呪歌が誘う邪神の仔
●
『通りゃんせ 通りゃんせ……♪』
歌が、聞こえる。
朝も、昼も、夜も、どこにいても、何をしていても、ふとした拍子に聞こえてくる。
綺麗で、澄んでいて、美しいのに、なぜか不気味で。わたしはそれがとてもこわい。
「誰なの?」
わたしが声をかけると、歌は止んでしまう。
そして少し間を開けてから、また歌のはじめから聞こえてくるのだ。
まるで、わたしのことを誘っているみたいに。
不思議なことに、わたし以外の人たちは、その歌のことを変だと思っていないみたい。
尋ねてみてもみんな気にしてない。だけどそれはわたしだけに聞こえる幻聴じゃない。
すこしずつ、すこしずつ、わたしの周りはおかしくなっていく。
『行きはよいよい 帰りはこわい……♪』
今日も、歌は聞こえてくる。
日を追うごとにはっきりと。
ゆっくり、ゆっくり、わたしの傍にちかづいてくる。
それを聞くたびに。
最初は「こわい」と思っていたわたしの心は、「ここちよい」に変わっていて。
自分でもわからない感情や思考に、頭の中を書き換えられていくようで。
それが、今のわたしには、一番こわい。
――だれなの?
それは歌声の主に向けたものか、それとも変わっていくわたし自身に向けたものか。
今のわたしには、もうわからない。
●
「事件発生です。リムは猟兵に出撃を要請します」
グリモアベースに招かれた猟兵達の前で、グリモア猟兵のリミティア・スカイクラッド(勿忘草の魔女・f08099)は淡々とした口調で語りだした。
「UDCアースにて、『邪神の仔』の素質を持つ存在として発生しながら、自身がそうであることに気付いていないUDCが発見されました」
その者は今はまだ普通の人間として、日常に紛れて暮らしている。だが何らかの理由で本来の性質と能力を自覚し、UDCとして目覚めてしまえば、周囲の人々はおろか、世界にすら甚大な被害をもたらしてしまうだろう。
「発見された『邪神の仔』の名は新堂・伽音(しんどう・かのん)。正体がUDCであることを除けば、外見・精神的には十代の少女です」
彼女はこれまで世界の真実とは無縁の日常を送り、ごく普通の一般人として生きてきた。そのまま何事も起きなければ、あるいは何も知らずに平和な人生を過ごせる可能性もあったかもしれない。
「ですが、とあるUDC怪物の集団が伽音さんの正体に気付いてしまいました。その者達は『邪神の仔』を利用して強大な力を手に入れようと、彼女に忍び寄っています」
この企みの成否に関わらず、UDC怪物の接触は『邪神の仔』に覚醒の危機をもたらす。
日常というヴェールに守られていた精神の均衡が崩れた時、彼女は恐るべき怪物としての本性を露わにし、大いなる災厄をもたらすだろう。
「すでに伽音さんの周囲には、UDC怪物による怪奇現象が発生しています。それは『歌』という形で彼女の住んでいる町に拡大しつつあるようです」
猟兵やUDCではない一般人は歌が聞こえても気に留めていないが、徐々に正気を奪われ異常な行動をとり始めている。歌の目的は『邪神の仔』を誘き寄せることだが、このままでは無視できない二次災害が発生するだろう。
「異常を止めるためにも至急、歌声の主であるUDC怪物を発見しなければいけません」
おそらくは件の『邪神の仔』も同じ場所にいる。先手を打たれている以上、接触を阻止することは難しいが、急げば完全覚醒が起こるまでには間に合うだろう。街中に響き渡る歌を手がかりに、その発生源を特定するのだ。
「今回の事件を起こしたUDC怪物集団は『死の合唱団・ガールズソプラノ』。唄声と引き換えに足を失ったという少女の合唱団で、彼女らの歌は生者から生きる気力を奪います」
直接戦闘になれば合唱団の実力は猟兵達には及ばない。だが、この戦闘で『邪神の仔』が傷つくような事があれば、覚醒・暴走の危険性が高まる。戦いに巻き込まないよう細心の注意を払いながら敵を排除する必要があるだろう。
「敵の狙いも伽音さんの覚醒にありますから、隙あらば彼女の正気を削ろうとしてくるでしょう」
もし覚醒を阻止できなければ、敵を倒せても甚大な被害が起こる。精神的には一般人である伽音が、突如非日常の戦いに巻き込まれ、命を狙われる恐怖に正気を保っていられる時間は長くないだろう。なるべく迅速に事態を収拾することが望ましい。
「無事に敵を排除できても、伽音さんの精神が安定するまで安心はできません。できれば彼女のメンタルケアもお願いします」
戦いが終わったあとの日常生活を通じて心のケアを行い、ショックを取り除くことができて、ようやく『邪神の仔』の覚醒を阻止したと言える。食事をしたり遊びに行ったり、年頃の少女らしいことをして気を紛らわせてやるのが良いだろうか。
「その後はUDC組織の職員が彼女に記憶処置を施した上で、安全な身分と生活を保証してくれる手はずになっています」
恐るべき『邪神の仔』は処分すべし、という声もあるかもしれないが、今回の件についてUDC組織の対応は穏健的だ。再覚醒のリスクを鑑みれば事件の記憶をそのままにはしておけないが、少なくとも危害を加えたり生活に制限をかけるような事はないそうだ。
「『邪神の仔』の覚醒は、その本人を含めた誰にとっても不幸なことです。最悪の事態が起こってしまう前に、どうか皆様の力をお貸しください」
説明を終えたリミティアは手のひらにグリモアを浮かべ、UDCアースへの道を開いた。
今だ己を知らぬ『邪神の仔』、その日常の揺り籠を悪意ある者から守る戦いが始まる。
「転送準備完了です。リムは武運を祈っています」
戌
こんにちは、戌です。
今回のシナリオはUDCアースにて、一般人として暮らす『邪神の仔』をUDC怪物の手から守り、その覚醒を阻止する依頼です。
1章は歌が聞こえる町を捜索し、UDC怪物と邪神の仔の元に向かいます。
この歌には聴く者の正気を奪う作用があり、一般人はもちろん猟兵も聞き続けていれば影響が出ます。被害が拡大する前に発生源を特定してください。
2章はUDC怪物『死の合唱団・ガールズソプラノ』との集団戦です。
邪神の仔の力を利用しようと集まってきた集団で、目的は彼女の覚醒にあります。
倒すだけなら苦労はしませんが、この戦いに邪神の仔が巻き込まれると覚醒・暴走の恐れがあります。彼女に危害が加わらないよう注意しつつ敵を排除してください。
無事に戦闘が終われば、3章は日常シーンになります。
戦いの後でショックを受けている邪神の仔の心をケアするのが目的です。詳細は実際に章に到達してから説明します。
今回発見された『邪神の仔』、新堂・伽音は十代の女の子です。
精神的には完全に一般人で、ごく普通の日常を過ごしていたため、UDCが引き起こす超常現象や非日常への耐性はありません。もともとは歌うことが好きな少女でしたが、今はどこからともなく聞こえてくる謎の唄声に恐怖しています。
この依頼で彼女が覚醒することがなければ、後のことはUDC組織が良いように取り計らってくれます。猟兵から希望を出すことも可能です。
それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
第1章 冒険
『通りゃんせ、通りゃんせ』
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POW : とにかく歌が聞こえる方向へ、全力ダッシュだ!
SPD : アイテムを駆使して、歌声の主を特定してみよう!
WIZ : 呪歌なら魔力痕跡があるはずだ、それを辿る!
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
夢咲・向日葵
●心情
・死の合唱団は神宮寺一族が追っていた死を齎す邪神の集団だと師匠から聞いたことがあるの。そして、魔法王女の本能として感じるの。彼女らの合唱を完成させてはいけないと
・だからわたしはあの歌をとめなくてはいけない。ひまちゃんは師匠の弟子で、神宮寺の守り神の一柱であるシャチえもんの巫女でもあるのだから
・そして、伽音さんの夢見る心を守るのよ!
●捜索
・合唱団の呪歌は歌という空気の振動を媒介にして呪いを伝えるもの。空気の振動ならば、風と雨を司るシャチえもんの権能の範囲内。その魔法巫女であるわたしにその場所が分からない筈がない
・さあ導いて風の矢よ。わたしの宿敵の元へ
・弓で矢を放ちその後ろを飛んで追いかける
「死の合唱団は神宮寺一族が追っていた死を齎す邪神の集団だと師匠から聞いたことがあるの」
夢咲・向日葵(魔法王女・シャイニーソレイユ・f20016)にとって、今回の事件を起こしたUDCは以前から話に聞いていた集団だった。かの者達の歌声が響くところに、生者の残るためしはないと。
「そして、魔法王女の本能として感じるの。彼女らの合唱を完成させてはいけないと」
転送された町中に響きわたるのは、この世のものとは思えない美しいソプラノの歌声。
思わず聞き入ってしまいそうになるが、向日葵はそれが悍ましいものだと察していた。この唄はあらゆる者を死と狂気にいざなう呪歌、決して在ってはならぬものだ。
「だからわたしはあの歌をとめなくてはいけない。ひまちゃんは師匠の弟子で、神宮寺の守り神の一柱であるシャチえもんの巫女でもあるのだから」
師より受け継いだ使命、そして魂で感じる敵との因縁を胸に秘め、向日葵は事件解決に乗り出す。彼女がすっと手のひらを上にかざすと、にわかに空は雨雲に覆われ、風と水のオーラがその身を包み込んだ。
「そして、伽音さんの夢見る心を守るのよ!」
誰かを護りたいという純粋な決意が、一人の少女を戦乙女に変身させる。渦巻く水風の中でキラキラと光の粒子が踊り、服装は可憐な巫女装束に、髪色は茶色から紫に変わる。
「水風と踊る一輪の大花! 水風神紫水に仕える颶風の巫女! 魔法巫女シャイニーソレイユ・ヴィオレ!」
水風神の力を宿した紫の魔法巫女へと変身を遂げた向日葵――シャイニーソレイユは、手元に一張りの弓と矢を出現させる。頭には祭神を象徴したシャチの髪飾りを着けたその格好は、可愛らしくも勇ましかった。
(合唱団の呪歌は歌という空気の振動を媒介にして呪いを伝えるもの)
彼女は弓に矢をつがえながら、町に響く歌声にじっと耳を澄ませる。もちろん水風神の加護を受けた巫女が、これしきの呪いで心惑わされる事はない。歌の出処を捜索するために意識を集中しているのだ。
(空気の振動ならば、風と雨を司るシャチえもんの権能の範囲内。その魔法巫女であるわたしにその場所が分からない筈がない)
魔法の力の源は想像力。絶対にできると信じる強い想いこそ、望みを叶える力となる。
はっきりとしたイメージを頭の中に描きつつ、シャイニーソレイユは弓を天に向ける。
「さあ導いて風の矢よ。わたしの宿敵の元へ」
ぐっと力をこめて弦を引き絞り、そして放つ。風となって飛び立った矢は綺麗な放物線を描きつつ、どこかを目指して飛んでいく。射抜くべき標的がもう分かっているように。
「あっちね!」
シャイニーソレイユは自らも空を飛んで、標的に向かう矢を追いかける。高所恐怖症で地に足がつかないと不安になる彼女だが、今はそんなことは微塵も気にしてない様子だ。
何も知らない一人の少女の心が壊され、『邪神の仔』として覚醒させられようとしているのだ――急がなければ。その眼差しはまっすぐに、歌声の聞こえる方角を睨んでいた。
大成功
🔵🔵🔵
二條・心春
私達と同じように生きているUDCがいるとは、驚きました。ですが、UDCだからといってその平和を壊されたり、ましてや自分で壊すことになるなんて……そんなこと、あってはいけません。
聞こえてくる歌に集中して辿っていくのは近道ですよね。危険かもしれませんが、もし彼女に何かあったら手遅れです。私は狂気の類には耐性もありますし、やってみましょう。
タブレットで町の地図を確認しながら、最短距離で歌の聞こえてくる方向に進みます。耐性があるとはいえ次の戦闘のこともありますし、ディスオーダーキャンセラーを使って狂気を和らげながら行った方が良いかな。必ず助けますから、無事でいてくださいね……!
「私達と同じように生きているUDCがいるとは、驚きました」
恐るべき力と危険性を秘めながら、その自覚を持たない『邪神の仔』。これまでに稀有なパターンのUDCの情報を聞いて、二條・心春(UDC召喚士・f11004)は率直な感想を口にする。UDCとの付き合いは長いほうだが、かの存在達はまだまだ未知に満ちている。
「ですが、UDCだからといってその平和を壊されたり、ましてや自分で壊すことになるなんて……そんなこと、あってはいけません」
それはUDCと心を通わせる才を持ち、UDCとの共存を目指す彼女にとって譲れない決意だった。人にも世界にもUDCにも、全てに害悪をもたらさんとするオブリビオンは、絶対に赦しておけない。町に響き渡る死の唄声を耳にすれば、その想いはより強くなる。
「聞こえてくる歌に集中して辿っていくのは近道ですよね」
この歌の出処にいるオブリビオンと『邪神の仔』を見つけるなら、それが一番シンプルな方法だろう。しかしこの唄声に耳を傾けるのは、自ら敵の術中に嵌まることでもある。
「危険かもしれませんが、もし彼女に何かあったら手遅れです。私は狂気の類には耐性もありますし、やってみましょう」
心春はタブレットでこの町の地図を確認しながら、歌の聞こえてくる方向へ歩きだす。
町のどこにいても聞こえるのに大きな音ではなく、まるで耳元で囁かれているような、それはまさに呪歌――聞けば聞くほどに不可思議で不気味で、人を狂気にいざなう歌だ。
『通りゃんせ、通りゃんせ……♪』
美しくも凶々しいソプラノの歌声に導かれて、心春は端末に表示した地図を見ながら、音の出処のほうへなるべく最短距離になる道を選択して早足に進む。持ち前の狂気耐性のお陰か、今のところ心身に異常は感じない。
(とはいえ次の戦闘のこともありますし、狂気を和らげながら行った方が良いかな)
そう考えて起動させた腕輪型呪具「ディスオーダーキャンセラー」も、きちんと効果を発揮しているようだ。彼女の周りには狂気や呪詛等の要因を吸収・中和する霧が発生し、今回のケースでは一種のノイズキャンセラーのように機能していた。
(だんだん近付いてきたみたい)
しばらく歩いていると、聞こえる声量は変わらないまま、歌声がよりはっきりと聞き取れるようになってくる。旋律もより豊かに、妖しげに――呪具による防御がなかったら、あるいは心春も危なかったかもしれない。
(こんな歌を彼女は聞かされ続けていたんですね……)
部外者の立場である自分ですらこうなのだから、標的にされた伽音が受ける精神的影響は計り知れない。恐怖は正気を蝕み、狂気が『邪神の仔』の覚醒を促す。残された猶予は思ったより無いかもしれない。
「必ず助けますから、無事でいてくださいね……!」
祈るような想いでそう呟きながら、心春はまっすぐ呪歌の源に向かう。はやる気持ちに応じて足取りも早足から駆け足に。対峙の場所はもうすぐ近くに迫っているはずだった。
大成功
🔵🔵🔵
カビパン・カピパン
異変が起きたのは突然であった。否、前触れはあったのかもしれないが、それに気づかない振りをしていた。
前触れは、デビル・カビパンとかいう超音痴シンガーの流行。その曲を聞くたびに最初は「酷ぇ音痴」と思っていたわたしの心は「これって実は上手いのでは」に変わっていて。
けれど、伽音はそれを些事だと判断してしまった。そして、そのツケが――
「通ォォオオオりゃんせ! 通ォォオオオりゃんせ!!」
↑ ↑
信じられないほど音痴な魂のシャウトの部分
いつもの歌はもう聞こえない。
代わりの音痴歌に洗脳されるかのように頭の中を書き換えられていく。もしかしてそこの曲がり角にいるの?
デビル・カビパン様!!
『通りゃんせ、通りゃんせ……♪』
UDCによる異常に見舞われる町で、さらなる異変が起きたのは突然であった。否、前触れはあったのかもしれないが、それに気づかない振りをしていた。あるいは気付きたくなかったのかもしれない。
『わたし↑は↓~癒し系↑↑↑ ~~♪』
前触れはカビパン・カピパン(女教皇 ただし貧乏性・f24111)、もといデビル・カビパンとかいう超音痴シンガーの流行。彼女の歌声は死の合唱団とは違う意味でヤバく、絶望的にあまりにも酷い。メロディも絶妙に外れていて頭にこびりついて離れなくなる。
「なにこれ、酷い音痴……」
始めの頃、人々はその曲を聞くたびに非難を浴びせた。それはごくごく自然な反応で、最初のイントロだけで耳を塞いで逃げだす人もいたほどだ。だが、何度も聞いている内にその反応は変わっていく。
「……これって実は上手いのでは?」
正気なら出てくるはずのない感想だ。つまりこの頃から人々の感性は狂いだしていた。
少しずつ変わっていく自分の心に、誰も気付くことはない。そして『邪神の仔』である伽音も、それを些事だと判断してしまった。そして、そのツケが――。
『通ォォオオオりゃんせ! 通ォォオオオりゃんせ!!』
死の合唱団による童歌に重なって響く、信じられないほど音痴な魂のシャウトである。
歌唱力という点では天と地ほどの差がある二組の音楽家が、ひとつの町というステージで混じり合ってしまった。
『こォォオオオこはどオォォォォこの細道じゃあアアァァァァ!!』
結果、ガールズソプラノの合唱は【カビパンリサイタル】に上書きされ、呪歌の性質も変わってしまう。音には音を――カビパン自身がそれを狙っていたかどうかはさておき、一応理にかなった呪歌対策ではある。副作用というかデメリットもとんでもないが。
(いつもの歌はもう聞こえない……)
代わりに響く音痴歌を、町のどこかで伽音は聞いていた。途切れることのない地獄的なシャウトに、洗脳されるかのように頭の中を書き換えられていく。自分は今、その歌から逃げたいのか近づきたいのか、それさえもう分からなくなってしまった。
(もしかしてそこの曲がり角にいるの? デビル・カビパン様!!)
高鳴る鼓動は恐怖か狂気か吊り橋効果か。結局は死の合唱から悪魔の歌声に惑わされる対象が変わっただけで、あまり現状は改善されていない気もするが、それでもカビパンの行動は敵の思惑を崩す撹乱となり、他の猟兵が合流するまで時間稼ぎとなったのだった。
大成功
🔵🔵🔵
佐伯・晶
普通の人間が突然UDCになってしまう、か
それも多感な年代となれば暴走してもおかしくないね
誰も幸福にならない状況だし
何とか阻止しないとね
あまり他人事にも思えないし
UCで呪いを防ぐ機械式の護符を創ろう
歌の影響を気にしないなら
しっかり聞きながら探せるからね
念のため出発前にUDC組織で
それなりの数のオブビリオンが
潜めそうな場所を調べてみよう
足が無いなら陸上でない可能性も考慮に入れるよ
あと、新堂さんの日常的な行動範囲について
資料があるなら目を通しておこう
歌が一定方向から聞こえてくるなら
わかりやすいから歌が大きくなる方向に向かおう
そうでないなら新堂さんの
行動パターンを考慮して
遭遇しそうな場所を推測しようか
「普通の人間が突然UDCになってしまう、か。それも多感な年代となれば暴走してもおかしくないね」
自分も事故により邪神と融合した身である佐伯・晶(邪神(仮)・f19507)は、共感に近いものを今回の『邪神の仔』に抱いていた。今は役に立っているものの、邪神の力は危険なものだ。ひとたび制御を外れれば、二度とヒトには戻れないかもしれない。
「誰も幸福にならない状況だし、何とか阻止しないとね。あまり他人事にも思えないし」
最悪の悲劇である邪神の覚醒を防ぐため、彼女は呪歌が響く町にやって来た。この歌の聞こえてくる方角に『邪神の仔』と彼女を利用しようとするオブリビオンがいる。だが、調査のために迂闊にこの歌を聞き続けるのは正気喪失の危険性もあった。
「結構強い呪いだね。これを用意してきて良かった」
晶はポケットから【複製創造支援端末】で創られた機械式の護符を出し、身に付ける。
これはUDC組織で設計された、邪神やUDC怪物の呪いを防ぐアイテムで、使い方は組織から教わっている。これがあれば死の合唱団のの呪歌を無効化できるはずだ。
「歌の影響を気にしないなら、しっかり聞きながら探せるからね」
護符が機能しているのを確認してから、彼女はまっすぐ歌の聞こえるほうに歩きだす。
その歌声はまさに「この世のものではない」美しさで、綺麗に澄んでいるのに不気味な旋律を奏でている。だが、その歌に晶が心惑わされることはなかった。
「念のため出発前にUDC組織で調べておいて良かったね」
晶は事前に、この近辺でそれなりの数のオブリビオンが潜めそうな場所を調べていた。
足が無いなら陸上でない可能性も考慮に入れて調査した結果、この町には大きな池のある公園があるらしい。
「新堂さんの日常的な行動範囲についても、資料があったから目を通しておいたけど」
『邪神の仔』の普段の生活圏内からも、この公園はそう離れていない。決定的なのは、その公園のある方向に近付くにつれて、合唱団の歌声がはっきりと聞こえてきたことだ。
「歌が一定方向から聞こえてくるなら、わかりやすいね」
元々『邪神の仔』を自分達の元に誘き寄せるための歌だからだろう。追う側にとってもそれは好都合で、しっかり耳を傾けていれば迷う心配はない。新堂・伽音の行動パターンを考慮して遭遇しそうな場所を推測しても、この方向で間違っていなさそうだ。
「助けてくれる人がいるって本当にありがたいね」
今回、これだけスムーズに相手の所在に見当がついたのは、UDC組織の支援が大きい。
邪神の融合体となった自分を保護して、猟兵としての活動もサポートしてくれている。
無事に今回の事件が解決すれば、『邪神の仔』も同じような保護下に置かれるだろう。
「もう少し、かな」
生者を死にいざなう呪いの歌が、だんだんと強くなっている。晶は気を引き締めつつもその歌から耳を塞ぐことはなく、早足に先へ先へと進む。『邪神の仔』がまだ人間として生きられるかどうか、その瀬戸際で彼女の未来を守るために。
大成功
🔵🔵🔵
鏡島・嵐
自分が“今の自分”でなくなる、か。正直想像つかねえな。
自分とは縁もゆかりもないモンに取って代わるんなら、まだ救いがある。
一番怖ぇんは、今の自分を侵蝕してるんも、紛れもない“自分自身”であるってコトか。
ともあれ、放ってはおけねえよな。
耳を塞いでどうにかなるようなもんじゃねえな、この歌は。
〈狂気耐性〉でなるべく正気を保ちながら、〈第六感〉に従って歌の発生源を探って進んでいく。
多分、近づけば近づくほど影響が強くなるだろうから、適宜《針の一刺、鬼をも泣かす》で浄化しながら進んでいく。
……人間誰しも心には影や闇はある。
“本当の自分”なんてのに気付かないで生きていける方が、案外幸せなんかもしれねえな。
「自分が"今の自分"でなくなる、か。正直想像つかねえな」
人は常に変わりゆくものだが、変わったところで自分は自分。人ならざる異形のモノに変貌――いや、この場合は"本性"の発露と言うべきなのか。鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)には、その恐怖は計り知れない。
「自分とは縁もゆかりもないモンに取って代わるんなら、まだ救いがある。一番怖ぇんは、今の自分を侵蝕してるんも、紛れもない"自分自身"であるってコトか」
人間としての日常を生きる現在の『邪神の仔』の人格は、言わば卵の殻のようなモノ。
ひとたび卵が孵れば殻は砕け、何が生まれるのかは予想もつかない。だがそれが本来の『邪神の仔』にとっては正常なのだ。本人は知りたくもなかった、邪悪な本性。
「ともあれ、放ってはおけねえよな」
本人にも世界にも不幸を引き起こす『邪神の仔』の覚醒を止めるべく、異常の起きた町にやって来た嵐。町内はすでに死の合唱団の歌に満たされており、美しいソプラノの声が彼の耳元にもささやく。
『通りゃんせ、通りゃんせ……♪』
それは生者の心を蝕む狂気の呪歌。この手のものにある程度耐性のある嵐は、なるべく正気を保つよう気を引き締めながら、第六感に従って歌声の発生源を探って進んでいく。
「耳を塞いでどうにかなるようなもんじゃねえな、この歌は」
UDC怪物が放つ呪いをそんな物理的な手段で防げるとは思わない。嵐は適宜【針の一刺、鬼をも泣かす】を自分に使用して、正気を失う前に呪歌の影響を浄化することにした。
「麦藁の鞘、古き縫い針、其は魔を退ける霊刀の如し、ってな!」
長年使い込まれ持ち主が思いを籠めた針には、邪気を祓う霊力が宿る。怪物がもたらす呪いの影響すら、心身から消し去ってしまうほどの。魔除けの縫い針を身体に刺すたび、嵐は頭の中がすっと晴れるような心地がした。
「多分、近づけば近づくほど影響が強くなるだろうからな」
少しでも異常を感じればすぐにまた針を使うようにしつつ、音の聞こえる方に進む嵐。
最初は空耳かと感じられた合唱団の歌声は、今はもうはっきりと。声量が大きくなったわけではないのに、一人一人の声まで聞き分けられそうなほど明確に聞こえる。
『行きはよいよい、帰りはこわい……♪』
これは『邪神の仔』を招くための歌。歌詞の通り、帰れない一本道に引き込むための。
そこで怪物たちと出会った時、彼女は"本当の自分"を知ることになるだろう。自分が人ではなく最初からバケモノだったという、残酷な真実を。
「……人間誰しも心には影や闇はある。"本当の自分"なんてのに気付かないで生きていける方が、案外幸せなんかもしれねえな」
だとすれば、知りたくもなかった正体を自分の都合で勝手に暴き立てるような奴らは、やはり放っておけない。嵐はいっそう気を引き締めつつ、急ぎ足で歌の発生源に向かう。
悍ましき呪歌の恐怖に懸命に抗いながらも、その足は一度も後退することはなかった。
大成功
🔵🔵🔵
トリテレイア・ゼロナイン
【古城】
邪神の因子持つ仔
類似例が数多あったとは…
もう三年前ですか
フォルター様、『Forget-me-not』と願った少女と出会った依頼を覚えておられますか?
己の意志貫いた希様
逃げおおせた、と評するとは強気な貴女らしい
私は貴方の故郷で幻を見る程に焼き付いてしまいました
困った方です
(戌MS:忘れがたき死人の村)
人にとって“救い”とは何か
騎士として何が出来るのか
あの邂逅は生涯考えるべき命題という“宝物”となりましたよ
希様は勝手なことを、とご立腹やもしれませんが
この依頼
代償行為と私を笑いますか?
ええ、参りましょう
此度の邪神の仔…新堂様に希望齎す為に
機械妖精にて情報収集
歌や異常辿り、目標の居場所を探査
フォルター・ユングフラウ
【古城】
我等の関係性は変われど、あの件から心に燻ぶり続けるものがあるのは同じ…といったところか?
我の差し伸べた救いの手から、するりと逃げて行ったあの少女
忘れる筈も無い
否、忘れる事は許されぬ
今度の相手は、力ずくでも捕まえてみせるとも
その上で余裕があれば、汝の事を笑ってやろう
さあ、行くぞ
あまり時間を掛ける訳にはいかぬのでな
使い魔たる蝙蝠達に加え、騎士より受け取った鋼の鴉達も飛ばせておく
数に任せ、広範囲を綿密に捜索するとしよう
…折角だ、問うておこう
これからも宇治田の様な、或いは今回の少女の様な者達が現れるだろう
その一人一人に、汝は手を差し伸べるのか?
……いや、愚問であったな
顔を見れば、答えはわかる
「邪神の因子持つ仔。類似例が数多あったとは……」
今回の『邪神の仔』にまつわる依頼のあらましを聞いた時、トリテレイア・ゼロナイン(「誰かの為」の機械騎士・f04141)は少なからず驚いた。それは以前にも似たような事件に関わり、そして忘れがたい経験を味わったからだ。
「もう三年前ですか。フォルター様、『Forget-me-not』と願った少女と出会った依頼を覚えておられますか?」
その身に邪神を宿すゆえに、生まれてからずっとUDC組織に「保護」されていた少女。
外の世界を見ることも叶わず、地下深くに閉じ込められていた彼女は、自ら邪神となることを選び――誰かに「忘れないで」いてもらうことを望んだ。トリテレイアにとっては今でも鮮烈にメモリーに刻まれた、深い「哀しみ」の記憶だ。
「我等の関係性は変われど、あの件から心に燻ぶり続けるものがあるのは同じ……といったところか?」
当時同じ事件に関わっていたフォルター・ユングフラウ(嗜虐の女帝・f07891)も、トリテレイアの問いかけに静かに頷く。あの少女と出会い、過ごした時間は短かったが、その僅かな間に彼女は消えない傷跡を残していった。
「我の差し伸べた救いの手から、するりと逃げて行ったあの少女。忘れる筈も無い。否、忘れる事は許されぬ」
あの日を忘れはしないという誓いは、今もこの胸の中に。事件は記録に、記録は過去になろうとも、刻まれた想いは褪せない。感傷とはまた異なるそれはある種の「教訓」か。
「己の意志貫いた希様。逃げおおせた、と評するとは強気な貴女らしい」
凛然としたフォルターの態度と対比して、トリテレイアの様子はどこか感傷的だった。
防げなかった悲劇、守れなかった命。あの日の事を思い返すたびに彼の懊悩は深まる。
「私は貴方の故郷で幻を見る程に焼き付いてしまいました。困った方です」
忘れないで、という少女の望みは、この上なく叶ったと言えるだろう。未来に絶望し、自ら人であることを捨ててでも、誰かの心に留まろうとした。邪神の宿主として生涯自由を許されぬ身であった彼女にとって、それは"救い"だったのだろう。
「人にとって"救い"とは何か。騎士として何が出来るのか。あの邂逅は生涯考えるべき命題という"宝物"となりましたよ」
この命題に果たして答えはあるのか。おそらくは一生悩み続けることになるだろうと、トリテレイアはどこか清々しい調子で語った。御伽噺への憧れから始まった自分の騎士道に、理想と現実の矛盾を突きつけ、その足取りを重く確固たるものにしたのは彼女だ。
「希様は勝手なことを、とご立腹やもしれませんが」
彼女が本当にそう思われることを望んでいたのか、もはや確かめることはできない。
ただ、自分はこれからも思い続けるだろう。何かにつけ己の騎士道を振り返るたびに、あの少女の見せた表情が、口にした言葉がちらつく。それは今も同じだ。
「この依頼、代償行為と私を笑いますか?」
「今度の相手は、力ずくでも捕まえてみせるとも。その上で余裕があれば、汝の事を笑ってやろう」
まるで笑われることを望んでいるようなトリテレイアの問いを、フォルターはさらりと笑い飛ばした。どれほど現在を過去に重ねようとも、去っていった者は二度と戻らない。だからこそ、同じような悲劇を二度も繰り返させるつもりはない。
「さあ、行くぞ」
「ええ、参りましょう。此度の邪神の仔……新堂様に希望齎す為に」
不遜なまでに揺らぎのない態度で歩きだす彼女に、付き従うように機械仕掛けの騎士も行く。響き渡るは死の合唱団が奏でる童歌。この歌の聞こえる先に『邪神の仔』はいる。
「あまり時間を掛ける訳にはいかぬのでな」
フォルターは「黒の血玉」の指輪から使い魔である蝙蝠達を放ち、音源の捜索に向かわせる。さらに【我が意を運ぶは鋼の黒翼】も発動し、黒鋼色の鴉型ロボットを召喚した。
「さあ、往け。血の通わぬ我が僕ども。成果を持ち帰るまで帰還は許さぬ」
これは以前トリテレイアから受け取った、スペースシップワールド製のドローン。主に指定されたフォルターより口頭での指令を受領すれば、それらは粛々と偵察に飛び立つ。
音に敏感な蝙蝠に加えて100を超えるドローンの数にものを言わせ、周囲を綿密に捜索する作戦だ。さほど大きくもない町内であれば、ほぼ全域をこれでカバーできるはず。
「私もお手伝い致します」
トリテレイアも【自律式妖精型ロボ 格納・コントロールユニット】から複数の妖精型偵察ロボを発進させ、フォルターの使い魔と共に情報収集を行わせる。こちらは合唱団の歌とそれに伴う異常を辿り、目標の居場所を探査する方針だ。
『通りゃんせ、通りゃんせ……♪』
歌声はまるでこちらを誘っているかのように聞こえてくる。町内のどこにいても、耳を塞いでも止むことはないが、逆手にとれば発生源の特定は難しくない。蝙蝠と機械の鴉と妖精に導かれて、二人の猟兵は迷いなく目的地に近付いていく。
「……折角だ、問うておこう」
その道中、フォルターがふとトリテレイアに話しかけた。あの日から多くの経験を経て、成長を遂げると共に関係・精神性もまた変化した騎士に、改めてそのあり方を問う。
「これからも宇治田の様な、或いは今回の少女の様な者達が現れるだろう。その一人一人に、汝は手を差し伸べるのか?」
二度ある事は三度という訳ではないが、希や伽音のような危険性を秘めた人間は他にもいるはずだ。今回の事件を無事解決できても、次の事件は必ず起こる。この問に「はい」と答えるということは、終わりのない戦いに身を投じるという事でもあるが――。
「……いや、愚問であったな。顔を見れば、答えはわかる」
作れる表情に乏しい機械騎士の顔から、フォルターは確かに意志と決意を感じ取った。
こうして彼の内面が読めるようになったのも、あの頃から変化した関係性のひとつか。今なにを為すべきか、これからなにを為すつもりか、とうに腹は決まっている顔だ。
「急ぎましょう」
「ああ」
合唱団の歌がはっきりと聞こえてくるにつれて、猟兵二人の足取りは自然と速くなる。
あの日から変わったもの、変わらないもの。その両方を抱えて、彼らが『邪神の仔』と対峙する時は迫っていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
キリカ・リクサール
アドリブ連携歓迎
『邪神の仔』とはな…厄介な話だ
邪神の顕現は彼女の死を意味する、何としても防がなければなるまい
スクレットコートを装備し、狂気耐性を高める
微かに植物の香気を漂わせるこのレザーコートには邪神の狂気と呪詛を防ぐ術式が施されている
奴等の歌声にも体制を付ける事が出来るだろう
更にUCを発動
大蝦蟇が描かれたコインを取り出す
道中で正気を失った一般人が妨害をしてくる可能性もある
下手に気絶させて此処に留めるよりも、コインを頭に貼り付けて正気を取り戻させた方が良いだろう
奴等の歌声で精神が汚染され尽くす前にな
直ぐに此処から離れろ
…さもなくば、死ぬ事になるぞ
と、多少の威圧を込めて話せば直ぐに離れていくだろう
本来ならもう少し穏便にこの場所から引き離したいが…
どうやらそんな余裕もなさそうだからな
幾重にも重なる輪唱の様に響く歌声が私の精神を削って行く事がわかる
フン…どうせならば最新のヒットソングでも歌えば良いものを
軽口を叩きつつ、取り出したコインを自分の額に貼り付け
奴等の歌声がより強くなっていく方へと進む
「『邪神の仔』とはな……厄介な話だ」
内に厄災の可能性を秘めながら、一般人として生きる自覚なきUDC。この世界で数々の怪物と戦ってきたキリカ・リクサール(人間の戦場傭兵・f03333)から見ても、その存在は珍しく、また扱いには慎重になるべき対象だと感じていた。
「邪神の顕現は彼女の死を意味する、何としても防がなければなるまい」
世界を守るためだけではなく、一人の少女の尊厳と人格を守るためにも、彼女は戦う。
訪れたのは呪歌が響く町。死の合唱団がもたらした異変は、徐々に町全体を侵蝕しようとしていた。
「今回はこれの出番だな」
呪歌の対策としてキリカは「スクレットコート」を装備し、狂気への耐性を強化する。
微かに植物の香気を漂わせるこの漆黒のレザーコートには、邪神の狂気と呪詛を防ぐ術式が施されている。素材には金羊の革を用いており、防具としての性能も一級品だ。
「これで奴等の歌声にも耐性を付ける事が出来るだろう」
精神を狂わせる禍々しき歌も、UDCとの戦いに慣れたキリカの心を侵す事はできない。
彼女は安全性を確保したうえで呪歌に耳を傾け、それが聞こえてくる方角に歩きだす。
「あぁ、今日はいい天気だ。ざあざあ降りの日本晴れだ」
「ラララら~……♪ うひヒ、あははハハ……」
道中では呪歌の影響で正気を失った一般人がそこかしこに見られる。支離滅裂な発言をことを繰り返す者、突然笑いだす者。今はその程度で済んでいる者が大半だが、これ以上状況が悪化すれば廃人や死者も出かねない。
「ねえ、ねえねエ、あなたも一緒に歌いましょう? ルルル~♪」
「いや、すまないが私は先を急いでいて……」
そうした者の中には正気を保っているキリカに絡んでくる者もおり、本人は無自覚だが妨害になっていた。話を聞いてくれる様子はなく、実力で解決するにしても相手が悪い。彼らはあくまでUDCの被害者なのだから。
(下手に気絶させて此処に留めるよりも、正気を取り戻させた方が良いだろう。奴等の歌声で精神が汚染され尽くす前にな)
そう考えたキリカは虚空から大蝦蟇が描かれたコインを召喚し、一般人の頭に貼り付ける。大道芸でも有名な【秘薬・大蝦蟇之油】の薬効を再現したこのコインは、患部に当てればたちどころに傷を癒やし、精神的な病でさえ快復させるのだ。
「……はっ! あれ、私ったら何を……」
その効能はUDCの影響にも有効だったようで、我に返った一般人はきょとんと不思議そうに目を白黒させる。狂気に陥っていた間のことは覚えてないようだが、本人にとってもそれが幸いだろう。
「直ぐに此処から離れろ……さもなくば、死ぬ事になるぞ」
「ひぇっ?! は、はいぃっ!」
キリカが多少の威圧を込めて話せば、一般人たちは恐れをなして直ぐに離れていった。
歌の発生源を止めない限り根本的な解決にはならないが、ひとまず距離を取ればすぐには再度発狂しないはず。今はともかく迅速さが重要だった。
(本来ならもう少し穏便にこの場所から引き離したいが……どうやらそんな余裕もなさそうだからな)
キリカ自身にも悠長に構えるほど余裕はない。幾重にも重なる輪唱の様に響く歌声が、自分の精神を削って行く事がわかる。進めば進むほど不気味な童歌はよりはっきりと聞こえるようになり、その影響力も強まっているようだ。
『通りゃんせ、通りゃんせ……♪』
「フン……どうせならば最新のヒットソングでも歌えば良いものを」
狂気を笑い飛ばすようにキリカは軽口を叩きつつ、先程一般人に使ったのと同じコインを取り出して自分の額に貼り付ける。大蝦蟇の薬効がスッと頭の負担を癒やしてくれる。
そのまま彼女は合唱団の歌声がより強くなっていく方へと進む。奴らを討ち倒すまで、この狂気に呑まれはしない――幾度の死線を超えた傭兵の瞳には強い意志が宿っていた。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『死の合唱団・ガールズソプラノ』
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POW : 死の歌唱 「ひびけ、アタシたちの歌声」
レベルm半径内を【呪詛が込められた死の合唱】で覆い、[呪詛が込められた死の合唱]に触れた敵から【生きる気力】を吸収する。
SPD : 死の歌唱 「海は昏いな冷たいな」
戦場全体に【呪詛を含んだ大量の海水】を発生させる。レベル分後まで、敵は【呪詛による生きる気力へ】の攻撃を、味方は【呪詛の海水】の回復を受け続ける。
WIZ : 死の歌唱 「あたしが死ぬのはあなたの所為よ」
自身が戦闘不能となる事で、【歌声を聞いている】敵1体に大ダメージを与える。【敵に呪詛の言葉】を語ると更にダメージ増。
イラスト:moti
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
狂気をもたらす呪歌を手がかりに、猟兵が辿り着いたのは町の中央にある公園だった。
そこには大きな池があり、学生服を着た一人の少女がほとりに立っている。彼女の視線は池の中にいる"誰か"に向けられていた。
「ようこそ、アタシたちのコンサートへ」
「あ、あなた達なの? わたしを呼んでいたのは……」
腰から下が魚の尾になった、セーラー服を着た少女の集団。傍目には人魚のような可愛らしい姿をした彼女らこそ、今回の元凶たる『死の合唱団・ガールズソプラノ』である。
その唄声によってお目当ての相手――新堂・伽音を呼び寄せた彼女らは、歓喜の笑みを浮かべて話しかける。
「待っていたわ『邪神の仔』。まだ自分のことを知らない、かわいい雛鳥さん」
「邪神の……仔?」
伽音はひどく困惑している。今まで平和な日常しか知らなかった少女が、突然邪神などと言われても理解できる訳がない。異形のモノとの遭遇に、顔色はひどく青ざめている。
そんな事はお構いなしに、ガールズソプラノは語り続ける。彼女が知らない彼女自身、そしてこの世界の真実を。
「あなたの正体はヒトじゃない。アタシたちと同じ"こちら側"のもの。世界に狂気と死をもたらす、災いの雛鳥」
「そんな、わけ……っ」
伽音は否定できない。無意識にあるUDCとしての本能が、その言葉を肯定してしまっているのか。呪歌を聞くうちに自分の中で"何か"が変わっていくのを、彼女も感じていた。
目の前の怪物、そして自分自身に対する恐怖と不安。それは精神の均衡を崩し、真なる邪神としての覚醒を促す。
「あなたをアタシたちの仲間に加えられれば、きっと今より素晴らしいハーモニーが奏でられるわ。アタシたちはずっとそのためにあなたを誘ってたんだから」
もう逃しはしないと、ガールズソプラノは再び死の合唱を奏ではじめる。生者から気力を奪い、死へと誘う呪いの歌。それも町中で聞いていた時よりもずっと強力かつ凶悪だ。
「さあ、貴女も合唱団に入りましょう。素敵な唄声が手に入るわ♪」
「い、いや……!!」
伽音は必死に抵抗するものの、ただの一般人である彼女の心は長くは保ちそうにない。
猟兵達が現場に駆けつけたのは、まさにその時だった。あと一歩で少女が邪神に堕とされようという瀬戸際だが、どうにか間に合った。
これ以上伽音の心身に負担をかける訳にはいかない。彼女を守りつつ迅速に敵を討つ。
猟兵は速やかに戦闘態勢を取ると、死の合唱団・ガールズソプラノに向かっていった。
夢咲・向日葵
【心情】
・見つけたよ、死の合唱団。貴女たちの企みは魔法王女であるこのわたしが許さないの。わたしの名前はシャイニーソレイユ。貴女たち、死の合唱団の天敵!伽音さん、貴女の夢見る心はわたしが護るわ!
【戦闘】
・UCを使い紫から真の姿へと変身。創造と想像の力を駆使して戦う
・大地に手を当てて、死の歌を打ち消す音波を放つスピーカーつきのソレイユシールドを想像して創造。相手の合唱による呪詛を盾受け&ジャストガードの技能を駆使して受ける
・攻撃をするときは光の力を使用。籠手から光を出して目つぶしをして、ソレイユシールドを足場にして一気に接近。光の魔力を込めた鎧通し攻撃でダメージを与える。さあ、光の一撃を受けなさい
「見つけたよ、死の合唱団。貴女たちの企みは魔法王女であるこのわたしが許さないの」
襲われる『邪神の仔』の元に一番早く駆けつけたのは、宿敵との縁に導かれた向日葵。
死と狂気をもたらすガールズソプラノの合唱団を、彼女は射竦めるように睨みつける。
「何よあなたッ?!」
「わたしの名前はシャイニーソレイユ。貴女たち、死の合唱団の天敵!」
驚く合唱団に向かって堂々と名乗りを上げる向日葵――そう、彼女こそ【聖光と大地を統べる真なる魔法王女】シャイニーソレイユ。移動中は紫だった装束は黄色とヒマワリの花を基調とした真の姿に変わり、可憐にして美しく、そして力強い佇まいを見せていた。
「伽音さん、貴女の夢見る心はわたしが護るわ!」
「シャイニー、ソレイユ……?」
狂気に呑まれかけていた伽音にとって、シャイニーソレイユの登場はまさに暗雲から差し込んだ一筋の太陽の光のようだった。まるで子供向けアニメに出てくるようなその格好に目を丸くして名前を呼びながら、彼女は視線を離せない。
「魔法王女……もう嗅ぎつけてきたの?!」
「邪魔をしないで! この仔はアタシたちのものよ!」
思わぬ宿敵の登場に合唱団は驚き、怒り、まずは彼女を排除せんと一斉に襲いかかる。
【死の歌唱 「ひびけ、アタシたちの歌声」】。呪詛が込められたガールズソプラノの合唱は、聴いた者から生きる気力を奪い取る。歪んだ音楽こそがこの者達の武器だ。
「そんな歌効かないわ! ソレイユ・シールド!」
シャイニーソレイユは大地に手を当てて、魔法のスピーカー付きのヒマワリの花たちを想像して創造する。みずみずしい生命力に満ちた花の盾は、死の歌を打ち消す位相の音波を放ち、敵の合唱による呪詛を受け止めた。
「なっ……アタシたちの歌がかき消された?!」
こんな花なんかにとガールズソプラノは驚愕しているが、この力はまだほんの序の口。
自分の力を信じ、人々の夢見る心を護り抜く誓いこそ真のシャイニーソレイユ、夢咲・向日葵の力の源。この正義の想いがある限り、彼女は無限の想像と創造の力を発揮する。
「夢見る心の光、母なる大地の力。全て私の中に」
死の合唱を受けきったシャイニーソレイユは反撃に転じる。両腕に装着した「プリンセス・ガントレット」をかざせば、まばゆき太陽の光が放たれ、敵集団の目をくらませる。
「きゃっ?!」「まぶし……!」
一瞬でも怯ませられれば充分だった。創造したソレイユ・シールドを足場にして駆け、敵の懐まで一気に接近。光の魔力を込めた拳をぐっと振りかぶって、渾身の一撃を放つ。
「さあ、光の一撃を受けなさい」
「きゃぁぁぁぁぁ―――ッ!!!?」
燦然と光り輝いたその打撃は、あらゆる防御を貫き、悪と呪いを打ち祓う浄化の一撃。
光に包まれたガールズソプラノの団員達は、甲高い悲鳴を上げて消え去っていく。あとには一輪の花だけを残して。
「か……かっこいい……!」
「おのれ、シャイニーソレイユ……!」
その活躍ぶりに思わず伽音は見惚れ、生き残った団員達は苦々しい表情で睨みつける。
邪悪なる死の合唱団には裁きを、夢見る少女には救いを。向日葵の振る舞いはまさに、幻奏のごとき正義のヒロインであった。
大成功
🔵🔵🔵
カビパン・カピパン
団員募集中
指導者陣
総監督:デビル戌様(邪神の頂点)
合唱監督:デビルカビパン
入団オーディション:今
オーディションでの演奏
デビルカビパンの曲を歌う事。
「勝手に入団を許可するとは…偉くなったものだなソプラノ共よ」
そこにいたのは邪神であった。無慈悲に冷酷に歌を歌う音痴の邪神。曲に続くのは歌ではなく、曲が滅びるという究極の音痴。
「「邪神デビルカビパン様!」」
音痴邪神は死の合唱団に地獄の指導。その目は修羅の顔だったので、ガールズソプラノ達は直立して軍礼をとる。結果、彼女たちの音域の声部はギャグのバスと変化し
そしてソプラノ歌手は誰もいなくなった。
くだらない茶番を見せられた伽音の心は良くも悪くも無になった。
「勝手に入団を許可するとは……偉くなったものだなソプラノ共よ」
「なッ、今度は誰……?!」
思わぬ乱入者に動揺する死の合唱団の前に、次なる邪魔者が現れる。瀟洒な軍服を身に着けて、キリッと凛々しい佇まいで立つその女性はカビパン――いや、今はこう呼ぶほうが適切だろうか。
「私だ」
「「邪神デビルカビパン様!」」
そこにいたのは邪神であった。無慈悲に冷酷に歌を歌う音痴の邪神。曲に続くのは歌ではなく、曲が滅びるという究極の音痴。そのイカれっぷりに比べればガールズソプラノの歌も相対的にまともになってしまう、そんなヤベーやつがここに降臨した。
「貴様らには指導が必要なようだな」
ただのハッタリというには異様に強烈なカリスマ性を発揮しつつ、カビパンは合唱団に告げる。その片手に持った看板には「団員募集中」の5文字がでかでかと書かれていた。
ひょっとして自分の合唱団を作るつもりなのだろうか。要項についても一緒に提示されているが、それは下記のような感じである。
指導者陣
総監督:邪神の頂点
合唱監督:デビルカビパン
入団オーディション:今
オーディションでの演奏
デビルカビパンの曲を歌う事。
「あ、あの曲を歌えって……?」「無茶よ!」
死の合唱団もさっきから自分達の歌を妨害していた、謎の超音痴歌については覚えがあるだろう。アレは人には、いや人外にも歌うことのできないカビパンのユーベルコード。
前提となるメロディや音程からして狂いきったアレは、少なくとも「歌として」ちゃんとしたものを歌える者には再現不可能である。歌おうとするだけでも拒絶反応がよぎる。
「四の五の言うな! もう指導は始まっているぞ!」
「「ひぇっ!!」」
だがデビルカビパンは容赦しない。まずは手本を見せてやるとばかりに【カビパンリサイタル】を発動し、地獄の指導を敢行する。その目はあきらかに修羅の顔。本能的な忌避と恐怖を感じたガールズソプラノ達は、思わず直立して軍礼をとってしまった。
「さあ私のあとに続け! わたし↑は↓~癒し系↑↑↑ ~~♪」
「わ、わた~し~は~癒し系~♫」
無理やりカビパンの曲を歌わされる死の合唱団。だがどんなに下手なように歌っても、本物の絶望的なヘタさには敵わない。歌詞が頭にこびりつくほど何度も何度も歌わされた結果、彼女達の音域の声部はガールソプラノからギャグのバスに変化してしまった。
「…………なにこれ?」
そんなくだらない茶番を呆然と見ているのは伽音。完全に置いてけぼりにされた彼女の心は無になり、良くも悪くも狂気からは遠のいた。違う意味でトラウマになりそうだが。
この場からソプラノ歌手が誰もいなくなるまで、音痴邪神デビルカビパンの暴走は止まることを知らない――。
大成功
🔵🔵🔵
二條・心春
何とか間に合いましたか……。敵も危険ですが、伽音さんのケアも必要かな。
正体なんて関係ありません。貴方は貴方です。貴方が平和を望む限り、災いなんて起こりませんよ。ふふ、私の近くにもそういう子達がいますから。まずは伽音さんに声をかけて落ち着いてもらいましょうか。
ここは【召喚:理想郷】を使いましょう。私もそうですが、彼女はそれ以上に、まさに環境に適応していますよね。彼女が呪歌に抗うのを助けつつ、私は敵の妨害に努めましょう。スタングレネードを投げて、光で敵の動きを鈍らせるとともに、音で歌声を打ち消します。その隙にクロスボウの爆弾矢を撃ちこんで攻撃です。麻痺毒を込めた爆風で声を封じながら倒していきます。
「何とか間に合いましたか……。敵も危険ですが、伽音さんのケアも必要かな」
タブレット端末を片手に目的地まで到着した心春は、すぐさま現在の状況確認を行う。
今回の目的はオブリビオンを倒すこともだが、それ以上に『邪神の仔』の覚醒を止めることにある。己の正体を知らない少女の心はひどく脆く、壊れやすい。
「あなたはアタシたちと同じ……さあ、一緒に歌いましょう?」
「ひっ……!」
そんな弱った心につけ込むように、ガールズソプラノは呼びかける。拒絶の言葉も口にできぬほど怯えきった伽音は、青ざめながら後ずさる。彼女が何よりも恐れているのは、敵が語ることを本能的に否定できない、自分自身に対してだろう。
「正体なんて関係ありません。貴方は貴方です」
心春はそんな伽音の傍にさっと駆け寄って、優しく言葉をかける。『邪神の仔』などという正体よりも、この娘には人として生き、人と共存する意思がある。その事実のほうが彼女にとってはずっと大事だ。
「貴方が平和を望む限り、災いなんて起こりませんよ」
「あ、あなたは……?」
急に現れた見慣れぬ年上の女性にも、伽音は戸惑っている様子だが、少なくとも彼女には合唱団のような悍ましい雰囲気はない。不安や恐怖にかられていた心に、穏やかな微笑が安心感を与える。
「ふふ、私の近くにもそういう子達がいますから」
まずは伽音に落ち着いてもらおうと、心春は【召喚:理想郷】を発動する。それは彼女の祝福と呪いをこめた願いを具現化するユーベルコード――召喚器の役割も果たすタブレットの画面から、何体ものUDC霊が飛び出してくる。
「世界よ、変われ――これが、私達の理想の世界です!」
それは、人類とUDCが共存する理想郷。今はまだ、誰も想像すらできないような世界。
だが心からそれを実現させようとする心春の強い意思が、この理想郷を束の間のみ実現させる。人ならざるモノが友好的に辺りを飛び回る、それはとても幻想的な光景だった。
「バカな……人間とUDCが共存なんてできるはずが……!」
心春の作りだした理想郷に、ガールズソプラノは戸惑いと困惑、そして忌避感を示す。
オブリビオンである彼女らからすれば当然の反応だろう。しかし伽音の反応は異なる。
「……きれい」
人によってはやはり動揺するであろう光景に、彼女は不思議と安心感を覚えていた。
彼女が人ならざる『邪神の仔』であることは変えようのない事実。それを含めて受け入れてくれる世界は、彼女にとって救いだった。
「私もそうですが、彼女はそれ以上に、まさに環境に適応していますよね」
「バカな……こんなまやかしが何だっていうのよ!」
少し落ち着いた様子を見て、嬉しげに微笑む心春。面白くないのはガールズソプラノ達のほうだ。もう一度『邪神の仔』の心を絶望に染めようと、呪詛の言葉や歌を響かせる。
「共存なんてありえない。あなたのせいでいつかみんな死ぬことに――……」
「貴方達は少し黙っていてください」
そんな心無い言葉を遮るように、心春はスタングレネードを死の合唱団に投げ込んだ。
彼女の目的は伽音が呪歌に抗うのを助けつつ敵を妨害すること。対UDC用に開発されたそれは通常品よりも強い閃光と音を放ち、敵の動きを鈍らせるとともに歌声を打ち消す。
「ッ?! め、目がっ」「耳が……!!」
強烈な音と光の洗礼を浴びせられ、悶絶するガールズソプラノ。殺傷能力は無いものの牽制としての威力は絶大で、生じた隙を見逃すほど心春は甘くはない。共存の理想を阻むオブリビオンに対しては、特に。
「そこです!」
UDCエンチャント式クロスボウに矢をつがえ、狼狽する合唱団の中心めがけて射る。
狙い通りのポイントに突き刺さった矢は大きな爆風を起こし、付与されていた状態異常の呪いを辺りに撒き散らした。
(こ、今度はなによ?!)(身体が、しびれて……!)
爆弾矢に込められていたのは強力な麻痺毒。肉体の動きはもちろん発声まで封じられたガールズソプラノは、口をぱくぱくさせながら地面をのたうち回る。その格好は陸に上がった魚そのものだ。
「さようなら」
そこに続け様に放たれた矢が、敵を順番に射抜いていく。共存の理想を掲げて気丈にも戦場に立つ少女の意思は強く、邪なる呪歌などに阻めるような半端なものではなかった。
大成功
🔵🔵🔵
佐伯・晶
UDC-Pを考えると
UDCだから人と共存できない
とは限らないのだろうけど
人のまま生きられるのなら
たぶんそっちの方が良いよね
あの歌は聞かない方が良いと言って
謝りつつ新堂さんの耳を手で塞ごう
今回ばかりはこの体で良かったね
成人男性だとできそうにないし
耳を塞いだらUCを使用
結局は歌と言葉だから
周囲の空気を停滞させて
新堂さんに届かなくしよう
ちなみにいきなり無音になると怖いだろうから
耳を塞いでおいたよ
スプラッタな光景を見せる訳にもいかないから
合唱団達はそのままマネキン人形になって貰おうか
水に浮かない材質ならそのまま池に沈んで
新堂さんからは見えないしね
UDC組織の人達に後始末お願いしておかないと
まずいかなぁ
「UDC-Pを考えると、UDCだから人と共存できないとは限らないのだろうけど。人のまま生きられるのなら、たぶんそっちの方が良いよね」
過去にあった事例を鑑みながら、晶はこの場でどうすべきかの判断を下す。己が怪物であるという真実をどうしたって受け入れられない者もいるだろう。かりそめの安寧だとしても、それを守るのがUDC組織と猟兵の使命でもある。
「さあアタシたちの歌に耳を傾けて。ほんとうの自分を思い出すの」
そんな彼女の使命と真っ向から対立するのが死の合唱団・ガールズソプラノ。自分達の勢力を高めるために『邪神の仔』の力を利用せんとする彼女らは、その覚醒を促すために呪歌を奏でる。
「あの歌は聞かない方が良いよ」
「ひゃっ?!」
ごめんねと謝りつつ、晶は後ろから伽音の耳を手で塞ぐ。これだけでUDC怪物の呪歌を防げるとは思わないが気休めにはなるだろう。ひとまず意識を他に逸らすこともできる。
(今回ばかりはこの体で良かったね。成人男性だとできそうにないし)
邪神と融合して今の姿になってからもう随分たつが、彼女(?)は本来男性である。
ある種自分と近い境遇にいる『邪神の仔』に、自分のような大変な想いをさせる訳にはいかない。そのためにもまずはあの合唱団を"黙らせる"必要があるようだ。
「永遠をあげるよ」
伽音の耳を塞いだまま、晶は【邪神の慈悲】を発動。身に纏った「宵闇の衣」から邪神の神気を放ち、周囲の空気を停滞させる。彼女と融合した邪神の性質は"静謐"――空間や時間すらも沈黙させる冷たき支配者だ。
「♪~………――!!?」
それまで気持ちよく歌っていたガールズソプラノの声が、ふっつりと聞こえなくなる。
呪歌とは言っても結局は歌と言葉、つまり大気の振動だ。空気の動きを停めてしまえば音が伝わることもない。かくして晶の周辺には完全なる無音の世界が訪れた。
(ちなみにいきなり無音になると怖いだろうから、耳を塞いでおいたよ)
晶の行動はすべて伽音を安心させることに向けられていた。もし彼女がいつものように戦えば――例えばガトリングガンで敵をハチの巣にするような真似をすれば、それはそれで重篤なトラウマを植え付けかねない。
(な、なにが起きてるの……?)
そんな配慮もあって伽音はまだ状況を理解していない。合唱団の狼狽えぶりから何かが起きているのはわかるが、耳を塞がれていて肝心なことには気付けない。それでいいよ、知らないほうが幸せなこともあるから、と晶は心の中で思う。
(スプラッタな光景を見せる訳にもいかないから、合唱団達はそのままマネキン人形になって貰おうか)
そのまま晶は神気を強め、大気だけではなく範囲内にいる敵そのものを"停滞"の権能で攻撃する。生物に対してこの神気が作用した場合、彫像化や人形化、果ては永久凍結などの状態異常を引き起こすのだ。
(ひっ……か、体が……!!)
自分の身体が生きたまま無機物になっていくのを見て、ガールズソプラノの顔に恐怖が浮かぶ。だが抵抗しようにも武器である歌声を封じられた彼女らにはどうしようもない。
(水に浮かない材質ならそのまま池に沈んで、新堂さんからは見えないしね)
(い……いや……!!)
浮力を失った人魚は水面下に引きずり込まれるように沈没していき、二度と上がってくることはない。池の底で物言わぬマネキンと化し、永遠の停滞を味わうことになるのだ。
(UDC組織の人達に後始末お願いしておかないとまずいかなぁ)
「……??」
万が一アレが引き上げられるとまずいだろうなと、そんなことを考える晶。彼女に耳を塞がれたままの伽音は、最後まで何が起きたのか知らぬまま、頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
大成功
🔵🔵🔵
鏡島・嵐
嫌がってる奴に無理強いするんは善くねえぞ。
本人の希望とか意向とか、そういうのは大切なんだからな。
とりあえず呪いの歌をどうにかしねえと、正常な判断も出来ねえよな。
向こうばっかり歌わせるんはフェアじゃねーし、こっちも《笛吹き男の凱歌》で対抗。伽音って女の子の「抗おうとする意志」を増強するよう、励ます歌を響かせる。
おれも直に〈鼓舞〉する言葉をかけて助ける。
新堂サン、アンタの本質が何なのかなんておれにはわかんねえ。
だけど、アンタがイヤだって思うんなら、ハッキリ抗って拒否していいんだ。
……そうじゃなきゃ、きっと後悔する。
もし近くに他の味方がいるんなら、〈援護射撃〉や〈マヒ攻撃〉でサポートを行う。
「嫌がってる奴に無理強いするんは善くねえぞ」
何もしらない『邪神の仔』を仲間に誘うガールズソプラノに、嵐は厳しい目を向ける。
あの少女がヒトならざる者であるのは当人のせいではない。まだ普通の人間として生きる道もあるのに、その可能性を摘んでしまうのは悪いことだ。
「本人の希望とか意向とか、そういうのは大切なんだからな」
「うるさいっ! あんたには関係ないでしょうが!」
あちらからすれば野望まであと一歩のところで現れた邪魔者に、苛立ちを隠せぬ様子。
それが余計に強行な手段を加速させるのか、死の歌唱はますます強く公園に響き渡り、聞く者から気力を奪い取っていく。
「とりあえず呪いの歌をどうにかしねえと、正常な判断も出来ねえよな」
このままでは自分よりも先にあの子のほうが参ってしまうと、嵐は【笛吹き男の凱歌】を発動。召喚した道化師に愉快な音楽を演奏させ、ガールズソプラノの歌に対抗させる。
「魔笛の導き、鼠の行軍、それは常闇への巡礼なり。……耳を塞ぐなよ?」
「え……この曲は……?」
それは伽音という少女の「抗おうとする意志」を増強し、狂気に負けそうになる精神を励ますための歌。陰鬱な歌に怯えていた伽音は、ふいにトーンの異なるノリのいい楽曲を耳にしてはっと我に返った。
「新堂サン、アンタの本質が何なのかなんておれにはわかんねえ」
顔を上げた伽音と目を合わせながら、嵐は語りかける。あくまで普通の人間である彼には、この『邪神の仔』が抱える苦悩や"今の自分"が消えていく恐怖は想像もつかない。
「だけど、アンタがイヤだって思うんなら、ハッキリ抗って拒否していいんだ」
彼女にはまだ決断する権利がある。誰に強いられたものでもなく、自分の意思で運命を選ぶことができる。そこに人間か人外かなんて本質の差は関係ないはずだ。あの合唱団の誘いを受け入れるのも断るのも、それに伴う責任も全ては本人次第。
「……そうじゃなきゃ、きっと後悔する」
誰のせいでもなく自分の意思で決めることの大切さを説いて、少女の心を鼓舞する嵐。
彼の語った言葉は伽音の胸にじんわりと染み込んでいき、道化師が奏でる歌と合わせて冷え切っていた感情に熱をもたらした。
「わ……わたしは……嫌だ」
死の合唱団をまっすぐに見て、ゆっくりと言葉を紡ぐ。その声は微かに震えていたが、これまでになかった芯がある。猟兵達からもらった想いを勇気にかえて、彼女ははっきりと宣言する。
「分からないことだらけだけど……わたしは、あなた達と一緒にはいきたくない!」
「こいつ……ッ!!」
明確な拒絶を口にされ、激高する死の合唱団。ならば力尽くで心を狂わせてやろうと、さらに大きな声で呪歌を奏でようとするが――張り上げられた喉に石礫が撃ち込まれる。
「これがこの子の選択だ。無理強いすんのは善くないって言っただろ」
「ぐぇ……ッ!」
いつの間に放ったのか、お手製のスリングショットの紐を引き絞りながら嵐が言う。
声帯をマヒさせられたガールズソプラノ達は蛙のような呻き声を上げて悶絶し、水面をのたうち回る。もはや彼女らは狂気の誘い手ではなく、滑稽な道化に過ぎなかった。
大成功
🔵🔵🔵
フォルター・ユングフラウ
【古城】
雉も鳴かずば撃たれまい─
つまりはそういう事だ、愚鈍な唄い手共よ
貴様達を、真なる死へと導いてやろう
騎士のUC展開に乗じ、我もUCを発動する
麻痺したとしても、念には念を入れておかねばな?
容赦無く、その喉笛を斬り裂いてやる
呪詛を吐きたくとも、もう吐けぬであろう?
ははっ、無念よなぁ?
逝き掛けの駄賃だ、我が手本として貴様等に呪詛を刻み込んでやろう
ふむ、まだ正気を保っているか
ならば聞け
出自など、己の正体など関係無い
己が脚で前へと歩み、障害を踏み越えろ
己が手で望みを離さず、固めた拳で邪魔者を力一杯殴り飛ばせ
生きるとは、そういう事だ
…ふん、慣れぬ鼓舞などするものではないな
だが、たまには悪く無かろうよ
トリテレイア・ゼロナイン
【古城】
どうやら間に合ったようですね……!
あの歌声は宜しくありません
早急に少しでも封じましょう
UC展開
鱗粉を散布し声帯を中心に肉体を麻痺させ敵を妨害
迫る敵を剣の腹や大盾で殴り飛ばし
新堂様、聞こえておりますか
確かに貴女は一般的なヒトではありません
ですが、肝要なのは『何者であるか』でなく『何をしたいか』なのです
将来、いえ、明日でも構いません
貴女は一体何を望んでおりましたか?
それを…『希望』を見失わなければ、貴女は貴女の儘でいられますとも!
私は彼女の護衛に
フォルター様、お願いします
……大鎌……?
不味い!
(刺激が強い大量出血シーンを隠す様に少女かばいつつ)
せめて、手早くお願いいたします!
「どうやら間に合ったようですね……!」
「そのようだな」
町に響く呪歌の出処を辿り、死の合唱団と『邪神の仔』の元に駆けつけたトリテレイアとフォルター。すでに交戦は始まっている様子だが、幸いにして邪神の仔――新堂・伽音の心身は無事なようだ。とはいえ、彼女を狂わせようとする合唱はまだ聞こえている。
「あの歌声は宜しくありません。早急に少しでも封じましょう」
状況確認から即座にトリテレイアは【鋼の妖精圏】を起動、偵察機として随行してきた機械妖精の翅からキラキラと光る特殊な鱗粉が散布される。「電脳禁忌剣アレクシア」の機能により強化改造されたそれには、生体や機械の制御を奪う力があった。
「♪~……ぁ、あれ?」「ごほっ……なに、これ」
それまで休みなく呪歌を続けていたガールズソプラノの声が、急に途切れがちになる。
機械妖精の鱗粉が彼女らの声帯を麻痺させたのだ。万能のハッキングツールとも言えるその性能からは、たとえUDC怪物であろうと逃れられない。
「新堂様、聞こえておりますか」
「ふむ、まだ正気を保っているか。ならば聞け」
「あ……あなた達は?」
その間にトリテレイアとフォルターは保護対象の元へ。初対面なのに自分のことを知っている様子の2人に伽音は戸惑うものの、自分を助けに来てくれたことはわかるようだ。
「確かに貴女は一般的なヒトではありません。ですが、肝要なのは『何者であるか』でなく『何をしたいか』なのです」
トリテレイアが語りかけるのは邪神の仔ではなく、あくまで一人の少女に対するもの。
優先されるべきは本人の意思。たとえ人では無かったとしても、人とともに生きることを望むのは悪ではないし、人外として生きることを強制されるわけでもない。
「将来、いえ、明日でも構いません。貴女は一体何を望んでおりましたか?」
「わ、たし……明日は、ショップで新発売のアルバムを買いたいなって……」
促されるまま伽音が口にした望みは、ごく普通の少女らしいありふれたものだった。
ちょっと音楽が好きで、歌うことが好きな十代の女の子。それが『新堂・伽音』という人物のパーソナリティであり、かりそめだとしても今の彼女を形成する原型だ。
「出自など、己の正体など関係無い。己が脚で前へと歩み、障害を踏み越えろ」
トリテレイアに続いてフォルターも告げる。優しい騎士とは違って、厳しくも鼓舞するような口調で。己が何者かなどというのは最初から決まっているものでも、まして誰かに決められるものでもない。自らの行動と足跡によって"証明"するものだと。
「己が手で望みを離さず、固めた拳で邪魔者を力一杯殴り飛ばせ。生きるとは、そういう事だ」
「望みを、離さず……」
その言葉を聞いた伽音は、ぎゅっと拳を握りしめる。目まぐるしい状況の変化に追いつけずにいた少女は、それでは駄目なのだと分かったようだ。叶えたい望みが、帰りたい日常があるのなら、流されるのではなく自分の意志で前に進まなければ。
「それを……『希望』を見失わなければ、貴女は貴女の儘でいられますとも!」
自分の進路を思い出した少女を、機械仕掛けの騎士が激励する。狂気の歌に乱されてきた伽音の心が、温かいもので満たされていく。それは最初から彼女の中にあったものだ。
「……はいっ!」
明るい顔で元気に頷いた少女を見て、トリテレイアとフォルターも満足げに頷き返す。
この様子ならもう、この事件中に彼女が邪神として覚醒を遂げることはあるまい。後は厄介な合唱団を返り討ちにするだけだ。
「私は彼女の護衛に。フォルター様、お願いします」
「よかろう」
トリテレイアが大盾を構えて伽音をかばうように立つと、フォルターがその前に出る。
背後からは分からぬだろうが、彼女の顔は普段はあまり見せないような表情を浮かべていた。
「……ふん、慣れぬ鼓舞などするものではないな。だが、たまには悪く無かろうよ」
その顔はすぐに"嗜虐の女帝"と称された酷薄な笑みに変わり、愚かな敵を睥睨する。
取り出すのは身の丈近くもある柄と長大な刃を備えた大鎌。禍々しく威圧的な形状は、見るだけで相対する者の背筋を凍りつかせるのに充分な迫力があった。
「……大鎌……? 不味い!」
「えっ?」
フォルターの得物を見たトリテレイアは、はっと何かに気付いた様子で伽音の正面を盾で覆う。視界を塞がれてきょとんとする少女をよそに、フォルターは戦闘を、いやさ蹂躙を開始した。
「雉も鳴かずば撃たれまい─―つまりはそういう事だ、愚鈍な唄い手共よ」
トリテレイアのユーベルコード発動に乗じて、彼女も【抉り穿つ冥府の鋸鎌】を発動していたのだ。予め出現させておいた転移用の魔法陣を利用して、移動する先は敵の背後。その手には血錆にまみれた「黒の鋸鎌」が振りかぶられていた。
「貴様達を、真なる死へと導いてやろう」
「ひっ……きゃぁっ!!?」
振り返る暇もなく放たれた一撃は、愚かなガールズソプラノの喉笛を深々と斬り裂く。
錆まみれの鋸刃によって与えられた傷は普通の刃物よりも荒く治癒しづらく、より強い苦痛と大量出血をもたらす。戦ではなく拷問の用途で作られた残忍なる道具だ。
「麻痺したとしても、念には念を入れておかねばな?」
「や、やめ……ぎぃぃッ!?」
口元に冷たい笑みを浮かべながら、フォルターは容赦なく敵を斬り捨てていく。鱗粉の影響で満足に身動きもできないガールズソプラノに、回避や逃走のすべはない。たちまち死の呪歌は悲鳴の合唱に変わり、池の水面が血で真っ赤に染まっていく。
「呪詛を吐きたくとも、もう吐けぬであろう? ははっ、無念よなぁ?」
苦痛と恐怖に悶えるガールズソプラノと対照的に、フォルターの表情は生き生きとしていた。愉悦混じりに敵を切り刻む傲岸不遜なる女帝。その様を悪しきと罵る者もいようが、それで彼女が生き様を変えることはない。
「逝き掛けの駄賃だ、我が手本として貴様等に呪詛を刻み込んでやろう」
「や、め……!!」
麻痺した舌では命乞いの言葉を囀ることもできず、慈悲なき鋸鎌の刃が敵の喉を抉る。
噴き出す鮮血が刃の錆をより深い紅に染め、使い手の頬を濡らす。その様は震えるほどに恐ろしく、そして美しかった。
「せめて、手早くお願いいたします!」
刺激の強い大量出血シーンを隠すように伽音をかばいつつ、トリテレイアが声を張り上げる。肩を並べて戦うぶんには女帝の力は頼もしいが、年端もいかぬ少女に見せれば違う意味でトラウマになりそうなスプラッタ映像だ。
「心配はいらぬ。この程度の輩に時間をかけるほうが難しい」
すぐに終わらせてやると、フォルターは血飛沫の中で踊るように鋸鎌を振るっていた。
その刃の蹂躙半径で生き延びられる者はおらず、恐怖を与える側から与えられる側へと転落したガールズソプラノは「ひ、ひぃっ」と無様な声を上げて遁走する。
(こ、こうなったら、あの仔だけでも……!)
勝ち目はないと悟ったガールズソプラノ、強硬策で『邪神の仔』を確保しようと迫る。
だが護衛の騎士がそれを許すはずもなく、伽音に近付いた敵は全てトリテレイアが剣の柄や大盾で殴り飛ばす。その立ち振舞いはまさに鉄壁で、付け入る隙など一分もない。
「合唱の時間は終了です」
「疾く失せよ、痴れ者め」
「ひ――……ぎゃぁぁッ!!!」
弾き返されたガールズソプラノの背後から、再び転移してきたフォルターが抉り斬る。
当初は喧しいほどだった歌声も今やまばらとなり、戦いは終局へと向かいつつあった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
キリカ・リクサール
アドリブ連携歓迎
コンサートには間に合ったようだな
では、私も一曲弾かせてもらおう
伽音を庇うように前に出てシガールQ1210による乱れ撃ちを敵に浴びせる
さらにオーヴァル・レイを取り出し伽音の周囲に浮かせて守る
敵の合唱をフルオートの轟音でかき消しつつ銃弾の雨を降らせて敵の数を減らしていく
フン、どうやらお気に召さなかったようだな
では、次の曲を聞いてもらおうか
ナガクニを取り出しUCを発動
主に歌っているガールズソプラノを狙ってナガクニを当てて爆破
爆発の轟音で合唱を消し去り、生き残った敵は繋がれた鎖から一気に生命力を吸収して倒す
更にこちらに直接攻撃をしてくる個体にはオーヴァル・レイやシガールQ1210の一斉発射で対応
弾幕を張って伽音を守ると共に敵の数をさらに減らしていく
もう大丈夫だ、伽音
君の事は私達が守る…絶対に
と攻撃の手は緩めずに伽音を励ます
奴らを殲滅しても彼女が絶望に陥ったらこのミッションは失敗だ
戦闘中も伽音の事は常に気にかけておこう
お前達のコンサートも此処で終わりだ
続きは骸の海で歌うがいい…
「コンサートには間に合ったようだな」
死の合唱団と邪神の仔、そして猟兵が入り乱れる協奏のステージに到着したキリカは、冷静に状況を確認する。戦況はどうやらこちらの優勢で、保護対象もまだ無事のようだ。
「では、私も一曲弾かせてもらおう」
「わっ……?!」
対象を庇うようにすっと前に出て、強化型魔導機関拳銃"シガールQ1210"を構えると、伽音が小さく驚いた声を上げる。日本の生活ではなかなか見る機会のない本物の銃には、ユーベルコードのような超常現象とはまた違う「非日常感」があったようだ。
「何よあなた……そこをどきなさい!」
「悪いが、それは出来ない相談だ」
ガールズソプラノが『邪神の仔』を確保しようと迫ると、キリカは容赦なく乱れ撃ちを浴びせる。秘術で強化されたフルオート射撃はドラゴンの皮膚すら貫通するほどの威力を誇り、これまでにも数々のオブリビオンを撃ち抜いてきた魔銃だ。
「「きゃあぁぁぁっ!!?」」
呪歌の異能に特化しているガールズソプラノに、銃弾を受け止めるような耐性はない。
歌声は悲鳴に塗り替えられ、合唱団のハーモニーが銃声の轟音にかき消されていく。
「くっ……ここまできて、邪魔されるなんて……ッ!」
降りしきる銃弾の雨に晒されて、敵は『邪神の仔』に近寄れもしないまま数を減らしていく。万が一この弾幕をくぐり抜けられたとしても、伽音の傍には浮遊砲台「オーヴァル・レイ」が浮かんでおり、近付いてくる敵を自動で迎撃できるようになっていた。
「フン、どうやらお気に召さなかったようだな。では、次の曲を聞いてもらおうか」
万全の防衛体制を敷いたうえで、キリカは黒革拵えの短刀「ナガクニ」を取り出すと、【ヴィヨレ・ドゥ・エクレール】を発動。ひょうと空中に放った刃は無数に分裂して紫電を纏い、一本一本が意思を持つかのように敵に襲い掛かった。
「紫電の牙に貫かれ、そのまま朽ち果て消え去るがいい」
「ッ……ぎゃぁッ!!!?」
歌っているガールズソプラノを的確に狙ったナガクニは、命中と同時に爆発を起こす。
繊細な合唱の音色など消し去ってしまうほどの轟音が戦場に響き渡り、多数の敵がそれに巻き込まれて大打撃を受ける。
「ち、力が……抜けて……」
運良く生き残ったとしても、ナガクニの刃を受けた者はキリカと紫電の鎖で繋がれる。
この鎖はオブリビオンの力と生命だけを蝕み、術者に還元する効果がある。悪しき異形に確実な死をもたらすために編み出されたユーベルコードである。
「もう大丈夫だ、伽音。君の事は私達が守る……絶対に」
視線は油断なく敵を見据えたまま、キリカは背後にいる伽音に励ましの言葉をかける。
猟兵として数多の異形を討ち倒してきた彼女の背中は頼もしく、戦いの最中にあっても安心感を与える。歌声の消えた戦場で、いつしか少女の身体の震えはおさまっていた。
「……はいっ」
伽音の瞳にはキリカや猟兵達に対する信頼がある。その想いに応えるためにもキリカはトリガーを引き絞る。敵が1人残らず消えるまで、彼女が攻撃の手を緩めることはない。
(奴らを殲滅しても彼女が絶望に陥ったらこのミッションは失敗だ)
戦闘中も常に伽音のことを気にかけながら、弾幕と雷刃による波状攻撃を行うキリカ。
この攻勢を凌ぐすべは、もはやガールズソプラノには残されていない。紫電の刃に切り裂かれるか、秘術の銃弾に撃ち抜かれるか、選べるのはその二択だけだ。
「よくも……よくも、よくも、よくもぉッ!!!」
万策尽きた死の合唱団は破れかぶれで水面から飛び上がり、伽音めがけて襲いかかる。
自分達のものにならないなら殺してやると言うつもりか。しかし、池から上がった彼女らの動きを、銃口はぴたりとマークしており――。
「お前達のコンサートも此処で終わりだ。続きは骸の海で歌うがいい……」
「――……ッ!!!!」
浮遊砲台と機関拳銃の一斉発射が、愚かな特攻を仕掛けてきた敵を残らず殲滅する。
ひときわ激しい銃声と閃光が戦場を満たした後、そこに残っていたのは物言わぬ骸だけだった。もう二度と歌を紡ぐことのない人魚達は、骸の海の底へと還っていく。
――かくして『邪神の仔』を狙う死の合唱団・ガールズソプラノの野望は潰える。
要救助者の身に傷ひとつ付けることの無いまま、猟兵達は戦いに勝利したのだった。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 日常
『おなかすいたね』
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POW : ガツンと食いたい、牛丼屋に行こう
SPD : 手頃に食いたい、ハンバーガーショップに行こう
WIZ : いろいろ食いたい、ファミレスに行こう
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
「あ、あの……助けてくれて、ありがとうございます」
あわや死の合唱団の狂気に呑み込まれる寸前だった、『邪神の仔』新堂・伽音。
危ういところを猟兵達の手で救われた彼女は、深々と頭を下げて感謝を伝える。
「でも、その……あの子たちが言ってたことは、嘘じゃないんですよね」
オブリビオンとの邂逅により、彼女はこの世界と自分自身の真実を知ってしまった。
戦闘中も猟兵達の気遣いがあったおかげで、大きく動揺はしていないように見えるが、それでもショックは大きかろう。これまでの世界観が丸ごと覆るような事実なのだから。
「わ、わたし……わたしは……」
己が人ならざる存在であることをどう受け止め、どう生きていくか。思っていることはあるものの、うまく言葉にできない様子だ。回らない思考に頭を悩ませながら、それでも伽音が口を開こうとした、その時――。
――くぅぅ。
小さくて可愛らしい、腹の虫の音がした。
それが自分のお腹から出たものだと気づくと、少女は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ご、ごめんなさいっ! こんな時に、わたしったら……!!」
本人がひどく恥ずかしがる気持ちも分かるが、これはむしろ健全で良い兆候だろう。
お腹が空くのは身体がまだ生きたがっている証。ごく自然な"人間"としての反応だ。
だったら遠慮せずに、まずは皆で腹ごしらえに行こう。戦いを終えたばかりの猟兵の中にも、腹が減っている者はいるだろう。
ご飯を食べて、他愛のない話をして、それから明日のことを考える。
当たり前の日常を続けることが、内なる邪神を鎮める最良の手段となるはずだ。
伽音がこれからも『邪神の仔』ではなく、一人の少女として生き続けられるように。
猟兵達は平穏を取り戻した町で、つかの間の日常を彼女とともに過ごす事となった。
カビパン・カピパン
ありえない
とにかく伽音の最近の日常は、その言葉がぴったりとくる日々だった。人生が180度変わったとでも言うのだろうか。ありえない出来事ばかり起こるのだ。
1.自分の正体は邪神の仔
2.ガールズソプラノに襲われ、猟兵達に颯爽と助けられる
3.今、目の前に音痴の邪神がいる
特に三番目…
「伽音よ『邪神の仔』とは猟書家の間では『シュークリーム』と言う意味の言葉だ」
「だから食事の前に立派なシュークリームを作れ。一流のシュークリームを作ることができれば、真の邪神デビル伽音になれる」
伽音は戸惑った。何一つ理解できなくて本気で悩んだ。
その意味不明な会話の末、邪神の仔という単語が馬鹿馬鹿しく感じるようになったという。
(ありえない)
とにかく自分の最近の日常は、その言葉がぴったりとくる日々だったと伽音は思う。
人生が180度変わったとでも言うのだろうか。ありえない出来事ばかり起こるのだ。
(自分の正体は人間じゃなくて、人魚みたいな怪物に襲われて、猟兵っていう人達に助けられて……)
正気を失うほど恐ろしい体験をした後だというのに、比較的落ち着いていられるのは、颯爽と自分を救ってくれた猟兵の存在が心に焼き付いているからだろう。「ありえない」の連続から日常に戻ってこれたのは、紛れもなく彼らの活躍があってこそだ。
(それともう1つ……)
無言で伽音が視線を向けたのは、前ふたつと比べてだいぶ異質な「ありえない」相手。
瀟洒な軍服に身を包み、戦闘中もワケのわからない歌を披露していた謎の女。その名は音痴の邪神デビルカビパンとか言ったか。
「伽音よ『邪神の仔』とは猟書家の間では『シュークリーム』と言う意味の言葉だ」
「……はい?」
そのカビパンが言い放ったセリフに、伽音はかくんと首をかしげる。世の中には色んなスラングが存在するが、邪神の仔とシュークリームにどんな関連性があるのか全く分からない。そもそも猟書家っていったい何者。ここに来て新情報を追加しないでほしい。
「だから食事の前に立派なシュークリームを作れ。一流のシュークリームを作ることができれば、真の邪神デビル伽音になれる」
「あ、あの、別になりたくないんですけど……」
伽音は戸惑った。何ひとつ理解できなくて本気で悩んだ。この人もひょっとして先ほどのガールズソプラノのように自分を邪神にしたいのだろうか。でもあの子達とはまた違うヤバさを感じる。邪神とかそういうのより根本的に生きている世界が違う雰囲気がある。
「そもそもわたし、シュークリームの作り方なんてわからないですよ?」
「なせばなる。いいからやれ」
反論するとバシーンッ!! とハリセンではたかれた。痛くはないけどなんか腹立つ。
その後、やり取りとも言えないような言葉のデッドボールが、【ハリセンで叩かずにはいられない女】と『邪神の仔』の間でしばし繰り広げられた。
「だから! わたしは邪神デビル伽音なんてなりませんから!」
「なぜ? シュークリームが嫌いなのか?」
「それは好きですけど……ああもう!」
そんな意味不明な会話のすえ、伽音はだんだん『邪神の仔』という単語がバカバカしく感じるようになってきた。カビパンが何度もその単語とシュークリームを紐付けて語るものだから、イメージがシュークリームのほうに引きずられてしまったせいだ。
(ひょっとして、この人はそのつもりで……?)
真面目くさった顔でふざけた事しか言わないカビパンの態度からは、とてもそうは見えないが、ツッコミを入れているうちに胸の中にあったわだかまりは少し軽くなっていた。
どうしようもなくユルいギャグの空気にほだされて、伽音は自分が日常に戻ってきたことを確かに実感するのだった――。
大成功
🔵🔵🔵
鏡島・嵐
まずは温かい飲みモンでも調達してくっか。
「ちょっと待ってな」と断って、どこかの自販機で仕入れたらそいつを渡し、飲んで落ち着くように促す。
そうだな。アイツらの言ってたことは、嘘じゃねえ。
一歩間違えりゃ、アンタは想像もつかねえようなおっかない存在に成り果ててただろうな。
けど誤解すんな。アンタに重圧をかけるつもりは無え。
たった一人の人間に世界をどうこうさせるなんて、まずそれ自体とんでもねえ話だ。
それこそ狂った奴じゃないと耐えられねえし、いつかまた、今回と同じことが起きるかもしれねえ。
……だからこそ、気楽さを失わねえでほしい。
気楽に、だけど自分を大切に。……それを忘れなけりゃ、アンタはきっと大丈夫だ。
(まずは温かい飲みモンでも調達してくっか)
そう考えた嵐は「ちょっと待ってな」と断って、近くの自販機で飲み物を買いに行く。
すっかり体も心も冷えてしまっているだろう。そう考えて仕入れたそれを伽音に渡し、飲んで落ち着くように促す。
「ほら、飲みな」
「あ……ありがとうございます」
お礼を言いつつ受け取り、コーヒーの缶に口をつける伽音。白く染まった安堵の息が、ほっと漏れる。どこでも買えるありふれた市販の飲料が、今は日常を感じさせてくれた。
「そうだな。アイツらの言ってたことは、嘘じゃねえ」
伽音の気分が落ち着くのを待ってから、嵐はおもむろに本題を語りだす。死の合唱団・ガールズソプラノ――彼女らの目的は邪だが、その発言に偽りはなかった。伽音の本性が恐るべき力を秘めた『邪神の仔』であることは、事実だ。
「一歩間違えりゃ、アンタは想像もつかねえようなおっかない存在に成り果ててただろうな」
「そう……なんですね、やっぱり」
自分が自分でなくなりかける感覚を、伽音は実際に味わっている。あと少しでも救出が遅れていれば、きっとこんな風に話をすることもできなかっただろう実感。飲みかけの缶を握る少女の手に、きゅっと力がこもる。
「けど誤解すんな。アンタに重圧をかけるつもりは無え」
「え……?」
至って真剣だが追い詰めるような雰囲気のない嵐の口調に、伽音はふっと顔を上げる。
自分のぶんの飲み物の封を開けながら、その青年は穏やかに笑っていた。『邪神の仔』が事実だとしても、その責を少女一人に負わせはしないと態度で示すように。
「たった一人の人間に世界をどうこうさせるなんて、まずそれ自体とんでもねえ話だ。それこそ狂った奴じゃないと耐えられねえし、いつかまた、今回と同じことが起きるかもしれねえ」
強大な力に魅せられたUDCや邪神崇拝者など、『邪神の仔』を利用しようと考えそうな輩は数多くいるのが実情だ。今後はUDC組織が陰ながら彼女を保護していくが、それでもという事態は起こりうる。下手な気休めではなく事実を語ったうえで、嵐はさらに告げた。
「……だからこそ、気楽さを失わねえでほしい」
「気楽さ、ですか?」
おそろしく深刻な話なのにと首を傾げる伽音に、だからこそさと嵐はもう一度言った。
気負いすぎてはいつか潰れてしまう。秘められた本性を目覚めさせないまま、人として生きていこうと望むなら、あまり深刻になり過ぎないことだ。
「気楽に、だけど自分を大切に。……それを忘れなけりゃ、アンタはきっと大丈夫だ」
自分で自分を投げ出さない限り、この子が邪神に成り果てることはない。嵐はそう信じていた。彼の励ましを受けた伽音は、しばらくその言葉を噛みしめるように黙っていた。
「……わかりました。わたし、これからも"新堂伽音"として生きていきます」
「おう。その意気だ」
やがて吹っ切れたような笑顔を伽音が見せると、嵐もにっと口の端を上げて笑い返す。
戻ってきた日常と人生を、気楽に謳歌しながら過ごすこと。自分の中にいる非日常との向き合い方を教わった少女は、飲みかけの缶コーヒーをぐいっと飲み干した。
大成功
🔵🔵🔵
佐伯・晶
そう簡単には割り切れないだろうけど
まずは甘いものでも食べて一息つこうか
ただ記憶に処置される事を考えると
突っ込んだ話はできないのかな
近くに喫茶店かファミレスがあれば
ケーキかパフェでも食べつつ
コーヒー飲んで少し休もう
もちろんこちらが奢るよ
見た目はともかく一応年長者になるしね
今後が気になるだろうから
不安がらない様に
自分も似たような境遇である事を伝えよう
不安はあるだろうけれども
今の生活がすぐにどうこうなる事は無いんじゃないかな
サポートしてくれる組織もあるし
そう悪い事にはならないと思うよ
僕もお世話になってるしね
後はちょっとした事でいいから
やりたいと思ってる事を聞いてみよう
人としての生活に意識を向けたいし
「そう簡単には割り切れないだろうけど、まずは甘いものでも食べて一息つこうか」
このぐらいの年頃の女子ならきっと好きだろうと、スイーツを食べにいこうと誘う晶。
甘いものと聞いて伽音は「はいっ」と嬉しそうな顔で頷く。まだ不安はあるだろうが、努めて平然なように振る舞っている。一般人ながら芯はなかなか強い子かもしれない。
(ただ記憶に処置される事を考えると、突っ込んだ話はできないのかな)
処理レベルの度合いや内容にもよるが、今日の記憶がそのまま伽音の脳に残ることはないだろう。その上で彼女のためにどんな言葉をかけるべきだろうかと、食事処に向かう道すがら考える晶であった。
「あそこの喫茶店でいいかな」
「わぁ、いいですね」
近くで適当に雰囲気の良さそうな店を見つけた晶は、伽音を連れてそこに入る。先ごろまでガールズソプラノにより狂気に呑まれつつあった町も、今ではすっかり平常運転だ。
「もちろんこちらが奢るよ。見た目はともかく一応年長者になるしね」
「いいんですか? ありがとうございますっ」
外見年齢で言えばさほど齢は離れていないように見えるが、そこは大人としての貫禄を見せていく晶。『邪神の仔』と言えども金銭事情に余裕はないのか、伽音もここは素直に奢られることにしたようだ。
「実はね、僕も新堂さんと似たような境遇なんだ」
テーブルの上にケーキとパフェとコーヒーがやって来て、少し休んだところで晶は自分の身の上からかいつまんで話を切り出す。経緯や性質はやや異なれど、邪神を秘めた人間が他にもいると伝えられた伽音は、とても驚いた顔をしていた。
「もしかして邪神の仔って、そんなに珍しくもないんですか?」
「いや、それはどうかな……」
全体的に見れば自分達のようなものはレアケースに違いあるまい。ただ、この世に1人だけの特例という訳でもない。言い方を変えれば、その扱い方についてある程度の指針やノウハウは存在するということだ。
「不安はあるだろうけれども、今の生活がすぐにどうこうなる事は無いんじゃないかな」
晶はコーヒーカップを片手に持って、伽音の今後について今言える限りのことを語る。
これまで通りの日常を過ごすことが『邪神の仔』の覚醒を防ぐうえで有効であるなら、少なくとも邪神の目覚めを望まない人々や猟兵は彼女の生活を脅かそうとはすまい。
「サポートしてくれる組織もあるし、そう悪い事にはならないと思うよ。僕もお世話になってるしね」
「UDC組織、でしたっけ。そんな組織があったなんて今まで全然知りませんでした……」
晶も邪神と融合して突然少女の体になった時は大変だったが、それでも組織の保護の元で何とかなりはした。UDC組織は時に冷酷ではあるが残酷ではない。護るべき「人間」の側に彼女がいる限り、その権利と安全は可能な限り保障されるだろう。
「後はちょっとした事でいいから、やりたいと思ってる事はないかな?」
「え? うぅん、そうですね……」
今後についての説明をひととおり行った後、晶は伽音に人としての生活に意識を向けてもらおうと話を聞いてみる。質問を受けた少女はケーキを食べる手を止めてしばし考え、やがてぽつりと想いを口にした。
「……歌を、きちんと本格的にやってみたいです。誰かを不幸にするんじゃない、幸せにする歌を」
それは、あのガールズソプラノの死の合唱を聞いて、ふと思い浮かんだことだという。
元から歌うことは好きだったが、彼女らの禍々しくも美しい歌を聞いてから、今よりも真剣に音楽を学んでみたいと考えたらしい。
「歌手になるとか、そういうのはまだはっきりとは考えてないですけど……」
「いいんじゃないかな。応援してるよ」
おぼろげでも将来の目標があるのは良いことだと、晶は少女の夢を心から応援する。
もしも、この会話の記憶が消えてしまっても、想いさえ心に残るのなら。彼女はきっと大丈夫だと、そう信じて。
大成功
🔵🔵🔵
二條・心春
ふふ、色々ありましたからね。せっかくなので一緒にご飯でもどうですか?
では奮発してちょっと高めのファミレスに行きますか。もちろん私がごちそうしますよ。あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。名前と、私ももとはこの世界で普通に暮らしていたこととか伝えれば伽音さんも話しやすいかな。
彼女が自分の正体を気にしているなら、こっそり【召喚:霊鳥】でカラドリウスさんを見せましょう。この子の正体も貴方と同じUDCですが、私と一緒にいてくれます。だからきっと大丈夫ですよ。さ、気を取り直してスイーツも食べちゃいましょうか?
彼女のようなUDCがいてくれることが私にとっての希望です。どうか幸せに暮らしていけますように。
夢咲・向日葵
○心情
・とりあえず、合唱団に飲み込まれなくて良かったよ。
・あの子たちも…元はただの歌が好きな子どもたちだったんだけどね。噂に呑まれて、足と引き換えにして歌声を手に入れて、邪神の手先になっちゃったのよ。だからね、紙一重なのよ。人間もUDCも。どうしたいか、どうなりたいかは貴女次第
・貴女が日常の側にいたいならば、この向日葵を手に取って。きっと貴女の夢をかなえてくれるから
○食事
・UCで生み出した向日葵の花を渡すとガス欠になって元の姿に戻る
・さ、お腹すいちゃった。んー…甘い物が食べたいのよー
・ファミレスでパフェとか甘い物を適当に頼んで食べるのよ
・ま、あんまり甘い物ばっかりだと師匠に怒られちゃうんだけど
「とりあえず、合唱団に飲み込まれなくて良かったよ」
「皆さんのおかげです。本当にありがとうございます」
宿敵の魔の手から少女を守り抜き、手遅れにならずに済んだことを安堵する向日葵――シャイニーソレイユに、『邪神の仔』こと伽音は改めて感謝の気持ちを伝える。町中に響いていた死の合唱団の歌声は、今はもう残響すら聴こえてこない。
「あの子たちも……元はただの歌が好きな子どもたちだったんだけどね」
彼女らが消えていった池のほうを見つめて、シャイニーソレイユは勝利の余韻に浸れない複雑な心境で呟く。あの恐ろしい怪物達の意外な真実を聞かされ、伽音は「えっ?」と驚きの声を上げた。
「噂に呑まれて、足と引き換えにして歌声を手に入れて、邪神の手先になっちゃったのよ」
一口にUDCと言ってもその性質や発生原理は様々だ。元はただの人間が何かのきっかけで怪物になるケースもある。歌を愛する純粋な想いを噂に惑わされ、人の道を外れた彼女らは、かつての自分と同じような少女を仲間に誘う、終わりなき連鎖を続けてきた。
「だからね、紙一重なのよ。人間もUDCも。どうしたいか、どうなりたいかは貴女次第」
あの少女達は自らの望みによって人からUDCと化した。それなら、人として生きることを望むUDCがいてもいい。自分を定義づけるのは『邪神の仔』という肩書きではなく、己の意思なのよとシャイニーソレイユは語った。
「貴女が日常の側にいたいならば、この向日葵を手に取って。きっと貴女の夢をかなえてくれるから」
そう言ってシャイニーソレイユが差し出したのは、【夢に咲き未来を照らす向日葵】。
彼女の心から生み出されたこの花には、相手が心から願う夢を叶える力が宿っている。
「わたし……わたしは、これからも人として、"新堂伽音"として生きていきたい」
日輪のような大輪の花を見つめ、伽音ははっきりと自分の想いを口にして手を伸ばす。
すると、魔法の向日葵はキラリと光り輝いたかと思うと、一本のマイクに形を変えた。
これが魔法王女から、歌が好きなひとりの少女に贈るプレゼント。日常を愛し、歌を愛する、その気持ちを失わなければ、きっと死の合唱団にも負けない歌手にだってなれる。
「その夢がかなう未来を、ずっと応援してるよ」
シャイニーソレイユはにっこりと微笑みながら言って、元の姿に戻る。どうやら今のユーベルコードを使った時点でガス欠になって変身が解けたようだ。伽音とさほど変わらない女子中学生の格好に戻った彼女は、ぽんぽんと手でお腹をさする。
「さ、お腹すいちゃった。んー……甘い物が食べたいのよー」
「ん、わたしもです。疲れたときは糖分ですよね」
受け取った向日葵のマイクをしっかりと握りしめて、伽音もほがらかな笑顔で応える。
非日常の戦いが過ぎ去れば、彼女らはどちらも年頃の女の子。甘いものを食べたり友達と遊んだり、当たり前の青春を謳歌する世代だ。
「ふふ、色々ありましたからね。せっかくなので一緒にご飯でもどうですか?」
少し年下の少女達の語らいを、微笑ましそうに見守っていたのは心春。話が一段落したところで空腹のふたりのところにやって来た彼女は、穏やかな笑顔を浮かべて提案する。
「では奮発してちょっと高めのファミレスに行きますか。もちろん私がごちそうしますよ」
「いいんですか? 嬉しいですっ」
「なら折角だしごちそうになるのよー」
気前のいいお誘いに伽音も向日葵もすぐさま応じ、かくして三人は近くのファミレスに向かうことに。一般的なランチメニューは勿論、ケーキやパフェなどのスイーツメニューも豊富ないいお店だ。
「どれから注文するか迷うのよ」
「まずはデザートの前にハンバーグとかも……」
テーブル席に座ってメニューとにらめっこをする向日葵と伽音。食べたい盛りのふたりに心春は「遠慮せずにどうぞ」と気前のよさを見せつつ、はたと思い出したように言う。
「あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私は二條心春といいます」
「あ、忘れてましたっ。わたしは新堂伽音です」
「夢咲向日葵なのよ」
改めてお互いに名乗りながら、食卓を囲んで親睦を深める。こうして話しながら食事をしている時の伽音は普通の女の子と変わりがなく、朗らかに明るく接してくる。心に余裕が戻ってきたのか、これが本来の性格なのだろう。
「私ももとはこの世界で普通に暮らしていたんです」
三人でご飯を食べしながら、心春は自分の経歴についてかいつまんで話す。猟兵とはいえ元は平凡な一般人だったことを伝えれば、伽音も話しやすいだろうかと考えたためだ。
「私にはUDCと心を通わせる力があって、それを役立てるためにオブリビオンと戦うことを決めました」
他の席の一般人に見えないよう、こっそりと【召喚:霊鳥】を発動。白く輝く小鳥型のUDC「カラドリウス」を呼び寄せて肩にとまらせる。その愛くるしい仕草やつぶらな瞳に、伽音は「わぁ、かわいいっ」と表情をほころばせた。
「この子の正体も貴方と同じUDCですが、私と一緒にいてくれます」
邪神のように恐ろしく危険なUDCは数多いが、人類との共存が可能なUDCが皆無というわけではない。心春のようにUDCを使役する才をもったシャーマンや、UDC-Pと呼ばれる特殊個体など、人に味方するUDCはたしかに存在する。
「だからきっと大丈夫ですよ」
「……ありがとうございます」
それが自分への気遣いだと悟った伽音は、食事の手を止めて深々と頭を下げる。たとえ正体が『邪神の仔』だとしても、気にする必要はないのだと。心優しい猟兵達に救われた少女は、その幸運をしっかりと噛みしめる。
「さ、気を取り直してスイーツも食べちゃいましょうか?」
「はいっ。わたし、このケーキが食べたいですっ」
「ひまちゃんはこっちのパフェにするのよ」
真面目な話も終わったところで、少女三人は再び食事を楽しむことにする。美味しそうな甘味がずらりとテーブルの上に並び、どれから食べるか迷ったり、食べ比べてみたり。
「ま、あんまり甘い物ばっかりだと師匠に怒られちゃうんだけど」
「食べ過ぎると体重計もこわいですよね。あと虫歯も……」
「ふふ、今日だけは特別ということにしましょう?」
かしましい雰囲気のまま流れていく時は、さっきまでの戦いを忘れるほど平和な日常。
人間かUDCかなど気にせず、対等の関係で語り合える穏やかな空間がここにはあった。
(彼女のようなUDCがいてくれることが私にとっての希望です。どうか幸せに暮らしていけますように)
UDCとの共存という自分の夢が、絵空事ではないと改めて教えてくれた『邪神の仔』。
今、目の前でスイーツを口にしている少女の笑顔がこれからも失われないよう、心春は心から祈るのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
フォルター・ユングフラウ
【古城】
猟兵としての責務は果たしたのだ、何も問題はあるまい?
それに、単に遊び呆ける訳では無い
新堂の精神を安定させ、覚醒を阻止する─これも、重要な任務よ
ふむ、音楽が好きだと言っていたな
では、あの楽器はどうだ
世界的に有名な、ストラディ何とかという楽器らしいが…真贋の区別はつかぬが、良い値ではないか
なに、高すぎる?
知った事か、UDC組織が払う以上関係あるまい?
さあ、欲しければ遠慮無く言うが良い
…ほう
それはCD、だったか?
…そう言えば見かけたな、宇治田の部屋で
鎮魂歌などという湿っぽいものにするつもりは無い
あの年頃の娘が好みそうなものを、新堂にも選んでもらうか?
トリテレイア・ゼロナイン
【古城】
私がUDC組織の方との折衝の間に観光を兼ねたお買い物ですか
新堂様のケアという名目で楽しまれているようですね?
(脱力
むう
記憶処置も有り得る以上、記念品を贈るのも手ですか
新堂様、世界には表に出ぬ事象があります
願わくばそこへ自ら踏み入らぬ人生を送って頂きたいですが…
それを決めるのは貴女の意志
掛け替え無き“普通”と天秤に掛けてお選び下さい
フォルター様、流石にその音楽機器は大仰に過ぎます!
学生に見合った値段のものを…!
新堂様、少々お待ちを
…希様も音楽を嗜まれておりましたね
私達もCDを買いましょう
あの方の愛用ラジカセの規格は記憶領域に刻まれております
墓前に赴くのに、土産話だけなど詰まらぬでしょう?
「ふむ、音楽が好きだと言っていたな。では、あの楽器はどうだ」
「わぁ、これはなんだか凄そうな……」
スイーツを食べて糖分補給した後、伽音はフォルターに連れられてショッピングをしていた。この娘が興味を持ちそうなものは何かと考えられた結果、訪れたのはこの町でも特に大きな楽器店である。
「あ、でもわたし、お小遣いはあんまり持って無くて……」
「気にするでない。好きなものを選べ」
庶民らしい金銭感覚で遠慮する『邪神の仔』に、生まれついての貴人であるフォルターは鷹揚な態度を示す。こういった場合で身銭をけちれば心までさもしくなるというもの。もっとも今回支払いが行くのは彼女にではないが。
「私がUDC組織の方との折衝の間に観光を兼ねたお買い物ですか」
そこに合流したトリテレイアは、伽音を連れて機嫌のいいフォルターを見て脱力する。
戦いが終わっても『邪神の仔』に絡んだ問題が全て解決したわけではない。事後処理の手配を済ませるのに彼が苦労しているうちに、こちらは随分気楽そうな様子だ。
「新堂様のケアという名目で楽しまれているようですね?」
「猟兵としての責務は果たしたのだ、何も問題はあるまい?」
対するフォルターはなんら悪びれもせずに言う。力ある者として為すべきことを為した後は、面倒な――もとい細かな雑事は他者に任せる。これも適材適所というものだろう。
「それに、単に遊び呆ける訳では無い。新堂の精神を安定させ、覚醒を阻止する─―これも、重要な任務よ」
「むう。記憶処置も有り得る以上、記念品を贈るのも手ですか」
若干言いくるめられている気がしないでもないが、論に筋は通っている。目くじらを立てる程のことでも無いかと気を取り直したトリテレイアは、伽音の前にすっと膝を付き、目線を合わせて話しかける。
「新堂様、世界には表に出ぬ事象があります」
「……はい。今日、ちょっとだけ知りました」
死の合唱団のような恐るべき超常存在と、人類を護るために立ち向かう組織や猟兵達。
日常というヴェールの裏側に隠された真実を、否応なく伽音は知ってしまった。自らの人ならざる正体とともに。
「願わくばそこへ自ら踏み入らぬ人生を送って頂きたいですが……それを決めるのは貴女の意志。掛け替え無き"普通"と天秤に掛けてお選び下さい」
UDC組織の記憶処理を受ければ、伽音は何も知らなかった頃と変わらない日常に戻ることができる。組織からの監視はつくだろうが、それも本人に気付かれないよう秘密裏に行われるはずだ。本人の心の安定を考えればそれが一番幸福な選択ではある。
「……わたしは普通の日常を過ごしたいです。でも……今日のことは忘れたくないです」
しかし伽音はなるべく記憶を留めたまま日常に戻ることを望んだ。恐ろしい体験ではあったものの、そこから救い出してくれた猟兵達との思い出が、もう掛け替えのないものになっていたから。
「皆さんに教えてもらったことを覚えていれば、わたしは『邪神の仔』でも人として生きていけると思うから」
そう言った時の伽音の表情は、既に自分の運命と向き合う覚悟ができている顔だった。
彼女の意志を受け取ったトリテレイアは眩しげにカメラアイを点灯させ、静かに頷く。
「承知致しました。UDC組織の方には私から伝えておきましょう」
精神状態からみて伽音がすぐにまた覚醒の危機に陥る可能性は低いこと、また本人の性質や希望も伝えれば、決して悪いようにはされないだろう。これまで数々の難事件を解決してきた猟兵に対する信頼も、そこには担保されている。
「話はついたか? では買い物を続けようではないか」
双方の合意がついたところで、様子を見ていたフォルターが口を挟む。戦いの場から離れた彼女はいささか傲岸不遜だが、血飛沫に塗れていた時と比べればだいぶ話しやすく、生来の気品もあって魅力的な淑女であった。
「そういえば、先ほどは何を見られていたのですか?」
「あ、このヴァイオリンです」
トリテレイアの質問に伽音が指差したのは、この楽器店でも目玉と扱われているらしい一挺のヴァイオリンだった。美しいニスの色合いや年季の染み込んだ木質が、それを並の楽器ではないと示している。
「世界的に有名な、ストラディ何とかという楽器らしいが……真贋の区別はつかぬが、良い値ではないか」
さらりとフォルターが口にしたのは、世界中のヴァイオリニストが憧れる弦楽器の名前だった。もしも本物であればとてつもない掘り出し物だが、レプリカの類であったとしても一般の学生の手の届くものではない。
「あの、やっぱりこれ高すぎるような……」
「なに、高すぎる? 知った事か、UDC組織が払う以上関係あるまい?」
当然のごとく支払いをUDC組織に任せるつもりでいるフォルター。これも『邪神の仔』の精神安定上必要な経費だと言い張れば通るかもしれないが、おそらく領収書を見せられた担当職員は仰天することになるだろう。
「さあ、欲しければ遠慮無く言うが良い」
「え、えぇっと……」
「フォルター様、流石にその音楽機器は大仰に過ぎます! 学生に見合った値段のものを……!」
フォルターの勧めにうろたえる伽音、そして慌てて止めに入るトリテレイア。学生の内からあまりに贅沢な買い物をすると、将来に悪影響を与えかねない。それにビンテージの楽器というのは管理や扱いにも大変気を遣うもので、やはり学生向きではない。
「新堂様、少々お待ちを」
「は、はいっ」
他にもっと手頃な楽器はないかと探しにいくトリテレイアと、「なんだ、貧乏性め」と文句を言いつつ付いていくフォルター。人となりはまるで違うのに不思議と仲睦まじそうな雰囲気のふたりを、伽音は首を傾げつつ見送るのだった。
「……希様も音楽を嗜まれておりましたね」
贈り物を見繕う途中、ふとトリテレイアが目に留めたのは、古いポップミュージックが流れてくるスペースだった。往年の名曲と呼ばれるたぐいの音楽を収めた円盤が、棚の中にずらりと並んでいる。
「……ほう。それはCD、だったか? ……そう言えば見かけたな、宇治田の部屋で」
それを見たフォルターの脳裏にもかつての記憶が蘇る。二人が救うことのできなかった少女、その幽閉されていた部屋にある数少ない私物のひとつが古いCDラジカセだった。外の世界を見ることのできなかった少女が、心の慰めにした数少ないもの。
「私達もCDを買いましょう。あの方の愛用ラジカセの規格は記憶領域に刻まれております」
棚に並んだケースをひとつ取り上げながら、トリテレイアがフォルターに提案する。
太陽と風を浴びられる小高い丘に作られた、ひとりの少女の墓を思い浮かべながら。
「墓前に赴くのに、土産話だけなど詰まらぬでしょう?」
あの日とは違う結末を迎えられた今だからこそ、もう一度向き合ってみたいと思えた。
フォルターもそれに嫌という理由はなく。二人肩を並べながら彼女への供え物を選ぶ。
「鎮魂歌などという湿っぽいものにするつもりは無い。あの年頃の娘が好みそうなものを、新堂にも選んでもらうか?」
「それは良い考えです」
穏やかに微笑みながらフォルターが言うと、トリテレイアも賛成する。修羅場に生きる自分達よりも、こうしたものは日常を過ごす普通の少女のほうがよく知っているだろう。
――大切な人に贈り物がしたいと伝えると、伽音はとても真剣にCDを選んでくれた。心躍るポップな音と、自然を表現するメロディ。きっと、彼女も喜んでくれるだろう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
キリカ・リクサール
アドリブ連携歓迎
お腹が空いたままだと気が滅入って、良くない事ばかりを考えてしまうからね
遠慮なく食べるといい
食べる場所はどこでも良いだろう
伽音が行きたい所へと共に行こうか
まずは食べ盛りのが食べるのを見守りつつ、私は軽い物を摘まんでおこう
もちろん、料金は私が支払うさ
こう見えても、そこそこに給金は貰えてるからね
お腹が膨れたなら、次はショッピングにでも行こうか
何も買わずとも、色々と眺めるだけでも良い気分転換になるだろう
そのあとはショッピングモールへと繰り出して、ウインドウショッピングと洒落込もうか
様々な店を眺めながら何でもない日常の話を彼女と交えれば、彼女の傷ついた心も癒えていくだろう
邪神の仔として覚醒を抑えるためというのはもちろんだが…なによりも、邪神という存在のせいで罪の無い彼女が苦しむのは私自身が見過ごせん
心配しなくて大丈夫だ、伽音
君の心は、何があってもずっと変わらない
もし、また君が困った事に巻き込まれたら…必ず、私達が助けに行くよ
別れ際に彼女の目をまっすぐ見つめ、指切りをして約束しよう
「お腹が空いたままだと気が滅入って、良くない事ばかりを考えてしまうからね」
恥ずかしがることはないさと、伽音がお腹を鳴らした時、キリカはそう言って笑った。
戦いを終えた傭兵の振る舞いには、ちょうど伽音くらいの年頃の少女が憧れるような、落ち着いた大人の女性の魅力があった。
「遠慮なく食べるといい。伽音が行きたい所へと共に行こうか」
「は、はいっ。ありがとうございますっ」
恐縮しつつもその言葉に甘える伽音。場所はどこでも良いだろうと任せた結果、向かうのは手頃に食べられるハンバーガーショップになった。始めて知り合った人達といろんなお店を食べ歩く、この経験に少女は戸惑いつつもとても楽しそうな様子だ。
「わたし、ここの照り焼きサンドが好きなんです」
「そうか。それは良かった」
食べ盛りの少女の様子を見守りつつ、キリカは対面の席にて軽いものを摘まんでおく。
あわや死の合唱団に取り込まれ、邪神になるところだった娘が、こうして普通の一般人として食事をしている。それを見ているだけでも胸がいっぱいになるというものだ。
「もちろん、料金は私が支払うさ。こう見えても、そこそこに給金は貰えてるからね」
「お、オトナだぁ……!」
当然のようにそう言ったキリカに、伽音は尊敬のまなざしを向ける。事実、猟兵という立場は危険な依頼が多いものの相応に見返りもあるものだ。この世界ではUDC組織のバックアップもあるため、資金面で悩まされることはほぼ無い。
「ごちそうさまでしたっ。いっぱい食べちゃいました」
「うん。お腹が膨れたなら、次はショッピングにでも行こうか」
食事がひと段落したところで、キリカは伽音を連れてショッピングモールに繰り出す。
特に何を買おうと決めているわけではない。あてどなく足の向くまま気の向くままに、ウインドウショッピングと洒落込むつもりだ。
(何も買わずとも、色々と眺めるだけでも良い気分転換になるだろう)
様々な店を眺めながら何でもない日常の話を交えれば、彼女の傷ついた心も癒えていくだろう。そんなキリカの気遣いを知ってか知らずか、伽音は散策を満喫しているようだ。
「あ、このグループの新曲出てたんだ」
やはりと言うべきか伽音がよく足を止める場所は、CDショップや楽器店などだった。
死の合唱団に恐ろしい目にあわされた直後でも、彼女の音楽好きは変わらないらしい。
「伽音はどんな音楽が好きなんだ?」
「うーん、邦楽とかポップスとかジャズとか、いろいろです」
質問にもにこやかな笑顔で応える彼女に、戦いの最中に見られた陰りは、もうほとんど見られない。精神状態が安定しつつあるのを察して、キリカは心の中でほっと安堵する。
(邪神の仔として覚醒を抑えるためというのはもちろんだが……なによりも、邪神という存在のせいで罪の無い彼女が苦しむのは私自身が見過ごせん)
自身もUDC関連の事件で大切な者達を失い、邪神の脅威や危険性を十分に認識しているからこそ、キリカは伽音が人として幸福に生きられることを心から望んでいた。日常という掛け替えのない宝を奪う権利など、何者にもあるはずが無いのだから。
「その様子なら、もう大丈夫そうだな」
「はい……皆さんのお陰です」
楽しい時間はあっという間に過ぎて、気付けば日が傾きかけていた。そろそろお別れの時間だ。猟兵と一般人では生きる世界が違う――もう会えないのだろうかと、伽音は少しだけ寂しそうな表情を見せた。
「心配しなくて大丈夫だ、伽音。君の心は、何があってもずっと変わらない」
そんな少女との別れ際に、キリカは相手の目をまっすぐに見つめて優しく語りかける。
たとえ『邪神の仔』と呼ばれようと、自分の在り方を決めるのは自分自身。それはもう彼女にもしっかりと伝わったはずだ。
「もし、また君が困った事に巻き込まれたら……必ず、私達が助けに行くよ」
「……はいっ!」
指切りをして約束すると、伽音は瞳に涙を浮かべながらも、花が咲くように笑った。
この指の感触も、交わした約束も、思い出も。全部忘れはしないと、心に誓って――。
――その後、『邪神の仔』新堂伽音はUDC組織の保護下にて、日常生活を送っている。
本人の希望により記憶処理は軽いもので留められ、時折事件当時のことを懐かしげに思い出すそうだ。今は学生として過ごしつつ、本格的に音楽の勉強を進めているらしい。
いつか自分の歌が、あの日助けてくれた人達のもとまで届けばいいなと、そう願って。
かくして、呪歌に誘われた『邪神の仔』は、己の宿業に堕ちることなく救い出された。
世界の危機を回避したのはもちろん、ひとりの少女の人生と未来を守ったこと。それが今回の猟兵達の最大の戦果と言えるかもしれない――。
大成功
🔵🔵🔵