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7thKING WAR⑩〜Memoria Anima

#デビルキングワールド #7thKING_WAR

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#デビルキングワールド
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#7thKING_WAR


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●記憶の工房
 摩訶不思議な巨大工房。
 其処は魔界の中でフェアリーランドと呼ばれている場所。
 工房に思いの詰まったアイテムを持ち込むと、品物に眠る記憶から小さな異世界が形作られ、その中に飛び込めるという。
 魔界の悪魔達はときおり、自分の思い出の品を持って工房に訪れる。
 大切な人に貰った首飾りや愛する人との結婚指輪。
 思い出の写真を集めたアルバム。観光地で買ったお土産。なかには家族と共に作った変な形の壺や、友達と一緒に拾った葉っぱや花の栞を大事な物として持ってくる者もいた。
 それぞれの物には異世界が作られ、ひとびとは其処で思い思いの時間を過ごす。
 過ぎ去ったあの日と同じ散歩道。
 みんなと賑やかに遊んだ遊園地の世界。
 もう戻れない家で過ごした家族団欒の日々。
 そういった記憶の景色やひとときを楽しめるのが魔界のフェアリーランドだ。自分の思い出の中にいる相手ならば、小異世界で擬似的に逢うこともできるという。

 工房のフェアリーランドには品物の持ち主以外であっても、誰でも入ることが可能だ。
 そのことを利用して、様々な世界に無断で飛び込んでいる堕天使がいた。
「……思い出の景色、ですか」
 彼女の名はルビー・ジュエルシード。
 他者の記憶に興味があるのか、彼女は小異世界の中をじっと見つめており――。
「この景色を壊したら、記憶の主はどのように嘆くの、でしょうね?」
 不穏な呟きが堕天使から零れ落ちた。

●魂に刻まれたもの
 思い出の工房、フェアリーランド。
 其処は他世界から迷い込んだ妖精さんが作ったと言われている場所だ。
「工房では小さな異世界がたくさん作られています。けれども無許可でそこに飛び込んで、荒らし回っているオブリビオンがいるみたいです」
 ミカゲ・フユ(かげろう・f09424)は困った堕天使について語り、どうにかしなければいけないと話した。ルビーの悪気のない悪さは悪魔達も感嘆するほどのもの。だが、思い出や記憶に浸っている相手の世界を壊すことは無粋だ。
「こんなことを繰り返させてはいけません。だから、皆さんにフェアリーランドの工房に向かってほしいんです」
 ルビーはあまり人前に姿を現さず、普通に探すことは難しい。
 それゆえに猟兵が『思いの詰まったアイテム』を工房で使い、自分自身の小さな異世界を作ればいい。堕天使が入り込んでくるまで自分の異世界で過ごし、訪れた敵を撃退することでこの先の事件や憂いも絶てる。
「堕天使さんが訪れるまでは、皆さんでお好きにお過ごしください」
 思い出の品から作られる世界は様々。
 たとえば誕生日に家族から貰ったアクセサリーからは故郷の世界が作られる。
 形見の品からはその人が生きていたときの光景が作られ、生前の姿の相手と語り合える場所が作り出されるという。
「たとえばですが、僕が大切にしているロザリオを工房に持っていったら――昔住んでいた教会の小異世界が作り出されて、そこには僕のきょうだい達や、生きている頃のお姉ちゃんもいて……」
 昔と変わらぬ暮らしが出来て、皆と話せる。
 ミカゲは双眸を細め、ぱたぱたと狼尻尾を振った。
 相手は自分の記憶の中にいる人なので、それを本物と呼ぶかどうかは個々の考え次第。しかし、懐かしい景色や相手に会えることには間違いない。ミカゲは異世界の中が記憶のひとつにすぎないと理解しているが、それでも戻ってみたいと思うと語った。
 他には自分の故郷の世界に友人と一緒に入り、内部を案内する使い方もできる。
 遊園地や水族館などのお土産から世界を作って、なかなか行けない場所にもう一度遊びに行くというのも悪くない。
「大切な品からつくられる、記憶の世界。もしかしたら妖精さんは、どんなに辛いことがあっても、どれほど時が経っても……思い出は美しいままだって伝えるために工房を作ったのかもしれませんね」
 だからこそ壊させてはいけない。
 ミカゲは事件の解決を願い、不思議な工房に向かう者達を送り出した。


犬塚ひなこ
 こちらはデビルキングワールド『7thKING WAR』のシナリオです。
 アイテムから小さな異世界を作り出せる工房に訪れ、異世界内を荒らし回る堕天使が現れました。

●概要
 まずはあなたの大切なアイテムから作られた異世界に入ってください。
 内部にはアイテムに纏わる記憶から成る世界が創造されています。こちらのシナリオではこの世界のシーンがメインとなりますので、ご自由にお過ごしください。

 アイテムがどんなものなのか。
 作り出された小異世界はどういった光景で、どうやって過ごすか。
 記憶内の人物が登場する場合は、その方の名前や関係性、口調などをプレイングにお書き添えください。
 上記の情報がない場合、採用できないことがございますのでご了承ください。

●プレイングボーナス
『自分の「小さな異世界」を利用して戦う』

 暫く過ごしていると今回の敵が現れます。
 堕天使を迎え撃ち、撃退してください。攻撃UCを設定して頂いていればこちらで戦闘描写を行います。リプレイの内容はプレイング比率で変わるので、戦闘シーンを長めにしたい方はしっかり対処方法を書いてくださっても大丈夫です。
 一撃でも攻撃されることで堕天使は各小世界から撤退しようとします。無理に追わずとも、皆様からのダメージが蓄積することで倒せます。
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第1章 ボス戦 『ルビー・ジュエルシード』

POW   :    弱きを挫く三叉槍
敵より【強い】場合、敵に対する命中率・回避率・ダメージが3倍になる。
SPD   :    バッドアップルエリクシル
対象の【身体】に【『赤き宝石』を核とする茨】を生やし、戦闘能力を増加する。また、効果発動中は対象の[身体]を自在に操作できる。
WIZ   :    フォールダウン・アセンション
【重力を反転させ、空へと万物】を降らせる事で、戦場全体が【空中】と同じ環境に変化する。[空中]に適応した者の行動成功率が上昇する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠祭夜・晴也です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

プリ・ミョート
想いの詰まったアイテムを持って来ればええんだべ? にししし、ではでは魔王国のアル様から賜った至宝のテラースを持ってきたべ。宝物だべよ〜!
デビルキングを目指し、今も戦争のトップを走る女王様! 今もオブリビオンすげー!なんて言ってる悪魔がわんさかだけんども、おらから言わせたら猟兵の方がすげーべ!
見よ! おらの中に広がる光景、髑髏まみれにマグマだらけの魔王国。角の悪魔の彼とか、ラスボスなあの子とか、みんなで記念撮影もしたべな。おねむな子とかシャークなイケメンとか特攻なあの子とか! 依頼にも行ったしみんなでコンテストも行ったし、建国依頼付き従って楽しいことだらけだし! 楽しいこと数え始めたら腕がいくらあっても足んねえべさ! けへへへ
それに天使な子とか……天使!? 誰あの人! こわいよう! ホントにあんただれ? しっしっ、おらの思い出の場所から出てってくんろ



●至宝の世界
 巨大工房、フェアリーランド。
 此処では思い出のアイテムを持ってくることで、少異世界が作り出される。
 大切にしている品物には持ち主それぞれの思いが宿っており、記憶が詰め込まれているのだろう。不思議で面白くもある工房に訪れた者達は思い思いの品物を手にして、記憶の世界に飛び込んでいく。
「おらの想いが詰まったアイテムはこれだべ!」
 プリ・ミョート(怪物着取り・f31555)が示したのは、至宝のテラース。
 にししし、と笑ったプリの周囲に浮く球体。それは持ち主について回り、辺りを優しく照らしてくれる魂の鳥籠だ。
 黄金の女帝から賜りしテラースは今もふわふわとプリの周囲に浮いている。
「これがおらの宝物だべよ~!」
 胸を張る勢いで宣言したプリ。きっと知恵の布の下にある口許は嬉しそうに緩められていたことだろう。
 女帝はプリにとってとても大切なひとだ。
 彼女はデビルキングを目指し、今も戦争のトップを走っている女王様。
「今もオブリビオンすげー! なんて言ってる悪魔がわんさかだけんども、おらから言わせたら猟兵の方がすげーべ!」
 されど、ひとたび彼女を目にしたならば悪魔の価値観を変えられるほど。そんな女王だとプリが認める相手から受け取ったアイテムには思い出も想いもばっちり詰まっている。
 これならば世界を壊して回る堕天使を迎え撃つに相応しい。
 プリはテラースの淡い光を見つめ、そっと頷く。
 そして――プリは気合いを入れ、自分の小異世界に飛び込んでいった。

 其処に広がっている光景。
 それは実にデビルキングワールドらしい、真紅に染まった景色だ。
「見よ! これがおらの中に広がる光景だべ!」
 腕を広げ、知恵の布を翻しながらぱたぱたと駆けていくプリ。彼女が見渡した世界は髑髏まみれでマグマだらけの魔王国。
 噴き上がる赤い軌跡。
 カタカタと風で揺れる髑髏は不気味だが、プリにとっては愛らしい。
 プリの世界の中には勿論、共に過ごす仲間達もいる。
 例えば紫の角を生やす悪魔の魔王な彼。由緒正しき四天王の家系に生まれたラスボスなあの子。二人が手を振っている様を見つめ、プリも腕を振り返した。
「流石、おらの世界だべ。みーんないるべ」
 プリの記憶が生み出した世界は本物ではないが、自分の心にこれだけの場所があると思うと本物と同じようなものだ。プリはこの世界を慈しみ、楽しみながらゆっくりと魔王国を歩いていく。
「確かこの辺は……みんなで記念撮影もしたべな」
 職歴の無いシャークなイケメンの彼。いつもおねむなあの子や、滅殺と特攻なあの子。死の悪魔の青年や、ビジュアルの悪魔の四天王くん。
 此度の悪魔王遊戯を懸命に攻略している仲間、もとい仲魔もたくさんいた。
「にしし、なんだか楽しくなってきたべな」
 思い返せば、みんなで様々な依頼にも行った。コンテストにも赴いたのはいい思い出だ。建国以来、黄金の女帝に付き従ってきたことは間違いではなかった。
 まさに楽しいことだらけ。
 語り尽くせないほどに皆と言葉を交わし、時間や経験を同じくしてきた。プリにとって魔王国は大事な場所であり、かけがえのない存在だ。
「楽しいこと数え始めたら腕がいくらあっても足んねえべさ! けへへへ」
 記憶の世界の中にいてくれる者達は尊い。
 それぞれに掲げる悪の理念や、生き方が違っていても――魔王国で過ごすという共通点があれば皆が仲間だ。
「みんな楽しそうでいい感じだべ」
「なるほど。これが、あなたの大切な記憶の世界、ですか」
 プリが思い出に浸っていると、横から少女の声が聞こえてきた。プリはちらりと横を見遣り、頷いてみせる。
「そうだべ。それにあんたみたいな天使な子とか……天使!?」
「堕天使、です」
 プリの隣にいたのは見知らぬ黒髪の堕天使だった。三叉槍を手にしている彼女に見覚えはない。少なくとも魔王国に出入りしている者ではなかった。
「誰あの人! こわいよう!」
「私のことは、お気になさらず」
「ホントにあんただれ?」
「ルビー・ジュエルシード、と申します」
 驚くプリに対してルビーと名乗った堕天使は淡々と答える。そのついでに記憶の世界を破壊しようと試みているのだから大変だ。
 プリは咄嗟に機関銃を構え、銃口を堕天使に向けた。
 銃弾の雨が相手に降り注ぐことで小世界の破壊の一手は防がれる。ルビーは攻撃を避けるために身を翻し、魔力の翼をはためかせた。直撃はしなかったものの、銃弾の一部が堕天使の翼を貫いたようだ。
「しっしっ、おらの思い出の場所から出てってくんろ」
「……そう、ですか。あなたとは……何だか戦いたく、ありません」
 プリは猫でも追い払うかのようにルビーにひらひらと手を振る。すると相手はこくりと頷き、瞬く間に記憶の魔王国から出ていった。
「何だったんだべ……?」
 ああこわかった、と呟いたプリは安堵を覚える。しかし、同時に不思議な感覚がプリの中に生まれていた。もしも何かがひとつでも違っていたら、彼女も魔王国の一員として過ごせたのかもしれない。
 そんなシンパシーがあったからこそ、ルビーもすぐに退いたのかもしれない。
 だが、今はオブリビオンと猟兵として敵対する者。
「もしかしたら、巡り合せってやつは奇跡みたいなもんかもしれねーべ」
 プリは堕天使が飛び去った方向を振り仰ぎ、遠い空を眺めた。
 魔王国はこうしてプリの心の中に刻まれている。出会いとこれまでの時間に感謝を抱きながら、プリは少異世界の景色を暫し見つめていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

グラナト・ラガルティハ
アイテム: 紺碧の指輪
生まれる異世界:水族館・青の世界

あぁ、指輪をもらったのと同じ水族館の様なそんな世界だな…。
送り主の姿も其処にはある。送り主は存命だしこれももちろん幻だ。
今より幾分か幼く愛らしい。
私にとっての救いの光。などと言ったら大袈裟だと言われるだろうか?
それでも私にとってはまさしくそれだった。
自らを肯定される事がこうも嬉しいとは思っていなかった。

自分にはない青に恋焦がれたものだ。
私の愛しの青。
 
まぁ、マクベスは本物の自分を愛でろと言うだろうからこれくらいにしておくが…。

だが…幻と言えど其れを掻き消したお前にはそれなりの報いをやろう。
UC【業火の槍】



●焦がれた色
 透き通る色彩が美しく煌めく。
 胸の前にかざした指先にはめられているのは、紺碧の指輪。
 グラナト・ラガルティハ(火炎纏う蠍の神・f16720)はフェアリーランドの名を冠する工房に訪れ、思い出のアイテムを掲げていた。
 アイテムを通して少異世界のを作り出す工房。その力は見る間に広がっていく。
「さて、世界に飛び込んで見るか」
 グラナトは生成された異世界へ続く道を見つめ、先へ踏み出した。
 そして――。
 生まれた異世界は、青の世界が広がる綺麗な水族館だ。
 炎のような赤い髪と射抜くような金の瞳を持つ火炎と戦の神、グラナトとは正反対の色を宿しているとも言える場所。
「あぁ、指輪をもらったのと同じ水族館のような……」
 そんな世界だな、と呟いたグラナトは辺りを見渡してみた。巨大な水槽の中を様々な魚が泳いでいる。
 素早く泳ぐ小さな魚。悠々と進む大きな魚。
 光を反射して煌めく鱗がよく見える魚もいれば、岩の陰に潜んでいる魚もいる。一面の青の世界を歩いて行くと、少し先に人影が見えた。
 グラナトはその人影が、アイテムの送り主だと悟る。
 少年の姿も其処にはあるが、もちろん存命だ。つまりこれは幻、というよりもグラナトの記憶の中に仕舞い込まれた彼そのものなのだろう。
 少年の見た目は今より幾分か幼い。
 常に一緒にいるので普段は気付けないが、以前と比べると成長した跡がしっかりと感じられる。グラナトは少年に手を伸ばし、心に浮かんだ言葉を告げた。
「――私にとっての救いの光」
 ふ、とグラナトの口元が優しく緩められる。
「……などと言ったら大袈裟だと言われるだろうか?」
 記憶の中の少年は明るく笑っていた。そんなことないよ、と言ってくれているように思えたのでグラナトの双眸が嬉しげに細められる。
「それでも、私にとってはまさしくそれだった」
 あのように、そして今のように。こうして自らを肯定されることがこうも嬉しいと当時は思っていなかった。
 己の色は紅。
 広がる景色は自分にはない青。
「あの頃から随分と恋焦がれてきたものだ。――私の、愛しの青」
 手を伸ばしたグラナトは少年の頬に触れた。このままいつものように抱き締めてやりたかったが、これは自分の過去の世界だ。
「まぁ、本人は本物の自分を愛でろと言うだろうからこれくらいにしておくが……」
 思い出は今も綺麗なまま。
 されど、それを汚そうとするものがいるならば許してはおけない。記憶の少年を庇うように振り向き、腕を広げたグラナトは天井を見上げる。
 其処にはいつの間にか少異世界に入り込んできた堕天使の姿があった。
「見つかって、しまいましたか」
「幻と言えど其れを掻き消したお前にはそれなりの報いをやろう」
「まだ、消してはいません、よ」
「戯言を。このまま放っておいたら、掻き消すつもりだっただろう」
 ――業火の槍。
 火炎属性の炎の槍を紡いだグラナトは頭上の堕天使に向けて一気に攻撃を放つ。一瞬、堕天使の力によって水族館の世界の重力が反転した。そうなったことで、グラナトはとっさに少年を抱き締めながら守護する。
 次の瞬間、不利を悟った堕天使は青の世界から抜け出していった。
「逃げたか。まぁいい」
 自分でも考える前に体が動いていた。それほどまでに愛しい相手になったのだと知り、グラナトは少年から手を離す。
 そして、彼は心に決めた。早く本物が待つ本当の世界に戻ろう、と――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

尾守・夜野
人格:人嫌い・腹黒な僕

僕らばかりずるいって?
しょうがないな…錆鉄もいこうか
錆鉄/lostを媒介に彼の思い出旅行に付き合うよ
「…まぁ君の思い出だからね
こうもなるか」
例え僕が肉眼で見ててもホログラムの用な…所々に01が浮かんでる空間
色の処理系等がまだ古かった時代なのか正常ではない色の描画
飛び交う弾丸、レーザー、我が物顔で闊歩する機体、壊れた機体、瓦礫の山、山、山
「いずれ中の彼(内部のパイロットの死体)を故郷に届ける約束だしね
景色を覚えろって?」
「…全くもう…空気が読めない奴…だ…な?!
何か強そう何だけど?
僕は戦闘向きの人格じゃないんだけど?!」



●111010011000100110000100
 今回、工房から思い出を見ようとしているのは人嫌いの人格。
 これまでに巡ってきた記憶の世界を思い返しながら、尾守・夜野(墓守・f05352)は巨大工房内を少し進んでいった。
 腹黒な人格である夜野はふと、錆鉄からの視線のようなものを感じる。
 今までに飛び込んできたのは怨剣村斬丸から作り出された世界や、スレイプニールと出会った研究所の世界。
「僕らばかりずるいって?」
 そういった流れだったので次は錆鉄の順番が来るのが順当だろう。
 夜野は肩を竦め、工房の力を再び巡らせていく。少異世界を荒らして回るオブリビオンが存在する以上、世界を作らないという選択はない。
「しょうがないな……錆鉄もいこうか」
 錆鉄と共にlostを媒介にしていった夜野は、彼の思い出旅行に付き合うことを決めた。
 そして、世界の様相が変化する。
 目の前に現れたのは現実とは掛け離れた不思議な空間だ。夜野は周囲を見渡しながら、納得と理解を得た。
「……まぁ君の思い出だからね」
 0と1。
 数字が並び、空中に浮いている空間はまさに電脳ワールド。
「こうもなるか」
 夜野はゆっくりと歩き出し、ホログラムのような領域を進んでいった。思うに色の処理系統が古かった時代のものなのだろう。
 正常ではない色の描画が多く、不思議さを更に増している。
 其処に見えたのは飛び交う弾丸。
 空間を疾走っていくレーザーに我が物顔で闊歩する機体。片隅には壊れた機体や瓦礫の山、山、山。夜野はそれらを眺める。
「いずれ中の彼を故郷に届ける約束だしね」
 彼とは即ち、内部のパイロットの死体のことだ。そのために景色を覚えろというのが今回のオーダーらしい。
「この景色を目に焼き付けておけって?」
「いいえ、それは叶いません」
 すると夜野にとって聞き覚えのない少女の声が聞こえてきた。振り返った夜野は赤い翼と黒い髪と光輪を持つ堕天使の姿を見つける。
 おそらく、自分がこの世界を壊すから覚える時間はないという意味だったのだろう。
「……全くもう。空気が読めない奴……だ……な?!」
 はっとした夜野は堕天使、ルビー・ジュエルシードの纏う力を感じ取った。何だか強そうだと察した直感は間違ってはいない。
「僕は戦闘向きの人格じゃないんだけど?!」
 後ろに下がりながらも夜野は攻撃に移っていった。
 発動、ネガティブトリガーハッピー。
 夜野が動いた瞬間、ルビーが放った力が重力を反転させた。何とか対抗しながらも夜野は攻撃を続ける。
「くっ、何で僕が……。こういうのは俺の仕事なのに……! こんなの勝てる訳――」
「……分が悪そう、です、ね」
「効いてる?! いけるぞ! ふは…ふはは!」
 すると堕天使は身を翻し、この世界から退散していった。
 用心深い性質なのだろうか。ひとまず役目は果たせたようだ。この景色は記憶に残せるとして、夜野は暫し瓦礫の山や機体の墓場を見つめていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

栗花落・澪
母:秋子
オレンジの髪が綺麗な華奢で優しい女性
一人称:私
二人称:貴方、澪
口調:〜よね、〜かしら

父:透
サラリとした茶色い髪の優しい男性
一人称:僕
二人称:秋子、澪
口調:〜だろう、〜だよね

思い出、か…
折角なら★お守り使ってみようかな

一軒家で過ごす僕の家族

でも…顔も、声も覚えてない
最後の記憶はまだろくに話も出来ないほど僕が幼かった時
だから、母の家事で荒れてかさついた手や、僕を撫でる前に僕の頬に触れる癖
父の大きいけど母よりも少しだけ冷え性な手
僕を抱っこしてくれた温かな感触
それしか知らなくて

それでももし少しでも話せるなら
ううん…赤子の記憶だし、話せなくてもいい
少しでも一緒に過ごせるなら、それだけで嬉しい



●遠き記憶と御守の力
「思い出、か……」
 栗花落・澪(泡沫の花・f03165)は自分の世界について考え、少しだけ俯いた。
「折角だから、お守りを使ってみようかな」
 澪が手にしているのは桃色兎の魔除け守りだ。大切な母親から貰った御守りではあるが、澪にとって彼女は顔も知らない人でもある。
 それでいて、温もりだけは確かに存在しているように思えた。それゆえに澪はこの御守りを大切に持っている。
 見下ろした魔除けの品は何も語らないが、この工房でならば――。
「もし、お守りに記憶が残ってるなら……」
 澪は祈るように目を閉じ、魔除け守りをそっと握り締めた。そして、澪は其処から作られていった少異世界に飛び込んでいく。
 ぎゅっと瞑っていた瞼をひらけば、目の前には一軒家があった。
 鍵は開いており、澪は誘われるように家の中に入る。其処には家族の姿が見えた。顔も知らないのに家族だと分かったのは、強い懐かしさを感じたからだ。
 片方はオレンジの髪が綺麗な華奢で優しい女性。
 もう片方はサラリとした茶色い髪の優しい男性。
「――秋子」
「どうしたの、透さん」
「今日も澪はとびきり可愛いね」
「そうね、私と貴方の宝物だもの」
 二人が名を呼び合う声が聞こえた。部屋の中に立っている澪のことは良い意味で気にしていないようだ。微笑みを重ねた二人は幸せそうだ。
 おそらく、澪が生まれたばかりの頃の記憶なのだろう。
「顔も、声も覚えてないけど……わかるよ」
 父と母。
 彼らは紛れもなく澪の両親であり、愛を抱いてくれている。もしこのままの時間が続いていたならば、澪もこの一軒家でずっと家族と過ごしていられたのだろう。
 両親との最後の記憶。
 それは澪がまだろくに話も出来ないほどに幼かったときのことだ。ぼんやりとした感覚はあっても、はっきりとしたことは覚えていない。
 たとえば母と父の手。
 家事で荒れてかさついた母の指先や、澪を撫でる前に頬に触れる癖がしっかりと見られる。
 大きいけど母よりも少しだけ冷え性な父の手を見ると、澪を抱っこしてくれた温かな感触が蘇ってくるようだ。
 それしか知らなかったけれど、そのことがより鮮明に感じられた。
「話せるの、かな」
 澪はおずおずと父と母がいる部屋の中に入ろうとした。もし両親に何か言葉を貰えたならば、それが新たな思い出になるかもしれない。
 だが、そのとき。
「この世界を、壊したら。あなたはどんな顔を、しますか?」
「敵っ!?」
 突如として異世界に出現したのは件の堕天使だ。澪は両親がいる世界を壊させまいとして堕天使を突き飛ばしながら外に飛び出す。
(ううん……これは赤子のときの記憶だし、今は話せなくてもいい。少しでも一緒に過ごせたから、それだけで嬉しい)
 ――光あれ。
 澪は全身から放出される、魔を浄化する光で堕天使を穿った。はっと息を呑む堕天使の声が聞こえてきたことで澪は更に光を強める。
 その光が収められたときには、堕天使は異世界の外に逃げ出していた。一撃でも与えられたのならば澪の役目は終わったようなもの。
「大切な時間は、守ったよ」
 澪はお守りを握り締め、一軒家の方にそっと語りかけた。
 そのまま家に背を向けた澪は願う。
 だから、二人も僕を見守っていてね、と――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニノマエ・アラタ

妖刀・輪廻宿業の世界。
……正直、血風吹き荒れる終わらぬ戦いの世界だと思っていた。
なのに、ここには何もない。
見渡す限り、白い。
遠近感もなく、ただ白いドームに閉じ込められたような。
白と静寂だけの世界。

「おまえがワタシを手放せば、おまえの戦いは終わるかもね?」

ふと。
白い地面(もしくは床)に、抜き身の刀身が突き刺さっていた。
それが声の主だ。

「もはやワタシはおまえで、おまえはワタシ」

笑った?

一瞬で天空が青空に変わる。
風に吹き抜ける雲、鮮やかで明るい空の色。
夕暮れの青から黄色、橙から紫、そして星浮かぶ群青へと。
誰が視たものか。記憶か。
定かではなく。

世界の終わりを告げる天使の来訪。

妖刀の柄を握る。

嗤った?



●円環の空
 大切な品物ら記憶の世界を作り出す巨大工房、フェアリーランド。
 魔界でそのように呼ばれている場所には様々な世界が広がっていた。妖精からの贈り物とも呼べる少異世界は、持ち主や品物によって千差万別だ。
 見渡す限りの純白。
 其処が妖刀・輪廻宿業から作り出された少異世界だった。
「予想とは違ったな」
 ニノマエ・アラタ(三白眼・f17341)は周囲を見渡し、思ったままの言葉を落とす。無銘の打刀とはいえ、妖刀から生まれる世界はもっと血に塗れていると予想していたからだ。
「……正直、血風吹き荒れる終わらぬ戦いの世界だと思っていたが――」
 それだというのに、此処には何もない。
 白。雪よりも深い唯の色。
 そのように表すしかないほどの真っ白な空間が何処までも広がっていた。そう思えるのは高低差がまったく感じられないからだろう。遠近感もなく、白いドームに閉じ込められているような感覚だ。
 白と静寂だけの世界にはニノマエ以外に誰もいない。
 何かの音が聞こえることもなく、足音すら響かなかった。しかし、不意にニノマエの耳に不思議な声が飛び込んでくる。

「おまえがワタシを手放せば、おまえの戦いは終わるかもね?」

 それは妙に胸に響く声だった。
 ニノマエが音の聞こえた方に目を向けると、白い地面に抜き身の刀身が突き刺さっている様子が見えた。
 刃が今の声の主であると確信したニノマエは立ち止まる。
 すると刀身から新たな声が響いた。

「もはやワタシはおまえで、おまえはワタシ」

(――笑った?)
 刀身から聞こえた声は小さな笑みと共に紡がれた気がする。ニノマエが刃に手を伸ばそうとすると突然、世界の有様が変化した。
 一瞬で白が消え、天空が青一色になっていく。
 音すらなかった世界に風が吹き抜け、青空には雲が流れていた。眩いほどに鮮やかで明るい空の色を振り仰ぎ、ニノマエは目を細める。
 やがて天の色彩が移ろってゆく。
 青から黄色、橙から紫。昼間から夕暮れ、宵へと変わった空は星が浮かぶ群青色に巡っていった。時が早く流れていくかのような移り変わりを眺め、ニノマエはぽつりと呟く。
「誰が視たものなんだ」
 記憶か、それとも心象風景なのか。
 過ぎ去った時間を表す意味があるものなのかは定かではない。ニノマエが空を見上げていると、遠くに何かの影が過ぎった。
 それが世界の終わりを告げる堕天使の来訪。
「来たか」
 ニノマエが妖刀の柄を握ると、碧玉石が煌めいた。流れる雲の如き意匠を宿す柄から流れ込んできたのは刃が先程とは違う雰囲気で笑んだということ。
(――嗤った?)
 しかし、今は異世界を壊しに訪れた堕天使を撃退するべき時だ。ニノマエは相手が攻撃を仕掛けてくる前に動いた。
 其処から放たれたのは眼を眩ませるほどに眩い金色の光。
「これ、は……いけません、ね」
「大人しく去るといい」
 ニノマエが相手の戦意を削いで威圧したことにより、オブリビオンはすぐさま撤退していった。ニノマエは敢えて追わずに後ろ姿を見送る。
 彼が見つめている遠い夜空には、満天の星が美しく輝いていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

桃・皓宇
妹の形見の鈴
故郷(田舎の村)
妹(小鈴):勝気な話し方

記憶と寸分違わぬ故郷
俺たちの家もそのままだ
高鳴る筈もない死人の臓腑が熱くなるよう

「お兄ちゃん!
声に体が震える
唇噛み締め振り返り

「ぼーっとしてどうしたの?
答えぬまま妹の顔を見つめ

「私、顔に何かついてる?
いや…何でもない
そう言うのが精一杯
「…欣姐さんから豆を沢山もらったの。筋取り手伝ってよね

軒先に並んで座り
ただ静かに手を動かして

「…ねえ
不意に妹が口を開く
「何があっても、私はお兄ちゃんを応援してるよ

目を見開いた後
そっと頭を撫でて
お前が繋いでくれたこの命
"護る"ために使うと決めたんだ
だから、

現れた堕天使に向き直り
…お前に、他人の思い出を穢させはしない



●兄妹の約束
 風が吹き抜け、鈴の音が鳴る。
 開け放たれていた工房の窓辺から風が届いたと知り、桃・皓宇(守り人・f32883)は手元の鈴を見下ろした。
 皓宇が大切そうにそっと握り締めたのは、妹の形見の鈴。
 今も幽かに鳴っている音色は少しの切なさと郷愁の思いを運んでくる。きっと、鈴から作り上げられた世界も懐かしさに満ちているのだろう。
 静かに鈴を見つめた皓宇は、自分だけの少異世界に足を踏み入れた。
 眩い光が身体を包み込む。
 思わず目を瞑った皓宇が瞼をひらくと、其処は全く別の世界に変わっていた。
「……故郷だ」
 皓宇の片目に映っているのは、長閑で静かな田舎の村だ。幼い頃から慣れ親しんでいた小道や林に小川。見覚えのある家々が目の前に見えた。
 記憶と寸分違わぬ故郷が此処にある。
「俺たちの家もそのままだ」
 微かに声が震えた。死を迎えた身であるゆえ心臓が高鳴るはずもないのだが、胸の奥が熱くなった感覚が巡る。
 死人でありながらも臓腑ごと打ち震えているようで皓宇は胸元を押さえた。
 記憶の世界は全てあの頃のままのだろうか。
 皓宇が歩みを進めようとすると、背後からよく知った声が響いてきた。
「――お兄ちゃん!」
 一瞬、呼ばれているのに振り返ることが出来なかった。何故なら、その声は妹のものであったからだ。震えそうになったが唇を噛み締め、何とか心を落ち着ける。
 皓宇がゆっくりと振り返ろうとすると、既に妹――小鈴は隣に立っていた。
「お兄ちゃん、ぼーっとしてどうしたの?」
「…………」
「何か変なものでもあった?」
「いや……」
 皓宇は何も答えぬまま、妹の顔を見つめている。不思議そうな顔をした小鈴は皓宇を見上げ返した。当時のままの様子の妹は何も変わらない。変わっているのは自分だけで、そのせいで戸惑いが生まれていた。
「私、顔に何かついてる? 私が変だとか言わないよね?」
「何でもない」
 大丈夫だから、と付け加えるのが精一杯だった。
「まぁいいけど! 欣姐さんから豆を沢山もらったの。筋取り手伝ってよね」
「ああ、行こうか」
「もう、いつものお兄ちゃんじゃないみたい!」
 皓宇を引っ張った小鈴は駆けていく。その先には自分達が暮らしていた家屋があった。庭先に回り込んで軒先に向かい、二人で並んで座る。
 豆をひとつ取って筋を取り除き、違う籠に放り投げていく。
 ただ静かに手を動かしている皓宇は心ここにあらずといった様子だ。
 何故なら、皓宇はこの記憶の先に在る現実を知っている。解放された妖獣の襲撃によって自分は死ぬ。そして、護るために庇った妹は――。
「……ねえ、お兄ちゃん」
 皓宇が一点だけを見つめていると、不意に小鈴が口をひらいた。
「どうした?」
「あのね、これだけ言わせて。何があっても、私はお兄ちゃんを応援してるよ」
「――!」
 皓宇は目を見開いた後に幾度か瞬く。やっと小鈴を真っ直ぐに見つめられた皓宇は、その頭を優しく撫でた。
「お前が繋いでくれたこの命、“護る”ために使うと決めたんだ」
 だから、今は。
 立ち上がった皓宇は妹を背に守るようにして、片手を掲げた。
「侵入に気付かれ、ましたか」
 見上げた空の片隅には堕天使が飛んでいる。この世界を壊しに訪れた堕天使に向き直った皓宇は妹を見遣り、必ず護るから、と伝えた。
「……無関係のお前に、他人の思い出を穢させはしない」
 そして、電流にも似た闘気が皓宇の体を駆け巡る。敵まで一気に肉薄した皓宇は鋭い一撃を叩き込むと同時に強く告げた。
 砕撃を受けた堕天使は即座に身を翻し、皓宇の世界から逃げ去っていく。振り返ったときには妹の姿も消えていた。
 だが、それでいい。
 妹から兄に告げられた言葉は、何よりもかけがえのないものだったからだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

久遠寺・絢音
(手にした改良型イグニッションカード『Antistita/Amantes』から、小さな異世界が生成される)

この世界は私がいた頃、10年以上前の銀誓館学園ね

(14歳前後の自分。同い年の親友や、良くしてくれた先輩達)
目に映る風景だけだけど、頭の中で皆の声はありありと思い出せるわ
……私が風邪を引いて暫く学校に来れなかった間に、親友と好きだった先輩の仲が縮まっていて、その後の私は見ているだけだったのよね

(遠い目。押し込め、拗れた初恋の残滓は、今も心の熾火に。当の先輩と再会した今となっては)

ルビーちゃん、覚えておいて
女の子の人生には、色んな事が起きるのよ
(彼女が生やそうとする茨に対抗し、蜘蛛糸を操って)



●美しき青春の影
 ――イグニッション。
 慣れ親しんだ言の葉を紡ぐことで、淡い光が幽かに広がった。
 久遠寺・絢音(舞う徒花・f37130)が手にしているのは改良型イグニッションカード、『Antistita/Amantes』という名を冠するものだ。
 フェアリーランドと名付けられた巨大工房では、持ち主が大切にしているアイテムから小さな異世界が生成される。
 玲瓏の濡烏を思わせる絢音の髪が風に揺れた。
 山吹色の瞳は薄く細められ、その様子はまるで胸に宿る思いがそっと押し隠されたかのようだった。そうして、絢音は生み出された記憶の世界に踏み込んでいく。
「ここは――」
 広い校庭があり、見慣れた校舎が見える。
 イグニッションカードから作られた世界は絢音が学生だった頃のもの。広がっている景色は、今から十年以上前の銀誓館学園だ。
 学生達が楽しげに廊下を走っていく。
 過去の光景であるゆえ、其処にいるのは若い頃の友人やクラスメイト達だ。
 仮初であっても、今の自分が過去に干渉することを拒んでいるからか、絢音の姿は誰にも見えていないらしい。
 絢音は歩みを進め、自分の教室を目指した。
 其処には十四歳頃の絢音もいた。同い年の親友や、良くしてくれた先輩達もクラスに集まってくれているらしい。
(懐かしい……)
 クラスの中にいる人々の声は聞こえない。
 風景が目に映るだけではあるが、頭の中では皆の声がありありと響いていた。それほどに鮮明で印象的な時代であるゆえ、あのときに何を話していたかすぐに思い出せる。
 そう、あれは――。
(私が風邪を引いて暫く学校に来れなかった間に、親友と好きだった先輩の仲が縮まっていて、その後の私は……)
 ただ、見ているだけだった。切なさまでもが蘇ってくるようで、絢音は胸を押さえた。心臓が高鳴っているのはあの頃の記憶を実際に見ているからだろうか。
 当時の自分も気持ちを隠しながら、銀誓館学園にとってごく普通の――生と死と隣り合わせの青春を送ってきた。
 絢音は教室に入ることはしない。
 すぐ近くで懐かしい顔を見ることも出来たが、絢音は廊下から皆の姿を眺めているだけに留めた。その瞳は遠い目をしている。
 押し込め続け、拗れた初恋の残滓。
 それは今も心の熾火となっている。当の先輩と再会した今となっては――。
 不意に俯いた絢音は神経を集中させた。
 時間にして十秒。
 ゆっくりと顔を上げた絢音は廊下の奥に佇む影を見据える。その人影は青春時代にも、銀誓館学園にすらいなかった人物だ。
「ルビーちゃん、だったかしら」
「私のことをご存知、ですか。はい、何でしょう」
 ルビー・ジュエルシードを迎え撃つ気概を抱き、絢音は片腕を胸の前に掲げた。ルビーが巡らせた、赤き宝石を核とする茨が絢音に襲いかかる。
 だが、絢音も指から解き放った蜘蛛糸でルビーを絡め取った。糸を束ねた帯で堕天使を穿てば、短い悲鳴が響く。
「どうして、手強い相手ばかりが少異世界を、作って、いるのでしょうか」
 ルビーは撤退を決め、硬質化された蜘蛛糸を振り払った。去っていく堕天使の背を見つめた絢音は心からの思いを言葉にする。
「覚えておいて。女の子の人生には、色んな事が起きるのよ」
 積み重ねてきた二十数年。
 重すぎるほどではないが決して軽くもなかった道筋を思いながら、絢音は逃げた堕天使を見送る。振り返った絢音の瞳には、懐かしく輝く学園の景色がしかと映されていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふえ?アイテムから異世界が作られるって
ふええ、やっぱりアヒルさんわざわざ自己主張しなくても分かりますよ。
アヒルさんの世界ですか。
嫌な予感しかしないんですけど、
そうですアヒルさん、アヒル船長でいきませんか?
私も一昨年の水着があるので、異世界にも合うかと思いますよ。
ふええ、よかったアヒルさんが船長に乗り気になってくれて、
まだ、アヒル船長ならどんな世界かは想像できるからいいですけど、アヒルさんのままだと全く見当がつかないですよ。
・・・、あの私はグリードオーシャンをイメージしていたんですけど、なんでブルーアルカディアになっているんですか。
それはルビーさんのユーベルコードだから仕方ないって、そんなぁ。



●果てしない冒険と空の世界
 フェアリーランド。
 此処で作り出された世界に飛び込めば、記憶の異世界を楽しめるという。
「ふえ? ということは……」
 工房に訪れたフリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)の視線が向かった先は、思いがたくさん宿ったもの。
 そう、アヒルさんだ。
 大切な相棒であり、有能なガジェットであるアヒルさんはフリルが眼差しを向ける前から背筋をぴんと張っていた。
 今はあんよをぴょこぴょこさせることで猛アピールを行っている。
「やっぱりアヒルさんですか。わざわざ自己主張しなくても分かりますよ」
 フリルは半ば予想していたと語り、アヒルさんを抱き上げた。
 その瞬間、彼女達の前に小異世界の入口が現れる。
「この奥がアヒルさんの世界ですか」
 フリルにとっては嫌な予感しかしない場所だ。しかし、異世界の中でオブリビオンを待ち受ける作戦を取るには飛び込んでおかなければいけない。
 異世界に入っていく前に、フリルはアヒルさんに提案した。
「そうですアヒルさん、船長スタイルでいきませんか?」
 思い出の世界に向かうのだから、楽しい格好をしてもバチは当たらないはず。
 アヒルさんは海賊帽めいた帽子を被り、フリルはバンダナとボーダーシャツ、ショートパンツと動きやすいサンダルという出で立ちになる。
「この水着とアヒルさん船長でしたら、異世界の雰囲気にも合うかと思いますよ」
 断られたらどうしようかと思っていたのだが、アヒルさんは実に乗り気だ。あの夏のようにフリルのバンダナの上に飛び乗ったアヒル船長はガアガアと楽しげに鳴いた。
「よかったです。では行きましょう、船長さ……ふええ、号令はアヒルさん船長がやるって、ふぇええ……つつかないでください」
 結局は突かれることになってしまったが、これで準備は万端。
 そして、フリル達は異世界に飛び込む。
「わぁ、綺麗な景色ですね」
 其処は予想取り、一面の青が広がっている世界だった。
 船の上に乗っている二人は仲の良い乗組員のように見える。こうしてアヒルさんの格好を船長にしてもらったのは予想を絞るためだった。
「まだアヒル船長ならどんな世界かは想像できるからいいですけど、アヒルさんのままだと全く見当がつきませんでしたから」
 もし血みどろだったり、どろどろだったりする世界の場合はフリルの身が持たない。
 それゆえにグリードオーシャンの世界を、と思ったのだが――よく見れば、辺りに広がる青は海ではなく空の色だった。
「ふぇ……なんでブルーアルカディアになっているんですか。確かにここでも船長さんは出来ますが、アヒルさん?」
 フリルが振り向くと、船の片隅に黒い影が見えた。
 びくっと身体を震わせたフリルに対し、その影――堕天使のルビー・ジュエルシードは三叉槍を振り上げる。
「この世界を、壊したら。あなたの顔がどうなるか、見てみたい、です」
「そんなことはさせません……って、ふえええ」
 途端に重力を反転させ、空へと万物を降らせる力が巡る。だが、フリルもこのまま空に落ちてしまう気はなかった。
「アヒルさん、お願いします。あの作戦で行きましょう」
 ――発動、ミニマムフリル。
 己の身体を小さくしたフリルはアヒルさんの背に乗る。同時にガジェットの威力増強が成され、鋭い体当たりがルビーを穿った。
「この空の中で、小さい獲物を斃すのは、難しそうですね」
 堕天使はアヒルさんの猛攻を潜り抜け、空の世界から飛び去ってしまった。しかし、確実にダメージを与えられている。役目は果たしたとしてフリルは安堵した。
「この後はどうしましょう。もう少しこの世界を散歩しますか?」
 フリルが問いかけると、アヒルさんが同意と同時に素早く飛行しはじめた。すぐに、ふええ、という悲鳴が響き渡る。
 どうやら此処から、親指フリルの新たな冒険が始まっていくようだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

シエナ・リーレイ

あら?お家に帰ってきちゃったよ。とシエナは驚きます。

シエナの大切なアイテム、それは最初の『お友達』にして自身の仮初でもある[ジュリエッタ・リーレイ人形]
そんなジュリエッタ・リーレイ人形を元に形成された世界はシエナとジュリエッタが過ごした人形に満ち溢れた寝室です

寝室の大きなベッドの中でシエナはジュリエッタが読み聞かせてくれた絵本を読みながら『お友達』候補の来訪を待ちますが、やがてすやすやと眠り始めます

そして、寝室に満ち溢れる亡骸を素材とした人形達は寝室に来訪者が現れれば『お友達』となり来訪者を新たな『お友達』に迎える為に盛大な歓迎を始めます

おはよう!とシエナは『お友達』に朝の挨拶をします。



●懐かしき家とお友達の原点
 フェアリーランド。
 猟兵にとっては聞き覚えのあるユーベルコードとしての言葉だが、魔界においての妖精領域は不思議な力を宿した工房を示すものだ。この工房に思いの詰まったアイテムを持ち込むと、品物に眠る記憶から異世界が作られていく。
 そんな中で、シエナ・リーレイ(取り扱い注意の年代物呪殺人形・f04107)が飛び込んだ世界の様相は――。
「あら?」
 不思議そうに首を傾げたシエナの瞳に映ったのは、懐かしき家の様子だ。
 驚いてしまったシエナは周りを見渡し、あの日のままの壁や天井、家具の並びを確かめていく。何処も変わりがないので、本当の家のように思える。
「お家に帰ってきちゃったよ。これがわたしの記憶の世界なのかな?」
 シエナが歩を進めると、見覚えのある人形が目に入った。
 シエナの大切なアイテム。
 この世界を作るためにフェアリーランド工房にも持ってきた人形だ。
 シエナにとって、それは最初の『お友達』でもある。同時に自身の仮初でもある、ジュリエッタ・リーレイ人形は微笑んでいるように見えた。
 シエナの初めての友達である少女の亡骸と魂を素材に作られた人形。其処から生み出された世界はやはり、シエナのはじまりと呼べる場所の異世界を形成したようだ。
 この家はシエナの故郷だ。
 まだ動けないただの人形だったシエナと、その主であったジュリエッタが過ごした部屋は優しい雰囲気が満ちていた。
 シエナ以外にも人形が置かれている寝室には、郷愁めいた思いを覚える。
 次にシエナが進んでいったのは大きなベッドの方。
 その中に身を預けると、生前のジュリエッタの声が聴こえてくるような気がした。ジュリエッタが読み聞かせてくれた絵本がベッドの脇に置いてある。
 腕を伸ばしたシエナは絵本の表紙を眺めてみた。
 やはり懐かしい。どのタイトルも可愛く描かれたイラストもジュリエッタが大好きだったものだ。主の好きなものはシエナにとっても好ましいもの。
 シエナは絵本を読みながら、小異世界を荒らしに訪れるという堕天使を待つ。シエナとしては、彼女もまた『お友達』候補だ。
 来訪を待ち続けていると、やがて眠気が襲ってきた。
「少しだけ、おやすみなさい」
 かつてのジュリエッタとよくそうしていたように、シエナは眠りに落ちる。すやすやと眠り始めたシエナの周囲には亡骸を素材とした人形達が並べられていた。
 どの人形も死霊使いと人形遣いとしての技が使われているものだ。何も知らない者が見れば、背筋が凍るような思いをするかもしれない。
 そして、それはシエナの世界に訪れたルビー・ジュエルシードも同じだった。
「この、世界は……――!」
 堕天使は眠っているシエナと、その周囲を囲む『お友達』を見て息を呑む。こんなところからは早く出なくては、と判断したルビーは踵を返した。
 亡骸人形達は寝室に訪れた者を新たな『お友達』として迎える為に動き出す。
「いけません、ね。撤退、です」
 盛大な歓迎を始めた人形から逃れるため、ルビーは一目散に飛び去っていった。
 お友達に出来なくて残念、というように人形達が肩を竦めた。だが、歓迎した動きで相手にダメージを与えられたことは確かだ。
 そして、暫し後――。
「おはよう!」
 ベッドから身を起こしたシエナはいつものお友達に朝の挨拶をする。
 その隣には普段通り、ジュリエッタ・リーレイ人形が静かに横たわっていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

草守・珂奈芽
アイテム:草化媛
場所:一族本家の薄暗い蔵の中

ほほー、2年前以来だけど懐かしい場所なのさ
猟兵に目覚めたきっかけ、草化媛と出会った場所
入っちゃダメな奥さ迷いこんだっけ見つけたんだよね
荷物の山の中のからふわっも出てきたときはびっくりしちゃったのさ
たしかあの奥のほうだったかな?
(周りを眺めながら散策)

草化媛は覚えてるかな…なんて聞いても返事は無し
わたしが手を繰ればあのときみたいに空も踊るけど勝手に動くこともないし
そりゃー人形だからしかたないけどさ、でもいつかは聞いてみたいな
一緒にいてくれるだけで十分すぎるんだけどね?

さっ、思い出の中ってなら精霊さん達もいるっしょ?
わたし達のパワー見せつけちゃお!



●はじまりの出逢い
 不思議な郷愁を感じる光景。
 少異世界に広がっていたのは、そのように感じる場所だった。
 草守・珂奈芽(意志のカケラが抱く夢・f24296)が工房の力を用いて作り出したのは神通力で動く魔導人形、草化媛に宿る記憶の世界だ。
「ほほー、二年前以来だけどやっぱり懐かしい場所なのさ」
 珂奈芽が立っているのは蔵の中。
 分家としての自分の家にあるものではなく、ヒーローのドラゴニアン一族の本家内にある場所だ。それゆえに珂奈芽はこの場所に深い馴染みがあるわけではない。
 しかし、縁深い場所だということは間違いない。
 運命が動いたのは、二年前のあの日。
 猟兵に目覚めたきっかけである草化媛と出会った場所がこの蔵だ。
「思い出すね、入っちゃダメな奥さ迷いこんだっけ。そんで見つけたんだよね」
 草化媛は本家の家宝だった。
 様々な荷物の奥に仕舞い込まれていた草化媛をはじめてみたとき、とても驚いたことをよく覚えている。
 まさかあの出会いが、自分を戦いの日々に導くなんて当時は思っていなかった。
「薄暗くて手探りで進んで、荷物の山の中からふわっと出てきたときはびっくりしちゃったのさ。そうそう、たしかあの奥のほうだったかな?」
 珂奈芽は周りを眺めながら、記憶の世界の中を散策してみる。
 作られたのは蔵の中だけらしく外に続く道はない。あのときのように薄暗いままだが、珂奈芽の心は不思議と浮き立っていた。
「草化媛は覚えてるかな……」
 そのように聞いてみても返事が戻ってくることはない。
 当たり前か、と呟いた珂奈芽は笑みを浮かべる。懐かしさに任せ、あの日と同じような出会いをもう一度行ってみたくなった。
 珂奈芽は草化媛の手を繰り、あのときと同じ位置に向かわせる。
 二年前の珂奈芽は何も知らないまま魔導人形が眠る場所に近付いた。そして――外から僅かに差し込む光が胸の蛍石に当たる。
 何かが光ったことで手を伸ばした珂奈芽は、ふわりと出てきた人形に目を奪われた。
 人形が纏うヴェールとドレスの裾が揺らめく。
(そうだったね、こんな風に現れて――)
 空へと舞い、踊るように出てきた草化媛はあの日のままのように思えた。勝手に動くこともなければ、言葉を掛けてくることもない。
 何かを話してくれればいいのに、と珂奈芽は双眸を細めた。
「そりゃー人形だからしかたないけどさ、でもいつかは聞いてみたいな」
 両手を伸ばし、草化媛を引き寄せた珂奈芽は小さく笑む。
 これまでたくさん頑張ってきたね。
 これからも一緒に進んでいこう。
 そんな風に話せたならば今よりもっと楽しくなるはず。けれども、それはこういった不思議な世界の中で想像するだけ。
 珂奈芽はあれからずっと傍にいてくれる草化媛を見つめた。
「一緒にいてくれるだけで十分すぎるんだけどね?」
 そのとき、まるで珂奈芽に応えるように蛍石がきらりと光る。その反射で或ることに気が付いた珂奈芽は気を引き締めた。
 いつの間にか思い出の世界の中に入り込んできた者がいる。少異世界を荒らそうとしている件の堕天使、ルビー・ジュエルシードだ。
 珂奈芽は草化媛と共に振り返り、堕天使に視線を向けた。
「気付かれ、ましたか」
「そりゃね。さっ、思い出の中ってなら精霊さん達もいるっしょ?」
 ――草化媛、鎧装術式解除。
 精霊を鎧う騎士の現身を具現化させた珂奈芽は一気に堕天使を穿ちに掛かる。
「わたし達のパワー見せつけちゃお!」
 珂奈芽の声に合わせ、草化媛がくるりと舞った。その姿を見た堕天使は不利を悟ったのか、翼を広げて飛んでいく。一撃は確実に与えられたので上々だ。
「やったね!」
 珂奈芽は草化媛に笑い掛け、少異世界に変化がないことを確かめる。
 ふたりが出会った大切な場所の記憶は、こうして守られた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

泉宮・瑠碧
姉の形見の玩具の指輪を、使います
異世界は、故郷の森で姉が連れ出してくれた花畑

ハリエット姉様…
一人称は私でも
~だろう、~か、と凛々しい口調で
以前の私が、お手本にしていました

姉様も、里を飛び出した後に人間の方と婚約していて
姉妹で似るのかなと思いつつ
…婚約に、玩具の指輪なのは

―あいつは指輪を決め切れなくて、仮のままなんだ
―結婚式には正式に贈ると言ってたが、どうだろうな

そう言っていた思い出の品は、この世界では姉の指に煌いて

―ルリには義兄になるか

話に聞いた義兄様
逢ったのは、姉の最期のあの時だけ

―いつか家族が増えたら、ルリも姉さんになるな

叶わなかった未来に涙が溢れ

円環命域
…壊さなくても、嘆く事はありますね



●約束の環
 姉の形見として遺った玩具の指輪。
 思い出が宿る大切な品を握り締め、泉宮・瑠碧(月白・f04280)は深く俯く。
 其処から生まれたのは少異世界への入り口。少しの覚悟と切なさを抱いた瑠碧は、そっと世界の中へ踏み出していった。
 内部に広がる景色は花畑。
 懐かしくも感じる、故郷の森の中にある場所だ。瑠碧の姉――ハリエットが連れ出してくれた花畑の光景はとても印象深い。
「ハリエット姉様……」
「どうした、ルリ。何かあったか?」
 瑠碧が姉の名前を呟くと、すぐ傍で彼女の声がした。
 はたとした瑠碧は顔をあげ、この姉は自分の記憶の中にいる人物だと知る。嬉しくもありながら、悲しい気持ちを抱いた瑠碧は何でもないと首を振った。
 此処に居る姉は在りし日の人。いわば瑠碧の記憶の内にだけ存在するもの。
 ハリエットは瑠碧の手を引き、向こうにとびきり綺麗に咲いた花があるのだと言って導いてくれる。これもあの日の記憶のままだ。
 凛々しい横顔を見つめた瑠碧は、嘗て自分が姉の真似をしていたことを思い出す。
 臆病で大人しくて、あるがままを受け入れようとしていた自分とは違う。凛として格好良い姉。彼女のようになりたくて、その口調をお手本にして振る舞っていた。
 そうすればまだ姉と一緒に居られるようで、心を保てたからだ。
 ハリエットは里を飛び出した後に人間の男性と婚約していた。そういったところは姉妹で似るのだろうかと考えると、少し不思議な気分になる。
 そうしていると、不意にハリエットが口をひらいた。
「ああ、この指輪か?」
(あのときと、同じ会話……?)
 あの日の記憶が再現されているからだろうか、姉は婚約指輪が玩具であることについて語っていく。瑠碧はこくりと頷き、姉の言葉を大人しく聞いた。
「あいつは指輪を決め切れなくて、仮のままなんだ。何も贈らないのはいけないといってこの玩具を渡してくれた」
「……はい」
「結婚式には正式に贈ると言っていたが、どうだろうな」
 ハリエットは遠くを見つめる。
 妹を救い出せるようにしてから、必ず戻ると約束した婚約者のことを思い出していたのだろう。思い出の品はこの世界では姉の指に煌いている。
「あいつは――ルリにとっては義兄になるか」
「義兄様……」
 話に聞いた青年のことを、姉はとても愛していたようだ。
 あの頃は誰かを愛おしく想う気持ちがわからなかった。大切な人が傍にいてくれる幸福を知った今なら、姉の気持ちも理解できる。
 瑠碧の胸裏には、最期のあのときの光景が巡っていた。
「――いつか家族が増えたら、ルリも姉さんになるな」
 ハリエットは今の瑠碧ではなく、過去の妹に語りかけている。姉の声を聞けたことはとても嬉しい。しかし、これがもう戻らないものだと思うと涙が溢れる。
 叶わなかった未来の話。
 頬を伝う涙は拭わず、瑠碧は花畑の片隅に目を向けた。其処には記憶の世界をじっと見つめている堕天使がいる。
「美しき世界、です。過去の思い出すら消えたら、あなたはもっと悲しみ、ますか?」
「いいえ……壊させ、ません」
 瑠碧はすぐさま身構え、生命の精霊の力で場を満たしていく。
 堕天使も重力を反転させようとしていたが、瑠碧の領域が広がる方が早かった。刹那、光の粒がルビー・ジュエルシードを包み込む。
「強い、ですね……」
 長居は無用だと判断したのか、堕天使は瑠碧の世界から去っていった。
 瑠碧はその場に佇み、涙を拭う。目の前にはあの日のように微笑む姉の姿があったが、指輪は瑠碧の手の中に戻っている。
「……壊さなくても、嘆くことはありますね」
 幽かな言の葉は吹き抜けた風に乗って、静かに消えていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユフィルリート・ミルティリエール
アイテム:アルニラム(装備5)

懐かしい
日当たりが良くなくて青っぽくも見える白の多い、昔のわたしの全てだった子供部屋
それに
『ユフィ、もう新しい本も読み終わったの?』
わたしとそっくり
だけど耳が羽で髪の長い人(ユーシュリルテ、愛称ユーシュテ)
「母さま」
『なぁに』
あくまで思い出なんだってすぐ判った
母さまはこの年のわたしを知らない
切なさを隠す様に解いてあったリボンを差し出す
「あのね、結んで」
『ふふ、今日は何だか甘えんぼさんね。さ、此処に座って』
母さまの手櫛が髪を梳いて、かつて護りの力を込めて贈ってくれた物を結い付け終わった時
『!ユフィ、どうしたの?』
堪えられずに抱きつく
言葉にならない想いが涙として溢れた



●アルニラムの記憶
 淡い光が辺りを包み込む。
 陽だまりのような優しい目映さを感じて、思わず瞼を閉じた。
 白いリボンが風に揺れる。
 ゆっくりと目を開けたユフィルリート・ミルティリエール(たとえ小さな翼でも・f34827)の双眸に映り込んだのは、とある子供部屋の様子。
「わぁ……」
 ユフィルリートは懐かしさを感じて目を細めた。
 其処は幼少期から慣れ親しんだ場所だ。改めて見ると部屋の日当たりは良くない。それゆえに青っぽくも見えるが、白が多い内装だった。
「昔のわたしの――」
 此処が全てだった、世界そのもののような部屋。
 異世界に入るときに感じたような心地いい陽だまりはない。それでも、ユフィルリートにとっては大切な部屋だ。
 懐かしさのままに部屋のベッドに腰掛けてみると、扉がひらいた。
『ユフィ、もう新しい本も読み終わったの?』
「……!」
 その声は聞き覚えのある人のもの。
 顔を上げたユフィルリートが見たのは、自分とそっくりな女性。ユフィルリートをそのまま大人にして、羽耳を付けて髪を長くしたような人――そう、母親だ。
 ユーシュリルテは首を傾げ、ユフィルリートを見つめていた。
「母さま」
『なぁに』
 此方から呼び掛けた声に応えてはくれたが、視線は今のユフィルリートよりも下に向けられていた。彼女は現在ではなく、過去の自分を見ているのだろう。
 確かにユーシュリルテは此処に居る。
 だが、あくまで思い出の中にいる存在でしかないことはすぐに判った。
(母さまは、この年のわたしを知らない。だから……)
 幼子に対する、あやすような接し方をしてくれるのだろう。思い出の中の母はいつもそうで、嬉しさと同時に切なさも浮かんできた。
 この部屋が世界の全てだった理由。それはエンジェルではない自分が世間から隠されていたからだ。お披露目にすら出されずに陰口を叩かれながら生きてきた。
 きっと母も様々な辛いことに遭い、苦しかったのだろう。
『また別の本を用意する?』
「ううん……」
 ユーシュリルテが問いかけてきたが、少女は首を横に振る。
 今はただ、母にそばにいて欲しかった。ユフィルリートは切なさを隠すように、解いてあったリボンを差し出す。
「あのね、結んで」
 リボンを受け取ったユーシュリルテは静かに笑む。
『ふふ、今日は何だか甘えんぼさんね。さ、此処に座って』
「お願いね、母さま」
 鏡の前の椅子に導かれ、ユフィルリートはこくりと頷く。
 母の手櫛が髪を梳いていく感覚が心地よい。かつて護りの力を込めて贈ってくれたリボンがゆっくりと、丁寧に結われていく。鏡越しに見た母の姿は懐かしく、慈しみを込めて撫でてくれている手も、その表情もいとおしい。
 立ち上がって振り向いたユフィルリートは母に腕を伸ばし、ぎゅっと抱きつく。
『! ユフィ、どうしたの?』
 ユーシュリルテは娘の身体を抱き留めてくれた。
 問いかけられても今の少女には何も答えられない。部屋の片隅で件の堕天使がじっと此方を見ていることには気付いていたが、ユフィルリートは母を離さなかった。
 ――お願い、邪魔しないで。
 白花がさざめき、ミルフリューアから白薔薇の花弁が溢れていった。
 大切な記憶を壊されまいとしてユフィルリートは自分と母の周囲に白花で覆う。いつしか堕天使は去り、其処には美しい記憶だけが残された。
「……母さま」
『大丈夫よ、ユフィ。きっと……いつかは、きっと――』
 優しい母の声と、腕の中の温もりを確かめながら少女は思い出に浸る。
 その頬には、言葉にならない想いが涙として伝っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

花色衣・香鈴
参考シナリオID:30031(3章)
アイテム:聖鳥の卵(装備6)

星の降る幽世の景色
「また、お会いできると思っていました」
わたしの手に収まる温かな輝きの卵
それをくれたのは眼前の、あの時同様立派な両翼を畳んで此方を澄んだ紅の瞳で見つめる、わたしより大きく心優しき聖獣
大切な物は他にもあれどこの卵を選んだのはもう1度会いたいと、甘えたいと思ってしまったから
これは思い出(かこ)、本物じゃない
そんな風に心の中で言い訳をして
「また甘えても、いいですか」
クゥ、と鳴く声は優しいまま
あの時のまま、あの時と同じ様に翼を広げて包んでくれる
「もう2度と忘れませんから」
あの日無防備になったわたしの心に護りをくれたあなたを



●星降る夜の甘い色
 今夜だけ、一緒に居てくれますか。
 ずっと共に居て欲しいと願うことは出来なかった。
 だから、今だけでいい。

 花色衣・香鈴(Calling・f28512)は思い出す。
 世界が救われたあの日の出来事は、聖夜とも呼ばれる日のことだった。聖獣の加護を宿す卵型のインペリアルトパーズから生まれた少異世界には、星が瞬いている。
 星の降る幽世の景色を眺め、振り返った香鈴。
 その視線の先には、燃えるように赤く美しい鳥のような聖獣がいた。
「また、お会いできると思っていました」
 星空から舞い降りた聖獣は優しい瞳を向けてくれている。今も香鈴の手の中井収まっている温かな輝きの卵は目の前の聖獣がくれたものだ。
 あのときと同じように、聖獣は立派な両翼を畳んで佇んでいた。
 聖獣の体躯は香鈴よりもずっと大きい。澄んだ紅の瞳に宿る光が、獣が心優しきものだと理解させてくれる。
 大切な物は他にもあれど、この卵を工房に持ってくることを選んだ。
 そうしたのは、もう一度会いたいと――あの夜のように、甘えたいと思ったから。あの夜のように身を寄せ、聖獣のぬくもりを確かめた香鈴は瞼を閉じる。
 香鈴にとっては再会に感じられた。
 これは思い出であり過去。本物ではないことはよくわかっていた。しかし、そんな風に心の中で言い訳をすれば自分の心にも言い聞かせられる。
「また甘えても、いいですか」
 問いかけてみると、クゥ、と鳴く声が返ってきた。その声も眼差しも優しいままで心が落ち着いていく。
 聖獣はあの日のまま、あのときと同じように翼を広げて包んでくれた。
 そのことから感じたのは、変わらないものも存在するのだということ。香鈴は聖獣に寄り添い続け、身体の力を抜いた。
「ふふ、温かい……」
 香鈴から零れ落ちた言葉もまた、あの夜と同じものだ。
 此処では気を張らなくていい。
 己の運命のことを考えなくてもいい。
「もう二度と、忘れませんから」
 クゥ、と聖獣の声が再び響いた。香鈴は閉じていた瞼をひらき、聖獣が振り仰いでいる星空を見上げた。同じものを見て、同じ時を過ごす。
 たったそれだけで癒えるものがある。
「あの日、無防備になったわたしの心に護りをくれたあなたを――」
 そして、美しい記憶を。
 ――護る。
 香鈴は見上げた先に現れた影を見据えた。
 其処にはこの記憶の世界に居るはずのない堕天使が浮いている。このままではあの堕天使に小異世界が壊されてしまう。
「星、空……。この世界は、素敵な場所です、ね」
「壊そうとするのでしたら容赦はしません。大切な場所ですから」
 香鈴は堕天使が動く前に、双鈴に秘められた神力を身に纏う。何もしなければ重力が反転させられていただろうが、香鈴の霊力によって押し留められた。
 抜き放った睡宝蓮刀から散った衝撃波が疾走り、堕天使の翼を穿つ。
「……分が悪い、ですね」
 堕天使が身を翻して去っていく様を見送り、香鈴はその場に膝をつく。もう少しすれば自分は昏睡してしまうだろうが、心配はしていなかった。
 クゥ、クゥ、と傍で優しい声がする。
 聖獣の翼が再び身体を包み込んでくれているので不安はない。
 翼に守られて眠る星の夜。それはきっと、心地よいもののはずだから――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

兎乃・零時


大切なアイテムから作られた異世界、かぁ
どれが良いかな?
…あ、そうだ!だったらこの帽子で故郷のちっさい頃を再現すりゃいい!

再現されるは過去の故郷
自分の母親が創ってくれた、この愛用の帽子を受け取った小さい小さい五歳頃
あの頃と違って俺様は魔力の暴発も少ないし、立派に魔術師やれてると思う
出来る魔術を片っ端から見せていきたい
光に水に夢想の力も!

「母さん、記憶の中だけど改めて宣言するぜ、俺様は絶対に、最高最強の魔術師になってやる!絵本の魔術師だって超えて!―――だから、観ていてくれ、俺様の成長を!」
俺の可能性を!

・登場人物
全身宝石タイプのブルーオパールのクリスタリアン
優しい口調
俺のお母さん
名前は「マリ」



●故郷に描く決意の光
「大切なアイテムから作られた異世界、かぁ」
 フェアリーランドと呼ばれる巨大工房の内部に訪れた兎乃・零時(其は断崖を駆けあがるもの・f00283)は、興味と好奇心に満ちた眼をしていた。
 自分が小異世界を作るとしたら、どのアイテムがいいだろうか。
「どれが良いかな?」
 頭を悩ませて考えていく零時は楽しげだ。
 どれもたくさんの記憶が宿っており、これまでに経験してきたことや見てきた場所を再現することができるだろう。
「……あ、そうだ! だったらこの帽子で故郷を再現すりゃいい! 俺様のちっさい頃の記憶が作られるはずだ!」
 ふと零時が思いついたのは、普段から被っている大きな帽子を使うこと。
 軽く帽子を掲げて見れば、ちいさな光が瞬いた。
 作り上げられていく少異世界に飛び込む気満々だった零時は、まるで吸い込まれていくように光の先に入っていった。
 予想通り、再現されたのは過去の故郷。
 この帽子の中に宿る印象的な出来事といえば、はじめて着用したときだ。
 零時の母親、マリが創ってくれた帽子。
 今も愛用するものとなった帽子を受け取った日は五歳の頃だ。まだちいさくて幼かった零時は母を見上げて喜んだ。
 そんな日の光景が今の零時の眼前にある。
「いい? この帽子があれば、あなたはもう大丈夫。もっと強くなれるの」
「うん!」
 記憶の光景の中では当時の母親と幼い零時がいた。ちいさな零時はそのまま無邪気に駆けていったが、マリは今も其処に立っている。
「懐かしいな……」
 零時は過去の記憶を眺め、嬉しそうに口元を緩めた。
 あの頃とは違って、今の自分は魔力を暴発させることもない。ゼロとは言わないが当時と比べれば少ない。それに自分でも立派に魔術師をやれていると言える。
 駆け出した零時はマリの元に向かった。
「母さん!」
「もう戻ってきたの?」
 記憶の中の母は成長した零時を見ても驚いたりはしない。幼い零時を見るような優しい眼差しを向けてくれる、彼女のブルーオパールの輝きは零時にとって眩しくて、何より美しく感じられるものだ。
 今、出来る魔術を片っ端から母に見せていきたかった。
「見てくれ! 光に水に夢想の力も使えるんだ!」
 ユーベルコードとして扱う力を披露すれば、マリはひとつずつをしっかり見てくれる。その微笑みが背を押してくれるようで、零時は心からの嬉しさを覚えた。
「母さん、記憶の中だけど改めて宣言するぜ!」
「ええ、教えて」
「俺様は絶対に、最高最強の魔術師になってやる! 絵本の魔術師だって超えて! 困難があっても乗り越える! ――だから、観ていてくれ、俺様の成長を!」
 此処から続く、無限の可能性を。
 そうして、零時が極式の魔術を放ってみせた瞬間。
「あっ……」
 遥か上空から見知らぬ少女の声が響き、光魔術が命中した気配がした。あれが件の敵である堕天使だと察した零時は続けて二撃目を解き放つ。
「螺旋を描きて宙を舞え、輝煌纏いし可能性、繋ぎ到る一筋の道――」
「何で、こんなところにこれほど強い、魔術師が……」
 二撃、三撃と光が堕天使を穿ったが、四撃目が放たれる前にその姿が消える。
 うまく撃退できたのだと判断した零時は極輝煌王の魔法を収めた。そして、得意気に胸を張った零時はマリの方に振り返る。
「な、母さん! 見ててくれたか?」
 満面の笑みを浮かべる零時。
 そんな息子の姿を見つめるマリもまた、明るく笑っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティア・メル
【波音】◎
アイテム:チョーカー
世界:グリードオーシャンの島の1つ

クロウくん、この世界はね
この世界は―――

ティアか?

呼ばれた声に振り向く
これは記憶だと理解してるのに心臓が跳ねる
ぼくの初恋の人
ぼくを形作った人
刹、くん

誰だ、こいつ
ティアの世話は大変だろ?

クロウくん、怒らないで
刹那くんは誰にでもこんな感じで
クロウくんの服裾を掴む

こいつは泣き虫だし怒りん坊だしな
苦労してねえか?
お人好しだな、あんた
ま、そういう所も可愛く見えんなら
惚れた欲目っつーやつ?

くすくす彼が笑う
チョーカーは首輪だ
ぼくを縛るもの
ぼくを縛り続ける記憶
でも、もう怖くないよ
うん、囚われてない

これからはクロウくんが傍に居てくれるから
ね?


杜鬼・クロウ
【波音】◎
ティアが作った異世界へ

堕天使が来るまで何処で過ごすか
コレ、もしかして(ティアの初恋の人の形見?

波打ち際の音はまるで本物
初めて見る島の風景
海は綺麗だが深い

お前が”刹くん”か
…不躾だなァ(少し睨む
別に大変とは思わねェし世話してるとも違うが

誰にでも?…(外面はもっと良いと思ってたがティア絡みだからか
俺なら大丈夫だぜ(彼女の頭ぽふ

お人よし。よく言われるわ
俺がしてェからヤってるだけだ
俺が可愛いと感じてるのは…直向きで案外強かなトコかな(笑う

今のティアが在るのはお前を忘れていない証
だから良いンだ
ティアはもう前に進んでる
囚われてはいねェ(刹の肩を退ける

(楽しい記憶と共に
塗り替えればイイだけの話だ)



●波音の交わり
 雫のチョーカー。それは過去と現実を繋ぐ首輪。
 幼いままであるよう、少女だった自分自身に呪いを掛けた証。
 今と昔を環として示すチョーカーから作り出された少異世界。其処に広がっていたのはグリードオーシャンに存在している、或る島の光景だった。
 寄せては返す波。その音はまるで本物。
 初めて見る島の風景を眺めた杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)は、ティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)に誘われた世界の在り方を確かめていた。
「海は綺麗だが深いな」
「クロウくん、この世界はね」
「あァ、堕天使が来るまで何処で過ごすか」
「この世界は、ね――」
 ティアはこの場所の説明をしようとして、クロウの傍に一歩踏み出そうとする。するとそのとき、彼女の傍に違う人影が現れた。
『ティアか?』
 振り向いたティアは、はっとして振り向く。
 クロウも声が聞こえた方に目を向けた。其処には刹那という名の者が立っている。
「アレ、もしかして――」
 ティアの初恋の人の形見か、と口にしようとしたことは抑え、クロウは押し黙った。ティアは懐かしさと切なさに目を細め、刹那の方へ歩を進める。
 これは記憶だ。ちゃんと理解しているのに心臓が跳ねた。ティアはクロウの方に目を向け、この世界は自分のはじまりの場所なのだと語る。
「この人は、ぼくの初恋の人。ぼくを形作った人……刹、くん」
「お前が刹くんか」
『誰だ、こいつ』
 ティアが紹介すると、刹那はクロウをじろりと見遣った。眼差しを返したクロウは彼を睨み返し、思ったままのこと言葉にする。
「不躾だなァ」
『わかった、ティアの面倒を見てる奴か。ティアの世話は大変だろ?』
「別に大変とは思わねェし世話してるとも違うが」
 刹那からの問いかけに対し、クロウは首を横に振った。その際も睨みつける眼差しは先程のままだ。暫し互いに睨み合っていると、間にティアが割り込んだ。
「クロウくん、怒らないで。刹那くんは誰にでもこんな感じなんだよ」
「誰にでも? ……そうか」
(外面はもっと良いと思ってたが、ティア絡みだからか)
 肩を竦めたクロウは考えを胸の内だけに留める。ティアはクロウの服の裾を掴み、刹那にも目を向けた。二人を見遣った刹那は軽く息を吐く。
『こいつは泣き虫だし怒りん坊だしな。苦労してねえか?』
「もう、刹くん。そんな風に言わなくても」
「別にイイ。俺なら大丈夫だぜ」
 クロウはティアは頭をぽふりと撫で、薄く笑ってみせた。
 波の音は絶えず響き渡り、何処か遠くで海鳥が鳴いている。美しい海の景色の中で三人は視線を交差させ、ゆるりとした会話に入っていく。
 暫し言葉を交わしたことで、刹那は僅かながらクロウに心を許したようだ。
『お人好しだな、あんた』
「よく言われるわ。けど俺がしてェからヤってるだけだ」
 クロウがくつくつと喉を鳴らすと、刹那もくすくすと笑う。ティアは二人を見上げ、喧嘩や険悪な雰囲気にならないかと心配していた。
 だが、それはティアの杞憂だったようだ。よくよく見れば二人の纏う雰囲気や言葉遣い、相手への態度は所々似ている気がした。
 そういう点も手伝って、クロウと刹那はそこそこ上手く語り合えているようだ。
 刹那はちらりとティアを見遣り、再びふっと笑った。ティアがきょとんとしていると、クロウが更に頭を撫でてくる。
「俺が可愛いと感じてるのは……直向きで案外強かなトコかな」
『ま、そういう所も可愛く見えんなら惚れた欲目っつーやつ?』
 刹那は大体のことを把握したらしく、ティアとクロウを交互に見つめた。ティアはそっとチョーカーに触れ、これまでのことを思い返す。
 これは首輪だ。
(ぼくを縛るもので、ぼくを縛り続ける記憶……)
 この異世界に刹那が立っていて、いつまでも変わらぬ景色が広がっているのもチョーカーが首輪の役割を担っていることの証。
 呪いとは、まじない。つまり願をかけるという意味の咒いだ。
 そして――咒いはいつか、言祝ぎになる。
 きっと、そう。
 ティアが思いを巡らせていると、クロウが一歩前に踏み出した。砂を踏む音と同時に波が跳ねる音が聞こえる。波と波の交わりの音色が凛と響いた気がした。
「今のティアが在るのはお前を忘れていない証だ」
『…………』
 クロウの言葉に対し、刹那は何も答えなかった。
 しかし、その眸だけはしっかりとクロウとティアを映し込んでいる。
「だから良いンだ」
「うん、もう怖くないよ」
「ティアはもう前に進んでる。囚われてはいねェ」
「そうだよ、囚われてない」
 紡がれた言葉に頷いたティアは刹那を見つめる。するとクロウが刹那の肩を退けた。少し厳しい眼差しがクロウに向けられたが、刹那は大人しくしている。
 もし呪いが呪いのままだったのだとしても、これからの楽しい記憶と共に塗り替えればいいだけの話。クロウはそのように思っている。
 そして、ティアとクロウはこの場に現れた堕天使を撃退するために動きはじめた。ルビー・ジュエルシードという堕天使は少異世界の破壊を狙っているらしい。
 大切な記憶と共に、大事な人がいる世界を壊させはしない。二人が動き出したことでルビーは首を傾げた。
「お邪魔虫、でしたか?」
「その通りだ」
「ごめんね、出ていってもらうよ」
 クロウは真心を籠めた言の葉による一撃で以て、世界に乱入した堕天使を穿つ。序に過去の妄執も消してやる、と告げたクロウに続き、ティアが沙羅双樹の花弁を巻き起こした。
 海の世界に花が舞う。
 堕天使の姿は消え、記憶の領域は守られた。見事だな、と刹那が二人の手際を褒めてくれたことでティアは嬉しげに笑ってみせる。
 クロウの隣に立ったティアは刹那に向け、真っ直ぐに宣言した。
「これからはクロウくんが傍に居てくれるから」
『そうか……』
「ね?」
『……それなら、いい』
 ティアが下から刹那の瞳を覗き込むと、刹那は双眸を細める。きっとそれこそがティアを認めてくれた証に違いない。
 たとえこれが過去の記憶に過ぎなくとも。
 過去も一緒に抱えて二人は進み続ける。まだ見ぬ未来の、その先へ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

花園・椿

頭の髪飾りの『椿』
真冬のサムライエンパイアの一軒家
私の創造主たるお父様(人間、江戸っ子、べらんめえ口調、)がいる

私は茶汲人形なので何時もの様にお茶を汲むだけ
「お前も茶菓子くれぇ飲み食いしたら良いのによぅ」
いいえ、私に其れは必要ございませんので
「冬の様に冷てぇ女だ、マ、俺が作ったんだけどよ」
「もっとこう、賑やかさが欲しいのさ」
姉や達がいるじゃないですか

(春を模した人形の)桜姉や
「椿ちゃんったらお父さんに冷たいわねえ」

(夏を模した人形の)梢姉や
「それが椿の良い所だろうよ、ねえ父さん?」

(秋を模した人形の)楓姉や
「もう、そうやって皆つやを甘やかすんだから父様も何か言って!」

「ハハ、賑やかで良いねぇ!」

姉や達は表情豊かだったけれども
私はあまり表情は変わらず
お父様はよく笑っていて

楽しく過ごす日々は何時までも続くと思っていました
お父様もこれからだって言う時だったのに

貴方は何故置いて行ってしまったのですか
髭糸の締め方も私はまだ教えてもらってません

表情は乏しいけれど感情は有ります
其れでも涙は出ませんね



●墓標に語る
 椿の花が作り出す小さな異世界。
 それは、嘗ての穏やかな家。花園・椿(静寂の花・f35741)にとっての始まりの場所と呼べる季節。真冬の最中に佇む、サムライエンパイアの一軒家。
「ここは……」
 ああ、やはりそうだ。
 椿は頭で静かに揺れる髪飾りにそっと触れる。
 懐かしい家の中には創造主たる者、椿が『お父様』と呼ぶ男性がいた。彼は絡繰技師であり、よくこのように語っていた。
 ――茶運人形が仕事をしてりゃ、女子供は他の仕事ができると思わねえか?
 そうして、彼の想いを受けて作られた絡繰人形、花の娘たち。その末妹が椿だ。
「……お父様」
 椿が彼を呼ぶと、明るい表情を浮かべた父が手招きをした。
「浮かない顔して一体全体、どうしたんでぃ。さ、お前もこっちに来い」
 彼は囲炉裏の傍で胡座をかいて座っている。パチパチと爆ぜる小さな火の音が耳に届き、椿は懐かしさを抱いた。
 椿は軽く頭を下げ、父の傍に向かっていく。
 まるで過去に戻ったようだが、これは椿の髪飾りに宿っている記憶だ。思い出から作られた世界は触れることができる。過去を変化させることは出来ないが、ある程度は以前と違った形で干渉することも可能だ。
 椿が一歩を踏み出すと、父の周囲に幾つかの人影が現れはじめた。
「姉やたちも……」
 この世界には椿の姉達も存在している。
 ある意味で感動の再会でもあるが、椿は過去と同じように振る舞っていく。自分は茶汲人形。それゆえにあのときのように皆にお茶を汲むだけ。
 椿が茶を用意していると、父が語りかけてきた。姉の誰かが用意してくれていたらしい茶菓子が並べられている。
「お前も茶菓子くれぇ飲み食いしたら良いのによぅ」
「いいえ、私に其れは必要ございませんので」
 椿が静かに答えると、父は残念そうに肩を竦めた。いつものやりとりであるゆえに花の娘の姉達はそれぞれにくすくす笑っている。
 父も笑みを浮かべ、それも仕方ねぇか、と思い直した。
「冬の様に冷てぇ女だ、マ、俺が作ったんだけどよ」
 春夏秋冬の花を思い、創り上げられた娘達は各季節のような特色を宿している。それでも娘には笑っていて欲しいらしく、彼は椿に笑い掛けた。
「もっとこう、賑やかさが欲しいのさ」
「姉や達がいるじゃないですか」
「一人だけ冷たいまんまじゃ面白くねぇってもんだ」
「私が笑わないこととお父様の面白さは比例するのですか?」
 椿はてきぱきとお茶を淹れ終え、父に問いかけた。当たりめぇよ、と彼は答えたが椿は急に笑ったりなどはしない。
 すると、その様子を見ていた春を模した人形の桜が淡く微笑んだ。
「椿ちゃんったらお父さんに冷たいわねえ」
「桜姉やが甘いのです」
 椿が答えると、続けて夏らしさを宿す人形の梢が太陽のように笑う。
「それが椿の良い所だろうよ、ねえ父さん?」
「そりゃ、マァ……」
「梢姉や、無理に良いということにしなくても大丈夫です」
 父が言い淀んでいることで、椿は首を横に振った。父は悪いことだとは言っていないが、椿がこのまま冷たいままではいて欲しくないようだ。
 すると、秋を模した人形の楓が口を挟む。
「もう、そうやって皆つやを甘やかすんだから。父様も何か言って!」
「ハハ、これだ。やっぱり賑やかで良いねぇ!」
 楓の厳しさもまた、どの姉妹とも違っていいものだ。父は四人揃ってこそだと明るく笑み、花の娘達を見渡した。
 嬉しそうに湯呑から茶を啜る彼の姿はやはり、懐かしいと感じる。
 花の娘である姉達は表情が豊かだった。けれども椿の表情はあまり変わらず、四人の中でも静かで冷たいという印象を与えている。
 その代わりか、彼は椿にたくさん笑いかけてくれていた。
(そう、お父様はよく笑っていて――)
 みんな違っていて、みんながそれぞれの良さを持っている。ほんの少しだけでも椿が笑ってくれることがあれば幸福でいっぱいだ。
 父と姉はよく椿を笑わせようとしていろいろなことをしてくれた。
 表情が変わらずとも、椿はそんな父や姉のことを密かにいとおしく感じていた。こうやって楽しく過ごす日々が何時までも続くとも信じていた。
「お父様も、これからだって言う時だったのに……」
 椿がふとした思いを零すと一軒家の景色は消えていった。
 椿の髪飾りに宿っているのは楽しい思い出ばかりではない。其処から巡った哀しい記憶は映し出されず、真っ白な世界だけが広がった。
 次に今の椿の目の前に現れたのは、志半ばで夭折した父の墓。
 椿は桜の国に留まり、彼に創造された姉や達の行方を今も追っている。この記憶の世界にはもう何もない。ただ、墓がぽつんと立っているだけ。
 墓の前に佇む椿。
 その後ろ姿をそっと見つめていたのは世界を壊して回っているという堕天使だ。しかし、堕天使は攻撃を仕掛けることはなかった。
「ああ、この世界は……もう、壊れています、ね。別の場所に、行きましょう」
 堕天使は椿に干渉することなく、羽を翻して行ってしまう。
 椿は俯きながら墓に語りかけた。
「貴方は何故、置いて行ってしまったのですか」
 お父様。
 ねぇ、お父様。
「髭糸の締め方も私はまだ教えてもらってません。姉や達だって。何処に……」
 椿の表情は最初から殆ど変わっていない。
 だが、感情はたしかに宿っている。其れでも涙が出ないことが何だか悔しい。心が妙に揺らぐような感覚を抱き、椿は墓を見下ろし続ける。
 その瞳には、静かながらも確かな椿花の色が宿っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

メルト・プティング

大好きなベアータ(f05212)さんと
持ち込むアイテムは「Beata seirios」、依頼「一番星をみつけて」で見つけた思い出の星
もう一度、あの美しい銀世界へ

懐かしむほど昔のことではないかもですが、猟兵になる前のボクが過ごしてた場所はとっても窮屈で、退屈で
だから二人で見た景色が、ボクにとっては一番の記憶なんです

異世界に飛べば、今も鮮やかに残るあの景色の再現
確か願い事をしようとしたら、降ってくる星を見つけたんでしたっけ
それならと、夜空の向こうの星にも聞こえるように、おっきな声で願い事を呼びかけます

ベアータさんとずっと一緒に、仲良く楽しく幸せに生きていけますよーにっ

…あれ、こーいうのってもしかして心の中だけで唱えるものだったりします…?

ちょっと失敗しちゃったかな、と思えば恥ずかしくて瞳も軽く赤く染まって

そして彼女の返答を聞いたなら…
実はずっと一緒に…って、友達以上の意味だけど
例えそこまでは同じ気持ちでなかったとしても、一緒に居てくれるって言葉が嬉しすぎて
もっと瞳が赤くなっちゃいます


ベアータ・ベルトット

大好きなメルト(f00394)が作った、思い出の異世界にお邪魔するわ

機械化される前、素体の記憶は抹消されてるし。組織を脱走した後も辛いことばかりだった
だからメルト。アンタの好きな思い出を選んでいいわよ…って、そのペンダントは…

楽しい記憶は、メルトと出逢ってからのものばかり。そっか。アンタもおんなじなのね
「えぇ、行きましょ!」嬉しくってつい声が弾んでしまう

あの日とまったく同じ、冷たく白い大地。煌めく星空は本当に綺麗で
願い事、か…振り返れば、二人で星を探し回った足跡がずっと遠くまで続いてる。並んで歩いた、私たちの軌跡。そう、これからもずーっと、一緒に歩んでいけたら…

なんて思ってたら……と、突然何言い出すのよこの娘はッ!
友達として、って意味でしょうけど…照れ臭さと嬉しさがこみ上げて…うぅ、顔が熱い…!

思わず顔を伏せて、ほんのり赤く染まったメルトの宝石ペンダントをぎゅっと握る
……でも、恥ずかしがることじゃない

――だって、あの日の私も…。顔をあげて、笑顔で思いを伝えよう

「私も、おんなじ気持ちよ」



●彩を重ねて
 真紅に染まる薔薇の花弁。
 そのような印象を与える星の欠片。それは心の彩を映して輝く六芒星のネックレスとなり、今も確かなかたちとして残されている。
「今日はベアータさんをボクの世界にご招待します」
 メルト・プティング(夢見る電脳タール・f00394)は紅の首飾りを大切そうに握り締め、フェアリーランドの工房を見渡した。
 周囲では様々な品物から其々の少異世界が作り出されている。本当ならばひとりひとつの世界が作れるのだが、今回はふたりでひとつの記憶へ赴く予定だ。
「アンタの好きな思い出を選んでいいわよ、メルト」
 ベアータ・ベルトット(餓獣機関BB10・f05212)はこくりと頷き、メルトと同様に辺りの様子を確かめた。思い出の異世界を作るならば自分よりメルトがいい。ベアータはそのように考えていた。
 何故なら、自分の記憶は良いものではないから。
 たとえば機械化される前、素体の記憶は抹消されている。その頃の所有物を持っていたとしても自分が知らない世界になってしまう。
 それに組織を脱走した後も辛いことばかりだった。そのような世界を作り出すよりも、メルトが良いと思う思い出を案内して貰う方がいい。
「ほら、メルト。アイテムを掲げたらすぐに異世界が……って、そのペンダントは……」
 はっとしたベアータは其処で気付いた。
 あのネックレスはあの日、一番星を探しにいったときのものだ。つまり此度に赴く小世界はふたりとも知っている場所となる。
「はい、思い出の星です」
「なるほど、そういうことね」
 ベアータは少し驚いたが、同時に納得していた。ベアータにとっての楽しい記憶はメルトと出逢ってからのものばかりなのでとても嬉しかった。
「その通りです」
「そっか。アンタもおんなじなのね」
 メルトが嬉しそうに頷いたので、ベアータの心も和んだ。つい声が弾んでしまうのも今ならば許されるはず。
「行きましょうか。もう一度、あの美しい銀世界へ」
「えぇ、行きましょ!」
 メルトが手を伸ばし、ベアータがその手を取る。導かれるように踏み出した先に広がっているのは――雪と星に彩られた純白の世界。
 視界の中で反射した光は銀色。
 一歩、また一歩と踏み出す度に景色が鮮明になっていく。
 メルトは次第に心が弾むような気持ちを覚えた。この景色を一緒に眺めたのは、それほど昔のことではない。
 けれども、猟兵になる前のメルトが過ごしてた場所はとっても窮屈で、退屈だった。
「ふたりで見た景色が、ボクにとっては一番の記憶なんです」
「……ありがと」
 メルトが雪を踏み締め、そっと語った心の裡。
 ベアータも先程まで同じことを考えていたので、みなまで語られずとも解る。今も鮮やかに残るあの景色を再び、共に楽しみたいと願ったのはふたりとも同じだ。
「懐かしいですね、ベアータさん」
「少し前のことだけれど、こんな風に感じられるのね」
 ふたりはゆっくりと雪道を進む。
 冬景色だけあって気温は低く、肌寒さまで感じるほどだ。
「何だか寒いです」
「感覚まであの時と同じなのね。あら、これって……?」
「ベアータさん?」
「あの日に用意した水筒まであるみたい。記憶のままならカフェラテが……」
「わ、本当に入っていますね」
 ベアータが見つけたのは星探しのために用意した温かい飲み物だ。蓋を開けてみると湯気がふわりと銀世界に舞った。
 顔を見合わせたメルトとベアータは微笑み、一緒にカフェラテを飲むことにする。
「ふふ、おいしいです」
「記憶のままの味が再現されてるのかも」
 ふたりはあの日のようにぴったりと身体を寄せた。雪の上にそっと腰を下ろして振り仰ぐ空の色は澄んでいる。
「確か願い事をしようとしたら、降ってくる星を見つけたんでしたっけ」
「そうだったわね」
 空は遥かに遠くて、手が届かない。
 天から降り注ぐ星になんて触れられないかもしれないとも考えた。
 すぐ隣にいてくれる、大好きな相手という星にも届きそうで届かないのに――。
 ベアータは湯気の向こう側にある夜空を見つめ続けた。その横顔をこっそりとメルトが覗き込んでいる。
「あの日とまったく同じね……」
「えへへ、綺麗ですね」
 冷たく白い大地。煌めく星空は本当に綺麗で吸い込まれてしまいそうだ。
 メルトが先程に語ったようにあの夜は空に願いを放った。その願いは今、こうして叶えられている。しかし、ずっと、という部分はどうだろうか。
「願い事、か……」
 ふと振り返ってみれば、ふたりで星を探し回った足跡が遠くまで続いていた。ずっとずっと、こんな風に続いて欲しい。
 足跡に願いを重ねたベアータは自分達の軌跡を思う。
 真っ白な大地にふたりだけの歩みを刻んで進めたら、どれほど幸せだろうか。
(そう、これからもずーっと、一緒に歩んでいけたら……)
 ベアータは眩しくて見えない未来を眺めるように、片目を眇める。するとメルトがぱたぱたと両手を振って空を見上げた。
「それなら……」
「メルト、どうかしたの?」
 首を傾げるベアータの隣で、メルトは夜空の向こうを見つめる。遥か遠くの星にも聞こえるように、大きな声で呼びかけるのは――。

「ベアータさんとずっと一緒に、仲良く楽しく幸せに生きていけますよーにっ」

 果てしなく広がる雪の世界にメルトの声が響く。
 その声はまるで甘くとろけるように純白の雪に染み渡っていった。途端にベアータの頬が熱くなり、視線がメルトに向く。
「……と、突然何言い出すのよこの娘はッ!」
「あれ、こーいうのってもしかして心の中だけで唱えるものだったりします……?」
 きょとんとしているメルトには勿論、悪気などひとつもない。
「口に出したって悪いものじゃない、けど」
 その様子もまた可愛らしく思えてしまい、ベアータは首を横に振った。そのまま黙ってしまったベアータは胸をそっと押さえる。
(もちろん友達として、って意味でしょうけど……!)
 照れ臭さと嬉しさが込み上げてくる。溢れるほどの思いを何とか押し込めるためにベアータは顔を伏せた。
(ちょっと失敗しちゃったかな)
 メルトはベアータの様子につられたのか、何だか恥ずかしくなってしまう。気付けば瞳も軽く赤く染まっている。
 真白な雪の世界で、暫し続く無言の時間。
 嫌がっていると勘違いさせてはいけないと思い立ち、ベアータはぽつりと語った。
「どこまでも素直なのがアンタの良いところよね」
「もしかして、褒められました?」
「貶す意味で言う訳ないじゃない。その、えっと……」
 ベアータは手を伸ばし、ほんのり赤く染まったメルトの宝石が宿るペンダントをぎゅっと握る。嬉しくて嬉しくて仕方がない。
 だから、きっとこれは恥ずかしがることではないはず。
(――だって、あの日の私も……)
 ベアータはゆっくりと顔をあげる。笑顔で思いを伝えようと決めた今、嬉しくてふやけた顔のままではいられない。無論、そんな顔でもメルトは受け入れて笑ってくれるとは思っているのが、ベアータなりの気持ちの切り替えだ。
 緩んだ口許を引き締め、メルトを見つめたベアータはそっと告げた。
「私も、おんなじ気持ちよ」
「ベアータさん……えへへ、一緒ですっ」
 メルトは満面の笑みを返し、同じ気持ちでいてくれるベアータを愛おしく想う。照れたり嬉しがったりしてくれながらも、きちんと言葉にしてくれる。そんな彼女のことが大好きだと改めて感じたメルトは更に身を寄せた。
「メルト?」
「心があったかくなったので、身体もぽかぽかになったらいいと思いました」
「アンタ、またそういう……ううん、そうね。もっと温まりましょ」
 ふたりは残りの飲み物を分け合う。
 メルトはベアータから伝わってくる熱を感じ取りながら、思いを馳せた。
(実はずっと一緒に……って、友達以上の意味だけど――)
 まだ、言えない。
 たとえそこまでは同じ気持ちではなかったとしても、一緒に居てくれると伝えてくれたベアータの言葉が嬉しすぎる。少なくとも、ずっと、という思いは同じだと感じられたので今はそれだけでも充分。
 きっと自分の瞳はもっと赤くなっているのだろう。そう感じたメルトが両手で自分の頬を押さえていると、ベアータがふとした声を紡いだ。
「……見つけた」
 あの日のように星が降ったのならば浪漫もあった。だが、ベアータが発見したのは少異世界にある入り込んできた堕天使の姿だ。
「お帰り願いましょうか。ボクとベアータさんの世界は壊させません!」
「そうよ、私達の大事な時間を邪魔しないで!」
「見つかって、しまいました、か」
 堕天使は重力を反転させようとしたが、それよりも先にふたりが動く。メルトから妨害念波が放たれ、あらわになったベアータの義眼から長い舌が伸ばされた。堕天使は捕まっては拙いと感じたのか、そのまま身を翻して去ってしまう。
「もう、逃げるくらいなら最初から来なきゃいいのに」
「だけど、これでボク達の勝利です」
 ふたりは邪魔者を撃退したことを喜びあう。そんなとき、はたとしたベアータが空を見上げて指を差した。其処には美しい煌めきが見える。
「……見て!」
「あれって、あの日の星ですか?」
「そうみたいね」
 遠い空の向こうに紅と翠の光が流れていく軌跡が描かれていた。
 あの光はきっと、地に落ちたあの日の星。
 記憶の中のふたりはこの後に星の欠片と出逢うのだろう。メルトとベアータは星を見送り、美しい記憶を瞳に映した。
 あのときから、もしくはずっとずっと前から。
 願いはひとつで、同じ。
 寄り添うふたりの胸元で十芒星と六芒星の色彩が揺れた。こつん、と小さな音を立てて触れた星同士からも想いが伝わってくるようで、ふたりは心地良さを抱く。

 今はもう星を探さなくてもいい。
 たったひとつの一番星は、すぐ傍で輝き続けているのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
【月光】◎

思い出の詰まったもの
ルーシーちゃんはララちゃんですか
そうですね、黒雛でしょうか?
この子はアイテムじゃないですけど
黒雛にリボンを着けて
家族証のリボンです
4人は一緒の家族ですから、一緒の世界へ行きましょう

大きく育った向日葵
ブルーベリーの花に、ブルーベリーの果実なっている
おやおや、沢山の花達ですね
どの花も思い出の花もばかり

えぇ、そうですね
皆の想い出
ルーシーちゃんもララちゃんも黒雛もですね?
黒雛は嬉しそうにぴぃと鳴く

彼女と一緒に雲のベッドに飛び下りて
沢山ののぬいぐるみ、彼女のお友達
えぇ覚えていますよ
黒雛クッションですね、黒雛が睨めっこしてます。
大人になっても一緒に居てくれて嬉しかったです
ルーシーちゃん?お願いがあるのですがいいですか?

肩たたき、して頂いても?
ポッケにいつも持ち歩いてる
肩たたき券はまだ有効かな?

優しいリズムが肩に伝わる
とても気持ちいいですよ。ありがとうねぇ
ふふっ、とってもあたたかい気持ちになりますね

屍鬼
そんな素敵な世界を壊そうとする悪い子には鬼からお仕置きが必要ですね?


ルーシー・ブルーベル
【月光】◎

思いの詰まったもの
それはもちろん、ララよ!
ゆぇパパは何にする?
黒ヒナさん!リボンも似合ってるわ
そうね、みんなでいっしょに
この二つ…ふたり?で、
一つの小さな世界を作って頂きましょう

中はたくさんの花であふれていている世界
ヒマワリにブルーベリーの花
カスミソウに釣鐘水仙と瑠璃玉薊まで!

ゆぇパパとの想い出に関したものばかり
そうよね
ララがルーシーといっしょって事は
パパとも、黒ヒナさんともいっしょだものね!

ひとつひとつのお花を手に
想い出を辿り歩んだ先
飾り付けられたテントの中には
たくさんのヌイグルミに黒ヒナさんクッション!

真っ白ふかふかの雲のベッドにぴょんと飛び込む
パパ、憶えている?
こんな感じのベッドにごろんとして、同じ夢をみたのだっけ
ルーシーが大人になれて
それでもパパと親子でいられる夢
ふふー、そう、そう
ルーシーはとても嬉しい夢だったのよ

う?お願い?何かしら
それは前にお贈りした肩たたき券……ええ、もちろん良いわ!
ずーっと有効よ!
大きな肩を優しくトントンと
いたくない?だいじょうぶ?パパ
良かった!



●仲良しの記憶
 思い出や想いが詰まったもの。
 人によってそれぞれ違う品物から作り出される、少異世界。
 朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)とルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は各々に記憶のアイテムを思いかべる。
「それはもちろん、ララよ!」
 すぐに思いを言葉にしたルーシーが嬉しげに掲げたのはぬいぐるみのララだ。その様子を微笑ましそうに見守っているユェーは納得して頷く。
「ルーシーちゃんはララちゃんですか」
「ゆぇパパは何にする?」
「そうですね、黒雛でしょうか? この子はアイテムじゃないですけど」
 大切なもの、という括りではあるが品物、つまり物品でなくては異世界は作れない。しかし、もし別々に少異世界を作ったならば入り込むのも別になる。
 それゆえに敢えてアイテムではないものを挙げたユェーは、ルーシーのララから作られる世界にお邪魔する気でいた。
 ユェーは黒雛にリボンを着けてやり、そっと撫でてやる。
「家族の証のリボンです」
「黒ヒナさん! そのリボンも似合ってるわ」
「みんな家族ですから、一緒の世界へ行きましょう」
「そうね、みんなでいっしょに」
 ユェーは優しく微笑み、ルーシーも明るい笑顔を浮かべた。ララはぎゅっと抱きしめられ、黒雛はユェーの頭に乗っかっている。
 ふたりでひとつ。
 小さな世界を巡る、ちょっとした思い出旅行がこれから始まってゆく。
「せーの、でいきましょう」
「うんっ、せーのっ!」
 作り上げられた異世界の入り口に立ったユェーとルーシーは、一気に内部に飛び込んでいく。きらきら光るトンネルめいた通路を抜けて、降り立った先。
 其処は――。
 たくさんの花が咲いている世界。
 目の前には大きく立派に育った向日葵が風に揺れている。視線を横に向ければ、ブルーベリーの花が咲き誇っている様が見えた。
 ユェーは目を細め、穏やかな空気をそっと吸い込む。
「おやおや、沢山の花達ですね」
「ヒマワリにブルーベリーの花、カスミソウに釣鐘水仙と瑠璃玉薊まで!」
 花畑を見渡したルーシーは満面の笑みを湛えている。
「どの花も思い出の花ばかりです」
「ゆぇパパとの想い出に関したものばかりね」
「えぇ、そうですね」
「そうよね」
 二人は同じことを思っていたらしく声が重なる。二人は嬉しい気持ちを抱きながら花でいっぱいの世界を歩いていくことにした。
 カスミソウはとても小さくて可憐で可愛らしい。
 瑠璃玉薊や釣鐘水仙がふわふわと揺れる様は美しかった。
「これが皆の想い出……。ルーシーちゃんもララちゃんも黒雛も同じものを見てきたから、此の光景が作られたんですね?」
 ユェーが世界の様相について語ると、黒雛が嬉しそうにぴぃと鳴いた。
「ララがルーシーといっしょってことは、パパとも黒ヒナさんともいっしょだものね!」
 ルーシーが頷くとララの首もこくりと動く。
 まるで一緒に頷いてくれたようだと感じたユェーは、ふふ、と笑った。
 ひとつひとつの花を手にしていくルーシーは、まさに此処は想い出を辿る場所だと感じている。そうしてゆるりと歩いていけば、別の景色が広がった。
「見て、ゆぇパパ。あれ!」
「おや、テントですねぇ」
 飾り付けられたテントは見覚えがある。ぱたぱたと走っていった天幕の中にはたくさんのぬいぐるみや、黒雛のクッションが置いてあった。
「なんだか懐かしい気分がするわ」
 そんなに前のことじゃないのにね、と笑ったルーシーはとても嬉しそうだ。
 テントの中をひとつずつ見て回っている少女に続き、ユェーも内部を確かめる。確かに懐かしい、と呟いたユェーは振り返ってみた。
 すると、其処には真っ白でふかふかの雲のベッドに飛び込む少女の姿があった。
「パパもはやく!」
「はい、今すぐに行きますね」
 ユェーは彼女に続いて雲のベッドに飛び下りてみる。いっぱいのぬいぐるみと少女のお友達に囲まれる心地は良いものだ。
「パパ、憶えている?」
「えぇ、覚えていますよ」
「こんな感じのベッドにごろんとして、同じ夢をみたのだっけ」
「そうですねぇ」
 転がった先には黒雛クッションがある。言葉を交わす二人の横で、黒雛がクッションと睨めっこしているようだ。
 その様子をそうっと見守りつつ、ルーシーは夢のことを語る。
「ルーシーが大人になれて、それでもパパと親子でいられる夢。素敵だったわ」
「大人になっても一緒に居てくれて嬉しかったです」
「ふふっ」
 夢を思い出したルーシーは少し大人っぽく笑ってみせる。そんな彼女の仕草や表情を可愛らしいと感じたユェーはそっと起き上がった。
「変わらずにいられることも嬉しいですねぇ」
「そう、そう。ルーシーはとても嬉しい夢だったのよ」
 過去を思い返した少女はころりと転がってユェーの膝に頭を置く。こうして気を許せる間柄であることも幸福だ。
「そういえば、ルーシーちゃん」
「う?」
「お願いがあるのですがいいですか?」
「何かしら、パパ」
 上半身を起こしたルーシーはきょとりと首を傾げた。改まってのお願いだと気付いたルーシーも起き上がり、何やらポケットを漁るユェーを見つめた。
「肩たたき、して頂いても?」
「それは前にお贈りした肩たたき券……?」
「この券はまだ有効かな?」
「ええ、もちろん良いわ! ずーっと有効よ!」
 ユェーの背中側に回ったルーシーは券を受け取り、軽く腕まくりをした。大きな肩を前にして気合いを入れた証だ。
 とん、とん、と優しいリズムが肩に伝わってくる。
「いたくない? だいじょうぶ?」
「とても気持ちいいですよ。ありがとうねぇ」
「良かった!」
「ふふっ、とってもあたたかい気持ちになりますね」
「パパがもういいよって言うまで頑張るわ」
 親子の肩たたきタイムはのんびり、ゆったりと流れていく。
 そうして、肩たたきが終わった暫し後。いつの間にかルーシーが雲のベッドで眠ってしまっていたので、ユェーはそっと見守っていた。
 その際、ユェーは少異世界の片隅に鋭い眼差しを向ける。するとそちらの方から女性の声が聞こえてきた。
「気取られて、いましたか」
 その声の主はルビー・ジュエルシードだ。
 異世界を壊して回っているという堕天使を見据えたユェーは、ルーシーを庇いながら立ち上がった。それ以上、堕天使には何も言わせない。
 ――屍鬼。
「素敵な世界を壊そうとする悪い子には鬼からお仕置きが必要ですね?」
 ユェーの力が巡ったことで堕天使が穿たれる。
 残念、とだけ呟いた黒の少女は身を翻して異世界から出ていった。これで撃退出来たと判断したユェーは安堵を抱く。
「うぅん……ゆぇパパ…………」
「おやおや、寝言ですか? ふふっ」
 ユェーは眠るルーシーの前髪を指先で掻き分け、優しい眼差しを向けた。
 それから暫し、二人の穏やかな時間が巡っていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

歌獣・苺
【苺華】◎

ふふ、私となゆと言えば
“あれ”だね
もっちろん!きっと同じだよ!

掌に乗せて見せたのは蝶蝶結びの糸
大切な思いが
縺れて解き切れなくなった時
貴女が託してくれたもの

“心を結んで笑い合う”ための、術。

そうだね、確かめに行こう
何色にでも染まる透の彩が
どんな彩を纏うか、ね!

本当だ。うん、視えるよ!
はじめましての時は
脱獄した後だったっけ
仲間を助けるために
力を貸してって転がり込んだけど
今思えば本当は
私が助かりたかったのかも
全てが突然無くなって
恐かったんだ

でも、そんな私をなゆも
館の人たちも受け入れてくれて
私に沢山の思いを寄せてくれて
大事にしてくれた
感謝してもし切れないや

昔から私が辛い時はいつもなゆが
1番に見つけて導いてくれた。
心を結ばせてくれた。
出逢いを喜び、別れを
惜しんで共に乗り越えてくれた。
だから今の私がある。
何にも代え難いくらい
──しあわせだよ
なゆも、しあわせで良かった!

そうだね、これからも一緒に。

花嵐で一掃する彼女に拍手して
帰ろと握る手に
咲って結んだ透明の糸は
ほんのりと虹彩に染まっていた


蘭・七結
【苺華】◎

あなたと共に視たい景色、ならば
惑うことなく“ひとつ”でしょうね
……ふふ。あなたも同じ思いかしら

やわい毛並みに覆われた手のひら
その上に置かれているのは、糸
何時の日にか、わたしが託したもの

透明であった糸は、如何なる彩に染ったのかしら
それを確認するために――いざ、
わたしたちの思い出の内へと往きましょう


眼前に拡がるのは、真白い館
わたしたちが住まう常夜の匣庭
――嗚呼、けれど
総てがおんなじ、と云う様子では無いよう
ねえ、まい。視えるかしら
真白の景色に、わたしたちの彩が宿っているわ

はじめての出逢い
あなたは何処からか逃れてきたの
長い黒髪と、熟れた苺の瞳
幼いとさえ感じたあなたが――今や、
強く、逞しい女性(ひと)へと移ろった

此処まで至るまでに
出逢い、別れ。様々なことがあったわね
今のあなたは――しあわせ?

……なゆは、しあわせよ
あなたが居て、館の皆さんがいる
これからも、数多の幸いを紡ぎましょうね


思い出に浸っていると云うのに、無粋ね
壊されては困り果ててしまうの
ご退場を願えるかしら

あかい花嵐で攫ってしまうわ



●ちいさな虹色の世界
 記憶と思い出。それは大切な日々を綴るもの。
 この世界に迷い込んできた妖精が作ったという工房では、思い出の品から記憶の世界が創り出される。或る人には懐かしい景色を、或る人には戻りたい世界を。
 其々に違う記憶の異世界を楽しむ場所が、このフェアリーランドだ。
「あなたと共に視たい景色、ならば惑うことなく“ひとつ”でしょうね」
「ふふ、私となゆと言えば“あれ”だね」
 蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)と歌獣・苺(苺一会・f16654)は工房内で視線を交わし、頷きを重ねた。
「……ふふ。あなたも同じ思いかしら」
「もっちろん! きっと同じだよ!」
 淡く笑む七結に対し、苺は掌を差し出してみせる。
 やわくて愛らしい毛並みの掌の上。其処に乗せられていたのは蝶々結びの糸。苺の笑顔と糸をゆるりと交互に見遣った七結は双眸を緩めた。
 それは七結から苺に託したもの。
 大切な思いが縺れて解き切れなくなったとき、七結が渡した思い出の品だ。
「あれから、どれだけ時が巡ったかしら」
「たっくさん! 短いようにも思えるけど、いっぱいの時間が過ぎていったよね」
 この糸は結びの証。
 さいわいの彩と成る、はなごころ。
 苺にとって、心を結んで笑い合うための術でもある。
 えへへ、と笑った苺は糸を握り締めた。そうすると工房内に糸から巡った少異世界への入り口が目の前に現れ、淡く光りはじめる。
「透明であった糸は、如何なる彩に染ったのかしら」
「そうだね、確かめに行こう」
「いざ、わたしたちの思い出の内へと往きましょう」
「何色にでも染まる透の彩がどんな彩を纏うか、ね!」
 二人は手を取り合い、糸に指さきを重ねた。
 そして、踏み出した先は――。

 其処は停滞し続ける極夜の底。
 静寂に沈んだ真白は夜の中で静かに佇んでいた。つめたい匣の庭はめざめの夜を待ち、あざやかに移ろう万華の彩を秘めている。
 眼前に拡がるのは、真白い館。見慣れた景色を瞳に映した七結は常夜の匣庭へ進む。
 何時もの場所と変わりはないように思えた。
「――嗚呼、けれど」
 総てがおんなじではない。七結はこの場所の様子を確かめつつ、苺を手招く。
 一歩、また一歩。
 緩やかに歩を進める七結の後についていった苺の耳がぱたりと揺れていた。知っている場所であるのに、何だか不思議な感じがする。
 苺が七結に追いつくと、問いかけが投げ掛けられた。
「ねえ、まい。視えるかしら」
「本当だ。うん、視えるよ!」
「真白の景色に、わたしたちの彩が宿っているわ」
 七結が示したのは過去の光景。
 過ぎ去った日々の一幕は半透明になっている。其処から紡がれるのは、二人の記憶にもあるやりとりだった。
 懐かしいね、と言葉にした苺は自分達の影を見つめる。
 互いが躱す声が聞こえた。あんなことを話していたっけ、と笑った苺は七結との思い出話に花を咲かせていく。
「はじめての出逢いね。あなたは何処からか逃れてきたの」
「はじめましての時は脱獄した後だったっけ」
 苺は当初、仲間を助けるために力を貸して欲しいと言っていた。そういって転がり込んだ苺に七結が感じていたのは、幼さとあどけなさだ。
 まるで小兎のようだと思っていた気持ちもあったかもしれない。
 七結がはじめての出会いを懐かしんでいると、苺がふとした思いを零した。
「今思えば本当は、私が助かりたかったのかも」
「……そうだったのね」
「全てが突然無くなって、すごく恐かったんだ」
 長い黒髪と、熟れた苺の瞳。
 拠り所のない少女だと感じた苺のことはよく覚えている。しかし、そんな少女が――今や、強く逞しい女性へと移ろったこと。
 近くで苺の変化を感じ取っていた七結としては、とても喜ばしいことだ。
 七結は自分達の彩を見つめてから、隣に立つ苺に目を向けた。苺は嘗てのことを思い返しているのか、双眸を輝かせている。
 苦しみを抱いて訪れたのに、この出逢いがとても嬉しかったこと。
 泣きそうになったこともあったけれど、此処まで歩いてこれたこと。
「助けてもらいたくって、ほんとは自分のことしか考えられてなくて……でも、そんな私をなゆも、館の人たちも受け入れてくれて――」
「ええ」
 七結は相槌を打つだけに止め、苺から溢れていく言葉を受け止める。
「私に沢山の思いを寄せてくれて、大事にしてくれた」
「それは、あなたが私達を大切にしてくれようとしたからよ」
「そうであっても感謝してもしきれないや」
 優しい微笑みを受け、苺は七結への思いを語っていく。
 昔から、苺が辛い思いを抱いていたときはいつも七結が一番に見つけてくれた。そして、静かながらも確かに導いてくれていた。
「心を結ばせてくれて、出逢いを喜んで、別れを惜しんで、共に乗り越えてくれた」
「そうね。此処まで至るまでに、出逢い、別れ。様々なことがあったわ」
 二人の裡には同じ思い出が浮かんでいるのだろう。
 目を細め、時には悼み、掌を強く握る。一言ではあらわせないほどの出来事があり、様々な感情が浮かんでは消えて、また浮かぶ。
「だから今の私があるんだよ」
「今のあなたは――しあわせ?」
 苺が嬉しそうに微笑んだので、七結は一番聞きたかったことを問いかけてみた。
 すると、苺は真っ直ぐに答える。
「何にも代え難いくらい――しあわせだよ」
 少しの淀みも迷いもなく幸福だと語った苺は、「なゆは?」と聞き返す。答えはもう解っていたが、問いかけ返してみたかったことだった。
 七結は少し憂いた瞳をしたが、それも一瞬のこと。生きていれば哀しいことも苦しいこともある。それらは避けては通れない道だ。
 しかし、そういったことを加味しても導き出せる答えがある。
「なゆは、とてもしあわせよ。あなたが居て、館の皆さんがいるから」
「そっか。なゆも、しあわせで良かった!」
 二人は夜の底から天を振り仰いだ。
 美しき静寂の最中、暫し空を眺めていた少女達は視線を館の方角に落とす。そうして、そっと眼差しを重ねた。
「これからも、数多の幸いを紡ぎましょうね」
「そうだね、これからも一緒に」
 約束の言の葉が交わされる。だが、思い出巡りはそれだけでは終わらなかった。
 先程に二人が空を見遣ったのには理由がある。
 深い夜の狭間に紛れるようにして、堕天使の少女が異世界に入り込んでいたからだ。苺は身を引き、その代わりに七結が前に出る。
「思い出に浸っていると云うのに、無粋ね」
「これでも、邪魔をしないで、大人しく待っていました、のに」
「綺麗な思い出を壊してまわってるのは、あなただね!」
「はい。興味が、ありまして」
「壊されては困り果ててしまうの。ご退場を願えるかしら」
 二人と堕天使は幾つかの言葉を交わした後、戦闘態勢に入った。三叉槍が振り上げられたが、七結は怯まずに掌を天にかざした。
 刹那、まな紅の華颰が迸る。
 あけを齎す、あかい牡丹一華の花嵐は瞬く間に堕天使を包み込んだ。その力に押された堕天使は三叉槍を振るう前に異世界から弾き飛ばされていく。
「わぁ、すごい! やっぱりなゆは強いね!」
「この思い出と、あなたを護るためだもの」
 花嵐で敵を一掃した七結に拍手を送った苺は勝利を喜んだ。
 そのまま彼女へと手を伸ばし、帰ろ、と誘った苺。七結はその手を取って笑みを返す。行きは導かれたから、帰りは自分がいざなう番。
 そんな風にして握る手に咲って、苺が結んだ透明の糸。その彩は――。
 ほんのりとした虹の彩に染まっていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ


思い出の世界か…私の思い出は近しいものが多いからね
イザナはどれがいい?
ちゅん!と代わりに答えたのはホムラ
おや…喰桜の記憶を?
喰桜のというと神斬の記憶になるのだろうか
それともその前の持ち主の?

イザナ、それでいいかな

広がるのは不気味なほど美しい逢魔が時の空
花々の咲き乱れる長閑な村だ
へぇ…花龍村というのか
清らかで良い場所だ
人と神が助け合って暮らしていると感じる
イザナも嬉しげでホムラも楽しそうだ

──そこに居たのか
危ないから下がっていなさい

優しくそして凛と笑うのは藤の竜神
イザナの父君か!
何となく面影があるね
卓越した剣技に小さく拍手を贈る

優しく強く美しく
ひとを郷を守る護龍の姿は私にとっても輝かしく見える
鮮やかなその剣技を見蕩れるように見て学ぼう

父君が戦っていた鳥の姿の邪神達
数が多く倒しても増えていく
度に力を増しているらしい
本体が別にいると父君は悩んでいたようだ
イザナはその時寝込んでいたのか

もどかしいな…

守るため振るわれた喰桜は今は私の手の内に

私も斯様に守れるようにならねば
守れる神にと意を新たにする



●金翅鳥と花龍村
 思い出は積み重ねていくもの。
 長年の軌跡と呼ぶに相応しいものだが、朱赫七・カムイ(禍福ノ禍津・f30062)にとっては過ごした年月はまだ数えられるほどのものだ。
「思い出の世界か……私の思い出は近しいものが多いからね」
 それでも、これまで歩んできた道で見つけたものは全てが愛おしい。それもあってありありと思い出せるものばかりなので、今回は同道者に聞いてみることにした。
 カムイは隣に立つイザナにそっと問いかける。
「イザナはどれがいい?」
「いや、私は……」
「ちゅん!」
 イザナが何も使わなくていいと答える前に、ホムラが元気よく鳴いた。雛鳥が指し示しているのはカムイの腰に帯刀された喰桜だ。
 どうやらホムラはこの刀に宿った記憶の世界を作ってみたいらしい。
「おや……喰桜の記憶を?」
 喰桜の刀というと、元の持ち主である神斬の記憶になるのだろうか。
 それとも、もっと前の――最初の所有者の記憶なのか。気になったカムイはホムラに頷き、刃の柄をそっと握った。
「イザナ、それでいいかな」
「……もうお前のものだ。好きにするといい」
 僅かに視線を逸したイザナは何か思っていたようだが、止めることはしなかった。きっと言葉の通りなのだろう。現在の所有者であるカムイが決めることであり、自分は口出しをしないという意思が見えた。
 そして、カムイは喰桜を静かに掲げる。
 次の瞬間、記憶の異世界への路が淡い光と共に現れた。

「此処は――」
 目の前に広がったのは、不気味なほどに美しいと感じる逢魔が時の空。
 其処は可憐な花々が咲き乱れる長閑な村だと気付いたカムイは、足元に視線を落とす。
 入り口に当たるこの場所には木彫りの看板があった。
「へぇ……花龍村というのか」
 村に満ちる雰囲気は実に清らかで、ひとめでとても良い場所だと感じた。
 見遣った先には村人達がいて、其処に神の加護が見える。どうやら人と神が助け合って暮らしているらしい。
「懐かしいな」
「ちゅちゅん!」
 イザナも何処か嬉しげでホムラも楽しそうなので危険はなさそうだ。
 すると、其処に神の気配が現れた。
『――そこに居たのか。危ないから下がっていなさい』
 その声の主はイザナに似ている。
 イザナを男らしくして背を高くした雰囲気の男性を見て、カムイははっとした。優しく、そして凛と笑う藤の竜神は――。
「イザナの父君か!」
「ぴ!」
「やはりそうだね、何となく面影があるよ」
 カムイとホムラは顔を見合わせ、頷きを交わした。
 記憶の世界に残る藤竜神は卓越した剣技を披露してくれる。その相手は鳥の姿をした邪神達だ。瞬く間に倒された邪神は塵となり、空気中に解け消えていく。
 汚れた空気は神力によって浄化され、清らかな雰囲気が戻ってきた。見事だと感じたカムイが小さく拍手をおくる中、イザナは密かに唇を噛み締めていた。
 すると、前方から新たな影が出現した。
 藤竜神はすぐさま気配に気づき、鳥の邪神――おそらく眷属であろう影達を切り払っていった。こうして、この村では襲い来る脅威を神が退治しているのだろう。
 優しく強く、美しく――。
 ひとと郷を守る護龍の姿は、カムイにとって輝かしく見えるものだ。鮮やかな剣技に見蕩れたカムイは、その技を見て学ぼうと決めた。
 過去の喰桜が振り下ろされ、鳥の姿の邪神達は葬り去られる。
『本体が別にいるのはわかっているのだが……』
 今回に現れた者達が消えた後、藤竜神は肩を竦めた。あの敵は一度に出現する数が多く、倒しても増えていくものたちは現れる度に力を増しているらしい。
 悩んでいるようすの父を見つめているイザナは悔しそうだ。
「あのとき、私が床に臥せっていなければ……」
「イザナはその時寝込んでいたのか」
「……噫」
「もどかしいな……」
 イザナから故郷に戻りたいという話はあまり聞いたことがなかった。つまり、この美しい花龍村は今はもうなき場所だということだ。
 このようにイザナが悔しそうにしている理由も、村が滅びたことに関係している。
 拳を握りしめているイザナは懐かしさと愛しさを抱くと同時に、過去の自分への忌まわしさを感じているようだった。
「ちゅん、ぴ……」
「すまない。私は大丈夫だ、ホムラ」
 ホムラがイザナに寄り添うと、彼は片手で雛の羽を撫でてやる。ホムラはそのままぎゅうぎゅうと彼にくっつき、元気をだして、という思いを送り続けていた。
 カムイはふたりの様子をそっと見守っている。
「守るため振るわれた喰桜は、今は私の手の内にあるんだね……」
 それならば。
 振り向いたカムイは刃を鞘から抜き放ち、此処に存在するには相応しくない人影に向けて一閃を振るった。
「……!」
「人の思い出を許可なく覗き見するのは、よくないよ」
 人影の正体はルビー・ジュエルシード。少異世界を壊そうとしている堕天使だ。一撃を受けた堕天使の少女は後退り、此の世界も壊せないと悟った。
 でも、と言葉にしたルビーは頭上を見遣る。
「壊さなくとも、どうせこの場所は、あのガルーダらしきものに壊され、ます」
「ガルーダ?」
 カムイが疑問を抱いた瞬間、堕天使は瞬く間に異世界から脱していく。少女なりに何かに気付いていたらしいが、何が言いたかったのか分からずにカムイは首を傾げた。
 そうして、カムイはイザナ達の方に目を向ける。
 嘗ての父の勇姿を見つめるイザナは懐かしさに双眸を細めていた。やはり嬉しいのだろうと感じ取ったカムイは決意を固める。
「私も斯様に守れるようにならねば――」
 愛しきものを守護する神へ。
 思いを新たにしたカムイは、美しき花の村を眸に焼き付けた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵


師匠…おじい様(と呼ぶと喜ぶ
覗いてみましょ
屠桜の記憶
私の魂の記憶

藤が八重桜が舞う
手招く梅花
花々の咲き誇る花郷

夕暮れ空に照らされてより美しい
此処が屠桜の……倭国に似て違う故郷
綺麗…花龍村?
花龍の石像がある
かぁいらしくて居心地がいい
人々の確かな信心とぬくもり
此処は守られている
人と龍が互いに

─早く帰るわよ!
突然手を掴まれた
梅の花咲く龍神の少女

イザナの姉上だよと告げる神斬の目は優しい

─夕暮れ前には帰るように言ったのに
木花とずっと遊んでいたのね
困った子だこと

迎えるのは八重桜を咲かせた龍神の女性
ふわふわ撫でられる

彼の母上だと告げる声は柔らかい
腰元の屠桜
イザナの母の刀だったのね

美しい郷に愛すべき家族

イザナが護龍であることに誇りを持つ理由がわかるわ
お母様もお姉様も美しくて優しくて
自分が受けたのと同じ愛を誘七にも注いでいたのね

咲樂神社?
足を踏み入れた先にイザナによく似た人がいる
お兄様かしら?
かぐらを宜しくねって…あ、師匠!
此処にイザナの兄上が…え
兄はいない?

なら彼は?
八重桜の吹雪に攫われて
何もわからない



●迦楼羅と梅と桜の花
 思いが宿った品から、少異世界が作られる工房にて。
 フェアリーランドの名を冠するこの場所には、やさしい思いが満ちている。
 もう戻れない場所。二度と目にできない景色。そういった世界まで再現してくれる異世界には、この工房を作った妖精の想いが込められているに違いない。
「師匠……おじい様、本当に良いのね?」
「構わないよ、サヨ。私ももう一度、あの景色を見てみたいんだ」
 誘名・櫻宵(咲樂咲麗・f02768)と神斬は、夫婦刀としての一刀である屠桜を見つめていた。長き歴史を経て現代まで継がれた刀には様々な記憶が宿っているはず。
 神斬は刀からどのような景色が創り出されるか見当がついているという。
「わかったわ、覗いてみましょ」
 屠桜を鞘ごと両手で掲げれば、櫻宵達の周囲に光があふれはじめる。
 紡ぐのは屠桜の記憶。
 誘七の一族が――そして、櫻宵の魂が繋いできた記憶を。
 幾千の歴史と過去。思い出が作り出すちいさな異世界へ、いざ。

 淡い光の中、瞼をひらいた櫻宵。
 その眼差しの先で藤の花と八重桜が舞っていた。手招く梅花は美しく、彩りに満ちた花々が咲き誇る花郷が見える。
 空を見上げてみれば、夕暮れ空が広がっていた。黄昏の色に照らされてより美しく揺れる花々は満ちているだけで和む。
「此処が屠桜の……」
 倭国に似ていて違う故郷のようだ。呟いた櫻宵の隣に立つ神斬は興味深そうに周囲を見渡していた。成る程、と口にした神斬は此処に初めて訪れたわけではなさそうだ。
「師匠、知っているの?」
「いいや、私も全盛期の姿を全て知っているわけではないよ」
 神斬の言動は、それ以外の時代のこの場所を知っているという意味が察せられる。だが、櫻宵には真意を気付かせないような物言いだ。櫻宵は少し気に掛かったが、師匠が話さないのならば無理に聞くことではないと判断した。
「綺麗……花龍村?」
 花龍の石像があり、其処には村の名前が刻まれている。
 夕暮れの景色に映える像からは優しい雰囲気が感じられた。それに加えて櫻宵は不思議な親近感を覚えている。
「かぁいらしくて居心地がいいわ」
 少し向こうには村で過ごす人々の姿も見えた。
 人々の確かな信心とぬくもりが此処にある。祀られている神も信仰心を受け、活き活きと過ごしていることがわかった。
「此処は守られているのね。人と龍が互いに助け合って――」
「サヨ!」
 櫻宵が双眸を細めたとき、神斬がはたとした。
 驚いて振り返ったサヨと神斬は、突然に知らない女性から手を掴まれる。そのまま二人を引っ張って行こうとする彼女は違う誰かを見ているようだ。
『――早く帰るわよ!』
 梅の花を咲かせた龍神の少女はきっと、過去の誰かを帰路に誘っているようだ。それが偶然にも記憶の世界に訪れた櫻宵と重なり、神斬まで巻き込まれてしまった。
「ええと、どちらさま……?」
「イザナの姉上だよ」
 困惑する櫻宵にそっと告げた神斬の目は優しい。すると梅花の龍神はふわりと微笑み、櫻宵を見つめた。
『夕暮れ前には帰るように言ったのに、木花とずっと遊んでいたのね』
 困った子だこと、と話した彼女は過去の弟にそんな言葉を言い聞かせたのだろう。そのまま手を引かれて連れいていかれた先では別の女性が待っていた。
『おかえりなさい』
 迎えてくれたのは八重桜を咲かせた龍神。
 ふわふわと撫でられる心地は本来、イザナが味わっていたものだろう。櫻宵は掌を受け入れ、そっと目を閉じる。
 その隣では神斬が「イザナの母上だよ」と告げてくれた。神斬の声は柔らかく、瞼をあけた櫻宵に彼女の腰元を示す。其処には過去の屠桜が携えられていた。
「そう……これはイザナのお母様の刀だったのね」
 美しい郷に愛すべき家族があった。
 イザナが護龍であることに誇りを持つ理由がわかり、櫻宵は微笑む。
「お母様もお姉様も美しくて優しくて、素敵ね。きっとイザナは自分が受けたのと同じ愛を誘七にも注いでいたのね」
 遠い遠いひいお婆様にお姉様、と言葉にした櫻宵は嬉しい気持ちを抱いた。
 そうして、記憶の家族から離れた櫻宵と神斬は暫し花龍村を探索する。イザナがこの村についてあまり語らないのは、此の場所が既に現世に無いからだろう。
「咲樂神社?」
 櫻宵は向かった先に社があることに気付く。
 そっと足を踏み入れた先にイザナによく似た人が立っていた。
「あら、お兄様かしら?」
『かぐらを宜しくね』
「え?」
 青年はそれだけを告げ、社の裏へ消えていってしまう。神斬は別の所を見ていたらしく青年に気付いていなかった。
「サヨ? 誰かいたのかい?」
「師匠! 此処にイザナの兄上が――」
「兄? イザナには姉しかいないはずだよ」
「……どういうこと?」
 それならば、イザナにそっくりだった彼は?
 櫻宵が訝しんだとき、頭上から少女の声が響いてきた。神斬はそれが少異世界を荒らし回ろうとしている堕天使だと気付き、身構える。
 すると堕天使は社の裏の方に目を向け、ぽつりと呟いた。
「同じ、場所。ここにも、ガルーダが……。あなた方の世界ではなんと、呼ぶかは知りません、が。厄介なものに気に入られているの、ですね」
「そうだとしても、この世界は壊させないよ。サヨ!」
 堕天使に対して神斬が結界を張る。呼び掛けられた櫻宵は即座に構え、艷華の一閃を解き放った。ひらり、ふわりと桜が空に舞う。
 それによって堕天使は退散したようだが、櫻宵の胸の裡には疑問ばかりが残った。八重桜の吹雪が世界に広がり、景色が攫われていくかのように薄れてゆく。
 ガルーダ。此方の世界では、別の呼ばれ方をするものとは。
 わからない。
 今は未だ、何も――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ


ヨル、思い出がみられるんだって
なら決まってる
手にするのは黒い手帳…ノア・カナン・ルーの手帳
そしてかあさんの黒い鱗

りるるりるり──ひろがるのは黒耀の都市

嘗ての黒耀
黒薔薇が咲く黒の街並み
活気のあるそこをヨルと一緒にゆるりと泳ぐ
慣れ親しんでいてそして違う風景だ

領主の館にある大きな水槽の前
揺らぐ黒、美しい人魚のかあさん
鈴なるような歌声が響いて、黒のベールがゆれている
水槽の前には黒の燕尾服の吸血鬼
とうさん

この姿で、かあさんととうさんの横に並ぶのは初めてだよね
たとえ夢現だったとしても
かあさん……とうさん
僕ね…パンドラねえさんにも会ってきたよ
黒薔薇を咲かせてきたよ
黒薔薇の聖女の舞台をはぴぃえんどにしたんだから

黒の歌を歌って、聖女に自由を与えたよ
…救うことができたのかな?

どこかで聖女が笑って、その横には歌う白い鳥がいる
常夜の闇の中で青い空をさがす旅をしているんだよ

とうさんの手記に書かれていない物語が記されていく
僕が記していくよ
字も書けるんだから!

歌を響かせて
詩を綴って
魔法を編んで

僕の舞台は、いまここに



●水葬忘歌と黒の意志
「ヨル、思い出がみられるんだって」
「きゅ!」
 リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)と仔ペンギンのヨルは工房内を見渡した。既にたくさんの異世界が創り出されており、その入り口は優しい光に包まれている。
 自分達が記憶の世界のもとにするものならば、もう決まっていた。
「行こうか、ヨル」
「きゅっきゅー!」
 リルが手にしているのは黒い手帳と漆黒の鱗。ノア・カナン・ルーの手帳と、人魚のエスメラルダの鱗だ。
 古びた手帳と、今も美しさを失っていない鱗を大切に握ったリルは歌を紡ぐ。
 りるるりるり。
 あいしていると伝えて、未来を願う歌声。
 そして――其処からひろがっていくのは黒耀の都市へと続く異世界への路。

 慣れ親しんだ景色の中を、リルは游いでいく。
 しかし、其処は水中ではない。記憶の中にある嘗ての黒耀の都市は水底には沈んでおらず、人々や吸血鬼が普通に暮らしていた場所として具現化していた。
 黒薔薇が咲く黒の街並み。
 其処には緩やかな風が吹き抜けている。風に揺れる花は街のシンボルであり、皆が好む美しさの象徴。活気のある通りを進むリルはヨルを腕に抱えていた。
 一緒にゆるりと泳ぐ景色は、嘗てはよく見れなかった景色だ。
 都に水底に沈んだ後はたくさんの場所に赴いたが、人々が生きている間の光景を見られるとは思っていなかった。
「前は誰かが居たとしても、過去の亡霊だったもんね」
 黒耀の水底を思い返したリルは、違う風景にも思える街並みをじっくりと眺める。
 グランギニョールの舞台の外。
 ノアが歩いた景色はこういったものだったのかと感じたリルは、尾鰭を揺らした。きっと父が通っただろう路を行き、そうして辿り着いたのは領主の館。
 リルにとっても強い記憶が残っている場所だ。
 其処に大きな水槽の前で止まったリルは、揺蕩う水の中にいるひとを見つめた。
 揺らぐ黒。それは美しい人魚で――。
「かあさん……」
 鈴が鳴り響くような歌声が響き、黒のベールがふわふわと水中で揺れている。彼女がこうして歌っているのは水槽の前に或る人物がいるからだ。
「……とうさん」
 黒の燕尾服を纏った吸血鬼が人魚の歌を聴いている。
 リルの姿は本来の姿、即ち、黒の人魚としてのものに戻っていた。記憶の中に佇む父と、謳う母の間に游いでいったリルは、父譲りの色をした瞳を細める。
「この姿で、かあさんととうさんの横に並ぶのは初めてだよね」
 たとえ夢現だったとしても。
 成長した姿で、かつての両親と逢えた。
 ――リルルリリル、ルリリリル。
 水槽から人魚の歌声が響き渡る。瞼を閉じたノアはその声に聴き入っているらしく、舞台では見せない穏やかな表情をしていた。
 これが過去の光景であっても、傍にいられるだけで嬉しい。
 父と母が静かに育んでいた愛を間近で感じられることが幸福だった。
 リルはそっと二人に語りかける。何も答えが返ってこないとしても、自分のことを両親に報告して伝えておきたかった。
「かあさん、とうさん。僕ね……パンドラねえさんにも会ってきたよ」
 不意にノアが頷いた気がする。
 それを相槌だと思っていいのだと判断したリルは、大切な家族のひとりでもあるパンドラの最期について話していく。
「黒薔薇を咲かせてきたよ。大好きの証を、あげてきたんだ」
 哀しきものだった黒薔薇の聖女の舞台。
 彼女が求めていた白の軌跡を描いて、奇跡を齎してきた。
「はぴぃえんどにしたんだ。とうさんがねえさんに向けた、家族の愛を――黒の歌を歌って、聖女に自由を与えたよ」
 ねぇ、救うことができたのかな?
 リルが問いかけると、水槽の中のエスメラルダが微笑んだ。
 言葉としての答えはないが、リルにはそれだけで充分だった。すると、領主の館の奥から青年のものらしき歌声が聞こえてくる。
 耳を澄ませたリルは、これはユリウスが少しふざけて歌った詩だと気付いた。
『ちょっとユリウス! ちゃんと歌いなさいよ、笑っちゃうじゃない!』
『これでも真面目にやってるぜ?』
『嘘よ、うそウソ! ぜーったいにふざけてるわ!』
 笑いながら怒る黒薔薇の聖女の横にはきっと、気怠そうにしながらも一緒に笑っている白い鳥がいるのだろう。
 彼女達にも確かに、こういった時間があったことを知れた。
 リルは二人の声を懐かしむように瞼を閉じる。
「二人もいってしまったけれど、常夜の闇の中で青い空をさがす旅をしているんだよ」
 リルは手帳をひらき、栞として挟んでいた鱗をそっと仕舞う。
 其処にはノアが書き記した頁の続きが記されていた。
 小さな白い鳥と、黒薔薇。其処に書き添えられた文字はリルのものだ。
「こうやって、とうさんの手記に書かれていない物語を書いていってもいいよね。ほかでもない、とうさんの息子の僕が記していくから」
 カナン・ルーの血筋で、この世に残っているのはリルただひとり。
 それでも、リルは孤独ではない。隣ではヨルが「きゅ!」と力強く鳴いている。
 歌を響かせて。
 詩を綴って、魔法を編んで――。
 リルは領主の館を護るように尾鰭を揺らめかせ、黒の歌を響かせはじめた。
 それは凛と厳かに響く闇を諌め、希望を導く玻璃の歌声。
 この世界に訪れた堕天使が異世界に興味をもつのは、自分がなくした世界のことを思い出したいからではないだろうか。確信は持てないが、そんな気がしたから。
「在るべき場所へ、在るべき姿へ」
 同じ黒を宿す堕天使のきみも、懐かしい世界に戻れるといい。
 リルの歌声はオブリビオンの少女をそっと押し退け、異世界から逃した。その後もリルは暫し歌い続けてゆく。
 嘗ての黒耀に捧ぐのは想いを込めた、あいのうた。

 ――僕の舞台は、いまここに。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノヴァ・フォルモント

自分が持つ道具にはどれにも思い入れがある
一番長く傍に在るのはきっとこの竪琴だろう

三日月を模した竪琴
元は俺自身の持ち物ではない
子供の頃、故郷で俺に歌を教えてくれた
師と仰ぐ同郷の男性から譲り受けた物
あの頃の光景がまた思い出せるのなら…見てみたい

山奥の辺境に在った集落
周囲には自然しかない
規律に厳格なドラゴニアン種族の里

俺と双子の弟は毎日変わらない生活に少し退屈していた
そんな時だ、村外れに住むあの人と出会ったのは

娯楽である歌や楽器は不要なもの
それ故に里の人達からは変わり者扱いされていて
でもこっそり俺達と遊んでくれた

…弟は。ふふ、歌の才能はなかったけど
聴くのは好きだったみたいだ
俺は、あの人の歌声が不思議と光り輝いて見えて
そんな俺の様子に気付いたのか
歌い方や楽器の弾き方を教えてくれるようになった

…懐かしいな。

でも結局、貴方は最期まであの村から出られなかった
遺されたこの竪琴と一緒に旅をすれば
自由になりたかった貴方の心も共に連れていける気がして

…当の本人はもう何処にも居ない
俺の勝手な自己満足だけど、



●月夜に眠れ、過去の追憶
 旅を続ける者として、荷物は最小限が鉄則。
 それでも長くを共にした思い入れの深い物は多くある。どれも必要だと判断した上で持ち歩いている物であるからこそ。
「その中でも一番、長く傍に在るのは――」
 きっとこの竪琴だろう、と言葉にしたノヴァ・フォルモント(月蝕・f32296)は朧月夜を手に取った。金色の小さな竪琴は弦の手入れが行き届いている。
 三日月を模したそれは、元はノヴァの持ち物ではなかった。
 改めて竪琴を見つめると過去の記憶が朧気に蘇ってくる。あれはノヴァがまだ幼かった頃のこと。故郷で過ごしていた時期に、歌を教えてくれた男性が居た。
 師と仰ぐ同郷の彼から譲り受けた品は大切で手放せない。あの頃の記憶は多くあるが、覚えていない部分もあった。
 だからもし、あの頃の光景がまた思い出せるのなら。
「……見てみたい」
 思いは言葉に変わり、ノヴァは過去を映す少異世界に赴くことを決めた。
 そして、フェアリーランドの工房に訪れたノヴァはそっと朧月夜を掲げる。窓辺から射し込んだ光が金色の三日月を照らし、淡い光が反射した。
 大切な思いの宿る竪琴を介して、作り上げられていく異世界は――。

 其処は山奥の辺境に嘗て在った、ちいさな集落だ。
 思い返す度に胸裏に懐かしさが巡る。やはり周囲には自然しかなく、街のような華やかさや賑やかさはない。
 規律に厳格なドラゴニアンの里には、いつも変わらぬ日々が巡る。
 あの日、ノヴァと双子の弟は変化のない生活に少しばかり退屈していた。そんなときに、出会ったのは村外れに住むあの人だ。
 徐々に思い出してきた記憶を辿りつつ、ノヴァは記憶の世界を歩いてみた。小鳥の囀りや樹々が風で揺れる音が心地良い。
 そんなノヴァの横をふたつの人影が通り抜けていった。あれは自分達だ、と感じたノヴァは駆けていく双子の後を追ってみる。
 そうだ、確かあの日も変わったことを探して集落を巡っていたのだった。
 結局、何も見つけられなかった双子は村外れに向かったのだろう。他の大人に見つからないよう、双子はこっそりと歩き始める。
『誰にも見つかってない?』
『うん、大丈夫』
 まだ子供だった二人。その記憶が今のノヴァの前に再現されていた。
 集落内の大人は誰もが厳格すぎて、娯楽である歌や楽器は不要なものだと考えていた。それゆえに彼、師匠は里の人達からは変わり者扱いをされていたらしい。
 師の家に辿り着いた双子は窓を叩く。
『ねぇ、今日も来たよ』
『この前の曲の続き、教えて!』
『誰にも見つからなかったかい? さ、中にお入り』
 彼はこっそりと双子と遊んでくれた。いつも優しく迎えてくれる彼との時間が大好きだったことは今も覚えている。
「……ふふ」
 ノヴァは家の中から聞こえてくる歌声を聞き、口許を押さえた。
 弟は歌の才能はなく、歌ってごらんと言われても調子外れな声しか紡げなかった。だが、師匠はその姿をあたたかく見守ってくれた。
 弟は歌うことより聴くことが好きだったらしく、師匠の歌声に耳を傾けている。
(俺は……あの人の歌声が不思議と光り輝いて見えていて――)
 そんなノヴァの様子に気付いたのか、彼は歌だけではなく楽器の弾き方を教えてくれるようになった。記憶の一部がこうして見られることをノヴァは嬉しく思う。
「本当に、懐かしいな」
『ノヴァ? 外にいるのか、入っておいで』
「――俺?」
 ノヴァが在りし日のことを感慨深く思っていると、中から師匠の声が響いた。きっとこれも過去の記憶の再現なのだろうが、今の自分が呼ばれている気がする。
「久し振り、でいいのか」
『さぁ、今日も一緒に演奏しよう』
「……ああ」
 ノヴァは手にしていた朧月夜を師に見せ、彼に習った曲を爪弾いた。記憶の通りの反応だったとしても、師匠はノヴァを優しく見守っていた。
 そうして、少異世界の中で日が暮れはじめたことで師匠はノヴァを見送る。
 ありがとう、と告げたノヴァは、扉が閉められても彼の小屋を暫し見つめていた。
(でも結局、貴方は最期まであの村から出られなかった)
 遺されたのは竪琴と記憶だけ。
 いつだったか、師匠はぽつりと「鳥のように、広い世界に飛んでいけたら」と零した。そのことを思い出した当時のノヴァは竪琴を手にした。この朧月夜と一緒に旅をすれば、自由になりたかった彼の心も共に連れていける気がしたからだ。
「貴方の心は飛び立てたかな」
 問いかけても、この世界にも元の世界にも答える者はいなかった。
 当の本人はもう何処にも存在しない。
 ノヴァはそっと振り返り、師の家を背にして身構える。先程から気付いていたのだが、件の堕天使が現れていた。
「貴方の、大切な記憶。壊してしまって、いいですか?」
「どうぞ、と答える輩なんているはずがないだろう」
 ルビー・ジュエルシードに向け、ノヴァは月の竪琴を奏でた。月夜の旋律と穏やかな歌声は師に会わなければ会得できなかったものだ。改めて心の中で師匠に礼を告げたノヴァは、堕天使を一気に追い払った。
 逃げ去っていく堕天使は追わず、ノヴァは集落の景色を見つめる。
「俺の勝手な自己満足だけど、お礼だけは告げられたから」
 それでいい。
 ノヴァは竪琴の弦に触れ、静かな別れの旋律を弾いていく。その瞳には懐かしい空に浮かんだ月の光が映り込んでいた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

彩・碧霞
身の丈程もある鋏(装備1)を一撫で
見た目にしては軽く、さりとて持ち運びには難儀する物
「滅多に外には出しませんからね」
見慣れぬ工房で、しかも異世界を作るというのも不思議な初体験
しかも入った先は
「私の工房、ですね」
予想はしていたこと
何せ普段この鋏を扱う場所であり
『今晩は、爪先の君』(白~鳩羽色の長髪に藤色の瞳、物腰穏やかで白の箒に横乗りして飛ぶ青年)
「お久しゅうございます、ノエル様」
貴方から受け取った場所なのですから
箒屋でもある彼が箒に使うには重すぎると言うので譲ってもらい、元は布の裁断鋏くらいだった物をこの形に拵え直したのは私
「重宝しております。とても良い子です」
『それはよかった。やはり私の所に居るより輝いて見えますね』
ああ只管に懐かしい
今尚息災なのは存じていても、最近はあまり訪れも無く
かと言ってお互いに文を交わす訳でもない
そも互いにあるのは同業故の尊敬と親しみ
それで良い
この鋏でも切れぬ縁がそこには在る
「これからも使わせて頂きます」
『ええ、是非』
とはいえ敵に使うは惜しい
別の剣を使いましょう



●星空は今宵も輝く
 フェアリーランドの名を冠する不思議な工房。
 其処に込められた妖精の思いは、きっと優しいものに違いない。想像を巡らせた彩・碧霞(彩なす指と碧霞(あおかすみ)・f30815)は工房内を少し歩いてみた。
 其処彼処にアイテムから作られた少異世界への入り口が見える。竜の脚で異世界への道筋を踏んでしまわぬよう、碧霞は気を付けて進んだ。
 碧霞は竜の尾をくるりと巻く。
 そんな彼女がひと撫でしたのは身の丈ほどもある鋏だ。その名を星空の裁ち鋏という得物は、空を反物の如く切れる逸品だ。
 神の火で熔かし巨大に作られた鋏は見た目にしては軽い。だが、常に持ち運ぼうと思うと難儀するものでもあった。
「普段は滅多に外には出しませんからね」
 大切そうに鋏を抱いた碧霞は、静かに双眸を細める。
 見慣れぬ工房。しかも所有物から異世界が作られるのだと思うとやはり不思議だ。しかし、こんな初体験もまたよきものになるはず。
 碧霞はそっと鋏を掲げ、其処から形作られていく世界を思う。
 そうして、意を決して飛び込んだ先は――。
「私の工房、ですね」
 きょとんとして幾度か目を瞬かせた碧霞は、勝手知ったる我が工房を見渡した。
 無論、元から予想はしていたことなので必要以上には驚かない。自分の記憶でもあるが、鋏の記憶としても刻まれているのは此処だろう。
 何せ、此処は普段から鋏を扱う場所。
 それに――この工房には、鋏を託してくれたあのひとが訪れている。
『今晩は、爪先の君』
 碧霞に声を駆けたのは物腰が穏やかそうな青年だ。彼の髪は白が交じる鳩羽色。さらりと伸びた長髪が藤色の瞳に掛かっている。
 白い箒に横乗りして飛んできた青年。彼の名はノエル。
「お久しゅうございます、ノエル様」
 碧霞はノエルに向けてお辞儀をした。此処に彼が居るのは当たり前に思える。そう、この工房こそが彼から鋏を受け取った場所なのだから。
 彼は箒屋でもあった。
 しかし、ノエルが箒に使うには重すぎると言うので譲ってもらったことが得物を所持することになったきっかけだった。
 元は布の裁断鋏くらいだった得物を、こうして今の形に拵え直したのは碧霞自身。
『使い心地は如何ですか?』
 碧霞のサイズになった鋏を見遣ったノエルは優しく問いかけてきた。元とは違って竜神に扱いやすくなっているそれは彼の目にはどう映っているのだろう。
 碧霞は再び鋏を撫で、小さく頷く。
「実に重宝しております。とても良い子で助かっています」
『それはよかった』
 ノエルは手を伸ばし、碧霞の腕の中にある鋏に触れた。それだけで色々と理解してくれたのか、微笑みが更に深まる。
 手を離したノエルは碧霞と鋏を交互に見つめ、納得した表情を見せた。
『やはり私の所に居るより輝いて見えますね』
「そう感じて頂けるのは有り難いことです」
 ああ、只管に懐かしい。
 彼は別段、死別したわけではない。今も尚、あの頃のように息災なのは知っていた。されど、近頃はあまり工房に訪れることはなかった。
 お互いに文を交わす訳でもないので、近況らしい近況は分からない。
(そも互いにあるのは同業故の尊敬と親しみで――)
 だからこそ、こうして懐かしい記憶の世界で会ってみたかった。本物に逢いに行くという方法も取れたが、この工房で自分の過去の工房に行ってみるという体験を選んでもバチは当たらないはず。
 それで良い、と自分で納得した碧霞はノエルを見つめた。
 万物を斬り裂き、天候を変えるこの鋏であっても切れないものがある。それは自分達の縁であり、紡いだ記憶だ。
 すぐ傍に壊れないものが在るという事実だけで、今はいい。
「これからも使わせて頂きます」
『ええ、是非』
 碧霞とノエルはあのときのように言葉を交わし、視線を重ねた。譲られた品を大切に扱い、時折こうして彼を思い出す。
 それこそが美しき記憶と思い出の証であると言えた。
 だが――。
「とはいえ、敵に使うは惜しいですね」
 不意に碧霞の声のトーンが少しだけ下がる。敵という明確な単語を発した理由はただひとつ。此処に堕天使の少女、ルビー・ジュエルシードが訪れていたゆえ。
 彼女はこうした少異世界の中に無断で入り込み、あわよくば世界を壊そうと目論んでいるオブリビオンだ。
 鋏を記憶の中のノエルに預け、碧霞は身構える。
「見つかって、いましたか」
「あなたには別の剣を使いましょう」
 ――花文目の舞。
 碧霞が発動させたユーベルコードは瞬く間に広がった。菖蒲の葉に似た形の光の剣は幾何学模様を描き、堕天使を包囲していく。
 堕天使も重力を反転させることで対抗した。
「これまで負けて、ばかりだったので。この辺りで憂さを晴らし、ます」
「そうはさせません。あなたの目論見は潰させて貰います」
 工房のものが逆さまになっている。碧霞は反転させられた世界を素早く駆け、更なる光の剣を紡ぎ出した。
 幾本もの刃が堕天使に突き刺さり、相手の体勢が大きく崩れる。
 随分とダメージが蓄積しているようだと察した碧霞は真っ直ぐに告げた。
「ここから出ていけば、これ以上の反撃はしません」
「私を逃がす、と?」
「それだけ疲弊していればいずれ、あなたの身体は……」
「……そう、ですね」
 大人しく引き下がると宣言した堕天使は重力を戻し、工房の世界から飛び去っていく。碧霞はその背を見送り、元に戻った工房を見渡した。
 いつの間にかノエルの姿は消えていた。さりとて、それでも構わない。
 今日、此処で。あのように言葉を交わし、己の思いを確かめられたのだから――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓

解釈、汐種行動お任せ

※零課
丸越、汐種、武藤(快活な女性)、亜門(澄ました猫のような男性)、志鳥(大和撫子な女性)
以上5名
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部下を喪ったあの日へ行きたかった
だが
今は己の目的の為に行動していい時ではない
俺を連れて行ってくれと
懇願したくなるこの衝動を抑えるのに
情けないながら必死で

思い出の品
ならばと普段使っているこのスマートフォン
愛する部下達と俺を繋いだ大切な物
もう二度と鳴ることはない連絡先を今でもずっと大事にしている
やがて飛ばされ
そこは以前に零課全員で退勤後に街へ繰り出したクリスマスの夜の日
あの日と変わらず皆賑やかに歩いていて
俺はそんな彼らを後ろから見守って

然し俺は今立ち止まり
部下を背に振り返る
真正面から相対するはルビー
手は上げない
ただ、駄目だよと優しく諭す

俺はかつて、汐種達を護れなかった
もう二度と喪いたくない
例え今の彼らが俺の記憶の中の存在なのだとしても
傷一つ付けさせない

汐種達の背を見送り
俺は背を向けて歩き出す
一目でも会えて嬉しかった
寂しさにはとうに慣れたと思っていたけれど
…駄目だな、まだ



●零の夜
 叶うならば戻りたい。
 愛しく想っていた者を、大切な部下を喪った、あの日の前に。
 目を閉じれば、彼らの声が今も胸の裡に響く。かの夜を境に、否、或いはもっと前から己が全てを背負うべきだと言い聞かせてきた。
 自分の力が至らなかったせいで。
 自分が未熟だったせいで。自分が存在してしまったせいで。
 それから、丸越・梓(零の魔王・f31127)は休むことを怖れていた。自分が少しでも動けば何かが解決できるかもしれない。
 だが、今は己の目的の為に行動していい時ではない。
 ――俺を連れて行ってくれ。
 そのように懇願したくなる衝動を抑えるのに必死であるからだ。情けないながら、弱い心が己にあることを梓は自覚していた。
 そして、ふらりと訪れた妖精工房。此処では思い入れのある品物から過去の記憶が再現された少異世界が作られるようだ。
「思い出の品、か」
 梓が取り出したのは普段から使っているスマートフォンだ。
 愛する部下達と梓を繋いだ大切な物。
 もう二度と繋がることのない連絡先を、今でもずっと大事にしている。電話帳の画面内、主要な連絡先一覧に並んでいる名前は『汐種』『武藤』『亜門』『志鳥』の四つ。
 彼らは梓と同じ課に所属していた者達だ。
 その名は、刑事部特殊事件捜査課。通称――零課。

 ふと気付いたとき、梓は見覚えのある景色の中に立っていた。
「此処は……そうか、あの日か」
 梓は気付く。この光景はクリスマスの夜のものだろう、と。街中が賑やかな装飾に彩られており、主に赤と緑の電飾が夜を目映く飾っていた。
 零課全員で退勤後に街へ繰り出した夜のひとときが再現されている。
『先輩! 見てください、光るサンタの人形がありますよ』
「はしゃぎすぎるなよ、武藤。この前の事件の時みたいに転ぶぞ」
 快活な女性部下がクリスマスの装飾を指さしていた。梓はこれが過去の光景だと解っていたが、あの日のように振る舞う。
『あら、あのときは丸越さんが武藤さんを助けてくださったではないですか』
「だからといって、志鳥は武藤に甘くはないか?」
 大和撫子な雰囲気を感じさせる女性がくすくすと笑う。その隣に歩いているのは頭の後ろで両腕を組みながら歩いている青年。
『どっちかというと先輩が妙に真面目すぎるだけですよー』
 ふぁ、と間延びした欠伸をした青年は亜門。澄ました猫のような彼を見遣った梓は、そうなのか? と首を傾げた。
 すると梓の隣を静かに歩いていた男が口を挟む。
『確かにそうかもな。梓は気を張り詰め過ぎるきらいがある』
「亜門だけではなく汐種まで……。それならば、武藤ははしゃいでよし」
『やった! 志鳥ちゃーん! 売れ残りのケーキがないか探そう!』
『はい、行きましょう』
『あ、俺はチョコケーキがいいっす』
『亜門くん、奢られる気満々でしょ?』
『あらあら、ふふふ……』
『どうせ丸越先輩か汐種先輩が出してくれますって』
『俺達が? 仕方ないな……』
 武藤と志鳥は女性同士で意気投合しており、亜門はちゃっかりケーキの種類を希望している。汐種は梓を見遣り、それも先輩の役目だろうという意味合いの視線を向けてきた。
 今は子供のようにじゃれあう一行だが、普段は仕事をしっかりとこなす刑事達だ。数々の事件を越えていた当時、五人の絆は確かなものになっていた。
 そんな風に、あの日と変わらず皆が賑やかに歩いている。先に行き過ぎるな、と後輩達に呼びかけた汐種は彼らの後を追う。
 本来なら、梓自身も汐種の背を追い掛けるはずだった。
 しかし、今の梓はそんな彼らを後ろから見守るだけに留める。やはりこれは過去の再現に過ぎない。自分がどう動こうとも、あの日と同じ時間が巡るだけだ。
 そう、一点を除いては。
 梓は立ち止まり、部下を背にして振り返った。
 其処には様々な傷を受けた堕天使がいて、路地裏の壁に寄り掛かっている。其処まで歩み寄った梓は随分と疲弊している様子のルビー・ジュエルシードを見下ろした。
 おそらく此処に訪れるまで、他の猟兵達に撃退され続けたのだろう。彼女の身体に刻まれた傷がその事実を物語っている。
 真正面からルビーに相対した梓だったが、直接的な手は上げなかった。
「駄目だよ」
 優しく諭す梓に対し、ルビーは首を横に振る。
「この世界を壊す気は、なくなりました。だって……ここ、は――」
「……?」
 ルビーは梓の記憶の世界をそっと見渡す。彼女が何を言いたいのかわからなかった梓が首を傾げると、相手はそっと語った。
「もう、壊れてしまっています、から。壊しても、意味がないでしょう?」
 そういってルビーは梓の前から姿を消す。
 その場に立ち尽くした梓は、彼女がこの世界の本質的なものを感じ取ったのだと悟った。
「そうだ。俺はかつて、汐種達を護れなかった」
 もう二度と喪いたくない。
 たとえ、今の彼らが記憶の中の存在なのだとしても。
 傷ひとつ、付けさせたくない。
 堕天使が去った今、外部からの脅威はない。だが、此処にいてはいずれあの事件が起こってしまう。過去は変えられない。それゆえに梓は踵を返す。
『あれ、先輩は?』
『どちらに行かれたのでしょう?』
『迷子っすかね』
『あいつに限ってそんなことは……』
 遠くからは汐種達の声が聞こえていた。そっと身を隠し、彼らの背を見送った梓は一度だけ目を閉じる。そして、歩き出すのは反対方向にある異世界からの出口。
「一目でも会えて嬉しかった。本当に――」
 寂しさにはとうに慣れたと思っていたが、心を締め付けるような感情はなんだろう。
 胸元を押さえた梓は懐かしき記憶から脱した。
『――電話、してみるか?』
 去り際にそんな声が聞こえたことで梓は僅かな後悔を抱いた。思わずスマートフォンを取り出しそうになったことで、梓は首を横に振る。
「……駄目だな、まだ」
 戻ってきた妖精の工房内に梓の呟きが零れ落ちた。
 画面は真っ暗なまま。それはまるで明けない夜の底のような色を宿していた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

氷雫森・レイン
選んだのは物心ついた時名すら無かった私が唯一持っていたバックカチューシャ(装備1)
肌身離さず来たのだから当然とも言えるし、生い立ちの真実を求めつつ捨て子等の可能性に怯える割には勇気の選択でもある

見えたのは一目でアックス&ウィザーズと判る豊かな森の中
「集落…?」
記憶にある冬と人間ばかりの国じゃない
地でなく宙を行き交う姿は皆私と同色の翅を持つフェアリー
『あなた、あの子は?』
『ゼークヴェレのひだまりに寝かせてきたよ、よく眠っていた』
ふとすぐ傍で優しい男女の声
でも姿が見えない
最も間近なのは私の真の姿と同じ、蝶の形の翅
…ああそうか
これは『バックカチューシャ』の記憶
『次に抱く時レインは新しいペルンの巫女だ。楽しみだね、リライア』
『メル、早く迎えに行きましょう。この髪飾りを愛娘へ継ぐ為に』
彼らが、私の両親
じわりと視界が歪む
未知の情報が一度に押し寄せる
一つも忘れたくない
何ならずっと此処に
けれど此処にそぐわぬ黒赤を歪む視界の奥に見て
私はそっと飛び立った(バタフライエフェクトだけを残し)
背に驚嘆を聞きながら



●生まれた意味
 雨の雫を思わせる青い宝石達。
 それらが窓辺から吹き込んできた風を受け、しゃらりと揺れた。
 氷雫森・レイン(雨垂れ雫の氷王冠・f10073)は小さな掌で自分の髪に触れ、宝石のひとつに触れてみる。
「このカチューシャに宿っている記憶……」
 レインは思いを馳せる。
 デビルキングワールド内に存在するフェアリーランドという工房。
 今日、此処で嘗ての記憶に触れられるという。そんな工房の特性を考え、使うことを選んだのは物心ついた時から持っていたバックカチューシャだ。
 名前すらなかったレインが唯一、所持していたもの。
 出生や両親、或いは故郷の手掛かりになるかと思ってずっと付けていた。たとえそうではなくとも、手放せないと感じた思いがある。
 思い入れは充分。
 これまで肌身離さず来たので当然とも言えるだろう。生い立ちの真実を求められるのならば、此度の機会はレインにとっていいものであるはず。
 故郷とはどんなものなのか。
 両親の顔が見られたりするのだろうか。
 反面、自分がただの捨て子ではないかと考えることもある。望まれずに生まれた哀れな娘を捨て去る前に、情けとして置かれたアクセサリーというだけなのかもしれない。
 信じたくはないが、そんな可能性に怯えることもあった。
 それゆえに、これは勇気の選択でもある。
「行くしかないわね」
 此処まで来たのだから、と決意を固めたレインは目の前に生まれた光の路を見つめた。この先に飛び込めば記憶の世界に入れる。
 どんな光景が見えても後悔だけはしたくないと考え、レインは背の翅を広げた。
 そして――。
 光を抜けた先に見えたのは、一目でアックス&ウィザーズだと判る場所だった。豊かな森の中には妖精が飛び交う姿が見える。
「集落……?」
 レインの古い記憶にある、冬と人間ばかりの国は何処にもなかった。
 不思議そうに首を傾げたレインは集落の方にゆっくりと飛んでいく。其処では皆、地でなく宙を行き交っていた。
 彼や彼女達はすべて、レインと同色の翅を持つフェアリーだ。
 これがカチューシャに宿っている記憶なのだろう。だとしたら、この品が授けられるそのときの光景が見られるかもしれない。
 レインは高鳴る鼓動を抑えながら、辺りを見渡してみる。
 すると、不意に懐かしくも感じる声が聞こえてきた。
『ねぇ、あなた。あの子は?』
 ――あの子。
 どうしてか、女性の声が語っている対象が自分のように思える。声の方に向かおうとすると、男性の言葉が耳に届いた。
『ゼークヴェレのひだまりに寝かせてきたよ、よく眠っていた』
 すぐ傍で聞こえる優しい男女の声は泣きそうなほどにあたたかく思える。
 しかし、肝心の姿が見えない。本当はすぐにでも探したいが、声の方向がわからないのでどちらにも行けなかった。
 最も間近なのは自分の真の姿と同じ、蝶の形の翅だ。
「……ああ、そうか」
 そこでレインは聡く悟った。これは『バックカチューシャ』の記憶だ。
 この男女の背後を通った妖精の姿は見えたが、装着者である者の顔は確かめられない。されど、レインは慌てることなく耳を澄ませていく。
 二人の会話はまだ続いていた。
『次に抱く時レインは新しいペルンの巫女だ』
『メル、早く迎えに行きましょう』
『ああ。楽しみだね、リライア』
『はやく、この髪飾りを愛娘へ継ぐ為に――』
 ゼークヴェレやペルンというのはこの集落に関する単語か。そして、互いに呼びあったのが両親の名だろう。それだけではなく、髪飾りを継ぐのは愛娘だと語った。
「彼らが、私の両親」
 メルとリライア。
 その名前を何度も心の中で繰り返す。じわりと視界が歪んだ。大粒の雫がレインの頬を伝って、記憶の世界の地面に落ちる。
 その涙には、今もレインの傍にある青い宝石が映り込んでいた。
 未知の情報が一度に押し寄せてきたことでレインの胸はいっぱいになっている。けれども、ひとつも忘れたくなかった。
 何ならずっと此処に居たいほど。
 凍雨の姫冠が聴いていた言葉を聞き続けていたいとまで思った。
 だが、レインには役目がある。この穏やかで優しい世界にそぐわない存在が、先程から集落の片隅に佇んでいた。
「この世界、こそ……壊してみるべき、場所です、ね」
 黒と赤を纏う堕天使は既に息も絶え絶えだ。
 おそらくこれまでに様々な世界を巡り、猟兵達の返り討ちに遭ったのだろう。それゆえに最後に見つけたレインの少異世界に入り込み、この美しい妖精郷だけは必ず壊してみせると誓っているようだ。
 しかし、レインにはみすみすと世界を壊させる気はない。やっと、はじめて見つけられた出生の秘密だ。必ず護りきる決意が巡った。
 ――神鳴呼雨。
 レインは何も語らず、指先だけを堕天使に差し向ける。天から降り落ちた雷が轟き、瀕死のオブリビオンを貫いた。
 それはレインの身に眠る出自の秘密そのもの。神の電を古き朋と呼ぶことを、両親に愛されて産まれた娘は無条件に許された。
「私はもう、行かなきゃ」
 今、生きている世界へ。自分ができることをするために。
 そうして、レインはそっと飛び立った。
 廻りゆくバタフライエフェクトだけを残して、背に驚嘆を聞きながら――。


●魂の記憶
 すべての少異世界から拒絶され、工房の外へ飛び立った黒い影。
 猟兵達の攻撃を何度も受けたルビー・ジュエルシードにはもう、戦う力は残されていなかった。暗がりに膝をつき、壁に寄り掛かった堕天使は自身の終わりを悟っている。
「結局は、どの世界も壊せません、でした」
 堕天使は興味があっただけだ。
 大切な記憶を持つ者は、どうしてあれほどにも強い思いを抱けるのか。もし大事な物が壊れてしまったらどれほどの負のエネルギーが生まれるのか。
「……けれど、分かった気がします。あのひとたちの、魂と、原動力は……ガチデビルなんかとは違う、もっと綺麗な――」
 ルビーは最後まで言葉を紡がずに瞼を閉じる。
 その姿は静かに消え去っていき、彼女は骸の海に還っていった。
 記憶が大切だとされる由縁。
 その答えを自分なりに悟った少女の表情は、不思議と穏やかなものだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年05月19日


挿絵イラスト