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なんでもなくて特別な日に

#UDCアース

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#UDCアース


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「今日をトクベツな日にしようよ!」
 おろしたての服の裾をひらめかせて、少女は使い慣れたスマホをみんなに翳した。
 画面の向こうには、青空を透かす硝子の塔の中、さまざまなフォトスポットが点在する。
 藤が嫋やかに咲き誇る一角、ふわふわの風船と飛び跳ねられる一角、ネモフィラの咲く廃墟、青空へ駆け上がってゆくような螺旋階段。ちょっとしたテーマパークのようなその場所は、賑やかな街の真ん中にある。
 すっかりいつもの面々になった友人たちが、勝手気ままに遊び回りながら振り向いた。
「特別って言ったって、いつも集まる面子でいつも遊ぶトコに来ただけじゃん」
「そうだけどいーの、偶然みんな新しい服で来るとか奇跡だし!」
「新しくできたフォトスポットいこって話ならそら……」
「約一名いつものパーカーのひといまーす」
「うるせえオレからフード取るんじゃねえアイデンティティ喪失で泣くぞ」
「ねーねー、それより都市伝説検証やろうよ~あと課題写させてまじむり白い」
「あなたの終わらない課題のほうが都市伝説なんですよバカなんですか。ちょっとこのバカ引きずって先にいつもの店行ってるんで」
「あ~今日シトロンの日だね~。それも行こ~」
「はいはいはい、とりあえず一枚撮っちゃうからねー! よいしょー!」

 カシャン。―― #なんでもなくて特別な日に 。

●ウィークエンド・ハピネス
「なんでもない日常が一番かけがえのないものだというのは、みんなよく知っているとは思うのだけれど。その日常を守って、そして楽しんで来てほしいのだわ」
 何気なく過ぎる日々はあまりに早くて、気づけば月曜で、週末で、季節が巡って変わってゆく。オブリビオンの蔓延る世界で、その日常を守っているのは猟兵たちであると言っても過言ではないだろう。
 行ってほしいのはUDCアースだと、宵雛花・千隼(エニグマ・f23049)は告げる。
「繁華街の大きなショッピングモールの中に、新しいフォトスポットが出来ているの。そこで突然UDCが現れるのを予知したわ。敵は突然、数えきれないほど溢れ出す。アナタたちにはその場にいる人々を守って、なるべくUDCを目にしないようにして欲しいのだわ」
 具体的には、と案内人は至極真面目な顔で続ける。
「少しおめかしをして出掛けて、フォトスポットを満喫して来て」
 フォトスポットは藤棚、風船、廃墟、階段の四種類があり、写真は頼めば撮って貰えるし、自前のスマホやカメラでもいい。
 告げてからやっと小さく笑って、千隼は首を傾げる。
「このあいだ春のコレクションがあったでしょう? あんな風に視線を集めて欲しいの。――先ず現れるUDCは嗚咽する『影』。それは悲しみや負の感情を与えようとするけれど、アナタたちは気にせず日常を楽しみ切るのが一番よ。物理的にフォトスポットを占めてしまえば、自然にそれが避難誘導にもなるから」
 さり気なく猟兵たちでフォトスポットを埋め、そして次の強力なUDCの出現のときには一般人がそれを目にしないようにしてほしいのだと千隼は言う。
「次に現れるUDCが厄介なの。ひときわ強力なその魔女は、見た人間を即座に発狂させてしまうから」
 それは黒づくめの足のない魔女だ。猟兵ならば目にしても発狂することはないだろうが、ひとを絶望させることを愉しみとする彼女は、幸福を極端に嫌う。
「化粧は武装なんて言うけれど、着飾ったアナタたちやその記憶たる写真はきっと特別よ。魔女は絶望させようとするかもしれない。……けれどアナタたちなら、抗えると思うから」
 衣装は勿論、いつも通りだって構わない。気にかかるなら、近くに各種揃えたレンタル衣装店だってある。
 何気ない日々を、幸福を否定するものにどうか負けないでと千隼は一度目を伏せてから上げた。

「ショッピングモールを上がっていくと、シトロンのお店があるの。――ウィークエンド・シトロンをご存知かしら」
 それは週末に大切な人と食べる、特別なレモンケーキ。
 たっぷりしっとりしたレモンアイシングのかかったバターケーキは、一口食べれば甘酸っぱくて爽やかな風味が口の中に広がる。
 週末になると開くその店のシトロンは、レモン果汁を生地にも練り込んでいて風味豊か。アイシングの上にはシロップ漬けのレモンも飾られてカフェメニューとしてもお土産としても人気が高い。
 店で食べるなら、レモンティーやレモネードがセットドリンクとして選ぶことができる。
「戦いのあとのお楽しみよ。大切な人や友人、勿論ひとりだって、きっととても美味しいわ。撮った写真を見たり、ゆっくり話を楽しんだり。……なんでもなくて特別な日を、楽しんで来てね」


柳コータ
 お目通しありがとうございます、柳コータと申します。
 UDCアースにて、なんでもなくて特別な週末をお過ごしください。

●一章『嗚咽への影』
 フォトスポットへお出掛けできます。
 少しおめかしをして是非どうぞ。普段着でも勿論OKです。
 参照イラストがあればプレ期間だけステシ立ち絵に固定してあると助かります。
 フォトスポットは全四種。以下の数字指定推奨。

①藤棚
 九尺はあろうかという藤が咲き誇る和風のスポット。番傘を借りることができます。
 撮影用のためそう広くはありませんが、縁側に見立てたベンチもあり、藤の庭を見ているように撮ることもできます。
②風船
 色とりどりの風船の中で一緒に弾めるスポット。エアー遊具で楽しく遊べます。
 ふわふわの遊具は大人も楽しめるようにしっかりした大きさ。普通より高く跳ねられるので、宙での撮影も可能です。
③廃墟
 廃墟にネモフィラの咲く、静かなスポット。何とも知れぬ瓦礫の山にも、青い花が咲き伴っています。
 あらかじめ座れるような椅子などはありませんが、瓦礫や花の中、どこに座っても大丈夫です。
④階段
 フォトスポットの中央にある螺旋階段。上がってゆくほど硝子の塔が迫って、空に近くなってゆきます。
 空の色が濃くなるほど階段は透明になっていくので、空を歩くような一枚を撮ることができます。

 UDCの影が大量に溢れて来ますが、気にせず楽しむことが一番の撃退方法です。

●二章『絶望の魔女』
 絶望を囁く魔女との戦いになります。一般人が見ると即発狂する強力なUDCです。
 なんでもない日常や幸福を一番嫌うため、それらを大切にしたい気持ちがあれば猟兵たちを注視します。楽しい記憶の塊である一章での写真や、着飾った猟兵たち自身は特に気を引き付けることができます。

●三章『ウィークエンド・シトロンを食べよう』
 シトロンのお店で、ウィークエンド・シトロンを食べることができます。
 お一人様やお友達、大切な人とゆっくりお楽しみ下さい。
 もしもお声掛けがあれば宵雛花・千隼もご一緒します。一切れ食べて持ち帰ろう…みたいな顔をしています。

●受付
 タグに受付中の表記がある限り、のんびり受付しています。
 人数制限も特に設けません。
 複数の場合【チーム名】かお互いの呼称と(ID)を明記して下さい。全員が受付期間内、また同〆切内でご参加下さい。

 それでは、ご参加を心よりお待ちしております。
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第1章 集団戦 『嗚咽への『影』』

POW   :    嗚咽への『器』
戦闘力が増加する【巨大化】、飛翔力が増加する【渦巻化】、驚かせ力が増加する【膨張化】のいずれかに変身する。
SPD   :    嗚咽への『拳』
攻撃が命中した対象に【負の感情】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【トラウマ】による追加攻撃を与え続ける。
WIZ   :    嗚咽への『負』
【負】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【涙】から、高命中力の【精神をこわす毒】を飛ばす。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


「いらっしゃいませ、こんにちは! フォトスポット『ハピネス』にようこそ!」
 賑わうショッピングモール、その入り口側の一際広いスペースに新しいフォトスポットはできていた。
 外から見ればそれは、大きな硝子の塔だ。高さは三階ぶんほどでそれほどでもないが、中には目を惹くスタジオのセットさながらのフォトスポットが出来上がっている。
 右手奥では本物の藤棚が咲き誇り、左手奥には風船が弾む。ぐるりと回り込んだ一番奥に廃墟とアネモネが静かに佇み、入って真っ直ぐ進んだ真ん中に、空へ上がる螺旋階段がある。
 少女たちは弾んだ足取りで、出来立ての受付に駆け寄った。店員がこんにちは、と笑う。
「今日はカメラをご利用ですか?」
「ご利用です! 即現像で、データもください!」
「かしこまりました。ではお帰りの際にあちらのコーナーでカメラの返却と写真を――と、大変申し訳ありませんお客様、現在スポットのご利用が全て埋まっているようで……」
「ええっ、入れないの?」
「しばらくすれば場所は空きますから、少しお買い物などをしていただけると……」
 申し訳ありません、と店員が眉を下げるのに少女たちも些かしょんぼりした風だ。けれども。

「えっ、いまあっちのスポットすごい美人いた~」
「めっちゃ可愛い子いた」
「イケオジいた!!」
「推せる顔いた……! なにあれアイドル? タレント? 今日撮影日?」
「じゃあしょうがないか~。っていうかいいなーああいう服! ねえ、場所空くまでみんなでお揃いの服とか見に行かない?」
「ていうか今のひとたち芸能人かなー、あとで写真とか見れないかな!」
 わいわいと言い合いながら、少年少女たちはしょげたことも忘れた様子でフォトスポットを後にする。
 その後ろでじわりと染みだす影は、目にされず、不吉な嗚咽は楽しげな声にかき消される。
花房・英
寿(f18704)と①(ステシの服です)

今日の格好、春らしいね
うん、似合ってると思う
可愛い、とはうまく言えずにそう答えて
…俺の事はいいよ
真っ直ぐ褒められるの未だに慣れない

却下
その格好で飛び跳ねたら転けるよ
それならいいよ

いいけど、俺だけで撮るの?
なんで?と理由を尋ねて
駄目、なんて答えるけどくるくる変わる表情が見たいだけ
別に、いつも一緒にいるだろ
いやもう、分かったから…
少し意地悪した事を後悔しながら、恥ずかしさを誤魔化す
それで、どこで撮るの
悪戦苦闘している寿からスマホを取って
貸して。ほら、撮るよ
うん、送っておいて

その内に花に夢中になってる寿の写真を撮ってみる
気づかなかった寿が悪い
返す声は多分明るい


太宰・寿
英(f18794)と① (ステシの服です)
春色のメイクにワンピースで

このワンピース可愛いでしょ、お気に入りなんだ
リップも新色なんだよ
英の服もいいね、何着ても様になるよね

ね、あっちに遊べそうな遊具もあるけど…
はーい…それなら藤棚がみたいな
いい?

写真撮っていい?
撮りたいから!
えぇ、駄目なの?
撮ればいつでも見れていいなと思ったのに
それはそうだけど…そうじゃないんだもん
英は背が高いし格好いいから、すごく映えるよ!ひとりが駄目なら一緒に、ね?
インカメラでこうやって…あれ…難しい…
うまく入りきらなかったり、腕が動いたり
あ、ありがとう
わぁ、ちゃんと撮れてるね
あとで送っておくね

何して…あ、私の写真いつの間に!



 少しおめかしをして。そう言われて悩んだ挙句、太宰・寿(パステルペインター・f18704)が選んだのはお気に入りのワンピースだった。
 大好きなミモザがやわらかく靡くワンピースのそこかしこを彩って咲き、袖はすっかり冬から気を緩めた春風を通して白く透ける。髪飾りもミモザで揃えて、今日はいつもより少しだけメイクを張り切ってみることにした。
 派手ではないながら、春の新色で揃えたメイクは、特にリップがお気に入りだ。だから。
「今日の恰好、春らしいね」
 花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)にそう言われて、思わず嬉しくて顔が緩んだ。
「可愛いでしょ、お気に入りなんだ。リップも新色なんだよ」
「……うん、似合ってると思う」
 英は少し答えに迷ったような間を置いて、こくりと頷く。その彼の目元にはいつもと少し違う黒縁の眼鏡があった。何気ないふうのシャツも白のジャケットで纏めて、濃色のジーンズがラフながら綺麗に印象を引き締める。かっこいいなあ、とは緩んだ口許から零れ出た本音だ。
「英の服もいいね。いつもだけど、何着てもさまになる」
「……俺のことはいいよ。それよりどこ行きたいの、フォトスポット」
 少しだけ口ごもってから、話を切り替えられてしまう。けれどきっと嫌がられてはいないのだろう。英が言葉に置く間の意味を少しだけわかって来たような気がして、寿はまたひとつ笑みを柔くする。
 真っ直ぐ褒められるのに英が慣れていないことはなんともなしに察しても、可愛いとうまく言えなかったことには、すっかり気づかずにいたけれども。
「どこにしようか。あっ、あっちに遊べそうな遊具もある……」
「却下。その恰好で飛び跳ねたら転ぶよ」
 即答だった。うう、と寿の視線は、ふわふわと風船と弾めるスポットから逸れる。靴にヒールもないのに。ヒールの問題じゃない。なんて取り付く島もない。
「はーい……それならあっちの藤棚が見たいな。いい?」
「ん、それならいいよ」
 やった、と嬉しそうに寿が笑えば、釣られたように英も少し笑ってくれた。

 藤棚は見事な作りで、英の背よりもずっと高くから咲き落ちるのに、足元まであろうかというものもあった。すごい、と見上げるままに英が呟けば、すごいね、と寿が素直に頷く。
「ね、英、写真撮っていい?」
「いいけど……俺だけで撮るの? なんで?」
「撮りたいから!」
「じゃあ駄目」
 にべもない答えを返せば、ええ、と寿がわかりやすくしょんぼりした顔になる。さっきまで笑っていたのにくるくると変わる表情は、どれだけ見ていたって飽きないものだ。それが見たくて駄目だと言ったのがわかったら、今度はどんな顔を見せてくれるのだろう。英が考え巡らせながら見つめる先で、寿は手にしたスマホを両手でぎゅっと握る。
「駄目なの? 撮ればいつでも見れていいなと思ったのに……」
「……撮りたい理由ってそれ?」
「え? だめ?」
「だって、別にいつも一緒にいるだろ」
 そういう約束をしたし、約束がなくたって離れるつもりなんかない。とはいえ駄目とも言い難くて英が次ぐ言葉を探すうちに、寿のほうが言葉を重ねる。
「それはそうだけど、そうじゃないんだもん。ほら、英は背が高いし恰好いいからすごく映えるよ?」
 藤だって、庭の花だって似合う。ほんものが一番でも、こうして自分のスマホの画面に映っている英はやっぱり魅力的で、そこにもいてほしいと思ってしまう。
 衒いなく重ねられる寿の言葉に、なおさら言葉を詰まらせてしまうのは英のほうだ。
(……意地悪するんじゃなかった)
 後悔を覚えながら、とんでもなく恥ずかしい心地を顔色に出さないように苦心する。俯いたって覗き込まれる身長差だ。いやもうわかった、わかったから、と言えば、ぱあっとうれしそうに寿が表情を輝かせる。
「そうだ、ひとりが駄目なら一緒に、ね?」
「いいよ……寿の好きなようにして。この辺とか?」
 流石フォトスポットと言うだけあって、どこで撮っても映えるようになっているらしい。嬉しそうに腕を伸ばしてスマホを翳した寿は、しかしどうにも上手く画面に収まらないようで、あれ、と首を傾げている。それをひょいと英が取った。
「貸して。――ほら、撮るよ」
 カシャ。電子的なシャッター音が鳴って、藤とふたり、綺麗に収まった一枚が寿のスマホの画面に残る。
「ありがとう、英! わぁ、ちゃんと撮れてる。英にもあとで送っておくね。写真にもできるって聞いたし、それでもいいかなぁ」
 嬉しそうに笑う寿は、じっと画面を見つめたり、そのうち藤を見つめて、その写真も撮ってみたりと楽しげだ。その横顔を、英がさり気なく自分のスマホで撮ったのは、少しだけ寿の『撮りたい』を理解できたせいかもしれない。可愛いと言う代わりに、カシャ、と控えめな音が鳴る。
「英、何して……あ、私の写真、いつの間に!」
「気づかなかった寿が悪い」
 カシャ。
「また撮ったでしょ。今のはだめ、絶対可愛くない顔してたもん!」
「大丈夫だよ」
 ちゃんとかわいい。――そんな言葉はやっぱり上手くは言えずに、けれどちゃんと写真として形に残ってくれたようだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

星崎・千鳥
【空鳥】①
敵は気にせず

着付けは祖母から仕込まれ済み
双良、手伝おーか?
そーだね、嫌なコトに紐付くとそーなるよね
ボクは学校がや、だった
恐いモノが視えるって逃げたら笑われたり叱られたり
でも銀誓館で双良と出会って
学校も悪くないなってなった
遊んだり体育サボって追いかけ回されたり、ね?
双良もさ、お着物、そう思えるといーね
(手鏡見せる)
ほら男前


新しーたのしーを沢山重ねてこ
青春2巡目なんて超レアなんだしね
照れ笑いで並びカシャリ

雨降るような藤の元
赤い番傘が鮮やかに咲いてる
並んで撮った写真は後の楽しみ

ぱりっとしたの着ると背筋伸びるね
ボクも普段よりビシッとしてるでしょ?
…えーしてない?

藍に雪花絞りの着物、帯は藤色


蓮見・双良
【空鳥】①
敵は気にせず

着流し、着てみない?
…着方、わからないけど
提案には微笑み礼を

名家出の母と一般人の父
彼らを蔑ろにした厳格な祖母と
彼女を疎んだ僕

…和物はずっと避けてたからね
七五三では着たけど
あの頃からもう嫌々だったよ

でも、ふと興味が湧いた
相棒の和装を見てみたかったし
同じ格好で隣に立ってみたかった

ふふ、あったねそんな事
毎回追いかける身にもなって欲しいんだけど?(くす
寄り添う声には微笑し
そうだね
ちぃも、やっぱり良く似合ってる

今が青春2巡目なら
今度こそ悔いのないようにしたいな
番傘を手に
柔らかに満面に笑顔の花咲かせ

藍の着物に横縞帯
着慣れない着物は窮屈だけど
不思議と背筋が伸びる
ビシッと…してるかなぁ?



 青春は一度きりだと、誰が決めたのだろう。
 きっと決まりではなくともそれが当たり前で、それこそ春風みたいに強く速く、輝かしく過ぎた時間を回顧する頃には大人になっていて。
 それから。――もう一度始まったことを知った。

 わいわいと弾んで収まらない声をあげて、少年少女たちが過ぎて行った。歳の頃は十六、七。高校生くらいだろう。彼らは入れずに出て来たばかりのフォトスポットを何度か振り返りながら、楽しそうに笑い合って、影の手の及ばぬところへと去ってゆく。
「青春だね。こっち、また戻ってこないといーけど」
 今の自分たちは、彼らと同世代にきっと見えているんだろう。星崎・千鳥(元電波系運命予報士・f35514)が目をやった先で蠢いた影は、気に留めず視線を外せばずるりと沈む。
「そのために僕らが来てるんだよ。戻って来ても視線が惹ければ問題ない」
 なら、と蓮見・双良(夏暁・f35515)が顔を上げた先に見つけたのは、レンタル衣装店のショーウィンドウに飾られた数着のひとつ。
「ちぃ、着流し、着てみない?」
 着方はわからないけど、と付け足しながらも千鳥を誘えば、千鳥は飾られた着流しと双良を見比べてから、のんびりと首を傾げた。
「じゃあ双良、着付け手伝おーか?」
 勿論ボクも着るけど、と言う千鳥は、着付けは勿論煮物だって祖母から仕込まれている。その提案に、双良は微笑んで頷いた。
「頼むね、相棒」

 双良が選んだのは、藍の着物と横縞帯のシンプルなものだった。帯の色は双良の瞳の色とよく似たもので、千鳥の手によって淀みなく結ばれてゆく。
 それが嫌でないのを、双良は何処か不思議な心地で見ていた。
「双良、苦しくない?」
「うん、平気。……和物はずっと避けてたからね」
 何気ない確認に頷いた。その問いはもしかしたら、帯の心地のことだけではなかったのかもしれない。
 双良は名家出身の母と、一般人の父を持つ。けれど、家柄を重んじる厳格な祖母は、両親を蔑ろにした。そんな祖母をどうしたって双良は疎んだ。そして祖母がいつも纏っていた和服も和物も、避けるようになった。
「七五三では着たけど、あの頃からもう嫌々だったよ」
「そーだね、嫌なコトに紐付くとそーなるよね」
 それでもいま、ふと興味が湧いた。相棒の和装を見てみたかったし、同じ格好で隣に立ってみたいと思えた。
「ボクは学校がや、だった。恐いモノが視えるって逃げたら笑われたり叱られたり」
 帯を結ぶ音と、千鳥の声が程近くに聞こえる。聞き慣れた声であり、なんだか懐かしい気もするのがどうにもちぐはぐだ。
「でも銀誓館で双良と出会って、学校も悪くないなってなった。……遊んだり、体育サボって追いかけ回されたり、ね?」
「ふふ、あったねそんなこと。……毎回追いかける身にもなって欲しいんだけど?」
 くすくすと軽口を笑って返せば、千鳥もえー、といつかと変わらない反応をする。その手が伸びて来て、渡されたのは手鏡だ。大きいほうがいーかな、と全身の映る鏡のほうへ千鳥がひょいと腕を引く。
「双良もさ、お着物、そう思えるといーね」
 嫌だったものが、楽しいことで塗り替えられて行ったあの日々みたいに。
「――ほら、男前」
 鏡には違和感なく着流しの藍色を纏った双良が映っている。
 その隣には雪花絞の藍色の着物に藤色の帯を結んだ千鳥がいた。それがやっぱり、嫌ではないから。ゆっくりと双良も頷く。
「そうだね。ちぃも、やっぱりよく似合ってる」

 着流しに着替えた二人が選んだフォトスポットは、藤棚だ。赤い番傘を借りて開けば、雨のように藤が降りしきる。スタッフに写真を頼むと、本格的なカメラが二人のベストショットを撮るべく構えられていた。現像はもちろん、データもそれぞれの端末に送ってくれるらしい。
 カシャリ。カシャン。カシャン。
 惜しみなくシャッターが切られてゆく。レンズの向こうに映っているのが、自認よりは十ほども縮んだ姿だと思えば、まだ少しの違和感と――楽しさがあった。
「ぱりっとしたの着ると、背筋伸びるね。ボクも普段よりビシッとしてるでしょ?」
「うん、着慣れないから窮屈だけど、不思議と背筋が伸びる……」
 けれども。双良は千鳥を改めて見て、見て、そして首を傾げた。
「ビシッと……してるかなぁ?」
「えー、してない?」
「着付けしてくれたし、してるってことにしておく?」
「してないって言ってるのと一緒だよ、それ」
 何気なく話せば、なんでもなくとも話が弾むのは、あの少年少女たちと同じだ。
「今が青春二巡目なら、今度こそ悔いのないようにしたいな」
「ん。新しーたのしーを沢山重ねてこ」

 ――青春二巡目なんて超レアなんだしね。

 双良が満面の笑顔を花咲かせ、千鳥は照れるように笑う。
 藤の花と番傘が彩る中、二人並んだとびきりの一枚が、青春二巡目に残された。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リュカ・エンキアンサス
ディフお兄さんf05200と

①藤棚
それにしても…(笑いをこらえている
いや、何でもな……
ほんと何でもないって、お兄さんかっこいいよ
ほら、せっかくなんだからきりっとした顔してて
いや、ほんとのホントにかっこいいと思うんだよ
だからもうちょっと表情筋頑張って。ちゃんと撮影するから
もっといい機材借りてくればよかったね(携帯でぱしゃり
何に使うって……?
印刷してお兄さんに見せて遊ぶつもりですが何か?
だって俺は物を持たない主義だから

俺も?
撮ってどうするんだろう。別にいいけど
この格好で決めるの、難易度高いな

…あ、そういえばさー
……(さり気なく聞こうとして
お兄さん誕生日に欲しいものない?(諦めた
時計?腕?置き?
了解


ディフ・クライン
リュカ/f02586と

笑い堪えてるリュカを見て
…なに、リュカ
いやいい、わかってる、浮いてるって言いたいんだろう
眉下げて困り顔
猟コレでお願いしたのは礼装だ
普段着風のリュカとは違って、ショッピングモールでは浮くだろうさ…
カッコいいって言われてもずっと笑ってるじゃないか
表情筋…わかった、一度だけだよ?
あまりしたことのない表情だが
きり、と表情引き締めて

ところでこの写真、何に使うつもり?
…遊ぶ
理不尽では

ほら、次はリュカの番
スマホ構えて
決めてみせてよ

(魔法陣使い瞬時にいつもの黒尽くめの服に着替え)
うん?
直球の問いに瞬き
欲しいものか
年齢的にリュカに頼むのもどうかとは思ったんだけど
時計、かな
シンプルな置時計



 硝子の塔の中で、青空から降る藤が清々しい陽光を受けて咲いていた。
 あたらしい硝子はよく澄んでいて、内側からショッピングモールの賑わいはよく見えるが、外側からは鏡になっていて、この塔の内側を見ることはできない。
 だからこそ内側に蠢く影は何気なく週末を過ごす人々に見られることはなく、気紛れに入って来た人々は、スポットを埋める華やかな姿にばかり目をやった。
「すごい、今藤棚にいたひとめちゃくちゃ美人……! 足長いし腰細いしスタイル良……」
「コラァ! 他人様で勝手に目の保養しないの! 私は一緒にいた男の子が可愛いとかっこいいの狭間にいる大人でも子供でもない少年ならではの感じがたまらな――」

 他のお客様のご迷惑になりますので、と些か低い声で言われた女性客たちがそそくさと塔を出てゆく。それを気配と音だけで聞き取って、リュカ・エンキアンサス(蒼炎の旅人・f02586)は携帯端末を向けたままのディフ・クライン(雪月夜・f05200)へ画面越しでない視線を合わせた。
「美人だって、お兄さん」
「リュカだって可愛いだのと言われてたようだけど。……ところで、まだやるの?」
 言われるまま藤の中に立つばかりのディフは、軽く肩を竦めてから首を傾げる。
「まだ撮れてないから。……それにしても」
 携帯を構えたまま、リュカはふと言葉を途切れさせて、顔を俯かせた。撮れていないのはこのせいだ。撮ろうとすると、小刻みに肩が震えてしまう。――笑いを堪えているせいで。
「……なに、リュカ」
「いや、何でもな……ふふ」
 目の前には藤棚を背に立つディフがいる。彼がいま身に着けているのは、春のコレクションで仕立てて貰った礼装だ。お披露目服として成ったそれは、黒で統一したスーツに雪の結晶や金の刺繍が施され、襟元には大切な青が光る。裏地にもさり気なく鮮やかな青が覗くその衣装は、パーティ会場などであれば華やかに馴染んだだろう。けれど、撮影スポットから視線を動かして見えるのは、何気ない風景なのだ。
「いやいい、わかってる。……浮いてるって言いたいんだろう」
 ディフは先んじて制するように言って、困った様子で眉を下げた。撮影スポットならば充分過ぎるほど映えるのだが、ショッピングモールではいささか華がありすぎて浮いてしまう。それもディフの整った容姿があればこそではあるものの、そのちぐはぐさがどうにもリュカの笑いのツボを捉えてしまったらしかった。
「いや、ほんとなんでもないって。お兄さんかっこいいよ。……ふふ、ふ」
「かっこいいって言われても、ずっと笑ってるじゃないか」
「いや、ほんとのホントにかっこいいと思うんだよ。だからほら、もうちょっと表情筋頑張って」
 俺も腹筋頑張るから、と随分離れた場所の筋肉を引き合いに出して、リュカは改めて携帯を構え直した。格好いいと思うのは間違いなく本当だ。その証拠に、こうして藤と共に収めれば、おそろしいほど絵になってくれる。
「表情筋……」
「せっかくなんだから、きりっとした顔してて」
「きりっと……?」
 そう言われたところで、普段から表情筋は仕事を忘れがちだ。ディフは少し首を傾げて、それからやっと頷いた。
「……わかった、一度だけだよ?」
「うん。ちゃんと撮影するから」
 あまりしたことのない表情で、自身が再現できるかはさておいても、表情としての想像はつく。ぐっと表情を引き締めれば、カシャンと電子的なシャッターの音がした。
「ん、撮れた。どうせならもっといい機材借りてくれば良かったね」
 満足げにリュカが自身の携帯を確かめて、よし、と頷く。解像度も問題なければ、被写体は最高だ。
「ところでこの写真、何に使うつもり?」
「え……? そんなの、印刷してお兄さんに見せて遊ぶつもりですが何か?」

 あそぶ。ディフが平たく繰り返して、少しだけ間があった。遊ぶ?

「……理不尽では」
「だって俺は物を持たない主義だから」
 機材は借りなかったが、データの印刷は携帯端末からでも出来ると聞いた。文明の力ってすごい。
 などとリュカが無表情のまま今後の楽しみを見出しているあいだに、ディフはひゅんと魔法陣を足元にひらくと、瞬く間にいつもの黒尽くめの服に着替える。多分目的は果たしたはずだ。きっと。
「ほら、次はリュカの番」
 軽くリュカの背を押して、今度はディフがスマホを構える。使い慣れた画面に、青色の少年が映った。
 ディフとは反対に、普段着風に仕立てられたリュカの服は、街角と春風がよく似合う。青空を写したようなパーカーに星空を注ぎ込んだようなストールが鮮やかで、着崩したシャツが何気ない。藤の前へと立てば、柔らかな藤色と青が綺麗に重なった。
「俺も? 撮ってどうするの……いや、別にいいけど」
「いいならほら、決めてみせてよ」
「ええ、この恰好で決めるの、難易度高いな」
 お兄さんみたいに格好良さ特化じゃないんだから、などと言いながらも、少し悩んだリュカはポケットに押し込んでいたイヤフォンを耳につけた。それにディフが、いいね、と微かに笑う。待ち合わせ相手を待っているような雰囲気だ。
 カシャ、とシャッターの音を聞いて、リュカが藤の傍からディフのほうへと戻って来る。そうして、些かの棒読みで。
「……あ、そういえばさー」
「うん?」
「……、……お兄さん、誕生日にほしいもの、ない?」
 リュカとしてはさり気なく聞くことを目標としたが、そういえばの続きがてんで出て来なかった。秒で諦めて、素直に訊く。
 ディフはきょとんとした様子だったが、少し考えてから、年齢的にリュカに頼むのもどうかとは思ったんだけど、と前置いて答えた。
「時計、かな」
「時計……腕? 置き?」
「そうだな……じゃあ、シンプルな置時計」
「了解」
 覚えるようにリュカが頷いて、二人はそれぞれの携帯端末を手に受付のほうへと向かう。
 再び重なる何でもなくて楽しげな応酬に、影はその姿を見せることはなく、澄んだ夜色と青が写真に残った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アリスティア・クラティス
【正義】②
資料無し・白のレースを限界に使用したふわふわしたゴスロリドレス風洋服、膝下スカート

まあっ――素敵!まるで童話のよう!
もう、これでもかとばかりにガッと洋服を用意してバッと着替えるわっ。
一度着てみたかった可愛いけれども機能美の欠片もない、ふわっふわのドレスこそ、こういう日には向いていると思うっ。ね、クロウ!

エアー遊具って、実はこの世界で見る度に気になっていたのよね。こんな時の為の見えても大丈夫、ペチコート!れっつごー!
私、一度やってみたいことがあったのっ。絶対割らないからと先端の丸い傘の持ち込みを頼み込んで、傘で空飛ぶ映画のワンシーン!
駄目ならば二人で空に跳ねるだけでも、写真にパシャリ!


杜鬼・クロウ
【正義】②
茶色のスチームパンク衣装
ステッキ傘

こんな場所が出来たンだなァ
アリスティアが凄ェおめかしするっつーから俺もばっちり決めてきたぜ
白のゴスロリたァ予想外だったわ
似合ってンよ(ウインク
普段からもっと着てもイイんじゃねェか?
ファッションで悩んでるなら俺が相談に乗るぜ!人の服選ぶのも好きだしよ

えあー遊具って案外でかいな
こんな風に跳ねるのも悪かねェ(風船に体重預け
お、何かヤりてェコトあるのか?
あァ、こんなコトもあろうかと俺も持ってきたンだわ(傘取り出し
ポーズ決めて、ここにいる全員釘付けにしちまおうぜ

宙を飛べそうなら傘差して記念撮影
風船に座りゴーグル掛けて決めポーズも

あっ目ェ瞑っちまった!もう一回!



 ふっくり膨らんだカラフルなアーチが出迎えて、一歩進めばふかふかのエアー遊具の中にいる。
 その彩りは大人も子供も問わず胸弾むもので、アリスティア・クラティス(歪な舞台で希望を謳う踊り子・f27405)も思わず声を上げた。
「まあっ――素敵! まるで童話のよう!」
 そこかしこに溢れた風船が歓迎するようにふよりと寄せて、アリスティアは嬉しそうにその風船たちを抱き締めた。その袖や裾もふわりと軽やかに膨らむ。
 アリスティアがこの場に来るためにと選んだ服は、真っ白なゴシックロリータ風の洋服だ。ふんだんに白のレースをあしらった甘やかなデザインで、スカートの裾はたっぷりのペチコートでふわふわと揺れて、いつもよりも少しあどけなくアリスティアを飾ってくれた。
「見て、クロウ!」
「あァ、こんな場所が出来たンだなァ」
 アリスティアに続いたのは杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)だ。はしゃいだ様子で満面の笑みを見せるアリスティアを微笑ましそうに見て、悪戯っぽく笑う。
「凄ェおめかしするっつーからどんな服かと思ってたけど、白のゴスロリたァ予想外だったわ」
「ふふ、そうでしょう? 私としても一度着てみたかったのだけど、どんなに可愛くても機能美の欠片もないふわっふわのドレスこそ、こういう日には向いていると思うっ」
「……褒めてンのか? それ」
「ええ!! ね、クロウ!」
 アリスティアが喜色満面で胸を張る。いや半分くらい貶してなかったかと思わなくはないが、彼女が嬉しそうなのでまあいいかと思うことにして、クロウはそうだな、とぱちんとウインクをした。
「似合ってンよ。普段からもっと着てもイイんじゃねェか?」
「機能美がない普段着はちょっと……」
「お前服にナニ求めてンだ?」
「それよりクロウも素敵じゃない、その服!」
 一瞬すんと冷静になったアリスティアは、ぱっと笑ってクロウを改めて見る。
 クロウの服は、茶色を基調としたスチームパンク風の衣装だ。頭には使い古したふうのゴーグルがあり、そこかしこに覗くベルトがスタイルの良さを際立たせる。
「あァ、俺もばっちり決めてきたぜ」
「まあっ、さすがねクロウ! 写真はカメラを頼んでいるし……もう早速撮ってしまいましょうか」
 ふたりともおめかしが完璧ならば、何も躊躇うこともない。カメラを頼んだスタッフのほうを見やれば、いつでもどうぞとばかりに手が振られていて、二人で弾むままに手を振り返した。

「しかし、えあー遊具ってのは案外でかいな。たまにはこんなふうに跳ねるのも悪かねェ」
「実はこの世界で見るたび気になっていたのよね。……それに私、一度やってみたいことがあったのっ」
「お、ヤりてェコトあるのか?」
 全身を受け止めてくれる風船に身を預けながらクロウが訊き返すのに、アリスティアはきらきらと目を輝かせて頷いた。
 手に取り出したのは、持ち込みをどうにか頼み込んでいた白い傘だ。
「これ!」
「傘?」
「そう、傘で空飛ぶ映画のワンシーン!」
 ――の、ような写真を撮りたい。その期待と楽しみを隠さないアリスティアに、クロウは思わず釣られて笑う。
「イイな、ソレ。あァ、こんなコトもあろうかと俺も持ってきたンだわ」
 さらりと言ってクロウが手にしたのはステッキ傘だ。自分の衣装に合わせて、色は飴色。ふたりぶん揃った傘を見て、尚嬉しそうにアリスティアが笑う。
「なら、二人で飛びましょう!」
「イイけど、スカート平気か?」
「こんなときのための見えても大丈夫、ペチコートがあるわ! れっつごー!」
 アリスティアの声を合図に、二人ははしゃいだ足取りで風船の上を跳ねて、飛んで、一番高いところで傘を開く。
 ふわりとした浮遊感はほんの一瞬。すぐ落ちてしまうけれど、その一瞬をカメラは決して逃さない。
 カシャ、カシャ、カシャン。連続した音のすぐあとに、ぽよんと風船たちと二人が跳ねる。
「あっ、目ェ瞑っちまった! もう一回!」
「ふふ、ええ! 何度でもいいわ!」
「せっかくだ、ポーズ決めて、ここにいる全員釘付けにしちまおうぜ」
 何度も楽しいままに跳ねて、飛んで。まるで風船と傘で空を飛んでいるようなとびきりの一枚が撮れた、その後も。せっかくの服と場所をを楽しみ切るように、二人は何枚も写真を重ねた。
 さて現像するのはどれにしようかと二人で唸って悩むのは、少しあとのことになる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

月居・蒼汰
③ラナさん(f06644)
なんでもない日だからこそ
普段通りの装いで

一面の青い花の海
廃墟とのコントラストが綺麗で
まずは花を収めて
それから、ラナさんを
それなりに映え…を意識して
スマホを斜めに傾けたりとか色々…
一面の青の中に立つラナさんが
いつにも増して綺麗に見えたからつい見惚れて
一枚目はちょっと失敗
ラナさん、そのまま…もう一回、いいですか?
照れ笑いしつつもう一回
俺の方は一応格好良く見えるように意識はするけど(きりっ
緊張がそうさせてるだけかも
待受は勿論と頷いて
じゃあ俺も、いいですか?なんて

折角だから…
肩を寄せて、ネモフィラが入るように
少し上からの一枚を
これが一番自然に笑えてるのは
きっと気のせいじゃない


ラナ・スピラエア
③蒼汰さん(f16730)
ステの通常姿

悲しい廃墟に咲く一面の水色がとても綺麗で
カメラも忘れてつい見惚れてしまう

カメラを向けられたら
少し笑顔がぎこちなかったかも
もう一回、ですか?勿論です
今度はきちんと微笑んで
彼の目に映る自分は
いつだって一番素敵でいたいから

あの、私も良いですか?
蒼汰さんへスマホを向け
青の中に佇む蒼汰さんは
どこかいつもと違う雰囲気でカッコいい
映える、はとても素敵な写真のこと
蒼汰さんに教わったそれは
彼の姿だけでそうさせる

…その、待ち受けにしても?
彼の問いには頷きを
いつでもお傍にいられますね

肩が触れれば鼓動が早くなるけれど
青の中で微笑む姿は特別で
…やっぱり
一緒に写れるのが一番嬉しいです



 ――いつも通りの服で行きましょうか。
 どちらともなくそう言って、月居・蒼汰(泡沫メランコリー・f16730)とラナ・スピラエア(苺色の魔法・f06644)はふたり同じに頷いた。
 なんでもない日だからこそ、着飾っても飾らなくても良いならば、いつものふたりで行けたなら良い。『いつも』と当たり前に言える日々が、重なっているのだから。

 蒼汰とラナの目の前に、静かな白と青が広がっていた。
 海よりも柔らかく、崩れ落ちた白亜の廃墟を労わるように一面に咲くネモフィラの花。
 撮影用として作られたと知ってはいても、剥き出しの瓦礫はどこか悲しい。その静かな悲哀を掬い上げるような小さな花たちがひどく綺麗に見えて、ラナは手にしたスマホのことも忘れて見惚れてしまう。
 カシャ。
 控えめなシャッターの音がしてラナがふと我に返ると、蒼汰が優しい表情で廃墟と花を写真に収めていた。
「……綺麗ですね。どこか遠くに来たみたいで」
「はい。すぐ近くにお店があるなんて、忘れてしまいそうです」
 笑い合いながら、花の奥へと足を進めてみる。
 忘れられた街の一角のように作られた廃墟のフォトスポットは、他よりも少し空間を広く取ってある。花の中に立てば、どこから撮っても廃墟と花が画として収まるようになっていて、それは廃墟に座ったりしても同じことだ。どこからでも絵になればこそ、少し工夫をすればより映えるだろう。
「ラナさん、撮ってもいいですか?」
「あ、わ……はいっ」
 花の中で景色に目を奪われていたラナは、蒼汰の声に少しだけ緊張したように振り向いた。それに目を細めて、スマホを向ける。自分の手の中の画面に、一面の青と廃墟の白、そして大切なひとが収まる。
(……綺麗だな)
 カシャリ。声にせず見惚れるまま撮った一枚目は、あ、と思った頃には少し失敗してしまって。
「蒼汰さん?」
「あの、すみませんラナさん、そのまま……もう一回、いいですか?」
 見惚れていて失敗したなんて言えはしなかったが、蒼汰が誤魔化すように照れ笑いを浮かべるのに、ラナもどこかほっとしたように頷いた。
「はい、勿論です」
 私もぎこちなかったかもしれないから、とラナも蒼汰から真剣に向けられたカメラと視線にすこしばかり緊張していたのを明かして、二人でくすくすと笑い合う。
 蒼汰は今度こそと向けたスマホを、斜めにしたり、ピントを合わせたりと、それなりに『映え』るように意識をしてみる。この目に映る、一番綺麗な彼女を写せるように。
「じゃあ、撮りますね」
「はい」
 ふわ、とラナがやわらかく微笑んで、シャッターの音が鳴る。やっぱり緊張はしたけれど、今度はちゃんと笑えただろう。
(彼の目に映る自分は、いつだって一番素敵でいたいから)
 いつだって、写真であったって。自然にそう考えて、淡く頬が熱を帯びる。それを誤魔化すようにきゅっと目を閉じて頬に手を当ててから、ラナはあの、と蒼汰を見上げた。
「蒼汰さん、私も良いですか?」
「俺、ですか? ええと……はい」
 確かにこれはなんだか緊張しますね、と蒼汰が眉を下げて笑って、ラナと場所を代わるようにネモフィラの奥へ進み入る。
 ラナはスマホを蒼汰へと向けて、わ、と密かに声を上げた。いつだって傍で見ているけれど、静かな青の中に佇む彼は、どこかいつもと違う雰囲気を纏う。
(カッコいい……)
 何度も思うことを改めて思って、ラナはふと蒼汰に教わった『映える』を思い出した。とても素敵な写真のこと――らしいそれは、彼の姿がそこにあるだけで、きっとぜんぶがそうだ。
「撮りますね。……えいっ」
 カシャ。ちいさな音ひとつで、彼の姿が手元に残る。それにへにゃりと表情を緩める先で、精一杯きりっと格好よくを心掛けた蒼汰もほっと肩の力を抜いていた。
「蒼汰さん、撮れました」
「ふふ、よかったです」
 穏やかに笑って、ラナと蒼汰はどちらからともなく花の中で隣合ってお互いの画面を見せ合う。
「……その、待ち受けにしても?」
 ラナが照れたように上目遣いで問うのに、蒼汰は一瞬きょとんとした顔をしたあと、笑って勿論と頷いた。
「じゃあ俺も、いいですか?」
「はい。これでいつでもお傍にいられますね」
 頷き合って、合った視線で笑い合う。いつも通りで、かけがえのない時間だと、何度だって思う。
「ラナさん、折角だから……」
 上を見てください、と蒼汰は片腕でスマホを掲げ、自然に肩を寄せた。ほんの少し互いの肩が触れ合うだけで、どちらともの鼓動が跳ねる。
「あ……」
 上にあるスマホの画面には、二人の姿と、ネモフィラの青が綺麗に収まっていた。それについ微笑んでしまうのは、きっと写真を撮るためだけではない。

「――やっぱり、一緒に映れるのが一番嬉しいです」

 カシャリ。
 青の中、ふたり寄り添って微笑む。その笑顔がどの一枚よりも自然で幸福な笑みだったことは、きっと気のせいではなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

城野・いばら
花兎


春コレのイースター衣装でお出かけ
皓湛とお揃いの特別なお洋服
着たらキモチも一等、ルンルンしちゃう

カラフルな風船さんが沢山の場所は
不思議の国みたいで
今の私達
住民ですって言っても不思議じゃないかも、なんて
普段と違う雰囲気の皓湛もとっても素敵
んふふ、有難う
お気に入りのスカートでカーテシー返し
ね、兎湛
大きな風船さんで跳べるのですって
どっちが高く跳べるか競争よ

まあ、大丈夫?
つるてん兎湛に手貸そうと駆けたら
ウサいばらも弾みで一回転
見合わせ、咲って
ええ、もう一回!

弾む心にそっとUC乗せて
影さんにも晴れが届くと良い

いっぱいぴょんぴょんした後は
お写真撮りたいな
うんっ
春コレで見守ってくれてた万禍も
今度は一緒に


汪・皓湛
花兎


いばら殿と揃いの春祭パレードの装い
風船の数と彩りは想像以上
桜道の続きと楽しい予感に心もぴょんと跳ね始める

では我々は、風船の国に住まうウサいばら殿と兎湛でしょうか
いばら殿もとてもお似合いですよ
洋の装いに倣った礼を
競争の提案には目を幼子の様に輝かせ
受けて立ちますとも、と笑顔

万禍は背に括り付けよう
ぴょんぴょんする故、暫しそこに居てくれ
跳ね心地を楽しみにいざ大きな風船へ…わっ(つるすてんっ
…兎でも転ぶ時はございます
気を取り直し、咲って再挑戦
慣れれば本当に兎になった様で
高く跳べれば嬉しくて

心の侭に跳ね、影には心映した白雛芥子を

跳ねた後の記念撮影は是非
皆揃って写れば
春の如く温かな思い出となりましょう



 白い兎耳がぴょこんと跳ねて、パステルカラーの風船アーチを潜りゆく。
 その先はまるでウサギ穴の向こうのようだ。いつも通りの景色ががらりと変わって、不思議の国のようにカラフルになる。そこかしこに色んな形の風船がふわふわ飛んでいて、足元までふっくり柔らかい。
 特別な服で弾むキモチと一緒に駆ければ、体まで軽くなったようだった。
「ねえ皓湛、今の私たち、不思議の国の住民ですって言っても不思議じゃないかも!」
 白と花緑青のドレスにイースターハットを被って、城野・いばら(白夜の揺籃・f20406)が満面の笑みで汪・皓湛(花游・f28072)を振り返った。
 その視線の先で、いばらとお揃いの仕立ての礼装とイースターハットを被った皓湛が微笑ましそうに楽しげに笑う。
「では我々はさしずめ、風船の国に住まうウサいばら殿と兎湛でしょうか」
 春のコレクションに合わせて特別に用意した衣装は、お茶目で可愛いシルエットのイースター衣装だ。花やリボンや兎耳をあしらった楽しげなそれは、風船の撮影スポットによくよく似合う。
 多くを着慣れた韓服で過ごす皓湛の洋装は特に普段と雰囲気をぐっと変えていて、いばらはきらきらと表情をきらめかせた。
「兎湛……可愛い響きね。普段と違う雰囲気の皓湛もとっても素敵」
「いばら殿もとてもお似合いですよ」
「んふふ、ありがとう!」
 いばらはお気に入りのスカートを摘まんで片足を引き、軽く膝を曲げる。カーテシーと呼ばれる仕草で礼をすれば、皓湛も洋装に倣った礼を正しく返す。普段なら大仰になってしまう挨拶も、今この場でこの装いでするならばよく映えた。
 カシャンとシャッターの音がして二人してきょとんとしたのは、そんなつもりもなくやっていたせいだけれども。今撮られたかしら、撮られたようですね、と顔を見合わせて、どちらともなく軽く吹き出した。

「ね、兎湛。大きな風船さんで、どっちが高く跳べるか競争をしない?」
「競争、ですか?」
 目の前に広がるのは、うんと高くまである大きなエアー遊具。その全てが風船と言って過言でないそれは、飛び交う小さな風船たちと同じように軽やかにいばらと皓湛を受け止めて、そして跳ばせてくれるだろう。
 こどもみたいかしら、と言ってから少し照れくさそうに笑ったいばらから持ち掛けられた提案に、しかし皓湛はそれこそ幼子のように瞳を輝かせた。そして嬉しそうに笑う。
「受けて立ちますとも。――な、万禍」
 黒剣たる相棒に声を掛ければ、自分に言うなとばかりの沈黙と、一言だけ落とすなよ、と耳に響いて来る。それに皓湛は大きく頷いて、万禍を背にきゅっと括りつけた。
「ぴょんぴょんする故、暫しそこにいてくれ」
 ぴょんぴょん。おそろしい棒読みで万禍に繰り返されたが、楽しみの前には些事である。
「いつでもどうぞ、ウサいばら殿」
「うんっ。さあ兎湛、跳びましょう!」
 掛け声は子供のように無邪気に、せーの! 合わせた声は一番弾んで――そして軽やかに、つるすてんと皓湛が風船に沈んだ。
「わっ」
 ぼふんと受け止めてくれる風船は柔らかくて、痛みはひとつもない。ただしばらくぽかんとしてしまって、皓湛はぱちぱちと瞬く。
「まあ、大丈夫? ……ひゃっ」
 手を貸そうといばらも駆け寄ろうとしたところで、ぽんと一回転するほうが先だった。同じくぽすんと風船に受け止められて、ぱっと起き上がった少し向こうに皓湛がいる。
「……兎でも転ぶときはございます」
「……そうね? とっても見事に」
 見合わせて、それさえ楽しいままに咲い合って立ち上がる。
「では気を取り直して」
「ええ、もう一回!」
 ぴょん、ぴょん。色とりどりの風船の中を、ご機嫌な兎が跳び始める。
 今度はきちんと気をつけて跳ねれば、すぐに二人とも飛び跳ねることに慣れることが出来た。まるで本当に兎になった心地で、高く高く心の侭に跳ねる。
 途中から競争を忘れていたような気がしなくはないが、一番高いところから青空が見えれば、二人で同じ青を見に跳ねて、また笑う。
 何よりも眩しい楽しさは笑い声と共に晴れ晴れと響いて、溢れ出そうとする影たちまで届けば、そこに悲嘆のいろは残らない。
「ね、最後にみんなでお写真撮りたいな」
 思う存分跳ねて遊んで、空飛ぶ兎たちの写真もいつの間にか収められてから、いばらがそう言ったのに、否があるはずもなかった。みんな、には勿論、万禍も含まれている。
 是非、と皓湛が頷いて、背の万禍を腕に抱えた。
「皆揃って写れば、春の如く温かな思い出となりましょう」
「うんっ」

 ――カシャリ。
 あふれる彩りの中で皆で咲う写真は、花ひらくほど眩しく、幸いの一枚となった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アレクシス・ミラ
【星雨】
③(ステシの騎士正装)

ああ。…ダークセイヴァーでも廃墟を幾つも見たけれど…
咲うネモフィラ達が青空のように見えたからかな
朽ち果てるのではなく、巡り、自然に還っていく…そう感じた

今日は美しい白のドレスなんだね。よく似合っているよ、レディ
婚礼衣装だったのは目を丸くしたが
そんな特別なドレスで来てくれた事に…友として、弟子として
とても光栄で、それに嬉しかった

そうだね…花達も映るようにはどうかな
風に舞う花を手に取るとそれを彼女へ
そして差し出す手はそのままに
…旅をする貴女にとって
未来への導きの一欠片となるような一枚を撮りに参りましょう
それと、よければこの騎士とも撮っていただけますか?レディ
ー我が師よ


氷雫森・レイン
【星雨】

(ブーケの花はツマトリソウ)
「廃墟というのも存外悪くないのね」
何となく私が育った石塔と同じ、死んだ場所という空気ではあるけれど
「だからこそなのかしら」
咲うネモフィラの花達はこの空間にとって“救い”だと思った

本番前に着る婚礼衣装は云々なんて話もあれど、どうせ今の私の旅はそれどころではないのだし
愛弟子でもある騎士様に盛装として見せるぐらい良いでしょう
「ネモフィラモチーフの水着もあったのだけど流石にね。…さて、写真を撮るのだったわね。念動力もあるしアングルは自由よ、どうしましょうか?」
差し出された花に続いた言葉に笑み
「勿論よ。家族写真ならぬ師弟写真にしましょう」
何枚でも心行くまで付き合うわ



「廃墟というのも存外悪くないのね」
 崩れ落ちた白亜の廃墟と、その傍らで労わるように一面に咲く青いネモフィラ。
 それは作り物であると知っていても、永遠に失われた欠落を埋めるようにも、辿り着いた結末を称えるようにも見えるようで――氷雫森・レイン(雨垂れ雫の氷王冠・f10073)にとって、嫌いな場所ではなかった。
 白いドレスを靡かせ、澄んだ水色の軌跡を残してふわりと飛んで、レインはフォトスポットを見渡す。
(何となく、私が育った石塔と同じ、死んだ場所という空気ではあるけれど)
 人の手によって作られた、不自然な静寂と空虚。あとは忘れられてゆくばかりと言うように、瓦礫の山はいっそ安堵しているようにも思えた。
 だからこそだろうか。
「……このネモフィラの花たちは、この空間にとって『救い』のようだわ」
 ぽつりとひとりごとのように呟けば、ああ、と落ち着いた声音がその呟きを掬い上げる。
「ダークセイヴァーでも廃墟を幾つも見たけれど……ここは少し違う」
 本物ではないから、それも当然のことだろう。けれどそれ以上に不思議と本物に近しい何かがあるような気がして、アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)はふと微笑んだ。
「咲うネモフィラたちが青空のように見えたからかな。朽ち果てるのではなく、巡り、自然に還って行く……そう感じた」
「……良い解釈ね。さすが騎士さま、と言っておくべきかしら」
 くすりと笑って、レインはアレクシスを見やる。
 アレクシスの衣装は白に青の差し色が美しい、騎士正装だ。金の意匠が美しい鎧と、凛々しく靡く外套。腰に帯びた剣さえ絵になるそのさまは、まさに誇り高い騎士そのもの。
 アレクシスにとっては纏い慣れたもの故に、ありがとう、と微笑んでその視線はレインへと改めて向く。
「今日は美しい白のドレスなんだね。よく似合っているよ、レディ」
 それも、ただのドレスではない。レインが今日選び纏ったのは、婚礼衣装のドレスだ。
 純白のドレスは、シンプルに、けれど美しくレインの細い線を美しく飾って、青いリボンと共に揺れる。青に輝く大切なアクセサリーたちを身に着ければサムシングブルーと相成って、手元にはツマトリソウのブーケが揺れた。
「でも、良いのかい?」
「良いって……ああ、本番前に着る婚礼衣装は云々の話のことかしら」
 まことしやかに人々の口に登るそれは、勿論レインも知ってはいた。けれど特に気にはならなかったのだ。
「どうせ今の私の旅はそれどころではないのだし、愛弟子でもある騎士様に盛装として見せるぐらい良いでしょう?」
 ――そう思えるくらいには、この弟子に親愛も信頼も置いている。
 そう口にはせず思うだけに留めたものの、アレクシスはそれさえ察したように嬉しそうに笑った。
「そんな特別なドレスで来てくれたこと、驚きはしたが、とても嬉しかったんだ」
 友として、弟子として。その気持ちをとても光栄に思う。衒いなくそう言えば、レインが少し困ったように、根負けしたようにちいさく笑った。
「……さて、写真を撮るのだったわね。念動力もあるし、アングルは自由よ」
 どうしましょうか、と気を取り直すように当初の目的を口にして、レインは首を傾げる。
 アレクシスも少し悩んだ様子で辺りを見渡したが、そうだね、と言って視線を戻した。
「花たちも映るように、はどうかな」
 青空のようで、救いのような。この美しい青を共に。
 一輪のネモフィラの花をレインに差し出して、アレクシスは笑う。
「白に青。……僕たちの今日の色と同じだ」
「……随分手慣れた口説き文句ね」
 くすりと笑って、レインが花を受け取る。手慣れてないよ、とアレクシスも軽く笑って、けれど花を渡した手を引くことはなかった。
 小さな師へ、手を伸ばして。騎士はゆっくりと礼を取る。
「旅をする貴女にとって、未来への導きの一欠片となるような一枚を撮りに参りましょう」
 その度の道行きに、救いも希望もあるように。
「……それと、よければこの騎士とも撮っていただけますか? レディ」
 いつものように呼んで、そしてふとアレクシスは相好を崩す。

「――我が師よ」

 呼び変えたアレクシスに笑い零して、レインは彼よりずっと小さな手を伸ばす。
 誠実な愛弟子の声に応えて、師はその手を取った。

「勿論よ。家族写真ならぬ師弟写真にしましょう。――何枚でも、心ゆくまで付き合うわ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻


本当だね
枝垂れ藤とともに、笑うきみの背の枝垂れ桜も揺れて実に美しい
藤と桜の共演だ

手にしたカメラでパシャリ
早速写し絵を撮る
え?駄目?
撮りたいきみを撮りたいように撮しているというのに
サヨのアップのどこがいけないのだろうか?
藤なら映っているよ
咲うきみの瞳に

サヨに写し絵を撮るのを習うのも悪くない
イザナ、照れてないで寄ってくれ
つい隣合うサヨに気を取られてしまうが
こう?
撮れた!どうかな?

次は私達の番か
番傘を持ち揺らぐ藤の下
少し照れながら微笑んで

神斬に撮ってもらったサヨとの写し絵を覗き込む
よく撮れている

……

私が写し絵の撮り方を教わった意味は何処にあるのかと疑問が生じるが
きみが喜んでいるからそれでいい


誘名・櫻宵
🌸神櫻


みて!カムイ!
藤が綺麗だわ!
枝垂れる藤が優雅にゆれる度に笑顔になってしまうわね…って、カムイ!
ポーズ決める前に写真撮ったわね?
みせて
もうー!藤がこんなに綺麗なのに私のドアップじゃない!
それも悪くはないけど…だめよ
今日はあなたに写真の撮り方を教えてあげるわ

神斬師匠、イザナ、並んで
師匠かっこいい!番傘が良く似合うわ!

カムイ、藤と被写体のバランスを考えて…そう!いい感じよ…そこ今よ!
よく撮れてる!

次は私達の番
神斬師匠に撮ってもらお
カムイを手招き藤の下
そっと寄り添いたおやかに微笑む
角度、ポーズ共に完璧のはず

揺らぐ藤棚の下の私たち
写りは完璧ね!
カムイもかっこいいわ!
うふふ、私のお気に入りよー!



 街中に佇む、青空を映す硝子の塔。
 立ち並ぶ建物と比べれば小さくも見えるその真新しい境界線を越えれば、まるで界を渡るように、内側にいくつもの景色が作り上げられていた。
 まるで旅に来たかのようだ、と朱赫七・カムイ(禍福ノ禍津・f30062)が見渡した先、先ず目に留まったのは。
「みて、カムイ! 藤が綺麗だわ!」
 感嘆を口にするより、誘名・櫻宵(咲樂咲麗・f02768)が駆け寄るほうが早かった。
 右手奥にあったのは藤が咲き誇る一角だ。そう広くはないものの、天から降るように嫋やかに咲く藤たちは九尺はあろうかと言うほどに立派なもので、視界を藤色で埋めてくれる。
「ふふ、空から枝垂れる藤がとっても優雅ね」
 櫻宵が嬉しそうにふわりと笑って藤の傍らへ行けば、潜った藤がゆっくりと揺れる。その隙間に櫻宵の背を彩るさくら色が交わり揺れて見えて、カムイは柔らかく微笑んだ。
「本当だね。……藤と桜の共演だ」
 実に美しい。微笑むままに呟いてカムイは手にしていたカメラのシャッターを切る。
 パシャリ。そのささやかな音にぱっと櫻宵はカムイを振り向いた。
「って、カムイ! 今、ポーズ決める前に写真撮ったわね?」
「え? 駄目?」
 きょとんと瞬いて、カムイは首を傾げる。その傍に戻って来た櫻宵は、ひょいとカムイの手元を覗き込んだ。
「みせて」
『それはもちろん、いいけれど……」
 言われるがままにカムイは今しがた撮ったばかりの写し絵――写真を見せる。そこには、綺麗に微笑む櫻宵だけが大きく美しく映し出されていた。
「もうー! 藤がこんなに綺麗なのに私のドアップじゃない!」
「……? サヨのアップのどこがいけないのだろうか?」
 撮りたいきみを撮りたいように写しているだけだよ、とカムイは首を傾げるばかりだ。写し絵は好きなものを好きなように撮るものだと認識している。それならばこうなるのはカムイにとって至極当たり前だった。
「ここは藤と一緒に撮るための場所だって言ったでしょ?」
「藤なら映っているよ、咲うきみの瞳に」
 ほら、とうれしそうに笑ってカムイが見つめる画面の櫻宵の瞳には、確かに藤色が映っている。
「それも悪くはないけど……だめよ」
 良いと言ったら、きっとにこにこ笑って櫻宵のアップを撮り続けるに違いない。それもカムイが楽しいならば良いと言えばそうだが、折角のフォトスポットだ。
「カムイ! 今日はあなたに写真の撮り方を教えてあげるわ!」
「サヨが私に? ……噫、そうか。君に習うのも悪くない」
 教えて欲しいな、と微笑んだカムイに櫻宵も笑って、写真の撮り方講座が始まった。

「神斬師匠、イザナ、並んで」
 被写体として藤棚の下に立ったのは、神霊たるふたりだ。借りて来た番傘を神斬に持って貰えば、鮮やかに画面が映える。対してイザナはどこかおずおずとしている。
「師匠かっこいい! 番傘が良く似合うわ! もう少し傘を傾けて、視線はこっち!」
「イザナ、照れてないで寄ってくれ。そう、傘に一緒に入るように……」
「ああっ、いいわ、素敵よ! カムイ、藤と被写体のバランスを考えて……」
 画面を一緒になって覗く櫻宵の声が耳元近くで弾んで響く。ついそれに気を取られてしまいそうになるが、カムイはカメラを構えて、藤と神斬、イザナが丁度収まるところを探す。
「こう?」
「そう! いい感じよ……そこ、今よ!」
 焦点を合わせ、櫻宵の声を合図にシャッターを切る。――カシャリ。
「サヨ、どうかな?」
「ええ、よく撮れてる!」
 さすがカムイね、と満面の笑みを浮かべる櫻宵にカムイも笑い返したところで、神斬とイザナがこちらへ戻って来た。師匠の手から番傘を預かって、櫻宵は軽い足取りで藤の中へ入り込む。
「今度は私たちの番ね。カムイ!」
「今行くよ。……だが、カメラは」
「そうねぇ……神斬師匠に撮ってもらお」
 櫻宵は大好きな師匠に藤の中から手を振る。その意を汲んだ様子で、神斬はカムイからカメラを受け取った。
 手招きに応えて櫻宵の傍へと辿り着いたカムイは、櫻宵から番傘をさり気なく預かる。そして神斬がそうしていたように、櫻宵へ番傘を差しかけた。それに応えるように、櫻宵もたおやかに微笑んでカムイにそっと寄り添う。
 ゆらゆらと藤が揺れる。桜が揺れる。美しいばかりの景色の中で、カムイも咲う。けれど向けられるカメラにはどうにも慣れず、やわく照れるように微笑めば、カシャリと小さな音がした。
 それを聞いて、櫻宵がまたぱっと神斬たちのほうへ駆け戻る。
「角度、ポーズ共に写りは完璧ね! カムイもかっこいいわ!」
「これは、よく撮れている」
 嬉しそうな声をあげる櫻宵の後ろから画面を覗き込んで、感心したようにカムイも頷く。本当によく撮れているとは思う。けれども。
「――……」
 果たしてカムイが櫻宵に撮り方を習った意味は何処にあるのだろう。
 何気なしに視線を神斬にやれば、気にしたら負けだとばかりに視線がすっと逸れた。
「うふふ、私のお気に入りよー!」
 満開の桜ほど笑顔を咲かせて、櫻宵が嬉しそうにしている。
(……きみが喜んでいるから、それでいい)
 これからきっと、いくらでも撮る機会はあるのだろうから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
【月風】

猟コレ衣装
眼鏡・エプロンなし

彼女が俺の着て欲しい服着てくれるとか最高だな
プレゼントした帽子もよく似合ってるし
俺は学校行く用に買った普段着だけど
白だしまぁ合わなくもない…よな?

カメラ借りて使い方聞くぜ
本格的な奴使った事ないし

よし瑠碧
ちょっと階段立ってくれるか?
何枚か試しに撮りたい
何か適当にポーズ取ってくれ
うさ…
めっちゃ可愛い

慣れてきたらタイマー掛けて一緒に撮る
腕組んで上がったりする?
駆け上がる風とか
手をエスコートっぽく取って降りてくるのとかもいいな
結婚式風?みたいな
…いいだろ?
照れつつ笑い

それもいいな
軽やかに抱き上げ
撮る時に頬寄せ

敵は気にしない
こんな可愛い瑠碧を前にして
気になる訳がない


泉宮・瑠碧
【月風】

猟コレ衣装

ワンピースは、元々は彼のご希望でした
理玖は普段着でも素敵ですから、大丈夫ですよ

かめらは使い方が分からず
文明の機器は苦手なので、理玖に任せて見ています
不思議な箱…

階段…?
撮られるのはまだ不慣れで
少しびくびくしながら立ちますが
両手を頭の上に出して動物の耳の様にし…
秘儀・兎のポーズ
うさうさぁ

勝手に撮るかめら…たいまーというのですか
えと…
手を取って、降りてくる方が良いです
…結婚式の、予行演習ですね
あ、その…
上の方で、抱き上げて貰って撮る事は出来ますか?
空の中で一緒にな感じ、で
折角お空に近いので

写真に緊張気味で
影を気に出来る余裕は無いのですが
…もう嘆く事無く、休めます様に、と心の隅に



 青い塔の真ん中に、その螺旋階段は連なっている。
 どこに続くでもなく、ただ空の青へと駆け上がってゆくばかりの階段を見上げて、泉宮・瑠碧(月白・f04280)は小さく感嘆の声をあげた。身に纏うのは彼からリクエストされた嫋やかな白いワンピースに、そのために誂えたような帽子。
「彼女が俺の着て欲しい服着てくれるとか最高だな」
 プレゼントした帽子もよく似合ってる、と瑠碧を見ながら嬉しげに目を細めるのは陽向・理玖(夏疾風・f22773)だ。すっかりおめかしをした瑠碧に対して、理玖はフードパーカーに動きやすいボトムス姿の普段着だ。普段学校へ行くために買ったものだが、何気ない街の風景にはよく馴染み、瑠碧の隣にも彼だからこそよく映える。――というのも、瑠碧を前にした本人にしてみれば少し不安になるものだ。
「俺のも白だし、まぁ合わなくもない……よな?」
「理玖は普段着でも素敵ですから、大丈夫ですよ」
「……そうか?」
 瑠碧が微笑めば照れくさくも安堵してしまって、理玖は気を取り直したように手にしたカメラに目をやる。
 受付で借りた本格的なものだ。三脚つきにも出来て、タイマーも使えるらしい。カウンターで聞いた使い方を頭の中で反芻しながら、理玖は一先ずカメラを構えてみる。その様子を、機器に疎い瑠碧は任せるままにじっと見ていた。それで写真が撮れると聞いたが、瑠碧には不思議な箱にしか見えない。
「よし瑠碧、ちょっと階段立ってくれるか?」
「階段……?」
「ああ、何枚か試しに撮りたい」
「わ、わかりました……」
 撮ると言われれば、不慣れな瑠碧はどうにもびくびくしてしまう。けれど理玖の頼みだと思えば、澄んだ空色の階段にそっと上がった。
「何か適当にポーズ取ってくれ」
 ぽーず、と瑠碧は首を傾げて、それから両手を頭の上に出し、動物の耳のようにした。
「秘儀・兎のポーズ――うさうさぁ」
「うさ……」
 カシャ、と聞き慣れない音と、理玖が言葉に詰まったように口許を押さえる。めっちゃ可愛い、と呟いたのは、瑠碧までは届かないけれども。

「よし、瑠碧。そろそろ一緒に撮るか。タイマーの使い方もわかった」
 何枚か撮って使い方に慣れて来たところで、理玖はカメラを三脚にセットした。
「勝手に撮るかめら……たいまーというのですか」
「そう。タイミング合わせれば勝手に撮ってくれるからさ。腕組んで上がったりする? 駆け上がる風とか……ああ、エスコートっぽく手を取って降りてくるのとかもいいな」
 結婚式風みたいなさ、と言った理玖を、瑠碧がぱっと見上げる。その視線に、照れたように理玖が笑った、
「……いいだろ?」
「はい。手を取って、降りてくるほうが良いです。……結婚式の、予行演習ですね」
 嬉しそうに、けれど瑠碧も淡く頬を染めて笑って、それなら、と言葉を続けた。
「あ、その……上の方で、抱き上げて貰って撮る事は出来ますか?」
 折角空に近いなら、空の中で一緒にいるように。
 瑠碧がぽつぽつと零した希望に、理玖は勿論と躊躇いなく頷いた。
「それもいいな。――ほら、行こうぜ」
 軽やかに、瑠碧を抱き上げる。少し驚いた瑠碧が理玖にしがみついて、しかし危なげなく理玖は階段を上がってゆく。そして空の青がぐんと近づいて、足元の階段はほとんど透明になった。まるで空に立っているふたりは、やがてゆっくり階段を降りてゆく。
 空を歩くように、階段を降りて。ふわりと白い裾が膨らむ。

 ――カシャリ。

 小さな音が鳴る瞬間、理玖がそっと瑠碧に頬を寄せた。
 写真に緊張しきりの瑠碧も、その瞬間だけは理玖と目を合わせて微笑む。
 二人だけの予行演習。互いのことで心満たされれば、影の入り込む隙もなく。
 ただ幸せな一枚が、二人の手に残された。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴァシリッサ・フロレスク
シキ(f09107)と

この為に誂えたと言っても過言ではない猟コレ衣装で

         バカップル
オペレーション・“ラヴ・バーズ”、Carry outだ♪

作戦と言い張りながら目一杯いちゃいちゃしようという魂胆

さして普段も自重してない気もしつつ、輪をかけてノリノリで作戦を展開する

フフッ♪今日もすっごくCoolでせくしーだねェ♪だーりん♪
アタシは?

人目も憚らずべたべたするのも作戦だから仕方無い。役得。

でも、貴方に褒められるのは慣れてなくって
思いっきりハグして照れ隠し

エスコートしてくれる貴方はやっぱり素敵で

照れる貴方も可愛くって、シャッターボタンに触れる指が離れない

跳ねる気持ちは抑えられないから
頂上に近付けば
繋いだ手を引いて階段を駆け上がる

ほら!コッチの方が映えそうだよ♪

え、ずるい
不意にあなたに引き寄せられれば、為す術も無く腕の中に

…それ。あたしが撮るから。
お姫様抱っこ。して。

しあわせ、だな
ねぇ。シキはどこまでが
“作戦”なの…?

…フフッ♪ウカツだねェ、シキ?

…でも、あたしも
すごく、うれしいよ


シキ・ジルモント
ヴァシリッサ(f09894)と


服はレンタル
ヴァシリッサにアドバイスを貰い、ジャケットを中心にカジュアルに纏めて

『仲の良いカップルの体でスポットで過ごし人目を引く』作戦だ
…有効かもしれないが、思ったより気恥ずかしいと今更

普段と違うヴァシリッサの服に目が留まる
…あ、ああ。お前もその服、よく似合っている
慣れないやり取りに落ち着かないが、褒め言葉は本心

手を取って階段を上がるのは作戦を意識
しかし、向けられる言葉や仕草に照れ隠しで視線を外したり、隣の笑顔につられて顔がほころぶのは無意識で
…かけがえのない日常、か

俺ばかり撮ってどうする
こういう場合は二人で撮るものだろう
ヴァシリッサの示す場所で、カメラに収める為に彼女をぐっと引き寄せる
ほら、もっとこっちへ来い
言われるままヴァシリッサを抱き上げて
…少し照れると同時、何故かこの距離が嬉しく

作戦?…途中から忘れていた
ただこうして過ごすのが楽しいと
…全く、何を言っているのだろうな

ヴァシリッサが望むなら、少しでも喜んでくれるなら
気恥ずかしさよりそんな想いが上回る



 なんでもない日常を守れ。
 新たにもたらされた仕事にシキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)とヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)が立てた作戦は――。
「オペレーション・“バカップル”、Carry outだ♪」
 フォトスポットに踏み込むと同時、ヴァシリッサが意気揚々と作戦開始を告げて、シキの腕に腕を絡めた。
 纏う衣装は春のコレクションで仕立てた、落ち着いた佇まいのベージュカラーのワンピース。肩からジャケットを羽織り、普段彼女が持つ武器とはまるで雰囲気が真逆の小さな鞄を手にすれば、そこにいるのはお嬢様然とした雰囲気のある大人の女性だ。
 彼女の隣に並ぶシキも、レンタル衣装店でヴァシリッサのアドバイスの元選んだ、いつもよりカジュアルめの服装でいる。落ち着いた濃藍のジャケットに、黒のボトムス。二人並べばまるで仲の良いカップルといった風体であり、それこそが今日の狙いだ。
 そしてヴァシリッサの狙いもそれに通ずる。要するに作戦という名目で、目一杯気になる彼といちゃいちゃしたい――そういう魂胆である。普段から自重できているかどうかは今は置いておくとして。
「フフッ♪ 今日もすっごくCoolでせくしーだねェ♪ だーりん♪」
「……あ、ああ」
 生真面目なシキはヴァシリッサの思惑も知らぬまま、これ幸いと体を寄せる彼女の仕草につい視線が彷徨った。
 カップルとして視線を引く。提案されたときこそ成程と然程抵抗もなく頷いたが、これは。
(作戦は有効かもしれないが、思ったよりも気恥ずかしい)
 対してヴァシリッサは随分上機嫌な様子だ。人目も憚らず楽しげにシキに寄りそう彼女は、そういえばいつもと雰囲気が随分違う。
「お前もその服、よく似合っている」
 距離感も違えば、カップルらしいやり取りにも慣れない。けれど口にした褒め言葉は、仕事以上に本心だった。そもそもシキは器用な言葉や演技などは得意な性質ではなく、その性質を知ればこそ『役得』に甘んじた振りのヴァシリッサも思わず動きを止めようものだ。
 だーりんったら、と茶化したつもりの声が動揺しそうで、ヴァシリッサは誤魔化すかのように絡めた腕にぎゅっと抱き着く。そのまま足を進めれば、意を汲んだようにシキも歩幅を合わせて歩んでくれる。
(役得なんて言って、油断なんかできない)
 相手はシキなのだ。
 彼の腕に埋めた顔は赤いだろうが、それも二人を微笑ましげに見るスタッフに見送られるばかりだった。

 事前の打ち合わせ通り、二人は中央に位置する螺旋階段のフォトスポットに辿り着く。
 このスポットは塔自体の造りを生かしたものゆえに一見はシンプルだが、見上げれば見事に空への階が続く。
「ヴァシリッサ」
 思わず二人して見上げてから、シキは相変わらず表情を揺らすでもなく、彼女へ手を差し伸べた。
 いわゆる『バカップル』ならばこういうとき、手を取ってゆくものだろう。場が整っているからこそ、それに応じた行動をすることでこの作戦の成功確率は高まる。
 などとシキが考える隙からカシャリとシャッター音がして、驚く頃にはヴァシリッサの手にするカメラに撮られていた。
「カタイよ、だーりん♪」
「……あまり連呼するな」
 照れそうになる、とはごく小さな声で言って、シキは誤魔化すように視線を逸らすと、預けられた手を引いて階段を登り始める。弾むように笑う声に照れるばかりだったが、結局釣られたように口許が緩んだ。その度にカシャリと音がする。
「ねェ、だーりんったら。話そうよ」
「さっきから話すたびに撮ってくるだろう」
「だってサ」
 可愛いから、とヴァシリッサが楽しそうに笑いながら重ねてシャッターを切るものだから、つい意識は作戦から脱線してしまう。
「ほら! コッチのほうが映えそうだよ♪」
「お、おい」
 階段の色が透明に変わり空に一段と近づいたと同時に、一転してヴァシリッサが繋いだままの手を引いて階段を駆け上がってゆく。その表情は屈託なく楽しげで、青空を背に眩しく見えて、合わせて駆け出しながら、シキを我知らず笑いこぼした。
(かけがえのない日常、か)
 それは多分遠い過去にシキが置いて来たものだ。
 そしてきっと、こういう瞬間をそう呼ぶのだろう。

 頂上に辿り着いて、ヴァシリッサは相変わらずまたシキを撮ろうと片手のカメラを持ち上げた。
 しかしそれを見計らって、シキはぐいとヴァシリッサを引き寄せる。
「え」
「俺ばかり撮ってどうする。こういう場合は二人で撮るものだろう」
 すっぽりと腕の中に収めれば、カメラの画角にも充分収まる。
「……ずるい」
 不意を衝かれたヴァシリッサがぽつりと呟いたが、シキは首を傾げて、彼女の手にあるカメラを拝借した。
「ほら、もっとこっちへ来い」
「――それ。あたしが、撮る」
 だから、と遮るようにヴァシリッサが言って、腕の中でシキを見上げた。

「お姫様抱っこ、して」
「わかった」

 特になんの躊躇いもなく、シキは言われるままにヴァシリッサを抱き上げた。途端にその距離がより近くなって、それに僅かに照れを覚える。けれど何故か、その距離が嬉しいような気がした。
 カシャリ。
 シャッター音がひとつ、ふたつとして、青空に浮かぶような二人の写真が収められてゆく。まるでなんでもない、とても幸せそうな二人のように。
「しあわせ、だな」
 抱き上げられたまま、ヴァシリッサが呟いた。
「ねぇ、シキはどこまでが“作戦”なの?」
「……作戦? ――ああ、そういえば、途中から忘れていた」
 ただこうして過ごすのが楽しいと、そればかりになっていた。
 自分でも驚いたようにシキが答えたのには、ヴァシリッサもきょとんと目を丸くした。それからくすくすと笑い出す。
「フフッ♪ ウカツだねェ、シキ?」
「全く、何を言っているのだろうな」
「……でも、あたしも」
 同じようなものだと、ヴァシリッサが嬉しそうに笑う。それにシキも目を細めた。
 ヴァシリッサが望むなら。少しでも喜んでくれるなら――そんなふうに思う気持ちのほうが、気恥ずかしさを上回っている。
「すごく、うれしいよ」
「……そうか。よかった」
 そうして『作戦』は二人の知らぬ間に成功を収め、きっとおそらくはそれ以上の成果を、ふたりにもたらした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葛籠雄・九雀
SPD



オレとしては藤棚も階段も気にはなるのであるがな…こういう場所が大人でも楽しめるようになっておることは少ないであるからなあ。遊べるのであれば遊びたいのであるよな。ということでオレは風船の遊具を選ぶ。

さて、衣装…衣装か。オレは春のコレクションには出なんだからなあ…だが、ふむ。普段着よりは凝った服の方が「撮影」には相応しいであるよな。
適当に派手めの上着を買うか。借りて汚すよりは買う方がいいであろうしな。赤い着物か何かを羽織って帯で止めるだけでもよい。ズボンはそのままで。

影は放置していいのであるな?
であればオレはまあ…跳んでおくか。写真も頼む…いや、正直、この程度の高さならば普段から容易に跳べるのであるが。

存外面白いものであるから、遊具というのは侮れぬものであるよな。…踏み抜きそうで若干怖いが。
オキザリス・パルマを使用しつつ宙返りなどしてもよいなら、してみようか。他の者の迷惑ならばせぬ。

…ただ、く、自分で自分を撮影するのは未だ慣れぬであるな…後でスタッフに画像を送ってもらうとするか…。



 白い雲が影を落とすことなく青空を過ぎた。
 その下には、賑わうばかりの街並みとショッピングモール。そしてこれから葛籠雄・九雀(支離滅裂な仮面・f17337)が足を踏み入れんとする、フォトスポットを擁する硝子の塔がある。九雀は表情の読めぬ仮面を上から下へと動かして、ふむ、と呟いた。
 街中にUDCが溢れ出す――そしてそれは、その後に現れる強力なUDCの前兆であると言う。まず原点となるのがそこなフォトスポットの塔の中というわけらしいが、外側から塔の内部を透かし見ることはできない。塔の外側は鏡面となっていて、空の色ばかりを映している。
(なるほど、ゆえにここに入って来る者のみの視線を引けさえすればよい、というわけだ)
 ならば問題は衣装だ。目を引くものの例えとして挙げられたのは、このあいだの春のコレクションではある。
「オレは春のコレクションには出なんだからなあ……」
 しかし向かうはフォトスポット。『撮影』をするならば、普段着よりは凝った服のほうが相応しいだろう。
「……ふむ。適当に買うか」
 すぐそこにはレンタル衣装店もある。おそらくフォトスポットに訪れる客を狙いに新しく開いたものだろう。だが、借りて汚すよりは買うほうが心配も少ないというものだ。
 九雀は一旦青い塔から踵を返す。幸い隣接するのはショッピングモールだ。手頃な服は多くあるだろう。
(何か羽織のようなものがあればよいか。……派手に、と思うと色は赤が思い浮かぶが)

 ――果たして、九雀が買い求めて来たのは赤い着物だった。
 鮮やかだが深い緋色に、黒の帯。元より履いていたズボンを合わせれば、機動性は充分確保できる。九雀の橙の髪とも相俟って、炎の如く目を引くその姿は、フォトスポットに至るまでも存分に注目を集めた。
 しかしフォトスポットを見て回る九雀は気に留めることなく、興味深くそれぞれの場所を見分してゆく。
(オレとしては藤棚も階段も気になるのであるがな……)
 季節に添い咲く藤色も、青空へ向かう階段も楽しげには見える。あとで一枚ずつ撮ってゆくくらいはよいのかもしれぬ、と思いつつも、爪先は中でも一番カラフルな一角へと向かった。
 ふっくらとした大きな風船のアーチが出迎える、風船遊具のその場所は、遠目で見るよりも随分と大きく見える。
「おお」
 ふくふくと柔らかい足元に体が妙に軽く感じた。色とりどりの風船が跳ね返るその場所は、大人子供を問わず童心に返すような気さえする。
「こういう場所で大人でも楽しめるようになっておることは少ないであるからなあ」
 エアー遊具は時折見かけても、基本的には子供用だ。それが大人も遊んでどうぞと言われるならば遊びたいものである。子供が跳んでよく、大人が跳んではならぬこともあるまい。
「――ということで」
 いざ、跳ねる。
 影は放置してもよいと聞いたし、写真もこの場のスタッフに依頼済みだ。自分でも撮ってはみるつもりだが、外からのほうが映えるとおすすめされたのだ。よい感じで頼めるかと言ったら、お任せくださいと満面の笑みで返された。
 先ずは軽く跳ぶ。随分体が軽く感じるのと、足元の風船が押し返すので、想像よりも高く跳べた。
(……いや、正直、この程度の高さならば普段から容易に跳べるのであるが)
 それでも少し跳び方を変えるだけで予想だにせぬ返り方をしたり、わざと落ちてみればふっかりと柔らかい。
「存外面白いものであるから、遊具というのは侮れぬものであるよな」
 成程、子供たちが夢中になるわけだ。――踏み抜きそうで若干怖いが。
「よし」
 暫し遊んで感覚を掴んだのち、九雀は手にした端末と外側で構えているスタッフを確かめてから、一段と高く跳躍した。
(突き破るわけにはいかぬのでな)
 その点は充分に注意を払いつつ、くるりと宙返りを披露する。カシャリとシャッター音が聞こえて、もう一度宙を蹴って回る。どこか驚いたようにカシャカシャと音が続いた。
(注意は充分に引けているな)
 じわりと染みだした影の存在は、端から認知している。けれどスタッフの視線は九雀に向かうばかりで、その気配は徐々に薄れてゆく。ならば目標は達成であろう。
 ただ。
「く……自分で自分を撮影するのは未だ慣れぬであるな……」
 後でスタッフに画像を送ってもらうとしよう。
 幾度か挑戦しても見事にぶれて残像しか映らない。スピード感は愉快だがたぶんおそらくこういうものではなかろう。
 潔く諦めて、九雀は最後にもう一度宙で回る。

 後で嬉しそうなスタッフから幾枚も渡された写真には、色とりどりの風船の中で楽しげに跳ぶ九雀の姿が、綺麗に残されていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『絶望の魔女』

POW   :    希望を届けに来たのだわ
【周囲に纏うルーン】に触れた対象の【希望】を奪ったり、逆に与えたりできる。
SPD   :    幸せは続きはしないのよ
【幸福】から【絶望】を召喚する。[絶望]に触れた対象は、過去の【痛み】をレベル倍に増幅される。
WIZ   :    あなたが悪い子だからいけないの
攻撃が命中した対象に【両脚を断たれた錯覚】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【終わらない痛み】による追加攻撃を与え続ける。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠宵雛花・千隼です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 嗚咽の声は届かない。悲嘆に引きずるにはあまりに眩しい。
 溢れ出した影は、ついに誰の目にも留まらず骸の海へと還ってゆく。
「随分と楽しそうだこと」
 影に代わるように、するりと何気なく、その黒い女はそこにいた。
 つばの大きな帽子に、表情の伺えぬ骨の面。喪服のような黒のドレス。魔女、と誰かが呟いたのに、魔女はくすくすと笑う。
「折角嘆きの蓋を開けたのに、その嗚咽を聞いてもやらぬのね。幸福に浸って、さもそれが当然のように笑うのね」
 ああ、なんて傲慢なこと。
 魔女は澄んだ声で笑い、そのドレスは風もないのに揺れる。その裾の先には、脚がない。
「知っている? 幸福になるためには、絶望が必要なのよ。……貴方たちは今の幸福を得るために、何を犠牲にして来たかしら」
 大切にしていて失ったもの。大切にできずに零れ落ちたもの。目を逸らし閉ざしたいつかに壊してしまったもの。その全てを踏み台にしたのが、今の幸福だと魔女は言う。
「なんて悪い子。――ええ、貴方が悪い」
 その言葉は、否応なしに耳に滑り込む。そう思い込ませるように、正気ごと削り取ってゆくように。
「けれどね、けれど。貴方たちが絶望すれば、誰かを幸福にすることができる」
 今の幸福を、希望を手放して。幸せは続きはしないのだから。

「――さあ、痛みに嘆いて呪いましょうね」

 貴方は、幸せになってはいけないの。
アリスティア・クラティス
相手の言葉を聞き……思わず笑いなんて零してしまったり
「ええ、そうよ?見て頂戴っ、この写真!私の幸福の思い出がまた一つ増えた瞬間!
だだっ広い屋敷に一人、虚無のような空の机にしまえる思い出がまた一つ!」
目を見開き、魔女に全力で写真と共にクルリと回って自分の服を見せつけて

絶望の痛みには目を見張り
本当は『もういない恋した相手と二人であったかも知れない邸の生活。そこには本当の幸福があったのかも知れない』と思うけれども

「残念ね! 私は傲慢であるが故に、ずっと幸福であり続けるわ!
もしそこに絶望が必要ならば――
『丁度良いわ。貴方が全部背負いなさい』」

そこに人には決して見せない冷たい笑みを刻んで、敵に指定UCを



 しあわせになってはいけない。
 幸福を当たり前に享受することを、罪悪だと魔女は笑う。
 くすくす。くすくす。嫌に耳につくその声に、つられるようにアリスティア・クラティス(歪な舞台で希望を謳う踊り子・f27405)は笑った。
「何を笑っているの。貴方も幸福が当然だと思うのね?」
「ええ、そうよ? 見て頂戴っ、この写真! 私の幸福の思い出がまた一つ増えた瞬間!」
 アリスティアは臆することなく写真を魔女へと掲げる。色とりどりの風船と共に傘で飛んだ一枚には、何よりも楽しげなアリスティアの、友の表情が眩しく映る。それは空虚を埋める一枚だ。
 身に纏ったままのふわふわのドレスを揺らして、くるりと回る。翻る裾も、高い足音も、まるで舞踏会の夜のよう。そんなことは起こらぬと知っているけれど。
「だだっ広い屋敷に一人、虚無のような空の机にしまえる思い出がまた一つ!」
「随分とお喋りが好きなのね。……誰も応えてくれないのではないの?」
 聞き流すばかりの魔女の声は、しかし確かに絶望を引きずり出す。
 誰も応えてくれない――アリスティアが恋した相手はもういない。あのからっぽの邸で、もしかしたならあのひとと過ごせる『本当の幸福』があったのかもしれない。
(そんな希望なんて)
 痛みが胸を圧し潰すようだった。思わず痛みに目を瞠って、息を詰める。
 それでもアリスティアは顔を上げて、強く笑った。

「残念ね! 私は傲慢であるが故に、ずっと幸福であり続けるわ!」

 軋むように痛む胸を張る。その胸元に飾っていた宝石を惜しむことなく掴み取る。連なった輝きは虹色に輝いて、きらきらと砕け――その膨大な魔力を解き放つ。
 その眩しさに魔女が小さく呻いた。呪詛のような言葉が続く。
「いつまでも続く幸せなど、ありはしないわ」
「いいえ、あるわ。私がここに在る限り、ずっと! けれどもしそこに絶望が必要ならば――」
 七色に光る魔力が、鉱石の煌きを残してアリスティアの手元に収束してゆく。
 その光の中でなお笑顔であったアリスティアは、ふとその笑みを冷たいものへと変えた。
 誰にも見せぬ、零度の笑み。笑めど何より冷え切った理解と諦観が眩しい終焉を齎そうとする。

「丁度良いわ。貴方が全部背負いなさい」

大成功 🔵​🔵​🔵​

花房・英
寿(f18704)と

届く呪いの言葉にじわりと這い上がってくる不安感
思わず息を呑む
はじまりの記憶
研究所のことが脳裏に浮かび上がるけど
いつもの声と笑みが現実に引き戻してくれる
…ずっと一緒にいる、幸せになる事を諦めない
小さく頷いて応える
守りたいのに、こうやっていつも守られてる
歯痒い
でもそれ以上に大切にされてるって実感して

幸せな記憶なんてひとつもなかった
そんな過去に囚われたくない
ただ側に居てくれるだけで救われる事があるんだって
それを知らなかった頃には戻らない
…寿、時々急に男前になるよね

強がりの軽口には
そんなに惚れさせてどうするつもり?と小さく笑い
痛みくらいどうってことない
離さないってのは俺も同じだから


太宰・寿
英(f18794)と

約束、ちゃんと覚えてる?
そう、幸せになる事を諦めない
彼女の言葉に惑わされないで
いつもみたいに笑って英の耳をそっと塞いで
私の声だけ聞いて
さっきみたいに私だけを見ててね

この子に絶望は要らないの
英の話したがらない過去には触れてこなかった
話したい時がきたなら話してくれたらいい
全てを知る必要はないでしょ?
私の知ってる英は、私が一緒に過ごしてきた英でいい
大切な人が側にいてくれる幸せを英が教えてくれた
英のことはこれから私がめいっぱい幸せにするんだから
ふふ、惚れ直してくれたら嬉しい

本当は私も怖い
痛みと同時に過去の孤独感が思い出されて
虹霓を握る手が震えてる
けど、離さないってもう決めてるから



 あたりまえのように紡がれる言葉は、まるで呪いそのものだった。
(耳を貸すな)
 頭ではそう思うのに、花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)の身体は軋むように動かなくなる。じわりと染み込む冷たい感覚が、しまい込んだ記憶を引きずり出す。
 それは、はじまりの記憶。研究所にいた頃のこと。過去のことだと理解しているはずなのに、あの頃と同じ不安感が、腹の底からこみ上げて来る。
 貴方が悪い。幸福になってはいけない。――そんなこと。
(言われなくても、)
「英」
 響いて来る声から逃げられもせず俯いた、英の耳をそっと塞ぐ手があった。
 やわらかくて、あたたかい。随分と頼りない感触なのに、ひどく安心する。
「……寿」
 視線の先に、いつも見ている姿があった。太宰・寿(パステルペインター・f18704)がゆっくりと微笑む。
「約束、ちゃんと覚えてる?」
 やくそく。そう言われて、頷くより先に英の唇が動く。
「……ずっと一緒にいる、幸せになることを諦めない」
「そう、幸せになることを諦めない。彼女の言葉に惑わされないで」
 魔女の言葉は、約束のすべてを否定しようとしている。それを阻むように、寿は英の耳を塞いだまま、そっと背伸びをした。こつんと額が触れ合う。
「大丈夫。私の声だけ聞いて。……さっきみたいに、私だけを見ててね」
 画面いっぱいに収まった寿が笑う姿と、今目の前で微笑む姿が重なった。つよがりだ。なんともなしにわかる。けれどそれを言うことなんてできなかった。英は寿のように、強がることだってできていないのだから。
「……ん」
 小さく頷くのが精一杯だった。守りたいのに、気づけばいつもこうして守られている。それが歯痒くてならない。けれども今は、それ以上にわかる。
(大切にされてる)
 無理でも我慢でも、子供扱いでもない。寿は自分のできる精一杯で、いつだって英を大切にしてくれている。それが幸せだと、英は知ったはずだ。
 幸せな記憶なんてひとつもなかった。――そんな過去に、囚われたくはない。
(ただ傍にいてくれるだけで救われることがあるんだって知ったから)
 それを知らなかった頃には戻らない。寿と出会ったことを、過ごした時間をなかったことのようにはしない。そうしたいと、誰よりも英自身が思っている。
「この子に絶望は要らないの」
 大きな絵筆たる武器を手にして、寿は英の前へ出た。漆黒の魔女が綺麗に笑う。
「何故? どうして? 互いに絶望を知れば、深く解り合えるかもしれないわ?」
「いらない。だって、全てを知る必要はないでしょ?」
 魔女を直視すればするだけ、本当は足が竦みそうなほど怖い。それでも寿は引き下がるつもりはなかった。
 確かに今まで、英の話したがらない過去には触れて来ていない。けれど、それは。
「話したいときが来たなら話してくれたらいい。――私の知ってる英は、私が一緒に過ごして来た英でいい」
 微かに英が息を呑んだ。寿はそれに気づかずに、震える手で握った絵筆を魔女へと向ける。描き出すのは、英と共に咲かせた四季の花。過ごした時間だけ増えた、たくさんの彩り。
(大切な人がそばにいてくれる幸せを、英が教えてくれた)
 強がりだ。けれど、しあわせを恐れないと決めたから。

「英のことは、これから私がめいっぱい幸せにするんだから」

 確かな形を得た花々が魔女へ降り注ぐ。返るのは酷い痛みだ。いつかの空虚な孤独感だ。
「そんなにも痛いのに?」
「ッ、でも、離さないって、もう決めてるから」
「……寿、ときどき急に男前になるよね」
 僅かに痛みに呻いた寿を支えるように腕を回して、英が電子の蝶を舞わせる。攻撃が重なれば、魔女が堪り兼ねたように身を引いた。それに僅かに息を吐いて、寿は支えてくれた英に笑う。
「ふふ、惚れ直してくれたら嬉しい」
「そんなに惚れさせてどうするつもり?」
 痛いのはきっと同じだ。その過去を知らずとも、きっと互いにわかっていた。わかっていて、強がりを言って、二人で笑う。それがふたりでいる今だ。
「離さないってのは、俺も同じだから」
 やがて魔女が不愉快そうに呻き、電子光に舞う蝶と筆跡を残す花が、黒を絶望を塗り替えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ディフ・クライン
リュカ/f02586と

幸福になるために絶望が必要だって?
聞いたことがないな
オレの過去の絶望は今の幸福の為の犠牲じゃないし
失った大切な人の代わりが、リュカや友じゃない
オレの絶望はオレが抱え続けていくべきもので
誰かの幸せになんかなるものか

リュカ、オレちょっとむっとしたよ
行ってもいい?
眉根ひそめ
喚ぶのは森の主たるヘラジカ、ムース
その背に乗って
珍しいって、オレいつもちゃんとやる気だったよ?

オレが悪いことなんて知ってる
幸せが続かないことも
それでも、今を手放す理由にはならない
悪いね

足の痛みなどいくらでも耐えてやるさ
喪失の痛みよりマシだ
リュカの援護に肩越しにそっと笑み
やろう、ムース
風纏う大角で突き上げようか


リュカ・エンキアンサス
ディフお兄さんf05200と


ごめん、欠片も興味ない。
幸福そうに見える人が幸福だとは限らないし
少なくとも俺は生涯自分を幸福だと思ったことはない
他所をあたって欲しいけど…
しょうがない
お兄さんもやる気か
珍しいね
…成る程(お兄さんの言ってる情緒的なことはいまいち理解できないが作戦は理解できた)、了解
いいよ、援護する
行ってらっしゃい

まずは星鯨をばらまき、周囲の空間を把握
うたいの鼠で、援護射撃を行う
麻痺弾を使用。足や腕等を狙って動きを鈍らせる
(効き目が薄いようなら他の弾・個所を狙う
任されたからには、徹底的に妨害するよ
あなた(敵)も俺とおんなじ
だって、幸せになりたいんじゃなくて、邪魔をしたいだけでしょう?



 背で、藤花が揺れていた。
 作られた場所だ。造られた風景だ。けれどその美しさは、決して偽物ではありはしない。その花の下残した思い出が、友との何気ない幸福を嘲笑うような魔女の囁きに、ディフ・クライン(雪月夜・f05200)は青色の瞳を冷たく眇める。
「幸福になるために絶望が必要だって? ――聞いたことがないな」
 魔女の声は、言葉はさもそれが真実であるかのように響く。あるいはそれを思い込ませることが、このUDCの狂気の根源であるのかもしれない。柔らかく響くくせ、悪意的で嫌な言葉だ。
「オレの過去の絶望は今の幸福の為の犠牲じゃないし、失った人の代わりがリュカや友じゃない」
 隣にいるリュカ・エンキアンサス(蒼炎の旅人・f02586)を見やり、ディフははっきりと言い切った。いつもよりも少し強く言葉が滑り出て、それで憤りを自認する。
「リュカ、オレちょっとむっとしたよ。行ってもいい?」
「……珍しいね」
 お兄さんもやる気か、とリュカは常と変わらない無表情のまま武器に手を掛けて、ディフを見上げた。
 リュカとしては正直なところ、魔女の言うことに欠片も興味がない。何やらごちゃごちゃと言ってはいるが、要するにあれが今日倒すべき敵ならさっさと倒すべきだろう。ディフが憤っているのを見るに、多くのひとの心を逆撫でする事柄なのかもしれない、とは思う。
 ただ単純に、リュカにそれが響かないだけだ。理解ができないと言い換えても良い。
「幸福そうに見える人が幸福だとは限らないし、少なくとも俺は生涯自分を幸福だと思ったことはない」
 幸も不幸もなくそれがこれまで生きて来た結論で、これからのことは知りようがないことだ。詰まるところ。
「他所を当たって欲しいけど……」
「リュカ、あれに他所を当たられると困るからオレたちがいるんだけど」
 そうだった。リュカは短い溜息ひとつで、銃を整える。乾いた武器の音が、平凡な景色に浮いて響いた。
「……しょうがない。珍しいお兄さんのやる気を援護するよ」
「珍しいって、オレいつもちゃんとやる気だったよ?」
 少しばかり心外そうにディフが瞬くものの、その指先は魔法陣を描くことを止めてはいない。月白から氷蒼、そして深碧に彩りを変えた魔法陣が喚び出したのは――死せる深き森の主。その名は。
「ムース。君の力を、貸して」
 巨大なヘラジカの背に乗って、名を呼ぶ。室外でもないのに吹き寄せた風がディフの髪を、リュカのマフラーを靡かせた。
「リュカ」
「了解。いいよ、行ってらっしゃい」
 既に互いにその顔を見合うこともない。視線の先には、敵がいる。
 ムースが駆け出すと同時に、光で描かれた小さな鯨たちが周囲に泳ぎ出した。鯨は空を泳ぎ、周囲の情報をリュカへと報せてくれる。
 リュカが構えた銃に込めたのは麻痺弾だ。ダメージよりも動きを阻害することが目的になる。
「あら、ふふ」
 しかしまず狙った足は何の手応えもなく魔女の黒を貫通した。どうやら脚そのものがないのだ。ならばと狙いを変えて、今度は腕を撃ち抜く。手応えがあった。しかし、魔女はくすくすと笑う。
「興味がないのなら、放っておけば良いじゃない」
「そうも行かない。任されたから」
 興味がなくて、理解ができずとも。突き進むひとが目の前にいて、その背を守る手段があるのだから。
「あなたも俺とおんなじ。だって、幸せになりたいんじゃなくて、邪魔をしたいだけでしょう?」
 銃声。
 それを合図にしたように、力強い蹄の音が魔女へと迫っていた。魔女が笑い声を止める。
 ディフとムースが、目前に駆け込んだ。魔女は咄嗟に身を翻すが、その先に銃弾が撃ち込まれる。ち、と口惜しそうに唇を歪めた。
「なんて悪い子」
「オレが悪いことなんて知ってる。幸せが続かないことも」
 知っていることだ。嫌というほど思い知ったことだ。それでも。
「それでも、今を手放す理由にはならない。悪いね」
「……手放さなかったことで、いつか絶望してしまうのに?」
「だとしても」
 蹄が蹴り上げたそばから、ひどい痛みがディフの足を襲った。まるで逃亡を許さぬとばかりに苛む痛みに呻きひとつで耐える。
(痛い)
 けれど、喪失の痛みに比べればどうということはない。鈍った動きを援護するように、銃弾が魔女を牽制する。背後から声は聞こえない。それでも確かなリュカの一撃に、ディフは肩越しに小さく笑う。
「やろう、ムース」
 風が唸る。ディフの声を受けてムースの雄々しい角に風が集まり、森の主は高く蹄の音を立てて魔女へと突進する。そして大角がその漆黒を捉え、青空へと突き上げた。
 痛みを受け止めて、ディフは魔女を見据える。

「――オレの絶望はオレが抱え続けて行くべきもので、誰かの幸せになんかなるものか」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
【月風】

確かに
師匠が俺を庇っていなくならなければ
俺は猟兵にはならなかったかもしれない

瑠碧とは
出会えなかったのかもしれない

そう思った事はある

けど
繋ぐ手をしっかり握り直し
今の幸福は
瑠碧と俺
二人のもんだ

手放したら
他でもない
瑠碧を不幸にする

幸せは続かないんじゃない
今切り取った幸福が
続くようにって
願って
努力するもんなんだよ
撮った二人の写真を大事に仕舞って

衝撃波フェイントに飛ばしつつ残像纏いダッシュで間合い詰めグラップル
拳で殴る

俺がいなければ師匠は
って
何度思ったかしれない

今更
あんたに突き付けられなくても
分かってんだよ
覚悟込めUC

痛みは甘んじて受け激痛耐性で耐え

それでも生きてく
生きていきたいんだ
瑠碧と一緒に


泉宮・瑠碧
【月風】

彼女の言う事が、全て間違いとは思いません
同時に、全て正しいとも思わないのですが…

私が居なければ
姉は死なず、どこかの街で幸せに
森は焼けず、樹々は生き
里も無事で…
不変の日が今も続いていたのでしょう

私が産まれた事
その最初から悪かったのだと思います

理玖と繋ぐ手を握り
…幸福に、当然はありません
犠牲を忘れる事も無く
心の底に己の命を断つ願いが残っていても
それでも今
理玖が居る以上、私は生きたい
…遺される辛さ、知ってますから

両脚を断たれた錯覚は
何となく、目の前の魔女の何もない足を見て
…これは彼女の…?
身体より、推測の悲しみで胸が痛い

この場から動けなくても、円環命域で願います
例えひと時でも、彼女の安らぎを



 幸福には絶望が必要だと囁く魔女の声が笑っている。
 その全てが間違いだとは、陽向・理玖(夏疾風・f22773)と泉宮・瑠碧(月白・f04280)は思わなかった。
「確かに、師匠が俺を庇っていなくならなければ、俺は猟兵にはならなかったかもしれない」
 理玖が呟く。
「私が居なければ姉は死なず、どこかの街で幸せに。森は焼けず樹々は生き、里も無事で……不変の日が今も続いていたのでしょう」
 瑠碧が吐露する。
 それは過去にあった絶望だ。もしその絶望がなければ、互いに今こうして猟兵という立場にはいなかったのだと思う。それはつまり、互いにも巡り会えていなかったかもしれない、ということだ。
 理玖と瑠碧は隣り合う視線を交わす。
 これまでにも、そう思ったことはあった。
 あるいは生まれたこと自体が悪かったのだと、そう考えることもある。
 けれど。
「……幸福に、当然はありません」
 瑠碧が静かに言って、魔女を見据える。
 繋いだままの手を、どちらからともなく強く握り直した。
 絶望ありきの幸福――たとえそうだったとしても。今繋ぐ手のぬくもりを否定するつもりはないのだ。
「わかっているのに幸福を手放すつもりはないの?」
「今の幸福は、瑠碧と俺、二人のもんだ。手放したら、他でもない瑠碧を不幸にする」
 くすくすと笑う魔女の声をさえぎって、理玖ははっきりと言い切った。
 その言葉に、瑠碧が小さく微笑んで頷く。
 かつての犠牲を忘れることはない。心の奥底には、決して口にはできぬ願いが残っていたとしても。
「それでも今理玖が居る以上、私は生きたい。……遺される辛さ、知ってますから」
「幸せは続かないんじゃない。今切り取った幸福が続くようにって願って、努力するもんなんだよ」
 たとえ魔女の言葉が間違いでなくとも、全てが正しいとも思わないのだ。
 戦う合図のように、ふたりゆっくりと繋いだ手を離す。
 瑠碧が願い招いた精霊たちが、その場を優しい光で満たした。浄化を伴う光は魔女の漆黒さえ癒すように包み込む。返される痛みがどれだけ鋭くとも。
(たとえひとときでも、彼女の安らぎを)

 その手を強い拳と変えて握り込みながら、理玖は魔女目掛けて駆け出した。片手にあったふたりの写真は、大切に仕舞ってある。
 一気に加速すれば理玖は残像を残し、敵を虚を衝く。ほんの一瞬で魔女の懐へと潜り込んだ。
「俺がいなければ師匠はって、何度思ったかしれない」
 理玖は低く呟く。拳を引き絞れば、ぎりりと音が鳴った。
 幸福を重ねても、絶望も後悔も、ずっと忘れてはいない。
「今更あんたに突きつけられなくてもわかってんだよ」
 とうに決めた覚悟だ。理玖の拳が紫電を纏い、魔女へと叩き込まれる。同時に返された痛みは、どうにか耐え切れた。
 生きているから、この痛みもある。これからも痛むのかもしれない。けれど、もう決めたのだ。
「それでも生きてく。生きていたいんだ。――瑠碧と一緒に」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リリシュクルリ・リップス
傲慢
幸福
そうね、わたしは幸せもの
だって、今のわたしは“幸福”を纏っているんだから

この姿も、このナイフも
魔法で編んだもの
所詮、幻想に過ぎないの
“ほんもの”を挙げるなら……指輪と
わたしの心、ね

幸福になるための絶望――と言ったね
確かに絶望を味わった
“ほんもの”がその証

でもね、犠牲にしたものは、絶望ほど甘くはなかったの
わたし自身と向き合って、現実を懸命に生きる
……幸福のために犠牲にしたことよ
今のわたしは甘い夢の中

悪い子でしょ

ふふ
だって、“堕ち”ちゃったものね

わたしはもっと悪い子だから、もっと幸せになっちゃうの
もちろん、キミを倒してね
そのためなら、人魚姫が苦しんだような脚の痛みだって、少しも辛くないのよ



「傲慢、幸福。……そうね、わたしは幸せもの」
 うたうように魔女の言葉をなぞって、リリシュクルリ・リップス(あまいゆめ・f31655)はあまく笑った。
「だって、今のわたしは“幸福”を纏っているんだから」
 それは蜂蜜のようにあまいゆめ。今の姿も、この手のナイフも、魔法で編みだしたもの。
 そのことを一番よく心得ているのは、他でもないリリシュクリだ。
「所詮、幻想に過ぎないの」
 何気ないお喋りのようにくすくす笑って、リリシュクリは魔女へと歩み寄ってゆく。魔女もまたくすりと温度のない笑みを零した。
「幻想だと言うならば、手放しても良いでしょう?」
 声と共に、痛みが両脚を襲う。まるで断たれたような――人魚姫が苦しんだような痛みだろうか。リリシュクリは思わず歩みを止めて、魔女を見た。
「幸福になるための絶望――と言ったね」
 確かに絶望を味わった。その証を、リリシュクリは既に得ている。
(指輪と、私の心)
 幻想の中の、ほんの少しのほんもの。
「でもね、犠牲にしたものは、絶望ほど甘くはなかったの」
 自分自身と向き合って、現実を懸命に生きること。それが、リリシュクリが幸福のために犠牲にしたものだ。
 幸せを纏って、幸福のなかにあるために。だから、リリシュクリは現実にいない。いつだってずっと、甘い夢の中にいる。
「悪い子でしょ。……ふふ、だって、“堕ち”ちゃったものね」
 わたしはもっと悪い子だから。自分で言って、重ねて笑う。足を襲う痛みはあれど、幸福の中にいることを知ってさえいれば辛くはない。
「もっと幸せになっちゃうの。――もちろん、キミを倒してね」
 花のナイフを、絶望の魔女へ突き立てる。同時にリリシュクリの足元から咲き誇った睡蓮が、あたり一面を花の水面へと変えた。
 蜜のように甘い声が、絶望の囁きを掻き消してゆく。

 さあ、花の海にとけて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸神櫻

しあわせになってはいけない…ふふ
今まで私が私にかけていた呪と同じ

私は絶望を齎すものだった
愛しい人たちを贄として食い殺した人喰いの龍なんて、禍を齎すだけの悪龍なんて幸せになっていいわけがない──なんて

大丈夫よ、カムイ
今はそんなこと思ってないわ
滲む痛みすら喰らってやる
もう悲哀に沈みなどしない
誰がなんと言っても私は幸せだもの
カムイがいてリルがいて、師匠やイザナ…こんな私でも支えてくれるひとがいる

幸せになるには絶望が…そう
悲しみがあるから喜びがより美しく嬉しく感じるのと同じ

だから私は過去に抱いた絶望も糧に先に進むの
全部喰らって私は咲くわ
痛みも苦しみも絶望も全部
私が今、私として生きている証だから


朱赫七・カムイ
⛩神櫻

絶望、か
其れは誰しもに宿る禍の姿なのだろう
その絶望に抗って懸命に生きる魂の輝きは──美しい

サヨ、耳をかす必要はないよ
きみは悪龍ではない
呪すらも祝に変えて、厄を絶望すらも糧に咲く美しい私の桜だ

私自身はまだ絶望を知らぬ身だけれど
私の絶望なんてひとつきりだ
……愛しいきみを喪うこと、それだけ
思うだけで胸が軋み痛む
想うは藤の下、無邪気にわらうサヨのこと
何でもない幸せな日常の尊さと愛しさ
きみが、わらう世界が愛おしい

私は禍津
きみの神
如何なる悲しみも絶望も共に背負い歩こう
例え脚がなくとも、進むことはできるのだ

過去の痛みになど負けない
絶望は超えて行ける
いや超えていく
共に
手を重ねて時を重ねて
私達は生きるのだ



 その呪いの言葉を、誘名・櫻宵(咲樂咲麗・f02768)はよく知っていた。
 しあわせになってはいけない。声にはせず繰り返して、櫻宵は少しだけ笑う。その笑みに浮かぶのは自虐でも諦観でもない、穏やかなものだ。
「……ふふ、今まで私が私にかけていた呪と同じ」
 はじめは誰かに言われた言葉だったのかもしれない。けれどいつしか、その言葉は己に課す呪いになった。
 愛しい人たちを贄として喰い殺した人喰いの龍。――自分こそ、絶望を齎すものだった。
 嫌というほど思い知った言葉だ。角に翼に艶やかな桜花が色づくのが、喰った誰かの色ではないかとぞっとしたことがある。どれだけ美しく咲こうが、禍を齎すだけの悪龍なんて幸せになっていいわけがない。
(――なんて)
 幾度も幾度も繰り返した言葉は、既に過去にある。強がりでもなく微笑んで顔を上げた先で、朱赫七・カムイ(禍福ノ禍津・f30062)が鮮やかな赫で櫻宵に向かう魔女の視線を遮った。
「サヨ。耳をかす必要はないよ」
 櫻宵が自身にかけていた呪いを、カムイも承知していた。そしてその呪縛から解かれたことも。
 絶望。カムイはまだ、経験としてそれを知らない。
 けれどたった一言で多くの人々が心の奥底を顧みる。それは誰しもに宿る、禍の姿なのだとカムイは理解していた。そして、その絶望に抗い懸命に生きる魂の輝きは――美しい。
「君は悪龍ではない。呪すらも祝に変えて、厄を絶望すらも糧に咲く、美しい私の桜だ」
「大丈夫よ、カムイ。今はそんなこと思ってないわ」
 護り立つ頼もしい背に微笑んで、櫻宵はその隣に並ぶ。
 過去に抱いた後悔や悲しみを、あの痛みを忘れたわけではない。けれどそれに囚われるのはもうやめた。
 真っ直ぐに顔を上げた櫻宵に、それでもくすくすと魔女が笑う。
「とても憐れで健気な子。痛みをやり過ごしても、同じことだわ。絶望の在処を知っているなら、いつか貴方はまたそれを味わうことになる。抗うほどに痛みは増すわ。……知っているのでしょう?」
「関係ないわ。誰がなんと言っても、私は幸せだもの」
 滲む痛みすら喰らってやる。櫻宵が淀むことなく言い切れば、魔女が不愉快そうに黒を揺らした。染み入るようなその色は、その声音は、いつかならば容易に囚われていたかもしれない。けれど今、それを捉えるのは蠱惑の龍眼のほうだ。
「もう悲哀に沈みなどしないわ」
 幸せになるには絶望が必要だと魔女は言う。それは、悲しみがあるから喜びがより美しく嬉しく感じるのと同じなのだ。
「私にはカムイがいて、リルがいて、師匠やイザナ……こんな私でも支えてくれるひとがいる」
 悲しみを、喜びを、共に分かち合えるひとがいる。誰かが立ち止まったなら手を引いて、苦しんでいたなら寄り添って。たったひとりで受け止めて、全て呪ったいつかとは違う。
「だから私は、過去に抱いた絶望も糧に先に進むの」
 魔女の漆黒に、桜花がひとつふたつと花咲く。力強いそれに瞳を和らげて、カムイがゆっくりと頷いた。強くてうつくしいと、何度でも思う。だからこそ、まだ知らぬ絶望を予見することもできた。
「私の絶望なんてひとつきりだ。……愛しいきみを喪うこと、それだけ」
 絶望を知らぬからこそ、それは酷く恐ろしい。思うだけで胸が軋み痛むようだ。
 何でもない日常の中で、藤の下で、無邪気に笑う櫻宵のことを想い返す。何気ないからこそ幸せな日常は、とても尊く愛しいものだ。
 カムイの思い描く世界の真中には、いつだって櫻宵がいる。
(きみが――わらう世界が、愛おしい)
 櫻宵のいない世界を世界だと、カムイは認識できないのかもしれない。
 だとしても。
「全部喰らって私は咲くわ。痛みも苦しみも、絶望も全部」
 そう櫻宵が前を向くからこそ、カムイも歩みを止めることはない。
 隣で咲き誇る桜を愛おしむようにカムイは微笑んで――その先を塞ぐ黒き絶望に神罰を下す。
「私は禍津。きみの神。……如何なる悲しみも絶望も、共に背負い歩こう」
 返されたのは両脚に至る酷い痛みだ。思わずカムイは僅かに眉を顰める。歩むのもままならぬほどの痛みは、まるで過去から滲んだ痛みのようだった。
 櫻宵も小さく息を零して、唇を噛む。その向こうで、魔女の声がまだ響いた。
「痛いでしょう? 苦しいでしょう。いつかそれよりも辛い絶望が、幸福のあとにやって来るの」
「――ッ、負けない。絶望は越えていける。……いや、超えていく」
「そう、この痛みも全部、私がいま、私として生きている証だから」
 痛みに目が眩む。それを互いに堪えるように櫻宵とカムイは手を重ねた。
 言葉ばかりの魔女は、目を凝らせば随分消耗している様子だった。いくら揺さぶっても抗う意思に、歯痒そうに漆黒を翻す。
「生きることに、どれほどの意味があると言うの」
「ただ生きるのではない。共に手を重ねて、時を重ねて、数え切れぬ約束を結んで」
 そうやって。
 カムイと櫻宵は瞳を交わす。すぐ傍にぬくもりがあった。微笑みがあった。そして痛みも共にある。

「絶望を超えて。――私たちは生きるのだ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

氷雫森・レイン
【星雨】
「で?アンタは幸福に代償が要るって言うのね。はん、馬鹿馬鹿しい」
何を嘯くかと思えば
「いいこと、アレク。酒もなしに偽善と己に酔っ払う輩の戯言に耳を貸してると桜の鬼がやってきてコイツ共々首を刎ねられるわよ」
この女がそうなった所でどうとも思わないけど

「確かに知性ある生き物は狡猾で傲慢だわ。生存戦略ってやつはいつだって簡単に他の命や心を蹴っ飛ばして踏み台にする。…だから?」
罪なきものしか許されぬなら骸の海から来た異物なんぞの手が無くとも滅んでいる
「この世の全ては生者の為のものよ」
欺瞞への反論は私の愛弟子の得意分野
私は尊大に傲慢でいてやるわ
魔力の弓を作って矢を番える
「寝言は骸の海で言いなさい」


アレクシス・ミラ
【星雨】アドリブ◎

…此れも桜の鬼姫殿への信頼なんだろうね
だが、君の言うことは尤もだ。レディ…いや、レイン先生
(…届かなかったもの、零れ落ちてしまったもの)
己の手に…決意を込める
そして前を見据え、迷いなく剣を構える
戯言に惑わされはしないさ

【蒼穹眼】で敵の行動、攻撃を見切ろう
他者の為だと唆し、僕達に絶望を齎そうったってそうはいかないよ
なんでもない日常から希望を見つけ出し特別なものへと変えるように
幸福は、幸ある未来は今を生きる者達自身の手で作り出すもの
過去の残滓がそれの邪魔をしないでもらおう
見切れたら回避
そこから隙を作り出すように剣から光の衝撃波を放ち
親愛なる師の矢を導こう
骸の海へお還りいただこうか



「で? アンタは幸福に代償が要るって言うのね。はん、馬鹿馬鹿しい」
 笑みにも満たぬ息を冷たく落として、氷雫森・レイン(雨垂れ雫の氷王冠・f10073)はドレスを纏ったままの細い肩を竦めて見せた。
 目前にはレインと正反対の黒尽くめの魔女がいる。畳みかけられる猟兵たちからの攻撃と、揺らがぬその意気に随分消耗はしているようだったが、未だその口元には笑みが刻まれたままだ。
 何を囁くかと思えば、随分とありふれた絶望をふっかけてくれる。あるいはこの魔女が幸福と呼ぶものをぶち壊したいだけならば、ある意味では正しいのかもしれない。臆病になった心にならば、嫌な音で響くだろう。
 それが容易に解る、純然たる悪意と偽善の塊――反吐が出るわ、とレインは吐き捨ててアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)の前へとひらりと飛んだ。
「いいこと、アレク。酒もなしに偽善と己に酔っ払う輩の戯言に耳を貸してると、桜の鬼がやってきてコイツ共々首を刎ねられるわよ」
 この女がそうなったところでどうとも思わないけど、と写真を撮ったときと同じ美しい花嫁衣装のままで、レインの言葉は容赦がない。
 その華奢で可憐な純白の姿は、騎士の正装と同じ程誇り高くも見えて、アレクシスはふと形良い唇に笑みを乗せた。
「……此れも桜の鬼姫殿への信頼なんだろうね」
 アレクシスも知るかの鬼姫は、確かに世迷言に耳を貸すことはないだろう。そしてレインの言葉通り、首を刎ねることを躊躇うまい。それには畏れよりも、信が勝る。
「君の言うことは尤もだ、レディ――いや、レイン先生」
 アレクシスは前を見据え背筋を伸ばす。忍び寄る後悔に、絶望に足を取られぬように。
 届かなかったものがあった。己の未熟さを嘆いた。
 零れ落ちたものがあった。どれだけ力をつけても、失ってしまったものがあった。
 かつて覚えた感情は、間違いようもなく絶望だったろう。忘れ得ず、今もその痛みは鮮明に残る。それは果たして、幸福の代償であっただろうか。
(――違う)
 絶望の先に得たものは、痛みと苦しみで飾り立てた幸福ではなかったはずだ。
「戯言に惑わされはしないさ」
 ゆっくりと剣を抜くき、己の手に決意を込めた。
 迷いはせず、惑いもしない。その道しるべの誓いも、導いてくれる師も傍にあるのだ。
 ならば今この戦場で、騎士たる己が導くものは、勝利の他にない。アレクシスは前に出たレインよりも、今一度前へ足を進めた。
「僕が道を作るよ。近づけばそれだけ、絶望への誘いは強くなるだろうけれど」
「なら、アレクの得意分野ね。正面から論破して来なさい」
「先生にそう言って貰えると心強いよ」
 思わず少し笑って、アレクシスは剣を構えて駆け出した。くすくすと笑う耳障りな声が強く響く。
「傲慢だこと。今ある幸福を手放したくないのは、他者にそれを奪われたくないからでしょう?」
「確かに知性ある生き物は狡猾で傲慢だわ。生存戦略ってやつはいつだって簡単に他の命や心を蹴っ飛ばして踏み台にする。……だから?」
 滑り込む囁きを、レインのよく通る声が遮った。
「罪なきものしか許されないなら、とっくの昔に生き物全てが滅んでいるわよ」
「……僕が口を挟むまでもない気がするが」
 剣を構えたままに、魔女を捉えたアレクシスの両眼がその行動を予見する。感覚を支配する痛みは避けようもないが、抗うことは得意分野だった。
「僕たちに絶望を齎そうったってそうはいかないよ」
 これまでも途方もない絶望に抗って来た。なんでもない日常から、希望を見出して来た。
 かけがえのない特別な日々を作り出して来たのは、過去ではなく今の自分たちだ。
「幸福は、幸ある未来は、今を生きるものたち自身の手で作り出すものだ。――過去の残滓がそれの邪魔をしないで貰おう」
 痛みを飲み込んで、剣を振り下ろす。その切っ先は光を纏い、絶望の黒に一条の光を刻む。

「レイン先生!」
「いいわ。――そこを退いて、寝言は骸の海で言いなさい」

 アレクシスの作り出した光の斬撃に、レインの放った矢が乗る。勢いを増した蒼き矢は光を纏い、絶望を謳う魔女の中心を貫いた。
 光の残滓で、騎士と花嫁の白が淡く輝く。希望や幸福がどれだけ傲慢で、尊大であると言われても。
 絶望の前に立つ光は、翳ることを知らない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葛籠雄・九雀
ふうむ。
まず幸福と絶望の定義を知りたいが。

すまぬが、オレは絶望と呼ぶほど喪失や空虚と仲が悪くなくてな。仇敵ではあるが莫逆の友でもある。忘却もいい加減慣れた。
肉体の死も、オレの死で決着がつく問題であるしなあ。
どうも絶望は難しい。あるいは幸福さえも。

ただ。
この記憶の空洞が、およそ耐え難いほどに痛みを叫ぶならば。
そこに在ったものの『確からしさ』をオレは全て愛している。

幸せは知らぬが、オレの痛みは続く。それを嘆くも呪うも馬鹿らしい。
あるいはこの痛みこそオレの幸福なのやもしれぬ。

コルチカムにて体験させてやろう。
まあ、魔女ちゃんには痛いだけであろうが。

濁りの底で、その身を貫く痛みの幸いを知れ。

オレが悪いことなど、最初から『知って』おる。
だからこそオレは『楽しく生きる』責任がある。
オレはオレの大切な者たちと『葛籠雄九雀』の『楽しみ』を手放さぬ。
絶対にな。
見知らぬ誰かの幸福もオレは礎にするぞ。

さて、こんなオレが今何を考えておると思う?
実はな、この後買うウィークエンド・シトロンのことだけであるよ。ハハハ!



 多くの者が魔女の語る絶望と幸福に真っ向から否を突き付ける。
 その言葉の殆どは淀みなく真っ直ぐで、随分と眩しいものだ。だがそのどちらが正しいのか、葛籠雄・九雀(支離滅裂な仮面・f17337)は考えあぐねて、ふうむと仮面の顎を軽く撫でた。
「まず幸福と絶望の定義を知りたいが」
 それらはどれも、個人の感情に起因するものだ。その定義は個々により違い、個々により価値も異なるだろう。
 絶望を囁く魔女を前にして、九雀は軽く首を捻った。
「すまぬが、オレは絶望と呼ぶほど喪失や空虚と仲が悪くなくてな」
 それは仇敵ではあるが、同時に莫逆の友でもある。伴いがちな忘却もいい加減慣れてしまった。
 常に傍らにあり、常にそれを感じ続ける。それこそが絶望だろうと言う者も居ようが、九雀が得たのは決して苦しみだけではない。だからこそ絶望と定義されがちな感情を否定しようとも思わぬのだ。
「肉体の死も、オレの死で決着がつく問題であるしなあ」
 ゆえに、絶望はどうにも難しい。あるいは対となる幸福さえも。
「……痛みも苦しみも、貴方にとっては絶望足り得ないと言うの?」
 理解が及ばぬと言うように、魔女が声音を僅かに揺らした。表情の伺えぬ面の奥の瞠目を見たように、ハ、と九雀は短く笑った。
「その問いの答えは、応であり否である。――この記憶の空洞が、およそ耐え難いほどに痛みを叫ぶならば。そこに在ったものの『確からしさ』をオレは全て愛している」
 痛みを感じぬわけではない。苦痛に苛まれぬわけでもない。
「幸せは知らぬが、オレの痛みは続く。それを嘆くも呪うも馬鹿らしい」
 それは九雀にとって当たり前の存在で、元より知らぬ幸福を奪うものではないのだ。

「あるいはこの痛みこそ、オレの幸福なのやもしれぬ」

 ――体験させてやろう。
 いくら言葉を重ねたところで理解には及ばぬものだ。ならば体験するのが早い。
 言うが早いか、九雀は音もなく地面を踏み切って、魔女の懐へと飛び込んだ。長話をする間に見つけた隙だ。他の猟兵たちが真っ向から跳ね返した言葉は、魔女の正気をすり減らしている。
 手にした武器で深く突き刺せば、その黒く凝った絶望の歪みに触れた気がした。
「濁りの底で、その身を貫く痛みの幸いを思い知れ」
 九雀の鮮やかな髪が燃えるように広がり、深く絶望を穿つ。声にならぬ叫びをあげた魔女が、たまらず後退した。
「まあ、魔女ちゃんには痛いだけであろうが」
 そして酷い痛みが、九雀にも返される。悪い子、と呻いた魔女の声に、ハハハ、と痛みの中で九雀は笑う。
「オレが悪いことなど、最初から『知って』おる。だからこそオレは『楽しく生きる』責任がある。――オレはオレの大切な者たちと『葛籠雄九雀』の『楽しみ』を手放さぬ」
 絶対にな。笑うまま痛みを耐え切って、九雀は更に魔女へと迫る。
 酷い痛みだ。酷い幸福だ。その全ては九雀が九雀たる所以なのだから。
「オレは見知らぬ誰かの幸福も礎にするぞ」
 それがいくら『悪い』と言われようとも。
 ずいと魔女を覗き込んで、九雀はまた問いを投げた。
「さて、こんなオレが今何を考えておると思う?」
 絶望に抗う戦場で、死にも至る痛みが蔓延るこの場所で――九雀は高らかに笑った。

「実はな、この後買うウィークエンド・シトロンのことだけであるよ。ハハハ!」

大成功 🔵​🔵​🔵​

汪・皓湛
花兎

笑顔も心も風船の国で過ごした時の侭
ウサいばら殿命名の作戦には笑みを
友は鞘より抜き宙へ
高く飛び跳ねた次は鞘を片手に立ち回ろう

いばら殿の仰る通り
日々出逢った様々な縁が
幸い満ちた瞬間となって咲くのです
そこに、踏み台にした絶望はございません

風船の国で咲いた笑顔と幸せも
幽世での縁から芽吹いたもの
故に胸を張り、笑顔で断言を

月色の友
母と呼んだ女性
失った時は絶望し心が痛む侭に涙したが
私の幸福だと迷わず言える故
召喚されたとしても恐れはない
鞘で打ち払い駆けながら
ウサいばら殿が下さった支援と機会を笑顔で受け止めて

万禍

宙を舞わせていた友を風の如く魔女殿へ

季節が巡り続ける様に
幸福や笑顔もまた咲き続くものなのです


城野・いばら
花兎

ルンルン春コレ衣装
魔女さんにも見てもらおう
晴れがアナタにも届きますように
名付けて続・ウサ兎作戦!

風船の国での一時は楽しかったけど
それを当たり前とは思わないわ
色んなご縁が繋がってくれたからこそ
得られた尊い時間
アナタの方法には賛成できないの

堂々と咲き、駆ける兎湛の力になれるよう
小さなうたごえの皆に手伝ってもらい
楽しい歌唱で魔女さんの視線をお誘い
断たれる痛みも
動けない歯痒さもしってるの
でもね苦しくても頑張れる
皆の笑顔がみたいから

さぁ、Giftでカラフルに花咲かせ
沈む気持ちも吹き飛ばしちゃお
茨で遮ったり捕縛でお邪魔虫して
今よって兎湛に目配せを

春コレは終わっても
笑顔の花届ける
花兎パレードは続くのです



 ざらざらと、広がった黒が景色にノイズを混ぜる。
 泣いていた影とは違う、明確に景色を、心を塗り替えようとする絶望の狂気。
 猟兵たちの言葉で装いでいくらか薄らいだ灰色の景色の中、踊るように飛び跳ねた明るいイースター衣装は一際軽やかに彩りを齎した。
 風船で飛び跳ねたときの笑顔のままで、城野・いばら(白夜の揺籃・f20406)と汪・皓湛(花游・f28072)はぴょこんと帽子ごと耳を傾ける。
「幸せになってはいけない? まあ、それは困ったわ」
 だってもう、心はすっかり晴れ模様。いけないと言われたって、ふわりと飛んだ風船の国でのキモチのままに見合わせた互いの笑みで、また笑顔が咲く。
「ええ、もう随分と楽しんだ後ですから」
「なら皓湛、魔女さんにも見てもらいましょ!」
 ぱあっと笑って、いばらはくるりと回った。すぐそこには、絶望を求む魔女がいる。ここが戦いの場所なのも、わかっているけれど。――このお揃いの衣装みたいに軽やかで特別な、晴れがアナタにも届きますように。
「名付けて続・ウサ兎作戦!」
「……ふふ」
 気の抜けてしまいそうな作戦の命名に、つい皓湛も笑い零した。
 楽しい心地は途切れない。きっとそれは、いばらがその笑みを惜しまず絶やさないせいも大きいだろう。
「ええ、見て貰いましょう」
 頷いて、皓湛は友たる万禍を宙へと舞わせる。鞘から出でた神剣はひらりと踊り、追って高く跳んだ皓湛の片手に鞘が収まる。
 いばらと皓湛、二人の動きはさながらパレードのようだ。端々に滲むのは戦意よりも楽しさで、けれど決して油断もしない。
「傲慢なことね。貴方たちの纏う幸福が当然だと言うの?」
「いいえ、いいえ。風船の国での一時は楽しかったけど、それを当たり前とは思わないわ」
 くすくすと嘲るように笑った魔女に、真っ直ぐに茨は笑いかける。
「だって、色んなご縁が繋がってくれたからこそ、得られた尊い時間だもの」
「いばら殿の仰る通り。……日々出逢った様々な縁が、幸い満ちた瞬間となって咲くのです」
 言葉を引き継いで、皓湛もまた微笑む。脳裏に思い浮かぶのは、巡り得た様々な縁。
「そこに、踏み台にした絶望はごさいません」
 ゆっくりと言葉を、大切に紡ぐ。
 こうして二羽の兎となって、風船の国で咲いた笑顔と幸せも、幽世の縁から芽吹いたものだ。芽吹いたものを育てて楽しんで。花と成したのは、決して絶望ではあり得ない。
 故に、いばらも皓湛も迷わず胸を張って笑うのだ。
「だから、アナタの方法には賛成できないの」
「何を――」
 魔女の声を、歌声が遮る。楽しげに響いたいばらとちいさな皆のうたごえは、魔女の意識を引き付ける。
 その隙に跳んだのは皓湛だ。寄り付く絶望の色彩を鞭で打ち払い、軽やかな跳躍で魔女へと距離を詰める。
 刹那、無遠慮に触れられた痛みがあった。――月色の友、母と呼んだ女性。その喪失は、間違いなく絶望だった。けれど。
(私の幸福だと、迷わず言える)
 彼らは絶望ではない。己にとってかけがえのない、唯一無二の幸福だった。
「兎湛!」
 うたごえの狭間で、明るい声が呼ぶ。それは花兎パレードの合図。とんと妖力を足場に跳んだ皓湛の足元から、無垢な白薔薇が美しく咲き誇る。
(断たれる痛みも、動けない歯痒さもしってるの)
 それでも、苦しくても頑張れることも知っていた。だって。
(みんなの笑顔が見たいから)
 断たれたような痛みが襲う。痛くて、うたもひととき止まっても。笑顔の花は晴れ晴れと咲く。
 笑ったいばらの視線が、皓湛へ向いた。

 さあ、いまよ。

 声なき合図に、宙を舞う神剣が花弁と共に魔女へと向かう。
「万禍」
 呼び声に応が返って、その切っ先は勢いを増す。
「……その幸福は、続きはしないわ」
 呪詛めいた言葉に、皓湛はゆっくりと微笑む。
「いいえ。季節が巡り続けるように。――幸福や笑顔もまた咲き続くものなのです」
 そうして魔女を花と万禍が貫き通す。
 沈むばかりの黒の絶望は鮮やかな笑顔の花に彩られ、骸の海へと還ってゆく。

「兎湛っ」
「ウサいばら殿。手助け、ありがとうございました」
「ふふ、どういたしまして!」

 ぱん、と満面の笑みで叩き合わせた花兎たちのてのひらから、ふわりと花弁が零れる。
 そうして花は咲いたまま、絶望の黒と共に消えて行った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『ウィークエンド・シトロンを食べよう』

POW   :    優しい甘みを味わう

SPD   :    爽やかな酸味を味わう

WIZ   :    共に過ごす人とのひとときを味わう

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


「えっ! あの綺麗な人たちみんな行っちゃったんですか!?」
「うそお……目の保養が……」
 フォトスポットに戻って来た少年少女たちは、すっかり空いた代わりにいなくなってしまった目を惹く人々――猟兵たちを惜しむようにスポットを見渡す。スタッフもデータの印刷や現像に夢中になっている間に、すっかり彼らはいなくなってしまったのだと言う。勿論、しっかり受け取りも済んでいるわけだけれども。
「あちらの展示コーナーに写真を残して下さっている方もおられますよ」
「やったあ!! じゃあちょっと見てから撮りに行こうよ!」
 示されたコーナーに再びぱあっと表情を輝かせて、少年少女たちはまた何気なくはしゃぎ出す。
 その明るい声が響く場所に、絶望の色は残っていない。


 ショッピングモールを上がった先に、落ち着いた雰囲気のカフェがある。
 壁はレンガ造り風になっていて、飾りとして並ぶのは様々な本。
 広々とした空間には、ゆったり座れるソファ席が充分な間隔で並んでいる。

 席についたなら、いらっしゃいませと置かれるのはレモンウォーターだ。
 そして渡されるメニューは多くはない。

 ―― ウィークエンド・シトロンセット。
 ―― レモンティー(ホット・アイス)・レモネード(ホット・アイス)。お代わり自由。
 ―― シトロンのお持ち帰り、ラッピングも承ります。
 ―― 特別なレモンケーキをゆっくりお楽しみください。

 ほどなくテーブルに置かれるシトロンは、贅沢にたっぷり一本。
 グラス・オ・シトロンと呼ばれるレモンアイシングがたっぷりかけられたケーキの上を、シロップ漬けのレモンがきらきらあまく彩っている。
 爽やかで甘酸っぱい一口は、しっとりと口の中で溶けて、けれど甘く後を引く。一度食べたら忘れられないと、すっかり人気の一品だ。
 希望があれば切り分けてもくれるし、好きなだけ自分で切って食べてもいい。
 どれだけ長居しても怒られはしないから、一切れとお喋りを楽しむのも、たくさんをゆっくり味わうのも自由だ。
 勿論一切れだけ味わって、あとはお土産にしてもいい。

 ひとりでも。大切な人や友達と。――なんでもなくて、特別な週末を。
花房・英
寿(f18704)と

平気、寿のおかげでなんともない
壁際の席に座って
ん、ありがと

それが丁度良さそうだな
俺はアイスのレモンティー

このくらい、と指を広げて少し薄めな厚みを示す
…本当は具合悪いんじゃない?
だって俺と同じじゃ薄いだろ
大丈夫ならいいけど我慢はしないで
…何笑ってるの
心配ならいつもしてる

シトロンをつつきながら徐に口を開く
…俺、今だって十分幸せなんだ
過去も受け入れるって決めてるけど
時々あんな風に不安になるんだ
だから…
延びてきた指を捕まえて掌に唇を寄せる
寿の手すごく安心する
誰も見てないよ
恥ずかしいより安堵が先で
どうかこれからもこうしていてと希う
じゃあ残りは持って帰って食べよ
か細い声に心が満たされて


太宰・寿
英(f18794)と

気分悪くない?大丈夫?
席に着くなり尋ねて
良かった、でも無理しないでね

セットをひとつ頼んでふたりで食べよっか
飲み物はアイスのレモネード
余ったら持って帰ろうね

どのくらい食べる?
言われたサイズにカットして
私もとりあえず同じくらい…
具合?悪くないよ
お喋りしながら食べたいからいいの
なくなったらまた切るよ
愛しくてつい笑みが零れる
心配してくれるのが嬉しくて
ふふ、そっかぁ

…うん
言葉が途切れて俯く英の前髪をそっと払って
側にいるよ
英が不安になる度、何度でも言うよ
触れる柔らかさに肩を跳ねさせ
そ、外だよここ…
力強い手と切実な表情に手を引っ込められなくて
ねぇ、シトロンの味が分からなくなっちゃう…



「英、気分悪くない? 大丈夫?」
 カフェの席に着くなり太宰・寿(パステルペインター・f18704)が軽く身を乗り出して尋ねるから、花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)はぱちぱちと目を瞬かせた。
 なんでまた、と思いかけて、心当たりはつい先ほどにあった。――絶望を囁く声にぞっとした心地は、思い出すに容易い。だがそれよりも明瞭に思い出せるのは、寿の声だ。
 ――私の声だけ聞いて、なんて。そんな言葉は、自分だって言える気がしないのに。
「……平気、寿のおかげでなんともない」
「良かった……。でも、無理しないでね」
 まだ気がかりそうな寿に、英はありがと、と頷く。強がりでもなんでもなかった。今目の前に寿がいて、壁を埋める本は穏やかに周りの視線を遮ってくれる。置かれたレモンウォーターに浮かぶレモンの黄色が、グラスの向こうの寿の色を映しているみたいだった。
「シトロンは一本で来るんだっけ。ならセットひとつ頼んで、ふたりで食べよっか」
「ん、それが丁度良さそうだな」
 余ったら持って帰ろうね、と言う寿に頷いて、互いのドリンクを添えて注文を頼む。すると殆ど待つことなく、ウィークエンド・シトロンのセットが二人のテーブルに届けられた。
 可愛らしくもたっぷりとしたレモンケーキが、堂々とふたりの前で甘くきらめく。
 アイスレモンティーを英に、アイスレモネードを寿の前に置いて、ごゆっくりどうぞ、と店員はシトロンのラッピングメニューを添えて行ってくれる。思ったより大きいとは思ったが、もとより食べきることは前提でないのだろう。
「英、どのくらい食べる?」
「このくらい」
 わかりやすく瞳をきらきらとさせた寿が張り切ってナイフを握るのに、英は指を広げて厚みを示す。一般的な一切れの半量ほどのそれは、言われた通りに寿がカットすると、どうにか自立するくらいだった。
 倒さないようにそっと英の前に差し出して、寿も英と同じほどの厚さで取り皿に切り分ける。
「……本当は具合悪いんじゃない?」
「具合?」
「だって寿、俺と同じくらいじゃ薄いだろ」
 まじまじと寿の皿を見て、英は少し眉を下げた。いつだって美味しそうに頬張る彼女を見慣れているから、これはからかいでもなんでもない心配だ。同じ敵を前にしたのは寿も同じなのだから。
 それを察したのか、寿はふわりと笑った。
「大丈夫、お喋りしながら食べたいからいいの」
「大丈夫ならいいけど、我慢はしないで」
 うん、と頷く寿は、シトロンをフォークで一口分切り分けながら、ふわふわと笑っている。――うれしそうで、愛しそうな。そういう笑みが明け透けに英に向けられるから、フォークを持つ手がどうにも落ち着かない。
「……何笑ってるの」
「だって、英が心配してくれるのが嬉しくて」
「心配ならいつもしてる」
「ふふ、そっかぁ」
 ぼそりと零した言葉に寿の笑みが深まるから、それ以上文句も言えなくなってシトロンを一口食べた。甘酸っぱい味が広がって、あっという間になくなる。後から香るレモンの香りが、やっと少し気分を落ち着けてくれた。

「――俺、今だって充分幸せなんだ」
 呟くように口を開けば、寿がこちらを見るのがわかる。目を真っ直ぐ合わせることもできなくて、視線は彼女の手元に落ちた。うん、と聞こえる相槌が柔らかい。
「過去も受け入れるって決めてるけど、時々あんなふうに不安になるんだ」
「いいよ。……側にいるよ」
 迷わず返った言葉と一緒に持ち上がった寿の手が、英へと伸びて来る。
「英が不安になる度、何度でも言うよ」
 指先がやさしく、視界を遮る前髪を払った。その手をふと捕まえる。驚くでもなかった小さくて柔らかい手は、あったかい。
「……寿の手、すごく安心する」
 その掌に、唇を寄せた。
 途端に寿の肩がぴゃっと跳ねて、視線の先の頬が見る間に赤く染まる。英、と呼ぶ声がか細い。
「そ、外だよここ……」
「平気、誰も見てないよ」
 もとより人目の少ない壁際だ。何より今は、羞恥よりも安堵が勝る。捕まえた手を離さずに、そっと頬を寄せた。また寿が小さく跳ねて、おろおろと視線を彷徨わせる。
(そんなふうにしてるほうがよっぽど目立つのに)
 なんて、言いはしないのだけれど。ぬくもりが心地好い。どうかこれからもこうしていて欲しいと、希ってしまうほど。
「ねぇ、シトロンの味がわからなくなっちゃう……」
 振り払うこともできずに、赤くなるままか細い声で寿が訴える。それに思わず笑んで、ようやく英は寿の手を離した。
「じゃあ、残りは持って帰って食べよ」
「うん……」
 シトロンどころではなくなってしまったらしい寿が、耳まで赤いまま頷く。それにも妙に心満たされる心地で、英はシトロンのラッピングを頼んだ。
 選んだ袋は、今日の彼女と同じ春の黄色に青いリボン。

 手を繋いで辿るなんでもない日の帰り道は、いつもより少し特別であたたかい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

氷雫森・レイン
【星雨】
(該当衣装ステシ固定済)
「アレク、ちょっとこれ持ってて頂戴」
貝の火煌めく雫石の首飾りを彼の手に預け、自分はその石の中へ
出てきた時には着替え完了
「どう?見せたかったの」
これも中々とはいえ流石にこの後の予定に婚礼衣装はどうかと思ったのもあるけれど
「貴方の師としての正装というイメージで作らせたのよ」
何せ星の子達さえ焦がれて落ちてきかねないほど麗しい弟子を持ってしまったんですもの
このくらいでやっと釣り合うわ

「さて、ご褒美を頂きましょうか」
予め小さく切り分けてもらったケーキを楊枝で食べる
大口になってしまうのは…この際見逃して頂戴
本当は糖度の高い果物が好みなのだけど…
「悪くないわね」(満面の笑み)


アレクシス・ミラ
【星雨】

首を傾げながらも首飾りを手にレディを待つ、と
…!その服は…
彼女の言葉に目を見張る
…婚礼衣装に僕の師匠としての正装
親愛なるレディであり師の特別な装いをふたつも見せてもらえただなんて
…僕はなんて幸せ者の騎士で、弟子なのだろう
ああ。その装いも貴女にぴったりだね、レイン先生
植物や紅茶の事だけでなく
貴女から教わる事は皆、僕にとって魔法のようだと思ったから
…しかし星の子達さえ、か
出会った時にも言ってくれた言葉。…やはり少し照れるな

妖精用の食器も用意しておこう…と密かに決心しつつシトロンを一口
ん、美味しい
(沢山の写真を撮ったが
此処にも花が…笑顔が咲いている
カメラが無いのが惜しいな)
…これもご褒美だね



 いらっしゃいませ、と師弟を席へ案内した店員は、目を惹く騎士の青年と婚礼衣装を纏った雨色の妖精にほうと一瞬惚けた息を吐き、それからはっとしていつも通りの笑みを浮かべた。
「フォトスポットからおいでですか。宜しければ写真も自由に広げてください」
 お似合いです、と言う店員は、アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)と氷雫森・レイン(雨垂れ雫の氷王冠・f10073)の盛装に世辞でもない言葉と共にレモンウォーターを二人分置き、小さめのストローを添えてくれた。おそらくはUDC職員が手を回していたのだろう。続々と来店する猟兵たちに驚いた様子もない。
 ならば気も楽だと、レインはシトロンのセットの注文と共に、小さく切り分けて貰えるように頼んだ。
「さすがに妖精用の食器はないだろうけど……気配りをして貰えるのは助かるわね」
 店員が注文を聞いて行ったのを見送って、さて、とレインはふわりと飛んで、アレクシスの目前に貝の火煌めく雫石の首飾りを差し出した。
「アレク、ちょっとこれ持ってて頂戴」
「それは構わないが……」
 どうして急に、とアレクシスが首を傾げる間に、レインは雫石の中にするりと入り込んでしまう。その小さな石の中にあるのは、レインの有するフェアリーランドだ。様々なものを収められるその場所には、大切なものがいくつも仕舞ってある。その中のひとつを、レインはふと微笑んで手にした。

 レインに言われるまま首飾りを手に待つアレクシスの元には、ウィークエンド・シトロンのセットが届けられていた。
 レインの予想通り、食器は一般的な人間用のもので、レインには大きいだろう。
 けれど小さく切り分けられた小皿のシトロンには、レインの手に合いそうな大きさの楊枝が添えてあり、テーブルの上にも座れるよう手のひらサイズのクッションも置かれて行った。
 切り分けて尚堂々と残るシトロンは、きっと持ち帰ることになるだろう。
(……また妖精用の食器も用意しておこう)
 少し気が早いが、そう心に決めた。帰ったあとに師を招いて、大切なひとびとを招いて。なんでもなくて特別な時間を過ごせるように。

「――お待たせ、アレク」
 雫石が淡く光って、光と共にレインが再び現れる。その姿に、アレクシスは思わず息を呑んだ。
 そこにいたのはつい先ほどまでの婚礼衣装とは異なる衣装――まるでお伽噺の中の魔法使いのようなつばの大きな帽子と、幻想的で愛らしくも凛とした白と青のドレスを纏ったレインだった。
「その服は……」
「どう? 見せたかったの。――貴方の師としての正装というイメージで作らせたのよ」
 白に青。それはレインがよく纏う色調でもあるが、同時にアレクシスが纏う色でもある。現に今、騎士正装を纏うアレクシスと並べば随分とよく映えた。
「僕の師匠としての……」
 レインの姿に言葉に驚くまま素直に目を瞠ったアレクシスは、やがて嬉しげに破顔した。
「親愛なるレディであり、師の特別な装いをふたつも見せてもらえただなんて。……僕はなんて幸せ者の騎士で、弟子なのだろう」
 それは思わず零れた笑みで、心からの言葉だ。
「ああ、その装いも貴女にぴったりだね、レイン先生」
 彼女から教わることは植物や紅茶のことのみならず、すべてがアレクシスにとっては魔法のようだからこそ。
 嬉しげな弟子の表情に、レインもふと眦を緩めた。
「何せ星の子達さえ焦がれて落ちてきかねないほど麗しい弟子を持ってしまったんですもの。このくらいでやっと釣り合うわ」
 さて、ご褒美をいただきましょうか、とレインが用意されたクッションの上に座って、楊枝でシトロンを一欠片口に運ぶ。どうしたってその一口は少し大きいから大口にはなってしまうが、それを気にする人もここにはいない。
 その姿を見ながらに、アレクシスもシトロンをひとくち口へ運んだ。
「……しかし、星の子達さえ、か。やはり、少し照れるな」
 それは出会ったときにも彼女から言って貰った言葉だ。どうにも身に余る気がしてしまうが、レインは躊躇いなくそう口にしてくれる。せめてその言葉に足るような弟子で在れれば良いのだけれど。思いながらに口にするシトロンは、甘く爽やかにその言葉を胸の奥まで届けてくれる。
「ん、美味しい」
「ええ、悪くないわね」
 本当は糖度の高い果物が好みなのだけど。そう言いながらも、レインが浮かべるのは満面の笑みだ。それに釣られて、アレクシスも笑う。
 今ここに、カメラがないのが惜しい気がした。フォトスポットでも花と共にたくさんの写真を残したが、いまここにも花が――笑顔が咲いている。
「……これもご褒美だね」
 笑うまま呟いたアレクシスに、今度はレインが首を傾げた。けれどそれに答えるまでもなく、互いに何気ない笑顔が花ひらく。
 なんでもなくて特別な日を今日もまた、忘れぬように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
【月風】

週末だからウィークエンド?
2人分でいいよな?
俺アイスレモネードにしよ
水飲み
んっこれもレモン
マジレモン尽くしだ

出て来たシトロン見て
すっげぇアイシング掛かってる…!
甘いのかな?
でもレモンも乗ってるし行けるか?
自分で切れるならちょっと分厚くしたいな
瑠碧はどれ位にする?

大きめに口に入れて
んっ
甘いけど酸っぱい…コレ丁度いいな

っと
さっきの写真
折れたりしなくてよかった
紙だと飾れるしな
さすがカメラがいいと違うな
瑠碧がいつも以上に可愛く写ってる
赤くなり
…だったら嬉しい

レモネード飲んで一息付き
こんな風に
初めてのもん二人で食べて
たったそれだけだけど
…幸せだ
手を重ね

余った分は
持って帰って食べるか
ゆっくり二人で


泉宮・瑠碧
【月風】

週末のケーキ…寛ぐ用にとか?
はい、二人分で
食べ切れない分は持ち帰れるのも、安心です
私も、アイスレモネードで

持って来てくれたケーキに目が輝き
御礼を言ってから
上に乗る檸檬も、表面を覆う薄い白色も綺麗…
甘くても爽やかだと思いますよ
私は量の問題で…理玖より少し薄くします

小さめに一口…
濃厚で甘いのですが
甘酸っぱさと後味が爽やかで美味しい…

写真を出した理玖に小さく咽る
…すまほ、ですと怖くて見辛いのですが、紙なら見られます
可愛いのは…かめらと…理玖と一緒だから、でもありますよ

重なった手に、手を重ねて
日常の小さな一つも、幸せです

持って帰る分は二人分の残りで、少し多くても…
今日の様に、二人で一緒の時間を



 カフェの席について渡されたメニューを何気なく指先で辿って、陽向・理玖(夏疾風・f22773)と泉宮・瑠碧(月白・f04280)は向かいの席で、同じ仕草で首を傾げた。
「週末だからウィークエンド?」
「週末のケーキ……寛ぐ用にとか、でしょうか?」
 あまり馴染みのないシトロンを不思議に思いながらも、一先ず二人は注文を決める。
「二人分でいいよな?」
「はい、二人分で」
 理玖はアイスレモネードにしよ、とドリンクを指差す。瑠碧も同じものを頼めば店員は笑って注文を受け、殆ど待つことなく二人の前にシトロンのセットが届いた。
 首を傾いでいた二人に、店員は『フランスの伝統のお菓子で、大切な人と一緒に過ごす週末に食べるお菓子という意味があるんですよ』と言葉を添えてくれる。平日のうちに作っておいて、週末をゆっくり過ごす、というようなことも多いらしい。だからこの店は、週末にだけ開くのだと言う。
 ありがとうございます、とその説明を聞きながら、二人の視線はテーブルの真ん中のシトロンへと注がれていた。二人分、つまり二本のシトロンが並び、たっぷりのアイシングにシロップ漬けのレモンがきらきらと――そして二人の瞳も輝いている。
「すっげぇアイシング掛かってる……!」
「はい……上に乗る檸檬も、表面を覆う薄い白色も綺麗……」
「これ、甘いのかな? でもレモン乗ってるし行けるか……?」
 そういえば甘さのことを考えていなかったらしい理玖に、瑠碧がくすくすと笑う。
「甘くても爽やかだと思いますよ」
「じゃあ……自分で切れるし、ちょっと分厚くしてみるか」
 興味津々の表情のまま、理玖が少し分厚めに自分の分のシトロンを切り分ける。それから瑠碧へ優しい笑みを向けた。
「瑠碧はどれくらいにする?」
「私は量の問題で……理玖より少し薄くします」
 食べきれない分は持ち帰れるとも聞いたから、残す心配もしなくていいのは安心できる。
 それぞれの一切れを小皿に分けて、まずは一口。理玖の一口は瑠碧よりずっと大きい。
「んっ。……甘い、けど酸っぱい。コレ丁度いいな」
「ん……濃厚で甘いのですが、甘酸っぱさと後味が爽やかで」
 美味しい、と声が重なって、笑い合う。レモネードを一口飲んで、始めに運ばれたレモンウォーターも飲んでみれば、まさにレモン尽くしだった。

「っと。さっきの写真――折れたりしなくて良かった」
 ふと思い出した様子で、フォークを置いた理玖がおもむろにポケットから写真を取り出す。戦いの中傷つかぬようにと大切にしまったそれだが、どれも無事にあってくれたようだった。
 前触れなく出て来たそれに、瑠碧が小さく咽る。
「……すまほ、ですと怖くて見辛いのですが、紙なら見られます」
「ああ。紙だと飾れるしな。しかし、さすがカメラがいいと違うな」
 満足げに写真を広げて、理玖は嬉しそうに笑う。
「瑠碧がいつも以上に可愛く写ってる」
「可愛いのは……かめらと……理玖と一緒だから、でもありますよ」
 理玖の言葉に、ぽそりと瑠碧が言葉を足す。それに思わず理玖の頬が赤らんだ。
「……だったら嬉しい」
 跳ねた鼓動を落ち着かせるようにレモネードを飲んで、理玖はそっと瑠碧の手に手を重ねた。
「こんな風に、初めてのもん二人で食べて。……たったそれだけだけど」

 ――幸せだ。

 柔らかく口にされた言葉に、重なった手に。瑠碧も嬉しそうに微笑んで、手を重ね返す。
「日常の小さなひとつも、幸せです」
 なんでもない日が当たり前で、特別で。そんな日が重なってゆけばいい。
「余った分は持って帰って食べるか」
「はい。……少し多いですけど、二人ですから」
「ああ。――ゆっくり、二人で」
 今日のように。ふたりで一緒の時間を、これからも。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

月居・蒼汰
ラナさん(f06644)と

見た目は勿論ですけど、香りだけで既にお腹の虫が…
少し頂いて、残りはお土産に持ち帰りましょうか
初めてのウィークエンド・シトロンを
ホットのレモンティーと一緒に
まじまじ見つつまた映え…を意識して写真を撮って
いただきますと手を合わせ、一口
広がる爽やかな甘酸っぱさに頬が落ちるよう
これは確かに納得の美味しさ
一人の時はあんまりこういうのは食べないけど
ラナさんと一緒なら幾らでも食べれそうです

甘味を傍らに他愛無いお喋りを楽しむ
なんでもなくて、特別な日
はい、次は是非
ラナさんが作ったのを食べさせて下さい
こうしてラナさんと一緒に過ごせる幸せを
噛みしめるように
ウィークエンド・シトロンをもう一口


ラナ・スピラエア
蒼汰さん(f16730)

可愛い内装にウキウキしながら
目の前のウィークエンド・シトロンに瞳が輝く
蒼汰さんのお腹の音に微笑んで
そうですね
お家に帰ってからもう一度味わいましょう

温かなレモンティーと一緒に
口に含めば広がるレモンの香りが心地良い
慣れ親しんだお菓子だけど
このお店のも美味しいです!
蒼汰さんは普段食べますか?
返答には恥ずかしそうに笑って

恋はレモンの味
なんて本で読んだこともあるけれど
この甘酸っぱさは確かにそうかもしれないです

なんでもなくて、特別な日
蒼汰さんと一緒の日が
すっかり日常になったことが嬉しくて
綻んでしまうのが止められない

あの、…よろしければまた
週末にご一緒して下さい
今度は私が作りますから



 煉瓦の壁に並ぶ本棚。飾りの暖炉の上にはかごいっぱいのレモンと水差し。隣に開かれたアルバムには、訪れたひとびとの写真が楽しげに笑う。
 案内されて座った席はアンティーク調で、テーブルを挟んで向かい合った揃いのソファーが、ふかりとラナ・スピラエア(苺色の魔法・f06644)と月居・蒼汰(泡沫メランコリー・f16730)を迎えてくれた。
「わあ……可愛いお店ですね」
「ふふ、そうですね」
 店の内装にもうきうきとした様子で見渡すラナに、蒼汰も優しく笑み零す。
 ――そしてテーブルに届いたウィークエンド・シトロンに、また一段とラナの瞳が輝いた。
 しっとりこんがりと焼き上がったレモンバターケーキの上には、あまやかなグラス・オ・シトロンがたっぷりと。更にその上をシロップ漬けのレモンがきらきら彩って、置かれただけで甘酸っぱい香りがふわりと漂った。
 くう。
 途端に聞こえたお腹の虫の音に、ラナはぱちりと瞬いて蒼汰を見やり、その視線の先で蒼汰が照れたように頬を掻いた。
「見た目は勿論ですけど、香りだけで既にお腹の虫が……」
「ふふ、いい香りですもんね」
 思わずラナも微笑んで、思わず浮かんだ可愛いという言葉はこっそり心に秘めておく。飾らない彼の何気ない一面が見れるのも嬉しく思うし、今蒼汰がまじまじと、彼にとっては初めてのシトロンを見つめて真剣にスマホのカメラを構えているのも、なんだかいとおしい。
 カシャ、と今日幾度も聞いたシャッターの音がレモンティーと並ぶシトロンへと向けられたあと、よし、と蒼汰はスマホを置いた。
「二人で食べても大きいですね。少し頂いて、残りはお土産に持ち帰りましょうか」
「そうですね、お家に帰ってからもう一度味わいましょう」
 ふたりでそう決めて、切り分けるのは一切れずつ。
 いただきます、と声を重ねて手を合わせ、互いに一口運べば、香りよりも爽やかにレモンの風味が広がって、甘酸っぱさと共に口の中でしっとり溶けてゆく。
 ラナにとっては慣れ親しんだお菓子だが、人気だと言うのにも頷けた。
「ん……美味しいです!」
「ええ、これは確かに納得の美味しさですね……!」
 満面の笑みを浮かべたラナに、蒼汰も頷いて笑みを浮かべる。
 もう一口、と彼の仕草を追うようにラナもフォークをすすめながら、ふと首を傾げた。
「蒼汰さんは普段、こういうお菓子は食べますか?」
「そうですね……一人のときはあんまりこういうのは食べないけど」
 そう答えながらも、蒼汰の指先はシトロンを丁寧に一口分切り分けて、その視線はラナへ向かう。
「ラナさんと一緒なら幾らでも食べれそうです」
「……そ、そうですか?」
 屈託のない言葉に、思わず恥ずかしくなったのはラナのほうだ。えへへ、と笑って、熱を誤魔化すようにあたたかなレモンティーを傾けた。シトロンと共に溶けてゆく甘さと酸っぱさと、後を引く心地。
(恋はレモンの味、なんて本で読んだこともあるけれど)
 この甘酸っぱさは、確かにそうかもしれない。
 ふたりで出掛けて、何気なく話をして、お菓子を食べて。――そんな時間が心地好くて落ち着く、なんでもなくて特別な日。
 一緒に過ごすことがすっかり日常になったことに改めて気づけば、どうしようもなく嬉しくて、頬が緩んでしまう。
 ラナが笑えば、蒼汰も笑って。あまやかな幸せと共に、シトロンが減ってゆく。
 その時間が楽しくて、大切で、これからも続いてほしいと願う。

「あの」
「はい?」
 二人の小皿の上がすっかりなくなって、ラッピングを店員に頼んだあとで、ラナがそっと口を開いた。
「……よろしければまた、週末にご一緒してください」
 ウィークエンド・シトロンは、大切な人と共に食べる。それは本来、すてきな週末を、大切なひとを想って作るものだ。だからこそ。
「今度は、私が作りますから」
 思い切ってラナが伝えた言葉に、蒼汰は何よりもうれしそうに微笑んだ。
「はい。次は是非、ラナさんが作ったのを食べさせてください」

 ――そうしてまた、ウィークエンド・シトロンをふたり一緒に。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

随分と洒落たカフェだね
サヨが好きそうだ
甘いものを楽しもう

私は…熱い方のれもねーどにするよ
なっ大丈夫
熱い飲み物くらい飲めるよ

……大分、大きさが違うが
私の巫女は可愛いから仕方ない
どっちがいいも何も決まったようなものだ
小さい方でいいよ

熱ッ
ちびちびれもねーどを飲みながらサヨが切り分けてくれたシトロンを食べる
美味しい
ホムラも大喜びだ
私のが益々小さくなる

等分に分けられたシトロンを食べるイザナと神斬を横目で見て無邪気に大きいシトロンを食べるサヨに笑む

幸せそうでわらっていて
きみが笑う世界が忘れられない
きみが笑って生きる世界が、大切だ
そうでなければ意味が無い

勿論
なんてことの無い日の幸せを重ね歩んでいこうか


誘名・櫻宵
🌸神櫻

お洒落なカフェに心が踊るよう

自慢のシトロンもかぁいいうえに美味しそうね!
爽やかでピッタリよ
私は冷たいレモンティーにするわ
カムイは何にするの?
…猫舌なのに平気?

シトロンをザクっと切り分ける
7:4位になったけど…カムイどっちがいい?
大きいのを自分の方に寄せながら問う

ふふ、おーいしい!
幸せの味だわ

絶望なんてここにはない
シトロンを一口食みふふりとわらう
傍らの席の師匠とイザナも楽しそうで和む

レモンの花言葉は
確か「心から誰かを恋しく想う」
絶望があったとしても
甘く酸っぱく超えていけるわ
私の幸はここに咲いているのだから

カムイ、あのね
なんでもない日のしあわせをこれからもいーっぱい
重ねて咲かせて生きたいわ



 案内された席に着いて見える景色は――まるで外つ国だ。
 煉瓦造りの壁に並ぶ様々な本。広々とした間取りに置かれた年季の入った椅子は、しかし腰掛ければふっかりと受け止めてくれる。いらっしゃいませと置かれた水にも帽子のような蓋がついていて、中で氷とレモンがからりと踊った。
 随分と洒落たカフェだと朱赫七・カムイ(禍福ノ禍津・f30062)は店を改めて見渡す。
(サヨが好きそうだ)
 言葉にはせず思って口許を緩め、視線を戻した先では誘名・櫻宵(咲樂咲麗・f02768)が一目でわかるほど心弾ませた様子で満面の笑みを咲かせていた。それに思わずカムイも笑み綻ぶ。
「カムイ、見て! 自慢のシトロンもかぁいいうえに美味しそうね!」
「ああ、甘いものを楽しもう。せっと……飲み物が選べるのか」
「私は冷たいレモンティーにするわ。カムイは何にする?」
 櫻宵の指先がメニューの文字をなぞる。それを見ながら少し考えて、カムイが反対側から指さしたのは。
「私は、熱いほうのれもねーど、にするよ」
 え、と櫻宵が驚いたような声で一瞬目を丸くした。それからじっとカムイを見る。
「……猫舌なのに大丈夫?」
「なっ、熱い飲み物くらい飲めるよ」
 心底心配そうに眉を下げた櫻宵に、思わずむくれたように返してしまう。確かに熱いものは得意ではないが、嫌いとは違うのだ。何度飲んでも一口目で火傷しそうになるのだけれども。肩でホムラまでが心配そうにちゅん……と鳴いて、更には傍らの神斬とイザナも視線を向けて来るから、なんともないのにひとつ咳払いをして注文を通した。
 程なくしてやって来たウィークエンド・シトロンのセットは、写真よりも美味しそうにたっぷりしっとりしていて、ふわりと甘く爽やかなレモンの香りを伴っていた。
 テーブルの真ん中を覗き込んで、わぁ、と声が重なる。
 ひとつのシトロンのそばに重ねられた小皿は、四人分。
「じゃあ、早速切ってしまうわよ!」
 いざ、と弾んだ声でナイフを手にした櫻宵が、ざっくりシトロンを切り分ける。――ただし丁度半分、というわけでもなく、七対三くらいの割合になっているが。
「あら、ちょっと大きさが違うわね」
「……、……ちょっとどころか大分、大きさが違うが」
「カムイ! どっちがいい?」
 にこにこ笑った櫻宵が首を傾げる。さり気なくその手元で大きいほうが自分側へ引き寄せられているのだけれども。
 これではどっちがいいも何も決まったようなものである。それでもいいかと思う辺り、櫻宵に甘いことは自覚してはいたが、答えはやはり変わらないのだ。
「小さいほうでいいよ」
「ふふ、じゃあこっちが私のね。師匠、イザナも、はい!」
 嬉しそうに笑って、櫻宵が自分の分を神斬とイザナに切り分けてから遠慮なくシトロンを一口食べる。
「おーいしい!」
 その笑みが幸せそうでしあわせだから、なんでもないわがままくらい、いくらでも叶えてやりたくなってしまうのだ。
(私の巫女は可愛いから仕方がない)
 カムイはいとおしげに微笑んで、レモネードを傾ける。
「熱ッ」
「ちゅん……」
 ホムラが心配そうにまた喉を鳴らした。

 ちびちびと熱いレモネードを飲みながら食べるシトロンは、非常に美味であった。美味しい、とカムイが一口食べる間にホムラが大喜びでつついていくので益々カムイのシトロンは小さくなってゆくのだけれども。
 あまやかに、爽やかに。少しの酸味と共にレモンの香りが広がって、口の中で溶けてゆく。
「んん、幸せの味だわ」
 絶望なんて、ここにはない。あるのはシトロンの甘酸っぱいしあわせばかりだ。
「レモンの花言葉は確か……『心から誰かを恋しく想う』だったかしら」
 ふと呟いた櫻宵が、やわらかく瞳を緩める。その瞳にはもう、諦観も絶望もない。
「絶望があったとしても、甘く酸っぱく超えていけるわ」
 だって、とシトロンをもう一口食んで、櫻宵はふふりと笑う。

「私の幸はここに咲いているのだから」

 無邪気に櫻宵が笑って、その傍らで同じシトロンを神斬とイザナも食べている。そのなんでもなくて、特別な今日に、カムイも柔く笑った。
 ――幸せそうでわらっていて、きみが笑う世界が忘れられない。
「きみが笑って生きる世界が、大切だ」
 そうでなければ、意味がないのだ。これからも、とこしえも、ずっと。
「カムイ、あのね」
「うん?」
「なんでもない日のしあわせを、これからもいーっぱい重ねて咲かせて、生きたいわ」
 満面の笑みを咲かせて、櫻宵が生きたいと咲う。それがいっとうの幸福だと、カムイもしあわせを知っては、笑い返して。
「勿論。――なんてことのない日の幸せを重ね、歩んでいこうか」

 なんでもなくて特別な日を、しあわせときみと共に。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

汪・皓湛
花兎

これが、噂の…
友を腕に見つめる先
初めての菓子から届く、甘く爽やかな香り
写真も楽しめるとなれば風船の国に続き目は輝くばかり

ふふ、兎湛の腹も同じです
取り分けて頂く中
ふと目に入った一枚は風船に沈んだ瞬間で
…この瞬間も収められていたのですね
まさかの一枚は少々恥ずかしく
けれどそれ以上に、楽しかったですねと笑みが咲く

今日の思い出と檸檬彩る菓子の味わいが広がって
沢山の笑顔から続く幸せで心は更に満ちる
しかし

大変ですウサいばら殿
…その、もう一本、食べられそうで…

友の声には知らんふり
美味なのだ、仕方がない
しかし丁度良かった様子
では、満腹満福をもう一度と行きましょう

こんな偶然も幸福も
共に楽しめる方がいるからこそ


城野・いばら
花兎

わぁ、可愛いケーキ!
キラキラで綺麗ねと、お向かいさんを見れば
同じようにはじめましてと覗く姿にふふっと

たくさん跳ねて咲かせて、はしゃいだから
ウサいばらはお腹ペコペコ
早速!と取り分けつつ
兎湛の声にお写真を見たら
風船さんに受け止められ咲い合う姿
本当ねって、つられてまた笑っちゃうの

楽しいを残したお写真と
甘くて爽やかケーキに包まれて
何て素敵な贅沢かしら

お腹も心も満腹満福…と想ったら
兎湛の一大事にきょとん
ふふ、私もレモネードのおかわりが欲しかったの
でも…一本?
どどーんな姿を思い出し
皓湛ったら食いしん坊さんなのね?
と万禍にこっそり笑い、追加のお願いを

一人では味わえない素敵な時間だもの
ゆっくり頂きましょう



 テーブルに届いた特別なレモンケーキ――ウィークエンド・シトロンに、ふたりから小さな歓声が上がった。
 甘く、けれど爽やかな香りを纏い、こんがり焼きあげられた生地を、たっぷりと掛けられたあまやかなグラス・オ・シトロンが包む。その上をきらきらと飾るのは、鮮やかな黄色のシロップ漬けのレモン。
「可愛いケーキ! キラキラで綺麗ね」
「ええ、これが噂の……」
 瞳を輝かせてシトロンを覗き込んだ城野・いばら(白夜の揺籃・f20406)と汪・皓湛(花游・f28072)の頭の上で、兎耳が揺れてぶつかる。それではたとして顔を上げ、思わず笑いながらに被ったままだったお揃いのイースターハットを脱いだ。
 そして帽子を置いた手で、皓湛は改めて友たる万禍を腕に抱く。初めての菓子に弾む心地のまま、見えるかと問えば呆れたような肯定が耳に届いた。
「ふふっ、はじめまして」
 いばらには万禍の声は聞こえない。けれども初めて会うお菓子にも彼の友にも、機嫌よく笑って挨拶を届けた。
 写真を広げても良いと聞いたから、互いに分けて持っていたフォトスポットでの写真を並べて、シトロンも早速と切り分ける。
 テーブルの上は写真とシトロンと、ティーカップがカラフルに彩る。まるで不思議の風船の国の再来だ。思わず写真にも目を奪われるが、誘う香りにだって抗えない。
「たくさんはしゃいだから、ウサいばらはお腹ペコペコ」
「ふふ、兎湛の腹も同じです」
 たくさん跳ねて咲かせて、笑い合って。すっかりお腹は美味しいものを求めている。
 たっぷり一本あるシトロンをいばらが均等に切り分けてくれるのをそわそわと待ちながら、皓湛の目に留まったのは、風船の中にすっかり沈んだ瞬間の一枚だ。
「あ」
「どうしたの?」
「いえ……この瞬間も収められていたのですね」
 少々恥ずかしいです、と皓湛が指差す写真の中では、風船に埋もれながらも笑い合う兎たちがいる。
「まあ、ふふ。本当ね」
「けれど……楽しかったですね」
「ええ、本当に!」
 くすくすと、また笑みが咲いた。ほんの少しの失敗は、楽しさのほうがずっと勝る。どの写真にも咲いた笑みが楽しい思い出が残せたことの何よりの証左だった。
「さあ兎湛、いただきましょう」
「はい、いただきます」
 広げた写真にも劣らぬ笑みを浮かべたまま、切り分けたシトロンを互いに一口運ぶ。
 途端に広がるレモンの香りと甘酸っぱさ、しっとりと口の中で溶けてゆくシトロンの美味しさにまた互いに顔を見合わせて――満面の笑みが咲く。
「美味しいですね、ウサいばら殿。これならいくらでも食べられそうです」
「ええ、兎湛。……あっ、見て、このお写真、風船さんと飛んでいるみたい」
「おお……! こちらは皆で撮った写真ですね」
 今日の思い出を話しながらに写真を眺めて、話は尽きない。笑い合うまま続く幸せで、尚心もお腹も満たされてゆく。そうして笑い合いながらシトロンを食べゆけば、一本がなくなってしまうのはすぐだった。
「ふぅ、満腹満腹……」
 なんてすてきな贅沢かしら。綻んだ笑みもそのままに、いばらはゆっくりレモネードの最後の一口を傾ける。
 けれどその向かい側で同じようにお皿もカップも空にした皓湛が、ふと真顔になっていばらを呼んだ。
「……大変です、ウサいばら殿」
「え?」
「――その。もう一本、食べられそうで……」
 シトロンは美味しかった。楽しさと相俟って、それはもう美味しかったのだ。気づけばなくなっていて、まだ食べたいと思う程度には。
 しかし向かいのいばらはきょとんとしたし、傍らの友からはまだ食べる気かと苦言が飛んで来る。美味なのだ、仕方がないと聞かないふりをすれば、いばらが楽しそうに笑った。
「ふふふ、ならお代わりを頼む? 私もレモネードのお代わりが欲しかったの」
 いばらの快諾に、皓湛はぱあっと表情をまた明るく咲かせる。
「では、満腹満福をもう一度と行きましょう」
 早速ともう一つ注文を通す皓湛を微笑んで見ながら、でも、といばらは空になったお皿にあったシトロンを思い出す。どどんと一本。あれをもうひとつ食べられそうと言うのは。
「……皓湛ったら、食いしん坊さんなのね?」
 傍らの万禍にこっそり囁いた。その声はいばらに聞こえないけれども、なんだか困ったような気配がした気がして、くすくすと笑う。
「いばら殿?」
「ふふっ。なんでもないの。ひとりでは味わえない素敵な時間だもの。ゆっくり頂きましょう?」
 首を傾げた皓湛に満面の笑みを向ければ、皓湛も花笑んだ。
「はい」

 なんでもなくて特別な今日の偶然も、幸福も。
 ひとりではなく、共に楽しめるからこそ――それを幸福だと覚えてゆけるのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アリスティア・クラティス
これで依頼は終了ねっ!あとは――『なんでもなくて特別な日』…?

シトロンのセットをお願いして
来るまでの間に、考える
――何でもない日も特別な日も、今までずっと、私には空から降る雨のように当然のように過ぎていくだけだと思っていた
ずっと、己を埋めるものなど無いと思っていた
己は、壊れるときには何も残さず壊れるだろう――だから、敵どころか虚無すらも恐れはしなかった。

届いたシトロンを目にしながら、考える
――でも、ひとと遊んだり、飛行船に乗ったり、花火の見えるホテルに行ってはしゃいだり
何ひとつカラのままだと思っていた記憶は、自分が存在している間に少しずつ、まるで雪でも降るかのように埋められていく
最初から無かったならば、素敵とも思わなかった記憶の破片
『失いたくない』と思う――初めて感じるこれを恐怖と云うのかのも知れなくて

なんでもなくて特別な日
それすら今、こうして特別な思い出のひとつになる
思い出は積み重なってしまう。このシトロンの味すらも
それは哀愁すら感じる恐怖――でも

うんっ、このシトロンとても美味しいっ!



 たくさん笑って跳ねて、絶望を軽やかに笑い飛ばしたアリスティア・クラティス(歪な舞台で希望を謳う踊り子・f27405)の足取りは軽い。
「これで依頼は終了ねっ!」
 ふんわり揺れる衣装はそのままに、今日の仕事の達成に軽く伸びをする。足は他の猟兵たちと同じように何気なくショッピングモールの上へと向かって、あとは。

 ―― 特別なレモンケーキをゆっくりお楽しみください。

 案内されたカフェの席に座ってもちろんシトロンのセットを頼むと、店員はにっこりと笑って「なんでもなくて特別な週末をお楽しみください」と言い残してくれる。
 その言葉を反芻しながら、アリスティアはメニューに添えられた『特別』の文字を、何処か不思議な心地で指でなぞった。
(『なんでもなくて特別な日』……?)
 何でもない日も、特別な日も。アリスティアにとっては今まですべて当然のように過ぎて行くだけだと思っていた。
 過ぎる時間はいくらでもある。何をしてもしなくても、時間は過ぎて、景色は変わって、屋敷は変わらず静かなまま。
 今日だって昨日だって、誰かにとってはなんでもなくて、誰かにとって特別なだけで、アリスティアにとっては天気が、季節が移ろうような当然のことでしかない。変わっても変わらずとも、いつまでもアリスティア・クラリスは虚無のまま。
(ずっと、己を埋めるものなどないと思っていた)
 それに絶望したことはない。恐怖したこともない。抱えた虚無も、あるいは敵さえも。
 何故なら己は壊れるときには何も残さず壊れるだろうと当然に知っていたからだ。

 お待たせしました、と届いたシトロンからは、甘くて爽やかなレモンの香りがする。
 ウィークエンド・シトロン。それは大切な人と食べるために、伝統として伝わったものだと言う。誰かと、皆と。それで思い浮かぶ『なんでもなくて特別』な記憶は、虚無ではない。
 遊んだり、飛行船に乗ったり、花火の見えるホテルに行ってはしゃいだり。
(……覚えて、いるわ)
 何一つカラのままだと思っていた自分の記憶は、そのうちがわは、アリスティアという存在が在るあいだに少しずつ、まるで雪でも降るかのように、埋められている。そのことに不意に気づいた。
 ゆっくりと、シトロンを一切れ切り分けてみる。
 甘酸っぱい香りが惜しみなく広がって、きらきらと飾られたレモンは宝石のようで、きっとすてきな甘い味がするのだろう。そう思う。――どうして?
(本当に虚無なら、最初から無かったならば、素敵とも思わなかったはずなのに)
 知っているのだ。知ってしまった。誰かと過ごす時間も、ひとりで楽しむ方法も。もう覚えてしまった記憶の破片が、いつの間にか己に降り積もっていて。

(失いたくない)

 ――それは、アリスティアが初めて感じた『恐怖』かもしれなかった。
 口に運んだシトロンは、甘くて酸っぱくて、ほんの少しだけほろ苦い。美味しい、と思う。そのなんでもない記憶さえ、思い出として積み重なってゆく。それに気づけば、恐怖を知ってしまう。それは哀愁すら感じる恐怖。
(でも)
 一口、二口。あまやかにしっとりと口の中で溶けてゆく美味しさは、確かに美味しくて、しあわせだと思う。
 だからアリスティアは満面の笑みを絶やさない。
「うんっ、このシトロンとても美味しいっ!」
 それは確かにアリスティアが感じて覚えた、なんでもなくて特別な日の思い出になる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
ヴァシリッサ(f09894)と
もう少しだけ一緒に

ウィークエンド・シトロンは初めて食べる
飲み物はヴァシリッサと同じものを
ケーキは一人一本?そういうものなのか
まぁ甘い物は好きだ、ヴァシリッサの言う通りゆっくり味わう

確かに作戦は完璧だったが、ずっと“バカップル”というのは…
こうして普通に過ごせばいいだろう(一緒に居る事は無意識に前提として)
…揶揄う?何のことだ

シトロンは美味いが、自分で楽しむ以上に、喜んで食べるヴァシリッサが微笑ましい
カメラがあれば彼女の写真を撮っていただろうか

ああ、そういえば
受け取っていた写真をヴァシリッサへ全て渡す
熱心に撮っていたからな
写真を見る彼女の表情に、こちらまで嬉しくなる

…実は二人で撮った最後の写真だけ二枚印刷して片方を貰ってある
写真の中の幸せそうなヴァシリッサに惹かれるように、つい自分の分まで
柄では無いな、写真を貰った事は秘密だ

こんな時間を、もっと…?
決めたと断言されれば、仕方がないなと肩をすくめながら内心で期待してしまう
今日のような“特別”が、これからも続く事を


ヴァシリッサ・フロレスク
シキ(f09107)と

さ!アタシらの勝ち取ッた週末にCheers♪

と、つい癖で派手にやりたくなるのを抑えて
今を少しでも永く
嚙みしめるように

アタシはレモンティー、ホットで
あ、食前で♪
そりゃだってオカワリ自由だし♪
とは言え、ここは淑女らしくお茶会マナーはしっかりと


メインのシトロンは当然の様に一人一本頼んで
え?アレで一人前でしょ?シキだってそうゆう顔してたし!
…いいじゃない
だって、こっちのほうがながく楽しめるんだから…!

にしてもカンペキだったネ♪アタシらにかかりゃボーナスゲームさ♪
何ならずっとあぁでも♪なンて♪

こうして普通に…て…そ、そりゃ
そうだけど
もう…また!そうやって!ホントは揶揄ッてンじゃないだろうね?

お、待ッてました~♪
シトロンに嬉々としつつ
一寸慎ましく小さめに一切れずつ切り分けて
ん~♪美味し!幾らでもイケちゃうねェ♪

あ…フフッ、ありがと…♪
写真に写る貴方もどれもかわいくて
二人の写真を見れば
もう愛おしさが顔に溢れて

こんな時間も!
もっと沢山オカワリするよ!

だって
アタシが決めたンだから♪



 青空の階段のその先へ。
 フォトスポットを後にして、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)とヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)は、カフェの席に腰を落ち着けた。
 目的も仕事も果たしたものの、もう少しだけ一緒にと思ったのはきっと互いにだったろう。
 いつもよりも穏やかで、戦場よりもゆっくりと時間が流れている気がする店内を見渡してから、シキはテーブルに置かれたメニューに視線を落とした。
「ウィークエンド・シトロンは初めて食べる」
「そうかい? ならそのセットで、一人一本ずつにしよう」
 当然のようにそう言ったヴァシリッサが店員を呼ぶ。
「アタシはレモンティーのホットで……シキはどうする?」
「ヴァシリッサと同じものを」
「了解♪ あ、どっちも食前で♪」
 機嫌よくヴァシリッサが注文を通してくれるのを眺め、店員が丁寧に礼を残してゆく。そのあとすぐに届いた二人分のホットレモンティーは、カフェに似合いのアンティーク調のカップで、銀の器具にレモンが添えられていた。
 シキは些かその飲み方に迷ったが、ヴァシリッサが淀みない動作でレモンを銀のそれに入れて絞るのを見様見真似でなぞる。元より澄んだ色の紅茶が、レモン果汁を受けて更に透明度を増した気がした。そのままカップを傾ける仕草まで追えば、彼女が淑女であったことを伺い知れる。
「しかし、ケーキは一人一本というのは、そういうものなのか」
「え? アレで一人前でしょ?」
 一人前。と言うには写真のそれは大きく見えた気がするが――などと考えている間に、テーブルに二本のシトロンが届いた。その大きさはたっぷりしっかり、堂々たるものである。実に美味しそうな見目であることは確かなのだが。
 どちらともなく顔を見合わせる。慌てたようにヴァシリッサが口を開いた。
「し、シキだってそうゆう顔してたし!」
「……まぁ、甘いものは好きだ」
 食べきれないこともないだろう。そう判断してシキがナイフを手にしたところで、だって、とぽそりとしたヴァシリッサの声が小さく耳に届く。
「……いいじゃない。だって、こっちのほうがながく楽しめるんだから……!」
 今を少しでも永く、噛みしめるように――そんなヴァシリッサの願いを、シキはおそらく正しくは理解していなかったかもしれない。けれども。
「ああ、ゆっくり味わおう」
 それはなんだか、悪くはないような気がするのだ。

「にしてもカンペキだったネ♪ “バカップル”作戦――アタシらにかかりゃボーナスゲームさ♪」
 シトロンを切り分けて、互いにゆっくりとつつきながら、今日の『作戦』を振り返る。ふふんと楽しげに笑うヴァシリッサは、今日はずっといつもより上機嫌に見えた。
「何ならずっとああでも♪ なンて♪」
「確かに作戦は完璧だったが、ずっと“バカップル”というのは……こうして普通に過ごせばいいだろう」
 何気なく言って、シキはシトロンを一口運ぶ。――無意識に普段も一緒にいることを前提にしていることに気づくことはない。それに気づいたのはむしろ、ヴァシリッサのほうだ。
「……そ、そりゃ、そうだけど」
 こうして普通に一緒にいてもいいのかと、聞けるはずもない。思わず口ごもって、シトロンを食べようとした手が止まる。
「もう……また! そうやって! ホントは揶揄ッてンじゃないだろうね?」
「……揶揄う? 何のことだ」
 きょとんとしたシキは、真顔のままで首を傾ぐ。
 それで脱力したように、淡く顔を赤くしたヴァシリッサがソファに座り直した。ずるい、と聞こえた気がしたが、何かしただろうか。
 少し気がかりだったが、すぐに気を取り直すようにシトロンを食べたヴァシリッサが美味し、とまた笑みを見せたから、妙にほっとした。そして自分がその味を楽しむ以上に、微笑ましい心地にもなる。
「ん~♪ 幾らでもイケちゃうねェ♪」
「それなら良かった。――ああ、そういえば」
 今ここにカメラがあれば、シャッターを切れたのに。そんなことを思って、ふと思い出す。シキは少ない荷物を探ると、写真の束を取り出した。フォトスポットで二人で撮った写真たちだ。
「あ……」
「熱心に撮っていたからな。たくさんあったが、全て貰って来た」
「フフッ、ありがと……♪」
 写真を受け取って早速と眺めながら、ヴァシリッサが嬉しそうに笑う。幾枚もある写真の中、とびきり彼女の表情がいとおしげに緩んだのは、最後に二人で撮った一枚だ。それに釣られるように、シキまで嬉しくなった。
 ――実を言えば、その最後の写真だけ二枚分印刷して、片方を貰ってある。
 写真の中で笑う彼女があまりに幸せそうで、つい自分の分まで欲しいと、そう惹かれてしまった。
(柄ではないな)
 写真を貰ったことは秘めておこう。そう決めたシキの表情は、我知らずいとおしげに綻んでいたのだけれども。
「……決めた。こんな時間も! もっと沢山オカワリするよ!」
 不意に写真から顔を上げたヴァシリッサが、高らかに宣言をする。それにはシキも思わず呆気に取られた。
「こんな時間を、もっと……?」
「そうサ♪ だって、アタシが決めたンだから♪」
 それは唐突な言葉だった。けれどシキも、それが嫌ではない。だから、少しだけ笑う。
「……仕方がないな」
 肩をすくめて見せながら、その内心で期待だってしてしまうのだ。

 なんでもなくて特別な――今日のような“特別”が、これからも続くようにと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葛籠雄・九雀
うむ!
実によいであるな、飲み物にも迷う。
と言っても、持ち帰るが。人前では食わぬであるからなあ。
…ああ、だが。ふむ。

折角である、いつも屋敷で、というのもこの肉体には寂しいか。『寂しいことは嫌がっておった』…フ、知識と記憶の境とは、何処にあるのやら。
ま、偶にはオレとこの肉体だけで外食してもよいか。人の目につかぬ隅の席で、外れず飲み物を飲むくらいならば、もう大分慣れた。

アイスレモネードのセットで、ストローを必ず頼む。
悪いが、ケーキの方はすべて持ち帰る。できれば一切れずつ切り分けて包装をして欲しい。更に可能なら、面倒をかけるが、包みの種類もいくつか分けてくれ。どうせオレたちだけで食すことになるとは思うが…まあ、そちらの方が多少、より特別のように感じられるであろう?
ハハ。
誰ぞに贈ることもあるやもしれぬしな。

絶望だ幸福だと、何やらそういう複雑で、にも関わらず形のないものなどは、あまり解さぬオレではあるが――ならば形を与えてやればよい。
だから贈り物とは特別で、楽しいのである。
きっと、オレにとってはな。



 古い家に帰り着く。
 そのように感じさせるための店の造りであると、葛籠雄・九雀(支離滅裂な仮面・f17337)は理解した。ある程度席は選べると言うから、習慣のように壁際の一番隅の席を選ぶ。
 人前で食べることはないゆえ、今日も持ち帰るつもりではあるが、メニューに大きく示されたウィークエンド・シトロンはよく目を惹いた。
「うむ! 実によいであるな」
 セットとして並ぶ飲み物も、今手元に置かれているレモンウォーターも、どれもレモンで揃えてある。特別なレモンケーキと銘打たれたそれを、特別なまま楽しめるよう。きっと揃えで楽しめば、より味も時間も記憶に残るのだろう。
「……ふむ」
 他を気にせずそれぞれの時間を満喫できるようにと、席同士取られた間隔は大きい。増してや隅の席は尚誰の視線もなく、けれど穏やかに賑やかな気配が届く。
(いつも屋敷で、というのもこの肉体には寂しいか)
 九雀は少し考えてから、店員を呼んだ。やって来た店員に、メニューを指差す。
「ウィークエンド・シトロンのセットを一つ。飲み物はアイスレモネードで、ストローを必ず頼む」
「かしこまりました。ケーキのほうにご希望はございますか?」
「うむ、悪いが、ケーキのほうは全て持ち帰る。構わんか?」
「はい、勿論です」
 そういったお客様も多いんですよ、と店員は穏やかに笑って快諾した。
「ラッピングはどうなさいますか?」
「できれば、一切れずつ切り分けて包装をして欲しい」
 わかりました、とこれにも店員は笑って頷く。大きさや数は、と細やかに尋ねるのに、均等であれば数は問わぬと言葉を添えた。
「あとは……可能なら、面倒をかけるが、包みの種類もいくつか分けてくれ」
「承知しました。贈り物用……でよろしいですか?」
 首を傾げた店員につられるように、九雀もふむと首を傾ぐ。
「どうせオレたちだけで食すことになるとは思うが……そうだな。誰ぞに贈ることもあるやもしれぬしな」
 贈ることがあれ、なかれ。丁寧に包まれた一切れは、自分たちで食べるときでもまた、より特別なもののように感じられるだろう。
 ハハ、と軽やかに笑った九雀に、店員も笑って注文を聞き届けた。
 ラッピングのほうには少しお時間をいただきます、と言い置いて――ほどなくアイスレモネードがストローと共に届く。
 九雀の前で、透明なグラスにからりと鳴る氷の音と、レモンの爽やかな香りが広がった。
 添えられたストローで悪戯にひと回しすれば、氷の間に隠れたレモンの黄色が明るく顔を出す。それがどうにも楽しげに見えて、九雀は小さく笑い零した。
「……フ」
 ――寂しいことは嫌がっておった。
 それが知識か、この身体の記憶か。その堺は何処にあるのやら、九雀にはとんとわからない。
 ただ、今わかるとすれば。
「ま、偶にはオレとこの肉体だけで外食してもよいか」
 そういう気分になったことは確かで、外れず飲み物を飲むくらいはもう大分慣れたこともまた確かなことだ。
 からり、レモンの香りが甘く爽やかに伝わる。その微かな音の向こうに、何気ない賑わいがある。それをあるいは幸福と呼ぶのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
 九雀にとって、絶望だ幸福だと、何やらそういう複雑で、にも関わらず形のないものはあまり解せぬ。けれども。

「お待たせしました」
 店員が持って来たのは、色とりどりに包まれたシトロンたちだ。透明な包装紙は中のシトロンを隠さず、しっかりと留められたリボンの色はさまざま。手渡しやすいようにと、色違いの紙袋を共にしてある。
「ああ、すまぬな。感謝する」
 それを受け取って眺めながら、九雀はレモネードを順調に減らしてゆく。
(わからぬならば、形を与えてやれば良い)
 幸福も絶望も、あるいは何気ない日常さえも。定型のないものは捉えがたく、だからこそそれらを詰め込んだような贈り物とは特別で、楽しいのだ。

「……きっと、オレにとってはな」

 なんでもなくて特別な日を、このシトロンたちの形で覚えるように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リュカ・エンキアンサス
ディフお兄さんf05200と

俺もレモンティーのホットで
席について注文してからシトロンが来るまでの間に
買ってきていた時計を広げる
お兄さんこれ。ちょっとわからなかったから、いくつか買ったんだけど
ひとつ好きなの選んでもらえる?(10個ほど置時計をテーブルに並べていき
え。うん。わからなかったし
大丈夫、残りは俺が引き取るよ
だめ。一個だけ
こういうのは一個だからいいんだ
急がないと店員さんが困るよ
さあ、お茶が来るまでに決めてください
と、悩むお兄さんを面白そうに眺めている

(残った時計は鞄にしまって
どういたしまして
個人的には、やりたいことやれるなら気にせずやればいいと思うけど。みんな時間ってのを気にするよね

と、いただこうか
最近はやりの味ってやつ

美味しい?
…なるほど?酸っぱいもおいしい、のか…
俺?俺はまあ、味は良くわかんないけど美味しいよ
よくわかんないけど、お兄さんがおいしいならいいんじゃない
俺も、この味は好きだと思う

そういえばお兄さんはお土産にするんだっけ
いつ食べてもおいしいって思えるのは、少しだけ羨ましい


ディフ・クライン
リュカ/f02586と

セットを頼んで
レモンティーをホットで
持ち帰りに2本お願いしてもいいかな
注文を終えたら
目の前に並ぶ時計に目を丸く
……えっ
いや待って
これ、全部買ったの?
いや大丈夫って、大丈夫じゃないだろう
じゃあオレも何個か引き取るよ。それなら……え、駄目なの?
とてもありがたいし嬉しい、のだけど…これ、後でオレと一緒に店に選びにいくんじゃだめだったのかい…
えぇ…ちょっと、急かさないでってば
じっくり見比べたいのに
やや焦りつつ
なるべく短時間で一生懸命真剣に吟味して
店員が来る直前に選んだのはアンティーク調の木の時計
…ありがとう、リュカ
本や調合に没頭すると日が経っていることがあってね
区切りとして時を確認するものが欲しかったんだ
大切にするよ、ありがとう
そう言って、柔く笑って

ケーキが来たら切り分けよう
半分ずつでいいね?
それじゃあ頂きます
うん、レモンが甘酸っぱい
甘すぎなくて爽やかで美味しいよ
リュカはどう?
そうか
オレもリュカと食べると美味しいからいいね
持ち帰りするのは
貴方とまたお茶したくてさ
なんて笑った



 カフェで案内された席は、テーブルが随分大きかった。
 煉瓦造り風の壁にある本たちは、読むためと言うよりも飾られるため、時折間に写真立てを挟んで立っている。――おそらくは、フォトスポットでの写真をここでも飾ることが出来、そういった写真を広げるのに難のないよう、テーブルは大きくなっているのだろう。
「……好都合だな」
 座り心地の良いソファ席に腰を落ち着けて、リュカ・エンキアンサス(蒼炎の旅人・f02586)はぼそりと呟いた。その向かいの席でディフ・クライン(雪月夜・f05200)が首を傾げる。
「何か言った? リュカ」
「なんでもないよ。それより、このまま注文を聞いてくれるみたいだけど、お兄さんはどうする?」
 席に案内してくれた店員は、それぞれの前にレモンウォーターを置いて待ってくれている。メニューはそう多くもないから迷うことも少ない。
 ディフは長い睫毛を少し伏せたあと、そうだな、と口を開いた。
「それじゃあ、ウィークエンド・シトロンのセットを、レモンティーのホットで。……それと、持ち帰りに二本、お願いしてもいいかな」
「かしこまりました。包装はどうされますか?」
「持ち帰り用の手提げがあればそれを。……リュカは?」
「ん、俺もレモンティーのホットで」
 注文を聞き届けて、店員が笑顔で戻ってゆく。
 それを見送ってからリュカはメニューをテーブルの脇に立て、そのなんでもない仕草のまま、ひょいと鞄をテーブルの上にどんと置いた。心なしか、音が重い。
「リュカ、それは」
「お兄さんこれ」
 なに、とディフが問うより先に、リュカは惜しみなく鞄からそれらを取り出してゆく。
 とん。と一つ。でん、と一つ。カタンと一つ、どどんと一つ――その全ては、さまざまなデザインの置時計だ。
「……えっ」
「ちょっとわからなかったから、いくつか買ったんだけど」
 いくつか。そう言いながらまだ袋の中から置時計は現れる。軽々五つを越え、八つを越えた頃にはディフの瞬きが信じられぬように増え、その唇が半ば開く十を超えてやっと止まった。
 しかしリュカは表情筋の仕事を放棄させたまま、首を傾ぐのだ。
「ひとつ好きなの選んで貰える?」
「……、……いや待って。これ、全部買ったの?」
 驚きを通り越して呆けたのはディフのほうだ。そういえばフォトスポットにいたときに誕生日プレゼントの希望を聞かれて答えた。確かに置き時計と言った。言ったけれども。ついでにそういえばこの店に来るまでのあいだでリュカがしばらく姿を消してはいたから、あのときかとも思うのだけれども。
「え。うん。わからなかったし。大丈夫、選んでくれたら残りは俺が引き取るよ」
「いや大丈夫って、大丈夫じゃないだろう」
 プレゼントにと選んでくれただけはあって、造りはどれも凝ったものでしっかりしている。安くはないだろうし、月や雪のモチーフが散りばめられているものが多いから、ディフのイメージで選んでくれたのだろうとわかる。
「じゃあオレも何個か引き取るよ」
「だめ」
「それなら……え、駄目なの?」
 即答で返った否に、またディフはきょとんとしてしまった。目の前のリュカは相変わらずの表情で、重ねてだめ、と言うのだ。
「お兄さんが選ぶのは一個だけだよ。こういうのは一個だからいいんだ」
「いや、それはとてもありがたいし嬉しい、のだけど……」
 思わず口ごもって、ディフは改めてテーブルの上を埋める置時計たちを眺める。どれも甲乙つけがたく、そしてどれもがリュカの選んでくれたものだ。
「これ、後でオレと一緒に見せに選びに行くんじゃだめだったのかい……」
「……まあ、それも考えたんだけどね」
 悩み切った様子で視線を行ったり来たりさせるディフを、リュカは面白そうに眺める。
 ――でもそうすると、こうして悩むお兄さんは見られないわけで。
 などと言うのは口にはしないが、しっかり今も楽しんでいるリュカである。
「ほら、急がないと店員さんが困るよ」
「えぇ……」
「あ、店員さんが見えた。さあ、お茶が来るまでに決めてください」
「ちょっと、急かさないでってば。じっくり見比べたいのに」
 楽しげに少し笑み含んだ声音で、リュカが急かす。それに少し焦りながら、ディフは懸命に真剣に置時計たちを吟味した。
 ――店員の気配がすぐそこまで来るのと、決めた、とディフが手を伸ばすのは、ほぼ同時。
 ディフが選んだのは、アンティーク調の木の時計だ。それなりに重みもある置時計を手に取れば、よし、とリュカが満足げに他の時計を鞄に戻してゆく。
「お待たせいたしました」
 そして空いたスペースに、すっかりなんでもないように、どんと存在感のあるシトロンが一本と、ティーカップに注がれたレモンティーが置かれた。こちらはお持ち帰りの分です、とディフのほうへ渡されるのは檸檬色の紙の手提げだ。それを受け取ると、店員は穏やかに笑って去ってゆく。またその背を見送って、今度こそゆっくりとディフは微笑んだ。
「……ありがとう、リュカ。本や調合に没頭すると、日が経っていることがあってね。区切りとして時を確認するものが欲しかったんだ」
「どういたしまして。……個人的には、やりたいことやれるなら、気にせずやればいいと思うけど」
 みんな時間ってのを気にするよね、と少し不思議そうに呟いて、リュカはすっかり鞄を仕舞う。その言い分もまた彼らしく思って、ディフは選んだ置時計を空いたテーブルの上そのままに、やわらかく笑った。
「没頭しすぎると、こうして出掛けることも忘れがちだから。……大切にするよ、ありがとう」
 本も調合も大切なことではあるが、こうして過ごす時間もかけがえのないものだと知ったからこそ。
「さて、それじゃあケーキを切り分けようか。半分ずつでいいね?」
「ん」
 半分に切り分けたシトロンを、互いの手元に引き寄せる。いただきます、と互いに言えば、惜しみなくフォークを入れた。そうして口に運ぶと、甘酸っぱく爽やかなレモンの香りと味が広がる。
「……なるほど、これが最近はやりの味ってやつ。お兄さん、美味しい?」
「うん、レモンが甘酸っぱい。甘すぎなくて爽やかで美味しいよ。リュカはどう?」
 問い返せば、リュカはぱちぱちと瞬いて、それから首を傾げる。
「美味しい……酸っぱいもおいしい、のか……」
 酸味というのは基本、食べてはいけないものの味のひとつだ。危険信号として身に馴染ませているリュカとしては、どうしても不思議な感覚ではある。けれど、不味いとも思わない。
「俺はまあ、味はよくわかんないけど、美味しいよ」
「よくわからないのに?」
「うん、よくわかんないけど、お兄さんが美味しいならいいんじゃない」
 美味しそうに食べるディフが目の前にいるから、不味いとは思わない。それなら、
「俺も、この味は好きだと思う」
 ――きっと、そういうことなのだと思う。
 ぽそりと呟いたリュカの言葉に、そうか、とディフはまたやわく笑った。
「オレもリュカと食べると美味しいから、いいね」
 互いに美味しいと思うなら、きっと今日、このなんでもない日は特別に違いない。
「そういえば、お兄さんはこれ、お土産にするんだっけ。……いつ食べてもおいしいって思えるのは、少しだけ羨ましい」
 シトロンを口に運びながらに零したリュカの言葉には、純粋な羨望が少しだけ滲む。
 けれどそれにも、ディフはふと笑った。傍らには貰った置時計と、包んで貰ったシトロンがある。
「ああ、これはね。――貴方とまたお茶したくてさ」

 そうすれば、きっとまたなんでもなくて特別な、美味しい時間が訪れる。
 そのための時間は、またいつかの週末に。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アウグスト・アルトナー
【夜灯】

たとえ飾りであっても、本に囲まれた空間は落ち着くね
それに、大切な妻――アピィも一緒だ
まさに、なんでもなくて特別な日だね

注文はシトロンセットを
飲み物はレモンティー、アイスで

ウィークエンド・シトロンのことは、ぼくは前から知ってた
素敵だよね、大切な人と食べるケーキって
昔は『ぼくの大切な人』は、兄さんと母さん、父さん(※全て故人)の三人だけだったけれど
今は、真っ先にアピィのことが思い浮かぶよ
だから誘ったんだ。ふふっ
どういたしまして、ぼくもアピィに来てもらえて嬉しいよ

シトロンを切り分け食べれば、さくりとアイシングが砕ける楽しい食感
バターの風味もふわりと広がって
幸せだな
アピィがいるから、もっと幸せ

そうだ、口開けて。……はい、あーん
ふふ、美味しい? 良かった
うん、次はぼくの番だね。あーん
差し出された大きめのケーキには、アピィのぼくへの想いが詰まっている気がする。幸せいっぱいで頬張ろう

アピィがレシピやコツを聞くのを見守るよ
これからはきっと、このなんでもなくて特別な日が、ずっと続くんだね
本当に幸せ


アパラ・ルッサタイン
【夜灯】

沢山の本は落ち着くかい?グストらしいな
でもあたしにとっても此処は好ましく感じるよ
何より、旦那さんと共にお出かけとあれば
どうしたって心躍る

お、いいね!あたしもシトロンセットにしよう
飲み物はアイスのレモネードで

ウィークエンド・シトロン
初めて知ったが、素敵な文化だねえ
ふふ……そう、そう
あなたの『大切』に加えてもらえて嬉しいよ
誘ってくれてありがとう、グスト

お、きたきた
これは見た目も香りも食欲を誘うな……!
フォークで切り分けて、先ずはひと口
心地よい酸味と甘さ
成程、人気なのも頷けるね
ん?なあに?
あ、あーん……、こう?
差し出されたケーキは素直に頂こう
不思議と甘みが増した、ような
じゃ、お返しだ
大きめに切り取ったひと口を
はい、あーん

あたしにとっての初めてのウイークエンド・シトロン
初めての『大切な家族』のグストと味わう事が出来て
ああ、幸せだね

そうだ!
店主殿、自分でもレモンケーキを焼いてみたいのだけど
コツなどあれば教えて頂けない?
そうすればこれからも、
なんでもない特別な日をグストと共に過ごせるだろう?



 穏やかに彩る煉瓦造り風の壁を多くの本が飾っている。
 それは開かれるためにはあらず、年季の入った本たちはただゆっくりと過ぎる時間と共に、何処かに帰り着いたかのような安堵感を与えてくれるものだ。
 ゆったりとしたソファ席に腰を下ろして、アウグスト・アルトナー(黒夜の白翼・f23918)はほうと息を吐いた。
「たとえ飾りであっても、本に囲まれた空間は落ち着くね」
「たくさんの本は落ち着くかい? グストらしいな」
 彼の向かいの席に同じように座って、アパラ・ルッサタイン(水灯り・f13386)も表情を緩めて辺りを見渡した。
 広々とした空間にいる人々は少なくもない。けれども賑わいは穏やかで、誰もがそれぞれの空間を大切にしているような心地があった。
「あたしにとっても、此処は好ましく感じるよ。……何より」
 周りに向けた視線を目の前へと戻して、アパラはうれしそうに笑う。
「旦那さんと共にお出掛けとあれば、ね」
 大切な人とこうして出掛ける時間は、どうしたって心躍る。宝石の輝きを隠さず瞳の遊色をきらめかせる大切な妻に、アウグストも少し頬を緩めた。
「ああ、アピィも一緒なら尚更だ。――まさに、なんでもなくて特別な日だね」

 店のメニューはそう多くはない。そもそもウィークエンド・シトロンのための店だと言うからそれも納得できるものだ。注文を聞きに来た店員に、アウグストは迷わずそのセットを指差した。
「ウィークエンド・シトロンのセットを、アイスのレモンティーで」
「お、いいね! あたしも同じセットで……飲み物はアイスのレモネードで」
「かしこまりました。一つをお二人で召し上がられますか?」
 飲み物はどちらもセット価格でお代わりも自由ですよ、と笑って尋ねる店員に、アウグストとアパラは顔を見合わせて、同時に頷く。
「それでお願いできるかな」
「二人で食べるために来たからね」
 もう一度店員はかしこまりました、と笑って注文を通しに戻ってゆく。その背をなんともなしに見送ってから、アパラは手元に置かれたレモンウォーターをからりと鳴らした。
「それにしても、ウィークエンド・シトロン、だっけ。初めて知ったが、素敵な文化だねえ」
「素敵だよね、大切な人と食べるケーキって」
 ぼくは前から知ってた、とアウグストは優しい声音で頷く。
 ウィークエンド・シトロンの出自は、フランスの伝統菓子だ。大切な人と食べるための、特別なレモンケーキ。メニューの隅には、小さく作り手である店主の名前らしきものが載っていた。きっとこの店の店主も、家族を――引いては大切なひととの一時を大切にしているのだろう。
 かぞく、とアウグストが考えて先ず浮かぶのは、アパラ。そして、今は亡き兄と母、父のことだ。
「……昔は『ぼくの大切な人』は、兄さんと母さん、父さんの三人だけだったけれど」
 静かにそう呟いて、アウグストはアパラと視線を合わせる。
 夜を明かす、たったひとつの灯。
「――今は、真っ先にアピィのことが思い浮かぶよ。だから今日、誘ったんだ」
 ふふっ、とアウグストが柔らかく破顔する。それに釣られるように、アパラも笑み零した。
「ふふ……そう、そう。あなたの『大切』に加えて貰えて嬉しいよ」
 喪ったことがあるからこそ、それを増やすことはきっと容易ではない。だからこそ今、しあわせそうにアウグストが笑ってくれることが、アパラも嬉しいのだ。
「誘ってくれてありがとう、グスト」
「どういたしまして。ぼくもアピィに来てもらえて嬉しいよ」
 お互いに、いちばんに浮かぶ『大切な人』だからこそ、今日この日を一緒に過ごしたいと思える。――それはとても、幸福なことだろう。

 ほどなくして、シトロンと飲み物が二人のテーブルに届いた。
 しっとりとした一本のシトロンには、たっぷりのアイシングと、シロップ漬けのレモンが飾られている。
「お、きたきた。これは見た目も香りも食欲を誘うな……!」
 ふわりと香る甘く爽やかな香りと、きらきらと宝石のように輝くレモン。思わずアパラが見惚れるように両手を組み合わせると、小さく笑ったアウグストが慣れた手つきでシトロンを切り分けてくれる。
 小皿に分けられた一切れを互いに引き寄せて一口運べば、さくりとアイシングが砕ける食感が楽しい。同時に広がるバターの風味と、心地好い酸味に甘さが甘くしっとりと溶けてゆく。
「んん……! 成程、人気なのも頷けるね」
「うん、幸せだな。……アピィがいるから、もっと幸せ」
 互いに頬を緩ませて笑い合う。そうして合った視線のまま、そうだ、とふと思いついたようにアウグストが呟いた。
「ん? なあに?」
「アピィ、口開けて。……はい、あーん」
 自分の手元のシトロンを一口分切り分けて、アウグストはアパラのほうへとフォークを差し出す。
 それにアパラは一瞬きょとんとしたが、やわい響きの声音に誘われて、素直に口を開いた。
「あ、あーん……、こう?」
「ふふ、そう。美味しい?」
「ああ、おいしい」
 夫の手ずから貰ったシトロンは、同じ味で口の中に広がる。そのはずなのに、不思議とさっきよりも甘みが増した気がして、アパラは気恥ずかしさを誤魔化すようにふわりと笑った。
「じゃ、お返しだ。……グスト、はい、あーん」
 自分で食べた分よりも少し大きめに切り取った一口を、アパラはアウグストへと差し出す。
「次はぼくの番だね。あーん」
 嬉しそうに笑んで、アウグストも口を開く。差し出された大きめの一口には、大切な彼女の自分への想いが詰まっている気がした。
 いっぱいに頬張れば、幸せも共にいっぱいになる。
「お、多かったかな?」
「んん、しあわせだよ」
 ありがとう、とアウグストが微笑むから、アパラも同じだけ幸せだと思うのだ。
(あたしにとって初めてのウィークエンド・シトロン)
 それを、初めての『大切な家族』と味わうことができた。
「……ああ、幸せだね」
 笑い合って、幸せを分け合う。それが何気なくできることは、きっととても大切な時間だ。

「そうだ! 自分でもレモンケーキを焼いてみたいのだけど、店主殿にコツなどあれば、聞くことはできない?」
 すっかりシトロンをふたりで食べきって、店を出るその前に。アパラがふと思い立ったように店員へと問い掛けた。
 すると店員は少し待っていてくださいと言って、奥へと行く。代わって出て来たのは、穏やかな年配の女性だった。どうやら彼女が店主であり、あのシトロンを作り手のようだ。
 お話は伺いました、と優しく微笑んで、店主はアパラへと一枚のレシピを渡してくれる。
「このレシピは、家庭でも簡単に用意できるもので作ったものなんです。アイシングの作り方に少しコツがあって……」
「是非聞かせて欲しいな。そうすればこれからも、なんでもない特別な日をグストと共に過ごせるだろう?」
 嬉しいことです、と店主がこの上なく嬉しそうに笑い、アパラも笑う。
 それをアウグストはゆっくりと見守った。
(これからはきっと、このなんでもなくて特別な日が、ずっと続くんだね)
 それは本当に、――ほんとうに。

「……本当に幸せ」

 なんでもなくて特別な日を、大切な人とこれからも。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年06月10日


挿絵イラスト