11

🐈ぐーたらにゃんこと猫喫茶🐈

作者：西宮チヒロ

「猟兵の夏って、想像以上に賑やかなんですね」
　この場で初めての夏を迎えた蓮見・双良（夏暁・f35515）は、そう言って驚きを滲ませながら微笑んだ。銀誓館学園の夏といえば専ら修学旅行だったが、海外には行くことはあっても、世界まで超えるのは初めての経験だ。
　そして、目一杯愉しんだその結果としてグリモアエフェクトが発動したのだと添える。

「今回は、とあるUDC組織の支部にいるUDC-Pの研究協力依頼です」
　研究内容は、危険な特性を持っている可能性のあるUDC-Pの無害化。
　悪意や敵意はないものの、相手は未知なる存在。いつ何を切欠に暴走するかもわからない。そうならないよう、そして"万が一"が起こってしまっても対処できるよう、猟兵たちに協力を仰いできたのだ。
「研究対象は、『にゃんドラボックス』……平たく言えば、猫です」
　猫。
　そう淀みなく言い切った双良は、預かった調査資料をテーブルに広げた。見れば、トグル式スイッチのついた蓋付きの箱に、黒猫らしきUDC-Pが入っている。
「これは、これまでの研究で判明した『対処マニュアル』です。これを元に、より深く踏み込んで生態調査をお願いします」

　◆UDC-P『にゃんドラボックス』　対処マニュアル
　・とにかく『働きたくない』『動きたくない』という意志が強い。
　・警戒心も強い。
　・蓋を開けようとすると、目にも留まらぬ早さで閉められてしまう。
　・箱は頑丈で、物理、魔法、精神、状態異常いずれの方法でも破壊できない。
　・でも、ちょろい。

「どうやら、おやつやマッサージが好きみたいですね。それに釣られて、箱から出てくることもあるようです」
　つまるところ、箱よりも快適な場所でぐーたらできると知らせることが、まずは最初の切り口となりそうだ。
「生態調査が終わったら、研究の第２段階――模擬戦闘です」
　目的は『様々な刺激や攻撃への耐性』や『特定の攻撃に対する特徴的な反応』の確認。
　敵意はないとは言え、猟兵がなんらかの攻撃をしかければ、UDC-Pも本能に従った行動を返すはずだ。それが具体的にどのような反応か、確かめてみよう。
　それが終われば、依頼完了だ。

「現地解散なので、帰りにどこか立ち寄っても構いませんよ。丁度、駅前に猫モチーフのカフェもあるみたいですし」
　『Meow Mellow』という名のその店は、猫こそいないが、そのぶんメニューには猫をあしらった様々な軽食やデザートが並んでいる。
　例えば、肉球の焼き印つきのホットサンドや、猫型のふわふわパンケーキ。
　猫の顔を模したアイスの乗ったパフェやフロートに、色々なポーズの猫を象ったクッキーやチョコレート。
　猫型のお皿や、猫の尻尾のマドラー。食器類やカトラリーなどに至るまでも、猫に纏わるものだという。
「それと、夏季限定メニューで、かき氷もあるそうです」
　種類は、『ミルク練乳』『黒胡麻』『ほうじ茶』の３種類。
　さしずめ、白猫とハチワレの黒・灰・茶猫、といったところだろうか。それぞれ、ふんわり削った氷のうえにシロップをかけ、細く長い飴細工の髭と、瞳に見立てた２粒のあずきを添えた一品だ。
「暑さで夏バテしても大変ですし、ゆっくりしてきてはどうでしょう」
　ひんやりとした涼しい場所で、のんびりと――丸くなって寛ぐ、猫のように。

第1章 冒険 『UDC-Pの特性を更に調べよう』

POW   :    頑丈な肉体で危険に耐えつつ、UDC-Pの身体を調べる。 SPD   :    UDC-Pの危険な性質を安全に調査する方法を編み出す。 WIZ   :    危険な性質が発現する、より詳細な条件を考察する。 👑7 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

●研究第１段階――UDC-Pの特性追加調査
　箱があった。
　正しくは、『猫の形態を取ったUDC-Pが入った箱』だ。一見、何の変哲もなさそうだが、『スイッチ押すな』と書かれた張り紙や、なにより纏っている禍々しいオーラが、その箱が普通のそれではないことを知らしめていた。
「猫。ねこちゃん。もふもふ……」
　今のところ急に暴れ出すような様子もなくしんと静まりかえっている箱を眺めながら、御簾森・藍夜（雨の濫觴・f35359）の口からそんな言葉が洩れた。直後にはっとして我に返る様まで見守ると、隣で眺めていた比良坂・彷（冥酊・f32708）も微笑する。冷静沈着な男でさえ魅了する、ある意味それだけでも危険なUDC-Pと言えるかもしれない。
「しかし、何だこのマニュアル」
　貰ってきたコピーの資料を一瞥する藍夜へと、
「だらだら必須。無理矢理あけると心ぱたーん。でもひっそり構われるのが好き。……どっかにいた気がする」
　誰だっけ？　と飄々とした口調で彷が首を傾げる。
「要は毛の生えた彷か？」
「まるで俺が禿てるような言い方やめてよ」
　髪の毛どころか翼まであるのにさ、なんて他愛もない掛け合いをしながら、ふたりは思い出したかのように箱へと視線を戻した。途端、箱の蓋の隙間からほんの少し見えていたUDC-P――猫の手らしきものが、ひゅっと引っ込む。
「俺も、生物でないなら忌避されないかもと思ったが……あからさまに警戒されているな」
「じゃあ、スイッチ押すのらんちゃんね」
「って、何で俺が嫌われる方を……押すならほっちゃんが」
「やだよ。俺、猫に嫌われたくない」
　生態調査のためには、まずは黒猫を箱の外へと出さねばならない。けれど、そうすれば相手へと悪印象を与えることは確実だ。猫好きにとっては、まさしく自殺行為とも言えよう。
　そしてそれが明確にわかっている以上、ふたりに譲り合いの精神はこれっぽっちもなかった。
「ほっちゃんおい、じゃんけんしろ！」
　シンプルながら手っ取り早い解決策を提示する藍夜に、「えー」と一旦はごねながらも、彷も渋々承諾する。
「じゃんけーん――」「じゃーんけん……」
　――ぽん！
「ああっ！　何で。何でこんな時に負ける！　俺！」
「あははは」
「くそう、ええいどうにでもなれ！」
　半ば投げやりになりながら、藍夜は隙を突いて、猟兵ならではの素早さでスイッチをONにした。

　しゅぱっ。
　ぱたん。
　し――――ん。

「……閉まったんだが」
「あははははははははははは」
「開かないんだが……！」
「あははははははははははは」
「おい、こら彷！　笑っている場合か！」
「え。そいつ名前が彷なの？　わーお揃い」
　白々しく返しながら、口許を隠すように手で覆う。堪えようと思っても、ついつい笑み声が洩れてしまう。
「……あー面白い」
「笑いすぎだ」
「ごめんごめん。ね、次は俺がおやつ構えてるから押して」
「また俺か！？　……まったく、しょうがないな。いくぞ」
　二度目の正直と言わんばかりにスイッチをONにしてみると、またもやちいさな黒い手がしゅぱっと出て――そこで止まった。暗闇でもきらりと光る紫紺の眸は、彷の掌にある鰹に釘付けのようだ。
「ほらカツオ。あげるから、おいで」
　摘まんだ一片をひらひらと揺らせば、黒猫の視線も一緒に動く。その隙に藍夜が蓋をそっと開ければ、鰹を見つめたままの黒猫の全身がお目見えした。
「あらしっぽ包帯、お洒落？」
　優しい声音で言いながら、頭をひとつ撫でる。次いで喉を優しく指で掻いてやれば、黒猫は嬉しそうに眸を細めて喉を鳴らしながら、美味しそうに鰹を食んだ。その慣れた様子を眺めていた藍夜が、己の両手へと視線を落とす。
「……彷」
「んー？」
「猫って、手袋してても平気か？」
　問われ、彷も男の視線の先を辿る。常日頃からつけている藍夜の黒い手袋と似たものを、己も着けたことがあった。
「……多分、俺も似た理由でしてたよ。手袋」
　直接理由を聞いたことはない。けれど、これまで交わしてきた数多の会話が、ひとつの答えを想起させる。
「外しちゃいなよ」
「え？」
　何気なく言った彷の声に、藍夜は短く返しながら瞠目した。
「いや……その、取れって……だって、その、」
「外して撫でるとさーあ、猫ってあったかいの」
「猫あったかいのか？　俺、体温低い方らしいんだが……」
　言い淀む藍夜にくすりと微笑を浮かべると、彷は己の翼から羽根をひとつ抜いた。「箱からはでないのかなァ？」言いながら、風に舞うように揺らしてみる。
「ほーら、こっち」
　黒猫の視線を上手く奪うと、そのまま羽根を持つ手を藍夜の前へとゆっくり動かす。本人も知らず知らずの内だろう。釣られてそろりと箱から出ると、黒猫は藍夜の正面へとやってきた。ちょうど仔猫ほどのちいさな身体が、ちょこんと机に載っている。
「ほら、出てきたよ」
「……お、俺が触って大丈夫なのか？」
「取って食うわけじゃないでしょ？」
「それは、そうだが……。……よし」
　藍夜は意を決すると、無意識に握りしめていた掌に気づいて、一度深呼吸をした。緊張は払いきれぬものの、どうにか力を抜いて指先でそっと触れてみる。嫌がる様子がないことを確認すると、そのまま静かに抱き上げた。
「……！　うわ、わ、ふ、ふわふわしてる！」
　ふわりとした毛並み越しにじんわりと伝わる、やや高めの体温。どこか陽だまりのような心地良いぬくもりに、自然と口許も緩む。
「猫って、あったかいし柔らかいんだな……」
　藍夜を仰ぎ見るその双眸に、もう警戒の色はなかった。ちいさな背をぐんと伸ばし、こつんと鼻を近づけて甘えている。
　黒猫の一挙一動に慌てるそんな藍夜の姿にくつくつと笑み声を立てると、
「――猫は、好きな人の元にしかこないんだよ」
　彷は誰へともなく、そう独り言ちた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　箱があった。
　その箱のちょうど正面にある、トグル式スイッチらしきもの。そこにちょこんと添えられた黒い前脚へと、御園・桜花（桜の精のパーラーメイド・f23155）は深々と頭を垂れた。
「お猫さま……下僕が参りました、是非遊んで下さい」
　常日頃からお猫さまの下僕たる桜花のその所作に、一切の淀みはない。パーラーメイドとしての経験も相まって、完璧なお辞儀の角度だった。「お猫さまとのふれあい感謝デー……うふふ」と、そんな本心は洩れていたが。
　かくも渾身の初手に、箱はまったくもって無反応だった。試しに猫じゃらしも振ってみるが、それもまた反応がない。
　けれど、そんなことは想定内。この程度で容易く開いてしまったら、今日のために用意した作戦が無駄になってしまう。
　桜花は愉しげに眸を細めると、愛用の鉄扇を取り出した。桜の精らしく桜の花弁が刻印されたそれを構えて、スイッチを見据える。
「其れでは方針も固まりましたので、シャイなお猫さまを観察し隊の活動を始めようと思います」
　まずは、作戦その１。
　――ぽちっ。

　しゅぱっ。
　かきん！
　ぱたん。
　し――ん。

「む……さすがお猫さま。一筋縄ではいきませんね」
　開いた瞬間に繰り出した鉄扇は僅かに遅く、小気味の良い金属音を響かせながら蓋に弾き返されてしまった。鉄扇をストッパー代わりにできればと思ったが、相手もなかなか手強いようだ。
　しかし、桜花にとってはそれも些細なこと。はなから一度で成功するとは思ってはいない。むしろ、箱から引っ張り出せるまで、挫けることなく何度でも挑戦する気概は十分だ。
　きらりと瞳を光らせると、桜花はとっておきの秘策を取り出した。
　数多の猫を魅了する、その名も――『またたび』！
「お猫さま、行きますよ……！」
　――ぽちっ。

　しゅぱっ。
　ぽいっ。
　……ぱたん。

　蓋はふたたび閉まった。が、それは黒猫の意志というよりも、物理的に引力で閉まっただけだということを、誰よりも桜花は確信していた。
　そう、桜花は初回の挑戦の際に、黒猫のスピードを完全に把握していたのだ。それがわかればあとは簡単。それ以上の早さで、秘策『またたび』を中に放り込めば良い。
　更に、策はそれだけではない。またたびに意識が奪われたその隙に、桜花は眠りをもたらす技も放っていた。
　またたびが本命と見せかけて、二重の策を講じる。これも熟練の猟兵のなせる技と言えよう。
「……さて、どうでしょう……？」
　箱にそっと顔を近づけて、聞き耳を立てる。薄ら聞こえてくるすぴすぴという愛らしい寝息にひとつ微笑むと、桜花は静かにスイッチを押した。無論、蓋は抵抗することなくあっさりと開く。
　箱の中には、丸くなって気持ちよさそうに寝ているちいさな黒猫がいた。UDC-Pではあるものの、こうして見ていると唯の仔猫と変わりはない。
　桜花はそのまましばらくまじまじと観察する。嬉しそうに緩む口許。たまにぴくぴくと動くお鼻やお耳。良い夢でも見ているのだろうか、包帯が巻かれた長い尻尾が、時折ぱたぱたと揺れている。
　十分観察を満喫し終えた桜花は、起こさないようにそっと抱えて黒猫を箱から出した。両の手に収まるくらいの大きさに、また胸がときめいてしまう。
「か、可愛いです……！」
　それでも自分は下僕だ。歓びに浸っているばかりではいけない。桜花はきりりと顔を引き締めると、膝に乗せた黒猫にそっとブラシを通し始めた。慣れた手つきで毛を梳いていくと、仔猫も眠ったまま背を伸ばしたり丸まったり。ごろんごろんと心地良さそうだ。
　そうして数分後、
「ふふ、お目覚めですか？　なら、おやつにしましょう」
　薄らと開かれた紫色の双眸に笑顔を向けながら、ふにゃりと半開きになったちいさな口許へ、とっておきの小魚を入れてみる。途端、はむはむと一心不乱に食べ始めた様子に、桜花も一層眦を緩めてゆく。
　――これならきっと、猫じゃらしも愉しんでもらえるはず。
　そう二度目の確信を得ると、桜花はもう一度、猫じゃらしをふわりと振った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　箱があった。
　言葉はなくとも、頑なに『我、開けはしまい』と主張しているかのような唯ならぬ雰囲気を、クーナ・セラフィン（雪華の騎士猫・f10280）も確りと感じ取った。
「さてと……うん、これは骨が折れそうだ」
　餅は餅屋ならぬ、猫は猫妖精とでも言おうか。恐らく実際に扱う言語も違うだろうが、なんとなく近しいものを感じる。ような気がする。
　先程までちらりと見えていた眸も、視線が合う前に蓋を閉じられてしまった。これは地道に挑むしかなさそうだ。
（まぁ、色々頑張ってみるかにゃー）
　意を決すると、クーナは近くの支部職員に声をかけた。
　箱の周囲を観察してみたが、通気口のようなものは見当たらない。ならば、中は相当換気が悪いだろう。
　逆を言えば、外の方が快適な気温だと思わせられれば、自ずと出てきてくれる可能性がある。
「ちょっとこの部屋の室温、下げて貰えるかな？」
「はい。構いませんよ。何度くらいにしますか？」
「そうだなー……じゃあ、２５度くらいで」
　おおよそ一般的であろう最適温度を指定すると、職員は快くエアコンを操作した。しばらくすると、猟兵でもより心地良いと思える室温に変わってゆく。
　そうしてすこし経ったとき、カタン、と箱が動いた。続いて、注視していなければわからないほどほっそりと箱の蓋が開く。どうやら、箱の厚みを超えて室温の変化が中の猫にも伝わったようだ。
　それを見留めたクーナは、手早く荷物から次なるアイテムを取り出した。
　世間の猫を魅了してやまない、定番かつ至高――しかも、今回のために特別に用意した高級版の――のチューブ型猫用おやつ！
　猫妖精たる自分は然程惹かれはしないが、どうにも飛びつきたくなるような気配はする。ような気がする。
　それをすこしずつ袋から絞り出しては、箱の外のテーブル上に等間隔に置いていく。
　ちょろりと垂らしては離れ、垂らしては離れ。決して意図的ではなく、感心もないような素振りで。けれど、気づかれぬように箱を観察しながら。

　……キィ。

（――開いた！）
　ちらりと見た箱の蓋の隙間から、ちょこんとちいさな黒い前脚が確かに出ていた。次いでじわりと蓋が開き、つぶらな紫色の双眸が辺りを窺う。
（まだ……まだ、興味なさそうなふりで……）
　今反応してしまっては、恐らくまた箱へと隠れてしまうだろう。だからこそ、黒猫が外も安心できる場だと認識するまで近寄ってはいけない。
（……向こうが手を出してくるまでの我慢……！）
　室内は適温なのに、じわりと汗が滲むような心地になりながら、クーナはすこし離れた場所でこっそりと様子を見守った。
　にゅっと伸びた前脚が、箱の外へと出る。次いで、蓋の隙間からちいさな頭がお目見えする。そのままするりと音もなくこっそり外へと身を出すと、一番手前にあったおやつをぺろりと舐めた。

『みゃ！』

　なんとも嬉しそうな一声に、クーナは心中で両手を挙げた。
　余程お気に召したのか、ぺろり、またぺろりと、１ヵ所ずつおやつを舐めながら近づいてくる黒猫。
　その愛らしい仔をクーナが抱き上げるのに、そう時間はかからなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　箱があった。
　それがどれ程に恐ろしいものか、神宮時・蒼（追懐の花雨・f03681）は十分過ぎるほどに知っていた。
　中に入っているのは、UDC-Pたる猫。しかも、聞けば仔猫だという。
（……ねこというだけでも、恐ろしい、のに……こねこさん、だなんて……！）
　唯でさえ愛くるしいのに、更に"ちいささ"が加わってしまっては、最強としか言いようがない。それほどまでの強敵を、どう攻略すれば良いというのか。むしろ、負けてしまっても――。
　そこまで思い至ったところで、こほん、と蒼は咳払いをした。いけない。ちゃんとお仕事をしなければ。そう心を強く持ち、改めて箱と対面する。
　とにもかくにも、まずはスイッチを押してみなければ始まらない。
　幸い、何度でも挑戦はできるようだ。幾度か試しながらやってみれば良いだろう。
「……これ、でしょうか」
　言いながら、箱の蓋の隙間から見えるトグル式スイッチをONにしてみると、

　しゅぱっ。
　ぱたん。

　目にも留まらぬ早さで猫の手と思しきものが出てきたと思ったら、あっという間にスイッチがOFFにされてしまった。一瞬の出来事に、思わず数秒、蒼の刻が止まる。
「……はっ。もしや、ねこさんが、蓋を、閉めて、いるの、でしょうか」
　――あの、ふわふわ、ふかふかの、肉球で？
（あ、可愛い……）
　その答えに辿り着いた瞬間、あまりの愛らしさに、悶えてしまうほどに胸がときめいてしまった。なんという凶悪な魅力。このままでは、本当に負けてしまいかねない。
　蒼は蕩けてしまいそうな心地をどうにか静まらせると、こほん、ともう一度咳払いをした。焦らず、ゆっくり。そう心中で唱えながら、箱の様子を観察する。
　数分見守ってみたが、どうにも反応がない。警戒心が強いとは聞いていたが、かなりのようだ。
　ならば、と蒼も長期戦の覚悟を決める。
（匂いの、強い、おやつを、持って……箱から、出てくるのを、待ちましょう）
　おなじみペースト状のものに、小魚。飛び散らないよう、ネットに入れた鰹節。
　それらを掌に乗せたり、摘まんだりしながら、蓋がすこしでも開いたらすかさず近づける。それを根気良く繰り返していると、いつの間にか黒猫の身体は半分ほど箱から出てきていた。
　それに気づいた蒼は、静かにそっと箱から離れた。
（ねこさんが、近付いて、きても……素知らぬ、ふり）
　姿を見ただけで魅了されてしまいそうになる相手を前に、今一度しっかりと自分に言い聞かせる。仲良くなれたと思って近づいたら、離れてしまう。それが猫というものだ。油断はならない。
　長いこと手に持っていたからだろうか、何も持っていない蒼の手にそろりと鼻を近づけた黒猫は、すんすんと匂いを嗅いだ。
「……おやつ、食べます、か？」
『みゃぅ』
　じっとこちらを窺う紫の双眸にはまだ警戒心が滲んでいるものの、それでも返事をしてくれたということは、すこしは心を許してくれたのだろう。
　蒼は微笑みながら心の中でちいさく安堵すると、おやつを乗せた掌を差し出した。様子を窺いながらも、ぺろりと舐めてくれた黒猫に、益々相好が崩れてしまう。
「……撫でても、いい、でしょうか？」
　何事も、まずは声をかけてから。
　そう思いながら尋ねてみると、黒猫は返事のかわりにごろりとその場に寝転んだ。逃げる様子のないことを確認した蒼は、ゆっくりと指を伸ばして、耳の付け根や背中を慣れた手つきで掻いてゆく。
　ごろごろごろ。ごろごろごろ。
　気持ちよさそうに喉を鳴らす黒猫に、蒼はたまらず破顔する。
（……抱っこ、しても、怒られない、でしょうか）
　嫌がるようなら、我慢して様子の観察に徹しようと思うが、そうでないのなら――。
　疼く心のまま、そっと両腕の脇に触れて持ち上げると、黒猫は暴れることもなくそのままきょとりと蒼を見つめた。包帯の巻かれた尻尾を見れば、ぴんと立っている。
　それは、黒猫も歓んでいる何よりの証。
　身体を支えるように、もう片方の手を添えて抱きかかえると、円らな紫の瞳と目が合った。そのまま服に爪を立てて登り始めたやんちゃな仔にひとつ微笑むと、蒼はその前脚に触れて服から離す。
　ふに。ふにふに。ふにふにふに。
（ここが、天国、でしたか……？）
　肉球のふんわりとした感触に、今日一番の幸せを噛み締めながら、
「……やっぱり、ねこさんは、可愛い、ですね」
　蒼は、そのちいさな背中を優しく撫でた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

第2章 集団戦 『にゃんドラボックス』

POW   :    しゅぱっ（スイッチが奥に引っ込む） 非戦闘行為に没頭している間、自身の【箱の中に引き篭もり、トグル式スイッチ】が【OFFになる。スイッチを引っ込めて】、外部からの攻撃を遮断し、生命維持も不要になる。 SPD   :    しゅぱっ（音速を超えるスイッチOFF） レベル分の1秒で【スイッチを瞬時にOFFにする神速の行動】を発射できる。 WIZ   :    しゅぱっ（しかし箱から伸びてきた手でOFFに） 【スイッチON以外絶対に開かない箱】を披露した指定の全対象に【トグル式スイッチをONにしたいという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。 イラスト：あおくら 👑11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

●研究第２段階――模擬戦闘によるUDC-Pの無害実証
「うーん……」
　一度は安心させておきながら攻撃をする。
　研究とはいえ、場合によっては騙し討ちと受け取られかねないその行為に、クーナ・セラフィン（雪華の騎士猫・f10280）はあまり気乗りがしなかった。
　だが、これも任務。猟兵として成さねばならない仕事だ。腹を括るしかあるまい。
「できるだけ痛くないようにするからね？　ちょっとばかり協力お願いします……！」
　様子を伺いながら、早速――先程よりも無性に押したい衝動に駆られるが、これもまた黒猫の技によるものなのだろうか――トグル式スイッチをONにする。

　ぽちっ。
　しゅぱっ。
　ぱたん。

　相変わらず、押されたスイッチをOFFにするまでの所作に淀みがない。これは中々の手強さだと実感したクーナは、ならばと次の手に移る。
　――箱から出たがらないならば、出ようとした瞬間に、箱自体が動いたらどうなるか？
（咄嗟に、安全を求めて引っ込むと思うんだけど……さて、どうかにゃー？）
　万が一のために、と鎮静化用の装置も床に設置をしておく。これで、なにか危険な兆候があっても箱が跳ね上げられるはずだ。
　そうして、猫目をすこし細めてじっと箱を見つめながら、慎重に再びスイッチを入れてみる。

　ぽちっ。
　そこからすかさず箱をがしっと掴み――そぉいと放る！

　ばちんっ！
『み゛ゃ――――――っ！？！？！？』

　聞くからに痛そうな音とともに、黒猫の細くて高い悲鳴のような鳴き声が響き渡った。
　どうやら、スイッチをOFFにはしたものの、急な浮遊感に驚き、前足を引っ込めるタイミングが遅れたようだ。慌てながらも箱を受け止めたクーナが見ると、蓋に挟まれたままちょこんと出ていた前足が、ようやくしゅぱっと引っ込んだ。
「ご、ごめんごめん……！　じゃあ、ちょっとおやすみしようか」
　宥める声とともに、白い薔薇の花弁が舞い、ふんわりと甘く優しい香りがあたりに満ちる。
　しんと静まり返った箱を見るに、箱越しでもどうやら眠りを誘うユーべるコードは有効らしい。それがわかっただけでも、有事の対策としては十分だろう。
　しばらく変化がないことを確認すると、クーナはそっとスイッチをONにした。抵抗されることもなく開いた蓋の中、愛らしい鼻息を立てながら丸まっていた子猫が、幾度か瞬きながら目を覚ます。
「不安にさせちゃったかもだね。ごめんね」
　じろりと怪訝そうな眸へと心からの謝罪をすると、もう気にはしてはいないという風に、先程挟んだ右前脚をぺろぺろと舐め始めた。
　とはいえ、クーナとしてはまだ裡に心苦しさが燻っていた。だからこそ、唯の猫ではなく、UDC-Pでもなく、ひとりの"存在"へ心から紡ぐ。
「それと……協力してくれてありがとう」
　言葉が通じているのか、いないのか。それはわからないけれど。言いながらクーナが差し出したおやつを、
『みゃっ』
　そう愛らしく鳴いた黒猫は、幸せそうに一口食んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「彷」
「やだ」
「まだ何も言っていないが」
　名を呼んだだけで拒絶された御簾森・藍夜（雨の濫觴・f35359）は軽く息を吐くと、視線だけで比良坂・彷（冥酊・f32708）へと問いかけた。
「俺はこの仔、殴りたくねぇ。らんちゃんに殴られてションボリする仔猫を慰める役のほうがいい」
　まるで子供めいた台詞に藍夜は、今度は明らかにそれとわかる溜息を洩らした。
「……また俺を嵌めるつもりか、彷」
　猫騙そうとしてる癖に、と続けかけた言葉を途中で止めると、藍夜は改めてその摩訶不思議な箱を眺め見る。
「……というか、この箱頑丈な」
　――物理、魔法、精神、状態異常のいずれの方法でも破壊できない。
　そう聞いてはいたが、実際にそれを目の当たりにすると驚きを隠せない。ここまで頑丈なら、いっそのこと――。
「……猫でてこねぇ……スイッチ……スイッチ押さないと……押さないと……」
「あー彷、彷、ちょっと……」
　どうやら、気づかぬうちに『にゃんドラボックス』の攻撃を受けていたようだ。箱を凝視した彷は、まるで音の出るボタンに熱中する子供のようにスイッチを連打している。
「だって、俺のユーベルコードは引っかかれて発動だからさ。実験のためにも、押さないと」
「とはいえ、ずっとそれをやっているわけにも……ああ、そうだ。じゃあ、ちょっと試しても良いか？」
　言って口端を上げた藍夜に、彷が怪訝そうな視線を向ける。
「……それって安全？」
「いや、少しくらい俺は使い物にならなくなるかもしれん」
「ちょっと何する――」
　物騒な返事に彷が焦りの色を見せるものの、
「許せよ」
　そう短く詫びた瞬間、無数の弾丸が箱目がけて一斉に放たれた。月光の力と絶対零度の冷気が生み出す弾道が、忽ち部屋もろともあたりを凍てつかせる。
「わー？！　なに全力出してんの？！」
「い……いい。気に、するな……。死に、そうだが……問題ない」
「死ぬって！　問題大ありだから！」
　本気なのか冗談なのか皆目見当もつかない返しに、彷は思わず声を荒げて突っ込んだ。
　問題ないと言った当の本人は、技の代償として月光の魔力のみならず体温と心拍数まで奪われ、がたがたと震える身体で必死に堪えている。猫のために自分をも犠牲にする、これが尊き男の姿だ。
「！　そうだ、箱は――って開いてねェ！！」
「そりゃ、あ……遮断される、前提で、撃ったから、な……」
「ますます何で撃ったんだよそれ！！」
　自身も凍えそうになりながらも、反射で突っ込んでしまう。最近、藍夜のことを理解できはじめたと思っていたが、気のせいだったのかもしれない。少なくとも、今のこの状況はどうしてこうなったとしか言いようがない。
「夏だからコートなんて持ってないし、とっとと猫ちゃん出てもらわねェと……！」

　ぽちっ。しゅぱっ。ぽちっ。しゅぱっ。ぽちっ。しゅぱっ。ぽちっ。しゅぱっ。ぽちっ。しゅぱっ。ぽちっ――。

「あっ！　開いた！」
　彷が悴む指先で必死に押していれば、流石の猟兵の連打スピードにはついて来られなかったのか、にゅっと箱から伸びた黒猫の前足はスイッチを掠めた。そのままころりと箱から転がり出たちいさな身体をひょいと抱き上げると、肌の触れた部分からじんわりとぬくもりが伝わってくる。
「……いいな。彷、いいな」
「ね、らんちゃんも毛皮であたためてやってよ」
『みゃー』
　そう言いながら――途中、あたたかい腕の中から出たくない黒猫が、爪を立てて必死に抵抗したりもしたが――抱き上げた黒猫を藍夜へと向けると、
「うっ、猫……もふもふ」
　危うく寒さに意識を失いかけていた藍夜の眸がカッと見開かれた。
「猫、俺、触る」
　弱々しい力ながらどうにか手袋を外して、彷から預かった黒猫の背中へと顔を埋めると、ふわりとした天鵞絨のような毛が頬に触れた。そこからじんわりと伝わるあたたかさが、凍るほどの心身をゆっくりと溶かしてゆく。

　――そうして、どうにか落ち着いた数分後。

「ねぇ、鰹とササミどっちが好き？」
『みゃ！』
「にくきゅう何色？」
『にゃぅ』
「箱の中は快適？」
『みゅー』
「……何だその質問」
　自身の膝の上で丸くなっている仔猫へ語りかける男へそう尋ねると、
「うるせェな。他に何聞けばいいんだよ」
　口を尖らせた彷に、藍夜もまた幾度目かの溜息を漏らした。
　先程の仔猫の必死の抵抗で、軽く負傷でもしたのだろう。どうにか技を発動した彷だったが、肝心の『対象への質問』の内容に、今度は藍夜が突っ込まずにはいられなかった。
「じゃあ……大切な弟が女性なんですが、どう接すればいいですか？」
「ちょっとおっさんくさ……いや待て。弟が女性って何だ？」
「あれ、言ってなかったっけ？」
　きょとんと瞬く彷に、「いや？」と藍夜も頭を振る。
「どういう……？　弟は男でない……？」
「｜元《前世》は兄弟だけど、今は赤の他人の知り合いの女の子」
「あ……あー、そうかあ？」
　猟兵ならば、ひとつやふたつ複雑な過去を持っていてもおかしくはないが、それにしてもややこしい。それでも関係性を理解した藍夜は、最初の質問へと話題を戻す。
「いや、寧ろ普通に接すれば……」
「普通かー……」
　語尾に迷いを残しながら、考えること数秒。
「……重いのなんとかしたい」
「あー……」
　重いという自覚はあったのか。いや、なんとかしたいと思っていた方に驚くべきか。
　そんなことを考えながら、藍夜は膝上の仔猫を撫でながら眸を細めた。
　伝えるべきは、至極簡単なこと。

「俺やおっさんと喋るみたいに笑ってろ」

　あれやこれやと思い悩めば悩むほど、それが表情に、言動に出てしまうものだ。それでは、彼本来の良さまで殺しかねない。
「身構えるな、身構えられるぞ。いつもの適当な彷が一番だろ？　――なあ、タマ」
　そう言った藍夜もまた、いつもの微笑みを湛えていた。三人で馬鹿な話をしているときのような自然体の姿に、彷の口許も知らず緩む。
　いつもの、適当な自分。
　それを彼女の前でもできるかどうかは、わからないけれど。
「それタマ？　それとも――」
　返した声は、いつもの彼らしさが滲んでいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

「おっ……お猫さまに攻撃っ？！」
　猫を愛して止まない、いや、寧ろ猫の下僕と言っても全く過言ではない御園・桜花（桜の精のパーラーメイド・f23155）が、恐れ戦きながら研究員の言葉を反芻した。あまりのことに、声まで裏返ってしまった。
「そんな……そんな……」
「む、難しそうでしたら他の方に……」
　青ざめた顔のまま声を震わせる桜花。そんな彼女を気遣うように職員が声をかければ、
「でき……でき……出来ますけどっ」
「できるんかい！　――いえ、できるのなら良かったです」
　断言した桜花に、研究員から間髪入れずにツッコミが入った。ごほん、と誤魔化すように咳払いをすると、研究員は「ではお願いしますね」と言い残して足早に去っていく。

　その背を見送りながら、これまでの研究結果を改めて脳内で整理する。
　またたびは、有効。
　睡眠も、有効。
　どちらも一般的な猫の特徴と合致している。――ならば、"アレ"にも強い反応を示すに違いない。
　そう算段を立てながら口角を上げると、桜花は早速準備に取りかかった。
　まずは、数人の研究員にも手伝ってもらい、室内の壁や床を覆うようにビニールシートを広げる。
　加えてユーベルコードで生み出した樹木で簡易迷宮を作り、念のための二重防壁とした。これで、防水対策は完璧だろう。
　次いで用意したのは、幼児用プールだ。
　手早く水着に着替え終えた桜花は、足踏みポンプでしゅこしゅこと空気を送り込むと、確りと膨らんだプールを部屋の中央に置いた。その中へホースで水をなみなみと注ぎ、『にゃんドラボックス』をそっと入れてみる。
「あ、浮きました！　箱が軽いのか、もしくは箱自体が浮力を帯びているのか……それとも水に対する抵抗か」
　幾つかの可能性を呟く桜花だが、勿論これが研究の目的ではないことは明らかだった。寧ろ、最初は何をするのかと見守っていた研究員たちだったが、流石にここまで来ると嫌でもわかる。
「――では」
　きらりと眸を燦めかせた桜花は、猫用シャンプーを握りしめながら、見守る皆が辿り着いたその答えを高らかに宣した。

「さあ、お猫さま！　一緒にキレイキレイ致しましょう！」

　程度の違いはあれど、一般的に猫は水を嫌う。
　それを重々承知のうえで、自らもプールに入った桜花は、片手に桜鋼扇を構えたままトグル式スイッチを高速で連打し始めた。
「――今です！」
　ざしゅ。
　一瞬の、それは絶妙のタイミングだった。
　蓋が閉まる直前に扇を箱へと突っ込まれた猫は、慌てて箱ごと浮遊して逃亡を図るが、そんなことは想定内だ。そうはさせまいと箱をがしっと掴むと、桜花はがたがたと振動する箱の隙間にホースを差し込み、容赦なく放水する。
「お猫さまならお水も嫌いな筈……！」

『み゛にゃ――――――――っ！！！！！』

　甲高い悲鳴のような鳴き声が響き渡ると同時、箱の蓋が開き、ものすごい勢いで黒猫が中から垂直に飛び出した。がじがじと宙を掻くように四つ足をばたつかせると、そのまま再び垂直に――桜花の腕の中に落下する。
『ふぎゃ――――――――っ！！！！！』
「あいたっ！　いたたたたたたたたっ！　ちょ、お、落ち着いてくださいお猫さま！」
　抱き止めようとした桜花に盛大なひっかき傷をお見舞いすると、仔猫は強靱な爪を立てながら必死の形相で腕をよじ登り、肩を踏み台にして大きくジャンプした。そのままプールの外へと着地し、劣らぬ勢いで壁端まで走って隅の方で身を縮ませる。
「お……お猫さまぁ……」
　ひっかかれて愕然としながらも、ぱたぱたと駆け寄ってはみたが、
『ふしゃ――――！！！！！』
　誰が見ても、黒猫はかなりのお怒りだった。耳を伏せ、ぎんっと双眸を釣り上げ桜花を睨めつけている。
「しょ、しょんなぁ～。見捨てないで下さいまし、お猫さまぁ！」
　涙声で懇願しながら、とっておきの猫用おやつを幾つも差し出す桜花。
　平身低頭でお詫びをするも、仔猫の機嫌が直るのにはもう少し時間がかかりそうだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　――猫へ攻撃せよ。

　猫好きにとって、それはなんと難度の高い指令だろうか。
　シンプルながらも抵抗感を拭いきれない依頼を前に、神宮時・蒼（追懐の花雨・f03681）も例に漏れず困惑していた。
「……ねこさんと、戦うなんて………」
『みゃぅ？』
「……ねこさん……！！」
　多少気を許してくれたのだろう。箱からちらりと顔を覗かせた黒猫の仕草に、もう今日何度目かもわからないが胸を鷲掴みにされた蒼は、
「……精一杯、手加減、頑張る、です」
　そう言って、縋るように箱を抱きしめた。

「えっと……とりあえず、箱を攻撃してみましょうか」
　どんな方法でも破壊できないと聞いてはいるが、箱自体が強固なのか、それとも中の猫が箱を護る行動に出るのか。そのあたりが気にかかる。
「じゃあ――えいっ」
　ぺちっ。
　意を決して放った弱めの弾幕は、箱に当たったと同時にちいさく爆ぜた。
「……箱、壊れて、ません、よ、ね？」
　煙が静まるのを待って目視するも、外装には傷ひとつなかった。箱自体が動いた様子もない。ということは、箱自体がかなりの強度があるようだ。
「ん……なら、属性攻撃はどうでしょう」
　火や水といった類いに反応をするだろうか。耐火・耐水まで備えているとしても、どれほどのものだろう。
　疑問を確かめるように、ちょろりと属性攻撃を放ってみるも、やはり箱はびくともしないし、動きもしない。"働きたくない"、"動きたくない"という強い意志が伝わってくるようだ。
「最後は……ねこさんを、攻撃する、しか……ないでしょうか」
　耐性と、"箱への"攻撃に対する挙動は確認できた。
　ならば、あとは本体――猫自身への攻撃も試すのが正攻法だとは思うが、
「……やっぱり、ねこさんを、攻撃するのは、胸が、痛み、ます、ね」
　言いながら胸元の服をぎゅっと握りしめた蒼は、どうにか腹を括ると箱へと向き直った。
　このお詫びは、終わったあとに精一杯しよう。
　おやつも献上して、うんと甘えてもらおう。
　だから――今だけ。すこしだけ。
　ぎゅうと閉じていた双眸を静かに開くと、蒼は箱のスイッチをONにした。忽ち黒い前足がにゅっと伸びて、再びOFFにされる。
　それでもめげずにONにすれば、またOFFにされる。
　ON、OFF。
　ON、OFF。
　最早、仔猫の技に掛かっているのか、己の意志なのかわからない勢いで、ひたすらにスイッチを押す。
「つ……疲れてきました……あっ」
　瞬間、一歩先んじた蒼の指が、閉まりかけた蓋を掴んだ。そのままゆっくりと開けると、再び黒猫がするりと外へ姿を現す。
　その機を逃さんとばかりに、蒼は弱めの弾幕を再び放った。もし万が一が起こってしまったときは、冬花庇護ノ舞の旋風で止めるしかあるまい。猫は愛くるしいが、人を傷つけてしまうようなことは避けねばならない。
「……攻撃を、追いかけたり、するのでしょうか……」
　慎重に。勢いを殺して、ゆっくりと。誘導するように弾幕を繰ってみると、仔猫は釣られたようにそれを追いかけ始めた。そうして掴もうと伸ばした前足が弾幕に触れ、ぺちん、と音を立てる。
『み゛ゃ！』
「ご、ごめんなさいです……！」
　短く鳴きながら後退った黒猫を、蒼はたまらず抱きしめた。吃驚を滲ませながらも窺うように見上げる双眸に、蒼は申し訳なさそうに柳眉を寄せる。
「……ねこさん、ごめんなさい、です」
　もう、痛くしませんから。
　そう零しながら額を撫でれば、眸を細めた仔猫の喉がごろりと鳴った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

第3章 日常 『駅の近くの』

POW   :    がっつり食べられそうなパスタやカレーライスなどを頼む SPD   :    窓際の席でコーヒーや紅茶を一杯 WIZ   :    頭脳労働には甘いもの、お店おすすめのケーキセットに舌鼓 👑5 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

●Meow Mellow――仔猫の鳴き声のように、幸せな甘さを
　賑やかな駅前の雑踏も、ひとつ路地を曲がればいつの間にか消えていた。
　変わりに現れたのは、穏やかなせせらぎを湛える小川と、煉瓦造りの遊歩道だった。川沿いに飢えられた木々は桜だろうか。春には美しい桜並木を見せてくれるであろうそれは、今は残暑の陽射しを遮り、心地良い木陰を生み出してくれている。
　数分歩いた先に、『Meow Mellow』と書かれた、猫の顔の形をした木製のプレートを見つけると、キアラ・ドルチェ（ネミの白魔女・f11090）は小走りに駆け寄って扉を開けた。次いで、神臣・薙人（落花幻夢・f35429）も視線を巡らせながら店へと入る。
「わ、お店の中、猫てんこ盛りー！？　可愛すぎませんか薙人さんっ！？」
「これは……本当に猫尽くしですね」
　いらっしゃいませ、と店員に声を掛けられながら、案内された窓際の席へと座る。ふと見れば、陽を透いた生成りのカフェカーテンにも、猫のシルエットを描いた刺繍が施されていた。
「はっ！　見てください！　ここにも猫ちゃんが！」
　キアラは言いながら、店名と猫のシルエットの焼き印が押された木製のメニューブックを薙人へ見せる。
「そんなところにまで……猫モチーフのカフェは初めてですが、お誘いいただいた甲斐がありました」
　ありがとうございます、と添えれば、いえいえどういたしまして♪　笑ったキアラに、薙人もまた眸を細めた。聞けば、皿やマドラーまで猫にちなんだものらしい。どんなものか想像するだけでも、なんだか胸が弾んでくる。
「メニューもぷりてぃーすぎますっ♪　どれ食べよ……」
「キアラさんは何を頼まれますか？」
「うーん……どれも可愛いし美味しそうだし、迷っちゃいますね」
　丸みを帯びたフォントで綴られた料理名の隣に、その見目を描いた手描きの絵が添えてある。猫型のパンケーキや、クッキー、チョコレート菓子。愛らしい猫の耳まで再現したアイスの乗る、フロートやパフェも捨てがたい。
「薙人さんは？」
「私は折角なので、夏季限定メニューのかき氷を。黒胡麻が美味しそうですから、それをお願いしようかと」
「あ、じゃあ私もかき氷で。ミルク練乳でっ」
　白魔女的に白猫さんには仲間意識なのですー。そう声を弾ませるキアラに微笑みながら、薙人は店員へと声をかけた。

　程なくして運ばれてきた、黒猫と白猫のかき氷。キアラは自分の白猫をまじまじと眺めると、ゆるりと口許を緩ませた。
「ふふ、可愛い。薙人さんの黒胡麻ねこさんも、可愛いですね」
「はい。あずきの瞳を見ていると、食べるのが勿体なく思えて来ます」
「ですね！　これは食べちゃうの勿体無い……！」
「でも、溶けてしまう方が勿体ないですよね」
　繊細に削られた天然氷は、どうやら溶けるのも早いようだ。あまり躊躇している時間はない。ぐっと心を決め、柄尻に猫の装飾のあるロングスプーンを手に取った薙人は、あ、とちいさく零した。
「その前に、かわいいのでスマートフォンで写真を……」
「ナイスアイデアですね！　じゃあ、スマホで撮って想い出に！」
　その妙案に、キアラも意気揚々と賛同すれば、
「……写真って、どうすれば撮れるのでしょう」
　続く言葉にも、満面の笑顔を返す。
「私、こういうの得意だから任せて下さい！」
「キアラさんお願いします……」
　申し訳なさそうに手渡されたスマートフォンを受け取ると、キアラは慣れた様子でカメラアプリを起動した。そのまま薙人の方へレンズを向け、「はい、わらってー、ポーズとってー、はいチーズ♪」とリズミカルにシャッターボタンを押す。
「そうだ。ついでに２人と２匹の写真も撮るですっ！　かき氷の位置はこの辺で……スマートフォンを固定して、タイマーをセットして……」
　きょとりと眸を瞬かせる薙人の前で、手際良くセッティングを終えたキアラ。そのまま手早く薙人の後ろへと移動してから、ちょうど一呼吸。
　キアラの愉しげな様子につられて、薙人もまた、ピースとウィンクをしながら、
「いえーい！」
　声に合わせて、シャッター音が響いた。

　ひとたび口へと運べば、しゃくしゃくとした歯応えながらも、ほろほろと溶けてゆく滑らかな舌触りの氷。そして、黒胡麻とミルク練乳、それぞれの風味と甘さが口いっぱいに広がる。
「――ん、美味し♪」
「ひんやりして気持ちいいです」
「あ、ちょっと交換もしましょ♪」
「はい。折角ですからね」
　そう言った薙人の顔には、スマートフォンに残した写真と同じ笑顔があった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　窓辺では様々な仕草の木製の猫たちが遊び、卓上では陶器の猫が一輪のミニヒマワリを前足で抱いて彩を添える。
　まるでちいさな猫の妖精がそこかしこにいるかのような風景に、泉宮・瑠碧（月白・f04280）もふわりと口許を綻ばせた。鳥が好きだが、猫もまた愛らしい。
「んー……俺はパンケーキにコーラフロートにしよ。瑠碧は何にする？　パフェ？　それともかき氷？」
　てかシロップ……渋いな、と零しながら、猫の焼印で飾られた木製のメニューブックを眺めていた陽向・理玖（夏疾風・f22773）が顔を上げた。
「色々ありますし、どれも惹かれますが……ミルク練乳のかき氷にします。……でも」
「？　どうした？」
「……可愛いと食べられないのです……勿体無くて」
「あー……」
　確かに、メニューに描かれたイラストを見るだけでも、可愛らしい見目であろうことは想像に難くない。それを崩さねば食べられないとなると、瑠碧には少々酷だろう。
「ですから、髭と小豆でしたよね？　そこの部分は、理玖にお願いします」
「おお、顔っぽいとこは引き受けるぜ。折角の猫モチーフなんだし、見てみてぇ」
　砂糖菓子の髭と小豆の目を取り除いてしまえば、唯のかき氷だ。
　お安い御用だと言わんばかりに快諾すれば、安堵の色を浮かべる瑠碧。そんな様子に、理玖もまた微笑みながら、店員へとオーダーを通した。

　お待たせいたしました、とテーブルに並べられた料理を、理玖はまじまじと眺める。
「さすが猫モチーフって謳ってるだけの事あるな」
　理玖の注文したパンケーキは、それ自体もさることながら、陶器の皿もまた猫の顔の形をしていた。ぴん、と立った両耳に、それぞれバターと、蜂蜜の入った小瓶が乗っている。
　真っ白猫型アイスの乗ったコーラフロートも、冷やすと柄が現れるグラスなのだろう、コーラ色のうえに足跡を残すように踊る白い肉球柄が、また可愛らしい。
　瑠碧のかき氷用のスプーンも、パンケーキ用のナイフとフォークも、どれもさりげなく猫のシルエットやイラストが描かれていた。
「…………っ、理玖」
「えっ！？　見れねぇの？」
　ちらりと料理を見て、すぐに掌で顔を覆ってしまった瑠碧へと思わず尋ねれば、こくりと返る頷きに、理玖は思わず身を乗り出した。
「待って。写メらせてくれ！」
「写メ……写真ですか？」
　きょとりと瞬く瑠碧に、理玖が力強く頷く。"可愛い"に"可愛い"が重なれば――もっと可愛いに決まっている。
「ほら、瑠碧。かき氷から顔出して」
「こ……こう、でしょうか？」
「そう、そんな感じで――」
　かき氷の顔部分を理玖のほうへと向けた瑠碧が、ひょこっとその横から顔を見せた。不思議そうに瞬く様が、たまらなく愛おしい。
　ぱしゃりと軽やかなシャッター音を響かせると、理玖はすかさず撮ったばかりの画面を眺め見た。その絶妙な構図と完璧な被写体に、「めっちゃ可愛いぜ」と零しながら幾度も頷く。これもまた、大切な想い出のひとつになるだろう。

「よーし、食お！」
　これは食べちゃうな、と言いながら、理玖がひょいひょいと砂糖菓子の髭と小豆の瞳を口へと放った。もういいぜ、と声をかけられた瑠碧も、漸くじっくりと料理を眺め始める。
「あっ、ここにも猫が」
「どこどこ？　――お、本当だ」
　見れば、かき氷の硝子の器にも、フロートと同じく温度差で浮かび上がる猫の姿があった。ボールで遊んでいるのだろうか。仰向けになった黒猫が、丸いなにかを四つ足で転がしている。
「ふふ、可愛い……あっ」
「どうした！？」
　和やかな声音から一転、悲哀を帯びたそれに、パンケーキへとナイフを入れかけていた理玖も反射的に手を止める。
「……その、理玖の猫が……」
「えっ？」
　顔を横に背けながら毀れた声に、はたと気づいて視線を落とす。見れば、特に意識せずに切り始めていたナイフは、見事に猫を真っ二つにし終えていた。
「いえ、でも……切らないと食べられないので……」
　大丈夫です、とパンケーキを視界に入れないようにしながら視線を戻すと、瑠碧はかき氷へと向き直った。
　髭も目も消え、普通に美味しそうな真っ白かき氷に改めて胸を下すと、銀の匙で一欠片をそっと掬う。
「……おいひい」
　濃いめのミルク味と、練乳の甘さ。ふとすれば強過ぎる味になりかねないそれらを、まろやかな天然氷が和らげ、すうと澄んだ喉越しが残る。
「パンケーキも旨っ。ほら、瑠碧も」
　猫の形がわからなければ大丈夫。あーん、と差し出された一口を、娘もぱくりと頬張る。
「では、私のかき氷も」
「おお、練乳濃くて美味い」
　幸せそうに味わうと、理玖から次に――炭酸も、猫の顔も省いた――コーラフロートのアイスが差し出される。
「ん……どちらも美味しいです」
　あーん、と甘い声を添えて。
　分け合うのは、幸せな味と特別な時間。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　まだ残暑の厳しいなか、「できれば暖かい席に」との希望に怪訝な顔をすることもなく、店員はふたりを窓際の席へと案内した。円卓のテーブル席は、カフェカーテン越しに幾分和らいだ陽に包まれている。
「暖まるの食べな」
「おう」
　自身で生み出したとはいえ、つい先ほどまで極寒の室内にいたことに加え、対価として体温を奪われていた御簾森・藍夜（雨の濫觴・f35359）は、未だ熱の戻りきらない掌で椅子を引きながら頷いた。普段なら心地良いであろう店内のクーラーも、今日ばかりはまるで吹雪だ。
「折角だからシェアしよ、シェア」
「それは構わないが……」
「じゃあ、俺はかき氷！」
　そう即答した比良坂・彷（冥酊・f32708）は、藍夜の半眼に気付くと苦笑を浮かべる。
「――嘘。ホットサンド」
「……なら、俺もホットサンドと……パンケーキも食いたいから付き合え」

　オーダーを終え、ふと何気なく指先で頬に触れると、いつの間にか掌に熱が戻ってきていた。漸く一心地ついた藍夜へ、そう言えば、と彷が零す。
「結局、ユーベルコード効いたかわかんねェ」
「殴らなかったもんな」
「ただ、有益な情報は得た。――あの仔は鰹派で、肉球はマーブル」
　至極真面目な表情で、言うことはそれか。そう言いたげな視線を向けながら、藍夜が言う。
「なあ彷、肉球って猫の鼻の色で決まるらしいぞ。知ってたか？」
「鼻ピンクだっけ？」
　つい先刻の記憶を呼び起こそうとしたところで、ふんわりと漂ってくる甘い香りに意識が向いた。
　そうして切り替わった思考のなか、別の断片が脳裏を過る。
「――手袋さァ」
　テーブルに並べられた料理を眺めながら、まるで独り言のような口調で、彷が零した。
「俺もしてたの」
　猫の顔を象った陶器皿のうえに乗った、猫の顔の形のホットケーキに胸を躍らせながら、彷は右耳にあたる箇所に置いてあったバターを乗せた。とろりと蕩け始めたところに、今度は左耳にあった小瓶を取って、中の蜂蜜を贅沢に掛ける。
　が、食べるにはどうしても猫の顔を切らねばならない。男は意を決すると――端のほうをほんの一欠片、まずは切り取った。口へと運んだ途端、ふんわりとした蕩けるような触感と甘さに包まれる。
　その様子を眺めながら、藍夜は「ふうん」とだけ返した。彷がこういう言い方をするときは続きがあることを、男は良く知っていた。
「もう言っちゃうと、前世で」
「前世……前世かあ」
　お互い猟兵だ。今更、前世だの来世だので驚くことはない。それでも、藍夜は自らを語るより、次の言葉を待つ。
「外した切っ掛けも、猫撫でたくてだし」
「……なんだ、お揃いか」
「俺は、一番好きだと手を離しちゃう。弟も……弟を亡くした後に拾った猫もそう」
　俺の隣に居るよりも、もっと幸せになれる場所へ。
　大切なものを失うより、大切なものの幸せを奪うほうが厭だから。
「俺は……こう、触るとだな、離したくなくなる」
　触れた指先を少しでも離してしまったら。
　それ以前に、伸ばした指先が、大切なものに届かなかったら――そのまま失ってしまうような気がして。
「だから、ちゃんと離さないでいたい。……ずっと握っておけば、無くさなそうだろ」
「なくなるの嫌なんだな、らんちゃんは」
　似ているようで、違うふたり。それで良いと、それが良いのだと思いながら、彷は砕けた呼び名を紡いだ。
　そうして、藍夜もまた、その声を素直に受け止めながら眸を伏せた。ふと緩んだ口許のまま、彷、と親しさの滲む声で呼ぶ。
「でも、お前のお陰で気が付いた。……掴んだつもりじゃ駄目なんだ」
「俺も、離しちゃダメな時もあるって……今、学習してるよ」
　どちらかが唯一の解ではない。どちらも、ひとつの解なのだ。
　見えているもの、そして未だ見えぬもの。数多に広がる選択肢から選んだひとつが、その先へと続く路となる。
　彷は半分ほどに減ったホットケーキの最後の一欠を飲み込むと、藍夜のほうへと皿を移しながら、短く、どこか呆れたような笑みを湛えて息を吐いた。
「お互い様だろうけどさ、俺ら自分を安く見積もり過ぎかもね」
　もしかすると、自身で思うほど、諦める必要も、繋ぎ止める必要もないのかもしれない。だからと言ってすぐに考えを変えられるものでもないが、今はそれに気づけただけでも十分だろう。
「……あのおっさんもだが、お前ももっと自分大事にしろ」
「あー、自分を外すなよ」
　そう言ってからりと笑う彷に、藍夜も笑みを零す。
　自分たちに比べたら余程、先程の仔猫のほうが己を大事にしていると言えるだろう。なにせ、あれだけの攻撃を受けても尚、傷一つ与えられなかったのだ。
　そうぼやくと、「えー、箱頑丈……」と彷も唖然とした。そこまで頑丈なら、別の使い道があるかもしれない。
「中の猫は俺が引き取っても良いしな。看板猫にする」
「ポット猫見たいし、研究所に掛け合ってみる？」
「ああ。あいつならポットに住める」
　真面目な声と顔で頷いた男に、彷は堪らず吹き出した。
　手袋を外して、直接黒猫のぬくもりに触れて。おっかなびっくりしながらも、確かに歓びを滲ませていた藍夜。
「さっきのらんちゃんと猫、幸せそうでさ。俺も幸せ」
　対面する友人が、同じ軌跡を辿っている。
　それがどこか嬉しくて、そしてその気持ちがわかるようで、彷は眦を緩めた。気づいた藍夜が、ちょうどホットサンドの肉球の焼印部分をカットしかけた手を止め、彷を見る。
「……こっぱずかしいから兄貴面するな」
「してねっての」
「いーや、したね」
　反論しながら、藍夜はとっておきの肉球印ごとホットサンドを頬張る。
　焼き立てのパンのさくっとした歯応えと、とろりと口の中に広がるチーズとスクランブルエッグ。
　そのふんわりとしたあたたかさが、裡からじんと染みていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

「はぁ……私が一番、お猫さまにお仕えしますのに……」
　一際大きな溜息を吐きながら、御園・桜花（桜の精のパーラーメイド・f23155）は黒猫かき氷を一匙掬った。歯触りの良い柔らかな氷が忽ち溶けて、黒胡麻の風味がゆっくりと広がる。

　――元々、人間より崇高なお猫さまが労働する訳がありません。働かず動かず、下々に傅かれ皆に癒しを与える……其れがお猫さまですもの。
　――と言う訳で、にゃんドラボックスから出たお猫さまに誠心誠意お仕えする為、お持ち帰りしても宜しいです？

　桜花としては紛うことなく本気の提案だったのだが、それを聞いた研究員の唖然とした様子からも、恐らく世迷い言と思われたのだろう。半ば放り出されるように見送られた後、こうして泣く泣く店へと足を運んだのだが――、
「お猫さまがいっぱい……此処はぱらいそです？」
　忽ち憂いをどこかにやった桜花は、追って運ばれてきたオーダーに眸を燦めかせた。
　ホットサンドの載った陶器の白皿には、その縁を縁取るように、軽やかに駆ける猫たちが描かれていた。猫型のパンケーキも、同じく一回り大きな猫型の皿に鎮座ましましている。添えられたカトラリーも、柄尻に猫のシルエットがあったり、尻尾を模した形になっていたりと愛らしい。
「あちらにもお猫様、こちらにもお猫様……！」
　どれから食べようか、なんて贅沢な悩みを抱きながら、いそいそと手を伸ばしては匙を口へと運ぶ。見た目は勿論のこと、思考を尽くされた味はまた格別で、ついゆるゆると頬も緩んでしまう。
　追加で注文したクッキーとチョコレートも、適度な甘味が後を引いて、摘まむ手を止めるタイミングが見つからない。他にも、今このひとときだけで味わうには惜しいものばかりだ。
　しばし逡巡すると、桜花は「すみません」と店員を呼び止めた。
　悩むことはない。食べ足りないのなら、持ち帰れば良いのだ。
　なにせ、私には"無限の倉庫"があるのだから。
「クッキーとチョコはお持帰り出来ると思うのですけれど……他に可能なものはありますか？」
「それでしたら、ホットサンドもテイクアウトできますよ。ご用意いたしましょうか？」
「――是非お願いします！　持ち帰れるもの、全部！」
　前のめり気味に答えた桜花は、歓びのままに口許を綻ばせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「クーナさん、お仕事お疲れ様！」
「ありがとうにゃー。いやー、なかなか手強い相手だったよ」
　カフェへと続く並木道を、クーナ・セラフィン（雪華の騎士猫・f10280）と海藤・ミモザ（millefiori・f34789 ）が並んで歩く。煉瓦道に影を描く木漏れ日は、木々の葉を透いて幾分和らかだ。
「これから行くお店って、カフェだっけ？」
「そうそう。何でも猫モチーフで、聞いた感じ可愛らしいと……！」
「なんと！　それは期待大だね！」
　カフェというだけで胸が高鳴るのに、更に猫モチーフとなると期待せずにはいられない。しかも、猫妖精のクーナと共に行けるのだ。ここまで猫尽くしというのも早々ないだろう。そう眸を煌めかせながら声を弾ませるミモザに、クーナも釣られて笑みを零す。
　程なくして辿り着いた店は、小川沿いの角地にあった。明るめの木材をふんだんに使った店の扉を開ければ、カフェエプロンをつけた店員が笑顔で出迎えてくれた。
「ここまで猫尽くしとは……相当な猫好きだね！」
　世界各地から集めたであろう、猫にまつわる雑貨が並ぶ木製の飾り棚。数字の代わりに様々なポーズの猫を配置した、大型の壁時計。それぞれのテーブルのうえには、花を捧げたり抱きしめているように見える猫の一輪挿しも見える。
「わぁぁ見て見て！　カフェカーテンとか、このテーブルクロスの刺繍も猫ちゃんだよー！」
「本当だ……！　ここまでとは、凄いね」
　対面して語らうふたりの、そのテーブルの中央に置かれた木製メニューブックにも猫の焼印があったが、最早驚くまい。早速、クーナがゆっくりと繰るメニュー表を、ふたりで覗き込む。
「クーナさん、どれにするか決まった？」
「うーん。パンケーキもいいけれど……心めっちゃ惹かれるけど！　ここは黒胡麻のかき氷で」
　夏季限定と聞いたら、挑戦せずにはいられまい。加えて、まだまだ残暑の厳しい午後だ。涼を得るには最高だろう。
　語らううちに、ミモザもかき氷に気持ちが傾いたらしい。「じゃあ私も！」と、黒猫氷の次に茶猫氷を注文する。
「その『にゃんドラボックス』の猫ちゃんも見てみたかったなー。まぁ、ここの猫ちゃんたちも十分可愛いけど！」
「因みに、ミモザさんはどの猫がお気に入り？」
　クーナが尋ねれば、娘は腕を組んでしばし思考する。どの子も個性的で、悩んでしまう。即答、即決を好むミモザがここまで悩むとは、猫の魅力たるや相当のものだ。
　うーん、と唸るミモザに苦笑を浮かべていれば、そんなクーナたちの目の前に黒と茶のかき氷が運ばれてきた。
「ひゃあああ！　かーわーいーいー！！」
「流石ここの店主……！」
　まあるく形作られたところに、ぴんと立った氷の山ふたつ。そして、それを崩さぬようにかけられたシロップ。砂糖菓子の三本髭と、小豆のつぶらな瞳の位置も絶妙だ。
「あ！　食べる前に写真撮っておきたい！」
「じゃあ、かき氷並べる？」
「うん。でもって、クーナさん真ん中で！」
「にゃ？？」
　きょとんとしながらも微笑むクーナと２つの猫かき氷をスマートフォンに収めると、ミモザは満足気に眦を緩めた。溶け始める前に、と食べ始めたクーナの名を呼ぶと、端末に収めたばかりの写真を見せる。
「やっぱり、お気に入りの猫さんはクーナさんでしょ！」
「にゃにゃー！？　――ん゛ん゛っ！」
　驚きとともに、頭を突き抜けるようなきーんとする刺激が走る。
　ひんやりとした触感と、程良い甘さ。そして、友人の向ける笑顔と言葉。
　一気に押し寄せたそれを、猫目を幾度か瞬きながらも受け止めると、クーナもまた、髭を揺らして愉しげな笑み声を立てた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　案内された席にちょこんと座ると、神宮時・蒼（追懐の花雨・f03681）はぐるりと視線を巡らせた。
（……ねこさん……！！！）
　ディスプレイの棚にも、壁に飾られたお皿にも、窓際にも。店内のそこかしこに、ときには目立つように、ときにはさり気なく置かれた猫雑貨たち。
（……此処にも、彼処にも、ねこさんが、たくさん……！）
　こういったカフェに入る機会が少ないのもあるが、なによりもカフェの店名が刻まれた店先の猫型プレートが可愛らしくて、誘われるように扉を潜ってみたのは大正解だった。和風は勿論のこと、オリエンタル風や欧州風。木製、陶器、ペーパークラフトまで。世界中の猫が愉しそうに集っている。
「この『めにゅう』も、ねこさんいっぱい……」
　表紙を飾る猫の焼き印に暫し目を奪われながらも、わくわくと心弾ませながら木製のブックメニューを開いてみれば、手描きの料理と、その傍で思い思いに寛ぎ遊ぶ猫のイラストに、また気持ちも顔も蕩けてしまう。
　どれも愛らしいし美味しそうだけれど、お腹と――なによりも視覚的に食べられるだろうか。
　そう逡巡した末に、蒼はホットサンドとアイスティーを注文した。パンケーキは猫の顔の形をしているからナイフを入れるのも躊躇ってしまいそうだが、肉球の焼き印がついたホットサンドなら、肉球部分を最後に食べれば恐らく大丈夫だろう。

　運ばれてくるのを待つ間も、店内の猫グッズたちが眼と心を愉しませ、知らずと頬が緩む。
　良く見ると、テーブルに置かれた猫の一輪挿しも、それぞれの席で猫種やポーズが異なっていた。恐らく花も季節ごとのものを飾っているのだろう。これは通ってしまいたくなるお店だ。
　お待たせいたしました、と軽やかな店員の声とともに並べられたホットサンドとアイスティーに、蒼はまたもや釘付けになった。
　ホットサンドの置かれた円形の皿には、外周を縁取るように駆ける猫たちの絵。
　カトラリーの柄尻には猫の横顔のシルエット。
　アイスティーには猫の尻尾を模したマドラーが添えられ、そのグラスの縁には、中を覗き込むような仕草のちいさな猫のオブジェクトが掛けられている。
「……お皿も、ねこさん。何もかもが、ねこさん……！」
　もうそれだけで最大級のときめきを享受した蒼は、刻を忘れてしばらくの間見入っていた。はたと気づいて食べ始めると、幸いにもまだあたたかなホットサンドの旨味が、口いっぱいに幸せを届けてくれる。
　ゆっくりと食事と店内を満喫してから、名残惜しさを感じながらも席を立つ。期間限定のかき氷も気になったし、聞けばほかの季節にも限定メニューがあるという。
（ち、近くを通ったら、また来ましょう）
　なんにせよ、一気に全てを制覇するのは無理というものだ。また訪れる機会があることを願いつつ、蒼は猫型クッキーとチョコレートをテイクアウト用に詰めて貰う。これがあれば、帰ってからも少しずつ幸せに浸れるはずだ。
「そういえば……お店の、お名前も、ねこさんに、関する、お名前、だったり、するの、でしょうか……」
「はい。"Meow"は猫の鳴き声……日本語で言うと"ニャー"で、"Mellow"は柔らかな、という意味です」
　まあるく柔らかに響く、猫の声。それを聞いたときの、柔く蕩けるような心地。
　それと同じような"幸せ"を感じて貰えれば、と。
　そう添えた店員は、「ありがとうございました。またのお越しを」と丁寧なお辞儀で蒼を送り出した。娘もまた、一度振り返り会釈する。

　駅へと続く途次、猫に囲まれた今日一日を思い返す。
　愛おしさに溢れ、歓びに彩られたひととき。
　――たまには、こういう日も、悪くは、ありません、ね。
　そう弾む心地で、川沿いの煉瓦道を蒼がゆく。
　木漏れ日にごろりと横になり涼んでいた１匹の猫は、娘の背がちいさくなっていくのを見届けると、くぁ、と短く欠伸を零した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

最終結果：成功 完成日:2022年08月29日