チョコがヘドロに変わってしまう前に
●いつからか、自分の周りが土臭いニオイで溢れるようになった。
女の子なのに。土臭いなんて嫌だなぁ。それに、大好きな先輩への告白が近づいているのだ。
バレンタインデー。私は、大好きな先輩のためのチョコレート作りに精を出している。できれば先輩好みの味で、イイ感じの香りも出せたらって思ってるのに。
「……くさいよぉ」
ぷぅん、と漂う、腐葉土みたいな汚臭。もっと言えば、下水道のあのニオイだ。とっても臭い。
お風呂に入っても、香水をつけても、野菜料理をメインに食べてみたり、ちょっと高めの銭湯に行って体を流してきたり、いろいろ対策をした。
けど変だ。まるで私に纏わりついてくるみたいに、臭いニオイが漂ってくる。
こんなんじゃ、先輩に告白どころじゃないよー!
「どうして……うぅ……」
ニオイのせいで学校にも行けない。
ご飯もニオイのおかげで食べても不味く感じちゃう。
このままじゃ家にも、大好きな先輩にも、誰にも──会えなくなってしまう。
「……私、消えた方がいいのかな」
帰路についた私は、街を離れるように歩いてゆく。家からも、学校からも、誰もいない場所へ。
遠くへ、遠くへと。
足元がぬちゃぬちゃとねばりついて、あのニオイがとっても強くなってゆく。暗くて、ドロドロとした世界。いつの間にか私はそこにいた。
「やっぱり」
私って、いちゃいけない存在だったんだ。
ドロドロとした世界の中から生まれる、私よりも大きな背格好の泥の人形の群れ。私はそれに手招きされて、そのままズブズブと沼の底へ沈んでいった。
●恋実るやもしれない日を直前にして、一体何が起きたのか。
UDCで事件が起きた。その予知夢を視たメイドの少年、九重・白亜(今を歩む魔術師・f27782)は、グリモアベースに集まった猟兵たちにヘルプコールを出した。
「たった今、現地のUDC職員たちから情報が来ました」
予知夢と同タイミングだったらしい。彼は一人の女子高校生の写真を見せる。
「"一羽麻紀(かずは まき)"という名前の女子高校生です。彼女は『邪神の仔』という素質をお持ちの方です。最近その素質が顕著に表れたらしく、彼女の周りでは"泥臭いニオイが漂っていた"ようになってしまったのです」
平凡な少女、麻紀は、生まれて今この時まで、普通の人間として過ごしてきた。両親の元で育ち、青春を謳歌し、告白したいと思える相手を見つけるほどに幸せな人生を送っていたという。
それが壊されたのは、彼女が『邪神の仔』だったからだ。
偶然、彼女は邪神によってそのような運命を、素質を抱えただけに過ぎなかった。
ただその素質が開花するのが遅かっただけのこと。麻紀は今にも爆発しそうだった火薬に過ぎず、それが今、盛大な被害を齎さんとしている。
「彼女がどういった邪神の素質を孕んでいたのかは知りませんが、彼女を中心に起きている現象を見るに、かなり厄介なものかと。
我々猟兵は、一羽様がこのまま"UDC化"する前に確保し、彼女の処遇を決めます」
そのためにも、まずは件の女子高校生を確保するところから始めるらしい。
麻紀は自身の異質さに気づいたのか、廃れた商店街へと自ら進んでいったらしい。
「そしてこれはついでなのですが……『邪神の仔』を狙おうとする取り巻きがいます。おそらく彼女がこうして才を発現するまで待ち伏せていたのでしょうね」
おかげで、彼女のいる廃れた商店街は、既に取り巻き──低級のUDC怪物が蔓延り、異界の領域化しているらしい。商店街のいたるところが泥にまみれ、柔らかくはまりやすい。底なし沼のような環境と化している。
低級のUDC怪物、『沼男(スワンプマン)のなり損ない』は共は、恐らく『邪神の仔』に近しい存在、もしくは眷属やその辺りだったのだろう。これらは泥の体を利用し、同族を増やそうとするタチの悪いUDC怪物だ。
「UDC怪物共に一羽様を確保される前に、我々が確保してください。
泥が目立つので、あまり気ノリはしないと思われますが……」
何せ、彼女を助けるまでの道が全て、ドロッドロの泥に覆われてしまっている。助ける以前に、まず自分が酷い有様になるのは覚悟の上だろう。
「平穏から逸脱し、孤独になってしまった彼女を、どうかよろしくお願いします」
──グリモアが輝き、汚泥の魔窟への道を開く。
天味
●最初に注意。このシナリオには"状態異常ネタ"があります。
いわゆるソッチ系のプレイングを採用する前提のシナリオですので、「お色気なんて要らないよ!」という方はこちらのシナリオを避けることをお勧めします。サポートもお色気OKの方以外は利用予定はございません。
どこまでやるかはプレイングの内容次第ですので、詰め込みたいところはしっかりとご確認ください。
お久しぶりです。一年ほどおやすみしていたと思います。天味です。
今回はUDC。バレンタインデー……の直前をモチーフにしたシナリオとなっております。
恋する乙女は身だしなみに気を使いますよね。ベトベトの泥や、くさーいニオイは確実に乙女の敵です。しかしこの敵こそが、今回の被害者、一羽麻紀を取り込もうとする悪意だったのです。
シリアス半分。ネタ半分。かっこよく泥にまみれて彼女に救いの手を伸ばすのもよし。こんな時でもギャグを忘れない鋼の精神を見せるのもよし。なんだって来いです。
なお念のためですが、第二章の集団敵において"状態異常ネタ"がありますので、そこだけ注意してください。
第一章は、彼女とその取り巻きUDC怪物らが作り出した領域、泥化した商店街を攻略してもらいます。
ぬかるみや底なし沼、滝のように溢れ出る泥の街中で、彼女の痕跡をうまく探し出してください。
第二章は、取り巻きUDC怪物、『沼男のなり損ない』とのバトルです。
麻紀を手籠めに世界を滅ぼす一手を生み出そうとした彼らは、何が何でも麻紀を手に入れようとします。たとえ襲い掛かる猟兵を、自らの駒にしてでも。
狡猾な技を使う、同族化の状態異常を引き起こそうとする厄介な敵です。
第三章は、この物語のエピローグになります。
無事彼女を救い出せれば、その後は──猟兵の選択次第です。
それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
第1章 冒険
『沼の中へ』
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POW : ゆっくり歩き転ばないように進む。
SPD : 忍者のようにぬかるみを駆け抜ける。
WIZ : 板やボートなど道具を使い賢く進む。
👑7
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
古めかしいアーケード街。……だった場所だ。
天井付きの商店街は、全て茶色に覆われ、どろりと溶けて流動している。
天井があった場所からは絶えず泥が垂れ、地面は溶岩のようにもったりとした気泡を立てて獲物を待ち構えている。建物の中は言わずもがな、蠢く泥の塊がところどころ見えており、おそらくグリモア猟兵が言っていたであろうUDC怪物の姿が見える。
そんな場所に、少女が一人来てしまったのだ。
夕暮れの日差し以外に明かりはなく、世界は茶色一色。しかしその中で、彼女が歩いて行った先を見つけなければならない。
幸い、泥の粘度が強いのか、ところどころに足跡や彼女の持ち物らしきものが残留している。
それを探れば、いつかはたどり着けるだろう。
神代・凶津
うへぇ、アーケード街が何処もかしこも汚ねえ泥まみれだぜ。本当にこの中を進むのかよ、相棒。
「…仕方ないでしょう。『邪神の仔』のUDC化は阻止しないと。」
だがよ、この中を進めば相棒は確実に汚泥を頭から被る羽目になるし巫女服の中にも入ってくるかもだぜ?
「………し、仕方ないでしょう。」
闇雲に歩いてもただ汚れるだけだ。『式神【ヤタ】』を放って偵察させ、麻紀の嬢ちゃんの痕跡を見つけて進むぜ。
粘度が強い泥のせいで歩きづれえ。上の方からも泥が降ってくるしよ。うかうかしてたら身動きが取れなくなりそうだぜ。
「…帰ったらお風呂に入って良く身体を洗わないと。」
【技能・式神使い、偵察、情報収集】
【アドリブ歓迎】
ネフラ・ノーヴァ
共闘、アドリブOK。
おや、どこもかしこも泥だらけ、血に塗れるなら好むところだが、服が泥まみれになるのは御免だ、脱いで置いておこう。身に着けるはブーツと手袋に武器。下着とて不要だが、まあ状況に応じるとしよう。
バレンタインに向けて商店街は飾り付けもされていたろうが、見る影も無さそうだ。ふと菓子店に寄ってチョコレートを手に取ってみるが、泥となって形無く崩れ落ちるだろうか。
彼女の痕跡もあるだろうが、おそらく泥が多く、においも強い方が進むべき道だろう。足を取られてしまう場所ならUCで水銀化して進む。
ああ、沈んで動けなくなっているものがいるなら引き上げで助けるとしようか。
「うへぇ、どこもかしこも汚ねぇ泥まみれだぜ。本当にこの中を進むのかよ、相棒」
「……仕方がないでしょう。『邪神の仔』のUDC化は阻止しないと」
巫女装束に身を包んだ人間の少女と、その少女が着けている赤鬼の仮面、神代・凶津(謎の仮面と旅する巫女・f11808)はお互いに目の前に広がる景色を分析していた。
アーケード街はみな泥で覆われてしまっており、地面は泥干潟にも似た状態だ。歩けば汚れるのは確実で、進めば天井から落ちる泥を被るのは必然だろう。
明らかに、ここはそういう造り──そういった領域と化している。
「どう考えても敵の胃の中だぜ?ここはよ。確実に汚泥を被る羽目になるし、なんなら巫女服の中に入ってくるかもだぜ?」
「……し、仕方がないでしょう」
「だったら、あらかじめ脱いでおけばいいのではないか?」
「「ちょっ!?」」
進みあぐねている凶津らの隣では、クリスタリアンの女性、ネフラ・ノーヴァ(羊脂玉のクリスタリアン・f04313)がおもむろに服を脱ぎ捨てているところだった。
煌めく白い肌が露出し、ブーツと手袋、そして下着のみという半裸な格好になる。状況が状況でなければ、痴女もいいところだろう。
「行くなら靴は必ず着けておけ。泥の中に破片があるやもしれん」
「……確かに」
干潟の話になるが、ぬかるんだ泥中には貝やゴミといったものが潜んでいることがある。裸足で干潟を歩いて、足裏を傷だらけににして泣いてしまう子供が出てしまうのは、こういった面ではよくあることらしい。
「んー……あ、いいこと思いついたぜ相棒」
「?あ、なるほど。そういうことなら」
「貴殿らは何か手段が思いついたか。私は先行させてもらうぞ」
凶津らは一つのアイデアに辿り着く。別に歩いて探索せずとも、ちょうどいい探索者がいるじゃないか。
それはネフラのことではなく、彼らが持つ式神【ヤタ】。名から連想できるように、八咫烏の式神である。凶津は霊力を宿した烏を顕現させ、それをアーケード街へと放った。
一羽の式神は東の方向へと飛んで行く。
一方で、ネフラは宣言通りぬかるんだアーケード街を歩く。式神が向かったのとは逆方向へと。
ずぷっ、にゅぷ……と粘っこい水音と共に、体が徐々に沈んでゆくのが分かる。一体どれほどの泥がこの街を侵食したのだろう、と考えつつも、ネフラはあえて深みが増してゆく先へと進んでゆく。
「廃れていたとはいえ、栄えてきた跡だけは残っているな」
もしこの商店街が生きていたのなら、今頃バレンタインに向けて飾り付けを施されていただろう。今や見る影もない。
ふとお菓子店らしき跡地を見つけた彼女は、一旦進むのを止めてそこへ寄り道する。
中は全て泥。そして、奥には若干蠢く塊が存在している。商品だったものは全て溶けており、箱や、リボンといった装飾も形だけ残して土くれと化している。試しに触れて見れば、どろぉ……と溶けて崩れてしまった。
「……虚しいな、っと!」
踵を返して元の道へ進もうとすると、突如足が太もも辺りまで沈みこんだ。先ほど歩いた場所が、偶然にも侵食が進んで深みが増していたのだ。
すぐさま、ネフラはユーベルコード、【ヴィーナス・マーキュリー】を発動させる。沈みこんだ太もも辺りから下を全て水銀へ変え、ぬかるみからスルリと離脱し立ち上がる。
「危ない危ない……」
ネフラは足先を円状に変えて、面積を広げる。”かんじき”の要領で設置面積を増やし、沈みこむのを抑えるようにした。
速度は遅くなるが、沈みながら歩くよりはマシになるだろう。
そうして数分ほど。
ネフラは凶津らがいるであろう場所まで帰ってくる。凶津らは彼女らに何かあったのかと目線を配らせたが、彼女は首を横に振った。どうやら、痕跡を見つけられなかったらしい。
「少し奥まで覗いてみたが、それらしいものが見当たらなかった。ニオイもそうだが、入り口のここですらもうキツくなっている」
「そうか……こっちは見つけたぜ?ほら」
凶津……を被っている少女の方、桜(さくら)は手にしたものを見せる。
泥化していない物体、可愛らしいカップケーキのアクセサリーだ。このアクセサリーは、恐らく件の『邪神の仔』のものだ。グリモア猟兵が見せた写真の中に同じものが映っていたので間違いない。
「その手掛かりがあった場所は?」
「東寄りにもう一本大通りがあってな、そこで見つけた」
「私が行った方向とは逆だったか……ならばそちらに進もう。それでいいだろうか?」
「えぇ……私も、覚悟を決めます」
「おうよ……っておい!?」
ネフラの提案に賛同した桜は、巫女服をその場で脱ぎ捨てる。最低限のアイテムを下げ、同じように半裸になった彼女は、結界霊符を足裏に付けて泥の道を歩く。
どうやら、足裏から結界を広げ、ネフラと同様に接地面積を広げて安全に歩く魂胆らしい。
「じゃあなんで脱いだんだよ!?」
「念には念を、というものだろう?ほらっ!?」
「きゃっ!?」
歩いていると、突如天井から塊が降ってきた。ネフラはすぐさま回避し、桜もまた危機を察知して避ける。
どぼぉっ!!と盛大に音と、そして飛沫を立てて沈んだ泥の塊。避けれたはいいものの、二人はお互いに正面から泥を半分ほど被った。べっとりと体が茶色と灰色のマーブル模様に汚れ、桜は体にこびりついた泥を剥がそうと拭うが、逆それがコーティングされるように肌に塗り付けられた。
これは、本格的に洗わないと落ちないな。二人はそう悟る。
「……ぅ、ヌルヌルして気持ち悪い」
「むしろ着てた方がよかったかもなぁ?あだっ!」
戯言を言う凶津をポコッと桜は殴り、痕跡があった先へ進んでゆく。
一方で、避けたつもりが汚れてしまったネフラは、ほんの少しだけため息をついた。
これが血ならば、喜んで浴びれたものだが。
──そして、二人はアクセサリーがあった場所の近くで足跡を見つける。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
テフラ・カルデラ
※絡み・アドリブ可
こ…これは…ごくり…
…じゃなくて!一羽さんを助けなくてはなのですっ!
【性癖少女【はいいろ・きゃんぱす】】さんを召喚!
『何よこれ!?ドロドロしてるじゃないのぉー!』
と、ちょっと不機嫌気味…しかし進まなければなりません!
しかし…本当にどこを見てもドロドロなのです…
『底が深い所にハマったら一巻の終わりね…』
ちゃっかり彼女は凍結触手で泥を凍らせて足場作っています…
…と余所見していたらフラグのように底なし腰までハマって…助けて!
『全身ドロドロになるまで待ってる♪』
ちょっと!召喚した意味がないですよ!?
や…やば…ごぽぽ…(ドロドロの沼へと沈むテフラ、はいいろさんが何とか助けてくれました)
シトー・フニョミョール
チョコとヘドロとは似て非なるものですぬな。どっちにせよドロドロとしてべとついてるとはいえ、放っておくのも後味が悪いものですぬ。
そんな訳で現場に着たわけですが…これ空とか飛べません?飛べませんね、シトーでは。というわけでこれを使いましょう。おっと!今回はぐるぐる回りませんよ、足もとに吹きかけていくだけです。
するとどうでしょうねちっこい泥がカチカチの石に早変わり!これで足場ができるのでそれを渡って探してみましょう。
痕跡まで石にしないようにはしたいところですが、まぁその時はその時。
タンクいっぱいガスを詰めてるのでガス切れすることはないとは思いますが、ガス切れしたら仕方ないので泥をかき分けて探します。
「ぎゃぼッ!!」
ずぼぉっ!!と盛大に全身が沈んだ。まさに一瞬の出来事で、誰か隣にいなければ何が起きたのかわからなかっただろう。
ぬかるみの道の中にできた、他より柔らかすぎる泥でできた穴。そこにすっぽりと全身を呑み込まれてしまったキマイラの少年、テフラ・カルデラ(特殊系ドMウサギキマイラ・f03212)は今まさに死にかけといった様子。
「ごぼぼぼっ!ごぼぼ!!」
「一体何をしているのでしょう……」
「あーもう!手のかかる!」
そんな即落ち二コマどころか一コマ初手落ちした友人を見届けた、クリスタリアンの少女、シトー・フニョミョール(不思議でおかしなクリスタリアンの従者・f04664)は呆れた様子で彼を見ていた。
なお、彼はあらかじめユーベルコードで召喚していた少女、『性癖少女『はいいろ・きゃんぱす』(スタチュー・イラストレーター)』を出していたことで、事なきを得た。
きゃんぱすは自身が出す凍結の触手で足場を固めており、テフラもその触手で掴んで引き揚げていた。
「ぜぇ……ぜぇ……げぽっ……うぅ、死んじゃうところでした……」
「興奮しながら言うセリフじゃない」
現在二人と、追加して三人は足跡のあった辺りを歩いていた。
テフラは対策無し…………きゃんぱすに全てを委ね、シトーは『石化ガス発生装置(ストーンガス・タイフーン)』を発動し、足元の泥を石に変えて歩いていた。
普通ならば、歩いてもくるぶし程度しか沈まない。しかし粘度が強いためか、時々足を取られて抜けなくなることが多かった。テフラだけ。
「んぁ、んん!ぐちょぐちょしてっ、っぁ!やっと抜けましたぁ……」
既に全身泥まみれで、こんなことをしているのは彼だけである。
呆れた様子の二人だが、途中で足跡が途切れていることに気づいた。先を見れば、アーケード街を抜けて広い路地に繋がっているらしい。しかしそこも、アーケード街と同じく泥に覆われており、おそらく川だったであろう場所は水の代わりにヘドロが流れている。
腐臭が立ち込め、その分敵の気配も強まっている。二人は警戒心を強めた。
「きゃんぱすさん、シトーはここで情報整理をしたいと思うのですが」
「いいと思うわよ?あーあ、ヘドロじゃなかったら喜んでドロドロになったのに……」
「そこの駄目ウサギで我慢してください」
「なんだか辛辣じゃないですかね!?」
シトーは辺りを強めに石化させておき、三人はここで足を止めた。
泥さえなければ、ここは川のある田舎の田畑の風景……といったところだろう。侵食を受けたために、世界は空以外ヘドロ色一色で、面影のみが残っている。
足跡から先は川が分断するように流れており、その奥には大きな家らしき建物があった。かつて公民館だった場所である。
遠くまで彼女らは見通してみたが、川を越えるための橋はどこにも見受けられない。公民館まで行くには、やはりこの川が障害となるようだ。
「恐らく、『邪神の仔』の方はなんらかの手段で川を渡り、あそこへ行ったと思われます」
「……わたしも同意見です」
「私から見ても、そうだと思うわねぇ」
ではどうやって渡ったのか。
うんと悩む彼彼女らだが、悩んでも答えは出そうになかった。ヘドロの川自体を飛び越そうと思えば、飛び越えられるだろう。だが、二人の身体能力的にそれはできそうにない。
であれば、
「よし、テフラさん。既にドロドロのあなたが試しに川を渡ってみてください」
「えっボクが!?」
まさかの指名。
テフラは驚愕しつつも、ヘドロの川を見た。流れは緩やかだが、ドロドロと絶えずねばっこいヘドロが流れるそこに、自ら飛び込んで?
こんなの危険──いやむしろやりたい!テフラは意を決して、ヘドロの川へと足を踏み込んだ。
「そ、それじゃあ……いきまあああぁぁぁぁぁ…………!!」
ヘドロの川に足を入れた瞬間、テフラは盛大に滑り、川へ全身を突っ込んでそのまま流されてゆく。さながら流砂に呑み込まれてゆくように、彼はまた泥に沈みながら遠くへと消えてゆく。
知ってた。
きゃんぱすとシトーは、川の一部を石化させることで渡ることにした。
「あくまで表面を固めるだけで……おっと、ガスが。すみません、きゃんぱすさん。あなたのお力を借りたいのですが」
「いいわよぉ♪いいものも見れたし……あとで引き揚げないといけないのが面倒だけど」
その後、無事二人は川を渡り、公民館までの道を確保した。
一方その頃、テフラはヘドロの川に沈み、ドロッドロの姿で川端に倒れ込んでいた。全身がもったりと茶色と灰色のマーブル色で覆われた塊は、もはや件のUDC怪物と同じ姿と言われても文句の言えないまみれっぷりだった。
「ぐぴゅ……ぼへ、へ……♡」
この後、彼も公民館まで連れていかれた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『沼男のなり損ない』
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POW : 模造
自身の【構成する泥の肉体】を代償に、1〜12体の【敵対者の姿を模した泥人形】を召喚する。戦闘力は高いが、召喚数に応じた量の代償が必要。
SPD : 雷撃
【分厚い手】を向けた対象に、【二連続で降り注ぐ雷】でダメージを与える。命中率が高い。
WIZ : 汚辱
【溶けた脚】から、戦場全体に「敵味方を識別する【底なし沼を生み出す泥の津波】」を放ち、ダメージと【じわじわと体が泥に変わり同族化する呪い】の状態異常を与える。
イラスト:塒ひぷの
👑11
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
公民館の扉を開き、エントランスに着く。
エントランスの中心には、一羽麻紀──今回の保護対象である少女が、ぺたんと座り込んでいた。
「っ!?だ、だれ?もしかして、わたしを……ひっ!?」
しかし泥にまみれたエントランスの中から、無数の怪物が湧き出てくる。中年太りの男性を思わせる巨体のフォルム。泥でできた体のUDC怪物は、まるで彼女を守るように立ち塞がる。
そして、その中でも最も大きなUDC怪物──『沼男のなり損ない』は、猟兵が来たのを焦ったのか、彼女を絶対に手放すまいと抱き上げた。
「ひぁあっ!?ひっ、や、やだ!誰か!誰かたすぅんん゛…………!!」
巨体に彼女の体を埋め、取り込んでゆく。全身が体内へと取り込まれる間際、麻紀の姿が、まるで彼らと同じようにドロリと泥色に溶けてゆくのが見えた。
『邪神の仔』として覚醒する時間が、もうそれほどひっ迫しているということだろう。そして、それを取り込んだ沼男の長は覚醒するまで同胞で時間稼ぎをする魂胆でいるらしい。
同胞らは長が公民館の奥へ引っ込んだのを機に、猟兵たちへその手を伸ばす。
お前たちもまた、我々となり、敬愛せし神の駒となれ。
──全てが泥色に染まる前に、彼女を奪還しなければならない。
シトー・フニョミョール
※絡み・アドリブ・同族化歓迎
うーむ弱りましたね。ぱぱっと目的の子にたどり着けないとは。
でもなんとなくは察しました。あのデカブツを倒せばなんとかなるし、そのためには身を削ってもらわないとですね。
というわけで12体のプチゴーレム君!やつを脅してくれたまえ!そうすれば泥人間の方も数揃えてくるでしょう。相手にしなかったら袋叩き。揃えてきたらプチゴーレムが泥人形の相手です。
そしてシトーが沼男のなり損ないを叩きます。なぁになんとかなるでしょ――(ダッシュした瞬間足が抜けて勢いよくなり損ないの体に突っ込む)
げ、足が泥になったのと体重が軽くなったのが仇に!これじゃ同族化してしまうんぬ。
でも泥が重くて、べったりくっつく感じが割といいカモ…
同族化された後、沼男の体から放り出されますよ。抜けた足の分は泥で補われたシトーですが、気分は良いですね。元から仕えることが好きだからまぁ当然でしょうね。
でも、頭はぼんやりするし、なんだか色んな人を同じ泥人間に変えたい気分です、えぇ、変えましょうそうしましょうフフフ
ネフラ・ノーヴァ
共闘。アドリブOK。服装は1章のまま。
ほう、宝石すら泥にしようとは強欲なものだ。さぞ汚辱し甲斐あろうがこの身、泥に染まるものではない。
白肌に泥の飛沫を受けようが、UCで刺剣を掌に刺し、溢れる黒血を散らし燃延焼させる。捕われの麻紀殿に及ばぬところで火を止めよう。アイテム「血の瞳」で麻紀殿の血の流れが見えればなお良いが。
さあ、渇き果てるが良い泥人形よ。
神代・凶津
麻紀の嬢ちゃんを早く助けねえと、あまり時間は残されちゃいねえようだぜ相棒ッ!
ちぃ、泥ダルマ共が邪魔くせえッ!
「…速攻で突破します。」
おうよ、炎神霊装でいくぜッ!
「…転身ッ!」
炎翼を羽撃かせて飛翔して突破だ。泥は炎で乾かして粉砕してやればいいって寸法よ。
泥ダルマ共に炎弾を叩き込んだり、炎刀でぶった斬っていきながら泥ダルマの親玉を追うぜ。
敵のユーベルコードは、分厚い手をこちらに向ける動作を見切って雷撃を高速飛行で回避してやる。
おらあッ!麻紀の嬢ちゃんを返してもらうぜッ!
【技能・空中戦、見切り】
【アドリブ歓迎】
テフラ・カルデラ
※絡み・アドリブ可
ドロドロの泥まみれのまま我に帰ります…
ハッ!?わたしは何を…というより一羽さんが連れ攫われています!?
『あーうん、見ればわかるから…』
と、はいいろさんのツッコミが入ります…ともあれ助けなければ!
わたしは泥まみれで身動きがあまりできないのではいいろさん頼りになってしまいます…
『仕方がないわね…でも人を見捨てるのも気分が悪いからやってやるわ!』
凍結触手で貫き凍らせたり、石化ガスで岩の塊にしたり、黄金の巨大腕で殴ったり潰したり…と大活躍なのですっ!
しかし、相手も無限に存在するかのように泥の怪物が迫ってきて…
まず手薄なわたしが取り込まれてしまい…
『ちょ…やめ…やだ…取り込まれ―――』
二尾・結
私達の姿を真似たって力までは真似できないでしょう!『スーパー・ジャスティス』でぶっ飛ばすわよ!
って、すぐ再生するし数も多いしでなかなかタフねこいつら!他の猟兵の姿をしたのは本物かもだから殴れないし……
「あ、あぁ……脚が……」
時間をかけすぎたせいで私の脚も泥に変わって、もう動けない……
動けなくなった私の体を、自分や仲間の姿をした泥人形が包み込んで……
「あぁ……私も泥人形の一つになっちゃう……」
まだ抵抗できたかもしれないけど、モノに変えられる予感に、無意識に抵抗を止めてしまう。
自慢の髪まで完全に泥と同化して、私の意識が泥の中に拡散して消えていく……でも不思議と怖くない。自分の全てを改竄される快感と、泥人形達と一つになれる安心感が心を満たしていく。
「泥人形になる、『神の駒』になるの、気持ちいい……」
そして私はさっきまで戦っていた自分の姿の泥人形と同じ存在、『沼女のなり損ない』として生まれ変わる。
さぁ、神の駒としての使命を果たさなきゃ……
アドリブ、絡み歓迎。
襲う側襲われる側どちらもOK。
にちゃ、ぐちゃ……。
ねばつく音を立てて、迫りくる巨漢。その全てが泥人形であり、UDC怪物。見た目とは裏腹に、奴らにはある特性があった。
それは、同族を増やすという特性。侵食性を持つ泥を含んだ彼らの住まいと化した公民館は、既に彼らの胃袋の中と言っても過言ではないだろう。
「うーむ、弱りましたね」
「……ほう?」
クリスタリアンである二人、シトー・フニョミョールとネフラ・ノーヴァはすぐに察する。体にこびりつく泥。それが、宝石の肉体を侵食しつつあることに。
それは他の猟兵たちも例外ではなかった。
「ハッ!?わたしは何を……というより、一羽さんは!?」
「さっき攫われちまった!しかもあまり時間は残されちゃいねえ!!」
テフラ・カルデラは最初からドロッドロの姿で、既に沼男のなり損ないと遜色ない姿でいるが、まだ堕ちてはいない。まだ。
彼に補足した神代・凶津は、なりふり構ってられないと判断し、桜の顔を本体である赤鬼の面で覆う。
「──速攻で突破します」
その判断に、誰もが頷いた。
邪魔はさせない。沼男共は彼らに抗うかのように、ドロリと自身の肉体を溶かす。頭から腕、腰にかけてと全身を溶かしてまで作り上げたのは──シトーとネフラを模した姿の泥人形。おおよそ二十体ほどの彼女らは姿だけはそっくりだが、半分溶けかけなのかそれほど精巧に再現はできていない。
まるで堕ちた先の姿を見せられているような。そんな気分を味わったネフラは、即座に『葬送黒血(ブラック・ブラッド・ブレイズ)』を発動する。
「私の体はさぞ汚辱し甲斐あろうが、この身、泥に染まるものではない」
持っていた刺剣を自らの手甲に切り払い、クリスタリアンには珍しく、体内に通う黒色の血を模造泥人形らへ払った。
瞬間、黒い血を起点に、模造泥人形たちは一斉に燃え上がる。
「というわけで、プチゴーレム君!奴らを脅したまえ!」
シトーもまた、自身の肉体の一部を生贄とする。彼らと似たユーベルコード、『プチゴーレム』を扱い、召喚する。シトーにも似たオニキスの少女、ミニシトーと言うべきか。十二体と豪勢に揃えた彼女は、さっそく模造泥人形共へ殴りかからせた。
「え、えーっと……お願いできます?」
『仕方がないわねぇ』
一方で、テフラはほぼ何もできない……というか既に侵食を受けつつあるので、今だ健在な『はいいろ・きゃんぱす』に全てを委ねることにした。
それを狙ってか、一体の沼男がテフラらへ手を伸ばす。瞬間、
『させるか!!』
斬ッ!!と炎の翼をはためかせ、燃え盛る刀を手に取る巫女が沼男を切り裂く。高熱を放つソレに切られた沼男は一瞬で乾燥し、砕けてボロボロになる。
効果は抜群だった。だが、それは単体だったのなら、という話だ。
『炎神霊装(ブレイズフォーム)』となった凶津は、ちらりと横を見ればさらに手を伸ばす沼男の姿が見えた。三体、否四体。あまりにも多すぎる。
ズゥンッ!!と轟雷が響いた。
公民館の中で、雷が落ちたのだ。彼らの図体からは想像もできない、まさかの雷撃。凶津はそれを見切らんと刀を構えたが、構える前に隣の少女が既に対策をとっていた。
『これは、ナイス避雷針って感じ?』
『っと、サンキューな!』
きゃんぱすさんが、凶津の隣に黄金の巨大腕を伸ばしていたのだ。彼らが放った雷は自然と伝導しやすいそちらに誘導され、凶津は雷撃を受けずに済んだ。
そのついでに、ときゃんぱすさんは黄金の巨大腕を振るう。
『せやァッ!!』
沼男共が、一斉に黄金色に煌めく腕に薙ぎ払われてゆく。彼らと同じ侵食特性を持つその腕は、殴られてぐにゃんと歪んだ彼らを、そのまま黄金へと固めてゆく。
これだけでもかなり数は減った。しかし、沼男はまだまだ増える。むしろ、これからが本番だと言わんばかりに。
それもこれも、ここはまだエントランス。肝心の麻紀を呑み込んだ沼男は、その奥にある講堂へと引っ込んでおり、中に入ればさらに多くの数の沼男と戦うことが予測されるだろう。
この状況ですら、序の口でしかないのだ。
『ちぃ、泥ダルマ共が邪魔くせぇッ!』
「ならば先に行け!」
「それ賛成!」
『ン!?』
凶津の悪態に、ネフラと──新たに参入してきたのだろう、強化人間の少女、二尾・結(通りすがりのツインテール・f21193)が叫んだ。
「こやつ等とて無限ではないはずだ!貴殿は目標のみ狙って突撃すればいい!」
「私たちがここで削っていれば、中の敵たちもどんどん出て行くでしょ?だから行って!」
「シトーからもお願いします。お時間ないんでしょう?」
」
「ボ、ボクからもぉ!」
『……OK、分かった!』
意見は一致し、凶津は壁の如き沼男共を越えて、講堂の扉へ突撃する。しかしそれを阻止せんと、ズルリと目の前に泥人形が生成されてゆく。誰を創造しようとしているのかわからないが、このままでは直撃は免れない。
そこへ、
「『スーパー・ジャスティス』ッ!!」
結の拳が、炸裂する。ッパァンッ!!と目の前の泥人形が弾け、扉前の障害は消えた。
凶津は全力でそこへ突っ込み──泥化した扉を蹴破って奥へと入った。
これで、彼に託した猟兵たちの目的は半分達成した。
この中で、一番の有効打を持てていたのは彼だけだった。それに、長に取り込まれた麻紀は、いつUDC化してもおかしくない状況。彼女らは自信を以て正しい判断ができたと言えるだろう。
「ようし、後はなんとかなるでしょ──!?」
その証拠に、一人のクリスタリアンの足が突如崩れた。
沼男に殴りかかるつもりで、盛大にぬかるみに転がり込んだシトー。その足は、ユーベルコードを使った代償か、それとも侵食によるものか、ドロドロに溶けていた。
体重が軽くなったことで、侵食が早まったのだ。
「ぶへぇッ!……げ、これじゃあ同族化してっ!?」
口に入った泥を吐き出し、泥化が進んでしまった自身を見る。オニキスの肉体が粘土のように柔らかくなっており、さらに色も汚らしい茶色へと変わっているのが見えた。
そして、目の前に泥の巨漢。
「やっやばっぬぶ!」
「ッ!?貴殿、っく!」
いち早くシトーの危機に気づいたネフラが動くが、ネフラの模造泥人形が刺剣の一閃を放ち、彼女はそれを同じように刺剣で弾き防ぐ。
ネフラも自覚はあるが、溶けているのを感じていた。自身の血液がドロリと濁り、宝石の輝きを失いつつあることを。
そして、真っ先に彼女の輝きが失われた。
ずぶっ、ぐぶちゅ……じゅるんっ!
「「シトー」さん!」
麻紀と同じように、シトーが沼男の体内へ取り込まれた。
元から巨大だった腹がさらに膨れ上がり、ソレは中でぐにゅぐにゅと蠢く。何が起きているのか、想像はしたくなかった。
さらに悲劇は襲い掛かる。
『あ、やっば』
「ちょ、やめっ!?誰かたすんん……!!」
沼男共の掃討に夢中になっていたきゃんぱすさんは、すっかりテフラのことを忘れ──忘れてなどいない。守りきれなかった。
一体の沼男が彼に近づくと、彼を抱きしめ、そのまま取り込んでゆく。シトーと同じように体内に閉じ込められた彼もまた、ぐちゅぐちゅと音を立てて咀嚼される。
「チィッ!本当に時間がないな!」
「そう、ねッ!」
結もまた、健闘していた。
『スーパー・ジャスティス』で全身が黄金のオーラで包まれており、今の彼女は名と、誇りあるジョブの通りスーパーヒーローだ。
そんな状態の彼女にかかれば、沼男など一発一撃。パンチとキックで無数の沼男共を破壊していた。しかし、彼らは泥人形。たとえユーベルコードを纏った打撃だったとしても、完全に破壊できた相手は少なかった。
それに追い打ちをかけるように、事態は最悪を極める。
ぐちゃ……ぶぼぉっ!!……どろぉ……。
腹を大きく膨らませていた沼男の二体が、頭であろう箇所から大量の泥を吐き出した。塊にも似たソレは、呑み込まれていた者たちの姿。
そしてそれは、沼男と同族に堕ちてしまった猟兵たちの末路だった。
「ぁ……ワリと、いい……カモ」
「ヌァ……え、へ♡えへェ……♡♡」
──同族化したシトーと、テフラだ。
全身が茶色に染まり、ドロリと溶けてふわふわとした様子のシトーは、ペタペタと変わり果てた体に触れて感触を確かめる。
テフラは、それはもう恍惚とした表情を浮かべていた。生温かくどろりと溶けた体の感触に、彼は興奮を隠しきれずに口元を緩める。
二人の犠牲者が出た。それに歯噛みした結だが、恐ろしいことに気づく。
「……!?泥人形が!」
「チッ、手間が増えるな……」
沼男共が生み出す、猟兵たちを模造した泥人形。そのラインナップに、シトーとテフラが追加された。それも、大量に。
同族化されたおかげでシトーもテフラもドロドロの姿になっており、模造泥人形とさして変わりない。つまるところ──本物と偽物が混ざり合った中で、これらを対処しなければならなくなった。
「ん……えへ。シトーは、気分がいいので頑張っちゃいます♪」
「あぅ、ん♡もっと、もっとくださいぃ♡♡」
同胞が増えたことに、沼男はご褒美だと言わんばかりにシトーの頭を撫でる。元から仕えることが好きだった彼女にとって、大きく父親を思わせる手の温かみは、同胞になって初めて「心地いい」と感じてしまう。
テフラはもはや彼らの施しに夢中といった様子で、ドロドロの体を沼男の一人に擦り付けてさらなる褒美を求めていた。
「おかげでわかりやすい!」
「えぇ!」
やっぱり本物と偽物が混ざってもなんかわかりやすい。ネフラと結は戦う。
ネフラは体内に残る血を余さずばら撒き、凶津らがやったように乾燥させて砕く。一番手ごたえがあるものの、侵食を速めている自覚はあった。
これは、間に合わないやもしれんな。
ネフラは悟りそうになるが、手を止めることはしない。ここで手を止めれば、それこそ彼らの思う壺。
宝石すら泥にしようとする強欲さに対して、彼女は戦いの渇望という名の強欲で抗う。
一方で、結は徐々に意思が薄れつつあった。
殴る、蹴る。そういった近接攻撃ばかりを繰り返してきたおかげか、いつの間にか体はマーブル色に染まっており、あちこちがベトベトとした泥で覆われてしまっている。
「こんのォッ!……うそ!?」
先ほどまでなら、相手を破裂させたパンチ。しかしシトーの模造泥人形は、それを片手で止めた。明らかに腕力はこちらの方が上にもかかわらずに。
「いい機会です。シトーもあなたを泥人間にしちゃいます」
「っ……や、やだっ!」
シトーの模造泥人形は、そのまま結の拳を柔らかく包み込み、まるでコーティングするかのように自身を溶かして結の肌を覆ってゆく。腕から胸元へ、にゅるにゅると気持ち悪い感触に呑み込まれてゆく。
彼女は逃げようとして足を動かす。が、まともに動かない。それもそのはず、結の足は、とっくに泥と化していたのだから。
「あ、ぁ……んんっ!んぐ……ぅ!!」
泥は結の顔を覆い、自慢の金髪すらもねっとりと包まれてゆく。さながらパッキングされるかのように、薄膜の泥が彼女を覆い、拘束してゆく。意識は溶け、肌がドロリと同化する。
何もかも失って、消えてゆく感覚。しかしそこにほんのりと温かみがあって、べっとりと絡みついて変わってゆく感触に、どこか体を委ねてしまう。
沼男は一人ではない。無数にいて、それでいて一つなのだ。同胞に加わわれば、彼らと一緒になってしまう。けど、一緒になることが、心地よくて、蕩けるように気持ちいい。
──気づけば、結の心は沼男と同様に、満たされていた。
「……ぁ、あ……♡きもち、いい……♡」
隷属すること。同胞を増やすこと。沼男の手が、同胞(かぞく)を歓迎するように結を抱きしめる。ドロドロに溶けた彼女は沼男とくっつき、不思議とふわふわとした快感に魂を支配された。
さながら、沼女のなり損ないというべきか。シトーも、テフラも、誰もかれもが泥に落ち、なり損ないの同族と化した。
「…………よもや私が最後になるとは」
同族と化した猟兵たちの表情は、皆快楽に満たされたような顔だ。それを考えると、おそらく麻紀は──いいや、とネフラは首を横に振る。
信じて送ったのだ。勝てると確信して道を譲ったのだ。であれば、ここで倒れるわけにはいかない。
改めて刺剣を構え、先ほどからやかましく脳裏に響く声と、快楽に抗う。
──未だ己に流れる血を、自ら燃やすことによって。
「まさか自ら火葬を行わざるを思わなんだ……だが、これで容易に手出しはできまい」
委ねてしまえばよかったのに。確かに、ここで同族に堕ちれば、彼女らと同じ快楽を味わい、心を楽にできただろう。──くどい。ネフラはそれを一蹴する。しつこく、脳裏にこびりつく泥の魔の手を何度も払いのける。
だからこそ、自らを燃やして改める。本当に同族化してしまった時は、そのままこの肉体ごと火葬されてしまえばいい。
『あ、あのー……』
「なんだ?今は……そういえばお前、なぜまだ顕現できている」
早速襲い掛かってきた模造泥人形を切り払い、後ろから抱きついてきた愚かな模造泥人形はそのまま火で乾燥し燃えて砕ける。垂れた血をさらに放ちブレスの如く広範囲を燃やしつつ、それでも同族化させんと手を伸ばす沼男には直接炎の手でぶん殴った。
忙しい。そんな中で話しかけてきたのは、テフラが召喚したきゃんぱすさんだった。
『一応、ワタクシ元オブリな者だからかしら』
「……なるほど。で、だ。手伝う気はないのか?」
『本人がああでして、手を出そうにも意思が働かない。といったところ。いわゆるブルスク状態みたいなものよ』
「チッ。所詮は骸の名残か……」
暇そうに──というかドロドロライフをエンジョイしている主人を肴にしていたきゃんぱすさんの発言に、ネフラは盛大に舌打ちをしつつ、刺剣での攻勢を止めた。
「ぎゃっ!?あっつ!あぁ!」
「クソッ!貴殿、すぐに離れんか!」
「で、でもぉっ!これが本能ぉっ!!」
同族化したシトー本人が、燃え盛るネフラに抱き着いたのだ。抱き着けばどうなるか、快楽に蕩けた彼女でもわかっていたはずなのに。
キッと奥に残留している沼男を睨む。おそらくシトーを強引に動かしたのだろう。
これがただの沼男だったのなら、遠慮なく燃やすことができた。しかし、シトーは猟兵だ。猟兵同士で殺し合うなど、彼女の本望ではない。
だからこそ、燃え盛る自身を鎮火させた。
それを狙って。
「いっしょになりましょうよぉぉ!♡♡」
「あなたもぉっ♡」
「っ、くぅぅ!!」
さらにテフラと、結が抱き着いて、ネフラは身動きが取れないまま、泥に覆われてゆく。
全員、本物だ。斬ろうにも斬れないし、燃やすこともできない。そして、脳裏にこびりついた沼男の囁きが木霊する。
『お前も我々となれ。敬愛せし神の駒となれ。蕩け、混ざり合おう。同胞はお前を迎えたがっている──』
(──早く、頼む)
ネフラは決して刺剣を手放さず──そのまま三人の泥人形に埋もれていった。
そして、彼彼女らが託した思いは、講堂の奥で鈍い輝きを放っていた。
いくつもの轟雷が放たれ、そして出現する同胞。沼男の手は少なくなるどころか、多くなる一方。
神速を手に入れたところで、彼らの雷撃を全て回避できたわけではない。二度、三度とその身に雷撃を受けた凶津は、かなり追い込まれていた。
『ハーッ……ハー……!おい、まだ意識はあるか!?』
(ぅ……体中が、むずがゆくて、べとべとする……っ)
『マジで頼む!頑張って耐えてくれ!』
凶津を宿した少女、桜の体は、同族化しかけていた。体のところどころが溶けてドロドロになっており、全身はほぼ茶色一色に染まっている。巫女服は原型を留めかけているところで、本人の心は支配されかけていた。
そんな状態でも、今だに『炎神霊装』、炎の翼を纏い、炎の刀を手にしたままでいられているのは、ひとえにヒーローマスクという種族の特性故だった。
今の桜の肉体は、凶津が制御している。いうなれば、肉体と魂が分離したかのような状態だ。厳密には違うし、こうした侵食に耐性があるという理由もあるが、おかげで桜が同族化しかけている中でも、凶津は戦えていた。
一方の、沼男の長であろう相手もまた、消耗していた。両腕を切り裂かれ、残るはのっぺらぼうじみた頭と、膨れた腹、そして溶けた足のみ。再生できていないのは、断面が乾燥しているからだろう。
腹はドクンドクンと耳に届くほど胎動しており、もう時間がないと凶津に告げてくる。
それはこっちも同じだ、と彼は心の中で叫んだ。
『こっちもギリギリ。あっちも、アイツらも……けどよ!』
(……何か、手はあるの?)
『あるぜ。最も危険で、最も確実に嬢ちゃんを救える作戦がな』
ぐちゅっ、と手が溶け、刀がずり落ちる。
凶津は賭けに出ることにした。それもかなり危険な賭けだ。だが、これなら救えると思った手段だ。
桜は彼の作戦を悟ると、ぐっと両腕を広げて──前へ踏み込んだ。
(こんなの、嫌すぎるけど!!)
『麻紀の嬢ちゃんを返してもらうぜッ!泥ダルマァッ!!』
凶津は、沼男の長へダイブした。
ずぶにゅっ!!と突き刺さり、彼はまさか自ら獲物が来るとは思わず、ありがたくソレを取り込んだ。
しかし、
『出て行けェッ!!』
──彼らには、同族を増やす性質がある。沼男に取り込まれた者は、皆泥人間となって隷属するのだ。
だからこそ、同じことをする。
ヒーローマスクは心を通わせた生物に憑く種族だ。
沼男らは同族化を施す際に心を一つにさせる。泥一色に染め上げるように。
だからこそ、逆に同族化しかけ、心が溶かされそうになった桜を、沼男の長の中へ飛び込ませた。そうすれば、彼は喜んで彼女を自身の泥と混ぜ込もうとするだろう。
全ては一体化し、同族を生むだめに。だがその一体化瞬間を、凶津は狙った。
『────!!!?』
一瞬、されどそれだけで十分だった。
混ざり合ったことで肉体が一つになった沼男は、凶津に憑かれる。そして、肉体の支配権を凶津が奪い──長の意思を全力で吐き飛ばし、『炎神霊装』の全てを彼に押し付けて燃やし尽くした。
魂が分離された沼男は、スペアに変わることすらできず、火葬されたのだ。
どっぼぉぉんっ!!
泥の体が爆散し、巨体から大量の泥が放出された。
濁流のように沼男だった肉片が講堂の中を散らし、途端に回りの沼男共も動きを止めて溶けてゆく。力を失い、支配が解けてゆく。
その中心に、泥んこになった二人の少女が寝転がっていた。
「……っ、ぅ……べっ!」
「…………」
『お゛っエ゜エ゛エ゛ェ゛ェッ!!』
訂正。一時だが異物を支配した反動で死にかけている仮面も一枚。
飛び込んだ桜は口に入った泥を吐き出し……自身の体が泥に溶けておらず、元に戻っていることに気づく。
ただ、隣で寝込んでしまっている少女は──今だにどろりと溶けており、沼男のなり損ないのように蠢く泥を生み出し続けていた。
その頃、エントランスでは。
ひと塊になった泥の山。それが崩れおち、そこから四人の猟兵がべちゃりと出てくる。
「ッ!はー……はー……」
その中心にいたネフラは、意識が目覚めた途端粗く呼吸をし、辺りを見渡す。泥人形の姿も、沼男の姿も──見えない。自身の体は、煌めく宝石へと戻っていた。
唯一、自身の末路を見守っていたであろうきゃんぱすさんを見るが、両手を横に「しーらない」と告げた。
足元には、気絶して伸びたシトー、涎を垂らしたまままだ悦に浸っているテフラ、そしてどこか幸せそうな表情のまま眠っている結がいた。
──沼男のなり損ないは討伐を果たされた。
だが、その中心にいた『邪神の仔』には、無慈悲にも試練が待ち受けていた。
このまま怪物となるか。それとも。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 日常
『夕日を眺めて』
|
POW : 夕日に向かって叫んでみる
SPD : 電柱の上など更に高所に登り、そこから夕日を眺める
WIZ : オレンジに染まった景色を眺める
👑5
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
時は遡り、沼男の腹に囚われていた頃へ戻る。
一羽麻紀は、このまま目覚めなくてもいいかな、と思っていた。
泥の中はぐちょぐちょねとねとしていて気持ち悪い。全身がドロドロと溶けて、混ざり合って、まるで自分という存在が消えていってしまいそうだった。
だが、それがとてつもなく心地いい。
あれだけ嫌だった臭いニオイもいつの間にか受け入れていて、ドロドロと溶けて混ざり合う感触が気持ちいいと思えるようになっていた。
あぁ、もう自分は泥人間なんだな。
このまま何もかも身を委ねれば、ずっと気持ちよくなれる。永遠の快楽。心地よい微睡みの中で、彼女は溶けて消えようとした。望み通り、「消えたかった」のだから。
ただ、彼女は助けられた。
消えてしまうその寸前、彼女は快楽から解放されたのを感じた。それは、誰も差し伸べようとしなかった救いの手が、今更来た証拠だった。
「……どう、して」
もう泥人間になっちゃったのに。
もう戻れないのに。
もう救われない。
もう駄目だ。
終わっているのに。
終わってしまった後なのに。
「う、ぅ……ぅぁあん……っ」
なのにどうして、救ってくれたのだろうか。
ならばいっそ。
──彼女は想う。
想いを泥の涙にしてこぼす。
それでも、猟兵たちは諦めきれない。だからこそ、これまで幾度となく世界を救えてきた。
現実はどうしようもなく無慈悲だ。しかし猟兵たちにはその現実を覆す力がある。
振るうか、振るわないか。それとも……選択肢は今、猟兵にある。
シトー・フニョミョール
※絡み・アドリブ歓迎
なるほど随分と悩ましい状態ですね。
シトーのおぼろげな記憶的にも見過ごせません。
とはいえ、シトーには一羽さんを元通りにする力は持っていません。まあ石に変えて匂いを封じることもできますが、そんなオチはシトーぐらいしか喜ばないでしょう。
望むようなら止めますよ。
望んだとしても皆の話を聞いて、やり残しを全部やったあとです。
とあれ、新しい環境を築くか理解できる相手を見つけるかでしょうか。まずは私達からとかどうでしょう?
何故救ったかです?一羽さんが望まずしてその体になってしまったからですよ。シトーは嬉々として変化を望む人は止めないしむしろ勧めますが、そうでない人は助けるタイプですからね。
神代・凶津
麻紀の嬢ちゃんを救出完了…いや、まだかッ!?
「…絶対に助けて見せます。」
相棒が泥人間状態の麻紀の嬢ちゃんに膝枕して浄化作用のある霊力を流し込んでこれ以上泥化しないようにするぜ。
「…麻紀さん、貴女はまだ終わってはいません。必ず元に戻してみせます。
ですが、それには貴女の戻りたいという想いも必要です。
もうすぐバレンタインデー、貴女にもチョコレートを渡したい程大好きな人がいるんじゃないんですか?
その人にチョコを渡す為にも諦めてはいけません。」
相棒の癒しの言葉で自動回復と戦闘力『麻紀の嬢ちゃんの意思の力』を強化するぜ。
もしそれで駄目なら別の手を考える。
生憎、俺も相棒も諦めが悪いんでなッ!
【アドリブ歓迎】
ネフラ・ノーヴァ
アドリブ、協力OK。
ああそうとも、戻ることは出来はしない。なれば進むだけだ。
蓮華は泥中より出でて美しく咲く。此度の経験をしたからこそ得られる未来もあろう。
拒否を恐れる事もあろうが、少なくとも私は受け入れよう。それを示すためにキスでもして見せようか。
折角生きているのだから、楽しんでしまっても構わないというものだ。
テフラ・カルデラ
※絡み・アドリブ可
うぅ…お気持ちはわかりますが…どうすれば…
『あーもう見てらんない!』
はいいろさん…!?
『あのねぇ!うだうだうだうだ言ってるけどね?
泥人形やらなんやら化け物になったって辛いだけよ?
私だって元は同じような感じだったわよ…
自分の欲の為に動いて、人類の敵として憎まれて…
そうやって何度も傷つき傷つけられて…
この兎がいたからこそ私はここにいるけども…
大体のやつらは死んで終わりよ…人間として死ぬより辛いわよ?
それでも…あなたは人間止めてこの先の修羅の道を歩む?
それとも…再び人間として精一杯生きてみる?』
…と、はいいろさんが全て語ってしまいましたね
一応…元宿敵なので説得力はあります絵けども…
終わったというのに、まだ終われない状況。
公民館から出た先は、のどかな田舎の風景が広がっていた。泥にまみれたアーケード街は元の廃墟へと姿を戻しており、川は清らかな水を流している。
だというのに、彼女──一羽麻紀だけは未だ泥を生み出す異形のまま。
「なるほど、悩ましい状態ですね」
シトー・フニョミョールはうーんと顎に手を当て悩む。自身は元通りになったものの、彼女はやはり『邪神の仔』ということもあってか、自然に戻る気配はない。
周辺の異形化も戻ったおかげで、時間が経てばUDC職員らが来るだろう。しかしそれは、ある種のタイムリミットとも言えるだろう。
『救出完了……いや、まだかッ!?』
「……絶対に助けてみせます」
ようやく酔いから覚めた神代・凶津だが、既に依り代の桜がユーベルコードを履行していた。泥の涙を漏らす彼女を寝かせ、『巫女の膝枕』で浄化作用のある霊力を送る。
優しく彼女を撫でるが、ぬらりと泥が蠢く感触は止まる気配がない。
『クソッ、景色は戻ってんのに!』
「なれば、戻ることは出来やしないのかもな」
『おいお前ッ!!』
ネフラ・ノーヴァは残酷に告げる。凶津は彼女の軽はずみな発言に怒りを覚えたが、今できることは桜を支えることだけ。
ネフラは唇に指を当て、彼女に囁くように言う。
「どちらへ転ぼうとも、生きているのなら進むことしかできん。もちろん止まりたいと願うなら、それもできよう」
さながら悪魔の囁き。彼女は一つの選択肢を差し出しつつ、シトーを見つめる。
見つめられたシトーは……ゆっくりと頷く。
「望むようなら、止めますよ」
シトーにはその力がある。同じクリスタリアン故か、ネフラはある程度シトーのできることを悟っていた。
だが、それに納得できない者は一人──否、もう一人いた。
『あーもう見てらんない!』
「はいいろさん!?」
現場から戻ってきたテフラ・カルデラと、彼が召喚した『はいいろ・きゃんぱす』。きゃんぱすさんは盛大に叫んだ。
ちょっと羨ましいかも。なんて思っていたテフラにベチィ!と持っていたカンバスをぶん投げ、彼女はズカズカと膝枕されている麻紀の元へ近づく。
『あのねぇ、さっきからこいつらうだうだ言ってるけどね?泥人形やらなんやら化け物になったって、止まることを選んだって辛いだけよ!?』
いや固め趣味のお前が言うか。というツッコミは全員しなかった。
『私だって元は同じような感じだったわよ……自分の欲望のために動いて、人類の敵として睨まれて……そうやって何度も傷つき傷つけられて……けど、あなたは私みたいな"加害者”じゃなくて"被害者”だったんでしょ?』
実際そうだ。
彼女が『邪神の仔』として選ばれた理由など、ただ「運が悪かった」。それだけに尽きる。
むしろ彼女は、『邪神の仔』の覚醒を悟って自ら離れていた。人に迷惑をかけまいと、誰も居ない場所を選び、結局UDCを覚醒させる眷属らの元へ誘われる形となったが、猟兵以外の被害者は誰一人としていない。
彼女は、彼女の意志で「誰も傷つけたくない」と、無意識に叫んでいたのだ。
もっと好きなことをしたかった。好きな相手にチョコを送りたかった。どうせなら告白もして、幸せな人生を選びたかった。だけど、『邪神の仔』だったから駄目だった。
──ならばせめて、自分だけでも消えよう。そう願っていた。
「…………ない」
「ん?」
「……きえたく、ない……ばけものに、なりたくないよぉ……」
けど、救ってくれる人がいた。
こうして癒してくれる人がいた。
こういう選択もあると教えてくれる人がいた。
自身の罪を懺悔してでも止めようとしてくれる人がいた。
それだけで、もう彼女は十分──救われた。
『……!霊力をもっと込めろ。行ける!』
「……麻紀さん、貴女はまだ終わっていません」
凶津は桜に全力で霊力を送り、彼女は祝詞と共に泥の体を撫で続ける。それは子供をあやす母親のようで、美しくも儚い淡い光が彼女を包み込んでゆく。
ネフラは、ただ「ふぅむ」と悩む素振りを見せた。
「なに、少なくとも私は受け入れよう。それを示すためのキスでもして見せようか?」
「っ!?それは、だめ……!」
『お、おい動くなっ!?』
「なんだ、ちゃんと「したい」相手がいるのなら言え。それともその者にヘドロ味の接吻でもさせる気か?」
蠢く泥はやがて力を失い、元の、本来の肉体へと戻ってゆく。茶色い肌は黄色の肌へ。ドロリと溶けていたはずの体は、しっかりと肉質を戻して人間らしい特徴へ変わってゆく。
あと、一押しといったところか。
「……これは、もうシトーのお役目はなさそうですね」
『えぇ。もう、意志は固いようだし。”私たち”の道を進む気もなさそうね』
「あはは……結局、ボクもまかせっきりでしたね」
「けどいいでしょう。終わるなら」
シトーときゃんぱすさんは「ようやくか」と言った様子で笑みを見せる。テフラもなんやかんやで、力を抜いて見届ける。
そして、桜は最後の霊力を振り絞り、ようやく──
──『邪神の仔』事件は、こうして幕を閉じた。
一羽麻紀は、人間に戻ることができ、無事チョコも渡すこともできたらしい。キスの結果は?と誰かが聞いたが、それは彼女が顔を赤くし……結局誤魔化されてしまったらしい。
だが、『邪神の仔』そのものは取り除けていない。
いつ再発してもおかしくない状況。しかしどこかスッキリとした様子の彼女は、バレンタインデーを終えた後、"転校”を決めたらしい。
ただ諦めたわけではない。今度は自分から「消えたい」なんて願わないように、自分から向き合うのだ。
たとえそれが女の敵であろうと、立ち向かえば滅びを招く『邪神の仔』だろうと。
一度恋を経験した女の子は、誰よりも勇気が強いものだ。
いつかは、手を差し伸べてくれた猟兵たちのように。彼女は変わりにいく。
大成功
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