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旧き海神眷属の怒り

作者：寅杜柳

●神話の大亀は汚染を纏う
　ヒーローズアース、アトランティス。
　超技術により深海に適応して栄える海底都市の一つ『キャレッタ』は、現在汚染の危機に晒されていた。
　海流の複雑な都市辺縁部では訪れた脅威にヒーローが抵抗している。
『何だアレは！　攻撃が効かないぞ！』
『海底が燃えている……？』
『まともに受けたらまずいわ！　海流を利用して攪乱するのよ！』
　咆哮と共に暴れ回る、クライング・ジェネシスにサメを融合させたような姿のオブリビオン達。
　ミュータントヒーローの女神達はそれらに地の利を活かし抵抗するも、時間稼ぎにしかなっていない。
　対抗できる他のヒーローが居ればまた別であったのだろうが、彼らの深海での活動を可能にする適応光線がこの周囲で何故か無効化されてしまい参戦出来ないのだ。
　汚染源でもある配下が女神たちと戦う姿を遠くから巨大な幹部猟書家が睨むように見つめていた。
　――地上文明への怒りを思い出せ。さもなくば死ね。
　恐ろしい憎悪の思念を放つそれはかつての海神の眷属『クリティアス』。
　汚染に蝕まれ、滅びてしまったその怒りを以て超生物を生み出す汚染海域を作り出そうとする存在であった。

「ちょっといいかな。ヒーローズアースで幹部猟書家が起こす事件が予知されたんだだ」
　シャチのキマイラ、ヴィクトル・サリヴァン（星見の術士・f06661）はグリモアベースに集まった猟兵達にそう呼びかけた。
「バンダースナッチじゃあないけどほっとく訳にもいかないからね。で、今回向かって欲しいのはアトランティスのある海底都市。皆も知ってるかもしれないけど深海に適応する適応光線って超技術で人々の生活は支えられてるんだけど、そこに異常な海洋汚染を伴った幹部猟書家が接近するみたいなんだ」
　狙いはアトランティス丸ごとを汚染する事なのだと、ヴィクトルは言う。
「汚染によってこの海底都市を『超生物スナーク』を生み出す『スナークトライアングル』に変えようとしてるみたいだ。それを阻止する為アトランティスのヒーローチームが対処しようとするんだけども……どうやら幹部猟書家は適応光線を無効化するユーベルコードを持っていて、それによって元々深海で活動できるように体を変異させられるミュータントヒーロー以外はオブリビオンに対応できなくなってるんだ」
　けれど猟兵なら適応光線なしでもある程度は動けるだろう、とシャチはいきなり無茶ぶりな事を言ってくる。
「まあともかく、上手く現地のミュータントヒーローチーム『ネレイデス』……海の女神様たちのチームと協力して幹部猟書家を撃退してきて欲しい。彼女たちはそれなりにやれるみたいだけど相手がねー……サメ化した量産型クライング・ジェネシスで、ちょっと厳しそうだ。本人たちも分かってるみたいだから猟兵が援軍に来たって伝えればすぐに協力してくれると思う」
　因みに猟書家は巨大なウミガメみたいな姿してるよとシャチは付け加え、首にかけた鍵型のグリモアを手にして転送の準備を開始する。
「転送した海域でネレイデスと戦ってる猟書家の配下はそれそのものが汚染の原因になってるみたいだ。もし逃がしちゃうと猟書家の強化につながる恐れがある。ネレイデスの協力を得つつ残らず仕留めれば後に控える猟書家との戦いもやり易くなるかもしれない」
　それじゃ頑張ってね、とヴィクトルは話を締め括ると転送の光が猟兵達を包み込む。
　行き先は深き海の都市、海を汚すオブリビオンとの戦いが始まろうとしていた。

第1章 集団戦 『量産型クライング・ジェネシス』

POW   :    GAOOOOOH！ 全身を【原初の炎に包まれた姿】に変える。あらゆる攻撃に対しほぼ無敵になるが、自身は全く動けない。 SPD   :    BAOOOOOM！ 【簡易型骸の海発射装置】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【相手と同じ姿と能力の幻影】で攻撃する。 WIZ   :    THEEEEEEND！ 【簡易型骸の海発射装置から放つ『過去』】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を『神々の時代』の火で包み】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。 イラスト：yuga 👑11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

　適応光線の効果がまだ働いている市街地より、オブリビオンとヒーロー達が交戦する外縁領域へと向かった猟兵達。
　強烈な水流がオブリビオン達を食い止めている光景が見える距離に近づいた瞬間、強烈な水圧と息苦しさが襲いかかる。
　猟書家のユーベルコードによる適応光線の無効化――すぐに都市部へ引き返せば再度光線を浴びて深海環境に適応することもできるだろう。
　しかし戦闘中はこの深海環境で適応光線の恩恵もなしにオブリビオンと戦わねばならない。
　やってきた猟兵達の存在に気が付いたヒーローチーム『ネレイデス』の一人は慌てたように近づいてきて、
『ここは危険です！　早く逃げてください』
　そう避難するように促してくる。
「大丈夫です。私たちは猟兵ですから」
　そうヒーロー達に姫神・咲夜（静桜・f24808）が丁寧に告げて、白桜の魔杖を構える。
　迎え撃つべきサメと融合したような姿の量産型クライング・ジェネシス――吠えながら周囲に汚染や幻影を撒き散らす様からは、対話以前に知性をあまり感じ取れない。
　サメの如き速度でヒーロー達に向かい突進してくる量産型達に、羅刹の猟兵が前に出て迎撃する。
（「呪詛ならともかく汚染はねぇ……」）
　汚染を広げる量産型オブリビオンたちの姿に七星・彩華（狂い咲く戦場の華・f32940）は構えた呪詛刀を量産型の拳に合わせ切り上げつつ衝撃波で弾き飛ばす。
　弾かれた量産型はすぐにサメ化した下半身に繋がった尾で体勢を立て直すと、新たに接近してきていた量産型と共にその胸部の簡易型骸の海発生装置を猟兵達に向け、
『BAOOOOOM！』
　叫び、ユーベルコードを発動。胸部の簡易型骸の海発射装置から幻影が現れ二人に襲いかかる。
　呪詛を纏いながら斬りかかってくる彩華に本物の彩華が迎撃した所を幻影の咲夜が白桜の杖より全力の魔法を放ち纏めて吹き飛ばそうとする。
　深海の水圧故に回避行動が難しい。魔法が彩華を飲み込まんとしたその瞬間、激流が彩華を真横から射線から吹き飛ばした。
　激流を操るヒーロー達の助けだ。その間に本物の咲夜は魔杖を構えユーベルコードを起動。
「さぁ、華麗に舞いなさい。そして敵を捕らえてしまいなさい」
　すると水を満たすように桜の花弁が舞い、追うように桜の木の枝と根が伸びて量産型クライング・ジェネシスの体を拘束する。
　枝と根に貫かれた量産型のユーベルコードは封じられ、胸部の簡易型骸の海発射装置が停止し幻影も消失する。
　水を舞っていた桜花が水流に流され視界がクリアになった瞬間、量産型クライング・ジェネシス達の体を呪詛が飲み込む。
「私の呪詛は可愛いだろう？」
　ヒーロー達と咲夜の攻撃に合わせる形で彩華がユーベルコードを発動したのだ。
　視認する対象を自身が支配する呪詛に攻撃させるそれにより、全身を呪詛に覆われ飲み込まれた量産型たちは絶叫と共に跡形もなく消失した。
　しかしオブリビオンの群は次々にやって来ている。
　それらを迎撃する為に、猟兵達とヒーローチームは次の行動の準備にかかった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

（「……見るに堪えん」）
　サメの如き下半身に量産型クライング・ジェネシスの上半身を持つオブリビオンの姿に、この戦場にやって来たシェーラ・ミレディ（金と正義と・f00296）は表情に嫌悪感を滲ませる。
　ただでさえアンバランスなのに周囲に汚染と破壊をばら撒いているその姿、加えてまともな知性も感じないその振る舞いは、ミレナリィドールの少年の美的感覚にはそぐわないようだ。
　サメの尾で水を叩き加速する量産型、それに向けてシェーラは携えた精霊銃を咄嗟に抜いて弾丸を発射する。
　水の精霊の助けを借りたその銃弾は深海の水圧も無視して量産型に命中するが、その巨体は弾丸では止まらずその勢いのまま殴りかかってきた。
　回避しようとするが想像以上に向こうの速度が速く、深海環境で動き辛い。
　しかし拳が届く直前、シェーラの真横から強い水圧がかかり彼の体を押し出して拳を空振りさせる。
　体の一部をジェットエネルギーに変えたネレイデスの水流操作による助力、海の女神である彼女たちの力はそれ程でもないが支援に回ったならこの水域では十分以上の助けになる。
　しかもコントロールが上手いのか、勢いの割に痛みなどは全くない。
　これは助かる、とそのジェット水流を推力としながらシェーラは荒れた海域を自在に動き回り、過去を放ってくるオブリビオンの群に精霊銃をジャグリングのように駆使しながら次々に銃弾を叩き込んでいく。

　そしてハロ・シエラ（ソード&ダガー・f13966）という少女も海洋型に改造された量産型クライング・ジェネシスと切り結んでいた。
　深海環境への適応能力をある程度持ち、水中戦もそれなりに得意とする彼女。
　ついこの間の大きな戦いで似たような環境で戦った経験もあるからか、海洋に適合したオブリビオンに劣る事なく自在に動き回る事が出来ていた。
　量産型のサメの尾が彼女を叩こうとするが、それを見切った彼女は躱してカウンターに短剣を突き立てる。
　蛇の血と毒に鍛えられし呪われた短剣、サメの尾から撃ち込まれた猛毒に、オブリビオンの巨体も激痛に硬直する。
　しかし追撃はせず、後ろから迫っていた別のオブリビオンの放った過去の回避の為にハロは距離を取る。
　機動力の高い敵が多数いる戦場、迂闊に止まれば危険だという事もよく理解している彼女は、冷静に状況を判断しつつ的確に泳ぎ回り堅実にダメージを重ねていた。
　けれど、クライング・ジェネシスから放たれた過去は海底を原初の炎に包み込んでいって、その上で戦う量産型達の動きも徐々によくなってきている。
（「あまり長期戦は出来ませんね」）
　それに呼吸の問題もある。どこかで一気に攻めねばと思う彼女は、シェーラの方を見上げる。
　ネレイデスの助けを借りてオブリビオン達を攪乱する彼、その動きがに規則性がある事にふと気づく。
　そして方向を切り替え加速し、背後から追ってくる量産型達をシェーラの近くにまで誘き寄せた。
　原初の炎の地形に強化され、加速して過去を更に放ってくる量産型達に振り返り、ハロもユーベルコードを起動する。
「その技、その力全て……断ち斬ります！」
　言葉と共に短剣を振り抜く。発射された過去は両断され、その向こうの海底に燃え広がる原初の炎も消失する。
　現象を打ち砕く一閃、それによってユーベルコードの強化を失った量産型の動きが一瞬鈍り、その隙を見逃さずにシェーラもユーベルコードを起動する。
「其は流れ落ちる祝福。夜を斬り払う月光。先へ向かうための道標」
　真上に向けて精霊銃の引き金を引く。弾丸はない、空砲を撃つ事が合図だからだ。
　この海域を泳ぎ回る間に仕掛けた精霊達への合図――それを聞き届けた精霊達がその内に囲まれたクライング・ジェネシス達を閉じ込める立体積層型魔法陣を展開する。
　直後、その内部にムーンストーンの流星群が降り注ぎ、中の海洋型オブリビオンの群を一網打尽にした。
　彩色銃技という、彼の戦闘技術のキレはこの深海でも変わる事はない。
　魔法陣の外に逃れていたハロが海底の方を見遣る。大分惹きつけたがまだオブリビオン達はいるようだ。
　残りを殲滅する為に、二人は再び海底付近へと潜っていった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

　次々に仲間達が撃破されていく中でも、量産型クライング・ジェネシスは咆哮を上げながら猟兵達に向かってきていた。
　そんなオブリビオンに対し、風薙・澪（ウィザードウォーリア・f17869）は冷静に銃を構えながら詠唱を行う。
「終末を待ちて微睡む魔狼に率いられし、凍れる白き雪の乙女よ。其の力、鋭き矢と成し、敵を貫け」
　ユーベルコード、起動。虚空から生成された550本もの氷の矢が彼女の眼前に展開され、向かってくる量産型クライング・ジェネシスにその半数が放たれる。
　海での機動力は海洋型に改造されてサメの下半身を持っているから高いが、その数は泳ぎが得意だとかでは回避しきれないもの。
　無数の氷の矢を受けて動きが鈍った所を、ポンプアクション散弾銃より放たれた散弾が撃ち抜いていく。
　しかし散弾では威力が足りないのか、僅かに動きを鈍らせる程度で即座に再加速してくる量産型。
　更には胸部の簡易型骸の海発射装置より過去を放ってくる。
　深海の圧の抵抗を受けながらも、その攻撃を見切っていた澪はその過去を躱すが、海底が原初の炎に燃え上がり、周囲を燃やしていく。
　接近されたならあの原初の炎の強化を受けたクライング・ジェネシスが襲い掛かってくる――冷静に分析しながら、散弾銃にスラッグを込める。
　氷の矢で牽制しながらスラッグで撃ち抜く。一粒弾の威力は強烈で、今度こそ量産型の動きは完全に停止した。
　だが、まだ量産型はこの海域に存在し、彼女に対して敵意を向けてくる。
　適応光線の力もないからあまり長く戦う事もできないが――それでもまだできる事は十分ある。
　向こうに分がある接近戦に持ち込まれないよう、再度詠唱し氷の矢を展開しながら澪は銃口を量産型に向けるのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

『貴女も助けに来てくれたのか？』
　ネレイデスの一人が新たにやってきたヤドリガミの猟兵、ミランダ・モニカ（マザーズロザリオ・f05823）に声をかける
「ああ、アタシも助けに来たんだよ。早速で悪いんだけど……何か命令してくれないかい？」
『命令？』
「ああ、あのオブリビオン達を倒してくれ、とかそういうので大丈夫だよ」
　突然の言葉に困惑するネレイデス、けれどこれはミランダがこの場で戦うには重要な事なのだ。
「それなら……あの五月蠅く海を汚染する害悪を倒してきなさい！」
『承知した！　アタシの流儀を見なア！！』
　その命令を了承した瞬間ユーベルコードが発動、ミランダの周囲に具現化した闇が出現する。
　あらゆる技能を高レベルで使用できるようにする力、その技能の中には深海環境に適応するためのものや水中戦を得意とするものも含まれている。
　メイスを手に海の女神が驚くほどの速度で泳ぎ始めるミランダ、その先には一体の量産型クライング・ジェネシス。
　海洋に適応した改造を受けているオブリビオンだが、ミランダはそれ以上の速度で泳ぎ距離を詰めていく。
　急接近する存在に気付いたクライング・ジェネシスは咄嗟に胸部の骸の海発射装置より幻影を放つ。
　ミランダそっくりの姿のそれは、けれどユーベルコードによる強化を受けていないから普段の能力と変わらぬ力しかない。
　水中戦も得意とする今の彼女の足止めにすらならず、あっさりとメイスで吹き飛ばされてそのままの勢いでミランダは海洋型オブリビオンの頭部を叩き潰した。
（「この調子でやればいけそうだね」）
　メイスを構え直し、強化された視力で戦場を見渡す。あちこちでの戦いも大分終結が近づいてきているようだ。
　この後には猟書家本人がやってくるとグリモア猟兵が言っていたが、そちらはその時に考えればいいだろう。
　このアトランティスを救えれば、またあの女神のヒーローとも人脈を作る事もできる。そして人々も救う事ができる。
　そんな少し先の事を想像しながら、ミランダは気合を入れ直し残りのオブリビオン掃討にかかるのであった。　

成功 🔵​🔵​🔴​

第2章 ボス戦 『クリティアス』

POW   :    深海激怒ティマイオス 【海を汚染した地上文明に対する怒り】の感情を爆発させる事により、感情の強さに比例して、自身の身体サイズと戦闘能力が増大する。 SPD   :    海洋憤懣ヘルモクラテス 自身の【頑健な甲羅】から【大津波と共に汚染に蝕まれた海洋生物たち】を放出し、戦場内全ての【敵を海に沈め、海洋生物以外の水中活動能力】を無力化する。ただし1日にレベル秒以上使用すると死ぬ。 WIZ   :    侵略蔵書「ガベッジ・オーシャン」 【猛毒と化した汚染水を垂れ流す姿】に変身する。変身の度に自身の【体から溢れる汚染廃棄物】の数と身長が2倍になり、負傷が回復する。 イラスト：須田デジタル 👑11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

●大亀は憤怒と汚染を振りまきて
　汚染を振りまく海洋型オブリビオンの大半を撃破した猟兵達に、ヒーローチームが泳ぎ近づいてくる。
　すぐに適応光線を浴びに戻らねば、そうネレイデスのヒーロー達は海底都市中央部へと猟兵達を導こうとする。
　だが、
『やってくれたな猟兵め……』
　泥濘のように暗い、殺意の篭った思念が海域に響く。
　荒れていた水流が巨大な猟書家の動きにさらに掻き乱され、その巨体から漏れだす汚染物質が周囲を汚していく。
　幹部猟書家『クリティアス』――かつて海洋汚染に怒り地上文明に襲い掛かった海神の眷属、汚染に体を蝕まれきって滅んだとされるその憎しみはあまりにも深い。
　その憎しみの一部は地上文明への怒りを忘れ交流を再開したアトランティスにさえ向けられている。超生物スナークを生み出す為の海域にするために、この年全てを汚染し尽くしてしまおうとする程に。
　その憎しみを正当化するわけにはいかない。多くの人々を過去の存在の憎しみに巻き込んでいいわけがないのだから。
　猛毒と化した汚染物質を垂れ流す幹部猟書家と猟兵達の戦いが、今まさに始まろうとしていた。




　怒りを爆発させた猟書家のウミガメの如き肉体が巨大化していく。
　その余りある憎しみを体現したかのような巨体と汚染物質を垂れ流し深海を濁らせていく様は海底都市の危機そのもの。
　強大な猟書家を最初に迎え撃つのは二人の猟兵、マティアス・エルンスト（人間見習い・f04055）とアトシュ・スカーレット（狭間を歩く元放浪者・f00811）。
（「あんなのが来たらこのキャレッタって都市も持たねえな」）
　背後の海底都市を軽く振り返りながらアトシュは猟書家の力はここまでのものかと戦慄する。
　海の災厄と形容するに相応しい威容の相手――けれど少年が戦えば助けられる人がいるならば、この強敵を前にしても引き下がる選択肢などない。
「……俺が前に出る。お前は俺を盾にしろ」
　マティアスがアトシュに告げ、前に飛び出していく。
　深海対応のフィルムスーツや元々の適正もあって、水圧の影響は動作に支障のない程度に抑えられている。
　防具に偽装したアームドフォートにエネルギーを充填、最大の火力をクリティアスの顔面目掛け一斉に叩き込む。
　だが、体格差があり過ぎて効いている風には見えない。それでも荒ぶる猟書家の注意は惹くことができたようで、猟書家は硬質な鱗に覆われた大きな前足をマティアスに叩きつけんとする。
　単純な巨大質量の攻撃、それに加え巨大なものが水中を高速で動く事に伴う水流の乱れは海の女神ですら自在に泳ぐことが困難となるだろう。
　恐るべき猟書家の攻撃に対し、マティアスは優れた集中力と瞬間思考力でクリティアスの攻撃、そして海流の変化を見切って受け流すようにして見事回避しつつウミガメの頭部へと距離を詰める。
　その状態から細身の槍――バーチャルキャラクターであるマティアスが生まれた電子の海より生じたそれを構えユーベルコードを起動。
　カウンターで突きこんだ槍が命中、同時召喚ドラゴンが喰らいつきクリティアスの頭部を抑え込む。
　そこに飛び込んできたのはアトシュ。
　ミュータントヒーローの女神の力を借りて片道切符の特攻を仕掛けてきたのだ。
「蝕む黒よ、その魂に汚れを残すことは許さない」
　短く詠唱すれば彼の右目が金に変色、両手に構えた【Joyeuse】と【村雨】、そして佩いたままの魔剣【Tyrfing】に腐敗の呪詛が籠められる。
　マティアスのドラゴンを振り解こうとしていたクリティアスがアトシュに気付くが遅い。片手剣と刀、そして目にも止まらぬ早業で抜かれた魔剣がほぼ同時にクリティアスの頭部を斬りつけた。
　腐敗の呪詛を帯びたユーベルコードの一撃は肉体を傷つけない。ただ、その中の呪いや毒、病のみを腐敗させていく。
　毒、そのカテゴリーに汚染物質も含まれていたようで、クリティアスの体に満ちる汚染物質が見る見るうちに腐敗し分解されていく。
　クリティアスの巨大な体から漏れ出る汚染物質がぴたりと停止、水の濁りが薄れていく。
　その間にマティアスがアトシュを回収し後退、同時、クリティアスの前足の爪の反撃が二人のいた位置を通り過ぎた。
　荒ぶる猟書家がかき乱す水流の中、一旦距離を取った二人は次の攻撃のタイミングを伺うのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

　暴れるクリティアスはその前足で水を搔き加速する。
（「これは……私達を無視して海底都市の中心部を狙うつもりでしょうか」）
　フリフリの衣装も可愛らしい、コーデリア・リンネル（月光の騎士・f22496）の推測通り、猟書家は猟兵を後回しにして抱いた怒りを晴らさんと猟兵達を巨体で強引に突破して先に破壊しようとしているのだ。
　中枢が破壊され、猟書家が居座る事で適応光線が無効化されてしまえば海底都市はあっという間に全滅してしまう。万が一そうなってしまえば猟兵達の負けだ。
　だが、
「助太刀します！」
　海底都市を目指すクリティアスの前に、シホ・エーデルワイス（捧げるもの・f03442）は躊躇いなく飛び出していった。
　深海の水圧に圧迫される体をオーラで覆い普段通りに近い状態にし、恐るべき猟書家に立ち向かう彼女はまさしく聖女のよう。
　けれど相手はあまりに巨大、その進行を止めるのは自殺行為にすら見える。
「大丈夫……私これでも結構丈夫なのですよ」
　しかし、既にユーベルコードをシホは発動させていた。
　救いを求める人々――海底都市の人々を守るという想いの為に、敢えてこの強大なる猟書家の進路を塞ぐようにして注意を惹きつけていく。
　彼女の強い意志に応えるように引き上げられた身体能力は、この深海というフィールドを得意とするクリティアスとも互角に渡り合える程になっている。
　誰も悲しませたくない、自分の死により悲しむ人がいるという事を知っているから生き残るために全力を尽くす事ができる。
　二丁の聖銃より光の精霊弾と銀の弾丸を次々に放ち、クリティアスの放つ前足の薙ぎ払いや水圧弾を何とか躱しつつ海底都市への接近を妨害していく。
　そしてシホが注意を惹いている間にコーデリアも準備を整えていた。
　そこまで泳ぎは得意でないながらもこの深海の水圧とクリティアスに乱される海流に耐えながら目的と定めた場所に移動する事ぐらいはなんとかできる。
　シホが足止めしている間に先回りして海底の岩の影に隠れ、射程内に入る瞬間を待っていた。
　目算116メートルにクリティアスの頭部――狙える。
「せめて安らかに眠れます様に……」
　ユーベルコードを起動、完全にクリティアスの認識の外にいるアームドヒーローの少女は超兵器の引金を引く。
　銃の内部で強化増幅された光子が一斉に放たれ、クリティアスの右の瞳を正確に打ち抜いた。
　奇襲にクリティアスは動揺、その一瞬にシホが聖銃の弾丸を左の瞳にありったけ撃ち込んだ。
　どんな強敵であっても仲間と力を合わせる事で乗り越えられる。そうシホが信じるように、強大な猟書家に痛打を与える事に成功したのだ。
　両目を潰され絶叫する猟書家、その動きに合わせ背に負った頑健な甲羅から大津波と海洋生物たちが溢れ出し戦場を埋め尽くした。
　ユーベルコード【海洋憤懣ヘルモクラテス】、戦場内全ての敵を海に沈め、海洋生物以外の水中活動能力を無効化する強烈な業。
　猟書家自身は怒りにより巨大化した状態から元のサイズに戻ってしまうが、アリス適合者とオラトリオの二人は水中活動能力を奪われ、自由に動けなくなってしまう。
　そこに汚染に蝕まれた海洋生物として、カジキやサメが真っすぐに襲い掛かってくる。
　だが、その窮地はミュータントヒーロー達によって救われる。
　海の女神で適応するよう変異した彼女達は海洋生物の部類であり、ユーベルコードに支配された状況でも能力を奪われることはなかった。
　とはいえ猟兵の動きが縛られたような状態では追撃も困難、二人の猟兵とヒーロー達は一旦戦場から離脱していく。
　両目を潰されてなおクリティアスは倒れない。その恐ろしい憎悪は肉体が動く限り消える事はない。
　そんな海神の眷属の憎悪が癒されるように、女神に手を引かれ深海の水圧に耐えながらシホは祈るのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

　溢れ出す大津波が止まり、海洋生物たちがクリティアスの甲羅の中へと戻っていく。
　猟書家のこのユーベルコードは一日の使用時間を越えてしまった場合には問答無用の死が待ち受けている危険と隣り合わせのもの。
　奇襲と視界を奪われた事に動揺し随分時間を消費してしまったが、僅かに冷静さを取り戻しユーベルコードを解除した猟書家は周囲の猟兵を探る。
　大津波に押し流されそれまでいた猟兵は離れたようだが、しかし新たに二人の猟兵が接近してきていると聴覚で感じとる。
　両目を潰された猟書家に止めを刺さんとする片桐・公明（Mathemの名を継ぐ者・f03969）とミュー・ティフィア（絆の歌姫・f07712）の二人。
　この猟書家の怒りの由来――海洋汚染に蝕まれ滅んだという過去には同情できる面もあるが、それ以上に助けられる人なら助けたい。
　そう考えるミューはユーベルコードを起動し翼の装飾の美しいハープーー歌の力を魔力へ変換し、矢として放つ弓でもあるそれを構える。
　適応光線の効果が失われて深海の水圧を受け呼吸もできぬこの場でも、彼女は地上での戦いと変わらずに定めた標的へ意識を集中していく。
　猟兵達を迎撃する為、クリティアスは怒りの思念と共に侵略蔵書『ガベッジ・オーシャン』の力を開放する。
　発動した侵略蔵書の力により、猟書家の背の甲羅から溢れ出す汚染廃棄物の量と猟書家の体長が倍加していき、周囲の海域が汚染され視界が悪化する。
（「……これは厄介ね」）
　青のチャイナドレスを纏う公明は猟書家周囲の汚染が広がっていく中、状況を冷静に思案する。
　下手に接近すれば猟兵ですらただで済まない濃度の汚染物質に晒されてしまう上、負傷を癒しながら巨大化している為に強引に止める事も困難。
　このままでは海底都市の中心部に汚染物質の塊が特攻、周囲が一気に汚染され都市が壊滅してしまうだろう。
　そうなった時の犠牲は――と、そこまで考えた所でクリティアスが二人の方へと動き始める。
　加速してくる猟書家に、公明は二挺拳銃を構える。
（「母の歴史。父の知識。それを興すは私の能力」）
　父の異名がつけられた扱いやすい銃と母に縁のある癖の強い銃、それらを射出の起点と定めて、
（「すべて焼き尽くす！！」）
　ユーベルコードを起動すれば、業火のごときエネルギー砲がクリティアスの顔面に向けて放たれる
　エネルギーの本流は深海の水の抵抗をまるで存在しないかのように貫き、汚染物質を焼き尽くす焔は大亀の猟書家を大蛇のように巻き付きその突進を封じる。
　水中、それも深海だから思うようには動き辛いし、エネルギーも幾分かは減衰している。
　だが公明は別に感情的に動いて無理な攻撃を行った訳ではない。ここで捕縛し動きを止める事が一番勝算があると踏んだのだ。
　ユーベルコード発動から十秒、集中を完了したミューが矢を放つ。
　強烈な深海の水の抵抗を受けながらも魔力の矢は勢いを落とさず巨大な猟書家の頭部に命中。
　しかもそれで終わりという訳ではない。エルフの少女は魔力の矢を次々に番え放っていく。
　それは深海に生じた矢の嵐、一つ一つが的確に猟書家の急所を射抜いていく。
　苦痛に猟書家が甲羅から大津波と深海生物を解き放とうとするが、その瞬間公明のエネルギー砲が押し切らんと勢いを増す。
　長期戦は不可能、ここで決めんと二人の怒涛の攻撃は猟書家を穿ち貫き、遂にはその抵抗の力が失われる。
　焼け落ちていくような猟書家の消滅と共に汚染物質が消失し、深海は元の美しい静寂の景色を取り戻した。
「これで終わり、かしら」
　公明が呟いた。猟書家の無効化のユーベルコードが切れた事で適応光線の効果も戻ったのだろう、呼吸もできるようになっている。
「そうですね、海底都市に帰りましょうか」
　ミューが緊張していた表情を緩ませつつ応える。
　きっと紅茶もあるだろう。大いなる危機を乗り越えた今、それを楽しむ時間はもう幾らでもあるのだから。
　向かってくるネレイデスのヒーロー達に手を振り返しながら、猟兵達は海底都市へと帰還した。

　かくして一つの海底都市が猟書家の魔の手より守られた。
　この世界にスナークを生み出そうとする猟書家の頭目との決戦も、もうすぐそこにまで迫っている日の事であった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

最終結果：成功 完成日:2022年03月23日