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行先標のレミニセンス

#シルバーレイン #メガリス #【Q】

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#シルバーレイン
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#【Q】


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「ここはどこだ……?」
 霧に霞む線路に迷い込んだ男は酔った頭でこれまでの経緯を思い出す。確か、朝まで飲み会で……始発で帰ろうと駅を目指していたら見覚えのない場所に立っていた。足元の線路は朽ち果て、どう見ても廃線になってからかなりの時間が経っている。
「こんな場所がうちの町にあったかな」
 困って徘徊しているうちに、やけに鄙びた木造の駅が見えてきた。霧でよく見えないが、看板の上に腰かけた人影のようなものがこう言った。
「あぶないよ」
「え?」
「ほら」
 幼い指先が示す先を振り返った時、まぶしいライトと電車の疾走音が男を襲った。なぜ? ここは廃線だったんじゃ――疑問は衝撃に呑まれ、意識はブラックアウト。
「……あれじゃない」
 看板の上に座った少女は残念そうに電車を見送る。血だらけで動かない男にはまるで興味がないようだった。
 首から下げた古いカメラをいじりながら、霧の向こうを見つめる。
「また、次を探さなくちゃ」

「皆には、大切にしまっておきたい思い出はある?」
 仰木・弥鶴(人間の白燐蟲使い・f35356)は集まった猟兵を出迎え、微笑みながらそう訊ねた。
「思い出すと胸が締め付けられるような甘い痛みを喚起させるもの。だから普段は意識に浮かんでこないように、心の奥へ大切にしまっておく。まるで箱に入れて取っておいた古い写真みたいに」

 今回の事件で討伐するオブリビオンはまさにそういう思い出をついてくる相手だった。
 ……もしあの日がこうだったら。
 オブリビオンは実際にあった思い出に対して対象の望む夢想の告白を要求し、答えに応じたダメージを与える。あるいは、その夢想通りの映像を見せて無気力にさせてしまう。
「もしくは、取り出した過去の一部を用いてその時の感情に囚われたまま耽溺に沈める……恐ろしいね。思い出は人の心を弛緩させる麻薬にもなり得るんだ。しかも、このオブリビオンの発生にはあるメガリスが絡んでいる」
 皆の前に一枚の写真が差し出された。古いホーロー製の行先標。鉄道の列車に掲示されるタイプのものだ。
「これがメガリス『過去への行先標』。どこかの倉庫に保管されていたものが売りに出され、この町に店を構える古物商の手に渡ったのをきっかけにオブリビオンを呼び寄せる『核』として機能している状態だ」

 やっかいなことに、このメガリスは周囲に不可思議な現象を引き起こすことがある。古物商の店近くの裏路地はとっくの昔に使われなくなった廃線に繋がっているのだが、メガリスの影響による迷宮化が確認されたのだ。
「廃線は入り組み、時折凄い速さで電車が駆け抜ける。放っておけば迷い込んだ人間が犠牲になる未来が視えるね。深い霧の中、古いカメラを持った女の子がさまよっている。何かを探しているようだけど、それ以上のことはわからない。ただ、彼女がこの迷宮化を解決するための鍵を握っているのは確かだよ」


ツヅキ
 プレイングを送れる間は常時受付中です。
 共同プレイングをかける場合は相手の呼び名とIDもしくは団体名を冒頭にご記載ください。

 今回の事件は開始時点で謎が多く、👑が達成される時点でようやくその章の成功条件が満たされるような展開が予定されています。
 ひとつのプレイングで解明できることは限られているため、最初から完全な解決を狙ったプレイングは成功しにくいかもしれません。
 全てのリプレイを通してひとつの物語になるように執筆されますので、あらかじめご了承ください。

●第1章
 メガリスによって出現した少女と共に迷宮化した廃線の鉄道跡を探検します。

●第2章
 メガリスに引き寄せられたオブリビオンとの集団戦闘です。

●第3章
 古物商の元に流れたメガリスを探し、回収をお願いします。
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第1章 冒険 『旧鉄道線の地下迷路を探索する』

POW   :    半壊している道に在る障害物を破壊して力強く前進する。

SPD   :    道中に仕掛けられた謎の罠を解除しながら安全に前進する。

WIZ   :    途中で分岐している地点に印を付けて迷わず前進する。

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 カンカンカン……。
 踏切が鳴り響く。
 少女はきょろきょろと辺りを見回しながら線路を歩き回っている。電車は同時に何本か走っているようで、ぶつかりそうになると直前に分岐器が動いて衝突を避けるのだった。
 カンカンカン……。
 あの音を聴いたものは次第に記憶がおぼろげになってゆく。記憶を奪うための罠。他にもそうした仕掛けがいろいろな場所に施されている。トンネルの闇、橋梁の下を流れる川のせせらぎ、姿を見せないセミの鳴き声……それらに惑わされないためにはまず駅舎を探し、切符を手に入れる必要がある。
 メガリスである行先標に書かれた目的地と同じ、『過去行』の切符を。
東・蓮歌
あれは行先標、というの
バス停と少し、似ている

駅舎を探しに、迷ったり轢かれたりしないよう
距離を保ちつつ、線路沿いを行こう。
…ふふ、作ったみたいな“夏”だ
あの戦いを思い出す…とか、言えたら良いのかな
でも、私たちには、全てが青春で、全てが戦いだった

分岐…、違いがあるとしたら
より多く通っているほうが駅、かな?
進むほうへ、大きめの石にマジックで印を付けて
引き返すことがあれば、印にバツを。
仲間と落ち合えたら、確証が得られるまでは手分けをしよう
向こうは、どうかな

駅に着けても、切符は買えるのかな
家捜しに、なるのかな…
入り組んだ箇所を通る時は
なるべく先を確認して一気に通ろう

夏休みの冒険と往こうか
大人一枚、過去行


塔・イフ
アドリブ連携歓迎/WIZ

『過去行』の切符……
そこには、何があるのかしら?
そこには、誰がいるのかしら?
わたしの想い出は――ちゃんとそこに、『ある』の?

話に聞いていた、女の子を探すわ
そうね、童話のように、目印に夜闇にも鮮やかな白い石でも落としていきましょう
道に迷わないように

もし見つけられたら、優しく声を掛けてみるわ

あなたは何をさがしているの?
あなたのさがしものも、どこかに在るの?
そのカメラは、あなたの想い出の品…だったりするのかしら?なんてね。
――ねえ、あなたのお話をきかせて?



「……まるで、作ったみたいな“夏”」
 庇のように手を翳して空を仰ぐ東・蓮歌(白焔・f36261)の人影がくっきりと線路に陰影を投げかける。
 駅舎を探しながら微笑みを零す蓮歌の背中が回顧の想いを物語る。私たちが経験してきた|あの《・・》戦い。全てが青春で、全てが戦いだった……|あの《・・》日々の。
 後ろから追い越してゆく電車を振り返れば、顔の部分に掲出された行先標が目に入る。まるでバス停みたいだと思った。
「こっちの方が、分岐が多い……ね」
 蓮歌は分岐器をたどって駅舎を探す。
「わたしは、右を行こう」
「なら、左へ」
 塔・イフ(mimic tears・f38268)が通った後にはぽつんぽつんと白い石が一定の距離を離して置いてあった。幼い兄妹が道標を残した童話のように、イフは指先でまたひとつ、ころんと石を置いて立ち上がる。
 仲間と別れた蓮歌は行ったり来たりを繰り返しながらやっとのことで駅舎にたどり着いた。何度も石に印をつけたおかげで、使ったマジックの先が潰れかけている。これを目印にすれば後から来る仲間も無事に切符が手に入るだろう。
「とはいえ、普通に買えるのかな。あるいは家捜し? なんてね……」
 蓮歌は慎重に駅舎の中を覗き込み、危険がないかを確かめてから進む。あった。改札前に紙片がたくさん落ちている。そのうちの一つを拾い上げて文字を読む。何となくわくわくしているような気がするのは――夏休みの冒険が始まる予感から?

「……過去行」
 駅舎に落ちていた切符を見つめ、イフは目を細めた。そこには何があるのだろう、誰がいるのだろう。
 期待なのか、それとも不安なのかもわからない。自分の思い出が果たしてそこに『ある』のかどうかすらイフには答えが出せないのだった。
「蝉の声が、止まった」
 切符を手に改札口を通って線路に入り直した途端、それまで聞こえていた蝉の鳴き声や踏切の音が一切消える。イフは静かになった線路を足早に駆けた。どこ、どこにいるの。少女との邂逅は突然だった。
「あ」
 柵を乗り越え、隣の線路から現れた少女はイフと同じか少し年下に見える。彼女はまじまじとイフを眺め、軽くお辞儀してから脇を通り過ぎようとした。
「待って。あなたは何をさがしているの?」
 優しく語りかけるイフを少女が振り返る。
「わたしも、さがしものをしているの。どこかに在るかもしれないものだから……そのカメラは、あなたの思い出の品? ――ねえ、あなたのお話をきかせて?」
 少女は指先でカメラを弄りながら再びイフを見つめた。黒いワンピースに黒い靴。それに透き通った瞳をしている。
「……わたし、眠ってた」
 少し硬質な声色で、思い出すように少しずつ、語られる言葉。
「ずっと眠ってたの。だけど、気づいたらここにいた。あの行先標があらわれたせいなの。ここをでるには『過去行』の行先標をつけた電車をみつけなくちゃだめ」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​


「ここをでるには『過去行』の行先標をつけた電車をみつけなくちゃだめ」
 迷宮と化した廃線を走り抜ける数多の電車の中にただ一本だけ『過去行』と書かれたものがあるという。
 少女と話している間にも、線路には何本もの電車が行き交っていた。行先標には地名や駅名が書かれているものだ。すれ違った電車は全てそうした普通の電車だった。
「『過去行』の電車はとてもレア。ちょっとやそっとじゃ出会えない。でも……強く自分の過去を想うことであれと引き合い、呼び寄せることができるかもしれない。けれどそれは諸刃。思い出に溺れ、今を忘れてしまうかもしれないから。ここはそういう場所なの。思い出が作り出した、思い出のための場所だから」
 彼女の指先がカメラを撫でる。
「あなたにはある? 胸が締め付けられるような、甘い痛みを喚起させる思い出――その記憶。うまく『過去行』の電車を呼び寄せられたら、あとは車体に掲出されている行先標を破壊すればいい。そうしたら、この迷宮は消えてなくなるの」
暗都・魎夜
spd
【心情】
メガリスがオブリビオンを引き寄せている、ねえ
結局俺らが知ったメガリスのことなんてほんの一部なんだな

【行動】
自分の歩幅を基準にして、通った道を地図に起こす
スマホのGPSも起動
「相手が相手だけに効くかは微妙だけど、出来ることは試しておかねえとな」

少女と出会ったら軽く質問
「俺は魎夜。君の名前は?」
「君にも何か大事な思い出ってのがあるのかい?」

線路を通る電車の行先にも注目してみる
知ってる場所があったりするのか
本格的に出会えないようなら、教えてもらった方法試してみるのもアリかもな
なにせ、メガリスの作った不思議空間
ルールを教えてもらえるのなら、従った方がいいのかもしれないし


菱川・彌三八
俺ぁ如何にも過去に頓着がねえ
真っ当たァ云わねえが、此れでも好きな様に生きて来たんでね
然し、まァ
思い出ってのは無くもない

さて、此の道を行けばいいのかい
切符は分かるぜ、手形みてえな紙だろう
したが、先ず駅舎とやらを探さにゃあ…
頭使うなァ得意じゃねェが、鉄の箱を追えば見つかるかね

すれにしても、夏の景色てなァ何処もそう差がねェものだな
濃い色に草の香り、背の高い丈菊と、梅の花
…あまり思い出したくねェんだが…あるとしたら、後悔だろうか

揺らいだ景色に耽りそうになって、慌てて気付け代わりに頬を叩いた
振り返るにゃ未だ早ェだろう

嬢ちゃんは忘れっちまってるから過去に行けねえのかね
其の写真機、使ってみちゃ如何だい


後月・悠歌
仲間の落とした道標を辿って、駅舎へ
過去行の切符をひとつ、いただいていくね

――甘い痛みを喚起させる思い出
それが、この世界から出る為の鍵?

そう聞いて思い出すのは高校三年生の、冬
卒業を間近にした頃に向かった、能力者としての仕事
東北のとある学校でのこと

土蜘蛛の女王と呼ばれた男の子との、つかの間の学園生活
一見友好的に見えた、彼の態度は
来訪者の組織とも、手を取り合えるかもしれないなんて希望を抱かせるものだった
何かが少し違っていたら
あんな風に笑い合える日々を迎えられたのかな

――ううん、大丈夫
溺れたりはしないわ
だって、そうはならなかったと知っているから

有り得なかった幸せに背を向けて、為すべきことをしましょう



「んー……スマホのGPSはやっぱり不具合続出って感じだな。この迷宮空間がメガリスの影響下にあるせいか甦った世界結界の賜物かはわからねえが、結局俺らだってメガリスについて知ってるのはほんの一部に過ぎないってわけだ」
 文明の利器に頼るのを諦めた暗都・魎夜(全てを壊し全てを繋ぐ・f35256)が地道に地図を手書きする隣で、後月・悠歌(月響の奏律・f35338)の手が線路の脇に置いてあった石を拾い上げる。マジックで書かれた×印は仲間の残した道標だ。
「こっちじゃない……」
 容赦なく降り注ぐ夏の日差しを見上げ、悠歌はまぶしそうに目を細める。陽炎に揺らぐ地平線に薄っすらと見えるあれが駅舎だろうか。
「俺の歩幅が80cmくらいだから、と……」
 魎夜は距離を計算して「ふむ」と頷いた。
「直線距離だとそこまで離れていないんだな。迷宮化してるから広く見えるだけで」
 ――ゴウッ、とすぐ傍を電車が走り抜ける。その後ろからぶらぶらと散歩するような態で菱川・彌三八(彌栄・f12195)が現れた。
「よォ、あの鉄の箱に着いていきゃ駅舎が見つかるんじゃねェかと思ってナ。あの鄙びた建物がそうかい?」
 彌三八は仕草で切符――手形みたいな紙だ、小さいが丈夫に出来ている――を探す素振りをする。
「中に入ってみましょう」
 改札の前に落ちた切符を手に入れた悠歌たちは再び線路に降りた。雑音が聞こえなくなったおかげで随分と探索しやすい。彌三八は「ふうん」と呟きながら夏の線路を眺めた。妙な既視感。こういう景色は何処も同じらしい。日差しと翳の陰影は濃く、草花の香りが強い。
「丈菊に、梅の花……」
 背の高い草に半ば埋もれるようにして、あの少女がいた。電信柱に寄りかかってカメラを弄っている。魎夜が声をかけた。
「俺は魎夜。君の名前は?」
 少女は無言でカメラのロゴを指でなぞった。かなり昔に流行った人気の一眼レフで今はもう生産されていないものだ。
 その時、また別の電車がすれ違う。魎夜は行先標を見るが聞いたことのない地名だった。
「あれは京都の檜山を走っていたトロリーホイール式のデナ21型。……あっちの2階建て特急車は近畿の10100系」
 淡々と説明する幼女にちょっと驚きながら魎夜は重ねて訊いた。
「それが君の大事な思い出ってやつなのかい? 随分と電車に詳しいんだな」
「たくさん、撮ったから」
「つまり嬢ちゃんは忘れっちまってるから過去に行けねえわけじゃない、と? ははあ、だんだん分かってきたぞ。其の写真機がこの場所に深く関係してるってェ寸法だろう。使ってみちゃ如何だい、何か起こるかもしれねえ」
 彌三八の提案に少女は悲しそうな顔になる。カメラの中にはフィルムが入っていなかったのだ。
「もう古いものだから」
「だが、壊れちやいないんだろ」
「うん」
 なら、と魎夜が言った。
「ここから出る方法は――」
「『過去行』の電車を見つけて行先標を破壊するの。それが元凶だから。強く自分の過去を想えばあれと引き合い、呼び寄せられるかもしれない」
「なるほどな。なにせ、メガリスの作った不思議空間だ。いっちょそいつのルールに従ってみますかね」
「ルール……過去への想い……」
 悠歌は掠れた文字で『過去行』と印字された古い切符を見つめる。高校三年生の冬だった。卒業間近の三学期に悠歌たちは能力者として受けた依頼の流れで東北の学校に編入し、そして。
 ――数学、難しいよね。
 他愛無い話をしながら一緒に過ごした昼休みのことはよく覚えている。土蜘蛛の女王と呼ばれていたあなたの微笑みに私たちは希望を見たのだ。もしかしたら来訪者の組織とも手を取り合えるかもしれないという、ささやかで儚い願い。もしも何かが少しだけ、ほんの僅かでも違っていたらあんな風に笑い合える日々を迎えられたのだろうか。
 過去に頓着しない彌三八でさえ、思い出したくない記憶というのはあるものだ。真っ当とは言わずとも好きな様に生きてきた。なのに――か。だから――なのか。ただ一つの後悔すらもないと笑い飛ばすには、夏の景色があまりにも似ていて。
「……っと」
 いつの間にか目の前の景色が思い出のそれと重なり合い、現実感を失いつつあった。彌三八は自分の頬を手のひらで叩き、我に返る。
 甲高いブレーキ音が聞こえたのはその時だ。電車の走行音が次第にゆっくりと速度を落としながら近づいてくる。
「見て、『過去行』の行先標よ」
 悠歌の声色は凛として、その目は確りと今を見つめていた。
「せっかくお迎えに来てくれたところ申し訳ないけれど、過去に溺れるつもりはないわ。だって、そうはならなかったと知っているから。なにが真仮なのかを間違うつもりはもうないのよ」
 あり得なかった幸せよ、さようなら。
 拒絶をきっかけに『過去行』の電車が再び発車する。警笛が鳴り響き、長閑な夏の光景ががらりと変わった。空が赤い。まるで夕立がくる前のようだ。
「いけない、早くあの行先標を破壊して!」
 叫ぶ少女を嘲笑うかのように無数の写真がどこからともなく現れる。魎夜はこちらを包囲する数多の群れに舌打ちした。
「こいつら、オブリビオンか!」
「どうしよう。まだ行先標を壊してないのに」
「もしかして、こいつらが出てくる前にあれを壊して欲しかった……とか?」
「いったでしょ、ここは思い出が作り出した、思い出のための場所。あいつらが私を襲うことはないけど、あなたたちは――」
 言い終える間もなく写真の群れは対象の深層意識への干渉を始める。大切な写真を入れた箱を開けるように心の裡にしまっておいた思い出の蓋がゆっくりと開かれてゆく……。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​




第2章 集団戦 『存在しない想い出の写真』

POW   :    もしあの日がこうだったら
対象にひとつ要求する。対象が要求を否定しなければ【あの日の正しい記憶を一時的に 】、否定したら【あの日感じた気持ちを一時的に】、理解不能なら【冷静さと客観性】を奪う。
SPD   :    何しに来たんだっけ
【写真 】から、戦場全体に「敵味方を識別する【「見た者が望む映像や音や香り」】」を放ち、ダメージと【やるべきことを忘れてしまう程の無気力状態】の状態異常を与える。
WIZ   :    何処にも行きたくない
【写真 】から【過去の一部】を召喚する。[過去の一部]に触れた対象は、過去の【感情に囚われて、ここを離れたくない気持ち】をレベル倍に増幅される。

イラスト:すずや

👑11
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種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 どうやら、この迷宮化した特殊空間のような場所はオブリビオンこと『存在しない想い出の写真』にとって非常に有利な場所らしかった。
 その力は増幅され、ユーベルコードの威力は数倍にもなる。通常であれば気を強く持つことで凌げるはずの効果でさえ、此処では|それでも抗いきれない《・・・・・・・・・・》かもしれない。
 
 『過去行』の電車は戦場を奔るギミックのひとつとして機能し、恐ろしい速度でこちらを跳ね飛ばそうとする。
 ここを出て、あの電車に掲出されているのと同じ行先標のメガリスを回収しない限り何度でも迷宮は現れるだろう。
 どこにだって、媒介にできる思い出の品は転がっているのだから。
東・蓮歌
過去は
先輩たちを見送ったことも
帰らなかった友も
つきんと胸を刺すけれど
だからこそ前向き歩いて来られた

だけれどひとつだけ、違えていたら──
赤い空は炎のいろ
反射する光は銀の雨
学園に来るより前のあの日を、思い出す

ゴーストに囲まれて、立ち上がらなかったら
弟を助けられなかったら
きっとわたしは|東・蓮歌《わたし》にならないまま
ずっと邸の中に居たの
自由に歌もうたえない籠の中
それは…こわい

わたしは、わたしになりたい
大切なもののために戦えるわたし
|蓮歌《おとうと》を救える|梗伽《わたし》
入れ換えて、やっと生きられたわたしたち

あの日から今日まで
ずっと戦い続けているのだから
記憶を閉ざされても、この身の炎は消えないよ


暗都・魎夜
【心情】
こういうオブリビオンだから、こういうメガリスの所に来たのか
こういうメガリスだから、こういうオブリビオンを呼んだのか

どちらにしろ、危険すぎるな、これは

【思い出】
過去を思い出すのなら、銀誓館にすら入る前

まだ能力者のこともゴーストのことも知らずに、平和に両親と過ごしていた頃
普通の子として夏休みとかを楽しんでいた

その後で両親は殺され、師匠に助けられるまで俺も怪しげな儀式に使われていたから
もしその後も平和な人生見せられたらすごい甘い誘惑だと思う

【戦闘】
でも、俺にはまだそこから、苦労して仲間と生きた記憶がある
だから、俺は自分を喪わない

写真の要求は否定する

『過去行』の行先標が見えたら、全力でぶっ壊す



 鶏が先か、卵が先か。
 そんな哲学上のジレンマが暗都・魎夜(全てを壊し全てを繋ぐ・f35256)の脳裏に浮かぶ。
 こういうオブリビオンだから、こういうメガリスに引き寄せられてしまったのか。あるいはこういうメガリスだから、こういう――似た者同士のオブリビオンを呼んだのか。
「どちらにしても危険すぎるな、これは。しかも逃げ場がない」
 『存在しない想い出の写真』はこちらを隙間なく取り囲んでいた。写真に映る光景は見る者の心を反映し、赤い空と銀の雨で埋め尽くされてゆく。
「ああ……」
 東・蓮歌(白焔・f36261)の瞳の中で混ざり合う炎と雨。これまで歩んできた道が早送りで巻き戻されていくみたいだ。
 その背を見送った学園の先輩たち、帰らなかった友への想い。胸を刺す痛みはあれど、ゆえに前向きに歩みを止めることなく駆け抜けた青春の日々だった。
 追憶はさらに遡る。
 ついに学園へ入る前の自分を見せつけられた時、蓮歌は両目を見開いて微かに喘いだ。取り囲むゴーストたち。燃え盛る炎の海の中、もしも立ち上がれなかったら。弟を助けられなかったら。もしも、もしも、もしも。
 写真は無機質な要求を突き付ける。
 もしあの日がこうだったら――受け入れた場合は正しい記憶を一時的に封じ、拒否すればあの日感じた感情をやはり一時的に――奪う。
「ったく、いやらしい攻撃だよな。こんなもん見せられてさ……堪らないよな、ほんと」
 写真の中で殺されたはずの両親が笑っている。まだ子どもの魎夜は何も知らず、屈託のない笑顔で遊びまわる。能力者のこともゴーストのことも知らないまま、無邪気に楽しんでいた夏休みの延長戦だ。
(「違うだろう」)
 本当はその頃、俺は怪しげな儀式に使われて人としての尊厳なんかあったもんじゃなかったのだ。師匠に助け出されるまで、ずっと。だからこれは嘘、偽り、甘い誘惑……。
 溺れろ、と写真は告げる。
 過去に耽溺し、今を忘れ、未練を抱えた残留思念と成り果てろ――と。電車の迫る音が次第に高まる。メガリスの生み出した特殊空間との相乗効果は著しく、こちらの精神を強烈な力で過去の彼方へ引きずり込むつもりだ
 暗い邸に蓮歌はいた。
 自由に歌もうたえない籠の中。このまま永遠に? それは……こわい。胸の奥に生まれた小さな恐れがきっかけだった。
「わたしは、わたしになりたい」
 声に出すと、その気持ちは現実感を伴いながら蓮歌のなかで強まる。あのまま|東・蓮歌《わたし》になることなく飼い殺しにされる宿命を肯定しますか。
「俺は、自分を喪わない」
 残念ながら、魎夜にはあれから積み上げた別の記憶があった。もちろん、たくさんの苦労もした。色々な仲間とめぐり合い、共に戦い、多くの時間を過ごした。
 もしあの日がこうだったら、その方が――。
「いいえ」
 蓮歌は拒絶する。
「悪いがお断りだ」
 魎夜は否定した。
「大切なもののために戦えるわたしを、わたしは選ぶよ。|蓮歌《おとうと》を救える|梗伽《わたし》、入れ換えてやっと生きられたわたしたちの生き方をなかったことになんてできない」
 ふたりの全身から炎が解き放たれる。太陽が齎す膨大な力はあの日から今日まで絶えることなく燃え続けているのだから。
「させるかよ!」
 背後から超高速で突撃する『過去行』の電車を魎夜は全力でぶった切った。炎を纏った魔剣が狙ったのは行先標。ひしゃげながら落下し、燃えて溶ける間に電車本体も沈黙する。
「じゃあね」
 記憶が閉ざされようと蓮歌の不死鳥は力強く戦場を舞う。引火した写真が燃え、包囲に欠けが生じた。
 ――迷宮が、消えてゆく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


 メガリス『過去への行先標』が作り出した迷宮は崩壊した。かつての夏を思わせる廃線鉄道の光景は消え、半ば朽ちた現実の鉄道跡が続くばかりの場所に出る。
 ここは現実。
 思い出が作り出した特殊空間にあっては桁違いの強さを誇るはずの写真もいまはどこか色褪せて見えた。
 あのカメラを持った少女もいつの間にか消えている。

 燃え残った写真は包囲を解いて一か所に集まり始めた。巨大なスクリーンに映し出される追憶は何を物語るのだろう。
 後悔、悲哀、愛着……人の心は何色にも染まり得る。光と影。フィルムに焼き付けられた忘れ得ぬ過去がそこに在った。
菱川・彌三八
あゝ、此処と彼奴は別物か
如何にもまどろっこしくていけねえや

さて、つい先の出来事も過去なンだよな
俺ァ生憎昔に戻りてえたァ思わねェが、ずうっと続いたら良い記憶ならある
昨年の夏とかな

然し
すりゃ俺だけのもんだからお前ェに踏み込ませる訳にゃいかねえ
確かに、確かにずっと見ていてえ
だが、一つお前ェは見誤った
過去よりも「今」のがうんっと良いってェこった
囚われていちゃあ次の楽しみがお預けになっちまうだろ

さて、過去に頓着のねェ俺とお前ェ、相性は良いようだぜ
迷ひ路の力も失って、何処迄抗えるかね

筆は一つで充分だろう
一振りで千鳥を呼び、其のまやかしを塗り潰しちやらあ

…で、嬢ちゃんは何処行きやがった


塔・イフ
アドリブ共闘OK

写真の見せる記憶
「わたし」が死んでゆく
あなたを護るため、あるいはふとした事故で、何度も何度も。
そのたびに生き返って、あなたの涙を見る。
そのたびに、幸せな記憶は塗りつぶされていく。
――だから、もう死ねない。
あなたを悲しませないためにも。
あなたと笑顔でいられる未来を、手にするためにも!

辺りを取り巻く写真を、するどい風の刃と
叩きつけるような蹴りで、撃ち落として
かなしい過去なんてすべてめちゃくちゃにしてしまいましょう
きっとあった幸せな思い出だって
おぼえていない今だけは、無いのと同じにして

あの日の苦しみを、すべて叩きつけるみたいに



「成程な」
 菱川・彌三八(彌栄・f12195)が呟いた。とてもまどろっこしくて七面倒くさい事態であったのだ、あの場所は。
 まず、メガリスの作り出した異空間とそこを走る電車があった。目の前にいる彼奴はただ乗りをしていたに過ぎない。
 だがそれも終わった。
 過去の――何かの思い出を元に具現化していたあの特殊空間は消え、現実世界においてはこちらの方が有利。
 彌三八はただ一つ、千鳥を描くための筆を構える。
「覚悟はいいかい?」
 まるで拒否するような動きで写真は身を寄せ合った。何百枚、何千枚もある写真が一塊になって巨大な一枚のスクリーンを作り上げる。大映しにされた記憶の中で塔・イフ(ひかりあれ・f38268)は何度死ぬのだろう。
 ある時は“あなた”を護るために。
 またある時は、ふとした事故で。
 何度も繰り返される。
 また、また、また。
 けれどそのたびに生き返っては頬を濡らす“あなた”と出逢うのだ。その度に幸せな記憶は塗り潰されて。
「――もう死なない」
 イフは毅然と告げた。
「死ねないよ。だからもう泣かないで」
 写真に映るあなたに手を伸ばして、涙をぬぐうように指を動かす。求めるのは共に生きる未来。泣き顔じゃなく笑顔をみせて。
 風が動いた。
 それは彌三八の描いた千鳥の群れが飛び交う時の羽搏きが起こす颶風であって、イフを上空へと押し上げる軽やかな舞風でもある。
「昨年の夏の景色だな。昔に戻りてえたァ思ったことのない俺でもよ、|そういう《・・・・》過去のひとつやふたつあるもんさ。ずっと眺めていられりゃ幸福な気分でいられるだろうよ。だがな――」
 ほんの僅かに懐かしそうな声色で、彌三八は再現されかけた映像を千鳥で塗り潰した。
「誰がお前ェなんぞに踏み込ませるかよ。すりゃ俺だけのもんだ、覗き見は遠慮してくンな」
 千鳥に塗り潰され、舞い散る写真の残骸を仰ぎながら人差し指を突き付ける。お前ェは知らないのだろう。過去よりも『今』の方がうんと良いことを。
 ゆえに彌三八は過去に頓着しない。
 次の楽しみを味わうために、だ。
 好きに生きて楽しんで、もっと良いことが未来に待っているという確信。あゝ、来年の夏はどんなことが起こるだろうなァ。
 過去の一部の召喚に失敗した写真は物理的な排除に移りかけるが、そこへイフの蹴りが襲いかかる。
 纏う風は鋭い刃となって次々に写真を撃ち落としていった。弧を描く襲撃がひらめいて裂かれた写真の破片が散る。きっとあったはずの幸せな思い出さえ、一時的に奪われておぼえていない今だけは無いのと同じだから。
「めちゃくちゃな有り様ね。でも、自業自得だと思い知って」
 ひゅん、と宙返りみたいな勢いをつけたとどめの蹴りが入った途端に勝負が決まる。なんだかすっきりした気分だった。まるでかなしい過去そのものをこの手で打ち砕いたような爽快感。
「……で、嬢ちゃんは何処行きやがった」
 ただの紙切れになった写真の名残を踏み越えた彌三八は消えた少女を探しているうちにある店を見つける。
 
 ――本日、駅前の骨董市に出店しております。

 閉ざされたシャッターにはご丁寧な地図を添えた張り紙が貼ってあった。看板を見るとどうやらそこそこ老舗の古物屋らしい。
「そういやァ、例のめがりす……古物商の手に渡ったって話だったか」
「行ってみる価値はありそうね」
 もしかしたらあの子も見つかるかもしれない。イフは地図の場所を確かめる。幸いにもここからそれほど離れていないようだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『蚤の市(フリーマーケット)』

POW   :    端から端まで堪能し、掘り出し物を見つける

SPD   :    会場の設営や販売を手伝い、開催に協力する

WIZ   :    自分も売り物を提供したり、店を出してみる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 骨董市は盛況だった。
 地元外からも大勢の客が来ているようで、玄人風の買い付け人から家族連れの素人までさまざまな人間模様が見られる。
 参加者は一般向けと商店向けに分けられた区域にそれぞれ店を出している。ブルーシートの上に商品を並べている者も、テントに机や棚を並べている者もあった。名称は骨董市だが、所謂壺や絵画のようにいかにもな物品のみならず、古本や玩具などの身近な商品を扱っている店も多いようだ。
 なにか気に入ったものがあれば購入するのも良いだろう。既にメガリスの影響を受けた特殊空間は消失しており、急いで確保しなければならない危険性も低い。このまま放っておけば第二、第三の事件を引き起こすかもしれないので、きちんと回収はしなければならないのは勿論のことではあったが。

「ごゆっくり見ていかれてどうぞ」
 件の古物商は端の方でひっそりと商品を売っていた。昭和時代の古いレコードや鉄道関係の部品など、マニア垂涎のレトロな蒐集品ばかり数十点。中にはあの行先標もあった。
「へえ、めずらしいですね」
 なにしろ『過去行』などという変わった表示の部品だから鉄道物を求める客たちが好奇心旺盛な顔で集まり始めている。早くしないと売れてしまいそうだ。なんとかして、あれを回収しなければならない。
暗都・魎夜
【心情】
この手の不思議現象には慣れてるつもりだったが、未だに現実感がねえな
さっきのことは微妙に夢だったんじゃないかって気がするぜ
なんにせよ、キチンとケリは付けに行かねえとな

【行動】
「コミュ力」「変装」で観光客を装って、行先標を購入する
この手の市での交渉だったら、海外でも経験はあるんだ
その辺の奴らには負けねえよ

買えた買えないにかかわらず、古いカメラの話題を出す体で、少女のことを聞いてみる
「さっき小さい子が古いカメラ持ってたんだけど、それもこの辺で売ってるかい?」

説明しながら、少女の外見も話して、少女について「情報収集」

ま、ついさっき見たものより、古いもののことを思い出すものみたいだけどな



「無事に戻って来れたのはいいが、どうにも現実感がねえな……」
 暗都・魎夜(全てを壊し全てを繋ぐ・f35256)は頭をかき、繁盛している骨董市を眺め渡す。非日常から日常への切り替わりはあまりにも鮮やかで、さっきのことがまるで夢のようにすら思えた。
 人だかりができている例の店の前で咳払い、どのように話を切り出すかを舌の上で転がしてみる。
 ――ええと、いいものがあるって聞いてきたんだ。旅のついでに寄ってみたんだけどさ。その行先標、随分と稀少なもんらしいな。
 これでいこう、と人波をかきわけて店主に話しかける。当然、周りにいる購入希望者たちは色めきだって交渉に加わった。
「俺が先に目をつけたんだ」
「いや、俺だ」
 購入する権利をめぐって言い争いが始まりそうな気配の中、魎夜はあっさりと交渉を決める。
「倍出す。どうだ、店主」
「いいんですか」
「ああ、それだけの値打ち品だからな」
 これが海外流の交渉術だ、その辺の奴らに負けるような経験は伊達に積んじゃいない。羨ましそうな目をするギャラリーの前で店主は行先標を紙で包み始める。その間に、魎夜は少女の件を切り出した。
「さっき小さい子が古いカメラ持ってたんだけど、それもこの辺で売ってるかい?」
「古いカメラですか」
「ああ。ちなみにその子は全身黒い服を着て、背はこのくらいだったかな」
「女の子は知りませんが、カメラならうちでも扱ってますよ。ちょうどこの行先標と同時期に仕入れたんです」
「って、このカメラ――」
 驚きに魎夜は目をみはる。
 店主が見せたカメラはまさしくあの少女が持っていたのと同じものだ。店主は吊るされていたカメラを手に取ってレンズカバーを外した。透き通る澄んだ色合いが少女の瞳の色を想起させる。
「70年代に流行ったカメラですよ。いまじゃアンティークも同然でしてね、小さな女の子が持っているようなものじゃないんですが……」

大成功 🔵​🔵​🔵​


「70年代に流行ったカメラですよ。いまじゃアンティークも同然でしてね、小さな女の子が持っているようなものじゃないんですが……」
 店主は、はてと首を傾げる。
「このカメラはその行先標と一緒に仕入れたんです。電車を愛した|蒐集家《コレクター》の私物だったそうですから、きっとこれでたくさんの電車を撮影したんでしょうね」
菱川・彌三八
へェ、こねえな市場が此の地にもあるんだな
おっ、此の小皿なんて色溶かすのに丁度良い…
じゃねえや

マ、猟兵とやらの力がありゃ人手はそねェに要らぬだろうよ
無事”過去行”の回収は成った様子、すんなら嬢ちゃんの手がかりを得ようじゃねえか

つまり、其の寫眞機が嬢ちゃんの正体だってェのかい
そういや、眠っていたと云ったんだったか
いかさまなァ…
あの迷い路は、思い出の為の場所…ってェと、其奴の思い出が形になったとしても不思議じゃねえか

店主よう、お前ェすれァ一体何処で手に入れた
其の時に何か話を聞いちゃいねえかい

寫眞機は他に引き取り手がいなきゃ引き取る
買い手がつきゃ俺ァ他の物を見て帰ェろうかね
不思議と此処は落ち着くからヨ



「へェ……」
 思わず、菱川・彌三八(彌栄・f12195)は感嘆する。右を向けば花器に茶碗。左を向けば古本、玩具、装具と種類も豊富。
「こねえな市場が間近でやってたとはな……そういう土地柄なのかね? おっ、此の小皿なんて色溶かすのに丁度良い……」
 小ぶりの白い小皿を手に取り、透かすように検分する。この浅さ、縁の角度、大きさ。どれも手ごろでそそられる。
「そちらセットでお買い得ですよ」
「数もある、と」
「ええ。好事家が大量に蒐集していたシリーズで保存状態もよく……」
「ふむ、そいつァ上等――じゃねえや」
 つい興味本位で話に耳を傾けそうになった彌三八はすんでのところで膝を打った。
「悪いな亭主、ちと用事の途中なのを思い出した」
「いえいえ。せっかくの市ですからお楽しみを」
 腰をあげ、彌三八は目当てを探してそぞろ歩く。端の方で小さな騒動があったようだ。見れば無事に“過去行”のメガリスを回収した仲間の姿。悔しそうな他の客が物欲しげな顔で梱包されるそれを見守った後で、残る謎を解きにかかる。
「つまり、其の寫眞機が嬢ちゃんの正体だってェのかい」
 古ぼけたカメラを受け取った彌三八は思い出すように顎を撫でた。そういえば『眠っていた』とも云っていたような。
(「いかさまなァ……」)
 だから、あれだけたくさんの電車が行き交っていたのか。彼処はメガリスと一緒に在ったこのカメラの“思い出”を具現化した場所だったのだ。
 彌三八はカメラを矯めつ眇めつして、店主にたずねる。
「お前ェ、此れァ一体何処で手に入れた」
「業者向けの競りがあるんですよ。ええと、つい先月でしたかな……そうそう、仙台です。今日並べているのはほとんどその時に仕入れたものですよ」
「仙台つうと、陸奥か」
 現在の宮城県、それも仙台とあらば東北地方における一大地方都市だ。頷いた彌三八はそのカメラを引き取ることにした。
「毎度」
 ――ありがとう。
 ふと、店主の声に微かな少女の囁き声が交ざり込んだような。
「ちょっくら羽を伸ばしていくかい」
 不思議と馴染む空気に彌三八は笑み、市の中へと消えてゆく。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年08月25日


挿絵イラスト