁ心音、お前達」
「……ああ、藍夜」
ぱちゃり。亡霊達が響かす真っ黒な音色の中に落ちた音ひとつ。
水鏡に新たな波紋が生まれ、その中心には狼が。藍夜と暁の頭上には青月が浮かんでいた。
黒が覆い隠そうとしていた水面へ纏う毛並みの青白さを映した狼が、その数をどんどん増やしていく。月瞳を静かに輝かす狼達が増えるのに合わせ周りの空気が冷えていき――柔らかな白が、ひらひらふわりと混じり始めた。
「え、雪……?」
ぱちりと目を瞬かせた救済者の腕、戦いで負った傷に雪が落ちてじわりと溶けた。色は白から透明へと変わり――そこに痛みも傷も溶かして消える。
同じ事が他の救済者にも起きていた。傷が癒えていく、苦しみが和らいでいく。
この雪のおかげだと喜び、勝利をと勇む声に暁の耳がかすかに跳ねた。狐耳は音をよく拾う。悲しみ、絶望、嘆き。それらから遠ざかっていく亡霊達の声も。
(「こいつらが苦しまねぇように……望む眠りを叶えるその前に、たとえ幻でも、少しでも望んだ光景を見せてやりてぇ」)
降り続く雪はゆっくりと勢いを増しながら、亡霊達の視界を白く染め、暁の祈りを映して亡霊達の望む幻を芽吹かせる。
『――ぁ、あ……ああ……』
白く濁った両目、開いたままの口。涙でも血でもない黒い何かで顔を濡らしていた亡霊達は次々に呆けて、戸惑い――それから滲ませたものはひどく控えめな、けれど隠しようのない歓喜だった。
誰かの名前を呼んだ者がいた。
何かを抱え込む仕草をした者がいた。
両手を組み、跪いた者もいた。
柔く降る雪が吹雪となった事に亡霊達は気付かない。暁の祈りが、幻だと気付かなくていいように、知らぬまま終われるようにと包み込んでいる。――ならば、痛みも知らぬまま逝けるだろう。
「一人残らず喉笛を狙え」
逃がすな、追い縋り食らい付け。
それが慈悲だと告げた藍夜に狼達が一斉に従った。
吹雪の中に宿る優しさを損なわぬようにと始まった狩りの音があちこちで生まれ、そこに亡霊の声が交じる。だが食らいつかれる直前、食らいつかれた後。彼らが真っ黒な口からこぼしたものは――。
『ああ、これで、やっと』
いっとき得られた穏やかさは噛み砕く音を最後に途切れ、映していた彩を白く霞ませた星鏡の上でいくつもの黒い影がその数を減らしていく。
また新たに食らいつかれた亡霊が枯れた悲鳴をこぼした。両手が空を掻き――喚ばれた亡霊が産声の如く絶望を響かせる。それは暁の鋭敏な聴覚を突き上げ、心までも苦しめた。だが。
「心音――心音、落ち着け……大丈夫、俺の声は聞こえているな?」
「……らん、や」
自分を抱き込む温もりと声。いつだって勇気をくれる存在の方へと狐耳が動き、向く。その様に藍夜はたまらず笑みをこぼし、そっと頭を撫でた。
「何せ俺が一緒だからな。大丈夫だ。――お前のその優しさは、俺が一番知っている。お前の夜はここに有るぞ」
「大丈夫、聞こえてる」
愛おしく優しい夜が傍にいる。
闇からの出口、行くべき先を照らす静かな光がいてくれる。
「……ありがとう」
暁は口をきりと結び、ユーベルコードにより意思と力を籠めていく。
亡霊となった人々の事を知った今なら、望むままに送れる気がした。
(「あいつらの願いが、少しでも叶いますように」)
暁と藍夜、二人の祈りと優しさへ応えるように狼達が駆ける。
狩りの範囲は闇の救済者達の勢いと共に広がって――星空の輝きが、戻り始める。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
【月光】
さっき見た小さな子がお父さんと一緒に居るのを見て
少しほっとした
ゆぇパパ!
ルーシー達も皆さんをお守りしましょう
言うや前衛のみなさんより更に前へ走っていくわ
パパがすぐ傍に、庇う様に来て下さるから
怖くはない
本当、みんな泣いてるわ
あの人達は今も何かが見えているのかな
傍にいるパパのお顔もお辛そう
今までも時々、お見掛けしたことがある
少しでも軽く出来ないかと思うのに
嘆きの声で頭が割れるよう
身体が軽くなって
耳があたたかく包まれて
悲痛な声が遮られる
…うん、ありがとう
包んでくれる大きな手に、己の手を重ねて
例え昔、何があったとしても
今のこの手は誰かを護る手よ
だからパパもだいじょうぶ
例えその後に更に上の常夜へ招かれてしまうとしても
僅かでも、眠りの安らぎは得られると思いたい
『蒲公英の散花』
破魔の怪火をいくつも咲かせましょう
救済者さんたちやパパがもし害されそうな時は
焼き祓い癒していくわ
安らぎの路へ、花を添えますように
うん!ルーシーにお任せあれよ
その指先にまたひとつ、蒲公英の花を咲かせ
えへへ
どうしたしまして!
朧・ユェー
【月光】
彼女の視線の先にあの親子
どうやら大丈夫そうで安心する
えぇ、ルーシーちゃん、守りましょう
彼女が駆けると一緒に前へ
でも彼女は自分の後ろへと
黒い亡霊達
嘆き哀しみ、悲鳴の様な音
死ぬはずじゃなかった自分に嘆く恨みがこもった声
嗚呼、この声は聴いた事がある
悪夢…繰り返し見た夢
昔僕が殺してしまったあの村の人達の僕への怨みの声
あの時は申し訳無さで身がすくんで何も出来なかった
でも今は…
あの親子や倒そうしてる人達、それに護られる人達
そして一番護りたい存在
娘がその声に苦しんでいる
彼女を抱き上げて耳をそっと包む
大丈夫、もう聴こえない
小さな手がその上に重ねて
大丈夫だと安心をくれる
ありがとうねぇ
亡霊達はさらに苦しみが来るだろう
彼女の優しさに僕も頷き
そうですね、あの人達に安らぎを
屍鬼
手を少し切り、真っ赤な血をグールに
鬼化し、亡霊達を喰っていく
地獄じゃなく安らぎの道へ
ゆっくりおやすみ
手を切ってしまったので癒して下さい
ふふっ、綺麗な癒しの花ですねぇ
綺麗に治った指を見て、そっと頭を撫でて
ありがとうねぇ、ルーシーちゃん
冷えた空気を伝って響く、生者と死者が立てる音。そこに戦えない者が留まれば、この世界では掴むのが難しい明日がより遠ざかる――故に戦う力がない者は迷わず逃げていた。水も足音も跳ねさせて軽快に走る男もその一人で、両腕で幼い少年をしっかり抱えている。
(「さっき見た小さな子だわ。良かった、お父さんと一緒に居る……」)
逃げゆく集団の中に彼らを見つけたルーシーの顔から、緊張感がほのかに和らいだ。
視線の先にいるのがあの親子だと気付いたユェーも、彼らが共にいる事、そして無事に逃げていく姿に安堵の微笑を浮かべる。
(「どうやら大丈夫そうですね」)
現れた亡霊の群れに人々は驚き恐怖していたが、パニックを起こした者はいない。そこに彼らが重ねてきた戦いを垣間見ながら、あの様子ならば無事逃げられるだろうと確信した。
「ゆぇパパ! ルーシー達も皆さんをお守りしましょう」
言うや走り出したルーシーのツインテールが鮮やかに翻る。駆ける少女の姿はあっという間に救済者の後衛を抜き、前衛へ。そしてその更に前へ。
(「本当、みんな泣いてるわ。あの人達は今も何かが見えているのかな」)
自分に注がれる、白く濁った両目。そこから流れ続ける黒い何かに、彼らが失ったものへの想いが凝縮されているかのよう。
同時に、人の形をした死と絶望の気配はただただ不気味で底が知れない。だが、明るいブルーの眼差しは臆する事なく輝きを宿していた。
(「怖くないわ。だって――」)
「えぇ、ルーシーちゃん、守りましょう」
優しく告げ、自分を庇うように立つ白銀色。
駆け出したのは自分の方が少し先で、けれど、ユェーはすぐに来てくれた。
誰よりも近くに飛び込んできた生者二人に亡霊達が一斉に哭く。その身を弾けるように散らし、ぶわりと溢れさせた黒い霞、その核を成していた気配が一瞬で目線よりもずっと下――うすらと水に覆われた足元から爆発的に溢れ出した。ありとあらゆる悲鳴も、共に。
頭の中にまで響き渡る悲鳴が何と叫んでいるかはわからない。あまりにも多くの悲鳴が一塊となっているせいだ。だがユェーは、嘆き哀しむ音色の名前を知っていた。
(「嗚呼、この声は聴いた事がある」)
死ぬ筈ではなかった自分に嘆き、最期を迎え、死んでしまった事を恨む声。
繰り返し繰り返し見た夢――悪夢の舞台はいつだって『あの村』だ。耳にするのは、当時のユェーが殺してしまった村人達がユェーへと響かせる怨みの声だ。あの時のユェーは申し訳無さで身が竦み、何も出来なくて――。
(「パパ、お辛そうなお顔をしてる」)
いつも優しく微笑んでいる顔が僅かに顰められている。そんなユェーを今までにも時折見かけた事があった。けれど今日は――今は、少しでもその辛さを軽く出来たらと思うのに。
(「頭が、割れてしまいそう」)
でも。
パパ。
ゆぇパパを。
どんどん重さを増していく嘆きの中では、ほんの少し手を動かす事すら辛い。だが。
「ルーシーちゃん」
ふわりと身体が軽くなる。耳が、温かなもので包まれる。
悲痛な声が遮られ、冷たく響いていた音色から解放された|視界《世界》で、いつだって傍に居てくれた月色が優しく笑っていた。
「大丈夫、もう聴こえない」
「……うん、ありがとう」
ルーシーは自分の耳をそっと包んでくれる大きな手へと自分の手を重ねた。そこには過ごしてきた年月だけでなく、苦しみを宿した過去も秘めているけれど――。
「例え昔、何があったとしても、今のこの手は誰かを護る手よ。だからパパもだいじょうぶ」
温もりと共に届いた安心にユェーは表情を綻ばせた。
村人達を殺してしまったあの時は何も出来なかったが、今は違う。
星鏡で戯れていたあの親子。亡霊達を倒そうと抗い、共に護られる人々。そして、一番護りたい存在が居る。嘆く声に苦しみながらも自分を助けようとしてくれた――そんな優しさと強さを持つ、大切な娘が。
「ふふ。ありがとうねぇ、ルーシーちゃん」
温かさと優しさ、それから強さ。護り、与え合っていたものにユェーは笑顔を浮かべ、ルーシーを抱き上げたまま周囲を見る。
亡霊達は水面を滑るように飛び、おんおんと悲鳴や嘆きを響かせながら此方を窺っていた。嘆きの渦へと引きずり込んだ筈の生者が光を取り戻している。それを恐れているのだ。
「……ゆぇパパ。ルーシー、あの人達がこの後に更に上の常夜へ招かれてしまうとしても……僅かでも、眠りの安らぎは得られると思いたいの。……無責任、かな?」
「いいえ。そうですね、あの人達に安らぎを贈りましょう」
伝わった優しさで自分達が“大丈夫”と笑い合えたように、それは彼らが闇の中をゆく時の標となる筈だから。
死後もこの地に縛られ、美しい風景に心を揺らす事すら出来なかった魂達。彼らがずっとずっと失っていたひとときを――ユェーは指先に牙を立て、自身に宿るグールを目覚めさせた。
「どうか、地獄じゃなく安らぎの道へ。ゆっくりおやすみ」
鬼化したグールがディナーの気配に気付き、喜びの音を響かせる。一人、二人と亡霊を捕らえては喰らっていく勢いに、突如現れた頼もし過ぎる存在に続けと闇の救済者達が勇ましい声を上げた。
再び燃え上がった決意を亡霊達の哭き声が冷たく侵そうとするならば、温かく柔らかな黄に染まって輝く炎の花が救済者達の身と心を優しく抱え込んでいく。
ルーシーが咲かせた炎は彼らの傷を癒やし、呪いを祓い――綻び咲くような蒲公英色の炎花は、最期の声を響かせ消えゆく亡霊達、彼らが歩む事になるだろう道にも花を添えていくだろう。
そうして亡霊の数が一気に減って周りが開けた事で、星空の輝きは強く戻っていた。明るくなった周囲にケイトを始めとする救済者達は目を輝かせるが、此方へと距離を詰めてくる黒色に気付き、表情を引き締める。
「あんなにいるのか……けどみんな、折角だ! 亡霊全員、今日ここで弔うよ!」
おう、と響く声にはキラキラと決意が漲っている。その強さにユェーは笑み――ちくりと覚えた痛みに目を瞬かせた。視線をやれば、グールの為にと自らつけた傷が目に入る。
「そういえば切っていましたね……ルーシーちゃん、癒やしてもらえませんか?」
「うん! ルーシーにお任せあれよ」
指先に灯った炎がほろほろと揺れ、息を吹きかけられたようにふつりと消えた後に残るのは、傷ひとつない指先だ。
「ふふっ、綺麗な癒しの花ですねぇ。ありがとうねぇ、ルーシーちゃん」
「えへへ。どうしたしまして!」
出逢い、得た存在は星のように明るい。
だからこそ、どんな闇をも迷わず進める標となって心を照らし、力をくれる。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『アリシア・ローズ』
|
POW : 薔薇色のロンド
レベルm半径内に【血液から変じた薔薇の花弁】を放ち、命中した敵から【自身に向いた敵意・殺意と共に生命力】を奪う。範囲内が暗闇なら威力3倍。
SPD : 硝子色のラメント/ベル・カント
戦場全体に【薔薇咲く硝子の庭園】を発生させる。レベル分後まで、敵は【悲哀や絶望の記憶を増幅する雨】の攻撃を、味方は【硝子の小鳥による囀り】の回復を受け続ける。
WIZ : 白金色のドルチェ
【過去・現在の自分=アリシアの行いに疑問】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【人形楽士団の幽霊】から、高命中力の【甘く響き魂囚える旋律】を飛ばす。
イラスト:白
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠リオネル・エコーズ」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●星空に降る
亡霊達が響かす音と纏う色、ふいにその一部が身を退かし、場を開けていく。
そこに現れたのは、夜や星、亡霊とは全く違う鮮やかな色――親しげに笑いかけてくる吸血鬼の娘だった。
「ごきげんよう。貴方達が『闇の救済者』? でも違う人間も混じって――あら」
ぱちり瞬いたピンクローズと同じ色をした翼が、はたりと揺れる。猟兵達を不思議そうに見た吸血鬼の娘はすぐ楽しげな笑顔を浮かべ、カーテシーをしてみせた。
「私はアリシア・ローズ。いつもは、こういう勿体ない事はしないのだけど……」
パンッ。
両手を合わせ響かせた音が形を得て全員の目に映る。
アリシアを中心に外へと築かれゆく無色透明の煌めき。咲き誇る薔薇を除いた全てが硝子で出来たもの――夜と星、蠢く亡霊の群れに染まった硝子と薔薇の庭園。その中心で笑むアリシアの傍に、ぽつっと一筋の煌めきが落ち、小さな波紋を創った。雨だ。
「水嵩を増やそうって腹積もり? そんなも、ん――……」
言いかけたケイトが表情を歪める。
全身をしとしとと濡らしていく雨の勢いは幽かで、たいして気にならない筈なのに、ただの雨が心の奥深くまで染みてくる。とうの昔に乗り越えた筈の、誰にも動かせない蓋をも貫いて。
他の闇の救済者も苦悶の表情を浮かべ、中には目に涙をたっぷり浮かべながら必死に呼吸を整えようとする者もいた。その様子をアリシアはくるりと回りながら眺め、自身の指先に爪を立て赤い雫を生む。
「ごめんなさいね。私、貴方達とこうするよりもお喋りがしたいの。本当よ? だって貴方達の中にも素敵な子がいる筈ですもの。けれど貴方達は私の敵。お人形に出来ない人間達。だから、此処でさよならしましょう」
――ああ、勿体ない。
溜息混じりにこぼれた声は、ひどく軽かった。
フリル・インレアン
ふえ?突然雨が降ってきました。
ですから、アヒルさんは私の帽子で雨宿りしないでください。
傘なんて用意してないですし、どうしましょう?
それになんだかとても悲しくて怖いです。
多分、私が忘れてしまった記憶が増幅されているのだと思うのですが……。
ふえ?それだったら全然怖くないって、アヒルさんは他人事だから好き勝手言ってますけど、わからないから怖いんですよ。
どうしたらいいか、わからないんですから。
わからないなら、増幅させているものを除けば怖くないって、そうですね。
お着替えの魔法で雨に濡れた服からエプロンに着替えてしまいましょう。
エプロンは狂気耐性が強いから、しばらく大丈夫です。
アヒルさん一気にいきますよ。
「ふえ? 突然雨が降ってきました」
降り始めた雨の勢いは幽かなものの、服も肌もしっとりと濡れ、軽く手を振れば水滴が飛ぶ。このままじゃあ風邪を引いてしまうのではと思ったそこへ、ガァガァとフレームインしてきたのはアヒルさんだ。
いつの間に肩へ。
その疑問は、アヒルさんが「これでよし」と身を寄せてきた事で、地面へポロリ落ちていく。
「ですから、アヒルさんは私の帽子で雨宿りしないでください。傘なんて用意してないですし、どうしましょう?」
本降りじゃなくてよかったです。そう言いかけたフリルだが、ぶるりと体を震わせた。
寒い? ――確かにそうだ。でも、違う。
「ふええ……なんだか、とても悲しくて怖いです」
何が? ――わからない。
ただ、自分の中から“悲しい”“怖い”が滲み出している。その源が何なのかも、自分には全くわからないというのに。
「多分、私が忘れてしまった記憶が増幅されているのだと思うのですが……」
『ガァグワ!』
「ふえ? それだったら全然怖くないって……」
えっへんと得意げなアヒルさんにフリルの眉がしょんぼりと下がった。
「アヒルさんは他人事だから好き勝手言ってますけど、わからないから怖いんですよ。どうしたらいいか、わからないんですから」
どうして忘れた記憶から悲哀と絶望が湧いてくるのか。どうすればこれは晴れるのか。
わかるのは“悲しくて怖い”事だけだ。それがフリルの“怖い”を増幅させていく。
「貴方、記憶がないのに悲しくて辛いの? 大変ね」
おろおろするばかりのフリルはいずれ自滅すると見たのだろう。アリシアは硝子の椅子に腰を下ろし、摘み取った薔薇に顔を寄せ楽しんでいた。そんなアリシアをアヒルさんがむむっと見つめ――フリルを見て、ハッと閃いた顔になる。
『ガァガァ!』
「ふえ? わからないなら、増幅させているものを除けば怖くないって……そうですね、アヒルさん」
一瞬でエプロンに着替えたフリルの眼差しが、笑顔を向けてくるアリシアへ向く。不安を浮かべながらも逸らさない様に、アリシアは楽しげに笑うばかりだ。
「まだ雨は降ってますけど……アヒルさん、一気にいきますよ」
『グワワ!』
普段の100倍で能力が使える今なら、わからない事だらけでも戦える。
――それこそ、流れ星のような鮮やかさで。
大成功
🔵🔵🔵
マシュマローネ・アラモード
◎
|黄金の林檎《ロイヤル・マルス》、黄金樹を象る形態を!
これで、既に形成した雨のUCと薔薇の花弁のUCに対応しますわ。
そして、次に来るのはUCを喰らう能力……!
紋章の力でしたか、ならば拒絶と反魔の極地、『権能、斥力』でお相手して差し上げますわ!
取り込む直前に斥力(吹き飛ばし)の反作用をどこまで取り込めるか……お試しになりますか?
モワ、少々趣味が合いませんわね。人を人として愛するのが王道、愛玩の道具として扱うなど邪な道、到底受け入れるわけには参りませんし、今ここで運命に立ち向かう者を背にして立つ者こそ王の故。
お見せしましょう、ラモード王家の誇りと血統にかけた生き様を、生命の讃歌と希望と共に!
水が叩かれ、跳ねる音。生者と死者がそれぞれの魂宿した声をぶつけ合う音。
雨が降り薔薇が咲く硝子庭園のあちこちで、庭園の様に不釣り合いな光景が繰り広げられている。
「ごきげんよう」
その中でマシュマローネに笑いかけてきたアリシア・ローズは、戦い続ける闇の救済者を視界に収めはするが、ふうんと笑って見るだけで特に気にかけていない。――彼らがどのような苦悶、涙を浮かべているのかすらも。
「嫌な雨ですわね」
「あら。だって、貴方達みんな私の敵なんだもの。けれど痛めつけたいわけではないの。だからあまり痛くしないようにするわ」
無邪気な笑顔の周りで鮮血の薔薇がほどけながら舞い、勢いが幽かとはいえ降る雨を無視する柔らかさで広がり――爆ぜるように放たれた。
薔薇の赤がマシュマローネの視界を埋め尽くす。触れる前からあれに触ってはいけないと何かが告げる。マシュマローネは素直に従い、同時に、攻撃の手を選んだ。
「|黄金の林檎《ロイヤル・マルス》、黄金樹を象る形態を!」
黄金の輝きが一粒落ちる。それが星空映した水と大地の奥に根付いた瞬間に実りと恵み齎す黄金が燦々と輝いた。黄金樹の存在は周囲の雨を薄れさせ、しなった枝は花弁を打ち払いアリシアへと向かう。
鋭くしなる枝に叩かれまいと吸血鬼の娘が星鏡を蹴った。ひらりと舞った姿は着地したそこでくるりと回り、黄金樹とマシュマローネを交互に見て――にっこり。指先から滴らせた血を一瞬で新たな薔薇に変え間近に迫った。同時に、アリシアから迸った黒い渦のようなものが周り全てを薙ぎ払い、喰い尽くそうとする。
「これがユーベルコードを喰らうという紋章の力……! でしたら!」
臆せず握り締めたのは何体もの亡霊を送ったあの杵だ。
「あら、今度はそれで戦うの?」
「ええ。取り込む直前に斥力の反作用をどこまで取り込めるか……お試しになりますか?」
「うーん……そうね! そうしましょう!」
アリシアの目がキラキラと輝き、鮮血色の薔薇と紋章の力が激しく舞う。だがマシュマローネは果敢に飛び込み、紋章の力ごと敵を打ち砕かんと杵を揮った。花弁が吹き飛び、黒い渦とその力がぐるぐると歪みだす。
「貴方のそれ、面白いわ! 猟兵でなかったら、貴方を私の屋敷へ連れて行くのに……」
「それは人形として、でしょう? モワ、少々趣味が合いませんわね。人を人として愛するのが王道、愛玩の道具として扱うなど邪な道、到底受け入れるわけには参りませんし、今ここで運命に立ち向かう者を背にして立つ者こそ王の故」
マシュマローネは新たな黄金樹でアリシアの足を止め、自身も両の足でしっかりと星映す大地を踏みしめた。青い瞳が澄んだ煌めきを宿す。
「お見せしましょう、ラモード王家の誇りと血統にかけた生き様を、生命の讃歌と希望と共に!」
命と命と捉えず、無邪気に消費する。それに否を唱えた皇女の魂と共に、黄金樹と杵の力強い一撃が吸血鬼の娘を射抜いた。
大成功
🔵🔵🔵
御簾森・藍夜
【朱雨】
絶望の過去:夏の夜、閉めた店から出際の祖父をオブリビオンに食われた
祖父:両親没後18まで育ててくれた遠縁の他人
「飯食いに行くぞ」と言う祖父さんに悪態をつけば返って来たのは逃げろという言葉
俺は何も出来なかった
祖父さんの心臓抉り、大口開けて上半分食った女を止められず
「美味しい店ね、また来るわ」と言い残し女は逃げた
こんな時さえ俺は能力が発現しない、俺は
握った傘に何の意味がある
糸口
不快な赤い雨が嫌いだ
雨に傘を差したかった
俺の傘であの災厄から祖父を守りたかったのに、
息が出来ない、
もう二度と大切な人を赤い雨の下に晒さない
大切な心音と約束した、何があってもお前を赤い雨に晒さないと
引っ込んでろ、俺の狐に触るな
行動
暁が記憶に囚われたままなら
本当の名前を呼び、冷たい手に指添絡め熱を分ける
揃いの銀環は二人の証
心音、心音、俺の聲を聞け
おいで―俺は此処だ
戦闘
魔除けの煙草に火を点ける
心音の前で呑まないようにしていたが…
落した灰で影を呼ぶ
顕現しろUC
抱き締めた心音に“おはよう”と囁いて
心音、気付けの一杯を頼む
楊・暁
【朱雨】
悲哀絶望:無力故の喪失
武術知略に優れず
手柄もなく仲間護れず
―"吉祥の黒狐"だからってわざわざ日本から攫って来たのに、とんだ出来損ないだな
上司や軍の勝手な期待疎み
どうせ死ぬなら…日本がいい
…日本で死にてぇ
けど生き残ってしまい作戦失敗
召喚した|地縛霊達《四つ花》も失い
なんて意味も価値もない命か
糸口
罹患後の後悔は数えきれぬ程
罹患は偶然でも
もう無為な生は送りたくない
伸ばした手が空を切るのは嫌だ
その想いで1年間歩んできた
最初の一歩の、花達への誓いの武器飾
出逢った人々
特に一番強く心震わせる藍夜の姿と声で
憂う記憶振り払う
行動
藍夜が記憶に囚われた儘なら
名を呼び両手で頬包み抱きつき、指輪嵌めた手に指絡め繋いで祈る
藍夜…!気付けよ…!そこに"俺"がいねぇってこと…!
戦闘
藍夜同行し高速詠唱で即UC
大丈夫か…!?
敵が雨なら…全部、蒸発させてやるよ
炎の花吹雪を戦場上空に展開
敵の行為に疑問はねぇ
生きる為に俺もやってきた事だ
支え合う大切な人がいるか否か
それがお前と俺との違いだ
おはよう…藍夜
気付け?
微笑み唇重ね
雨に濡れ透明感を増した硝子庭園の中、アリシアが小鳥の囀りを傍らに無邪気な笑顔で何かを言う。だがその笑顔も声も、小鳥の囀りも。今の暁には、冷えて曇った硝子を隔てたように遠い。
――"吉祥の黒狐"だからってわざわざ日本から攫って来たのに、とんだ出来損ないだな
上司や軍の勝手な期待や妬みが、無力故の喪失を味わった心を泥のように重くする。
武術と知略に優れた妖狐だったなら。せめてどちらか一方でも得ていたなら。手柄をあげず仲間も護れず、そうして自分だけが帰還するなんて結果に至らなかった筈だ。
『どうせ死ぬなら……日本がいい……日本で死にてぇ』
念願叶って故郷の地を踏むも、任務に失敗し自分だけが生き残った。成功させる予定だった作戦も失敗した。召喚した|地縛霊達《四つ花》も失った。
掴めたものなど何もない。残ったものは、何も成せず“故郷で死にたい”と願った自分だけ。
――なんて意味も価値もない命か。
重たく移っていった視線が硝子の柱に映る黒狐の少年を見る。運命の糸症候群罹患後に抱いた数え切れない後悔に、この姿が嫌というほど嵌っていた。――だが、その裡に在る魂は違う。
(「もう無為な生は送りたくない。伸ばした手が空を切るのは嫌だ」)
この一年間、その想いを胸に歩んできた。最初の一歩は、温かな笑顔を咲かせていた花達への誓いである武器飾り。そこから次へ、更に先へと歩めたのは、多くの人と出逢えたからだ。そして。
『心音』
(「ああそうだ。何よりも誰よりも、俺の心を一番強く震わせるのは……!」)
――誰かに、名前を呼ばれた気がした。知っている声だと思った。けれどその音は聞きたくもない咀嚼音にかき消される。自分の目を通して、世界の色が真っ赤に染まる。
飯食いに行くぞという声。店から出る祖父の姿。悪態をついた自分に返ってきた、逃げろと必死な声。命というものを潰され、食われ、死んだ祖父の姿。それから、
『美味しい店ね、また来るわ』
祖父の心臓を抉り、大口を開けて上半分を食った女の顔。
藍夜にとってはどれも未だ忘れられないものだった。何もかもが絶望という名前を被り、脳にこびりついて離れない。
(「俺は何も出来なかった」)
両親が死んでから自分を育ててくれた遠縁の他人が祖父だった。しかし18歳の夏の夜、祖父との生活はあの女によって終わった。祖父は食われて死んだ。
(「俺が、何も出来なかったから」)
こんな時さえ能力が発現しない。それが自分だ。食われた祖父を傍に、また、と許し難い言葉を紡いだ女へ一撃加える事すら出来ない人間だ。能力者に焦がれ、成れぬまま、生かされた。
(「握った傘に何の意味がある」)
肝心な所で、不快で嫌いな赤い雨から守れぬまま失った。
自分は、そんなに過ぎた事を願っただろうか。ただ、雨に、傘を差したかっただけなのに。
(「俺の傘で、あの厄災から祖父を守りたかったのに、」)
濡れる。溺れる。視界、思考、何もかもが。
水分を帯びた空気が喉に張り付いて、ゆっくり、ゆっくりと呼吸が出来なくなって――、
『藍夜!』
「藍夜……! 気付けよ……! そこに"俺"がいねぇってこと……!」
必死に呼ぶ声。
伝う温かさ。
急激にクリアになった世界は、幽かな雨降る星空の下。亡霊達と戦う闇の救済者の声が、あちこちで響いている。
「しお、ん」
「良かった、気付いたんだな!!」
くっついていた熱が勢いよく離れ、自分を見て、目に煌めきを浮かべた。
感じる温もりへと視線を向ければ、暁が指輪を嵌めた手に指を絡め、繋いでいる。
絶望に囚われていた自分を掬い上げてくれた。そう理解した藍夜の世界から雨音が遠ざかり、同時に、胸の中にふつふつと熱がこみ上げてくる。
(「大切な心音と約束した、何があってもお前を赤い雨に晒さないと」)
もう二度と大切な人を赤い雨の下に晒さない。
あの女が口にした“また”など、決して許さない。
「引っ込んでろ、俺の狐に触るな」
藍夜からの苛烈な眼差しに、硝子の椅子に腰掛けていたアリシアが笑顔で立ち上がる。その指先に止まっていた硝子の小鳥は、透明な翼を広げ何処へと飛んでいった。
「心配しなくても大丈夫よ。私、欲しいものはちゃんと“頂戴”って言うわ」
アリシアが再び両手を叩き、乾いた音を響かせる。途端に降る雨の層が増し、視界がヴェールを被ったように白んだ。脱したとはいえ、絶望を深くする雨は敵以外の何ものでもない。暁の狐尾が不快げに空気を叩く。
「こんな雨、全部蒸発させてやるよ……!」
星々で満ちた夜空が炎に染まる。鮮やかに翻るは炎の花吹雪。地上に広がるもの全てを紅で照らした花吹雪は吸血鬼の娘も呑まんと翻った。
「まあ綺麗。でも欲しくないわ、それ。……あら?」
自分の周りを見たアリシアが首を傾ぐ。人形楽士団が喚び出せない。
目をぱちぱちさせこちらを見るアリシアに、暁は当然だと返した。
「お前の行為に疑問はねぇ。生きる為に俺もやってきた事だ」
だから現れなくて当然だと告げた暁に、アリシアの目が丸くなる。
「貴方と私の、どこが同じなの?」
「自分の為に、誰かを犠牲にしてる。それ以外は同じじゃねぇけど」
「犠牲? 何を?」
ああ駄目だ。言葉は通じるが全く理解していない。これ以上は無駄だと暁は溜息をつき――最後に一つだけ、口にした。
「支え合う大切な人がいるか否か。それがお前と俺との違いだ」
違いの証である藍夜を見上げれば、眉間にくっきりと皺を寄せた男は魔除けの煙草に火を点け、灼熱の点を浮かび上がらせていた。暁の視線に気付いた瞬間、眉間の皺が消え失せる。
「ごめんな、心音」
「いいって。そうやって使うもんなんだろ?」
向けられた笑みに藍夜も笑みを返し――たちまち冷えた表情へと戻ったその顔が、倒すべき吸血鬼に向く。煙草の先端が灰となって落ち、水面に触れる寸前。
「顕現しろ」
声と共に影が飛び出した。雨が止み、あちこちで戦いの音が続く中、金と薔薇色を持つ娘を屠ろうと暴れ狂い、ついでにとばかり、硝子庭園を玩具のように破壊していく。
遠ざかる姿に藍夜は清々した風に息を吐き――傍らの温もりを抱きしめる。
そういえば、まだ言っていなかった。
「おはよう」
「おはよう……藍夜」
「心音、気付けの一杯を頼む」
気付け? その言葉に目を瞬かせた暁はすぐ合点が行ったように微笑み、ちょっとしゃがめと言って爪先立ち。だって、背伸びしなければ届かない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
【月光】
渇いた音
硝子の薔薇がきれい、なんて思えていたのはほんの僅か
――温かかった
始めて大きな腕で抱きしめられて
始めてその瞳いっぱいに自分が映っているのを知って
とても、
とても疲れた顔だったけれど微笑んでくれて
『ありがとう』って、初めて言って貰えた
それが最期の言葉で
実の父親を弑したのは紛れも無く自分なのに
咽返るような鉄錆びた匂いの中
幼い自分には
力が抜けていく身体を支える腕力すらなく
未だ、温かかった
は、と
視界が暗くなって幻も消え
冷たくない
温かくて落ち着く
ぎゅうと力を込めて抱きしめれば返して下さる
うん、うん
ゆぇパパが大丈夫にしてくれたのよ
パパが父親になってくれて
やっとわたしは家族をしれた
大好きなパパ
繋いだ手が
いつもより少し冷えていた気がする
きっと、雨のせいだけでは無いのでしょう
それなのにパパは雨避けになってくれる
本当に優しいひと
パパを覆えるだけの大きな腕はルーシーには無いけれど
『天蓋花の紡ぎ』
青糸がパパの傷を繕うわ
銀の針でアリシアさんを穿つ
そうね、さよならしましょう
雨は止む時だもの
朧・ユェー
【月光】
パンッ
と手のなる音に
薔薇園?硝子の薔薇園が目の前に広がる
ぴたんと頬に冷たい感触
触れてそれを見ると雨?
雨が僕の頬を冷たく染めていく
そっと、頬に何が触れる
手?誰だと視線を前にもすると
目の前には僕が居た
いや、僕よりも少し年老いた
嗚呼、自分の父親という男
触れた手が優しく頬を撫でて優しく微笑む
優しい?いや、この男はそんな者では無い
自分とそっくりに丈夫に育った俺の姿を喜んでいるだけ
そう、自分の次の器に
手に小さなぬくもりを感じる
嗚呼、そうだ
僕も父親という存在になった
血は繋がってないけれど愛おしい子
僕は貴方の様な父親にはならない
ルーシーちゃんは大丈夫だろうか?
娘が気になり手を繋いでいた子をみる
何かを見つめ、驚き哀しそうな顔
少しずつ冷たくなっているのがわかる
握った手を優しく握る
自分の上着を広げて彼女を覆い雨を避ける
大丈夫、大丈夫だよ
美食
貴女を教えて、この雨を降らさない様に
彼女の行動など全てを把握して
貴女を美味しく喰べましょう
ルーシーちゃんの優しさがあたたかい
えぇ、雨はやむはずですから
手の鳴る音。数多の薔薇が咲く硝子庭園。
新たに広げられた風景の中、ユェーは頬にぴたんと届いた冷たに目を瞬かせた。触れて確かめた透明な水――静かに降り始めた雨が冬の寒さと手を組み、ユェーの頬をより白く染めていく。冷気は染み込むように広がり、やがては全身が冷え切ってしまうのだろう。
しかし、頬にそっと触れてきたものがそれを止めた。雨の冷たさとは違うそれが手だと気付いたユェーは、一体誰がと視線を前に向け――表情を凍らせる。
(「僕? ……いや、僕よりも少し、年老いた――……嗚呼、この男は」)
自分の父親という男だ。
ユェーが淡々と事実をなぞろうとする間も、頬に触れた手は離れない。触れた時と同じ様な優しさで撫でてくる。向けられる微笑みも、同じくらい優しかった。静かに繰り返される手の動きと注がれる眼差しはユェーを労るようで、慈しむかのよう。
(「――いや、この男はそんな者では無い」)
優しい、という言葉はこの男に相応しくない。父親であるこの男が微笑むのも、優しくするのも、全てはユェーが丈夫である上に自身と瓜二つに育ったからだ。
(「自分の、次の器が望む形になったから」)
息子の成長を喜ぶ父親などいなかった。
頬を撫でる手の優しさも、微笑みの柔らかさも、目の前の命に対する温もりなど持っていない。
目の前の男が喜んでいるのは、この器ならば申し分ないという結果への喜びだけ。その事に胸の裡が冷えていくさなか、手に小さな温もりが芽吹く。小さくて、柔らかくて、細くて――けれど温もり宿るそこに確かな優しさも抱いた、大切な。
(「嗚呼、そうだ。僕も父親という存在になった」)
血の繋がりはないが、それが全く気にならないくらい大切で愛おしい子。
自分の事ではなく、周りの誰かの幸せを願う、優しい子。
「僕は貴方の様な父親にはならない」
ルーシーを独りにしない。ルーシーの成長を見守りたい。『パパ』と呼ぶ声に、笑顔に、いつだって応えたい。あの子の笑顔と幸せが、父親となった今の自分の希望であり願いなのだから。
はっきりと口にした瞬間男の姿が急激に霞み、消えていく。頬に感じていた温もりも失せるが惜しいとは思わなかった。
(「ルーシーちゃんは」)
ユェーは自分の手を見下ろし、ルーシーと手を繋いだままである事に僅か安堵するも、ルーシーが何かを見つめたまま微動だにしない様に表情を翳らせた。
見えたものは、驚きと哀しげな彩。
少しずつ、ルーシーの手が冷たくなっているのがわかった。
きれい。
硝子の庭園に咲いた薔薇にルーシーがそう思えていたのは、ほんの僅かだった。
今、ルーシーの視界と心を埋め尽くすものは儚さと鮮やかさからなる庭園ではなく、父親という存在と、彼に対する溢れるほどの絶望と後悔。
(「――温かかった」)
初めて大きな腕で抱きしめられて、その温もりを知った。
初めて、綺麗な瞳いっぱいに自分が映っているのを知った。
自分を映した双眸が柔らかに細められ、唇が動く様を間近で見た。
(「とても、――とても疲れたお顔をしていたわ」)
今、目にしているように。
けれど微笑んでくれた。『ありがとう』と、初めて言って貰えた。
それがあの人の声で聞いた、最期の言葉だった。
(「実の父親を殺したのは紛れも無くルーシーなのに」)
ありがとうと口にした身体から流れ出た紅色が、咽返るような鉄錆びた匂いを漂わす。
その中に居た幼いルーシーには、自分を抱きしめていた父が徐々に死へと向かうのを止められない。ゆるゆると力が抜けていく身体を支える腕力なんて、持っていなかった。
(「未だ、温かったわ」)
抱きしめてくれた腕が緩やかにほどけていく。初めて触れられた熱が遠ざかる。
今更どうにもならない結果に、ただそのままで居るしかなかった幼子は濡れた紅色の中、事切れた男の傍らでひとりきり――。
“ルーシーちゃん”
ふいに優しい声がした。
自分の手を、誰かがそっと握ってくれた。
あなたは。考えるより早く浮かんだ微笑みに、ふわりと広げられた何かが視界を優しく閉ざし、守ってくれる。途端に幻も消えた世界は暗いけれど、ルーシーの唇からこぼれるのは、熱を宿して白く染まる吐息だ。
(「……冷たくない。温かくて、落ち着く」)
きゅうと力を込めて抱きしめたなら、同じように返してくれた。ああ、胸が温かいものでいっぱいになっていく。
「大丈夫、大丈夫だよ」
「うん、うん。……あのね、ゆぇパパが大丈夫にしてくれたのよ。パパが父親になってくれて、やっとわたしは家族をしれた」
いつでも優しく包んで、支えてくれて、一緒に歩いてくれる、大好きなパパ。
繋いだままだった手を握り返し、額を擦り寄せる。ほんの少し強めにぎゅっとしたからか、互いの体温が掌にぽわりと灯った気がした。それでも、いつもより少し冷えていた気がしたのは、雨のせいだけではないのだろう。
(「それなのにパパは雨避けになってくれる。本当に優しいひと」)
その時、チィチィと小鳥の囀りが聞こえた。
自分を雨から守ってくれていた上着から顔を覗かせれば、アリシアの周りで硝子の小鳥が囀りながら舞っている。受けた傷を癒やしていたのだろうアリシアは、自分を見るブルーの眼差しに「あら」と目を瞬かせた。
「貴方達の雨も止んでしまったのね。でも、また降らせればいいだけだわ」
何度でも。何度だって。
無邪気な笑顔にユェーが微笑む。
「それは困りますね。それよりも、貴方を教えてもらえますか? この雨を降らさない様に」
告げた瞬間、その身に宿す獰猛な気配が目を覚ます。
襲いかかる暴食のグールにアリシアが翼を広げて飛び退き、紋章の力がどうっと溢れ出す。だがグールは喰われながらもそれを上回る速度で追い、食らいついた。
響く悲鳴を他所に、ユェーはグールの食事を通して知った『アリシア・ローズ』にふむと頷く。反撃の暇を与えれば、先程言った通り、何度でも雨を降らせるだろう。
そしてその度に、雨に濡れた全員が悲哀と絶望を露わにさせられる。
「駄目よ。ゆぇパパも、闇の救済者の人も、これ以上傷つけさせない」
自分はまだ子供で、大好きなパパを覆うには自分の腕はまだ頼りないけれど。
一緒に、戦える。
瞳に凛と決意浮かべたルーシーの指先から走った青糸が、ユェーの身に残る傷を鮮やかに繕い、それと同時に放った銀の縫い針が紋章による反撃を鋭く掻い潜りながら、アリシアの肩や腕を射抜いた。
か細い悲鳴に、硝子小鳥らが透明な翼を羽ばたかせ囀りで主の傷を癒そうとするが、その翼にも銀の針が向かい、ぱりんと砕く。
「私の小鳥が……!」
「その小鳥さんは綺麗だけど……でもそうね、あなたが言ったように、さよならしましょう。雨は止む時だもの」
「えぇ。雨はやむはずですから」
グールが吼え、銀の針が翔ける。
二つの力が紋章の力諸共アリシアを貫いた瞬間、星空の下に広がっていた硝子庭園全体に亀裂が走り――かしゃんッ。一度こぼれた繊細な音を始まりに庭園が崩れ始め、欠片となったそこから水面に溶けていく。
崩壊の音に消えゆく亡霊の声がうすらと混じり、やがてどちらも止んだ時。
在るものは凪いだ水面と、頭上と足元それぞれに広がる星の海。そして――満ちる輝きを眺む、戦い抜いた生者達だ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵