●狂える福音
嗚呼、人を喰らいたい。
その肉を食み、血を啜り、骨の髄まで味わいたい。逃げ惑う背を追い、柔らかな皮膚に爪を立て切り裂き、痛みに喚く悲鳴を心地良く浴びながら、赫に濡れて沈み躯となりゆく身体を思うままに咀嚼する。それはどれほどに甘美なひとときだろう。
「っ……! ちが……違う……! わたしは、そんなこと……!」
脳裏に満ちる幾重もの声を拒絶せんと、両の掌で頭を抱え、緩く波打つ髪を振り乱しながらアリスは声を絞り出した。それでも、その身体の裡に巣食うオウガが齎す狂気が止むことはない。
『無駄に抗えば、あなたが苦しむだけですよ? ……さぁ、迷える子羊よ。その身を私に委ねるのです』
修道女めいた女がそう優しく説き、聖母のような微笑みを向けた。
灰色の天使グリエル様。あなた様亡き今、この私がその意思を継ぎ、かの御方の望まれる"超弩級の闘争"を実現させてみせましょう。
――この贄をもって。
薄暗い部屋のなか、無数の本に閉ざされた空間で、女は恍惚とした双眸でアリスの少女を見下ろした。
憑依したオウガを闘わせるほど、アリスの自我は減ってゆく。そうして心を失くしてただの"器"となるのが先か、それとも狂気に飲まれてオウガ化してしまうのが先か。
『……私としては、どちらでも構いませんが』
いずれにせよ、女やることは唯ひとつ。
オウガブラッドたる娘の肉を、削ぎ落とし、削ぎ落とし――その先に生まれるであろう、"アリスとオウガの純粋融合体"を手に入れるだけ。
●心象図書館
「……私にもオウガブラッドの知人がいた。だから、少女の苦しみは分かるつもりだ」
だからこそ、どうか少女を助けてきてほしい。
自身もまた、己の"扉"を探していたころに出逢った人物を思い浮かべながら、ウェズリー・ギムレット(亡国の老騎士・f35015)はそう言葉を添えた。
視えたものは未来のことだが、少女は既に敵たるオウガの手中に在る。
ただ、オウガの女は慈悲と称して、獲物が衰弱していく様をゆっくりと鑑賞することを好んだ。眠りに誘い夢を見せ、女の作り出した世界に精神を閉じ込めるのだ。
「ふたりは現地の洋館にいる。館に入った途端、皆も敵の夢に囚われるだろう。だが少女が中にいる以上、敢えて敵の罠にかかってもらわねばならない」
そこは薄暗い洋館の吹き抜けの一室。所々にある淡い照明が映し出すのは、広い広い無限図書館だ。少女は極度の人見知りであるが故に、物陰に隠れながら――そこが敵の巣とは知らずに――密やかに本を読んでいる。
「敵の姿はない。向こうから出てくることもないだろう。あちらとしては気を急く理由がないからね。……だからと言って、騒いだりしてはいけないよ」
幾ら暴れたところで、女を倒して夢から覚めぬことには猟兵とていずれ命を落とす。それに、知らぬ人物が騒げば少女をも警戒させてしまうだろう。
「だから皆にはまず、図書館でしばらく時間を過ごしてほしい。ああ、読みたい本なら屹度あるさ。……なにせ、架空の図書館だからね」
実在する本は勿論のこと、絶版のものも、架空のものでさえ、心に思い描いた本がどこかの棚に眠っているはずだ。
「それと……これも先に伝えておくが、図書館で過ごす間は皆、子供時代の姿になっているよ」
すべては夢での出来事。故に、その見目にも女の意思が影響を及ぼすのだという。幼子にしたうえで真綿で首を絞めるように命を奪う。悪趣味だな、と老騎士は眉をひそめた。
「少女は幼い姿でも、知識は本来のままのようだ。直接は会えないが、本を介して彼女に想いを伝えることはできるだろう」
ずっと独りで逃げ隠れて生きてきた少女にとって、誰かが読んだ本は、数少ない人との交流手段だった。
どんな人が、どんな想いを抱きながら読んだのか。それを考えながら、自分もまた同じ本を読む。そのひとときが、少女にとって心の安らぎでもあった。
「だから、何か少女に伝えたいことがあれば、その内容に則した本を、館内にある"返却棚"に置いておけばいい」
そうすれば、そこに置かれた本を少女も読み、きっと想いを汲み取ってくれるだろう。
敵は、猟兵たちに対しても、子供たちを前にした聖母のように振る舞い、それに則した攻撃をしかけてくる。自身への攻撃に加え、アリスの少女への攻撃にどう対処するかが成功の鍵となるだろう。
「少女が狂気に飲まれないよう……どうか、頼んだよ」
私がそうして救われたように――彼女もまた、誰かの助けを求めているだろうから。
西宮チヒロ
こんにちは、西宮です。
あなたの|物語《想い》を、綴るお話。
全体的に心情寄りとなります。
●第1章
POW/SPD/WIZの選択肢は一例。
読み耽る、読もうとすれど読めない、探し求めるもなかなか見つからない等、装丁や内容を添えて、その本に対してプレイングをかけてください。
※本は持ち帰れません。
※お子様時代の外見もあれば極力描写します。
※洋燈や光源を持参されても構いません。
※猟兵の記憶の有無や、知力・知識の程度はお好みで。
※滞在時間によるボス戦への影響はありません。
※本の冊数制限はありませんが、多いほど1冊に対する描写が薄くなります。
※アリスへのアプローチは必須ではありません。
また、彼女に渡す本はPC様が読みたい本と異なる本でも構いません。
●第2章
夢の中でのボス戦。猟兵としての知見も姿も戻った状態です。
POW:
自身が【子守唄を歌って】いる間、レベルm半径内の対象全てに【悪夢】によるダメージか【快適な睡眠】による治癒を与え続ける。
SPD:
【童謡や手遊び】を披露した指定の全対象に【ずっと子供でいたいという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
WIZ:
【配役が書いてある紙】を降らせる事で、戦場全体が【おままごと】と同じ環境に変化する。[おままごと]に適応した者の行動成功率が上昇する。
上記以外に「超高速でアリスの肉を削ぎ落とす」も使用します。
選んだPOW/SPD/WIZに応じて、下記の内容をご指定ください。
POW:悪夢の内容、抗い方
SPD:指定感情を与えられた際の心情、および抗い方
WIZ:おままごとの内容、配役、および適応方法
●アリスの少女
高校生程度の見目。2章より姿を現します。
身の危険を感じたら「オウガ・ゴースト」を用いて抵抗しますが、一時しのぎにしかなりません。
※第2章にてアリスへの攻撃への対処がない場合、苦戦扱いとなります。
プレイングボーナス(全章共通):少女に正気を保たせる、あるいはともに戦う。
●補足
・各章のみの参加も構いません。
・同伴はご自身含め2名迄。冒頭に【IDとお名前】か【グループ名】をご明記下さい。
⚠オーバーロードについて
・送信可能であればいつお送りいただいても構いません。
・プレイングに問題がない限り全て採用します。
・当MSページ「🔹オーバーロード」項もご参照下さい。
皆様のご参加をお待ちしております。
第1章 日常
『館にて。』
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POW : 自分の出身世界の話を雄弁に語る。
SPD : ただ静かに、アリスの話に耳を傾ける。
WIZ : 学問の話をする。
👑11
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●異国から
ここは幾つ目の"国"なのだろう。
いつからか、もう数えるのを止めてしまった。数とともに、失望が増してゆくだけだから。
どこかの誰かが、わたしだけの"扉"を探せばいいと教えてくれた。けれど、その人も誰も、わたしの"扉"がどこにあるのか、どんな形をしているのか知らない。
けれど、"扉"がある国に辿り着けば、わたしならその場所が分かるらしい。
――そして、ここが"そう"なのだと思う。
この国に来てから、誰かに常に見られているような気がする。
わたしがアリスだから? ううん。今まで干渉してきた輩とは違う。もっと強い、あれは紛うことなき殺意だ。
いざとなれば闘うしかないけれど、オウガを身体に纏うたびに、"自分"が消えていくような不安が裡に纏わりつく。このままではいけない。そう直感が告げる。
ひとまず、この廃館に身を隠そう。すこしだけ休憩して、夜になったらまた探しに出よう。
この国に必ずあるはずだ。
自分の名すら思い出せないのに、それでも懐かしいと焦がれて止まない。
わたしの帰る場所――わたしの"扉”が。
菫宮・理緒
そういうことなら……。
わたしは、わたしの日記のようなものを読み返すね。
物語……本や漫画が大好きで、そこからネットにハマっていったこと。
そしてそこで人の悪意に触れ、自分も他人も怖くなってしまい、
部屋から出られなくなって、引きこもりになっていったこと。
それでも人との関係を完全に切ることも怖くて、顔の見えない電脳世界の方に傾倒していったこと。
でもそこで、ある人……教授って呼ばせてもらってたんだけどね。
その人と出会って、人と世界を教えてもらい、帰ってくることができたこと。
そして今は猟兵になって、いろんな世界を見て回っていること。
物語はまだ未完だけど、そんな本を読み返して、本棚に置かせてもらおうかな。
●1冊目 ――未完のお話――
郊外に隣接する森の中ほど、ゴシック様式を思わせる荘厳さ纏いながら密やかに佇む洋館があった。
そっと入口のノブに手をかけ回すと、重厚な扉は拒絶することなく菫宮・理緒(バーチャルダイバー・f06437)を迎え入れる。ふと見ればちいさくなっていた両の掌に、けれど理緒は驚くことなく後ろ手で扉を閉めた。
華やかな装飾の施された濃褐色の柱や壁が続く廊下を進むと、突き当りに観音開きの扉があった。他に扉や入口のようなものはない。理緒は、今度は短い指でそのノブを掴むと、力いっぱい体重をかける。
扉の向こうの部屋は、一目で図書館だと分かるほど本で溢れていた。
正面と左右のいずれの壁も、優に2階分の高さはあろう本棚で埋め尽くされ、等間隔に掛けられた|洋燈《ランプ》が仄かに室内を照らしている。緩いアーチを描いた天井には、その全面に緻密で繊細な装飾があしらわれ、どこか大聖堂を思わせた。
理緒は、知らずと導かれるように本棚の一点へと向かった。すこし背伸びをして、指に触れた1冊を手に取る。そのまま洋燈の下の壁に凭れながら腰を下ろし、本というより日記帳のようにも見えるその表紙を静かに捲る。
それは、ある少女の物語だった。
本や漫画が大好きな少女は、そこからインターネットにものめり込んだ。けれどそこには、善意と同等に、悪意もまた存在していた。匿名を隠れ蓑にした罵詈雑言、邪推、卑屈な思考の渦は、忽ち少女を飲み込んだ。
もう、誰も彼も、自分さえも信じられない。その恐怖に怯えながら、終ぞ少女は部屋から出られなくなってしまう。なのに、それでも人との繋がりを切れない。切ることさえも怖くてならないと、少女は再び電脳の海へと深く、深く潜ってゆく。
その海底で、少女はひとつの光に出逢う。
少女が"教授"と呼ぶその人は、少女へ"人"を、"世界"を教えた。何故恐れたのか。どうすれば良いのか。心の標を知った少女は、電脳の海から陸へと戻ると、それからも様々なことを知り――そうして猟兵となり、現実の世界を渡り歩く。
それが、その物語の最後の一文。続きはまだ、書かれていない。
理緒は、誰よりも知るその物語を読み終えると、ひとつ息を吐きながら表紙を閉じた。
名もなきお話は、そっと返却棚へ。
わたしが"教授"に巡り合えたように、これがあなたにとっての光になりますように。
大成功
🔵🔵🔵
月居・蒼汰
ラナさん(f06644)と
外見はそのまま幼くなった感じ
翼と尾は大きめ
見つけたのは子供の頃によく読んでいた絵本
一人のヒーローが悪と戦い、世界を救う…
よくあるやつだけど
こんなヒーローになりたいと漠然と憧れていた
大人になった今の俺は…このヒーローに
少しでも近づけているかな
ラナさんの言葉に昔を思い出す
あの頃は今よりももっと大人しくて
目立たない子供だったから…
今ほどラナさんに格好良いと思って貰えなかったかも
でも、出逢っていたら…
どんな感じだったでしょうね
…まあ
小さい頃のラナさんも
とてもレディで可愛かったのは間違いないですけど
手にした本を返却棚に
君を助けるヒーローは絶対にいるのだと
アリスの少女に伝えたくて
ラナ・スピラエア
蒼汰さん(f16730)
10歳位
今の姿をそのまま幼くした感じ
手に取る本は魔法使いが人々を救う童話
何時もだったら魔法の教本を手に取るけど
今はこっちが相応しい気がしたから
蒼汰さんは何ですか?
ヒーローの…蒼汰さんのお姿ですね
彼らしい一冊に自然と笑みが零れる
幼いその姿に
この時の蒼汰さんに出逢えていたら
なんて、想っちゃいます
そうなんですか?想像出来ませんけど…
でも、優しさはきっと変わらないから
私は、惹かれていたと思います
…むしろ私が
立派なレディには遠くて不安です
不安を拭う言葉に思わず頬が熱を帯びる
蒼汰さんと一緒に手にした本を棚へ
幼い私が憧れたのは人々を救う魔法使い
きっと、彼女のことだって救ってくれるから
●2冊目 ――英雄と魔女の物語――
子供姿の月居・蒼汰(泡沫メランコリー・f16730)とラナ・スピラエア(苺色の魔法・f06644)は、ふたり掛けのゴシックチェアに並んで座り、互いに選んだ本を開いていた。館内を仄かに照らす洋燈のひかりが、紙面を柔く照らしている。
蒼汰が見つけたのは、幼いころに幾度も読んだ馴染み深い絵本。懐かしさのまま頁を繰りながら、時折、身体の割に大きな翼と尾をゆらりと揺らす。
とあるヒーローが悪と対峙し、世界を救う。
ありきたりではあるけれど、それでも蒼汰に夢を抱かせるには十分なほど、魅力の詰まった物語。いつかこんなヒーローになりたい――漠然としたその想いは今、現実となったけれど、大人になった自分は、この絵本のヒーローに少しでも近づけているのだろうか。
「ラナさんは、どんな本を読んでいるんですか?」
「これは……魔法使いが人々を救う童話です」
普段であれば迷わず魔法の教本を手に取るだろうけれど、いま目に留まったのはこの本だった。アリスへと伝える想いに、相応しい1冊。
「蒼汰さんは?」
そう向けられたラナの興味深そうな視線に、蒼汰は掻い摘んであらすじを伝えた。その彼らしい選択に、ラナの口許も知らずと緩む。
「蒼汰さんのお姿ですね」
娘にとっては、何気ない一言だったのかもしれない。それでも、焦がれた姿が今の自分の姿だと、惑うことなく言ってくれる。自分を映す澄んだ眸が、弱音すらも払ってくれるようだ。
蒼汰は眦を緩めると、ふと気配に気づいて視線を戻した。
「どうかしましたか?」
「いえ、蒼汰さんのちいさい頃って……そういう姿だったんですね」
その見目の彼に出逢えていたら、なんて過った想いをそのまま口にすれば、蒼汰から漏れたのは苦笑めいた笑みだった。
「どうでしょう……あの頃は今よりももっと大人しくて、目立たない子供だったから……。今ほど、ラナさんに格好良いと思って貰えなかったかも」
「そうなんですか?」
大人の姿と同じように、柔らかな髪を揺らし、苺のような双眸を瞬かせたラナは、「想像出来ませんけど……」と継ぎながらふわりと綻ぶ。
「でも、優しさはきっと変わらないから……私は、惹かれていたと思います」
それがあなたの強さでもあることを、知っているから。
その優しさを貫くことの難しさを、知っているから。
「……むしろ私が立派なレディには遠くて、不安です……」
「小さい頃のラナさんも、とてもレディで可愛かったのは間違いありませんよ」
そのあたたかな声音が、娘の裡に滲んだ不安をそっと溶かし、頬にほんのりと熱を点す。
あの頃に出逢っていたら、どのような邂逅だっただろう。
それを知る術はないけれど、確かなことがひとつある。
――いつ出逢ったとしても、ふたりが想いを重ねることに変わりはない。
蒼汰とラナは揃って本を閉じると、互いのそれを返却棚に並べて置いた。
どうか、アリスに気づいてほしい。
少年と少女が憧れた、ヒーローと魔法使い。
彼らはきっと、絶対に――あなたを救ってくれるのだと。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
御簾森・藍夜
【花雨】
外見・思考は10歳程度/友人の彷と橘を淡く記憶
シャツにサスペンダーの半ズボン
本は大好き
学校の先生も皆も知らないこと全部教えてくれる
教えたら、うるさいって
どうして?
本ばかり読んでるから、お父さんもお母さんも、おれを置いて行ったのか?
泣いてる子がいる
羽根の生えた―…
「なあ!なあ君その羽根はえてるのか?
すごい!見せて!ふわふわだ、でも鳥と一緒だ
「あ…君の桜も?すごい!可愛い!よく似合う!
涙…ハンカチ使え。拭くといい
何処か捻くれた姿に彷が過り
「―あるぞ。お前すぐお洒落な言い方するからだめなんだ
「おれ藍夜、よし、迷子なら一緒に行ってやる!
アリスには月を探す冒険の物語を
大丈夫、ちゃんと空に月はある
六道・橘
【花雨】
精神と外見10歳
腰までの髪
學府制服
また別の子が引き取られた
産んだ樹が枯れて不吉
血のような瞳
誰もあたしを選ばない
友達もいない
誰もあたしを一番にしない
わかってる
図書館は好き
落ち着く
本は有翼双子の話
弟は己そっくり
何も出来ない癖に兄から愛される
結末は弟が兄に翼を斬れと命令(閉じ
こんな|非道い弟《あたし》は孤独の罰が正しいんだ
本に涙の染みで慌て
藍夜のハンカチに喫驚し拭う
「桜を褒めてくれて嬉しい
でも縁起悪い桜の精でひとりぼっちは罰だから」
と閉じた本を見せる
「2人とも優しい…お友達に…」
「良かった、羽根両方ある…もう斬っちゃだめよ」
「あたしは學徒兵でアリスを助けに来たの」
アリスへ:魔法少女と共闘の本
比良坂・彷
【花雨】
10歳
その他イラスト神主服
悩み解決し依存させる教祖
信者好みの本を読み捨てる
泣く橘に近づけない
僕が救うのは全て打算
常に誰かと繋がらねば精神見失い僕は死ぬ
でも
橘だけは打算で触れちゃだめ
「え?はいどうぞ」(羽根ぱた
観察する目に一瞬「ガキでも変らねぇ」
堂々と橘に優しくできるの羨ましい
|「語るのが全て本音なのは美徳です、僕にはない」《真っ直ぐな藍夜に救われるわ》
「お洒落って…本質突きますね、ありがと」(翼で撫で
橘の本
中身知っている
「違う。悪いのは全部兄。キミが罰せられるのは神の間違い」
思わず橘の頭撫で非礼を詫びる
「『本のような言いなりにならない』は難しいけど、がんばる…」
本音は橘に支配されたい
何故、此処にいるのだろう。
その疑問は浮かんだが、此処は何処かというそれは浮かばなかった。見渡せばすぐに分かる。此処は、図書館だ。
本に囲まれた静謐な空間は、不思議と六道・橘(|加害者《橘天》・f22796)の心を落ち着かせた。けれどそれが、不意の涙を誘う。
頬から毀れた滴と、手許にあった本に気づいて、橘は慌てて涙を拭った。
――まぁ! 産んだ樹が枯れ果てたですって!? なんて不吉なの……!
――その目……! 血のようで気味が悪い!
向けられた鋭利な言葉が、脳裏に木霊する。
別の子は引き取られていくのに、あたしは誰にも選ばれない。友達もいない。誰もあたしを一番にしない。してくれない。――その理由も、わかってる。
學府制服の肩口から長い黒髪が毀れ、床に座ったまま俯く娘の横顔を隠す。それでも、比良坂・彷(冥酊・f32708)には、娘の堪える泣声が聞こえるようだった。どうにか慰めたくて無意識に手を伸ばしかけるも、気づいて咄嗟に引き戻し、強く神主服の裾を握りしめる。
自分は、誰かと繋がっていなければならない。
そうしなければこの精神が持たないことを、自身が一番良く知っていた。故に、教祖と崇める人々の悩みを解決することで、彼らを己に依存させている。全ては、救いという名の打算に過ぎない。
けれど、彼女だけは――橘だけは、打算で触れてはいけない。誰よりも大切なひと。だからこそ、容易く近づくこともならない。そんなどうにもならぬ感情のまま、開いていた信者好みの本を放ったそのときだった。
「なあ! なあ、君。その羽根、はえてるのか?」
「えっ……?」
不意に頭上から毀れた声に顔を跳ね上げれば、そこには白いシャツにサスペンダーをつけた半ズボン姿の少年がいた。自身と同じ、10歳ほどだろうか。興味深げな眼差しで覗き込んでいる。
「あ、はい……」
「すごい! 見せて!」
羽根を誉めそやす輩はいたが、純粋な興味を示されるのは初めてだった。彷はひとつ瞠目しながら、望まれるまま「どうぞ」と羽根を軽く羽ばたかせる。
「わぁ……! ふわふわだ……でも鳥と一緒だ」
――ガキでも変らねぇな。
優しく触れながら観察するその眸に、一瞬誰かの声が脳裏に過る。大人の男のひとの声。けれど、良く知っている声。
「ごめん、痛かったか?」
「え……いえ、大丈夫……です」
様子の機微に気づいて尋ねた御簾森・藍夜(雨の濫觴・f35359)は、返る言葉に安堵する。
どうして此処にいるのかは記憶が朧げだが、本は大好きだから構いはしなかった。
本は、学校の先生も、ほかの誰も知らないようなこと全てを教えてくれる。けれど、その知識を誰かに教えれば、忽ち煩いと顔を顰め、人は皆自分の元を離れていく。
(……本ばかり読んでるから、お父さんもお母さんも、おれを置いて行ったのか?)
それでも、本を手放すことはできなかった。新しい知識を得ることが、愉しくて仕方がない。――そうして、今も。
「……あれ? 向こうにいる子……泣いてる?」
「あっ……!」
小走りに駆け出した藍夜へと、反射的に彷の声が洩れた。誰が橘に優しくしようと、己に介入する権利も道理もありはしないのに。
裡に想いを燻ぶらせながらやおら立ち上がった彷は、僅かに逡巡してから藍夜の後に続いた。近寄ったというには距離のある場所から、藍夜の背に隠れるように橘を窺う。
「どうしたの? 大丈夫?」
「……ちょっと、本を読んでたら……」
涙の滲む声で答えれば、堪えきれずに毀れた涙が紙面を濡らした。ちいさく声を洩らしながら動じた橘の、その眼前に柔らかそうな絹のハンカチが差し出される。
「涙……ハンカチ使え。拭くといい」
少年ながらも真摯な眼差しに、娘はひとつ瞠目すると静かに頷いた。どんな本なのかと問われて表紙を見せた橘は、涙を拭いながら、ぽつりぽつりと零し始める。
本に出てくる翼を持った双子の兄弟の物語。
片割れの弟は、自分に酷く似ていた。なにもできないくせに、兄の愛を一身に受けて――なのに最後は、兄に翼を斬れと命じてしまう。
(こんな非道い|弟《あたし》は、孤独の罰が正しいんだ)
綴られた文字が描く弟と己が重なり、また涙が込み上げてくる。
「……桜、可愛い。良く似合ってる」
慰めのようでも、それが少年の本心であることは明らかだった。
「褒めてくれて、嬉しい……でも、あたしは縁起悪い桜の精で、ひとりぼっちは罰だから」
そう潤んだ眸で仰ぎ見るその眼差しに、藍夜のなかでもまた、誰かの面影が重なる。
「|語るのが全て本音なのは、美徳ですね。……僕にはない《真っ直ぐな藍夜に救われるわ》」
つい口をついて出た言葉に、誰よりも彷が驚きを顕にした。堂々と橘に優しくできる藍夜を、羨む自分は確かにいるけれど。
「――お前にだってあるぞ」
「え……?」
予想だにしない反応に、彷は先程よりも大きく目を見開いた。
「お前、すぐお洒落な言い方するからだめなんだ」
何処か捻くれた少年の姿に誰かの姿が重なり、藍夜は自然と浮かんだ言葉を口にした。そう、"お前"はいつもそうだ。
「お洒落って……本質突きますね」
言い淀みながらも、不思議そうにふたりのやり取りを見守る橘に気づき、彷は居住まいを正す。指摘されても反論が浮かばないのは、己もどこかで自覚していたからだろうか。
いずれにせよ、彼は褒めてくれた。僕にも美徳があると、言ってくれた。
ふわりと広げた翼で、撫でるように藍夜へ触れる。ありがと、と零せば、唯静かな笑顔が返された。じんわりとあたたかい気持ちが、つかえていた言葉を伝える勇気をくれる。
「その本、知ってる。……違う。悪いのは全部兄。キミが罰せられるのは、神の間違い」
物語の弟が橘ならば、己は兄。
だから分かる。そう断言できる。
「どう、して……」
藍夜のハンカチを握りしめながら、橘の、どこか縋るような視線が彷を射貫いた。伸ばしたくともできずにいた手を、今度は不思議と躊躇わずに伸ばして頭を撫でる。
「っ、ご、ごめんなさい……!」
思わず触れてしまったことを詫びれば、
「――良かった。あなたは、羽根両方ある……」
もう斬っちゃだめよ、と囁かれた声に、彷は直ぐには頷けなかった。
「"本のような言いなりにならない"は難しいけど、がんばる……」
ほんとうは、キミに、キミだけに支配されたい。その本心は裡に秘めて、ちいさく首肯する。
会話をするふたりは、矢張り良く知った誰かのように思えるも、浮かびかかった名は忽ち朧に消えた。
けれど嘆くことはない。思い出せないのなら、また聞けばいい。ふたりは此処に、いるのだから。
「おれ、藍夜。ふたりは?」
「僕は……彷、です」
「あたしは、橘」
今のこのほんの僅かの間だけれど、ふたりの優しさは十分過ぎるほど伝わってきた。だからこそ、願う。
「……お友達に、なってくれる……?」
恐る恐る告げながら顔を上げた先には、それぞれの笑みを湛えたふたりの姿があった。
藍夜は、持ったままだった本を返却棚へと戻した。
それは、月を探す冒険譚。大丈夫、ちゃんと空に月はある。何故だろう。そう誰かへ強く伝えたい。
「ここには何しに来たんだ? 迷子なんだったら、一緒に行ってやる!」
藍夜に倣って、もう1冊――魔法少女との共闘を描いた物語を棚へ置いた橘は、振り向きながら問いへの答えを探した。
過ぎった言葉のとおりに、口にする。
「あたし……あたしは――」
――學徒兵。"アリス"を、助けに来たの。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ディル・ウェッジウイッター
アドリブ・連携歓迎
おや本当に子供の姿に
目線が低いです
子供のころは全力で遊ぶとすぐ熱出したもので…中にいる事が多かったので兄姉や友人とよく遊んでいたのが…ああ、あった
世界地図を使った双六ゲーム
さいころを振って進んだコマごとにその土地の特徴や特産品等が書かれていて面白かった記憶があります
どれ、久しぶりに楽しい…そう言えばこのゲーム、何だかんだゴールまで行けた事が無かったですね
一人ではありますがゴールまで到達できるまで遊んでみましょう。もちろん五月蠅くならない様に気を付けて
故郷を出た後実際に足を運んだ場所もありますが文章だけで想像するのも良いものです
さて、どんな土地に行けるでしょうか。楽しみです
●4冊目 ――ちいさな世界旅行譚――
「おや……」
館に入り扉を閉めれば、知らぬ間に縮んでいた手足にディル・ウェッジウイッター(キャンプ地一カ月出禁・f37834)は感嘆交じりの声を洩らした。
聞いてはいたが、本当に子供の姿になっている。いつもより低い目線が、なんとも面白い。
正面には幅の広い通路と、両側には上品ながらも豪華な細工の施された木製の柱が、幾本も奥へと続いていた。他に扉らしきものはないのなら、これは標と言っていいだろう。そう思い至り、ディルは静かに歩き出す。
暫く進むと、大きな観音開きの扉が現れた。ひんやりとした真鍮のドアノブに手を掛けて、力を――元の姿なら軽い力で開くのだろうが――入れると、僅かに軋む音を立てながら裡へと開いた。
其処が目的の場所であると直ぐに分かるほど、周囲は本で溢れていた。2階ほどの高さはあろう本棚の深みのある飴色は、廃れても尚気品を感じさせていた。頭上にある乳白色のアーチ状の天井もまた、流麗な彫刻が美し陰影を生み出している。
所々にある仄かな洋燈のあかりを頼りに、ディルは棚に並ぶ無数の本を眺め見る。あてなどないが、心惹かれるままに視線を移していけば、他のものとは趣向の異なった背表紙が目に留まった。
「ああ、あった」
それは、世界地図を用いた双六だった。
幼い頃は、全力で遊ぶとすぐに熱を出していた。そうして自然と室内で過ごす時間が多くなった自分と、兄姉や友人たちはこれでよく遊んでくれたものだ。
賽を振り、出た目の数だけコマを進む。コマには実際の地名があてがわれていて、それぞれの土地の特徴や特産品などが書かれていた。本に収まるようなちいさな紙面に、広大な世界がぎゅっと詰まっている。それが面白くて、何度も遊んだ覚えがある。
「どれ、久しぶりに楽しい……そう言えばこのゲーム、何だかんだゴールまで行けたことがなかったですね」
それに気づくと、ディルはそっと辺りを見渡した。あたりには散らばるように子供の姿が見える。どの子も本を読んでいるが、静かにすれば双六遊びも支障はないだろう。
「では、ひとりではありますが……ゴールまで到達できるまで遊んでみましょう」
故郷を離れてから実際に訪れた土地の名も幾つかあるが、知らぬ土地はそれはそれ、文章から想像するのもまた良いものだ。
期待に眸を煌めかせながら、付属の賽を掌に乗せる。
「さて、どんな土地に行けるでしょうか。楽しみです」
そう言って口許を綻ばせると、ディルは軽やかに賽を転がした。
大成功
🔵🔵🔵
南雲・海莉
7歳の姿
(この年頃だったわ
義兄さんの部屋で見つけたのは)
赤銅色の絹の装丁された戯曲本
アルダワの文字で記された稀覯本を手に座り
(他の台本と違って
大事そうに机に置かれてた
当時の私には全く読めなかったけど)
「川沿いの並木道と一軒のカフェ」の挿絵を開く
(この絵だけは覚えてた)
二人で過ごした芦屋に似て
(だからアルダワの地下迷宮で見つけた時に分かった
同じ本だって)
それから細部を覚える程に読み返した
「一座を追われた役者と、それを匿う店主の物語
自分を赦せない同士が痛みを隠し合い
傷に触れ、悩み、分かり合っていく」
(義兄さんはこの本に何を思ったの?)
後に知った義兄の闇を思い
(義兄さんは決して誰にも助けを求めなかった
一人で抱え続けてた
でも)
「無償で差し出される手」
「踏み込まずにただ寄り添う」
繰り返される描写に
(『助けてと叫びたかった』?)
希死念慮に呑まれて尚
深層では救いを求めてた?
台詞を指でなぞり
(今の私になら、この手を握り返してくれる?)
本を返却
(助けは必ず現れる
その手をとって)
アリスに、義兄に思いを寄せて
●5冊目 ――静寂の戯曲本――
淡く柔らかな灯りの下、なぞるように指先で背表紙を追っていた南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)は、赤銅色に綴られたアルダワ文字の上で手を止めた。そのまま大切そうに、ゆっくりと引き出す。
滑らかな絹の装丁が美しいそれは、戯曲本だった。今の姿――7歳の頃に、義兄さんの部屋で見つけた稀覯本。当時はまだ全く読めなかったが、他の台本とは別に、机上に大事そうにおかれていたことを思い出す。
独り掛けのアンティークチェアに座り、痛めぬように丁寧に紙面を繰り続けると、見知った絵が現れた。
『川沿いの並木道と一軒のカフェ』の挿絵。ふたりで過ごした芦屋に似ていて、この絵だけはよく覚えている。
だからこそ、アルダワの地下迷宮でも同じ本だと気づくことができた。そうして持ち帰ったそれを、細部を覚えるまでに読み返したのだ。
「一座を追われた役者と、それを匿う店主の物語。自分を赦せない同士が痛みを隠し合い、傷に触れ、悩み、分かり合っていく――」
義兄さんは、この物語に何を思ったのだろう。
後から、彼が闇を抱えていたことを知った。それでも決して誰にも助けを求めず、独りで抱え続けていた義兄さん。……でも、
――無償で差し出される手。
――踏み込まずにただ寄り添う。
物語のなかで繰り返される描写に、海莉は視線を落とす。
(『助けてと叫びたかった』?)
希死念慮に呑まれても尚、深層では救いを求めていたのだろうか。
台詞にそっと触れるも、今はまだ答えは出ない。それは義兄に聞かねば、分からない。それでも。
(今の私になら、この手を握り返してくれる?)
文字の読めなかったちいさな少女ではない、猟兵として在る今の私になら。
海莉は静かに本を閉じると、椅子から降りてそっと返却棚へと戻した。その背表紙の、更にその向こうにいるアリスへ――義兄へと、想いを馳せる。
助けは、必ず現れる。
その手を取って――必ず。
大成功
🔵🔵🔵
琴平・琴子
(今よりも3年前の幼い制服姿
(猟兵の記憶は無く、知力・知識は見た目と同じ通り
沢山の本がいっぱい
…何を探していたのだっけ
緑のハードカバーの本が目に付いて背を伸ばして手に取ってみる
中、真っ白
ぱらぱらめくってみると大きな四角の余白を残して古びたシールが貼られてる
何が合ったんだろう此処に
またぱらぱらめくると拙いクレヨンの落書き
ピンクのドレスを着た金色の髪の女の子と…私?
手を繋いで笑ってる
誰だろう…何で、こんな絵があるんだろう
その後のページは白紙で何も書かれてない
…私、何になりたかったんだろう
何に、なりたいんだろう
ピアノも、バレエも、お琴も、お勉強も
――全部頑張って来た筈だったのに
冬の日
手が乾燥してて、指先がかじかんで
何時もの様にお琴を弾こうとしたら血が出たのを
お祖母さまに「お止めなさい」と言われたあの日を思い出す白いページ
そこまで弾かなくても良いということだったのかもしれないけれど
お祖母さまの様にお琴を弾きたかった
私琴子だから弾いていたかったのに
白紙のページを見て思う
私は、何かになれるのかな
●6冊目 ――真白き書――
――もう、お止めなさい。
脳裏に過ったその声に、琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は意識を引き戻した。
手許には、変わらず真っ白な紙面があった。どこまで繰れども白が続くから、想い出してしまったのだ。あの、冬の日のことを。
あれはお琴の時間だった。凍てつくような寒さで、手は乾燥し、指は悴むばかり。それでもいつものように琴を弾こうとしたら、皮膚が切れ指先から血を零した琴子を見て、祖母がそう言ったのだ。
そこまでして弾かずともよいという意味だったのかもしれないが、それでも琴子は祖母のように琴を弾きたかった。琴という字を名に持つ子だからこそ、弾いていたかったのに。
(……何を、しに来たのだっけ)
昔のことを想い出してしまったのはこの本の所為だけれど、此処に来た目的はどうしても思い出せない。どうやら図書館のようだから、と壁一杯に並ぶ本の中をあてどなく眺めみて、ふと目についたのがこの本だった。
緑のハードカバーの、ほぼ紙面が空白の本。背伸びしてそれを手に取り、ゴシック調の一人掛けチェアに座って読み始めたのが、ほんのすこし前のこと。果たして幼い、齢8ほどの自分に読めるものだろうか。そう思ったりもしたが、それは杞憂に終わる。だって、なにも書かれていなのだから。
ぱらぱらと乾いた音を立てながら頁を繰ると、初めて訪れた変化に琴子は手を止めた。大きな四角形の余白を残して古びたシールが貼られた紙面に、ちいさく瞠目する。
(……此処に、何が合ったんだろう)
考えたところで、答えが出るはずもない。ひとつ嘆息すると、琴子は再び頁を送り始めた。暫くすると、それまでの白だけの世界とは違う、色のある紙面が視界に飛び込んでくる。
(誰かと……これは、私?)
それは、拙いクレヨンの落書きだった。ピンク色のドレスを着た金髪の少女と、自分と思しき少女が、手を繋いで笑っている。
(これは誰なんだろう……何で、こんな絵があるんだろう)
いくら記憶を辿っても、思い当たる人物はいない。そも、この本が何故このような構成をしているのかも分からない。
違いがあったのは、その2頁だけ。その先は結局、なにもない白紙のままで終わってしまった。やり切れぬ心のまま最後の頁で手を止めれば、ふと制服の袖が視界に入った。
制服、学校、家族。
私は、なにになりたかったのだろう。
なにに、なりたいのだろう。
ピアノも、バレエも、琴も、勉強も――すべて、頑張ってきたはずだったのに。
(私は、何かになれるのかな)
なにも描かれていない頁に、琴子は唯、視線を落とした。
大成功
🔵🔵🔵
ラップトップ・アイヴァー
《みきは……
真の姿になってる。
黒髪に紫の瞳のお姫様。
子供だから、10歳くらい。
記憶や知識諸々は完全に健在。
でも、お姉ちゃんの声は聴こえない。
意識も感じない。
その本はね。
黒い表紙に、赤と紫の線が描かれてて。
開くと、みきとお姉ちゃんの物語が書かれてるの。
勿論、猟兵としての経験も。
お姉ちゃんはスポーツが大好きなバトロワプレイヤー。
みきは不治の病に侵されながら、大好きなお絵かきを続けたお姫様。
みきがお姉ちゃんを救って、2人で1人の姫君が誕生した話。
…でも、みきが眠っている間みたいな、お姉ちゃんだけが知っていることは、字が欠損してて。
……でね。
みきたちが本当だと思い込んでる一部の事実は、黒塗りされて白い字で嘘に改竄されてる。
たとえば、
『シエル・ラヴァロは交通事故で亡くなりました』
みたいに。
……悪戯、だといいな。
だってそうじゃないなら、みきは……
この世は、分からないことだらけ。
みきも苦しいの。
でも、だからこそ、楽しい部分だけ読んで。
悪いもの全部、読み飛ばしちゃえばいいの。
この本を、アリスに渡すね》
●7冊目 ――とある姫君の物語――
それは、読み手の少女――"みき"こと三上・美希と、その姉シエル・ラヴァロの物語だった。
シエルは、スポーツを愛するバトルロワイアルプレイヤー。
みきは、不治の病に侵されながらも、大好きな絵を描き続けたお姫様。
事故に巻き込まれたシエルをみきが魔法で救い、シエルの身体にみきの心が住まうようになった。そうして、ふたりでひとりの姫君『ラップトップ・アイヴァー(動く姫君・f37972)』が誕生したのだ。
(……ねぇ、お姉ちゃん)
心の中で語りかけるも、いつもあるはずの返事がない。姉の意識すら、感じられない。
何かが起因して、姉の意識が途絶えてしまっているのだろうか。逆に、己のほうに何か気づかぬ異変があり、姉の声が聞こえていない可能性もある。いずれにせよ、これ以上考えても直ぐには答えは出ないだろう。
真の姿たる姫君となったみきは、黒髪を揺らしながら紫の双眸で改めて紙面を眺めた。
黒く染まった上から赤と紫の線が描かれた表紙の本には、これまでのふたりが描かれている。無論、猟兵としての経験も。
けれど、明らかに不自然な箇所もまた、ちらほらとあった。
まるでみき自身は眠りについているかのように、姉だけが知っている事柄は文字が欠けている程度ならまだいい。
気になるのは、自分たちが真実だと思い込んでいる一部の事柄が黒く塗りつぶされ、その上から白のインクで偽りの内容が記されている箇所だ。
――例えば、『シエル・ラヴァロは交通事故で亡くなりました』のように。
(……悪戯、だといいな。だってそうじゃないなら、みきは……)
俯いたみきの影が落ち、紙面を照らしていた頭上の洋燈のひかりが陰る。
(この世は、分からないことだらけ。……みきも、苦しいの)
それでも。
だからこそ。
愉しい箇所だけ読んで、悪いものはすべて読み飛ばしてしまえばいい。それが、アリスにも伝わればいい。
娘は、腰かけていた革張りのソファから離れると、それを返却棚へと静かに置いた。
大成功
🔵🔵🔵
シキ・ジルモント
◆外見
小柄で痩せた幼い子供の姿
フードのついた長い外套を着ている
故郷であるダークセイヴァーの貧民街では人狼が危険視され疎まれていた
トラブルを避ける為、人狼の証である耳や尾を隠せるように、こんな外套を着込んでいたものだった
猟兵としての記憶や知識は変わらず
子供の姿の狭い歩幅や低い背丈に不便を感じつつ、仕事の為と静かに本を読む
◆本
読みたい本が思いつかず本棚を眺めながら歩き回る
ふと目についた一冊を手に取って懐かしさからページを捲る
革の表紙に題だけが書かれている、丁度今の姿くらいの年頃に読んだ本だ
内容は子供向けで読み易い、正義の騎士の活躍を描いた本だ
確か読み書きの勉強も兼ねて両親が与えてくれた本の内の一冊だった
正義の味方が悪人を懲らしめる勧善懲悪の物語
昔は主人公の騎士に憧れて何度も読み返した
こんな風に強くなれたら、誰かを助ける事が出来たら…
今の自分は、果たしてどうだろう
…本を閉じ、返却棚に置く
俺は正義の味方なんて大層なものでは無いが
救助を引き受けたからには見捨てない
必ず助けると、アリスに伝わるように
●8冊目 ――正義の騎士の英雄譚――
見慣れた、けれど今となっては懐かしい外套に気づき、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は得心した。
小柄で痩せた身体を覆い隠すような、フードのついた長い外套。人狼を危険視し疎んでいた故郷たるダークセイヴァーの貧民街で暮らしていくには、こうして耳や尾を隠してトラブルを避けるほかなかったのだ。
長く続く通路を抜けて、図書館と思しき場所へ辿り着いたはいいが、さして読みたいと思う本は――ここに来てもまだ――思い浮かばなかった。それでも、アリスの少女を救うための仕事として訪れたのだ。どれかを読まねばなるまい。
館内は横幅も相応にあったが、なにより奥が深かった。年代を思わせる深く飴色に染まった本棚を眺め見ながら歩き回れば、ふと1冊の本が目に留まる。
本来の背丈ならば余裕で届く高さにあるそれを、シキはうんと爪先を立ててどうにか手に取った。歩幅も狭くなっているからだろうか、漸く読むべき本を見つけただからだろうか。多少の疲れを感じながら、手近な革製のスツールに腰を下ろす。
淡い洋燈のひかりに照らされた革製の表紙には、唯なつかしい題名だけが記されていた。そう、ちょうど今の見目の頃によく読んだ本だ。確か、読み書きの勉強も兼ねて、両親が与えてくれた書籍類の1冊だった。
そこには、正義の騎士の活躍が描かれていた。騎士が悪人を懲らしめる、子供向けで読みやすい、勧善懲悪の物語。
――こんな風に強くなれたら、誰かを助ける事が出来たら……。
子供のころは主人公の騎士に憧れ、そう思い描きながら幾度も幾度も読み返したものだ。
(……今の自分は、果たしてどうだろう)
浮かんだ疑問に、シキは自嘲めいた息を吐きながら本を閉じた。少なくとも、正義の味方なんて大層なものではないことは確かだろう。
けれど、アリスの救助を引き受けたからには、彼女を見捨てたりはしない。
(必ず、助ける)
返却棚へと本を戻しながら、男はまだ見ぬ少女へと確かな想いを紡いだ。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『ぴょん太くんとシスター・マーマ』
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POW : おひるねのじかん
自身が【子守唄を歌って】いる間、レベルm半径内の対象全てに【悪夢】によるダメージか【快適な睡眠】による治癒を与え続ける。
SPD : おうたのじかん
【童謡や手遊び】を披露した指定の全対象に【ずっと子供でいたいという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
WIZ : おままごとのじかん
【配役が書いてある紙】を降らせる事で、戦場全体が【おままごと】と同じ環境に変化する。[おままごと]に適応した者の行動成功率が上昇する。
イラスト:しゃむねこ
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「アイグレー・ブルー」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
突如、館内の空気が揺らいだ。静寂のなかに、微かな靴音と、明らかな殺意が混じる。
『まぁ……ご覧なさい、ぴょん太くん。いつの間にか、たくさんのお友達が集まってくれていましたよ』
柔らかな声音で、容易く|嘯《うそぶ》く。自身が仕組んだ罠なのだ。知らぬはずがない。
シスター姿の女は愉しげに双眸を細めながら、一歩、また一歩と近づいて来る。
『……でも、私が一番逢いたかったのは、アリス――あなたです』
視線の先には、猟兵ではないひとりの少女がいた。
歳は高校生くらいだろうか。身を隠すためにマントを被っているが、その端から緩く波打つ腰までの金糸が毀れていた。
「わっ……私……!?」
娘は恐らく、相手が誰でどのような目的を持っているのかは知らないだろう。
けれど、その言葉と気配で察したはずだ。自身を狙っていたのは、この女なのだと。緑の混じる青い眸に、恐怖の色が浮かぶ。
その表情すらも好物なのか、女は恍惚とした笑みを浮かべて言った。
『――さぁ、愉しい時間の始まりですよ』
御簾森・藍夜
【花雨】
駆け出す彷はいつもの彷だ、ん?
「俺は橘がその気持ちを抱いていると、お前の口から聞けて嬉しい。決めたなら迷うな。あの馬鹿の傷もお前の傷も―俺が治す」
「ああ、二人分任された」
|あいつ《彷》を斬って寿命が守れたから自分が無傷だ等と己惚れるな、橘
傘は開いてアリスに預け身を守らせる
「大人しく傘の下に居ろ、アリス。直に雨が降る」
「やあマーマ。土砂降りにあった経験は?」
シスターの足元に鐵雨を擲ち足止め、黒鷹で殴る
「ん?無茶するお前には秘密」(にんまり
対処:子供の時間ももう終わり
行く道を決めなけば―と思っていた、が!
―惜しいからやめだ!最近面白い発見があったばかりでな!ガキと言われても追うと決めた!
比良坂・彷
【花雨】
※流血負傷歓迎
はい、シスター?俺と遊んでよ
出会い頭に麻雀牌をぶちまけUC発動
|お嬢さん《アリス》大丈夫だよ
攻撃はキミには決して当たらない
不運ねじ伏せ来たのッも俺が肩代わりと身を挺しアリス庇う
派手に鞄振り回し殴る蹴るで進路妨害
敵が蹌踉けたら煙草捨て
さぁおいで|きっちゃん《唯一支配して欲しい■》
斬られたら嬉しくて破顔
そう
あなたは生きて
橘が敵斬り専念できるよう肉削ぎ止めにまわる
雨が痛みを消してくれてずっと殴れるや
藍夜来たら敵蹴飛ばし其方へ
煙草に火つけ
「ね、きっちゃんと何話したの?」
*対処
子供でいたいかって?
実は俺“今が子供”なのよ
今も|友達《と弟》と遊んでる
残念ねその揺さぶりは一切効かねェよ
六道・橘
【花雨】
即征く彷の無謀に唇噛み
刀を抜き息を吐く
「藍夜さん
わたし本当は|彼《彷》を斬りたくないの
けれど斬らない方が彼の精神を苛んで仕舞う
だからわたし
“彷を手にかけ己の命を優先する”苦悩を背負うと決めたわ」
「有り難う。ヤンチャな彼の手当はお任せするわ」
血塗れの彷が煙草を捨てた
それが合図
言葉にして決めてないでもわかるの
一気に詰め寄り1手目で彷を斬りアリスは藍夜傍へ押しやる
8連は肉削ぎに合わせ斬る
アリスは斬らせないわ
彷が止めるなら喉元を突き壊す
再び1手目は彷へ
藍夜が殴りに来たら吹き出す
「あなたたち本当に仲良しね」って
*対処
誰かに選ばれる事を夢見た“子供”
でも選ばれなかった
そして今は選んでくれる人がいる
●9冊目 ――|トロイメライ《夢》――
シスター服の女と、比良坂・彷(冥酊・f32708)が動いたのは同時だった。
「はい、シスター? 俺と遊んでよ」
飄々とした声と動きで駆け出した彷は、御簾森・藍夜(雨の濫觴・f35359)にはいつもの彼だった。身まで賭して行かんとするその背は無謀にも見え、六道・橘(|加害者《橘天》・f22796)は唇を噛む。
ふたりの視線上の男は、距離を詰めてアリスと女との間に割り込むと、間髪入れずに麻雀鞄の留め金を外した。
『……っ……!?』
ばらまかれた無数の麻雀牌とともに解放された”命知らずの狂気”。それが何かまでは分からずとも、そのせいで"|何か《幸運》"が失われたことは女も直感した。対峙する男の狂気を孕んだ双眸に、微かに怯んで一歩後退する。
『小癪な……! これから愉しい"おしょくじのじかん"だというのに……!』
言いながら、女の手に短刀ほどの長さの鋸包丁が現れた。紛うことなく、アリスの肉を削ぎ落とすための獲物だろう。
「"おしょくじのじかん"ねェ……シスターがそんな物騒なモノ、持ってていいの?」
『これも神への供物を捧げるため……神も広い御心でお許しくださいます。ですから――邪魔はしないでください』
言い終わらぬうちに、女は床を蹴った。彷の脇へ回ると、一気にアリスを叩かんと鋸包丁を高速で薙ぐ。
「ひっ……!」
恐怖で引きつった声を洩らしたアリスを抱え、彷はすかさず後方へと跳んだ。
「|お嬢さん《アリス》、大丈夫だよ。攻撃は、キミには決して当たらない」
「えっ……?」
言葉の意味が分からぬアリスを置いて、彷は再び進路を妨害すべく、女の懐へと飛び込んだ。不意の接近に距離を取ろうとするも、僅かに男が早い。身を屈めて足払いをすると、蹌踉めいた女はそれでも無理矢理、腕を伸ばして鋸包丁を振り抜く。
「ぐッ……!」
粗雑な切っ先が、肉を抉り、骨を穿つ。その衝撃と感触に次いで、切り口から激しい熱を伴った激痛が全身を駆け巡った。コートどころか衣服もろとも断たれ、布地と一緒に捲れ剥がれた皮膚の奥から、どろりと滴る血とともに赤みを帯びた肉が露出する。
「きゃあああああああ!!!」
見慣れぬ凄惨な光景に悲鳴を上げながら、漸くアリスも言葉の意味を理解する。
あの男は己の身代わりとなり、すべての攻撃を受けるつもりでいるのだと。
『あら……右腕を落とせたと思ったのですけれど』
「そうだったの? そりゃァ残念だったねェ」
そうなってもおかしくない軌道で前腕の負傷だけで済んだのは、女の不運と男の幸運が重なった故だろう。彷は痛みを堪えながら、だらりと下がった右腕に再び力を込めた。止め処なく血が溢れて毀れ、男の足許に艶やかな赤花が咲く。
けれど、それは彷を止める理由になりはしない。大仰な仕草と動きで、殴り、蹴り、鞄を鈍器代わりに振り回しながら、男は派手に立ち回る。その姿を真っ直ぐに見留めていた橘は、静かに刀を鞘から抜き息を吐いた。
「……藍夜さん」
「ん?」
「わたし……本当は、|彼《彷》を斬りたくないの」
視線は彷へと向けたまま、傍らの友人に本心を零す。
九死殺戮刃は、一度味方を攻撃せねば、己の寿命を削る技。それを良く知るからこそ、そして橘のためならばこそ、彷は躊躇いなくその身を差し出した。
「……けれど、斬らない方が彼の精神を苛んで仕舞う」
そういう|彼《ひと》だから。
「だからわたし……“彷を手にかけ己の命を優先する”苦悩を、背負うと決めたわ」
彷を犠牲にする価値が、この命にあるのか――心の裡にある問いかけに対する、それが橘の答えだった。
「橘がその気持ちを抱いていると、お前の口から聞けて俺は嬉しい」
隣の少女を一瞥しながら、藍夜も微かな微笑を浮かべる。吐露するということは、もう腹を括ったということだ。
「決めたなら迷うな。あの馬鹿の傷もお前の傷も――俺が治す」
「有り難う。ヤンチャな彼の手当はお任せするわ」
「ああ。ふたり分、任された」
(|彷《あいつ》を斬って寿命が守れたから自分が無傷だ等と己惚れるな、橘)
彼だけではない。この娘もまた、己が身を賭して闘わんとするのだろう。
それが分かるからこそ、藍夜は駆け出す娘の背をただ見守った。彼らが成したいことを成せるように、自分はふたりを支えるまでだ。
彷の左拳を鳩尾に食らった女が後ろへと蹈鞴を踏んだその瞬間、彷もまた咥えていた煙草を捨てていた。
前もって決めていたわけではない。けれど分かる。彷にとっての橘だからこそ、それが合図と容易に知れた。
――さぁおいで、|きっちゃん《唯一支配して欲しい■》。
その合図に、橘は反射的に飛び出した。剥き出しの日本刀を煌めかせながら、アリスの脇を過ぎて、彷と女の前へと躍り出る。
上段から袈裟懸けに彷の背中を切りつけた。体勢を崩す男が僅かに振り向き、柔らかに、満足げに破顔する。
――そう、あなたは生きて。
眼差しが語るその言葉を、想いを、橘は真っ向から受け止めた。彷を手にかけた刃から、確かな肉を断つ感触が響き伝わる。それでも、とうに覚悟は決めたのだ。今更、揺るぎはしない。
「藍夜さん!」
「任せろ!」
橘が突き飛ばすように後方へと押しやったアリスを、藍夜が受け止める。無表情ながらも、気遣いの籠る所作で少女を自身の背後へと隠した。
「大人しく傘の下に居ろ、アリス。直に雨が降る」
「あ、雨……?」
差し出された黒傘を受け取りながら、フードからちらりと見せた青緑の双眸で、アリスは不思議そうに藍夜を見た。天井は高いが、ここは屋内だ。どうやって雨を降らすというのか。
女の童謡が響き出す。ともすれば聞き入ってしまうほどの美声に、藍夜は唯、口角を上げた。
「やあマーマ。土砂降りにあった経験は?」
『急に何を――』
問いかけると同時に地を蹴った藍夜が、藍染む天気雨の中を疾駆する。頬を伝う雫は仲間の傷を癒やし――そして女の足許へと擲たれた鐵雨は、その動きを拘束する。
『ぐっ、あああああああ!!』
雨風に混じった女の歌声が、残響となって耳の裡に木霊する。
子供の時間も、もう終わり。
(行く道を決めなけば――と思っていた、が! ――惜しいからやめだ! 最近面白い発見があったばかりでな! ガキと言われても追うと決めた!)
悟り諦めるのが大人の道と言うならば、敢えてその道は捨ててやる。子供のように、思うままに生きることの、なにが悪い。
そう決めた男が、走りざまに振り抜いた黒鷹で女の胸を強打した。穿つが如く一撃は、女の身体を後方へと吹き飛ばし、激しい衝撃音と爆風を伴って本棚の一角を破壊する。
一連の出来事を、アリスは唯々瞳を見開き見つめていた。
誰かに助けを求めたい。けれど手を伸ばせば、それを掴んでくれた人まで巻き込んでしまうことを、少女は嫌というほど知っていた。
だから独りで"扉"を探すのだと、これまで我武者羅に走ってきた。誰にも頼らず、不安を押し殺し今日まで来た。その固まり始めていた概念が、アリスの裡で崩れ始める。
――大丈夫、ちゃんと空に月はある。
ふと浮かんだ言葉に、男の背が重なる。あれは確か、月を探す冒険譚。諦めなくていいことを、わたしに教えてくれた。
『かはッ……!』
降り続く藍色の雨に、沸き上がった粉塵は忽ち飲まれ、胸を押さえてよろめきながらも立ち上がる女の姿が顕わになった。呼吸がしづらいのか、女は顔を歪め、幾度も|嘔吐《えず》く。
無論、それは猟兵たちにとっては好機に他ならない。彷と橘は、女を視認するよりも前に、揃って駆け出していた。未だ体制を立て直せずにいる女の間合いに飛び込むと、彷は鋸包丁を持つ腕へと思い切り麻雀鞄を振り下ろす。
「残念ね、その|童謡《揺さぶり》は一切効かねェよ」
(子供でいたいかって? 実は俺、“今が子供”なのよ。今も|友達《と弟》と遊んでる)
大人になるということは、子供でいられないという意味と同義ではない。逆に、大人になってから漸く、子供らしさを知ることができる場合もある。それが、今の自分なのだ。
優しい雨だれが肌を伝い、気づけば傷も痛みも消えていた。ああ、これなら止まらずにいられる。藍夜がいてくれるから、俺はずっと闘える。
骨の折れる鈍い音に続き、橘の刃が無防備な女の身体を連続で断つ。決してアリスは切らせはしまい。その一心で、隙と急所を瞬時に見極め、的確に薙ぐ。
わたしは、誰かに選ばれることを夢見た“子供”。
でも、選ばれなかった。そして今は、選んでくれる人がいる。
それが今の橘に在る、"真実"で"現実"だ。
雨水を弾きながら止まることのない澄んだ太刀筋で闘う娘を、アリスもまた視線で追った。古風なセーラー服の裾を靡かせながら果敢に挑むその姿は、本で読んだ、主人公を支えてくれる魔法使いの少女を思わせる。
背後からの藍夜の気配に気づくと、彷は|蹌踉《よろ》めく女へと回し蹴りを食らわせ、前方へと吹き飛ばした。同時に自身は後方へと飛び、藍夜の隣に並び立つ。
「ね、きっちゃんと何話したの?」
慣れた手つきで煙草に火をつけた彷が、緩く煙を燻らせた。ちらり向けられた視線に藍夜は、言外に意味を孕んだ笑みを返す。
「ん? 無茶するお前には秘密」
「あなたたち、本当に仲良しね」
そうちいさく吹き出せば、自然と程よく気が和らいだ。柄を握りしめ、やおら立ち上がった女へと切っ先を向ける。
『……どうにも、おいたが過ぎる子たちですね。ねぇ? ぴょん太くん』
『そうだね、マーマ。なら、どうする?』
『簡単なことです。こういうときは……』
――お灸を据えてやりませんと。
言いながら、女は不敵な笑みを浮かべた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ディル・ウェッジウイッター
おや、子供返りは終わりですか。それでは今自分にできる事を致しましょう
―お茶はいかがですか?
子供でいたいか
確かに先ほどは楽しいものでしたね
ですが一人で日本に来たり、旅をしたり…ようやっと満足いくお茶も淹れられるようになった最近の方が楽しいこの頃
残念ですがまだ子供時代に憧憬を持たないのですよ
敵の攻撃は来てくださったポルターガイストのゴーストさん方に戦闘は任せ、アリスと共にシスターと距離を取ります
こんな状況で無ければお茶会でも開きたかったのですが…そういえばこの世界は紅茶が美味しいという噂。良ければお茶に関わらずあなたのこれまでのお話を聞かせてください
辛い事も楽しい事も話すだけで気分は全然違いますよ
傷を負いながらも尚、再び女は歌を紡ぎ始めた。
見るものによっては、それは痛々しくも健気な姿にも見えるだろうが、猟兵として在るディル・ウェッジウイッター(人間のティーソムリエ・f37834)にはそう映らない。「おや、子供返りは終わりですか」と涼やかに零すと、慄き震えるアリスへと柔らかに微笑む。
「――お茶はいかがですか?」
童心に帰る時間が終わりを告げたのなら、いま自分にできることをするまでだ。ティーソムリエたるディルにとって、それは憂い怯える少女へと、お茶で安らぎを与えることだった。
「お、お茶……!? 今? ここで??」
「はい、お茶です。今、この場所で」
いつもの口調でそう言うと、ディルはアリスに手を差し出した。訳も分からぬまま、けれど一抹の期待を抱いて、アリスもその手に己のそれを重ねる。
近くにあったローテーブルとゴシック調のソファへとアリスを案内すると、ディルは白磁のティーセットを手早く並べる。カップの模様は、少女の眸に似た青色の薔薇。"不可能"ではなく、今や"奇跡"と謳われる花。
程よく蒸らされた茶葉から、良い香りが漂い始める。それを確かめながら満足気に頷くと、ディルは優雅な手つきで琥珀色の紅茶をカップへと注いだ。途端、お茶好きなゴーストたちが現れる。
「来てくださってありがとうございます。皆さんには、あちらのご婦人をお相手いただけますか?」
言って、ちらりと戦場を見遣る男に、ポルターガイストのゴーストたちも、まるで悪戯を楽しむ子供のように笑顔で頷き向かってゆく。
子供でいたいか、と問われれば、確かに先のひとときは楽しい時間ではあった。
(……でも、残念ですが、まだ子供時代に憧憬を持たないのですよ)
ひとり日本を訪れたり、あらゆる世界を旅することができるのは、大人の身体と知見があるからこそ。
それに、漸く満足いくお茶も淹れられるようになったのだ。あの頃よりも今のほうが、ずっと愉しいに決まっている。その想いが裡を満たしているからこそ、ディルに女の歌は届かない。
『このっ……! 邪魔ッ、邪魔ですよ! いい加減にしなさい!!』
ゴーストたちに翻弄されている女の喚き声へと一瞥をくれると、ディルはアリスへと向き直った。淹れたばかりの紅茶をそっと、テーブルに置く。
「さぁ、どうぞ。冷めないうちに」
「え、ええ……。……ありがとう」
誰かから何かを受け取るのは、いつぶりだろう。アリスはディルへと伺うような視線を向けながらも、カップに揺れる水面を見つめた。
そこにあるのは、襤褸のコートを被ったひとりの少女の姿。それに気づくと、アリスは一旦カップをテーブルへと戻した。フードを下ろし、素顔を顕にしてから、再びカップを手に取る。緩やかな金糸が、音無く背中へと零れ落ちた。
いただきます、とちいさく頭を下げたアリスに、ディルも眦を緩めて頷きを返す。
「っ……! 美味しい……!」
一口含めば、忽ち豊かな茶葉の風味が満ち溢れた。柔らかくあたたかな喉越しを経て、包み込むようなぬくもりが全身に広がってゆく。
「こんなに美味しい紅茶、初めて……」
「ありがとうございます。こんな状況でなければ、お茶会でも開きたかったのですが……」
まるで戦場には似つかわしくないその言葉に、アリスも思わず苦笑した。やっと見られた少女の笑顔に、ディルの口許もまた緩む。
「そういえば、この世界は紅茶が美味しいという噂。良ければ、お茶に関わらず、あなたのこれまでのお話を聞かせてください」
「わたしの、こと……?」
「ええ。辛いことも楽しいことも、話すだけで気分は全然違いますよ」
穏やかな声と微笑は、渋めの茶葉へ注がれたミルクのように、強張っていた心を解いて柔らかに包む。
じんと裡に染む熱を確かに感じながら、アリスは辿々しくも語り始めた。
大成功
🔵🔵🔵
♠ ♥ ♦ ♣
|アリスラビリンス《この世界》に連れられて来る前のことは、何も覚えていない。
自分の名も、それまで何をしていたのかも。
最初に訪れた国で、わたしを匿ってくれた小人たちがオウガに殺された。
それ以来、ずっとひとりで逃げ続けてきた。わたしと仲良くなるとみんな、殺されてしまうから。
この世界がどういう場所なのか、わたしが何故"アリス"と呼ばれるのか――そして、何故わたしは追われるのか。すべて、その小人たちが教えてくれた。
彼らには、感謝してもしきれない。そして、彼らの|惨《むご》たらしい死が脳裏から離れない。
きっとずっと、忘れない。
"オウガブラッド"の力を使うのは、やっぱり怖い。
頭の中で、誰かが囁くの。――人を喰らいたい、って。
でも、それはまだいい。それよりももっと怖いのは、その衝動に駆られそうになるわたし自身。
人を食べたい、なんて……勿論そんなこと望んでない。けど、このまま我慢し続けられる自信も、ない。
どうなってしまうのか分からなくて、どうしようもなく怖い。誰かに縋りたい。でも、できない。
ずっと、ずっと、そんな日々を送ってきた。
でも、それももうすぐ終わる。そんな気がしてるの。
だって、今日は今までと違う。――あなたたちに、逢えたもの。
♠ ♥ ♦ ♣
琴平・琴子
(体も心も幼いままの真の姿
随分と耳障りなお歌ですこと
子供でいられたら幸せですって?
…私、子供でなんかいたくない
だって子供って小さくて、弱くて、守られるものでしょう?
そんなものになりたくない
守られるだけの小さな子供は嫌なの
耳を塞いで口遊むのは慣れ親しんだ学校の校歌
貴女が私を子供だと思って、子供扱いするならそれで良い
――けれどそれ相応の痛みを知ってもらうだけ
あやとりなんて如何?
使うのはこの絃だけれども
むすんでひらいてぎゅっと締めて
滴る雫はまっかっか
アリスのお姉さんには手を出させません
ねえシスター
貴女のお歌は聞くに堪えない
私のお歌は下手くそだと思っていたけれども貴女のよりはましだと思える
聖歌隊で学び直して来たら如何?
琴の爪を指に嵌め、絃を引っ張る
ぎいぎいと鳴る音は美しくない
こんな演奏はきっとお祖母様に怒られてしまう
だから少々お静かにして下さる?
お姉さん気を確かにして
こんなところで立ち止まってちゃ駄目でしょう?
貴女は貴女の世界に帰るんだから
その眼は出口を真っ直ぐ見据えて歩くの
…ほんの少し羨ましい
――子供でいられたら幸せでしょう?
そう断定できるのは、自分の子供時代がそうだったからか、それとも"そういうものだ"という固定観念からか。
いずれにしても、琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)にとっては当てはまらなかった。寧ろ、その決めつけが心をざわつかせる。
「お姉さん、貴女はそこにいて」
「わ、分かったわ」
幼子の姿のままの琴子は、ソファに座り目線が近しくなったアリスへとそう端的に言い残すと、傍らを過ぎながら真の姿へと転じた。いつもの娘よりもやや幼い様相で、一歩、また一歩と歌う女へと近づいていく。
「随分と耳障りなお歌ですこと」
事実、女の歌は酷かった。先の仲間の攻撃で肺をやられたのだろう。上手く呼吸ができぬ身体では、満足に歌えまい。
だが、琴子の皮肉はそれへのものではなかった。
裡の感情を波立たせる歌なぞ、最早噪音でしかない。耳を塞ぎ、鼓膜に残る音をかき消すように、慣れ親しんだ校歌をぽつりぽつりと口遊む。
(……私、子供でなんかいたくない)
ちいさく、か弱く、庇護の対象である子供に、自分だけはなりたくなかった。
(――守られるだけの、小さな子供は嫌なの)
唯その想いを強く抱き、眼を見開く。無数の傷を負いながらも立ち上がった女が、その緑の双眸に映った。
『……口数の多い子は嫌われますよ? 子供は大人しく、大人の言うことを聞いていれば――』
「貴女が私を子供だと思って、子供扱いするならそれで良い。――けれど、それ相応の痛みを知ってもらうだけ」
『まぁ……。強がりも、度が過ぎると可愛らしさがありませんね』
それが女の本心か虚勢かは与り知らぬが、琴子にとってはどちらでも良かった。屠るべき相手であることには変わりがない。指先に琴の爪を嵌め、幾本もの絃を絡めながらゆっくりと距離を詰める。
瞬間、琴子の背後から悲鳴が上がった。アリスの声だ。
「いやあああああああ!!!」
猟兵たちが一斉に娘を見る。歌は途切れたものの、未だ鼓膜に張り付いているのだろう。ソファから崩れ落ちるように膝をついたアリスは、頭を抱えながら、何かを払うように、抗うように、|頻《しき》りに首を左右へと振っていた。オウガの影が、炎のように大きく揺らぐ。
「こど……こども、に……わたしは……」
「お姉さん!」
「……もう、もう……このまま……」
「――っ、お姉さん!!」
琴子の凜とした声が、館内に響き渡った。すべての――女の歌さえ消え、あたりが静まりかえる。
「気を確かにして。こんなところで立ち止まってちゃ、駄目でしょう?」
女への警戒は解かぬまま、視線で捉えたまま、琴子が言葉を紡ぐ。
「……あ……わた、し……?」
姿は見えぬも、その声にアリスが自我を取り戻したと悟ると、琴子は僅かに眸を窄めた。途端、対峙する女の顔が歪む。
『余計なことを……ならばもう一度――』
「ねえ、シスター。どうせ遊ぶのなら、あやとりなんて如何?」
使うのはこの弦のようにしなやかな絃。
むすんでひらいてぎゅっと締めて、滴る雫はまっかっか。
女の答えを聞く前に、娘が力強く跳躍した。
「アリスのお姉さんには、手を出させません」
『ひっ……!!』
一気に娘との距離が詰まる。その表情は逆光で見えないが、娘の広げた両腕の間を渡る絃が一筋の光を帯びた。
細い幾重ものそれが、一瞬にして女の首に絡みつく。
「貴女のお歌は聞くに堪えない」
私のお歌は下手くそだと思っていたけれども、貴女のよりはましだと思える。
「聖歌隊で学び直して来たら如何?」
『ぐぇっ……!!』
躊躇いなく絃を引く。緩めることなく、唯々締める力を強くする。そのたびに、ぎいぎいと歪な音が耳を掠める。
「こんな美しくない演奏は、きっとお祖母様に怒られてしまう。――だから、少々お静かにして下さる?」
女が己の白い首筋に爪を立てて絃を解こうとするも、深く食い込んだそれは寧ろ皮膚を割き、肉を抉り、血を滴らせるばかりだった。赤に染まった絃が、尚一層光を受けて艶やかに燦めく。
「お姉さん。行って」
「い……行くって、どこに……」
「"扉"の気配を感じるのでしょう? 貴女は貴女の世界に帰るんだから、その眼は出口を真っ直ぐ見据えて歩くの」
夢の中でもなく、この闘いでもなく。
貴女だけの、往くべき先を。
それを羨ましく思うのは、ほんのすこしだけ。それもすぐに掻き消すと、琴子は一層指先に力を込める。
『がはっ……!』
アリスからは、背を向けた琴子が何をしているのかは見えなかった。けれど、彼女のお陰で女の歌が止み、囚われそうになっていた意識を取り戻すことができたことは、はっきりと分かる。
「……分かった。わたし、行くね……!」
少女は静かに立ち上がると、踵を返して駆け出した。すこし行ったところで、一度だけ立ち止まる。
「ありがとう……ありがとうございます、みなさん!」
再び走り出したアリスの足取りに、もう迷いはなかった。
知らぬ間により強くなっていた"扉"の気配。その在処を探し始める。
大成功
🔵🔵🔵
シキ・ジルモント
…子守唄が大勢の罵声に変わっていく
“化け物”“近寄るな、獣風情が”
子供の頃、人狼の自分へ嫌悪の視線と共に投げつけられた言葉
…煩い、黙れ
思い出したくもない記憶を引きずり出されて吐き気がする
昔は怯えて外套で耳と尾を隠すだけだった
だが、今は違う
故郷を出て世界を知り、戦えるだけの力を得た
この力で誰かを助けられるかもしれないと思った
憧れた正義の味方のように
ユーベルコードを発動、真の姿を解放(月光に似た淡い光を纏う。犬歯が牙のように変化、瞳は夜の獣のように鋭く光る)
普段より強化される感覚を研ぎ澄ませる
罵声を恐れず耳を立て、アリスの位置を音で探り駆け寄る
この悪夢は過去のもの
意識を現在の使命へと向けて悪夢に抗う
アリスを助けると決めた筈だ
ハンドガンを構え、敵へ数度続けて発砲
歌う暇を与えずダメージを重ねて追い詰めたい
常にアリスの傍で戦い、危険なら庇ってでも守る
強化された真の姿の身体能力であれば反応出来るだろう
自分を見失うな、アリス
扉を見つけて在るべき場所へ帰るんだろう?
“必ず助ける”
その為に、俺はここに居る
『あらら。アリスが"扉"の存在に気づいちゃったみたいだよ? マーマ』
『……好きなようにはさせません。グリエル様の……かの御方のために……!』
首許に絡みつく絃からどうにか逃れた女は、喉を押さえながら絞り出した。立ち塞がる猟兵たちの向こう、"扉"を探して走り回るアリスを捉えた女が、口を開く。
先程までとは違い、それは微かに毀れる子守唄だった。なのに、明瞭な音となったそれは、遮ることも赦さず耳に届いて鼓膜を震わせる。
「えっ!? なにも見えない……! それになにか聞こえ――」
「自分を見失うな、アリス」
背後で狼狽する声が聞こえ、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は咄嗟に返した。
彼女の"扉"を見つけられるのは、彼女だけ。漸くアリス自ら動き出したのだ。どうやら敵は心を揺さぶる術に長けているようだが、また彼女を捉えさせるわけにはいかない。
「扉を見つけて、在るべき場所へ帰るんだろう? どんな|悪夢《もの》が見えても、決して揺らぐな」
――必ず、助ける。
男の発しなかった言葉を、けれど本を介してアリスは受け取った。「分かった」と短く返すと、少女は意識を裡へと向ける。
彼女の身自体は、ほかの仲間たちもいるから大丈夫だろう。あとは、彼女自身の闘いだ。恐らく今、アリスは悪夢へと懸命に抗っている。
それはシキもまた、同じであった。子守唄が幾重もの罵声に変わり、あっという間に男を喰らう。
――化け物!
――近寄るな、獣風情が!
幼いころ、人狼である己が浴び続けた嫌悪の視線と悪意に満ちた言葉。顔の見えぬ有象無象、見知った故郷の陰鬱とした街並みが、男の感情を更に掻き立て眸を閉ざさせる。
「……煩い、黙れ」
無理矢理に記憶を引きずり出される不快感と嫌悪感。胸の底から迫り上がる吐き気に、シキは苦悶を浮かべた。
例えオブリビオンとて、自分の過去まで知るはずはない。ならばこれはすべて、己の裡が生み出したものに過ぎない。それがこの悪夢ならば、断ち切れるのもまた己のみ。
ただ怯え、耳と尾を外套で隠すばかりだったあのころ。
(だが、今は違う)
故郷を出て世界を巡り、必要な知識と闘えるだけの力を得た。
この力で、誰かを助けられるかも知れない。――憧れた、あの正義の味方のように。
シキの裡でちいさな光が灯ると同時、淡く燦めく白銀が男を包んだ。瞬時に弾けた光のなかから、月光を思わせる粒子を纏った真の姿が現れる。
男は静かに双眸を見開くと、その夜の獣を思わせる鋭い眼光を女へと向け、|間《はざま》から牙のような犬歯を覗かせながら微笑を浮かべる。
『……お早いお目覚めですね。もう暫く寝ていても良かったのですが』
言いながら、女は一歩後退った。それでもシキは、視線を外さない。
あれほどざわめいていた声は消え、心は不思議なほどに凪いでいた。感覚が研ぎ澄まされ、五感が戦場のあらゆるものを捉える。
足掻くように、女が再び唄を紡ぎ始めた。
再び耳に木霊する罵声を、視界を埋め尽くすあの光景も、もう恐れる理由なぞない。
(アリスを助けると、決めた筈だ)
その使命が、悪夢のなかに一条の光を、強く揺らがぬ標を灯す。
「――必ず、助ける」
それは、決して違うことなき誓い。
男は手早く抜いたハンドガンの銃口を女へと向け立て続けに発砲した。避けまいとした女の唄が止む。
あ、とちいさく毀れた声を聴覚が捉えた。アリスもまた、悪夢から目覚めたようだ。攻撃の手は緩めぬまま、気配と靴音だけを辿り、シキはアリスの横に立ち並ぶ。
「気づいたか」
「もう大丈夫!」
アリスの力強い声と、女の醜く短い悲鳴が重なった。蹌踉めきながら鳩尾を抑える女の白い手の甲を、鮮血が滴り落ちる。
「今だ。"扉"を探してこい」
「うん!」
シキへと笑顔で頷いたアリスが、女へと背を向けて駆け出した。それに気づいた女が鋸包丁を手に取るも、そうはさせまいと間断なく放たれた弾丸が、女を足止め、その身体を無数に穿った。
正義の味方だと、自ら名乗るつもりはない。
それでも、この力は正義のために在るべきだと信じている。
『クッ……大人しく、悪夢に囚われていれば良いものを……』
柳眉を寄せながら睨めつける女へと、シキは冷徹な視線を返す。
「約束をしたからな」
そのために、俺は此処に居る。
大成功
🔵🔵🔵
菫宮・理緒
アリスさんを背に庇う感じで前に出よう。
シスター、アリスさんをあなたの好きにはさせないよ!
で……これがあなたの『子守唄』か。
悪夢はだいたい予想がつくし、いまなら対処だってできるはずだしね!
悪夢は……うん。学校、になるよね。
たぶん引きこもる直前、全てが怖かった頃の教室の夢だね。
学生時代、自分の世界のほとんどだった学校。
そこで全てに怯えて、教室の隅で縮こまるようにしていたわたしは、お約束のようにいじめられた。
こうして見せられて、夢だって解っていても、まだちょっと体が震えるね。
でもいまなら解る。
これは、わたしが全てから逃げていたことの結果なんだよね。
悪いところばかり見てしまって、それしかないように思い込んで、
全てのものに良いところがあるってことを解ろうとしなかった結果。
人も物も……世界は、わるいところもあるけど、良いところだって同じくらいある。
この悪夢は良いところを裏に隠してしまって、悪いところしか見せていない。
だから……。
【Nimrud lens】を発動させて、偽りの世界は焼いちゃうよ!
猟兵たちがシスター服の女を追い詰める最中、アリスは必死に館内を駆ける。
「こっち……でもない……。あっち……? ううん、さっき見たけど違ったし……」
"扉"の気配は、確かにある。近しいどこかに潜んでいるのだと、感覚が告げている。けれど、書架の海を抜け、壁や、部屋の隅のほうまで見てみるも、一向にその姿は現れない。
「アリスさん、どう!?」
「もしかしたら、|こっち側《・・・・》じゃないのかもしれない……!」
返る答えに、菫宮・理緒(バーチャルダイバー・f06437)は瞬時に察した。館内におけるこちら側――中央で戦闘を繰り広げている今、猟兵たちとアリスのいる側でないならば、"扉"はあちら――敵陣側にある可能性が高い。
「――|分かった《・・・・》。行こう!」
理緒はアリスの手を取ると、力強く一歩を蹴り出した。自分よりもやや小柄な少女を己が背に隠しながら、敢えて敵陣の方へと戦場を駆け抜ける。
『マーマ! あの子、こっちに向かってくるよ!?』
『一体何を企んで……まぁ、良いでしょう。あちらから来てくださるなら、大歓迎です』
言って、鋸包丁を持ち直した女へと、アリスを連れた理緒は構わず距離を詰める。
アリスと別々に走る選択肢もあった。けれど、それはアリスの傍から離れることをも意味していた。仲間たちもいるが、万が一もある。ほんの僅かな懸念でさえ拭うためには、近くで護れるこの選択肢の方がいい。
幸い、敵はひとり。動きを先読みすれば――、
「今だよ、アリスさん! 行って!!」
ギリギリの間合いで立ち止まった理緒は、右足を軸に、左手で掴んでいたアリスを半弧を描きながら女の後方へと放った。
「ひゃあっ!!」
前のめりにつっかかりながらも、足取りを取り戻した少女は、理緒の気概に背を押される心地で走り出す。――あの日記の少女が、"教授"に出逢えて道を切り開いたように。
アリス一瞥して見送ると、理緒はそれを追おうとした女の前へすかさず割って入った。
「シスター、アリスさんをあなたの好きにはさせないよ!」
『ならば――その虚勢がどこまで続くか、試してみましょうか』
女の唇が弧を描く。その声はほとほと枯れ果てていたが、それでも囁く程度なら十分だ。
理緒の視界が、感覚が、一瞬にして昏く閉ざされる。地に足をつけていないような、覚束ぬ浮遊感がまとわりつく。
(これが……『子守唄』か)
こうなることも、そして悪夢の中身さえも、理緒には|分かって《・・・・》いた。そう口にした、あのときから。
一転した景色は、見知った学校の教室だった。引きこもってしまう前の――すべてが怖ろしくて堪らなかった、あの頃の教室。
学校に集められた少年少女たち。まだ大人になりきれていない彼らにとって、限られた枠組みのちいさな社会が彼らのすべてとなってしまうのは、ある種必然とも言えた。
狭い教室の中にいる誰しもが、自分もが、何かしらの負の感情を抱いている。あの視線が、表情が、言葉が、口調が、すべて悪意を孕んでいるように思えてならない。そして、そんな思考に至ってしまう自分もまた、怖ろしくてならなかった。
そんな子供がどうなるかなんて、分かりきっている。
お約束。決まりごと。皆が同調してひとりの少女を虐める様を見せつけられた理緒は、夢だと分かっていても僅かに身体を震わせた。
(でも、いまなら解る。……これは、わたしが全てから逃げていたことの結果なんだよね)
人も世も、自分のことさえも、悪いものばかり見てしまって、それがすべてと思い込んだ。どんなものにも良いところがある。それを分かろうとしなかった自身が招いた、これは必然の結果だ。
(人も物も……世界は、わるいところもあるけど、良いところだって同じくらいある)
此処は、この悪夢は、それを隠してしまっている。悪い部分ばかりを誇張して、意図的に悪意を植え付けようとしている。
――だから。
「こんな偽りの世界は焼いちゃうよ!」
理緒の弾けるような一声とともに、自身を取り巻く風景も瞬く間に四散した。
『いやああああ! 熱……熱いぃぃぃ……!!』
悪夢を燃やさんと放たれた一筋の光が、女を容赦なく捉えた。その熱線と炎が、足掻く女もろとも辺り一帯を忽ち飲み込んでゆく。
大成功
🔵🔵🔵
南雲・海莉
アリスの結婚前夜
配役:妹
アリスに近寄り手を握り鼓舞
「私達が守る、だから下がって」
おままごと、ね
そこに「リアル」や「シスコン」「ヤンデレ」の冠詞をつけても問題無いのよね
配役が終わったなら更に場を強化してあげる
大観衆の視線を感じるおままごとなんて贅沢でしょう?
「お姉さまは誰にもあげないんだからぁっ!」
館の装飾品(という設定をでっち上げた)の刀を引き摺る体でアリスの前に
「貴族のおじさん、すっごく嫌な目でお姉さまを見てたもんっ」
「お母さまもお金に目が眩んだんでしょ!」
「お姉さまはずっとわたくしと一緒だもの!」(昏い目で睨みつけ)
アドリブ駆使し役者として相手を食ってあげる
台詞も行動もさせないわ
(存在感、パフォーマンス駆使)
敗れ被れに振り回すフリをフェイントに
敵の移動を見切り、刀に纏わせた風の属性を込めて薙ぎ払い、アリスに近づけさせない
時にはダンスの足取りで動き、アリスの手を引いて庇うわ
幼さ故の執着と残酷さを高らかに魅せつけ
「お母さまとその男(パペット)が悪いのよ」
「お姉さまを犠牲になんてさせない」
炎が立ち消えた後にあったのは、煤に塗れ足取りも覚束ぬ女の姿だった。
けれど、鋸包丁を手に、陽炎のようにゆらめきながら身体を起こしたその顔には、まるで妄執にでも囚われたかのような恍惚とした笑みがあった。
『嗚呼……これも神の与えたもうた試練なのですね……! ならば私は、今を乗り越えねばなりません。……グリエル様とかの御方のために』
掠れ声ながらも、まだお喋りはできるらしい。ならば、女の取れる手段は、鋸包丁で肉を割くか"おままごと"か、そのどちらかだ。
「やっぱり|こっち側《・・・・》にある……! 近いのが分かる!」
「なら、アリスはそのまま探して! ――あなたは、私たちが守る」
アリスを護らんと一足飛びに駆けてきた南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)は、少女の手に掌を重ねて強く頷く。
あなたの往く道を、誰にも邪魔はさせない。
――助けは必ず現れる。その手をとって。
あの本にあった言葉は"今"を指しているのだと、アリスもまた気づいた。青緑の双眸に希望を湛えながら、ありがとう、と返して駆け出してゆく。
『さぁさぁ! おままごとの時間だよ!』
『みなさんも一緒に、楽しみましょう』
奇妙な作りのパペット"ぴょん太くん"を繰りながら、女が柔らかな笑みを見せた。その作り笑いは、今に始まったものではない。此処に訪れた最初から、女は修道女という偽りの仮面を被っている。
途端、頭上から舞い落ちてくる紙に気づき、その一枚を手に取ると、海莉は僅かに口角を上げた。
<シーン:とある少女のの結婚前夜>
【配役】
少女…………アリス
少女の妹……海莉
少女の母……シスター・マーマ
貴族の新郎…ぴょん太くん
「おままごと、ね……なら、こんなのはどうかしら?」
その言葉を合図に、月の魔力を秘めたスポットライトが館内を照らし、周囲に溢れるほどの観衆が現れた。書架があった場所には緋色の椅子が並び、見目や服の異なる人々が集う様は、まるで大歌劇場だ。
『……これは……!?』
「大観衆の視線を感じるおままごとなんて、贅沢でしょう?」
『子供に過剰な贅沢は、却って良くはないのですが……「あまり我儘を言うものではありませんよ、アリスが困るでしょう」』
女の顔つきが、修道女から母親のそれに変化する。それでも、未だ鋸包丁を手に握りしめていることには変わりない。女は海莉へと視線を向けながら、けれど常にアリスを意識していた。それを肌で感じたからこそ、海莉もまた女から目を離さない。
一歩ずつ、緩やかにアリスの方へと歩を進める女。一定の間合いを取りながら、それと対峙している海莉はひとつ笑む。
「ねぇ。――この配役に、"リアル"や"シスコン""ヤンデレ"の冠詞をつけても問題ないのよね?」
『!? それはどういう――』
予想だにしなかった問いかけに、一瞬女に隙が生まれた。それを見逃す海莉ではない。大きく踏み込み、女――否、"母親"の前へと出ると、愛刀にも関わらず、それを引き摺るような不慣れな持ち方で上段に構え、一気に振り下ろした。
「お姉さまは誰にもあげないんだからぁっ!」
海莉は今や、"海莉"ではない。アリスの分する姉を極度に愛する、武器なぞ持ったことのない妹そのものだった。手にする刀は、館の装飾品。対峙するのは敵ではなく、"母親"と、"最愛の姉を奪おうとする貴族の男"。
女は頭上への一撃をどうにか躱すも、その服の裾は割け、床に布切れが散った。
『「止めなさい! 明日は晴れ晴れしい結婚式だというのに……!」』
「でも、貴族のおじさん、すっごく嫌な目でお姉さまを見てたもんっ」
『「なっ……! 私はただ、愛おしき妻となる女性を見つめていただけだ!」』
片手でぴょん太くんを動かしながら、女のもう片方の手にある鋸包丁が、スポットライトの光を帯びてぎらついた。一人二役を演じながら、女がアリスへと近づかんとしていることは明らかだ。
海莉の後方で、忙しなく走り回るアリスの靴音が響いている。まだ時間が必要だ。あの子は――"お姉さまは、わたくしが助けなければ"。
「なら、なんでそんななめ回すような目でお姉さまを見ているの!? 怪しい動きでお姉さまに近づこうとしているの!?」
『「そ、それは……愛する人の傍にいたいと思うのは、至って普通のことだろう!」』
「いいえ違うわ! 少なくとも、お姉さまは貴方と一緒にいたいだなんて思っていない! そんなの、お姉さまにとっての幸せじゃない!!」
芝居の心得のある海莉の、その抑揚のある良く通る声が館内を満たした。大きく手を広げ、顔を顰め、身体全体で妹の怒りを顕にする。
此処は図書館ではなく、大劇場。それを踏まえた演技では、女と海莉との間には埋めようのない明確な実力差があった。――今はそれがなによりも、行動の成否に現れる。
「どうせお母さまも、お金に目が眩んだんでしょ!」
『「まぁ! なんていうことを……! 私はあの子の幸せを思って決めたのですよ!」』
「それなら、お姉さまの幸せってなに!? お母さまはお姉さまの何を知っていると言うの!?」
演じながらアリスへと距離を詰めようとした女だが、一拍先に動いた海莉に行く手を阻まれる。女が台詞の呼気に合わせて繰り出した刃も、その軌跡を完全に見切った海莉に易々と躱されてしまう。
圧倒的な演技力が、女を喰らう。
憎々しげに歯ぎしりをした女は、最早"母親"であることを忘れていた。役になりきれていない何よりの証。女が絶対的に海莉に勝てぬ、何よりの理由。
「全部全部、お母さまと|パペット《その男》が悪いのよ!! ……お姉さまを犠牲になんて、させない……!」
それは、度を超えた愛に狂う妹でありながら、猟兵としての海莉の言葉でもあった。役としても猟兵としても、嘘偽りのない心からの叫びが、更に|舞台上《戦場》における運命の狭間を広げる。
『クッ……!』
破れかぶれに刀を振り回しながら、けれど確実に動きを読み切った海莉に、唯々女は翻弄された。
ひとたび動けば間髪入れずに妨害され、アリスへの攻撃も、演じることも赦されない。どうにか距離を縮められたかと思えば、海莉はダンスの足取りでアリスの手を取り、忽ち遠くへ追いやってしまう。
何もできずに、時間だけが過ぎてゆく。
女の動きが明確に鈍くなった。その涼やかな顔に狼狽の色が浮かぶ。
海莉は心から悦びながら唇で弧を描いた。眼差しに光はなく、昏く濁った双眸で睨めつける。
「ふふふふ……例えお母さまでも、絶対にお姉さまには近づけさせないわ……! お姉さまはずっとわたくしと一緒だもの!!」
幼さ故の執着と残酷さが、高らかな叫びとともに放たれた。一閃が迸り、風を纏った刃が女を遙か後方へと薙ぎ払う。
直後、海莉の背後で、明るくも強くアリスが叫んだ。
「あった……! あったよ! わたしの"扉"……!!」
大成功
🔵🔵🔵
ラップトップ・アイヴァー
《いけないシスターさんだね。
あなたの考える愉しさと、みきの考える愉しさは絶対に違う。
…お姉ちゃんならこんな時、
どんな風にこれを解決したかな。
ねえ、起きてよお姉ちゃん…
……あーもう!
Revolution!
オーバーロードを維持、年齢は元通り!
おままごとがいいなら、みきもそれに付き合ってあげるの…!
でもみきがお姉ちゃんね。アリスが妹で、シスターは母!
内容は…晩御飯の時間かな?
アリスを斬り刻む素振りを一瞬でも見せたら、飛翔の速度を活かしてアリスの前に出て、魔力を宿したリヴリーで防御。しっかり護って狂気に陥らせにくくするの。
おままごとの展開はみきが主導するね。
主導権を握らせず、楽しさで以って適応すればうまくいくでしょ…!
怖い気持ちは、確かにみきにもちょっぴりあるの。
だけど、何事も楽しいこと見失っちゃ、怖い気持ちを吹き飛ばせないから。
だから、愉しいことだけ考えて、アリスのセンセ!
怖いものは全部…読み飛ばせー!!
アリスから恐怖が完全に消えたら、今度は共に戦うの!
この優しさに溢れた剣戟を…ぶちかます!》
アリスの感極まった声に、突然悲痛な呻きが混ざる。
――嗚呼、人を喰らいたい。
「……いや……また、この声……!」
少女の裡で密やかに進行していた狂気の浸食が、再び声となって心を蝕み始める。"扉"を前に、膝から崩れ落ちたアリスの元へと駆けつけたラップトップ・アイヴァー(動く姫君・f37972)は、リヴリーの切っ先を女へ向ける。
「いけないシスターさんだね。たったひとりの女の子を追い詰めて愉しい?」
『あら、その狂気は私のせいではありません。そう……オウガブラッドであるが故の声でしょう?』
だから私は、その子がほしいのです。四肢に無数の傷をうけながらも、そう言った女の眸にはまだ諦めの色は見えない。
「でも、それを煽ってるのはあなたでしょ?」
『裡なる狂気に飲まれるか、私の手で供物となるか……どちらが先か、興味はありますから』
「……あなたの考える愉しさと、みきの考える愉しさは絶対に違う」
言い切ったその言葉に、嘘偽りはない。それでも、気配さえ感じられぬ姉へと、語りかけずにはいられない。
(……お姉ちゃんならこんな時、どんな風にこれを解決したかな。ねえ、起きてよお姉ちゃん……)
いつもなら返る声が、今はない。それでも|私《みき》は、やらねばならない。
「……あー、もう! ――Revolution!」
燻る心を振り払うように、みきが革命を告げる声を響かせた。一瞬ののちに三上・美希へと姿を転じ、髪を靡かせながら女を見据える。
「おままごとがいいなら、みきもそれに付き合ってあげるの……!」
『……それはそれは、ありがとうございます』
「でも、みきがお姉ちゃんね。アリスが妹で、シスターは母! 内容は……晩御飯の時間かな?」
『――いいでしょう』
そう言った女の身体は、既に限界を迎えていた。腕がおかしな方向に曲がり、穿たれ切られた幾つもの箇所から露出した肌と肉から、未だ濁った血が滴り続けている。
配役の書かれた紙が降り注ぐ。それが、最後の一戦の合図だった。
『「ふたりとも……そろそろ"ごはんの時間"にしましょう?」』
どこにそんな力を残していたのか、女が疾駆し、一瞬にして間合いを詰めて切り込めば、
「それなら、今日はみきが作ってあげる! お母さんは休んでて!」
みきが紫光一線の描かれた黒の刀身でそれを受け止め、弾き返す。
『「あなたには、まだ早いわ。"お肉"の用意もできないでしょう?」』
「お母さんだって、"|戦闘《料理》"が下手じゃない。お姉ちゃんも忙しいし――だから、みきに任せて!」
――主導権は握らせない。
戦場を軽やかに飛翔しながら、愉しげに声を弾ませながら、女の動きを的確に阻む。けれど、そうして女を妨害できたとて、狂気に抗えるのはアリス自身しかいやしない。
ほうら、血肉を啜りたいだろう?
穢れのない皮膚を切り裂き、その赫を引きずり出してみたいだろう?
死に際の絶叫は賛美歌のように、苦しみ藻掻く姿は名画のように美しい――そう思う気持ちが、お前にもあるだろう?
「そんな気持ちなんて、ない……! ちがう……ちがう、わたしは……!! いや……もう、やめて……!!」
悲鳴にもにた懇願に、涙が混じる。波打つ金糸が乱れ、オウガの影がぐらりと揺れた。
「――アリス! 聞いて!」
迫り来る女の攻撃を、魔力を宿した刃で薙ぎ払う。その一手は僅かでも、幾重も重ねる防御が次第に少女の狂気を和らげてゆく。
「怖い気持ちは、確かにみきにもちょっぴりあるの。だけど、何事も楽しいこと見失っちゃ、怖い気持ちを吹き飛ばせないから、だから……!」
みきが一際高く跳躍して、叫ぶ。
「愉しいことだけ考えて、アリスのセンセ! 怖いものは全部……読み飛ばせ――!!」
"アリス"として迷い初めて、初めて出逢った愉快な仲間たち。
彼らと過ごした、ささやかで不思議なお茶の時間。
世界のことや色んな物語のこと、なんでも教えてくれた内緒話。
彼らはもう、いないけれど――その愉しかった時間は、確かにわたしの中にある。
「ああああああああああ!!!!!」
アリスの、力強くも澄んだ一声が戦場に響き渡った。狂ったのではない。明らかな意志を感じるその声に、誰よりも女が真っ先に反応した。
『この気配……オウガの狂気が、変わった……!?』
女の狼狽を捉えたみきが、アリスの横に並び立つ。
「アリス! 一緒に戦うの!!」
「――うん!!」
力強く頷いた少女は、自らの意志でオウガの血を呼び覚ます。
「いっけええええええ!!!!!」
ちいさな身体の頭上に現れた巨大な蒼炎の塊から、女目がけて無数の炎が放たれる。それに合わせて、みきも再び床を蹴った。
「この優しさに溢れた剣戟を……ぶちかます!」
炎に喰われた身体の真上へと飛翔したみきが、電子の燦めきを帯びた黒刀を構えて全力で降下する。
蒼炎が爆ぜ、女の絶叫が木霊する。
偽りの夢の、終わりの音が響いて消えた。
●10冊目 ――詩人は語る――
ほんとうに、ありがとう。
猟兵たちに見送られながら深く頭を下げると、アリスは空間に佇む"扉"を開き、その先へと一歩踏み出した。
扉から溢れるひかりの中、金の髪を靡かせた少女の背がゆっくりと消えてゆく。
どこまでも晴れやかな笑顔を、彼らに残して。
「そうだ。漸く、思い出したの。わたしの名前は――」
もう"アリス"ではない少女の、その柔らかな声がいつまでも耳に残る。
どこにも綴られぬ、名も無き少女の物語。
けれどその記憶は、確かに此処に在り続ける。
大成功
🔵🔵🔵