7thKING WAR⑫〜Lulala Lullaby
●蒼い薔薇の夢
――ぼうやよ、ぼうや、かわいいぼうや。
薄暗い洋館廃墟に響くのは謎の子守唄。
豪奢な調度品や揺れるカーテン、破れた絨毯。一歩進めば割れた廊下の床が軋む音が聞こえ、ひび割れた窓からは隙間風が吹き抜ける音が耳に届く。
そんな中でも子守唄はたえず響き続けていた。
――やさしく、つよく、かしこいぼうや。
――やりたいことをやりなさい。いきたいようにいきなさい。
あるときを境に聞こえ始めた子守唄は心地よい音のようでありながら、心を妙に震わせるおかしなものでもあった。昼間でも暗いままの廃墟内では、様々な人影が蠢いている。それはこの歌に当てられて『ぼうや』となってしまった悪魔や勇者達だ。
――ぼうやよ、ぼうや。わたしのぼうや。
歌は止まることなく、洋館を満たし続ける。
そして、廃墟には青薔薇が咲き始めた。それは虚ろな『ぼうや』となった者達が声の主の為に戦うべく、静かに動き出そうとしている証だった。
●子守唄と夢の洋館
絶対幽霊屋敷。
此処は百発百中でオバケを見ることができる心霊スポットだ。
たとえ幽霊型の悪魔達であってもオバケは怖いらしく、みんなにめちゃくちゃ恐れられている場所だという。しかし現在、此処には――。
「本当に『アンディファインド・クリーチャー』としか形容できないモノが棲んでいるらしいんだ! それに、少し前から屋敷の一角から謎の不気味な子守唄が聞こえてくるって噂もあったらしいぜ」
そして今、怪談の真相が召喚魔王の影響だったことが判明した。
メグメル・チェスナット(渡り兎鳥・f21572)は件の洋館廃墟について語り、召喚魔王の影響を受けたものを倒しに行ってほしいと願った。
洋館に踏み入り、子守唄を聞いてしまった者は、召喚魔王の『ぼうや』となって戦いに赴こうとしている。
「悪魔であれ勇者であれ、猟兵であっても子守唄の影響は出るみたいだ。洋館に入ったら歌の魔力に耐えながら、内部に居る者達と戦って欲しいんだ」
自分は召喚魔王の配下だという思いにさせる子守唄。それは耳を塞いだり、自分で歌を歌ったりすれば多少は防げる。
今回の敵である相手は青薔薇を使っての攻撃を主体にするらしい。彼女達は倒せば正気に戻るので遠慮なくやっつけてしまえばいい。
「洋館の中にいる子たちは奇跡だとか夢について語っているらしいけど、どうか惑わされないで。本来の性質とぼうやになった影響が入り混じっているみたいだから、とにかく正気に戻ってもらおう!」
メグメルは拳を握り、仲間達に応援の気持ちを向けた。
●レイリーの夢と奇跡
古びた洋館内、子守唄と共に響くのは少女達の声。
貴方の夢はなんですか。手の届かなかった奇跡はなんですか。
あたし達は希う貴方を肯定しましょう。
踏みにじっても奪っても、果たしたならきっと貴方は幸福でしょう?
慈悲を貴方へ、あたし達は救いに来たの。
――さぁ、願って。
犬塚ひなこ
こちらはデビルキングワールド『7thKING WAR』のシナリオです。
絶対幽霊屋敷と呼ばれる場所で謎の子守唄が響いています。歌に対抗しながら、惑わされた悪魔達を倒して正気に戻してあげてください。
●プレイングボーナス
『召喚魔王の下へと誘う「子守唄」に耐える』
洋館内は酷くボロボロで歩くだけでも不気味な雰囲気です。
その中で彷徨うレイリー達を探しながら、戦って倒してください。子守唄はたえず響いているのであなたなりの対策をしながら進んでください。
第1章 集団戦
『『蒼い薔薇の夢を見る』レイリー』
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POW : 貴方へ贈る蒼い薔薇
【対象の秘めた闇】から、対象の【奇跡を手にしたい】という願いを叶える【蒼い薔薇】を創造する。[蒼い薔薇]をうまく使わないと願いは叶わない。
SPD : 奇跡
見えない【筈の、貴方が望んだ夢】を放ち、遠距離の対象を攻撃する。遠隔地の物を掴んで動かしたり、精密に操作する事も可能。
WIZ : 貴方を奪う青茨
レベルm半径内の敵全てを、幾何学模様を描き複雑に飛翔する、レベル×10本の【青い茨と生命力を啜る青薔薇】で包囲攻撃する。
イラスト:びびお
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
蘭・七結
◎
真っ暗闇には慣れ親しんでいるけれど
これは、また。恐ろしいこと
ニガテなひとは飛び上がってしまうでしょうね
嗚呼、歌が聴こえる
この歌を紡ぐあなたは、だあれ?
揺さぶられる心を感じつつ
僅かな好奇心を覚えるかのよう
――ラン。共に在る幽世蝶のあなた
あなたが展開する光の膜に覆われましょう
ほんの少しは、音色が鈍くなるかしら
あなたは平気?
ならば、共に往きましょうか
青いバラの花言葉
奇跡と不可能。相対する想いの言葉
不可能だと思われた色彩が宿った、その時
ひとは、そこに奇跡を見たのでしょうね
奇跡が起こるのならば――と、
叶わない願いを口にすることは、しない
わたしは、今のわたしが得た路を往くわ
このあかい花嵐で、全てを攫って
●こころを捧ぐあか
軋む扉を開く音が洋館中に響き渡る。
扉の隙間から差し込む光が廃墟内を僅かに照らした。エントランスの奥に続く大階段の手摺に蒼い薔薇が絡まって咲いている。
しかし、それも背後の扉が閉まるまでの間しか見られなかった。
「――ラン」
蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は伴とする幽世蝶を呼び、薄闇が広がる洋館内に踏み出していく。七結よりも先にランが羽撃き、行く先を淡く照らした。
何処かから歌声が聞こえる。真っ暗闇には慣れ親しんでいる七結ではあるが、奇妙な雰囲気が満ちる洋館では落ち着けない。
――ぼうや、ぼうや。
幽かに聞こえ続ける音が自分を呼んでいるように感じるからだろうか。
「これは、また。恐ろしいこと」
指さきを伸ばせば、大丈夫だと語るように幽世蝶が羽撃いてきた。七結の指に止まったランは周囲に光の膜を展開する。
「この暗さと雰囲気は、ニガテなひとは飛び上がってしまうでしょうね」
流石は悪魔も恐れる幽霊屋敷。
古い洋館内では調度品に蜘蛛の巣が掛かっていたり、ところどころ壊れた部分もある。七結は軋む床を踏み締め、足を取られないように進んでいく。
「この歌を紡ぐあなたは、だあれ?」
そっと問いかけてみても、声の主はただ子守唄を紡ぎ続けるだけ。ぼうや、と呼ばれる度に七結の心が揺さぶられる。
声の主を信奉してしまいたくなりそうになるが、ランの光が七結を護ってくれている。そう、信ずるのは彼の神だけ。七結は僅かな好奇心を覚えつつも己をしかと保った。
ランが羽撃く度に音色が鈍くなっている。水の中から外の音を聞いているような感覚だと思った七結は肩に移動した幽世蝶に問いかけた。
「あなたは平気?」
はたり、と翅が揺らされる。寧ろランは七結を心配し続けているようでもある。大丈夫よ、と淡く笑んだ七結は洋館の廊下の先を見つめた。
「ならば、共に往きましょうか」
「何処へ行くというの?」
その瞬間、知らない誰かの声が耳に届く。ずっと聞こえている歌声の主ではない。問いかけてきた声を発しているのが廊下の先に立つ黒い少女だと知った七結は、静かに身構えた。
蒼い薔薇の花弁が周囲に散り、少女の声が再び紡がれる。
「貴女にも、薔薇を贈ってあげる」
「……青い、バラ」
その花言葉を七結は識っていた。
奇跡と不可能。
相対する想いの言葉を宿す花だが、それには意味がある。
「不可能だと思われた色彩が宿った、その時。ひとは、そこに奇跡を見たのでしょうね」
「そう、貴女の闇からも奇跡が起こるわ」
七結の言葉を受け、少女は腕を伸ばす。その途端、心が覗かれたような気がした。
奇跡。それは何度も望んだこと。
彼の神性をほんとうの意味で手にできたら。もしも幸福なまま、ふたりでいられる世界があれば。そんな奇跡が起こるのならば――と、考えたことがある。
「さぁ、どうぞ」
少女の手の中に生まれた蒼い薔薇が差し出されている。
あの花を手にすれば奇跡が得られるのだろうか。不可能とされた、あの夢を。
「…………」
七結は口許を引き結ぶ。今の七結は叶わない願いを口にすることは、しない。そのことを傍らに舞う幽世蝶が示してくれている。
「どうしたの? 要らないの?」
「わたしは、今のわたしが得た路を往くわ」
黒の少女に向けて、そして、自分にも語るように七結は告げる。
蒼の薔薇を散らすかの如く、あかい牡丹一華の花嵐が舞う。あの少女は子守唄に当てられて己を見失っている。
今は子守唄の惑いを解くときだとして、七結は片腕を掲げた。
「このあかい花嵐で、全てを――」
攫って、消して、取り戻す。
蝶々とともに紡ぐあかは七結を七結たらしめる彩。蒼があかに塗り潰されたとき、黒の少女は唄の魔力から解放された。
まもなくすれば少女は目を覚まし、元の彼女に戻るだろう。
「今は少し、おやすみなさい」
一欠片の蒼い花弁が掌に舞ってきたが、七結は窓の外に花を逃がす。自分には牡丹一華が相応しいのだとして、七結は幽世蝶に微笑みかけた。
大成功
🔵🔵🔵
プリ・ミョート
歌なあ。風呂入って足伸ばしながらのんびり歌うのはええけども……これ聞かなければええってことはねえかに。歌詞とかメロディとかきちんと理解できてない状態なら、歌を聴いたことにはならねえと思うべさ。
ちゅーわけで脱ぐべさ。いやんはずかちっ。あんまり真剣に語られてもわかんねえべよ。ブギーモンスターってな布を脱ぐと獰猛になっちまうんだべ。わかんねえか? あんたらは槍のご飯になっちまうってことだべさ
目の前のケダモノランスの方がガチで悪い悪魔だとは思わねえか? んん? 答えは聞いてねえけどな、おらも悪魔だからに、ひひひひ!
●刮目せよ、悪魔の御業
――ぼうや、かわいいぼうや。
洋館に入ってすぐに幽かな子守唄が聞こえはじめた。未だ遠い声ではあるが、奥に進むにつれて歌が鮮明になっていくことは明らかだ。
あの歌を聞き続ければ、この洋館の中にいる少女達のように正気を失ってしまう。
「歌なあ」
プリ・ミョート(怪物着取り・f31555)は知恵の布を揺らしながら、薄暗い洋館の廊下を進んでいた。そこかしこから誰かの気配が感じられ、いつ何処で正気を失った少女に出会ってもおかしくないほどだ。
そのときに自分も正気ではなかったら、実に拙いことになる。
聞こえる歌をかき消すためにはこちらも何かの歌を紡げば良いのだが――。
「風呂入って足伸ばしながらのんびり歌うのはええけども……これ聞かなければええってことはねえかに」
プリはこの場で歌う気はあまりなかった。
それゆえに妙案を思いついたのだ。まだ少ししか聞こえていない歌詞やメロディは、いうなればきちんと理解できてない状態。
つまり、今の状況ならば歌をしっかり聴いたことにはならない。
「今のうちなら大丈夫だと思うべさ」
よし、とプリが頷くと布がふわりと揺れた。
プリが手を伸ばした先は歪な布の裾。ブギーモンスターたる彼女が決めたのは、知恵の布を此処で取り払ってしまうということ。
「ちゅーわけで脱ぐべさ」
「……脱ぐの?」
すると不思議そうな顔をした少女、蒼い薔薇の夢を見るレイリーが現れた。誰も居ないうちに脱ごうと思っていたプリは思わず声をあげる。
「いやんはずかちっ」
そのときには知恵の布は取り払われており、其処には――おぞましき異形の鹿となったプリの姿があらわになっていた。
びく、と少女の身体が震える。しかし相手も魔界の住人だ。すぐにプリの姿を受け入れたレイリーはそっと問いかけてくる。
「貴女の望んだ夢は何?」
蒼い薔薇の少女が行使するのは奇跡の力。
だが、今のプリには生半可な力では太刀打ちできない。あんまり真剣に語られてもわかんねえべよ、と通常の彼女なら答えていただろう。
その代わりに響いたのは静かな咆哮めいた声。笑い声にも近かったかもしれない。ブギーモンスターは布を脱ぐと獰猛になる存在。今のプリは悪魔そのものだ。
「……!」
「わかんねえか? あんたらは槍のご飯になっちまうってことだべさ」
レイリーは慄き、一歩後ろに下がる。
されど、そのときには既にプリが肉の槍を構えていた。奇跡を行使するよりも疾く動いた槍がレイリーの身を貫く。
「わ、わたしは…………様の、ために戦……」
「それは必要ねえべさ。召喚魔王よりも目の前のケダモノランスの方がガチで悪い悪魔だとは思わねえか? んん?」
赤く蠢く瞳のひとつずつがレイリーを映し込んでいた。
それは少女側から見れば恐怖そのものだっただろう。惑わされたことすら忘れ去ってしまうほどの衝撃がレイリーの裡に駆け巡っていた。
「待って、私はもう――」
「答えは聞いてねえけどな、おらも悪魔だからに、ひひひひ!」
プリの笑い声が洋館内に響き渡った刹那、血を啜る肉の槍が蠢く。戦う力を奪われた少女はその場に倒れた。
謎の子守唄は響き続けているが獰猛な獣と化したプリの耳には届いていない。プリは廃墟を進み続け、その後も何人もの少女を倒し、もとい救った。
意識を失った少女達が目を覚ましたとき、きっとこう語るだろう。
――オバケよりも恐ろしいものを見た、と。
大成功
🔵🔵🔵
ヲルガ・ヨハ
◎
なんだ、これは
知らず人形の"おまえ"を背に庇う
内側から揺さぶられるやうな
ざわりと
魂がささめく
嗚呼、追憶を喰らいしわれが
懐かしいと感じるなど……
魔王の力ゆえか
……それとも
希いなど
そんなものは最早在りはしない
きつく耳塞ぎ進む、駆ける脚は常と等しく"おまえ"のもの
UCを施し託し、命ず
煙(けぶり)がごとき『オーラ防御』でその身を護り
『激痛耐性』で一刻でも長く"おまえ"が駆ける様に
さぁーー"おまえ"よ
奇跡など、そんなものはくれてやらう
届かぬはわれの弱さゆえ
魂に刻みはしよう
なれど
跪き項垂れていては、戦えぬ
欲するものは
抗い、跑き
この手で掴みとる
ただ、それだけだ
嗚呼
この先に、居るのか
あの子守唄のーー主が
●果てなく遠い聲
古びた洋館内。真っ直ぐに続く廊下の奥には半開きの扉が見えた。
「なんだ、これは」
ヲルガ・ヨハ(片破星・f31777)は思わず人形の“おまえ”を背に庇った。
その理由は何故かは明確には分からない。だが、奥から響いてくる歌声が異様なものであることだけは解った。
――やさしく、つよく、かしこいぼうや。
――やりたいことをやりなさい。いきたいようにいきなさい。
耳に届く声は優しくも感じられた。
されど、それは内側から心や感情を撫でられたような感覚を齎すものだ。
「心を揺さぶられるやうな……」
ざわりと魂がささめく。
そうとしか言いようのない心地がヲルガの胸を満たしていた。子守唄の音はまだ幽かなものだが、進むことで声はより鮮明ではっきりと響いてくるのだろう。
「嗚呼、追憶を喰らいしわれが懐かしいと感じるなど……」
このように思うのは魔王の力ゆえか、それとも。
考えても答えは出ない。進むことが先決だとして、ヲルガはおまえと逸れないように静かに寄り添った。
すると廊下の左右にあった扉のひとつから黒い影が現れる。
黒い魔力の翼に天使の輪。白から黒に染まる長い髪を揺らした少女。彼女がレイリーと呼ばれる者だろう。
「あなたが望む奇跡をおしえて」
少女の声は洋館内に紡がれ続ける子守唄と重なり、蠱惑的な響きとなっている。ヲルガは首を横に振り、凛とした口調で答えた。
「希いなど、そんなものは最早在りはしない」
「その物言いだと、かつてはあったのだということに聞こえるわ」
「……今は、ない」
レイリーからの言葉には、まともに取り合ってはいけない。今も響く子守唄はヲルガの心を揺らがせており、望みを口にしてしまいそうになるからだ。
ヲルガはきつく耳を塞ぎ、少女との距離を詰める。駆ける脚は常と等しく、おまえのものであるゆえに疾い。
今は少女の声を聞く必要もないだろう。
ヲルガは自身の血液と蝕まれる肉体を代償に、からくり人形に力を注いだ。流星の如き闘気に守護された人形はレイリーに蹴撃を見舞う。
煙を思わせる力を広げたヲルガは己の身と共におまえを守護していき、代償として巡る激痛に耐えた。
「さぁ――“おまえ”よ」
奇しくもあるが、聞こえた唄のとおりに振る舞えば良い。
いきたいようにいけ。
生きることも、往くこともおまえ次第。ヲルガは歌に耳を傾けないことを誓いながら、目の前の少女を正気に戻すための力を振るっていった。
「奇跡など、そんなものはくれてやらう」
届かぬはわれの弱さゆえ。
されど、魂に刻みはしよう。跪き項垂れていては、戦えぬのだから。
「あなたは奇跡がほしくないの?」
レイリーは不思議そうに問いかけてくる。慈悲をあげるのに。それなのにヲルガは拒否している。耳すら傾けないヲルガの様子が理解できないようだ。
少女の様子から問いかけられていることに気付いたヲルガはゆっくりと口をひらく。
「欲するものは――」
知らぬ誰かに与えられるものではない。
抗い、跑き、この手で掴みとる。
「何もかも遠い。だが、潰えたわけではない。ただ、それだけだ」
ヲルガが宣言した瞬間、からくり人形の蹴りがレイリーを貫いた。弾き飛ばされた少女の手から蒼い薔薇が落ちる。
「う、あ……」
「暫く眠っているといい」
気を失った少女を見下ろしたヲルガは先に進む。あれだけ強く倒したゆえに目を覚ませば正気に戻っていることだろう。
それよりもヲルガは歌声の主が気になっていた。
「嗚呼。この先に、居るのか……?」
ヲルガは洋館の窓から外の様子を確かめる。こうして脅威を取り払って行った先に召喚魔王への道が繋がっているのだろう。
山よりも遥かに巨大な姿と、子守唄を歌う声。
姿は見えても名が分からぬ召喚魔王を思いながら、ヲルガはおまえに身を預けた。
大成功
🔵🔵🔵
シズ・ククリエ
◎
いかにも出そうな雰囲気だねえ
魔王のぼうやになるなんて御免だし
さっさと幽霊退治始めよう
ってことで、フィル
なんか良い感じな歌でも歌ってよ
喋る武器、電球杖フィラメントに話しかける
『無茶振りすんなヨ!』って声に
あははーと笑いながら
ーーしょうがないなあ。
それならフィルは電球らしく照明になってて
おれはコッチを使うから
CF.Stellaで保存領域から
耳栓…はなんか格好悪いから
子守唄阻む
魔法のヘッドフォンを呼び出して
館を進もう
夢は見ないし
奇跡も信じてない
望みがあるならひとつだけ
ねえ、レイリー
記憶があった頃の…
嘗てのおれを見せてくれよ
電球杖を振るい
青薔薇散らす
こんな時は物理が一番
…叶いもしない事を肯定しないで
●記憶の灯火
閉ざされた窓には蜘蛛の巣が張られていた。
厚い紗幕によって陽の光が遮られているので洋館内はずっと薄暗いままらしい。僅かな光はあるものの、不気味な雰囲気は色濃い。
「いかにも出そうな雰囲気だねえ」
シズ・ククリエ(レム睡眠・f31664)は周囲を見渡しながら、電球杖のフィラメントをそっと握り締める。
『まさに幽霊屋敷だナ!』
答えたフィラメントも辺りの雰囲気が不気味だと感じているようだ。
本当にオバケが出てきてもおかしくはない洋館だが、いま此処に蔓延っているのはそんなに気楽なものではない。
「魔王のぼうやになるなんて御免だし、さっさと幽霊退治を始めよう」
『さて、敵はどこだ。あっちか?』
フィラメントは幽かに歌が聞こえてくる方向に意識を向けていた。まだ僅かしか音は届いていないが、あの子守唄を聴いてしまうといけないことは知っている。
「ってことで、フィル。なんか良い感じな歌でも歌ってよ」
『無茶振りすんなヨ!』
すぐに電球杖から突っ込みが返ってきたことで、シズはあははと笑った。あの子守唄が遮れるならば何でもいいのだが、夕飯のメニューが何だっていいと答えるくらいには適度に無茶な振りだったようだ。
「――しょうがないなあ」
『適材適所ってモノがあるだろ?』
「それならフィルは電球らしく照明になってて。おれはコッチを使うから」
『それでいいのサ』
ふたりは意思を重ね合い、互いに出来ることを行っていく。
シズは意識を集中していき、保存領域ステラに眠る魔術道具を取り出してゆく。歌を阻むために彼の手に現れたのは――。
「耳栓は……なんか格好悪いから、これかな」
シズは魔法のヘッドフォンを装着する。ミルククラウンの光輪がちょうどヘッドフォンの上に来るように配置したシズは音を遮断した。
遠くの歌は聞こえないが、近くの物音くらいならば拾える状態だ。シズが注意深く先を探りながら進んでいると、行く先に人影が現れた。
件の少女だと気付いたシズはフィラメントを掲げる。あらわになったのは黒い肌と魔力の翼、闇の光輪を持つ堕天使の姿だ。
「貴方が望んだ夢は何? 貴方が求める奇跡はどんなもの?」
問いかけてきた少女、レイリーは手を差し伸べてきた。もしシズがまともに答えれば少女の力が本格的に発動するのだろう。
「夢は見ないし、奇跡も信じてない」
「どうして?」
首を傾げる少女からの問いかけに対し、シズは敢えて返答しなかった。その代わりに最初の問いに半分だけ答えることにした。
望みがあるならひとつだけ。
「ねえ、レイリー。記憶があった頃の……嘗てのおれを見せてくれよ」
「それは視えないモノだけど――でも、」
「……そう」
答えた少女は何かを起こそうとしていた。心の奥から何かが引っ張り出されているような気がしたが、それよりも早くシズが動く。
やっちまえ、とフィラメントの声が響いた刹那。
電球杖が振るわれ、少女の手に生まれかけていた青薔薇が咲く前に散らされた。
「あ……」
一撃が急所に当たったのか、ちいさな声をあげたレイリーはそのまま床に伏す。やはりこんな時は物理が一番効くと実感したシズは杖を下ろす。
『オイ。大丈夫だったか、シズ』
「平気だよ」
フィラメントが珍しく心配していたのでシズは問題ないと答えた。倒れた少女は間もなくすれば目を覚まし、正気に戻るだろう。
シズはヘッドフォンを深く装着し直し、自分にしか聞こえない声で呟いた。
「……叶いもしない事を肯定しないで」
夢なんて見ない。奇跡など信じられない。
それが今の少年の心に満ちている、悲しくも素直な思いだった。
大成功
🔵🔵🔵
栗花落・澪
元々霊感体質なので
恐怖心等は感じない
青薔薇…不可能が、神の祝福により夢叶う、奇跡の花
素敵な花だとは思うけど、止めてあげなきゃいけないね
【高速詠唱】で風魔法を上乗せした【オーラ防御】を身に纏い
自分の周囲に風を起こすことで防壁としてだけではなく
風音により歌を聞こえにくくさせつつ
自分自身も【歌唱】し続ける
もしもの時のために、片手には【破魔】を宿した★お守りを持って
いつでも自分を【浄化】出来るように
叶えたい奇跡はあるけれど
どうせなら操られてじゃなく、いつか自分の意思で語りたい
それを口にするのは自分が前向きになれた時
それまでは誰にも、教えない
【指定UC】に破魔を乗せて発動
今、解放してあげるからね
●白の裁き
あの幽霊屋敷にはオバケが出る。
絶対に絶対。必ず出遭うから気を付けて。
きっと、そういった噂が噂を呼んで悪魔からもこの地域が恐れられるようになったのだろう。何せ、オバケの噂は本当なのだから――。
「ここが絶対幽霊屋敷かぁ」
栗花落・澪(泡沫の花・f03165)は事件が起こっている洋館に踏み入り、通常通りの雰囲気で声を紡いだ。きょろきょろと薄暗い館の中を見渡す澪の様子は普通だ。
澪は元々霊感体質なので恐怖心は感じていないらしい。
幽霊型の悪魔ですら怖がる幽霊が屋敷にいると聞いているが、今回の目的はそちらではない。謎の子守唄が響いている洋館に彷徨っているもの達を見つけて救い出すことが、猟兵としての役目だ。
「確か、その子達は蒼い薔薇を使うんだっけ」
澪は改めて、敵でありつつ救出対象でもある少女達について考える。
青薔薇。
それは不可能という花言葉を宿している。しかし同時に神の祝福により夢叶う、奇跡の花だとも呼ばれていた。
「素敵な花だとは思うけど、止めてあげなきゃいけないね」
気合いを入れた澪は洋館の奥に進んでいく。
進む度にときおり、幽かな歌声が奥の方から聞こえてきた。
――ぼうや。
僅かしか聞こえてきていないというのに、まるで自分が呼ばれているように思える。しかし、澪は歌をまともに聴くつもりはない。
高速詠唱で風魔法を上乗せしたオーラを身に纏った澪は、自分の周囲に風を起こしていった。防壁としてだけではなく、風の音によって歌を聞こえにくくする作戦だ。
それだけには留まらず、子守唄をかき消すために自らも歌唱していく。
「――♪」
澪は歌いながらも、もしものときのために片手にお守りを握り締めていた。破魔を宿している守護を心の拠り所にすれば惑いの力にも抵抗できるはず。それにきっと、これならいつでも自分を浄化できるだろう。
すると、少し離れたところから誰かの声が聞こえてきた。
「貴方の夢はなんですか」
「……誰?」
「手の届かなかった奇跡はなんですか」
澪が視線を向けた先には蒼い薔薇の花弁を纏った少女が立っていた。彼女がレイリーと呼ばれる者なのだと気付いた澪は首を横に振る。
「僕にだって叶えたい奇跡はあるよ。けれど、どうせなら操られてじゃなく、いつか自分の意思で語りたいな」
それを口にするのは自分が前向きになれたときだと決めている。
だから、と言葉にした澪はレイリーを見据えた。
「それまでは誰にも、教えない」
澪は答える代わりにユーベルコードを発動させていく。
――plumes de l'ange.
「罪を背負いし者達に、清浄なる裁きを与えん」
詠唱と共に紡いだ力に破魔を乗せ、巡らせたのは雪のように美しく輝く鈴蘭の花弁。蒼と黒の色彩を白に染め上げる如く澪は全力を放つ。
「そちらがその気なら、こちらも負けません」
レイリーも抵抗するように青い茨と生命力を啜る青薔薇を解き放った。
白と蒼。
ふたつの色彩がぶつかりあう中、澪は負けない気持ちを強める。暫し拮抗しあった蒼の薔薇と純白の鈴蘭の嵐は、やがて白一色になっていった。
「今、解放してあげるからね」
澪の慈愛に満ちた言の葉が落とされた次の瞬間、レイリーはその場に倒れた。
眠るように気を失った少女は戦う力を失っているだけだ。目を覚ませば正気に戻り、子守唄の影響からも解放されるだろう。そう判断した澪はほっとした気持ちを抱く。
未だ子守唄は響き続けていた。
あの正体が判明するまで、きっとあと少し。
そのときまで気は抜かないようにしようと決め、澪は屋敷の奥を強く見つめた。
大成功
🔵🔵🔵
シャルファ・ルイエ
館の見た目が怖いのは平気なんですけど……。
歌の干渉はやっぱり不快ですね。
やりたいことをやって、いきたいようにいきるから。
この唄の思い通りには動きません。
わたしには、わたしの歌がありますもの。
歌っていれば抗えますし、きっと向こうからも見つけて貰えると思いますから。一石二鳥です。
わたしの夢は――……、
ふふ、秘密です。
秘密だけれど、踏みにじって奪って手に入れても、きっと幸福だとは思いません。
だから願う代わり、あなたの薔薇に花を添えましょう。
あまり痛くないように夢見心地の間に終わらせてしまいますね。
わたし達に夢を問うあなたが見る夢は、いったいどんなものなんでしょうか。
●夢みる希い
おどろおどろしい風が吹き抜け、割れた窓が揺れる。
廊下のそこかしこに張られた蜘蛛の巣は不気味に光っており、剥がれた絨毯の下に覗く床下から何かが動き回る音がしていた。
其処に混ざるのは軋む扉の音。どこかの扉がひらいたのかと思って振り返ってみても、どの扉も動いてはいない。
「館の見た目が怖いのは平気なんですけど……」
視線を元に戻したシャルファ・ルイエ(謳う小鳥・f04245)は、ちいさく肩を竦めた。どんな音や動き、雰囲気にも動じない心が彼女にはある。
しかし、家鳴りや風の音に紛れて響いてくる奇妙な子守唄。あの歌が耳に届く度にシャルファの心が妙に揺らがされていた。
「あの歌の干渉はやっぱり不快ですね」
召喚魔王の名は未だ不明であり、その目的も子守唄の狙いも分からない。何か理由があって歌を紡いでいるのか、それとも他の何かが影響しているのか。
考えても答えは出ない。しかし、考えを巡らせなければ己を見失ってしまいそうだった。シャルファは自分が自分である思いを強め、頭を横に振る。
子守唄はまるで己という存在を眠りに誘うかのように響き続けている。だが、あの歌が語っていることの一部は肯定できるものだ。
「やりたいことをやって、いきたいようにいきるから――」
魔王のぼうやにはならない。
だからこそ唄の思い通りには動いたりはしないと決めた。シャルファは息をゆっくりと吸い込み、心を落ち着ける。
「わたしには、わたしの歌がありますもの」
きっと歌っていれば抗える。
それに声を出せば、この洋館に潜む少女達もシャルファを見つけられるだろう。一石二鳥だと考えたシャルファは恐れることなく歌を紡ぎ、先に進んでゆく。
そうしていると不意に窓辺から蒼の花弁が舞ってきた。花が風に飛ばされてきたのかと感じたシャルファは手を伸ばす。
「これは……薔薇の花?」
その指先に花弁が触れた瞬間、目の前に黒い影が現れた。
はっとしたシャルファはレイリーと呼ばれる少女が自分の元に訪れたのだと知り、そっと身構える。対する少女は青い瞳を瞬かせ、静かに問いかけてきた。
「貴方の夢はなあに? 手の届かなかった奇跡は、ある?」
真っ直ぐな瞳には光が宿っていない。おそらく魔王のぼうやとして動いている側面と、元のレイリーとしての面が半々になっているからだ。
「わたしの夢は――……、」
シャルファが答えようとしていることを知り、少女は更に言葉を続ける。
「あたしは希う貴方を肯定しましょう」
そうすれば、青茨が巡るから。
レイリーが此方への攻撃を狙っていると気付きながらも、シャルファは微笑む。
「ふふ、秘密です」
「どうして?」
「秘密だけれど、踏みにじって奪って手に入れても、きっと幸福だとは思いません。だから願う代わり、あなたの薔薇に花を添えましょう」
シャルファは迫ってくる青薔薇を避け、身を翻した。その際に髪の霞草が僅かに散ったが、彼女は気にしない。
「あまり痛くないように夢見心地の間に終わらせてしまいますね」
白花の海を、此処に。
歌に乗せた魔力から霞草が咲く花畑の幻が広がっていく。シャルファが宣言した通り、夢見心地へと誘う力がレイリーを包み込んだ。
「あれ……あたしは、何をして……?」
ふわりとした心地に抱かれ、少女は眠るようにその場に倒れる。
そうっとレイリーを介抱したシャルファは、いずれ彼女も正気を取り戻すだろうと判断した。あの子守唄が聞こえないように更なる歌を紡ごうと決めたシャルファは、その前にふとした思いを零す。
「わたし達に夢を問うあなたが見る夢は――」
いったいどんなものなのか。
目が覚めたら問いかけてみるのも悪くないと考えつつ、シャルファは花唇をひらいた。
そうして、洋館内に柔らかな歌が響いていく。
大成功
🔵🔵🔵
リル・ルリ
◎
静かで、冷たくて
真っ暗闇は水底によく似ている
ふかふかのヨルを抱きしめて、泳ぎ進むよ
怖くないよ
僕はここに居て、僕はひとりではない
子守唄──僕の記憶の水面に睡るそれはどんなものだったか
羊水の揺籃の中でかあさんが歌ってくれていた──憶えていられたらそれこそ奇跡かな
櫻のかあさんがうたった櫻への子守唄
少しだけ羨ましかったのは内緒だよ
共に往くカナンとフララがつくってくれた泡沫のベールは守りの調べのよう
可愛いぼうや、君に子守唄を歌ってあげる
僕は歌うさかな
夢の海へ誘う
──忘却の歌
怖いこともなにもかも
とろりとかして忘れてしまって
奇跡が何かって?
それは軌跡だ
自分で歩まなきゃ伸ばさなきゃ
手にできない
咲かない薔薇さ
●白無垢の白昼夢
幽霊屋敷と呼ばれる洋館。
館内は暗く、世界から切り離されているような印象を抱く場所だ。まさに闇に閉ざされた世界と呼ぶに相応しいかもしれない。
「静かで、冷たくて――」
こんな真っ暗闇は、あの水底によく似ている。
リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)は水に沈んだ故郷を思い返しながら、暗闇が広がる洋館内を泳ぎ進んでいく。
「ヨル、平気?」
「きゅ! きゅ?」
「大丈夫、僕も怖くないよ」
リルが腕に抱いた仔ペンギンに語り掛けると、逆に問いかけられた。自分を心配してくれているのだと感じ取ったリルはふかふかのヨルを抱きしめる。
オバケが出ると聞いていたので、リルが怖がっていると思ったのだろう。ヨルは安心した様子でリルの腕に掴まった。
「僕はここに居て、僕はひとりではないから」
みんなみんな、ひとりずつ過去になっていくけれど。
それでも、リルは此処まで懸命に泳いできた。水底の都から離れて因縁に幕を下ろし、匣の物語を識っても折れない心を育んできた。
こうして幽霊屋敷を進んでも大丈夫になったのは、歌が聞こえるからだ。
どんなものでも歌は尊い。
ぼうや、ぼうやと呼ぶ声は子守唄だ。自分の中にある唄と似ている気がして、リルは尾鰭をそっと揺らした。
己の記憶の水面に睡るそれはどんなものだったか。
羊水の揺籃の中で母のエスメラルダが歌ってくれていたものだろう。まだ意識すら芽生えてなかったときの歌を憶えていられたならば、それこそ奇跡だ。
洋館内に響く蠱惑の子守唄は気になれど、耳を傾けないようにしなければいけない。リルはちいさな歌を口遊みながら、救うべき子――レイリーを探していく。
そんな中で不意にヨルが首を傾げた。
「きゅう?」
「うん……そうだね、胸の奥が痛むときもある。櫻のかあさんがうたった櫻への子守唄が、少しだけ羨ましかったのは内緒だよ」
切ないの? と聞かれたと感じ取り、リルはヨルだけに本音を零す。
すると、共に往くカナンとフララが寄り添ってきた。二羽が紡ぐ泡沫のベールは守りの調べのようで、リルの心に嬉しさが満ちていく。
音は聞こえなくても、確かに其処にある。だからひとりではないのだと感じた。
そうしていると、前方に人影が見えた。レイリーと呼ばれる少女が現れたのだと知り、リルは泳ぎを止める。
「貴方が望んだ夢を奇跡にかえましょう」
少女はリルを見つめ、手を伸ばしてきた。彼女が何者にも操られていないのならば、手を貸して貰うことも出来たかもしれない。されど今のレイリーは魔王のぼうやとして動き、世界を傾ける役割を与えられている者だ。
「可愛いぼうや、君に子守唄を歌ってあげる」
「あたし、あなたのぼうやじゃないわ」
「そうだね。だけど、魔王のぼうやでもないはずだよ。僕はね、歌うさかななんだ。君にあの子守唄よりも深い、夢の海へ誘う歌を捧げよう」
「おさかな……?」
リルは優しく語り、音階を刻んでいく。
紡ぐのは忘却の歌。ルリラ、ルリラ、ルルラと奏でられるメロディは少女の周囲を包み込むように響き始め、魔王の子守唄より強く巡っていった。
「怖いこともなにもかも、とろりとかして忘れてしまって――君自身に、戻ろう」
「あたしは……奇跡を……」
抵抗しようとする少女は青い茨を生み出し、リルを穿とうとする。しかし、蠱惑的な歌声を纏う桜が青薔薇の力を弱めていった。それによって少女が膝をつく。
「奇跡が何かって? それは――軌跡だ」
誰かが齎す一時的な恩恵のようなものではない。だから、君から与えられる奇跡は本物にはならない。リルはふわりと微笑み、少女に歌を唄い続けた。
「自分で歩まなきゃ」
伸ばさなければ手にできない。
そうでなければ、いつまでたっても咲かない薔薇にしかならないから。
リルが歌う母譲りの忘歌は何処までもやさしく響き渡り、あるべきものをあるべきかたちに戻していった。
大成功
🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
◎
ひぇ、ゆうれいやしき
こ、こわくないもの
ララやルー、クーといっしょだし!
聞こえてくる子守唄
これを聞かない様にするには…
子守唄と言えば昔、レイラお母さまが歌ってくれた事があった
お身体が弱くて滅多に聞けなかったけれど、おぼえてる
大きな声で歌いながら歩きましょう
少しへたっぴでも大丈夫
聞いてるのはララ達だけだもの
蒼い花
ずっとひとりで咲いていました
蒼い花
ある時旅人に会いました
花は自分は独りだと
同じ色の花に会った事がないと言いました
旅人は笑いました
君の花びらと僕の目の色は同じ
ほら、もう独りではないでしょう?
夢なんてもう叶ってる
だいすきなひと達と居る事
そして夢を此処で終わりにしない為に
さ、いってらっしゃい!
●蒼い花の唄
扉をあければ、軋んだ音が響き渡る。
蜘蛛の巣が張っている暗がりの片隅に。或いは足が折れたテーブルの下に。もしかすれば、すぐ後ろに――オバケがいるかもしれない。
「ひぇ、これがゆうれいやしき……」
ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は嫌な想像をかき消すために、ふるふると頭を振った。一度考えれば次々と恐ろしい思いが浮かんでくる。
「こ、こわくないもの。だいじょうぶ!」
ルーシーはいつもたったひとりでいるわけではない。今日もララやルー、クーといっしょだからオバケなんて怖くはない。
そっと自分に言い聞かせながらルーシーは気を引き締めた。
怖がる前にしなくてはいけないことがたくさんある。まずは屋敷の何処かから響いてくる謎の子守唄を聞かないこと。次に歌に惑わされたレイリー達を正気に戻すこと。
最後は無事にみんなで帰ること。
奏で続けられている子守唄は心を揺らがせる魔力のようなものが宿っている。
――ぼうやよ、ぼうや、かわいいぼうや。
ルーシーはあの声の主のぼうやなどではない。それだというのに、どうしてか従わなくてはいけない気持ちになりそうだ。
「ええと、これを聞かないようにするには……」
自分が惑わされてしまう前に何か対処しなければならない。ルーシーは懸命に考え、ふと或ることを思い出した。
子守唄と言えば昔、レイラお母さまが歌ってくれたことがあった。
「お身体が弱くて滅多に聞けなかったけれど、でも」
おぼえている。
記憶を頼りに歌詞を思い返したルーシーは、蒼い幽世蝶を傍に呼んだ。調子が外れていても構わない。レイラお母さまを始めとした家族を忘れて、あの子守唄の主である魔王のぼうやになるよりはいいからだ。
「ルー、いっしょに大きな声で歌いながら歩きましょう」
少しへたっぴでも大丈夫。
それは以前の匣世界の中でも知ったことだから。それに聞いてるのはララ達だけだもの、と語ったルーシーは歌を唄いはじめた。
蒼い花。
ずっとひとりで咲いていました。
蒼い花。
あるとき旅人に会いました。花は自分は独りだと。
同じ色の花に会ったことがないと言いました。
旅人は笑いました。
君の花びらと僕の目の色は同じ。
「――ほら、もう独りではないでしょう?」
ルーシーが歌を紡ぎ終わると、廊下の奥からゆらりと影が蠢いた。一瞬だけびくりと身体を震わせてしまったが、ルーシーは相手が件の少女だと気付く。
「貴方の夢はなんですか」
虚ろな表情で問いかけてくる少女、レイリー。
伸ばされた手の中にあるのは一輪の蒼い薔薇だった。相手を見つめ返したルーシーは、あの蒼と自分が宿す青が少しだけ似ていると感じる。
気を強く持ったルーシーは相手の問いかけに答えてはいけないと察した。返答の代わりに力を巡らせたルーシーは、コモドドラゴンのぬいぐるみを解き放つ。
「夢なんてもう叶ってる」
「奇跡は必要ないの? あたしは希う貴方を肯定するのに」
相手からも不可思議な力が巡ったが、ルーシーは決して怯まなかった。奇跡はもう手にしているから、これ以上は要らない。
「だいすきなひと達と居ることが、ルーシーの奇跡だから。そして、夢を此処で終わりにしない為に――わたしは前に進むの」
さ、いってらっしゃい。
ルーシーの掛け声と共にコモドドラゴン達が廊下を駆け抜け、標的を穿った。
青い薔薇が散り、瞬く間に少女の戦う力を奪い取る。されどそれは子守唄から少女を解放するための一手だ。
「うぅ、あ……なんだか、ねむいわ……」
「あれ、眠っちゃった……? もうだいじょうぶかしら」
その場に倒れた少女を抱き起こしたルーシーは安堵を覚える。
きっと今頃、屋敷に訪れた他の猟兵も少女達を介抱しているだろう。未だ子守唄は止まないが、魔王の手先になりそうだった子達は助けられた。
はたとしたルーシーはこれまで忘れていた怖さを思い出す。
「オバケが出るまえにかえるっ」
ぱたぱたと駆けていったルーシーの後を追い、蒼い幽世蝶も羽撃いてゆく。
こうして、子守唄騒動のひとつに幕が下ろされた。
蒼い薔薇の夢はひとまずおしまい。悪魔の世界の御話と夢の結末がめでたしめでたしかどうかは、きっともうすぐ明らかになるはずだ。
大成功
🔵🔵🔵