サクラミラージュは帝都にある、とあるカフェー。
付近にエリート大學校があるためか、そこに通う学生が利用する事で知られる店の一つだが、夜に差し掛かろうという時刻にあっては客の入りもまばらであり、居つく学生たちもそろそろ帰ろうかと席を立つ者が目立つ。
そんな中で、熱心に言葉を交わして議論する学生の一団が、時間を忘れてテーブルを囲んでいた。
「やはり、道行く人に声を上げて話を聞いてもらうには、限界があるんじゃないか?」
「そうだな。帝都には桜學府がある。我々の活動を声高にしていては、すぐにでも見咎められるだろう。奴らは影朧を逃しはしないからな」
「おぞましきユーベルコヲド使い共め……やはり、大正は長く続き過ぎたのだ」
その一団は、過激な思想の下に集まった者たちであった。
不死の帝統治の下、帝都は700百年以上も大正をの年号を保っているという。
幻朧桜が世界中に咲き乱れるこの世界で、悲劇的な過去から生まれた不安定なオブリビオン『影朧』の荒ぶる魂を鎮め、そして桜の精による転生という文化はもはや一般的であり、『影朧』によって引き起こされる事件は仕方がないとはいえ、人々の不安の種であった。
この学生たちは、この文化にやや脚色された思想を吹き込まれ、同調しているのだった。
曰く、『影朧』と『幻朧桜』は対であり、帝がおはすからこそ、その輪廻は繰り返される。
影朧の出現は、帝の存在によるものであるという。
度重なる影朧事件も、帝が退位し、大正が終わりを告げれば起こらなくなるはず。
「ああ、そうとも! 影朧さえ現れなければ、あのようなユーベルコヲド使いが増長する事も無かった筈だ」
「ああ、大正は終わるべきだ」
「新たな時代は、我々のようなエリートこそが作るべきだ」
劣等感だろうか。冷静に考えれば荒唐無稽な危険思想に及ぶまで、優秀なはずの彼等の目鼻は曇っていた。
過去に起こされた戦争、他国の統治、それらを担うはずの若者たちは、知を得て學を積み、多くの者たちに慕われ、必要とされるはずだった。
しかし、帝都の中に於いて持て囃されるのは、このところ頻発する影朧事件を解決に導くユーベルコヲド使い、帝都桜學府の者たちばかりではないか。
何を馬鹿なことを。もう戦争は終わったのに、必要とされるのは戦う者ばかり。
我々は何の為に学び舎で過ごしているのか。
ちらりとでも、それを思ったが故だろうか。
その心の間隙を埋めるかのように、議論を交わす若者たちの傍らに立つ着物の女が、うっすらを笑みを浮かべていた。
「ふーむ、ふむ……おや、今度の事件はどうやらうちの地元ですねー」
グリモアベースはその一角、給仕姿の疋田菊月は、予知の内容をしたためた資料を手に、やや困ったように笑みを浮かべる。
地元とはいっても、帝都も広い。片や帝都を通る鉄道の終点駅の一つ、中心部から離れた田舎寄りの隅っこで働く菊月が地元というには、いささか遠い。
今回の舞台となる帝都の大學付近は、彼女の地元よりもいささかハイソである。
「ま、とにかくですね、危険な思想に染まった学生さんたちの内の一人に、影朧が憑りついているようです。
彼らの集まりの主催を担う内の誰かだとは思うのですが、それは判然としません」
危険思想に染まりつつある原因、大正は終わるべきというように唆したのは、影朧の影響とみて間違いない。
「まあそのー、全員とっ捕まえて、一人一人尋問していけば早いとは思うんですが、それは最後の手段ですね。思想を抱いただけで引っ張ったとあっては、問題になりますし、皆さん一応エリートな學生さんでいらっしゃいますから、各所にご迷惑が掛かってしまいます」
たぶん、影朧事件関係とすれば、そこは大目に見てくれそうではあるが。
しかしながら、前途ある学生にとって、たとえ騙されていたとしても、過激な思想に染まった結果、事件を起こしてしまってからでは遅いし、その疑いをかけられたとあっても経歴に傷がつきかねない。
「七面倒なお話ではありますが、これもまぁ、お仕事という事でですね! ちょっとした、耳寄り情報を持って来ましたよー!」
影朧の憑りついた主催者を特定するべく、猟兵たちが彼らの集会に接触するための手段としてちょうど良いタイミングであったという。
それを説明するために、菊月は甲斐甲斐しくも猟兵たちに紅茶を振舞いつつ、配った資料のページをめくるよう促す。
「実はですね、近い内に彼等は、ホールを貸し切って観劇会を行うそうですよ。
もちろん、彼等は演劇に関してはそれほど知識があるわけではないので、スタッフを募集しているみたいです。
内容はともかくとして、そこまでやってのけるなんて、お金持ちですねー」
その劇の準備、公演を通じて、新たな同志を増やそうという目論見があるようだが、それは同時に、彼等に接触するチャンスでもある。
力仕事や、小道具作りなど、また知識ある者は演出家などを装って彼等に近づき、影朧の付いた主催者を探し出して、影朧を撃破しなくてはならない。
「影朧については、見ればすぐにわかるとは思いますけど……きっと付いた人との繋がりは強い筈。その人から離れない可能性が高いです。
いざ戦いになった時にも一緒にいる場合は、なんとか言いくるめて邪魔にならないようにしてあげてください」
歯に衣着せぬ菊月の言い方は悪いが、要するに説得して目を覚まさせる必要も出てくるかもしれないため、用心が必要なようである。
粗方の説明が終わると、転送準備に入りつつ、菊月は一呼吸置く。
「数多くの世界の中で、サクラミラージュは比較的平和なところです。しかしながら、私達が戦う理由と、その力を持ち続けるのは、何も戦いを求めるからという訳じゃない筈です。天下泰平を維持するにも、時として力は不可欠だと、私は思うのです」
どうぞお気を付けて、と菊月は深々と頭を下げるのであった。
みろりじ
どうもこんばんは、流浪の文章書き、みろりじと申します。
久しぶりのサクラミラージュとなります。新たなシナリオフレームという事で、挑戦させていただきます。
このシナリオは、グリモアエフェクトによって、将来訪れたであろう「大いなる危機」を、その全段階で予期できたというお話の一つです。
今回は、日常→ボス戦→日常というフレームを使わせていただいております。
第一章の日常パートで観劇会を計画する集会に入り込み、主催者に関する情報を得ます。
第二章では、得た情報をもとに主催者と影朧が孤立するタイミングを見計らって急襲します。
第三章では、影朧が倒れ、主催を失った集会の若者たちが途方に暮れつつ、お片付けする話になる予定です。
最初の断章は投稿せず、オープニング公開から、いつでもプレイングは受け付ける様に致します。
また、二章、三章に入ったところでちょっとした説明が入るとは思いますが、その投稿を待たずにプレイングを送っていただいても全く構いません。
いつでもどうぞ。
それでは、皆さんと一緒に楽しいリプレイを作ってまいりましょう。
第1章 日常
『皆で観劇会をしよう』
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POW : 大道具係なら任せて!
SPD : 手先が器用だから小道具作るね!
WIZ : 演出なら任せて!
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
御園・桜花
UC「蜜蜂の召喚」
如何にも主催する側の学生風の格好をした何人かに先に目星をつけて蜜蜂を放ってから会場へ
「観劇会ですか?それは素敵ですねえ?それで、観客はどの層に絞り困れますの?」
楽しそうに質問
「ご家族連れなら喜劇、ご婦人なら悲劇、恋人なら恋愛ものでもハッピーエンド、一定層の紳士なら風刺劇かダンスレビューが向いていると思われますもの」
「観劇は心を育てるのに有用な文化事業だと言うお話もありますもの。啓蒙活動に観劇を志す皆様はとても素晴らしいと思います。しがないメイドですが、是非お手伝いさせて下さいませ」
「客層と主題を決めたら小道具大道具はお任せ下さい」
主題を提出した人間の話を蜜蜂に拾わせつつ作業
がやがやと人通りのある繁華街よりは少しだけ入り込んだところにある様な、小道の脇にそれはぽつねんと佇んでいた。
古くは幼年保育の為と建てられたその建物は、平屋ながらなかなか大容量のホールも擁しているため、建てられてからと言うもの様々な集まりやイベントにも利用されてきたという。
ただ、帝都の都市化が進み、人口も過密になる上で、様々に多様化する都市機能、乱立する就学機関の発達に取り残される形で、本来の保育園としての役割は近年終わりを迎え、オーナーともども古いままの建物を残して閉園の憂き目にあった。
そこを、わざわざ観劇会を行うために土地ごと買い取ったというのだから、地元の住人からすれば金持ちの道楽という他に無い程度には、生温かい視線が送られているのだが、それと同時に惜しまれつつ取り壊しの決まっていた園の建物が再び陽の目を見る事に対し、応援する声も少なくはなかった。
これがオブリビオン扇動の下で行われている活動の一環だとしても、彼ら学生が必ずしも悪事に直結するわけではないようだが、これらはあくまでも事の前日に過ぎない。
彼等が危険思想に捉われて、それを広く喧伝し、活動の声を多くの民衆に響かせて大きな波を作ろうという目論見には違いない。
ただ、そのやり方は限りなく遠回りと言わざるを得ないのだが。
年季の入った建物へと、様々な道具や資材を手に出入りする若者たち。
それらは、先日のカフェーでの集会に顔を出していた面々もちらほらと居るようだった。
学業に打ち込むべき大学生。しかし、四六時中を勉学に注ぎ続けた高等部よりも時間的余裕を得て、より自由に時間を使うことができるようになった大学生たちは、その膨大にあるようにも見えた時間を持て余し、結果として啓蒙活動に邁進する結果となっていたが、方向性を見出した彼等は、畑違いな観劇会の準備とて嬉々として熱を入れているようだった。
「あのーう、少し宜しいでしょうか?」
あくせくと準備のために忙しない様子の学生の一人に、どこか間延びしたような調子で話しかける人影。
この帝都に於いては、見ればそうとわかるような給仕姿をしている女性を見れば、それはそうなのだろうとわかるのだが、ふんわりとボリュームのある桜色の長い髪を煙に巻くかのように頭に桜の枝を生やす姿は、これもまた一目見れば桜の精とわかる様なものだった。
御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)の呼びかけに、学生はひとときだけ目を奪われ、呆けているようだったが、ぶるぶると頭を振って正気に戻ったらしく、
「えと、給仕さん? 何か用? 見ての通り、ちょっと忙しいんだよね」
「はぁ、その件で伺いたいのですが、募集のチラシを見て来たんです」
「あ、ああ! そういう事ね! ええっとー……」
桜花の要件が、この場所であっている事と理解したらしい学生は、慌てた様子でどこかどぎまぎしながら彼女を案内する。
観劇会を企画する学生たちは、何から何まで初挑戦の出来事が多いのか、色々と洗練されていない部分もあるようだが、それでも成し遂げようという情熱は、代わり映えのしない学生生活にやや倦んでいた彼等を突き動かすものだった。
良くも悪くも大志を抱くというのは、行動に対する原動力なのだろう。
ただ、如何せん、同じ志を抱く一集会の面々では、資金力は親の脛を齧ればなんとかなっても、人員の少なさはどうしようもなかった。
そこで、志は違えども劇の開催の為に働いてくれる人手を募って、あわよくば同志を作ろうと目論んでいたのだが……。
現実はそうそう思い通りにはいかないようで、学生が中心となって取り仕切る劇団でも何でもないよくわからない集団に、子供のお小遣い程度の低賃金で集まってくれる者は皆無であった。
そこへやって来たのである。それも、ちょっとぽやっとした印象はあれど、大人のおねーさんが!
エリート大学に通っている学生であるため、地頭は良い筈だが、若い女性、それも見目に麗しい桜の精と思しき桜花と、あわよくばお近づきに慣れるかもしれないチャンスに、学生は舞い上がっていたらしい。
「ええっと、知ってると思うけど、俺たちはここで劇をやろうって集まりなんだよ。スケジュールはきついけど、近日中に公開できればと思ってるんだ」
「まあ、観劇会ですか? それは素敵ですねえ? それで、観客はどの層に絞り困れますの?」
「素敵? ホントに? あ、ええと、どの層かー。多分、俺たちと同世代なんじゃないかなぁ。俺たちは素人だし、やっぱり同じ目線の人たちに向けた方が作りやすいと思うし……」
「まあ、まあ……」
観劇用に色々とお手入れをしている施設内を案内しつつ、仕事内容を説明する学生は、ドギマギする様子を隠しきれていないが、桜花はそれに気付かぬふりをしてニコニコと目を細めて微笑みながら楽しげに話を聞いているスタンスで話の先を促す。
嘘の付けないタイプの誠実な桜花ではあるものの、接客業で鍛えた鋼の笑顔は健在であり、聞き役に回りつつややテンポを落としてたまに質問する事で、学生から気分よく情報を探り出そうとしていた。
「とはいえ、やることは劇ってことくらいで、まだどういうものをやるかってのを、詳しくは聞いてないんだ。給仕さん、その辺詳しくないかな?」
「そうですね……ご家族連れなら喜劇、ご婦人なら悲劇、恋人なら恋愛ものでもハッピーエンド、一定層の紳士なら風刺劇かダンスレビューが向いていると思われますもの。先ほどのお話と照らし合わせてみるなら、悲劇やロマンス……といったところでしょうか?」
「ほー……詳しいね、給仕さん。いや、勉強になるよ。その辺りは、俺たちも勉強中でさ」
「いえいえ、私もお客様からの受け売りですよ。うふふ」
どこか呆気にとられたかのような顔をする学生の様子に、喋り過ぎたかと思ったが、照れ臭そうに笑う学生の朗らかさに安心してしまう。
多少舞い上がってはいるが、この青年自体は悪意も歪みも、影朧の気配のようなものすら感じられない。
影朧に陰ながら操られているというのはかわいそうな話だが、学びにかける情熱や真摯な佇まいは、信用すらできそうな印象だ。
いや、こういった擦れてない感性の持ち主だからこそ、過激な思想に基づいた活動に感化されやすかったのだろうか。
こんな純朴な学生を利用しているとは、どんな敵なのだろうか。
そんなことを考えていると、どうやら仕事に関する説明を一通り終えた様子だった。
「とまぁ、今やってるのはこんなところだよ。まあ、気づいたと思うけど、俺たちホントに素人でさ。聞きかじりって話だけど、給仕さんならいっぱい知ってそうだ。
他にも気づいたことがあれば、遠慮なく……って、あの、ここまで話しといて難だけど、働いてもらえるんだよね……?」
どこか自信なさげに頭を掻く学生の様子に、思わず桜花の口元は本心から綻んでしまいそうになる。
だが、微笑んだままでも居られない。
「観劇は心を育てるのに有用な文化事業だと言うお話もありますもの。啓蒙活動に観劇を志す皆様はとても素晴らしいと思います。しがないメイドですが、是非お手伝いさせて下さいませ」
居住まいを直し、真面目な眼差しでそう告げると、少し考えてから桜花は本題に差し掛かる。
「つきましては、やはり狙い目……客層と主題くらいは、決めておいた方がいいかもしれません」
「ああ、それなら……代表の牧村にちょっと聞いてくるよ」
「牧村さま……ふむふむ、あ、そちらが決まりましたら、小道具や大道具はお任せくださいね!」
この集会の主催者の事を聞き逃さず、忙しなく去っていく学生に手をパタパタと振りつつ、桜花はこの建物に入る以前にあらかじめ放っておいた『目』に意識を向ける。
だんだん何の話だか分からなくなりかけていたかもしれないが、桜花たち猟兵の目的は、あくまでも主催者の誰かに取り付いた影朧の排除である。
そのために、桜花はあらかじめ【蜜蜂の召喚】を行い、五感を共有する蜜蜂を、先ほどの学生に狙いを定めて付かせていた。
「──!」
蜜蜂の複眼越しに見えてくる情報、聞こえてくる情報に意識を傾けていると、ちょうど先ほどの学生が『牧村』なる男に接触したところらしい。
それと同時に、猛烈に強い気配がそこにある事にも気づく。
『──で、手伝ってくれる人が来てくれたんだけどさ。どういうテーマと客層を狙ってるのかって──』
『ああ、そりゃあもちろん、俺と彼女のロマンス……そして悲劇をだな──』
『──そこは、ハッピーエンドにしないのか? せっかく、彼女さんと主演な訳だし──』
『──いいや、なぜ悲劇が起こるのか。ここがテーマだ。ショッキングな結末が、何を原因として起こるか、考えてもらう事で、我々の──』
『──うーん、それって、面白いのかな……ん?』
『ん、どうしたんだ?』
『──いえ……』
熱を上げる男同士の話し合いは、唐突に周囲を気にし始めた傍らの女性に注意が向いたところで中断したようだった。
まさか、盗み見しているのが察知された?
いや、見つかってはいないようだが、着物姿の女が巡らせる視線は、間違いなく剣呑なものを含んでいた。
あの気配、あの血走ったような視線は、影朧のものに違いあるまい。
少し深入りしすぎたが、幸いにして蜜蜂の正体にまでは至っていない。
このまま彼女を伴った牧村を追っていれば、二人きりになるチャンスはいずれ訪れるだろう。
ただ、今はあまり近づき過ぎず、目立たぬ事が肝要なようだ。
大成功
🔵🔵🔵
黒木・摩那
そういえば、観劇会に参加するというのは初めてです。
何とか劇に潜り込んで情報を掴まないといけませんが、さて、いったいどうしたものやら。
これは考えどころですね。
芸術は爆発だ!と、UDCの偉い画家の方も言ってた気がするので、ここは爆破犯……いやいや爆破班でいきましょう。舞台では火薬はともかく、煙とかピカピカ光る効果とか、使うこともあるでしょうし。
特技アピールして、劇に入れてもらいます。
無事に参加できたら、情報収集。
目星を付けた怪しい人物にUC【影の追跡者の召喚】を使って、動向を探ります。
華やかなりし帝都の通り。
しかし、今回の舞台となる観劇ホール……というか、閉園した児童養護施設らしいのだが、とにかく、ホールの立地は大通りからは少し外れた若干寂しげな雰囲気のある小道に隠れるようにあった。
人通りがそれほどあるわけでもない場所にあるお陰で、表に出て呼び込みしようにもそもそも呼び込む人がいないという致命的な点を除けば、演劇の為の最低限の舞台も備わった良い物件であると思われる。
都市化の影響で住みよくなった環境の向上と共に役割を終えた児童養護施設は、その規模が小さいとはいえ、土地ごと買いあげるというのはなかなか豪気な話である。
一大学生がおいそれと手を出せるとは到底思えないが、例えば大企業の御曹司が熱量たっぷりに親にねだってみれば、これくらいはやるかもしれない。
景気のいい話だ。
黒木・摩那(冥界の迷い子・f06233)は、やや離れた街灯に背を預け、一休みでもするかのように装いつつ、視界の隅の観劇ホールの門戸を見るともなしに観察していた。
実験施設生まれの彼女にとって、肉親の存在はもはや判然としないものであるが、そのことを改めて気にしたことはあまりなく、敢えて言うなら生きることに夢中であったため、つまらぬことを考える余裕も無かったのだろう。
ただ、お金持ちの家に生まれ、何でもかんでも言えば揃えてくれる……というのも考え物だ。
それがたとえ愛ゆえのものであったとしても、やろうとしている事は国家転覆ものの危険思想からくる……まぁ、それというにはちょっぴり迂遠な発想だが、それを思えば若気の至りで済まされるのだろうか。
いやいや、若気の至りで土地ごと買い上げはやり過ぎでしょ。
資材やらなにやらを、えっほえっほと運び込んだり運び出したり、忙しなく出入りする若者たちの姿は、見ている分には微笑ましく、彼等自身も仲間たちと何かを成そうと身体を動かして汗水を流す事に手ごたえを覚えているようだった。
だが、彼等を裏で焚き付けて操っているのは、影朧、オブリビオンの仕業であり、その思想はやがてこの国を揺るがしかねない。
今はまだ大きな起こりにこそなっていないものの、思想を誘導され情熱を抱いた若者の手で発信され、それらが少なからず人々の心に伝播していくのは、いかにも恐ろしい。
一生懸命な彼等には気の毒な話だが、芽であるうちに摘んでおくべきだろう。
差し当たっては、どうやって彼等の中の悪意を突き止めるべきか……。
「あ、そういえば、観劇会に参加するというのは、初めてですね。その手の知識は、聞きかじった程度ですが……さて、いったいどうしたものやら」
セルフレーム眼鏡としても全く違和感のないHMDスマートグラスのブリッジをくいっと押し上げつつも、摩那の足取りは軽く、その顔に然したる懸念もなさそうであった。
というのも、自分と同じく、彼等もまたプロフェッショナルではなく、それを志すような本格的に演劇を学んだ者は皆無であるという。
言うなれば、大学の飲みサーが一念発起して演劇やろうぜ! みたいなその場のノリで青春漫画を始めるようなもので、正直言って見通しが甘過ぎる話である。
よって、演劇知識の点で言えばほぼほぼイーブンである。
摩那自身も向こう見ずな学生を装って、面白そうなのでお手伝いに名乗り出たところ、猫の手も借りたいらしい集会の面々は、快く受け入れてくれたようだった。
「それで、えーと、黒木さん? 貴女は、やっぱり演者をやってくれるのかな?」
「はい? いえいえ、舞台経験は全くないので、そういうのは」
「えー、そっか。不躾な話だけど、けっこう舞台映えしそうだし、それに俺たちだって、今回が初めてなんだよね。はははっ」
施設の中を案内する青年は、仕事内容を詰める話をしつつ朗らかに笑う。
さすがにエリート大学に通うだけあって、養護施設の年季を感じさせる建物を再利用する行動力、そして新参者の摩那に対しても紳士的で話しやすい雰囲気を作るところは、なんら嫌味を感じさせない。
オブリビオンに影響されてさえいなければ、好感の持てるタイプと言えるだろう。
でもだからだろう。こういった人の好さそうな学生に思想を持たせてしまえば、後は似たようなもので、簡単に伝播してしまう。
今は細かく探る前に、彼等にできる仕事をアピールしておく時か。
「見たところ、ホールの舞台装置は、全然ですね。ただ舞台があるだけって感じです」
「ん、というと?」
「照明とか、演出のための道具がほとんど無いんだなって……ほら、子供の施設だったから」
「あー、確かに! その辺も必要だよなぁ。あー、こりゃ牧村に相談しないとなぁ」
「簡単でよければ、お力になれるかと思いますよ。これでも、機械関係はそれなりに明るいつもりです」
困ったように頭を掻く青年に、ここぞとばかり、摩那は手早く持ち込んだ小道具を組み立てて見せる。
それはいわゆる、UDCアースで言うところの特殊効果ガス。炭酸ガスを応用した、勢いのある白煙や、紙吹雪を散らしたりするアレである。
「へー! すごいね。これ、テレビジョンとかで見るアレだな!」
「他にも、ピカピカする電装系もいくつか行けると思います。火薬とかは、屋内では無理ですけど」
「いやいや、本当にすごいよ。こういうのって、どこで学んだんだい?」
「ええと、ほら、よく言うじゃないですか。芸術は爆発だ! って」
「ああ……芸術系の人だったかー!」
一介の小娘にはおおよそ不似合いな特殊効果の小道具を、ぱぱっと用意できる摩那の手際に、そのルーツをつつかれて咄嗟に誤魔化したものの、どうやらかの芸術家はこちらでも有名らしい。
「それで、お役に立ちますかね?」
「立ちます立ちます。いや、君みたいな人が来てくれて、助かるよ……ホントに、ウチの代表は勢いでやろうとするからさ……」
どうやら快く受け入れてくれたらしく、青年は嬉しそうに眉を緩める。
困ったような言い草だが、楽しげな雰囲気のままなのは、本当にその代表とやらを信頼して付き合っているのだろう。
だが、摩那は先ほどの会話から『牧村』という単語を聞き逃してはいなかった。
「その代表の、牧村さんというのは?」
「え、ああ……ほら、あっちで彼女さんと一緒だよ」
ホールの舞台の上で、何やら談笑している男女の組み合わせを視線で促され、摩那は釣られるままにそちらを見て、一瞬だけ眼鏡の奥の目を細める。
ああ、もういるじゃない。
牧村という男のほうは、どうやら普通の男性だが、着物を着た黒髪の女性の方は、影朧だ。
にこやかに笑いながら、その気配はまるで抜身の刀のような鋭さがあった。
ここで仕留めるか……と一瞬だけ考えたが、ここには一般人が多すぎる。
戦いともなれば、彼等を巻き込まずにとはいかないだろう。
「なるほど、お綺麗な方ですね」
「ああ、お似合いの二人さ」
無理矢理に視線を外し、代わりに摩那は【影の追跡者の召喚】を行い、密かに牧村なる人物の動向を探ることにした。
恐らく、影朧が付いているのは彼だろう。
二人きりになる時間を探して、改めて彼女を排除せねばなるまい。
それまでは、ここで小道具や演出のために手を貸す事としよう。
せめて、この気の好さそうな青年には被害が及ばぬように。
大成功
🔵🔵🔵
ティエル・ティエリエル
むむっ、くーでたーってやつなのかな?
オブリビオンのせいとはいえ、平和を乱すのはダメダメだよ!!
ようし、潜入調査だ!と小道具係になりすまして演劇に参加だよ♪
無事、小道具係として潜り込めたら主催者の情報を探っちゃうよ♪
一緒に働いてる人とかにお話しを聞いてみよう!
ねぇねぇ、学生さんでこんな観劇会開くなんてすごいお金持ちなのかな!
ボク、一回お話してみたいな!
※アドリブや他の方との連携も大歓迎です
サクラミラージュ、帝都が賑わいを見せ始めたのは、今から何年前だろうか。
少なくとも現在の帝が経ってからおよそ700年にも及ぶという、歴史上類を見ないほどの長い統治は、世界をも納めるほどとなり、それと共に帝都の賑わいはより雑多に込み合って、その華やかさを増していった。
そんな大通りからちょっと外れた小道には、かつて児童養護施設として利用されていた建物があった。
多目的ホールと、いくつかの教室に分かれたその施設は、かつては身寄りのない子供たちを引き取り育てるためのものであったが、帝都が賑わいを見せる程に生活は向上してその役割を終えたという。
そして今はというと、ちょっと不穏な思想を抱いてはいるが、情熱のある学生たちに買い上げられ、観劇ホールへと生まれ変わりつつある。
埃の溜まったあちらこちらは掃除が必要で、窓という窓、ドアというドアを開け放ってパタパタパタパタ。
いらない家財道具、まだ使えそうなリネンやタンスなどはそのままに、舞台に使いそうな道具のあれやこれを運び込んだり、逆に運び出したり。
学生たちは、唐突な思い立ちから始まった観劇ホールの準備に忙しく走り回っていた。
とうぜん、劇の準備も同時に進めなくてはならない。
力仕事は男連中に任せ、劇に必要な衣装や小道具作りは、集会の女子たちが担っていた。
「あっと、ちょっとハギレが足りないわ。ティエルちゃん、とってきてくれない?」
「いいよ!」
「あいたっ、指に針刺しちゃった。絆創膏なかった?」
「あるよ!」
大荷物にえっちらおっちらという男連中も忙しそうだが、こちらも忙しそうな声が飛ぶ。
そんな中を、小さな妖精が光る鱗粉を振り撒きながら飛び交う。
ティエル・ティエリエル(おてんば妖精姫・f01244)は、いつの間にか開きっぱなしの窓から侵入し、忙しそうにしている女子たちに「なにか手伝おっか?」と気楽に話しかけたところ、細々としたあれやこれをお使い感覚でやっている内に、すっかり馴染んでしまったらしい。
実際問題、小道具係として潜り込もうと意気込んだティエルの狙いと当初は違っていたものの、妖精の小さな手足は細かなところにまで届き、空も飛べるので、彼女たちの助けになっていたようだ。
一緒に働くうちに、誰一人として「この子誰だろう」とならずに、手伝ってくれるなら猫の手も借りたいというくらいには、この集会は何もかも初めて尽くしでてんやわんやだったようだ。
それはもう引っ越し作業と並行しているようなものだから、忙しさは今がピークなのだろう。
さしもの猟兵とて、あっちにふらふら、こっちにふらふらと小事を言い渡されてこなしていくのは、なかなか疲れるものがある。
「ふー……いっぱい働いた! はっ、なんか忘れてるような」
目の回る様な忙しさに飽かして、ようやくお昼休憩を持ち掛けられて手を止める女子たちに誘われ、ティエルも額に浮いた汗を拭う。
何とも言えない充実感に本題を忘れそうになっていたところだが、お昼替わりのドーナツをもぐもぐしていると、次第に披露した脳細胞に糖分が巡って思い出す。
「ねーねー、なんでみんな、演劇を始めようと思ったの?」
談笑している女子たちに、ひとまず話のタネになりそうな話題から切り込んでいき、ティエルは情報を探っていく。
「え、うーん、代表が決めたことだからねぇ。本当はそんなに興味は無かったけど」
「ね。でも、やり始めると楽しいわね。学校に通うだけじゃわからない事もあったし」
彼女たちのみならず、エリート大学に通う者たちの集会は、誰一人として演劇の専門家が居ないという。
だというのに、観劇会を企画したというのだが、メンバーにとっては寝耳に水だったろう。
しかし、そこは大学生。時間とやる気は人一倍あったらしく、親のコネで居抜き物件を探し出しては、親にねだって手に入れたのだという。
そんな行動力を見せつけられ、集会メンバーはその勢いに引っ張られるようにして準備に乗り出したのだという。
「でもでも、大正終わるべしっていうのは……くーでたーってやつじゃないの?」
「それは……でも、今の帝になってから、影朧事件は後を絶たないと聞くわ。それは、少なからず現政権の課題だと思う」
「それでも、大きな戦争は終わったんだよ? この平和を乱すのはダメダメだよ!」
「そう、そうね……あれ、そうなんだよね」
純真なティエルの言葉に反論の言葉を持たぬ女子は、あれっと何か心の中で食い合わせが悪いかのように首をかしげる。
どうやら、彼女たちは影朧に唆されていると言っても、本質的には善良な大学生と変わらない。
最も影響を受けているという主催者。この場合は、代表という人に狙いを定めたほうが手っ取り早いかもしれない。
ここでこの話を続けては目立つかもしれない。潜入調査員ティエルは、まだ発見されるわけにはいかない。
そう考えたティエルは、別の方向へもっていくために話を変える。
「そうだ、ここって元は養護施設だったんだよね? それを観劇会の為に買い取るなんて、学生さんなのにお金持ちなんだね!」
「え、そりゃあ、結構有名な人だもの。代表の牧村さんのお家は、ミシンとか紡績工業の会社をやっていて、ちょっと前の戦争でもいっぱい貢献したとかで……」
「そこの御曹司と言えば、お金持ちなのは当然だわ。まあでも、お近づきになろうにも、いい関係の彼女さんがいるからねぇ」
「へー、ボク、一回お話してみたいな」
被服やそれに類する工業製品を扱うならば、ティエルのような小さなサイズの服もお手の物じゃないか。……というようなニュアンスで、無邪気に笑って見せるところだが、実のところ、その代表さんこと牧村氏およびその恋人はちょっと怪しい。
「えーでも、彼女さんべったりなのよ?」
「いいよ、お話するタイミングありそうかなー?」
「うーん……夕方に、二人で練習する時間を設けるって話をしてたけど……」
それよりちょっと前なら。という話を聞き出し、そのタイミングなら代表と、その彼女さんとやらが孤立する筈である。
練習の邪魔はしないが、そのちょっと前の時間なら話をする時間くらいはあるだろう。
「お二人の邪魔をしちゃダメよ。ホントにもう、いい雰囲気なんだから」
「わかってるよー♪」
嗜めるような女子の言葉に、ティエルはあっけらかんとした様子でにこやかに応じる。
ただ、その人が本当に影朧であった場合は、倒さねばならないのだが。
大成功
🔵🔵🔵
夜刀神・鏡介
大正が終わるべき云々はさておき。正直、帝については何かと気になる所はあるんだよな
だからと言って、確証のない妄想を元に妙な活動を起こすなどは看過できないが
さて。主催者を探せ、か
順当に考えれば、貸し切りを行った人が主催者じゃないかと思うけれど……流石にその名簿とかを見る事はできないか
しかし、あからさまに聞き込みをすれば怪しまれそうだ。
そして、下手に「あなた達の考えに同意同意します」とか嘘をついてもボロが出そうだしな
仕事を手伝いながら周囲の話に耳を傾けることにするか
大道具係として舞台裏から表まで動き回って仕事と情報収集を纏めて片付けていこう
個々は断片的な情報だが、集めた事で色々と見えてくるだろう
桜の都、帝都の中心は、この世界の中心と言っても差し変わりない。
古き良きと、新しさとを緩やかに掛け合わせ、常に進歩していくサクラミラージュの流行の最先端。
とはいえ、他の世界から見ればそうでもないようにも見えるかもしれない。
ただし、UDCアースの人間が古めかしく感じても、おおよそその時代から700年。
大正と呼ばれる年号は帝の統治のもとに最長記録を更新し続けているという。
この世界、この時代に生きる者ですら、それに疑問を持たぬ者はいないだろう。
しかしながら、多くの者は神たる帝の命長き事、そこに疑問こそ抱いても言及はすまい。
過去に幾多の戦乱あったとはいえ、今の時代に平和をもたらし、それを維持し続けていることには違いなく、今の帝が仮に倒れるようなことがあれば、それは世界を揺るがしかねない。
帝都だけでない、この世界のどこにでも咲いている幻朧桜が見頃を迎える時期でもある。
いつでも咲いてるから、いつでも見ごろと言えばそうなのだが、やはり春先のこの時期が、何かと似合うと思うのだ。
人通りの多い大通りから逸れ、だいぶ賑やかさも鳴りを潜めたような小さな通りを、黒い外套を揺らして歩く。
こんな小さな通りであっても、風に乗る桜の花びらが光っているように舞い、道端に散っていく。
夜刀神・鏡介(道を探す者・f28122)にとって、帝都を歩くのは慣れたものであったが、その全てを網羅しているわけでもなく、むしろ猟兵としてよその世界に駆り出される事も増えた最近では、ちょっとした間に新しい何かができていたりと、歩き慣れているはずの街並みでも新鮮に感じる。
今回向かう先も、知らぬ場所ではないが、そこに観劇用のホールがあるという話は初耳だった。
よくよく話を聞いてみると、どうやら元は閉園した児童養護施設を再利用する形で、観劇ホールとして準備しているらしい。
本物のホールを借りるという手もあっただろうに、わざわざ場所から用意するのは、何かしらの意図を感じずにはいられないが、それでも古い施設を再利用するというのも、いかにも学生らしい考えかもしれない。
「大正が終わるべき云々はさておき……正直、帝については色々気になるところがあるんだよな」
目当ての施設を目の前に、ごく自然に目立たぬよう、その出入り口を見張りつつ、鏡介はぽつりと漏らす。
軍学校を出た鏡介には、国を愛する気持ちもあれば、教え込まれたいわゆる信仰も無くはない。
まして、神刀という神器を帯び、その身が日々変質していくのを感じる彼にとって、今や神という存在を認知できぬ筈もない。
何人も、永遠に生きる事、適わず。その理から外れ700年以上も生きる帝に、思うことが無いではない。
もしかしたら、帝の正体に迫る時も、いつかはやってくるのかもしれない。
それが世界に仇なす時には──、
「──だからと言って、確証のない妄想を元に妙な活動を起こすなどは看過できないが」
険しくなりかけた相好を崩し、普段の穏やかな面持ちに戻る。
先の事より、今の問題に立ち返ろう。
ざっと見たところ、忙しなく出入りする大学生の面々には、凄まじいまでの使い手というような気配は受けない。
外から見ただけでは、やはり埒が明かないらしい。
一つ嘆息し、鏡介は彼等に接触を試みることにする。
「失礼、ちょっといいかな?」
「はいはい、えっ、軍人さん?」
「いや、今はもう違う。着慣れてるから、似てるものを着てるだけだよ」
「なんだぁ、びっくりしたぁ。で、何か用かい? 見ての通り、忙しくって」
大荷物を抱えて施設内に入っていく青年に声をかけると、その男は鏡介の格好に驚いたものの、すぐに肩の力を抜いたようだった。
どう見ても戦えそうには見えない。
鏡介も上背のあるほうだが、青年も体格はいい。しかし、どうもなで肩で背も丸く見える。
痩せ細った熊の様な印象のある、憎めない感じの青年だ。と鏡介は印象付ける。
「用事は、その件さ。人手が欲しいって話を聞いてね」
「ああ! そうだった。いやいや、男手は願ってもない。重いもの多くて、大変だったんだ。さっそく手伝ってくれるかい?」
「書類とか、面接とかはいいのか?」
「いいのいいの。今必要なのは、面倒な手続きより人の手なんだから!」
「そ、そうなのか。これを運べばいいんだよな?」
「そうそう! あ、腰とかやんないようにね!」
鷹揚な青年に促されるまま、拍子抜けするほどすんなりと、鏡介は施設に入り込む事に成功する。
暇な大学生が、過激な思想を掲げた集会というから、どのような排他的な連中かと想像していたのだが、予想よりも穏やかな雰囲気と、そして純粋なやる気を感じる。
思想を抜きに考えれば、彼等も普通の学生。青春を謳歌するに、この活動はとてもやり甲斐があるのかもしれない。
軍学校では、それこそ命に係わる仕事のために、厳しい訓練や座学に明け暮れたものだが、それに比べれば、なんとも穏やかで気楽なものを感じずにはいられないものの……。これもまた、学生の内だけと考えると、少しばかり羨ましくも思う。
そんな彼等の楽しみを奪うようで恐縮だが、それとこれとはちがう。
当然、鏡介は仕事の本題も忘れてはいない。
「よっと、こんなもんかな。次は何をすればいい?」
「もう終わったの? すごいな、流石は元軍属……あ、こういうのは気にするかな?」
「褒めてるつもりなんだろ? いい気分の内に、次の仕事を振ってくれよ先輩」
「ええー、照れるなぁ。じゃあ、こっちはもういいから、ホールのほうに回ってくれるかな。倉鹿野の紹介って言えば、皆わかると思うからさ。あ、倉鹿野っておれのことね」
首にかけたタオルで汗を拭う倉鹿野という青年のにこやかな顔に見送られ、鏡介は別の仕事を探す。
長身で体力もある鏡介に回されるのは、いずれも大道具や舞台装置の設置など、大掛かりなものばかりだったが、それらを涼しい顔でこなしつつも、情報収集も欠かさない。
自分から話しかけず、黙々と仕事をこなしているだけでも、周囲の学生はあんまり緊張感が無いのか、気が付けば何かしら小話に花を咲かせている。
「また影朧事件があったらしい……」
「桜學府の名が、また上がるな……」
多くの情報は、それほど大した価値もないように思えるものだったが、聞いていくうちに見えてくるものもあった。
集会に集まる大学生たちの多くは、思想に惹かれてというよりも、何かを成したくて集まっている節が強そうだ。
過激な思想を抱いているのは、ほんの一部。集会の中でも高学年の者たちが多く、そういう者たちは、この場であくせく働くよりも、指示を飛ばして音頭を取っているという。
不満も上がらなくはないが、集会の中でも末端に位置する者ですらも、この催しに携わる事を楽しんでいるように、鏡介は感じた。
そして、やがて核心に迫る様な情報も耳にする。
「そういえば、牧村さんは?」
「彼女さんと一緒じゃない? 二人で主役やっちゃうくらいだし、どこかで練習してるんじゃないかな」
「お熱いなぁ。代表とはいえ時々目のやり場に困っちゃうよなー。練習と言えば、夕刻にも個人練習とか言ってなかったか?」
「舞台の仕上がり次第だけど……この分じゃ、今日は屋上でやることになると思う」
「夕方に、屋上で可愛い恋人とと二人っきりかぁ。オレもそういう青春、送りてぇ……」
「高望みし過ぎだよ。もっと自分の目線と合うような相手を探すべきだと思うなぁ」
どことなく、甘酸っぱい雰囲気がしてきたところで、鏡介は情報収集を一時中断。
ちょっとやる気を出して気合を入れかけたスパナを持つ手を、やんわりとおろす。
なるほど、舞台の完成を急ぎ過ぎなければ、代表とその連れ合いが孤立する。
代表の牧村とやらは、順当に考えれば、この集会の主催者というに違いあるまい。
名簿を見て確認したわけではないが、彼ら大学生の口ぶりからして、かなり慕われている様子だった。
当たってみる価値はありそうだ。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『人斬り・桜』
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POW : 秘剣・桜吹雪
【桜が舞い散る妖刀】が命中した対象を切断する。
SPD : 呪装『紅桜』
自身に【血のような桜の花びら状の怨念】をまとい、高速移動と【斬撃による衝撃波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ : 秘剣・血染め狂い
自身の【瞳】が輝く間、【妖刀】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「ガイ・レックウ」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
陽は傾き、帝都にもオレンジがかったヴェールをかけたかのような色に染まる頃。
閉園した児童養護施設を再利用したという小さなホールの、その屋上には一組の男女が向き合って立っていた。
男のほうは、ぴっちりと固めた髪と、綺麗に着こなしたスーツが様になる紳士を装い、その立ち姿はやや大袈裟ではあるものの、舞台に立つからにはそれらしくきまっていると言ってもよかった。
対する女の方はなんとも自然体という他なかった。
ただそこに立っているだけ。
だというのに、緋を帯びる着物から浮き出る身体の悩ましげな曲線は、やや身をよじるだけでそのしなやかさを感じさせ、簪でまとめ上げられた黒髪は常に濡れているかのように艶やかだ。
冷たく、能面の様にも見える白い顔がうっすらとその頬を緩めれば、血が滲んだかのように口の端に笑みが浮かんだ。
恐ろしいほどの、凄絶なる美貌。
だが、彼女の色香と、そのうすい唇からこぼれる吐息交じりの声に惑わされてしまった青年、牧村は、その刃のような恐ろしい美しさすらも愛しかった。
桜と名乗ったこの女性が、いつから自分たちのそばに姿を現すようになったのかは、もう覚えていない。
しかし、彼女はいつだって答えをくれた。
この渾沌たる帝都に、たびたび巻き起こる影朧事件の、その遠因たる存在が何であるのか。
そして、この大正という時代に倦んでしまった自分たちが、真に活躍すべきという事。
そのために自分は何ができるだろうか。多くを考え、牧村は桜に意見を求め続けた。
さすがに、人通りの少ない養護施設を買い取って観劇ホールとする案には懐疑的だったものの、こういう小さなことから、自分たちの信奉者を募り、思想を物語として伝えていくことで、じわりじわりと思想を植え付けていくことは、きっとセンセーショナルな事実よりも効果がある。
それに、自分たちが時代を変えるのだと、集会の面々も乗り気になってくれている。
ここから始めることに意味があるのだ。
それに、公演がうまく行けば、このホールは自分たちの活動拠点にもなるだろう。
そのためにも、桜との初公演。なんとしてでも成功させねばならない。
「さあ、桜くん。もう一度だ! 身分違いの恋路を引き裂く、帝の使いはユーベルコヲド使い! 奴らが、君を影朧と見定め、追われるうちに、君は覚悟を決めてしまう! そこで、君は言うのだ!」
手を伸ばし、牧村は先を促すかのように桜に手を向ける。
しかし、肝心の桜は、屋上入口へと視線を巡らせ、何か諦めたかのように嘆息するのみで、その顔からにこやかな表情が徐々に失われていく。
「ど、どうしたんだ? はやく、続きを」
「……もういい」
「へ?」
「少し目立ちすぎた。事を起こすよりも前に、見つかるとは……悠長過ぎたか」
それまで聞いたこともないような冷たい口調の桜の様子に、牧村は混乱するが、それは更に度合いを増していく。
ちょうどそのタイミングで、情報をもとに牧村と桜が二人になるとしてこの場所、この時間を選んだ猟兵たちが姿を現したのだった。
「な、なんだ、お前ら! ここは俺と桜ふたりの練習で使うと言った筈だろ!」
なあ、と桜のほうへと振り向いた牧村は、改めて見やったその姿の変貌ぶりに言葉を失う。
髪を留めていた簪を捨て、するりと下ろした髪が波打つと、その面持ちにもはや人らしい表情はなく、黒い自身の影から泡立つように抜き放つ刃は、夕陽よりも赤く染まっていた。
それが人でなく、近しいものであれば、影朧であろうことは明白だが。
それでも牧村は、猟兵たちと桜とを交互に見やり、眉根を寄せつつ桜を守るかのように立ちはだかる。
「待って、待ってくれ! これは、何かの間違いなんだ! そうだ、これは舞台稽古の一環なんだろ。そうなんだよな? だって、ほんとうに、桜くんが……そんなわけ、ないだろう? なぁ、そうだよな?」
錯乱する牧村氏を前に、猟兵たちはどうするだろうか。
押しのけて彼女だけを相手にするのもいいだろう。
或は、この場の危険を訴え、説得するのもまた、意味ある事であるはずだ。
いずれにせよ、この影朧は、この場に於いて自分を見たものを逃しはすまい。
鳴上・冬季
「庇え、黄巾力士」
普段から連れ歩く黄巾力士に牧村氏をオーラ防御で庇わせる
「今晩は。貴方達が軽んじる、帝都桜學府所属のユーベルコヲド使いです。貴方には後程別の者が影朧を匿った件で事情聴取に伺うと思いますが。まずは貴方に生き残っていただかないとお話になりませんので」
嗤う
「その影朧は、仲間を斬ることで力を増すタイプです。顛末を見届けねば貴方も納得できないでしょうが、可能なら少しでもその影朧から離れていただけるとありがたいですね」
嗤う
無造作に牧村と敵の間に割って入り内気浸透功
敵の攻撃は仙術+功夫で縮地し避ける
「せっかく超弩級戦力が集結しているのです。貴方も眺めていかれるといい」
カヴァ―優先
牧村庇い嗤う
夕陽が差す屋上。広大という訳では無い。なにしろ、元は児童養護施設の多目的ホールに過ぎないのだから。
多くの児童が走り回ってもいいよう、お遊戯会をしても寂しく見えぬよう、つまりはそれくらいの広さしかないのだ。
小規模な劇団が、自分たちの拠点として練習するには十分すぎる練習場と言えるだろう。
いいや、それももう叶わぬ事になってしまったのか。
主演を務める筈だった代表の牧村。そして同じくその連れ合いとして、いつの間にか彼等の中にあった謎の女性。
周囲から羨まれるほどの二人が秘密の練習場所として選んだこの場所を狙いすまし、猟兵たちによって詰められたとき、その関係性はついに終わりを迎える事となった。
自らが血の色を発しているかのような緋色の刀を手にする桜のその姿は美しいままだ。
だというのに、その気配はまるでそれまでのなにもかもが冗談であったかのように、柔らかなそれとは真逆のものであった。
凍えるような泥にも似た瞳の淀みが自分を映すと感じた瞬間には、もう何かで刺されているかのような錯覚を覚えるような。
この場に唯一、戦いにそぐわぬ牧村ですら、その変貌と気配には鉄錆のような血の匂いを覚える程であった。
これが演技だとするなら、彼女はどれほどの名優なのか。
本当に影朧を装っているというのか。お題目に沿っているにしては、あまりにも迫真の度が過ぎている。
それに、いきなり踏み込んできた彼等は何者なのか。
「疑問にお答えしましょうか、牧村氏」
突然巻き起こった状況に混乱する牧村の、その動揺を見切ったかのように、涼しげな声が飛ぶ。
いつからそこに居たのか、猟兵たちの姿に混じって、書生姿の男が学帽の縁を撫でていた。
僅かに見える、刃物で裂いた様な切れ長い目元が薄く嗤っているかのようで、牧村の心をざわつかせる。
流れる雲、風に揺れる黒髪。
時間が止まったような沈黙の中で、階段室の壁面に預けていた背を起こし、ゆるりと歩き始めるのは、鳴上・冬季(野狐上がりの妖仙・f32734)。
この場に物怖じせず、どこか演技じみた仕草で歩むのは、彼の性分か、それともこの場が観劇ホールだからか。
「疑問って……何なんだ、お前ら」
目を震わせる牧村。そして、その向こうでゆらりと小首をかしげるような桜の仕草を見て、冬季はぴくりと目を細める。
そして即座に、背後に控える自らの人形に命を下した。
「庇え、黄巾力士」
桜の黒髪が泳ぐのと、それが令のままに行動するのとは、ほぼ同時であった。
最小の踏み込み、最小の斬撃。だらりと降ろした手元から、身体を倒すような踏み込みの力を最短距離で最小最速で振り付けた桜の一刀、その切っ先はしかし彼女を庇う牧村の背中を斬りつけることはなかった。
代わりに、よく磨いた金属を撃ち付けるかのような甲高い衝突音が、それを防いでいた。
「……」
夕陽に生える黄金色の装甲。人を模してはいるが、その足部に誂えた履帯と胸部に乗った大砲は、それをして戦車と呼ぶほかない。
冬季の傍に侍る彼自作の宝貝・黄巾力士が、その装甲を保護する力場を展開し、命令に忠実に牧村を守護していたのだ。
「へ、へ?」
「今晩は。貴方達が軽んじる、帝都桜學府所属のユーベルコヲド使いです」
「はぁ?!」
いきなりディティールに凝ったゴールドライタン、もとい歩行戦車が現れたことにより牧村は混乱の最中にあったが、冬季はそれを許さず、いつの間にか牧村のすぐそばにまで近寄っていて、指先でずむずむ突き刺すようにしてさり気なく隅の方へと追いやっていく。
「貴方には後程別の者が影朧を匿った件で事情聴取に伺うと思いますが。まずは貴方に生き残っていただかないとお話になりませんので」
「は、え、よ、よせ!」
圧力と妙な色香を漂わせる冬季の、その滔々とした語り口と指一本に胸を押され、ついには屋上の手すりに押し込められてしまう。
冬季は名乗った通りユーベルコヲド使いを自称しているし、実際その通りではあるのだが、妖狐である彼は実は何度も転生を繰り返している大妖怪であるとか、そのような噂があるとかないとか。
人を化かし丸め込む化け狐は、長い時の中で格を上げると寿命の概念が無くなるというらしいが……。
それはともかくとして、押し込められた牧村は尚も立ち上がろうとするが、その動きを制するかのように指さされると、立ち上がれなくなる。
「あの影朧は、仲間を斬ることで力を増すタイプです。顛末を見届けねば貴方も納得できないでしょうが、可能なら少しでもその影朧から離れていただけるとありがたいですね」
有無を言わせぬ、涼しげな笑い。狐の面をかぶったかのように張り付いたそれは、笑いながら忠告しているようでもあった。
素人は手を出すなと、そう言わんばかりに。
そうして懸念材料を脇にどけた冬季は、あらためてオブリビオン──影朧の桜へと向き直る。
「お待たせしました。大人しく待っていてくれるとは、人斬り・桜」
「……血の通わぬ人形を、斬ったところで何になる」
見透かしたように冬季の笑みには嘲りの色があった。
かつて一部を騒がせた、政府高官惨殺事件。殺されたのは高官だけではないが、美しい女がまるで、気が触れたかのように刀を手に人を斬り始めたという。
そのような、秘された何かを、冬季は知っているのかもしれない。
いいや、冬季に見透かせぬものがあるのかというくらいに、それくらいに彼の嗤いは深く軽い。
「なるほど、それで待っていたと。光栄だな──」
ゆらり、と暮れに染まる中で冬季の姿が消える。
仙術を身につけた仙人でもある冬季の体術は、功夫と仙術のハイブリッドである。
前傾から脱力することで得られる不意の初速と軽身功とを組み合わせた縮地。
意識から消え失せたかのような踏み込みは、まさに瞬間的に目の前に生じたかのような錯覚を引き起こす。
だが、掌を伸ばす冬季の腕は、桜にも見えていた。
「……!」
退きつつ引き足で踏み込んだ反動で、伸びた上肢を桜の刀が斬り飛ばした。
……筈だった。
嗤う男の像が薄れ、それでようやくありもしないものを斬った事を知った時には、既に冬季はその後ろに回り込んでいた。
「これは、本来は技名などない基本なのですが……」
敢えて名付けるとするならば、【内気浸透功】。
筋肉や身体操作で得られる勁や気といったものを、鎧や装甲を無視して流し込む、文字通り浸透させる技術であるのだが、これをただ単純に中てるだけでは意味がない。
膨大な研鑽による身体操作と気功、仙術によるメソッドは、戦術にも波及する。
こちらから打って出れば、相手は真正面から向き合ってくれるだろうか。
好戦的な相手ならばいざ知らず、初手を見切り、反撃で仕留めてくる者も居る。
相対速度があればこそ、その力は倍増する。
であるならば、相手が引くときに引く方向へ打っても力は減衰する道理が立つ。
では、相手が踏み止まり、足を止めたならば?
「ぐあっ!」
腰椎を押すような、ただそれだけのために触れたかのような掌から撃ち込まれた浸透功が炸裂し、内蔵部に激しい衝撃を受けた桜はその場に崩れ落ちる。
いや、倒れる直前に踏み止まり、追撃をかけようかという冬季の方へ振り向きざまに刀を振り上げ後ずさった。
緋色の刀身からこぼれる桜のような花弁が散り、思わずそれ以上踏み込めなかったが、それに感謝すべきだろうか。
「驚いた。決めきれないとは」
ぱくりと切れた学帽から、冬季の目が覗き、それは尚も嗤っていた。
大成功
🔵🔵🔵
黒木・摩那
ここは劇に合わせた方がいいですかね?
恋路を引き裂く、その噂のユーベルコヲド使いです。
あなたが影朧、ですね。いざお覚悟を、の前に。
牧村さんには申し訳ないですが、ここで彼女を庇われたりすると危ないですし、説得をしている場合でもないので、ここはしばしおとなしててください。
ヨーヨーで牧村さんを絡め取って【電撃】【気絶攻撃】。そのままワイヤーを引っ張って【念動力】で釣り上げ回収。後方に押し込みます。
魔法剣『緋月絢爛』で戦います。
指定UCで【水の魔力】を剣に付与。剣の刃面に水を湛えることで防御を固めます。
その剣で相手の剣撃を【受け流し】で避けつつ、反撃で切りつけます。
ティエル・ティエリエル
むむむ、代表の人はあっちで、こっちがオブリビオンだな!
ようし、やっつけちゃうぞ☆
うりゃーと夕日を背にして飛び込んじゃうぞ☆
代表の牧村さんから引きはがすようにレイピアで突いて突いて突きまくるよ!
そっちの人は本当に影朧なんだから逃げなきゃ危険だよ!
万が一、秘剣・血染め狂いで代表の人を巻き込もうとしたら
【妖精姫の括り罠】で足止めしちゃうよ!
平和を脅かす影朧はボクが許さないぞ☆
※アドリブや他の方との連携も大歓迎です
日の暮れ始めた屋上には、頬に涼しいほどの風が吹く。
この世界中に年中咲いている幻朧桜の花弁が漂ってくるほどの風の中で、全てがオレンジの色を含んで気流を描いているかのようにも見えた。
その最中に、オブリビオン──影朧、人斬り桜の黒髪だけが、黒く濡れたような艶を帯びて気流に乗っていた。
人を圧倒するような、異質な存在感。それは他人に容赦をかけない鋭利な刃物のような威圧感にも感じられた。
ただ人殺しのための刃物を手にしているからというだけではない、誰に対しても無情なる側面を向けるような、向き合えば確実に死を匂わせてくるという確証があった。
いっそ、それだけしか身に帯びていないかのようにすら見えるからこそ、桜はひどく人を惹きつける異質さを感じさせるのかもしれない。
だからだろう。そうまで危険な香りを隠さなくしていて尚、彼女の口車に乗っていた牧村は、彼女に縋ろうとする。
「な、なあ、何かの間違いなんだろう? 君が影朧だというのは、あくまでも演技での話だろう? こいつらだって、君があらかじめ用意していたに過ぎない……そうだよな?」
食い下がる牧村の言葉を、桜は目を伏せるようにして聞き流していたようだが、あまりにもしつこく感じたのか、その眼差しはようやく牧村の方を向く。
人を見るような目つきをしていないそれを目の当たりにした牧村は、それだけで舌が回らなくなる。
或は、恋に落ちた少年がそうするかのようでもあったが、牧村の舌を重くしたのは恋心に舞い上がったからではなく、恐怖であった。
目に肝を握られたかのような錯覚。そこにだらりと下げた刀の切っ先を、今にも突き付けられ、躊躇なく貫かれるかのような幻視。
動脈を斬られ、おびただしい血が噴き出して花を咲かす。そんな様すらひと時の内にイメージさせる程度には、桜の殺気は紛れもないものであった。
多少なり、戦いの心得を持つならば、その起こりを見出せぬ事に恐怖を感じるところなのだろうが、ここにはずぶの素人と──そして、本物の使い手しか居ない。
無造作に振り上がる袖。それに追従する手首と、握られた刀が緋色の軌跡を描いて理想的な弧で以て牧村の首を捕らんとしていた。
あまりにも綺麗なそれを、牧村は見えていながら躱せない。
桜が散る様な一閃を、敢えて見せつける様にすることで、牧村は思考も追いつかずにただただ美しい刀身の閃く姿を目にしたまま動けなかった。
だが、動く必要はなかった。
霞を斬るのと同じ要領で、牧村の首を刎ねる筈だった一閃は、弾ける様な金属音に遮られていた。
「無理心中って流れかな……あ、私も劇に合わせるべきですかね?」
男女の間に割って入った黒木摩那は、華剣にも似た細身のルーンソード『緋月絢爛』を小盾のように腕肘で支えた状態で、桜の一閃を受け止めていた。
細身の刀身といえど、全身を使って衝撃を散らせば、真っ向から受けても剣を損傷する事はない。
尤も、それを可能とする技量が前提ではあるのだが。
「恋路を引き裂く、その噂のユーベルコヲド使いです。
あなたが影朧、ですね。いざお覚悟を」
刀を受けた衝撃で摩那の髪が舞い上がり、眼鏡越しの瞳と口元が勝ち気な笑みを浮かべる。
実際、剣を握る手と、受ける刀身とで、いわば両手から全身を使って衝撃を逃がした筈だが、人体を容易く両断する影朧の剣は、そう安くはない。
両手に甘やかな痺れが残るのを、今は敢えて笑顔でかみ殺す。
牧村を庇うためとはいえ、少々無理に前に出過ぎたかもしれない。
彼を庇いながら、斬り合うのは一苦労だろうが……。
「むむむ、こっちが代表……じゃあそっちがオブリビオンだな! うりゃーっ!」
理知的、冷静であるがゆえに、物事をシンプルには片付けられない摩那の頭が状況を打破すべくフル回転しようという時に、更に二人の間に割って入る声が飛んでくる。
前? 後ろ?
いや、そのどちらとも違う。
たっぷり10分茹でたような卵の黄身を思わせる、じんわりと蒸気を帯びたような夕陽の輝き。
その暗い眩さに紛れ込むかのようにして、ティエル・ティエリエルはその小さな体躯を一本の槍と化するかの如く、レイピアごと突撃してやって来た。
きらきらとした鱗粉を振り撒くことすら、今は利用して不可視の不意打ち。
「──ぬ、くっ……!」
20センチちょっとという圧倒的体格の不利を、スピードで補うティエルの猛突撃が、桜の剣を引き剥がす。
「そっちの人は本当に影朧なんだから逃げなきゃ危険だよ!」
その一瞬の交錯の最中に、ちらりと摩那に向かってウィンクしたのが見えた気がした。
アイコンタクトとでもいうのか、戦闘時の異様な共有感が一瞬にしてその意図を理解させる。
しばらくの足止めを担ってくれたらしいティエルの気持ちを無碍にするわけもなく、摩那は一つ呼吸を整えると、すぐ後ろで腰を抜かしている牧村に向き直る。
「牧村さん。ひじょーに申し訳ないのですが、ここで彼女を庇われては困りますし、かといって今は説得してる暇も全然ないです。なので、ここはしばしおとなしくしててください」
「へ?」
時間が無いので手短に、という代わりに、摩那はおもむろに取り出した超可変ヨーヨーでびしっとポーズを決めつつ、呆けたような牧村をそのワイヤーで巻き上げると、内蔵されたスタンショック機能で電気を流した。
「いでででで、あばばばばっ!!」
一応、オブリビオンにも通用するモデルだが、相手は一般人。非致死性の電圧をかけて昏倒させ、簀巻きにした状態で念力で以て浮かして、脇に追いやった。
「てーい! とーお! やー!」
一方、桜の猛攻を担ったティエルは、一見するとティエルが押しているようにも見えていたが、その実は決定打を欠いていた。
直線スピードならばティエルに分がある。だが、速さだけで簡単に抜けられない。
剣術家と戦うことは初めてではないが、いずれも共通して言えるのは、速さが問題になることはないのに、その剣を潜り抜けるのが至難だという事。
見えている、勝っているのに、どうしようもないという瞬間はある。
ただ命にまでは届かないという場所を選んでいるに過ぎない。
それが技であり、速さで追いつけない頂の一端であることも、おぼろげながら見えてきた。
「お待たせしました。これで邪魔は入りませんよ」
レイピアを手にする肩から先が熱を帯び始めた頃、牧村をたたんでポイしてきた摩那が戦線に復帰する。
桜もそれを悟ったようで、巡らせる視線の先、ワイヤーでグルグル巻きにされてなんか浮かんでる牧村の状態を見やり、ふうと息をつく。
「……あれで、届かぬと思うてか。この狭い屋上、全てが……私の間合いだ」
「本気で言ってます?」
「飛び込む気だ……!」
着物越しでも、自然体の構えから、桜の重心が前傾に寄るのを感じ取れた。
そして、担ぎ上げるかのような構えは、飛び込んできりに来るのをあまりにもわかりやすく伝えていた。
一人が受け止めても、構わずに駆け抜けて、何もかもを手当たり次第に切り裂いていく。
あれはそういう構えだった。
だが、それを間合いというならば、条件を幾つか潰せばいいだけの話である。
猟兵二人のスタンスは変わらない。牧村を庇う事には違いないが、今は余計な手間もかからない。
「──ふんっ」
前傾に寄った姿勢から猛然と突き進む桜が、その像を引いて踏み込む。
その剣が摩那の腕を痺れさせるほどに鋭く重い事は知っている。
だが、それはもう一度受けた剣だ。
「エンハンス……!」
『緋月絢爛』の刀身に刻まれたルーンが浮かぶと、桜の刀とかち合うその瞬間に、白波のような波紋、【トリニティ・エンハンス】の水の魔力が這い、その衝撃を散らし、流す。
「むっ!?」
先ほどとは違う水の障壁で刀の勢いを流し、白波が半月を描くように流れると、返す刀で桜の脇腹を裂いた。
確かに手応えがあったはずだが、斬ると共に既に外に踏み込んでいた桜にはまだ致命に届かず。
尚も前に突き進もうと足を踏み出す桜だったが、その足元に、不意に現れる結ばれた蔦。
ティエルによる【妖精姫の括り罠】。その悪戯魔法は、ここが屋上であっても足を引っかける括り罠を作り出す。
その鋭い踏み込みを合わせた上での間合いと称していた桜の剣は、その足を封じ込めた事により、その間合いを大きく縮める事となる。
「つかまえたぞー!」
「くぅう!」
がくん、とつんのめる身体に急制動をかけるしかないその隙を、他ならぬティエルが見逃すはずもなく。
弾丸のように加速したティエルのレイピアによる一撃が、桜の左肩を貫いた。
急所はうまく外したようだが、その剣を掻い潜った一撃は、確実に彼女の死を近づけるものであろう。
突き飛ばされ、着物の裾を大きく開けて引き締まった足元を晒す事になってもなお、桜の透明な殺意は微塵も潰えてはいない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
夜刀神・鏡介
実は「ユーベルコヲド使いが面白くない」って考えには理解を示さないでもない
努力しても使えるとは限らないし、反対に努力せずに使える人もいる
そんな連中が持て囃されて、今まで努力してきた意味はなんだったのかと思うのは致し方ない面もあるだろう
だが、今やろうとしている事は本当に自分の意志によるものなのか。もう一度考えてほしい
……っと、流石に長々と話をしている場合でもないか
牧村を迂回しつつ、利剣を抜いて桜の元へ
牧村を巻き込みたくはないし、彼がその場に留まるなら下手に後退はできない
まずは防御優先。敵の攻撃は刀で受け流していく
十分に動きを見た所で受け流しと同時に敵の体勢を崩して、壱の型【飛燕】で一気に切り倒す
陽が傾き、帝都の空が茜色を色濃く、徐々に暗みを帯びる頃。
西日の眩しさが重く、冷たくなる中で吹き抜ける風に混じる幻朧桜の花弁が、この空間で弾かれたかのように逸れていく。
金属同士、刃物同士がぶつかり合う激しい剣戟が空を裂いて、この場に桜の花弁の華やかさを阻んでいるかのようでもあった。
ただの工業用金属がぶつかる様な、日常にギリギリあり得そうな、そんな生易しいものではない。
殺気をはらんだ一合一合が必殺。交錯する火花さえも命の煌めきであるかのように、それらの音は悲鳴のようですらあった。
そのような最中、ワイヤーで縛られて宙吊りにされ、電気ショックで昏倒させられるというご無体な状態だった牧村は、比較的素早く意識を取り戻した。
そして、その惨状を目の当たりにして、彼は顔を引きつらせる。
引き裂かれた着物。血が滲み染み出して更に緋色を深める最中であっても、その瞳は獲物を求める獣のようであり、度重なる猟兵との戦いに於いて姿勢を低くせざるを得ないためか、大きくはだけて足元を見せることになってもなお、刀を手にする桜に一片の曇りは無いように見えた。
表情の消えた人斬り。その姿が、普段目にしていた彼女の姿よりも、更に輝いて見えた事に、牧村はショックを隠せない。
もはや認めるしかないのかもしれない。彼女が影朧であることを。
縛り上げられたまま打ちひしがれる牧村は、失望すると共に、その瞳には恨みが宿る。
いつもそうだ。
この帝都にはびこる恐ろしい何かは、無遠慮に日常を奪っていく。
それは、この世界に幻朧桜が存在するのと同じくらい、ありふれたものであるのだろう。
事件が起こり、過去の何者かの無念が現在の誰かを害していくのは、もはや仕方のない事なのかもしれない。
だが、どうだ。この現状を打破するのは、自分のような学びを得た徒ではない。
見ろ。ユーベルコヲドという超常の力を扱う者たちは、自分のような學を得ているわけでもない。
ただ、持っている力を行使しているに過ぎない。
意味があるのか。こんなことに。自分の学んで来たことに。
エリート大学などといっても、この様だ。今や、桜學府の足元にも及ぶまい。
それは疎ましく思わぬ筈がない。倦んでしまわない訳が無い。
暗闇に落ちていく牧村の心、視線の先に、ふと立ったのは光明ではなく、黒い軍装であった。
牧村の前に立ち、外套の裾を翻し伸ばした手は、じっとりと粘ついた心の闇を払うかのようでもあった。
「信じてもらえるかどうかわからないが、実は「ユーベルコヲド使いが面白くない」って考えには理解を示さないでもない」
夜刀神鏡介は、簀巻きにされている牧村と視線を合わせることなく、ただ手負いの獣と化した人斬りを油断なく見据える。
だが、かち合わぬ目線はしかし、牧村の心の内を見透かしているかのようでもあった。
「努力しても使えるとは限らないし、反対に努力せずに使える人もいる。
そんな連中が持て囃されて、今まで努力してきた意味はなんだったのかと思うのは致し方ない面もあるだろう」
無意識のうち、握って開く左手は、もはやどこからどこまでが人のものでなくなっているのか。
奇しくも少年は選ばれ、少年は責を全うせんと励み、少年は成った。
今や自らを怪奇人間と称するこの身に生じた出来事を、誇らしげに語ることはあるまい。
だが、必要に駆られ得てきた力と、この身に降って湧いた力は、果たして同質であろうか。
どこからどこまでが、自分自身の力足り得るのか。その本質を、途上の身である鏡介は正しく認識できている自信はない。
この手に握られる力の全てが、己自身だけのものであるなどと、そんな軽率に大見得が切れるものだろうか。
「だが、今やろうとしている事は本当に自分の意志によるものなのか。もう一度考えてほしい」
問い続け、求め続けるからこそ、鏡介は自分を見失わず、途上のままで居られるのかもしれない。
そうしてその背中を見つめる牧村もまた、気づいたことであろう。
超常の力を得ている者であっても、普通に生きている人間と同様に思い悩み、苦しむことだってある事を。
「……お喋りが過ぎたかな!」
宵の帳がやってくる薄暗さを払いのけるかのように、やや語調を明るくした鏡介は、鉄刀……いや、利剣を抜刀し、加速する。
神器とは違うものの、少なくともそれと同じかそれ以上に歩んできた鉄刀。それを仙界の桃花と魂を込めて、改めて鍛え直した利剣。装いも新たに、颯爽と切り結ぶ。
「……!」
「随分、動きが悪いな。待たせ過ぎたか?」
既に手負いの人斬り桜は、身体のあちこちに帯びた傷のせいか、動きが鈍り始めていた。
彼女の謂れについては知らない。
ただ、その身のこなし、剣の扱いを見れば、余程の使い手であることは伺える。
おそらく、その刀で何人も斬ってきたのだろう。
弓手にぎこちなさを残しながらも、一見すると軽く見える桜の剣は、受けてみて初めてその鋭さと重みがわかる。
刀の刃は薄く、彼女もまた小柄だ。だというのに、そこに負った人の業というのか、彼女を構成している何もかもが、人斬りとして最適な構え、躍動をこなしている。
無駄な力のかからない自然体な構えも、体重と速さをより効率的に刀に乗せるための、幾重にも人を斬ったうえで学んだ実戦の剣なのだろう。
「……! カッ!」
「ッ、ぬぁっ!」
受けて流す。それだけに注力すれば、難しい事ではない。
その筈なのに、小枝の様に振るわれる桜の太刀筋は、まるで鉈で打たれているかのような重さがあった。
思わず引き足に力がこもるが、これ以上は下がれない。
後ろには牧村がいる。
邪魔にならない位置にまで下がらせているとはいえ、気を抜けばすぐにでも抜かれてしまいかねない。
前に出れば、柔らかく受け流され、引こうとすればその分だけ食い込んでくる。
力いっぱいに打ち合えば折れてしまうリスクがある日本刀だからこそ、意と呼吸を読み合う斬り合いは、続けるほどに相手の本性を現すものだ。
純粋な剣術、とりわけ、人を斬る事を至上の目的としたような桜の剣は、眩しいほどの美しさを感じるが、それももう、終わりの時間が近いらしい。
万全の彼女ならばいざ知らず、今やその剣を振るう桜本人は疲労と手傷により完全なものではなくなっていた。
軋みが現れるその一瞬の隙を、受けに回った鏡介は、見出す。
「跳ね斬る――壱の型【飛燕】」
「あ──」
幾重にも連なった剣閃。その切っ先が首筋を横に払うものと見切り、流れを逸らすように交差した剣が下に絡む。
片腕を負傷した桜の剣はあっさりとそれで体勢を崩す。
返す刀の振り上げが、そのまま鏡介の剣の型にはまり、跳ね上がった切っ先が桜の胸を裂いた。
ぷつり、と致命的な何かが切れたのを、その威の消えた空気から感じ取り、鏡介は切り上げた姿勢のまま大きく息をつく。
力が抜けた声を出す桜は、膝を折って座り込み、致命傷となった胸からあふれる血を見下ろす。
「ふ、ふ……」
その表情は見えないが、肩を揺らして息を吐く様は、どこか満足げに笑っていたようにも感じられた。
「ああ……桜……」
張り詰めた空気が晴れて、彼女が事切れたことを知ると、彼女名を呼ぶ牧村の何とも言えない言葉が、夕闇の桜吹雪に溶けて消えたようだった。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 日常
『掃除のボランティア』
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POW : 花弁を一気に集めて! 一気に処理する!
SPD : 東奔西走。花弁がある場所に急行する。
WIZ : 花弁の位置を魔法で特定したり、使い魔等を向かわせたりする。
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
一つ夜が明けて、昼も手前になる頃。
その日は、桜の花弁が多く、観劇ホールとして準備を進めていた施設の手前の通りも、幻朧桜の花びらが溢れんばかりだった。
これでは人通りもままならぬとばかり、周辺に住まう住民が総出で持ち回り、掃除に出るのだが……。
施設の手前を担当する事となった学生たちの表情は冴えない。
自分たちの活動を支えていたのが、まさか影朧であり、自分たちはその思想を誘導されて活動を起こしていたともなれば、これまでにやって来たことの意味が解らなくなってしまう。
彼女と代表の牧村を主軸として活動する筈だった、このホールの存在意義は、もはや無いと言っていい。
ここまで準備に駆り出されていたエリート大学の学生たちは、その方向性も活動の意味すらも見失って、ただただ必要性に駆り出されるままに、気力も出ないまま清掃活動に出てきている。
彼等にとってみれば貴重な、それこそ無駄な時間を、本当の意味で無駄にしたという徒労感しかない。
思い出というには苦々しく、棄ててしまうには惜しいほどに、それほどまでに形になりかけていたのだ。
失ったものは、形はなくとも大きいのかもしれない。
だが、彼等が歩んできた道は、その思想こそ過激だったものの、残されたものが全て無価値とも限らない。
今は体裁悪く落ち込んでいる学生たちも、やがては大人になるしかない選択を余儀なくされてしまうことだろう。
そんな彼等を手伝いつつ、前向きな言葉をかけてみるのもいいかもしれない。
何しろ、彼等エリートは、いかなる形であろうとも、次なる帝都の時代を担うかもしれないのだ。
黒木・摩那
桜の花弁は箒で掃き出すとして。そこにUC【トリニティ・エンハンス】で【風の魔力】を付与して、ひと掃きでたくさんの花弁を運ぶようにします。
しかし、わかっていたこととはいえ、公演中止に追い込んだことには気まずさもあるわけで。
学生さんたちに掛ける言葉も無いですね。
ただ、何かに向かって皆でワイワイしながら物事を進めていった経験というのは決して無駄にはならないと思います。何事も経験です。
今回はダメでしたが、まだ人脈もあるし、このホールもありますから、劇だけでなくても、いろいろなイベントを企画して有効活用する、というのもありではないでしょうか?
あの夕暮れの中で影朧と戦った後から、こうして日が昇るまで、学生たちの集会はちょっとした騒動があった。
何しろ、過激な思想を抱くように唆していたのが影朧だったのだ。
まだ具体的な行動に移す前段階であったから何らお咎めは無かったものの、彼らの活動の支えでもあった思想は張りぼてで、それを原動力としていた集会の団結力は揺らぎ、大きく傾倒していた者ほどその心に被った空虚は広いのかもしれない。
音頭を取っていた者たちがその状態では、集まりが楽しそうくらいで集まった学生たちも宙ぶらりん状態で、いつものノリでやってきたらまとめ役の大半が燃え尽きたような様子で、あんなにみんなで一緒に取り組んでいた観劇もどうやら形にならないまま終わりそうだ。
「ふーむ……わかっていたこととはいえ、公演中止に追い込んだことには気まずさもあるわけで。
学生さんたちには、掛ける言葉も無いですね」
影朧事件など関係ねー! とばかりに、わっさわっさと散り積もった幻朧桜の花弁で路地が埋まる中で、清掃作業に駆り出された学生たちに混じり、支給された軍手に竹ぼうきを完備しそれを支えに路上で顎手をつく黒木摩那は、すっかり覇気の消えた学生たちの有様を見て嘆息する。
彼らの運動を放置し、仮に観劇会を成功させたとしても、それは帝都を揺るがす火種の一つになっていたかもしれないので容認できることではなかったが、摩那としては申し訳なさも残る結果であった。
何故ならば、キラキラと弾ける様な汗を迸らせ、短い青春を精一杯謳歌しようと一致団結してこのホールの準備に勤しんでいた姿を、彼女は知っているからだ。
その対比というには、彼等の腑抜けた有様は気の毒だった。
おかげで、ご老人の多い小路地の清掃作業は、若者だらけのホールの周囲だけ進みが遅いように見える。
やれやれ、体裁を気にするであろうエリート大学生が、なんと不甲斐ない。
まあでも、その責任の一端を感じないでもない摩那は、【トリニティ・エンハンス】によって、騒動にならない程度に魔力を操作して、一役かってみようと試みるのだった。
降り積もった桜の花弁を竹ぼうきでざざっと掃いてみれば、そこから撒き上がる風が増幅され、渦を描くように花弁を押し流していく。
激しくまき散らすのではなく、渦巻く花弁が錐のように立ち上って吸い寄せられていく。
細く渦を巻いて花弁を吸っては山を築いていく様は、否応なく学生たちの目を引いた。
「……すごいな、ユーベルコヲド使いっていうのは」
「こんなものは、誰にだってできることですよ」
「そりゃあ、できる人間だから言える事じゃないのか?」
「おや、桜の花びらをこうして掃いて集める程度の事が、皆さんにはできませんか?」
「そういうことじゃ……」
「皆さんが力を合わせれば、すぐですよね?」
八つ当たり気味にすら見えた学生たちに、摩那は眼鏡の奥でにっこりと笑って見せる。
確かに猟兵、ユーベルコヲドを使える者たちは特別なのだろう。何か、人にはない能力があるのかもしれない。
それでも、こんな程度の事に、不思議な力は必ずしも必要じゃない。
ただやり方が違うだけ。
「今回の件は残念です。ただ、何かに向かって皆でワイワイしながら物事を進めていった経験というのは決して無駄にはならないと思います。何事も経験です。
実際、ほーんのちょっとではありましたが、お祭りみたいで楽しかったですから」
「そりゃ……俺たちだって、楽しかったよ。今思えば、おかしなことは考えてた気がするけど、あの瞬間の楽しさを、俺たちは楽しかったと思ってもいいんだろうか」
古い傷が疼いて立って歩くのに痛みを伴う。そんな風に苦い顔で笑いながら、学生はぼっと立ち尽くす。
だが、路上でそんな黄昏てもらってはいい迷惑だ。
と言わんばかりに、摩那は彼の背中をばしばしと叩く。
「無心になって物事に取り組んでいたのが『楽しかった』なら、さあ、今は手を動かして!
今回はダメでしたが、まだ人脈もあるし、このホールもありますから、劇だけでなくても、いろいろなイベントを企画して有効活用する、というのもありではないでしょうか?」
「あいてて! ええ、ここを、有効活用かぁ。あんなことがあった場所ではあるけど……考えてみりゃ、影朧事件なんて、帝都じゃ珍しくもないしな」
パワフルな魔法、パワフルな振舞いに突き動かされるかのように、宙ぶらりんな学生たちに、摩那の元気が波及していくようであった。
舵を失った学生たちが、新たな目的地を見出すのは容易ではないかもしれないが、それでも目の前の物事に取り組んでいくうちに、それはいつの間にか波に乗っているかもしれない。
「よし、まずは、近所の皆さんに笑われない程度には、ここいらを綺麗にしないとなぁ」
大成功
🔵🔵🔵
夜刀神・鏡介
これにて事件は解決……ではなく。もう少しやることが残っている
彼らの手伝いをしながら、幾つか話をするとしよう
世界をより良い方向に変えようという意思を持って、そのために行動した
それ自体は、責められるべきではないだろう
まあ、今回はちょっと方向を間違えたかもしれないが。それは次に活かしてくれ
失敗を失敗のままで終わらせるか。それとも、そこから何かを得るかは君達次第だからな
……これも信じて貰えるかは分からないけれど
俺はこれでも、君達には感謝してるんだ
他のユーベルコヲド使い達がどうかはともかく、俺は政治家にはなれないしな
たまに事件は起きるが……それでもこの世界が平和なのは、君達が土台を支えてくれるからこそだ
ティエル・ティエリエル
まずはボランティアで街のお掃除から再出発だよ♪
学生さん達とあっちこっち、お掃除に東奔西走!
疲れてクタクタになるまでみんなでお掃除だ☆
街の人に感謝されて少し前向きになったところで、もう一度声をかけるね!
せっかく準備したんだから、演劇も最後までやっちゃおう!それが青春、だよ☆
(ちょこちょこっと筋書きを変えて、ユーベルコヲド使いと力を合わせる物語に)
※アドリブや他の方との連携も大歓迎です
寒さが残る季節ではあるが、春先には変わりなく、陽の上る帝都は眩しいほどの陽気である。
日和に映える幻朧桜は年中満開ではあるのだが、今日の花弁は一層深い。
あちこちに降り積もる花弁で埋まる小路地の一角には、此度の事件の舞台となった観劇ホールと、そこいらの清掃を任された学生たちが幽鬼の如く遅々としていた。
元養護院の古びた看板の残る塀の上で、足をプラプラさせて春の陽気を喜んでいた小さな妖精、ティエル・ティエリエルは、事件解決に貢献した猟兵の一人でもあり、もはやここに残る必然性は無い筈だった。
しかし、大きな事件を未然に防いだとはいえ、過激な思想を焚き付けられた学生たちはその思想ごと組織の中核を担っていた影朧を失ってしまった。
それ自体は良いことの筈だが、仮にも目的の為に一生懸命だった彼等は、頑張る目的を見失ってしまっている。
最早何も、彼等を焚き付けるものはない。だが、楽しかったあの時間は、もう二度と戻らないのだろうか。
彼等の空虚を、ティエルたちは見過ごせなかったのだろう。
「いい陽気だな」
「うん! ボク的には、片付けるのが惜しいくらいだよ」
塀の上に座り込むティエルに声をかけたのは、黒い軍装姿の夜刀神鏡介だった。
彼もまた、事件解決と、早々に見切りをつけずに、後に残された学生たちのことが、なんとなく気がかりだったらしい。
桜の花弁の舞い散る中を歩いてきたであろう鏡介の黒い外套には、幻朧桜の花弁が張り付いていた。
「しかし、帝都で暮らして結構になるが、今日は一段と降ったなあ」
「ボクの故郷も、春は凄いよ。大慌てで掃除する事はあんまりなかったかなー」
「ほほう、まあ、難だな。これだけ積もると、あちこち詰まったり、足元が見えなくなったり、大変なんだ……しかし、予想してはいたけど、ここは進みが悪いみたいだな」
「うーん、そうだね」
塀に寄りかかり、肩や頭に積もった花弁を払い落とす鏡介の様子を微笑ましそうに眺めていたティエルだったが、やがて抜け殻の様にのそのそ清掃作業に身の入らない学生たちを見やると、塀の上に立ちあがり、んん-っと小さな体を大きく伸ばす。
「やっぱり、俺たちも手伝うか」
「うん! この分じゃ、陽が暮れちゃうからね! やろう、やろう!」
言うが早いか、ティエルはたっと塀を蹴って空に舞うと、凄まじいスピードで桜の絨毯に飛び込んでいった。
降り積もった花弁を前に途方に暮れていた学生たちは、突如現れた妖精の体当たりで舞い上がる桜の爆発に揃って目を丸くする。
「遅い! 遅いよっ! ここだけ、まだこーんなに! お掃除できてないよーっ!
みんなのやる事はなんだった? この街を良くすることだよね!」
もりもりっと、小さなブルドーザーの如く積もった花びらを寄せ集めて小山を築き、ティエルは声を張り上げる。
「ほら、ちり取りと袋を持ってきて! あっちで、お爺さんが大袋持って困ってるよ! ほら、みんな、お仕事がまだまだいーっぱいあるよー!」
支えを失った学生たちに向かい、ティエルのはっきりとした言葉は、とても痛いものであった。
とにかく目の前の仕事を宛がわれ、ゆっくりとだが学生たちにもやるべきことを成すために動き始めていた。
そんな学生たちの中に、ひときわ背の高い痩せた熊のような男の姿を覚えていた鏡介は、彼に声をかける。
「よう、倉鹿野」
「……おお、君か。元軍属の」
初日にも声をかけた倉鹿野という男の姿だったが、あの時のような溌溂とした気概は今は鳴りを潜めているのか、ツナギ姿に竹ぼうきが妙にしょぼくれて見える。
柔和な倉鹿野もまた、集会を引っ張る学生たちの一人であったようで、彼なりに危険思想にではなく集団での活動に意義を見ていたのだろう。
やる事を失った集会をどうすべきか、改めて考える時が今なのだろう。
何か気弱を吐きそうになったその口は、元気な子供の𠮟り飛ばすような声に引っ込んでしまったらしい。
「……あの子は、元気だなぁ」
「昨日の君も、そうだった」
「言葉もないよ」
「世界をより良い方向に変えようという意思を持って、そのために行動した。
それ自体は、責められるべきではないだろう」
「そういって、踊らされてたようなもんだよ。実際はさ」
朗らかな笑顔が似合っていた倉鹿野は、今はシニカルにため息をつき、竹ぼうきで花弁をより集めるも、埒が明かないようで首をひねってそれを塀に立てかける。
「まあ、今回はちょっと方向を間違えたかもしれないが、生きてるうちに間違えない奴なんていない。次に生かせばいいさ。
失敗を失敗のままで終わらせるか。それとも、そこから何かを得るかは君達次第だからな」
ホールの中から雪かきに使いそうなシャベルを引っ張り出してくる倉鹿野に、鏡介は肩を竦める。
「……ちょっと説教臭かったかな?」
「いやぁ、今のおれ達には効くかもしれないな。なにしろ、大学生にまでなると、なかなか叱ってくれる人もいないからなぁ」
よーし、やるかぁ! とシャベルを振り上げて、精力的に花びら掃除を始める倉鹿野を手伝う様に、鏡介はビニール袋を手についていく。
大の男二人が躍起になり始めたのと、ティエルの檄と共に動き始めた学生。
彼等の担当する観劇ホール周辺の小路地が徐々に片付いてく。
「そうだな、俺も卒業してからは……そうだ、どうせなら感謝されるような事がいいな」
「うん? 何か言ったか?」
「……これも信じて貰えるかは分からないけれど、
俺はこれでも、君達には感謝してるんだ。
他のユーベルコヲド使い達がどうかはともかく、俺は政治家にはなれないしな」
どかどかと掬い取った花弁をビニール袋に詰め込みつつ、鏡介はどこか遠くを見る。
人々から脅威を遠ざけるため、恐ろしい強敵を倒すため、尋常ならざる力を振るうのは、それに値する相手があってこそであるわけで、極論してしまえば敵さえいなければ必要のない力だ。
人知を超えた脅威を乗り越え、尋常ならざる力を振るうたびに人から逸脱していく鏡介には、自らが変貌していく恐怖はもとより、平穏に戻れるかどうかという恐怖も静かに感じている。
恐ろしいと感じるのは、恐怖に麻痺していく自分自身だ。
次の脅威の為に、次の次の脅威の為に、自分は容易く一線を越えて力を手にしていく。
それでもなお、平穏に立ち返ることができるのは、平穏の感覚を持っている多くの人間が残ってくれているからだろう。
「たまに事件は起きるが……それでもこの世界が平和なのは、君達が土台を支えてくれるからこそだ」
「そういうもんかな……いや、慰め半分でも、救われる気がするぜ」
「本心だよ」
男二人、どこか気恥ずかしそうに笑う辺りで、ビニール袋に大盛二杯、桜の花弁が集まっていた。
そんなもんで、ティエルと共に東奔西走、あっちゃこっちゃと駆けずり回っていた学生たちもまた、こんもりとビニール袋の山を作り出していた。
「よーし、みんな、疲れてクッタクタだね! いい仕事した!」
ティエル含めた学生たちは、エリート学生とは思えぬほど泥だらけだった。
しかし、肩がだらりとするくらいには疲れた面々の目つきは、かつて観劇ホールに出入りしていた時の様な溌溂とした輝きを取り戻していたように見えた。
その様子を見たティエルは、満足げに鼻の辺りをこすると、うっかり泥汚れで髭を作ってしまうが、そんなものはお構いなしに、空中で仁王立ちして、疲れた面々を見据え、改めてホールを指差す。
「せっかく準備したんだから、演劇も最後までやっちゃおう! それが青春、だよ☆」
ばちーんとウィンクするティエルの言葉に、学生たちからは「ええー」という声が漏れたものの、続けて内容をどうにかすればできない事もないんじゃないかという提案には、真剣に耳を貸し始めるのだった。
ふむふむ、ユーベルコヲド使いと力を合わせて戦う物語とな?
「……うまく行くと思うかね?」
「子供には受けるんじゃないか?」
疲れて汚れてもなお、輝いて見える学生たちがあーでもない、こーでもないと話し始める様子に、鏡介たちもほどほどに加わりに行きつつ、陽は傾こうとしていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鳴上・冬季
「牧村氏、まずは御生存おめでとうございます」
嗤う
「貴方が幻朧戦線でなくただの影朧に踊らされた方で本当によかった。我々も貴方も、嫌な思いをしなくてすみます」
指で牧村の首元を撫でるか撫でないかの距離でスッと横に流し首輪の有無確認
それに伴う誤解は気づかぬふりで嗤う
「善良な貴方に、いくつか教えて差し上げます。影朧とは、怪異で死者なのです。いつも生者を、己が領域に引きずりこもうと狙っています。それがどんなに善良な願いに見えても、その手を取った者に待つのは死のみです」
「大正帝がいらっしゃろうがいらっしゃらなかろうが、死者と怪異は生まれます。影朧も大正帝も関係なく、今後は貴方だけの望みを願われますよう」
嗤う
事件現場と言えば聞こえは悪いかもしれないが、観劇ホールの屋上には、やはり風に乗った幻朧桜の花びらがいくつも積もりに積もっていた。
それほど風の強い日でもないのに、今日の積もり具合はと言えば一層に激しいもののようだった。
帝都では見慣れた光景の一部とはいえ、このまま放置もできない。
学生集会の代表、牧村は自らこの場所の清掃を買って出たのだった。
激しい戦闘があったとは思えぬほど痕跡の消えた屋上には、それでもあの日の光景が目に焼き付くものがあったものの、それら全てを埋めてしまうかのように降り積もる桜の花弁は容赦がないようにも思えた。
サクラミラージュの者にとってなくてはならない幻朧桜。しかし、その花弁を放置しすぎても、あちこち詰まったりしてしまうので、こうして人の手を入れざるを得ない。
正直に話、気味悪がる他の学生に変わって、当事者である自分がこの場所の清掃を買って出たものの、牧村は作業に身が入らなかった。
自分の為に笑い、自分の為に意見を述べ、この世界に対する疑問を抱けば、どんな馬鹿馬鹿しい事であっても一緒に考え、そして答えをくれた。
そんな彼女は影朧であった。
今でも思い出せる。
柔らかく冷たい指先、花が咲いた様な微笑み、そして──あの日見せた冷血な面持ち。
わかっている。いや、今ならわかる。それら全てが本当の事であり、目的のための偽りであったであろうことも。
自分が担がれたことなど、理解しているつもりであった。
しかしながら、彼女が死に際の瞬間にすら見せた微笑みの凄絶さを、忘れられずにいる。
思えば危険思想を抱くようになったという実感があったものの、あの瞬間の充足振りは大きかった。失った今にぽっかりと穴が空いた風に思えるほどに。
全てが偽りであったと思い知らされたあの日に、牧村は全ての青春を失った。
しかし、それが偽りであったと知った今もなお、あの日々を惜しまずにはいられないのだ。
「はぁ……」
もう幾たび、同じようなため息を吐いたろうか。
それに押されるかのように吹いた風に乗って、階段室のドアが開いた音を聞く。
あまりに時間をかけ過ぎて心配されたのか。それにしては作業が全然進んでいないので、呆れられてしまうだろうか。
いいや、影朧などに誑かされた男など、とっくに失望されているだろう。
自嘲気味に鼻を鳴らしつつ、振り返った牧村は思わず身を固くしてしまった。
「牧村氏、まずは御生存おめでとうございます」
あの人同じように、鳴上冬季はいつのまにかそこに背を預けるように立っており、慇懃無礼に帽子を取って恭しく一礼するのだった。
そして学帽を被り直すその顔には、やはり涼しげで人を食ったような笑みが浮かんでいる。
「……何の用だ。狙いの影朧は、もう退治したんだろう。もう用はない筈じゃないか」
「ええ、そうですね。その節で、裏を取ったり調査に時間を取られて、今朝までかかってしまいました。その結果を、一応は当事者である牧村氏にも聞かせる必要アリと判断いたしまして、こうしてお節介に足を運ばせてもらいました次第です」
わかりやすく渋面を浮かべる牧村の反応を楽しんでいるかのようにも見える冬季は、わかりやすく嫌味っぽいことをさらさらと淀みなく説明しつつずかずかと牧村の目の前まで歩み寄ってくる。
「貴方が幻朧戦線でなくただの影朧に踊らされた方で本当によかった。我々も貴方も、嫌な思いをしなくてすみます」
指した指がまたずむずむと胸を穿つのではないかと警戒する牧村だが、冬季の長い指が示したのは今度は首。
首筋をなぞるかのように横切るその仕草は、影朧に踊らされた犬ともとれるし、はたまた仮に影朧すら使役する危険な集団、幻朧戦線の者であったなら……。とも受け取れるような、ややもすれば誤解されかねないジェスチャーである。
それを分かった上での、冬季は薄ら寒さを覚えるような笑みを浮かべていた。
それは、未だに影朧の面影に熱を上げていた牧村に冷や水をかけるようなものであった。
牧村を、ひいては彼等学生を唆して操り、手玉に取ってやがては大きなうねりとなって国民に不信を植え付けかねなかった影朧の作戦は、その迂遠な手法も手伝って未然に防ぐことができたが、わかっていてもなお、牧村の心の中にはあの桜という影朧が色濃く残っているようだった。
深謀遠慮と言っても差し障りなかろう、長く生きたらしい妖狐の冬季の眼力でなくとも、彼の目が失恋に曇っている事は明らかだった。
「善良な貴方に、いくつか教えて差し上げます。影朧とは、怪異で死者なのです。いつも生者を、己が領域に引きずりこもうと狙っています。それがどんなに善良な願いに見えても、その手を取った者に待つのは死のみです」
ふう、とわざとらしく嘆息しつつ肩を竦める仕草は、物わかりの悪い子供に説教を垂れているようにも見える。
というか、そうなのだろう。
善良という言葉を用いる冬季自身はお世辞にも善良ではなく、その本性は自らを大妖怪と称する通りに人を食うものである。
どうして妖怪が人に対してからかいたくもなってしまうのか。
長い時間を人と共に歩んできた者に対して、それは野暮というものであろう。
愚かしい若者の青春が、ただの死者に弄されては、それはただの愚かなままの人生でつまらなく幕を閉じてしまう。
人はそんなものではない。いつまでも青臭い愚かしさを振りかざすものではない。
人の一生はとても短いのだから、無駄に過ごしてみるものではない。
人を小ばかにしたような冬季の言葉の裏にある期待。
果たしてそれが、今の牧村に通じたか。いや、通じるまでにいつまでかかるかはわからない。
しかし、降り積もる桜と同じように、いつまでもそのままという訳にも行くまいとは思う筈だ。
「ついでに、大正帝がいらっしゃろうがいらっしゃらなかろうが、死者と怪異は生まれます。影朧も大正帝も関係なく、今後は貴方だけの望みを願われますよう」
更についでに言えば、ここも早く片付けた方がいい。
そう言って踵を返して歩いていく冬季は、風を巻き起こして足元の桜の花弁を吹き上げると、それに紛れて去っていった。
いやに涼しげな笑みだけを残して。
「うわわっ! く、くそ! 少しは手伝って行けよ!」
煙に巻かれるように桜吹雪に見舞われた牧村は、終止圧倒された様子で、その場に尻もちをついてしまう。
後に残ったのは大量の桜の花弁のみ。
当然、影朧の彼女の姿は記憶の隅にしか残らない。
それもいつかは、懐かしい思い出として語れる日がやってくるのだろうか。
途方に暮れる牧村だが、やがて屋上の清掃作業に着手しはじめる。
誰かがやらねば、水を詰まらせかねないからだ。
大成功
🔵🔵🔵
御園・桜花
「さっさとお掃除を終わらせて、皆で此からどうするか考えましょう」
学生に混じり元気に清掃
「せっかくの場と縁を此の儘にするのは勿体ないじゃありませんか。今度は貴方達が牧村さんをその気にさせる番ですとも」
「皆さんが世をより良くさせたいと考える、その心意気はとても尊いものだと思います。其を考え、討論し、実現するための場を此処から始められれば、なお良いではありませんか」
「お金を稼ぐ事に終始するのは卑しいと仰る方がいますけれど。私は此こそが身分差を補強する考え方だと思います。だって其を言う方は、お金に困っていらっしゃらないんですもの」
「簡単な話をしましょう。此の中で御嫡男の方は彼方へ、三男以降の方は其方へ集まって頂けます?」
「此の人数比を見て考えていただきたいのです。農家の六男が学を志した時、今の貴方達に成れますか?」
「学を為すには教養が、教養を為すには其に充てられる時間とお金が必要です。人を殺して再分配するのではなく、社会全体に富を行き渡らせるよう底上げする、貴方達なら其を考え為せると思うのです」
なにやら表が騒がしい。
先日も影朧を退治したユーベルコヲド使いたちが、表の小路地の清掃に駆り出されていた学生たちを焚き付けたらしい。
まったく、影朧の次はユーベルコヲド使い。本当に自分たち学生は、どこまでも流されやすいのだろうか。
そんな風に、やや冷めたような眼差しで臨むのは、元養護施設だった観劇ホールを含む建物は、その塀の中で溢れかえる桜の花弁を前に途方に暮れる学生たちであった。
数年に一度という周期で、春先にたまに訪れる幻朧桜の花弁が大量に降り積もるサクラミラージュ特有の、言うなれば公害である。
桜の精の住まう神秘の存在とはいえ、その特性は植物にほかならず、散って積もればやがて腐敗して熟れたような臭いを放つし、雨に流れてもその花弁が大量に流れれば排水管は詰まってしまう。
これが公共の設備などであれば、専門の清掃業者を入れてきれいさっぱりというところなのだが、ここは華の帝都といっても奥まった小路地の隅っこ。
おまけについ先日まで放っておかれたほどの年季の入った施設である。
雑草は生え放題。今日の天気が無くとも桜の花びらも溜まり放題の荒れ放題である。
この観劇ホールが予定通りに営業する事が出来ていたならば、少なくとも体裁は整える為に清掃する予定はあったようだが、それは首謀者を操っていた影朧を排除したことによって全ての予定がご破算となって立ち消えてしまった。
この先の予定も何もないと来れば、もはや手を入れる必要性も皆無であろう。
学生たちも、本来であれば影朧の中核を担う集会に集まる必要などなく、過激な思想をもはや抱く必要も無く、ただ惰性でこの場所に来てしまったために、桜の絨毯をこさえてしまった軒先を見やり、掃除用具を手にしては見たものの、どうしたものか途方に暮れるしかない。
そもそも、やる必要のない清掃だ。
ここに集まる理由も、活動する目途もない。
自分たちは何をやっているのだろうか。
そのような空しい気持ちが施設内の誰もに漂う頃、観劇ホールとは違う、別棟の引き戸が勢いよく開け放たれた。
すぱーん! と、学生たちの胸に立ち篭める暗雲を斬り払うかのような、気持ちのいい音とともにそこに立っていたのは、桜色の給仕服姿に襷をかけた凛々しい立ち姿。
「あら、なにをなさってるんですか。さっさとお掃除を終わらせて、皆で此からどうするか考えましょう」
襷で袖を捲り、白く眩しい手も露に、しかし御園桜花は竹ぼうきを手に仁王立ちして、気落ちする学生たちに元気な声をかける。
「いや、終わらせるったって、給仕さん……凄い量だよ?」
「皆で力を合わせれば、すぐですよ。せっかくの場と縁を此の儘にするのは勿体ないじゃありませんか。今度は貴方達が牧村さんをその気にさせる番ですとも」
やる前からうんざりしているような学生たちに、尚も桜花は笑みを向けてやる気を見せるのだが、牧村の名を出され顔を見合わせて浮かない顔をする学生たちに、やや持って回ったように嘆息する。
「皆さんが世をより良くさせたいと考える、その心意気はとても尊いものだと思います。其を考え、討論し、実現するための場を此処から始められれば、なお良いではありませんか」
もちろん、危なくない方法で。と悪戯っぽく微笑んで付け加えると、わずかに軒先に居並ぶ学生たちにも緩んだ雰囲気が生まれ始めた。
空っぽになって宙ぶらりんになってしまった学生たちには、信念をもって動く猟兵の力強い言葉はきっと励みになる。
まあ、それはそれとして、お掃除も同時に進めなくては、このままでは日が暮れてしまう。
持ち回り、役割を分担して桜花は雑談交じりとばかり話を続けつつ、のそのそとした学生たちに指示を出すと、ふむふむと思いついたように唇を撫でる。
「お掃除のついでに、簡単な話をしましょう。ええと、そうですねぇ……では、此の中で御嫡男の方は彼方へ、三男以降の方は其方へ集まって頂けます?」
いぶかしげに、一部の学生は若干嫌な顔をしつつ班に分かれたのを確認すると、数の多い嫡男連中には箒やちり取りを、三男以降の学生たちにはゴミ集めのためのビニール袋を宛がう。
他の大學ならばいざ知らず、ここに集まる学生は帝都でも有数のエリートであるという。いずれも劣らぬ家の跡取りだとかそういうのに混じって、家督を継ぐわけでもない将来に迷ってとりあえず學を積んで暇な時間を謳歌する者もいるようだ。
彼等は、その目に見えない身分差を隔てることなく活動してきたつもりであった。だからこそ、今この場でそのように班分けされる流れになって嫌な顔をした者もいたわけだが、
「此の人数比を見て考えていただきたいのです。農家の六男が学を志した時、今の貴方達に成れますか?」」
こんもりと集めた花弁をビニール袋に移したところで、その口を縛った桜花が真面目な顔をすると、学生たちは手を止める。
エリート大学だけあって、その学費は諸々含めて決して安くはない。
親が金持ちな彼等にはそうそう意識する事ではないが、彼等も誰に学んできたわけではない。ビニールにパンパンに詰まった花弁の重さに匹敵する大学校の学費は、想像に難くない筈だ。
「私も、色々なお客様を見てきました。中には、お金を稼ぐ事に終始するのは卑しいと仰る方がいますけれど。私は此こそが身分差を補強する考え方だと思います。だって其を言う方は、お金に困っていらっしゃらないんですもの」
生きる上で、お金の心配が無いというのは大きなアドバンテージである。
貧富の差とは、スタートラインの違いでもあるし、そのまま学びの質の違いでもある。
貧すれば鈍するという言葉があるように、清貧という言葉は、富があって初めて覚える言葉でもある。
「学を為すには教養が、教養を為すには其に充てられる時間とお金が必要です。人を殺して再分配するのではなく、社会全体に富を行き渡らせるよう底上げする、貴方達なら其を考え為せると思うのです」
そうして、いつの間にか学生たちの視線を受けていた事に気づいた桜花は、にっこりと笑い、両手を広げて視線を巡らせる。
それにつられて見渡すのは、既に用を成さない筈の観劇ホール。
「ですから。ね! せっかく用意した場所なのですから、いっぱい、考えたり、やってみたり、色々できると思いませんか?」
宙ぶらりんになってしまった学生たち。
清掃作業に従事し、頭が空っぽになったせいだろうか。
汗ばんだ彼等には、再び前向きに考えるという選択肢が生まれたようだった。
若者たちの目に生気が宿るのを見やると、桜花は改めてぱんっと手を打つ。
「さ、やりたいことが見つかったなら、お掃除はさっさとやってしまいましょうね」
そうして、よいしょと重たくなったビニール袋を担ぐと、活気を取り戻した学生たちの中を割って歩いていくのだった。
後に、この観劇ホールは、学生が中心となって公開されることになる。
その公演内容は様々で、子供向けの観劇会などはもちろん、学生によるものや知識人を招いた講演会なども行われるようになったらしい。
子供や学生ならば入場無料。夏や冬の長期休暇には、無償で学習塾のようなイベントも行われるようになり、少しだけ話題にもなったとも言われる。
ただ、それはまぁ、猟兵たちとは関係のない話なので、ここでは割愛することとする。
大成功
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最終結果:成功
完成日:2022年04月07日
宿敵
『人斬り・桜』
を撃破!
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